MOT とマネジメント・コントロール・ システム 甲南大学 長 坂 悦 敬 エンジニアが研究、技術開発に携わりつつも、マネジメントおよび企業経営にも参画して いくことがますます重要になっている。ものづくり企業においてイノベーション企業とし て持続的に発展するために、とくに技術経営、MOT(Management of Technology)と マネジメント・コントロール・システムについて体系的に展開する必要がある。 1.はじめに 42 は 41 位(起業家精神の普及度:49 位、事業化の普及度: 48 位)となった。 日本のイノベーションを加速し産業競争力の強化を このような状況から、日本でも MOT が注目され、 図るためには、研究開発や技術革新の成果を事業に結 多くの著書が出版されるとともに(藤末健三、1999 等)、 びつけ経済的付加価値に転換できる人材が必要である。 技術経営系専門職大学院の設立が始まった(2003 年)。 そ の 視 点 か ら、MOT(Management of Technology) 2006 年 6 月には、日本における MOT(技術経営)に が注目されている。 関わる教育・研究の集積と日本型 MOT の普及・啓蒙 MOT は、企業全体の経営革新を推進するという立 を目的として、日本 MOT 学会が発足している。 場にたち、企業理念、企業目的、企業戦略と整合性の 技術経営系専門職大学院における主要なカリキュラ ある技術戦略を企画し、これを実践すること 。 あるい ムとして、経営(経営戦略、組織、人材育成)、マー は、ビジネス・イノベーションを創出するために、新 ケティング、ファイナンス(財務会計、財務分析、原 技術知識の創生、技術資産の蓄積、技術知識の製品活 価計算)、コミュニケーション(リーダーシップ、意 用における移行過程において効率的なマネジメントを 思決定)、研究・技術開発(R&D 戦略、プロジェクト 推進すること 。 さらには、企業が保有する技術知識体 管理、R&D マネジメント)、事業創出 ( イノベーション、 系を新たな知識体系に変容させる行為であり、知識体 起業 )、先端技術情報、知的財産、リスクマネジメン 系の組替えにより新たな価値を創造すること等と定義 ト、生産(生産システム、SCM、品質保証、安全管理) されている(2003、日本経済団体連合会)。 すなわち、 に関わるものが配置されている。 技術を事業の核とする企業・組織が次世代の事業を継 一方、管理会計には、経営戦略の策定(strategic 続的に創出し、持続的発展を行うための創造的、かつ formulation) 、マネジメント・コントロール(management 戦略的なマネジメントであるといえる。 control) 、 オペレーショナル・コントロール (operational 米国では、スタンフォード大学でテクノロジーマネ control)という3つの経営管理のフェーズが存在する ジメント講座が開設されてから、MOT が注目され、 が、とくにマネジメント・コントロールは MOT との 1980 年 に 45 大 学、1990 年 に 120 大 学、1999 年 に は 関わりが深い。 247 大学で MOT プログラムが開設されるに至り、米 日本型技術イノベーション(改良型と科学型のミッ 国の競争力の維持に貢献したと言われている。 クス等)と日本的経営(技術蓄積の活用、チームワーク、 スイスの IMD(国際経営開発研究所)が発表した 中長期的視点等)から日本型 MOT を構築すべきであ 国際競争力において、日本は 1989 年∼ 1992 年1位で るという考えに立てば(吉川勇二、2006)、MOT の中 あったが、2002 年には 30 位と低迷した。同 IMD の に積極的に管理会計を取り入れるべきである。 2002 年発表による日本の科学技術インフラ分野の水 本稿では、MOT の重要性と MOT と管理会計(と 準は 49 か国中 2 位(研究開発支出:2 位、特許取得: りわけマネジメント・コントロール)の関係について 1 位)であったが、マネジメント分野の水準に関して 体系的に明らかにする。 SOKEIZAI Vol.52(2011)No.3 2.