難題に立ち向かうには — 早い時期からの取り組みが必要

HAYS JOURNAL ISSUE 11: RISING TO THE CHALLENGE – EARLY DAYS P39-41
難題に立ち向かうには — 早い時期からの取り組みが必要
早い時期からの取り組み
科学、技術、工学、数学に依存する業界においては、深刻なスキル不足が問題となっています。小中学生に対する早い
時期からの働きかけは、人材のギャップを埋めることにつながるのでしょうか?
高度な技術を必要とする革新的な高成長経済を目指す動きに伴い、労働市場の重要分野において、科学、技術、工
学、数学(STEM)の高度なスキルを有する人材の供給に焦点が当てられています。
世界各国の政府および業界は、生産力と国際競争力を高めるには STEM 職の存在が欠かせないことを認識しています。
これらの分野における専門知識があってこそ、先進製造、デジタルエコノミー、グリーンエネルギーといった力強い成長を続
けるセクターのさらなる前進が促進されることになります。
しかし、10 年以上前からこれらの業界を悩ませている問題があります。それは、STEM 分野の人材不足です。技術、社
会、ビジネス、環境のグローバルなトレンドによって、スキルをめぐる状況は変化し続けており、また STEM スキル要件が一
層重要視されるようになっていることもあり、需要と供給のミスマッチは悪化の一途をたどっています。加えて、STEM 労働
者の多くが定年の時期を迎えようとしています。このような二重の脅威は、世界の多くの国々の経済的意欲を削ぐ大きな
要因となりかねません。
昨年発表された報告書によると、英国では、スキル不足が原因で、科学、研究、工学、技術分野の専門職の求人の
43%がなかなか埋まらない状況にあります。これは、すべての職種の平均のおよそ 2 倍に相当する値です。
英国雇用・技能委員会による『Reviewing the requirement for high level STEM skills』報告書には、「STEM
人材基盤の弱さが英国の科学・イノベーションシステムのネックとなっていることが、国際的なベンチマークから読み取れる」
とあります。
人材不足に向けた対策の 1 つとしてあげられるのが、キャリアパスの重要性を高めることです。たとえば、同報告書では、
16 歳以上を対象とした高等実習制度の一層の活用を提案しています。
しかし、それだけでは、将来の労働者ニーズをサポートするのに必要な人材の長期的な不足に対処することはできませ
ん。
マッピングパス
ビジネスリーダーたちの間では、教育制度における早い時期からの介入が人材ギャップの解消に役立つとの主張が、長年
議論の対象となっています。子どもたちが小学生の頃から STEM キャリアについて認識し、STEM 関連の教育に触れるこ
とが必要になってきます。
公認技術者で W S Atkins のエンジニアリングとプロジェクトマネージメントコンサルティングのチェアマンを務める Allan
Cook 氏は、GCSE(一般中等教育修了証)などの学業資格の科目の選択を開始する前に、子どもたちに STEM 関
連の教育を十分に受けさせることが重要であると指摘します。
「中学生になってからでは遅すぎるくらいです。ほかの科目については、すでに部分的な指導が始まっている時期ですから。
STEM 関連の教育が立ち遅れている原因としては、最新のエンジニアリングについて両親が十分に理解していないことや、
情報に基づくキャリアアドバイスの不足などが考えられます。数学や科学の科目を教える教師が足りていないことも問題で
す」と Cook 氏は言います。
「8~9 歳くらいから、子どもの工学に対する情熱を喚起することが求められます。工学は著しい近代化を遂げ、今ではソ
フトウェア、人工知能、システムエンジニアリングの重要度がはるかに増しているのだということを広く示すことが必要です」
国際的な課題
STEM スキルの不足は世界的なトレンドとなっています。オーストラリアで 2015 年に発表された PwC 分析結果では、
労働者のわずか 1%が STEM 職に移行するだけで、GDP が 574 億豪ドル伸びるとの試算が示されています。しかしオ
ーストラリアは、大学卒業率をはじめとする多くの重要な STEM 指標で他国に遅れをとっています。また企業でも、STEM
スキルを持つ人材の採用に苦慮しています。
多国籍電機メーカーHoneywell で太平洋地域の人事ディレクターを務める Caroline Bosch 氏は、対策がなされなけ
れば、STEM 人材の不足による影響は全国に広がる可能性があると述べています。
「オーストラリアにとって深刻な問題です。STEM スキルの上に成り立つ業界は、経済成長において重要な貢献を果たし
ており、今後改善が見られなければ、オーストラリアは競争力を失うことになりかねません。革新者と発明家の国ではなく、
購入者と消費者ばかりの国になってしまうことが危惧されます」と Bosch 氏は言います。
Bosch 氏も Cook 氏と同意見であり、STEM 分野が立ち遅れている原因の 1 つとして、小中学生が早い時期からこれ
らの科目に深く触れる機会がないことをあげています。「学校に通い始める 5 歳から、コーディング、コンピュータスキル、ロボ
ット工学を子どもたちに学ばせてはならないという理由はどこにも見当たりません。コーディングについては、読み書きと同じ
ように、早い段階から優先的に学ばせる必要があります。現時点では、11~12 歳になるまで子どもたちがこれらの教育
を受けることはありません。しかし、同分野に関する論文や調査を見ると、それでは遅すぎることがわかります。15 歳になる
ころには、最初の高等教育、そしておそらくはキャリアパスを決定づけることになる科目の選択が控えています」と Bosch 氏
は言います。
「工学は学習する分野が広く、非常に多くのスキルや職業が含まれることから、小中学生、両親、キャリアアドバイザーによ
