PERSONA3←NOCTURNE 空上 ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ 世界は、一度死んでいる。 世界が死んで、混沌が生まれた。それは、新たな世界を宿した銀の 卵。 卵の内側││ボルテクス界││では、次に生まれ来る世界の理念│ │コトワリ││を定めるための激しい闘争が繰り広げられた。 普通の男子高校生だったはずのあなたは、先生の導きと堕ちた明星 の陰謀によって、人でも悪魔でもない者││人修羅││となり、その 戦いの渦中へと放り込まれた。 悪魔を従え、死神を退け、友を殺した戦いの果て、あなたは創世の 資格を手にする。 ただの悪魔にはならず、混沌の王にもなれない。そんなあなたが掲 げたのは、名も無いコトワリ。 力が全てのヨスガでも、独り閉じたムスビでも、感情を消したシジ マでもない││自由と言う名の愚者の世界。 しかし、ようやく取り戻した〟元の世界〟には、既に次の〟滅び〟 が置かれていた。 NOCTURNEと言えば、その語源は夜の神、NYX︵ニュクス︶ ですわよ。by﹃夜﹄︵銀座:Barマダムにて︶ ※ペルソナ3ポータブルと真・女神転生Ⅲマニアクスクロニクルエ ディションのよくありそうなクロスです。 真・女神転生Ⅲクリア後の人修羅が、月光館学園に転校してタルタ ロスに挑む話。 ペルソナ3主人公は汐見琴音︵ハム子の舞台版の名前︶となってお ります。キタローは登場しません。 ※この話には、〟人修羅が︵勘違いから︶多くの人物と浮名を流す 〟といった内容が含まれています。 0 ﹃FOOL﹄ 目 次 4/6 二人の愚者 ││││││││││││││││││ 4/7 先輩と後輩 ││││││││││││││││││ 4/8 契約の代価 ││││││││││││││││││ 金髪の子供 │││││││││││││││││││││ 4/9 女帝の心得 ││││││││││││││││││ Ⅰ ﹃MAGICIAN﹄ 水精の微笑 │││││││││││││││││││││ 東京が死んで僕が得たもの │││││││││││││││ 死門の流水 │││││││││││││││││││││ 4/10 満月の後で │││││││││││││││││ 4/11 辰巳記念病院 ││││││││││││││││ 4/12 特別課外活動部 │││││││││││││││ 4/13 世俗の庭 テベル ││││││││││││││ 4/14 魔王の号令 │││││││││││││││││ 4/15 生徒会選挙 │││││││││││││││││ 4/16 鏡の国のあなた │││││││││││││││ 4/17 優の選択 │││││││││││││││││ 4/18 泉の聖女 ││││││││││││││││││ 4/19 貪欲階の死神 ││││││││││││││││ 4/20 宝物の手 ││││││││││││││││││ 4/21 わたしはカハク │││││││││││││││ 4/22 刑死者の眼 │││││││││││││││││ 4/23 月校の女王 │││││││││││││││││ 1 13 24 35 52 63 76 86 273 257 244 233 217 205 190 177 165 153 139 126 112 99 4/24 魔術師の嫉妬 ││││││││││││││││ 4/25 万物の根源 ││││││││││││││││ 4/26 さよならピクシー ││││││││││││││ 4/27 恋愛のバランサー ││││││││││││││ 4/28 盗人の神さま ││││││││││││││││ 4/29 昭和の日 ││││││││││││││││││ 4/30 女帝のおともだち ││││││││││││││ シブヤに出かけたい。 │││││││││││││││││ 宝石の意味 │││││││││││││││││││││ 欲望の魔王 │││││││││││││││││││││ 5/1 えっちな本 ││││││││││││││││││ 5/2 東京へ ││││││││││││││││││││ 5/3 My Dread │││││││││││││││ 5/4 幽玄の奏者 ││││││││││││││││││ 親たちの祝日 │││││││││││││││││││││ 5/5 こどもの日 ││││││││││││││││││ 5/6 予言のミコ ││││││││││││││││││ 5/7 嫌われ者の娘 │││││││││││││││││ 5/8 右手にいるもの ││││││││││││││││ 538 525 513 497 482 468 454 437 421 405 393 380 367 353 339 325 310 297 285 606 593 581 570 557 Ⅱ ﹃PRIESTESS﹄ │││││││││││││││ 5/9 モノレールにも乗れーる ││││││││││││ シャドウは大変危険です 靴下を発掘した ││││││││││││││││││││ 5/10 道化師は踊る ││││││││││││││││ モーターが壊れてもーたー │││││││││││││││ ! 5/11 奇顔の庭 アルカ ││││││││││││││ 5/12 コンビニの魔女 │││││││││││││││ 5/13 燃えよイソラ ││││││││││││││││ 5/14 湿った風 ││││││││││││││││││ 5/15 蝿の女神 ││││││││││││││││││ 5/16 ヘンな先生 │││││││││││││││││ 淑女の間 │││││││││││││││││││││ 5/17∼5/24 死亡告知 │││││││││││││ 5/25 常世の花 ││││││││││││││││││ 5/30 山の娘 │││││││││││││││││││ 5/31 星の帽子さま ││││││││││││││││ 死神には名前が無い ││││││││││││││││││ 我、大勢なり │││││││││││││││││││││ NOCTURNE│女神転生│ ││││││││││││ 799 780 767 754 742 727 713 699 682 671 658 643 632 619 0 ﹃FOOL﹄ 4/6 二人の愚者 〟世界〟をかけた戦いがあった。 ││名も無いコトワリの持ち主よ⋮⋮ おまえが望みたるは定まらぬ未来、自由なる世界⋮⋮ 過ちから学ばず、愚かなことと知りながらくり返すか⋮⋮ 自由とは災いの種。それがもたらすは滅びのみ。 滅びのための世界など 我は許さぬ もうすぐ、目的の駅に到着するらしい。 巌戸台です﹄ ﹃お急ぎのお客様には、大変ご迷惑をおかけ致しました。次は巌戸台、 いわとだい なってしまった。時刻はすでに深夜、もうすぐ日付が変わるころだ。 本来なら夕方には目的地に到着していたはずが、ずいぶんと遅く 放送が流れている。 あなたが乗った列車の中では、ダイヤが乱れたことを謝罪する車内 新都市交通〟あねはづる〟車内 2009年4月6日︵月︶深夜 ◇ ◇ ◇ あなたは太陽を殺して、世界を創った。 カグツチ 創世の光は呪いの言葉を残して消え去る。 おまえの前には滅びが待っているぞ。絶対の死が⋮⋮ おお⋮⋮悪魔よ⋮⋮⋮⋮ヒトよ⋮⋮⋮⋮ だ⋮⋮ ││救いはない⋮⋮おまえはまた、新たな苦しみの国を生み出すの 新たな世界を創る力に、あなたは愚者の世界を望んだ。 ! ! 我が怒りの光にてその存在を終えよ 消えよ悪魔 ! ふと、列車の窓ガラス越しに夜空を見上げると││あなたの目に気 1 ! 味が悪いほど大きな月の姿が飛び込んでくる。 列車から降りたあなたの耳に、今乗って来た列車が本日の最終とな ることを告げるアナウンスが聞こえて来た。 0時直前の巌戸台駅の構内には、乗客の姿はほとんどない。 ﹂ 駅の構内に足音を響かせているのは、あなたと、あなたのすぐ近く を歩いている女子学生くらいのものだ。 ﹁あの⋮⋮その制服、月光館学園の物ですよね か ﹂ しおみことね わたし、汐見琴音って言います。それで、ですね ⋮⋮学園の巌戸台分寮へはどう行けばいいのか教えてもらえません ﹁あ、やっぱり 生になるのだと。 自分の着ている制服はたしかに月光館学園の物で、今度そこの三年 あなたはそんなことを考えながら返事をした。 でまとめているが、あの髪型は何と呼ぶのだろう。 光の加減によって赤く見える瞳がきらめく。栗色の髪を頭の後ろ をかけて来た。 あまり物怖じしない性格なのだろう。その女子学生があなたに声 ? 実はあなたは今年から月光館学園に通うことになった転校生なの で、学園の寮の場所どころか校内の様子すら知らない。 ついでに言えば、あなたもその〟巌戸台分寮″へと向かうところで ある。 ﹁先輩も転校生なんですか。それで寮も一緒と⋮⋮よかった﹂ 時間は深夜、たしかに女子高校生が一人で歩き回るのは不安だろ う。幸い行き先も同じなので、あなたは彼女と二人で並んで歩くこと にした。 明るい性格とは、この汐見琴音のような人物のことを言うのだろ う。駅の構内を歩く間、どちらかと言えば無口で愛想が悪いと言われ ることの多いあなたに対して﹁先輩、先輩﹂と気軽に話しかけて来る。 〟あの世界〟でのことがあって以来、迫力が付きすぎてしまったあ なたはどうにも周囲の人間に恐れられることが多い。だが、そんなこ 2 ! さて、困った。 ? とは彼女には関係ないようだ。ついさっきまで深夜で心細いのだろ うか、などと考えたばかりだが、実際は相当〟肝が据わっている〟の かもしれない。 臆病なようで図太く、明るく愛嬌があり気づかいもできるが、微妙 にドライ。なんとなく、そんな雰囲気を感じた。 ピ ク シー 彼女はあなたに懐かしい存在を思い出させる。汐見琴音は、〟あの 世界〟を共に駆け抜けた〟小悪魔〟にどことなく似ていた。 などと言えば、クスクスと ﹂と返ってきたのだが。 あなたが、前に会ったことがないか 変えた。 ﹁なにこれ⋮⋮先輩これってどうなって││え あなたの拳に力がこもる。 ﹂ 変質し異界化した世界。そしてそこに現れる白骨の魔人。 月光館学園の女子制服を着て、栗色の髪を頭にのせたドクロ。 そこに死神がいた。 おそろしい気配がする。 ﹁いえ、ちょっと⋮⋮。先輩がオバケみたいに見えちゃって⋮⋮﹂ すると彼女は手を顔から離しながらこう言った。 どうしたのか、とあなたは訊ねる。 な仕草をした││何か信じられないものを見てしまったように。 そしてすぐに顔を両の手のひらで覆うようにして、目をこするよう どろきの声をあげる。 辺りを見回しその変化に戸惑っていた汐見、彼女があなたを見てお !? そして、駅前の広場にいた人たちが〟棺のようなオブジェ〟に姿を の機械が停止。 それと同時に、周囲の風景が変わる。街の灯りが一斉に消え、全て ちょうどそのとき、時計の針が日付の変更を指し示した。 話をしながら歩く。そして、駅の出口をくぐる。 あなたたちは転校する学校や、これから行く寮などについて軽く会 笑いながら﹁ナンパですか ? 〟あの世界〟で体験した死闘が脳裏を駆け巡り、自然と、戦うため の姿勢を取っていた。 3 ? ﹁ちょっ 先輩 せんぱーい ﹂ ? マンガなら頭の上にプンプンとでも描かれ 仕返しですか﹂ わたし怒ってます いですよね⋮⋮﹂ ﹁なんでしょうね、これ この街はいつもこんなってことは⋮⋮な する││あなたと同様に。 彼女なら、いきなり目の前に怪物が現れても冷静に戦えそうな気が やはり、図太い。 そうな身振りをする後輩。ただ、その口元は少し笑っている。 ! ﹁サラッとヒドイ ケモノのように見えてしまったことを告げた。 あなたは我に返ると、左手で両目をこする。そして、少し彼女がバ 死神の声が聞こえる。それはなぜかあなたを心配しているようだ。 ? ! ﹂ それは人間の大人と考えるには背が低すぎて、子供と見るには横に 通り過ぎたような気がする。 大通りを進むあなたたちの視界の端を、何か黒い影のようなものが いた。 ﹁今、何かいませんでした てきたばかり。二人とも疲れているのだ。 もなれない。時間は深夜で、転校のために遠方から長距離の移動をし 他に行くあてはなく、おかしくなってしまった世界を探検する気に 目指すことにした。 あなたたちは、事前に渡されていた地図を頼りに〟巌戸台分寮〟を りません﹂ ﹁そうですよね⋮⋮。わたしも、〟棺桶の街〟なんて話聞いたことあ 今にも〟何か〟が出て来そうな雰囲気だ。 それに、空気がおかしい。どことなくだが世界が緑がかって見え、 た。 とも、あなたが転校に当たって軽く調べた範囲でそんな情報はなかっ を飾っている街があったら、もっと話題になっていたはずだ。少なく 日本に歩道や建物の中、さらには交差点の横断歩道にまで〟棺桶〟 汐見は、キョロキョロと周囲を見回している。 ? ? 4 ! 広すぎた。 ﹁なんだろう。あの建物の角の向こうとか、あそこのビルの屋上とか ⋮⋮﹂ あなたの背後、目には見えない死角を〟何か〟がヌルヌルとすべっ て行く││そんな気配に急いで振り替えると、ちょうど建物の影に消 えてゆく黒い不定形のかたまりの姿が目に入る。 悲鳴が聞こえた。 今、黒い〟何か〟が進んでいった先から、まるで魂を削り取られて ﹂ でもいるかのような声が響いて来る。 ﹁││っ あなたが止めるヒマもなく、同行者は悲鳴の発生源に向けて走り出 した。 どう見ても危険な怪物がいて、そいつが向かった場所から聞こえて きた悲鳴にためらわず助けに行く勇気。肝が据わっているどころで はない。彼女は立派な〟漢〟前だ。 学校の先生や友人のため、〟悪魔〟の巣窟に殴り込みをかけたあな ﹂ たも相当なものだが。 ﹁こんのぉ ﹁ぐぇぃ ﹂ の腕を浅く斬りつけ、制服が裂けただけで済んだ。 殺さずに左腕で彼女を後ろに弾き飛ばす。間一髪、怪物の爪はあなた それを見たあなたは彼女の前まで一気に駆け抜け、そのまま勢いを づいていない。 くになる一体の仮面が、グルリと向きを変え自分を見ていることに気 こんな荒事には慣れていないのだろう。怪物の中で彼女の一番近 ぶっている、勇敢な女子高校生の姿だった。 あとは、走っている途中で拾ったのであろうビニール傘を振りか している男性。 まとわりつかれて黒い煙や、黒い血のようなものを身体中から噴き出 ごみ袋に仮面を取り付けたような怪物が三体。それから怪物たちに ほんの少し遅れて駆け付けたあなたが目にしたのは、うごめく黒い ! 5 ! ! 汐見が、つぶれされたカエルのような声を上げる。だが、非常事態 なのでそんなことを気にしてはいられない。ビニール傘で叩いた代 金として、爪でザックリといかれたのでは、どう考えても払い過ぎだ。 あなたは斬られた痛みが脳に伝わるよりも早く、突撃の勢いと左腕 の反動をのせたカウンターを怪物の仮面に叩きこむ。 右の拳は見事に怪物の仮面を粉々に叩き割った。 襲われていた男性への興味を失ったのか、それともあなたを先に始 末することにしたのか、残った二体の怪物たちがグニャリと向きを変 えて襲い掛かって来た。 ﹂ 左右から同時に伸びて来た黒い爪が、あなたの左右の太ももの肉を えぐる。 ﹁せんぱい 背後から後輩の声が聞こえ、同時にその声を出した相手から〟死〟 の気配があふれ出す。 ││ペ・ル・ソ・ナ ささやくような声がした。 不吉な予感があなたの視線を背後に向けさせる。 そして、振り返った先には汐見琴音の内より生まれ出ようとしてい る死神の姿があった。 死神││その黒い衣をまとった青黒い人影は、ドクロを思わせる兜 をかぶり、棺のフタを連ねたものをマントのように背にしている。手 には剣を持ち、その刃からは、嘆き苦しむ亡者の顔が浮かび上がる。 その後の光景は、蹂躙という言葉そのものだった。 汐見琴音の内側から現れた死神は、あなたのすぐ横を通り過ぎる と、残っていた二体の怪物を一瞬で細切れにし、さらにすりつぶすよ うに踏みつけにしたのだ。 動かなくなった〟怪物だったもの〟は、空に溶けるようにして黒い 煙になって消えて行く。それは、先ほど襲われた男性から立ち上って いた、黒い〟何か〟とよく似ていた。 黒い煙は、少しのあいだ宙を漂うと、やがて何かに引き寄せられる ようにして同じ方向へと流れて去って行く。 6 ! その煙の行き先を確かめるために追いかけようかと考えたとき、あ なたの耳に弱々しい声が飛び込んで来た。 ﹁ぁ⋮⋮﹂ 怪物たちが消えて気が抜けたのか、それとも〟死の力〟の反動なの か、ふらつく後輩が倒れないように支える。その間に黒い煙は見えな くなってしまった。 あなたは、残された手がかり││襲われていた男性を観察する。 男性は、何ごとかをブツブツとつぶやいているが、その言葉には何 の意味もない。なぜなら、彼の肉体はまだ活動しているようだった が、その魂はすでに死んでいるのだから。 マ ガ ツ ヒ ヒト、悪魔、思念体、マネカタ、あらゆる意志ある存在の力の源で ある生体エネルギー、〟禍つ霊〟をその男性から感じ取ることが出来 ないのだ。 魂の消えたただの容器、それが今の彼だった。壊れたマネカタと同 7 じで、それはもうただの物でしかない。 あなたは、一応その男性〟だったもの〟を大通りの人目に付く場所 まで運ぶと、そのままそれへの興味を失う。 あなたは、ちょっとした知り合いのために命をかけることのできる 漢だ。同時に、例え昨日までの友人であったとしても、敵となった瞬 ﹂ 間から容赦なく殴り殺せる悪魔でもあるのだ。 ◇ ◇ ◇ ﹁しょ⋮⋮めい⋮⋮ 月と、その月に向かって伸びるねじくれた〟塔〟が見えた。塔の位置 途中、急な坂道を登り切った場所で後ろを振り向くと、大きすぎる く。 か。そこそこの重量の荷物を軽々と持ち、あなたは棺の並ぶ街を歩 世界がおかしなせいなのか、それともあのころの力が戻って来たの 左手には二人分の荷物を持つ。 右肩に米俵のようにして寝言をもらす後輩をかつぐ。 ? は先ほどの黒い煙││あなたがマガツヒの一種ではないかと考えて いるもの││が引き寄せられていた方向と一致している。 マガツヒを削り取られるような変容した世界。 不気味に輝く月。 ねじれた塔。 ﹁鼻⋮⋮長すぎる⋮⋮﹂ あなたの肩の上で珍妙な寝言を吐きだす死神。 そして、創世の光に悪魔と言われたあなた。 どうやら、あなたが知り合いの男││独特の髪型をした通信会社の 代表││から聞かされた情報は間違っていなかったようだ。 この土地で何かが起きている。 そして、その何事かの被害はこの街だけに止まるものではないだろ う。 どこかで誰かから言われた言葉が、あなたの中で蘇る。 8 ││意思に従い、苦難の道を歩む⋮⋮我と同じか。 いずれ貴様の目の前にも、真の敵があらわれよう。 その日まで、その力を失うなよ⋮⋮ あなたは思う。 これはきっと、〟真の敵〟のヒトカケラに過ぎないのだろうと。 まだ、ここで何が起きているのかもわからない。ただ、〟この程度 〟の出来事をどうにかできなければ、いずれあらわれる〟真の敵〟に 抗うことは出来ないのだろうと。 あなたの思いには、何の根拠もない。それでも、あなたはそうに違 いないと確信していた。 さて、物思いにふけってみても、あなたの現状は変わらない。 と。 目的地までたどり着いたところで、ふと思うのだ。この荷物を持っ たまま入っていいのだろうか だが、さすがに人の住んでいる寮の中にまで入れば誰かがいる可能 ろうが││ここまでの道中、ほとんど人に出会わなかった。 深夜だからなのか世界がおかしなせいなのか││十中八九後者だ ? 性が高い。 後輩になる女子生徒を肩に担いで登場というのは、最初に与える印 象としては如何なものだろう。〟あの世界〟ではそれなりに交渉上 手でやってきたあなただが、今の世界とは少々勝手が違う。 悪魔相手なら、少しばかり手荒に力関係を教えることも交渉を円滑 に進めるのに有効だった。人間相手でも有効ではあるだろうが、その 先の関係に友好の文字はなかなか現れないのではないかと思う。 世界の変容にあてられてしまったのだろう。あなたは自分の思考 が昔に戻っていることに苦笑した。望んで今の世界に戻したあなた だが、あの世界は、あの世界で良い所があった││気軽に暴れられた ﹂ ││とそう思ってしまったのだ。 ﹁ペル⋮⋮ソナ⋮⋮ 右から、先ほど物騒な代物を呼び出した呪文のようなものが聞こえ て来た。 さっさと起こした方が良いと判断したあなたは、とりあえず肩の〟 荷物〟に飲み物を飲ませてみることにした。 おかしな物ではない。世界がおかしくなる少し前、あなたが駅の自 動販売機で購入した代物だ。 げほげっほ⋮⋮﹂ あなたの経験から考えて、これは良いものに違いないのだ。 ﹁うぶっ ﹁ここはどこ ﹂ ﹂ ? わることになるだろうから。 い。この後輩は、ここで起きている異変にどういった形であれ深く関 簡単なのだが、あの〟死神〟を見た後でそんなことを言えるはずもな 夢と答えてそれでそのまま御仕舞となれば、あなたにとっても話は アレって夢じゃなかったんですよね ﹁いえ、わたしは誰とは聞いてませんから。⋮⋮先輩、あの黒いの⋮⋮ なか立派な先輩だと言える。 こまで、寝たきりの人間をかついで歩いて来たのだからあなたはなか ここは目的地の巌戸台分寮。後輩の名前は汐見琴音。駅前からこ ? 9 ? あなたの予想通り、〟お荷物〟が〟後輩〟に進化した。 ! ただ、もう時間が時間だ。 彼女の顔色もあまりよくはない。疲労状態と言っていいだろう。 それになによりも、まだアイサツもしていない学生寮の前でするよ うな話でもない。 ﹁そうですね。それじゃあ、明日にでも﹂ あなたは彼女にひとつうなづくと、荷物を手に寮の玄関を開けた。 この時間に⋮⋮どうして⋮⋮﹂ ◇ ◇ ◇ ﹁誰 玄関の扉を開けたあなたを待っていたのは、ひどくおどろいた││ おびえているようにも見える││少女の姿だった。 なんとなくではあるが、全体的にピンク色をしている少女である。 そんな彼女はなにごとかつぶやくと、銃を取り出して手にする。 突撃。 危険を感じたあなたは、銃を撃たれる前に対処しようと、ピンク色 ﹂ との距離を一気に詰める。 ﹁なっ ばす。 ﹂とまた別の人物の焦った声がかかった。 片手で首を捕らえ、もう一方の拳を振るおうとしたところで、﹁待 てっ ﹁すまない。その銃は⋮⋮その⋮⋮まぁ、彼女の趣味のようなものだ。 弾が出るわけじゃない。だから、その⋮⋮離してやってくれないか﹂ 新たに現れた赤みがかった髪に、少々きつい目つきをした女子生徒 がひきつった表情で、あなたをなだめるように話しかけて来た。 ﹂ ﹁死ぬかと、思った⋮⋮﹂ ﹁岳羽⋮⋮使うか うらしい││にハンカチを渡している。 あとから現れた赤っぽい女子が、銃を取り出した女子││岳羽と言 ﹁はい⋮⋮っ⋮⋮﹂ ? 10 !? 引き金に指がかかる寸前、あなたの手刀が銃を少女の手から弾き飛 ! ! どうやらあなたは、女子生徒を泣かせてしまったようだ。第一印象 はとてもよろしくない。よくて、暴力的な怖い人である。 仕方がなかった、ですむだろうか。 なにぶん、不意打ちを受けては死にかける。 敵の弱点を見抜けなければ死にかける。 道を歩いていただけで異界に落とされて殺されかける。 キレイなお姉さん悪魔に誘惑されて死にかける。 