14 撥弦楽器・打弦楽器 14 撥弦楽器・打弦楽器 【撥弦楽器・打弦楽器について】 前章 まで 擦弦楽器 について 述 べてきたが、 ここでは撥弦楽器および打弦楽器 のうちから、H arp ,Cem baro (H arp si cho rd),Pi ano -fo rteについて説明す る。 《発音原理の比較》 いうまでもなく 、 同 じ 弦楽器 でも 発音原理によって音色はまったく異なる。 H arp とCem baro は共に撥弦楽器であるが、これらの音色も大きく異なる。 ○ H arp …弦のほぼ中央部分を手指ではじく。余韻が残る。 ○ Cem baro …爪で弦をはじく。 ストップと鍵盤で複数弦を組み合わせる事 ができ、音色・音量を変える。 ○ Pi ano -fo rte…張力の大きい弦を、複雑なアクション機構によるハンマー で打つ。 弦楽器 は 、 同 じ 共鳴胴 に張られる弦の数は少ないほど響きが良いという音響 上 の 法則 がある 。 撥弦楽器・ 打弦楽器は、 擦弦楽器よりずいぶん弦数が多い。 一音一音 の 響 きの 美 しさより 、 一台の楽器で同時に多くの音を出せることが、 これらの楽器の本来的な特質なのである。 《音の立ち上がりと減衰》 撥弦楽器 や 打弦楽器 では 、 音 の立ち上がりと減衰の表情が楽器の音色を決定 する。 ○ H arp …中音域の音勢が強い。 5度,8度関係の多くの弦が豊かな共鳴を 起こし、余韻は長い。 ○ Cem baro …音量はタッチに関係なく一定。鍵盤を離すと余韻は止まる。 ○ Pi ano -fo rte…最高・最低音域ほど音勢が強い。鋭い立ち上がりと減衰、 66 14 撥弦楽器・打弦楽器 複数弦の唸り。 【Harpについて】 H arp は、 弦を手指で直接はじくという原初的な発音原理を古代より保ちなが ら 、 近代 になって 精巧 な メカニズムを獲得し、 現代のさまざまな音楽表現にも 対応できる、魅力的な楽器のひとつである。 《楽器の構造》 大きく分けて、弦倉、共鳴胴、支柱、台座の四つの部分より成る。 弦数は4 7 本、 1 1 本のCo v erd S tri ngsと、 残りはCatgu tである。 これらの弦 は、Ces du rの完全にD i ato ni cな調律がなされている。 Catgu t弦には目印のため、D o とF aの音弦に色がつけられている。 《D o u bl e-acti o n Pedal 》 D i ato ni cな音階を持つH arp が、さまざまな半音階的楽句を奏することができ るのは 、 Erard(エラール) 1) によるD o u bl e-acti o n Pedal のメカニズムによ る。 H arp の台座には七つのPedal がある。 七つそれぞれに、 D o , R e, Mi ,F a, S o l ,L a,S i ,の音が割り当てられている。 Pedal はすべて二段階の踏み込みができる。一番上の基本位置で、その Pedal b (フラット)となる。 一段踏み込ん だ位置では、 そのPedal の音はすべての弦で n (ナチュラル )となる。二段目で は、すべて # (シャープ)となる。 に 割 り 当てられた音は、 4 7 本の弦すべて つまり D o のPedal が基本位置の時、 このD o のすべてのオクターブ音は皆Ces になり 、 一段目ではすべてC、 二段目ではすべてCi s、 と半音づつ上がるわけで ある。 1) Sébastien Erard( 1752∼1831)は、 チェンバロ製作を学んだが、後に最初のグランドピアノを 製作、 今日 に 至 る ピアノ ・ アクション 機構 を 創案 した 。 また 、 ハ ー プのSingle-Action Pedal Mechanismを改良し、Double-Action Pedal Mechanismをも創案した。 67 14 撥弦楽器・打弦楽器 半音階的なメカニズムであるこのD o u bl e-acti o n Pedal と、 D o , R e, Mi … の 全音階的 な 弦配列 の 組 み 合わせにより、H arp はわずか4 7 弦で6 8 半音を出す ことができるのである 。 (Pi ano -fo rteの 場合、 8 8 半音を出 す のに8 8 鍵を使っ ている) 前述 したように 、同 じ 共鳴胴 に 張 られる 弦 の 数 は 少 ないほど 響 きが 良 い。 D o u bl e-acti o n H arp は 、 より 少 ない 弦数 で 多くの音高(連続した半音)を出 すという、矛盾する課題を見事に克服しているのである。 ちなみに Erardはこの メカニズム を 完成 させる 三 カ 月間、 ほとんど一睡もせ ず 仕事 に 打 ち 込み、 彼の工房の長椅子で二、 三時間まどろむのみであったと言 い伝えられている。 《音域》 現代 の D o u bl e-acti o n H arp の 音域は、 下表の通りである。 前述したが、 こ れらの弦は、Pedal が解放された状態でCes du rに調律されている。 √ œ nœ # œ œ nœ # œ [Harpの音域] b & b bbbbb ? bb b b bbb Fa弦 Do弦 Re弦 Sol弦 Mi弦 œ n œ # œ œ n œ # œ œ nœ # œ ◊ 《異名同音(Enharm o ni c U ni so n)について》 D o u bl e-acti o n S ystem の 特徴 として 、 Pedal の 組 み 合 わせによって、 異な る 弦 が 同 じ 音高の音を同時に出すことができる場合がある。 あるいは、 必要な 音高 を 異名同音 の 異 なる 弦で置き換えることができる場合がある。 上の譜表の 下段三 つ 目 のci sと 次のdesや六つ目のdi sと次のes、 上段三つ目のfi sと次のges のような、異名同音(Enharm o ni c U ni so n)ができるからである。 たとえば 下表 の 二 つの 和音は全くの同音であるが、 D o u bl e-acti o n H arp で 68 14 撥弦楽器・打弦楽器 は三音とも異なる弦で(同時に)演奏できる。 [Harpの異名同音] & b b b www # n n www こ の よ う な 異 名 同 音 の 調 弦 は H arp 特 有 の も の で あ り 、 こ れ ら の 音 を 「H o m o p ho ne」と呼ぶことがある。 《H arp のG l i ssando 》 この異名同音の原理の応用で、 H arp 独特の G l i ssando が可能である。たとえ ばA調の属七の和音は e, gi s, h, dであるが、異名同音を利用して下表のよう な和音のG l i ssando をつくれることになる。 [HarpのGlissando] & ? Re Do Si n b n La Sol Fa Mi n œ bœ# œb œ 7 b# b n nœ b œ # œ # œbœ n œ b œ n œ n œ n œbœ 7 b œ #œ bœ n œ n œ b œ b œ nœ 7 nœb œ nœ 7 b œ nœ 連 続 し た D i ato ni c な 弦 に 対 し 、 属 七 の 構 成 音 お よ び そ の Enharm o ni c U ni so nになる 調弦=Pedal i ngを 施 している 。 これにより、 4 7 本の全弦にわた るG l i ssando は、完全な属七の分散和音による音列となる。 このように H arp では 、 その Pedal i ngが 極 めて 重要 になる。 演奏者は譜読み をしながら、まずこのPedal i ngを決定し楽譜に書き込んでいく。作・編曲者も、 この 点十分留意 しながら 仕事 をしなければならない 。 上 の譜表に書き込んでい る Si n ,D o b ,R e n などは、このPedal i ngの指示である。 69 14 撥弦楽器・打弦楽器 《H arp の奏法について》 ○ 運指法…左手・右手とも、小指は使わない。10度は楽に開く。 ○ Arp eggi o … H arp の 和音 は 通常 Arp eggi o で 奏する。 ( H arp はイタリア 語でArp aという。