電子申告等に対する一考察

電子申告等に対する一考察
A study of a tax payment reported by an electronic file.
法学研究科法律学専攻博士前期課程修了
西
山
恭
博
Yasuhiro Nishiyama
Ⅰ
序章
Ⅱ
租税法上の書面における手続きとオンライン化法案
1 行政手続法と国税通則法上の考察
(1)確定申告の原則
(2)送達(発信)主義と到達主義
2 e-Japan計画と電子政府の動向
(1)IT戦略本部の設置まで
(2)オンライン化法案とその考察
Ⅲ
国税電子申告・納税システムe-Taxの法的根拠とその考察
1 国税電子申告e-Taxの法的根拠
(1)国税の電子申告・納税における法令等について
(2)法的根拠とその考察
(3)電子申告法は必要か
(4)電子署名に対する考察
Ⅳ
今後の課題と問題点
1 e-Taxの問題点と考察
(1)e-Taxの現状分析
(2)e-mail添付ファイルについて
(3)簡易な方法の模索
(5)申告書等の控えの問題
(6)添付書類の問題
(7)提出期限及び利用時間の問題
(8)税理士の活用の限界
(9)地方税の確定申告
Ⅳ
結びに代えて
- 65 -
Ⅰ
序章
21世紀に入って世の中はIT化が進んでいる。2004年からはテレビも地上波デジタル放送が本格的
に開始され 1 、インターネットもブロードバンド化が進み 2 、IP電話も着実に利用者数を増やしてい
る 3 。数年前までは入手困難であった情報が、現在ではネット経由で世界中の情報が手に入る。中には
虚偽情報も数多く含まれるが、それは他の文献等を基に比較分析しながら自己判断すればよい。それ
よりも、数多くの情報を手に出来る状況を作り出すほうが、人々にとっては有用である。それらは、
アナログ的発想からデジタル的な発想への転換ともいえるだろう。
もちろんこのようなインターネット等におけるデジタル情報を自己のものとして自由に操るには、
それだけ情報システムについての知識と理解が必要であるし、またコンピュータを自由に操作できる
基本的な技術が必要である。
Windows95の登場によってパソコン及びインターネットの利用可能者が急激に増えたのも事実で
あるが 4 、まだまだ一般庶民にとってこのような世界をすべての人が理解しているとはいい切れない。
いわゆるデジタル・ディバイド、地域格差等の問題も解決していかなければならない 5 。
しかし、そのような電子的なハードウェア及びソフトウェアの使用法を考えるとき、限りなく世界
が広がる。理工学的発想で終わるものではない。グローバルな幅広い発想でこれらの事実を考える必
要がある。それは、時間と空間をも乗り越えて考える必要がある。
なぜならば、十数年後にパソコン1台で世界が動かせるようになるかもしれないからである。人と
人とが移動せずに会議や打ち合わせが行われ、契約をし、商業的な取引が時空を超えて行われる。ま
た、バーチャルな世界が進歩する中で、さまざまな文化が融合し、人と人とがパソコン上で自由に交
流する世界が、技術的には既に可能であり、そのような世界がすぐそこにやってきているからである。
そのときに、法律的な側面での対応を考えなければならない。立法論から解釈論にいたるまで、現
実的にかつ理論的に構築する必要がある。それは、インターネットの社会では、国と国との境界が外
れ、グローバルな社会が一遍に到来するからである。その社会は今でも既に始まっている。しかし、
社会の歴史は古くから文化を構築し、それぞれの国において、それぞれの人々が築きあげたものであ
る。したがって、その文化、その社会を守りながら、国際社会としてのルールを築いていく必要があ
1
総務省《http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/whatsnew/digital-broad/schedule.html》
2005年7月19日。関
東・中京・近畿の三大広域圏からスタートし、各総合通信局によって随時運用を拡大する旨が述べられている。
2
総務省「報道資料ブロードバンド契約数等の推移」(2005年7月8日)。2004年度末のブロードバンド契約者数
は約1,951万契約としている。
3
総務省「報道資料平成16年度末の電気通信事業契約数等の状況(速報)」
(2005年6月8日)
。
4
総務省「平成17年版情報通信白書」28頁。この中の図表①インターネット利用人口及び人口普及率を見ると、急
激にインターネットの利用者が増加していることが分かる。
5
同、255-257頁参照。
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るのである。そのようなネット社会が発展していく中で、本稿では租税における電子申告・電子納税
という電子的な問題について取り上げてみた。
政府は、1994年8月2日に高度情報通信社会推進本部を内閣に設置し 6 、同年12月25日に行政情報
化推進基本計画の閣議決定 7 を行っている。これが行政手続をオンライン化していく基本となるもので
あるが、電子申告等についてもこの閣議決定が基となって開始されたといってよい。
そのような電子申告等は、実際にどの程度普及しているのであろうか。また、電子申告等を進める
上で、どのような問題点が潜んでいるのであろうか。さらに、法令上の問題点、実務上の問題点はな
いのであろうか。実際には2004年6月から全国で開始されたばかりであるが、実務家の間では研修等
も数多く行われ、関心が高い問題でもある。これらの比較検討により日本版電子申告等であるe-T
axがより発展する一助となれば幸いである。
また、本稿ではインターネットによる情報も数多く取り上げているが、URLについての引用は、
「記述ルールは確立されていない 8 」といわれており、統一したルールはない。しかし、インターネッ
トによる情報の中には重要な文献等も多く、今後広く使用されていくものと思われる。ただし、ネッ
ト情報は移り変わりも激しく、内容についても比較的簡単に書き換えが可能なため、ホームページに
アクセスした日付を付すこととした。そこで、試みにURLは《
》で囲み、その後ろにアクセス日
付(最終確認日)を付した。
また、本文中にある「電子申告等」という表記は、原則的には「電子申告及び電子納税」の意味で
あり、論述する内容によりこれらを使い分けた。
Ⅱ
租税法上の書面における手続きとオンライン化法案
1
行政手続法と国税通則法上の考察
(1)確定申告の原則
納税申告とは、申告納税の租税について、納税者が租税法規の定めるところに従って納税申告書を
租税行政庁に提出することをいう 9 。
現在、国税の申告については、直接税としては個人の税金である所得税及び相続税、法人の税金で
ある法人税、また、間接税として消費税などが国税の一般的な税金として知られているが、国税の申
告については、国税通則法及び各税法の法令によって定められている。
