ガソリン価格決定の政治過程 Political Process of Decision on the Gasoline Price 光延忠彦 MITSUNOBU Tadahiko 要旨 日常利用の車両に投入されるガソリンは、その原材料を特定の産油国に依存してい るため、利用者にとっては産油国の情勢とあいまってその価格に関心が注がれる。特に非 都市部の人々にとって車両は主要な交通手段でもあるため、ガソリン価格に対する関心は 極めて高い。しかしながら、特定の産油国から輸入され、一定の製造過程を経て生産され たガソリンであっても、その価格は、都道府県ごとに、また同一の都道府県内であっても 市町村ごとに、さらに同一の市町村内であっても、地域やガソリンスタンドごとに異なっ ているのが実情である。なぜ、同じ状況で生産されたガソリンの価格が、地域や販売拠点 によって異なっているのであろうか。この点については、生産拠点から販売拠点までの輸 送コストによるという経済的要因からの説明が一般的には理解しやすい。 しかし、この要因では説明できない自治体や販売拠点が実際には存在している。また、 特定の地域から輸入された原油であっても、異なる石油事業体によって生産されるのであ れば、生産方法は必ずしも同一ではない訳だから、そのコストはガソリン価格に転嫁され ても良いであろうにも拘わらず、自治体や地域によっては、同一価格になっている実態も ある。 そこで、本稿は、なぜこうした状況を生起することになるのか、この点を、日本の石油 産業の事業構造から検討する。 はじめに (2013年度)は石油エネルギーで占められ、 日本で消費される第一次エネルギーの42.9%1) これは自動車、化学原料、電力、家庭・業務、鉱工業2)などの用途に充てられる。他方で、 (2013年 3 月末)は約5936万台であることから、 4 人家庭で 2 日本国内3)の自動車保有数4) 台は所有している勘定である。このため自動車に投入されるガソリン価格に関心は極めて 高い。しかもガソリン価格には税が含まれることから、今日、政治課題としても浮上して いる5)。こうした課題を、ガソリン価格をめぐる政治家、官僚、利益団体等の主要アクター の影響力関係として理解するとすれば、石油政策に関わる政治研究としても興味深いもの が提出できる。 こうした現行の石油政策は、周知のように、戦後占領軍の統制から1952年 6 月の統制解 除、さらに外貨割り当て制度を経て62年の石油業法の成立によって一先ず完成する。その 後、60年代での改革に加え、80年代以降、特定石油製品輸入暫定措置法の制定、廃止、 2001年の石油業法廃止など、87年の石油審議会石油部会石油産業基本問題検討委員会での 議論6)以降、第二臨調の規制緩和を背景に、70年代までとは異なる政策目的の諸改革が展 開された。こうした政策転換は、政治行政分析としても注目されたためでもあろうか、政 治学の領域でも、80年代以降石油政策に関する多くの業績が蓄積された7)。 37 人文社会科学研究 第 32 号 しかしながら、日本における「エネルギー経済学8)」などといった固有の研究領域を展 開しつつある経済学等と比較すると、政治学研究としては未だ十分には検討されてはいな いように思われる。確かに、石油製品の中でも、とりわけガソリンの価格に関する価格構 造や価格形成のメカニズムに関する疑義の解明も一部では提出されているが、それらはあ くまでも価格に関する分析でしかない9)。石油政策といった場合、石油供給体制もこれと 不可分のため、この供給体制についての分析も欠かせないであろう。改革による変化に着 目するのみならず、石油供給制度の根幹は、いかなる状況にあるのか、こうした点にも視 野を広げることは、外観の変化への過大視によって見過ごされる点を再考することにもな るであろう。 つまり、地域性によるガソリン価格の変動要因については、生産拠点から販売拠点まで の輸送費用による経済的要因から説明できても10)、同じ地域内での同一価格に対する疑 問11)については、未だ十分には解明されていないように思われる。このため本稿では、こ うした事態に至るのは、どのような石油業界の制度的構造の存在の故かについて検討を試 みる。