基調講演 感染管理と医療安全

特集
実践現場の感染管理
。
基調講演
感染管理と医療安全
自治医科大学附属病院
部長
助教授
感染制御部
森澤 雄司 先生
今日は、
「感染管理と医療 安全」
ということで、少し
なさったと思います。 S A R S が 問 題になった頃、アメ
思い切った発言もあるかと思いますが、聞いて頂きた
リカでは天然痘によく似たサル痘という病気がはやっ
いと思います。
ていました。アフリカスナネズミというのをガーナから
自治 医 大 は 栃 木 県 にありますが 、こちらのほうで
輸入して、ペットとして飼いたいという人たちがいた
感染制御部が今年 4月にできまして、私はそちらで今
わけです。そこのペットショップの中でプレーリード
仕事をいたしております
(図 1 )
。
ッグに 移って、そのプレーリードッグを買った人に移
った。このようなよくわからない感染経路も世の中には
あります。
今 年 に なって鳥インフルエンザというものが 出てき
ました。狂牛病も感染症です。最近は、キノコも食べ
られないというようなこともあったりして、感染症は
非常に幅が広 い。このような感染症を相手に、感 染
管理をするということはなかなかむずかしいことです。
起こるべくして起こる病院感染症
図1 自治医科大学附属病院
何が問題かというと、感染 症は 博物学であるという
『パ パ の 嫌 い な 果 物 は 何 でしょう?』これ が 今日の
ことです。感染症には 3 要 素 があります。病原微生物
テーマです。途中で質問をしますので、皆さん、答を
と感染 経路と感受性 宿主、つまり患者さんです。普通
考えておいてください。
の病気は、人の体の中で起きていることが正常な機能
感染症も、いろいろとむずかしいことが多くて、非常
や行動からどれ 位ずれているかをチェックして、それを
に話題ですね。9・11同時多発テロが起こった後、炭
正常な方向に近づけるということで、医療は成り立つ
疽菌のテロがあり、西ナイル熱がはやりました。西ナ
わけですが、感染症の場合は、病原微生物というもの
イル 熱は、ニューヨークで出てきて、当初はテロでは
が必ずいる。その病原微生物によって対 応は 違うかも
ないかという噂もありましたが、いまやもうアメリカ全
しれない、またそれがどういった感染経路で患者さん
土に 広がっています。テロに対 する恐怖感から、アメ
のところへ伝播したか、も問題になります。
リカでは医療従事者は天然痘のワクチンを打ったほう
感染症というのは、化け物が飛びかかってきて、病気
がいいのではないかという話も出てきました。天然 痘
になるような印象が強い。たしかにS A R S や鳥インフル
ワクチンは、海外の例では約100万人に1人位は副作
エンザなど、わからない病気が突然飛びかかってきて、
用で 死 亡しています。もう根絶されているはずの病気
病気になっている。こんな怖いことはないわけです。しか
なのに、テロが恐くて、また 打たなくてはいけないの
し、そういうことが 起こることはあまり多くはありません。
か、そういったことが 真 剣 に 議 論される。そういった
ただし、私たちが行っている感染管理というのは、病院
世の中になってしまったということで すね。
の中でやっていかなくてはならないということがあります。
そして、S A R Sです。皆さん、これでいろいろご苦労
2
私たちの患者さんを見て頂きますと、高齢化社会も進ん
感染管理と医療安全
できましたし、新生児医療も非常に進み、極小低出生
ちなみに、病院感染症の反対語、対立する概念は、
体重児などリスクの高 い患者さんのポピュレーションと
市中感染症です。市中感染症と言っても、S A R Sなども
いうのが出てきました。手 術もかなり侵襲的な手技を
病院 の外で 流 行っていたのに、病 院 に 集 めると効 率
して患者さんを助けることができるようになりましたし、
よく患者さんが集まってきて、効率よく感染が起こって、
また抗ガン剤もどんどん新しいものが出てきています。
病院の中でアウトブレイクして病院感染症になるわけです。
そしてさらに骨髄移植、あるいは固形臓器移植というよ
うな、われわれがいままで経験したことがなかったよう
な、免疫不全状態を医療 で作っているということがあ
ります。
病院感染制御の基本
医療従事者がまず身の回りをきれいにすることです。
このような 弱った 状 態 にある患者さんのところへ、
白衣を着たまま病院の食堂に行って、食べこぼして、
ヘロヘロっとバイ菌くんみたいな弱毒菌が来ても患者
そのまま患者さんを診るとか、何日もお風呂に入ってない
さんはとてもひどいことになってしまう。バイ菌がどの
研修医とか、そういうことは 許さない。医療従事者がい
ようにしてこの 弱った患 者さんのところに行くかとい
かに衛生の観念を持ち、そしてこの後の話でいくつも
うと、だいたい医者が 手を洗っていないとか、そうい
出てきますが、手洗いですね。手の衛生状 態を保つと
ったことなのです。
いうことがとても大事です。
病院は、もともとこのような状況 の患者さんを集めて
いるところです。しかも耐性菌を持っている人も少なか
らずいる。病院感染症が起きるというのはある意味で
標準予防策、感染経路別予防策、隔離予防策
は当たり前なわけです。私たちは、その起こるべくして
テクニカルなものとしては、標準予防策、そして感染
起こる感染症をいかに起こさないようにするかという努
経路別予防策、接触、飛沫、空気というような隔離予防
力をしている。それが感染管理だということです。
策を遵守するということです。
この隔離予防策も、1996 年にアメリカで 制定されて、
病院感染症を取り巻く状況
錦の御旗みたいになっていますが、2005年秋に改訂さ
