福島第一発電所事故後の原子力発電に対する海外世論の動向(2)

INSS JOURNAL Vol. 19 2012 R-1
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福島第一発電所事故後の原子力発電に対する海外世論の動向(2)
Trends in Public Opinion Concerning Nuclear
Power Generation in the United States and Europe
after the Fukushima Daiichi Power Plant Accident (2)
大磯
眞一 (Shinichi Oiso)*
要約 福島第一発電所事故後における米欧の原子力発電に関する既存の世論調査結果について調
査し,海外での原子力発電に対する世論動向を分析した.その結果,米国においては,人々の原
子力発電に対する支持は事故直後下がったものの,事故後1年では若干回復傾向にある.一方,
欧州における事故後の世論調査結果については,英国において,事故直後には下がった原子力発
電所リプレイスへの支持率が,事故後1年の調査では上昇した.
キーワード
福島第一発電所事故,米欧,原子力発電,世論,事故後1年
Abstract
The author surveyed the results of American and European opinion research
about nuclear power generation around one year after the Fukushima Daiichi Power Plant
accident and analyzed current public opinion trends toward nuclear power generation in the US
and Europe. It was found that the percentage of Americans who had a positive attitude towards
nuclear power generation had decreased just after the accident. However, the percentage of
Americans who supported nuclear power generation slightly recovered one year after the
accident. Among people in the UK, it was found that the positive attitude held towards nuclear
power plants which had decreased after the accident, increased one year later.
Keywords
Fukushima Daiichi Power Plant accident, United States and Europe, nuclear power
generation, public opinion, one year after the accident
1. はじめに
福島第一発電所の事故(2011 年 3 月 11 日)後の米
ることである.
3.
方法および結果
3. 1
米国における原子力に対する世論
(NEI の世論調査)
欧における原子力世論の動向について,2011 年 10 月
発行の INSS Journal vol.18 に「福島第一発電所事故
後の原子力発電に対する海外世論の動向」(資料)と
して掲載した.本稿は,その後1年間に公表されたデ
ータに基づき,続編として作成したものである.
米国原子力エネルギー協会(NEI)では,1983 年
から原子力に対する世論調査を実施してきている.
2. 目的
2011 年以降では,2011 年 3 月の福島第一発電所事故
をはさんで,2011 年 2 月 10 日〜13 日,2011 年 9 月
本調査の目的は,第1に,米欧における原子力に関
22 日〜24 日,2012 年 2 月 17 日〜19 日の計3回実施
する既存の世論調査結果の分析を通して,福島第一発
している.いずれも回答者数 1,000 名(成人男女)
電所事故後の海外における原子力に対する意識の変化
で,全 米 に お け る 電 話 調 査 と な っ て い る.図 1 に
を明らかにすることである.第2に,世論調査の結果
NEI 調査による「米国における原子力利用への賛否
を時系列的に分析し,変化内容とともにその背景を知
の推移」を示している.質問内容は次のとおりであ
*
(株)原子力安全システム研究所 社会システム研究所
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図1
米国における原子力利用への賛否の推移(NEI)
る.
発電所事故後では,2011 年 6 月 17 日〜23 日と 2011
年 12 月 2 日〜8 日に調査を実施している.いずれも
Question: Overall, do you strongly favor, somewhat
全英における対面調査で,回答者は成人男女,回答者
favor, somewhat oppose, or strongly oppose the use
数は 6 月が 994 名,12 月が 993 名となっている.図
of nuclear energy as one of the ways to provide
2に「英国における原子力発電所リプレイスへの支持
electricity in the United States?
の推移」を示している.質問内容は次のとおりであ
(全体的にみて,あなたは米国で電力を供給する方法
る.
の一つとして,原子力利用に賛成,どちらかといえば
賛 成,ど ち ら か と い え ば 反 対,反 対 の い ず れ で す
Question: To what extent would you support or
か?)
oppose the building of new nuclear power stations in
Britain TO REPLACE those that are being phased out
その結果,福島第一発電所事故前の 2011 年 2 月に
over the next few years? This would ensure the
は 71%だった原子力利用への賛成(賛成+どちらか
proportion of nuclear energy is retained.
