語の関連性の可視化が英単語学習に及ぼす影響について ―WordNet を取り入れた英和電子辞書システムの構築と検証― キーワード:英単語学習,電子辞書,WordNet 情報コミュニケーション教育研究領域:日橋 直昭 ■背景 たとえば,単語 guzzle(がぶ飲みする)を,辞書を使用して学習する 電子辞書市場の拡大,印刷辞書市場の縮小が進み,印刷辞書か ことを考える。印刷辞書では,多数の項目が提示されるが,目的の語 ら電子辞書への移行が進んでいる。電子辞書が登場した当初は,価 である guzzle 以外の項目は,学習者に対してどのような影響を与えて 格の高さもあって利用するのは,通訳者・翻訳者・教師など,英語のプ いるかは,一概に説明できない。一方,WordNet のような仕組みを持 ロ・ユーザが主体であったが,価格の低下に伴って,今日では中学や ったでは,提示される項目は限られる,guzzle と関連のある項目が提 高校,大学の教室でも多くの学生が電子辞書を使うようになってきて 示される。もし,学習者に guzzle に関連する drink(飲む)という知識を いる。現在,ユーザ層の急激な拡大とともに,最も身近な学習ツール 持っていれば,それと guzzle が結びつく。単語 drink がきっかけとなり, となりつつある。電子辞書はますます普及していくと考えられる。デジ 単語 guzzle がより安定した記憶・知識となる。印刷辞書は,表示できる タルメディアを使った学習の検討は,今後各メーカー,各研究機関に 語は多いが,既有の知識と結びつく可能性は低く,WordNet は,表示 とって重要な課題となっていくと考えられる。 できる語は少ないが,既有の知識と結びく可能性は高いといえる。電 子辞書のような限られた表示領域において,有効な一覧の方法となり ■目的 得るであろうと考えた(図2)。 本研究は,有効な電子辞書システムの構築を目指すことを目的とし 以上をふまえて,WordNet の導入が,限られた表示領域において た。まず,電子辞書を使用した学習の効果を検討し,その有効性や問 効果的な一覧性を実現し,それが語彙の定着と記憶保持につながる 題点を探り,新たな提案を行うことを1つ目の目標とした。提案に沿っ との仮説を立てた。この仮説のもと,システムを制作し,実験によって た電子辞書システムのモデルを制作し,その学習効果の検証作業か その効果を検証することとした。 ら提案の有効性を計ることを2つ目の目標とした。 ■電子辞書を対象とした先行研究 電子辞書に関する先行研究の結果を考察したところ,電子辞書の 学習効果に対し,以下のことが指摘できる。 ・短時間での語句の検索が可能である ・語彙の定着・記憶保持に明らかに効果的とはいえない ・本文内容の理解度を促進する可能性が指摘できる ・一覧性の改善が求められる 図 1 新しく学ぶ知識と既有の知識の結びつき ■提案システムで実現する機能 前項で,電子辞書の学習効果に対する4つの考察を挙げた。これら のうち,改善が求められるであろう次の2点, ・語彙の定着・記憶保持 ・一覧性 これらを向上・実現することが,本研究の提案システムが実現すべ き機能であるとした。 ■WordNet の導入 提案するシステムが実現すべき機能として,「語彙の定着・保持の 図 2 印刷辞書での項目の提示と WordNet での項目の提示の違い 向上」「一覧性の実現」の2つを掲げた。しかし,「一覧性」について, 印刷辞書と同等以上の一覧性を実現するためには,大型画面の採用 ■提案システム(WordNet 辞書) が必須となる。電子辞書のような限られた表示領域で有効な一覧性を WordNet を取り入れた電子辞書システムを,本研究における提案 実現するためには別のアプローチが必要であると考えた。そこで,本 システムとした。ただし,現状の WordNet は,文字情報を羅列するの 研究ではその問題を解決するために,WordNet というデータベースを みで,実用的とはいえず,そのまま利用しても期待するような効果は 導入することとした。 得られない可能性がある。そこで,図形を使用し,関連のある語が一 WordNet は,米国プリンストン大学の認知科学研究所で開発された 覧できる表現を用いてシステムの制作を行なった。制作するにあたり, 英単語の語彙データベースである。英単語の定義や他の語との関係 実装することを最優先し,ウェブ技術である Adobe Flash,PHP ,XML 性が記述されていて,データベース内で語彙のネットワークが構成さ を使用した。システムは,これらの技術からなるウェブアプリケーション れているというものである。WordNet データベースは BSD ライセンス として構築し,ウェブブラウザで実動する(図3)。なお,WordNet デー によって公開され,自由にダウンロードして用いることができる。また, タ内の単語の語義にあたる部分は翻訳を行なった。WordNet は英語 WordNet データベースはオンラインで参照することもできる。 の語彙データベースであり,一種の英英辞典である。本研究では,英 和電子辞書システムの構築を目指すため,語義部分は翻訳し,英和 ■WordNet の認知心理学的な妥当性 辞典として稼働するようにした。翻訳の際,ジーニアス英和辞典[第3 学習において,新しく学ぶ知識は,学習者の既有の知識と関連づ 版](大修館書店)における語義を導入した。以上の,WordNet を取り けられることによって,より安定した知識や記憶となるといわれている 入れ, 語の関連性を示す電子辞書システムを,これ以降「WordNet 辞 (図1)。 