アナログ実験教材とデジタルコンテンツ教材の複合

科教研報 Vol.23 No.5
アナログ実験教材とデジタルコンテンツ教材の複合的活用による
中学校での火山学習
Experimental study on volcanoes with combined use of analog volcano models and digital
contents at the junior high schools
東條文治 1・多和田有紗 2・石原里佳 3・川上紳一 2・武藤正典 4
B.Tojo1, A. Tawada2, R. Ishihara3, S. Kawakami2, M. Muto4
1
3
Nagoya University of Arts, 2Gifu University,
Takatomi Junior High School, 4Nagara Junior High School
[要約]火山の学習に利用できる,日本やハワイの火山に関するデジタルコンテンツを開
発すると同時に,火山噴火のアナログモデル実験教材を開発した.アナログモデルでは,
火山灰と溶岩流の両方を複数回発生させることができ,火山活動の繰り返しとそれによる
火山体の発達を再現できる.このモデルを用いて火山活動に関する実験を行うにあたり,
伊豆大島,ハワイなどの火山映像のデジタルコンテンツを活用して,事象提示と課題づく
りを行った.火山活動と地層の形成,火山体の成長という2つのテーマで,中学校理科授
業を行い,学習過程を分析した.デジタルコンテンツを利用した事象提示・導入において,
対象とする火山や火山現象の画像の選択によって,生徒のアナログモデル実験の意味づけ
に違いがみられ,事象提示が観察の観点や考察に大きな影響を与えることが示された.中
学校での火山の学習を深めるには,指導する教師の火山に関する深い理解が重要である.
【キーワード】火山学習,デジタルコンテンツ,実験,中学校
れている.こうした実験では,粘性をもつ
1. はじめに
地学事象の学習は,野外で直接観察でき
流体がよく使われるが,短時間で硬化する
ない内容が含まれており,実感をともなっ
歯科用印象材を用いると,授業時間内に火
た理解へと生徒を導くには,実験や観察の
山体や溶岩流の断面を切断して観察できる
方法について工夫が必要である.本研究で
といったメリットがあることが示されてい
は,火山活用や火山地形について,日本や
る(桑井,2004;堤,2004;吉田・加藤,
ハワイの火山を現地見学し,画像やビデオ
2005).本研究でも歯科用印象材を用いた
映像などのデジタルコンテンツを開発して,
火山のモデル実験教材の開発しているが,
授業で活用できるようにした.また,生徒
先行研究との大きな違いは,火山活動と地
が火山について主体的な学習ができるよう,
層の形成の関連性,火山活動による火山体
溶岩流の流出や火山灰の噴出を模擬したア
の成長をテーマにしており,こうした内容
ナログ実験器具を開発した.
が授業の課題となるように,適切なデジタ
ルコンテンツを用いていることである.
これまで火山に関する学習では,マグマ
本研究では上記のテーマについて,2つ
の粘性と火山の形を調べる実験が広く行わ
21
の中学校で授業を行った結果をもとに,ア
ず伊豆大島を模擬した火山体模型を紙粘土
ナログ実験教材とデジタルコンテンツ教材
で製作し,固まってから表面は地表に類似
の複合的活用による授業実践のあり方につ
した色を塗り,さらにニスを塗って火山体
いて検討した.授業導入時におけるデジタ
模型は繰り返し使用できるものにした(図
ルコンテンツによる課題の設定によって,
1).火山体模型の大きさは,30cm×30cm
同じアナログ実験を使っても,生徒の火山
の箱に収まるようにし,流れ出した溶岩流
に対する見方や考え方が異なることが読み
や火山灰が周囲にあふれないようにアクリ
取れた.このことを踏まえて,アナログ実
ルの板で囲った.
験教材とデジタルコンテンツ教材の幅広い
火山学習への活用の可能性について検討し
た.
2.火山噴火モデル
火山噴火のアナログ実験については,火
山の火口から流出する溶岩流や火山灰の降
下を模擬したものがいくつか報告されてい
るが,これまでは溶岩流と火山灰の実験に
図1.火山噴火のアナログ実験教材.