行政上の手続きについては、通常、行政手続法を基本として運用される。行政手続法は、「憲法の国
6
《http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/enkaku.html》2004年11月。
7
宇賀克也『行政手続オンライン化3法』(第一法規出版、2003年)14頁。
8
桜井雅夫、『レポート・論文の書き方上級』
(慶應義塾大学出版会、1998年)131頁。
9
金子宏『租税法第10版』
(弘文堂、2005年)647頁。
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民主権主義の下、憲法31条『適正手続の保障』規定を具体化した法律である 10 。」しかし、租税につい
ては国税通則法 11 において行政手続法の除外規定が設けられており、一般的には租税法独自の規定と
して申告、更正などが行われる。
それでは、実際の申告を個人や法人がどのように行っているかについて、具体的な手法を見てみよ
う。たとえば法人の場合を例にとると次のような手続となる。
①
期中における取引について証憑書類から商法32条の公正基準により公正なる会計慣行に従っ
て商業帳簿を作成する。
②
会計上の基準により適正なる貸借対照表、損益計算書等の財務諸表を作成して決算を組む。
③
確定した決算書により、法人税法の規定に従って確定申告書を作成する。これは、わが国の法
人税法は確定決算主義を採用している 12 ためである。その具体的内容は、「a.商法上の確定決
算を課税所得算定の基礎とする。b.税法上の『別段の定め』に基づく調整の他、課税所得の
計算は『一般に公正妥当と認められる会計処理の基準』に従う、c.損金経理等の一定の処理
を課税所得計算上の要件とする」 13 ことを指している。
④
確定申告は、原則として事業年度終了の日の翌日から2ヶ月以内に行い、法人税の納付をしなけ
ればならない(法人税法74条)
。ただし、会計監査人の監査を受けなければならないこと、その
他これらに類する理由により決算が確定しない場合(提出期限までに提出できない状況にあるこ
と)には、税務署長に対して事業年度終了の日までに申請手続きを行うことにより申告期限の延
。また、災害その他やむをえない理由が発生した場合にも同
長は可能 14 である(法人税法75条)
様の措置 15 がとられている(国税通則法11条、国税通則法施行令3条1項2項3項、法人税法75
条)
。
⑤
作成された確定申告は、その法人を所轄する税務署に確定申告書を申告期限までに提出するこ
とにより行われる。同時に確定した税額について納付期限までに納付する。
以上が一般的な申告となるが、申告については直接税務署に出向いて申告する方法以外に、郵便に
より提出する方法もある。この場合には、国税通則法22条の規定により、到達主義の原則とは異なり、
「その郵便物又は信書便物の通信日付印により表示された日(その表示がないとき、又はその表示が
明瞭でないときは、その郵便物又は信書便物について通常要する送付日数を基準とした場合にその日
10
松沢智『租税手続法』
(中央経済社、1997年)4頁。
11
行政手続法3条、4条においても適用除外規定が設けられているが、租税についてはさらに国税通則法74条の
2で処分等の適用除外規定が設けられている。
12
武田隆二『中小会社の会計』(中央経済社、2003年)14頁。「確定決算主義とは、株主総会において計算書類が
承認されたことを意味している。
」
13
同書、14頁。
14
小田嶋清治『平成16年版図解法人税法』(大蔵財務協会、2004年)507頁。
15
同書、都道府県の全部又は一部にわたり災害その他やむをえない理由が発生した場合には(国税通則法施行令
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に相当するものと認められる日)にその提出がされたものとみなす」ことになる 16 。
(2)送達(発信)主義と到達主義
納税申告がいつの時点で終了するかということを考える場合に、原則となる民法の規定を紐解いて
みる必要がある。なぜならば、「納税申告は、行政法学者のいう私人の公法行為の一種であり、納付す
べき税額を確定する効果をもつ。申告には原則として民法の規定が準用される。 17 」というのが原則
だからである。民法では、到達主義が原則である(民法97条1項)。到達主義を示した判例としては
以下のものがある。
①「電話加入者が自ら表示した住所に日本電信電話公社から発せられた意思表示が送付され、そこに
居住する者によって受領されたときは、その意思表示は電話加入者の支配圏内におかれたとみられ、
到達があったと解してよい。(最判昭43・12・17民集22-13-2998)」とした事例。
これに対して租税においては、「国税に関する法律に基づいて税務署長又はその職員が発する書類
は、その送達を受けるべき者の住所又は居所に送達」する(国税通則法12条1項)ことになっており、
「国税の賦課、徴収等の行政処分は、原則として、この書類を受けるべき者への送達によって効力が
生じる」ことになっている 18 。これは民法における原則の特例ともいえる 19 。
逆に納税者が書類の提出を行う場合には、民法の規定(民法97条1項)により到達主義が原則とさ
れるが、(1)で述べたように納税申告書等が郵送された場合には郵便物の通信日付印(スタンプ印)
により表示された日に提出がされたものとみなす 20 。
電子申告の提出時期については、国税庁は「申告を含む届出手続において、いつ到達したと考える
べきかは、行政手続法上、届出が行政庁等の事務所に物理的に到着し了知可能な状態に置かれる、す
なわち届出が当該部局の支配圏内に置かれる時点と解されていることを勘案すれば、電子申告におけ
る到達時期も、これと同様の考え方に立って、納税者から送信された申告データが税務当局の受付シ
ステムに入った時点で当局としていつでもその内容を見ることが可能となることから、その時点で到
達したと考えるべきである。 21 」と述べており、税務当局の受付システムに入った時点で提出があっ
3条1項)
、申請手続きは要さない。
16 申告期限は「事業年度終了の日の翌日から2ヶ月以内」と定められているだけであり、時間等の定めはない。
したがって、原則としては夜の12時の提出については理論上も期限内申告として受け付けられる。したがって郵送
の場合も同様の取り扱いとなり、確定申告の最終日には、時間外受付が可能な郵便局に、提出しようとする人が並
んでいるのが実情である。
17 金子宏、前掲書、648頁。
18 黒坂昭一「平成15年版-図解国税通則法」
(大蔵財務協会、2003年)24頁。
19 同。この他にも送達の特例としては民事訴訟法98条1項、民事保全法17条、民法526条1項、商法508条1項、
商法509条、民法525条などがある。