命乞いをきいてやったはずなのに、殺されかける。 助けたはずの友人にも殺されかける。 道ですれ違っただけで殺し合い。 アイサツ代わりに殺し合い。 先ほどの戦闘と先ほどまですぐ近くにいた死神のせいで、そんな時 代の感覚が戻ってきていたのだ。 ﹂ ﹁先輩、今のはわたしもどうかと思います。でも、わたしは先輩の味方 ですから 後から来た死神が、あなたの肩をつんつんとつつく。なぐさめてい るつもりなのだろう。そんな彼女の足元には、突撃の際に放り投げら れてひしゃげた〟二人分の〟荷物が転がっていた。 あなたは、左の手で両目を覆い、ひとつ長いため息をついた。 今日は疲れた。 もう時間も遅い。 早く寝よう。 そうしたいのはヤマヤマなのだが、これからまだ少しばかり事情を 説明する必要がありそうだ。 泣かせてしまった岳羽││どうやら後輩らしい││への対応はか なり面倒な予感がする。趣味のものでも渡して機嫌を取っておいた 方がいいかもしれない。 それから、その岳羽に﹁キリジョウ先輩﹂と呼ばれている女子生徒。 キリジョウは、あなたに疑いのまなざしを向けて来ている。 これまでに、あなたがそれなりに親しくした女性の二人のことを頭 に思い浮かべる。 11 ! 迷い悩んだ末に世界を滅ぼした〟先生〟。 力のない者、醜い者は存在する価値すらないと、ヨスガのコトワリ を掲げた〟同級生〟。 あなたの首筋に冷汗が伝う。やはり、女性との関係をこじらせたま まにしておくのはマズイ気がしてならない。 あなたの月光館学園での生活は、これから始まる。 12 4/7 先輩と後輩 4月7日︵火︶朝 月光館学園巌戸台分寮 自室 あなたは、朝から重要な問題に直面していた。 どうやら、昨晩は久しぶりの戦闘に少々気が高ぶっていたらしい。 朝になってみると、あなたは自分の制服がずいぶんとボロボロになっ ていることに気付いた。 怪物の爪を受けた上着の左腕部分と、ズボンの両モモが見事に引き 裂かれ、そのときに流れた血が付着して、なんとも無残な有様になっ ているのだ。もはや、裁縫でつくろって済むような状態ではない││ 身体の方はもうスッカリ治ってしまって、傷一つないので問題ない が。 新しいものがあればいいのだが、あいにくとまだ替えが無い。今 り、なるべく関わらない方が良い相手らしい。 アイツらと⋮⋮シャドウとやりあったのか ﹂ !? 13 日、学園で購入の手続きを行う予定だったのだ。 サイズが合わなかった場合の被害を軽減しようと、転校初日の分し か用意していなかったことが悔やまれる。 まさか、私服の皮ジャンで始業式に出るわけにもいかないだろう。 あなたは仕方なく、ボロボロの制服を身に着けた。 ﹂ 鏡の中のあなたからは、ワイルドなオーラが漂っている。 ﹁おい。起きてるか きりじょう み つ る 美 鶴 の ヤ ツ に ど や さ れ る ? 真田は、笑いながら生徒会役員・桐条美鶴の恐ろしさを語る。やは ぞ﹂ ﹁ふ っ ⋮⋮ は は は。な ん だ そ の 恰 好 は 一応出発の準備を終えたあなたは、返事をしながらドアを開ける。 た同級生の男子生徒、〟真田明彦〟のものだろう。 さ な だ あきひこ おそらく、就寝前のゴタゴタの最中に〟 桐 条 美鶴〟から聞かされ ノックの音とともに男の声がした。 ? あなたが昨夜の事情を語ると、真田の表情が一気に変わった。 ﹁なに !? 目がキラキラとしている。鼻息も荒い。 いや、それより召喚器も やはり、桐条美鶴と古い付き合いの人物、あまり関わらない方が得 策なのかもしれない。 ﹁どうだった ペルソナは出せたのか なしにどうやって⋮⋮﹂ ろ﹂ ﹂ ﹁よし。たぶん俺ので大丈夫だろう。貸してやるからそっちに着替え ズでもしているのだろうか。 真田の見定めるような視線が、あなたの身体を這い回る。アナライ ﹁それはそれとして⋮⋮やはり、その制服はマズイな﹂ あなたは、〟桐条〟美鶴には要注意、と心のメモに書きこんだ。 分にある。 当の財力も保有している〟桐条〟が異変に関わっている可能性は十 て、そのための力を蓄えた。同じようにこの地で強い権力を持ち、相 〟東京受胎〟を引き起こした氷川は自ら育て上げた企業を利用し 相当深いのかもしれない。 である。やはり、深入りは危険、ということなのだろう。桐条の闇は ところで、〟処刑〟とはなんなのだろうか。ずいぶんと物騒な単語 どうやら、真田の中で桐条の存在は相当に大きいようだ。 ⋮⋮あとで話を聞かせてもらうからな ﹁ぐ っ ⋮⋮ そ う だ な。遅 刻 は マ ズ イ。処 刑 と ま で は い か ん だ ろ う が に乗り遅れてしまうと、転校初日から遅刻となってしまう。 舎までの移動には、モノレール〟あねはづる〟を使用するのだ。これ あなたは時計を指さしてみせる。巌戸台分寮から月光館学園の校 た。 真田が興奮気味に話しかけて来るが、あいにくと時間が迫ってい ? ! 真田は、親切な男だったらしい。あなたは感謝の言葉を告げると、 急いで着替えた。 ◇ ◇ ◇ 14 ? 走る。 走る。 あなたは、一段階走る速度を上げる。 真田が遅れまいと速度を上げる。 あなたは、東京中を走り回ったことがある。走りには自信があるの だ。だから、負けられない。 ﹂ もう一段階、速度を上げる。 ﹁ぐおぉぉ 真田は必死の形相だ。 高校三年生にもなって何をやっているのかと、そう思わないでもな い。だが、男には負けられない戦いがある。 ﹃まもなく発車いたします。扉の付近の方はご注意ください﹄ 走ったかいもあり、余裕を持って〟あねはづる〟に間に合った。 勝負の結果は││あなたの勝利だ。 ﹁ハァ⋮⋮ハァハァ⋮⋮。速いな⋮⋮息切れもしないとは﹂ 到着は同時だったが、未だ呼吸を整えている真田と、汗もかいてい ないあなたとでは勝敗は明らかである。 とはいえ、あなたの表情に勝利の喜びはない。やはり、昨日の出来 ﹂ 事を過ぎてから〟力〟が増している。あるいは、〟戻って来ている〟 と言うべきなのかもしれないが。 ﹁モノレールでの通学は結構面白いだろ。前はどうしてたんだ た。 ﹁地下か⋮⋮そいつは可哀想に。ここはなかなかいい眺めだろう ﹂ かりの風景は、列車に窓がついていることの意味を感じさせなかっ 前の学校は主に地下鉄を利用して通っていた。地下のトンネルば 普通の雑談をするつもりらしい。 の話をされるかもしれないと考えていたが、他の乗客の居る場所では 寮を出る前の興奮した様子から、ここでさっきの〟シャドウ〟など だろう。真田はようやく落ち着いたようだ。 あなたが、物珍しそうに窓の外の風景を見ていることに気付いたの ? 真田は、自分の住んでいる場所に誇りをもっているのだろう。モノ ? 15 ! レールの窓から見える、空と水の青い光景を見るその顔はどこか自慢 げだ。 〟あの世界〟の景色を思い出す。そしてそれを、いま目に映る光景 と比べる。 やはり、自分の選択は間違っていなかった││あなたは、そう思っ た。 よ ふ ﹁学校へ行くには終点の辰巳ポートアイランド駅で降りる。おかげで 駅を寝過ごすこともそうはない。だから、安心して〟夜更かし〟もで きるってわけだ﹂ 真田は〟夜更かし〟の部分を妙に強調していた。 そして﹁4人⋮⋮いや、3人か⋮⋮これで⋮⋮﹂などとつぶやきな がらニヤニヤしている。やはり、関わり合いにならない方が良さそう だ。 ﹂ 16 あなたは、真田からそっと距離をとった。 ﹁真田君⋮⋮おはよう﹂ ﹁ああ、おはよう﹂ 真田がモテている。 ﹁ああ、コイツは転校生だ。俺と同じ寮になってな﹂ ││ その視線になんと言って答えようか。あなたがそう悩んでいると らぬ男子生徒に集まる。つまり、あなたは注目の的だ。 真田のファンたちの視線が、〟あこがれの真田君〟の隣にいる見知 ﹁えっと⋮⋮﹂ が強いことで有名らしい。 には真田の周りに││寄ってくるのだ。どうやら真田は、ボクシング 登校の途中で、女子生徒がドンドンとあなたたちの周りに││正確 ! ◇ ◇ ◇ 真田先輩 ﹁おはようございます ! ﹂ ﹁おはようございます ! ﹁案内してあげてるんだ⋮⋮﹂ ﹁やっさしー﹂ ﹁さすが真田先輩 と言った声が、集まった女子生徒たちから上がる。 真田の魅力がさらに上がっている気がする。 ﹁コイツはすごいぞ。俺に走りで勝ったんだからな﹂ ﹂など ﹂ ﹁うそー。真田先輩、毎日鍛えてるのにー﹂ ﹁陸上部に来 ﹁すごーい ! て職員室に向かうことにした。 担任の名は〟小野〟。 扇を手にした金髪の男子と話が盛り上がっている最中のようだが、 たしかにアレは見間違えようがない。兜だ。 職員室前の廊下に歩を進めたあなたは、すぐに〟兜〟を見つけた。 のことだったが、兜とは一体なんなのだろう。 真田や女子生徒の言葉によると﹁見ればわかる。 兜だから⋮⋮﹂と かぶと あなたは、真田の言葉にこちらこそと返すと、担任の名前を確認し ら陶然としている。 真田のファンの一人も同じクラスだったらしい。掲示板を見なが ﹁真田君と同じクラス⋮⋮﹂ ﹁同じクラスか⋮⋮一年間よろしく頼む﹂ どうやら、あなたは真田、桐条と同じクラスのようだ。 た。 学校の一階、玄関ホールの掲示板にクラス分けが貼り出されてい ﹁とりあえず、クラスの確認だな﹂ あなたは、もう血に飢えた悪魔ではないのだ。 略、会殺︽アイサツ︾ではない。 ければならないのだ。もちろん、出会うなり拳を叩きこむ会敵必殺の あなたは〟転校生〟、始業式よりも前に担任にアイサツしておかな いつまでも校門で騒いでいても仕方がない。 無意識なのかわからないが、真田明彦││侮れない男である。 真田の発言は大きな影響力を持っているようだ。狙っているのか、 あなたの魅力が上がった気がする。 ﹂などと、あなたは称賛の声に包まれた。 ない⋮⋮ ! あなたも用事を済ませなければならない。 17 ? 正直、あんな担任で大丈夫なのだろうかと心配になる。それなの に、真田の話によるとあの兜は、この学校の教師たちの中ではマシな 部類らしい。 経営母体の桐条グループは大丈夫なのだろうか。他人ごとながら 心配になるあなたであった。 桐条の闇は底が知れない。 ﹂ ﹁おお、転校生か。話は聞いている。ところで正宗公についてどう思 うかね 正宗についてはよくわからない。なぜ急に正宗公なのかもわから ない。 わからないが、これがこの教師なりの生徒の人物を見る方法なのだ ろう。あなたは、そう思うことにした。 正宗のかわりに、公は公でも〟あの世界〟で四天王に守られていた 人物ついて、あなたが出会った時の印象を語ってみることにした。 兜の小野は、最初こそ正宗の話ではないことに不満を感じていたよ うだが、あなたの語る〟実際に会って来たかのような〟とある人物の ブラボー ﹂と拍手をしてくれた。 話をいたく気に入ったらしい。あなたが話しを終えると、金髪の生徒 と共に﹁ブラボー ! ﹁3人揃って同じクラスとはな⋮⋮〟偶然〟もあるものだ﹂ た。 ホームルームも終わり、この月光館学園での初めての放課後を迎え 放課後 ◇ ◇ ◇ なたについてなのか、彼女についてなのか。あるいは両方か。 どこからか〟転校生〟に関する話し声が聞こえて来たが、それはあ いことを並べているだけだったようだ。 始業式での校長の長話については、特に語る内容は無い。それらし 通りすがりの生徒たちの視線が少々痛かったが││ どうやら、担任からの第一印象はとても良かったらしい。 ! 18 ? 桐条美鶴が話しかけて来た。わざわざ〟偶然〟を強調するあたり、 何かしましたということなのだろう。 ﹁明彦に道案内を頼んでおいたのだが、どうもあれの人気のせいで君 に つ い て の 噂 が 大 き く な っ て し ま っ た よ う だ。私 の 考 え が 足 り な かったと謝っておこうと思ってね﹂ あなたは頭を下げる桐条に、別にかまわないと顔の横で軽く手を 振って答える。真田以上に有名な女傑にいつまでも頭を下げられて いては、それこそ噂が余計に大きくなってしまう。 ﹂ ﹁それもそうか⋮⋮。私はこれから少し生徒会に顔を出してから帰る が、君はどうする 今日は約束があった気がする。 ﹂親切なクラスメイ ││﹁そうですね。それじゃあ、明日にでも﹂転校生仲間の後輩の 顔が思い浮かぶ。 ││﹁⋮⋮あとで話を聞かせてもらうからな トの顔も思い浮かぶ。 ああ、明彦はボクシングの関係で職員室に呼ばれていたぞ﹂ 教室内に真田の姿は無い。 ﹁ん ! 後輩の女子生徒と、同級生の男なら、どちらを選ぶかなど考えるま でもない。 あなたは桐条に少し校内を見て回ると告げ、席を立つ。 ﹁あまり遅くならないようにしてくれよ﹂ そういえば、巌戸台分寮には夜間外出禁止の規則が存在していた。 あまり遅くなっては〟処刑〟されてしまうかもしれない。 門限までには帰る、そう言ってあなたは教室を後にした。 歩きながら携帯を確認すると、メールが届いていた。 ﹂ どうやら玄関前の広場で待っているらしい。 ﹁せんぱーい 姿はかなり目立っていた。 噂の転校生であるところの汐見琴音が、玄関近くで人を待っている ! 19 ? 真田が教室にいないのならばちょうど良い。 ? それがさらに、あなたに向かって大きく手を振るので余計に目立 つ。 ﹁先輩、噂になってましたよ。レベル高いのが並んで登校して来たっ て﹂ しおみ たけば おそらく、〟身体能力的に〟レベルが高いと言うことだろう。 あなたが聞いた噂では、汐見は岳羽と一緒に登校したようで、〟外 見的に〟レベルが高いのが並んできたと噂になっていた。学年の違 ﹂ う3年生のクラスでもそうだったのだから、同学年の2年生はさぞか し大騒ぎだったことだろう。 ﹁とりあえず移動しませんか 話題の転校生が二人そろって話しているせいか、あなたたちはかな り注目されている。わざわざ足を止めて見ているものまでいるくら いだ。 落ち着かない状況で立ち話も無いので、あなたたちは汐見の言葉通 ことね りに場所を変えることにする。 ﹁えっと、琴音でいいですよ。汐見ってなんだか言い難く無いですか し・お・み。しょみ、しょみ、とか言われちゃうんですよね﹂ たしかに、少し言いづらかったので助かることは助かる。 あなたが琴音、ことねと頭の中で繰り返していると、当の後輩が期 待するような瞳でじっと見上げて来た。 呼べ、ということだろう。 ﹂ あなたはその期待に応えることにした。 ﹁はい 続出するのではないだろうか。 ? 学園に新しいものを頼まなければならない。教室で桐条に頼んだ 服を借りていることなどを話した。 あなたは琴音に、自分の制服がダメになったこと、代りに真田の制 ﹁そういえば、どこに向かっているんですか ﹂ かなりの危険物だ。これでは、うっかりコロリと転がされる被害者が 天然なのか、計算されているのか。笑顔で返事をした後輩の姿は、 ! 20 ? 移動中、突然の提案がなされた。 ? 方が、早かったのかもしれないが││〟偶然〟を起こせるくらいなの だから、そのあたりもどうにかなるだろう。 ﹁あ⋮⋮ごめんなさい。わたしのせいですよね⋮⋮﹂ ひかわ あなたは、急に落ち込んだ琴音に、お金を気にする必要はないのだ と言った。 あなたの手元には、氷川から預かった〟カード〟がある。 氷川は氷川なりに何か思うところがあったのか、﹁必要なら好きに 先輩、血が出てたじゃないですか あの時 ﹂ 使ってくれて構わない﹂と言っていたのだから問題ないだろう。 ﹁ケガ ! ﹁すいません⋮⋮昨日からなんだか、落ち着かなくて。ちょっとヘン ◇ ◇ ◇ 気にしないことにしたのだ。 となにか聞こえてくるが、それは気にしないことにした。 線の少ない方向、少ない方向へと引っ張って行く。後ろからヒソヒソ あなたは琴音の手を取ると、無理矢理引っ張るようにして面倒な視 の人間の視線なんかを気にしなくてはならないのだろうと。 〟あの世界〟であれだけ暴れまわった自分が、どうして見ず知らず なった。 あなたはなんとか琴音をなだめようとして││ふと、バカらしく いあなたたちの様子に興味津々だ。 あった。そんな生徒たちは、一見するとモメているようにしか見えな 玄関前ほどではないが、校内の廊下にはまだ生徒の姿がそれなりに ている。 倒れる直前のことを思い出してしまったのか、琴音はかなり興奮し ⋮⋮﹂ ﹁いやいやいや、あんな、ヒドイ、わたしをかばって、血がドバって 放っておいたら治ったが、服は直らないのだ。 あなたにとっては、服よりもケガの方が簡単な問題だった。ケガは ! なんです。わたし。契約とか⋮⋮ペルソナとか⋮⋮、コミュニティが 21 ! どうとか⋮⋮青い部屋にいた鼻の長い変な人とか⋮⋮シマシマの服 を着た男の子とか⋮⋮もう訳がわからなくて⋮⋮﹂ どこをどう進んだのかよくわからない。あなたは気が付くと、校舎 と校舎の間にポツンと取り残された柿の木を中心とした庭のような 場所にたどり着いていた。 ﹁ごめんなさい。こんなこと、先輩もよくわからないですよね﹂ あなたにも、琴音の言っている事柄について詳しいことはよくわか らない。 ただ、彼女が今どんな状況なのかは〟とてもよくわかる〟。 一つ、一つ、彼女が夢で見た内容を聞き取り、それについて一緒に 考えてみる。 考えてみたところで、やはりよくわからないことばかりなのは変わ らない。 それでも変わらないことばかりではなかった。おかしなことに出 22 会った時、人に相談できるだけでもずいぶんと違うものだ。 ﹂ あなたは、琴音の頭をポンっと軽く叩いた。 ﹁センパイ⋮⋮ なお、涙目の後輩の手を引いて歩くあなたの姿は、道中の各所で月 あなたは後輩を引っ張って、寮への道を進んだ。 気が付けば、辺りはもうすっかり暗くなっていた。 座り込んでしまっていた〟後輩〟の手を引いて立たせる。 だ。 自分が欲しかったものを与えられる機会を、あなたは手に入れたの 琴音にはいる。 あなたにはいなかった。 何ごとにも先達はあらまほしきもの。 たしかにあなたは、〟先輩〟で、汐見琴音は〟後輩〟だった。 ないままに進まされる。 そして、妖しげな人々の謎めいた言葉で振り回されて、訳のわから 来事に巻き込まれて、怪物に襲われる。 普通に暮らしていただけだったのに、イキナリわけのわからない出 ? 校生によって目撃されることとなる。 あなたたちは、転校初日から大変な有名人だ。 23 4/8 契約の代価 4月7日と4月8日の狭間 影時間 青い部屋 あなたは、自室のベッドで眠りについたはずだった。 それなのに、いつの間にか目を開いて、青く大きく古めかしいエレ ベーターの中にいる。 夢を見ているようだ、と現在の状況を判断したあなたは、エレベー ターの中を観察することにした。 本来であれば、エレベーターの現在の階数を示すはずの円盤。その 針は││まるで壊れた時計のように││止まることなく高速で回り 続けている。青いエレベーターはどこまでも、どこまでも、上昇を続 けているようだ。 青色に染まった部屋の中。あなたから見て、部屋の左右にはドアの 形をしたオブジェが並べられ、中央にはテーブルと椅子が置かれてい る。 そして、その椅子には一人の奇怪な人物が腰かけていた。 ハザマ ﹁ようこそおいで下さいました。ここは、〟ベルベットルーム〟。夢 と現実、精神と物質の狭間でございます﹂ あなたに話しかけてきたのは、身なりの良い老人だ。 老人は恐ろしく長い鼻をしている。ギョロリとして顔から飛び出 しそうな││白目ばかりで瞳孔のほとんどない││眼玉を持ち、黒く ギザギザとした眉をして、大部分がはげ上がって後退した白髪頭。よ く見れば、その耳も人間のものとは思えないほどに長くとがってい る。 わたくし あまりマトモな〟人間〟のようには見えない。 ﹁⋮⋮ お 初 に お 目 に か か り ま す。 私 の 名 は イ ゴ ー ル。こ の 部 屋 に 住 まう、しがない〟マネカタ〟でございます﹂ カタ マ ネ 〟マネカタ〟││あなたが〟あの世界〟で出会った、泥から造られ た人の形。人間を真似た者たち。 目の前の老人と、彼ら〟マネカタ〟の見た目はそれほど似てはいな 24 い。 その声からも││まだ一言しか聞いてはいないが││ほとんどの 〟マネカタ〟たちには無かった、〟自分〟というものが感じられたよ うに思う。 それでも、目の前の老人が自身のことをあえて〟マネカタ〟と呼ぶ それとも人形の のなら、それにはそれなりの理由があるのだろう。 あなた ﹂ ﹁貴方から見て、私は人間のように見えますかな ように感じられますかな マガタマ ﹁今日この時から、貴方はこの〟ベルベットルーム〟のお客人となら その契約の内容は││ 人物との〟契約〟によってこのマサカドゥスを手にした。 〟あの世界〟で戦い抜くため、より強い力を求めたあなたは、ある 〟力〟の中でも、最も強い力を秘めた最高のマガタマだ。 暴れだしたのは││マサカドゥス。あなたがその身に宿している あなたの身体の中で、禍魂が暴れだした。 けが訪れる場所⋮⋮﹂ ﹁ここ、ベルベットルームは、なんらかの形で〟契約〟を為された方だ どうやら、ここからが本題のようだ。 き、話題を変えた。 イゴールはそっと目を閉じ、軽く頭を振ると、 ﹁さて⋮⋮﹂とつぶや ﹁⋮⋮こちらの話です。お忘れください﹂ あなたの脳裏に、そんな言葉が浮かんできた。 悩み続ける哲学者。 る。 イゴールの顔はどこか悲しげだ。同時に、なぜか満足そうにも見え すから﹂ ﹁そうですか⋮⋮。いえ、貴方でしたら、あるいは⋮⋮と思ったもので これが、あなたがイゴールに対して抱いた、正直な感想だ。 い。 ただの人間のようには見えない。だからと言って人形とも思えな ? れた。││〟人間〟である貴方が〟悪魔の力〟をそのままに扱うこ 25 ? とは難しい﹂ 不滅の肉体に変わらぬ心を持つのが〟悪魔〟なら、はかない命にう つろう心を宿すのが〟人間〟。 悪魔の力は、人の身体で扱うには少々強すぎる。 私は、貴方が〟力〟を振るった上で、〟そう〟な ﹁もし、貴方がその〟力〟の全てを解放してしまえば││どうなるか、 おわかりですな らないための手助けが出来ます﹂ あなたは創世にあたって、〟東京受胎〟よりも前の世界。滅びな かった世界を望んだ。 ただの〟人間〟として過ごした日々を取り戻したかった。 ﹁貴方が支払うべき代価は⋮⋮〟契約〟に従い、貴方が創世された〟 この世界〟を守ることです﹂ わかっている。 あなたは、静かにうなずいた。 そんなあなたに、イゴールもまたうなずきを返す。そして、懐から 一本の〟カギ〟を取り出した。 あかし ﹁では、これをお持ちください。││これは〟契約者の鍵〟。貴方が、 この〟ベルベットルーム〟のお客人である証でございます﹂ あなたは、不思議な輝きを放つカギをその手に受け取った。 ﹁そろそろ、お目覚めの時のようですな。また、お会い出来る日をお待 ちしております⋮⋮﹂ ◇ ◇ ◇ 4月8日︵水︶ 朝 巌戸台分寮 自室 不思議な夢を見た。 いつもの起床時間よりも少し早く目を覚ましたあなたは、さっきま でいた夢の中での会話をボンヤリと思い返している。 あなたの知り合いには、先程のイゴールのように、わかるような、わ からないような意味深な言葉を好む者が多い。 26 ? それらの言葉のほとんどは忠告である。だが、その遠回しな言葉の 意味にあなたが気付くのは、いつももう手遅れになってしまった後ば かりだ。 ハッキリ言って、彼らの言葉は分かりづらい。 