585 マラリアにおける診断と治療の現況 国立感染症研究所感染症情報センター 木 村 はじめに 幹 男 アフリカの小児である.アフリカ以外ではアジア マラリア特に熱帯熱マラリアは原則として予防 (特に南アジアや東南アジア) ,オセアニア(特に すべき疾患であるが,仮に罹患した場合にも早期 パプアニューギニアやソロモン),南米(特にアマ に診断して適切な治療を行えば,ほとんど 100% ゾン流域)などに多く発生している.これらのサ 後遺症もなく治癒すると言っても過言ではない. ハラ以南アフリカ以外の地域では,熱帯熱マラリ ときに重症化することはあるが,その病態の本質 ア以外に良性の三日熱マラリアも多くみられる. は別としてもありうる合併症はほとんど知られて 他の 2 種類のマラリアは比較的少なく,卵形マラ いる.しかしながら現実には診断の遅れが後を絶 リアはサハラ以南アフリカに限られ,四日熱マラ たず,適切でない治療も行われており,国内でも リアは世界の種々の地域に巣状に発生がみられ 死亡例が発生している.本稿がマラリアの臨床対 る. 応の改善に役立つことを強く望むものである. マラリア概説 種類 毎年非熱帯地域からマラリア流行地へ行く旅行 者は 2,500∼3,000 万人あるとされ,マラリアは旅 行者にとっても重要な疾患である.北米, ヨーロッ マラリアはハマダラカによって媒介され,原虫 パの旅行者が年間約 3 万人罹患するとされてい を病原体とする感染症である.ヒトにマラリアを る1).ヨーロッパで 1985∼1995 年の調査を行った 起こす原虫としては熱帯熱マラリア原虫(Pf と略 ところ,年間では英国で約 2,000 人,フランス,ド す),三日熱マラリア原虫(P. vivax),卵形マラリ イツでそれぞれ約 1,000 人,ヨーロッパ全体で約 ア原虫(P. ovale),四日熱マラリア原虫(P. malar- 7,000 人が報告されていた2).致命率に関しては死 ial )の 4 種類があり,それぞれに対応して 4 種類 亡例の把握が十分かどうかの問題があるが,国に のマラリアがある.この中で熱帯熱マラリアは短 より異なり 0∼3.6% であった. 期間で脳症,腎症,肺水腫! ARDS,出血傾向,重 我が国が法律に基づいて行っている発生動向調 症貧血,代謝性アシドーシス,低血糖などを生じ 査では,旧伝染病予防法の時代に 1990 年代は殆ど て重症化しやすく,死亡に至ることもあり,また 年間 50∼80 例であったが,一方,熱帯病・寄生虫 薬剤耐性の面からも臨床的には最も重要である. 症治療のための稀用薬(オーファンドラッグ)を 他の 3 種のマラリアでは,特に三日熱マラリアで 扱う研究班(現,創薬等ヒューマンサイエンス総 の脾臓破裂,四日熱マラリアが長期化した場合の 合研究事業「熱帯病に対するオーファンドラッグ ネフローゼ症候群などがあるが,通常合併症を起 開発研究」班.現在筆者も班員で薬剤輸入などを こさない. 担当)では独自のアンケート調査を行っており, 疫学 1990 年代で感染症法(正式には「感染症の予防及 地球規模で見ると年間 3∼5 億人がマラリアに び感染症の患者に対する医療に関する法律」 ) 施行 罹患していると推測されるが,その多くはサハラ 以前には年間 100∼125 の症例 数 を 把 握 し て き 以南アフリカの問題であり,そこではほとんどが た3).しかし,感染症法が施行されてからは国の発 熱帯熱マラリアである.死亡者は年間 150∼270 生動向調査での報告数が増加し,1999 年 4∼12 万人あるとされるが,その 90% 以上はサハラ以南 月には 120 例,2000 年 1∼12 月には 152 例に上っ 平成14年 8 月20日 586 木村 た. 2001 年 1∼12 月には 105 例と減っているが, 幹男 稀とは言え,マラリア流行地を旅行してなくて 同年 9 月 11 日の米国における同時多発テロの影 も輸血や針刺し事故による感染があり,国際空港 響と考えられる. を通ったりその近くに住んでいる場合には空港マ マラリア患者の背景 極端なことを言えば,完璧を期すためには全て の場合(発熱がなくても,海外渡航歴がなくても) ラリア6)などもありうることを念頭におく.また, 罹患している母親からの垂直感染もありうる. 