20 黒坂昭一、前掲書、36頁。
21 国税庁「望ましい電子申告のあり方について」申告手続きの電子化に関する研究会第9回(2000年3月30日)
、
第10回(2000年4月19日)を開催し、その結果をまとめたものである。
《http://www.nta.go.jp/category/kenkyu/kenkyu/arikata/02.htm》2004年12月27日。
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たものと考えている。システム上は受付により受信通知が送信者に通知されることになっているが、
その時間についてはシステムの問題もあり、国税庁はホームページの中で注意を呼びかけている 22 。
国税庁のサーバーがダウンしないことを仮定すれば、そのような考え方が一般的である。
なお、租税に関する提出時期の判例としては以下のものがある 23 。
①
国税通則法22条(郵送に係る納税申告書の提出時期)は、実体的要件に関する発信日の証明を緩
和したものであって、その他の証拠により発信日を証明することを禁ずるものではないところ、
法定申告期限内に確定申告書を郵便ポストへ投かんした事実をビデオテープの録画により客観的
に証明できた場合、当該申告は期限内申告に当たるとの納税者の主張が、同条は実体的要件を定
めたものとは必ずしも解されず、同条の法文上、反証を許さない、「みなす」との文言が用いられ
ていることに加えて、同条の趣旨が、申告納税方式による納税申告は、比較的短期間に定められ
た法定申告期限内に大量の事務を処理しなければならない性格を有し、効率的な事務処理の観点
から提出日の判定を画一的な基準で行う必要性が高いことから、納税申告書の郵便物に付された
通信日付印等を提出日の判定基準としたものであると解されることに照らせば、同条に定められ
た通信日付印等の方法以外の証拠等により個別的に提出日を証明し、これに基づき提出日を判定
することは許されないとして排斥された事例(原審判決引用)(東京高裁平成12年(行コ)第203
号無申告加算税賦課決定処分等取消請求控訴事件(棄却)(控訴人上告)税資249号1263頁)。
2
e-Japan計画と電子政府の動向
(1)IT戦略本部の設置まで
2002年12月6日、オンライン3法が国会で可決され、12月13日に公布された。オンライン3法と
は、①「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律」(以下、「オンライン基本法」とい
う)②「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関
する法律」(以下、「整備法」という)③「電子署名にかかる地方公共団体の認証業務に関する法律」
(以下、「電子認証法」という)のことをいう。
これらの法律は、電子申告等の基礎となる法律であるが、まずそれに至る経緯からみていきたい。
それは、①電子申告等がオンライン基本法を手続き上の基本となる法律としていること②電子申告等
が行政改革全般にわたる流れから成る重要課題の一つであることなどを確認する必要があるためであ
る。その流れの中にIT戦略本部があり、e-Japan計画が生まれてくることを確認したいと思う。
22
国税庁はホームページで「受付システムの混雑の状況により異なりますが、通常はそれほど時間がかからずメ
ッセージボックスに格納されます。ただし、確定申告期のような混雑が予想される時期については、通常より時間
を要するものと思われます。なお、メッセージボックスを確認できる時間は、e-Taxの利用可能時間と同様ですの
でご注意ください。」と記載している。
《http://www.e-tax.nta.go.jp/toiawase/qa/a0600.html#06003》2004年12月
27日。
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ただし、オンライン基本法は、「書面を前提とした個別法の規定を改正することなく、オンライン化
を可能とする法律 24 」である。つまり、現在の租税手続きにおける手法をそのまま電子化することが
前提になっている。そして、通則法方式として制定されたものであるが、この点については議論の余
地があると思われる。
2001年1月22日に第一回のIT戦略本部の会議が開催されるが、それまでの経緯については以下の
とおりである 25 。
1994年12月25日
「行政情報化推進基本計画」の閣議決定
1996年 9月 2日
「電子化に対応した申請・届出等手続きの見直し指針」作成(総務省)
1997年 2月10日
「申請負担軽減策」が閣議決定
1997年12月20日
「行政情報化推進基本計画の改定」が閣議決定
1999年 3月31日
「ワンストップサービスの推進について」了承
1999年 4月27日
「行政コスト削減に関する取組方針」が閣議決定
2000年 5月30日
「電子署名及び認証業務に関する法律」制定
2000年 5月
「申請・届出等手続の電子化の推進のための基本的枠組み」を高度情報社会推進
本部に報告
2000年 9月
「申請・届出等手続のオンライン化に係るアクション・プラン」をIT戦略会議・
情報通信技術戦略本部に報告
2000年11月
「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)
」制定(2001年1月
6日施行)
このIT基本法では、第13条で「政府は、高度情報通信ネットワーク社会の形成に関する施策を実
施するため必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講じなければならない。」としており、さ
らに、第20条で「高度情報通信ネットワーク社会の形成に関する施策の策定に当たっては、国民の利
便性の向上を図るとともに、行政運営の簡素化、効率化及び透明性の向上に資するため、国及び地方
公共団体の事務におけるインターネットその他の高度情報通信ネットワークの利用の拡大等行政の情
報化を積極的に推進するために必要な措置が講じられなければならない。」と述べている。
つまりこの段階で、抽象的ではあるが、行政上の手続きを含めた上で、それらの手続きをインター
ネットなどのネットワークを利用して電子的に運用できるように法制化することを取り決めたといっ
てよい。また、22条では「高度情報通信ネットワークの安全性及び信頼性の確保、個人情報の保護そ
の他国民が高度情報通信ネットワークを安心して利用することができるようにするために必要な措
置」とも述べており、個人情報の保護、安全性についても触れている。そして、第3章(25条~34条)
23
24
TAINSより転載。
宇賀克也、前掲書、3頁。
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に「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部」を設置する旨が述べられている。
