パレスチナ問 題 ―ハマス最 高 指 導 者 が暗 殺 された日 の晩 に― 地球宇宙平和研究所所員 小林宏紀 1.エルサレム エルサレム旧 市 街 を四 角 に囲 む城 壁 の中 は、四 つに住 み分 けられている。大 雑 把 に言 えば、北 側 を上 に見 て右 上 がイスラム教 徒 地 区 、右 下 がユダヤ教 徒 地 区 、左 上 がキリスト教 徒 地 区 、左 下 がアルメニア人 地 区 である。この旧 市 街 の中 に、ムハンマドが昇 天 した起 点 とされる岩 があり、そこには岩 のドームが建 て られ、イスラム教 の聖 地 となっている。キリストが十 字 架 の刑 に処 せられたゴルゴ ダの丘 には聖 墳 墓 教 会 が建 ち、巡 礼 者 が後 を絶 たない。また、ダビデ王 の子 、 ソロモンの時 代 に築 かれた神 殿 の遺 構 とされる嘆 きの壁 には、ユダヤ教 徒 が祈 りを捧 げる。ユダヤ人 とパレスチナ人 は、それぞれエルサレムを民 族 の象 徴 とし、 宗 教 問 題 の側 面 をも越 えて、エルサレムに政 治 的 主 権 を及 ぼしたいとする。しか しながら、四 つに住 み分 けられている旧 市 街 を過 去 から現 在 に至 るまで見 渡 した 時 、ここに物 理 的 な仕 切 りがあったわけではなく、対 立 のみが続 いていたのでもな い。今 、世 界 が不 可 分 の領 土 問 題 の象 徴 のように見 ているエルサレムであるが、 その歴 史 の途 上 では、多 民 族 共 存 の一 大 事 例 であったのだ。 2.パレスチナ自 治 区 ガザの思 い出 私 は、1991年 より、空 手 道 の指 導 で単 身 世 界 各 地 を訪 ねていた。1997年 夏 には、パレスチナ自 治 区 ガザを目 指 した。エルサレムのイスラエル側 でイスラム 過 激 派 の大 規 模 テロが連 続 した年 であり、ガザへのチェックポイントはイスラエル 軍 に封 鎖 されてしまったため、東 エルサレムで、つまりエルサレムのパレスチナ側 で様 子 を見 ることにした。自 治 政 府 はパレスチナ国 家 樹 立 の際 に、この東 エルサ レムを首 都 にしたいとする。私 は東 エルサレムの自 治 政 府 の拠 点 オリエント・ハ ウスに通 い、ガザに入 る手 立 てを探 った。 エルサレム滞 在 6日 目 、オリエント・ハウスより、イスラエル軍 の封 鎖 が甘 くなっ たとの連 絡 を受 け、急 いで車 を支 度 しチェック・ポイントに向 かった。イスラエル側 で何 重 ものチェックを受 けてガザに入 ることが出 来 た。パレスチナ空 手 道 連 盟 の 会 長 を探 す私 をガザの人 々はリレーで助 け、半 日 がかりでたどり着 いた所 はパレ スチナ警 察 の本 部 の中 であった。会 長 ダクリ・ムハンマド氏 はここの幹 部 であり、 部 屋 に通 されると、会 長 と私 が向 き合 ったテーブルの周 りを会 長 の側 近 らしい 人 々が囲 み、更 にその周 りを武 装 した若 者 達 が囲 んだ。そして私 のここでの活 動 について話 し合 った。こうしてガザでの時 間 が始 った。 地 中 海 岸 まで歩 いて5分 もかからない場 所 に宿 をとった。空 手 道 場 での練 習 時 間 以 外 は、私 は出 来 る限 り宿 を出 て外 を歩 いた。封 鎖 された自 治 区 の中 で 仕 事 もなく、家 の前 に佇 む人 々がいる。そうした人 々の前 を通 るたびに、彼 らは 私 を呼 びとめ、家 に招 き入 れてお茶 を出 してくれた。