すなわち、石油政策の根幹を支える制度的部分は、従来の制度を大きく変えるもの ではなく、踏襲する方向で継続され、結果的には、あまり変化はしていないようにさえ捉 えられるため、既述の現象の要因を、本稿は石油政策の基本的な構造に求める。換言すれ ば、本稿では石油政策の制度的特徴を鳥瞰することで、その根幹はどのような状況になっ ているのか、この点を明らかにしようとする試みでもある。 その際、制度をどのように考えるかという点は重要である。本稿では、制度を先行議論 に沿って、組織、ルール、モードがお互いに影響を及ぼしながら一定のまとまりをなすこ ととして議論を進めたい12)。 以上の議論から、本稿が取り扱う石油制度は次のように考えられる。石油制度を構成す る石油組織は、石油政策の決定と執行に関与し、それと同時に石油供給に関する独占禁止 法や石油政策の決定や実施に伴う関係法、さらにそれを補完する行政指導等の諸手続きや ルールによって拘束される。こうした石油政策に関する組織やルールは、石油業界の慣習 や社会的通念などの関係者の行動を拘束するモードの規制を受ける。ここではこれらを一 体の制度と理解して、石油製品の中でも消費者の関心の高いガソリン価格の地域性につい て石油政策の制度から検討が加えられる。 以下では、日本の石油政策の基本的構造について把握し、その構造の中で諸アクターは どのように行動するのか、こうした点について議論を進め、まとめに至る。 1 .日本の石油政策の基本的構造 石油政策は、大別して石油供給と石油消費の二つの部分から構成される。前者は、石油 企業の営業体制やそこから産出される石油製品の製造・流通13)といった供給体制を扱う領 域であり、後者は消費者の便に供するための石油製品販売など、購入の保障を目的とする 領域と整理できる。はじめに、これら二つの領域を中心に、石油政策の制度に当たる部分 を把握し、次に、石油組織の構成と特徴を検討する。そして、このような制度から産出さ れる政治の課題を認識することで、日本の石油政策における基本的制度の構造と輪郭を把 握する。 38 ガソリン価格決定の政治過程(光延) 1 )石油供給体制の基本的構造 石油製品が消費者によって購入されるまでの過程は、原油生産と石油製品製造・流通・ 販売に大別され、前者では原油を産地で採取して生産し、後者ではこれを輸送して加工し 製品を流通させて消費者に販売することである。日本の場合では、前者の機能をひとつの 企業が担えば、後者の機能では別の企業が担うという形態によって、原油の石油製品化が 図られている。すなわち、原油開発企業と石油製品製造・流通・販売企業が各々分立して いるため、営業体制は各々の機能に応じたものとなっている。こうした石油供給体制が、 日本の特徴である。他方、欧米諸国の場合とこの点を比較するとどのようになるであろう。 世界の原油市場では、1970年代まで、主要 7 社の原油開発企業が、90年代以降では主要 な 4 社(2015年度)のそれが、原油の開発にあたってきているが、 4 社の内訳は 2 社が米 国資本で、 2 社が英国系資本である。これらの主要 4 社は、原油の採取から石油製品の製 造、さらにそれの流通や販売までの一連の過程を担っている。この点が日本の場合とは大 きく異なるところである14)。もちろん、原油産地の日本の原油開発企業(2012年度、 5 社、 1 社は政府系)も、採取から製造、流通、販売に至るまでの一貫操業をしていない訳では ないが、一貫操業下での原油生産量は、日本国内原油需要量全体の22%(2012年度)でし かなくあくまでも原油生産の主流ではないのである。しかも一貫操業が顕著になったのは 2000年代以降のことであった。 こうした原油製造企業と石油製品製造・流通・販売企業との機能主体の分立は、結果的 には両者の機能統合を妨げる一因にもなるのである。 欧米では原油開発を担当する企業が、 原油の輸入から石油製品の製造、流通、さらに消費者が購入するまでの過程を担って、企 業分立による営業体制の非効率を抑制する仕組みが採用されている。ところが、日本の場 合では、石油製品はその製造から流通、販売段階のいずれの過程でも取引が可能のため、 各々の段階での取引の成立は、営業体制の非効率を助長する、すなわち営業経費の加算に 帰結することになっているのである。つまり、各々の過程を担う石油企業へのアクセスが、 日本の石油製品供給体制の特徴ともいえる。 