(2)オンライン化法案とその考察
IT戦略本部とe-Japan重点計画の流れを簡単に整理してみる。IT戦略本部は、2001年1月に公
表されたe-Japan戦略を中心として計画が進められ、2003年7月にe-Japan戦略Ⅱを公表。これらの
戦略を推し進めてきたのが、具体策などを盛り込んだ重点計画である。それは、e-Japan重点計画、
e-Japan重点計画2002、e-Japan重点計画2003、e-Japan重点計画2004、IT政策パッケージ-2005
と順次計画が見直されて、議論のうえに緻密な計画が盛り込まれている。
そして、それらの重点計画を推し進めるものとして、2003年に制定されたe-Japan戦略加速化パッ
ケージがある。ここでは、「e-Japan戦略の中で特に重要なテーマについて、具体的な目標期限
を切って検討・施策の実施に取り組むというもので、事実上、各省庁にとってはIT戦略本部
への政策実施公約リストに近い意味を持っている。e-Japan戦略の中で特に重要なテーマにつ
いて、具体的な目標期限を切って検討・施策の実施に取り組むというもので、事実上、各省庁
にとってはIT戦略本部への政策実施公約リストに近い意味を持っている 26 。」
具体的には、「2003年秋に策定された『e-Japan戦略Ⅱ加速化パッケージ』では、365の項目
がA~F(A:国際戦略(Asia)B:セキュリティ(Block and Back-up Security)C:コン
テンツ政策 の 推進(Contents)D: I T規制改革 (Deregulation)E:評価 (Evaluation)
F:電子政府・自治体の推進(Friendly e-government and e-local government))という重点
政策分野別に配置されて列挙されている 27 。」そして、行政に関しては省庁ごとにその目標に
向かって計画を推し進めているというのが現状である。
その中で重要なことは、本稿で取り上げている電子申告等については、法制化するにあたってその
法律の立案が、書面一括法か通則法方式かということである。これについては、「電子政府法制の検討
状況について(2001年2月26日内閣官房IT担当室)」では、
「法令の形式としては、①必要な事項を
各個別法に規定する方式(書面一括法)と、②各手続きに概ね共通となる事項を一つの法律で規定し、
特例的に必要な事項を各個別法に規定する方式(通則法方式)が考えられるとし、立法政策的には、
」
②の形式が、国民へのわかりやすさ、制度改正の容易さ等から望ましいと考えられるとしている 28 。
これに対して参考となるのは、「書面の交付等に関する情報通信の技術の利用のための関係法律の
整備に関する法律(以下、IT書面一括法という。)」である。この法律は、2000年11月17日に成立さ
れ、同月27日に交付、2001年4月1日から施行されたものである。
25
同書、24頁。
26
澁川修一 《http://japan.cnet.com/column》2004年12月11日。
「コラムe-Japan戦略の本音を探る『ITを実際
の社会に落としていく』」(内閣官房岸博幸のインタビューの中で2004年7月12日)。
27
同。
28
宇賀克也、前掲書、15頁。
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IT書面一括法の内容は、「民間における商取引に関する書面の交付や書面による手続きを義務づ
けている関係法律全50本について、書面の交付に代えて、顧客の承認を得て、書面に記載すべき事項
を情報通信の技術を利用する方法により提供することが出来ることとする 29 」ものであり、中小企業
等協同組合等の組合においても、定款に定めた場合には議決権の行使を電子的な方法により行うこと
が出来るとするものである。対象となる書面については、「民・民間の書面の交付あるいは書面による
手続きの義務について、従来の手段に加えて、送付される側の承認を条件に、電子的手段によること
を承認しようとするものである。他方、いわゆる電子政府・電子自治体の実現に向けて課題とされる
官・民間の書面(各種申請・届出等にかかる書面)は、本法の対象となるものではない 30 。」
つまり、民・民間における書面の交付・手続きについては、書面一括法として制定されたため、50
の法律を一括改正して情報技術の利用を認めた形となっている。したがって、行政手続についてもこ
れと同じように関係法律を一括改正しようという動きもあった。このIT書面一括法に関する50の関
係法律の中には、証券取引法や、投資信託及び投資法人に関する法律、保険業法宅地建物取引業法な
どが含まれており、これらを経済学的側面から見れば、ネット証券等の取引には大きく貢献したもの
と思われる。
たとえば、インターネットの株取引の推移を見れば、2001年度は23.7兆円であったものが、2003
年度には82.0兆円まで膨れ上がり、2年で3.5倍になったことが報告されている 31 。もちろんこれらの
書面の交付・手続き等のみがその要因とは考えにくい向きもあるが、IT書面一括法の制定が、少な
からずこれらの実績を生み出す要因となっていることには疑う余地は無い。
ただし、2002年の商法改正により電磁的取引により可能となった株主総会の召集通知や議決権の行
使等については、それらの関係法令の改正が検討されることになっていたためにIT書面一括法の対
象とはなっていない 32 。
さて、このIT書面一括法では一括法方式がとられているが、オンライン3法における方式として
は、通則法方式をとっている。なぜこのような違いが出てきたかをもう少し順を追ってみてみよう。
まず、2001年3月2日に行われたIT戦略本部の資料として提出された、社団法人経済団体連合会
の提言に注目する必要がある。その中の電子政府の実現という項目の中で「電子的行政手続・行政運
営を包括的に認める法令の制定、『e-Japan 戦略』に示された『電子情報を紙情報と同等に扱う行政』
の実現に向けた法的基盤を早急に確立する観点から、官民ならびに官官における電子的な行政手続・
行政運営を省庁横断的且つ包括的に認める法令を制定すべきである。その際、オンライン化できない
29
久米孝「書面の交付等に関する情報通信の技術の利用のための関係法律の整備に関する法律(IT書面一括法)
の概要」『NBL』No.711(2001年)14頁。
30
同。
31
前掲、経済産業省「『新産業創造戦略』を踏まえた今後のIT政策の展開について」(2004年)5頁。
32
久米孝、前掲論文、15頁。
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手続等については、個々にその旨を法令に明記することとすべきである。 33 」としている。