狭 いガザの中 から出 ることが 出 来 ずに一 生 を終 えることを嘆 く壮 年 がいた。どんなに辛 い仕 事 も一 生 懸 命 す るからここから出 して日 本 に連 れて行 ってくれと私 にせがむ青 年 がいた。皆 、失 望 や不 安 を訴 えた。ガザの人 々は広 島 と長 崎 で過 去 に何 があったかを知 ってい た。ガザに滞 在 中 、私 は毎 朝 、荷 馬 車 の通 る音 で目 が覚 めた。子 供 達 の遊 ぶ 声 がよく聞 こえた。 空 手 道 場 には、青 年 を中 心 に、壮 年 も子 供 達 もいた。道 場 とは厳 しい修 行 の 場 であるが、その上 で、大 人 達 が子 供 を大 切 にしているのが良 くわかった。大 人 が子 供 に、熱 心 に言 葉 をかけていた。私 を兄 と慕 ってくれる青 年 がいた。彼 はジ ュニアの空 手 道 パレスチナ・チャンピオンである。別 れの時 、彼 は突 然 私 の前 か ら駆 け出 して人 込 みに向 かった。通 行 人 一 人 一 人 を鷲 掴 みにして何 か叫 んでい る。そうして一 人 の男 性 を私 の前 に引 っ張 ってきた。英 語 の話 せる人 を探 してき たのだった。青 年 はとっさに連 れてきたその男 性 を介 し、私 が日 本 の自 宅 に着 く まで絶 えず無 事 を祈 っていると、そして私 とともに過 ごせた時 間 がどれほど幸 せで あったかを伝 えてくれた。 東 エルサレムのオリエント・ハウスも、会 長 らがいたガザの自 治 政 府 の建 物 も、 その後 、イスラエル軍 のミサイル攻 撃 を受 けて燃 えた。 3.イラク攻 撃 東 西 冷 戦 時 代 、米 国 のイスラエル支 援 の狙 いの一 つに、ソ連 の南 下 を阻 止 す るための防 波 堤 作 りがあった。やがて米 国 は中 東 地 域 に対 して勢 力 均 衡 政 策 を採 っていく。イラン・イラク戦 争 への関 わり方 にもそれが顕 著 であった。中 東 地 域 に傑 出 した強 さを持 つ国 家 を作 ってはならなかったのである。しかし1990年 、 イラクがクウェートに侵 攻 。米 国 の勢 力 均 衡 政 策 は破 綻 。米 国 主 導 の多 国 籍 軍 がイラクに制 裁 する。この後 に顕 れてきたのが、中 東 地 域 の統 治 に米 国 自 身 が直 接 にかかわっていく全 中 東 の民 主 化 構 想 であった。新 保 守 主 義 のウォルフ ォウィッツ氏 によって考 えられ、ブッシュ政 権 はこれを採 用 する。これを踏 まえて2 003年 米 国 は、湾 岸 戦 争 以 後 は軍 事 侵 略 も行 なっていないイラクを攻 撃 する。 圧 倒 的 な軍 事 力 によって他 国 を強 制 的 に改 造 せんとする行 為 の実 行 を世 界 に 見 せつけた。これを目 の当 たりにしたイランはIAEA(国 際 原 子 力 機 関 )追 加 議 定 書 に調 印 。リビアは全 面 降 伏 と言 ってよい。大 量 破 壊 兵 器 の査 察 を認 めた。 シリアは親 米 のトルコに寄 り添 う。こうしてアラブ諸 国 政 府 は反 米 を取 り下 げてい った。ブッシュ政 権 はこの意 味 では、イラク戦 争 を成 功 の範 疇 で捉 えているのか もしれない。 新 保 守 主 義 の人 々は、イスラエルの国 防 政 策 に多 大 な影 響 力 を持 つ。イスラ エル・ネタニヤフ政 権 時 代 、エルサレムの政 治 戦 略 研 究 所 が提 案 した政 治 戦 略 を基 礎 として仕 事 が進 められた。