動物園の獣医学

動物園の獣医学
木戸伸英(公益財団法人横浜市緑の協会
金沢動物園)
まず動物園の獣医学を考える場合、動物園の歴史的背景を理解する必要がある。そ
うすることで、動物園で働く獣医師の役割を理解することができると考える。動物園
の歴史を顧みた場合、始まりは紀元前数千年までさかのぼる。恐らく人類は自分たち
とは異なる生き物に対して、少なからぬ興味や関心を持っているのだと思う。その後
18 世紀に現在の動物園の試金石になる施設がヨーロッパ各地に設立され、動物園は
様々な野生動物を学術的に研究する施設として変貌していった。第二次世界大戦以降
は世界各地で絶滅に瀕した野生動物を絶滅の危機から防ぐために、動物園はノアの箱
舟のような役割が期待されるようになった。以上の歴史的背景から、現代の動物園は
主に以下の 4 つの役割が期待されている。①レクリエーション、②調査・研究、③種
の保存、そして④教育・普及の役割である(日本動物園水族館協会 HP より)。
このような動物園で働く獣医師は、動物園で飼育される動物を健康で生き生きとし
た状態に保つことで、見に来た人に満足してもらい、学術的に貴重な情報を集め、そ
して希少な野生動物を絶滅の危機から救う事に貢献することが重要な役割になる。そ
のために多様な知識や能力が必要とされる。動物園で対象となる動物は哺乳類、鳥類、
爬虫類、あるいは両生類や魚類に及ぶ場合もある。また、臨床だけでなく解剖、繁殖、
感染症、餌、あるいは飼育環境に関する知識も必要だ。しかしながら、その基盤とな
るべき技術や知識を体系的に学ぶ機会はほぼない。働き始めてから実際の症例を経験
し、様々な失敗を重ねつつ学習するしかないのが現状である。
動物園で働く獣医師は、飼育動物の状態が悪化した場合に様々な課題に直面しなが
ら診療を進めるが、課題の原因は主に以下の 4 つに起因すると考えられる。①動物が
特徴的な症状を示さない、②必要な検査が十分にできない、③検査ができても明瞭な
所見が得づらい、そして④経験できる症例数が極端に少ない。また、書物やインター
ネットを駆使して調査をしても、自分が直面している問題を解決するのに必要十分な
情報を得ることが難しい。このような状態が続いていては、動物園の獣医学の将来の
発展はない。今動物園で働く獣医師がしていかなくてはならない重要なことは、もが
き苦しみながら得られた知見を少しでも世の中に公表し、後に続く人たちが同じ苦し
みを味わわないようにすることだと考える。つまり、荒野に道を作り、次の人が歩ん
で来られるようにすることが大切なのであろう。
以上のように、動物園の獣医学は多様な動物を相手に、幅広い学問分野の知識を基
にし、様々なアウトプットを行いながら仕事を進めていく、学際的分野だと理解して
頂けるとありがたい。