症状・理学的所見 にマラリアを疑わなければならない.しかし,臨 Semi-immune の場合と異なり,マラリアに対し 床の現場では種々の制約から優先順位を付けるこ て免疫を獲得していない者(non-immune)では発 とが必要なこともあり,そのためにはマラリア患 熱が必発に近い.それもほとんどの例で 38℃ を超 者の背景を理解しておくことが望まれる.しかし え,悪寒を伴う.ただし,戦慄は熱帯熱マラリア ながら国内の通常の医療環境では,旅行歴, 症状・ でみられないことがある.また,発熱だけでなく, 理学的所見,一般検査所見などからマラリア原虫 悪心・嘔吐,下痢,腹痛などの消化器症状や乾性 検査を行わずに否定するには相当に慎重でなけれ 咳嗽を伴い,腸管感染症や呼吸器感染症を疑わせ ばならない. ることもある.重症マラリアまで進行すると種々 旅行歴 の臓器や系統が侵され,それに対応する症状を示 ひとつの国の中でもその中の地域によりマラリ す.理学的所見としては発熱以外に,貧血,黄疸, アの状況が全く異なることも多い.しかも状況が 浮腫,出血,脾腫,意識障害,けいれんなどがあ 刻々と変わる可能性がある.このような状況を正 りうる. しく把握するのは成書を頼りにするのでは困難で マラリア自体ではリンパ節腫脹,咽頭炎,発疹 ある.ウエッブサイトでは WHO の WHO! CSR, などは生じない7).したがって,発熱とともにそれ WER やミュンヘン大学の“fit-for-travel”など,電 らの症状を示す場合にはマラリア以外の疾患も考 子メールのメーリングリストでは ProMED など, える必要がある.しかし,マラリアと他の症状が コンピュータソフトウエアとしてはイスラエルの 偶然合併する可能性もあり,軽率にマラリアを否 GIDEON 4)あるいはスイスの TropiMed などの有 定するべきではない. 用な手段があるので,IT 化された現代ではできる 一般検査所見 5) だけそれらを利用すべきである .患者が旅行し 貧血は発熱,脾腫とともにマラリアの 3 主徴に た国にマラリアが流行しているかどうか自信がな 入れられるが,早期ではみられないことも多い. いときには,あるものとの前提で疑って進めるべ これには血液濃縮も関係すると思われる.白血球 きである. 数はやや減少することが多いが,正常あるいは増 どの程度前の旅行までマラリア感染の可能性が 加することもあり,一定しない.一方,血小板減 あるかに関しては潜伏期が重要であるが,熱帯熱 少は高頻度にみられる.生化学検査の特徴として マラリアでは通常 4 週間以内であり,実際には 2 LDH の上昇,総コレステロール(特に HDL コレ 週間程度のことが多い.しかし,予防薬を飲んで ステロール)の低下,アルブミンおよび総タンパ いる場合,流行地で生まれ育って何度もマラリア クの低下などもみられる. に罹患して多少の免疫を獲得している者(semiimmune) などでは,2∼3 カ月あるいはそれ以上に もちろん,これらの所見は特に病初期にはみら れないこともある. マラリア原虫検査 延びることがある.他のマラリアでは熱帯熱マラ リアの場合よりも潜伏期が長くなることがあり, 概説 1 年あるいはそれ以上になることも稀ではないの 検査の gold standard は,血液塗抹標本をギム で,相当前の旅行でもマラリアを否定してはなら ザ染色して光学顕微鏡で観察する古典的な方法 ない. (顕微鏡法)である.十分に熟練すれば顕微鏡法の 感染症学雑誌 第76巻 第8号 マラリアにおける診断と治療の現況 587 表1 血液でのマラリア原虫検出法の比較(文献 8)より改変) 指標 顕微鏡法 検出感度(/µL) 原虫種特異性 原虫数の判定 結果までの時間 要求される技術レベル 装置 費用 PCR 法 蛍光染色法 抗原検出法 50 5 50 > 100 全種 全種 Pf は良好,他は困難 Pf と Pv は良好,Po と Pm は pLDH 検出法のみ 可 30 ∼ 60 分 否 24 時間 否 30 ∼ 60 分 おおまかな推定 20 分 高度 高度 中等度 軽度 光学顕微鏡 低 PCR 装置 高 QBC 装置,あるいは蛍光顕微鏡 中∼低 キットのみ 中 Pf,熱帯熱マラリア原虫;Pv,三日熱マラリア原虫;Po,卵形マラリア原虫;Pm,四日熱マラリア原虫 みでマラリアの診断あるいは否定が可能である 性ではあっても,発熱が続くようであれば 12∼24 が,非常に少ない原虫数などでは見逃すこともあ 時間後に必ず繰り返して検査する. るので,他の検査法,特に抗原検出法や PCR 法な アクリジンオレンジ蛍光染色法(AO 法) どを併用することが勧められる.