ついては別の実験として分けて行われてい
る(桑井,2004;堤,2004;吉田・加藤,
2005).しかし,今回の研究目的のひとつに,
火山活動と地層の形成を関連付けることが
A:火山体モデル.B:火山体の下から
印象材を絞る様子.C:歯科用印象材を
入れた溶岩流キット.D:パウダーを入
れたペットボトルとストローで作った
あり,溶岩流と火山灰それぞれが結果とし
火山灰キット.
て地層に積み重なることを強調するための
(2)溶岩流キット
火山噴火モデルについて,工夫を行った.
溶岩流の実験には歯科用印象材を用いた.
今回開発した火山噴火モデルの特徴は,噴
火口からの溶岩流と火山灰の降下の両方を
粉末状の印象材を水に溶かすと粘性を示す
発生させることができる点である.溶岩流
流体となり,1 分程度で硬化するので,火
と火山灰の降下の繰り返しによって,地層
山のモデル実験に向いている.硬化後はゴ
が積み重なって火山体が成長していくよう
ムのような状態になり柔軟に変形させるこ
すを再現できることが,火山活動と地層の
とができるので,モデルの火山体模型から
形成を関連付ける上で必要である.
の取り外しも容易にでき,切断して断面を
見ることもできる.授業における実験では
絵の具で色をつけた水に印象材を溶かし,
(1)火山体模型
開発した溶岩流と火山灰の降下のアナロ
色を変えて溶岩流を繰り返し流出させるこ
グ実験は,1つの火口を持つ火山体模型上
とによって1回ごとの溶岩の識別も容易に
でそれぞれ繰り返し行うことができる.ま
出来た.
22
2006 年 11 月の伊豆大島の調査では,山
(3)火山灰キット
火山灰の実験については,ジオラマパウ
頂の三原山カルデラ内,北西山腹の割れ目
ダーをペットボトルに入れ,側面からスト
噴火口の調査を行った.ここでは,山頂か
ローで空気を送り込み火口から噴出させる
ら繰り返し溶岩が流れ出したことに注目し,
器具を作成し使用した.火山灰は溶岩流よ
噴火の繰り返しを説明する場面で使用でき
りも広域におよぶため,モデルの火山体模
る露頭や火山地形を撮影した.また,伊豆
型全体に降り積もらせることを考えると細
大島の南西部に位置する地層大断面の露頭
粒の素材が適している.ジオラマパウダー
では,多数の火山灰層と谷状地形の部分に
も複数の色があり,噴出ごとの識別が可能
流下した溶岩流のようすを撮影した.図2
となっている.
に,伊豆大島についてのデジタルコンテン
ツの一部を示す.
2007 年 1 月のハワイ島の調査では,キラ
3.火山に関するデジタルコンテンツの開
ウエア火山の火口と溶岩流,マウナロア火
発
火山噴火モデルを活用した探求活動を進
山の溶岩流,さらにマウイ島のハレマウマ
めるには,このモデルを用いて何を探求す
ウ火口の調査を行っている.図3にハワイ
るのか,実際の火山でみられる事象との関
諸島の火山についてのデジタルコンテンツ
係性を明確に示す必要がある.そこで,2005
の一部を示す.これらの調査および,その
年 8 月に三宅島,2006 年 11 月に伊豆大島,
他の日本の火山についての溶岩流や火山地
2007 年 1 月にハワイ島において,火山地形
形に関するデータを集めて,
「理科教材デー
や溶岩流,火山灰層などの調査を行い,授
タベース」に掲載している.
業で活用できる画像やビデオ映像を取得し
た.
図3.ハワイ島の火山に関するデジタル
コンテンツの例.A:キラウエア火山の
図2.伊豆大島の火山に関するデジタル
火口とマウナロア.B:キラウエア火山
コンテンツの例.A:伊豆大島南西部の
のイーストリフトゾーンから流出した
道路に面した地層大断面の露頭.B:三
溶岩流.C:キラウエア・イキのスコリ
原山カルデラ内の 1986 年の溶岩流.
ア丘.D:パホイホイ溶岩の表面
C:1986 年の山頂噴火の噴煙.D:三
原山火口の火口壁.
23
約 20 分間にわたる実験活動のあと,実験
4.授業実践
今回開発したアナログ実験教材とデジタ
で気づいたことを挙手で発表させ,わかっ
ルコンテンツ教材の複合的活用による中学
たことをまとめた.また,実験結果を記録
校での火山学習の授業実践は,2006 年1月
するカードに実験結果と気づいたことを記
に岐阜市立長良中学校(多和田ほか,2007;
入させた.