2 )石油消費制度の特徴 石油製品の消費に対する保障は、販売企業が消費者に直接販売する方法と、販売企業が 所有する給油所を通じて販売する方法とに分類できる。前者は給油所を経ず、製造や販売 企業から消費者に直接石油製品を提供する場合であるが、通常、ガソリン以外の石油製品 を扱う事例が多い上、大口需要者向けにもなっていることから主に産業用の販売に位置付 けられる。これに対して、後者の場合では図15)のような 6 通りの方法で販売される16)。 すなわち、先ず①製造と流通が同じ企業の流通部門からガソリンの販売地域(ローカル) の一般的な販売企業(ローカル特約店)にガソリンを卸し、この販売企業が消費者に小売 する場合(A・ 1 ) 、次に、この一般販売企業が卸企業として次の二次的販売企業に卸し、 この二次的販売企業が小売する場合(B・ 1 ) 、そしてこの二次的販売企業が卸企業とし て次の三次的販売企業に卸し、この三次的販売企業が小売する場合(C・ 3 )である。ま た②製造と流通が別企業では製造企業から仕入れられたガソリンを流通企業が①と同様の 経路で小売する場合。また③製造と流通が同じ企業の流通部門から、その製造・流通企業 が資本的に子会社化した販売企業を通じて販売する場合。また④製造と流通は別企業に 39 人文社会科学研究 第 32 号 図 ガソリンの製造、流通、販売ルートと需要シェアー(2004年度) なって、製造企業から仕入れられたガソリンを資本的に流通企業が子会社化した販売企業 を通じて販売する場合。そして⑤製造と流通が同じ企業の流通部門から、あるいは製造と 流通が別企業では流通企業から仕入れられたガソリンを全国的販売網のある販売企業が自 40 ガソリン価格決定の政治過程(光延) らの組織を通じて小売する場合17)。さらに⑥製造と流通が同じ企業では流通部門から、あ るいは製造と流通が別企業では流通企業18)から仕入れられたガソリンを全国的企業が、支 配下にある販売企業を通じて小売する場合、次に、この販売企業が卸企業として次の二次 的販売企業に卸し、この二次的販売企業が小売する場合、そしてこの二次的販売企業が卸 企業として次の三次的販売企業に卸し、この三次的販売企業が小売する場合である19)。 図の③④⑤では、流通部門と流通企業から小売までの過程が線状のため、この系列の中 での上下関係は成立しても、販売レヴェルでは同系列内他社の不在によって同系列内販売 企業同士間での競合はない。 また販売企業は一層のため営業費用の点で効率的であるうえ、 企業利益の点でも系列間での契約や商慣習によるため有利である。 ところが、①②⑥は、販売企業の分布が扇状になって面的である。このため、特に①② では流通部門あるいは流通企業から販売を託されたローカルを営業領域とするローカルの 一般的な販売企業が下部に複数の販売企業を束ねる。そうなると、小売段階で多層化した ローカルの販売体制では、小売の販売企業数が増えれば増えるほど、ガソリンの仕入れ価 格に販売費用や企業利益が上乗せされるため、消費者が購入する段階でのガソリンの価格 は高くなることになる。この点で優位なのはガソリンの仕入れから小売販売までの過程が 1 社で担われる⑤の場合にあろう。 しかし、以上の 6 通りの販売ルートによるガソリンの扱い状況(2004年度)を見ると、 製造と流通・販売過程が同一企業か否かの差異はあるが、ほぼ同じ販売形態の③④⑤のガ ソリン扱い高は全体のうちの16.9%(③+④=11.94%、⑤=4.96%:③+④+⑤=16.9%) であった。ところが、同じ流通・販売形態の①②⑥の場合ではそれが69.07%(①+②+⑥) にも達していた。中でも、仕入れから小売までの販売過程をすべてローカルで賄うローカ ル販売企業の場合(①②)では、61.35%(①+②)にもなっているのである。 そうすると、ローカル地域における小売り販売の①②の事例では、同系列の販売網の中 で、販売の段階を経る都度、営業費用や企業利益が仕入れ価格に加算されてガソリン価格 は上昇することになる。しかも、①②の事例は、ローカルにおける一般的な販売企業が単 一の二次的販売企業と売買契約を締結する場合であったが、これが複数の二次的販売企業 と売買契約を締結した場合になると、三次的販売企業数はさらに増えるため、同系列下で あっても多数の販売企業がひしめき、販売企業同士間でのガソリンの販売シェアーをめ ぐって競争性は高まることに帰結する。