といえば賛成)率は,事故後の 2011 年 9 月には 62%
選 択 肢:
Strongly support, Tend to support (支
まで下がった.しかしその後,2012 年 2 月の調査で
持)
は,64%と若干上向いてきている.原子力利用への反
Strongly oppose, Tend to oppose (不支
対(反対+どちらかといえば反対)率でみても,2011
持)
年 2 月には 26%だったが,事故後の 2011 年 9 月には
35%まで上がった.しかし 2012 年 2 月の調査では,
33%と若干下がってきている.
Neither support or oppose, Don‰t know
(どちらともいえない,わからない)
(あなたは,英国において,今後数年の間に閉鎖され
る原子力発電所の代わりに,新しい原子力発電所を建
3. 2 英 国 に お け る 原 子 力 に 対 す る 世 論
(Ipsos MORI の世論調査)
設(リプレイス)することをどの程度支持しますか,
支持しませんか?
これは今後も同じ割合の原子力発
電が保たれることを意味します)
Ipsos MORI は英国の代表的民間調査機関の一つで
ある.2001 年から継続的に英国における原子力発電
その結果,福島第一発電所事故前の 2010 年には
所リプレイスへの支持の推移を調べている.福島第一
47%だった原子力発電所建設(リプレイス)への支持
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50%
47%
36%
28%
19%
図2
20%
英国における原子力発電所リプレイスへの支持の推移(Ipsos MORI)
率が,事故後の 2011 年 6 月には 36%まで下がった.
示しているのが図3である.
しかしながら,その後,2011 年 12 月の調査では 50%
図3によると,「今ある原発は利用すべきだが,新
と大きく上昇した.不支持率でみても,2010 年には
たに建設すべきではない」が最も多かったのは,フラ
19%だった原子力発電所新設(リプレイス)への不支
ンス 58%,英国,米国各 44%など,日本(57%)を
持率が,事故後の 2011 年 6 月には 28%まで上がった
含む4か国だった.一方,中国では,「新たに原発を
が,2011 年 12 月には 20%と減少した.
建設すべきだ」が 42%と最も多かった.ドイツ,ロ
シアでは「今ある原発をできるだけ早く,すべて廃止
3.3
各国の世論(BBC 読売新聞共同世論
調査)
すべきだ」がそれぞれ 52%,43%と最も多かった.
英国,米国では,「新たに原発を建設すべきだ」が
それぞれ 37%,39%と2番目に多くなっているが,
英 BBC 放送と日本の読売新聞社が,2011 年 11 月
フランス,日本ではそれぞれ 15%,6%と「今ある原
までに 23 か国を対象に福島第一発電所事故後におけ
発をできるだけ早く,すべて廃止すべきだ」のそれぞ
る原子力発電に対する世論調査を共同実施した.回答
れ 25%,27%をさらに下回っている.「新たに原発を
数については,各国とも概ね成人男女 1,000 名前後と
建 設 す べ き だ」は,ド イ ツ,ロ シ ア で も そ れ ぞ れ
なっている.対面調査,電話調査など,各国別の調査
7%,9%に過ぎないという結果となっている.
方法については公表されていない.そのうち,主要7
か国における「原子力発電のあり方」を聞いた結果を
図3
主要7か国の原子力発電への世論(BBC
読売新聞共同世論調査:2011.11.26 公表)
࿑㧟 ਥⷐ㧣߆࿖ߩේሶജ⊒㔚߳ߩ਎⺰㧔BBC ⺒ᄁᣂ⡞౒ห਎⺰⺞ᩏ㧦2011.11.26 ౏⴫㧕
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300
3.4
各国世論に関連した新聞等の論調
能エネルギーへの転換を進めようとしているが,急激
な電力価格の上昇で多くの産業が工場閉鎖や海外移転
これまでに示したような各国の世論を反映して,原
を余儀なくされようとしている」と警鐘を鳴らしてい
子力発電に対する有力新聞等の論調も国によって異な
る.さらに 2012 年 3 月 26 日付のファイナンシャルタ
る.