れる予定です。標準予防策も一部変わってきますが、
病院感染症を取り巻く状況は、非常に変わってきて
感染経路別予防策という言葉が、おそらく拡大予防策
います。とくに 英 語 で見るとわかりやすいのですが、
という言葉に変わってきます。標準とか、感染経路別
病院感染症は昔 nosocomial infectionや、hospital -
というふうにすると、例えばインフルエンザで飛沫感染
acquired infectionといった 言 い 方 をしていました 。
予防策をすればいい患者さんということになると、患者
しかし、最近は、Healthcare - associated infection、
さん のそば に 近 づくときだけマスクすればいいのか。
あるいはhospital-onset infectionといいます。特に
そういうわけではないですよね。患者さんを診るときに
アメリカ圏の問題ですが、医療費をいかに安く抑える
は、必ず標準予防策を実施し、その上に飛沫予防策が
かということに大きなウェイトが 置かれていて、例えば
ある。ほんとは階層構造になっているのが、わかりにくく
手術してもすぐに退院させます。ところが退院といっ
なっていました。標準拡大、標準はみんなに実施 する。
ても、自宅ではなく病院 の隣のホテルに退院している
そして感染経路別予防策をその上に上乗せするという
というようなことが実際には起こっています。本 来で
考え方を明確にするために、まだドラフトの段階ですが、
あれば入院で行っているような医療が、病院の外や外
この言葉は変わるでしょう。
来で行われている。そこで、病院感染症という概念が、
さらに追加的に、防御的環境―患者さんの環境をどの
病院の中で起きた感染症から、医療行為に関連した感
ように守るかということ―もガイドラインに 盛り込まれ
染症に広がってきているわけです。
る予定です。まだドラフトですから、来年の秋になったら
日本も包括診療が進んでくるでしょうから、今後そう
改訂されているかもしれませんが、いまのところは、骨髄
いった医療経済的なことも問題になってきます。そうな
移植の患者さん、造血幹細胞移植を行った患者さんに、
ると、私たちは病院感染症といっても、外来で行われ
造血幹細胞が定着するまでの間は、患者さんを保護的な
ている診療行為などにも手を広げていかなくてはいけ
環境に置かなくてはならないが、それ以外の人を特別な
ないでしょう。
環境に置く必要はない、というようになるでしょう。
3
標準予防策には、S A R S の問題から、病院の中で咳
こと。そして血栓にバイ菌が付いてしまうと、好中球が
をしている人を許さないということが出てきます。きちん
血栓を食べられない。血栓はマクロファージがだんだ
と教育をして、他の人の前で咳をしたりしない、咳を手
ん食べてくれますけど、異物が 付いている血栓というの
で押さえてそのまま患者さんを診たりしない、そのような
は、なかなか浄化されないので、いつまでたってもそ
ことが、標準予防策に追加される予定です。
こにバイ菌がいるというような状況を作ってしまいます。
こういった血管内留置カテーテルに関連した感染症
を起こさないようにするために、いろいろなガイドライ
海外のガイドライン
ンが出ています。アメリカのCDCやHICPACやいろいろ
具体的な一例として、血管内留置カテーテルの管理
な学会が合同で作ったものが 2002年に発表されてい
について考えていきましょう。CDC
(アメリカの疾病管
ます。これは日本語訳も出ていますし、インターネットの
理予防センター)
が、いま抗菌療法 の適正使用というこ
ホームページで無料で見ることもできます。
とで キャンペーンを張っています。いかに耐性菌を作ら
HICPACのガイドラインのポイントを上げていきます
ないようにするかということを訴える目的のキャンペーン
と、血管内留置カテーテルを刺入、あるいは管理する医
で すが、その中のステップ2に、無 駄 なカテーテルを
療従事者をきちんと教育する。中心静脈カテーテルを
早く抜きなさいということが書かれています。これは
挿入する際には、マキシマル・バリア・プリコーションを
医療行為に関連して起こる感染症の侵入方法 のナン
徹底 する。皮膚の消 毒 には 2 %のクロルヘキシジンを
バーワンが、とくにカテーテルのような侵襲的な処置
使う。中心静脈カテーテルの定期的刺し換えは必要な
であるということがわかっているので、そういった無駄
い。また必要に応じてリスクの高いような症例では、抗
なものは 抜きなさいということで す(図2)
。
菌カテーテルを使う、というようなことが書かれています。
医療従事者の手
国内のガイドラインと現状
ハブ・接続部の汚染
日本国内にも私も所属しております国立大学医学部
輸液の汚染
患者皮膚常在細菌叢
付属病院感染対策協議会のガイドラインがありますし、
他にもいろいろなガイドラインが出ています。HICPAC
のガイドラインのポイントを押さえながら日本のガイドラ
インを照合し、日本での現状と合わせてどうなのかとい
挿入時の汚染
図2
血行性伝播
血管内留置カテーテルによる汚染経路
私たちがどうして簡単に感染症にならないかというと、
4
うことを考えていきたいと思います。
中心静脈カテーテルと輸液製剤の混合
皮膚や粘膜がバイ菌が入らないように守っているからで
まず、中心静脈カテーテルで すが、必ず書かれてい
す。私たちは慣れているので、ラインとってと気 軽 に点
ることは、栄養管理が必要な場合は、経腸栄養を優先
滴したりするわけですが、冷静に考えて頂くと、皮膚を
しましょうということで す。これは正しいと思います。や
突き破って、血管の中に異物を入れているので す。さら