つまり、石油製品消費制度ではこうしたモードが 特徴づけられるのである。 3 )石油業界の団体組織 石油業界の団体組織には、小売の販売業者から構成される全国石油商業組合連合会・全 国石油業共済協同組合連合会(全石連)のほかに、全国石油協会及び石油連盟等の団体が ある。石油団体のうち、全国石油協会は業務の中心が石油製品の品質管理にあり、会員の 殆どが小売の販売業者で組織されるため、その利害は全石連とほぼ一致している。石油連 盟も石油製造・販売の全国的規模の企業を構成員とし、石油産業全般に関心をもつ組織の ため全国組織ではあっても全国石油協会と競合することはない。従って、石油業界におけ る石油団体は石油製品の製造・流通と小売の販売を軸に立場を分け、しかも他組織が販売 に直接関与していない状況の下での全石連は、消費者へのアクセスとそのニーズの集約に 41 人文社会科学研究 第 32 号 おいて圧倒的多数の販売拠点を支配下に置いているため、石油業界では多大の求心力と影 響力をもつことになる(この活動は石油政治連盟が担う)20)。 そして、この全石連の強さは石油製品の流通レヴェルの製造・流通企業、流通企業に対 しても優勢となる。石油製品の流通ルートは製造・流通企業と流通企業を通じての二通り であるが、いずれの系列下の販売拠点であっても、販売力はこれらの小売の販売企業及び この販売企業経由の二次、三次の販売企業の力量によっているからである。さらに、小売 販売事業自体が代金の回収など、金銭をやり取りする金融機能も担っている。しかも、ガ ソリンは消費者に移転されて初めて価値を持つものであるうえ、小売の販売企業の、販売 領域内の他の小売の販売企業の価格情報や消費者ニーズの把握を背景とした販売力を全石 連は持つことにもなるため、その影響力は製造・流通及び流通企業をも超える。 他方、消費者のガソリンを求める動機も多様である。たとえば、ガソリンの品質は一定 のため、商標別の消費は、習慣的な場合を別に、必ずしも固定的ではないうえ、ガソリン の給油所の選択に関しても、ガソリンの非日常的な利用の場合(行楽など)では、生活関 連品としての恒常的利用者が日々の価格に敏感に反応するのとは対照的に、通常、価格に 固執する程度は低い。また、遠隔地の販売店での安価なガソリンであっても、移動コスト を超えての給油には消費者の価値観さえ影響する。そして、ガソリン価格の高騰からくる 消費者の購入猶予(買い控え)は一時的には可能であっても、生活手段の一つとしてのガ ソリン利用の場合であれば、消費行為以上に価格が優先するともいえない。このように、 消費者を給油所に誘引するその動機は多様のため、消費者のガソリンの利用に関する意向 の表出は、 給油所を通じたルートによってではあっても一般的には組織化されにくい。 従っ て、消費者と小売の販売企業との関係でも、後者の優位が見込まれることになるのである。 ただ、いずれの組織も企業体を構成メンバーにしている以上、消費者に、より安価なガ ソリン価格の購入を保障するという点では共通する。販売企業も消費者も、高騰したガソ リン価格の販売・購入には反対であろうし、製造・流通や流通企業も、生産製品の在庫調 整や応変の取引量への報償等に頼らず円滑な取引が達成されることに異論はないであろ う。しかし、こうした石油市場の背後には経産省(2004年度まで通産省)と公正取引委員 会という強力なモニタリング集団が存在している。輸入、精製、備蓄、品質管理等関係法 令を通じた諸規制による注視は経産省にあり、公正取引委員会は独禁法によってこの市場 を監視する。特に、経産省は石油行政の担当官庁としてのみならず、石油市場における最 強の石油組織としても石油の安定的かつ低廉な供給の動向に関心を持っているのである。 4 )石油政策と政治の課題 ガソリンの小売販売は 6 ルートでも、その大半はローカルの一次(一般的な販売企業) 、 二次、三次の販売企業が担っている。さらに販売ルートの末端に至れば小売の販売企業に 対する競合他社数は増加する。また、競合他社数が多数の割にはガソリン販売に関わる利 益率は経験的に低いとされている21)。