表 1 にはそれぞ アクリジンオレンジ(AO)蛍光色素が核酸に結 れの方法での検出感度その他を示すが,これは状 合する性質を利用した方法である.キットとして 況により変わりうるものなので,一応の目安と考 は QBC 法(Becton Dickinson 社)が あ り,AO えるべきものである. がコーティングされた毛細管の中に全血を吸い, マラリア原虫検査によるマラリアの診断あるい 遠沈の後,マラリア原虫感染赤血球が集簇する層 は否定はかなりの責任を伴うので,いたずらに我 を特殊な対物レンズを付けた蛍光顕微鏡で観察す 流で試みるべきものでなく,場合により早急に専 る.これを簡略化したのが川本法であり,スライ 門機関に相談するか,患者を移送することも求め ドグラス上の塗抹血液を直接に染色する9). られる. AO による蛍光は強いので暗い視野の中で目立 顕微鏡法 ち,見逃しにくく,ギムザ染色の顕微鏡法より短 血液塗抹には厚層塗抹と薄層塗抹があり,理論 時間での判定が可能であるとされる.しかし,白 的には一定時間内に厚層塗抹の方が多くの血液量 血球核や核酸を含む細胞の debris などとの鑑別 の観察が可能なので,検出感度が良いとも言える が必要である.また,原虫ステージでは輪状体の が,形態の判別に熟練を要することもあり,通常 判定はしやすいが,熱帯熱マラリア以外のマラリ は薄層塗抹標本を念入りに観察する方が勧められ アでも殆どが輪状体のこともあり,原虫種の判定 る.標本作製やマラリア原虫種の鑑別法などにつ が容易でないこともある. いては成書の記載に譲る. 抗原検出法 マラリアを否定するには十分に慎重でなければ 抗原検出の検査キットは国内未発売であるが, ならない.しかし,実際上は多くの量の血液を検 顕微鏡法での見逃しをチェックするために併用す 査することは不可能なので,原虫が見られない場 ることが勧められる.現在 2 種類が海外で発売さ 合どこかで陰性の判定をせざるを得ない.顕微鏡 れており,一方は熱帯熱マラリア原虫の histidine- の視野を動かしながら白血球もカウントして行 rich protein 2(HRP2)を中心に検出するもので, き,通常の白血球数(5,000∼8,000! µL)の場合に 他方はマラリア原虫特異的 LDH(pLDH)を検出 白血球 300∼400 個カウントする視野数を十分観 するものである.前者の製品については,現在は 察して原虫が見つからなければ,一応陰性とする. Now ICT Malaria P.f! P.v(Binax 社)が主流とな 白血球数が多い場合には,さらに多い白血球数を り,後者については OptiMAL(Flow 社)が用い カウントするまで観察を続ける.1 回の検査で陰 られている.いずれも Pf と Pv を区別して検出す 平成14年 8 月20日 588 木村 幹男 表2 治療に使われる抗マラリア薬(文献 13)より改変) 薬剤 治療法 対象原虫 長所 短所 クロロキン 単独 全種 (完全に感受性 の地域でのマラリ アの急性期治療) 安全性 耐性(Pf,Pv) キニーネ 単独あるい は併用 全種 効果,安全性,重症例では非経口投 与ヘの変更 副作用,時に耐性,しばしば全 部の原虫を殺滅するには不十分 メフロキン ハロファントリン 単独 (併用) 単独 全種 全種 効果 (データが豊富) 効果 スルファドキシン / 合剤 ピリメタミン Pf(完全に感受性の 地域) 共同作用を有する組み合わせ:本来 的に耐容性は低い 耐性(Pf),副作用(とくに HIV 陽性者),Pv に対する効果 アトバコン / プログ 合剤 アニル アーテメーター / 合剤 ルメファントリン Pf,Pv (Po,Pm) Pf,Pv (Po,Pm) 多剤耐性原虫に対する効果,共同作 用を有する組み合わせ 多剤耐性原虫に対する効果,安全性, 共同作用を有する組み合わせ,迅速 