これについて「通則法方式を提唱するものであるとともに、官民のみならず官官における電子的な
行政手続・行政運営も対象とした法制化を提唱していた点でも注目に値するもの 34 」として通則法方
式に至った重要な提言と受け止める必要がある。
しかし、この提言によって直ちに通則法方式が決まったわけではない。なぜならば、その後にまと
められた同年6月26日報告の内閣官房IT担当室の「申請・届出等手続のオンライン化に伴う法令の
見直し等に関する基本方針」においても通則法方式は明確化されていない。また、その基本方針を受
けて総務省で法律を整備し、立案指針を作成することになったが、この時点でも「一括法方式を採る
か、通則法方式を採るかは明確にされていない 35 。」からである。
通則法方式が明確になったのは、2002年10月12日の自由民主党政務調査会e-Japan重点計画特命委
員会における麻生政調会長の通則法方式を採る発言からである。その後同19日に、特命委員会から「手
続の電子化に関する法的措置」について関係副大臣に通則法方式により法令を制定するよう要請があ
ったことによる 36 。
以上の経過を経て通則法方式によるオンライン化3法が制定されるわけだが、これについて租税手
続法においてもそれが正しい選択なのかということをもう一度考え直す必要がある。一概にそれを今
後においても認めるわけにはいかないようである。なぜならば、租税手続の複雑性とその特殊性から
して、租税に関する情報技術の利用に関する法律は、個別に対応することが望ましいと思われる側面
が存在するからである。
この点について税務大学校の日景智教育官は論文の冒頭で「国税に関する手続については、別の法
律が必要であって、通則法方式にはなじまなかったのではないかと考える。 37 」と述べている。そし
てその理由として、「納税申告が、国民(納税者)の財産権に深く関連しているのみならず、自己の租税
債務を明らかにするという自らにとって不利益を生じさせる行為であるという点において、通常の申
請や届出といった行為とは大きく異なる上、書面に記載する(データとして入力を要する)事項も多
岐にわたっていることに加え、行政機関(税務署)による内容の審査(調査)があってその内容に誤
りがあると判明しない限りはその内容に従って納税者の租税債務の額が一応確定するという特色を有
しているのであり、このような性格を有する納税申告を中心とした国税関係の手続を比較的単純な申
請、許可等を前提とした法律によって律することにはそもそも無理があったのではないかと考えられ
るからである。」 38 と述べている。
33
34
35
36
37
38
社団法人経済団体連合会「『e-Japan戦略』実現に向けた提言」(2001年)7頁。
宇賀克也、前掲書、16頁。
同書、17頁。
同書、18頁。
日景智「電子申告を巡る法令上の問題点」
『税大論叢』43号(2003年)213頁。
同論文、225頁。
- 74 -
確かに国及び都道府県、区市町村といった行政における業務内容の1つには、重要な事項として「行
政サービス」といった側面が存在する。たとえば、教育についても、環境問題についても、各種施設
の利用や各種相談等についても行政側からのサービスであり、それらの申請等については利用する側
に利点があるものである。また、保健衛生、建設等の申請についても財産権に及ぶものではなく、租
税債務の確定とは質的意味合いを異にしているといえる。
租税という側面は日景智教育官が指摘するように国民における不利益的側面が存在するのは明らか
であり、これらの手続を他の申請等と同じように考えることにそもそも問題があると考える。また、
租税の種類は多岐に渡り、それらは各々個別の法律により定められているのであるから、将来的に電
子申告を一般的なものとして育てていくためには、租税ごとの特殊性に従って電子申告を考えていか
なければ問題が生じることも懸念される。
行政手続法とは別に国税通則法が定められており、その中で行政手続法の適用除外(国税通則法74
条の2)が定められていることを考えれば、その特殊性を理解することが出来るだろう。
さらに日景智教育官は、「通則法方式が採用されたことによって、具体的手続は主務省令に委任され
てしまったことによる弊害もあるように思われる。」とし、従来政令で規定されてきた内容が財務省令
に委ねられてしまい、そのことは租税法律主義(憲法84)の「
『手続保障原則』39 の観点から問題があ
る 40 」と指摘している。
そもそも、行政上の個々の問題は存在するとしても、電子申告などの情報技術の利用を考えるとす
れば、現在紙媒体として書面で申告している内容について、その形態を変えずにそのまま電磁的な方
法で可能かどうかを考えることは、はたしてそれが適正かどうか疑問である。確かに通常は、今ある
形態を変えずにそのままの方式で(申告書の提出などを)電子的な方法により解決する方法は問題が
無い方法ともいえるが、それはあくまで情報通信機器ならびにパソコン等の電子計算機の特徴を尊重
して考えるべきであろう。このことは国税電子申告・電子納税(e-Tax)を広く一般に使用しても
らうためにも必要な発想である。
Ⅲ
国税電子申告・納税システムe-Taxの法的根拠とその考察
1
国税電子申告e-Taxの法的根拠
(1)国税の電子申告・納税における法令等について
e-Taxは「行政手続における情報通信の技術の利用に関する法律」、いわゆるオンライン基本法
をその根拠としていることは既に述べた。このオンライン基本法は通則法方式であるため、この法律
39
金子宏、前掲書、84頁。
40
日景智、前掲論文、225頁。
- 75 -
を基本として電子申告は運用されることになる。ただし、これだけでは不十分であるために、具体的
な方法を規定 41 する「国税関係法令に係る行政手続における情報通信技術の利用に関する省令(平成
十五年七月十四日財務省令第七十一号)」(以下、「利用に関する省令」という)を制定し、2003年11
月4日から施行している 42 。
また、このほかに「国税電子申告・電子納税システムに関する定め」(以下、「利用に関する定め」
という)と「国税庁長官が定める電子証明書に関する定め」(以下、「電子証明書に関する定め」という)
を規定し、利用する際の規定として「国税電子申告・納税システムの利用規約」及び「国税電子申告・
納税システム利用者用ソフトウェア(e-Taxソフト)の使用許諾書」を取りまとめた。
(2)法的根拠とその考察
上記のように電子申告等の法的根拠は、オンライン基本法にあるが、法体系的にはその利用法や具
体的手続などについては、省令、定め等に規定している。このような規定により運用は可能だが、果
たしてそれでよいのであろうか。行政手続をオンライン化することについて、通則法方式と一括法方
式についての議論は既に述べたが 43 、省令や国税庁から出ている定めについてはどうであろうか。