あなたが過去をふりかえって、心の中でそんなグチをこぼしている 早くしないとーおまえのミ と、ベッドの近くに置いてある〟ゴーストQ目覚まし〟がやかましく ごはん ごはんマダー 騒ぎ立て始めた。 ﹃ごはん ﹄ !? 聞いてもらって、だいぶ落ち着けたと思います。その⋮⋮最初の内は ﹁昨日はありがとうございました。あれから〟ゆかり〟にもいろいろ 特に断る理由もないので、二人で学校へ行くことにした。 どうやら、あなたと一緒に登校したいらしい。 ﹁先輩、おはようございます﹂ で琴音が待っていた。 そして、あなたがそろそろ登校しようと寮の玄関に向かうと、そこ ませた。 そんなどうでもいいことを考えながら、あなたは食事や身支度を済 ケの時計は少々浮いているかもしれない。 ンくらいのもの。そんな殺風景な部屋の中では、この風変わりなオバ テレビ、冷蔵庫などの他には購入から数年たったデスクトップパソコ あなたの部屋は物が少ない。最初から置いてあった、ベッドに机、 思い出して少し沈んだ気分になる。 公の一人である〟ミライちゃん〟がマルカジリされてしまう││を メの中で〟ゴーストQ〟がこのセリフを言った後のシーン││主人 ばかり恥ずかしくて買えなかったことを思い出した。ついでに、アニ あなたは、本当は違うキャラクターの物が欲しかったのだが、少し 以来、なぜか捨てられずに使い続けているのだ。 〟デビルウォッチ〟のキャラクターで、何かの機会に買ってもらって 〟ゴーストQ〟は、あなたが小学生のころに流行っていたアニメ、 ライをたーべちゃーうぞー ! 混乱することが多いらしいんです﹂ 27 ! ! 昨日のことを思い出したのだろう。琴音は、少し顔を赤くしながら あなたに頭を下げた。 突然、奇妙な出来事に巻き込まれ、怪物に襲われるようなことにな れば混乱するのも仕方がない。かつて、あなたが同様の経験をした時 には、混乱している余裕もなかっただけなのだ。 それから、あなたは琴音が〟岳羽ゆかり〟を呼ぶ際の言葉が変わっ ていることに気付いた。昨日までは〟岳羽さん〟だったのだが、どう やら一晩の内に仲良くなったらしい。 その一方で、あなたと岳羽ゆかりの仲はあまりよろしくない。そこ まで広くも無い寮内、ときどき廊下やラウンジなどで出会うのだが、 その度にそそくさと逃げ出されてしまう状態である。 ﹁あー、えっと⋮⋮初対面が、初対面でしたから⋮⋮第一印象って大事 ですよね⋮⋮﹂ 琴音は苦笑いだ。 ﹂ 昨日のお礼ってわけじゃないで ﹂ この少しばか ? わたしに任せてもらえばバッチリですか ! る後輩である。 校門の辺りをあなたと琴音が並んで歩いていると、なにやらささや き声が聞こえて来た。 ﹁服⋮⋮破れ⋮⋮﹂ ﹁血が⋮⋮﹂ あなたが声の聞こえた方向に顔を向けると、そちらはすぐに静かに 28 なんとかした方が良いとは思うのだが、どうしたらいいのかわから わたしに任せて下さい ない。このままでは、卒業まで変わらないような気がする。 ﹁先輩 ら ﹁いえ、信じて下さいよ り天然の後輩に任せても。 とても頼もしい。││本当に大丈夫なのだろうか 言った直後に、自分で自分の胸を叩いてうめいているところなど、 あなたは、頼もしい味方を得たようだ。 すけど、ちょっと考えてみます ! ! ! バッチリらしいのでお願いすることにした。持つべきものは頼れ ! なる。 ﹁⋮⋮泣いて⋮⋮﹂ ﹁でも⋮⋮今⋮⋮﹂ その代りに、また別の方向からヒソヒソと聞こえ出す。 どうやら昨日の一件を誰かに見られていたらしい。あなたたちに 好奇の視線が集中している。 月校生たちは、あなたたち二人の会話に興味津々の様子だ。 ﹁いやー、困っちゃいますね﹂ 琴音がつぶやいた。言っている内容とは違い、その声色はあまり 困っているようには聞こえない。 そういえば、初めて会った日にあなたは琴音のことをずいぶんと図 太いと思ったのであった。あれから三日も経っていないのに、昨日の 印象のせいでそれを忘れてしまっていたようだ。 ﹁何回も転校してますから。いろいろと慣れました﹂ い。 ﹂ そう言って隣でなにやらウネウネとしている後輩を小突くと、あな たは自分の教室へと向かった。 ◇ ◇ ◇ 放課後 用があると言う真田に連れられて、あなたはボクシング部の部室へ 向かった。 ﹁昨日は走り負けたからな。今日はこっちで勝負だ﹂ 真田は軽くステップを踏みながら、右右、左、右と拳を振るって見 29 あなたは、周りの目を気にしないことにしたのだ。少なくともこの 〟後輩〟関係では。 ほら、昨日は手をつなぎましたし それじゃあ、わたしも気にしません。いっそのこと腕とか 昨日、そう決めたばかりのことを改めて口にする。 ﹁はい 組んじゃいましょうか ! ノリが良いのは結構だが、そこまで観客にサービスする必要はな ? ! せる。 ボクシングの選手がボクシングでシロウトに仕返しとは、真田は相 今後のためにも、お前がどれぐらい〟やれる 当の負けず嫌いのようだ。 ﹁そんなわけあるか 〟のか確かめておくだけだ。││見せたいものもあるしな﹂ あなたとしては、拳の勝負も一向に構わなかったのだが、真田はそ んなつもりではなかったらしい。 満月も近い。そのせいで、あなたの中の〟悪魔〟が少々好戦的に なっているようだ。 ﹁それに、呼んだのはお前だけじゃないぞ﹂ 真田が視線で示した先には、ボクシングの部室前で足をトントンと させて退屈そうな琴音の姿があった。 琴音の手には、なぜかナギナタが握られている。 ﹁訂正する。〟お前ら〟がどれぐらいやれるか確かめさせてもらう﹂ 真田の目に、好戦的な光が宿る。彼もまた、月の魔力にあてられて いるのかもしれない。 面白い、とあなたが笑ってみせると、真田もまた口の端をつり上げ る。 少し、真田のことがわかった気がする。 こちらに気付いたのだろう。琴音が不敵に笑いあっている││つ もりの││あなたたちに向かって大きな声を上げた。 その〟大きな声〟にあなたは衝撃を受け、思わずよろめいた。 なんだそれは。 どうしてそんな話になっているのかわかりたくもない。 あなたがうめいていると、真田が﹁ああ、そう言えば⋮⋮﹂と切り 出した。 ﹁いや、俺は信じてないんだが⋮⋮。昨日、汐見がお前に向かって、服 が破れただの、血が出ただの、ヒドイだのと言いながら泣いていたっ て話があってな⋮⋮﹂ 30 ! なんだか、わたし、先輩に襲われたことになってたん ﹁せんぱーい ! ﹂ ですけどー ! そんなこともあったような気がする。 とんでもないウワサだが、あなたはそれで今日一日の周囲の様子に 納得できた。これはもう、岳羽があなたを避けるのも無理はない。む しろ当然だ。 教師に呼び出されなていないだけマシなのだろう││それも、〟今 のところ〟の話ではあるが。 ﹁違うって言ったんですけど⋮⋮。なかなか信じてもらえなくて⋮⋮ ほら、同じ寮のゆかりも〟ああ〟ですし⋮⋮﹂ 岳羽のあなたへの態度もあって、ウワサの信頼度が増しているよう だ。 何があっても気にしないと決めはしたが、これは予想外だった。 もし〟あの世界〟に学校があったとしても、そんなことは大したウ ワサにもならなかっただろう。荒廃して殺伐とした世界だったから。 人の間で生きるのは、なんとも難しい。悪魔の世界の方がずっと気 31 楽だったかもしれない。 あなたは左の手で顔をおおうと、大きくため息をついた。 ﹁先輩、ため息をつくと幸せが逃げるって言いますよ﹂ 問題ない。もうかなり逃げ出しているから。いまさらだ。 もうひとつ、ため息。 そんなあなたに、身体の内側に潜む〟悪魔〟がささやく││ヒトの 仮面をつけて生きるのは面倒だろう、と。 大体、服が破れたのもあなたで、血を流したのもあなただ。それが どうして逆になってしまっているのか。 ﹂ ﹁なんだ、襲ったのは汐見の方か。コイツを襲うとは汐見もなかなか やるな。それで、どっちが勝ったんだ ﹁なあに、ちょっと俺と試合をしてくれればいい。安心しろ、本気じゃ たい。 後回しにして、ボクシング部の部室まで連れてこられた用件を済ませ あなたは、どうでもよくなってきている。とりあえず、その話題は 琴音は適当にごまかしている。 真田がどこかズレたことを言っている。 ? ない。今後を考えて、どの程度動けるのかを知っておきたいだけだか らな﹂ ◇ ◇ ◇ 一通り真田の練習に付き合ったあなたは、部室にあったサンドバッ グと向き合っていた。 サンドバッグに、アーリマンの赤い巨体を思い浮かべて、蹴り飛ば す。 サンドバッグに、ノアの黒くぼやけた姿を思い出して、思いっきり 殴る。 動きを見れ バアル・アバターには弓道の的のような模様があった。サンドバッ グにそれを描いたつもりで、狙って、射抜く。 ﹁やはり大した力だ。だが、まだ本気じゃないだろう ばわかる。お前の最大の一撃を見せてくれ﹂ 最高の一撃と言っても、まさか人の身体で顔からビームを撃ちだす わけにもいかない。衝撃波で辺り一面をなぎ払うのもダメだ。 そうなると、この場で見せられる最高の技も絞られてくる。 サンドバッグの前で、あなたは左足を前に出し、右手を後ろに引く。 引いた手を頭よりも拳ひとつほど上に掲げ、五本の指を折り曲げ る。 折り曲げられた指の形は、タカやワシのカギ爪のように。 そこから身体をひねり、腕を振りおろす。 指が目標に叩きつけられた瞬間、五本の指を握り込んで一気に中身 をえぐりだす。 衝撃波でも、光の剣でも、ビームでもない。比較的地味で、人間で も出来そうなその技を、あなたはアイアンクロウと呼んでいる。 あなたの目の前に、ズタズタに引き裂かれたサンドバッグが横た わっている。あまり切れ味のよくないあなたの爪は、バッグを裂くの と同時にその衝突の威力でバッグを吊るしていた鎖を引きちぎって しまったのだ。 32 ? ﹂ ﹁こいつは⋮⋮すさまじいな⋮⋮﹂ ﹁すごい 満月が近い。 あなたは、身体の内側から湧き上がる破壊衝動を発散しようと張り 切ってしまった。そして、冷静になって気付く。 ﹁すごいけど⋮⋮片付けるのが大変なような⋮⋮﹂ 琴音も同じことに気付いたようだ。サンドバッグと言いつつその 中身は砂では無かったが、中身が飛び散って部室の中は大変なことに 少し違うな⋮⋮﹂ なっている。学校の備品を壊してしまったのもマズい。 ﹁こうやって⋮⋮こう ら、もう一度学校へ向かう理由はなんだろうかと考えていた││それ あなたは、この喫茶店の名物〟フェロモンコーヒー〟を飲みなが で食べ終わった真田が不満をもらす。 シャガール特製サンド││砂ではない、サンドイッチだ││を高速 ﹁やはり、これでは物足りないな﹂ るかららしい。 た。行けなかった理由は、このあと、もう一度学校まで戻る用事があ 本当は、真田オススメの巌戸台駅近くにある牛丼屋に行きたかっ すため、喫茶店で軽食を取っている。 あなたと琴音、真田の三人は夕方も過ぎて空いてきたおなかを満た なんとか片付け終わったが、すっかり遅くなってしまった。 ポロニアンモール 喫茶店〟シャガール〟 夜 ◇ ◇ ◇ えることでもないが。 の心配をしなくてもいいのだろうか││壊してしまったあなたが言 けることに貪欲なのは感心するが、ボクシング部のエースは部の備品 真田は、今のあなたの動きを盗み取ろうとしているようだ。力をつ ! にしても、実に怪しい名前のコーヒーだ。 33 ! ﹁真田先輩、寮の門限⋮⋮大丈夫なんですか ﹂ 百聞は一見に如かずって﹂ して、これからお前たちに見せるのは〟タルタロス〟。ヤツらと同じ ﹁そうだ。ヤツらは││〟シャドウ〟は今日と明日の狭間にいる。そ れたのも、0時近くだったはず。 あなたが琴音と初めてあった時間。あの奇妙な空間と、黒い影が現 0時に何が起こるのだろうか。 0時。 ずっとわかりやすい。言うだろう ﹁0時だ。0時に学校に行けばわかる。俺が下手に説明するよりも、 真田は強気だ。 れるのではないだろうか。昨日はあれほどおびえていたのに、今日の 確かにこれでもう連絡は来ないかもしれないが、あとで〟処刑〟さ 真田はケータイの電源をきった。 だが⋮⋮あとは、これで静かになるだろう﹂ ﹁美鶴には電話してある。まぁ、〟少しばかり〟遅くなると言ったん あなたの周りには、そんな者ばかりが集まるのかもしれない。 ここにも、思わせぶりなセリフの好きな人物がいたわけだ。 ない。 〟シャドウ〟に関することだ。行けばわかる﹂としか教えてくれてい 真田はもう一度学校へ行く理由について﹁お前らが出会った怪物、 ? く、存在しないはずの時間にだけ存在する塔だ﹂ 34 ? 金髪の子供 4月8日︵水︶深夜 月光館学園校門前 月が満ちるまで、あとほんのわずか。 満月に近い光に照らされ、あなたは気持ちをたかぶらせている。 もしかしたら、それは月のせいではなくて、シャガールで長い時間 ねばっている間に何杯も飲んだ、〟フェロモンコーヒー〟が原因なの かもしれないが。 あなたと、汐見琴音と、真田明彦の三人は、ポロニアンモールの喫 茶店で、怪しまれるギリギリまで時間をつぶした。 そして、今や立派な夜遊び非行高校生となったあなたたちは、学校 の近くで身を隠し〟その時〟を待っている。 ﹁2 3 時 5 9 分。も う す ぐ 面 白 い こ と に な る。よ く 見 て ろ よ │ │ と 35 言ってもこの位置で見落とすはずもないな﹂ 真田が頑丈そうな腕時計を見ながら、もうすぐ〟影時間〟になるこ とを告げた。 ワクワクした様子の真田。その表情は、まるでイタズラ小僧のよう だ。 ﹁うー⋮⋮﹂ 琴音は眠そうだ。あなたが聞いたところでは、彼女は今まで0時過 ぎ ま で 起 き て い た こ と が ほ と ん ど な か っ た ら し い。一 時 期 ネ ッ ト ゲームにハマって、ときに徹夜までしていたあなたとは違って、実に 健康的だ。 そんな優等生の琴音も、あなたと会ってからのごく短い期間で、学 校では妙なウワサが流れ、今夜は寮の規則を破って遅くまで出歩き、 さらに長い棒状の凶器まで持ち歩くようになってしまった。 ﹂ あなたはきっと、彼女を悪の道へと誘い込む悪魔に違いない。 ﹁そら、〟タルタロス〟が出てくるぞ 4、3、2、1。 真田の時計の音が、やけに大きく聞こえる。 ! 針が0時を指し示し││〟影時間〟が始まった。 息をのむ。 あなたの目の前で、学校の校舎や敷地が姿を変えて行く。 昼間、あなたが勉学にいそしんでいた場所は、影時間になると、見 る間に高く高く上へと伸び始めた。 直線と曲線が規則性も無く混ざり合い、それらがねじれ、よじり合 わさりながら成長する││ジャックの豆の木が大きくなる場面は、こ んな風景だったのかもしれない。 そして、どういった理由があるのかわからないが、その異形の塔の あちらこちらに〟仮面〟のような装飾が浮かびあがった。 成長を終えた塔の頂上は、あなたの視力でもかすんでしまって見え ない。 大地から見上げるあなたの目には、その塔はまるで月に向かって掲 げられた槍のように見えた。 空に浮かぶ不気味な月と、それに突き刺さる塔のイメージ││それ は、あなたにカグツチと、そこへ至るための塔を思い出させる。 もしかしたら〟月光館〟学園と言う名前も、ここから来ているのか もしれない。そんなことを思った。 ところで、あなたには太陽に至る塔で経験した数々の思い出があ る。 落とし穴。 流れる床。 一方通行の扉。 真っ暗で先の見えない道。 パズルのような手間のかかる経路。 突然どこかへと転移させられる空間。 侵入しただけで命を削り取られる場所。 そして、容赦なく襲って来るたくさんの悪魔たち。 この街にやって来た日からイヤな予感はしていた。 琴音をかついで歩いていたとき、あなたが遠目に見た塔は、この〟 タルタロス〟に違いない。また、あんなイカした構造の塔を登るハメ 36 になるのだろう。真田が何か言い出すよりも早く、そう確信した。 左手で目鼻をおおうと、のみこんだままにしていた息を長く長く吐 きだす││そして、あなたは自分が少し笑っていることに気が付い た。 ﹁うわー⋮⋮なんですか、これ⋮⋮﹂ 琴音は空高くそびえる塔を見上げ、口をポカンと開けてしまってい る。 その気持ちはわからなくもない。こういった場面を何度か見たこ とのあるあなたでも、先ほどは思わず息を止めてしまったのだから。 ﹂ ﹁まぁ、言ってみればシャドウの〟巣〟ってところだな。面白そうだ ろう どうしてここだけが〟こんなこと〟になっているのか。これは何 のためにあるのか。 あなたが氷川から聞いた、この土地で起きている異変。この塔はそ れに確実に関わっている。 ここまであからさまにおかしなシロモノが、無関係なわけがない。 ﹁さあな。実は⋮⋮人数が足りなくて、まだ本格的に調べたことが無 いんだ。だが、それも今日までだ。影時間の中でピンピンしてるお前 たちには、必ず〟適性〟がある。2人増えれば、人数も揃う。ようや ﹂真田は最後にそう付け足した。 く、ここを調査できるってわけだ﹂ ﹁ワクワクするだろう マガタマ ものの、もう慣れたのか割と平然としている。 そう言う琴音はあまり〟女の子〟っぽくはない。おどろきはした ﹁先輩、なんだか〟男の子〟って顔してますよ﹂ く。 ││力を振るう機会を前にした悪魔たちが、あなたの内側でざわめ 魔力のせいだけではないだろう。 いた。危険があるとわかっていても止められない。この高揚は月の こうよう 真田と同様に、あなたも調査のためだけではない興味をこの塔に抱 ? 37 ? よくわからない状況になっても、パニックにならず冷静でいられ る。そんな琴音からは、たくましさすら感じるくらいだ。 桐条先輩のこと ﹁昔から、そういうの平気なんですよね。ちょっと怖がりな子が好み でしたら、ウチの寮だとゆかりがオススメですよ は良く知りませんけど﹂ 岳羽をオススメされても困る。あなたと岳羽は、まだまともな会話 をしたことも無いのだ。 怖がりなのに、なぜ銃が趣味なのだろうか。あるいは、怖がりだか らこそ銃が好きなのか。岳羽が弓道部なのも、月光館学園に射撃部が ないからなのか。 あなたにとって、岳羽ゆかりはまだまだ謎の人物だ。 あのとき間違った対応をしたとは思っていないが、だからといって 誰 か か ら 嫌 わ れ た ま ま で い る こ と に 苦 痛 を 覚 え な い わ け で は な い。 もう顔を合わせることがないのならともかく、同じ寮に住んでいるの だからどうしたって会ってしまうのだ。 さて、どうしたものだろうか。 昔馴染みの女子との付き合いで得た教訓は、役に立ちそうにない。 橘千晶は、殴られるよりも早く蹴り飛ばしてくるようなヤツだ。あ の事件よりも前は、少しくらいはしおらしい所もあったのだが、今は もう違う。 あなたがそんなことを考えていると、琴音が急に変な演技を始め た。 ﹁せ、先輩。が、学校があんなことに⋮⋮わたし、こわい⋮⋮﹂ さっきまでブンブンと振り回していたナギナタ││それなりの重 量がある││を取り落とし、両手で顔を隠して、怖くて目も開けられ ないとアピール。細かく震えてみせる辺りがなかなかの技巧派なの かもしれない。あいにくと演劇には詳しくないので、うまい下手はわ からない。ただ、初日にやられていたら騙されていただろうなと思っ た。 今となっては、ツッコミを待っているようにしか見えないのだが。 おそらく、ペシンとはたいて、ついさっき平気だと言ってただろ、と 38 ? でもやればいいのだろう。あるいは、そのまま放置して真田とタルタ ロスへ向かうという手もある。 だが、それでは琴音の期待通りの行動のようで〟面白くない〟。 そこであなたは、そのまま怖がっている演技にのってみることにし た。本気で心配して、なぐさめるフリをしてみる。 そう来ます ﹂ 満月に近い今、あなたはハイテンションだ。 ﹁え、そっち ? この音は ﹂ ! 異界に響く排気音は、地獄の処刑人の入場曲。 ヘ ﹁処刑されるかもしれん⋮⋮とりあえずタルタロスに入るぞ ル ﹂ ヘルエキゾーストは、どんどんとあなたたちに近づいて来る。 街に響く排気音はどうしたことか。 影時間には、機械の類は動かないはず。だというのに、今この棺の たぐい せる存在とは、一体なにものなのだろう。 ある〟タルタロス〟を﹁面白い﹂と言ってのける男をここまで恐怖さ みるみるうちに、真田の顔におびえの色が広がる。シャドウの巣で ﹁マズイ ら響いてくるような排 気 音が聞こえて来た。 エキゾースト あなたたちがそうやって遊んでいると、どこか遠くから地獄の底か まぁ、頼もしいと考えれば、これもいいのか⋮⋮﹂ ﹁オ マ エ ら ⋮⋮ 初 め て タ ル タ ロ ス を 見 た っ て の に 余 裕 だ な ⋮⋮。 琴音は照れている。どこかうれしそうだ。 ? 階段の脇あたりにバイクは停車したようだ。エンジン音が止み、カ 身を縮め、息をひそめる。 ちぢ ﹁感じる⋮⋮感じるぞ。ペルソナ能力の持ち主がすぐ近くにいる﹂ スに響き渡りはじめる。 三人が階段下に潜り込んだところで、バイクの走行音がエントラン 段の裏側に隠れることにした。 あなたたちは、タルタロスに入ってすぐのエントランスの巨大な階 だ。 恐れる真田に引きずられて、あなたたちはタルタロスへと逃げ込ん ! 39 ! ンっとバイクスタンドを蹴る音がした。 は カツン、カツン、カツンと、ライダーの履くブーツがエントランス の床とぶつかり、硬質な音を立てる。 カツン、カツン、カツン。靴音がエントランスを動き回る。 カツン、カツン、カッ。足音が、止まった。 ﹁明 彦 ⋮⋮ 君 た ち ま で ⋮⋮ そ ん な と こ ろ で 何 を や っ て い る ん だ ⋮⋮﹂ きら やはり、ダメだった。あなたたちの隠れる場所など、桐条美鶴はお 見通しだ。 腰 を 曲 げ て 階 段 の 下 を の ぞ き 込 む 彼 女 の 手 に は 煌 め く サ ー ベ ル。 エントランスの照明を受けて赤くと首元の真っ赤なリボンはひるが える赤布のよう。巌戸台分寮の寮生代表・桐条美鶴の姿は、どこか闘 牛士のようにも見える。 階段下に潜り込んでいる高校生が3名。 桐条は、この珍妙な状況にいつものキリッとした表情をくずしてい る。彼女が口を半開きにしてポカンとした表情をするところなど初 めて見た。 少しの間、無言の時間が流れる。 そして、それが過ぎ去ると、桐条は頭を2,3回左右に振って表情 を厳しいものに戻した。無かったことにするつもりらしい。 ﹁説明したはずだが、巌戸台分寮では〟許可のない〟夜間外出は禁止 になっている││とりあえず、三人とも正座だ﹂ このときの桐条には、あなたたちに有無を言わせない迫力があっ た。 ◇ ◇ ◇ 影時間 タルタロス1F エントランス あなた、琴音、真田の三人は、タルタロスの硬い床に正座させられ ていた。 40 ! そして、そんなあなたたちの前を、桐条はカツンカツンと靴音をた てながら行ったり来たりしている。右手をアゴにそえ、左手で鞘に納 めた剣の柄をもてあそび、どうやら考え事の最中のようだ。 ﹁⋮⋮っ﹂ そうしてしばらくすると、隣の後輩がモゾモゾとしだした。足がし びれてきたのだろうか。 あなたと真田はズボン。女子生徒はスカート。 なるほど、スカートでこの硬い床に正座は、足が痛くなってくるに 違いない。そう考えたあなたは、上着を脱ぐと、そっと琴音に差し出 した。 