僕の心を奪ったディズニー~仕掛けられた恋の罠

玉田康成
5人の
研究会
キャスト
関口翔一朗
中込太
松崎杏里紗
山田晃史
吉野文
目次
はじめに(山田)
1章
ディズニーの歴史と現状
2章
情報財
(吉野)
(関口・山田)
2-1 情報財の定義
2-2 情報財の特徴
2-2-1 生産者にとっての特徴
2-2-2 消費者にとっての特徴
2-2-3 市場にとっての特徴
2-2-4 派生する特徴
3章
ブランド戦略
(中込・吉野)
3-1 ブランドの定義
3-2 製品差別化によるブランド戦略
3-3 ブランドの確立
3-4 ブランドの強化
4章
持続的競争優位と多角化戦略
(松崎)
4-1 イノベーション
4-2 参入障壁
4-3 多角化
4-4 世界観造りによる補完的関係
5章
著作権
(関口・山田)
5-1 著作権とは?
5-2 ミッキーマウス保護法
5-3 公的保護の経済効果
5-4 今後の著作権のあり方
おわりに(関口・中込・松崎・山田・吉野)
-1-
はじめに
キラキラと輝くイルミネーション、心躍らせる音楽、そして映画のスクリーンから飛び
出してきたキャラクター達。ディズニーランドはまさに夢の国である。いったんその世界
に入り込めば我々は映画の中に入ったように、西部の世界、未来の宇宙、夢の城、大自然
でのアドベンチャーを体験できる。まさにディズニーの魔法にかかったように心を奪われ
る。
現代の社会において我々はディズニーに関するモノを見聞きしない日はないだろう。街
にはディズニーグッズに飾られた鞄や携帯電話を持ち歩く女子高生があふれている。ディ
ズニー映画やディズニーリゾートの広告がいたるところに見られ、日本人の多くがテーマ
パークに行くとしたらディズニーリゾートを選ぶだろう。また、家庭の中にもディズニー
のビデオや食器、ぬいぐるみなどが浸透している。1家に1つはディズニーがあると言っ
ても過言ではない。既に現代の大衆社会とディズニーは切っても切れない関係にあるだろ
う。どのようにしてディズニーは人々の心を奪ったのか。そして、なぜディズニーの夢の
産物が世にあふれているのか。ディズニー社のとってきた戦略に焦点をあて、その謎・恋
の罠を解き明かそうとこの論文を執筆する。
本論文は読者の方が基礎的な経済学の知識を持っているとの前提で進めていくため、経
済学と今まで接点のなかった読者の方は是非この機に簡単な経済学を学び、本書を読んで
いただきたい。
保護政策(著作権)
ブランド
戦略
多角化
情報財の生産
-2-
論文の概要を紹介する。ディズニー社は情報財と呼ばれる通常の物質財とは異なった性
質を持つ財を生産している。そして、その性質にそくしたブランド戦略や多角化といった
企業戦略をとっている。ディズニー社は情報財の生産とブランド戦略、多角化の3つの柱
でできている。また、ディズニー社にとって著作権による作品の保護は生命線である。以
上のことからディズニー社の戦略の全貌は上の図のようになると言える。
1章ではディズニー社の歴史を紹介している。今のディズニー社は大きく複雑になりす
ぎている。論文を読み進めるためにも、歴史をおってディズニー社のことを理解しておく
ことは必要である。
2章では情報財について論じている。ディズニー社が生産している財はまさに情報財で
あり、情報財はディズニー社の収益の源泉でもある。情報財とは何なのかを理解し、生産
者、消費者、市場のそれぞれの立場での特徴をおさえる。すると、ディズニー社は利潤を
あげるためには差別化やシグナリングといったブランド戦略をとる必要があるということ
が判明した。
3章ではブランド戦略を扱う。前章で明らかになったようにディズニー社にとって情報
財を生産販売する際にブランド戦略がかなり重要となる。また、ディズニー社の価値の 50%
以上がブランド価値である。まず、ブランドを定義し、差別化、評判とシグナリングにつ
いて論じていく。
4章は多角化とイノベーションを扱っている。ディズニー社は巨大なメディア帝国と化
している。何がそこまで成長させたのか。イノベーションによる競争優位、多角化の観点
から分析していく。イノベーションへのインセンティブを与えるためには著作権など保護
制度が必要ということもわかった。
5章では著作権について論じている。ディズニー社にとって著作権などの保護制度は生
命線である。しかし、著作権や特許といった保護制度は企業に独占権を与えるもので、経
済学的にも議論が絶えない。現にディズニー社は著作権の適用期間を延長するようアメリ
カ議会に圧力をかけたりし、アメリカの著作権法はミッキーマウス保護法と揶揄されるく
らいである。この章では著作権に関する問題を主にとりあげている。それはディズニー社
にとっての課題でもあるからだ。
この論文の特徴として、各章がそれぞれ切り離して執筆してあるが、それぞれの戦略は
強く結ばれていることがいえる。情報財の特徴から、差別化やシグナリングといったブラ
ンド戦略の重要性をみることもできるし、著作権などの保護制度がなければ利益はあげら
れない。また、情報財の性質上、多角化をするうえで有利になる。そして、多角化戦略と
ブランド戦略にはシナジー効果がある。ブランドイメージの力を使って多角化をし、多角
化することでより多くの場面でディズニーに消費者が触れブランド力が強化されるといっ
たことだ。このように各戦略のつながりも理解していただきたい。下の図は各戦略のつな
がりを表したものであり、論文全体の眺望を簡略化したものでもある。本論に入る前にぜ
ひ目を通してもらいたい。
-3-
多角化
ブランド
戦略
著作権
情報財
1章
ウォルト・ディズニー社の歴史と現状
ウォルト・ディズニーの時代
ミッキーマウスの生みの親であるウォルト・ディズニーは、1901年にシカゴで5人
兄弟の4男として生まれた。幼少の頃から絵が得意だったウォルト・ディズニーはカンザ
スシティーでアニメーション会社を立ち上げるが、倒産。1923年に銀行員をしていた
兄・ロイを引き入れ、ロサンゼルスで再びアニメ制作会社を設立した。当時の映画は音が
無く、各映画館で映像に合わせてセリフをつけていたが、1928年世界で初めて音の出
る完全トーキーアニメ「蒸気船ウィリー」を作り、ミッキーマウスを誕生させた。さらに、
世界初の長編アニメ映画「白雪姫」も手がけ、物語よりも短時間で動き楽しむという従来
の常識を覆した。だが、画期的な映画を作り出したにも関わらず、配給会社に興行収入を
騙し取られたり、不利な契約を強いられた苦い経験から、ウォルトは自ら配給会社を立ち
上げた(現在のブエナビスタの前身)。さらに、キャラクターの無断使用されたことによる
被害をこうむったことをきっかけに、現在のように著作権に過剰なまでに執着するように
なる。
-4-
長編アニメの成功によりその後の1955年、アナハイムにディズニーランドが、19
71年にはフロリダにウォルト・ディズニー・ワールドがそれぞれ開園した。さらに TV 番
組の制作にも進出したことで、ディズニー社は映画制作会社としての地位を確立していた。
このころから、映画やアニメの視聴者がテーマパークに行き、世界観に浸り、グッズを買
い、ますますディズニーのファンになっていくというシナジーが働き始めた。ディズニー
社の生みの親であるウォルト・ディズニーは1966年に肺がんでこの世を去り、兄のロ
イもディズニーランドの完成後まもなく亡くなった。
ウォルト・ディズニーの輝かしい功績を一部上げると、1931年「ミッキーと子沢
山」でアニメとして初めてアカデミー賞にノミネートし、翌年「森の朝(花と木)」で
短編アニメ賞受賞。これを皮切りに、生涯を通じて64回アカデミー賞にノミネートし、
26個ものオスカー像を手にした。ウォルトの没後40年もの歳月が経ったが、この記
録は未だに破られていない。
ウォルト死後の低迷
ディズニー社を生み、発展されてきた兄弟の死により、1970年代は経営が深刻にな
っていく。まず、ウォルトの死により芸術の才能が途絶えたことに加え、技術向上にとも
なう制作費の上昇により、映画の制作が行き詰った。また、順調だったテーマパークも、
シナジーの源泉である映画不作により入場者は減り、さらに周辺に他社ホテルが乱立した
ことで、テーマパーク来場者によってもたらされるホテル代などの利益を奪われ、減収を
記録した。さらに、当時は新たなテクノロジーであったビデオやケーブル TV が普及し始め、
競合は積極的にとりいれていたにもかかわらず、ディズニー社は優れたソフト資産を持ち
ながらもリスクを恐れ新技術を取り入れなかった。ウォルトの死・映画制作の行き詰まり・
テーマパークの不振・テクノビフォア(テクノロジー恐怖症)などによって負のシナジー
効果が発生し、経営はますます深刻になりディズニーの知名度は下る一方であった。
新CEO
マイケル・アイズナー
この窮地は新たな経営者になったマイケル・アイズナーによって脱出することができた。
アイズナーはABC副社長・パラマウント社長としてどちらにおいても高い収益を上げ、
その手腕を買われての就任だった。彼が経営者になってから、ディズニー社は毎年 25%以
上の驚異的な成長を遂げることとなる。彼はまず、ディズニー社のコアである映画・TV 制
作に力を入れ、シナジー効果を復活させた。また、人事改革を行い、管理職には新給与シ
ステム(業績スライド給とストックオプション)を導入し、さらにテーマパークの入場料
値上げにより客足が遠のかないよう、TV コマーシャルを放映しただけでなく、テーマパー
ク内のアトラクションの数を増やし、また質も高めていった。そして、アメリカ国外のテ
ーマパーク進出にも積極的であった。加えて、
「ディズニー映画を永久にご家庭に」のキャ
ッチフレーズもと安値かつ広域で長編アニメーション映画のビデオを販売したことで、収
-5-
益が上がっただけでなく、再びディズニーの人気は復活し、ついにディズニー社は映画制
作会社の世界トップになるまでに至った。
順調であったが、TV制作部門は不振のままであった。映画に比べ安価でリスクが小さ
く、ケーブルTV等でも再放送できるTV番組の制作は魅力的であったため競争が激化し、
また売り手(番組制作会社)多数、買い手(TV局)少数の関係から制作会社は不利な立
場におかれ制作費を負担させられていた。また、この時日本では電気機器の発展によりT
Vやビデオが普及し始めたが、肝心のコンテンツが不足していたため、日本企業はこぞっ
てハリウッド映画を手に入れようとしていた。
(その最も有名な例は 1998 年ソニーがコロ
ムビア・ピクチャーズを 34 億ドルで買収し、ソニーピクチャーズとしたことである)その
日本企業の狙いは、資金不足に悩んでいたディズニー社にとっては嬉しい事態だった。デ
ィズニー社が制作資金調達のため日本の証券会社から出資を募ると、多額の資金を受け取
れる上、失敗したときのリスクは証券会社が負うという、ディズニーが極めて有利な契約
を結ぶことができた。冷静に考えると日本企業にとってメリットが少ないのは明らかだが、
当時アイズナーはアメリカ企業経営者年俸ランキングでトップとなり、ディズニー社の驚
異的な成長をしていたので、日本企業はディズニーブランドに目がくらみ、喜んで不利な
契約にサインしたのだった。しかし、資金を得て制作を行っても業績は低迷した。なぜな
ら、ディズニー社は今までの量より質重視の制作から、とにかく量を増やし続けることで
ヒットの確率を高める方針にしたことで質が低下したためである。
黄金時代
1990年代、成長が緩やかになってきたことで、重役達はもっと急成長が望める企業
を求め次々と退職していった。また、1992年にパリ郊外で開園したユーロディズニー
は予想に反し、不調で将来にわたり損失を出すこととなる。しかし、これらの不振は映画
制作部門の輝かしい成功により帳消しにすることができた。まず、美女と野獣・アラジン
は当時の世界記録を立て続けに塗り替え、ライオンキングにいたっては7億ドルという、
アラジンが持っていた3億5千万ドルの記録の倍以上の興行成績を上げた。また、映画そ
のものだけでなく、映画の大ヒットのラッシュを根源としビデオ・グッズなどもシナジー
効果により大きな利益をもたらした。さらに、シナジーの範囲は映画・ビデオ・グッズに
と止まらず、レコード、ブロードウェイ、ゲームなどにも参入し、ますます大きなシナジ
ー効果を生み出した。
メディア帝国へ
ディズニー社が映画で成功を収めている時、TV業界では多角化展開のため、地上波ネ
ットワークと制作会社が次々と合併していった。地上波ネットワークやラジオ放送局・出
版社など巨大メディアは大手映画制作会社をも買収の対象とし、ライバル社・パラマウン
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トも大手ケーブル会社ヴァイアコムの傘下となってしまったのをはじめ、多くの制作会社
が買収されていった。この動きに危機感を感じたディズニー社は、買収される前に地上波
ネットワークを買収すること決定し、3大ネットワークのひとつABCを買収した。AB
Cは一番値が張ったが、グローバルなネットワークを持っていた事、スポーツに強みがあ
った事が購入の決め手となった。ABCを手にいれたことで、コンテンツを流すパイプは
格段に広がり、ABCの強みである「スポーツやレジャー」と、ディズニーの強みの「テ
ーマパークや映画」との新たなシナジーを働かせることも容易になった。こうしてディズ
ニー社はメディア帝国へと一気に変貌したのであった。
1990年代後半はさらに多角化が進んだ。ディズニーストアの100店舗以上出店、
スポーツとレストランを組み合わせた娯楽施設の開設、インターネット・ポータルサイ
トのインフォシーク買収、プロスポーツチーム(アナハイム・エンジェルスなど)の買
収、大会主催など多岐に渡っている。さらに、脅威であった日本の映画制作会社(もの