現在の租税に関する手続は、国税通則法1条で「この法律は、国税についての基本的な事項及び共
通的な事項を定め、税法の体系的な構成を整備し、かつ、国税に関する法律関係を明確にするととも
に、税務行政の公正な運営を図り、もつて国民の納税義務の適正かつ円滑な履行に資することを目的
とする。」と述べているように、各税法の手続についての共通的事項はこの国税通則法で規定している。
それに対して法人税、所得税などの個別の税法は、納税義務者、課税標準、税率など課税の実態に関
する規定を中心に定めており、税法の体系を構成しているといえる 44 。
租税手続法は、「租税行政過程における行政主体と私人の関与する法的手続を規律する法規をいい、
租税実体法に対する概念」 45 であるから、課税標準等の課税実体法の規定については原則として各個
別の税法に規定し 46 、国税通則法においてその共通的手続き事項を各税法とは別に租税手続きについ
て規定するという法律体系を採っている。これはアメリカ型の規定方法とは異なり、ドイツ型の通則
法の規定の方法を採っているといえる 47 。
(3)電子申告法は必要か
租税の体系については上記のような体系が採られてきたわけだが、電子申告等の手続においては、
41
オンライン基本法3条では、
「主務省令で定めるところにより」として具体的な手続の内容を省令に委ねている。
42
国税電子申告・納税システム(e-Tax)ホームページ《http://www.e-tax.nta.go.jp/houreito/hourei.html》
2005年7月19日。
43
本論文Ⅱ2(2)、参照。
44
黒坂昭一、前掲書、1頁。
45
松沢智、前掲書、112頁。
46
原則としては国税通則法に規定しているが、全てを規定しているわけではなく、各個別の税法においてもその
特殊性から手続規定をおいている。
- 76 -
通則法方式が採られたために、国税通則法の上にさらに通則法となるオンライン基本法が定められる
こととなった。そして、その具体的内容は、法律ではなく、省令として規定している。さらにその細
則については国税庁におけるシステムと電子証明書についての定めで運用しているのである。
本来であれば、1993年11月12日に制定された行政手続法と同じように、租税手続法なるものを制定
するか、又は国税通則法を改正することにより租税手続の安定を図るか、今までの法律体系を崩すこ
となく電子申告法なる別の法律により、国民の納税に対する安定性を図ることが必要ではないかと考
えるのである。けだし、租税の手続であっても、憲法84条の租税法律主義を採用しているわが国にお
いては、少なくとも国民主権における国会において、立法化された法律の下に租税行政の運営がなさ
れるべきであると考えるからである。
この点について日景智教育官は「従来の国税にかかる租税手続法の体系からみると異例な形となっ
ているのは否めないところであり、今後、納税者の租税債務を確定し、あるいは、還付を請求するた
めの手段である納税申告に関する手続規範のあり方としてどのような体系が適当かについて、検討を
加えていく必要があるのではないか」 48 と、述べている。
特に、通則法の下に今まで国税通則法という法律レベルで行っていたものを、省令としてしまった
ことには疑問を感じざるを得ない。現在、個別の税法である法人税、所得税、相続税、消費税といっ
た主要な税法はもちろんのこと、政治的な色合いの濃いと一般的にいわれている租税政策的な租税特
別措置法も法律として機能しているのである。
このような状況から考えるならば、租税という国民において最も重要な事項について、手続といえ
ども通則法方式の下、「主務省令で定めるところにより」という一文で解決しようとすることには同意
することは出来ない。電子申告等は新しく導入された手続のシステムであり、今後見直しがなされて
いくことを期待するものである。そのような意味から、電子申告等については「電子申告法」のよう
な別の法律として規定することが望ましいと思われる。
(4)電子署名に対する考察
電子申告等においては電子証明書を添付する方式を採用しているが、その電子署名については若干
不安が残る。それは、電子署名の重要性を理解して本人自身が署名をしているかどうかという点であ
る。電子申告等の署名方法としては公開鍵方式を採用しているが、公開鍵暗号方式では2つの鍵を使
用していることから、共通鍵暗号方式に比してより安全性が高い方式といえる。秘密鍵で鍵がかけら
れたデータは公開鍵でしか複合化できず、その公開鍵は認証局に登録されていることを勘案すればそ
の安全性は保たれると理解できる。また、本人のみが認識している秘密鍵の重要性を利用者自身が理
47
黒坂昭一、前掲書、3頁。
48
日景智、前掲論文、219頁の注で、個人の純損失の繰越控除や法人の繰越欠損金、租税特別措置法35条の居住用
財産の譲渡にかかる特別控除(いわゆる3,000万円控除)についても手続規範のあり方について検討が必要だとし
ている。
- 77 -
解していれば、電子証明書の原理は安全性が高くなるはずである。
これに対して牧野二郎弁護士は「正規の公開鍵証明書のある有効な電子署名がなされたといっても、
そこで証明されているものは、本人の行為そのものではない。そこで証明できるのは、実際に署名行
為・署名行動をした者が、本人の公開鍵証明書に対する秘密鍵を持っており、その秘密鍵で署名した
という事実であり、その後、改ざんされていないという事実を併せ証明しているにすぎない。従って、
他人が本人の秘密鍵を持っている時には、他人が本人の電子署名を行うことができるのであって、現
在の仕組みではこうした他人による電子署名も可能であることを認識しなければならない 49 」と述べ
ている。
上記において、「他人が本人の秘密鍵を持っている時」とはどのような状態をいうのであろうか。こ
れを実務的側面から考えてみる。電子署名は現在の状況下では一般的に使用できるものとはいえず、
ごく一部の人が電子署名のシステムを理解して使用していると考えられる 50 。しかし、業務上の理由
により、法人の代表者等の電子署名が必要なことから、やむを得ず個人の電子証明書を取得する場合
もある。そのような場合、電子署名が一般的に認知されるまでは、その署名の重要性に対する理解が
十分に行われないまま、他人の手を借りて電子署名が行われることが考えられる。また、電子署名の
煩雑さから、他人にその処理を任せてしまう危険性も存在しているのである。
このように、他人の手を借りて電子署名を行うことにより「他人が本人の秘密鍵を持つ」ことが考
えられるのである。これは1つの例であるが、現在の方法で問題が無いというわけではないというこ
とである。このようにデジタル・テクノロジーは向上し、納税申告等に流通過程での安全性はある程
度確保されているといわれているが、それを扱う納税者や税理士等の代理人の意識改革の方がむしろ
問題なのかもしれない。
Ⅳ
今後の課題と問題点
1
e-Taxの問題点と考察
