講義ノート:動学マクロ経済学入門

講義ノート:動学マクロ経済学入門
蓮見 亮
i
はじめに
• 本稿は、いくつかの場所での筆者の講義ノートを取りまとめたものである。
• 読者は、入門レベルのマクロ経済学の教科書に書かれているような経済学の基本的
な概念を理解しており、かつ高校の文系の学生が通常教わる数学の知識(連立方程
式、関数の最大と最小など)のある学生を想定している。
• 従来からある中級レベルのマクロ経済学の教科書では、IS-LM 分析が主としたト
ピックとなるが、IS-LM 分析そのものに対する批判も根強く存在する。また実務
上もそれほど重要視されていないように思われる。筆者としても、エコノミストと
しての実務で IS-LM 分析を用いた記憶がない。
• IS-LM 分析に対する批判として、金利、物価といった異時点間の代替に関わる変数
を説明するにもかかわらず、モデルそのものは静的(static)であり、時間の概念
が明示的に取り入れられていない点がよく挙げられる∗ 。
• 金利、物価といったマクロ経済学で重要な概念を理解するには、静的なモデルでは
なく動的(dynamic)なモデルを数式により表現することが不可欠である。そこで
本稿ではソローモデルに始まり、最適成長モデル、RBC モデルを経てニューケイ
ンジアン・モデルに至るまでの一連の動的マクロモデルの考え方を紹介することに
した。
• そのためには、やや高度な数学も必要となってくる。もっとも、本稿で説明するモ
デルはすべて離散時間モデルとしたため、それを連立方程式として解くのにそれほ
ど多くの知識は必要ない。また、必要となる数学的なテクニック(指数関数・対数
関数、微分、積分、行列など)は、本文中でできるだけ丁寧に説明するように心が
けた。
• モデルを実際に解くにはコンピュータの能力を借りることが多いが、その具体的な
方法についても併せて解説してある。本稿の作成に使用したプログラムは全て簡単
に動かせる形で公開するので、モデルのイメージを掴むために活用していただき
たい。
∗
ここで、モデルとは、一般的には現実をいくつかの側面から解釈した抽象概念のことである。このテキ
ストはマクロ経済の描写を目的としているので、モデルとはより具体的に、現実のマクロ経済を複数の数
式によってシステムとして描写したものを意味する。
ii
本稿で用いる記法など
• ≃:ほぼ等しい
• ̸=:等しくない
• ∞:無限大
• 離散変数とは t = 0, 1, 2, · · · , 10 のように飛び飛びの値をとりうる変数のことであ
る。連続変数とは、0 ≤ x ≤ 1 のように飛び飛びではない値をとりうる変数のこと
である。
• 和の記号
∑
:数列 at の和 a1 + a2 + · · · + an を
∑
という記号を使って
と表す。特に、at の無限の和 a1 + a2 + · · · + an + · · · を
• 積の記号
∏
:数列 at の積 a1 a2 · · · an を
∏
∑∞
∑n
t=1
at
at と表す。
∏n
という記号を使って t=1 at と表す。
t=1
• 集合:いくつかの「もの」からなる「集まり」を集合とよぶ。集合のメンバーを要
素とよぶ。例えば、1,2,3 を要素とする集合 S を
S = {1, 2, 3}
と書く。ある条件を満たす x 全体の集合 S を
S = {x| 条件 }
と書く。
• a が集合 A の要素であるとき、
a∈A
と書く。
• 2 つの集合 A, B から直積という操作によって新しい集合を作ることができる。具
体的に A と B の直積を
A × B = {(a, b)|a ∈ A, b ∈ B}
と定義する。
• 実数(大雑把にいえば、整数と小数をすべてあつめたもの)も集合の一種であり、
実数全体の集合を R という記号で表す。直積 R × R を R2 と略記する。
• 関数:A, B を集合とする。A の任意の要素 a に対して、B のある要素 f (a) を対応
させる規則 f のことを関数とよび、
f :A→B
iii
と書く。例えば、f が実数上で定義された実数値関数であるとき、
f :R→R
と書く。
• ベクトル記法:Rn の要素 (a1 , a2 , . . . , an ) を太字で a と表すことがある。
• 本稿で用いるギリシア文字の読み方は以下のとおり。
α(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)、δ(デルタ)、∆(デルタ(大文字))、ϵ, ε
(エプシロン)
、η(エータ)
、θ(シータ)
、κ(カッパ)
、λ(ラムダ)
、Λ(ラムダ(大
文字))、µ(ミュー)、ν (ニュー)、π (パイ)、Π(パイ(大文字))、ρ(ロー)、σ
(シグマ)、τ (タウ)、ϕ, φ(ファイ)、χ(カイ)、ψ (プサイ)、ω (オメガ)
iv
本稿で利用する公式
指数法則
xa xb = xa+b
(1)
(xa )b = xab
(2)
(xy)a = xa y a
(3)
対数法則
ln(xy) = ln(x) + ln(y)
( )
x
ln
= ln(x) − ln(y)
y
ln(xa ) = a ln(x)
(4)
(5)
(6)
微分
d
(bxa ) = abxa−1
dx
d
1
ln(x) =
dx
x
a
d
[a ln(x + b)] =
dx
x+b
(7)
(8)
(9)
テイラー展開
一次のテイラー展開(f : R → R)
f (x) ≃ f (a) + f ′ (a)(x − a)
(10)
一次のテイラー展開の応用(r が 0 に近い値のとき)
ln(1 + r) ≃ r
(11)
一次のテイラー展開(f : Rn → R)
n
∑
∂f
f (x) ≃ f (a) +
(a)(xi − ai )
∂xi
i=1
(12)
v
参考文献
[1] D. Acemoglu. Introduction to Modern Economic Growth. Princeton University
Press, 2009.
[2] B. Heer and A. Maussner. Dynamic General Equilibrium Modeling: Computational Methods and Applications. Springer Verlag, 2nd edition, 2008.
[3] L. Ljungqvist and T.J. Sargent. Recursive Macroeconomic Theory. The MIT
Press, 2nd edition, 2004.
[4] G. McCandless. The ABCs of RBCs. Harvard University Press, 2008.
[5] M.J. Miranda and P.L. Fackler. Applied Computational Economics and Finance.
The MIT Press, 2002.
[6] H.R. Varian. Microeconomic Analysis. W. W. Norton & Company, 3rd edition,
1992.
[7] C.E. Walsh. Monetary Theory and Policy. The MIT Press, 3rd edition, 2010.
[8] 加藤涼. 現代マクロ経済学講義. 東洋経済新報社, 2007.
[9] 神谷和也, 浦井憲. 経済学のための数学入門. 東京大学出版会, 1996.
[10] 斉藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会, 1966.
[11] 齊藤誠, 岩本康志, 太田聰一, 柴田章久. マクロ経済学. 有斐閣, 2010.
[12] 杉浦光夫. 解析入門. 東京大学出版会, 1985.
[13] 高橋陽一郎. 微分方程式入門. 東京大学出版会, 1988.
[14] 森田茂之. 集合と位相空間. 朝倉書店, 2002.