はり異物を押し込んだりするよりは、腸からとって頂く
に有無をいわせずここから何か水を流 すわけで す。こ
ということのほうがいいですね。
れはもうきわめて非生理的なことで、生体の防御機構
高カロリー輸液製剤を混ぜるときには、薬剤部の無菌
を無視していることに他ならない。私たちの医療行為と
環境で実施しなさい。作業工程の回数と事故の機会には
いうのは、実はこういったところがあります。
強い相関があるので、接続部を最低限にした一体型の
どんな素材のカテーテルでも、やはり24時間も留 置
点滴セットを使いましょう。注射薬調剤の衛生管理に関す
していますと、どうしても血栓が付いたり、その血栓の
る責任は薬剤師が負うべきだと書かれています。皆さんの
一部にバイ菌が 付いたりしてきます。血栓というのは非
ところではどうでしょうか。高カロリー輸液は必ず薬剤部
常に困ったもので、まず 1つは血液というのは非常に
のクリーンベンチで混合していますか。99年のデータです
栄養素が多いので、バイ菌にとってはよいエサだという
が、一般病棟でも20%、ICUでも15%ぐらいしか実施され
感染管理と医療安全
ていません。これはハード面の問題もありますから、おそ
汚いところに近いわけですから、感染が起こりやすい。
らく今でもそれほど変わっていないと思います。このよう
それから、マキシマル・バリア・プリコーションを実施し
な状況で、薬剤師が責任を負うとは、かわいそうです。
なさいと書かれています。予防的抗菌薬は不要である。
そしてさらに、病棟での混合薬剤数は最低限にしなさ
これは説明も不要であると思います。
い。混合する場所は、専用スペースで、無菌設備を設置し
なさいと、書かれています。つまり、普通は中央の薬剤部
で無菌環境で混ぜる。そして急に病棟で必要になった
皮膚の消毒
薬は、病棟に無菌設備があって、そこで作りなさい、とい
挿入部位の消毒には、日本には 2%クロルヘキシジン
うことです。病棟にクリーンベンチがある病院は、一般病
がありませんので、10%のポビドン・ヨードまたは 0.5 %
棟 3%、ICU4%というデータがあります。95%の病院が
クロルヘキシジン添 加のアルコールを使いなさいと書か
守れないガイドラインになんの意味があるのでしょうか。
れています。日本には 4 %のクロルヘキシジンがありま
すが、手指用消毒剤であり、クロルヘキシジン以 外に
使用するカテーテルに関する注意点
最近、シングルルーメンだけではなくて、ダブルルーメン、
界面活性剤が入っています。で すから、これを2倍に薄
めても皮膚の消毒には使えません。
また、日本には 独特 の万能壺というものもあります。
トリプルルーメンというのがあります。しかし内腔数が増
どれぐらいの管理をきちんとすればいいのでしょうか。
えれば増えるほど、感染 の率は高くなります。ですから、
アメリカには万能壺はありませんからアメリカのガイドライ
感染管理の観点からはシングルルーメンを使いなさいとい
ンには載っていません。挿入部位を消毒するのに万能
うことがガイドラインに書かれていますが、末梢ラインが
壺の中の消毒綿でいいのか、ということもきちんと考え
とれないから、中心静脈ライン管理する人もいます。その
なくてはいけないでしょう。
人を採血するために、ダブルルーメンやトリプルルーメンを
使わなくてはいけないということも実際にはあるでしょう。
抗菌カテーテルについても問題があります。アメリカ
ポビドンヨードは、酸化還元反応で 殺菌をするもの
ですから、マキシマムの殺菌力を得るために2 分ぐらい
はかかります。俗に乾くまで待つと言われていますが、
で 使われているものには、クロルヘキシジンとスルファ
2分ぐらい待つというのが本当の意味です。それにも関
ジアジン銀でコートされた抗菌カテーテルや、最近は、
わらず、よく見えないから、その上からハイポアルコール
ミノサイクリンやリファンピシン等の抗生物質を塗り込ん
で拭いたりすることがあります。消毒しているのか、消
であるカテーテルがありますが、日本にはありません。
毒していないのか、よくわからない。こういった細かい
ところも本当は見ていなくてはいけないでしょう。
カテーテルの挿入部位について
PICC、末梢静脈から挿入する中心静脈カテーテル
です。アメリカのガイドラインを見ると、鎖骨下に刺すの
局所は剃毛しない。外科手術部位もそうですけど、除
毛するときに刈るのはいいのですが、剃るのはだめです。
剃ると皮膚を傷つけますから、そこにバイ菌が付いて、微
少膿瘍ができて、感染の温床になることがあります。
と同じ位の感染の頻度で、刺すときの機械的な合併症
挿入部位の管理に関する注意もいろいろあります。挿
はこちらのほうが少ない、と書かれており、第一選 択に
入部位の消毒には、2%クロルヘキシジンがないので、ポ
なっている施設も出始めています。ところが日本では、医
ビドンヨードかクロルヘキシジン添加アルコールを使います。
療器具として認定されていますけれども、公定されてい
る価格が非常に高い。1本 1万いくらします。1本刺すた
びに、病院は赤字になるので、普及していません。安
くしようという動きもありますが、よいことだと思います。
ドレッシング
ドレッシングの部分に抗菌薬含有軟膏やポビドンヨー
カテーテルの挿入部位の第一選択は、鎖骨下がよいと
ドゲルは用いないと書かれています。ただし、血液透析
書かれています。しかし穿刺にともなう機械的な合併症は
患者さんでシャントができるまでにカテーテルで管理する
内頸のほうが少ない。内頸は、口に近かったり、あるいは
場合については、ポビドンヨードゲルを使っておいたほ
固定が悪かったりするので、感染は起こりやすいという
うが感染率が下がるというデータがあります。普通のCV