な作用,耐性出現の可能性は低い Non-immune でのデータが少な い,耐性出現の可能性 Bioavailability,non-immune で のデータに乏しい テトラサイクリン, ドキシサイクリン クリンダマイシン キニーネと の併用 キニーネと の併用 全種 耐性はなし 作用が緩徐 Pf 小児や妊婦での安全性 キニーネあるいはキニジンとの 併用に限定 プリマキン 単独 Pv,Po の肝細胞内 原虫 休眠原虫に対する作用 溶血の可能性(G6PD 欠損) 副作用,ときに耐性 (致死的)副作用,経口投与で の bioavailability,薬物相互作用 (キノリン化合物) Pf,熱帯熱マラリア原虫;Pv,三日熱マラリア原虫;Po,卵形マラリア原虫;Pm,四日熱マラリア原虫 る目的で開発されたが,Po と Pm でも Pv のパ れにしても,臨床的評価が定まるには多数例を測 ターンで検出されることがある. 定し,臨床経過との比較を丹念に行うことが必要 これらのキットではいずれも原虫数が減るとと となる.筆者らは 10 年来岡山大・綿矢と湧永製 もに陽性率が低くなる.問題となる熱帯熱マラリ 薬・山根らの開発になる方法(PCR-MPH 法)を採 アの診断に関しては,HRP2 検出系では概ね 95 用して い る11).こ れ は 18S rRNA 遺 伝 子 を タ ー %以上,pLDH 検出系では 90% 以上の診断感度を ゲットとするが,PCR 後の反応をマイクロタイ 8) 10) .し タープレート上で行う簡便さがある.4 種類のマ かし非常に稀には,20,000! µL 程度の 十 分 な Pf ラリア原虫を区別して高感度に検出できるので, の数がありながら HRP2 検出系が偽陰性を示す 顕微鏡法の補助的診断法として用いるとともに, こともあり,その場合には血液を希釈すると陽性 顕微鏡法の判定技術の向上に役立てている.具体 に出ることがあると言われている.また,遺伝的 的には,潜伏期内や薬剤服用後の受診12)で顕微鏡 に HRP2 を産生しない原虫株の存在が示唆され 法では陰性であった例,原虫は見られるが形態的 ているが,詳細は不明である.HRP2 抗原は治療後 に原虫種の識別をするのが困難であった例などで にも 1∼2 週間,ときには 4 週間程度陽性が続くこ 有用であった. 示すが,全般的には前者の方が優れている マラリアの治療 とがあるので,近い過去に熱帯熱マラリアに罹患 した場合には判定に注意が必要である. 三日熱マラリアに関しては HRP2 検出系の診 マラリアの治療は抗マラリア薬による治療が主 であるが,先進国で使われている抗マラリア薬の 断感度は低い. 特徴を表 2 に示す.さらに重症マラリアでは救命 PCR 法 をするために,合併症に対する適切な対処が必要 世界の種々の研究室で種々の PCR 法が開発さ である. れており,ターゲットとする塩基配列,検体処理 三日熱マラリア,卵形マラリア,四日熱マラリア 法,最終判定方法などにおいて様々である.いず これらについては,急性期治療薬(血液中の原 感染症学雑誌 第76巻 第8号 マラリアにおける診断と治療の現況 589 虫を殺滅する薬剤)として通常クロロキンを用い immune を対象にして多数例の検討を行った報告 る.しかし,三日熱マラリアでは軽度であるがク はないが,少数例での報告20)や学会発表などで優 ロロキン耐性が出現していることも念頭におく. れた効果や耐容性が示されている.予防薬にも用 これはパプアニューギニアで発見され,その後イ いられるが,メフロキンと無作為割り付け,二重 ンドネシア(イリアンジャヤ,スマトラ島,スラ 盲検で比較検討がなされた結果,メフロキンより ウェシ島) ,ミャンマー, インドなど主にアジアで, も精神神経系副作用は少な い と の 結 果 で あ っ さらには南米のガイアナなどでも見つかってい た21).ただし歴史が浅いため,非常に稀な副作用 14) る .タイではクロロキン耐性三日熱マラリアは 15) 特別な問題にはなっていない . などの評価はできていないと危惧する向きもあ る.また,英国,スエーデン,イスラエルの症例 三日熱マラリアでのスルファドキシン! ピリメ タミン合剤(ファンシダール)の有効率は低い. で耐性の出現が報告されており,今後の耐性の進 展が危惧される. 