イムズ紙は,「ドイツの原子力発電所の半分が閉鎖さ
米国については,2011 年 7 月 30 日付のニューヨー
れてから 1 年.ドイツ政府は今後 10 年間で進める再
クタイムズ紙が,「今後の電力需要の増大を考えると,
生可能エネルギーへの転換は予定どおり進んでいると
信頼できるベースロード電源として,依然として原子
主張するが,多くの専門家は移行が難しいことがわか
力発電は重要である.福島第一原子力発電所事故は,
ってきたと指摘する.喫緊の課題は,北部から南部に
想像できなかったような事態に備えなければならない
電気を送る送電線の増設であるが,地元の反対などで
ことを我々に教えた.この教訓を日々の運転に活かし
計画が滞っている」と報じている.
ていかなければならない」と報じている.また,同じ
くニューヨークタイムズ紙は 2011 年 10 月 10 日付で,
4.
考察
「米国では天然ガスの価格が大幅に下がってきている.
もし,天然ガスが安くなっていなければ,米国におけ
4.1
米国の世論
る原子力発電所の新規建設計画はもっと進んでいるだ
ろう」と報じている.
米国原子力エネルギー協会(NEI)は,長年,原子
英国については,2011 年 9 月 9 日付で BBC が,
力発電に対する世論調査を実施してきており,米国に
「英国科学協会が 2011 年 9 月初めに世論調査を行った
おける原子力世論調査では代表的存在である.NEI
ところ,福島第一原子力発電所事故前の 2010 年に比
調査によれば,人々の原子力発電に対する支持率は,
べ,原子力のベネフィットがリスクを上回ると答えた
福島第一発電所事故後下がったものの,依然 6 割を超
人が,38%から 41%へと増加した.専門家は,英国
えており,回復傾向もみられる.米国においては,シ
の人々が将来にわたるエネルギーセキュリティのこと
ェールガスの生産が本格化してきたことにより,天然
を考えた結果だとしている.英国世論においても,再
ガスの価格が下がってその需要が伸びてきている.こ
生可能エネルギーと原子力発電では,圧倒的に再生可
のため,エネルギー需給の問題にも少し余裕が出てき
能エネルギーの方を好む傾向が強いが,短中期的にエ
ている面もある.しかしながら,エネルギーセキュリ
ネルギーミックスの一つとして原子力発電は必要と捉
ティや地球温暖化問題への対応は引き続き重要課題で
えられている」と報じている.
あり,原子力発電は,米国において今後とも主要電源
2011 年 9 月 13 日付の Spiegel 紙(ドイツ)は,フラ
の一つとしての役割を果たしていくことになろう.
ンスに関して,
「フランス人の原子力への信頼を揺さ
ぶったのは福島の事故だけではない.ドイツが原子力
4.2
英国の世論
発電からの撤退計画を進めていることも,フランスで
脱原発を求める人々を抑えるのを難しくしている」と
Ipsos MORI の世論調査によると,英国において
報じている.また,2012 年 1 月 3 日付のファイナン
は,福島第一発電所事故により下がった原子力発電へ
シャルタイムズ紙は,「フランスにある 58 の原子炉が
の支持は,事故後1年を経て回復してきているようで
新しい安全基準を満たすようにするためには,多額の
ある.BBC によると,英国の人々が将来にわたるエ
投資が必要となる見通しで,電気料金値上げにつなが
ネルギーセキュリティのことを考えた結果ということ
る可能性が高い」と報じている.
である.イランの核開発問題など,中東情勢は依然と
ドイツについては,2011 年 9 月 15 日付の Spiegel
して緊迫しており,ロシアからの天然ガス供給が滞っ
紙が,「2022 年までに原子力発電から撤退するという
たことも記憶に新しい.英国においては,地球温暖化
決定は,ドイツを電力輸出者から電力輸入者に変え
問題にも増して,エネルギーセキュリティが,原子力
た.自国では発電しなくても,隣国のチェコやフラン
発電を必要と考える人々の大きな根拠となっているよ
スから原子力発電の電気をさらに買うことになった」
うである.
