頚椎動態MRIの有用性について

松仁会医学誌45
(2)
:136∼139,2006
頚椎動態MRIの有用性について
原田智久,阪本厚人,杉谷和哉
南村武彦,遠山将吾,玉井和夫
松下記念病院 整形外科
要旨:頚椎症性頚髄症(cervical spondylotic myelopathy : CSM)の除圧範囲は,一
般的に神経学的所見と中間位で撮像したMR画像をもとに決定されており,動的狭窄
因子が評価されていないことが多い.本研究では,前屈位,中間位および後屈位の
頚椎動態MRIを撮像し,各椎間で硬膜管の前後径(以下,硬膜管径)および脊髄圧
迫椎間数の変化を調査した.対象は手術を施行したCSM22例で,全例術前に頚椎前
屈位,中間位および後屈位でのMR正中矢状断像(T2強調像)を撮像した.C2/3か
らC6/7の各椎間高位で硬膜管径を測定すると共に,脊髄圧迫椎間数を調査した.結
果はC3/4,C4/5,C5/6において硬膜管径は頚椎を後屈するに従い有意に減少した.
また後屈するに従い脊髄圧迫椎間数は増加した.本研究から中間位MR画像のみでは
正確な責任高位の診断は困難で,除圧範囲の決定には静的および動的狭窄因子を評
価できる頚椎動態MRIが有用であると考えた.
キーワード:頚椎症性脊髄症,頚椎動態MRI,動的狭窄因子
はじめに
対象および方法
CSMに対する後方手術として従来広範囲連続除
対象は手術を施行したCSM22例(男性8例,女
圧が広く行われているが,この術式では術後の可
性14例)で,平均年齢は68.7歳(30∼95歳),日本
動域制限,アライメント異常,軸性疼痛等を残す
整形外科学会頚髄症治療成績判定基準は平均10.0
ことがある.そこでこれらを軽減する目的で近年
点(0∼15点)であった.
除圧範囲を限局し,後方支持組織を温存する低侵
方法は,頚椎前屈位,中間位,および後屈位で
.し
MR正中矢状断像(T2強調像)を撮像した.MRI
かし除圧範囲を限局する際には,除圧不足や術後
の機種はGE社SIGNA (1.5T超伝導)を用い,撮
再狭窄の危険性を常に念頭におく必要性がある.
像条件はfast spin echo,TR=4000ms,TE=110ms
その危険性を最小限にする目的で術前に頚椎動態
であった.前屈位像は仰臥位で枕を後頭部に設置
MRIを撮像しその結果により除圧範囲を決定する
し頚部を前屈させて撮像し,後屈位像は枕を後頚
襲手術が数多く報告されるようになった
1-4)
こととしている.本研究では動態MRIを用いて硬
部に設置し頚部を後屈させて撮像した.患者には
膜管径の動的変化を調査し,動態MRIの有用性を
検査の趣旨を十分に説明し,診察時に頚部の前後
評価することを目的とした.
屈位をとらせて症状の誘発が無いことを確認した
のち動態MRIを施行した.少しでも症状が増強す
る場合には症状が出現しない程度に前後屈位をと
らせて撮像した.これらの撮像法によって得られ
平成18年7月28日受付
連絡先:〒570-8540大阪府守口市外島町5-55
松下記念病院 整形外科(原田智久)
たMR正中矢状断像において,以下の項目につい
て画像上の検討を行った.
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頚椎動態MRIの有用性について
1)C2/3からC6/7の各椎間高位で硬膜管径を測
加した(図2).
定し,頚椎動態時における動的変化を調査した.
症例
各々の測定部位は各椎間高位の硬膜前縁から後縁
までとし,椎間板,骨棘,および黄色靭帯などの
膨隆を認める場合は最も狭窄が強い部位で測定を
62歳,女性.JOAスコア11.5点の症例で,中間
行った.測定はデジタル画像上でScion Imageを用
位像ではC4/5,5/6椎間高位で脊髄圧迫所見を認め
いて行い,縮尺を補正することで実際の硬膜管径
た.前屈位では後方のくも膜下腔が出現し脊髄圧
を算出した.