(1)e-Taxの現状分析
電子申告の利用状況については、開始から1年経った現在でも申告件数で6万6千件をやっと超え
た状況である(2005年5月31日現在で電子申告件数は66,007件)。2003年度の国税庁統計情報による
と、2003年分の普通法人数は279万489社、個人の場合は申告所得税で、確定申告の人数が692万6,691
49牧野二郎『存在証明と属性証明の展開』
「電子署名・電子認証シンポジウム・タスクフォース討議資料」(DDT
F、2003年)138頁。
50 新宿区では、2003年8月に住民基本台帳カードの交付が開始され、公的認証サービスが2004年1月から開始さ
れたが公的認証までの取得者数は少数である。筆者が2004年2月に公的認証カードを取得したときも新宿区の中
で4番目の取得者であった。新宿区の住民基本台帳人口は273,512人であり、世帯数は157,287人である(新宿区、
2004年12月1日現在)
。
- 78 -
人である 51 。現在の電子申告の状況と法人数、個人の申告人数を相対的に比較すると、本格稼動にな
っているとはいえず、これから数年間が大幅に増加させる分水嶺になると予想される。税理士会や国
税庁でも強力に推進しているが、その効果はまだ大きくは上がっていない。今後徐々に効果を発揮し
ていくものと思われるが、e-Tax全体についての改善も必要と思われる。その点について考えて
みたい。
(2)e-mail添付ファイルについて
インターネットを使用している場合に、一般的となっているのがe-mail(以下、メールという)で
ある。メールは一度パソコンに設定すれば簡易に使用可能なため多くの人が使用しており、電子申告
においても利用できないかと考えてしまう向きもある。申告内容について書面で提出する場合と同様
に、PDF等の形式でファイル化してメール添付で提出すれば、書面で提出する場合と基本的には変
わらないという考え方である。そこでメールでの電子申告が可能かどうかを考えてみる。
メールでの暗号化はS/MIME(Secure MIME)という方式が一般的に使用されている。その他に
PGP(Pretty Good Privacy)という方式もある 52 。電子申告等はPKIを使用し電子証明書を添付して
行うが、このような暗号化の方式は異なっても基本的には公開鍵暗号方式を使用することは一致して
いる。しかし、問題は暗号化の方式ではない。
電子申告では申告内容が国税庁に送信された後、そのデータを国税庁側でデータとして使用できな
ければならない。そのデータが重要なのであり、そのための言語を統一しておかなければならないの
である。国税庁のホームページでe-Taxソフトの仕様書を確認すると、XMLという形式の言語(メ
タ言語)でデータを交換していることが分かる 53 。つまり、一定の企画により、構造的にプログラミ
ングを行い、その仕様を基本としてデータの収集が行われることが必要なのであり、その言語として
XMLを使用しているといえよう。このような目的から考えれば、メール添付による方法は現在のとこ
ろ意味を持たないことが理解できるであろう。
(3)簡易な方法の模索
アメリカの電子申告(e-file)はPINという暗証番号を使用している。これは納税者側で使用するナ
ンバーで特に電子証明書などを取得する必要は無い。毎年申告時に任意の5桁のナンバーを入力して
控えておくものである。年末調整のないアメリカ等では、個人の所得税の申告が日本と比較して非常
に多いために、このような制度でも導入しなければ電子申告が広まらないともいえるが、ある意味こ
のような簡易な方法により確実に実績を上げてきたといえる。安全性優先か普及率優先かという選択
51
52
国税庁統計情報《http://www.nta.go.jp/category/toukei/tokei.htm》2005年7月19日。
S/MIMEはPKIの仕組を使用し、認証局を必要とするため電子署名として有効に機能する。これに対してPGPは
認証局を必要とせず、したがって導入が簡単なため簡易的な暗号として有効に機能するといえる。
《http://www.atmarkit.co.jp/fsecurity/special/04smime/smime01.html》2004年12月27日。
53
仕様書一覧については、《http://www.e-tax.nta.go.jp/shiyou/shiyou.html》で確認することができる。
- 79 -
を迫られるところである。
(4)税理士の電子証明書と納税者の電子証明書の問題
税理士の場合には納税者の申告書にそのつど(毎月のように)署名押印していることから、これが
電子申告に変わっても電子証明書の添付は日常的な慣れの問題であり、その職務に慣熟してしまえば
問題は無い。しかし、納税者の場合には年1回の申告時に電子証明書を使用するのみであり、そのた
めに電子証明書を取得して登録することは、非常に煩雑でありしかも時間的な確保が必要である。納
税者と税理士の契約は委任の関係にあり、その関係からいえば納税者側の負担を和らげることも必要
であると考える。
つまり、上記(3)で述べたような簡易な方法により、納税者側の煩雑な手続を簡略化できれば、電子
申告等の普及を促進することが可能なものと考える。したがって、税理士のみの電子証明書を添付す
ることとし、納税者はアメリカのおけるPINと類似するナンバーを入力するか、または現在行われて
いる税理士法30条における「税務代理権限証書」の提出などの方法により、税理士のみの電子証明書
による申告を可能にすることが普及促進に適すると考えられる。
(5)申告書等の控えの問題
現在、納税者が書面で申告をする場合には、税務署提出用(正本)のほかに納税者が保管する控え
を作成して収受印を押印する。この申告書の控えは、金融機関や行政官庁に書類を提出する場合など
に使用されるが、電子申告の場合にはデータ送信時の確認のメッセージのみである。したがって金融
機関等に申告書を提出する場合に不都合が生じることがある。これは実務上の問題であるが、早期に
解決する必要がある。
(6)添付書類の問題
書面での申告では、申告書の他にその申告の証明となる書類を添付することがある。個人の所得税
の申告であれば、医療費控除の領収書などである。書面での申告はこれらを添付すればよいが、電子
申告の場合には原則としてこれらを別途郵送しなければならない。その理由は、証拠書類となる書類
が電子的に行われると、改ざん等の危険があると指摘されている。
しかし、逆に書面で提出された証拠書類は本物と限定可能かを考えてみたい。現在の電子的技術が
高いということは、書面で提出されたものでさえも本物とは限定できないものも存在すると考える。
なぜならば、本物のデータであれ、改ざんしたデータであれ、それらのデータの見分けができなけれ
ば、デジタルデータであろうと印刷したデータであろうと実態は変わらないからである。改ざんした
