啓発的体験を生かす中学校進路学習の展開

体験的な活動を生かす事例 3
啓発的体験を生かす中学校進路学習の展開
研修企画部
はじめに
いわゆるフリーター志向が強まり,高等学校新
規卒業者のうち就職も進学もしていないことが明
らかな者が10%に近づいている。また,新規学卒
者の就職後3年以内の離職率は中卒者では70%を
越え,高卒者でも50%に迫る勢いである。
これらの状況は,経済的な状況や労働市場の変
化とも関係していると考えられる。しかし,働く
ことに価値をおかない生き方や計画性に乏しい離
転職の増加は,学校における進路指導の在り方に
課題を投げかけている。
Ⅰ
啓発的体験の価値
1
中学校における啓発的体験の意義
進路指導における「啓発的経験」とは特別なこ
とではない。自己の適性や興味等の自覚を促し,
具体的な進路情報の獲得に役立つ,日常の様々な
経験の総称である。しかし,生徒は日々の経験を ,
自己の理解や将来の生き方と関連づけて意識する
ことは少ない。そこで,教師側の適切な指導によ
り,それらの経験の重要性を意識させれば,生徒
の自己理解や進路情報の理解に具体性や現実性を
与えるものとなる。
しかし,生徒の生活経験は,近年不足している
ことが指摘されている。親の働いている姿が見え
にくくなっている現代社会では,職業や勤労にか
かわる経験,中でもそれらの実体験の機会は極め
て少なくなっており,生徒は職業生活や社会生活
を理解したうえで自己の将来や進路を考えること
ができにくくなっている。
したがって,進路指導においては,ただ ,「生
徒の諸経験を進路にかかわる啓発的経験として意
識させるよう指導する」だけではなく,職業や勤
労に関する啓発的な実体験が得られるように指導
することが重要になっている。
2
啓発的体験の位置付け
(1) 育てたい力の明確化
−34−
米谷
剛
冒頭に述べたように,現在の若年層には望ま
しい勤労観や職業観,自己の個性を伸ばそうと
する計画的な将来設計力が不足していると考え
られる。これらの力の育成には,小学校の時期
から,段階に応じて計画的な進路指導を行うこ
とが必要である。
中学校段階は自己の将来の可能性を探索する
ことを通して,自己の意志と責任で選択するた
めの態度や考え方を形成する時期である。言い
換えれば,多くの人々や多様な職業に触れなが
ら,望ましい価値観や積極的に人生を切り開い
ていこうとする態度を育成する段階である。し
たがって,具体的な進路情報を多く得たり,将
来就く職種を選択したりする段階ではない。
このような態度や考え方の育成には,啓発的
体験や進路学習の時間の充実はもとより,道徳
や各教科の時間で豊かな心と確かな学力を育成
することが必要であることはいうまでもない。
(2) 啓発的体験を生かす進路学習
進路学習における啓発的体験としては次のよ
うな活動が考えられる。
①職業調べや職場見学,職場体験
②上級学校訪問や体験入学
③ボランティア体験
①の職業や勤労に関する体験や②の進学に関
する体験は従来からその必要性がいわれてい
る。また,③の施設訪問や環境美化活動は自己
の生き方や在り方を問い直す機会になるので,
今後は積極的に実施していくべきだと考える。
これらの体験活動が十分な成果を上げるため
には,学級活動における事前事後の進路学習の
充実だけではなく,各教科・道徳での指導内容
との関連づけが求められる 。「自己の生き方の
追究」という課題解決のために,各教科を関連
づけ,知の総合化をめざした全体像を構想して
いくことが必要である。
Ⅱ
広島県大竹市立栗谷中学校の実践例
1
地域と学校の概要,生徒の実態
中学校のある栗谷町は広島県西部にある大竹市
の北部約20㎞に位置する。町の人口は約740人で
第2種兼業農家が多く,大部分が大竹市街へ勤務