真田からの借りものではあるが、目の前の本人も文句を言わないの だから構わないだろう。 琴音は無言でうなずくと、受け取った上着を座布団代わりにした。 三人で親指を立て、うなずき合う。緊急時に限らず、仲間と助け合 うことは大切だ。 ﹁ふむ⋮⋮﹂ 気が付くと、桐条がそんなあなたたちを見つめていた。寮の規則を 破った罰を受けている最中なだけに、その視線はなかなか恐ろしいも のがある。 膝の上に石をのせられたりなどといった、さらなる重罰でも科され るのではないだろうか。そんな悲観的な予測を思い浮かべていると、 桐条は少し優しくあなたたちに笑いかけた。 ﹁もう立っていいぞ。事情は後から明彦に聞かせてもらうことにしよ う。それに⋮⋮私もあまり君たちを責められる立場ではないからな ⋮⋮﹂ ﹁かんし⋮⋮﹂ とりあえずお許しが出たので、あなたたちはようやく足を伸ばすこ とが出来る。真田は何かを言いかけたところで、桐条の視線に黙らさ れた。 桐条は真田をにらみながらバイクに近寄る。そして、バイクの収納 から銀色のケースを取り出し、あなたに渡して来た。 41 ﹁影時間にこれだけ動けていること。多少興奮状態にあるようだが、 精神面でも問題のないレベルで落ち着いていること。この二つを合 わせて考えれば、君たちには間違いなく適性がある。明彦の得意げな 顔は気に入らないが⋮⋮﹂ 真田と桐条││付き合いは長いらしい││のじゃれ合いには関わ らず、あなたは渡されたケースを開ける。 ケースの中あったのは、どこかで見たような銃が一丁。桐条にうな がされ、あなたはその〟召喚器〟を手に取った。 その瞬間、ドクンと心臓がはねる。 感じたのだ。〟マガタマ〟に似た〟何か〟の気配を、その銃の中か ら。活性化したマガタマが身体の中で暴れまわる時のような、なんと も言い難い感覚が、召喚器を持った手から伝わってくる。 ﹁⋮⋮わかるのか。⋮⋮その召喚器には〟ある特別な処置〟がされて いる。そのおかげで、通常の機械類が作動しなくなる〟影時間〟の最 中でも使用できるんだ。あのバイクも同様だ﹂ たそがれ は ね 桐条の説明によると、今あなたが手にしている召喚器の中には、〟 黄昏の羽根〟というモノが仕込まれているらしい。 物であって物でなく、情報であって情報ではない。物質と情報の狭 かんしょう 間にあるモノ。夢と現実の中間存在││黄昏の羽根はそんな性質を 持っているらしい。 その性質が、物理的な干 渉 能力を持った精神的な存在である〟ペ ルソナ〟と近しいため、黄昏の羽根はペルソナの召喚を補助する道具 に使用されている。普通の機械類が動かなくなる〟影時間〟でも、黄 昏の羽根を仕込んだ機械なら稼働するのもそのあたりが関係してい るらしいのだが、詳しい所まではわからない。 黄昏の羽根の利用は、桐条グループが莫大な予算と大量の人員を投 入して研究した成果だ。少し話を聞いた程度でわかるわけがない。 今のあなたに理解できることは、その黄昏の羽根からマガタマと似 たような気配がすることと、その性質がイゴールから聞いた〟ベル ベットルーム〟の話と似ていること││そして、それがあなたの知っ ている〟悪魔たち〟ともよく似ていることだけだ。 42 ﹁美鶴。グダグダと説明するより、やってみせた方が早いぞ。聞いた 話が本当なら、そいつらはもうシャドウを倒してるんだ。召喚器を使 わずにな。俺たちと一緒に来るかどうかはわからんが、影時間に入り 込める以上は知っておいた方がいいだろう。シャドウとペルソナの ことは﹂ あなたとしても、真田の意見はありがたかった。元々それを知りた くて真田についてきたのだ。このまま帰ってしまっては、何のために 喫茶店でコーヒーを何杯も飲んだり、日付が変わるまでブラついたり したのかわからなくなってしまう。 ﹁⋮⋮わかった。明彦、一人で突進するなよ。二人はまだ事情もよく わかっていないんだ。││君たちは明彦について行ってくれ。私は ここから通信でサポートさせてもらう﹂ いろいろとゴタゴタしたが、ようやく││実戦形式で││説明をし てもらえるらしい。 43 ◇ ◇ ◇ 影時間 タルタロス2F 世俗の庭テベル ﹁これがタルタロスの中⋮⋮。なんだか迷路みたいですね﹂ 琴音の言う通り、エントランスの階段を昇った先は迷宮になってい た。 道としての機能を無視した、曲がりくねり行き止まりの多い通路。 通路と言ってもそれほど狭くはなく、琴音が手にしたナギナタを振り 回すのに十分な道幅がある。 あなたは、このタルタロスの光景に懐かしさを感じた。外から見た 時に期待したとおりだ、と。 ﹁タルタロスの中の構造は入るたびに変化する。だから、道順を覚え ておこうとしても意味がない。カンと経験と、あとは美鶴みたいな探 俺の予備で良け 知系の能力を持ったペルソナ使いの、外からのサポートが必要ってわ けだ。ところで⋮⋮本当に武器なしでいいのか ? れば貸すぞ﹂ 真田は手にグローブをはめている。アレが彼の武器なのだろう。 内部に突入する前に、桐条からも何か武器を持って行くことをすす められた。あなたは真田のような手にはめる武器や、桐条のような剣 なら扱えなくもない。ただ、やはり慣れたスタイルがいいだろうと判 断したのだ。 ガ キ つまり、素手である。 あなたの拳は、餓鬼やウィスプなどの小物から、魔王に、邪神、魔 神や創世の光まで、出会った敵すべてを打ち砕いた自慢の逸品だ。そ ここからはシャドウの反応などについて、分かり次 こらで買えるような品物ではかわりにはならない。 ﹃聞こえるか 第音声で伝える。が、見落としがでないとも限らないからな、十分に 気を付けて進んでくれ。││明彦。さっきも言ったが、二人は初心者 だ。ちゃんと指導してくれよ﹄ 桐条がエントランスまで乗り付けて来たバイクには、タルタロスの シャドウ 内部を調べるための機材が積まれている。それと桐条のペルソナ能 力を併用することで、迷路の外からあなたたち周辺の地形や、 敵の反 応などを教えてくれるのだ。 これによって、敵に後ろを取られる可能性が減少し、逆に不意打ち を仕掛ける機会が増える。 戦いは先手必勝。それが骨身に染みているあなたは、このナビゲー トの重要性をとても深く理解した。 ﹃む⋮⋮そうか。理解してもらえたようでありがたい。⋮⋮少し、照 れるな。前線に出られないのはどうにも心苦しかったのだが、そう 言ってもらえると少し気が楽になる﹄ もし、こういったサポートがあったなら、〟あの世界〟での旅はど れほど楽になっていたのだろう。もう過ぎてしまったことではある 先輩、アタッシュケースみたいなのが落ちてますよ﹂ が、あなたはそう思わずにはいられなかった。 ﹁あっ あなたは、ケースに駆け寄ろうとする琴音をつかんで止めた。いき 44 ? あまりにも怪しい。 ! おい余って﹁ぐぇっ﹂と鳴く後輩は置いておいて、真田の方を見る。 ﹁アレは、その、なんだ⋮⋮よくわからんが時々落ちているな。どうし シャドウ てあんなものがあるのか理由はわからんが、中身は普通に使えるな﹂ 開けた瞬間に中から敵が飛び出して来たり、毒ガスが吹き出した り、挙句の果てには爆発したりはしないのだろうか。 ﹃今のところは、そんなことは無かったが⋮⋮。そうだな、以後注意す るとしよう。明彦、汐見、落ちている物にはうかつに触れないように し て く れ。触 れ る の は、こ ち ら で サ ー チ し て か ら だ。⋮⋮ と り あ え ず、そのケースは問題ないようだな﹄ 調査結果を聞いたあなたがケースを開けると、中には札束が入って いた。 ﹁お金ですね﹂ 琴音の視線は現金に釘づけだ。 お金だ。日本の円だ。なぜ、こんなところに日本円が落ちているの ﹂ 〟この再生した世界を守る〟。かつて交わした契約のために行動 するあなたが、現金などという即物的なエサにホイホイと飛びつくこ となどない。それでも、目の前にそれがあれば気を良くしてしまうの は仕方がない。 あなたは、無言でうなずいた。 ﹃理 由 な ど な ん で も い い さ。や る 気 を 出 し て も ら え る の な ら な。 45 だろう。少し考えこみそうになるが、そんなことは後で良いと思いな おす。 あなたは、ケースの中身をもらっておくことにした。カードがある とはいえ、もし本物ならばあって困るものではない。偽物だと扱いに 困るが、本物だと信じたい。 し ﹃タルタロスで見つかった物については、基本的には探索メンバーで 好きにしてもらって構わない。誰のものでもないしな⋮⋮強いて言 えば〟シャドウ〟たちの物なのかもしれないが﹄ 少しやる気が出てこないか ﹁ちなみに、影時間が終わってもちゃんと手元に残ることは確認済み だ。どうだ ? 何ごとも報酬があるのかないのかでは、やる気が違ってくるもの。 ? ⋮⋮っ その先の角、右に行ったところにシャドウ反応だ﹄ 桐条からの情報によると、敵数は1、反応は最低クラスのシャドウ であることを示していて、練習相手として非常に都合が良い。 あと、弾は出ないが、なんとも言えん衝 ﹁まずは俺が手本を見せる。いいか、銃口を自分の頭に向けて引き金 を引くだけ。簡単だろう 撃がくるぞ﹂ の姿を借りて現れる﹄ ? 金を引く。 ポリデュークス ! 来た。 ペルソナの拳は見事にシャドウの中心に突き刺さり、そのまま吹き の拳を振るう。 そのシャドウの突進と交差するようにして、ポリデュークスが音速 ﹁行けっ ﹂ うなものを上げながら、一直線にあなたたちへと向かって突っ込んで 仮面をつけた黒いスライムのような姿のシャドウは、うめき声のよ さすがにこれだけ騒げば、シャドウもあなたたちに気が付く。 ポリデュークス〟は、そんなアンバランスな姿をしていた。 い手袋や靴をつけているように見える手足。││真田のペルソナ、〟 太くたくましい胸板、腕、太もも。それらに比べてひどく小さく、赤 た青白い巨人が現れる。 そして、真田の内側から、右手に大きな注射器のようなモノを付け なたの耳に、陶器が割れるような音が届いた。 真田の顔面から吸い込まれた幻の弾丸が、〟何か〟を撃ち砕く。あ ﹁来いっ ﹂ そして真田は、自分のペルソナの名を誇らしげに叫びながら、引き ﹁俺のペルソナは、ボクシングの神さまらしいぞ。ピッタリだろ ﹂ 鎧、魂の剣だ。そして、ペルソナは神話や歴史に語られた神々や偉人 つるぎ ﹃ペルソナは、自分の中にいるもう一人の自分。敵と戦うための心の ける。 真田はシャドウの見える位置まで進むと、召喚器を自身の眉間に向 ? 飛ばした。弾き飛ばされたシャドウは、通路の壁に衝突し、そのまま 46 ! ! ! 黒い霧になった。 ﹁まぁ、こんなところだ。このあたりのシャドウは弱いから、最初の練 習台としては悪くない。⋮⋮慣れると物足りないがな﹂ 横から見ている分にはひどく簡単そうだ。 あなたと琴音は、シャドウと出会う前に一度〟ペルソナの召喚〟を 練習してみることにした。 ﹃ペルソナを召喚するときのコツは、〟死を想うこと〟だと言われて いる。覚悟を決めろと言うことだな。召喚器が銃の形をしているの も、自分に向けて引き金を引くことで、それを強く意識させるためら しい﹄ まるで自殺のようだ。そんなことを思いながら、あなたは弾の出な い銃口をこめかみにあてる。 軽く、引き金にかけた指を絞る。 なにも、起きない。 ﹂ おりなのかもしれない。 そう考え、あなたは琴音の手にした銃を見る。 ﹁あ、じゃあ、わたしもやってみますね﹂ ﹁ペルソナ﹂とささやくような声の後、琴音の頭の中の何かがハジケ た。 琴音の中から出て来たペルソナは、先日あなたが見た〟死神〟とは なんじ 違う。 ﹁我は汝⋮⋮、汝は我⋮⋮。オルフェウス﹂ 琴音がつぶやいたのが自分の〟ペルソナ〟の名前なら、もう一人の 琴音は、死んだ妻を取り戻すために冥界まで降った詩人と言うことに なる。 あなたには、〟あの世界〟でディオニュソスを仲魔にしていたと 47 もう一度、引く。 なにも、起きない。 故障か カチン、カチンと音がするだけだ。 ﹁なんだ ? 召喚器の調整が終わっていないとのことだったので、真田の言葉ど ? き、そんな話を聞いた覚えがある。もしかしたら、ケルベロスから聞 いたのかもしれないが。 オルフェウスは男性だったはずだ。だが、琴音のオルフェウスは、 ﹂ 髪を腰のあたりまで伸ばしていることもあって、どこか女性的に見え る。 ﹁真田先輩、これで、あの怪物と⋮⋮シャドウと戦えるんですよね 琴音は桐条にナビゲートされ、近くにいたシャドウに挑戦すること になった。 オルフェウスは、手足の関節がまるでロボットのような球体関節と なっている。細い鉄の棒のようにしか見えない肘や膝は、簡単に折れ てしまいそうでどうにも頼りない。その代り、手足の先は普通の太さ で、真田のポリデュークスとは対照的だ。 竪琴の名手のペルソナなだけあって、オルフェウスはその背に大き なハート形の竪琴を背負っている。きっと、あれで音楽を奏でて敵を 眠らせたりするのだろう。 ﹂ あなたは、そう考えていた。 ﹁突撃ー そして、そのまま力いっぱい振り下ろす。 巨大な竪琴は立派な鈍器となり、シャドウは床との間に挟まれ、つ ぶされ、霧に変わる。 音楽家のペルソナ。その竪琴の音色だけを頼りに冥府を旅した詩 人の攻撃は、まさかの直接打撃だった。 あなたの淡い期待は打ち砕かれた。ああ、やっぱり、あの後輩のペ 汐見の方は問題ないな。すまないが、汐見の召喚器でもう ルソナなんだな、とそんな気持ちがあなたの心に広がる。 ﹃よし 一度試してくれ﹄ あなたは、琴音がたった今使用したばかりの〟問題のない〟召喚器 を受け取った。 そして、撃つ。撃つ。撃つ。 48 ? 大きく竪琴を振りかぶり、オルフェウスはシャドウへと突進した。 ! ! ﹂ やはり、何も起きなかった。 ﹁おかしいな。どうなってる ﹂ 他のみんなが使うペルソナが出せないのは、少しさみしい。ただ、 にうなずく。 暴れて憂さを晴らしたあなたは、スッキリとした表情で桐条の言葉 ら、わけがわからないものだ。 存在しないはずの〟時間〟の中でもタイムリミットはあるのだか 取ったら、すぐにタルタロスから出て行かなくてはならない。 の時間〟から姿が消えてしまう。なので、影時間が終わる様子を感じ 宮に飲み込まれてしまうらしい。そうなると、次の影時間まで〟普通 影時間が過ぎてもタルタロスの中に残っていると、そのままこの迷 よう﹄ しないはず、なんだが⋮⋮。まぁ、今日はこれぐらいにして帰るとし こに同じ性質を持ったペルソナの力が加わっていなければ⋮⋮通用 性質を持っている。だから⋮⋮どれほど強力な武器を用意しても、そ ﹃さっきは言わなかったが、実は〟シャドウも〟情報と物質の中間の ルソナ使いしか倒せないはずのシャドウは、あなたの拳で消え去る。 結局、あなたはペルソナを呼び出すことが出来なかった。だが、ペ ﹁ああ⋮⋮。そのはずだ﹂ ね ﹁真田先輩、〟シャドウと戦えるのはペルソナ使いだけ〟なんですよ 暴れまくるあなたの力は、出会う相手を全て黒い霧にかえた。 踏みつぶす。 あなたの拳が、シャドウの仮面を叩き割る。あなたの蹴りが、敵を ◇ ◇ ◇ ら、かつて戦った魔人たちの姿を思い出すだけでいいのだが。 どうやら、あなたと召喚器は相性が悪いようだ。〟死を想う〟のな ﹃個人の体質の問題なのかもしれん﹄ ? 戦うことが出来るのなら問題はない。とりあえず、思考をそう切り替 49 ? えた。 あなたたちが、練習の最中に発見していた脱出地点まで移動してい るところで、桐条の焦った声が聞こえて来た。 ﹄ 〟死神〟 いや、違う。違うが⋮⋮気を付 その先に強力な反応。警戒しろ ﹃なんだこの気配は けろ ? ﹁え 女の子 ﹂ あなたたちの向かう先、十字路を何者かが横ぎる。 ! !? ケラでこわせるわけがないでしょう かんがえてみて ? 仮面は ? 先輩の知り合いですか ﹂ でも、あんまりおかしなことをしている ? から、つい、きちゃったの。 ﹁え、誰 ? だけのつもりだったのよ ││ワタシはいつもみている。あなたをね。ホントはまだみてる いるようだ。 少女の目が細められる、その眼光はあなたの中の何かを見透かして つけて、はずすもの⋮⋮わかるわよね ? ││セカイとひきかえにつくったヒトのカワが、そんなちいさなカ の空間を満たした。 その瞬間、少女から放たれた〟とてつもなく恐ろしい妖気〟が周囲 変えず、顔だけを動かして、横目で〟あなた〟を見つめる。 金髪の子供は通路が交差するところで立ち止まると、身体の向きは は。 それは青い服を着て、金色の髪をした幼い少女のようだ。見た目 ? 桐条からの通信もない。 ? のオモチャ。トモダチになってくれなかったんだから。それぐらい ││じゃあ、もういくね。⋮⋮わすれないでね あなたはワタシ 真田はすでに凍り付いたように動けないでいる。 輩はピクリともしなくなる。まるで、金縛りにあったようだ。 視線を受けた琴音が息をのむ音が聞こえた。そのまま、あなたの後 だけを少しずらすと、琴音をにらみつける。 少女は、琴音の質問には返事をするつもりがないらしい。その目線 ││こうほしゃね。あなたとは、おはなししてないの。 ? 50 ! ? してもらわないと、ね 動けないでいるあなたたちの目の前を、金髪の子どもはゆっくりと 歩く。 少女の姿が通路の角に消えてしばらくするまで、四人の内の誰も、 口を開くことは出来なかった。 51 ? 4/9 女帝の心得 4月9日︵木︶ 朝 満月 巌戸台分寮 1Fラウンジ 部活のために早く出かけた岳羽ゆかりを除いた、四人の寮生がラウ ンジに集まっている。 もちろん、あなたもその中の一人だ。 影時間での行動は体力を消耗しやすい。慣れてい みんなをラウンジに集めた桐条は、ちらりと時計をながめた後で口 を開いた。 ﹁よく休めたか ない者は特にな﹂ 疲れなどない。むしろ、今日のあなたは絶好調だ。 琴音と真田も、どちらもそれほど疲れを残しているようには見えな い。 ﹁素晴らしい⋮⋮。体調の管理は各自に任せるしかないからな。││ 登校前の忙しい時間に集まってもらったのは他でもない。昨日のア レについてだ⋮⋮私は直接会ったわけではないので、君たちの意見を 聞いておきたくてな﹂ タルタロス体験に参加した全員を集めてはいるが、桐条が本当に確 認をしたいのは、主に〟あなた〟にだろう。あの金髪の少女の言葉 は、そのほとんどがあなたに向けられたものだったのだから当然だ。 とは言え、あなたが〟現実〟であの謎の少女と会ったのはあれが初 めてだ。影時間のタルタロスを〟現実〟と呼んでもいいのなら、だ が。 ﹂ ﹁あの⋮⋮桐条先輩。その⋮⋮とってもおかしな話なんですけど、そ れでもいいですか ﹁ん ⋮⋮ああ、なんでも言ってくれ。どんなことでも構わないぞ﹂ るのか見当がついた。 その言い難そうな様子を見て、あなたは彼女が何を言おうとしてい 琴音はどこか恥ずかしそうにしながら、手をあげる。 ? 52 ? 桐条は、あなたの言葉を待っていたのだろう。そこに琴音が、なぜ ? 影時間って、昨 か顔を赤くして発言の許可を求めたので、少しとまどったようだ。 ﹁それじゃあ⋮⋮あの、昨日、でいいんですかね 子って〟アリス〟みたいでしたよね その⋮⋮昔、流行ったアニメ ど。とりあえず、〟昨日の〟影時間に出会った女の子ですけど。あの 日って言えばいいのか、それとも今日って言えばいいのか困りますけ ? ﹁〟アリス〟 アニメ なんのことだ ﹂ を斜め下にやりながら、途切れ途切れにそう言った。 琴音は、両手の指をからめたりほどいたりと忙しなく動かし、目線 しろ実際に居たらこんな子だよねっていうか⋮⋮その⋮⋮﹂ のキャラクター⋮⋮なんですけど。でも、よく似てるっていうか、む ? ? ﹂マークが飛び交っているような雰囲気だ。 ターだった覚えがある。 う一人のヒロイン兼ボス敵のような扱いで、存在感のあるキャラク ふさがる敵として、またあるときは味方になって助けてくれたり。も 作中での役回りは謎めいていて、あるときは主人公たちの前に立ち した。 〟アリス〟は不幸な死を遂げたイギリス人少女の亡霊として登場 ﹁アレか⋮⋮ミキが好きだったな⋮⋮﹂ そうな、懐かしそうな、何とも言えない表情をしていた。 真田はどうなのだろうと、あなたが彼の顔を見ると││真田は悲し い。 なると、一般人が見るような番組は見ることがなかったのかもしれな ニメについて桐条は知らなかったらしい。桐条グループの令嬢とも どうやら、あなたと同年代の日本人なら、まず知っているだろうア なかったからな⋮⋮﹂ ﹁すまん⋮⋮わからない。アニメーションなどは、あまり見る機会が イちゃんが主人公で⋮⋮﹂ も男の子も夢中になって⋮⋮、だから、アレですよ。セツナ君とミラ ﹁その⋮⋮。ほら、小学生のころスゴかったじゃないですか。女の子 たくさんの﹁ 桐条には琴音の話した内容が理解できなかったようで、その頭上に ? そして、その見た目と謎の行動がウケて、当時の人気作だったその 53 ? ? アニメの中でもトップ3に入る人気キャラだったのだ。 ﹁トモダチが欲しかっただけだったんだよな⋮⋮。それで、セツナた ちがいないときは一人で人形遊びをしてて⋮⋮﹂ 真 田 の 目 が わ ず か に う る ん で い る よ う だ。た し か に 人 気 キ ャ ラ だったが、泣くほど好きだったのだろうか クラスメイトの意外な一面を見た気がする。牛丼大好きな無敗の ボクシングマンも、小学生のころはアニメに一喜一憂していたのだろ う。 琴音や真田、それからあなたも参加して、昔の話題で盛り上がる。 そんなあなたたちの様子を見た桐条は、すこし顔をうつ向かせた。 誰だって、話題に置いていかれるのはさみしいものだ。 ﹁明彦も知っているのか⋮⋮と、もう出ないといけないな。話の続き は放課後にしよう。すまないが、学校が終わり次第もう一度ここに集 まってくれ﹂ ちょうど、登校するのに良い時間になっている。 朝と夜は あなたたちは、そのままの流れで四人一緒に学校へと向かうことに した。 ﹁そういえば、先輩たちってお昼はどうしてるんですか 寮で出ますけど、昼って自分で用意ですよね﹂ うみうし ロテインを溶いた牛乳だ。毎日あれで飽きないのだろうか ﹁おまえたち⋮⋮そんな食事ばかりではダメだろ⋮⋮﹂ ? 真田はいつも牛丼を食べているイメージがある。飲み物も粉末プ 利だぞ﹂ ﹁俺はだいたい牛丼だな。駅前の〟海牛〟はお持ち帰りがあるから便 物はちょっと良さげな豆乳だ。 健康にだって配慮して││意味があるのかわからないが││飲み まにはデザートとしてコロネやメロンパンもいいだろう。 か に パ ン。あ げ パ ン。カ ツ サ ン ド。や き そ ば パ ン は 外 せ な い。た あなたの昼食は購買のパンだ。 し沈んだ様子の桐条に気を使ったのだろう。 歩いていると、琴音が〟誰でも参加できる〟話題をふってきた。少 ? 54 ? ﹂と期待をよせた。 桐条はあなたと真田にあきれたような視線を向けた後、琴音に﹁君 は違うよな 寮の部屋って料理するところありませんし﹂ テるよな たちばな ち あ き ﹂とそれなりに練習していたのだ。今となっては、本当に が出来た。人目を気にしていたころの彼は、﹁料理が出来る男ってモ どうでもいいが、あなたの東京での友人、新田 勇はそこそこに料理 に っ た いさむ 有っても、火も無ければ、まな板を置くスペースも無いのにだ。 