迫椎間数は減少しているが,後屈位ではC3/4∼
2)各椎間高位で脊髄の前方および後方のくも
6/7椎間高位に脊髄圧迫所見を認め圧迫椎間数は
膜下腔(MRI T2強調像において,脊髄と硬膜との
増加している(図3).中間位像のみで除圧範囲を
間に存在する高輝度領域)の有無を調査し,前方
決定するとC4/5,5/6の2椎間になるが,本症例で
後方共にくも膜下腔が消失した場合を脊髄圧迫所
は4椎間の除圧を行った.
見ありと定義した.前屈位,中間位,および後屈
考察
位それぞれのMR画像において脊髄圧迫椎間数を
調査した.
CSMの病因,病態については従来から静的狭窄
結果
因子と動的狭窄因子が報告されており 5-8),これ
らの因子が単独で,あるいは複雑に重なり合って
CSMが発症すると考えられている.
1)硬膜管径の変化
平均硬膜管径は前屈位,中間位,後屈位の順に,
CSMの狭窄因子に対する後方手術は椎弓切除術
C2/3で9.9±1.5mm,10.0±1.6mm,9.8±1.6mm,
に始まり,1970年代からは後方支持組織を温存す
C3/4で 8.9±1.5mm,8.3±1.6mm,7.0±2.0mm,
る目的で種々の椎弓形成術が施行されてきた9-12).
C4/5で7.6±1.7mm,6.3±2.2mm,5.1±1.9mm,
さらに術後のアライメント異常や軸性疼痛を軽減
C5/6で7.5±1.1mm,6.5±1.2mm,5.6±1.8mm,
するために項靭帯や傍脊柱筋群を温存する術式が
C6/7で 8.7±1.5mm,7.3±1.8mm,6.9±1.9mmで
考案され,最近では低侵襲を目的に除圧椎間を選
あった(図1).
択する選択的椎弓形成術が報告されている1,2).
2)脊髄圧迫椎間数
当院においてもCSMの後方手術として選択的椎
平均脊髄圧迫椎間数は,全5椎間のうち前屈位
弓形成術を施行しているが,除圧範囲を限局する
で1.1椎間,中間位で1.9椎間,後屈位で3.2椎間で
際には除圧不足や術後再狭窄の危険性を常に念頭
あり,頚椎を後屈するに従い脊髄圧迫椎間数は増
におく必要性がある.また選択的椎弓形成術では
(mm)
11
10
5
9
C2/3
8
C3/4
7
C4/5
C5/6
6
脊 4
髄
圧 3
迫
椎
間 2
数
1
3.2
1.9
1.1
C6/7
5
前屈位
中間位
4
前屈位
中間位
図1
後屈位
硬膜管前後径
図2
脊髄圧迫椎間数
後屈位
138
原 田 智 久 ほか
前屈位
中間位
図3
後屈位
術前動態MRI(T2強調正中矢状断像)
62歳,女性.前屈位像および中間位像と比較して,後屈位像では脊髄圧迫椎間数の増加を認める.
術後頚椎可動域を温存できることが報告されてい
症例が68%も存在することから,中間位像のみで
るが,従来の術式と比較して動的因子は残存しや
は正確な高位診断は困難である.責任高位を正確
すい.よって術前に静的および動的因子の両者を
に診断し除圧範囲を決定するには静的および動的
評価し,必要十分な除圧範囲を決定する必要があ
因子の両者を評価できる頚椎動態MRIが有用であ
る.
ると考えた.
今回の研究からC2/3を除く全ての椎間において
文献
硬膜管径は頚椎を後屈するに従い減少することが
確認できた.特に中間位像と比較し後屈位像で硬
膜管径が大きく減少した椎間はC3/4,4/5,5/6で
01)Shiraishi T. A new technique for exposure of
あり,これらの椎間では動的因子が大きく作用し
the cervical spine laminae: technical note. J
Neurosurg 2002; 96(1 Suppl): 122-126.