三日熱マラリアと卵形マラリアでは急性期治療 アーテメーター! ルメファントリン合剤(Ria- の後に,肝細胞に潜む休眠原虫を殺滅するために met) は理想的な合剤とされているが,それは,前 プリマキンを用いるが(再発抑止療法) ,パプア 者がアーテミシニン誘導体で即効性であり,後者 16) ニューギニア ,東南アジア,中南米,さらにはソ はハロファントリン類似であるが長時間作用性で マリア17)などでプリマキン低感受性の症例がみら あることによる.ハロファントリンは心電図での れている.その際にはプリマキン総投与量の増量 QT 延長から致死的心室性不整脈を生ずることが が行われ,標準療法の 15 mg 塩基! 日・14 日間を あり,使われなくなる傾向にあるが,アーテメー 1 カ月間隔で 2 クール投与する方法16),30 mg 塩 ター! ルメファントリン合剤では QT 延長は殆ど 17) 基! 日・14 日間投与法 ,その他の方法があるが, ないとされる22)23).1 回 4 錠を 2 日間で 4 回投与 どれが最適であるかは決定されていない. する方法では効果が不十分なので,3 日間で 6 回 合併症のない熱帯熱マラリア 投与する方法に変わりつつあり,耐性が高度なタ 熱帯熱マラリアは短期間で重症化・死亡の危険 18) イ に お い て も 96% の 治 癒 率 を 示 し て い る23). があり,薬剤耐性の問題も深刻である ので,特に Non-immune を対象に 4 回投与を行ったデータで 適切な治療が求められる.クロロキン耐性の熱帯 は, 治癒率は 82% で効果は不十分であった22)が, 熱マラリアは多く,スルファドキシン! ピリメタミ ヨーロッパでは旅行者のマラリア治療に 6 回投与 ン合剤の耐性も増えつつあるので1)18),使用する 法が行われており,今のところ評判は良い.今後 のは好ましくない.メフロキン(国内ではメファ データが出てくるものと期待される. キン)は 15 mg! kg の低用量と 25 mg! kg の高用 一方では,古典的薬剤のキニーネを他剤と併用 量があり,特に後者を用いれば輸入例の殆どに奏 することも行われている.ドキシサイクリンの 7 功する.ただし, タイ・カンボジアあるいはタイ・ 日間投与との併用がよく行われるが,その場合, ミャンマーなどの国境地帯ではメフロキン耐性が 耐容性が良くないキニーネは従来の 7 日間投与で 1) 18) .メフロキンの精神神経系副作用 なく 3 日間投与に短縮するのも可能である(Chio- が問題とされるが,既に全世界中で 100 万例以上 dini P,私信).キニーネとクリンダマイシンの併 に治療薬として用いられてお り(Nothdurft 私 用 は 妊 婦 で も 使 用 可 能 な 利 点 が あ る.タ イ で 信) ,その意味では,後述の新しい薬剤に比べて評 semi-immune を対象にした治験24)では両薬剤とも 価が劣るものでもない. に 経 口 で 7 日 間 の 投 与 を 行 い,non-immune の 高度である その後の世代の薬剤としてはアトバコン! プロ データ25)では両薬剤ともに注射で 3 日間の投与を グアニル合剤(Malarone)があり,薬剤耐性マラ 行ったが,ともに 100% の治癒率を示している. リアに有効である.Semi-immune での成績では全 重症マラリアの抗マラリア薬療法 19) 体として 99% の治癒率が示されている .Non平成14年 8 月20日 重症マラリアに対しては,先進国ではキニーネ 590 木村 幹男 表3 重症マラリアの合併症(文献 7,29) より改変) 項目 機序 ・ 病態生理 定義 対処 脳症 マラリア原虫感染赤血球に よる脳血管の閉塞 刺激しても覚醒しない昏睡. 他の脳症の原因を否定 誤嚥の防止,尿路カテーテルを留置し正確 な水バランスの算定,痙攣のコントロール 肺水腫 /ARDS 体液過剰,肺毛細管での透 過性亢進.心原性ではない 呼吸状態,胸部レ線像,中心 静脈圧などの総合判断 急性腎不全 急性尿細管壊死 24 時間尿量< 400mL で,血 清クレアチニン> 3.0mg/dL 上半身挙上や起坐位,酸素投与.瀉血,利 尿剤,血管拡張剤,機械的人工呼吸法,血 液濾過や血液透析 脱水との鑑別,高カロリー低蛋白食.