と報じている.また,同じく Spiegel 紙は 2012 年 2
月 24 日付で,「メルケル首相は原子力発電から再生可
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4.3
各国の世論
フランスにおいては,福島第一発電所事故後も原子
301
されることになろう.
5.
おわりに
力発電を支持する人が過半数を占めている.しかし,
前述した BBC 読売新聞共同世論調査でもわかるよう
本調査では,福島第一原子力発電所事故からおよそ
に,「今ある原発は利用すべきだが,新たに建設すべ
1年というタイミングで再び海外の世論調査に的を絞
きではない」とする人が 58%を占めるなど,今後の
って情報収集を行った.それにより,福島第一発電所
新設については十分な支持が得られているとは言い難
事故後の海外における原子力に対する意識の変化を明
い.サルコジ前大統領に比べ原子力発電に距離を置い
らかにし,変化内容と共にその背景を知るという目的
ているとされるオランド大統領が就任したこともあ
にも一定の成果を得ることができた.
り,今後フランスにおいても,原子力発電が発電電力
(2012.6.22 記)
量の 8 割を占めるという状況から変化していくことも
考えられる.
引用文献
ドイツにおいては,BBC 読売新聞共同世論調査で,
「今ある原発をできるだけ早く,すべて廃止すべきだ」
(1)NEI, U. S. Public Opinion About Nuclear
が 52%を占めるなど,原子力発電に反対する人が多
Energy Stabilizes, February 2012, (February
い.ただ,その背景として,フランス,チェコなどか
17-19, 2012).
ら電気の輸入ができること,国内でとれる石炭による
http: //www. nei. org/resourcesandstats/do-
発電量が依然として発電電力量の半分近くを占めてい
cumentlibrary/safetyandsecurity/reports/us-
ることなど,日本とは大きく異なる条件が存在するこ
-public-opinion-about-nuclear-energy-stabil-
とに注意しなければならない.再生可能エネルギーの
izes-february-2012
導入でドイツをモデルとすべきという意見もあるが,
(2)Ipsos MORI, Public Support for Nuclear
再生可能エネルギーへの急激な転換は,Spiegel 紙が
Energy makes early recovery after Fukushi-
指摘しているように電力価格のさらなる上昇により産
ma, (December 2-8, 2011).
業の疲弊を招く.また,ファイナンシャルタイムズ紙
http: //www. ipsos-mori. com/researchpublica-
が指摘するように送電線の建設がネックになってくる
tions/researcharchive/2903/Nuclear-Energy-
ことなど,容易には解決できない課題を抱えているこ
とも事実である.今後のドイツの政策や世論の推移を
見守っていく必要があろう.
ロシアにおいて,BBC 読 売 新聞共同 世論 調査で
「今ある原発をできるだけ早く,すべて廃止すべき
だ」が 43%と最も多かったことは,やはりチェルノ
ブイリ事故の影響が大きいことが考えられる.しかし
「今ある原発は利用すべきだが,新たに建設すべきで
はない」も 37%を占めており,必ずしも脱原子力が
世論の太宗というわけではない.
中国については,BBC 読 売 新聞共同 世 論調査で
「新たに原発を建設すべきだ」が 42%を占めるなど,
旺盛な電力需要の伸びを背景とした原子力開発支持の
世論は,福島の事故後も衰えていない.しかしなが
ら,「今ある原発は利用すべきだが,新たに建設すべ
きではない」も 35%を占めるなど,中国の世論も必
ずしも一枚岩ではない.中国においては,多数の原子
力発電所新増設計画があるが,その進展度合は,今後
の国内の世論の推移や世界のエネルギー情勢にも左右
-Update-Poll.aspx
(3)BBC 読売新聞共同世論調査, 「既存原発は利
用」57%・・・BBC 読 売 調 査, (2011 年 11 月
26 日).
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/201111
25-OYT1T01219.htm