ことはわかっています。鼠径はもう論外ですね。鼠径は
カテーテルについても、最近国内からポビドンヨードゲル
5
を使ったほうが感染率が低かったと Infection Control
ボネートや塩化ビニル等の高分子と反応し、劣化が早
and Hospital Epidemiology 誌に報告されています。
くなるというようなことを 気 にされる方もいらっしゃい
このような報告もありますが、一般的には使用しないと
ますが、実際に患者さんに何か起きたというのは聞いた
いうふうに推奨されています。
ことはありません。
ドレッシングは滅菌されたものを使いましょう。これは
三方活栓はやたら目の敵にされていますが、きれい
フィルム型でも、ガーゼ型でもかまいません。フィルム型
に使えばそれでいいのではないかと思います。三方活
ドレッシングは週1回、ガーゼ 型ドレッシングは週2〜3回
栓から側管注する場合は厳重な消毒操作が必要です。
で交換しましょうと一般的なガイドラインには書かれて
どうしても接続部にデッドスペースができますから、そこ
います。そして交換するときに、清潔な手袋を着用して、
に何か残ってバイ菌が増えたらどうするのかということも
カテーテルに直接触らないようにしましょうと書かれてい
あります。ここもきれいにすると言っても、消毒自体の問
ます。滅菌ではなく清潔な手袋でいいのですが、挿入し
題があったりします。接続部分が増えると、汚染の機会
ているカテーテルに直接触らないでください。
が増えるので、できるだけ一体型を使いましょうと書か
そして、ドレッシングですが、最近は、やはり刺入部
れています。
が観察しやすい透明型のものが好まれることが多いよう
ニードルレスシステムは 感染 防御の目的では使用しな
です。刺入部が見えるという観点からすると、ポビドン
いと、いろいろなガイドラインに書かれていますが、こ
ヨードゲル等を塗ると見えなくなるということもあります。
れはわかりにくいところです。
カテーテル挿入部位の何を観察すればいいかというと、
三方活栓を使わない一体型の点滴で、側管注する
当たり前ですが、赤くないかとか、押して痛くないかと
ときには、いわゆる閉鎖型システムというのがあります。
か、膿がしみ出してないかとか、そういうことを見ます。
アメリカでも閉鎖型のほうがいいのではないかといって、
フィルム型ドレッシングは、ガーゼ 型と比べると、血液
閉鎖型になった時期があります。しかし当時の閉鎖型は、
や汗を吸収する力が弱いというようなことがよく書かれ
後から針で刺すタイプでした。そのため、針を使う機会
ています。汗をかきやすい患者さんなどは、やはりガ
が増えて、職業感染対策が問題になってきたのです。そ
ーゼのほうがいいこともありますが、実 際には日本の
ういった反省から、閉鎖型でもニードルレスシステムとい
病院は 空調が効いていますから、それほど気になるこ
うものを 作りましょうということになり、インターリンクや
とはないでしょう。
シュアプラグ等のタイプが出てきたわけです。
ですから、アメリカでは、三方 活 栓、針を使った閉
ライン
ラインに関する注意点もいくつかあります。輸液セッ
鎖型、ニードルレスという歴史があります。ところが日
本ではそのへんの意識が遅かったものですから、閉鎖
型、イコール、ニードルレスです。だけどほんとはニード
トは週1〜2 回の頻度で交換しましょうということが書か
ルレスと閉鎖型というのは違うものです。最近になって、
れています。中心静脈カテーテルの身体の中に挿入し
ようやくニードルレスのほうが感染症を起こさないので
ているほうの管は定期的に換える必要はありません。交
はないかという論文が出始めていますけれども、あまり
換頻度についてはよく質問されますが、現在の段階で
はっきりしたものではありません。
は 結 論 はまだ 得られていません。 週 1 回で いいとか、
2 週間に1回でいいとか、週に2回でいいとか、いろいろ
な報告が出ています。ガイドラインでは、いろいろな論
文を集めて来ますから、週1〜2回と書いていますけど、
はっきりしたエビデンスはまだありません。
6
インラインフィルター
輸液管理に ついてはまだあります。フィルターで す。
インラインフィルターを使用する、使用しない。アメリカの
輸液ラインとカテーテルの接続部 の消毒には消毒用
ガイドラインは使用しないと書いてあります。日本のガイ
のエタノールを使用しましょうと書かれています。もちろ
ドラインは、科学技術庁が出したものなんかには、はっ
んエタノールも同じで、単包なのか、万能壺なのかとい
きりと使用しなくてはいけないと書いてあります。そのガ
う問題は出てきます。エタノールだと、酒税法で高いで
イドラインに書かれた根拠の部分を読むと、0.22マイク
すから、最近アルコールの消毒は、イソプロピルアルコ
ロのフィルターを使うと、末梢静脈カテーテルの静脈炎が
ールに変わりつつあります。イソプロピルだとポリカー
減ったという報告が書かれています。CVカテーテルにつ
感染管理と医療安全
いては、はっきり書かれていません。
が、やはり半袖というのがポイントです。手は洗います
ここはアメリカと日本では全く状況が違います。アメリカ
から。汚れるのは、だいたい 胸のあたりです。この人は
では普通薬剤部での無菌的輸液調剤の際に、自動輸液
自信があるからエプロンを着けてないようですが、守るの
混合装置があり、ファイナルフィルトレーションといって、
はここを守れ ばよくて、手の方は 洗えばいいわけです。
最終的にフィルターを通して出てきます。すでにフィルター
しかし、本当は何が違うのか。それは、この人は点滴
にかかっているのです。日本のように、病棟で調剤して
する看護師さん、血管内留置カテーテルを挿入する、もし