研究開発から産業化における管理会計 管理会計 戦略的計画 + 知的資産管理 研究・開発から産業化まで概ね次のような4つのス 研究開発戦略の構築 マネジメント・プランニング & コントロール テップを経ることになる(出川通、2004)。① 研究ステッ 研究テーマの企画、計画 オペレーショナル・コントロール プ(研究所において、シーズの創出、基盤技術の確立 知的財産管理 を行う。数百万円∼数千万円の投資)、② 開発ステッ 研究の実施 プ(開発センターや開発プロジェクトにおいて、マー ケティング、仕様を絞った製品開発を行う。研究から 魔の川 (Devil river) 製品開発の実施 開発マインドヘ転換が必要となる。数千万円∼数億円 の投資)、③ 事業化ステップ(事業推進部や事業化プロ ジェクトにおいて、開発製品の市場投入を行い、黒字 死の谷 (Death valley) 成果の事業化 ダーウィンの海 (Darwin’s sea) 化を目指す。商品として営業活動を行う。数億円∼数 十億円の投資)、④ 産業化のステップ(事業部、生産 工場において、事業の拡大を行い、販売生産体制を確 立する。継続的な商品投入、量産を行う。数十億円∼ 産業化(持続的発展) ・競争優位性の評価 (研究予算、投資計画、利益計画、特許投資計画) ・研究予算管理 → 研究推進効率の計測、評価 ・KPI → 研究開発進捗度、中間達成度の計測 (継続・加速・加速の意思決定) ・HRM 、インセンティブ管理 → 業績評価 利益計画、投資計画、資本予算 原価企画、価格決定、品質コストマネジメント ライフサイクルコスティング 企業間管理会計、アウトソーシング管理 伝統的管理会計 ABC/ABM、BSC、BPM 図 1 研究開発から産業化における管理会計の関わり 数百億円の投資)。 このような 4 つのステップの中で、製造業における 管理会計は成果の事業化から産業化における MOT 最大の課題のひとつは、「研究・開発と事業とのリン において、新製品ないしモデルチェンジ品の企画、設計、 ケージ」、つまり研究成果を如何にうまく事業に繋げ 製造、販売促進、物流、ユーザーの運用、保守、処分 るかである。研究ステップから開発ステップに至る に至るまでの全プロセスにおいて国際的な視野のもと には魔の川(Devil river)、開発ステップから事業化 で、製品、ソフトおよびサービスの原価管理を企業目 ステップに至るには死の谷(Death valley)、そして、 的の達成に向けて統合的に遂行することを意味する。 事業化ステップから産業化ステップに至るにはダー ストラテジー(Strategy) :戦略を中長期的に立案す ウィンの海(Darwin s sea)を超えなければならない る段階、プランニング(Planning) :短期的計画を立 と言われる(出川通、2004)。 てる段階、マネジメント(Management) :計画を修正 魔の川(Devil river)においては、研究(シーズ指向) しながら組織として成果が出るように実行する段階、 と開発(ニーズ指向)のギャップを埋めて、市場に受 コントロール(Control):日々の状態を統制・管理す け入れられる開発ターゲットを明確化することが重要 る段階等、各段階に合わせてコスト・マネジメントの である。死の谷(Death valley)では、 「製品開発」と「商 手法を使い分ける必要がある。図 2 に MOT に関係す 品開発」とのギャップを埋めなければならない。とく る管理会計手法を整理した。 に、コスト、品質、納期で市場に受け入れられなけれ 図 1、2 を参照しながら、MOT においてもとくに ばならない。ダーウィンの海(Darwin s sea)では、 「開 取り上げるべきである管理会計手法について以下に述 発」と「経営」のギャップを埋める必要がある。資金 べる。 調達、販売、生産体制を確立し、持続的な発展のため の商品ラインナップ、ブランディング、新製品開発サ ストラテジー バランスト・スコアカード(BSC) イクルの定着化等が必要になる。 (Strategy) 価格決定(商品力評価) 原価企画 プランニング ライフサイクル・コスティング (Planning) ベンチマーキング 環境コスト・マネジメント 品質コスト・マネジメント マネジメント ABC/ABM (Management) 予算管理 CVP分析 研究開発テーマが事業化に至らず、死の谷(Death valley)に埋没、眠っているものがあると回答する国 内製造業は約8割であり、従来の自前主義による研究 開発・事業化だけでは限界がある。