しかも、ガソリンは付加価値によって高額販売が可 能のような財ではなく、精々「レギュラー」か「ハイオク」くらいの区別しかつけられな い、品質に差のない製品のため、廉価であれば廉価であるほど良いという経験上の生活感 で消費者は購入するし、販売企業は、廉価であれば購入してもらえるが廉価でなければ購 入が猶予されるという経験上の販売感で行動することも相まって、小売の販売企業にとっ 42 ガソリン価格決定の政治過程(光延) ては、廉価かつ多量のガソリン販売が企業体としての合理的な販売方法となるのである。 しかし、こうした販売方法は、公正取引委員会が独占禁止法22)を根拠に法的手段に訴え る場合にもあたる。消費者に直接接触する小売の販売企業は、ガソリン市場をめぐって価 格と法的規制との狭間にジレンマを抱える。こうしたジレンマの解消にはどのような方法 があるのか、この点に政治への期待がかかる23)。 2 .まとめ 以上の検討において、本稿は、石油政策の制度的特徴を鳥瞰して、その根幹はどのよう な状況になっているのか、この点を明らかにしてきた。 第一に、日本の石油供給体制の基本的構造は、原油採取、石油製造、石油流通、石油小 売販売までの過程が単一の石油企業によって担われている欧米諸国の場合とは異なって、 日本の場合では、これらが分立しているため、企業、業界としての営業体制が非効率的に なっているという点が特徴的であるということである。 第二に、石油消費制度の特徴としては、主要な小売販売ルートが、製造・流通系列の小 売販売、流通系列の小売販売、そして製造、製造・流通系列から仕入れているローカル小 売販売の主に 3 ルートに集約できる。これらの中でもローカル販売ルートでは、第二次、 第三次の販売企業もローカルでの販売の一端を担うという小売販売が多段階で行われてい る。ところが、ガソリンの小売販売での利益は通常薄利のため、ローカルの小売販売企業 は企業経営をしては容易ではない一面を持っている。このため、ガソリンは「薄利多売」 するという状況に置かれて販売地域において販売競争が激化する。しかも、企業活動維持 には、小売販売企業は、競合排除を求める方向を志向する。もとより石油政策は規制行政 の領域でもあるため、小売販売企業の経済活動のこうした要請は、政治に活路を求める方 向に帰結することになるのである。 第三に、しかも石油産業における団体組織には、小売販売企業を組織化する中央団体が あるが、この団体は小売販売企業の利益を維持するために団体としての組織化を強固にす ることはもとより、規制官庁や規制政策に関与する政治に接近する。この結果、ガソリン 小売販売は企業活動の継続をめぐって政治との関係を強める石油政策となっている。 このような制度的要因が現在でも持続的であるため、ガソリン価格は経済合理性以上に 地域性を帯びることになるというように考えられるということである。すなわち、規制緩 和によって石油政策をめぐる「改革」は行われたものの、石油供給体制の基本的構造は、 2001年の石油業法廃止以降も変わっていないという現状がある。また、石油消費制度の販 売保障も石油業法廃止以降、変わってはいないのである。すなわち、2001年の石油業法廃 止以降であってもガソリンの供給と消費の基本的な構造は不変となっている。 そうすると、 原油価格に変動は生じても、ガソリン価格の決定メカニズムは継続されることになる。 以上の議論は、制度の検討であって、次の課題は、こうした仮説の有効性についての検 討である。 謝辞 本稿は、2015年度日本政治学会研究大会分科会(D-8 自由論題(規制行政)ガソリン 価格の政治的要因に関する一考察)で報告された報告論文を基に加筆修正を加えたもので 43 人文社会科学研究 第 32 号 ある。この報告では、 2 名の討論者から有益なコメントを頂いた。 また、本稿は、平成27年度島根県立大学学術教育研究特別助成金による成果の一部であ る。併せて謝意を表したい。 注釈 ) 1 ) 資源エネルギー庁『平成25年度(2013年度)エネルギー需給実績(速報)』2014年11月14日発表。 2 ) 石油連盟『今日の石油産業2014』石油連盟、2014年。車両37.6%、化学原料19.9%、電力15%、家庭・ 業務12.8%、鉱工業8.6%農林・水産2.1%、運輸・船舶1.7%、都市ガス0.8%。 3 ) 総務省統計局資料:平成25年10月 1 日の人口は127,298千人。 