いるのとはだいぶ状況が違うのです。それでフィルターが
くは管理するトレーニングを受けた医療従事者であると
いるか、いらないか。これは非常にむずかしい問題です。
いうことです。アメリカにはInfusion Nurses Societ yとい
ラインも、他の血液製剤を使ったら汚染されてしまい
う輸液管理をする看護師さんの協会の認定制度があり
ます。中心静脈圧測定というのも、最近は閉鎖式の中心
ます。アメリカでは、小さい病院はもちろん違いますが、
静脈圧測定器もありますが、中心静脈がかかるので普通
大きい病院だと、I Vナーシングといって、静脈ラインを
開けて測ります。これでは、全然閉鎖式とはいえないと
取る専門の看護師さんが何人もいます。日本 のように、
いうようなこともあります。
下手な研修医が「入らない、入らない」
といいながら刺し
脂肪乳剤はバイ菌大好きですから、脂肪乳剤を使った
ら、
フィルターは必ず24時間で換えたほうがいいでしょう。
ているのとは違うのです。認定を受けたプロの人が刺し
ているのです。
そういった状況で 作られたアメリカのエビデンスを日
ガイドラインと現場
本に入れて何の役に立つのでしょう。私は何も役に立
たないと思います。全然状況が違うのです。
ここまでは、ガイドラインに書いてあることはできない
William Jarvisらが報告していますが、看護師さんに対
のではないか、という話ばかりしてきましたが、では、ど
して看護する患者さんの比率が増加していくのは、中心
うすれ ばいいのでしょう。
静脈カテーテル感染症を起こす独立したリスク因子です。
これは、アメリカの看護 師さんがこれから点滴を刺
そうとしている図です(図3)
。
日本のICUは、一応看護基準では1対1配備です。看護
師の配備で、どれくらい中心静脈カテーテルに関連した
血流感染症が増えていくかというと、看護師さんと看護
する患者さんの比が、1 対 1に比 べ 1 対 2では 60 倍増え
るのです。これはどうすればいいのでしょう
そこで、話 が戻ります。パパの嫌いな果物は何でし
ょうか? 日本の医療従事者は、ここでパパイヤと答えろ
と必ず教育されますが、パパによって違う。感染管理は
そういうことなのです。必ずこれがいい。ガイドラインに
書いてある。あの人が言っていた。そんなの病院の事情
によって違うのです。ガイドラインに書かれた、教科書に
書かれたその通りのことができるのか。それを考えること
が感染管理ですね。
図3 カテーテルを入れている様子
どこが日本と違うでしょう。まず、手袋をしている。日本で
ガイドラインとマニュアルとサーベイランス
は、残念ながら、あまり血液に対する恐怖感がないとこ
ガイドラインとマニュアルの関係というのも、日本 では
ろがあって、手袋をしないことが多い。日本の人が手袋を
非常にわかりにくいです。最近は、医療機能評価があり
しないで採血しているスライドをアメリカの人に見て頂くと、
ますから、認定病院になるためには、マニュアルが必要
聴衆が一斉にオーッと驚いていました。その後、タクシー
です。
「どうやって作ればいいのだろう?」
「あ、ガイドライン
の運転手さんは手袋をしていると大 笑いしていました。
があった。ラッキー!」
そのおいしいところをつまみ食いし
駆血帯がディスポだとか、ラフな服を着ているとか、ナース
て、マニュアルにする。それでいいのでしょうか。ガイドラ
キャップをしてないとか、いろいろ細かい違いがあります
インというのは、学会の名の下に、エビデンスといういろ
7
いろな論文を集めて、作られています。それを現場に持
っていこうと思っても、そこには現場の事情があります。そ
正しいことをやっているかどうかを見極める
の通りにはできないでしょう。けれどもマニュアルを作らな
Stephen Covey が「人々とそれを管理する人たちは、
くてはいけない。そうしないと、医療の質の保証ができ
懸命に働いている。どういうふうに懸命に働いているか。
ない。そこで Think globally, act locall y. これです。
物事がきちんとなされているかどうかということを確認す
いろいろなエビデンスや何がいいのかということを考える
るのに、とても一生懸命働いているので、やっていること
ときには、自分の施設の状況 だけ見ていてはだめです。
が正しいことかどうか、正しいことをやっているかどうかを
たしかにいろいろな論文やガイドラインがあるわけですから
きちんと見極める時間はほとんどない。
」
と言っています。
Think globally, 、それでいろいろな知識を増やして
、けれども実際にどのようにするかということは、act locally
現場では、決まったことをきちんとやらなくてはと、
時間に追われて仕事をしているわけです。そうすると、
です。その現場の事情を考えながらどのようにするかとい
自分たちがやっていることが本当に正しいかどうか考え
うのを決めなくてはいけないわけです。ガイドラインと現
る時間がないわけです。サーベイランスというのは、そ
場の事情をひっくるめて作るのがマニュアルです
(図4)
。
れを考える時間を作る行為です。ですから、自分たちが
やっていることはほんとに正しいかどうか。もちろんきち
エビデンス
エビデンス
んとやることは大事ですけれども、本当に正しいことを
エビデンス
エビデンス
エビデンス
エビデンス
Think globally,
れを分かる行為がサーベイランスであるということです。
エビデンス
ガイドライン
やっていなかったら、きちんとやっても無駄なのです。そ
サーベイランスの診断基準
現場の事情
現場の事情
現場の事情
現場の事情
ここで 言いたいのは、きちんとターゲットを絞ってサー
現場の事情
サベイランス
act locally.
