食欲不振は

第1 章
食欲不振
── 消化器系症状
しょくよくふしん
食欲不振は、内経では“不欲食”
、傷寒論では“不欲飲食”、あるいは納呆などと呼ばれ、食事
的な原因によっておこる場合は病態とは言えず、下記のような全身症状をともない、なおかつ、
を摂りたいという欲求を感じない状態を指すが、感冒の罹患、発熱、疲労や睡眠不足など、一時
継続的に続く場合を病態とすべきである
胃脘食滞
肝胃不和
脾胃気虚
・食欲不振。
・上腹部つかえや膨満感
・食欲不振。
・腐酸臭がする噯気や悪
・食欲不振。
・ストレスや精神的刺激
・食 欲が次 第に低 下す
る。
(拒按)
をともなう。
心嘔吐および下痢をす
る。
により誘発されたり悪
化する。
・疲労時に食欲低下が悪
化する。
舌質−紅、
舌苔−白薄。脈
−弦。
舌質−淡、胖、歯痕、舌苔
−白薄。
脈−虚、
弱など。
脾胃湿熱
胃脘食滞
肝胃不和
脾胃気虚
清熱利湿
消食導滞
疏肝理気、
和胃暢中
補益脾胃
豊隆
(瀉法)陰陵泉
(瀉
法)
−燥湿化痰、理気和
中中脘
(瀉法)
−去痰降濁
下脘
(瀉法)
−消食導滞
足三里
(瀉法)中脘
(瀉
法)
−通降胃気、
消積導滞
太衝
(瀉法)
−疏肝理気
内関
(瀉法)公孫
(瀉法)
−理気和胃上脘
(瀉法)
−
和胃降逆
脾兪
(補法)
−健脾益気
中脘
( 補法)足三里
(補
法)
−補中益気
脂濃いものや甘いもの、
味の濃いものの過食やア
ルコールの常飲、外界の
湿邪の侵襲などによって
生じた湿熱が脾胃に停
滞し、その影響で胃の受
納作用を失調させるため
に食欲不振となる。
暴 飲 暴 食をする、不 衛
生なものを飲食する、あ
るいは冷たいものや生も
の、
甘いもの、
味の濃いも
のや油ものを摂りすぎた
ために食滞が生じて胃気
不降となり、
胃の受納作
用が失調するために食
養不寝となる。
長期にわたってストレス
を感じたり、精神的な抑
欝を受けたり、突然強い
精神的な刺激を受けるこ
とにより、
あるいは陰血不
足の状態が長引くために
肝気欝結となり、その影
響で肝気が横逆して胃を
犯し、
胃の和降作用を失
調させたために食欲不振
となる。
飲食不節、思慮過度、疲
労や 過 労、久 病 などに
よって脾胃気虚となると、
胃の受納作用も低下す
るために食 欲 不 振とな
る。
病因・病機
病因・病機
舌苔−厚膩。脈−滑、
弦滑
など
取穴例
取穴例
舌苔−白膩or黄膩。脈−
濡数など
治法
治法
疲労感、無力感、元気が
ない、懶言、多食はでき
ない、
食後腹脹、
泥状便、
面色萎黄など。
弁証
弁証
胸脇部や胃脘部の脹満
感や脹 痛、呃 逆、噯 気、
呑酸、 雑、矢気、口苦、
易怒、
イライラ感、
煩燥な
ど。
舌脈
舌脈
胃脘痛
(脹痛)
、吐くと胃
脘痛は軽減する、
胃脘部
拒按、
厭食、
矢気など。
脾腎陽虚
胃陰虚
・食欲不振、空腹感を感
じない、食物の味がな
い。
・食欲不振は、冷えると悪
化し、
暖めると軽減する。
・空腹感があるが食べら
れない。
空腹時に胃脘痛
(隠痛、
喜按、
喜温)
がおこりやす
く暖かいものを摂ると痛
みは軽減する、多食はで
きない、寒がる、身体消
痩など。
寒がる、
四肢や腰腹部の
冷え、
未消化便を下痢す
る、
五更泄瀉、
小便不利、
下腹部冷痛、浮腫、腰膝
酸軟、顔色が白い、倦怠
無力感など。
乾嘔、
胃脘部灼熱感また
は不快感、口渇少飲、便
秘、
消痩など。
舌質−淡胖、
舌苔−白。脈
−沈弱または細など。
舌 質 − 淡、胖 大、苔 −白
薄。
脈−沈遅で無力など
舌質−紅、
舌苔−光剥。脈
−細数など。
胃気虚寒
脾腎陽虚
胃陰虚
健胃温中
温補脾腎
滋養胃陰、
和胃
・食欲不振。
・空腹感を感じない。
・食物の味がない。
・食欲不振は、冷えると悪
化し、
暖めると軽減する。
随伴症状
随伴症状
口が粘る、
口渇するが飲
みたくない、悪心・嘔吐、
泥状便
(すっきり排便で
きない)
、
小便黄赤など。
胃気虚寒
鑑別点
鑑別点
6
脾胃湿熱
神闕
(棒灸)
−温散寒邪中脘
関元
( 灸または灸 頭 鍼
(灸または灸頭鍼(補法)
) (補法)
)
、脾 兪
( 補 法 )−
−温陽益胃胃兪(補法)
、脾
温補脾腎。中脘
(補法)
、
兪(補法)
−健脾益胃。
胃兪
(補法)
−補益胃気。
生ものや冷たいものを食
べすぎたため、
または寒
いところに長くいたり身
体を冷やす、
あるいは疲
労倦怠などによって次第
に胃気を損傷して内寒が
生じたために胃気虚寒と
なり、その影響で胃の受
納作用が失調するため
に食欲不振となる。
労倦内傷、久病虚損、久
瀉久痢、房室過度などに
よって脾気と腎気がとも
に虚して腎陽が脾陽を
温煦できなくなると、
胃の
受納作用も低下するため
に食欲不振となる。
内庭
(瀉法)
−清泄胃熱中
脘
(補法)足三里
