しびれ、痛みの症例報告 [症例2. 40才男性会社員] 主訴、左上肢の痺れ。運動不足解消にとダンベルを使った筋力トレーニングを始めたところ、約一ヶ月後に左後頚部から 左肩甲骨部にかけて寝ちがい様の筋肉痛が発現。その一週間後に上肢に痺れが走るようになった。 痺れはじっとしている時にも現れるが、頭を患側に倒すと低周波刺激のようなビリビリ感が走る。 シビレ感が最も強い部位は、母指と小指以外の3指(示指、中指、薬指)の腹側・背側、手掌および手背、そして前腕の外 側部と上腕後部である。また、症状は異常感覚のみで運動機能の障害は無い。患側上肢をだらりと垂らし、頭を患側に 側屈もしくは過伸展しながら側屈すると症状が増悪する。少し前に撮影したMRIでは、わずかな椎間板の膨張がC3/4, C4/5,C5/6にみられるが、椎間板変性疾患の徴候は画像上には認められない。 小胸筋の緊張を緩和させると一時的に上肢のシビレ感が消失する。肩甲挙筋でも同様な緩和が見られる。症状から察す るとデルマトーム (皮膚分節)のC7神経根レベル。もし正中神経ならば、上腕には影響は及ばない。特に上腕と前腕の 後側に発現するのは橈骨神経となる。 Eden‘s検査をすると、症状が再現されることから胸郭出口症候群とも疑われる。これは腕神経叢が胸郭出口部分で絞扼 されるもので、複数の末梢神経レベルに影響を及ぼしうる。ただし、頚部の傾倒によって顕著に症状が起こることから、神 経根レベルでの障害が最も考えられる。治療にあたり、患者は以前から習慣的に首をポキポキと鳴らしており、頚椎の関 節部が弛んでハイパーモビリティを呈した不安定な状態になっており、そうした関節へのマニピュレーションは禁忌となる。 まずは自分で首を鳴らさないことを指示。 知覚低下などの感覚鈍麻hypesthesiaは、通常デルマトーム領域に沿って現れるが、錯感覚paresthesia、痛みはぼん やりと広がる。こうした疼痛のことを椎節痛sclerotomal painといい、筋や深部組織からの求心性線維が神経根レベルで 障害されているときにみられる。神経根障害には、血流障害の問題も大きく関与していると思われる。局所的の神経線維 への血液供給の約半分は神経上膜(神経鞘)からのものであるという(Durrant)。患者の訴えだけから判断することは難 しい。神経根障害に伴う うずくような痛みshooting painは、神経根内や脊髄神経内にある再生中の軸索が出している知 覚過敏および自発的活動によるものかもしれない。 「神経根侵害徴候」nerve root irritability signsという言葉がある。過敏になっている神経根に機械的刺激を加え、神経根 症の診断材料にするものである。整形外科検査がそうである。これは神経根症の早期に起こるサインであり、中程度の 神経根症では、知覚脱失や反射異常や筋麻痺よりも先に出現する徴候である。 整形外科検査で症状の再現もしくは増悪するか否かは、診断の大きな手がかりになる。上肢に放散痛が出ている場合、 次の手順で行うと複数の整形外科検査を短時間で行うことができる。全て座位で行う。まず患者に能動的に患側手掌を 頭の上に乗せてもらう。これで放散痛が消失すれば神経根症の可能性がある(Bakody徴候)。次に、頭を左にいっぱい に回旋し、そこから伸展そして屈曲してもらう。右も同様に行う。症状の再現があれば椎間孔での神経根圧迫を疑う (Maximum Cervical Compressionテスト)。ここまでは患者が能動的に行う。次に検者は、患者の頭上に両手を置き、 頚部に下方向への力を加え、頭を左右にゆっくりと回旋させる。症状の再現があれば陽性とみなし、椎間孔での神経根 圧迫を疑う(Foraminal Compressionテスト)。今度は頚部を患側に側屈させ、下方向への力を加え症状の再現をみる (Jackson Compressionテスト)。そして、患者の顎関節に気をつけながら、頭部を上方向に牽引し、症状の軽減や消失 を調べる(Distractionテスト)。 要するに、症状が再現あるいは一番増悪する動作、および逆に症状が一番軽減する動作を見つけ、それによって原因を 判断していくわけである。(Illustrated Essentials in Orthopedic Physical Assessment, Ronald Evans, 1994, Mosby) 本患者の場合、上記テストは全て陽性であった。 臨床で重要なことは、C7神経根症の場合、上腕三頭筋の伸張反射は減弱・消失するが、C6神経支配筋である上腕二 頭筋と腕撓骨筋の伸張反射は保たれるという点。C7神経根症と似ているものとして、撓骨神経絞扼障害があるが、絞扼 点が腋窩でない限り上腕三頭筋の伸張反射は保存される。腋窩での撓骨神経絞扼としては、酒に酔っぱらってイスの背 もたれに腕を垂らして寝てしまった時、あるいは伸ばした上肢を腕枕にして寝てしまった後におこる「土曜夜麻痺」や松葉 杖の誤使用などがある。 C7神経根症では、上腕三頭筋に加え、大胸筋の不全麻痺paresis(部分的な、または不完全な麻痺)を呈すことがある。 特に大胸筋は、複数の神経支配を受けているため、患者自身が不全麻痺に気付くことは少ない。そこで、上記の2つの 筋を同時に検査する方法として、患者に腕立て伏せをしてもらうやり方がある。C7レベルの弱さがあれば、患側が疲れ やすかったり動作がぎこちなかったりする。床での腕立て伏せが困難であれば、壁を使って行うこともできる。 本患者は、客観的には腕立て伏せでの運動障害は見られないが、ちょうど上腕三頭筋あたりに「引っ張られるような違和 感」と錯感覚があり、動作がしにくいと訴えた。
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