している。人口は年々減少する傾向にあり,少子
化・高齢化が進んできているため,生徒の大半は
祖父母と共に生活する三世代同居の環境にある。
地域には児童館と小学校,中学校が1つずつあり,
運動会( 体育祭)やふるさと栗谷まつり( 文化祭)
などの学校行事が地域全体で実施されるなど,地
域・保護者の学校教育に対する理解・関心も高く
協力的であり,地域の教育力も高い。
生徒は,中学校の北側に位置する三倉岳をはじ
めとする豊かな自然の中で,素直に心優しく育っ
ている。家族や地域に対する感謝の気持ちも強く ,
地域の諸活動にも積極的に参加する。また,児童
館・小学校・中学校をほとんど変わることのない
仲間と共に生活をしてきており,生徒間の人間関
係は親密で,相手を思いやる心を持ち,互いに協
力しあって生活している。反面,小規模校にあり
がちな固定化された人間関係がみられ,周囲に合
わせて行動する傾向が強い。また,与えられたこ
とや指示されたことについての処理はできるが,
新しいことを始めたり,自ら課題を見つけ,自ら
考え,主体的に判断,行動すること,自分の生き
方について深く考える姿勢にやや甘さが感じられ
る。
2
これまでの取組み
1997年度はそれまでの取組みの成果を生かしな
がら,進路指導の究極のねらいである主体的な進
路選択能力を育てる進路指導の在り方について検
討を進めた。進路指導における啓発的体験として
は,従来実施してきた地域の伝統文化との触れ合
いや地域・学校の諸行事における地域住民との交
流,米作りによる勤労生産的行事の実施といった
地域性を生かした取組みを進路指導における啓発
的体験として位置付けた。さらに職場訪問や職場
体験,上級学校体験,小学生の中学校一日体験入
学,中学校間の交流学習,地域の社会人から話を
聞く「生き方学習会」などを3年間の見通しの中
で位置付けるように試みた。
しかし,職場訪問や学校体験等の体験活動の取
入れに重点がおかれ,それらを通してどのような
資質や能力を育てるかの検討が十分ではなかっ
た。そこで,1997年度から教科指導や学校行事等
を含めた日常の学校生活のあらゆる活動におい
て,生徒が自分の意思と責任において選択・決定
する学習や体験を意図的に取り入れた。それは,
全教育活動での積み重ねこそが生徒自身の生き方
にかかわる感覚を養い,自分の生き方を見直し,
問い続ける原動力になると考えたからである。
この際,家庭や地域の教育力を生かし,3年間
の計画的・継続的・組織的な活動により,啓発的
体験の内容が一層充実するよう工夫した。また,
教育活動全体を通して進路指導を行うために,各
教科における進路指導の研究を深めるとともに,
教科の枠を超えた横断的・総合的な学習内容とし
て編成し直すための研究を進めた。
3 生徒に育成したい力
(1) 生徒の実態をふまえて
生徒の実態や今後の社会の中で求められる力
を考えると,生徒が自己をよりよく理解し,労
働や職業等について十分な理解を深めたうえ
で,個々の興味・関心や適性に応じて,自分の
進むべき道を自分で選択し,自分の意思と責任
において正しく決定できる力の育成が必要であ
ると考えられる。また,生徒一人一人が自分の
生き方を問い続け,自分の将来を切り拓いてい
こうとする強い意思を,生徒自身の内面に育て
る指導の必要性も感じられる。
このような立場に立ち,栗谷中学校では進路
指導において最終的に付けるべき力を「主体的
な進路選択力」とし,その要素を次のように考
えた。
主体的に進路を選択する能力の要素
−35−
①進路設計を進める力(進路計画力)
②進路の意思を決定する力(進路選択・決定力)
③将来の生活に適応する力(進路適応力)
これらの力を育成するために,文部省委託研
究調査「職業教育及び進路指導に関する基礎的