マニュアル
図4 ガイドラインとマニュアル作成
ベイランスをしましょうということです。どのようなことを、
何を目的として、サーベイランスするのか、そしてそのサー
ベイランスはどのように重要なのか、ということです。サーベ
イランスも、初めの頃は 敷居が高いのですよ。χ2 検定
そして、マニュアルがきちんとできているかどうか、マニュ
がどうしたとか、やたらややこしそうなこと書いてあります。
アルによってきちんとした医療を患者さんに提供できてい
そこで、国立大学感染対策協議会で、サーベイランス
るかどうか、ということを考えるためには、いつもサーベ
・ツリーというのを作っています。診断のツリーです
(図5)
。
イランスをしていかなくてはいけない。つまり、私たちの
臨床症状
やっている医療行為は正しいかどうか、それを見ていか
あり
なくてはいけないわけです。ガイドラインとマニュアル、
実施
この2 つの間には、たしかに 相反するものがありますが、
私たちは現場で患者さんを診るわけですから、やはり
陽性
そのためには 現場にいかに役立つかということを考え
他感染巣
ていかなくてはいけないのです。私たちはその現場に
いつもいて、そして感染管理をやっているわけですから、
なし
皮膚常在菌1回
あり
なし
あり
(関連なし)
CR - BSI
カテ抜去
実施
非実施
カテ培養 抗生物質
にそれで正しいことができているかどうかというのを
陽性
陰性
チェックするシステムを作る。それが一番大事なことだ
抜去後解熱
抜去後解熱
解熱
CR - BSI
図5
8
陰性
あり
(関連あり)
しかし、その現場の事情におもねるのではなくて、本当
これがぜひ必要だということです。
非実施
他感染巣
その現場 の事情に一番詳しいという利点を生かして、
と思います。それが病院感染症 サーベイランスですね。
なし
血液培養
不変
解熱
CR - BSI
非実施
不変
カテ感染を疑って
抗生物質を変える
カテ感染を
疑っていない
投与後解熱
解熱
不変
CR - BSI
CR - BSI
国立大学医学部附属病院 感染対策協議会によるカテーテル関連血流感染症の
サベイランス診断のための
診断ツリー
感染管理と医療安全
これはサーベイランスをやるためのサーベイランス診断
患者さんがリスクにさらされたということになるわけです
で、臨床診断とは違います。サーベイランス診断というの
ね。これが分母です。のべ千日を使って、どれ位感染症
は、私達がきちんとしたことをやっているかどうかとい
が起きたかというのを見ると、だいたい1 桁になるはず
うのをチェックするために、とりあえず感染症の発症数
であるということがわかっていますから、計算式としては、
を数えなくてはいけないから、この数字で折り合いまし
器具関連感染症発生率=
(器具関連)
感染症の発症件数
ょうというのがサーベイランス診断です。だからとりあえ
/のべ器具使用日数×1,000となります。
ず 現場で決めてしまえばいい。CVカテーテルが入って熱
自治医大では、感染管理基礎データ表というのを作
が出ている人とか、CVカテーテルが入って抗生剤使った
り一応病棟の管理日誌に組み込む形で、必ずCVカテ
人とか、そういうふうに作ってしまえばいいので す。
ーテル、人工 呼吸器、尿カテを何人使っているかという
ただし、そうすると他施設との比較はできません。他
施設との比較はできないけれど、自院できちんとやって
いるかどうかというのは、簡単な定義でできるサーベイ
ランス診断の基準を作ればできます。その基準に基づ
のを全て記録してもらっています(表1)
。
病棟名
年
月
感染管理基礎データ集計表
新入院 退 院 中心静脈ライン 尿道留置カテ 人工呼吸器 手術部における HCV陽性
日 在日患者数
患者数 患者数 留置患者数 ーテル患者数 管理患者数
手術件数
患者数
いて良くなったか、悪くなったかというのを見ていけば
いいはずです。学会発表となれば、いろいろ厳しい意見
も出るかもしれませんが、患者さんのためになることを
やれば私達はいい。サーベイランス診断はそれぞれの
病院でできる診断基準を作ればいいと私は思います。
しかし、何件発生したという数字だけではだめです。
やはり本当に発生率 が下がったのかどうかで見ていか
なくてはいけません。発生件数だけで見ると、さすが
にかなり間違うことがありますので、発生率という言葉
は一応知っておいてください(図6)
。
器具関連感染症発生率
device - associated infection rate
サベイランスの調査期間、患者集団を決定する
分 子 =(部位特異的、器具関連)感染症の発症件数
分 母 = のべ器具使用日数 device -days
調査期間における対象集団の全患者が
器具に暴露された日数
器具関連 (器具関連)
感染症の発症件数
×1,000
感染症 =
のべ器具使用日数
発生率
器具使用率 =
DU ratio
のべ器具使用日数 device - days
のべ入院患者日数 patient- days
図6 感染症発生率の計算(器具関連の例)
*在院患者数と器具使用患者数の記載は毎日24時時点
(準夜勤務帯)
での状況を記載する。
*在院患者数には外泊患者を含まない。在院患者数、器具使用者数などが把握されれば、
病院感染症サベイランスのための適切な分母データとなり、発生率の解析に有用である。
*手術件数は当日に病棟から中央手術部へ送り出した症例数を記載する。
*HCV陽性患者数を把握するにより、針刺し・切創の報告効率を適切に評価することが出来る。
表1 自治医大の感染管理基礎データ表
自治医大は千床を超える病院ですから、3か月で、の
べ 8 3 , 000人
(8月〜10月)
の患者さんが入院しています。
率というぐらいですから、分子と分母があります。分子
その中で人工呼吸器を使っている人がのべ3,000日です
は、特定のサーベイランス期間に、ねらった、たとえばカ
から、一般病棟を含めて4%ぐらいの人が人工呼吸器に
テーテル に関連した血流感染症、あるいは人工呼吸器
つながっている。このような数字を出して頂ければ、これ
を使っている患者さんの肺炎、末 梢静脈を刺している人
を分母にしていろいろなサーベイランスが各病 棟ででき
の静脈炎などです。
ます。たとえばこれだけわかっていれば、血
(液)
培
(養)
分母は、そのねらった器具ののべ使用日数です。例
陽性が何人いた、そのなかでCVカテーテルは何人入っ
えば今日、尿 路カテーテルが入っている人がこの病棟に
ていたというように見ていけば、血流感染者の発生率が
3人いましたと。次の日4 人でした。その次 3人でしたと
だいたいわかる、というようなこともわかってきています。
いうことになると、この3日間では3+4 + 3で、のべ 10人
サーベイランスをやらなくても、こういった器具につな
の人にカテーテルが入っていた。のべ 10カテーテル日、
がっている人が誰かということを毎日チェックして頂くこと
9
で、誰が感染に弱いのか、誰のケアをとくに注意しなく