積極的にアライア ンス、産学官連携、選択と集中等の R&D マネジメン トを進めることが必要であり、社内発ベンチャー、ス ピンオフ・ベンチャーや異業種との提携等を通じた休 ビジネス・プロセス・マネジメント(BPM) 眠研究成果のいち早い事業化等が望まれる。 コントロール ここで、図 1 のように、MOT における管理会計の (Control) 役割をまとめた。 標準原価計算 予実差異分析 在庫管理 図 2 MOT に関する管理会計手法 Vol.52(2011)No.3 SOKEIZAI 43 (1)バランスト・スコアカード のバランスト・スコアカードの例を示す。経営方針が Kaplan. R. X と Norton. T. P が 1992 年に提唱した 具体化され、具体化されたテーマに指標と定量的な目 バ ラ ン ス ト・ ス コ ア カ ー ド(Balanced Scorecard、 標値を設定することで、改革の目指すところが明らか BSC)は、財務的業績評価指標のみに頼るのではなく、 になったこと、改革の進捗状況の管理が可能になった 「財務」、「顧客」、「プロセス」、「学習・成長」といっ こと、社員ひとりひとりの社員バランススコアカード た 4 つの視点で多角的に業績を評価するという業績測 も作成したことで全社員が目標をもって改革に取り組 定の包括的フレームワークを提供している。エンジニ む風土が醸成されたこと等が成功要因としてあげられ アはプロセスに重きを置きすぎる傾向があるが、BSC ている。 の業績指標は、因果関係がお互いに関連づけられ、設 定された目標に向かって組織を方向付けるために使わ (2)原価企画 れなければ、結果を出すことはできないことを理解す MOT では、戦略策定段階で商品力を正確に評価す る必要がある。 ることが重要である。たとえば、商品力評価につい BSC は、ビジョンを組織全体に伝達し、組織の知 て下記のような算定式が提案されている(真田健二、 恵を集めて戦略を形成する役割を果たす。戦略の実行 1998)。 は、それを実行する人を教育し、巻き込むところから 商品力 = 市場価値拡大力 <M> × 技術開発力 <T> × コスト革新力 <G> 始まる。戦略は、トップマネジメントだけで立案され るのではなく、組織全体で形成されていくという点で これは、技術開発力だけでなく、市場価値拡大力と MOT との親和性は大きい。BSC は戦略実践のための コスト革新力も重要であるという認識のもと、より源 ツールであるといえる。その中に組み込まれた「業績 流でのコスト・マネジメントが必要になることを示し モデル」は、戦略遂行のため必要とされる行動とその ている。 業績指標を表現したモデルであり、MOT においてこ そのための手法に原価企画がある。原価企画という のようなモデルを構築できれば、組織の行動は、透明 言葉は、1963 年にトヨタ自動車 ㈱ で初めて使われ、 性をもち、コミュニケーションが容易になり、組織全 普及した(田中雅康他、1997)。原価企画は、下流部 体で戦略を考えることができるようになる。業績モデ 門である製造部門ではなく、より上流部門である開発 ルは、一度で完結するわけではなく、仮説と検証の手 設計部門、生産技術部門、さらに、新商品企画部門へ 続きを繰り返しながらより妥当性をもつようになって とコストダウン活動の中心をシフトさせるための手法 いく。部門指標を全社的に統合させる仕組みであると である。原価企画の推進のためには、商品企画、開発、 いう理解が進めば、BSC は MOT の中核ツールとして 設計、生産技術部門と経理部門にまたがる組織間マネ 位置づけられる。 ジメントが必要になる。原価企画は、目標設定(Plan)、 図 3 に、石油会社エリクソンモービル社(モービル) 原価のつくりこみ活動(T)、成果のチェック(Check) を通して、次の改善対策(Act)へつなげるという点で、 PDCA サイクルを意識しなければならない。ここで、 財務面の向上 財務の視点 資本利益率 キャッシュ 純利益 フロー イノベーションの促進要因としてのみではなく、阻害 原価 要因としても原価企画を捉えておく必要がある(林久 顧客の視点 消費者満足度向上 ディーラーとの 相互満足度向上 嗣、2010)。 