提 案 書 には、イラク・フセイン政 権 打 倒 はイスラ エル存 続 のために不 可 欠 であることや、パレスチナ問 題 についてはオスロ合 意 の 破 棄 などが記 されていた。そしてこの提 案 書 を策 定 したのが、ブッシュ政 権 で国 防 政 策 を担 当 するリチャード・パール氏 、ダグラス・フェイス氏 といった、新 保 守 主 義 の人 々であった。ネタニヤフ政 権 の政 策 は、シャロン現 政 権 に引 き継 がれてい る。米 国 とイスラエルの繋 がり、長 年 にわたる米 国 からイスラエルへの軍 事 支 援 、 その向 こうにも前 にもパレスチナがある。 4.パレスチナ問 題 パレスチナ問 題 は、東 方 問 題 を起 源 と見 ることが妥 当 なのではないか。19世 紀 オスマン帝 国 の衰 退 過 程 において、欧 州 列 強 はその領 土 を欲 して軍 事 介 入 する。第 一 次 大 戦 を経 て、強 国 によって幾 つにも分 割 され、東 西 冷 戦 下 では米 ソにも介 入 され、石 油 利 権 を貪 られてきたのが中 東 地 域 である。この中 のパレス チナに苦 難 の年 月 を経 たユダヤ人 が移 住 し、イスラエルが建 国 され、戦 争 が重 ねられた。パレスチナ紛 争 の契 機 は、イスラエルのパレスチナ侵 攻 である。1967 年 第 三 次 中 東 戦 争 では、イスラエルはパレスチナの極 めて多 大 な土 地 を占 領 し た。これに対 し、国 連 安 保 理 決 議 242号 では、戦 争 による領 土 の獲 得 は許 容 せずとした。イスラエル軍 はこの戦 争 で占 領 する以 前 のラインまで撤 退 しなけれ ばならなかった。しかしイスラエルは今 日 まで、30余 の国 連 決 議 に違 反 し、37年 にも及 ぶ現 代 史 に類 を見 ない軍 事 侵 攻 を続 けている。 1993年 のオスロ合 意 における和 平 交 渉 が何 であったか。合 意 後 の日 々にあ っても、パレスチナ自 治 区 に向 けてイスラエルからの入 植 がどれほど進 められて いたかを見 ればわかる。入 植 の実 態 は、日 本 全 国 いずこの書 店 でも簡 単 に手 に 入 る新 書 やブックレットの類 でも知 ることが出 来 る。そして2003年 に騒 がれたロ ードマップが何 であったか。この新 和 平 案 は、2000年 9月 に勃 発 した衝 突 の時 以 前 のラインまでイスラエル軍 が撤 退 することをプロセスの基 本 段 階 に置 いてい る。では国 連 安 保 理 決 議 242号 に示 された第 三 次 中 東 戦 争 以 前 のラインとい うものは、どこにいってしまったのか。パレスチナ側 ばかりが不 条 理 を味 わわされ てきたことは単 なる印 象 ではない。そもそも2000年 9月 に始 まる騒 乱 は、現 イス ラエル首 相 のシャロン氏 が武 装 した者 達 を従 えてイスラム教 の聖 地 に足 を踏 み 入 れて、小 競 り合 いを起 こしたことが発 端 である。国 防 相 時 代 、レバノンのキリス ト教 民 兵 組 織 によるパレスチナ難 民 の大 量 虐 殺 を後 押 しした人 物 である。当 時 の和 平 プロセスの極 めてデリケートな一 瞬 を突 いた挑 発 であった。 5.抵 抗 運 動 指 導 者 の暗 殺 イスラム国 家 の建 設 を目 指 すガザのイスラム組 織 ハマスは、穏 健 派 アブシャナ ブ氏 の政 治 部 門 と、強 硬 派 ランティシ氏 の軍 事 部 門 とに分 かれる。軍 事 部 門 は イスラエル軍 に抵 抗 し、自 爆 テロも実 行 してきた。