とき に血液透析や血液濾過 出血傾向 不明で,真の DIC は非常に 稀 自然出血(DIC の証拠はある こともないことも) ヘパリンは禁忌あるいは慎重投与.ビタミ ン K,新鮮凍結血漿,濃厚血小板 低血糖 キニーネのインスリン分泌 作用,その他不明の機序 不明であるが,正常赤血球 も破壊される 血糖< 40mg/dL 50% ブドウ糖液 50mL の静注後,10% ブド ウ糖液の点滴静注 必要ならば輸血,ただし肺水腫 /ARDS に 注意 脱水,消化管出血,肺水腫 / ARDS,敗血症,キニーネ 過剰 循環血液量減少,貧血,腎 不全 収縮期血圧< 70mmHg, また は核心温度と皮膚温度の差 > 10℃ 動脈血 pH < 7.25,あるいは 血清 HCO3−< 15mmol/L 重症貧血 循環虚脱 (ショック) 代謝性アシドーシス (乳酸アシドーシス) 原虫数> 10,000/µL で Hb < 5g/dl,あるいは Ht < 15% 原因に応じた治療 循環血液量減少があれば補液.重炭酸ナト リウムでの補正は肺水腫 /ARDS に注意, しかも有効でないことが多い.アスピリン はアシドーシスを助長.幼小児で貧血があ る場合,時に輸血が有効.早期の血液濾過 や機械的人工呼吸法も考慮 の注射が好んで用いられる.心毒性が問題とされ とするデータ26)や,全体的な致命率での差は明瞭 るが,キニーネ二塩酸塩にして 10 mg! kg,すなわ でないが,多臓器不全ではアーテメーターの方が ちキニーネ塩基として 8.3 mg! kg を 200 mL 以上 致命率が低かったとのデータが出されている27). の 5% ブドウ糖液あるいは生理食塩液に希釈して 今後アーテミシニン誘導体が全て GMP 基準に適 4 時間かけて点滴静注し,8∼12 時間毎に繰り返す 合して製造されるようになった場合,キニーネ注 のであれば安全性は高いとされる.重症度が高い 射に替わるものになるのかどうかが注目される. 場合,初回量のみを倍量にする loading dose もあ 重症マラリアで最大限の救命効果をねらうため るが,心毒性には細心の注意をする.従来の標準 に,キニーネの注射とアーテミシニン誘導体の併 的治療法はドキシサイクリンを併用し,キニーネ 用が行われることもあるが,この場合効果の増強 注射の反応が良好であれば可及的速やかに経口キ はみられず,副作用の増加を来すとの報告28)がな ニーネに変更し,両薬剤ともに 7 日間投与するも されている. のであった.筆者らはドキシサイクリンの併用を 抗マラリア薬の入手 せず,キニーネ注射が終了してから 12 時間以上経 国内で販売されている抗マラリア薬は硫酸キ 過した時点でメフロキン 15 mg! kg の単回投与を ニーネ,スルファドキシン! ピリメタミン合剤,メ 行って終了する方法も行っている.キニーネ注射 フロキンの 3 種類のみである.クロロキン,プリ の回数は通常 3∼5 回程度で済む. マキン,アトバコン! プログアニル合剤,キニーネ タイやベトナムなどの東南アジアではアーテミ 注射,アーテスネートの経口剤と坐剤などについ シニン誘導体,すなわちアーテスネートの静注や ては,創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業 アーテメーターの筋注が好んで用いられる.これ 「熱帯病に対するオーファンドラッグ開発研究」班 は原虫の初期のステージすなわち輪状体にも作用 (ホ ー ム ペ ー ジ:http:! ! ims.u-tokyo.ac.jp! didai! し,最も短時間で原虫を殺滅する薬剤である. アー orphan! index.html)が保管・供給体制を確立して テメーターの筋注とキニーネの静注あるいは筋注 いる. との比較では,安全性と有効性において殆ど同じ 感染症学雑誌 第76巻 第8号 マラリアにおける診断と治療の現況 合併症の問題 591 用が問題になるとされる29).しかし,ARDS に対 熱帯熱マラリアでは常に重症マラリアに進展す しては大量投与が有効であるとの報告もある. る可能性を考慮して診療を行う必要がある.その DIC 様出血傾向でのヘパリンは有効でなく,逆に ため,基本的バイタルサインとくに意識状態,呼 出血を助長する危険が強調されている29). 