覆面買い物客に ターゲットと セグメントの よる評価 する顧客 市場占有率 ディーラー満足度 原価企画活動で多用する VE(Value Engineering) は、1947 年米国 GE 社の L. T. マイルズ氏によって開 製品・サービスの刷新度向上 プロセスの視点 発され、1960 年頃わが国に導入されたといわれている。 新製品投資利益 新製品受入比 ディーラーの 率 率 利益率 VE は、製品やサービスの「価値」を、それが果たす 安心と信頼度向上 精製工場の歩留 予期せぬ設備 遅延回数 率 休止時間 組織風土の前向き度向上 在庫水準 環境関連事 安全関連 故数 事故数 コアコンピタンスと 情報インフラ改善 スキルアップ 学習成長の視点 従業員調査 個人別BSC コアコンピタンスの入手 可能性 図 3 バランスト・スコアカード(エリクソンモービル社の例) SOKEIZAI Vol.52(2011)No.3 で把握し、システム化された手順によって「価値」の 向上をはかる手法であり、MOT において重要な要素 のひとつであるといえる。 情報の入手可能性 (伊藤嘉博、2001、「バランススコアカード理論と導入」、 ダイヤモンド社、P. 67 を修正) 44 べき「機能」とそのためにかける「コスト」との関係 (3)ライフサイクル・コスティング 原価企画においてもライフサイクル・コストを捉え ることが重要になっている。ライフサイクル・コス ティング(LCC:Life-Cycle Costing)は、製品の開発、 ことによって具体的な改善の進捗状況、効果を把握す 設計段階からライフサイクル全般にわたるコスト、す る。数値評価は判断に客観性をもたせ、また、メンバー なわち研究開発から廃棄または処分を経て製品や設備 に具体的な目標を与えることになる。ベンチマーキン の全生涯で発生するコストを製品のコストとして扱う グは単なる競合分析、模倣や追従ではない。つまり、 (岡野憲治、2002)。 ベンチマーキングとは優れたものを「まねよう」とい 製品のライフサイクルに関わる、企画、開発、設計、 うことではなく、あくまで、自らの強みと弱みを分析 調達、製造、販売、メンテナンス、廃棄、リサイク して、業界のベストプラクティスを学ぶことにより、 ルというようなビジネス・プロセスの連鎖はバリュー 迅速に強みを増幅し、弱みを克服する手段である。 チェーンとも呼ばれる。より上流の商品企画、開発、 設計段階のコスト・マネジメントでは、SCM(サプラ (6)品質コスト・マネジメント イチェーン・マネジメント)の最適化をも意識しなけ MOT では、品質コスト・マネジメントも重要である。 ればならない。この点も MOT において重要である。 品質コストは、製品の規格に一致させるために発生す る品質適合コストと、製品の規格に一致させることに (4)環境コスト・マネジメント 失敗したために発生する品質不適合コストから構成さ MOT に お い て も、 環 境 戦 略 と CSR(Corporate れる。品質コストの収集および分類には一般に PAF Social Responsibility)は重要なテーマであり、管理 ア プ ロ ー チ(prevention-appraisal-failure approach) 会計の視点からは環境コスト・マネジメントを取り上 が用いられる(梶原武久、2008)。これによれば、品 げておく必要がある。すなわち、エンジニアといえど 質コストは予防コスト、評価コスト、内部失敗コス も、企業等が、事業活動における環境保全のためのコ ト、外部失敗コストの各コストに区分され認識される。 ストとその活動により得られた効果を認識し、可能な PAF アプローチは、一種の投資である予防コストと 限り定量的(貨幣単位又は物量単位)に測定し伝達す 評価コストを算定し、その結果として発生する失敗コ る仕組みについての理解が望まれる。製品のライフに ストを測定して、品質と原価を管理しようとするもの おける環境負荷を評価する手法としては、LCA(Life である。一般に、予防コストをかければかけるほど品 Cycle Assessment)があり、製造、輸送、販売、使 質水準が上がり、失敗コストは少なくなる。しかし、 用、廃棄、再利用まですべての段階での環境負荷を総 失敗コストをゼロにするには、膨大な予防コストと評 合して評価することになる。