ないことなんてない﹂とでも言いそうな気がしなくもない。冷蔵庫は 同じお嬢様でも、あなたの幼なじみである橘 千晶なら﹁やってやれ 言うまい。 洗面台ならあるが、あれで調理しろとは、いくらお嬢様の桐条でも ら ﹁えっと、ごめんなさい。わたしも購買部頼りでして⋮⋮。だって、ほ ? はないぞ ﹂ ﹁君たちは⋮⋮。まぁ、いいさ。だが、期待しているほど豪華な代物で 覚している。まったくもって、恐ろしい後輩を持ったものだ。 なお、あなたはこの成果の大半が、汐見琴音の手柄であることは自 カモに過ぎなかったようだ。 き上げられた││あなたの交渉能力の前では、たとえ桐条と言えども 数多の悪魔たちからマッカとアイテムを巻き上げた││そして巻 あまた 田のサムズアップに応える。 イエーイと大げさに喜びを表現する後輩とハイタッチ。そして真 ﹁その⋮⋮今度、寮生の分も頼んでみようか﹂ じっと見つめる。 ﹁いや⋮⋮だからな⋮⋮﹂ 三人で桐条を見つめる。 あなたと真田、それから琴音までも参加して、〟このお嬢様め〟と ﹁私は⋮⋮家の方から届くからな。その⋮⋮スマン﹂ あれば。 どうなのか。あなただって、おにぎりくらいは作れるのだ。場所さえ それよりも、なんとなく上から目線で偉そうなことを言う桐条こそ どうでもいいことだが。 ? ? 55 ! 桐条視点での質素なお弁当。それは、はたして購買パンよりも質素 なのだろうか。いや、そんなことがあるはずもない。 あなたたちがそんな話を口々に告げると、お嬢さまも﹁それはそう だ﹂と笑う。 それは、あなたが彼女と会ってから初めて見る、本当に楽しそうな 笑顔だった。 普段の口調や態度もあって、桐条にはひどく厳しそうな印象しかな かった。だが、こちらがあまり構えずに話してみれば、意外と面白く、 また可愛げのある同級生なのかもしれない。 あなたは、少しだけ桐条美鶴という人物についてわかった気がし た。 ◇ ◇ ◇ 56 放課後 今日は、早く寮に戻るよう言われている。 ﹂ あなたが帰り支度をしていると、桐条が机の前に立った。 ﹁朝の話は覚えているな 〟桐条〟はズルイものだ。 許を取るために、こっそり他県にまで出張する輩もいるというのに、 だろう。なんといっても〟桐条〟なのだから。世の中には二輪の免 まり公にはしていないらしい。もちろん、正式な許可は取っているの 桐条は、人差し指を唇の前でたててみせた。バイクについては、あ とはあまり大きな声で言わないようにしてもらえると助かる﹂ ﹁いや、別に心配はしていない。ただの確認だ。それから、バイクのこ している学校は多く無い気がするのだが。 だが、それなら桐条のバイクも校則的にどうなのだろう。あまり許可 入 寮 数 日 で 門 限 を 破 っ て い る の だ か ら 仕 方 の な い こ と で は あ る。 だ。 改めて念をおされる。どうやら、あなたの信用はあまりないよう ? ⋮⋮一 あなたは、真田はどうしたのだろうと顔を左右に振る。教室内にボ クサーの姿は見つからない。どうやら先に出たようだ。 ﹂ ﹁明彦なら、走って帰ると言って急いで出て行ったぞ。ん 昨日もこんな話をしなかったか したような気がする。 か ﹂ たちばな ﹁橘千晶⋮⋮どこかで聞いた名前だな。名字の橘は、〟あの〟 橘なの と思い出したように聞いてきた。 そして、モノレール〟あねはづる〟に乗車。その車中で桐条が、ふ なたが東京で暮らしていたときのことなどを話した。 道中、あなたと桐条は、今日の授業内容や寮や学校の設備関係や、あ までの道を並んで歩く。 モノレールに乗るため、学校から一番近い〟ポートアイランド駅〟 い最近になって言ってみたら、ヒドイ目に合わされたが。 今はアレでも、小さいころは〟ちーちゃん〟などと呼んでいた。つ ものだ。 気が強くて高飛車でお嬢様な幼なじみを持つと、いろいろと覚える るんだな﹂ ﹁あまりからかわないでくれ。⋮⋮朝も思ったが、君は意外と口が回 と二人歩きというのも悪いものではない。 朝のようにみんなで歩いて来るのも悪くないが、桐条のような美人 めた。特に必要のないことだと思ったからだ。 あなたは、そのときのことを思い出そうとしてみたが、少ししてや ? の言っている〟その〟橘で合っている。 あなたと一緒に遊び歩いたりなどしていたが、橘千晶はあれで結構 な名家のお嬢様なのだ。そのせいで、上から目線で自己中心的などと 言われるような性格に育った気がする。 あなたの存在も橘千晶の人格形成に大いに関与しているのだが、そ の点についての代金は支払い済みである。││まさか、幼なじみにハ エ化光線を撃たれるなんて思いもしなかった。 57 ? 普通は、〟あの〟ではわからないと思う。思うが││たぶん、桐条 ? ﹁たしか、どこかのパーティーで会っているな⋮⋮。わずらわしいだ けかと思っていたが、共通の話題がある相手がいれば、多少は楽しむ ことが出来そうだ﹂ なんとなくイヤな予感のする話だ。 具体的などうこうは思いつかないが、それぞれ別の場所で出来た知 り合い同士の間で話のタネにされると考えると、どうにもむずがゆい ものがある。 どうも、先ほどからかった仕返しをされているようだ。嫌がるあな たを見る桐条の表情は、少しだけニヤついている。 お嬢様な方々は、〟そっち〟の趣味になりやすいのだろうか。桐条 が大人になったら、高いヒールを履いてムチを振り回していそうだ。 あなたは、なんとなくそう思った。 ﹁いや、そんな趣味は無い﹂ そんなくだらない話をしている間も列車は進み、〟巌戸台駅〟へと 58 到着した。 ◇ ◇ ◇ 巌戸台駅から寮までの道中には、巌戸台駅前商店街がある。 名前通りの場所にある商店街なのだが、そこには何の肉を使用して いるか不明のハンバーガーショップ〟ワイルドダックバーガー〟や、 タコの入っていないタコ焼き屋〟オクトパシー〟などの怪しげな店 が並んでいる。真田お気に入りの牛丼屋もここにあるのだが、本当に 大丈夫なのだろうかと少し心配になってくる。 あなたは、たこ焼き屋の前を歩いているときに、寮に帰ったら朝の 話の続きだったと改めて思いだした。話が長くなるようなら、何か食 べる物があっても良いだろう。 タコの入っていないタコ焼き。しかし、ちゃんと〟具〟は入ってい なんだ、怪しいと言いながら買うのか﹂ るらしい。 ﹁ん よ ほ ど 腹 が 空 い て い た の だ ろ う。桐 条 の 瞳 が 期 待 に 輝 い て い る。 ? そんなに食べたいのなら、自分で買えば良いと思う。 お金はあるのに買い食いも出来ないとは、将来ちゃんとやって行け るのか少し心配になる。 ﹁なかなか⋮⋮な。別に出来ないわけではないぞ。ただ、どうにも踏 ん切りがつかなくてな⋮⋮﹂ あなたは、〟タルタロスで拾ったお金〟で5箱買うことにした。 ﹂ 交番に届けたとしても、拾った場所も言えないお金だ。みんなの胃 にいちゃんまたきてなー 袋を満たす役に立つのなら本望だろう。 ﹁まいどおおきにー 桐条は表情を引き締めた。 ﹂ ﹁お互いそれなりに情報を出したところで、一つ聞いてもいいか ││君と氷川氏はどういった関係だ ? 〟を打倒した。 念をかけて力の限りぶつかり合い、そして、あなたの拳が氷川の〟神 あなたの名前のないコトワリと、氷川の静寂のコトワリ。双方の理 シジマ 最初の日に遠くからタルタロスをながめた坂道まで来たところで、 ないだろうか。 を歩いている高校三年生の女子生徒は、実は相当希少な生物なのでは んど読まない。遊び歩かないし、買い食いもしない。今、あなたの隣 その結果わかったことは、桐条美鶴はアニメを見ない。漫画もほと 条のことを聞いてみることにした。 東京でのあなたについて話していた先ほどまでとは逆に、今度は桐 くてな﹂ ﹁興味があるのは確かだ。あまり、そういった物を口にする機会がな るたびに、桐条の視線がそれにつられて微妙に動く。 片手に鞄、もう片方の手にタコ焼きの入ったビニール袋。袋が揺れ た物が飲めたのだから、普通に売っている商品なら大丈夫なはずだ。 地下道や、謎の神殿、アマラ絡みの謎の場所、いろいろな場所で拾っ にか〟らしい。食べられるのなら問題ないだろう。 怪しい売り文句について店主に確認すると、中身は〟タコっぽいな ! あなたと氷川の関係を簡単に言うと、勝者と敗者となる。 ? 59 ! 新しく創世されたこの〟古い世界〟について、氷川が本当の所はど う思っているのかはわからない。 ││私は世界の〟滅び〟は避けられないと考えている。だからこ そ、己の手で理想の世界を築こうとしたのだ。 だが、私の創世は一匹の悪魔によって潰えさせられた。⋮⋮そう、 君によってね。 〟滅び〟の時は必ず訪れる。それは、この脆弱な世界を選んだ君の 責だ。 コトワリ しりぞ 自ら望んで、永劫の苦難を選択した愚者よ。君は、ミロク経典に記 されたアマラの理を退け続けることが出来るかね いい年をしてもっとわかりやすく話せないのかと思うが、オカルト に染まり切っている相手にそれを言っても仕方がない。 氷川があなたに言ったことを簡単にまとめると、〟金と情報をやる から世界が滅びないよう戦え〟ということだろう。詳しくは違うの かもしれないが、もらうものさえもらえるのならそれでいい、とあな たは考えている。 などという〟東京受胎〟関係のことは言えないので、あなたは情報 と資金を提供されている事実だけを話した。〟桐条〟ほどの組織な らそのくらいはもう調べているだろうから。 ﹁そうか。なら、私も君が知っているだろうと考えていることを話そ うか。││かつての〟桐条〟は、氷川氏と、その背後にある組織と関 わりがあったらしいぞ﹂ あなたの創世によって〟東京受胎〟以前に戻ったこの世界では、氷 川は依然として〟ガイア教団〟の幹部を続けている。 あ ん な こ と そ し て、月 光 館 学 園 は 〟 桐 条 〟 が 造 っ た 学 校 だ。そ の 学 校 が 〟 タルタロス〟になっている以上、〟桐条〟とシャドウの間には強い関 係がある。 その〟桐条〟が〟ガイア教団〟と関わりがあったとすると、氷川が この土地について詳しかったことも納得できる。月光館学園の理事 長に伝手があったことも同様だ。 あなたの頭に、〟ガイア教団の陰謀〟なんて言葉が思い浮かぶ。そ 60 ? して、事態がひどく簡単になったような、一層複雑になったような、何 とも言えない気分にさせられた。 あなたは左手で目を隠すと、ひとつため息を吐く。あなたの瞳は、 まだ黒いままだ。 ﹁どうやら、君もあまり詳しい所までは知らないようだな。⋮⋮⋮⋮ 実は私もなんだ。〟桐条〟の名前を持ってはいても、わからないこと が多すぎる。後継者としての振る舞いは求められても、知ることは許 されていないんだ﹂ ﹁情報交換の提案だ﹂と桐条美鶴は言葉を続けた。 うと 本当に知らないのか、探り合いのための駆け引きなのか、こういっ たことに疎いあなたではどちらなのか判断は出来そうにもない。た だ、あなたが提供できる情報はもうほとんど無い。 氷川は、あなたにこの土地に行けとしか言わなかった。それ以上の ことは何も話さなかったのだから、自分で調べろと言いたいのだろ 君がそれを振る舞ってくれるのだから、私も紅茶を淹れる 桐条のテンションが高い気がする。高い物を食べなれているはず 61 う。 あなたは、桐条美鶴にあまり多くのことを期待しないように告げ た。そして、そっと鞄を道路に置くと、桐条に向かって片手を差し出 した。 その手を桐条が握り、取引は成立した。 ﹁と り あ え ず は タ ル タ ロ ス だ な。出 来 る こ と か ら や っ て い く し か な い﹂ つないだ手を、一度振って離す。 鞄を拾って少し歩くと、あなたの目に少しだけ見慣れて来た建物が 映る。 〟月光館学園巌戸台分寮〟││これから、あなたが仲間たちととも に過ごすことになる場所だ。 ﹁さて、こういった話はここまでにしようか。││そのタコ焼きはみ んなでわけるのだろう 1人で5箱も食べては夕食に障るからな。 そうだ ? ことにしよう。先日、良い葉が手に入ったところでね﹂ ! あ のお嬢さまは、〟謎のタコ焼き〟がうれしくて仕方ないようだ。 タコ焼きに紅茶││おそらく高級品││は合うのだろうか なたはビニール袋の中の箱を見て、寮を見て、桐条を見る。 こ れ ぐ ら い で 機 嫌 が 良 く な る の な ら 安 い も の だ。あ な た は 何 か あった時のために、心のメモに一言書きこんだ。 桐条美鶴にはタコ焼き。 62 ? Ⅰ ﹃MAGICIAN﹄ 水精の微笑 4月9日︵木︶ 夜 満月 巌戸台分寮 1Fラウンジ ﹁いりません﹂ 男子2名、女子3名、月光館学園巌戸台分寮で暮らす5人と、学園 の〟理事長〟が揃ったラウンジに、岳羽のとげとげしい声がひびい た。 言い放った本人の表情は、かなり険しい。 差し出した物を受け取り拒否されたあなたは、思わず隣に座ってい る桐条の顔を見てしまう。桐条がたいそう期待していた〟タコ焼き ﹂ 〟は、ここまでキッパリと嫌がられるような代物だったのだろうか、 どうした ﹂と首をかしげている。 年頃とか、反抗期とか言われる時期なのだろう。 ﹁えっと⋮⋮その⋮⋮すいません。ダイエット中なんです﹂ こう言われてしまっては、あなたからこれ以上すすめるわけにはい かない。 岳羽はダイエットでお腹が空いていて、そのせいでピリピリしてい るのだ││きっと、たぶん。 あなたの手には、たった今受け取り拒否されたタコ焼きの箱があ る。これをどうしたものかと考えていると、その場で一番年上の人物 が手を挙げた。 あなたたちは、3年生3人、2年生の2人と、学年で別れてラウン ジの長椅子に陣取っている。少し情けない感じの声を出したのは、そ 63 と。 ﹁⋮⋮ん ? 桐条は特に何とも思ってはいない様子で﹁なぜ私の方を見るんだ ? もしかしたら、岳羽はいつもこんな調子なのかもしれない。難しい ? の中の誰でも無く1人用の椅子に腰かけた眼鏡の中年男性だ。 ﹁あ、じゃあそれ僕がもらうよ。ちょうど小腹がすいて、お腹がグー グーいって困っていたんだ。やっぱ人間、食べてナンボだからね﹂ 気をつかわれたのかもしれない。 いくつきしゅうじ 氷 川 の 知 人 と 言 う こ と で 警 戒 し て い た が、月 光 館 学 園 の 理 事 長・ 幾月修司は比較的付き合いやすい人物のように思える。少なくとも、 グーグー・ナンボって﹂ 怪しげでわかりにくい話し方はしないようだ。 ﹁ほら、昔アニメであっただろ あなたは、寸前の評価を改めた。 幾月本人としては会心のジョークを決めたつもりのようで、実にイ ラつくドヤ顔を披露している。ずり落ち気味の眼鏡をクイクイっと 直しながら、自分のジョークで﹁ヌフフ﹂とご満悦だ。 寒そうな名前をした氷川の知り合いだけあって、実に寒い││髪の 毛は氷川よりも暖かそうだが。 ﹁すまん。こういう人なんだ﹂ ﹁なんか⋮⋮ごめんね﹂ 桐条があなたに申し訳ないと言い、それと同時に岳羽が琴音に謝っ た。2人は驚いて顔を見合わせ││すぐに岳羽が顔をそらした。 ラウンジに何とも言えない空気が流れる。この微妙な沈黙と緊張 感は、いったい何なのだろうか。 どことなく気まずい雰囲気の中、あなたはもそもそとタコ焼きを食 べる。 タコのようでタコではないこの具は、もしかしたら〝アレ〟なのだ ろうか。アレをこうやって調理して、しかも、商品として売りに出し ている。人間ってヤツは、つくづくチャレンジャーな生き物だ。 アレは見た目や匂いも独特なものがあるので││この〝謎のタコ 焼き〟は実にうまくそれを消している││断固拒否した岳羽の気持 ちもわからないではない。 おいしいのにもったいないなとは思うが。 ││まずは、改 皆が食べ終わったタイミングで、幾月が手を叩いた。 ﹁さて、腹ごなしも済んだことだし本題に入ろうか ? 64 ? めて自己紹介かな おかげ 僕は、月光館学園の理事長を務めさせてもらっ ている幾月修司だ。イ・ク・ツ・キ⋮⋮言いにくいだろう でどうもこういう自己紹介が苦手でね﹂ ﹂と毎回やるのだろう。確かに、この理事長と持ちネ ﹁いいんじゃないかい わかりやすくて﹂ 女の呼称をアリスとしたいのですが、構いませんか ﹂ ﹁アニメキャラクターの〝アリス〟に似ているということなので、彼 さっぱり不明なわけだ﹂ ﹁なるほど⋮⋮。それで結局その〝謎の少女〟については、すっかり ◇ ◇ ◇ 幾月理事長の司会進行で、巌戸台分寮の夕方の会議は過ぎて行く。 己紹介をしておこうか﹂ ﹁もう数日経ってるし、お互い知ってるとは思うけど、一応、全員の自 思われたくない琴音の気持ちは、よく理解できる。 あなたはアゴに手をやると、ウンウンとうなずく。理事長の同類と タがかぶるのはなんとなくイヤだ。 くいですよね た声が届いた。おそらく、彼女も自己紹介で﹁シ・オ・ミって言いに あなたの耳に、琴音が小さく﹁うわ⋮⋮かぶった⋮⋮﹂とつぶやい ? ? ? ﹁なんだ、岳羽。怖いのか ﹂ れたりしたら、気絶してしまうかもしれない。 岳羽は、オバケが相当苦手なようだ。もしも、思念体に話しかけら みに動かし、視線はフラフラとして定まらず、言葉もどもりがち。 逆にこっちが驚きそうなくらい、挙動不審になっていた。体を小刻 じゃなくて、琴音まで一緒になってからかわないでよ﹂ の、いるわけがないじゃないですか。や、やだなー⋮⋮先輩たちだけ ﹁な、なんですか⋮⋮その金髪少女の幽霊って⋮⋮。そそそ、そんな だ﹂などと茶化す程度。そして岳羽は││ 音はここのことがよく分かっていないし、真田はときどき﹁面白そう 会議と言っても、主に話をしているのは幾月と桐条だ。あなたと琴 ? ? 65 ? 真田の言葉は、少しだけ挑発的だ。 ﹂ ﹁こ、怖くなんてありませんよ ゼンゼン、ゼンッゼン、平気ですか ら 掃除とはなんだろう あなたはそんな話を聞いていない。 ﹁えっ、はい。大丈夫です﹂ ﹁じゃあ、今日の掃除も参加だな﹂ ! 由はなにかって﹂ でも⋮⋮気になるだろう シャドウが、今までと違う行動をとる理 て来る。││だから、まぁ、放っておいても被害が増えることはない。 して、象徴化せずに影時間にいる者の所へは、どこからともなくやっ ﹁シャドウは棺桶のような姿に〝象徴化〟している人は襲わない。そ やらそうではなかったようだ。 がうろついていた。あなたはあれが普通なのだと思っていたが、どう │そういえば、あなたがこの寮へと来た日も、かなりの数のシャドウ 昨晩はタルタロスの外部でかなりの数が確認されたようなのだ。│ ス〟に閉じこもって出てこないらしい。それなのに、どういうわけか 桐条の説明によると、通常のシャドウはそのほとんどが〝タルタロ シャドウの動きがおかしい││﹂ ﹁すまない。まだ、部員にしか話していなかったな。実は、少しばかり 転校生には知らされていない話らしい。 あなたが頭を振ると、あちらもコテンと首をかしげる。どうやら、 なたを見ていたようで目が合った。 琴音は聞いているのだろうかと、彼女を見る。すると、向こうもあ ? か ﹂ ツらの数を減らしておきたいのだが⋮⋮君たちも協力してくれない かの形で被害が発生するかもしれない。そうなる前に、できる限りヤ であまり例のない行動だ。││嫌な予感がする。放っておけば、何ら もっと広い範囲を見て回れば相当な数になる可能性がある。これま ﹁昨日の影時間に、バイクで走りながら探った範囲だけでも十数体。 対象のようだ。 幾月の眼鏡がキラリと光る。彼にとって、シャドウは興味深い研究 ? 66 ! ? こぶし あなたは桐条の要請にうなずき、右の拳を握りしめる。昨夜は久し ぶりに怪物相手に何度も拳をふるったが、今のところ特に問題はな い。 あなたの拳は、あなたの期待を裏切らない。 ◇ ◇ ◇ 影時間 満月 私はバイクで先回りしつつシャドウを探す。見 巌戸台分寮 正面玄関前 ﹃全員聞こえるか つけたら場所を知らせるから、〝掃除〟を頼む﹄ 桐条からの通信に、了解、と〝3人〟の声が重なる。あなたと2年 女子2人の声だ。 真田だけは桐条の指示に意見があるようで、他のメンバーを見なが ら別の言葉を口にした。 ﹂ ﹁なぁ、美鶴。全員で固まって動くよりも、手分けしたほうが早くない か 昨日の調子なら、そこらのシャドウ相手には十分だと思 以外の2人はまだペルソナを呼び出せていない﹄ ﹁そうか うぞ﹂ 女子と男子で分ける。汐見、岳羽はまだペルソナ ! と元気な返事。反対に岳羽はバツの悪そうな顔をしてい んな表情になるのも仕方がない。 ! ﹃明彦、そっちは任せたぞ﹄ ﹁ああ。││俺たちはこっちだ。ついて来い、遅れるなよ ﹂ る。面倒を見るつもりでいた相手に、逆に助けられる形になれば、そ はい 召喚の経験がない。サポートしてやってくれ﹄ いか。││よし ﹃確かにそうだな⋮⋮。だが、転校から間もない2人は道がわからな 通信越しではあるが、桐条は少し考えている様子だ。 ? ! 67 ? ﹃││明彦。お前は問題ないが、他の3人は初心者だぞ。その上、汐見 ? ﹂ 真田は元気いっぱいに走り出した。早くシャドウと戦いたくて、ガ マン出来ないらしい。 先輩たち足はやっ あなたも、真田に負けじと走り出す。 ﹁えっ、ちょっ、はやっ ! ﹄ ア ﹁行ったぞ ﹂ ギ 一方、あなたと真田のコンビはと言うと││ ンはなかなか良好な様子だ。 う。ナギナタでの接近戦と、火炎魔法を使う琴音とのコンビネーショ ア 回復魔法と弓の援護で成果を上げたことで、自信を取り戻したのだろ ディ られる。ペルソナ││イオと言うらしい││の召喚に何度か成功し、 通信から聞こえてくる岳羽の声には、先ほどまでと違い覇気が感じ ﹃はい ﹃岳羽、その先の交差点を右、その先10メートルあたりにいるぞ﹄ ﹁了解﹂ ﹃明彦、そのビルの裏に一匹だ﹄ そう、今夜は満月。悪魔が最も凶暴になる時間。 走るあなたの姿を、影時間の巨大な〝満月〟の光が照らす。 くり回ってもらうことにして、身軽な男子チームはドンドンと走る。 1人はナギナタ。もう1人は弓。得物の大きな女子チームはゆっ ! フ んど脅威にならない。 氷結魔法を使うらしいが、大抵の場合その前に倒してしまうのでほと ブ 徴は、かなりの種類が確認されているシャドウの中で一番弱いこと。 頭と手を生やしたような姿をした〝魔術師〟のシャドウだ。その特 〝臆病のマーヤ〟。地面から盛り上がった影の塊に、仮面をつけた び出すヒマがないな﹂ ﹁いい調子だ。だが、〝臆病のマーヤ〟程度の相手だと、ペルソナを呼 受け、断末魔をあげるヒマもなく消え去った。 吹き飛ばされ、態勢を大きく崩していたシャドウはそれをまともに にタイミングを合わせ、ジャッと短い掛け声を上げて拳を突き出す。 真田の殴り飛ばしたシャドウが、あなた目がけて飛んでくる。それ ! 68 ! なお、シャドウの命名と分類は、〝桐条〟の研究チームが行ってい る。どういった基準で名前を付けているのかは非公開情報だ。 ﹁しかし、妙だな⋮⋮﹂ シャドウを倒すと、黒い霧のようなものに変わる。それが風に溶け 何か気になることでもあったか ﹄ て消えて行く様子を見ながら、真田がボソリとこぼした。 ﹃どうした、明彦 ? 