吸状態の他に,出血傾向,浮腫や黄疸の有無,尿 交換輸血は特にヨーロッパなどで最近頻繁に行 量などのチェックを頻繁に行う.検査では特に血 われている.基準としては 1)赤血球感染率>30 小板その他の血液凝固系,血糖,酸塩基平衡,で %,あるいは 2)赤血球感染率>10∼15% でも生 きれば血中乳酸,胸部レ線などに注意を払う.マ 命にとっての危険因子がある場合,とすることが ラリアでは血小板減少が頻繁にみられるが,2 万! の危険因子としては表 3 に述べた合 多い7)29).2) µL 程度までで自然出血がなければ,通常抗マラリ 併症などを指すが29),糖尿病,虚血性心疾患,高齢 ア薬による原虫の減少を待っていればよい.低ナ 者や妊婦などを入れることもある7).無作為割付 トリウム血症,低アルブミン血症も補正を必要と けでの比較がなされたことはないが,最近メタア することは少ない7). ナリシスの結果が出された.そこでは交換輸血を 重症マラリアの合併症については表 3 に示す 受けた群と受けない群とで生存率に差はみられな が,実際にはその定義まで至らなくても重症マラ かったが,前者は後者に比べて原虫数が多く重症 リアとしての対処が必要になる場合もある.治療 度も高いので,厳密な比較が不可能であった31). はできるだけ集中治療室が完備した医療機関で行 また,少数例の検討であるが,赤血球感染率>30 うべきである.急性腎不全に関しては脱水との鑑 %では交換輸血を受けた方が致命率が低いとの結 別が問題となる.尿量が保たれていれば保存的治 果も出されている32). おわりに 療も可能であるが,そうでない場合には遅れない うちに血液透析や血液濾過を行う.重症貧血では マラリアは感染症の中では迅速性が要求される 輸血を行うが,マラリアでは肺水腫! ARDS を起 最たるものであり,早期の診断,適切な抗マラリ こしやすいことに注意する. ア薬の投与や合併症の対処が必要となる.顕微鏡 合併症の治療としてマラリアに特徴的な事項も 法に習熟してなくても,赤血球感染率が高い場合 いくつかある.輸液の過剰で肺水腫! ARDS を生 にはマラリア原虫を発見できる可能性があるの じやすいので輸液を絞り気味にし,中心静脈圧を で,試みるべきであろうが,専門医療機関に迅速 0∼5 cmH2O と低めに保つことが提唱されて い に紹介・搬送する方が望ましい場合もある.常に 29) る .脱水では腎不全を起こしうるが,体液過剰 このことを考慮しつつ診療を行うことが求められ で肺水腫! ARDS を生ずると直ちに生命が危険に る. もなる.しかし,積極的な輸液療法を行って改善 本稿で述べた内容には,筆者が創薬等ヒューマンサイエ したと思われる症例も散見される.代謝性アシ ンス総合研究事業「熱帯病に対するオーファンドラッグ開 ドーシス,特に乳酸アシドーシスは予後不良の徴 発研究」班(主任研究者:大友弘士)の分担研究者として 30) 候である .この場合,体液過剰にならない範囲 で組織での潅流を改善することはアシドーシスの 改善につながると考えられる7).臨床の現場では 重炭酸ナトリウムを補充することが多いが,その 有効性は定かでないことも多く,アシドーシスを 助長することもあり,また体液過剰にも注意しな ければならない.この場合に血液透析や血液濾過 の有効性を主張する専門家もある.副腎皮質ステ ロイドは脳症に対する効果がみられず,逆に副作 平成14年 8 月20日 行った臨床研究の成果が含まれる. 文 献 1)Lobel HO, Kachur SP:Malaria. Malaria epidemiology. In:DuPont HL & Steffen R, ed. Textbook of Travel Medicine and Health(2nd edition).B.C. Decker, Hamilton, 2001;p. 184―9. 2) Muentener P , Schlagenhauf P , Steffen R : Imported malaria(1985―95):trends and perspectives. 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