これは“Arp eggi o ”の語源である) Fauré : Impromptu œœ œ bb 3 b b œ & b 4 œœ œœ œœœ ƒ ? b b 3 œœœ œœ œœœ b b b 4 œ œœ œ œ œœ œœ œœœ œ Allegro molto moderato Harp solo b œ & b b b b n œœœ nœ ? b b œœ bbb œ œœœ œœœ œœœœ œœœœœ œœ œœœ b œœœ œœœ œœœ œœ œ œ œ œœœ œœ œœ b œœœ œœœ n œ œœ œ œ œ b œ œ œœ œœ œ œœ œœ œ n œœœ n œœœ œœ œœœ œœ œœ œœ œœ œœ b œœœ œ œœ n œœœœ œ œœœ œ œœ œœœ œœ œœ œ œ œ œœœ œœ œ œ œœ œœ œœœ œ n œœ œ œœœ œ œœ œœ œœ œœ œœœ œœœ œ bœ 上 の 例 は 、 幅広 い和音を力強い Arp eggi o で弾いていく。 H arp のための傑 作の、冒頭部分である。 ○ G l i ssando …前述 した 通 り 、 異名同音 の 原理を利用して全弦をひとつの 和音 に 調弦 すると 、 和音 のG l i ssando ができる 。 音階のG l i ssando もあ る。 ○ H arm o ni cs…擦弦楽器 と 異なり、 H arp の H arm o ni csは第二倍音のみで ある 。 弦 の 中央にある節に、 右手の場合は指を、 左手の場合は手の付根 部分を当てて弾く。 音量はないが透明感のある美しい音なので、H arp で は頻繁に使用される。 70 14 撥弦楽器・打弦楽器 次は、H arm o ni csを使った「H o m o p ho ne」の繊細で美しい例である。 Ravel: Introduction et Allegro Harp solo bb & b b bb π bb & b b bb œœ .. Très lent œœ j œœ oo j œoœ oo n œœ œœ j œœ oo j n œœ oo n œœ j nœ œ oo U̇ ˙ b b b œœ La j bœ b œ Fa Mi oo b n j œ œ oo b 【撥弦楽器・打弦楽器の歴史】 ○ ハープ(H arp )族 古代エジプトに既に存在したが、 直接の祖先は 1 2 世紀のキタラ・ アング リカ (Cythara Angl i ca) といわれる 。 その 後 1 8 世紀 にS i ngl e-acti o n Pedal H arp がつくられ 、 オ ー ケストラ に 加わるようになる。 1 9 世紀初 めにはD o u bl e-acti o n Pedal H arp がつく られ 、 コンサート・ ハープの 標準となった。 1 9 世紀末 フランス では 完全 な 半音階 を 備 えた Cro m ati c-H arp が 創案さ れたが、広まらなかった。 ○ リュート(L u te)族 全世界にある。 インドではシタール( S i tar)となり、 中国と日本ではピパ (琵琶)、三味線、沖縄 では 三線( さんしん )となる。1 4 世紀ヨーロッパ では ギター(G u i tar)が、 1 8 世紀イ タリア で はマンドリン(Mando l i n) が 生 まれる 。 ウクレレ (U k u l el e) は ハワイ、 バンジョー(B anj o ) はア フリカ起源といわれる。 71 14 撥弦楽器・打弦楽器 ○ チター(Z i ther)族 世界各地 にあった 。 打弦楽器 ダルシマ ー ( D u l ci m er)は 1 1 世紀中東起源 であったが、1 7 ∼1 8 世紀にはヨーロッパで栄えた。ハンガリーではジプシー の チムバロン (Ci m bal o m )となり、 イラクではサントゥール(S antu r) と呼ぶ。中国の洋琴は近代ヨーロッパから入った。 ダルシマーから発展した鍵盤楽器クラビコード(Cl av i cho rd)と、 ヴァー ジナル (Vi rgi nal )と スピネッ ト(S p i net)から 発展し た撥弦の鍵盤楽器 チェンバロ(Cem bal o )は、ともにピアノの祖先である。 72
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