のけ姫を初めとするスタジオジブリなど)とも提携をし、ブエナビスタが日本国外で配
給・DVD販売をすることでライバル社からも利益を得ているのである。
21世紀のディズニー社
2000年代は、浦安にディズニー・シー、パリにウォルトディズニーススタジオ、
香港に香港ディズニーランドをそれぞれオープンさせた。
また、今年2006年は、アイズナー退任後、ピクサーを買収し完全子会社化した。
また、任天堂のゲーム機「Wii」の北米発売に合わせた専用のソフト開発会社の設立、
iTunes で映画販売(発売わずか一週間で100万ドルの売り上げを記録)を行った。
さらに、東京ディズニーリゾートの通算入場者数は4億人を超えた。このように好調な
ウォルト・ディズニー社の2006年度4-6月期純利益は前年同時期に比べ39%増
加の 11 億 2500 万ドルであった。
現在のディズニー社は、「制作・配給部門」「テーマパーク・リゾート部門」「グッズ
販売部」「メディアネットワーク部門」の4部門に大別されている。しかし、各部門の
独立した決定権は小さく、映画が公開されるならば、すべての部門でプロモーションを
行うことでシナジーを強力に働かせている。
1966年にウォルト・ディズニーが、1972年に兄ロイ・ディズニーが世を去っ
た時、ディズニーワールドとディズニーランドの2つのテーマパークとウォルト・ディ
ズニー・ピクチャーズという1つの制作会社の3つの遺産しかなかった。しかし、現在
のウォルト・ディズニー社はコアである映画制作において成功を収めているだけでなく、
アメリカ・フランス・日本・香港にテーマパークを展開し、ABCを初めとするネット
ワークを持ち、プロスポーツチームをも所有するメディア帝国である。また、世界には
-7-
700店以上のディズニーストアがあり、その他にディズニー社とライセンス契約を結
んでいる企業は無数にあり、そのおかげでディズニーキャラクターを見かけない日はな
いほど、ディズニーキャラクターのグッズはあふれかえっている。
つまり、ウォルトのミッキーマウスを生み出したクリエイティブな才能や長編アニメ
やトーキーアニメを作り出した技術力以外にも、ディズニー社の発展の理由があること
がわかるだろう。そこで、この論文ではディズニー社の創業から現在にいたるまでの成
長の要因を明らかにすることを目的とする。
ディズニー社の主な歴史
~映画界への参入と地位確立~
1923 年
ウォルトディズニープロダクション設立
1928 年 映画「蒸気船ウィリー(世界初のトーキー映画)
」でミッキーマウス初登場
1932 年
映画「花と木(世界初のカラーアニメ)
」でアニメ映画初のアカデミー賞
1938 年
映画「白雪姫(世界初の長編アニメ)
」が大ヒット
~多角化~
1953 年
映画配給会社ブエナ・ビスタ設立
1954 年 ABCと提携⇒TV界進出&テーマパークへ出資
1955 年
ディズニーランド開園
1966 年
ウォルト・ディズニー死去
1970 年
芸術大学カルアーツ設立
1971 年
ウォルト・ディズニー・ワールド開園
ロイ・ディズニー死去
1983 年
東京ディズニーランド開園
1985 年
マイケル・アイズナーが会長に就任
1986 年 ウォルト・ディズニー・カンパニーに社名変更
1992 年
ディズニーランド・パリ開園
1996 年
ABC買収
2005 年
香港ディズニーランド開園
2006 年 ピクサー社買収
-8-
2章 情報財
~ミッキーマウス~
ディズニーを分析するにあったって、ディズニー社が扱っている財とは何なのかを考え
ることは必須である。ディズニー社が生産しているモノはいったい何なのか。それはまさ
にミッキーマウスである。また、1章で見てきたようにディズニー社のコアの事業は映画
である。これら映画やキャラクターといった財は経済学一般でいわれている財と違いがあ
るのか。この章では映画やキャラクターなど情報財とよばれるものについて論じていく。
情報財とその他の財を分ける明確なラインはないように見える。コンピュータファイルは
明らかに情報財だが、普通の財であっても情報は含んでいるものである。例えば、家具の
一つのその価値は、部分的には家具メーカーの知識の結果からなるもので、そのものの中
に情報は含まれている。しかし、最近売られているほとんどのレコーディングはデジタル
の状態でありインターネットで送られることが可能であるにも関わらず、多くの消費者は
依然としてダウンロードファイルよりも実体のあるCDのほうを好んでいる。しかしなが
ら、明らかに経済においての情報財の重要性は増し続けている。これは市場経済において
いくつかの新しい課題を生んでいる。情報財とはいったい何なのか定義をし、一般の財と
の違い、つまり情報財固有の特徴を挙げることでディズニー社が抱える問題を洗い出す。
そして、その問題を解決するためにディズニー社は意識したのかしてないのかは別として、
どんな行動をとったのかを考える。
2-1 定義
情報の分類
情報財とはいったい何なのか。文字通り「情報が財としての機能を持つ(情報に価値が
ある)」ということだろうが、正確に定義しておきたい。まずは情報を表 2-1のように分類
する。表の上段と下段の違い、つまり①③⑤と②④⑥の違いは価値があるかないかである。
つまり、価格がつく可能性があるのが上段、その可能性がないのが下段である。③の映像
や音楽は売買されているためわかりやすい。⑤の公表されていないアイディアは、特許を
とる可能性や、その企画を買いたいという人がいるかもしれないため、価値がある。次に、
①②③④と⑤⑥の違いは経済主体間で流通するかしないかの違いである。そして、①②と
③④⑤⑥の違いは不確実性を減らすか減らさないかの違いである。①の株価や会社の収支
見込は株主にとって不確実性を減らす情報である。②も同様に多くの人の不確実性を減ら
す。
この表で財となりうる情報はどれに当たるのか。情報が財となるためには価値がなけれ
ばならない。よって、この表の上段の情報である。さらに絞り込むと、経済主体間で流通
していなければならない。このことを考慮すると、財となりうる情報は①と③である。デ
ィズニー社が主に扱っている情報財は③である。以後は③を中心に話を進めていきたい。
-9-
定義
情報財とは、1.情報がメディア(紙、CD、エネルギー)の上に存在・流通し、2.価格
が物質的属性(メディア自体)によるものでなく、そのものが含む情報に依存する財であ
ると定義する。例えば、ディズニー映画の DVD は映画の内容が DVD の中に存在し、DVD
自体も流通している。そして、その価格は DVD 自体に依存するのではなく、映画の中身に
依存している。DVD だけなら 100 均でも買える。
表 2‐1
経済主体間で流通(交換)する情報
流通(交換)されない
①
③
⑤
会社の収支見込
音楽
公表されていない
株価
映像
アイディア
②
④
⑥
天気予報
雑音
無意味な記憶
不確実性を減らす情報
2-2
価値あり
価値なし
不確実性を減らさない情
報
情報財の特徴
情報財は経済学一般に認知されている財とは一風変わった特徴を持っている。その特徴
を生産者、消費者、市場という視点から考察してみる。
2-2-1 生産者にとっての情報財の特徴
情報財を生産するにあたって、もっとも際立つ特徴はその費用構造にある。情報財は「莫
大な固定費用と非常に低い限界費用・流通費用・在庫費用」という費用の構造を持ってい
るからである。
情報財の限界費用とは、まさに情報のコピー費用である。音楽や映像のコピーがとても
簡単にできることを考えればわかるように、情報財の限界費用(コピー費用)はとても低
い。例えば、一度あるレコードのマスターテープが作られれば、その追加的なデジタルコ
ピーのコストはとても小さい。同様にウィンドウズのコピーを生産し販売することはマイ
クロソフトにとって費用はとても小さく済む。実際、たいていの情報財は限りなく0に近
い限界費用を持つのだ。
流通費用や在庫費用も CD などのメディアに保存しておけば持ち運ぶ際にはかさばらな
- 10 -
いので容易かつ大量に運ぶことができるし、収容する際にも大量に収容できる。また、パ
ソコンやインターネットを使うことによって、その流通費用も在庫費用も0同然になる。
しかしそれは情報財が生産にコストがいらないということではない。映画の制作やソフ
トウエアの開発にかかる費用はとても高いことからわかるように、情報財の固定費用は莫
大なものになる。マスターレコーディングには作詞家、作曲家、音声技術者、制作者、な
どによる多くの時間の作業と、それに伴う多くの高価な機材が必要となる。膨大なソフト
ウェアプログラムを生産するには、高い技術を持ち高い対価が支払われる技術者による 1
万時間に及ぶ作業が必要になるかもしれない。しかしこれらの費用は、どれだけ多く製品
のコピーが販売されようとも変わらない“固定費用”とされるものである。どれだけ売れ
ようともリリースされなくても、それを作るコストは変わらないのである。
(a)自然独占
莫大な固定費用と非常に低い限界費用という費用構造は、自然独占の状態になりやすい。
自然独占とは、市場をそのまま放置しておくと自然と独占状態になる状況のことである。
自然独占が発生する条件は生産者側に規模の経済または範囲の経済が発生するということ
である。
まず、規模の経済については「莫大な固定費用」がこれを発生させる。固定費用が莫大だ
と規模に関して収穫が逓増する、つまり生産の規模を 2 倍、3 倍にしていくと、生産量は 2
倍以上、3 倍以上に拡大するのである。なぜなら、固定費用が莫大だと生産量を増やすほど
平均費用は小さくなる。規模を拡大し生産量を増やせばその分費用が安くなるのである。
ディズニー社では映画を作っているが、作品を 1 作制作しフィルムを 1 本しかコピーせず
に映画を上映するよりも、フィルムを大量にコピーして多くの劇場で上映したほうが平均
費用は安くなるのは目に見えている。それをグラフで示す。
情報財の費用関数を C ( x) = εx + F とする。・・・(2.1)
εは限界費用で非常に小さい(≒0)。F は固定費用で非常に大きい。
AC =
情報財の平均費用関数は
F
+ε
x
となる。・・・(2.2)
図 2-1 は上記の関数をグラフにしたものである。
- 11 -
C ( x) = εx + F
F
AC =
F
+ε
x
MC = ε
x
F
(< 0)
2
平均費用関数 AC を微分すると、 x
となる。平均費用は逓減していく。よって、規
−
模に対して収穫逓増となり、情報財の生産において規模の経済は存在する。
コスト面で有利な立場に立てれば、価格競争でも勝ち抜くことができるのである。よって、
莫大な固定費用のために規模の経済が発生し自然独占になりやすい。
次に非常に低い限界費用は、範囲の経済を発生させやすい。範囲の経済とは、ある企業が
複数の種類の財を生産するときに必要な費用の合計が、個々の財を単独で生産するときの
費用の合計に比べて小さいことである。限界費用が低いということはコピーが簡単である
ということなので、例えば映画をコピーしてそれを編集し、テレビ番組にすることができ
るし、ビデオや DVD にして販売もできる。固定費用が高いのは作品の製作に金がかかるこ
ともあるが、ディズニー社についていえばアニメ撮影のための機材も値が張る。これらを
別々にそろえ、映画とテレビ番組を別々に制作するよりは同じ機材を使って製作するほう
が費用面で優れていることは明らかである。このように、低い限界費用(コピー費用)に
よって範囲の経済を発生させやすく、自然独占になりやすいといえる。よって、情報財を
生産する企業は大企業がおおいのである。範囲の経済については企業が多角化をする際に
重要な概念となるため、4 章-持続的競争優位と多角化戦略-で詳しく論ずる。
- 12 -
x
(b)企業の問題
莫大な固定費用と低い限界費用という費用構造は経済学一般の財の生産とは違った問題を
生み出す。これからモデルで検証してみる。
図 2-2
図 2-3
完全競争:P=MC で価格決定
独占:MR=MC で価格決定
p
p
MR
D( P )
p
CS
M
CS
D( P )
PS
MC≒0
q
MC≒0
qM
検証
ミクロ経済学でしばしば使われる利潤最大化問題では、完全競争を仮定すると、価格=限
界費用(p=MC)という条件で価格と生産量が決定される。情報財にこの理論をあてはめ
てみる。需要関数を D ( p ) とし、上記の費用関数を用いると MC=εとなる。これらをグラ
フで表したものが図 2-2 である。価格=限界費用なので、p=ε≒0となってしまう。さら
に、図 2-2 をみればわかるように、全てが消費者余剰(CS)になってしまい、生産者余剰
(PS)がないことがわかる。
自然独占の過程で考察してみても、規模の経済のある産業では cut-throat competition と呼
ばれる価格競争が行われる。なぜなら、固定費用としてかかる費用は変わらないため、価
格を下げても量を売れば固定費用が回収できるからである。限界費用 MC が 0 に近いこと
もあり、ライバル企業が出現したらかなり猛烈な価格切り下げ競争が発生する。実際、映
画制作産業には多くの企業が存在し、いくら自然独占になりやすい費用構造だからといっ
てもディズニー社は価格競争を避けられないのである。情報財の提供は固定費用が莫大な
こともあり、非常に低い価格では当然赤字になってしまう。それではどの企業も情報財を
生産しようとはしないし、市場に参入しようともしない。
- 13 -
q
この問題を解決するためには製品差別化が重要な戦略となる。企業は製品差別化を行い、
ロイヤリティの高い消費者にターゲットを絞ることによって価格をつりあげ、正の利潤を