研究」にならって,表1の4能力領域とそれを
構成するAからLの12の能力ラベルを活用する
ことにした。これらの能力ラベルがどのような
活動場面で伸長されているかを常に分析しなが
ら,指導計画の作成にあたった。
表1 能力領域の構造
能力領域
構成する能力ラベルの説明
キ A キャリア設計は毎日の生活の延長線上にあり,そこ
ャ
での役割を把握し,その関連を示す能力
設 リ B 仕事には様々な役割があり,それぞれがどのように
計 ア
関連し,変化しているかを認識する能力
能
C 計画的に人生を歩み,夢をかなえていくための計画
力
の必要性を理解し,実際の選択行動過程を認識してい
く能力
キ D 実際の体験を通して現実のキャリアの世界を見つ
ャ
め,それに取り組む能力
リ E キャリアに関する情報を知り,発達段階に応じて活
・ ア
用し,仕事と社会とを関連づけながら自己と社会への
活 情
理解を深める能力
用 報 F 学校で学ぶことと社会生活や職業生活との関連,機
能 探
能を知り,学校教育の意味を理解していく能力
力 索 G キャリアに関する情報を社会における必要性や機能
面で理解し,設計につなげていく能力
意 H 意思決定に伴う責任を受け入れ,決定へのプロセス
思
を理解する能力。葛藤のある選択肢から最善の決定を
決
行う能力
定 I 憧れから現実へ進行する中で,自己の生き方に沿っ
能
た職業やその他の諸活動を選択していく能力
力 J 自己理解を深め,自己理解を押し進める過程で直面
する課題を設定し,それに真摯に取組み解決する能力
人 K 自己理解を進め,他者との関連で成立する自分の行
間
動を,キャリアとの関連で理解する能力。その過程で
関
他者を尊重する心を養う能力
能 係 L 他者から受ける自己への様々な影響を理解し,人間
力
関係を形成しながら成長を遂げていく能力
(2) 教科における進路指導の視点
先に述べたように,各教科等の指導において
進路指導の視点を設けていくことが必要だと考
えている。各教科においても4能力領域をふま
えた授業評価をすることで,進路指導が学校全
体の教育活動として位置付けられ,さらに生徒
一人一人の自己理解が深化し,適切な進路選択
が可能となる。表2に理科と美術の例を示す。
表2
能力領域
設 キ
計 ャ
能 リ
力 ア
情報 キ
探索 ャ
・ リ
活用 ア
能力
能 意
力 思
決
定
能 人
力 間
関
係
教科における進路指導の視点例
理科
実験・観察を通して,見
通しを持って取り組み,設
計,選択,修正等ができる
能力を養う。
理科と関係の深い職業に
ついての学習を通して,そ
れらの情報を活用して自分
の将来の進路に生かせる能
力を養う。
課題解決学習や科学研究
を通して,選択能力やその
結果に対処できる能力を養
う。
美術
制作活動に意欲・関心を
持って取り組み,見通しを
持って設計,選択,修正等
ができる能力を養う。
課題に対してかかわりの
ある情報・資料を求め,活
用することができ,制作に
生かせる能力を養う。
作品鑑賞を通して作者の
人生や作品の意義を知ると
ともに,作品制作を通して
選択能力やその結果に対処
できる能力を養う。
実験・観察・調べ学習等
自他をより深く知り表現
の結果を,仲間の得た結果 することを通して,良好な
との比較から総合的にとら 人間関係を発展させるとと
える能力を養う。
もに自己実現を図ろうとす
る能力を養う。
4
三倉タイムを中心とした進路指導の構想
栗谷中学校では各教科,道徳,学級活動の時間
を年間1050時間確保したうえで,学校裁量の時間
を土曜日に集め,毎週第1・3土曜日を近くの山
の名にちなんだ「三倉タイム」として進路指導を
軸とした様々な体験活動を実施している。
−36−