多和田ほか,2009)と 2007 年 2 月に山県
実験後の発表では,次のような発言があっ
市立高富中学校(石原ほか,2009)で行っ
た:
(1) 溶岩流は毎回同じところを流れると
た.長良中学校での実践では,主に地層の
は限らない
形成と火山活動を関係付ける導入を行い,
(2) 溶岩流は火口付近だけだが,火山灰は
高富中学校での実践では,主に火山の形態
と火山活動を関係付ける導入を行っている.
火口から遠いところにも堆積した
(3) 溶岩流や火山灰で地層ができるのに,
(1)長良中学校での実践
時間がかかっている
第1回目の授業実践は単元「大地のつく
(4) 溶岩流によって山が成長して大きく
りとその変動」は全 20 時間とし,火山活動
と地層の形成をテーマにしたモデル実験は,
なった
地層と火山の学習を終えた第 7 時間目に当
こうした発言は,前時までの学習内容に
てた.本時の授業では,伊豆大島の地層大
は含まれていないことがらである.(1)や(2)
切断面で撮影した火山灰層を提示し,地層
は,火山活動によってできる地層の空間ス
がどのようにできたについて生徒たちの考
ケールによる違いに気づいている.(3)は地
えを発表させた.地層を構成しているもの
学現象の時間スケールに関する発言である.
が火山灰やスコリアであることを三宅島で
また,(4)は火山の形成発達に関わる重要な
採取した火山灰やスコリア標本を与えて考
概念を述べている.
えをまとめるヒントとした.生徒たちは火
(2)高富中学校での実践
山灰やスコリアで地層ができていることか
第2回目の授業実践は単元は全 15 時間
ら火山活動によって地層ができたという考
とし,火山噴火モデルを用いた実験は,火
えをもった.こうした考えを確認したあと,
山活動と地層の学習を終えた第 9 時に当て
火山模型,溶岩流キット,火山灰キットを
た.グループごとに火山のモデル実験させ
提示して,各グループで火山からの溶岩流
る授業(第 9 時)では,
「繰り返し火山活動
の流出や火山灰の放出を模擬する実験を行
が起こると,火山はどのように変化するだ
うよう促した.実験の仕方の説明は口頭で
ろうか」という課題とした.この課題への
簡単にし,詳しくは実験方法を解説したプ
導入としては,ハワイのマウナロア火山の
リントを配布した.グループごとに,溶岩
遠景画像や,キラウエア火山から流れ出し
流キット 4 個と火山灰キット 4 個を使って,
た溶岩流地形を提示した.溶岩流地形の画
溶岩流や火山灰の噴出を交互に行って,溶
像には,先行するパホイホイ溶岩が流れた
岩流や火山灰がどのように形成されるかを
あとに,粘性の高いアア溶岩が流出してい
調べていった.
ることが読み取れるもので,溶岩流が繰り
24
返し流れているという事実をつかませるこ
教材の複合的活用による中学校での火山学
とに用いた.その後,溶岩流と火山灰を繰
習について2回の授業実践の比較によって,
り返し火口から噴出させる実験を起こった.
デジタルコンテンツによる導入の内容によ
生徒のノートの記録からは,次のようなこ
ってアナログ実験による学習効果に違いが
とを気づいたことが読み取れた.
あることが読み取れる.第1回目の授業実
(1)溶岩流は毎回流れるところを変えなが
践では導入で伊豆大島の地層大切断面で撮
影した火山灰層を提示し,火山活動によっ
ら,火山全体に溶岩が流れる
(2)だんだんと上から見たときの面積も増
て地層の形成が形成されるのではないかと
えている
いう考えを持った後に火山のアナログ実験
(3)傾斜のきついところには厚い溶岩の層
を行った.一方,第2回目の授業実践では
ハワイのマウナロア火山の遠景画像や,キ
はできない
(4)火山灰は広く,全体的にとんでいった
ラウエア火山から流れ出した溶岩流地形を
また,生徒の抱いた疑問には,次のよう
提示し,火山は溶岩の積み重なりによって
なものがあった.(A)2回目の溶岩が噴出口
形成したものであるのではないかという考
をふさいでしまったため,3回目の溶岩が
えを持った後に火山のアナログ実験を行っ
出ず,つまってしまった.実際につまって
ている.