得ることができる。なぜなら、製品差別化を行うと消費者にとって需要の価格弾力性が低
下するからだ。すると通常なら価格を上げるとそれに伴って消費量も減少するのだが、価
格弾力性が低下すると需要曲線の傾きが急になるため価格を上げても消費量の減少を抑え
ることができる。このように、製品差別化を行うことによって、正の利潤をあげられるの
である。
非常に低い限界費用のための価格の低下を防ぐこと、莫大な固定費用の回収という目的が
企業に製品差別化へのインセンティブをあたえるのである。
(製品差別化については3章の
ブランド戦略のところで詳しく説明する。)
しかし、いくら製品差別化を行っても、その差別化された情報財を無断でコピーをして世
に供給したら、すぐに価格は P=MC のところまで下がってしまう。図 2-2 の状態に逆戻り
してしまうのである。この問題の処方箋が、著作権や特許といった公的保護によって同質
同一製品の独占権を保証するということである。著作権によって同質な情報財は独占権を
与えられ図 2-3 の状態になり、独占利潤をえることができるのである。
ここで問題になるのが、製品差別化によって価格をつりあげ、著作権によって独占権を補
償され生産者余剰が増えても、固定費用が莫大なことから素直に利潤が増えたとは言えな
いことである。情報財の費用構造に根ざした収入モデルを図 2-4 で示してある。
図 2-4
価格、費用、
限界収入
P
D(需要曲線)
$10
独占企業最適点M
(MC=MR)
利潤最大価格
PM -$5
ATC M -$3
ATC(平均費用曲線)
MC=0-0
MR(限界
収入曲線)
5
販売量
利潤最大化量 Q M
- 14 -
Q
これらの曲線にあたる関数をそれぞれ与えておくと、
図2-4で表されている、
・D(需要曲線)は、
P = 10 − Q
・MR(限界収入曲線)は、
P = 10 − 2Q
・ATC(平均費用曲線)は、
P=
15
Q
である。
情報財の収入モデル
図は情報財とその結果の典型的な費用構造を表している。ここで、ディズニー社が生み出
す映画(またはそれの 2 次利用から生まれるビデオ)の販売を考える。もし映画(ビデオ)
が作られると、ディズニー社はその著作権を所有しているのでその販売において独占とな
る。しかし、ディズニーはその映画(ビデオ)を生産することに価値があるのか判断しな
ければならない。
ディズニー社の経営は、新しい映画(ビデオ)の需要曲線が図の需要計画により示されて
いるものと信じている。価格は$10において販売は0、しかしもし映画(ビデオ)が無
料ならば100万人の人々がそれを得るであろうことを示している曲線である。図のグラ
フは需要曲線Dと、それに伴い関連する限界収入曲線MRも示している。
ディズニー社はまた映画(ビデオ)のマスターテープを生産するには150万ドル費用が
かかり、分配(映画館への配給やビデオの流通)による追加的な費用はかからないと信じ
ている。この価格構造は図に示されている。平均総費用は 150 万ドルを配給された映画館
数、販売されたビデオ数で割られた数となる。だから平均総コストは配給、販売数が増え
れば増えるほど減少していき、平均総コスト曲線ATCの下降を導く。平均費用関数のQ
(販売数)が増加すれば、P(平均コスト)が下がるということである。
10 万だけ配給、販売されたとき、1個あたりの平均総費用は$15だが、100 万配給、販
売されたときの平均総費用は$1.50となる。けれど限界費用はいつも0である。
ディズニー社は限界収入と限界費用がイコールとなる量(MC=MR点)、最適点Mで示さ
れた量を生産すべきである。限界費用は0なので、利潤最大化量QMは 50 万個であり、限
界収入が0であるときの量である。
- 15 -
この利潤最大化量における価格PMは 1 個につき$5であり平均総費用ATCMは 1 個に
つき$3。よって映画館への配給、ビデオ販売は利益のあるものとなる。つまりディズニ
ー社は映画(ビデオ)を売るたびに$2を稼ぎ、50 万個の販売において 100 万ドルもの利
益を発生させる。
このようにしてディズニー社は「ミッキーマウス」や「映画」「ビデオ」といった情報財に
よる利潤をあげている。
2-2-2 消費者にとっての情報財の特徴
消費者にとっても情報財は、物質財と比べたときに、情報財固有の特徴をもつ。情報財
は消費者によって経済的価値が大きく異なるということ、ネットワーク外部性が存在する
こと、消費者にとって情報財は経験財であるということなどである。
・経済価値の差異
まず、情報財は消費者によって経済価値が大きく異なるというのは、いったいどういう
ことか。簡単にいえば好き嫌いが消費者によって大きく違うと言うことである。物質財も
もちろん消費者によって好みはある。しかし、車などを考えればわかるように、車の購入
する目的は移動するためなど一定である。つまり物質財は固有の使用目的が一定度明確で
ある。それに対して情報財は使用のされ方が幅広く、好みの違いがとても大きい。例えば、
社会人としての常識として株価を知りたい程度の人と、株主や投資家、経営者といった自
己の利益が直接株価に関わっている人がいる。この両者にとって株価という情報の価値(重
要度)が大きく違うのは目に見えている。もちろん後者のほうが株価は価値が大きい。
娯楽の情報財は消費者の好みが大きく分かれる。例えば、泣きたい気分の消費者と笑いた
い気分の消費者ではもちろん消費しよう(見よう)とする映画は異なるだろう。このよう
に情報財は消費者の好みや使用目的に大きな違いがあり、それらによって価値が変わって
くるものである。このことは、企業に多様な財を供給するように求めることになる。そし
て、企業は差別化するインセンティブを消費者からも与えられることになる。
・ネットワーク外部性
消費者にとっての情報財の特徴にはネットワーク外部性もある。ネットワーク外部性とは、
「同じものを持つことによって個々の消費者の効用が高められる」ことである。例えば、
電話は一人だけが持っていても全く価値はない。多くの人が電話を持ち通話することで初
めて消費者にとって価値をもつのである。ディズニー社の例では、ディズニー映画を見て
消費者は後に人々と映画について話をすることでより効用を得ることができる。話をする
- 16 -
ときに誰もディズニー映画について知らなければあまり効用は得られない。また、ディズ
ニーランドも多くの人とそのゆめの世界を経験することで効用が高められるのではないか。
このように、ネットワーク外部性があると多くの消費を促すことができる。よって情報財
を扱う企業はその市場における独占企業になりやすいのである。
・経験財
最後に、情報財は消費者にとって経験財であるという特徴がある。経験財とは「消費者が
その財を消費して初めて、その財の品質、効用の程度がわかる財」のことである。消費し
なくてもその財の品質、効用の程度がわかる探索財とはまったく逆である。経験財の特徴
の具体例は、やはり映画を考えるのがわかりやすい。映画は見るまでその品質、消費者に
どの程度効用を与えるのかはわからない。多くの人が映画を期待して見にいったが、そこ
までおもしろくなかったという経験があるだろう。この経験財という特徴は消費者の消費
行動を鈍らせるという点で企業にとって悩みの種である。企業がこの問題を解決する方法
は次の市場にとっての特徴のところであわせて紹介する。
2-2-3 市場にとっての情報財の特徴
・取引の不可逆性
情報財はその財が持つ情報に価値がある財である。消費者が情報財を消費するということ
は、その情報を知ることである。いったん消費したらその情報は消費者の記憶の中に残る。
そのため、消費者がいったん情報財を消費したら企業側は返品に応えることはできない。
映画を見て「おもしろくなかったから代金を返してくれ」とは言えないということからも
わかるだろう。生産者の特徴ででてきた「非常に低い限界費用」はコピー費用が安いこと
であり、コピーが簡単であることを示している。すると、情報財を消費者がコピーしてか
ら返品を企業側に迫る事態も十分想定できる。例えば、音楽 CD を購入し、それをコピー
してから返品すると消費者は実質無料で情報財を消費したことになる。このような事態を
防ぐため、情報財市場では一度購入したものは返却できないという取引の不可逆性が存在
するのである。
・不確実性
情報財の市場には取引の不可逆性が存在することと、消費者にとって情報財が経験財で
あることから、不確実性が大きいといえる。つまり、消費者にとって情報財は消費してみ
るまで品質が不明であるにもかかわらず、いったん購入すれば返却は不可能ということで
ある。これでは消費者にとって情報財の購入は 1 つの賭けになる。生産者にとっても不確
実性が大きいため、よい製品を作っても売れるとは限らないということも起こってしまう。
- 17 -
この問題を解決するために、情報財の一部を消費者に送りそれを評価してもらうダイジ
ェスト版の提供や広告があげられる。これらにはシグナリングの効果があり、経験財の購
入に際して生じる不確実性を減らすのである。シグナリングについては3章のブランド戦
略で理論的に分析する。
2-3-2 派生する特徴
・大きな探索費用(サーチコスト)
消費者の好みが違い、多種多様な財を求めることと、生産者側に情報財を差別化する
インセンティブがあることから、多種多様な情報財が市場に存在することは既に述べた。
さらに、取引の不可逆性と不確実性という市場の特徴が加わることで、消費者は多種多様
な財の中から自らの効用を満たす財を一度で見つけ出さなければならなくなる。このこと
から、かなりサーチコストが増大するといえる。例えば、CD 屋に行き音楽 CD を購入しよ
うとする。ジャンルやアーティストに関わらず全ての CD の中から試聴を繰り返し自分の
気に入る CD を見つけなければならないと想像してみよう。何日あっても足りないことは
簡単に想像できるだろう。消費者はアーティストや評判など何らかの情報でこのサーチコ
ストを軽減しているのである。生産者側も消費者のサーチコストを軽減し、自社の製品を
購入するよう工夫することが課題となる。サーチコストの軽減については3章のブランド
戦略で詳しく扱うことにする。
・支配的企業の誕生
非常に低い限界費用と莫大な固定費用という生産者側の情報財の特徴は、自然独占にな
りやすい費用構造である。低い限界費用は範囲の経済を実現しやすい。つまり多角化をす
るのに有利だということである。また、ある情報財について高い評判があり、かつネット
ワーク外部性がある場合を想定すると、その情報財を供給する企業は支配的企業になるこ
とは目に見えている。
- 18 -
まとめと各章への手引き
定義
情報財とは1.情報がメディア(紙、CD、エネルギー)の上に存在・流通し、2.価格が
物質的属性(メディア自体)によるものでなく、そのものが含む情報に依存する財のこと
である。
特徴
本論文は企業戦略について扱っているため、特徴の中から企業の行動に影響を与え
るものだけを改めて選び、今後の展望を示す。
・非常に低い限界費用と莫大な固定費用
長所:規模の経済、範囲の経済を発生させやすく、自然独占になりやすい。また、多角化
もしやすい。
範囲の経済・多角化については4章の持続的競争優位と多角化戦略で詳しく論ずる。
問題:競争に弱く、競争が起これば利潤がなく赤字になる。製品差別化が重要である。
製品差別化については3章のブランド戦略を参照。
無断でコピーをされ、市場に出まわると価格が P=MC になり、P≒0になってしまう。著
作権など公的保護によって独占権が保証される必要がある。
著作権については5章の保護制度を参照。
・市場にある取引の不可逆性、不確実性
企業はシグナリングを行い消費者に品質を知らせる努力をしなければならない。
・莫大なサーチコスト
消費者の好みのばらつきと生産者の財の差別化によって、市場には多種多様な情報財
が存在する。消費者は情報財を購入する際、探索費用(サーチコスト)が大きくなる。生
産者はこの探索費用(サーチコスト)を軽減させることで多くの顧客を得ることができる。
まとめ
これらの情報財の特徴より、ディズニー社が成功を収めるためには差別化を行い、ブラ
ンドイメージを確立しなければならない。ブランドイメージがシグナリングの効果やサー
チコストの軽減などに貢献し、需要を得ることができ利潤も上がるのである。つまり、デ
ィズニー社にとって最も重要な戦略はブランド戦略なのである。3章ではブランド戦略に
ついて詳しく論じていきたい。
また、著作権などの公的保護がなければ、無断にコピーされた情報財が市場に出回り情報
財は公共財へと拡散してしまう。保護制度はディズニー社にとって生命線であることがわ
かった。5章では保護制度とそれにまつわる問題について論じていく。
- 19 -
3章
ブランド戦略
~ヴィトン、D&G、ミッキー~
情報財の項で見たように、差別化はディズニー社を考える上で重要なファクターとなっ
ている。この差別化こそが、ブランド力を身につける上でもこの上なく重要なのである。
完全競争のもとでは価格は限界費用の水準に下がるまで価格競争は続き、利潤を得ること
はできない。この競争を回避するには製品差別化が必要である。ブランドというのは、冒
頭で示したように、自社の製品を競争他社の類似製品との差別化を図る力である。例えば
ノートを考えてみる。ここにノートを買おうと思っているミッキーマウスが大好きな女の
子がいるとする。彼女はミッキーマウスがプリントされたノートを普通のノートよりも強
く選好すると考えられる。また、彼女はそのノートに対して普通のノートよりも高い値段
を払ってでも手に入れたいと考えるかもしれない。
ディズニー社は世界的に見ても非常に強力なブランド力を保有する企業である。表5-1