(補法)
−益気健中復溜
(補法)
−
補益腎陰
辛いものの食べ過ぎ、熱
病による津液の損傷、慢
性の胃病による陰血の損
傷などによって胃が濡養
されなくなり、その影響
で胃の和降作用が失調
したために食欲不振とな
る。
7
第1 章
食欲不振 ─ 鑑 別と治 療 のポイント ─
── 消化器系症状
孫、
上脘の取穴は中脘に先瀉後補と変更する、
◎脾腎陽虚
あるいはまずは脾兪や胃兪、足三里などに健
脾腎陽虚によるものは、冷えると食欲不振
脾益気を図った後に疏肝理気を組み合わせる
が悪化し暖めると軽減することに加え、
、寒
とよい。状態に合わせて使い分けるべきであ
がる、四肢や腰腹部の冷え、未消化便の下痢
る。
や五更泄瀉、腰膝酸軟、倦怠無力感など脾腎
陽虚の症状をともなうことが鑑別のポイント
中医における重要な治療原則の一つに“胃
◎胃脘食滞
気の保護”がある。
胃脘食滞によるものは、噯気や悪心嘔吐、
◎脾胃気虚
となる。
これは食欲が低下すると栄養の吸収も低下
下痢に腐酸臭をともない、厭食となり、噯気
脾胃気虚によるものは、食欲が次第に低下
治療は、関元と脾兪に灸や灸頭鍼を行って
し、水穀の精微から化生される気血が減少す
や矢気をするあるいは吐くと胃脘部の脹痛や
する、肉体疲労や精神疲労によって食欲低下
脾腎を暖め、
中脘や胃兪で胃気を補うと良い。
ることによる身体の機能低下を防ぐためであ
脹満が軽減することが鑑別のポイントとな
が悪化する、
多食をすると悪心嘔吐がおこる、
手技は全て補法である。
る。胃気が充実しているということは、身体
る。
また、気虚の症状である、腹部の下墜感、脱
を隅々まで栄養する基本となる。
治療は、下脘に瀉法を行って消食導滞を図
力感や全身の倦怠感や無力感、懶言などを伴
◎胃陰虚
なお、問診時に食欲に関して聞く際には、
り、同時に足三里や中脘など通降胃気(和胃
うことが鑑別のポイントとなる。
胃陰虚によるものは、空腹感があるのに食
食欲があるかないかだけではなく、食欲が
降濁)の作用のある穴に瀉法を行って胃気を
治療は、脾兪で健脾益気を図り、足三里、
べられない、乾嘔をはじめ、胃脘部灼熱感ま
あって“おいしく”食べられるかどうかを確
降ろすと良い。
中脘で補中益気を図ると良い。手技は全て補
たは不快感、口渇少飲、便秘、身体消痩など
法である。また、これらの穴に温法を行うこ
胃陰虚の症状をともなうことが鑑別のポイン
◎肝胃不和
とも有効なことが多いが、のぼせや顔面紅潮
トとなる。
◎脾胃湿熱
肝胃不和によるものは、鑑別のポイントは、
などが出現しない程度に行うべきである。
治療は、内庭で胃熱を清し、中脘や足三里
脾胃湿熱によるものは、湿邪が中焦に停滞
悪心嘔吐、噯気、呑酸が頻発して食欲不振と
するためにおこり、上腹部のつかえや膨満感
なり、胸肋部や胃脘部の脹満感や脹痛、易怒、
◎胃気虚寒
良い。ただし、胃脘部の不快感が強い、ある
をともない、口が粘る、口渇するが飲みたく
イライラ感などの肝気欝結の症状をともなう
胃気虚寒によるものは、冷えると食欲不振
いは拒按となっているなど実証の状態の場合
ない、泥状便などの症状をともなうことが鑑
ことである。また、上記の胃の症状は、スト
が悪化し、暖めると軽減する、空腹時に胃脘
には中脘、足三里には瀉法を行い通降胃気を
別のポイントととなる。ただし、熱が強い湿
レスを感じたり、情緒の変化によって悪化す
痛(隠痛、喜温、喜按)がおこり暖かいもの
図った方がよい。
熱の状態となると、口渇多飲となり小便は黄
ることが鑑別のポイントである。
を摂ると胃脘痛は軽減することにに加え脾胃
赤となる。また、脂濃いものや甘いもの、味
治療は、まずは太衝で疏肝理気を図り、内
気虚の症状をともなうことが鑑別のポイント
の濃いものの過食やアルコールの摂取などに
関と公孫を組み合わせて理気和胃を図り、上
ととなる。
より上記症状は悪化する。
脘を加穴すると和胃暢中の作用がある。手技
治療は、神闕に棒灸などの温法を行うと中
治療は、豊隆と陰陵泉に瀉法を行って燥湿
は全て瀉法である。
焦および下焦の温養を図ることができる、ま
化痰を、また中脘にも瀉法を行うと去痰消積
ただし、これら四穴は補気の作用はない。
た中脘に灸頭鍼や棒灸を行うと胃を暖めるこ
の効がある。湿熱が取れにくい場合には、利
素体は気虚のタイプ、あるいは気虚の症状を
とができる。同時に脾兪、胃兪などで脾胃を
尿と清熱利湿を目的に中極に瀉法を行うと良
ともなうタイプ、久病のために気虚となって
補うと良い。
い。
いるタイプにこの施術を行うと、返って気虚
認すべきである。
などで中焦を補い、太谿などで腎陰を補うと
を強めてしまうので、その場合には内関と公
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