てはいけないのかということのチェックになります。
サーベイランスは品質改善の第一歩
アメリカのNNIS( National Nosocomial Infections
Surveillance System)
に参加している病院だと、のべ
Define the relevant process
Measure the system, reliable measures
Analyze the results and gaps between current and desired states
Improve processes and validate
Control and monitor the new system
Number
Champions, Master Black belts,
Black belts, Green belts
6 sigma
3.4 DPMO
千日当たり、CVの発生率は5件ぐらいだそうですけど、
こんな数字を知っていても何の役にも立たない。自分の
施設がどうか、それが問題です。サーベイランスという
のは、数字を出すことに目的があるのではまったくあり
Good
Quality of Care
図7
Poor
正規分布と6シグマの考え方
どんなものも、いわゆるベルカーブ、正規分布するだ
ません。サーベイランスというのは、必ず何か良さそうな、
ろうということをまず考えてください。ひょっとすると、病
この医療行為をもっと改善できるのではないかという改
院感染症というのは、この右のたて線が品質管理限界
善案があって、その改善を実際にやってみて、それによ
の下限で、これより品質が悪いような医療をすると病院
ってほんとに結果が良くなったかどうか。アウトカムが良
感染症が起きる、そういうことかもしれない。そうであれ
くなったかどうかというデータを集めて、そしてそれを
ば、私たちが目指すべきなのは、平均点を上げて、標準
解析して、その解析の結果、このやり方が良かったから、
偏差、ばらつきを小さくして、全体のベルカーブをよい方
このやり方にしましょう。このやり方、今ひとつだったか
へ寄せていくことです。
ら、もっと新しいのにアジャストしましょう。あるいは何か
日本では、これまで病院感染症とか、医療事故が起き
良さそうに見えたけど、やってみたらだめだったからやめ
てしまうと、その人を辞めさせたりはずしたりする。事故を
ましょう。そういうふうに考えていく。この間に、医療の質
起こした人を抜いていったところで、全体の質改善にはつ
の保証と、そして医療費がどれくらいかかるかというこ
ながらない。そうではなくて、どうしてそういうことが起
とが計算できれば、非常にいいなということです。
きたのかとか、どういった数値目標にすればいいのか、そう
数えてみなければ、やり方を変えたほうがいいかどう
いったことを議論し合いながら、全体の分布をよい方に寄
かということはわかりません。Peter Drucker は「本当に
せていくようなシステムを作っていかないと、いつまでた
改善したい人、すなわち体系的に目的を持って改善をし
っても、医療安全というのは達成されないと思います。
たい人というのは、どこに機会があるのか、改善の機会
もちろん、正規分布曲線というのは、下につきません
がどこにあるのか、ということからまず解 析 すべきであ
から、この品質管理限界下限の下のところというのは、
る。本当に品質改善を行う人というのは、実はどこにリス
どんなにやっても絶対ゼロにはならないところです。普通
クがあるかということではなくて、どこに改善の機会が
の品質管理というのは 3シグマというふうに言われていま
あるかということにフォーカスを当てて、非常に保守的で
す。これは一定の所から標準偏差の3 倍ぐらいのところ
ある。
」
と言っています。さらに「もちろん新しいことを始
で不良品が出るというような品質管理で、100万回機会
めるのには、それ相応のリスクがありますが、品質改善、
があると、100万回の機会で、66,811個、6%から7%位
医療改善を行わずに、いつまでも昨日にしがみついてい
の不良品が出るということです。
ることの方がもっと危ない。
」
とも言っています。
実 際、病 院 感 染 症というのは、急性期病院で調べ
私が病院感染制御の話をするに至った一番大きなき
ますと、だいたい5%から10% 位と言われています。と
っかけは、2 0 0 2 年にナッシュビルで行われたAPICで
いうことは、私たちの品質管理は 恐らくまだ 3シグマで
聞いた話です。APICというのは、アメリカの感染管理
す。6シグマというのは、この特定のところから標準偏差
の専門家の集まりで、基本的に看護師さんたちで運営
の6 倍ぐらいのところからが 不良品であるというような
をされている大きな団体です。
品質管理をしましょうというものです。これはアメリカで
そこで、Georgia P. Dashさんの会長講演で、患者の
すと、モトローラとか、ジェネラル・エレクトロニクス、日本
安全を守るためには、6シグマの考え方が大事だという
ですと、ソニーとか、マツダとか、そういった企 業が 取
話を聞きました
(図7)
。
り入れたことで 有名になった品質管理の処方ですが、
6シグマで不良品が出るということになりますと、100万
10
感染管理と医療安全
件当たり3.4 件の不良品しか出ない。病院感染症でこ
調査の結果をお話しします。1970年代にアメリカでは大
れを達成するのは 非常にむずかしいと思いますが、待
きなS ENIC スタディという研究がありまして、病床250
機的な手術の麻酔科の事故は、10万件当たり1件以下
床当たり1人感染管理を専任で行っている人を置けば、
と言われていますから、5.7シグマ位。ほぼこのレベル
病院感染症は 減るということが報告されています。この
に達しています。そうであるならば、われわれは 感染管理
NNISに参加している病院で、250床当たり1人いる病
でこれを目指さなくてはいけないということです。
院が96%です。中央値は115床当たり1人です。レンジ
やり方はいろいろ書 いてあります。病院全体でいろ
いろなシステム作って、そのプロジェクトリーダーを決めて、
を見ると、21 床当たり1人とかから始まるのですが、一
番恵まれない病院でも382 床当たり1人です。
プロジェクトリーダーに教育をして、そのプロジェクトリー
日本国内で、複数の人が専任で感染管理をやっている
ダーに下から順にグリーンベルト、ブラックベルト、マスタ
病院というのは非常に少ない。認定の専門コースを取られ
ーブラックベルト、チャンピオンというふうな称号を与えた
た方ですら、専任でなかったりするというような状況が日
チームを作りましょうという話ですけど、緑帯、黒帯、師
本にはある。
ちなみに、専任者の実際に働いている時間の
範代でしょ。これは、もともとトヨタのシステムです。そう
内容を調べたところ、サーベイランスを含む病院感染対
いった日本からできたもので、なんとか 帯というような