(1) 学年段階に応じた系統性と発展性
学年ごとの重点的内容として,1年では「自
己理解 」,2年では「価値観形成 」,3年では
「将来の生活設計」とし,体験活動が単なる体
験活動に終わらないようにするため,学年が進
むにしたがって学習内容を横断的・総合的に広
げ,各教科や道徳,特別活動の学習が生きるよ
うにした。
啓発的体験の実施においても,1年では入門
段階として活動の大まかな流れを教師側で設定
して生徒が選択・決定するようにした。2年は
深化段階として生徒の計画や選択の場を増や
し,自らの意思や選択が反映できるようにした。
3年は発展段階として,体験活動の実施にあた
っては生徒自身の計画や選択を最大限重視し,
教師は補助的な動きをするようにした。また,
啓発的体験を「学び」「仕事」「ボランティア」
「その他」に分類し,学年による系統性や発展
性をふまえて構成した。
(2) 取組みの全体構想
2年間の研究の成果を生かし,進路指導にお
いて育成すべき4つの能力領域を補完的,総合
的に育成・支援することによって,生徒が「生
きる力」を身に付け,自己理解を進め,自己実
現をすることにつなげたいと考えた。
5
活動の実際
第2学年 『仕事』-社会の変化と自分の生き方,職業の選択(1) 単元の目標
○ 働くことの目的や意義について考え,将来
自分はどのような考えや態度で働くべきか理
解させる。
○ 職業や仕事に対する考え方などを理解さ
せ,職業への関心を高めるとともに,進路に
関する幅広い情報を提供し,職業や自分の将
来の生き方・在り方について広く考えさせ,
望ましい職業観の形成を図る。
○ 歴史上の様々な人物の生き方に触れさせる
ことで,その人物の生き方や考え方などを社
会の変化を通して理解させ,将来の社会の変
化と自己の生き方について考えさせる。
(2) 職場体験の位置付け
啓発的体験としての成果を上げ,単元の目標
を達成するために,教科等の取組みをふまえた
うえで ,「確かめる」段階に職場体験を設定し
た。また,生徒が自分自身の課題を見つけて解
決する過程や,自己理解や職業についての情報
収集を行ったうえで意思決定をする場を重視
し,職場体験を単なる体験活動としてではなく
『ミニ就職体験』として実施した。
(3) 教科等の学習の位置付け
進路指導と関連づけた各教科等の学習は,
「確
かめる」段階を除き,最初の「気づく」段階か
ら最後の「まとめる」段階まで,単元全体にわ
たって実施する。当然各教科等における本来の
目標や内容の範囲内で行い,三倉タイムでそれ
らの学習が総合されるように設定した。
例えば,美術や音楽で学んだ芸術家の作品や
人生を,三倉タイムで「生き方」に焦点化して
学習するという展開を設定している。
(4) 職場体験の様子
職場体験前の事前面接の際に,アルバイトを
採用するときに行う計算問題を出され,不安や
とまどいとともに働くことの厳しさを感じた生
徒もいた。
当日は,職場に行くまでは不安や緊張で表情
は硬く口数は少なかった。しかし,職場では職
場の人に倣って積極的に作業に取り組んだ。職
場でのいろいろな配慮や優しい言葉のお陰で,
終了時には,目を輝かせて生き生きと話す生徒
の姿がみられた。
(5) 職場体験の成果
生徒自身が選んだ事業所なので,自分で設定
した課題を解決するために質問をしたり,一生
懸命注意や説明を聞いたりできた。
6月の学級活動で生き方と職業とのかかわり
を考える学習をしていたので,実際にその職業
に就いている人の考え方や価値観を知ること
で,自分の職業に対する認識の浅さや職業人と
してのプロ意識に気がつくことができた。
アルバイト採用時の問題をやってみるなどし
て,働くことの厳しさを知るとともに学校での
学習の必要性を実感できた。
表3 単元の指導計画