今日は違うなと⋮⋮﹂ 今のシャドウのモノはどっちに行った ? いる姿を見かけた。 夕方は母親が会議に夢中になる横で子供たちが、それぞれに利用して そこまで広くはない公園では、朝は元気に体操をするお年寄りが、 だ。 巌戸台駅前公園。ここは、あなたが通学する途中で見かける場所 巌戸台 駅前公園 影時間 満月 ◇ ◇ ◇ 全員、今から巌戸台の駅前公園に向かってくれ﹄ ﹃やはりか⋮⋮。すべての〟霧〟が一つの地点へ集まっている。││ それから、あなたたちは合わせて10体ほどのシャドウを倒した。 〟の向かった方向を知らせてくれ﹄ ﹃││確認したいことがある。これからはシャドウを倒すたびに〟霧 わりそうにない予感が、あなたの中で生まれていた。 どうしたのか、とあなたは桐条にたずねる。ただの〟掃除〟では終 た。 真田の返事を聞いた桐条は、次に2年生組にも同じことを確認し ﹃なに ﹄ したヤツの〟黒いの〟は、タルタロスの方向へ流れていた。なのに、 ﹁いや、なに、シャドウを片付けた時のこの〟黒いの〟。今まで外で倒 ? 少し古びた鉄棒やジャングルジム、滑り台にブランコ、シーソーな 69 ? どの遊具があるその公園には、たくさんの〟臆病のマーヤ〟たちが集 まっている。キレイに並んで円を作り、グルグルと回るその様子は、 まるでキャンプファイヤーのようだ。 もっとも、踊っているのが〟シャドウ〟たちで、円の中心にあるの が〟謎の黒い卵〟では、邪神を呼び出す怪しげな魔術儀式にしか見え ないが。 ﹂ ﹃当たりだ。邪神かどうかはわからんが、あの黒い卵から巨大なシャ それって⋮⋮いわゆるボス戦ってことですか ドウ反応が出ている﹄ ﹁うげっ あなた ﹄ の悪魔は凶暴なのだ。 ﹃反応増大。来るぞ から ポキリと指を鳴らす。口の端が吊り上がる。繰り返しになるが、満月 あなたは左右の手を重ね、右を上、左を上と組み替えながらポキリ、 わー﹂と両手で頭を抱えている。 真田は予想通りに﹁面白そうだ﹂とステップを踏み、岳羽は﹁ぅー あなたの〟後輩〟だ。 桐条の説明を受けて、ナギナタ片手に﹁うげっ﹂と声を上げたのは ? ずり出した。 ﹂ ! ﹁こっちに来る 当たれ ﹂ からも一気に無数の手が生え、ズルズルとうごめきながら地面を這い は やがて、仮面の空ろな目が〟琴音〟に固定される。そして、他の穴 うつ いるかのように、つかんだ仮面をクルリクルリと動かす。 出された。その真黒な手は、潜水艦が潜望鏡を使って海上を確認して そんな穴の一つから、〟﹁Ⅰ﹂〟と描かれた仮面を握った手が突き くさんの穴をあける。 一斉に生えた。剣は引っ込んだり生えたりを何度も繰り返し、殻にた 桐条の声が合図にでもなったのか、卵の殻を突き破って6本の剣が ! つ。││数本の矢がシャドウの黒い手腕に突き刺さる。仮面を狙っ そして、そのすぐ近くにいた岳羽は、先手必勝と続けざまに矢を放 大型シャドウの標的になった琴音が、ナギナタを構えなおす。 ﹁あー、もうっ ! !? 70 ! でも、ダメージはあるはず たものは、残念ながら別の手の剣で弾かれてしまった。 ﹁あんまり効いてなさそう ﹂ ! ﹁この ﹂ ﹃落ち着け、岳羽 ﹄ を撃てとばかりの連射だ。 岳羽の射撃は止まらない。細かく狙いをつけるよりも、とにかく数 ? いるとも言う。 オ ﹂ ﹂ ﹁ポリデュークス ジ ﹁オルフェウス ア ギ ナカマ 声は聞こえても、頭が言うことを聞けないのだ。ヤケクソになって けてしまい、仲魔の魔法攻撃の邪魔になってしまった経験がある。 聞く余裕が無かった。打撃耐性のある敵相手に接近したまま殴り続 あなたも、〟あの世界〟で戦い始めたばかりのころは、仲魔の声を るのか、あるいはどちらもなのか。 桐条の声が聞こえていないのか、それとも聞こえていて無視してい ! ! ぶして回ることにした。 ﹄ ﹃そうか、よろしく頼む。聞いたな 中しろ 雑魚は任せて、3人は大型に集 なので、あなたは大型を3人に任せ、まずは他の雑魚シャドウをつ しまう。 中砲火を受けている大型シャドウに近寄っては、味方の邪魔になって あなたには、まともな遠距離攻撃の手段がない。矢と電撃と炎の集 撃を仕掛ける。 真田は電撃、琴音は火炎で、それぞれ遠距離から大型シャドウに攻 ! ﹃ちっ⋮⋮詳細な解析は出来ないか。大型シャドウのアルカナは魔術 る必要もあるが。 るものだ。場合によっては、それを無視してでも、強い相手に集中す 弱い相手だからと後回しにしておくと、思わぬことで足をすくわれ 連携した動きは見せていないが、放っておくわけにもいかない。 ちは公園内を散り散りに移動している。今のところはなぜか、大型と 大型シャドウが動き出した後、その周囲にいた〟臆病のマーヤ〟た ? 71 ! ! 師。よって、これからはあの大型を〟マジシャン〟と呼称する﹄ あなたが2、3体の敵を片付けたころ、桐条のペルソナ能力による 大型シャドウの解析結果が出た。それは、〟詳細不明〟と頼りないも のではあったが、あの手の〟特別な敵〟にはよくあることだ。 おそらく、あなたがマガタマの力を引き出して、〟アナライズ〟を してみても同じ結果に終わるだろう。 ﹃││今のところ、矢は多少効いているな。電撃は有効。汐見、火炎は 吸収されている。マジシャンに火は通用しないようだ﹄ オルフェウスの火炎は、マジシャンにダメージを与えるどころか、 逆にその力を増大させてしまっている。 それを聞いた琴音は、召喚器に手をやり、わずかに目を細めた。 フ ﹂ ﹃汐見、とりあえず雑魚にあたってくれ。とりあえず││﹄ ブ ﹄ ﹁いえ、氷結いけます ﹃なに か 今夜の作戦行動中に、オルフェウスが新しい能力を覚えたのだろう はずだ。 ウス〟の能力は、竪琴で敵を殴りつけることと、火炎魔法だけだった 〟掃除〟開始前に、あなたが聞いていた琴音のペルソナ〟オルフェ ! ﹂ カミに押し付ける。 ﹁││アプサラス ほほえ な仕草で、左腕を胸の下に持って行きながらあなたに向かって頭を下 現れたアプサラスが、チラリとあなたを見て微笑む。そして、優雅 た妖魔の淑女だ。 よく知る││水色の肌に青い髪、白い服の上から緑の羽衣を身に着け 〟あの世界〟で共に旅をした、たくさんの仲魔のひとり。あなたも 現れ出たのは〟アプサラス〟。 引き金が引かれ、何かがハジける。呼び声に応え、彼女の内側から かった。 カッと眼を見開き、琴音が叫んだ名前は〟オルフェウス〟ではな ! 72 !? 琴音の顔から、すっと表情が消える。そして、召喚器を自身のコメ ? げた。 ﹁⋮⋮ けげん ﹂琴音は一瞬だけ怪訝な顔をしたが、すぐに気を取り直すとマ ﹄ 効いてるぞ 態勢を崩すまではいかないが、かなり有効 ジシャンに向けて氷結魔法を撃つ。 ﹃よし だ。全員、汐見を援護しろ フ ﹂ っ 全員伏せろ は 〝爆ぜる〟ぞ ! ﹄ 殻に空いた穴から出ていた手がすべて引っ込む。そして、代わりにそ と、ここまで地面を這うだけだった、マジシャンの様子が変わる。 さらに追加の一撃。弱点を徹底的に叩くのは、戦いの基本だ。 ﹁氷結 ブ は、無数のヒビが入っている。 その間、アプサラスの氷結魔法を連続で受けたマジシャンの卵の殻に 桐条の指示に従って、琴音以外の3人で協力して雑魚を片付けた。 ! ! ! こから炎が勢いよく噴きあがった。 ﹃これは⋮⋮ ! 聞こえるか 敵はまだ健在だ !? まだ来るぞ ! ! る。近くで手榴弾がはじけたようなものなのだから。 ﹃くそっ ﹄ かった様子だ。だが、細かい欠片でも人を殺すには十分な威力があ 素早く伏せたおかげだろう、大きな破片の直撃を受けた者はいな ンバーは全員ボロボロの状態だ。 地面に這いつくばったまま、あなたは仲間の姿を探す。││戦闘メ ﹁ぐっ⋮⋮っう⋮⋮﹂仲間たちが痛みにうめく声が聞こえる。 が出来る。 鉄棒は根元からへし折れ、ジャングルジムには人が楽に通れる〝道〟 焼けた巨大な卵殻が公園中にばら撒かれた。破片の直撃を受けた 自爆、玉砕。 ? 怪物は、手にした6本の剣を月に掲げている。その姿は、まるで勝 の姿だ。 両端が手の形になった黒い蛇が、何匹も何匹も絡まりあっている怪物 急いで立ち上がったあなたが見たものは、うごめく無数の手の塊。 だ、まだ戦いは終わっていない。 ぼんやりとしていた意識が、桐条の声でたたき起こされる。そう ! 73 ? ! ! 利の雄叫びをあげているかのようだ。 ﹄ ﹃その気色悪い塊がマジシャンだ。今の爆発は単に殻を脱いだだけの ようだ 仲間の様子を確認すると、真田と岳羽は地面に伏せたまま動いてい ない。背中がわずかに上下しているので、死んではいないと思う。意 識を保っているかどうかはわからないが、これ以上戦うことはできな いだろう。 ﹃マズいな⋮⋮。明彦と岳羽の意識がない﹄ あなたの怪我もなかなかにヒドイものだ。服の背中にはもう布が 残っていない。代わりに血で真っ赤になっている有り様だ。 幸い、あなたは人よりも痛みに強い。死んでしまう最期の瞬間ま で、戦いを続行できる程度には。 そして、もう1人、あなたと同じような人物がいる。戦闘中に意識 を手放すのは、倒れて動けなくなるのは、〝死ぬ時だけだ〟という変 人が。 ﹂ ソイツは血まみれで、ボロボロのくせに、どこか気楽な調子で話し かけてきた。 ﹁いったー。センパイ⋮⋮これ、かなりピンチですよね よくあることだ。 ﹁私も出る 3人で││﹂ ていた桐条がやって来たのだ。 公園の外からバイクの音が聞こえる。離れた場所でナビゲートし それでもあなたは生き抜いてきた。勝ち続けてきた。 のか本当にわからない。 初めて会った敵、特に解析ができないような連中は、何をしてくる ? 収と治療を指示する。 ﹁だが、おまえたちだけでは ﹂ ! ! 巻き込むとダメですから ﹁わかった。すぐに戻る それまで耐えてくれよ ! ﹂ 琴音と目が合った。そして、どちらともなくうなずき合う。 ﹁桐条先輩 ﹂ あなたは桐条の言葉をさえぎった。そして、彼女に真田と岳羽の回 ! ! ! 74 ! 桐条はバイクを器用に操り、真田と岳羽の回収に向かう。そして、 桐条のペルソナ、〝ペンテシレア〟の手が2人の身体をつかみ、バイ クにのせ固定する。 ペルソナの使い方は、何も敵を攻撃することだけではなかったよう だ。 なぜか、あなたたちが走り去るバイクを見送るまでの間、マジシャ 動かない ﹂ ンはその場から動かなかった。 ﹁なんで 満月の光があなたを照らす。 るのだろうか。そう考えると無性に腹が立つ。 こんな〝少しの〟ケガをさせたぐらいで、勝ったつもりになってい るかのように感じた。 なたは上下に揺れるその仮面が、傷だらけのあなたたちを嘲笑ってい あざわら 表情のないシャドウが何を考えているのかはわからない。ただ、あ を、交互にその空洞の瞳におさめているのだ。 マジシャンの仮面がグリ、グリと向きを変える。あなたと琴音の姿 ? 無言で笑う魔術師に向かって、あなたは雄叫びをあげた。 75 ? 東京が死んで僕が得たもの 戦場となった公園に残ったのは、あなたと汐見琴音の2名。 先ほどまで大型シャドウ〝マジシャン〟は、琴音のいる方向に向 かって移動していた。だが、今はその仮面をあなたに向けている。も しかしたら、あなたのあげた雄叫びに反応したのかもしれない。 卵の中から現れたマジシャンの姿は、無数の黒い蛇が絡まりあい、 その蛇の頭と尾の先にあたる場所が〝たくさんの手〟となっている。 何も持っていないマジシャンの〝手腕〟が、スプリングのようにた わむ。次の瞬間、マジシャンの身体全体が一気に跳ねる。 あなたと敵との間に有った距離は、瞬く間に消え去った。 マジシャンの手に握られた6本の剣があなたに迫る。全体の動き、 剣の振り、どちらも先ほどまでのノロノロと地を這っていた状態から は信じられないほどの速さだ。 あなたを肩から脇から切り裂こうと、左右上下から4本の剣が襲 う。残りの2本は、あなたの喉笛と心臓を刺し貫こうとしている。 背後以外に逃げ場はない││そんな状況であなたが下した判断は、 突撃、前進、反撃だ。 マジシャンの動きは速く、その腕は長く伸縮自在、まともな生物と しての姿ですらない。そんな相手と、キレイに戦う技術をあなたは持 ち合わせてはいない。〝あの世界〟であなたを追い詰めたクズノハ の男ならば、また違うのだろうが。 雄々と叫びながら、2本の刺突をかいくぐる。あなたの首と脇の肉 が少しだけえぐられるが、ただそれだけで被害はさほどない。 それとほぼ同時、左右の肩と左右の脇腹に、合計4本の剣が食い込 む。これも剣の刃よりも奥深く、より敵の近くにまで踏み込んだこと で、斬られることなく柄で打たれただけですんだ。 表情などないはずのマジシャンの仮面。それが、剣の群れを無理や り突破したあなたから逃れようと、おびえもがく。 あなたは仮面の逃亡を許さない。そのままつかんで握りつぶすよ うにしながら地面に叩きつけた。 76 マジシャンの仮面にいくつもの亀裂が走る。 もう一撃、とあなたは足を振り上げ踏み砕こうとする。その時、マ ジシャンの身体を形作っている腕の一本が、あなたに絡みつき炎上し た。 火だるまにされたあなたは、たまらず地面をころげまわりながら、 絡みついた腕をちぎり捨てる。 ﹂ その隙に、マジシャンは全ての腕をバネにして、上空高く飛び上 ││剣が がった。 ﹁上 間にか〝杖〟になっている。 6本の剣は6本の杖に。 ﹁うそっ ペルソ││﹂ マ ハ ラ ギ ダ イ ン がら投げつける。標的は、もちろんあなた達だ。 ギ マジシャンはその手に複数の巨大な火球をつかみ取ると、落下しな なった。 転に6つの火の玉が吸い込まれ││急激に成長して巨大な大火球に 出した。マジシャンの近くでクルクルと回転する6本の杖。その回 マジシャンは6本の杖を手放すと、手のひらに小さな火の玉を作り ア 琴音の声に上を見れば、マジシャンの手にしていた〝剣〟がいつの ! ││ニャー、ステキ どうやらかばったつもりが、逆にかばわれたらしい。 だから大丈夫ですよ、と後輩の声。 ﹁間に合った⋮⋮わたしのネコマタ、火に強いんです﹂ 魔獣ネコマタ〟の姿だった。 シャンの声なのか、と振り返ったあなたが見たのは、かなり煤けた〝 すす 琴 音 の 声 で は な い。彼 女 は あ な た の 腕 の 中 に い る。ま さ か マ ジ ドウ〝マジシャン〟だけのはずなのに、だ。 今この燃え上がる公園内にいるのは、あなたと、琴音と、大型シャ どこか覚えのある女性の声が、あなたの背後から聞こえてきた。 ! いで抱きかかえた。戦闘初心者にこの火力は厳しすぎる。 あなたは跳ね起きると、銃を自身のこめかみに押し当てる琴音を急 !? 77 ! あなたは、自分が戦い始めたばかりのころを少しだけ思い出す。そ のころの自分は、こんなに冷静に戦えただろうかと。││そして、す ぐに頭を振る。大きいのを一撃やり過ごしただけで、まだ強敵との戦 闘中だ。 琴音を放すと、もうボロボロで邪魔にしかならなくなった上着を放 り捨てる。裸になった上半身が、辺りにまだ残っている熱にあぶられ てい るが、代わりにずいぶんと動きやすくなった。 あなたは、身を挺して守ってくれたネコマタの肩を軽くたたいてね ﹂ ぎらう。ニャー、とうれしそうな声をあげ、魔獣は琴音の心の海へと 帰って行った。 ﹁センパイ、あれ 琴音が指差したのは、尻尾を立てて威嚇する姿勢のネコマタの向こ う。ひび割れた仮面のマジシャンが、何やらモゾモゾと手を動かして いる。マジシャンの無数の手と手が重なり合い、まるで合掌して祈っ ているような様子だ。 その合掌の一つから、ポンッ、と気の抜けた音と共に煙があがる。 ⋮⋮ってヤバ ﹂ それから、ポンポンポンっと合計6回、音と煙が続いた。 マジック ﹁カップ ! さかずき 杯。 アプサラス ﹂ なぜか琴音が慌てているが、アレはいったいどんな効果を持ってい るのだろうか。 ﹁アレ、使わせたらマズイですよ ! 撃だ。 ﹁って。ああー ﹂ ブ フ 突き進むあなたの頭上を、氷の矢が追い越して行く。琴音の援護射 込む。 よくわからないまま、あなたはもう一度マジシャンに向かって突っ ! 表でジュッと音を立てて蒸発する。 一気に杯を傾けた。杯の中から流れ出た黒い液体は、マジシャンの体 マジシャンは、あなたの突撃もアプサラスの氷結魔法も無視して、 ! 78 ! 手品のような、どこかコミカルな動作で生み出されたのは、6つの ? マジシャンを中心に、液体が蒸発したことで生まれた黒い煙が立ち 込め、異臭があなたの鼻をついた。 ﹁ああ⋮⋮。やっぱり⋮⋮﹂ 煙が晴れて現れたのは、仮面のヒビがスッカリと修復されたマジ シャンの姿。かなり痛い思いをして与えた損傷が、ほんのひと時でな ﹂ なげ かったことにされたのだからたまらない。 ﹁回復とか反則ですよ。反則 なヒマはない。 ﹂ ソードの攻撃は、わかる。 のだろうか。 ﹁いや、なんですか。踊るって ギ ﹂ マハラギダイン コインはなんのことだかわからない。お金をばら撒きながら踊る カップの回復には、今まさにウンザリさせられたところだ。 ワンドの成長は、さっきの火の玉を業火の雨にした現象だろう。 ア 〝お金〟とはなんだ、とツッコミを入れたいところだが、今はそん ら⋮⋮。えっと⋮⋮お金 回復です。もし〝コイン〟が出てきたら⋮⋮〝コイン〟が出てきた ﹁多分ですけど、〝ソード〟が攻撃、〝ワンド〟が成長、〝カップ〟が 手は、一気に畳みかけないとキリがない可能性があるのだから。 仕方はないのだが、琴音が声を荒げる気持ちもよくわかる。この相 もう直ってしまったのだから、今さら嘆いても仕方がない。 ! ﹃聞こえるか そっちの様子はどうだ ﹄ なんだ、2人ともまだまだ余裕だなと。 に少し笑ってしまう。 どうでもいいつぶやきに、返事が返ってきた。あなたは、そのこと ! ? ろう。 現在の状況を手短に説明する。 マジシャンに氷結が有効なのは変わっていないようなので、回復の ヒマを与えずに倒し切るには、氷結を得意とする桐条がいてくれた方 が良い。 79 ? 桐条からの通信が入った。安全圏まで真田たちを運び終えたのだ ? ﹃ああ、すぐに向かう。ただ││﹄ 桐条の言葉の途中で、あなたに向かって炎弾が飛んできた。さっき と比べて小さなものだったので、叩き落としてすましたが、マジシャ ンはもうコチラに相談する時間を与えるつもりがないらしい。 マジシャンの手には、剣が3本、杖が3本。あなたの接近を剣で防 ブ フ ぎ、遠距離からの炎で仕留めるつもりらしい。 ﹂ ﹁ア プ サ ラ ス の 初級氷結魔法 だ け じ ゃ、削 り 切 れ な い で す よ ね。│ │ってまた ア ギ ダ イ ン マジシャンの杖がその手を離れ、回転を始める。そこにすぐさま火 ﹂ 種が投入され、業火の槍になった。 ﹁ネコマタ あなたの知っているネコマタは風に強かった。しかし、琴音の呼び 出すネコマタは火に強いらしい。 強いといっても完全に防げるわけではないようで、盾にされたその 毛並みはすっかりチリチリに焦げていた。 ふびん 攻撃役で呼び出されるアプサラスと違って、守りに使用されている ネコマタが不憫に感じてしまう。 決して、琴音を批判しているわけではない。複数のペルソナを瞬時 ﹂ に切り替えるその技術は、正直に言って素晴らしいと思う。 ﹁先輩も後ろに隠れてますよね 私のペンテシレアは氷が得意だが、炎には非常に弱い。 れると非常にもろい。桐条のそれは、よくあるパターンだ。 氷結が得意で炎使い相手の攻撃役に適しているが、逆に炎で攻めら て、例外はいくらでもいたが。 に関しても、そんな感じの悪魔が多かった。あくまでも体感であっ 氷が得意な悪魔は、炎に弱い。炎が得意なヤツは氷に弱い。雷と風 今観測したような代物をもらったら、一撃で終わる﹄ ﹃すまない ている事実は全く変わらないのだが。 などと格好をつけて言ってみても、あなたがネコマタの後ろに隠れ 見えるやり方だとしても。 有効な戦術を採用するのは当然のことだ。例え、それが一見非道に ? 80 !? ! ! もろは 仲間がやられれば、どうしてもそこに動揺が生まれる。そこにつけ 込まれてさらに追撃を受ければ、壊滅の恐れもある。 だからといって、桐条の攻撃能力を生かさない手はない。諸刃の剣 は、反撃されない位置から投げつければいいのだ。 一発にすべて込める。外すつもりもないが、 ﹃││わかった。私は遠距離で待機、準備する。最高の一撃を用意し ておけばいいのだな 同時に手加減もできない﹄ 真田のポリデュークスでは難しいが、高い感知能力を持つ桐条のペ ンテシレアならば、マジシャンの通常射程距離外からの狙撃も可能 だ。 ﹁わたしたちは、どうにかして足止めですね﹂ ﹃合図があればすぐに撃つ。巻き込まれるなよ﹄ 炎の効き目がイマイチだと悟ったのだろうか、マジシャンは杖を減 らして剣の数を4つに増やす。 そして、それをやたらめったら振り回しながら、あなた達に向かっ て来る。 1,2,3,4,5,6,7,8と、無茶苦茶な軌道を剣が駆け抜 けた。最初のように計算された剣筋ではない。ただ単に暴れまくっ ているだけなので威力は低い。 だが、それがかえって回避を困難にする。2人とも全てを避けきる ことはできず、何か所か傷を負ってしまう。 あなたは、まだ問題ない。あなたの生命力はこの程度で尽きはしな い。 ただ、琴音はこの連続攻撃でほとんど倒れる寸前だ。火炎と違っ て、有効な防御方法がなかったのだ。 もう一度、攻撃を受けたら。琴音は死んでしまう。 〝力〟が必要だ。 ただ殴るだけの単純な腕力ではない〝力〟が。 例えば、あなたのすぐそばでうずくまっている後輩の〝ペルソナ〟 のような。悪魔たちのような。 〝力〟を求めるあなたは、〟アリス〟の言葉を思い出す。 81 ? かんがえてみて 仮面は ││セカイとひきかえにつくったヒトのカワが、そんなちいさなカ ケラでこわせるわけがないでしょう つけて、はずすもの⋮⋮わかるわよね あなたは、〟ニンゲン〟の仮面をつけて暮らしている。 ス ビ 良かった。 ヨ ス ガ あるいは、橘千晶のコトワリに賛同して、好き勝手に力を振るえば かった。 車椅子の老人の誘いを受けて、〝真なる悪魔〟になってしまえば良 ら、〝元の世界〟に戻そうなんて考えなかったはずだ。 あなたのコトワリはそんなものではない。それが出来るあなたな す。そんなことができるわけがない。 ほんの数日前に、〝先輩〟だの〝後輩〟だのと考えた相手を放り出 あなたはまだ〝ニンゲンの仮面〟を被ったままでいられる。 ペルソナ 深く関わりさえしなければ、ここで〝後輩〟を見捨ててしまえば、 いい。 新田勇のコトワリではないが、傷つきたくなければ関わらなければ ム 入れられることはない、と思えてしまうから。 あなたは、あなたの〝本当の姿〟を両親に見せる勇気がない。受け できた。 悪魔にだって外見の好き嫌いはあったが、少なくとも普通に会話が 悪魔たちは良かった。 き去りに転校したのも、本当はそのせいなのかもしれない。 せっかく取り戻した東京での暮らし、家族や友人たちとの毎日を置 アレを何も知らない人間に見せることを恐れているのだ。 なたが隠しているのは常人離れした力ではなく、〝あの姿〟。 本当にただの人間ならば、シャドウをなぐり殺せるはずもない。あ ただのニンゲンのフリをしているのだ。 