り多くの情報が提供されるようにすることが必要です」
興味喚起のための取り組み
子どもたちに STEM 科目への興味を抱かせるためのプログラムは何年も前から存在します。これらは、STEM 科目は一部
の優秀な生徒のためのものという認識に異議を唱えることを目的としたものです。米国で実施されている「F1 in Schools
Challenge」は、子どもたちが楽しみながら学習でき、競争心を育み、最終的に「未来のエンジニア」となるべき才能を育
てる内容となっており、世界中から注目を集めています。
具体的には、フォーミュラワン(F1)世界選手権の「人を夢中にさせる魅力」を利用した教育といううたい文句のもと、学
校でチームを編成して、未来の F1 カーをデザインし、IT、物理、空気力学、設計、製造、ならびにブランディング、スポン
サーシップ、マーケティング、リーダーシップ/チームワーク、財務戦略といった重要なエンプロイアビリティスキル(実践的なス
キル)を学習するというものです。
こちらは 9~19 歳の生徒が地域、国、世界を舞台に競い合うというものですが、非営利法人である F1 in Schools
Ltd では、さらに年少の子どもたちを対象とした取り組みの重要性についても認識しており、5~11 歳の子どもたちに向け
た「Jaguar Primary School Challenge」をあわせてスタートさせました。
創設者で会長である Andrew Denford 氏によると、取り組みの対象範囲は 46 カ国に及んでいるといいます。「この取
り組みにより、エンジニアリングのキャリアに対する世界的な認識が高まることとなりました。英国ではここ数年で大学院レベ
ルにおける STEM の理解度が高まっており、GCSE レベルで科学と数学の A*~C 評価の数が大幅に増えています。す
べてが私たちの力によるものというわけではありませんが、少なくともきっかけにはなったと考えます」
「全体的に、参加した子どもたちのエンプロイアビリティスキルが向上し、F1 in Schools Challenge がスタートした 15 年
前と比べると、生徒たちの自信の度合いにも変化が見られます」
W S Atkins では、子どもたちの STEM スキルの向上に向け、独自の取り組みを行っています。同社は約 175 人の
STEM 大使(Cook 氏もその 1 人です)を任命し、学校と協力してキャリア機会を促進しつつ、誤解を生まないように
事実を語る役割を担ってもらっています。
「子どもたちに向けて、若い大卒者が現在の自分たちの状況とそこに至るまでの過程を語ることは、強力な励ましのメッセ
ージとなります」と Cook 氏は説明します。
Bosch 氏によると、Honeywell では、若い才能を育て、STEM キャリアに対する小中学生の関心を引き出すために、さ
まざまなグローバルプログラムを実施しているとのことです。
そのうちの 1 つである「HE@SA(Honeywell Educators at Space Academy)」は、教師の視点から問題に取り
組む内容となっています。これは、中学校の科学と数学の教師が、米国で行われる 1 週間の宇宙飛行士訓練プログラム
への参加を申し込み、科学と宇宙探査について学ぶというものです。教師たちは、ここで新しい教育技法を身につけ、科
学の授業の活性化と生徒の興味の喚起にそれらを役立てることができます。2004 年から現在までに、世界 55 カ国の
2,375 人を超える教師が同プログラムを「卒業」しています。
高度なサポート
英産業連盟(CBI)によると、英国だけを見ても、エンジニアリング、ハイテク、IT、科学分野の企業の過半数が、学校
と連携して STEM 教育の推進にあたっているとのことです。十分な取り組みが行われているにもかかわらず、人材不足は
一向に解消されていません。プロジェクトの成果はあがっていないのでしょうか?
Cook 氏は、目先のことだけに気を取られてはならないと言います。「早期の進展が必要であることに疑いの余地はありま
せんが、この問題自体、数十年かけて形作られてきたものです。意識変革に向けた長期的なアプローチを取り入れる必
要があります。まずは、幼児期の教育から始めることです。そうすることで障壁が取り除かれ、子どもたちがこれらの科目に
ついて難しすぎる、あるいは時代遅れの業界だと感じることがなくなります。勢いを維持するには、継続的な取り組みが必
要です」
Denford 氏は、政府のサポートが広がることで、F1 in Schools Challenge のような取り組みのさらなる進展が可能に
なるといいます。F1 in Schools Challenge を進めるうえでネックとなっているのが、資金不足の問題です。設備投資の
ための予算が不足している学校では、F1 in Schools Challenge を提供することはできません。このことは、あらゆる生
い立ちの子どもに向けた間口の拡大や STEM 業界の多様性の向上を妨げる大きな障壁となっており、もう 1 つの重大な
課題といえます。
Denford 氏は次のように述べています。「歴代の政府は我々の活動を支持しているものの、英国内における参加校を増
やすための資金援助が行われることはありません」
Bosch 氏もまた、子どもたちが STEM 科目に関心を持つきっかけ作りをするうえで政府が果たすべき役割があることを認
めています。結局のところ、学校のカリキュラム決めるのは政府機関であり、この点において政府は、労働力の将来性確
保に向けた変革を推進する必要がある、と Bosch 氏は言います。
「高度な知識に基づく革新的な経済を目指すのであれば、企業だけにこの問題を任せておくわけにはいきません」と
Bosch 氏は述べています。
「小中高校、大学、両親、企業、そして教育政策を決める担当者の全員が、問題を自分のものとしてとらえる必要があ
ります」