過程 月 教 科 等 時数
指導内容
気
美術 1 マルグリットの絵の鑑賞
17 マルグリット『ものの力』立体模写
づ 4
1 廃品回収の体験(「ボランティア」の柱)
三倉 1 生き方学習(廃品回収業の方の話)
く
1 生き方学習のお礼状を書こう
1 『空き缶の回収』
5 道徳 1 『努力の喜び』(朝潮の行動に学ぶ)
1 『虎』(自分をかける仕事)
見
社会 1 小学生に地図記号を教えよう (教師の仕事)(「学び」の柱)
後SHR
教師の仕事を考える
通
音楽 1 鑑賞「小フーガト短調」とバッハの生涯
す
美術 1 働く人の絵画を選ぼう
1 働く人の絵画をまとめよう
学活 1 希望職業の価値観をみよう
三倉
絵画の中の働く姿
計 それぞれの仕事の三要素を考えよう
6
2 看護婦さんの仕事について考えよう
多くの人の生き方に学ぶ
つ
音楽 1 バッハの生涯とバロック音楽
か
道徳 1 『動かない芯を求めて』
後SHR
職場体験希望アンケート
む
学活 1 職場体験の意義,計画の作成
1 面接の心得,マナーを知る
放課後
体験先への電話連絡(「仕事」の柱)
放課後
体験先への事前面接(「仕事」の柱)
深
三倉 2 体験先の職業調査をしよう
7
1 体験先職業の発表
め
道徳 1 『一枚のはがき』
る
後SHR
職業人のアドバイス交流会
確
ヤングボランティア学習(2日間)(「ボランティア」の柱)
育成する能力
AI
FIJ
BDGI
BDGI
BDGI
CDJ
AFK
ABDI
BDFJL
BDFJL
EFIK
DIJ
BFK
CIJK
BFGK
EGH
BDI
BDFI
EFIK
ABDI
CEJ
CEHJ
DEL
DEFG
DEFG
EJ
BEK
L
BDJ
BDIJKL
職場体験(1日間)(「仕事」の柱)
職場体験で学んだこと
ヤングボランティア学習(3日間)(「ボランティア」の柱)
ベートーベンの生涯とその作品
ピカソの人生とそれぞれの時代
鑑賞「交響曲第5番」とベートーベンの人生
音楽家・画家・看護婦人生に学ぶ
ベートーベンについてのまとめ
ベートーベン・ゴッホ・ナイチンゲールの
一生について先生にインタビューしよう
ゴッホについて学ぼう
ナイチンゲールの一生
自分の選んだ音楽家・画家・医療関係者の
人生ドラマを調べよう
ふるさと栗谷まつり 劇『未来』
ふるさと栗谷まつりを振り返って,
3人の人生から学ぶこと
音楽史,美術史コースで学習しよう
移り変わる職業の世界
今後の職業の世界
ABCDL
ABCDL
BDIJKL
EFJK
ACDI
EFIK
EFIJ
EFIK
EFIJ
か 8
め
る
音楽
三倉
音楽
学活
10 音楽
ま
放課後
と
1
3
1
1
1
美術 1
道徳 1
三倉 2
め
る
−37−
特活 6
学活 1
11
三倉 3
三倉 2
学活 1
ACDI
ACDI
EHJ
EIJ
FKL
ACEHI
CEFGIJ
CEFG
(6) 単元の成果と課題
三倉タイムにおいては,各教科や領域を総合
的に扱うことができ,体験を通して自己を見つ
め,自己の生き方について深く考えることがで
きるようになった。また,体験が与えられた体
験,させられる体験ではなく,自分自身の生き
方を考えるものになってきた。
また,三倉タイムの指導後は,教科等の学習
に対する生徒の意欲に高まりがみられた。
反面,各教科などにおける指導やそこで培わ
れた力がないと,三倉タイムは総合の時間とし
て成り立たないことがわかった。
6
取組みの成果と課題
(1) 成果
○生徒の変容
3年間の取組みによって,生徒は次のように
変容したと受けとめている。
○
生徒の言葉の中に,
「∼したい」
「自分は∼と思う 」
という,自分の思いや考えを出そうとする内容が多
くなった。また,授業の中だけでは出せない力を,