は、グローバル・ブランドの価値のランキングである。ディズニー社はコカ・コーラ社や
フォード社についで世界第6位のブランドの価値を保有しているのである。(1999 年 6 月
調べ)このことはディズニー社にとって非常に大切なことである。
この章の1節ではブランドの定義を、2節では一般的な製品差別化のモデルを、3節で
はどのようにしてこれほどまでに巨大なブランド力を得られたのか、4節ではその結果ど
のようなメリットをもたらしているかについて分析していきたいと思う。
表5-1
グローバル・ブランドの価値
ブランド価値
時価総額
時価総額に対する
(10 億ドル)
(10 億ドル)
ブランド価値の比率
コカ・コーラ
83.8
142.2
59%
2
マイクロソフト
56.7
271.9
21
3
IBM
43.8
158.4
28
4
GE
33.5
328
10
5
フォード
32.5
57.4
58
6
ディズニー
32.3
52.6
58
7
インテル
30
144.1
21
順位
ブランド
1
<比率の高い企業>
22
BMW
11.3
16.7
77
28
ナイキ
8.2
10.6
77
36
アップル
4.3
5.6
77
「Interbrand’s World’s Most Valuable Brands」(1999 年 6 月)
- 20 -
3-1
ブランドの定義
米国のマーケティング協会によるとブランドは次のように記述されている。
「ある売り手あるいは売り手の集団の製品およびサービスを識別し、競合相手の製品およ
びサービスと差別化することを意図した名称、言葉、サイン、シンボル、デザイン、ある
いはその組み合わせ。」
『ディズニー』と聞いてあなたは何を思い浮かべるだろうか?ある人は『アラジン』や
『ピーターパン』と答えるだろうし、また別の人は『くまのプーさん』と答えるかもしれ
ない。もちろん『ディズニーランド』と答える人もいるだろう。では具体的なキャラクタ
ーではなく、もっと漠然としたイメージを問うてみたらどのような答えが得られるだろう
か?「楽しい」、「夢の国」、「かわいい」・・・多くの人たちはこのように答えるだろう。こ
の多くの人たちが抱いているイメージや独特の世界観、雰囲気こそ、まさにブランドなの
である。
具体的にはブランドとは品質の高さ、デザイン、機能の革新性などといったものを普遍的
に表現するためのネーム、ロゴ、マーク、シンボル、パッケージやデザインなどの標章で
ある。
ブランド力は、ディズニー社の利潤の大きな源泉になっている。ブランドとは、上記のと
おり売り手から財またはサービスを識別し、競争業者のそれから差別化しようとする特有
の名前やシンボルのことである。強いブランド力によって得られるメリットは、企業、消
費者の両方の視点から数多くある。
・消費者の視点からみたメリット
▹実際に使用しない段階で、(高品質や特徴といった目安で)購買決定における確信を
与え、使用の際の満足を約束する。
▹自分のステータスとしてブランドを身につけることで、満足感や優越感を得る。
・企業の視点からみたメリット
▹マーケティングリサーチの効率や有効性を高め、競争業者に対する競争優位を獲得できる。
▹高いプライスコストマージンを維持することが出来る。
▹信用を形成することによって、長期的にそのブランドを支持してくれる強力なロイヤルテ
ィを持つ顧客を抱えることが出来る。
- 21 -
ブランド力を測定するのに用いられる要素には、ブランド名が有する価格プレミアム、消
費者の選好に対する名前の影響力などがある。これらが実質的に消費者、企業にもたらす
メリットの源泉になっていることがわかる。これらを強化することによって、ブランド力
はより一層の力を確立できる。それは決して独立しているものではなく、それ一つが強く
なることで全体のブランド力は強めることができる。
いろいろとブランドが持つ力を見てきたが、そもそもブランドとは如何にして創造される
ものなのだろうか?前述のとおり、ブランドとはイメージであり、その名前の持つ独特の
世界観であったりする。これを創造するのは一朝一夕で出来るものではない。長い時間を
かけて創造しようとするブランドのターゲットとなる品質を提供し続け、またそれを広告
して広く知ってもらうことが必要なのである。たとえば「高品質」、「出来る大人が持って
いる」などといったブランドイメージを創造しようとすれば、もちろん高い品質の製品を
提供し、またその「高品質」、
「出来る大人」というイメージを(容易に)想起させるような広
告をうち、人々にそのイメージを認識してもらうことが大事なのである。
3-2
製品差別化によるブランド戦略
ブランド戦略のもたらす大きな効果の一つに、製品差別化が考えられる。製品差別化がな
されている製品は、競合している製品とは違う性質があるため市場支配力を獲得すること
ができ、正の利潤を獲得することができるのである。
完全競争の市場を考えてみる。個々の企業は市場支配力を持っていないため、同質財を
提供する場合は自社の製品を売るために価格競争に陥ってしまう。その結果価格は限界費
用と等しい水準まで下がってしまい、利潤を得ることが出来ない。そこでなんとかして利
潤を得なくてはならない企業は、製品の差別化を図り、ロイヤルティを高めることによっ
て利潤を得ようとする。この節ではブランド戦略において非常に重要な位置をしめる製品
差別化についてみていこうと思う。
製品差別化には二つのタイプが存在する。一つは垂直的製品差別化、もう一つは水平的
製品差別化です。垂直的製品差別化は、ある製品が競合する製品に明らかな優劣を持つよ
うな差別化のことである。たとえばカローラとレクサスが同じ価格で販売されているとす
ると、誰もがレクサスを買うような場合、それは垂直的差別化がなされていると考えるこ
とができる。一方の水平的製品差別化は、価格を一定とし、持っている機能や性能は全く
同じという場合であっても、消費者が競合する製品よりもその製品を選好するような場合
のことを言う。この例としては、カラーリングの違った同じ車種の車などがあげられる。
製品差別化と市場支配力の関係について具体的な例で考えてみる。たとえば洋服や車とい
った財はたくさんの種類が存在する。仮にその商品のうちの一つが値段を若干上げたら、
- 22 -
多少の需要の低下はあるとしても、全ての需要がなくなるわけではない。これは製品差別
化がなされているからであり、各々の企業は提供している製品に市場支配力を持っている
ということなのである。そしてこれは需要の価格弾力性が小さくなっていることも同時に
示すのである。
まずは製品差別化がどのようなものか、ホテンリングモデルを用いて分析してみる。
図5-1
p1
p2
p 2 '+t (1 − x' )
p '1 '+tx'
p '1 '+tx'
p 2 '+t (1 − x' )
p1 '
p 2'
d1
0
d2
1
x'
・ 横軸に消費者が均一に分布している
・ 0地点に店1、1地点に店2がある
・ x は店1までの距離
・ t は距離1単位にかかる移動費用(サーチコスト)
・ 価格は p1 ' 、 p 2 ( p1 ' > p 2 ' )
このとき店1で購入するときの総費用は
p 2 + t (1 − x' )
p1 '+tx ' 、同様に店2で購入するときの総費用は
である。また、x’地点に存在する消費者はどちらの店で買うか無差別である。
x' よりも左に存在する消費者は店1、右に存在する消費者は店2から購入するはずである。
そして d 1 は店1の需要であり、 d 2 は店2の需要である。
- 23 -
ここで特筆すべきポイントは、価格が
p1 ' > p 2 '
であるにもかかわらず店1の需要がな
くならないことである。これは移動費用が存在することによって、2つの財が同質でなく
なっていることによる。
次に価格の設定を考えてみる。
図5-2
p1
p1 ' '+tx'
p2
p 2 '+t (1 − x' )
p1 ' '
p '1 '+tx'
p '1 '+tx'
p 2 '+t (1 − x' )
p1 '
p 2'
p1 ' '+tx'
d1 ( p1 , p 2 ' )
p1 ' ' '
0
1
x'
図を見てわかるように、 p1 ' ' だとあまりに価格が高いので、全ての消費者は店2で購
入することとなる。たとえ0地点にいる消費者でも地点1までの往復の移動費用を払って
も店2でかかるコストのほうが小さくなるのである。逆に p1 ' ' ' の場合は十分に価格が低
いので、全ての消費者は店1で購入することとなる。よって店1の取りうる価格は
p1 ' ' ' < p1 ' ' である。ここで店1の需要曲線は d1 ( p1 , p 2 ' ) であることから、
要は p 2 ' に依存していることがわかる。
- 24 -
店1の需
図5-3では店2の価格 P2 ( N ) を所与としたときの店1の最適価格を求めるものである。
・ c :2社の限界費用 (MC)
・ r1 :店1の限界利益 (MR)
・ d 1 :店1の需要曲線
製品差別化がなされているときは独占状態であると考えられるので、店1は MC=MR にな
るように価格を設定する。その価格を P1 ( N ) とする。また2社の限界費用は等しいので、
店2についても同じことがいえる。よって P1 ( N ) = P2 ( N ) となり、これがナッシュ均衡に
おける均衡価格である。
図5-3
最適価格
p1
p2
r1 ( p1 , p 2N )
p1N
p 2N
d1 ( p1 , p 2N )
c
0
1
- 25 -
次にホテリングモデルの均衡を、数式を用いて分析してみる。
・
・
p1 + tx = p 2 + t (1 − x)
d1 = x =
1 ( p 2 − p1 )
+
2
2t
1 ( p − p1 )
π1 = ( p1 − c)( + 2
)
2
2t
・
利潤最大化をして p1 について解くと
p1 =
(c + t ) p 2
+
2
2 となる。これにさきほど得られた
P1 ( N ) = P2 ( N ) を代入して整理すると、 P( N ) = c + t という値を得ることができ、これが
均衡価格となる。
以上のように、ホテリングモデルによると、均衡価格は限界費用よりも大きくなる。こ
れは移動費用が存在しているからである。そして移動費用は製品差別化の程度が大きくな
れば大きくなるほど大きくなる。つまり、製品差別化の程度が大きくなるほど、市場支配
力が大きくなるのである。
このモデルは単に立地に関することを分析するだけでなく、「ジュースの甘さ」や、「ギタ
ーのエフェクターの音質」などといった、ブランドのポジショニングについても考察する
ことができる。つまり横軸をそのブランドのポジショニングしている位置と考えるのであ
る。つまり競合他社が提供している財と異なったポジショニングをしていれば、それだけ
市場支配力を持ち、価格を上げることができる。これは移動費用(=サーチコスト)の増
加によるものである。そしてこれがそのまま利潤に直結するものであることは自明である。
さて、ディズニー社の扱う主な財は情報財である。先の章で見たように、情報財とは複製
が容易であり、しかもコストがほとんどかからないという性質があるため、特に製品差別
化が重要になってくる。よってディズニー社は自社のブランドを確立し、それを絶えず強
化していくことでロイヤルティを高め、自社の利潤を守っているのである。
次の3節ではそのブランド力がいかにして創造されていくのかをみていく。
- 26 -
3-3
ブランドの確立
2006年、スタジオジブリの「ゲド戦記」がヒットした。しかし、観に行った人の多
くは「普通だった」「あんまりだった」「よくない」と評価している。なぜ映画館へ行って
しまったのか。「面白そうなコマーシャルだから」「声優が良いから」よりも圧倒的に多い
のは「スタジオジブリだから」という声だった。
同年、ディズニー社の「CARS」がヒットした。広告では、ストーリーや声優の紹介
以上に「ディズニー最新作」といったような言葉がよく使われていた。また、観客も「デ
ィズニーだから」という理由で、数ある映画の中からこの映画を選んだ人も多いだろう。
なぜ、ジブリやディズニー“だから”面白そうと皆が思うのだろうか。その答えはジブリ
やディズニーブランドによって「あの会社の映画は面白い」と認知されているからである。
この節では、
「ブランドは製品の品質を保証するものである」ということを繰り返しゲーム
と評判の考えを用いた簡単なモデルで示す。
まず、プレーヤーは製品を生産・販売する企業と購入する消費者である。製品は高品質・
低品質の2種類ありどちらも価格は同一だが費用は高品質の方が高い。また、製品は経験
財であり、消費者は使ってみるまで高品質か低品質かが分からない。一方、消費者は高品
質ならば購入するが、低品質なら購入したくないと考えている。
購入する
購入しない
高品質
(3,5)
(5、-2)
低品質
(-5,0)
(-3,0)
上記のような繰り返しゲームを考え、企業が選択する戦略によって利得がどう変化するか
を比較する。
<品質についての情報を与えない場合>
企業は品質について消費者に情報を与えない場合、単純に上のゲームを解くこととなる。
ゲームの解は(低品質、購入しない)となり、囚人のジレンマの状態となる。
このとき、企業の長期の利得は
- 27 -
− 3 +
(−
3 )δ +
(−
3 )δ
+
2
(−
3 )δ
3
=
L
− 3
1 − δ
‥①
となる。
<高品質と偽って低品質を販売する場合>
利得表からも明らかなように、企業にとって最も大きな利得を獲得出来るのは、(低品質、
購入する)である。しかし、「高品質である」という情報がなければ消費者は購入しないの
