数学特別講義 XX(2015 年 12 月 18 日) 偏微分方程式と特異点論(福井敏純) 私は特異点論をテーマとして研究してきたが,最近,偏微分方程式の解の分岐の様子を 特異点論を用いて研究できることに気がついた.内容は学部生でも理解できると思うので 一寸背伸びすることになるかも知れないが,説明してみようと思う. 非線形楕円形偏微分方程式. Rn の有界領域 Ω で定義された関数 u を未知関数とする,次 の偏微分方程式を考える. ∆u + λu + h(λ, u) = 0. (1) 但し ∆ はラプラシアン ∆u = ux1 x1 + · · · + uxn xn を表し h(λ, u) = ak (λ)uk + o(uk ), ak ̸= 0 (k ≥ 2) としておく.これは非線形楕円形偏微分方程式と呼ばれるもので,通常は これに適当な境界条件を課して,解の存在や一意性がいつ帰結できるかを議論する.ここ では次の 2 つの境界条件を考える. u|∂Ω = 0 (Dirichlet 条件), ∂n u|∂Ω = 0 (Neuman 条件). ここで ∂n は境界の法方向への方向微分を表す. 定式化. X = {u ∈ C ∞ (Ω) : u は上の境界条件のいずれか } とおき,次の作用素を考える. Φ : R × X → X, (λ, u) 7→ ∆u + λu + h(λ, u) 与えられた境界条件の下で偏微分方程式 (1) を解くことは Φ(λ, u) = 0 を満たす u を求め ることと同値である.今の場合 (1) には自明な解 u = 0 が存在するので,それ以外に解が あるかどうかが問題になる.λ を固定して Φ が定める X から X への写像を考えよう. Φ(λ, u + tv) − Φ(λ, u) ∆(u + tv) − ∆u + λ(u + tv) − λu + h(λ, u + tv) − h(λ, u) = t t →∆v + λv + hu (λ, u)[v] (t → 0) なので (λ, u) = (λ∗ , 0) では,微分写像は v 7→ ∆v + λ∗ v で定まる線形写像となる. もし λ∗ が −∆ の固有値でなければ,線形写像 v 7→ ∆v + λ∗ v は可逆であり,逆写像 定理より写像 X → X, u 7→ Φ(λ, u), は 0 の近傍で可逆となる.つまり自明解の近傍で は,自明解以外に解を持たない事がわかる.従って自明でない解を探す立場からは λ∗ が −∆ の固有値の場合が問題になる. 1 有限次元への還元. λ∗ が −∆ の固有値であるとしよう.固有空間 V = Ker(∆ + λ1) は 有限次元とし,その基底を v1 , . . . , vm とする.V の直交補空間を V ⊥ と書くと, X =V ⊕V⊥ である.さて固有値が λ∗ でない −∆ の固有ベクトル {wj } を可算個取って,X の任意 の元 u が次の形に一意的に表せるとしよう. u = x1 v1 + · · · + xm vm + y1 w1 + y2 w2 + · · · (2) wj ∈ V ⊥ に注意(固有空間の直交性)する.−∆wj = λj wj (λj ̸= λ∗ ) と書くと, m ∑ ∞ ∑ i=1 j=1 Φ(λ, u) = (λ − λ∗ ) xi vi + (λ − λj )yj wj + h(λ, m ∑ ∞ ∑ i=1 j=1 xi vi + yj w j ) である.vp∗ , wq∗ を vp , wq の双対基底とすると,次が成り立つ. ∑ xi vi + yj wj ) ∑ ∑ • Φ(λ, u) の wq の係数は (λ − λq )yq + wq∗ h(λ, xi vi + yj wj ) • Φ(λ, u) の vp の係数は (λ − λ∗ )xp + vp∗ h(λ, vp∗ h(λ, ∑ xi vi + ∑ yj wj ) 及び wq∗ h(λ, ∑ x i vi + ∑ ∑ yj wj ) は xi , yj について 2 次以上の 項から始まることに注意しよう. よって (λ, u) = (λ∗ , 0) の近傍では,wq∗ Φ(λ, u) = 0 で yq を λ と xi たちの関数と見 ることができる(陰関数定理).これを yq = φq (λ, xi ) と書くと, vp∗ Φ(λ, ∑ ∑ i j x i vi + φj (λ, xi )wj ) = 0, p = 1, . . . , m (3) を解けば (1) の解が求まることになる.この方程式は(しばしば解の分岐を記述するの で)分岐方程式と呼ばれる. ここまでは,特異点論は登場しない.解の分岐の様子をモデルを用いて記述する事がで きることを主張するのに,特異点論を用いる. 分岐モデル. H = 1 k+1 ∫ Ω (x1 v1 + · · · + xm vm )k+1 dx は x1 , . . . , xm の k + 1 次斉次多項 式である.もし H が次の条件 (a), (b) を満たせば, {(λ, x) ∈ R × Rm : (λ − λ∗ )xi + Hxi = 0, i = 1, . . . , m} が分岐方程式 (3) のモデル(すなわち (λ∗ , 0) の近傍での解の分岐の様子は同じ)となる. (a) H を球面 S : x21 + · · · + x2m = 1 に制限して得られる関数はモース関数 (b) H を球面 S に制限して得られる関数は 0 を臨界値としない. 2 例 1. Ω = [0, π], 単純固有値 (m = 1) の時,(λ − λ∗ )x + axk = 0 が分岐モデルとなる. x 6 x 6 ∗ λ λ 遷臨界分岐点 (k 偶数). 例 2. x 6 λ λ ∗ 劣臨界分岐点 (k 奇数, a < 0). ∗ λ λ 優臨界分岐点 (k 奇数 a > 0). Ω = [0, π]2 のとき Dirichlet 問題では λ∗ = 5 が重複度 2 の固有値である. (m, k) = (2, 3) のときは,H = 3x4 + 8x2 y 2 + 3y 4 と置けば. (λ − λ∗ )x + aHx = (λ − λ∗ )y + aHy = 0 が分岐モデルとなる.分岐図は次図のようである. 課題(2016 年 1 月 8 日締切)2 つ以上選択,但し ∗ が解ければ他はやってなくても自動 的に最高点. 1. 次の各場合に逆写像定理を述べよ. (a)f : R → R に対して (b)f : Rn → Rn に対して (c)バナッハ空間 X, Y と写像 f : X → Y に対して 2. 次の各場合に陰関数定理を述べよ. (a)f : R2 → R に対して 3 (b)f : Rn × Rk → Rk に対して (c)バナッハ空間 X, Y , Z と写像 f : X × Z → Y に対して 3. 固有値問題とは何かを述べよ. (a)行列に対して (b)ベクトル空間の間の線形写像に対して (c)線形の微分作用素に対して 4. 臨界値の定義を述べよ.関数 H = 3x4 + 8x2 y 2 + 3y 4 を単位円 S 1 に制限して得 られる関数の極大極小を調べよ. 5∗ . 例 1,例 2 を解析せよ. 関数 H = 3x4 + 8x2 y 2 + 3y 4 を単位円 S 1 に制限して得られる関数の臨界点の絵. 第一象限に於ける単位円(太線)と,曲線 H = 定 数,を示している.H のレベル曲線は黒点で単 位円に接していて H|S 1 の臨界点となっている。 4
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