4 ) 2013年 3 月末の自動車の保有台数は59,357,223台(車種では排気量660㏄以下の軽自動車を、また用 途では民生用、業務用を含む)である。日本自動車工業会の資料による。 5 )『都市問題』 Vol. 99, No. 1, 2008年 1 月号、4-29頁。ここでは「誰がための道路特定財源」として特集 が組まれている。読売新聞政治部『真空国会 福田「漂流政権」の深層』新潮社、2008年。『都市問題』 Vol. 99, No. 6, 2008年 6 月号、13-29頁。ここでは「迷走!ガソリン税暫定税率」の特集がある。山岡賢 治「次こそ福田政権追い詰める」 『Nikkei Business』2008年 6 月16日号、154-157頁。 『サンデー毎日』 2008年 2 月 3 日号、23-26頁。 「 「道路建設」が「ガソリン値下げ」か」として、暫定税率の廃止か否か についての国会議員による座談会が掲載されている。 6 ) 1986年11月に石油審議会石油部会の石油産業基本問題検討委員会が設置されて石油産業の効率化と 石油政策の展開について中・長期のプログラムを作成することになった。石油産業界内の13社の代表者 が参加して、87年 6 月に「1990年代に向けての石油産業、石油政策のあり方について」と題する報告書 がまとめられた。JX日鉱日石エネルギー編『石油便覧』 2 編 2 章 1 節 2 .第一段階の規制緩和に掲載。 7 ) 例えば、日本の場合では、秋吉貴雄「規制緩和と利益団体政治の変容」日本政治学会編『年報 政 治学2012-Ⅱ』2012年、110-133頁。大山耕輔『行政指導の政治経済学』有斐閣、1996年。大山耕輔『エ ネルギー・ガバナンスの行政学』慶応義塾大学出版会、2002年。橘川武郎「電気事業法と石油業法―政 府と業界―」近代日本研究会編『年報 近代日本研究・13』1991年、199-224頁。橘川武郎「規制緩和 と日本の産業―石油産業の事例」橋本寿朗・中川淳司編『規制緩和の政治経済学』有斐閣、2000年。新 藤宗幸「規制緩和と「管理された市場」の政治行政―新保守主義下の規制緩和をめぐって―」 「日本行 政学会編」 『年報 行政研究』第28号、1993年、1-19頁。石油連盟『戦後石油産業史』1985年。武石礼 司『石油エネルギー資源の行方と日本の選択』2007年、幸書房。松並 潤「民営化・規制緩和の日英比 較―航空業を例として―」 『大阪学院大学法学研究』第22巻、第 1 ・ 2 号、167-192頁。深谷 健『規制 緩和と市場構造の変化―航空・石油・流通セクターにおける均衡経路の比較分析―』日本評論社、2012 年。福元健太郎「成長と自由化の政治的条件―池田政権期の政治経済体制―」日本政治学会編『年報 政治学』2000年、171-184頁などを参照されたい。 8 ) 馬奈木俊介編『エネルギー経済学』中央経済社、2014年。藤井秀昭『入門・エネルギー経済学』日 本評論社、2014年。 9 ) 小蔦正稔「石油製品の価格構造と価格形成メカニズム」東洋大学経営研究所編『経営研究所論集』 第23号、2000年、225-257頁。 10) 若井具宣「石油価格の地域格差に関する考察―島根県ガソリン価格要因調査結果の分析を中心とし て―」広島大学経済学部附属地域経済研究センター編『地域経済研究』 7 号、1996年、67-85頁。 11) たとえば、山本脩平『石油価格決定の政治過程』島根県立大学卒業論文、未公刊、2015年、1-16頁 がある。ここでは、こうした課題があるという点を指摘しているに留まる。 12) 制度については、Kathleen Thelen and Sven Steinmo,“Historical institutionalism in comparative politics” , in Sven Steinmo et al., eds., Structuring politics , Cambridge University Press, 1992, p. 2.をはじめ、P.ホールの 概念化を参考にした。ホールは、 「統治体と経済の様々な単位で人々の関係を構成する公式のルールや 法令遵守手続き、標準操作手続き」と定義している。 。 (Peter Hall, Governing the Economy , Oxford University press,1986, p. 19.) また、アイケンベリーの議論は(G. John Ikenberry,“Conclusion”, in G. John Ikenberry et al., eds., The State and American Foreign Economic Policy , Cornell University Press, 1988, p. 222-223.)、国家構造や、国民 の規範的な秩序にまで概念を広げて制度を捉えている。 本稿では、盛山、衛藤の議論を参考に定義する。盛山和夫『制度論の構図』創文社、1995年、243246頁。衛藤幹子「政策の連続と変容―日本医療制度の構造―」日本政治学会編『年報 政治学』1997年、 136-138頁。 13) 本稿では、消費者の購入を身近の存在として保障するという意味で、小売販売については後者に分 44 ガソリン価格決定の政治過程(光延) 類した。 14) 河村幹夫(監) 『石油価格はどう決まるか―石油市場のすべて―』時事通信出版局、2007年、116頁。 15) 2004年におけるガソリンの需要については、自動車用・62812342klを100%として、③+④:D+E =7496665klで11.94%、⑥:直接販売626438klで 1 .00%、二次販売4157955klで 6 .62%、三次販売61560kl で0.10%、⑤:3113610klで4.96%、①+②:A・ 1 ・ 2 は29292810klで46.64%、B・ 1 . 2 は9215181klで 14.67%、C・ 1 ・ 2 は23628klで 0 .04%であった。但し⑥と①+②には「その他」に分類される⑥では 2383569klで3.79%、①+②では5361437klで8.54%の需要が河村、前掲書、133頁の図「 4 - 4 ガソリン需 要構造フロー」で提示されている。本稿の図はこの図を参考に筆者が参考文献などの資料を基に作成し た。 16) 河村、前掲書、133頁。図を参照した。 17) この場合は全国農業協同組合連合会。この販売組織では、流通から小売までの全ての段階が同一組 織で行われている。2015年 8 月25日、JA岡山の購買部門の職員への筆者の聞き取り調査から。 18) たとえば、伊藤忠エネクス、住商石油、丸紅エネルギー、三菱商事石油、双日エネルギー、兼松ペ トロなどの全国的な組織の販売企業がある。河村、前掲書、133頁を参照した。 19) 96年 3 月の特石法の廃止に伴って新規参入した石油製品販売会社。ダイエー、ジャスコ(現イオン)、 オートバックス、ジョイフル本田、カウボーイ、丸紅の 6 社。 20) 全石連は、全国石油政治連盟(油政連)という自民党を支援し、また自民党からは石油小売り業者 の利益集約を図る意味での団体を組織している。 21) 河村、前掲書、119頁。ここで同書は、経産省の2006年 3 月の「給油所アンケート調査」によれば、 石油製造・流通会社の資本系列下の子会社の経営する給油所では51.8%が黒字経営であったにも拘わら ず(既述の 6 通りのガソリン販売ルートでは③の場合がこれにあたる) 、この子会社と売買契約してい る小売会社での黒字比率は37.4%でしかなかった(既述の 6 通りのガソリン販売ルートでは①の場合が これにあたる) 、ということを述べている。 22) 2009年 6 月の独占禁止法改正で、改正前では仕入れ価格を下回って販売する場合が違反に当たった が、改正後では、仕入れ価格に販売経費と一般管理費を加えた総販売額を下回って販売した場合、違反 と改正された。 23) 自民党福島 1 区選出衆議院議員の佐藤剛男氏は、流通秩序維持のため、ガソリンの仕入れ価格に人 件費や設備償却費等を乗せて、この価格の 6 %をさらに加算して、その価格を超える場合を不当廉売と して取り締まるよう、97年 6 月の衆議院消費者問題等に関する特別委員会で政府に求めた。この経緯に ついては、小蔦、前掲書、241頁を参照した。全石連の機関紙である『ぜんせき』1998年、11月13日に も経緯が掲載。 (参考文献) 秋月謙吾「空港整備政策の展開―国際環境の変動と国内公共事業―」日本行政学会編『年報 行政研究』 35号、ぎょうせい、114-130頁。 飯尾 潤『民営化の政治過程』東京大学出版会、1993年。 