データでもそれをプリンタで印刷し提出すれば本物であると認識する方が危険である。証拠データを
改ざんするほどの技術を持ったものは、その程度の技術は持ち合わせていると考えた方が良い。
また、
プリンタについてもよほど昔のものでなければ現在は高精度のものが通常の価格で購入可能である。
つまり、提出物の提出方法にこだわるよりも、実質的内容の確認が重要であり、取引等の存在を確
認することを主眼にしなければならないと思う。そのような意味から、アメリカでは既に添付書類を
- 80 -
スキャナ等でファイル化して提出する方法も認めている 54 。
そのような意味では、2004年11月19日に臨時国会で可決された「民間事業者等が行う書面の保存等
における情報通信の技術の利用に関する法律」(以下、e-文書法という)は、画期的な法律ということ
ができる。この法律は2004年12月1日に公布され、2005年4月1日に施行されている。e-文書法の成
立により、税務関係書類についても一部の書類を除き、電子保存することが認められるようになった。
(7)提出期限及び利用時間の問題
①提出期限の問題
現在、e-Taxによる申告書の提出期限は書面における提出期限と同じである。通常の法解釈か
らすれば当然である。しかし、電子申告による申告は初期段階であり、その普及を優先するならば納
税者に安心とメリットを与える必要がある。e-Taxが普及した場合、書面による提出に比して、
コスト面でも正確性についても行政上のメリットがあることは明白である。したがって、電子申告制
度が定着するまでは、e-Taxによる申告については1ヶ月程度の提出期限の延長をもって参加者
を増加させることが重要と思われる。
②利用時間の問題
e-Taxでの申告はインターネットを使用しているが、現時点では24時間体制ではない。2004
年11月にも時間延長を行っており、最終的には24時間体制になると思われるが、その時期を早めるこ
とも必要であろう。また、利用時間とともにタイムスタンプの問題もあり、それに対する利用者の理
解を促進させることも重要である。
(8)税理士の活用の限界
日本の税理士の登録者数は68,636名 55(2005年6月末日現在)であるが、平均年齢は50代後半とい
われている。一概に年齢では判断できないが、デジタル・ディバイドの問題が潜んでいると思われる。
しかし、これらの問題は大きな問題ではなく、会員研修等に積極的に取り組むことにより解決できる
と考える。
(9)地方税の確定申告
地方税の電子申告は地方税ポータルシステム(以下eLTAX(エルタックス)」という)を使用して
行うことができ、この制度は2005年1月から順次開始されている。法人税の申告などは地方税も同時
に行うために、法人税の申告は電子申告を利用しても、地方税については従来通り書面による申告を
行わなければならなかった。このことも普及が進まない一要因となっていた。しかし、今後利用可能
な自治体が増加することによりこれらの問題は解消されると思われる。
特に地方税の場合には、全国に支店等がある法人もあり、その支店等が所在する都道府県、市町村
54
55
2004年6月ホノルルでのIRS seminar「E-filing Status and Auditing E-filed Returns」。
日税連ホームページ《http://www.nichizeiren.or.jp/association/touroku.html》2005年7月19日。
- 81 -
ごとに申告書を提出しなければならない。支店等の数が多い場合には、申告書の数も多くなり、その
申告書の所在地の市町村等に郵送するのは大変な作業を伴っていた。しかし、eLTAXで申告を行う場
合には「申告書等は提出先ごとに作成する必要はあるものの、作成した申告書等の電子データをイン
ターネットで1回送信するだけでそれぞれの地方公共団体に提出される 56 」ために、法人にとっては
非常に有効性のあるシステムであり、評価できるものである。したがって、このシステムが完備され
ることにより、電子申告に対する法人の意識が高まることは期待することができ、e-Taxの普及
も進むものと思われる。
以上、9点について述べてきたが、このほかにも問題点はあると思う。いずれにしても、e-Ta
xの発展を願う以上、現時点では利便性の追求が必要と考えた。いつでも、どこでも、だれにでも、
という精神が重要である。
Ⅳ
結びに代えて
本稿においては、電子申告等の立法の経緯、法律上の問題点と実務上の問題点についてまとめてみ
た。しかし、日本における電子申告・電子納税(e-Tax)は2004年6月から全国で開始されたば
かりである。したがって、現在はまだ定着していないものの、今後は着々と利用者を増やし、電子申
告等が一般的な申告形態となっていくことが予想される。また、2005年1月からは地方税の電子申告
(eLTAX)が、一部の地域で開始されたこともあり、電子申告に対する国民の意識はますます高まっ
ていくものと考えられる。
今回論文をまとめるにあたって、わが国における電子申告等について入手しうる資料の相当数の文
献に当たることができた。しかし、できて間もない制度ということもあり、この制度が理論的に確立
されていない面も否定できず、その数は十分とはいえない。
また、電子申告等についてはIT環境が整備されていることが重要であるが、必ずしも大国や先進
国が普及するとは限らないものでもある。そのような意味で、諸外国の電子申告制度についても比較
検討し、普及率の高い国々における努力や工夫などについて調査する必要がある。特に今後のアジア
経済協力の発展については筆者も必要性を感じているところであり、それらの国の研究の必要性を痛
感しているところである。また、判例についてはこれから蓄積されていくものと思われる。
今回取り上げた電子申告等のような電子的な世界では、技術的側面から来る意外性と、電子的発想
からくる未開の世界が広がり、今後において法的側面でも想像外のことが発生する可能性もある。こ
れらの課題については、今後の研究の課題にしたいと思う。
もしこの論文が新たな学問的価値があるとすれば、それは筆者が実務を経験したことからくるもの
56
《http://www.eltax.jp/outline/index.html》2005年7月19日。
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であると思われる。実務家の経験としては、税理士として19年となり、短い間ではあるが、それらの
経験から税務申告について考え直すことができた。そのような経験的側面での研究が評価されること
があるならば、筆者としてもこの上ない喜びであり、実務家が研究する価値があるものということが
できる。いずれにしても、このように論文をまとめることができたのは、多くの方々のご協力とご理
解があってのことであり、その点については深く感謝したいと思う。
- 83 -