体験活動の中で出せるようになりつつある。
○ 啓発的な体験の取組み過程や体験談集から,生徒
一人一人がしっかりとした自分自身の考えを持ち,
自分の思いや学んだことをまとめる力がつきつつあ
ることがわかった。
○ 生徒は体験の過程で自分自身を見つめ,自己の将
来をしっかりと考えていたことが,生徒の発表や掲
示物からわかった。
○ 体験活動の事前・事後の学習も充実し,生徒に確
実に力を付けることができた。また,啓発的体験の
過程で教科の学習が生き,生徒の自己理解や人間関
係を深めることができた。
啓発的体験によって,生徒の興味・関心が増
し,生徒自身が課題を見つけることができるよ
うになった。また,情報の集め方や調べ方,ま
とめ方といった学び方を身に付けることができ
つつある。このことは,三倉タイムと各教科や
領域とを関連づけて総合的に扱うことによっ
て,体験活動が自己を見つめ,自己の生き方を
考える機会になったためではないかと分析して
いる。このことは「自己をよりよく理解し,個
々の興味・関心や適性に応じて,自分の進むべ
き道を自分で選択し,自分の意思と責任におい
て決定できる力 」,つまり ,「主体的な進路選
択力」の育成に直結していると考えている。
○教職員の変容
これまでは ,「進路指導は3年担当の教師が
−38−
3年生を対象に行うもの」という考えや ,「教
科の中で進路指導はできるのか」という考えが
強かった。しかし,進路指導の実践を進めるた
めにその意義や理論を研修していく中で ,「全
ての教職員が,あらゆる教育活動の場で」とい
う考えが定着するようになった。このように変
容してきた理由の一つは,体験活動や学級活動
だけでなく,教科の授業や学校行事を含めた取
組みを推進していくことで ,「進路指導」とい
う一つの柱を軸に全教職員が生徒を見つめてい
くとができたためだと考えられる。
(2)課題
○学校全体としての取組み
体験活動実施の中心となった三倉タイムは,
まだ学級活動の色が強く担任の負担が大きい。
このことが,体験活動が学年任せになりがちだ
ったことにつながっている。生徒実態や学年段
階をふまえて体験活動を進めていくためには,
学校全体で検討・実施する必要がある。
○計画的な取組み
教育活動に協力していただける外部人材を登
録する「人材バンク」を作成したが,生き方学
習等を長いスパンで計画できていなかったた
め,有効な活用ができていない。生徒の主体性
を伸ばすためにも,生徒の希望する講師などを
登録していくことも含めて検討したい。
各教科や領域の年間指導計画を作成すること
によって,啓発的体験を軸とした進路学習に各
教科や道徳,特別活動等を関連づけて取り組め
たが,これをより進めて,前年度のうちに計画
性を持って指導案や外部講師の依頼などを検討
していけば,より成果が上げられるのではない
か。
○対外的な連携
体験活動実施にあたって,各中学校間や,小
学校・高等学校,社会福祉協議会や商工会議所
等との連携をより推進する必要がある。今後,
各学校がこのような連携の必要に迫られること
を考えると,学校単位ではなく市町村単位での
連携を推進する必要がある。
○新学習指導要領完全実施に向けて
総合的な学習の時間が実施されれば,地域や
学校の特色を生かした活動や体験活動は取り組
みやすくなると考えられる。反面,完全週5日
制によって体験活動等はより精選を求められ
る。啓発的体験が成果を上げるためには,学校
独自のしっかりとしたカリキュラムを編成し,
実施していくことが必要である。
あわせて,必修教科における基礎・基本の徹
底や選択教科における学習スタイルの確立,教
科間の関連を生かした指導の在り方等,学校全
体での協力体制によって取組みを進めていくこ
とも,啓発的体験の成果を上げるための条件に