環境管理会計(EMA: 価コストを費やすことになる可能性もある。予防コス Environmental Management Accounting) は、 貨 幣 トの対象になるものとして、DR(Design Review)、 単位会計である従来の会計と物量単位会計を現す他の FMEA(Failure Mode and Effect Analysis)、G 会計ツールとの中間に位置付けられた貨幣単位と物量 (Computer Aided Engineering)、試作、試験等がある。 単位の両方を集計する複合的な会計であり、企業の内 当初から高品質の生産を実現して顧客満足度を確保す 部環境会計に特化した性格を持つものである。環境予 るという戦略をとる場合においても、経済的最適品質 算マトリックス、マテリアルフローコスト会計、環境 水準をもとにどのレベルまで品質コストを費やすのか 配慮型業績評価システム、ライフサイクル・コスティ についてよく把握した上で、最終的な製品目標原価の ングと環境配慮型原価企画の手法等がある。 設定を行う必要がある。ライフサイクル・コストを考 慮して、開発、設計段階で予防コストと評価コストを (5)ベンチマーキング 低減することが望まれる。 ベンチマーキングは、特定分野で最高レベルの業績 をあげている企業のプロセスから「ベストプラクティ (7)ABC(活動基準原価計算) ス」(最高の実践方法)を探り、その状態に近づける 製造業において自動化や IT 化が進めば、製品原価に ように改善・改革を進める手法であり、MOT におい 占める間接費の比率が大きくなる。つまり、MOT にお ても適宜活用されるべきものである。 いて製造間接費を低減するための方策を捉える必要が ベンチマーキングでは、まず、ベンチマーク(指標) ある。ここで間接業務の原価を正確に知ることが必要 により評価基準を数値化する。現状を数値で把握する となり、その原価に基づいてコスト・マネジメントや ことは、具体的に悪い部分をより正確に把握できる。 ナレッジ・マネジメントが展開されなければならない。 あるいは、悪いと思っていたことが、実はそんなに悪 そのためには、従来の製造間接費の原価計算における くないという別の発見をすることもある。さらに、ベ 問題点、ABC(Activity Based Costing、活動基準原価 ンチマーク(指標)に目標値を設定し、計測を続ける 計算)についても把握しておくことが大切になる。 Vol.52(2011)No.3 SOKEIZAI 45 (8)予算管理 予算は、一定期間における企業の各業務分野の具体 3.事業創造に関わる管理会計 的な計画を貨幣的に表し、これを総合的に編成したも 事業創造や感動創造製品・サービス創出のためには のである。MOT のプロジェクト管理の範疇において、 どうすればよいか、以下の 3 つのポイントに整理され プロジェクト別・活動別や費目別にその期間に予定さ ている報告がある(JMAC、2004)。① 魅力を想像す れる費用をもとに予算書を作成し、その予算をもとに ることが重要であり、そのためには、未来発想や未来 した目標管理を行うという予算管理は重要である。例 貢献ナレッジ・マネジメントによる未来想像力革新が えば、製品プロダクトミックスの決定、部品の内外製 必要になる。また、顧客に感動を与えられる価値を提 に関する意思決定のためにも予算編成は重要であり、 案できなければならない。② 創造開発も重要であり、 そのためには見積原価計算の精度を上げなければなら そのためには、事業価値に貢献できる技術戦略を立案 ない。 し、先進・先端技術革新を進めなければならない。同 時に、コスト革新やグローバル生産技術戦略も大切で (9)BPM(ビジネス・プロセス・マネジメント) ある。③ 俊敏で高付加価値型の開発プロセスを展開し 近年、「管理連鎖」を実現するマネジメント・プロ なければならない。 セスと「価値連鎖」を実現するビジネス・プロセス これらにも、管理会計は大きく関係し、図 5 に示す を対象とし、それらプロセス間の最適なバランスを ように次の 3 つの点で貢献できるものと考える。 