伊藤太一「規制行政をめぐる問題状況と規制研究―「公的規制に関する調査研究」の意義と課題」 『季 刊 行政管理研究』70号、1995年、3-15頁。 伊藤武夫「石油産業の戦後再編」原 郎編『復興期の日本経済』東京大学出版会、2002年。 井出秀樹『規制と競争のネットワーク産業』勁草書房、2004年。 今田高俊、鈴木正仁、黒石晋編『社会システム学をめざして』ミネルヴァ書房、2011年。 植草 益『公的規制の経済学』 NTT出版、2000年。 内山 融『現代日本の国家と市場―石油危機以降の市場の脱〈公的領域〉化』東京大学出版会、1998年。 エネルギー産業研究会編著『エネルギー政策の検証 石油危機から30年』エネルギーフォーラム、2003 年。 オイル・リポート編集部編『石油会社の自由化対応策 オイル・リポート・シリーズNo.19』オイル・ リポート社、1988年。 菊川貞巳「ガソリン輸入と行政指導」京都産業大学経済学部『経済経営論叢』20(1)1985年 6 月号、 24-43頁。 橘川武郎『石油産業の真実 大再編時代 何が起こるのか』石油通信社、2015年。 橘川武郎『日本石油産業の競争力構築』名古屋大学出版会、2012年。 菊池良樹『上流部門から見た「石油の過去・現在・未来」』文芸社、2010年。 河野 勝、西條辰義編『社会科学の実験アプローチ』勁草書房、2007年。 後藤 晃・鈴村興太郎編『日本の競争政策』東京大学出版会、1999年。 成城大学法学会編『21世紀における法学と政治学の諸相』信山社出版、2009年。 45 人文社会科学研究 第 32 号 辰井聡子『因果関係論』有斐閣、2006年。 通商産業省資源エネルギー庁『石油審議会石油部会石油流通問題小委員会取りまとめ』1997年。 東北大学大学院国際文化研究科創立10周年記念論文集編集委員会編『創立10周年記念論文集 東北大学 大学院国際文化研究科』東北大学大学院国際文化研究科、2004年。 日本石油『石油便覧』燃料油脂新聞、1994年。 長谷川榮一『石油をめぐる国々の角逐:通貨・安全保障・エネルギー』ミネルヴァ書房、2009年。 保城広至『歴史から理論を創造する方法 社会科学と歴史学を統合する』勁草書房、2015年。 松田憲忠、武田憲史『社会科学のための計量分析入門 データから政策を考える』ミネルヴァ書房、 2012年。 三輪芳朗『日本の取引慣行』有斐閣、1991年。 森田 果『実証分析入門 データから「因果関係」を読み解く作法』日本評論社、2014年。 森田 朗 「執行活動分析試論―戦後日本における自動車運送事業に対する規制行政を素材として―1」 『國 家学会雑誌』95(3-4) 、1982年、146-222頁。 森田 朗 「執行活動分析試論―戦後日本における自動車運送事業に対する規制行政を素材として―2」 『國 家学会雑誌』96(1-2) 、1983年、48-118頁。 森田 朗「執行活動分析試論―戦後日本における自動車運送事業に対する規制行政を素材として―3 完」 『國家学会雑誌』96(5-6) 、1983年、391-467頁。 Grather, E. T., Marketing and public Policy, prentice , Hall, 1966.(片岡一郎・松岡幸治郎訳『マーケティング 行動と政府規制』ダイヤモンド社、1979年) 。 Laura E. Hein, Fueling Growth : The Energy Revolution and Economic Policy in Postwar Japan , Cambridge : Harvard University Press,1990. Richard J. Samuels, The Business of the Japanese State : Energy Markets in Comparative and Historical Perspective , Ithaca : Cornell University press,1987. Steven K. Vogel, Freer Markets, More Rules : Regulatory Reform in Advanced Industrial Countries , Ithaca Cornell University Press, 1996. 46
© Copyright 2024 Paperzz