あなたの本当の姿││〟魔人〟あるいは〟死神〟の自分を隠して、 ? それをしなかった愚か者のあなたは、いつものように左の手を仮面 にかける。 目を隠すように、手のひらと指で顔を覆う。 82 ? ? 親指と薬指を両側のこめかみに。 そのまま親指を支点にして、残った他の指にも力を込める。 いつもは、無意識に〝ニンゲンのペルソナ〟が外れていないかと気 にしていたのだ。もしかしたら、目の色が金や赤になってはいないだ ろうかと。 人間のフリをするために創り出し、身に着けた仮面。その仮面の存 在を、あなたは忘れたことにしていたかったのだ。 〝アリス〟が何者なのかはわからない。きっと、何かしらの思惑が あっての言葉なのだろう。 それでも、一言。ありがとうとつぶやいておく。 教えてくれなかったら、忘れたままにしていただろうから。 指先に力を込めすぎたせいか、ピシリ、と仮面にヒビがはいる。 あなたはベルベットルームの老人から忠告を受けたはずだ。 ﹂ ││﹁もし、貴方がその〟力〟の全てを解放してしまえば││どう なるか、おわかりですな 〝ニンゲンのペルソナ〟はあなたの中の〝人の心〟そのものだ。 悪魔の力がなければ、生き残れない。人の心をなくしては、やりな おした意味がない。 あなたは、クズノハの男から聞いた知り合いの口ぐせ││﹁〝人生 〟は問題解決の連続ね﹂││を思い出した。 ああ、まったくもってその通りだ。 もしも、あなたがその知り合いのレイなんとかさんに会うことが あったなら、きっと話が合うに違いない。もっとも、未来からやって きたらしいので、会うことがあるとも思えないが。 仮面を外す一瞬の間のはずなのに、くだらない思考がいくらでも湧 いてくるのは、これが走馬灯のようなものだからだろう。〝死を想っ て〟いるのだから。 ││あなたは悪魔、あなたは人間。力なき愚者であり、力ある悪魔 でもある﹃隠者﹄。 外した仮面の内側から、マガツヒの赤い光と、シャドウのような黒 い霧が同時にあふれ出す。 83 ? 2つの心の力があなたの頭上で混じり合い、〝もう一人のあなた〟 の姿を創り出す。 ⋮⋮人修羅。 あなた どこか遠くで、男の声がそうつぶやいた。 ◇ ◇ ◇ 満月の光は悪魔を凶暴にする。 人の殻から解き放たれたあなたの内側で、禍つ魂たちが荒れ狂う。 解放の喜びに、破壊への期待に。 あなたの暴力は、まず目の前のシャドウへと向けられた。悪魔ので きそこないのようなシャドウの姿は、人でも悪魔でもないあなた自身 を思わせて不快なのだ。 拳を大地に叩きつける。 叩きつけた地点から衝撃波が発生し、その地面ごとシャドウを吹き 飛ばす。 これまでのシャドウの攻撃によって、何か所も大きくえぐられてい た公園の土地。その破壊の跡が一度にすべて塗り替えられる。 もう公園内に遊具は残っていない。バラバラになった遊具の残骸 が転がっているだけの、ただ荒れ地だ。 吹き飛ばされた先で、まだしぶとく生きていたシャドウが、震える 手でカップを取り出す。 例え回復されたところで問題ではないが、あなたはさっさとトドメ を刺す主義だ。油断しすぎるとロクなことがないのは身に染みてい る。 一息に距離を詰め、叩き潰してやろうとしたところで、何かがあな たの行動を妨げた。 鎖の音がする。 あなたの動きに合わせて、カシャリ、ガシャリと鎖の音がする。 よく見れば、あなたの身体には鎖が巻き付いていた。 鎖の本数は、1つ、2つ、3つ、4つ。 84 3本目までは、どこに繋がっているのかわからない。途中から空に 溶けるようにして消えてしまっている。それでも、その3本があなた の行動を妨げる。 ﹂ 最後の1本は、あなたのすぐ近くに繋がっていた。 ﹁えっと⋮⋮これ、先輩のペルソナ⋮⋮ですよね ピクシー ﹂ ! う。 もし、その声が聞こえてこなかったなら、きっとそうしていただろ いれば、その鎖を千切ることが出来た。 あなたが、そのままもう少しだけ、あとほんのわずかに力を入れて ギチリと音がして、鎖からたわみがなくなる。 の邪魔をするそれを引きちぎってやろうと考え、力を込めた。 あなたは、その女から生えた鎖に両の手をかける。そして、あなた に繋がっていた。正確にはそのすぐ近くの空中までだが。 最後の鎖は、あなたの足元にいる〝もう一人のあなた〟を支える女 ? も う 乱 暴 に し な い で よ あ た し の こ と 忘 ! ひどく懐かしい声を聞いてしまったから。 ﹁え ? 85 満月はあなたを狂わせてしまうから。 │ │ ち ょ っ と れちゃったの ! フッ、とあなたの手から力が抜けた。 !? 汐見琴音の心の中から、あなたの大事な友の声がしたから。 ? 死門の流水 ほら、しっかりしなさい ││元の東京に戻すって言ってたのに、本人がそれじゃダメじゃな い。人の心、捨てたくなかったんでしょ よ ずっと一緒にいたいな │ │ こ こ に は 人 間 の お 友 達 が た く さ ん い る も の ね ⋮⋮。あ ー あ がら、最後まで付き合ってくれた友のことを。 ただそれだけで、 ﹁しょうがないなぁ、もう少しだけだよ﹂と言いな たった一言。一緒に来てほしいと頼んだだけ。 あなたの頼みを聞いてくれた妖精のことを。 忘れるわけがない。家族も友人も、何もかも全部亡くした世界で、 ぼうぜんとして、何も言葉を返すことが出来ない。 んて言ったくせに⋮⋮。 ││なによ⋮⋮本当に忘れちゃったの 彼女の小さな手が、あなたの後頭部をポンッとはたいた。 ? ? ち ょ っ と 相 変 わ ら ず デ リ カ シ ー が な ! ! ほんと⋮⋮もうちょっと優しく扱いなさいよ。 ⋮⋮ っ て イ タ 痛 い いんだから ! 聞きなれた笑い声を残して、ピクシーはくるくると回転しながら琴 ね。 でガマンしてあげる。あたしはもう1人の汐見琴音。またヨロシク、 ││その外見だと、たいして強そうじゃないけど⋮⋮。今のあなた かしいセリフを口にした。 あなたの手の中から、ひょいと抜け出だしたピクシーは、どこか懐 暴走も納まっている。 ふと気づくと、あなたは人の仮面の内側に戻っていた。マガタマの んだ。 ││その、緊張すると無表情になるクセ。人間の姿でも変わらない クシーはとても優しい表情をしている。 いつもだったら、この後ビリッとされるところなのだが、今日のピ のに、またやってしまった。 思わず掴んでしまっていた。何度も同じことをして怒られていた ! 86 ! 音の心の海へと帰って行った。 ﹁えっと⋮⋮どういうことですか ペ ル ソ ﹂ ナ ? とるのだろうか。 ﹃何があった 今の爆発はなんだ 死神タイプに近い反応と、鎖 どうして、琴音のもう一人の自分が、あなたの仲魔のような行動を 困る。 あなたも訳が分かっていないのだ。どういうことかと聞かれても ? マジシャンが﹂ ﹁ギリメカラ⋮⋮ ﹂ どということはないだろう。 戦闘中に鏡を取り出して、 ﹁今からこれで身だしなみを整えます﹂な 鏡。たしかに、鏡だ。 えますね。色は違いますが﹂ ﹁あれって⋮⋮コインって言うよりも、授業で習った銅鏡みたいに見 剣が4本、杖が1本、それから金貨が1枚。 それは、マジシャンの仮面よりも大きなサイズをした金貨だった。 ﹁出てきましたね、コイン。かなり大きいですけど﹂ そして、その手には今までになかった物が握られている。 シャンは、すでにその身体の修復を終えていた。 あなたの混乱と、ピクシーの登場ですっかり目を離していたマジ 戦闘中に敵から注意をそらすなんてトンデモナイ。 ﹁先輩 いていたとも。 したと伝えた。そして、そのもう1人の自分には、数本の鎖が巻き付 とりあえず、桐条には〝自分のペルソナらしきもの〟の召喚に成功 の音が聞こえてきたが││﹄ !? く違う効果なのかもしれない。 物理反射が最有力だが、実は魔法反射の鏡かもしれないし、まった あなたは、慎重にマジシャンとの距離を詰める。 るのは当然か。 でやられたばかりの相手が、鏡を持ち出して来れば〝反射〟を警戒す 琴音も、あなたと同じことを思ったようだ。ついさっき、物理攻撃 ? 87 ! 世界のどこかには、敵を鏡に変えてしまう魔法があると聞いた。あ るいは、単純に金貨を投げつけてくるだけという可能性もある。 ﹁要するに、臨機応変ってことですね﹂ 行き当たりばったりとも言うが、考えすぎてもどうしようもないの だ。 さきほどは、あなたの意識が人間ではなく、もう一人のあなたであ る〝悪魔〟の中へと持っていかれてしまった。 マガタマ 〝人の心〟で〝悪魔の力〟を操る。だからこそ、あなたは人修羅と 呼ばれ恐れられた。 それなのに、少し禍魂が暴れただけで理性が消えそうになってし まった。 頭上で満月が輝いている。 ギラついた月が、あなたの中の悪魔を騒がせる。実に忌々しい。 出来ることなら、満月の日は戦闘などしないで部屋に引きこもって ト ラ カー ン 88 いたいものだ。 ﹂ 次からはそうしよう。あなたは、そう心に決めた。 ﹁あ⋮⋮やっぱり テ し光の防壁を作りだした。 物理反射障壁。 ﹂ マジシャン ? 琴音の言葉に答えたかのように、手品師が手をクルリと動かした。 ﹁そう長くはもたないはず、ですよね テトラカーンは、本当に厄介な魔法なのだ。 跳ね返ってきてしまう。 ほどの強い一撃を叩き込めば、その瞬間に攻撃の威力がすべて自身に 半端な攻撃ではあの障壁は破れそうにない。かといって、壁を砕く どう攻めるか 推測を裏付ける。 これまでの戦いの経験と、瞳に宿した解 析の力。両方があなたの アナライズ そして、砕け散った金色の破片が、マジシャンの身体の周囲に浮遊 反射して輝きを放ち、その直後に粉々に砕け散る。 あなたが接近を終える前に、マジシャンの手にした〝鏡〟が月光を ! ? すると、何も持っていなかったはずの手に、いきなりコインが現れる。 ﹁何枚あるんですかね⋮⋮﹂ 枚数に限りがあるのかどうか、試してみる気にはならない。殴った り蹴ったりのような、物理的なものではない〝力〟が必要だ。 出来ることなら、高い効果の見込める氷結系が望ましい。 マジシャンは、正面に鏡の盾を構え、4本の剣を振りかざす。どう やら、あなたの攻撃を盾で受け止め、その後に両側からの斬撃で仕留 めるつもりのようだ。 ﹃こちらの準備は完了している。動きさえ止めてもらえば、いつでも コンセントレイト 行けるぞ﹄ 桐条の魔力の集中は終わっているようだ。 ただし遠距離からの狙撃となるため、近距離からの攻撃と比べると どうしても回避されてしまうリスクが高い。人間ならば存在するは ずの〝死角〟が、このシャドウにはあるのかどうかわからないのだ。 89 腕をバネのようにして跳ね回るマジシャンの移動速度は、それなり ﹂ に速い。見えていたら避けてしまうだろう。 ﹁どうします マジシャンの剣を弾き、避け、あるいは腕をつかんで受け止める。 ケクソも、魅了も、精神的な異常は等しく死を連れてくる。 戦いの中で冷静さを無くしてはダメだ。暴走も、混乱も、恐怖も、ヤ したせいで、なぜか烈風破を使って吹き飛ばしてしまった。 るわけにもいかない。先ほどもそれを狙っていたのだが、悪魔が暴走 物理攻撃が反射されてしまう現状では、 槍 の 雨で地面に縫い付け ジャベリンレイン 細かく数を撃って、ちくりちくりと積み重ねている琴音。 る桐条。 全魔力の集中を維持して、じっと最大の一撃を放つ機会を待ってい のために立ち止ってカップを使うようならそれもよし、だ。 そうでなくとも、確実にダメージはある。それを積み重ねて、回復 し。 それで、上手くマジシャンが移動に使っている手が凍りつけばよ とりあえず、琴音には氷結魔法での攻撃を頼む。 ? つかんだ腕をそのまま握りつぶせないかと試してみても、握力程度で は物理障壁を破れなかった。 あなたは、琴音に指示を出して距離を取らせる。そして、物理反射 障壁に勢いよく突撃した。 テ ト ラ カー ン 顔の前でクロスさせた両腕が、障壁にあたってミシミシと音を立て る。マ ジ シ ャ ン の 仮 面 が 上 下 に ゆ れ 動 き、物理反射 状 態 に 気 づ か な かったのかとあざ笑う。 魔法の壁が輝きを増し、あなたの踏み込んだ威力の全てが、あなた 自身へと返って来る。 まさにその瞬間、あなたは全力で障壁を蹴り飛ばし上へと跳躍し た。 反射と跳躍。二つの力が合わさり、あなたの身体は高く高く舞い上 がる。 上空で、仮面に左の手をかけた。 仮面の下から噴き出した黒い霧と赤い光の粒が寄り集まって、空中 で〝もう一人のあなた〟を形作る。 形は人に似て、首の後ろからツノともエラともつかない突起を生や し、全身に淡く緑色に光る紋様を描いた、上半身ハダカの魔人の姿を。 ワダツミ 魔人の口が開き、大きく息を吸い込む。 あなたの中で││魔人の中で││〝海神〟の禍魂が声を上げ、魔人 を縛る鎖の中の1本がカシャリと音を立てた。なぜか、脳裏に桐条の 顔が思い浮かぶ。 この海神の名を持つマガタマを使う時、あなたは氷の力の化身とな ﹂と、後輩の声が耳に届いた。 る。ワダツミを起動したあなたを、冷気が傷つけることは無い。 ﹁いっけー 魔力がみなぎる。 ! 90 あなたの本当の身体の中に宿っている悪魔の力の源、〝マガタマ〟 それともよくわからない〝鎖〟のせいなのだ たちの内のいくつかが、いつのまにか大人しくなっている。ピクシー のおかげだろうか ろうか ? 手を動かし、仮面を左へと滑らせる。 ? 氷の力が高揚する。 ワダツミの力が、吐息を氷と停止の吹雪へと変える。 フォッ グ ブ レ ス マハラギダインのお返しに、あなたは落下しながらワダツミの力を 解放した。 魔人の口から束縛の息吹がほとばしり、マジシャンの手腕に霧状の かせ 魔力がまとわりつく。魔力の込められた霧は、あなたの敵の行動を妨 げる枷となり重りとなる。 フォッグブレスによって動きの鈍ったマジシャンは、落ちてくるあ なたを避けることが出来ない。 あなたは、マジシャンが用意していた〝次のコイン〟ごと、その手 マ カ ラ カー ン ﹄ を踏みつぶすようにして着地した。そして、すぐにコインを遠くへと 蹴り飛ばす。 フォッ グ ブ レ ス 死んでくれるなよ ここまできて、もしも〝魔法反射〟を使われでもしたら大変だ。 ﹄ フ 91 準備は出来た。 ア イ ス ブ レ ス 吹雪の吐息を使わせる。 なたに教えてくれた。ゴムのような感触だったマジシャンの腕は、カ ただ、マジシャンに触れている手足の感覚が、敵の現在の状態をあ が濃くて前が見えない。 着弾と同時に気温が急激に下がり、辺りに白い霧が立ち込める。霧 3つの氷結攻撃が、一気にマジシャンへと襲いかかった。 タイミングを合わせたのか、琴音のアプサラスも氷結を飛ばした。 ブ 桐 条 の 一 撃 で 十 分 だ と は 思 う が、念 の た め に と、魔 人 に 追 加 の だ。 ちろん、マジシャンを抑え込んでいるあなたも巻き込まれること確実 注文通り、マジシャンを氷漬けにすること確実の特大サイズだ。も ! あなたは、声を上げて桐条に合図する。 ﹃しかし、そのままでは君が⋮⋮。わかった ﹃凍ってしまえ マジシャンは、もうほとんど動くことが出来ないでいる。 もう一度、同じ内容を強い調子で。そして再度の束縛の息吹。 ! そこへ、桐条の全力の氷結魔法が飛んで来た。 ! チカチに固くなっている。 敵は凍結状態だ コナゴナにしてしまえ ﹄ 霧が晴れて現れたのは、完全に凍りついた大型シャドウの姿だっ た。 ﹃よし ! ﹁明彦のかたきだ ﹂ し、雄叫びをあげて暴れまわる。 総攻撃と言っても2人しかいないが、その2人ともが勝利を確信 桐条が総攻撃をせよと叫ぶ。 ! ﹁処刑完了だ ﹂ ばされてバラバラに砕けて散ったのだ。 すでにヒビだらけになっていた冷凍マジシャンは、バイクに跳ね飛 その一撃がトドメになった。 いたマジシャンへと思いっきり叩きつける。 前輪を軸にして高速スピン。装甲のほどこされた後輪側面を、凍りつ 勢いをそのまま殺さずに、桐条の操るバイクはマジシャンの直前で と、そこに轟音と共に現れたバイクが駆けつけてきた。 ! ﹁なんとか、勝てましたね⋮⋮﹂ だ。 琴音は、手にしたナギナタを支えにしながら、その場にへたり込ん ﹁勝ったな﹂と言いながら、バイクのハンドルに身体を預ける桐条。 モヤは数秒立ち込めた後で、ふっと薄れて見えなくなった。 んだときに現れる黒いモヤが周囲を覆っているのだ。 その代わりに、辺りの空気がうっすらと黒く染まる。シャドウが死 るようにして消えて行く。 琴音の視線の先で、砕け散った大型シャドウの破片が、空気に溶け ﹁マジシャン⋮⋮消えて行きますね﹂ は思わなかった。 いてはいたが、大事にしていたはずのバイクで突っ込んでくるほどと 真田から﹁美鶴は冷静なように見えるが、実は短気で激情家﹂と聞 桐条がほえる。 ! 本当に、〝なんとか〟勝てた。 92 ! 自分自身で決めた選択の結果とはいえ、〝カグツチと戦った時のあ なた〟ならば問題にもならないような敵が相手で、〝なんとか〟だ。 ﹂ 思わず、ため息がこぼれる。 ﹁センパイ 気が付くと、琴音があなたの顔をじっと見上げていた。 目と目が合う。あなたの良すぎる視力は、彼女の瞳の中にあなた自 身をとらえる。 赤みがかった瞳に映りこんだあなたの顔には、見慣れた紋様が││ あなたは、急いで左の手で顔をおおった。 ﹁先輩のペルソナって、びっくりするぐらい先輩によく似てますよね。 わたしのオルフェウスや、桐条先輩のペンテシレアはどことなくって 感じですけど。先輩のペルソナはもう先輩しかありえないって感じ でした﹂ 人間の仮面がズレていないことを確認したあなたは、ゆっくりと顔 から手を離す。そして、その次の瞬間、あなたの手は琴音の顔面へと 勢いよくのばされていた。 なぜか、琴音の顔にマジシャンと同じ〝﹁Ⅰ﹂と描かれた仮面〟が つけられていたのだ。 ほお 殴ろうとしたのか、はがそうとしたのか、ただ単に確かめようとし ただけなのか。どうであったにせよ、あなたの手は、彼女の頬に触れ たところで止まってしまった。彼女の両手が、あなたの右手をふわり ﹂ と受け止めている。 ﹁どうかしました は少々マズイことになりそうだ﹂ ろ影時間が終わるはずだ。その時にこの〝公園だった場所〟にいて ﹁いろいろと話したいことがあるが、とりあえず寮に戻るぞ。そろそ 音が高まった。桐条がアクセルを回したのだろう。 そのままの態勢で数秒の時間が過ぎたところで、バイクのエンジン 様子だ。 動に驚いてはいるようだが、仮面の奥からのぞく瞳は、いつもと同じ 琴音はこのことに気づいていないのだろうか。あなたの突然の行 ? 93 ? 〝桐条〟の権力でどうにかするにしても、手間はなるべく少ない方 が良い。 お嬢様の言葉に気を取られ、そんなことを考えた一瞬のうちに、琴 音の顔から仮面は消え去っていた。 見間違いだったのだろうか。 あなたは照れ隠しに、琴音の顔についていた土を払う。あなたの手 の方が汚れていたので、それはむしろ逆効果になってしまったのだ が、一応、誤魔化したつもりだ。どう思われたのかはわからないが。 ﹁ありがとうございます﹂ そのまま手を引いて立たせながら、あなたは空いた左手で頭をか く。 何がどうなっているのかわからないが、改めて確信を持てたことが ﹂ 1つある。││汐見琴音から目を離すべきではない。彼女はきっと 事件の中心に近いところにいる。 ことになるなんて、思いもしなかった。 惜しい男を亡くしたものだ。 ﹁あれは、つい言ってしまっただけだ。実際のところは岳羽ともども 命に別状はない。私にも回復魔法の心得くらいはあるからな﹂ 真田は、それなりの大きさの破片で背中を裂かれていたらしい。岳 羽は焼けた空気を吸ってしまったようで、現在意識が戻っていない状 94 ◇ ◇ ◇ ﹁私のバイクが歪んでしまった⋮⋮。シャドウめ たのだろう。 その真田だが、たしか﹁明彦のかたきだ ﹂などと桐条に言われて 桐条の頭からは湯気が立っている。やはり真田の言葉は正しかっ ﹁いや、あんなことしたら、普通壊れますよ﹂ た。 あなたは、桐条のバイクを引きながら寮へと向かう道を歩いてい ! いた。あの気の良いクラスメイトとの別れが、こんなにも早く訪れる ! 態のようだ。 ただ、ペルソナ使いは常人と比べるとはるかに頑丈な存在だ。そう でなければ、人知を超えた怪物であるシャドウと戦うことはできな い。 ﹁ペ ル ソ ナ の 恩 恵 が な け れ ば、ヒ ド イ こ と に な っ て い た。も っ と も ⋮⋮そのペルソナの適性が無ければ、そもそも戦いに参加していない のだが﹂ うつむいた桐条の顔に前髪がかかっている。真田と岳羽のことで 責任を感じているらしい。 念のため、戦闘不能組2名は明日には病院で検査をするようだ。 ﹁えっと、その⋮⋮﹂ 琴音がなにか言葉をかけようとしたところで、唐突に〝世界が変化 した〟。 影時間が終わり、ぼやけた緑色の空気が晴れる。存在しないはずの 時間が過ぎ去り、普通の0時が始まる。 巌戸台の主要な道路には、深夜であってもまばらに人の姿がある。 先ほどまで物言わぬ棺桶に〝象徴化〟していた人々が、通常の時間 を取り戻して動き出す。それは、シャドウの時間が終わって、〝人間 の時間〟が流れ出したのだから当たり前のことだ。 人間の時間、それは要するに人目のある時間ということだ。 あなたにとって、今の上半身ハダカの格好は慣れたものだ。だか ら、まったく気にしていなかった。 琴音も桐条も、そうなった原因を知っていることと、激戦の余韻で 興奮気味なこともあって、やはり自分たちの服装を気にしていなかっ た。 細見の剣のような物がマウントされたバイクを押して歩く半裸の 男。ボロボロの制服を着てナギナタを持った月校女子。その2人と 一緒にいるのは、有名人である〝桐条〟のお嬢様。 いかにもワケ有りな御一行に、道行く人々の視線が自然と集まっ た。 桐条の手が、バイクから片手剣を取り外す。 95 ごめんなさい ﹂ ﹁これは、マズイな⋮⋮汐見、走るぞ すまない、バイクを頼む ﹁センパイ ! ﹂ ! んな誘惑を退けた自分を褒めてやりたいところだ。いっそ、上半身に バイクを置き去りにしてやろうとか、担いで走ってやろうとか、そ チクチクと刺さる視線を踏破して、あなたは寮へと帰り着いた。 ﹁ごめんなさい、ごめんなさい﹂ ﹁本当に、すまなかった﹂ も抑えられそうになかった。 だが、今のあなたは、目つきがキツクなっていく自分を、どうして 服がボロボロの後輩女子に、一緒に歩けとも言わない。 お嬢様に〝立場〟というものがあることはわかっている。 別に置いて行ったことを怒っているわけではないのだ。 〝そういうこと〟なのだろう。 あなたの目の前に、2つの後頭部が差し出された。これはきっと、 ﹁ごめんなさい﹂ ﹁すまなかった﹂ 巌戸台分寮 1Fラウンジ 4月10日︵金︶ 深夜 ◇ ◇ ◇ 実に思った。 遠くなっていく2人の背中を見ながら、あなたは〝あること〟を切 バイクを押すあなたを置き去りにして、女子生徒2人は走る。 ! 派手なタトゥーでも入れていれば、〝趣味の人〟として見てもらえた だろうに。 ため息をひとつ。 ﹂ ﹂ 96 ! そして、あなたの手が瞬時に2度ひらめく。 ﹁││ ﹁イタっ ! ! パコン、パカン2つの音が同時にした。怒りは、軽くゲンコツを落 として流すことにしたのだ。 桐条は後頭部に両手をあてて、混乱した様子だ。 