図る、ビジネス・プロセス・マネジメント(Business ① 研究・技術開発における企業価値増幅への動機 process management 、BPM)が注目されている(李 付け 健泳、小菅正伸、長坂悦敬、2009)。MOT において ② 魅力創造、創造開発のための知的資産管理 も、各論をとりまとめて企業の持続的発展に貢献でき ③ モチベーション誘発のための業績評価 る BPM を取り入れる必要がある。BPM とは、「従来 の企業内外の壁を破り、情報や資源を共有し、業務を くくって連結・結合させて、その流れをプロセスとし て捉え管理しようとするもの」である。また、BPM は、 イノベーション ビジネスモデル創造、収益革新 感動製品・サービスの創出 ビジネス・プロセスを継続的に改善する仕組みであり、 管理会計の役割 そのためには、企業内で進行中のビジネス・プロセス 1.研究開発、技術→企業価値増幅への動機付け 2.魅力想像、創造開発のための知的資産管理 3.モチベーション誘発のための業績評価 の経過をモニタリング/分析/評価する BPM ツール が必要になる。戦略を中核に据える BSC(バランス ト・スコアカード)に対して、BPM ではプロセスを 図 5 イ ノ ベ ー シ ョ ン と 管 理 会 計 重視する。BPM を BSC のフレームワークに当てはめ て、いわばプロセス重視型の BSC を考えれば BPM の 位置付けがより明確になる(図 4)。つまり、BSC で 3.1 研究・技術開発における企業価値増幅への動 機付け の因果関係分析から KPI(G Performance Indicator、 研究開発段階において適切な技術評価を行い、成果 主要業績評価指標)の修正、変更、ならびに、ビジネ をあげる方向へ導くことは重要である。単なる技術的 ス・プロセスの変更さらには戦略マップを継続的に実 興味、自然科学としてのユニークな発見を目指すとい 施することが可能になる。また、仮説の修正、環境変 うことでは企業価値増幅への貢献には結び付きにく 化の影響を随時、直接取り込むことが可能になる。 く、研究者や技術者の動機付けに工夫が必要となる。 MOT における技術評価方法の一つとして、スコア 財務 顧客 改革 改善 プロセス 学習と成長 現状プロセスを定義( input、process、output ) リング技術評価法がある。この方法では、① 技術ポジ 現状ビジネス・プロセス・フローの記述 ションを明確にすること(技術における他社との競合 BSC戦略マップの構築、分析、問題発見 具合、技術の革新性、製品のライフサイクル段階、市 KPIの設定 要度を定量的に示すこと(製品、経営戦略・事業戦略 実務での KPIの測定、監視 の重要度、リターン、リスク、訴訟リスク、他の製品 因果関係分析 → KPIの変更 との相乗効果等でスコア付け)の 2 つからなる。各項 分析、問題発見 目の重要度に応じて出された係数を掛け合わせること 図 4 BPM の概要 46 SOKEIZAI 場規模、事業成長率等でスコア付けする)、② 技術重 ビジネス・プロセス・フローの改善案 Vol.52(2011)No.3 によって、項目の重要度の優先順位付けを行う。各技 術について、技術ポジションと技術重要度をそれぞれ を使用する。ROI が大きいほど収益性に優れた研究開 縦軸と横軸にとった技術評価ポートフォリオにのせて 発案件であるという評価になる。 評価することが行われる。 また、リアル・オプション法(今井潤一、2004)の ここで、研究開発に対して、経営戦略との整合性お 適用も有効である。現在価値法は、将来利益の現価累 よび収益性の 2 軸評価で行うだけでなく、図 6 に示す 計が投資額よりも大であれば投資し、小であれば投資 ように第 3 軸として技術モチベーションを加えること しないという方法であるが、理論と現実の間にギャッ を提案する。研究者は、創造される技術、開発プロセ プがある。リアル・オプション分析とは、ある投資案 スにおける魅力、ユニーク性へのこだわり、発見・発 件において投資タイミングの変更や段階的投資、オ 明の感動等にモチベーションをもつ。経営戦略との整 ペレーション規模の切り替えなどの選択肢がある場 合性や事業利益等の企業価値増幅という 2 つの視点だ 合、そのことによる柔軟性が当該案件のキャッシュフ けでなく、研究者自らのこだわりや感性とのマッチン ロー、ひいては価値創造にどのように影響するかを定 グも重要な要素となる。 