で、企業は低品質の製品を高品質と偽り売らなくてはならない。こうして、偽った期には
利得 5 を得ることが出来る。しかし、消費者は低品質だと分かると次の期以降は購入しな
いので、次の期からの利得は −
3 となってしまい、
企業の長期的な利得は
5 +
(−
3 )δ +
(−
3 )δ
となり、①よりのわずかに
+
2
(−
3 )δ
3
= 5 +
L
− 3δ
1− δ
‥②
8 大きいだけである。
<高品質を販売する場合>
高品質と示し消費者に購入してもらえれば、品質に満足した消費者は購入し続ける。利
得表で言うならば(高品質、購入する)が続いていく状態である。
このときの企業の利得は、
3 + 3δ
+ 3δ
2
+ 3δ
3
L
=
3
1 − δ
‥③
となる。
では、以上の3つの場合における利得を比較する。
まず、割引因子 δ は 0 ≤ δ ≤ 1 であるから、①は明らかに負である。すなわち利得も負とな
る。
次に、②と③の比較するため、② ≥ ③となる区間を求める。② ≥ ③を変形して②-③ ≥ 0を
考えると、
5 +
3
− 3δ
−
1 − δ
1 − δ
≥ 0
まず、両辺に 1 − δ を掛けると、
(Q 0 ≤ δ ≤ 1 より 1 − δ ≥ 0 )
左辺
= 5 (1 − δ
) + (−
3δ
)−
3
- 28 -
=
− 8δ
⇒
+ 2 ≥
δ
≤
0
1
4
つまり、企業が高品質と偽り低品質を販売することで最も多くの利得を得られるのは
0 ≤ δ ≤
1
1
≤ δ
4 の区間しかないのである。逆に 4
良く、この区間は
0≤δ ≤
≤ 1
の区間では高品質を販売した方が
1
4 よりも単純に 3 倍も広いことが分かるだろう。これより、こ
の繰り返しゲームにおいて、企業にとって最も良い戦略は高品質を作り続けることである
といえる。また、割引因子が大きい時は裏切った方が利得を得られるが割引因子が小さい
ほど裏切りによる利得は小さくなることから、長期的に利潤を追求するディズニー社のよ
うな企業にとっては、低品質販売という裏切りでなく、高品質を提供し続けて消費者を獲
得し続けたほうがいいといえる。
企業は高品質な財を提供し続けることで、消費者の信頼を得てブランドを確立していく
ことが出来る。逆に、ブランドを付与した財が低品質であったならば、消費者のブランド
に対するイメージや信頼は一瞬で無くなってしまうので、企業がブランドを付与すること
はリスクを犯すことであり、それゆえ高品質なものを作り続けるのである。
よってブランドには品質を保証するシグナルとしての機能があることが分かった。それ
ゆえ、消費者はブランドがあると安心してその企業の財を購入することができる。
ディズニー社以外のブランドによるシグナリングの例、特に成功例ではなく、失敗例を
あげてみる。
2006 年6月~7 月にかけて近畿地方を中心に雪印乳業の乳製品により推定 13,420 人もの
食中毒が発生した。この事件の原因は生産設備での停電によるブドウ球菌の発生や工場で
の不衛生な原材料の取り扱いであったとされる。この事件により、雪印のブランドは崩れ、
売り上げは激減し、グループ再編を余儀なくされた。また、事件前は雪印といえば青いパ
ッケージに雪印のロゴが牛乳の顔として店頭に並んでいたが、建て直し後に販売した「メ
グミルク」は従来のものと大きく違いパッケージは赤く、名前も変え、以前の雪印ブラン
ドを払拭しようとする狙いがうかがえた。ここで重要なことは、問題の工場や原料で作ら
れた製品以外の、安全性が保証された他の製品も売れなくなったという事実である。その
理由は、雪印が消費者に対して不良品を販売したことでグループ全体のブランドが崩壊し、
新たに食品を扱う企業にとっては致命的な「不衛生」なブランドとして消費者に認知され
てしまったからである。
- 29 -
こう言った失敗例は他にも、三菱ふそうのリコール隠し問題や、東京電力の原子力発電
所のトラブル隠しなどがある。なかには、松下電器のヒーター回収問題のように問題後の
対応により、企業の信頼をとりもどしブランドを回復させることに成功した企業もあるが、
松下が行ったことは「クリスマス商戦期のCMをすべて回収のお知らせに差し替える」、
「日
本の全世帯にハガキを送る」などであり、莫大な費用がかかった。
これらの事実からも分かるように、長期的に利潤を上げることを目指す企業は高品質な
財を提供し、ブランドを維持していくことが非常に重要である。
3-4
ブランドの強化
以上のように、繰り返し高品質の製品を提供することによってブランドを強化できるこ
とがわかった。このようにブランド力を高めることによって差別化の度合いを高め、消費
者のロイヤルティを高めることが出来るのである。
具体的には次の図5-4をみて考える。直線 dd はブランドが確立していない状態、つまり
ロイヤルティが低く、価格弾力性が大きい場合の需要曲線である。製品差別化の程度が大
きく、大きなロイヤルティを持っている場合は需要曲線の勾配は急になる。つまり直線 d’d’
はブランドが確立している状態の需要曲線をあらわしている。価格を
p 0 から p1 にあっ
たとときの需要の変化をみてみる。
ブランド力を持たない dd においては、需要は
q 0 から q1
に下がるのに対し、強いブランド力を持つ DD は、q1 ’ までしか下がらない。図をみてわか
るように(
q 0 - q1 )>( q 0 - q1 ’)である。つまり確かなブランド力を確立することによ
って、価格を引き上げたあとの需要の減少を小さくすることが出来るのである。それはす
なわち利益の拡大をもたらすことが可能なのである。
このようにブランド力を絶えず強化していくためには、ただ漫然と高品質な製品を提供
するだけでなく、常にイノベーションを起こしてよりよい製品を開発していくことが求め
られるのである。
- 30 -
図5-4
d'
d
p1
p0
d
d'
q1
q1' q0
また、ディズニー社の提供するキャラクターグッズは実に多彩である。ディズニーラン
ドで売っているようなキャラクターの耳のついたカチューシャやお菓子、インテリアや生
活雑貨、果ては家電やパソコン、英語教材など、一見ディズニーとはなんの関係もないも
のまで揃っている。これは言い換えると幼い子供からお父さん世代までカバーできるライ
ンアップとなっているだろうし、非常に多くの消費者をターゲットにしていると言える。
そしてそれぞれの年代すべてに対して高いロイヤルティを得ることによって、非常に強大
な市場支配力を持つもとが可能になる。
ホテリングモデルで見たように、製品差別化の度合いが大きければそれに応じた高い市
場支配力を得られる。先に見たように横軸をブランドのポジショニングしている位置と考
える。そして各年代に高いロイヤルティを持つとすると、横軸すべてをカバーしている状
態であると考えられる。つまりすべての消費者が“最短距離で”それぞれの消費者が求め
る製品にたどり着くと同じことを意味するといって過言ではないだろう。最短距離で製品
を見つけられるというのは、サーチコストがかからないことと同義であり、より高いプラ
イスコストマージンを得ることが可能になるのである。これがどういう状況であるのかを
ホテリングモデルにあらわすと以下のようになる。
- 31 -
C
B
A
p A + tb
pA
pc
0
1
b
仮定は2節で見たものと同じである。
・ 横軸に消費者が均一に分布している
・ 0地点に店A、1地点に店Eがある
・ x は店1までの距離
・ t は距離1単位にかかる移動費用(サーチコスト)
A
B
・ 価格は p 、 p ( p
A
> pB )
ここでは店Aと店Bを比較してみる。競合しているのは店Cとする。bにいる消費者に
A
店Aから購入してもらうために必要な価格設定は p である。しかし店Bから購入してもら
うためには、 p + tb の価格をつけることができる。 p < p + tb であり、tb分だけ価
A
A
A
格を高く設定することができるのである。これはサーチコストの存在がなくなったため、
その分を価格に上乗せできたからである。このようにサーチコストを徹底的に削減するた
めに、軸の赤線の部分すべてでブランドを持ち、且つ高いロイヤルティを持つことが出来
れば、相手の価格がサーチコストを考慮しないようなものすごく低い場合を除いてその製
品を購入することがわかる。つまり、差別化の度合いを高めることによって高いロイヤル
ティを得ることができ、その結果より高い価格設定を行うことが可能なのである。つまり、
消費者が自分の欲しいと思う製品をすぐに見つけ出せる状態が理想と言える。これを実現
- 32 -
するためには、先で触れたように多くの消費者の期待にこたえられる製品を開発する、多
角化戦略を採用することが必要である。
まとめ
常に高品質の品質を提供し続けることによって、ブランドイメージを確立することに成
功した。そのことによってディズニー社は自社の製品を他社との差別化を図ることに成功
し、利益を得ることに成功した。しかし一時の成功だけでなく、不断の製品開発のための
イノベーション、そして多くの消費者に受け入れるための多角化の戦略を取ることが利益
を確保するために必要なことである。
次の4章では、ディズニー社におけるイノベーシ
ョンと、多角化の戦略について考察していく。
4.持続的競争優位と多角化戦略~進化し続けるミッキーマウス~
3 章で述べたように、ディズニー社はブランド戦略によってその価値を高めてきた。では、
ブランド力を得た上で、どのようにその競争優位のポジショニングを維持してきたのだろ
うか。この章では、その持続的競争優位の源泉として、イノベーションと参入障壁に焦点
をあてる。そして、これら2つの要素をもつ多角化戦略について説明し、事業拡大のメカ
ニズム、すなわちディズニー社成功の裏側を明らかにしていく。
4-1イノベーション
4-1-1
ディズニー社のイノベーション
3章で述べたように、ディズニー社はブランド力を得て、いまや支配的地位にあるといっ
ても過言ではない。では、どのようにしてこの競争優位のポジショニングを獲得し、維持
し続けているのだろうか。
まず、企業が競争優位にたつためには、他企業は気がつかない機会、もしくは利用できな
いような機会を利用することが重要となる。具体的には、他企業に模倣できない、より優
れた経営資源をもつことである。この「経営資源」とは財や投入物、機械等に限らず、技
術やノウハウ、情報や知識など、経営に関わるもの全てを含む。しかし、一度優れた経営
資源を得ても、消費者の好みの変化等により、優位性は長くは続かない。
(図4-1)しかも、
- 33 -
そのような「優位性の侵食」は、時が経つにつれ速くなる。そのため、企業はそのスピー
ドに対応して、優れた経営資源を得るために成長し続ける必要がある。つまり、絶えず優
位性の源泉を開発、すなわち創造的破壊を繰り返し、イノベーションし続けなければなら
ない。
(図4-2)この創造的破壊には、社会的資源の最適な配分といった短期的な静的効率
性よりも、成長や技術的向上の達成といった長期的な動的効率性が重要である。つまり、
創造的破壊において重要なのは、価格競争ではなく、新製品、新技術、新組織間の競争と
いえる。
図4-1短期的競争優位
経営収益性
消費者の
好みの変化
新技術開発
(創造的破壊)
時間
優位性
の成長
優位性
優位性の維持
の侵食
- 34 -
図4-2長期的競争優位
経済収益性
創造的破壊
優位性
①
②
③
④
⑤
・・・
時間
具体的に、ディズニー社のコアである映画・映像部門でいえば、図4-2の優位性は、
①トーキー映画による優位性
②カラー映画による優位性
③長編アニメによる優位性
④長編アニメのホームビデオ化による優位性
⑤CG長編アニメによる優位性
とあてはめることができる。①②③のトーキー映画やカラー映画、長編アニメは新たな発
想・試みであり、そのための技術はまさに、模倣することの難しいより優れた経営資源で
ある。また、④の長編アニメのホームビデオ化も、ビデオ産業において新たな市場を作り
出し、他企業では気がつかなかった機会を存分に利用してきた。⑤の CG についてはピク
サーを買収する、という企業組織的な創造的破壊により、ディズニー長編アニメの新たな
切り口を見出したイノベーションである。
さらに、これは映画・映像に限られたことではなく、テーマパークでも同様に創造的破壊
が繰り返されている。かつてディズニーが言ったセリフで、以下のようなものがある。
『ディズニーランドは永遠に完成しない。
この世界に想像力が残っている限り、成長し続ける。』
このセリフでもあるように、ディズニー社は、新たなアトラクションやショーの提供とい
った追加投資を欠かさない。現に日本のディズニーシーでは、昨年レイジングスピリッツ、
今年にはタワーオブテラーという新たなアトラクションが造られた。
このように、ディズニー社は映画や映像、テーマパークなど、様々な分野で創造的破壊を
繰り返すことによって、競争優位を保っているといえる。
- 35 -
4-1-2
イノベーションのインセンティブ
では、ディズニー社が創造的破壊を繰り返すのはなぜだろうか。それは創設者ウォルト・
ディズニーの意思が今でも脈々と受け継がれているからだと考えられる。しかしそれだけ
で常にイノベーションを続けるとは考えにくい。では一体何がディズニー社をイノベーシ
ョンに導くのだろうか。
そこで、市場構造とイノベーションのインセンティブについて考える。すると、
「独占・寡
占産業でイノベーションのインセンティブが強い」というシュムペーター仮説によってデ
ィズニー社のイノベーションを正当化することができる。では、この仮説は正しいのか。
それを検証すべく、ディズニー社のように既に支配的地位を確立している企業の、イノベ