政 治 部 門 は占 領 下 のガザ住 民 の生 活 支 援 に尽 くし、貧 困 の人 々が無 料 で医 療 と教 育 を受 けられるように整 備 した。しかしその幹 部 であるアブシャナブ氏 が2003年 8月 、イスラエル軍 のミ サイル攻 撃 により同 行 の民 間 人 と共 に暗 殺 された。イスラエルとの共 存 を語 った 矢 先 のことであった。そして今 日 2004年 3月 22日 未 明 、イスラエル軍 はガザ南 部 でハマス最 高 指 導 者 ヤシン師 を暗 殺 する。イスラエルはイスラム組 織 幹 部 殺 害 の根 拠 を、米 国 が始 めたテロとの戦 いの根 拠 と連 動 させてきた。イスラエル国 防 相 は、ハマス全 幹 部 暗 殺 を目 標 に、暗 殺 作 戦 の継 続 を表 明 する。ハマスは、 服 喪 の後 、全 面 戦 争 に入 ることを宣 言 する。この非 常 事 態 に私 が最 も怖 れてや まない推 測 の一 つは、イスラエルと繋 がる米 国 の、先 述 した対 中 東 政 策 の枠 の 中 で、この全 面 抗 争 が捉 えられることである。この先 に見 えるのはパレスチナ自 治 区 の壊 滅 である。 テロリズムに対 して、安 易 な発 言 は許 されないと自 戒 しながらこれを書 く。イスラ エル市 民 はイスラム過 激 派 によるテロ行 為 の犠 牲 になってきた。テロ行 為 は一 切 許 されるものではない。テロリストは、そして先 に述 べた理 由 でイスラエル・シャ ロン首 相 は、等 しくしかるべき場 所 で裁 かれなければならない。しかしパレスチナ 紛 争 下 におけるイスラム過 激 派 のテロに関 しては、これが生 まれる土 壌 があまり に深 刻 に、しかも長 きにわたって作 られてきたことに目 を向 けなければならないの ではないか。何 よりどれほどのパレスチナ難 民 や一 般 住 民 がイスラエル軍 によっ て殺 害 されてきたことか。ヤシン師 は、ファイナンシャル・タイムスに掲 載 された生 前 最 後 の公 式 メッセージで、イスラエル軍 がガザから撤 退 するなら、我 々も攻 撃 をやめると述 べていた。 37年 もの間 抑 圧 され続 け、希 望 の見 えない人 生 を送 る人 々が、仮 にその行 動 や思 想 において常 軌 を逸 してしまったとして、その人 を責 めることは出 来 ないと 思 えるのである。これはテロを認 めることとは違 う。 拙 稿 は、パレスチナを見 つめようとする人 々のほんの小 さな一 助 になればとの 思 いで書 かれた。パレスチナ紛 争 解 決 の技 術 的 な鍵 は、国 際 社 会 がイスラエル 軍 のパレスチナ侵 略 の実 態 を認 識 し、イスラエル軍 をパレスチナ自 治 区 からいか にして撤 退 させるかということ。またイスラエルが軍 事 侵 攻 の正 当 性 の根 拠 とす るのはパレスチナ側 からのテロ行 為 の阻 止 であるが、このテロを止 めるために、パ レスチナ人 の生 活 を国 際 社 会 がどれだけ守 り、どれだけ向 上 させていけるかとい うこと。この二 つの問 題 を整 備 することで、やっと本 来 の和 平 交 渉 が始 められると 私 は考 える。米 国 がどう振 舞 えるか。国 際 社 会 がどう振 舞 えるか。そして日 本 は 何 をなせるか。無 論 これらの整 備 自 体 、とてつもなく遠 方 にあると感 じられるので ある。しかし、けっして諦 めてはならない。 (2004年 3月 22日 )
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