量的に評価する方法である。延期オプション、中止オ プション、縮小オプション、拡張オプション、スイッ 技 術 � � � � � � � 課題のある領域 経営戦 合 略との整 性 技 術 � � � � � � 見切りを付けるべき領域 � 経営戦略との整合性 チング・オプションなどがある。 研究者の業績評価及び報酬への反映について、資本 効率性を重視した経営に対する理解が必要になる。研 究者・技術者に、企業価値についての理解がないとす れば、その企業の将来は危い。 3.2 魅力想像、創造開発のための知的資産管理 収 益 研究開発業務も間接業務であると考え、効率化を追 性 求する場合、デジタル技術で非定型業務をできるだけ 定型業務化(標準化)しブラックボックス化していく、 図 6 研究開発における 3 軸評価 モジュール化により外注部品の組み合わせを思考して いくというような方法が適用されることが多い。それ 2 軸評価において「課題のある領域」 (収益性が悪く、 らは効率化につながる一方で、結果的に知恵を出すあ 経営戦略との整合性も弱い)は、技術モチベーション るいは閃きからの新しい発想を生かすというような業 が高くても実施すべきではない。しかし、2 軸評価に 務があまり評価されないという問題を引き起こす。こ おいて「機会を見て中止か、投資か検討すべき領域」 (収 れに対して、経営資源としての知識をいかにして獲得・ 益性は大きいが、経営戦略との整合性が弱い)におい 創造・蓄積・活用するかを精緻に考えるべきであると ては、技術モチベーションが高い場合には、研究投資 いう指摘がある。組織的知識創造の理論(野中郁次郎、 を継続することを意思決定できる。一方、2 軸評価に 竹内弘高、1996)いわゆる「ナレッジ・マネジメント」 おいて「見切りをつけるべきかどうか判断すべき領域」 は、その具体的な解決の方向を示すものである。ピー (収益性は小さいが、経営戦略との整合性が強い)では、 ター・ドラッカーも、 『ポスト資本主義社会』 (1995)で、 「技術モチベーション」が低い場合には中止、高い場 資本主義の後に来る「知識社会」では知識が「ただ一 合には継続することを意思決定できる。 つの意味ある資源」であると主張した。ナレッジ・マ 収益性の軸において、企業価値との相関で評価する ネジメントの背後には、このような知識の重要性への という点では、DCF 法(Discounted cash flow method、 共通認識がある。 割引現在価値法)や ROI シミュレーション法(投下資 研究開発の生産性を評価する際は、工数だけでなく 本収益率)の適用が考えられる。DCF 法は、研究開 アウトプットの付加価値をどのように計測するかが問 発に投資することにより将来事業化により見込まれる 題となる。これには、非財務的尺度と財務的尺度の両 利益(期待キャッシュフロー)を資金調達コストで割 者を考慮した「総合的マネジメント」が必要となる。 り引くことによって現在価値を出し、事業を評価する 研究開発の生産性とは、一体どのようなものなので 方法である。ROI シミュレーション法は、利益を投下 あろうか。吉田によれば 2 つの見方がある(吉田 猛、 資本で割り、100 を掛けて求める ROI(%) (return on 1997)。第一に、生産性は業務遂行の成果/投入資源に investment)で評価する。ただし、ここで分子に使 よって計算される。その場合、投入資源一定の場合は う利益は、「金利・税控除前利益」である「事業利益」 成果の大小が、あるいは成果が一定の場合は投入資源 Vol.52(2011)No.3 SOKEIZAI 47 の大小が、生産性の値となる。ただし、成果の測定は た。さらに、事業創造に関わる管理会計について、研 困難な場合が多く、その結果として、生産性の測定に 究開発から企業価値増幅への動機付け、魅力想像のた は、投入資源量が利用されることが多かった。第二に、 めの知的資産管理、モチベーション誘発のためのプロ 生産性は、「業務遂行の成果/最高水準成果」という セス評価という 3 つの視点から考察した。エンジニア 式によっても導き出せる。最高水準を規定するための が研究、技術開発に携わりつつも、マネジメントおよ 手法としてベンチマーキングがある。