ーションに対するインセンティブについて考える。
イノベーションに対するインセンティブに影響を及ぼすものとして、以下の3つが挙げら
れる。
インセンティブ
① 埋没費用の効果
↓
② 取替効果
↓
③ 効率性の効果
↑
では、具体的にどのような効果なのか。
① 埋没費用の効果
既に支配的地位にあり、特定の技術にコミットしてきた企業は、新しい技術や製品といっ
た、創造的破壊をするインセンティブが低くなる。なぜなら、その技術に特殊で、他の技
術に乗り換えると価値がなくなる経営資源とケイパビリティに投資を行ってきたためであ
る。つまり、イノベーションを起こすには今まで培ってきた経営資源を切り捨てなければ
ならない場合もあり、極端なケースだと今までの投資が無駄になってしまう。そしてこの、
企業が培ってきた経営資源への投資に関連したコストが、
「埋没費用」である。新たな技術
に転換、すなわち創造的破壊をする場合、この埋没費用は回収することができない。よっ
て、この埋没費用の効果によってイノベーションのインセンティブは低下する。
② 取替効果
あるイノベーションを行えば独占企業になれるかもしれない、という時に、潜在的参入企
業であれば、イノベーションへの努力をし、独占を目指す。しかし、既に支配的地位を確
立している企業の場合、既に独占的である自分自身に取って代わるだけのため、イノベー
ションに対するインセンティブが高まらない。
- 36 -
③ 効率性の効果
他企業が参入や成長によって得る利益<支配的企業が他社の参入や成長によって失うもの
このような状態であれば、支配的地位にある企業のイノベーションへのインセンティブは
高まる。新規参企業や小企業が参入・成長で得る利益は、複占もしくは競争的になるだけ
であり、あまり大きくない。それに対し、支配的企業が他社の参入によって失うものは、
複占によって利益が減るのはもちろん、さらに競争により価格を下げる傾向がある。その
ため、上記のような不等号が成り立ち、効率性の効果が発生する。
ディズニー社は既に支配的地位にあり、自然独占になりやすいという情報財の性質をもつ。
さらに、製品差別化されている。そのため、一見他企業の参入や成長を脅威に感じず、効
率性の効果が存在しにくいように思える。しかし、例えばテーマパーク市場においては独
占的であっても、「余暇を楽しむ消費者」の獲得という視点から見れば、旅行・レジャー産
業との消費者獲得争いがあり、効率性の効果の存在は大いにあると考えられる。また、グ
ッズや映画に関しても、キャラクターや長編アニメというジャンルでは脅威を感じる立場
でなくても、他の娯楽や他ブランドという広い視点で見ると完全に独占的とは言えない。
そのため、情報財の性質をもってしても、効率性の効果は存在しうる。
これら埋没費用の効果・取替効果・効率性の効果は同時に働く。よって、埋没費用の効果
と取替効果を上回るほどの効率性の効果があれば、既に支配的地位にいる既存企業のイノ
ベーションへのインセンティブは高まり、シュムペーター仮説を肯定する。つまりディズ
ニー社は、ウォルト・ディズニーから受け継いできた精神と共に、この効率性の効果の大
きさによってイノベーションへのインセンティブを常に持ち続けていると考えられる。
4-2参入障壁
イノベーションと並び、企業が競争優位を維持するために必要なのが、参入障壁である。
そこで、イノベーションに続き、参入障壁についてディズニー社に沿って考える。
まず、ディズニー社の主な財産が情報財であるため、そもそも自然独占になりやすいとい
う性質をもつ。この点については2章で詳しく述べた通りである。莫大な固定費用とわず
かな限界費用が、ある程度の参入障壁としての役割をもつ。
さらに、3章でも述べたように、ディズニー社はほとんどの消費者の選好を網羅している。
これによって他の企業が参入する機会を与えず、支配的地位を維持することができる。こ
れはディズニー社の創造的破壊の繰り返しによって作り上げた参入障壁と考えられる。
つまり、創造的破壊によって参入障壁となったのが、多分野への事業展開である。この多
分野への事業展開は「多角化戦略」といえる。よって、持続的競争優位のために必要な、
イノベーションや参入障壁の結果として、「多角化戦略」を、以下では説明する。
- 37 -
4-3多角化戦略
4-3-1
多角化とは
多角化とは、従来とは異なった分野に進出すること、複数の市場で生産活動を行うこと
である。ディズニー社は従来の映画制作に加え、テーマパークやグッズ、テレビ部門と、
様々な分野に進出している。それはディズニー社の組織図や、売上げの内訳を見ても明ら
かである。
組織図
Studio
Walt Disney Company
Park & Resorts
Entertainment
Consumer
Media
Products
Network
売上
Consumer
Products
7%
Studio
Entertainment
Media
Networks
41%
24%
Parks & Resorts
28%
4-3-2
多角化戦略の分類
多角化戦略は4つに分類することができる。
水平型多角化戦略
同じ分野での事業を広げる多角化
例
キャラクターグッズ。老若男女それぞれに向けたグッズの生産
垂直型多角化戦略
従来は組立産業であった企業が製造(上流)や販売(下流)に手を広げる多角化
例
映画制作と配給。制作から配給までをディズニー社のみで実行
集中型多角化戦略
ある特定のコア・コンピタンスに関連する新分野に進出する多角化
例
ビデオ。映画・映像というディズニーのコア・コンピタンスに基づいた多角化
集成型多角化戦略
従来の事業とは直接には関係のない分野に進出する多角化
例
アイスホッケーチームの保有
- 38 -
以上のように、ディズニー社は様々な形で多角化しているといえる。それでは、具体的に
それぞれの多角化の効果を見ていく。
4-3-3
多角化の目的・成功パターン
一般的に、多角化を行う理由はいくつかある。
1つは、既存の事業の市場成長率が低い、不確実性が高いなど、企業外部の環境の原因と
するものである。これによって1つの市場で失敗しても他の市場で損失をまかなうことが
でき、リスク分散が可能になる。
もう1つは、企業内部によるもの、すなわち企業の利潤最大化を追求するためである。デ
ィズニー社による、イノベーションや参入障壁としての多角化は主にこちらにあてはまる。
そしてこの企業内部による多角化は、シナジー効果の享受と未利用資源の有効活用、とい
う2つにさらに分けることができる。
シナジー効果を享受するというのは、2つ以上の市場に事業を拡大することで双方の市場
で良い成果が生まれることである。ディズニー社においては、映画産業から長編アニメビ
デオ市場とテーマパークへと事業を拡大したことが例としてあげられる。子どもが繰り返
し見るビデオと、家族ぐるみで訪れるテーマパーク。これにより、「ディズニー社=最高の
ファミリーエンタテインメント」というイメージにつながり、映画、ビデオ、テーマパー
クそれぞれでの売上拡大が可能になった。
次に、未利用資源を有効に活用する、というのは、他の産業でも活かせる未利用な経営資
源を使う、ということである。
ではどのような経営資源があるのか。未利用資源として最も重要なのが、余剰設備などの
物理的な経営資源よりも、技術やノウハウ、ブランドなど情報的経営資源である。この情
報的経営資源はいくら使っても使いきることがない。つまり、利用可能な分野がある限り
使用することができるという非減耗性をもつ。また、同時に多重利用が可能である。よっ
て、未利用資源になりやすい。
この未利用資源を有する企業は、新たに資源を調達するコストを負担することなく新しい
製品分野に進出することができる。従って未利用資源を活用して事業展開することにより、
別々の企業で生産するよりも、同じ企業で同時に生産した方がコストは安くなる。
このようなコスト削減は、範囲の経済と呼ばれる。つまり、未利用資源の活用により、範
囲の経済が可能な場合、多角化戦略が成功するといえる。
以上より、多角化をするねらいとしては、リスク分散、シナジー効果の享受、そして未利
用資源の活用がある。そしてこの未利用資源の活用によって範囲の経済が発生し、多角化
の成功につながる。
- 39 -
4-3-4
多角化と範囲の経済
以上のように、範囲の経済が働くと、多角化が成功する。そこで、情報的経営資源という
未利用資源によって、範囲の経済が発生することを証明する。
今、情報的経営資源ということで、ディズニー社のコアな事業である映画・映像に着目し
て考える。そして今2財の場合を考え、
x:映画
y:テレビ番組
とし、互いに独立と仮定する。
すなわち、映画を見るとテレビは見ない、映画を見たからテレビも見る、などの消費者の
2財間における行動は考えない。そして、それぞれの収入を R(x),R(y)、費用を C(x),C(y)
と表すとする。また、利潤をπ(x),π(y)とすると、
π(x)=R(x)-C(x)
π(y)=R(y)-C(y)
であり、
π(x+y)>π(x)+π(y)
となれば範囲の経済が働いているといえる。
ではここで費用関数に注目すると、映画やテレビ番組といった情報的経営資源は、莫大な
固定費用と極めて小さい限界費用にわけることができるため、
π ( x) = R( x) − c x x − FC x
π ( y ) = R ( y ) − c y y − FC y
と表せる。c はそれぞれの限界費用、FC はそれぞれの固定費用を表す。もし、映画とテレ
ビ番組それぞれ別々のものを制作した場合、
π ( x) + π ( y ) = R( x) + R( y ) − c x x − c y y − FC x − FC y
となる。それに対し、制作した映画をそのままテレビ放映することで、
π ( x + y ) = R( x) + R( y ) − c x x − c y y − FC x
となる。これより、
π(x+y)>π(x)+π(y)
が成り立つことがわかる。つまり、ディズニー社のように情報財を財産としていれば、そ
の情報的経営資源を未利用資源として活用することによって範囲の経済が成り立ち、多角
化に成功することを証明できる。これは水平型・垂直型・集成型どの多角化戦略において
もあてはまり、範囲の経済が成り立つことによって多角化戦略が成功する。つまり、映画
とテレビ番組に限らず、映画と関連グッズ、ビデオなどにおいても同じ事が言える。
- 40 -
4-3-5
組織構造から見る範囲の経済
上記の範囲の経済については、情報財をもつ企業としてのメリットである。しかし、この
効果は情報財を所有する他社にもあてはまるものである。ではディズニー社はどのように
して他社より優位に多角化戦略をとっているのだろうか。
そこで、ディズニー社だからこそ成功している要員の1つとして、組織構造に注目する。
そのためには、まず映画産業の仕組みを説明する必要がある。
本来、独立系の制作会社、すなわち制作のみを行う制作会社の場合、制作した映画フィル
ムの配給を配給会社に引き受けてもらい、その上で配給収入、つまり売上の○%を受け取
る、というシステムをとっている。そのため公開されなければ意味のない制作会社にとっ
ては配給会社や世の中のニーズに即した映画を作らなければならない。よって力関係は配
給会社の方が優位である。
とはいえ現在完全な独立系のシェアは大きくない。配給会社と制作会社が共に企画・制作
し、プロモーションもTV局や広告代理店ぐるみで行うことは、初期の企画の段階で決ま
っているケースが多い。よって、大手は制作してから配給先を探すことは少ない。
日本の例でいえば、スタジオジブリ、東宝、日本TV&電通・博報堂(DVDはブエナビ
スタ)という形で、映画制作、配給、プロモーション、広告までを行う形である。これに
よって全国での放映、大掛かりな宣伝が可能であり、高収入が期待できる。更にその確証
があるために、莫大な制作費をかけることが危険ではなくなる。
ではディズニー社はどうだろうか。ディズニー社に注目して考えると、過去に配給会社に
だまされるという経験もあることから、ブエナビスタというディズニー映画専門の配給会
社を持つ。それだけではなく、ABCという最大のネットワークシステムを持ち、メディ
アを通しての広告はもちろん、テーマパークやディズニーストアといった空間においても
宣伝効果をもつ。よって、契約コストや広告・宣伝費用がかからない。また、リスクは小
さいまま、配給会社やその他契約先に縛られることなく自由な映画制作が可能となる。つ
まり、情報財というコンテンツをもつディズニー社は、配給会社やマスコミ等ハードを扱
う企業を傘下に入れることにより、その情報財を最大級に活用できる。以上より、ディズ
ニー社の組織構造は最も効率的であるといえる。
しかし、このような組織構造を形成するためには、買収や合併、連絡費用など、様々な費
用がかかる。ディズニー社で言えば ABC やピクサーの買収費用がまさにこれである。その
ため、その費用を負担するだけの企業規模がなければ、このような組織構造は達し得ない。
つまり、最も効率的な組織構造のためにかかる莫大な費用を負担できるだけの企業規模を
もつ企業だからこそ可能な多角化戦略である。
ここで他の主な映画制作会社とテレビ産業との関係を見てみる。
- 41 -
TWENTY CENTURY FOX
ユナイテッド・アーティスツと合併
WARNER BROTHERS
UNIVERSAL PICTURES
PARAMOUNT PICTURES
SONY PICTURES
VISTA
ニューズ・コーポレーションの傘下
風と共に去りぬ
MGM/UA
WALT
スターウォーズ
ハリー・ポッター
タイム社と合併・CNNを買収
E.T.