しまうことはあるのか.(B)1回目の溶岩と,
実験によって生徒が観察結果としてあげ
2回目の溶岩の間に3回目の溶岩が流れて
たものには,共通するものとそれぞれの授
いる.実際にこのようなことがおこるのか.
業実践で特徴的なものがあった.これは導
(A)については,山頂のカルデラの形成と
入によって明確にされた課題が異なること
関係している.伊豆大島の 1986 年の活動で
が関係していると考えられる.第1回目の
は,山頂のカルデラからマグマがあふれ出
授業実践では地層の形成に関する観点での
したが,マグマのレベルが下がると,火口
観察,第2回目の授業実践では火山の成長
の下には空洞ができ,やがて陥没して新し
についての観点が多くあげられた.一方で
いカルデラが形成されている.この疑問に
どちらにも共通する観察結果は,今回使用
ついては,カルデラの形成という現象に目
した火山のアナログ実験装置によって気が
を向けさせるきっかけとなる.一方,(B)
付きやすい点といえるだろう.しかし,同
は,実際の火山活動では山腹噴火やシルの
じ観察結果でもそれをどのように考察,あ
形成に対応するものである.こちらも,こ
るいは理解するかという点においては違い
うした現象で実際の火山で発生した事例を
が見てとれることから,導入あるいは課題
紹介することで,今回用いたモデルが本当
の設定によって同じ実験教材を使っても学
の火山にきわめて近い現象を再現している
習内容が大きく変化することがわかった.
地学現象の学習は多様な現象が複合,総
という実感をいだかせることができる.
合的に影響する現象を取り扱うことが多く,
火山学習におけるアナログ実験においても
5.議論
同時に多様な見方が可能となっている.こ
アナログ実験教材とデジタルコンテンツ
25
のような実験を使いながら効果的に学習を
践―,岐阜大学教育学部研究報告,33,
組み立てるためには,課題や導入を効果的
25-30.
に設定する必要がある.これまでは火山の
桑井美彦(2004)火山についてのモデル実
アナログ実験などでの溶岩流の素材といっ
験,理科の教育,53,No.621,256-259.
たものを検討する研究が多かったが,学習
多和田有紗・武藤正典・川上紳一・東條文
内容に即した効果的なデジタルコンテンツ
治(2007)火山モデル実験をとりいれた
による導入などにより研究の比重をおく必
中が高での授業実践:地学現象の空間ス
要があるといえる.
ケールや時間スケールを実感できる教材
開発を通じて,日本理科教育学会第 57 回
全国大会要項,No.57,159.
6.結論
中学校理科授業で,歯科用印象材と伊豆
多和田有紗・武藤正則・東條文治・川上紳
大島を模擬した火山体モデルを用いた火山
一(2009)火山噴火現象と地層のでき方
噴火のモデル実験を行った.この実験は,
を関連づける実験教材の開発と中学校で
実際の火山活動と類似の現象が多数みられ
の授業実践による予察的評価,岐阜大学
るため,生徒たちの興味や関心を高める実
教育学部研究報告,33,17-24.
験として有効であることが明らかになった.
堤
智洋(2004)歯科印象材を活用した火
実験から考察する内容は,導入時の事象提
山モデルの開発と実践,北海道理科教育
示と深く関わっており,国内外の火山での
センター研究報告,65-71.
野外調査やデジタルコンテンツの開発を平
吉田勇・加藤尚裕(2005)火山の噴火モデ
行して進めたことが,高い学習成果と結び
ル実験を利用した授業,理科の教育,54,
ついた.教師が自然現象を深く理解し,適
No. 634,320-323.
切な事象を提示することで,探求課題を明
確にさせることができ,火山噴火のモデル
実験で,生徒が主体的に火山に対する見方
や考え方をつかむ授業が展開できた.火山
モデル実験の活用の仕方は,導入時におけ
る事象提示と密接に結びついており,今回
の授業以外にもさまざまな活用の仕方があ
りうる.今後も授業で活用し,活用事例を
蓄積していきたい.
引用文献
石原里佳・川上紳一・多和田有紗(2009)
歯科用印象材を用いた火山噴火と地層の
形成に関するモデル実験―中学校理科
「大地のつくりとその変化」での授業実
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