ここで成果とし び企業経営にも参画していくは、ものづくり企業がイ て産み出される物とはいったい何かということを明確 ノベーション企業として持続的に発展するために重要 にしなければならない。つまり、管理会計が MOT と であるということを強調したい。 融合し、価値創造に結び付くものでなければならない。 参考文献 3.3 モチベーション誘発のためのプロセス評価 1 )㈳日本経済団体連合会, “産学官連携による産業技術人 仮説を立てて、実験し、何故、どのようにして効い たかはわからないが、「多分この手が効いた」と推論 する推論形式を哲学者パース(Piece. G. X.)は、アブ ダクションと定義している。研究開発はアブダクショ ン・アプローチの連続である。しかし、経理の強い管 理偏重の大企業では、研究開発においてさえ、牢固と した会計管理によって、「多分あの手が効いたのだろ う」と先ず、やってみてから後追い証明していくやり 方が許されない場合がある(河田信、2004)。 Y. T. ジョンソンは、量的目標とくに会計数値に よって管理する「結果による管理(Management B Result:MBR)」と個々の関連性のパターン形成とディ テールの重視による「手段による管理(Management B Means:MBM)を分けて定義している(Y. T. ジョ ンソン、U. ブルムズ、2002)。このアブダクション・ アプローチは BPM との整合性が高く、研究開発へ BPM を導入するによって、フィードフォワード管理 会計(丸田起大、2005)の意義がより明確になる。 また、図 7 に示すように、MOT においては、さま ざまなプロセス、エンジニアリング、マネジメント手 法の融合も大切な要素になる。 材の育成促進に向けて”,2003 年 3 月 18 日 http : //Y.keidanren.or.jp/japanese/policy/2003/024/ 2 )国際経営開発研究所(IMD),世界競争力年鑑,2010 3 )吉川勇二, 「日本型 MOT の動向」,MOT 協議会大学合同 説明会資料,2006 年 9 月 30 日 4 )藤末健三, 「技術経営入門」,生産性出版,1999 5 )出川通, “技術経営の考え方”,光文社新書,2004 6 )伊藤嘉博, 「バランススコアカード理論と導入」,ダイヤ モンド社, (2001) 7 )真 田 健 二, 「 製 品 革 新 マ ネ ジ メ ン ト 」,日 本 能 率 協 会, 1998 8 )田中雅康・小柴達美・藤田敏之・佐藤幸治, “日本の先 進企業における原価企画の実態と動向の分析”,企業会 計,第 49 巻第 7 号,P.89 - 96, 1997 9 )林久嗣, “イノベーションを促進・阻害する原価企画”, 日本経営学会誌,第 25 号,P.62 - 73,2010 10)岡野憲治, 「ライフサイクル・コスティング−その展開 と特質の研究−」,原価計算研究,Vol. 26,N. 2,P.1 - 16, 2002 11)梶原武久, 「品質コストの管理会計」,中央経済社,2008 12)李健泳,小菅正伸,長坂悦敬, “ビジネス・プロセス・マ ネジメント(BPM)と原価管理”,原価計算研究,Vol. 33/ N. 1,P.18 - 27,2009 13)JMAC RD & U 技術・開発革新事業部, 「MOT 経営入門」 , PHP 研究所,P. 31,2004 CAD,CAE,RP FMEA,TRIZ,品質工学 14)今井潤一, 「リアル・オプション−投資プロジェクト評 トレーサビリティ・ システム 価の工学的アプローチ」,中央経済社,2004 融合エンジニアリング データマネジメント BPM,BSC 15)野中郁次郎,竹内弘高,「知識創造企業」,東洋経済新聞 社,1996 NDI, 現物融合 16)吉田猛,「ホワイトカラーの知的生産性 − 予備的考察」 (X線CT,非接触サーフェススキャナ) 『経済科学』,第 45 巻 1 号,P.1 -17, 名古屋大学経済学部, 1997 17)河田信, 「トヨタシステムと管理会計−全体最適経営シ 図 7 融 合 エ ン ジ ニ ア リ ン グ 4.おわりに ステムの再構築をめざして−」,中央経済社,2004 18)Y. 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