カナダのシーグラム社の傘下
インディ・ジョーンズ
大手ケーブル会社ヴァイアコムの傘下
スパイダーマン、ダヴィンチ・コード
前身はコロンビアピクチャーズだったがソニーの傘下
DISNEY/BUENA プリティウーマン
配給に関しては傘下であるブエナ・ビスタ社が占有
これをみると、制作会社はマスコミ産業の傘下に入ってしまったものが多い。これより、
ディズニー社のようなコンテンツを扱う企業の下に、ハードを扱う企業が存在する組織構
造の方が成功しやすいとわかる。なぜならハードを扱う企業による買収の場合、独立系の
仕組み同様、自由な映画制作にも限界があるからである。また、情報財の可能性を活かそ
うとするコンテンツを扱う企業に対し、情報財を利用しよう、とするハードを扱う企業と
では、イノベーションも起きにくいからである。そのため、ディズニー社のように、コン
テンツを扱う企業がハードを扱う企業を傘下に入れる多角化の方が効率的といえる。
また、表より MGM/UA はかろうじて対等に合併、またワーナーはディズニー同様TVを手
に入れている。しかし、ディズニー率いるABCの方がCNNよりもはるかに大きいTV
局である。つまり、制作・配給・テレビ配信・広告と、ディズニー社の下で全てを担い、
さらに各部門でも高いシェアを誇る会社は他にはない。これはまさに、大企業の買収を可
能にしたディズニー社の企業規模、ブランド力あっての多角化戦略といえる。
さらに、この組織構造は4-3-3で述べたシナジー効果も発生しやすい。各部門での成功は
ブランドイメージの向上につながり、他部門へも良い影響を及ぼす。また、1つの映画を
制作することで、他部門でも新たなビジネスの機会となり、シナジー効果が生まれる。
以上より、ディズニー社の組織構造は、情報財を最大級利用することができ、範囲の経済
が働くと同時に、シナジー効果も発生するため、最も効率的である。しかし、このような
組織構造を形成するためには莫大な費用がかかる。そのため、競争優位なポジショニング
やブランド力による企業規模の大きいディズニー社だからこそ可能な組織構造である。
- 42 -
4-3-6
多角化とブランド力とのシナジー効果
ここまでは、ブランド力を得た上での多角化戦略について述べてきたが、多角化戦略とブ
ランド戦略は互いに影響を及ぼさないのだろうか。そこで、多角化とブランド力とのシナ
ジー効果について考える。
まず、消費者はそのブランド力によって、「ディズニーのものなら安心、ディズニーは最高
のエンタテインメント」というブランドイメージを得ている。よって、新たな市場で事業
展開しても、消費者はそのブランド展開に反応するため、ある程度の顧客は確保すること
ができる。それによって、多角化は成功しやすくなる。
それとは逆に、多角化によりイメージアップ、そしてブランド力アップにもつながる。こ
れは3章で述べた繰り返しゲームと評判を考えるとわかりやすい。ビデオなどが良い例で
あるが、多角化することにより、ディズニー社の財・サービスに触れる機会が増える。そ
のため、繰り返しゲームによる評判を得やすいといえる。
このように、ブランド力と多角化戦略は密接な関係がある。ブランド力による競争優位の
ポジショニングを利用し、イノベーションと参入障壁として多角化をすることで、競争優
位のポジショニングを維持してきた。そしてまた、多角化戦略を行うことで様々な分野に
事業拡大し、ブランド力、すなわち競争優位のポジショニングの形成につながっている。
4-4世界観造りによる補完的関係
ディズニー社の多角化戦略の成功は、これまで述べたように、情報的経営資源による範囲
の経済や、組織構造によるものだけだろうか。ディズニーランドは「夢の国」であると誰
もが信じている。長編アニメを全種類揃えている人や同じキャラクター商品をいくつも持
っている人も多くいる。これらは範囲の経済や組織構造、イノベーションによるものとは
考えにくい。そこで出て来るのが世界観造りやコレクション性の発想である。この世界観
造りも多角化戦略に何らかの影響を及ぼしているのではないだろうか。
そこで、世界観が創出されている1つとして、テーマパークを例に挙げて考える。テーマ
パークに行くと、パーク内からはパーク外の景色が見えないような設計、出入り口の統一、
建物の建設方法など、様々な箇所にディズニー社独自のこだわりが見られ、しかも徹底さ
れている。この徹底により、3章で述べたような繰り返しゲームによる評判が確立されて
いるといえる。そして更に、消費者は夢の国にいると、ついディズニーグッズを購入する
傾向にある。また、夢の国という世界観が徹底されているからこそ、お土産を購入する消
費者も多数いる。この消費者行動から、1つの結論が導き出せる。それは、世界観と関連
グッズやお土産品との間に補完的関係がある、ということである。
今、補完的な関係にある X 財と Y 財という2つの財があるとする。このとき、X 財を消費
- 43 -
すると、補完的な関係にある Y 財も欲しくなり、Y 財の需要曲線がシフトする。これを表
したのが以下の図である。これによって Y 財の値段を吊り上げることが可能になる。
Py
Py
qy
qY
では実際にこれを一般的な数式を使って考える。まず、ディズニー社ということで、独占
的と仮定する。そして、補完的な財 X、Y があるとき、それぞれの価格を Px,Py とする。
さらに、それぞれの供給量を X,Y とおく。また、各財の需要関数を、
PX = a − q X + rqY
PY = b − qY + rq X
とする。ここで、rは、もう一方の財の係数になっており、他の財も価格に影響を与える
という関係を表している。そしてこれは、補完的な財ということで0<r<1と仮定する
ことができ、図の需要曲線の増加分である。つまり、rが大きくなればなるほど、2 財の間
の補完性が高いことを意味する。逆にr<0であると、一方の財の消費が増えることによ
って、もう一方の財の価格が下がるため、代替財であることになる。
次に、企業の費用関数は、
C ( q X , q Y ) = c X q X + cY q Y
と表せる。ここで示されている、c X , cY は各財を生産するときの限界費用である。2章で、
情報財の限界費用は0に近いと述べたが、実際にテーマパークとパーク内グッズ商品を考
えた場合、テーマパークではアトラクションの稼動費や電気代、人件費など様々な費用が
かかる。また、グッズに関しても、ぬいぐるみなど、1 単位生産を増やすのにもそれなりの
コストがかかる。よって、限界費用の概念を含めることを正当化できる。
ここで、独占的な企業の利潤最大化条件は MR=MC、すなわち限界収入=限界費用となる
点での生産量の決定である。そこで、収入関数は、
R = PX q X + PY qY
であるため、X 財、Y 財の生産量に関する限界収入は、それぞれ
MR X = a − 2q X + 2rqY
MRY = b − 2qY + 2rq X
となる。そして、MR=MC より、
- 44 -
c X = a − 2q X + 2rqY
cY = b − 2qY + 2rq X
となる。これより、
q *X =
a − c X + r (b − cY )
2(1 − r 2 )
qY* =
b − cY + r ( a − c X )
2(1 − r 2 )
と導ける。
これによって、各財の価格は、
PX = a − q X + rqY =
(a + c X )
2
PY = b − qY + rq X =
(b + cY )
2
となる。
企業の利潤は一般的に
π=pq-c(q)
であるので、財 X、Y を生産している企業の利潤は、
π = PX q *X + PY qY* − c X q *X − cY qY*
*
*
とかける。この式に上で求めた PX , PY , q X , qY を代入し、整理すると、
(a − c X ) 2 + 2r (a − c X )(b − cY ) + (b − cY ) 2
π=
4(1 − r 2 )
となる。
これより、0<r<1であるから、
()内は全て正であり、rの増加により、企業利潤も増
加する。つまり、補完性の度合いが高い程、企業の利潤は大きくなる。
よって、ディズニー社の世界観の徹底は、この補完性を高める効果をもつことがわかる。
そしてディズニー社はそれによって企業利潤を上げているといえる。
また、この補完的関係は世界観に限らず、ディズニー社におけるコレクション性について
も説明できる。長編アニメーションビデオやキャラクターグッズを1本だけしか所有して
いない消費者は極めて少ない。ディズニーのファンである程この現象が起きやすい。つま
り、世界観の徹底やコレクション性のある財の供給によって、それぞれの財を補完的にす
る役割をもつ。そしてこの効果によって、企業利潤を高めることができる。
- 45 -
まとめ
この章では、3章までに述べた情報財とブランド戦略によって得た競争優位のポジショ
ニングを、どのように維持してきたかについて述べた。持続的競争優位のためにはイノベ
ーションと参入障壁が重要である。そしてディズニー社においては、このイノベーション
として多角化戦略は欠かすことが出来ない。さらにこの多角化戦略は利潤を高めるだけで
なく、参入障壁としての役割も持つ。そのため、ディズニー社は多角化戦略を巧みに利用
することにより、競争優位のポジショニングを維持することができたといえる。しかし、
この持続的競争優位は、ディズニー社のもつ情報財の価値によるものである。よって、次
章ではこの持続的競争優位に不可欠な著作権について説明していく。
5章
著作権
~ミッキーマウスの保護~
この章では、すでに述べてきたようなディズニーの多角化やブランド力により大きくなっ
ていく中、その背景にあるディズニーが抱えている問題を紹介する。著作権は、その中の
問題の一つである。
著作権はディズニーが抱える問題の中で、その最たるものである。というのも、まず2章
で論じた情報財を思い出して欲しい。情報財の特性から、限界費用は限りなく0に近づき
ほぼ0と考えてよい。とすると、企業はこれ以上の生産を行うメリットがないとも思える。
その情報財を取り扱う上でディズニー社はどのように利益をあげているのか。それは、こ
の章で論ずる著作権により守られることでその価値を得ることになる。また、4章で論じ
たイノベーションに関しても、そのイノベーションを行う動機付けに大きく関わってくる。
その関連を理解したうえでこの章を進めていきたい。
5-1では、その著作権を説明する上でまずは著作権の持つ特徴や現状をいくつか述べて
おく。5-2では、ミッキーマウス保護法と呼ばれる著作権とディズニーの間に起こった
問題の経緯を扱い、5-3では、なぜディズニー社が著作権にこだわるのか、また公的保
護によってどのような経済的効果があるのかを理論検証していく。最後に5-4では、今
後著作権はどうなっていくべきなのか、について論じていく。
- 46 -
5-1
著作権とは?
・著作物の条件は、「思想または感情を創作的に表現したもの」であり、文学、学術、美術
または音楽の範囲に属する。製品や生産過程、デザインは著作権ではなく同様の公的保護
「特許」に含まれる。
・なんらかの権利を得るためには手続きや申請が必要だが、著作権は著作物ができたと同
時に「自動的」に発生するもの。著作権について、取得の為に手続きが不要という方式を、
「無方式主義」という。日本はこの「無方式主義」であるが、世界には「方式主義」と呼
ばれる著作権に関しての登録が必要な国々もある。以前アメリカは方式主義をとっていた
が、そうなると日本の著作物はアメリカでは保護されないということになってしまう。こ
れでは問題なので、架け橋としての国際条約「万国著作権条約」というものができ、国際
間のやりとりは比較的簡単になっている。
・国により著作権保護期間は異なっている。日本では 50 年、イランでは 30 年、コロンビ
アでは 80 年などと差がある。アメリカでは個人著作物 70 年、法人著作物 95 年というよう
に著作権者により年数が異なる国もある。各国間の差は国際条約により調整され、自国の
保護期間をある程度尊重することができる。コロンビアでは 80 年でも日本へ来れば 50 年
で切れることになる。現在、主要国では 70 年になっていることもあり、日本もそれに合わ
せようという動きもある。
・「パブリックドメイン」→著作権のことを考えずに誰でも使える著作物であること。具体
的には、著作権の保護期間が過ぎたもの、著作権者が死亡し著作権が国庫に帰属するもの、
著作権者である法人が解散し著作権が国庫に帰属するもの、時事問題に関する論説、政治
上の演説、裁判での陳述などである。しかしパブリックドメインの作品であっても、作品
のイメージを悪くするような使い方はしてはならない。
これらの内容は著作権を語る上で一握りの部分であるが、その著作権において、ディズニ
ーの代表的なキャラクターである「ミッキーマウス」がその問題の中心人物となっている。
5-2
ミッキーマウス保護法
ミッキーマウスが始めてこの世に登場したのは、1928 年。アニメ映画の「蒸気船ウィリー」
だった。キャラクターの著作権というものは、最初に登場した著作物にしたがうことより、
この映画とミッキーマウスの著作権は同時に切れることになる。
- 47 -
今でこそ延びてしまっている著作権だが、この当時のアメリカにおいての著作権保護期間
は 56 年。単純に考えれば、1928+56=1984年には著作権は切れていたはずであ
る。
しかし著作権が切れる前の1976年、著作権延長の法案が出され、成立した。これによ
り保護期間は、個人のものが 50 年、法人のものは 75 年となり、
「蒸気船ウィリー」は法人
著作物とされるので、保護期間が 56 年から 19 年延び、本来1984 年に切れるはずだっ
たものが 2003 年までということになった。
さらに、2003 年まであと 5 年となった 1998 年になると、また保護期間延長の動きがあら
われこの時に成立したのが「ソニー・ボノ法」
。通称「ミッキーマウス保護法」と呼ばれる
ものだ。これはディズニーがロビイストを介して協力に政治家に働きかけ、法案を通した
のである。
そこで、なぜこのようなことが問題となるのか。それは著作権法そのものの意味に疑問が
生まれてしまうことにある。
アメリカの憲法には、著作権法について「限られた時間の間、占有権を確保できる」とあ
る。現在においては、保護期間が2023年ということになっているが、また再び保護期
間が延長されるような動きがあるのではないか、と容易に想像できるだろう。
これは、
「限られた時間の間」ということ自体を否定し、憲法違反になるのではないかと 1999
年に違憲裁判が起き、結果原告が敗訴、ソニー・ボノ法は合憲であるとの判決が下された。
これにより依然としてミッキーマウスの著作権は保護され続けている。
一般の人にとっては、ディズニーと言ったらそれこそ「夢の国」のイメージで悪い印象な
どないと思われる。しかし、著作権に関する限り、ディズニーのイメージはあまり良いと
は言えないようだ。
ディズニーの著作権による利益、不利益は普通に暮らしているほとんどの人には関係ない
かもしれない。だから、ミッキーマウスの著作権延期をそれほど問題視する必要はないの
ではないかと思う人もいるであろう。
問題となるのは、すでに述べたように著作権は「限られた時間の間」と定められているも
- 48 -
のであるものということ。さらには、もしミッキーマウスの著作権が切れれば、誰でも自
由にミッキーマウスというキャラクターを利用することができ、今まで以上に多くの人々
に親しまれ、またキャラクターを自由に使わせることによって革新が起きたり、今では想
像もつかないような夢の世界が誕生するキッカケとなる可能性があるからだ。
だが、ディズニー社にとって、このミッキーマウスの著作権というのは企業の経営面で非
常に重要な役割を果たしているのも事実である。ここでもし著作権が切れれば、ミッキー
マウスを使って稼がれるお金がディズニー社には入ってこず、大きなダメージを負うこと
は間違いないだろう。
これからの経営の為にも著作権保護期間の延長というのは必要なことであったのかもしれ
ない。しかし、その為にとった行動があまりに政治的であったせいで、ただの人気キャラ
クターであったミッキーマウスには影がついて回るようになってしまった。あからさまに
ミッキーマウスを対象として作られたソニー・ボノ法が「ミッキーマウス保護法」と言わ
れてしまうのも仕方がないことである。
ディズニー社は法を整備するだけでなく、著作物の無断使用にも厳しい対応をしている。