書」と称することとした。 答率の差の間に相関関係が認められた。「おぼえやすさ」の因子得点 と「正答率の差」の相関は,図5のようになった。これは,WordNet 辞書 の正答率が電子辞書の正答率より高く,その差が大きいほど「おぼえ やすさ」の評価点が大きいこと,つまり WordNet 辞書に対し,「おぼえ やすさ」を感じた学習者ほど語彙テストの正答率が高かったことを裏 付けている。なお,他の因子得点と正答率の差との間に,相関は認め られなかった。 【インタビュー調査について】 2人以上から得られた意見を中心に考察を行った。その中から,特 に,次の2つの意見に注目した。 ●WordNet 辞書は長期的な勉強に適しているのではないか 図 3 制作した「WordNet 辞書」の画面 ●スピーキングの学習にも適しているのではないか 語意テストの結果と分析より,WordNet 辞書の方が,語彙の定着が ■検証実験 長く持続していることが示されている。この結果は,学習者自身も実感 制作した WordNet 辞書について,その効果を検証するために語彙 テスト,質問紙調査,インタビュー調査を実施した。 学習者(実験参加者)は,大学生及び大学院生で計 36 名(男性 25 名,女性 11 名)であった。学習者の条件として,日本語を母国語とし, していることであると見てとれる。また,英単語学習以外にも有用であ る可能性を指摘できる。長期的に,さらに,さまざまな用途での利用と 検証を行なえば,英単語学習以外での WordNet 辞書の可能性を確 認できると考えられる。 日常的に電子辞書を使用している者とした。 学習する英単語は,すべて動詞とし,ジーニアス英和辞典による重 要度の4ランクの内,「C:大学生・社会人に必要な語」「D:C に次ぐ頻 度の語」の中から選出した。選出にあたって,それらの語が,学習者 の未知語となるように留意した。 WordNet 辞書は,制作したモデルをもとに,実験用のサンプルを作 成した。表示される関連語は最大3語とした。比較の対象とする電子 辞書は,市販の電子辞書(CASIO Ex-word XD-R1300)を使用した。 語彙テストでは,学習する英単語は,紙面で提示した。また,「意 味」を問う問題はその英単語を提示し,「つづり」を問う問題は日本語 の意味を提示し,それぞれ解答させた。テストの形式はペーパーテス トとし,学習の直後と,学習から1週間後に実施した。なお,学習と語 彙テストについては,カウンターバランスを取った。 質問紙調査では,学習者に「WordNet 辞書は従来の電子辞書と比 較して 図 4 試験時期の違いと語彙テストの正答率の平均 」という視点で,21 項目(5段階評価)からなる質問紙によって, WordNet 辞書を使用した学習を評価させた。 インタビュー調査では,学習者に電子辞書や WordNet 辞書の使用 や,それらの辞書を使った学習について感想や意見の聞き取りを行 なった。 ■実験結果の分析と考察 【語彙テストについて】 語彙テストの正答率の平均に有意な差があるかを検定するために, 「試験時期」と「辞書」の2要因の反復測定分散分析を行なった。 分析の結果,電子辞書と WordNet 辞書のどちらも,使用の直後で 図 5 試験時期の違いと語彙テストの正答率の平均 は正答率に差はないが,学習の1週間後では,WordNet 辞書の方が, 有意に正答率が高いことが確認された。試験時期の違いと正答率の ■結論 算術平均をグラフ化したものを図4に示す。この結果から,WordNet 辞 英単語学習において,本研究で制作したシステム「WordNet 辞書」 書を用いた学習の方が,長く学習効果が持続しており,語彙の定着・ は,検証実験において,「学習の直後では,従来の電子辞書と同等の 記憶保持に関して有効であるといえる。 語彙の定着と保持」「学習の1週間後では,従来の電子辞書を上回る 【質問紙調査について】 語彙の定着と保持」の効果が得られた。それらの結果から,「語の関 学習者 36 名の 21 項目の評価得点から因子分析を行ない,主因子 解を求めた。固有値が1以上の5因子までを抽出した。寄与率の合計 は,68.31%であった。5つの因子を「おぼえやすさ」「魅力」「くり返しや すさ」「操作性」「身体的負担」と名付けた。 係性を示す一覧の方法が,語彙の定着と保持に有効である」と確認で きた。以上を本研究の結論とする。 なお,本研究で制作したシステムでは,語の関係性や辞書の内容 の表現については,ひとつの表現しか用いていない。それらの表現の 因子分析によって抽出した因子について,それぞれの因子が語彙 妥当性の検討が,今後,別に求められるであろう。また,WordNet 辞 テストの正答率と,どのような関連があるかを調べた。なお,学習者に 書に対し,機能の充実や GUI の改善,慣れや日常的な利用が学習者 は,「従来の電子辞書と比較して 」という視点で WordNet 辞書の評 から求められた。これらのことから,WordNet 辞書の機能が製品に組 価をさせ て いることから, 各学 習 者の因 子得 点と正 答率 の差 み込まれた場合や,長期間にわたり使用する際の検証が必要である (WordNet 辞書使用時の正答率から電子辞書使用時の正答率を引い と考えられる。 たもの)に着目して相関を調べた。 その結果,各実験参加者の因子1「おぼえやすさ」の因子得点と正
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