なってくると考えている。
Ⅲ
実践から学ぶこと
ここに紹介した栗谷中学校の実践には,今後啓
発的体験を生かした進路学習を積極的に取り入れて
いこうとする学校にとって参考になる点が多くあ
る。その幾つかを選んで次のようにまとめてみた。
1
計画的・系統的な啓発的体験の実施
職場体験や体験入学,ボランティア体験等は,
生徒の自己理解を深め,勤労観や職業観に具体性
を持たせるための重要な体験である。しかし,3
年間の指導計画の中に順序性や発展性を持って位
置付けないと,一時期だけのイベントに終わった
り,生徒の意識を啓発するものにならなかったり
する可能性が高い。
まず,生徒や学校の実態を把握し,めざす生徒
像に迫るにはどのような力を育成すればよいのか
を明らかにしなければならない。その力を育成す
るために,3年間でどのように進路学習を進めれ
ばよいか,進路指導の全体構造を計画することが
大切である。そのうえで,各学年でどのような啓
発的体験をどのような形態で実施することが必要
なのかを十分に検討しておきたい。
2
事前・事後指導の充実
体験活動の意義を生徒が十分理解し,主体的に
活動に取り組めるようにするためには,事前指導
は欠かせない。また,以降の学校生活へ反映させ
るには,生徒一人一人の意識の変容や感想をとら
えた事後指導が必要である。
事前指導は単なる説明や役割分担の場にせず,
生徒が考え意思決定ができる場にしていくことが
求められる。さらに,その時点での自分の姿を見
つめることにより,それぞれの生徒が体験活動で
※
自分なりの視点で学べるようにしていきたい。
事後指導では体験活動の感想をまとめたり,体
験発表会を実施したりすることが多いが,互いの
感想を共有することを通して,再び自己の生き方
を振り返る機会にしていくことが重要である。そ
のことが,次の学習活動や体験活動への動機づけ
となるのである。
3 各教科等との関連
各教科や道徳の学習内容と進路指導とを関連さ
せている取組みはあまり多くない。特に栗谷中学
校のように,各教科を進路指導の視点で分析した
うえで取り組んでいる学校は数少ない。しかし,
学校の授業時数の大半を占める教科の授業内容が
自らの生き方や進路に深くかかわっているという
ことを知ることで,学ぶことの価値を実感し,学
んだことを自分の生き方に反映させようとするの
ではないか。各教科の学習内容を進路指導と関連
づけることは決して難しくない。積極的に結びつ
けて「知の総合化」を図っていきたい。
道徳の目標は新学習指導要領において ,「人間
としての生き方についての自覚を深め」と明示さ
れ,進路指導とのかかわりがはっきりとした。進
路指導と道徳は相互に関連させることにより,よ
り有効な指導となることが期待される。
おわりに
1993年に文部省から「業者テストの偏差値を用
いない入学者選抜の改善 」,「改善のための4つ
の視点」が出された。それ以降,各中学校は生徒
の「主体的な進路選択力」を育成するべく努力を
続けている。組織や指導計画,協力体制を整備し,
指導時間を確保したうえで,様々な角度からアプ
ローチを行っている。職場や福祉施設での体験学
習は6割の中学校が実施し,上級学校の体験入学
を実施している中学校は実に9割にものぼる。
しかし,このような努力にもかかわらず,その
成果は十分には現れていない。進路指導のさらな
る充実に向けて,啓発的体験を生かす進路学習の
在り方を探っていくことが求められている。
Ⅱの実践事例は,広島県大竹市立栗谷中学校の協力によるものである。
【参考文献】
文部省委託調査研究「職業教育及び進路指導に関する基礎的研究(最終報告)」 1998
文部省初等中等教育局 「中学校における進路指導に関する総合的実態調査報告書」
−39−
1999