ソニー・ボノ法というのはアメリカの法律なので、つまり日本においては 1928 年「蒸気船
ウィリー」初登場のミッキーマウスの保護期間はとうに過ぎていることになる。
しかし、日本の出版社やテレビ局もディズニー社を恐れて自主規制をしているという現状
となっている。
このようにミッキーマウスの人気があまりに大きくなってしまったが為に、ディズニーに
関する著作権の問題はこれからも続いていくこととなりそうである。
5-3
公的保護の経済効果
このようなディズニー社が抱えている問題の事実関係を知った上で、次に著作権、特許に
よる公的保護から発生する経済的効果について話を進めていく。
公的保護の理論検証
これまで見てきたように、著作権や特許といった公的保護は「新規で有益なものについて
企業が独占して販売する権利をあたえるもの」である。特許と著作権の違いは、前者は製
品や生産過程、デザインなどに適用される権利であり、後者は本や CD などの有形メディ
- 49 -
アに残された情報(作品)に適用される権利ということである。ディズニー社を考えると、
コアの事業は映画製作であり、そのフィルムに残された情報つまり作品自体が公的保護の
対象となる。つまり著作権による保護の対象となっているのである。また、ディズニー社
は映画で使った音楽を CD 販売し、その著作権も誰にも譲ろうとはしない。なぜディズニ
ー社は著作権にそこまでこだわるのか。この節では経済理論を用いて考えていきたい。
著作権と特許を公的保護として制度としてひとくくりにしているのは、上記のようにそ
れぞれ適用されるものが違うだけで、独占権を与えるという原理は同じだからである。こ
の節で以後は公的保護制度と統一する。ここでは、研究開発と経済厚生の観点から論じて
いく。すると公的保護制度には2つの効果がある。
1. 研究開発へのインセンティブを与え、技術革新を促進させる正の効果
2. 独占によって経済厚生のロスとなり、非効率という負の効果
1.については、ディズニー社でいうと、独占権を与えられることにより、映画販売の利
潤が保証されている。2章で示したように、完全競争になると映画の価格は限りなく0に
近づき、利潤が得られなくなる。固定費用が莫大なため、価格が0だと確実に赤字になり、
ディズニー社は映画を製作しなくなる。公的保護による独占権が、新しい作品を制作する
インセンティブをディズニー社に与えるのである。制作の機会が増えれば、よりいい映画
を作るために(技術)革新も促進できる。実際、ディズニー社は映画界初のトーキー(有
声)映画やカラーアニメ映画、長編アニメ映画などを制作し、映画界に新たな旋風を巻き
起こした。これも公的保護による独占権の付与がなければ起こりえないことである。
2.については、言うまでもなく、独占の状態では完全競争に比べ生産量が抑えられ、価
格が高騰する。よって消費者余剰が大きく減るのである。図 5-1 の左側は完全競争状態で全
てが消費者余剰である。ただし、簡略化していない一般の経済学では生産者余剰と消費者
余剰に分かれ、P=MC の交点まで全てが生産者余剰と消費者余剰になるという違いはある。
図 5-1 の三角形 A は独占による経済厚生のロスつまり死荷重を表している。経済学的には
非効率は避けられるべき状態である。また、映画や小説などの物語はいつまでも独占され
てはならない。なぜならば、物語などは人々に自由に語り継がれ、記憶の中に蓄積され、
それがまた新たな物語を生み出す源泉になるからだ。物語はいずれは公共財となって拡散
し、再び新たなイノベーションの源泉にならなければならない。
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図 5-1
完全競争:P=MC で価格決定
独占:MR=MC で価格決定
p
p
MR
D( P )
pM
CS
MC
CS
D( P )
PS
q
A
MC
qM
公的保護の問題
上記の公的保護の正の効果と負の効果は全く逆の効果であり、1と2のトレードオフは
必須である。研究開発を促進するかわりに経済厚生を減少させるのか、経済厚生を守り研
究開発をなおざりにするのかのトレードオフである。ここでは保護制度の最適な期間を考
えていきたい。
言うまでもなく保護する期間が長くなれば独占状態の期間も長くなり、企業に研究開発に
対するインセンティブは与えられるが、効率性のロスは大きくなる。逆に期間が短いと独
占状態の期間も短くなり、非効率性のロスは小さくなるが、企業の研究開発に対するイン
センティブは弱まる。
モデル
ディズニー社の映画の質を高める研究開発投資 k を考える。
消費者は質のいい映画は高い価格でも見ると設定する。
- 51 -
q
需要曲線: p = a(k ) − x
a (k ) :増加関数で研究開発投資 k が増えるほど増加。需要曲線の切片が上へシフト。
費用関数: C ( x) = εx
情報財の限界費用は0に近いため以後は ε = 0 とする。固定費用は0と仮定。
保護制度適用期間: T
割引因子: e
失効後、市場は完全競争になると仮定する。
−r
(x
保護制度適用期間内の企業の生産量、価格、利潤は
m
, p ,π
m
m
)
⎛ a(k ) a(k ) (a(k ) ) 2 ⎞
⎟
=⎜
,
,
⎜ 2 2
⎟
4
⎝
⎠と
なる。ディズニー社の問題は、
mak ∫ e −rT π m (C( k ) )dt − k
T
k
0
1 − e − rt m
= mak
π (C( k ) ) − k
k
r
k について微分してゼロとおくと、
1 − e − rt ,
⋅ a (k ) − 1 = 0
2r
…(5.1)
左辺を T について微分すると、
e − rt ,
⋅ a (k ) ≥ 0
2
…(5.2)
(5.1)の式を k について整理して k
*
(T )
を求める。(5.2)式より、 k
*
(T )
は T についての増
加関数となる。つまり、期間が長ければ長いほど研究開発投資も多くするインセンティブ
を与えるのである。図 5-2 のように保護制度の適用期間が長くなるほど研究開発投資が増加
する。すると需要曲線の切片は a
,
(k )
、a
,,
(k )
となり、需要曲線は右にシフトしていく。結果
的に消費者余剰CSも増加するのである。
- 52 -
p
図 5-2 研究開発投資と需要曲線
a ,, ( k )
a , (k )
a (k )
x
次に k
*
(T )
を所与としたときに市場全体について考えてみる。
この式の左側は保護制度適用期間中の企業の独占利潤と消費者余剰、つまり総余剰をあら
わしている。右側は適用期間が終了し、完全競争になったときの総余剰を表している。D
WLは独占によって生じていた経済厚生の損失である。
T
[
]
∞
[
]
max ∫ CS( pm ) + π m ⋅ e −rT dT + ∫ CS( pm ) + π m + DWL ⋅ e −rT dT
0
T
subject to k
= max
T
*
T
(T )
[
1
CS + π m + e − rT DWL
r
]
この式を最大化するようなTを求めることによって、保護制度の最適な期間を決められる
のである。ただし、上の式を見てわかるように死荷重が存在するため前述したようにトイ
レードオフが起こることがわかる。また、理論上では最適な保護制度の期間を求めること
ができても、現実では消費者の需要関数を求めることは難しく、企業によって費用関数も
ばらばらなため最適な期間を決めることは難しい。だからミッキーマウス保護法などの問
題が起きるのである。
- 53 -
5-4
今後の著作権のあり方
これから、今まで述べてきた事実関係や経済理論を整理しながら、著作権によってどうよ
うなメリット、デメリットが発生するのか。「著作権というものはどうあるべきであるか」
という議論をしていきたい。
まず著作権が延長されることによって簡単に想定されるメリットを考える。
①
単純に、著作権が永遠に延長されればそれにより多大な利益をディズニー社は得
ることができる。
②
著作権により保護されることで、ミッキーマウスの悪用、反道徳的使用は防がれ、
保たれていたイメージをこれからも保持することができる。
次に著作権が延長されることによって発生するであろうデメリットを考える。
①革新が起こりえないこととなる。文化とは先人の生み出したものを研究・踏襲・アレン
ジなどの試行錯誤を繰り返してより新しいものを作っていく歴史でもあり、まったく無の
状態から新しいものを作り上げるのは天才であっても難しいことで、著作権延長はパブリ
ックドメインによる先人の業績を未来につなげることを妨げてしまうことになる。
②著作権の延長によりミッキーマウスのような絶大な人気のある一部の有名作品(キャラ
クター)が一層利益を上げる一方、それほどでもない人気のものが、価値
はあっても
忘れ去られるというということになりかねない。
といったこれらのメリット、デメリットがある。ここまで話してきた内容はほぼディズニ
ーのミッキーマウスに焦点を当ててきたが、純粋にただ著作権を延長するということに関
しての議論は、延長せずに今定められている期間で権利が切れ、パブリックドメインにな
ることの方が世間への利益も大きいと思われる。(理論的には、すでに述べたように弱い程
度で長い期間保護することが著作権の保護として適切とされている。もちろん死加重が発
生するため、長すぎるものは経済厚生がその分損なわれることとなる。)
しかし、ディズニーのミッキーマウスにおいてはあまりに存在が大きくなりすぎてしまっ
たことが逆に不幸を呼んでいるわけで、実際に著作権延長をもたらすきっかけとなってし
まっている。果たしてこの問題を著作権だけの問題で解決できるのであろうか。
- 54 -
ミッキーマウスや今後現れるかもしれない人気キャラクターにおいては、著作権という枠
組みで捉えること自体が問題を呼ぶこととなるので、保護期間を延長するという形をとる
のではなく、ミッキーマウスの人気を世間の人々や経済的に関係している企業に認めても
らう上で、特別な措置をとっていく方法を取っていったほうがよいのではないかと思う。
このように大きく人気の出たキャラクターにおいては著作権によって守られていることで、
説明してきた問題が生まれてきたが、本来著作権があることで守られてきたキャラクター、
作品もある反面、パブリックドメインになることによりさらなる利益を得たキャラクター、
作品達も多々ある。ミッキーマウス一つをとれば確かに著作権を延長という形で、守れる
のかもしれないがその背後にはさらなる利益を生み出すであろう作品達が著作権延長によ
り埋もれてしまっている。だからこそ、国民的人気キャラクターにまで成長したミッキー
マウスに関して著作権ではなく他なる特別措置をとるべきである。
二度に渡る著作権延長や、政治的な行動をとってしまったせいで逆に悪いイメージをつけ
てしまったのはディズニー社の責任である。今後、2023 年に再び保護期間が切れる状況に
直面した際には、ミッキーマウスを守ろうとする行動をとることはよいが、周りへの誠意
が見られる行動を期待したいところである。
そうすればミッキーマウスは名実ともに素
敵なキャラクターであり続けてくれるだろう。
おわりに
ディズニー社は現在、強大なメディア帝国として成功している。ディズニー社創設者のウ
ォルトディズニーの時代の成長もすばらしいが、彼の死後の多角化は目を見張るものがあ
る。この論文ではその成長の要因をさまざまな角度から分析することを目的とした。
その要因は大きく情報財利用・ブランド戦略・多角化・情報財を守るための保護である著
作権にあると考えそれぞれについて述べていった。
情報財の費用構造は「非常に低い限界費用と莫大な固定費用」であった。完全競争市場で
は価格は限りなくゼロに近づいてしまうため、ディズニー社は差別化を行い独占的競争に
持ちこむ必要があった。また、消費者の情報財に対する好みも多様でかつ経験財という特
徴をもっているため、企業に差別化するインセンティブがあることも加わり市場には多種
多様な情報財があふれることになる。ディズニー社はシグナリングをすることによって消
費者に品質の一部を知らせる必要があった。つまり、情報財を扱う企業にとって差別化や
シグナリングの役割を果たすブランドを確立する必要がある。
- 55 -
ブランド戦略では、情報財を扱うディズニー社の利益の源泉といえるブランド力がいかに
して確立されるかをみてきた。ブランド力を確立し、強化することによってロイヤルティ
を高め、価格を高く設定することが出来るようになる。それを実現させるためには、絶え
ず新しい製品を開発するイノベーションへ高いモチベーションを持つこと、また多くの消
費者に選好してもらうために多角化の戦略をとることが利益を確保するのに必要な行動で
ある。
多角化では、3章までに述べた情報財とブランド戦略によって得た、競争優位のポジショ
ニングをどのように維持してきたかについて述べた。持続的競争優位のためにはイノベー
ションと参入障壁が重要である。そしてディズニー社においては、このイノベーションと
して多角化戦略は欠かすことが出来ない。さらにこの多角化戦略は利潤を高めるだけでな
く、参入障壁としての役割も持つ。そのため、ディズニー社は多角化戦略を巧みに利用す
ることにより、競争優位のポジショニングを維持することができたといえる。
これまでみてきたように、多角化やブランド戦略により大きくなったディズニー社であ
るが、それがゆえに発生してきた問題もある。それは著作権延長という形であらわれてい
る。このようなディズニー社の行動は時に批判的に捉われることもあるが、自社の利益を
守るという観点からは妥当な行動であると思われる。しかし著作権自体を延長するという
のはかなり強引な手法ゆえ、利益を得るための代替的な手段を模索することも必要になる
であろう。
ディズニー社の成功の背景には、情報財の特性を踏まえた上でもっとも効率的にそれを
活かした戦略があった。ブランド戦略と多角化はその一例だ。ただ愛されキャラクターの
愛くるしさからくる絶大な人気とも思われるディズニーであるが、夢の王国ディズニーを
作り上げるにも数々の現実的な理論に基づいた戦略が必要であったことが分かった。この
ような試行錯誤を重ねた結果、ディズニー社が現在のように社会に浸透し影響力を与える
存在となったのである。
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参考文献
『ブランド・エクイティ戦略』Aaker, David A 著
ダイヤモンド社
『ブランド・リーダーシップ』Aaker, David A 著 ダイヤモンド社
『INTRIDUCTION TO Industrial Organization』Cabral 著
『情報財の経済分析』藤山英樹著
『情報の経済学』 佐々木宏夫著
MIT Press
昭和堂
日本評論社
『戦略の経済学』David Besanko 著
ダイヤモンド社
『ディズニー伝説』―天才(ウォルト)と賢兄(ロイ)の企業創造物語―
Bob Thomas
著、日経BP社
『ディズニー千年王国の始まり』―メディア制覇の野望―
『ディズニーリゾートの経済学』
有馬哲夫著、NTT出版
栗田房穂著、東洋経済新報社
『ディズニードリームの発想』上下巻
Michael Eisner 著、布施由紀子訳、徳間書店
『図解でわかるキャラクターマーケティング』
キャラクターマーケティングプロジェク
ト著、日本能率協会マネジメントセンター発行
2002.1.1
『まるわかり著作権ガイド』彩図社
『企業不祥事防止策としての行政モニタリングと市場の競争状況』内閣府経済総合研究所
『コンテンツ・プロデュース機能の基盤強化に関する調査研究
配給・マーケティング』
経済産業省情報政策文化情報関連産業課(メディアコンテンツ課)
日本経済新聞
Disney Online
2006/08/09、9/20、11/1
http://disney.go.com/home/today/index.html
YAHOO! FINANCE
NIKKEI NET 10
OLC GROUP
http://finance.yahoo.com/q?s=DIS
http://www.nikkei.co.jp/
http://www.olc.co.jp/news/news.cgi?home_f
Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%
83%BC%E3%82%B8
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