策に週40時間のうちの68%を費やしているという結果が
考え方まで 残しているようなシステムを、アメリカでは、
出ています。残りのうち、20数%は職業感染対策に費や
企業から医療に広がろうとしているのに、どうして私た
されており、ほぼ専任であることは間違いありません。
ちはこれを知らないのでしょうか。
医療過誤にも、うっかりミスったのか、やるのを忘れた
のか、初めから全然あさってのことをやっていたのかとい
背景を示すために、入院の100床当たりの医療従事
者の数を比較してみますと、
日本は平均が医者12名、看
護師42名です
(図8)
。
う間違いもあるわけですよ。誰が間違ったかというアクティ
Healthcare Workers per 100 Inpatient Beds
ブなエラーだけではなくて、そのエラーを許すような病院
250
のシステムですね。そういったことまでチェックしていかな
200
いと、医療事故というのは減りません。もちろんヒヤリ・
150
ハットとか、インシデントリポートで、いろいろな情報を共有
100
して、そしてその情報によって医療を改善するということも
50
大事ですが、それだけではなくて、もっと細かいところま
0
で品質を改善するということをやっていかなくてはいけな
い。そのための第一歩がサーベイランスだと思うのです。
197
Nurses
Physicians +
Surgeons
93
64
36
US
図8
Germany
42
12
Japan
OECD, Health Data
1998
入院100床当たりの医療従事者数の比較
Emor y 大 学の Dr. William Jar v is は、2002年の
アメリカは、平均値で 100床当たり医者60名、看護師
A PICの集会で言いました。誰が失敗したとか、そう
が197名と日本の5倍います。ただし、これはちょっと数字
いうようなことばかり言っているのは、叱責の文化であ
のトリックがありまして、実際には人口当たりの医療従事者
る。いじめである。そうではなくて、みんなでどうして
数はそんなに変わらない。日本のほうが人口当たりのベ
そのエラーが起きたのか。そのエラーを許したシステムは
ッド数が多いからです。多少そういった事情はありますが、
何なのかというのを考えるのが安全文化であると。
しかし同じようなシステムを同じように導入して、同じよ
うにやるというのは無理だということは、これでご理解
職種、施設をこえたネットワークで、
日本のシステムにあった感染管理を作り上げよう
頂けるかと思います。これはAPICの写真です(図9)
。
アメリカにはNNIS( National Nosocomial Infect ion
Sur veillance)
というシステムがあり、国家プロジェクト
として病院感染症がどれくらい起きているかというサー
ベイランスを実施していて、いま全米の50州で 315病院
が参加しています。
1999 年のNNISに参加していた285病院のアンケート
図9
APIC(2002)の風景
11
感染管理と医療安全
感染管理をやっている看護師さんたちは非常にアクティ
ブで、アメリカでは、そういった 専門性に対する敬意が
ありますから、医療器具の購入について決定権がありま
ださい」
というふうにメールをいただきました。みんなで
頑張ってやりましょう。
感染管理というのは、1人でできることではありません。
す。そうすると、看護師さんたちが集まるAPICには、こん
サーベイランスを中心に、誰かが音頭を取らなくてはいけ
なに企業展示が出展され、見本をくれとか、もっと安く
ないのですが、1人でできるわけがありません。250床当た
したら買ってやるとか、いろいろな話をずっとしているの
り1人いても今の日本の状況ではたぶん無理です。そして、
です。私はこれを見て非常に悲しくなりました。どうす
現状では、250床当たり1人にすらなっていない。そうである
れば日本がこんな状況になるのだろうかと思いました。
ならば、みんなで 仲良くやらないとしょうがない。横断的
しかし、アメリカがすべていいというわけでもありません。
に感染制御チームをもう作られている病院はおわかりだ
これは、NNISに参加している病院のICUで薬剤耐性菌
と思いますが、これまでは他の職種の事情がわからなかっ
がどれ位いるかというデータです(図10)。
た。互いに、情報交換する場が非常に限られていました。
実はアメリカでは黄色ブドウ球菌のうち、メチシリン耐性
しかし、ICTを作ったり、感染管理をやることによって、他
菌つまりMRSAが1994 年から98 年には、ICUでも40%
の職種の事情がお互いにわかるようになってきました。た
位でした。日本は、ご存じのように、一 般病棟でも7割か
ぶん成功したICPの方たちはそういうふうに感じていると
ら8割は M RSAです。しかし、アメリカも、99年に50%を
思いますが、そうすれば、感染管理だけではなくて、医療
超え、現在は60%をにらんで 推移しているという状況で
の質全体の向上につながることは間違いないと思います。
す
(図10 Methicillin /
)
。
やはり感染管理にこ
れだけ人を割いても、抗生物質の過度の使用や ICUから
の非常に早い退院などの問題があれば、当然減らない
ということです。
まず 数えましょう!
私たちは、アメリカのように感染管理ができないから
また腸球菌のうちのバンコマイシン耐性についても、
アメリ
というようなことで、恥じる必要はまったくありません。
カのICUでは、3割位はVR Eです
(図10中 Vancomycin
医療従事者の数が違いますし、元々のシステムが違うわ
/enterococci)
。
もう珍しいことではなくなっています。日本
けですから、同じことをまねしようとするのは無駄です。
ではVR Eはまだ200 件ぐらいしか出ていないはずです。
けれども、きちんと数字に基づいて、本来品質管理とい
システムの遅れはたしかに30年超えていますけれ
うのは日本のお家芸だったわけですから、それをきちん
ど、素質ではもう10 年か、20年は簡単に追いつけます
と医療の業界に持ち込んで、いかに患者安全を保つか
ので、あと10 年頑 張れ ば、アメリカ並みの感染管理は
ということを考えていきましょう。
できるはずです。私がアメリカでパトリシア・リンチさん
今日のメッセージは、まず数えましょうということです。数
に、
「ぜ ひ日本でもそういった人的資源が限られている
えることによって品質保証をしましょう。これから後半で、具
ので、みんなでネットワークを作って、いろいろな情報交
体的ないろいろな施設の話、土井さんの話も含めて、建
換をしながら、助け合いながらやっていきたい」
と言った
設的にどうしていけばいいかということを皆さんと一緒に
ら、
「極端に限られた人的資源であっても、頑張ってく
考えていきたいと思います。ご静聴ありがとうございました。
図10 NNIS参加病院のICUにおける病原菌の薬剤耐性の割合
12