ていると考える.
脊髄圧迫椎間数は,頚椎を後屈するに従い増加
02)Shiraishi T. Skip laminectomy. A new
した.中間位と比較し後屈位で脊髄圧迫椎間数が
treatment for cervical spondylotic myelopathy,
増加した症例は22例中15例(68%),変化がなかっ
preserving bilateral muscular attachments to
た症例は7例(32%),減少した症例は0例(0%)
the spinous processes: a preliminary report.
であった.中間位像のみでは正確な責任高位を診
Spine J 2002; 2: 108-115.
断できない症例が68%存在するため,術前には動
03)Yoshida M, Otani K, Shibasaki K et al.
態MRIを用いて静的および動的因子を評価し除圧
Expansive laminoplasty with reattachment of
範囲を決定する必要があると考えた.
spinous process and extensor musculature for
cervical myelopathy. Spine 1992; 17: 491-497.
まとめ
04)久野木順一,真光雄一郎,蓮江光男.後方支
持要素を最大限に温存した棘突起縦割式脊柱
今回われわれは術前に行っている頚椎動態MRI
の画像評価を行った.C3/4,4/5,5/6では頚椎を後
屈すると硬膜管径は大きく減少し,これらの椎間
管拡大術の成績と問題点.臨整外 1995;30:
507-512.
05)Penning L. Some aspects of plain radiography
では動的因子の影響が大きいことが確認できた.
of the cervical spine in chronic myelopathy.
後屈位像でのみ脊髄圧迫が確認できる椎間を持つ
Neurology 1962; 12: 513-519.
139
頚椎動態MRIの有用性について
06)Murone I. The importance of the sagittal
10)Hirabayashi K, Satomi K. Operative procedure
diameters of the cervical spinal canal in
and
relation to spondylosis and myelopathy. The J
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results
of
expansive
open-door
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髄症に対する棘突起縦割法脊柱管拡大術.臨
整外 1984;19: 483-490.
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08)片岡 治, 栗原 章, 円尾宗司:頚椎症性脊髄症
Bilateral open laminoplasty using ceramic
におけるdynamic canal stenosisについて.臨
laminas for cervical myelopathy. Spine 1991;
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09)Satomi K, Nishu Y, Kohno T et al. Long-term
follow-up studies of open-door expansive
laminoplasty for cervical stenotic myelopathy.
Spine 1994; 19: 507-510.
Usefulness of Cervical Dynamic MRI in Cervical Spondylotic Myelopathy
Tomohisa Harada, Atsuto Sakamoto, Kazuya Sugitani,
Takehiko Namura, Syougo Touyama and Kazuo Tamai
Department of Orthopaedics Surgery, Matsushita Memorial Hospital
This study is to evaluate the dynamic changes of the canal space that occur during flexion and extension of the
cervical spine in patients who had myelopathy.
Twenty-two patients who had cervical myelopathy (8 male and 14 female patients; mean ag, 68.7 years) were
evaluated with regard to the dynamic changes in canal stenosis on dynamic MRI. Mean of the Japanese
Orthopaedic Association scale is 10.0. The dynamic MRI protocol consisted of a sagittal T2-weighted fast spin-echo
sequence in flexion, neutral position and extension of the neck. We measured the diameters of cervical canal space
at each intervertebral level (C2/3-C6/7) and confirmed the obliteration of the anterior or posterior subarachnoid
space. We defined that a complete obliteration of both anterior and posterior subarachnoid space means cervical
cord compression, and counted the number of intervertebral levels demonstrating cord compression.
The diameters of the cervical canal space at C3/4, 4/5, 5/6 were decreased during extension. The number of
intervertebral levels demonstrating cord compression increased during extension. Cord compression level
increased during extension in 68% of patients.
The evaluation of the dynamic canal changes using dynamic MRI is important to determine the decompression
level. Dynamic MRI provides a useful tool for preoperative evaluation of cervical spondylotic myelopathy.
Key Words: Cervical spondylotic myelopathy, Cervical dynamic MRI, Dynamic canal stenosis