琴音の方は﹁ゆかりが心配で、つい⋮⋮﹂などと言い訳している。友 達が心配で、ついついあなたのことを忘れてしまったらしい。 上着が、欲しかった。それだけなのだ。 本当に、待っていたのだ。届けてくれるその時を。 気を静めたら、小腹がすいてきた。 〝桐条〟のスタッフに連絡していたのだ、と何やら言い訳している 桐条美鶴に、ヤカンで湯を沸かしておくように言って、部屋へと向か う。責任感がある相手は、何かしら使ってやると気が済むものらし い。聞いた話では。 あなたは、まだ整理が終わっていない荷物の中から、非常食を探し この前の時価ネッ あなたの、お肌、つっやつやー、み・ いいなー、いいなー 出すと、ラウンジへと戻る。 ﹁あ、キチンラーメンだ トで売ってたヤツですよね ん・なの非常食﹂ えてきた。深夜テンションなのだろう。 ああいった手合いにはかかわらないに限る。たかられたら大変だ。 あなたは後輩と目を合わせないように顔をそらす。そらした先に 2人の分〟を見つけられてしまった。さす って、3人分持ってるじゃないですかー、センパイ﹂ 回りこもうとする後輩。その動きとは逆の方向へと足を進める。 ﹁フェイント 後ろ手に隠していた がに目ざとい。 あなたのテンションは、まだまだ高い。これは、一度眠りにつくま では納まりそうにない。 私の分もあるのか ﹂ あ な た と 琴 音 が じ ゃ れ て い る 間 に 湯 が 沸 い た の だ ろ う。別 棟 の それは⋮⋮まさか ! キッチンからヤカンを持った桐条が戻って来た。 ﹁これでいいのか !? 満月とは恐ろしいものだ。桐条までもテンションが高い。たかが ? 97 ! ズンッ、チャッ、ズンズンチャッと適当な替え歌がどこからか聞こ ? ! " !? キチンラーメンで、危うくヤカンを落としそうになっている。 2人のテンションが高まったところで、先ほどの仕返しに全部1人 で食べると言おうとした。 ││食べたいなー。食べたいなー。食べてみたいなー あなたの精神は、ペルソナを使用した〝おねだり〟に屈してしまっ た。なんと卑怯な後輩なのだろう。 そのピクシーはなんだと聞いてみても、琴音の返事は要領を得な い。 ﹁心の海がどうのこうのってこと⋮⋮らしいですけど。いまいちよく わかってなくて﹂ 本人がわからないものが、他人にわかるはずもない。今度、機会が あればイゴールにでも聞いてみようと、あなたは考えた。 ││あーん。 ねだるピクシーに麺を与えたりなどしながら、あなたの夜食タイム は進んで行く。 ﹂ ﹁ペルソナが食事をする場面は初めて見た。私のペンテシレアも何か 食べるのだろうか ちょっ、センパイ てしまった。 ﹁うわっ ﹂ ! 去する。 ラーメンをすすって腹の虫も納まったので、あなたは眠ることにし た。 とりあえず全員が疲れているため、詳しい話はまた放課後に、と なったのだ。ベッドの上で横になると、つい最近にも同じように〟ま た放課後に〟、と話したことを思い出す。 本当に、人生は問題解決の連続だ。 そう思いながら、あなたは眠りへと落ちて行く。 今夜は疲れた、ぐっすりと眠れそうだ。 98 ! そんな珍妙な光景を想像したあなたは、思わず吹き出しそうになっ 鉄仮面の隙間からラーメンをすするペンテシレア。 ? 少々みっともない場面があったかもしれないが、それは記憶から消 ! 4/10 満月の後で 4月10日︵金︶ 未明 青い部屋 ピアニストも歌手も見えない部屋に、ピアノの音色と悲しげな女の 歌声が響いている。 あなたの目には映らないこの部屋のどこかに、あるいはそこかしこ に、弾き手と歌い手は存在しているのだろう。 ﹁また、お会いできましたな﹂ あなたの目の前に、ぎょろりとした目と、長い鼻が特徴的な老人が 座っている。 あるじ 彼 の 名 は、イ ゴ ー ル。夢 と 現 実 の 狭 間 に あ る 場 所、〝 ベ ル ベ ッ ト ルーム〟の主。 ペルソナ そのイゴールの目が、あなたの顔をギロリと見すえた。 ﹁││どうやら、ご自身の身に着けていらっしゃる仮面について自覚 されたようですな﹂ 言われて、手を顔へとやる。あなたの〝今の顔〟は〝仮面〟だ。 本当のあなたは、この仮面を外したときに現れる〝魔人〟の姿をし ている。 ﹁〝ペルソナ〟とは、貴方が貴方の外側の物事と向き合った時に、表に ペルソナ 出 て く る 〝 人 格 〟。様 々 な 困 難 に 立 ち 向 う た め に 必 要 な 〝 心 の 鎧。 ですが⋮⋮貴方は、戦うこと、力をふるうことについて、仮面の力を 必要とはされていない﹂ 力だけが物をいう〝あの世界〟で、あなたは頂点にまで登り詰め た。 力で解決できる困難に対して、あなたは〝心の鎧〟など必要として はいない。 ﹁そう⋮⋮貴方の師にあたる方、貴方のご友人たち、そして現在の協力 者。それらの方々と違って、貴方は〝創世〟の時にさえ、〝もう1つ の貴方自身〟を必要とはされなかった﹂ あなたの先生は、迷いの先に、儚い希望を司る〝偽神アラディア〟 99 の仮面をかぶった。 コトワリ あなたの幼なじみは、力の理を目指し〝魔神バアル・アバター〟へ と変わった。 あなたのクラスメイトは、他者との関わりを否定して、〝邪神ノア 〟の中へと潜った。 かつてのあなたの敵であり、現在の協力者である男は、その静寂の 理想のために〝魔王アーリマン〟を呼び出した。 ﹁彼らの呼び出した存在と、ペルソナは同じではない。しかし⋮⋮そ れらが、極限の困難に立ち向かうために獲得した〝心の鎧〟であり、 それぞれの理想であるコトワリを象徴する〝もう1人の自分自身〟 であったことは確かでしょう﹂ どうしようもなく追い詰められた時にこそ、その人間の本質、そし て本性が現れるのなら、イゴールの言う通りなのかもしれない。姿は 変わっても、彼ら彼女らは、確かに元の彼らであり、彼女たちだった のだから。 ﹁貴方には、〝何も無かった〟。そして、何者にもなれなかった。⋮⋮ だからこそ、たどり着けたのかもしれません。││〝創世〟へと﹂ 意味がわからない。そして、あまり理解させるつもりもないのだろ う。 ﹁さて⋮⋮﹂とつぶやくと、イゴールはアゴを上げた。そして、アゴを 下から支えていた手を、右手から左手へと変える。 わたくし ﹁話がそれましたな。貴方と話していると、どうしても個人的な興味 が強くなってしまいます。 私もこの部屋でそれなりの時を過ごして 参りましたが、〝創世〟に至った方をお迎えする機会はそうそうある ものではありませんからな。おや⋮⋮またそれてしまうところでし た、申し訳ありません││貴方のペルソナについて、でしたな﹂ あなたの本当の身体は、創世の時から変わっていない。 人の身体には、恐ろしい力を秘めたマガタマたちを納めてはおけな い。そして、交わした〝契約〟を守り続けるためにはマガタマの力が 必要だった。 マガタマを手放すことが出来ない以上、あなたは悪魔の身体であり 100 続けなければならないのだ。 だが、悪魔の身体そのままでは人間と共に暮らして行くことはでき ない。 ﹁情報であり物質でもある悪魔の身体。それを納める器であり、人間 の世界で生きるために必要な仮面。貴方にとってもっとも困難な、貴 方の外側の物事とは││他者との関わり〝コミュニティ〟であった ようですな⋮⋮﹂ どんな敵にも負けなかった。苦戦は何度も経験したが、それでも必 ず勝利して生き残って来た。 ただ、その過程で、あなたはイゴールの言う〝コミュニティ〟のほ とんどを失うことになった。 旅のはじまりは、先生と氷川の手によって、幼なじみとクラスメイ トの2人以外の〝すべて〟が殺されたところからだった。 旅の途中で、先生はアマラの海に消えた。 旅の終わりに、あなたは氷川を討ち、クラスメイトを潰し、幼なじ みを殺した。 ﹁あなたのペルソナは、実にありふれたもの。そして、それゆえに滅多 に身に着ける者のいないペルソナ。││﹃愚者﹄ニンゲン﹂ あなたは、もう人間ではない。 だから、人の間に紛れ込むための仮面を必要とした。 人修羅は人の世界では生きられないのだ。 もろ ﹁それは何も知らず、何の力も持たない無力な存在。同時に、何にも属 さず、何にも縛られぬが故に、無限の可能性も秘める﹂ ただの人間。 もう戻れない、あなたの憧れ。 ﹁そのペルソナは、貴方の内なる〝悪魔の力〟と比べると、いかにも脆 い。そのままでは、悪魔の力を振るう度に、徐々にすり減り、ヒビ割 れ、壊れて行ってしまうことでしょう﹂ あなたの仮面には、すでにヒビが入っている。マジシャンとの戦い で、ほんの少し加減を間違えてしまった代償だ。 ﹁そうならないためには、ペルソナを鍛えることです。ペルソナとは 101 心の力⋮⋮〝心〟は、〝絆〟によって強くも弱くもなるもの。人と関 わり、人との間に絆を結ぶ。それが⋮⋮貴方を人の世に留める〟鎖〝 となりましょう﹂ 自分のために人と関わる。それはひどく打算的な行動のように思 える。それでは││そんな考え方では、きっと〝鎖〟とはならないの だろう。 ひどく難しい。 ・ ・ あなたは、指で仮面にふれると、そこに走ったヒビをなぞった。本 当に││ ﹁まことに、〝人生は問題解決の連続〟のようですな。人であろうと することをやめ、悪魔と成り果てるならば、どれほど楽に生きること が出来るでしょうか。それでも⋮⋮その苦難の道を選択されたのは、 貴方ご自身だ﹂ 力を捨てず、心を捨てず、何も選ばず、何者にもなれず。カグツチ に否定された、自由で愚かな世界をもう一度創ったのは、あなただ。 ﹁1つ、重要なことを言い忘れておりました。││先ほど、〝絆の鎖〟 が貴方を人の世に留めると申しましたが、それは正確ではございませ ん。正確には、〝死よりも前〟の絆だけが、貴方に、貴方が人であり 続けることを求める鎖となる﹂ そう言うと、イゴールはスーツのポケットからタロットカードを取 り出した。白い手袋をはめた手が、慣れた様子でカードを番号順に テーブルに並べる。 〝Ⅰ〟の﹃魔術師﹄で始まり、 ﹃女教皇﹄、 ﹃女帝﹄、 ﹃皇帝﹄、 ﹃法王﹄、 ﹃恋愛﹄、 ﹃戦車﹄、 ﹃正義﹄、 ﹃隠者﹄、 ﹃運命﹄、 ﹃剛毅﹄、と続き、〝Ⅻ〟 の﹃刑死者﹄が最後。 イゴールの指先が、 ﹃魔術師﹄から﹃刑死者﹄までのカードをなぞる。 それは、〝死よりも前〟の範囲を示しているのだろう。 ﹁逆に、〝死よりも後〟の絆は、貴方に人であることを要求しない。そ れらは、貴方が人であっても悪魔であっても、変わらず繋がり続けま しょう。それは、一見素晴らしいことの様に思えるかもしれません。 ⋮⋮ですが、それら死の向こう側の絆の中には、貴方が人でいること 102 を望まず、悪魔となるよう積極的に働きかけて来るものも存在するか もしれません﹂ 言葉と共に、テーブルの上にカードが追加される。 ﹃節制﹄、﹃悪魔﹄、﹃塔﹄、﹃星﹄、﹃月﹄、﹃審判﹄。 あなたは、あまりタロットカードに詳しいわけではない。それで も、テーブルの上のカードの数が足りないことは分かる。 ﹁﹃太陽﹄は破れ、 ﹃永劫﹄は呪われておりますゆえ、私では扱いかねま す。そして、残されたアルカナは、貴方次第でいかようにも変化する ことでしょう﹂ 破れたカード。伏せられたカード。そして、﹃愚者﹄、﹃死神﹄、﹃宇宙﹄ のカード。 説明を聞いたはずなのに、余計にわからないことが増えた気がす る。とても、ややこしい。 ・ ・ ・ あなたは、目をおさえて頭を振った。 ﹁おや⋮⋮そろそろ夜明けのようですな。どうぞ、お気を付けて⋮⋮ 人間の、学生としての生活を過ごされますよう﹂ どうやら、そろそろ目が覚めるようだ。 イゴールの言葉と、あなた自身の感覚の両方がそう言っている。 ﹁今度お目にかかる時には、貴方は、自らここを訪れる事になるでしょ う。では⋮⋮その時まで││﹂ 老人の姿がぼやけ始めた。青い部屋の光景は遠ざかり、あなたの意 識は何もない暗闇へと滑り落ちる。 ﹁││ごきげんよう﹂ ◇ ◇ ◇ 早朝 いつもよりも、かなり早く目を覚ましてしまった。奇妙な夢を見た 日は、起きるのが早くなるのかもしれない。 二度寝して寝坊をするのは避けたい。あなたは目覚まし時計が不 103 気味な声でわめきださないように操作すると、登校の準備を始めるこ とにした。 顔を洗い、着替えを済ませて身支度を整える。本日の予定を確認 し、忘れ物がないか確かめる。あとは1Fの食堂で朝食を取るだけ だ。 ﹁おはようございます﹂ ﹁⋮⋮おはよう﹂ ﹂なのだから。 琴音は、多少疲れている様子だ。元気が少し足りない。いつもなら ﹁おはようございます そして、今朝の桐条は少しキレが悪いようだ。と、言うよりも││ 背が低くなっているように見える。 ﹁えーと⋮⋮。桐条先輩、張り切りすぎたせいで、ちょっと痛めちゃっ たみたいで⋮⋮﹂ ﹁私としたことがな⋮⋮﹂ 2人の視線の先は、桐条の足元に向かっている。つられて視線を落 としたあなたが見たものは、あのとても高いヒールのブーツではな く、普通のローファーだった。 学校内で、〝10センチ〟といえば桐条のことを意味する。これ は、転校したばかりのあなたでも知っている話だ。それぐらい有名 な、桐条のトレードマ│クが無くなっているのだ。 ﹁いや⋮⋮、いくら私でも、常にハイヒールというわけではないぞ﹂ そう言いながら歩く姿にも、やはりいつものキレがない。いつもの 桐条の歩きがカッカッカッなら、今の桐条はポタポタポタだ。マジ ディ ア シャンの止めを刺す時に、バイクで無茶な運転をしたせいだろう。 スジ 回復魔法で治らないのだろうか。相当な大けがでも、アレを何回か 使えば問題なくなるはずだ。 ﹁試してはみたが⋮⋮。どうも、筋を痛めた場合にはあまり効果がな いようだ﹂ そうなると、学校に行ってから保健室に頼るのがいいかもしれな い。運動部の連中の相手で慣れているだろうから。 あなたの言葉に返って来た答は、なぜか顔を青くして首を振る桐条 104 ! の姿だった。 ﹁先輩知らないんですか 月光館学園の保健室には悪魔がいるんで 白くて、眼鏡をかけてて、イヒヒヒヒヒって笑うんです﹂ ﹁なに、善は急げと言うだろう 昨日の朝に話した物だ。明彦と岳 まれた箱状の物があなたの前に差し出された。 食器を片付け、さて出かけるかとなったところで、何やら丁寧に包 は実にシンプルだった。 人間の世界は様々な〝力〟の形が存在する。思えば〝あの世界〟 ﹁うわ⋮⋮﹂琴音が思わず声をもらし、少し背を震わせる。 片方だけを釣り上げ、苦い笑いを浮かべた。 ﹁想像の通りだ⋮⋮あまり、騒いでもらっても困るからな﹂桐条は唇の をチラリと見ると、 〝桐条〟がなにかしたのだろうかと考えたあなたが、桐条美鶴の顔 しい報道は行われなかった。 隕石落下。かなりの大ニュースのような気がするのだが、あまり詳 公園の場合は、隕石が落下したことになったようだな⋮⋮﹂ ﹁影時間に起きた出来事は、なぜか事実がねじ曲がってしまう。あの い。 どうやら、昨夜の戦闘は隕石の落下による被害と思われているらし 朝食の途中、テレビで気になるニュースが流れた。 辺の家屋にも被害は出ていませんが、公園内の││﹄ ﹃││巌戸台駅前公園に隕石が落下しました。幸いケガ人はなく、周 などと雑談を交わしつつ、あなたは朝食をすませる。 ﹁絶対、行かないほうがいいですから﹂ あなたの言葉を聞いた琴音は、顔の前で素早く何度も手を振る。 いものだ。 かった。琴音が言うような悪魔がいるのならば、ぜひ一度見ておきた あなたは、保健室の世話になるつもりが全くなかったので知らな すよ ? 羽は、また次の機会だな﹂ ? 105 ? 桐条から渡された物は、どうやら〝弁当〟らしい。 半分冗談だったのに、昨日の今日でもう用意されているとは、と〝 桐条〟の手早い対応に少々おどろく。 そして、あの桐条美鶴が冗談を言ったことにも、少々おどろいた。 ﹁ゼンは急げ。なるほど、食事の膳と、良い事の善をかけたわけです ね。さすが、理事長との付き合いが長いだけのことはありますね﹂ 琴音がニヤッとしながら桐条をからかう。 そうじゃない。⋮⋮本当だぞ そんなつもりは全く すると、桐条は顔を赤くし、少し慌てた様子で早口に否定した。 ﹁ち、違う ? 照れ隠しなのか、桐条はあなたや琴音から視線をそらしている。 ことが気になっていた﹂ 私個人を呼ぶ場合と、組織を呼ぶ場合で毎回言いづらそうにしている 特に君は、〝桐条グループ〟を呼ぶときも〝桐条〟と言うだろう なかった⋮⋮。それから││2人とも、私のことは〝美鶴〟でいい。 ? 美鶴先輩 ﹂ そして、なぜか片手を折り曲げて〝敬礼〟の姿勢をとる琴音。 ﹁了解しました ! ﹂ ﹁汐見琴音隊員、これにて離脱致します 桐条⋮⋮じゃなくて、美鶴 単に、桐条⋮⋮美鶴が忙しないだけなのかもしれないが。 会役員というのも大変だ。 ある。普通の日は毎朝もっと早く登校しているらしいのだから、生徒 調子の悪い桐条の足に合わせて歩いてきたが、時間にはまだ余裕が 学園に到着した。 ◇ ◇ ◇ ﹁ああ、これからもよろしく頼む﹂ 同級生なので真田と同じ呼び方で良いだろう。 に甘えることにする。 〟と桐条がややこしいと感じていた。なので、ありがたく美鶴の厚意 あなたは、桐条に⋮⋮美鶴に指摘された通り、実は少しだけ〝桐条 ! 先輩。階段、気を付けてくださいね ? ! 106 ! 2年生の間で流行っているのだろうか。月光館学園の玄関ホール で別れる際に、なぜかまた敬礼しながら2年生の教室へと去って行く 汐見隊員。 ﹁⋮⋮ あ り が と う。心 配 を か け る な。│ │ 君 が ラ ウ ン ジ に 来 る 前 に、 テレビで〝今日のラッキーポーズは敬礼〟と言っていたぞ﹂ ラッキーカラー、星座占い、血液型占い、朝の番組にはそんなもの もある。 あなたは、ふと〝しあわせチケット〟のことを思い出した。10枚 貯めると福引のできるステキなチケットだ。 ﹂ 3色の箱から選ぶのは絶対に〝白〟だったが。 ﹁君は白色が好きなのか やはり男なら〝白〟にあこがれるもの。 黒やピンクも捨てがたいが、それでもやはり白箱の中から〝香〟が 出てきた時の喜びは格別なものがある。 ﹁⋮⋮そうか。一応、気にしておこう﹂ 何事もなく教室まで到着してしまった。 琴音の言葉もあり、あなたは美鶴が階段で足を滑らせた場合に備え ていたが、特にアクシデントは起きなかったのだ。転んでくれれば、 役得もあっただろうに残念な話である。 ﹁そう簡単に身体を預けるわけにはいかないな。やはり、物事には順 序というものがある﹂ 美鶴は両目を閉じると、軽く笑った。 ﹁ああ、そうだ。昨日、いや、日が変わっていたから今日か。あれは痛 かったぞ。たしかに私にも落ち度はあったが⋮⋮﹂ 頭の後ろをさすってみせる美鶴に、あなたはそこまで痛くした覚え はないと言い訳しながらも謝る。なんでも満月のせいにしていては いけないが、それと久しぶりの戦いの後という事も合わさって、少し ばかりハメを外し過ぎてしまった。 ﹁まったく⋮⋮。あんな目に合わされたのは、初体験だ。だが、まぁ、 だが、たまになら⋮⋮な﹂ 107 ? その後は悪くなかったな、ああいった物もたまにはいいものだ⋮⋮。 毎日はダメだぞ ? どうやら、美鶴の機嫌は上々らしい。叩かれて喜んでいるわけが無 いので、ラーメンがよほどお気に召したのだろう。 タコ焼きにキチンラーメン││桐条美鶴、実は意外と安上がりな女 なのではないだろうか。 ﹁私はそこまで安くないぞ﹂ ﹂ ひ ら が けいすけ 余計なことを言ってしまったと、授業が始まるまでの間、あなたは 口を閉じることにした。 ◇ ◇ ◇ 昼休み ﹁やぁ、昼一緒にどうかな あなたが弁当を広げようとしていると、クラスメイトの平賀慶介が 声をかけてきた。 転校以来、昼は真田と一緒だったので、今日のあなたは1人きりだ。 そんな姿を見た平賀が、気にしてくれたらしい。 なで肩にずり落ち気味の眼鏡、ふわふわとしたくせのある柔らかそ ﹂ うな髪と、どこか頼りない印象の平賀だが、どうやらなかなか気の良 いヤツでもあるようだ。 ﹁││僕は写真部なんだけど、君はなにか部活やるつもりはある しい金額と手間がかかっている ような気がする。幼なじみの千 一見するとその内容は質素。しかし、その実は材料と調理法に恐ろ に混ざって〝桐条特製弁当〟に舌鼓をうつ。 平賀の誘いを受けたあなたは、クラスのやや大人しい男子グループ ? ﹁おーい⋮⋮聞いてる ﹂ 弁当は格が違ったようだ。 多少はわかる〟あなただが、さすがに世界の桐条グループのご令嬢用 晶がそれなりの生まれだったため、その付き合いで味の良し悪しが〝 ! がらそれに答えた。 108 ? 弁当の衝撃に平賀の質問を無視してしまっていたあなたは、謝りな ? 3年生で入部しても、まともに活動できるのは夏休みあたりまで、 それ以降に居座り続けても2年生の邪魔になってしまいそうだ、と。 ﹁運動部とかは、そうかもしれないね。ウチはどうなのかな やっ ぱり、早めに次に引き継いだほうがいいのかな⋮⋮﹂ 私としては、そう悪くないのではないかと思っ 病院に付き合ってくれないか ﹂ ﹁それから、2年の教室には今行ってきたのだが。すまないが、明日は 教室内にざわめきが広がった。 なずいている。 美鶴は、いつもの両ひじを抱え込むようなポーズで、嬉しそうにう ﹁そうか、口に合ったようで良かった﹂ と、正直に答えたのだ。 だから、あなたは答えたのだ。〝桐条〟特製弁当は大変うまかった ない。 状況が気にはなったが、質問されたあなたが答えなくては話が進ま 教室内が妙に静かになった。 ているのだが、出来れば感想を聞かせてほしい﹂ ﹁味はどうだった て来た。そして、あなたに向かってこう言ったのだ。 教室の扉が開き、休み時間が始まってすぐに出て行った美鶴が戻っ 時、事件は起こった。 平賀の雰囲気と、弁当を食べながらの会話でその警戒が少し緩んだ は少し警戒されていた。 の有名人との会話が多く、〝2年の転校生とのウワサ〟もあるあなた 大人しい雰囲気のグループということもあってか、真田や美鶴など 平賀慶介は、周囲にずいぶんと気を配る男のようだ。 生のあなたとは立場が違う。 まだ4月も始めだというのに、平賀は気が早くないだろうか。転校 ? あなたの心に、真田か岳羽の身に何かあったのではないかと不安が もしれない。 に││休むように││言って来るとは、何か重大なことがあったのか 明日はまだ土曜日、学校もある。それなのに美鶴が病院に行くよう ? 109 ? よぎる。 だが、美鶴はその心配に首を横に振って、 ﹁いや、検査だ。こういっ たことは早めに済ませておいた方がいい﹂と答えた。 あなたは腕を組んで、〝検査〟とは何だろうかと考える。それだけ を言われても、何のことなのかよくわからなかったのだ。 すると、状況を悟ったらしい美鶴が、あなたの耳に自分の片手をそ え、顔をよせて、小声でささやく。少しくすぐったい。 ﹁⋮⋮ ペ ル ソ ナ に つ い て の 検 査 だ。桐 条 の 病 院 で 調 べ る こ と が 出 来 る。君のものは少し暴走の危険がありそうだからな﹂ 教室内の空気が固まった。 〝検査〟の内容を理解したあなたは、親指を立てて〝了解〟の意志 を伝える。 ﹁では、頼んだぞ﹂ 美鶴はうなずくと、少しカクカクとした歩き方で自分の席へと向 ﹂と声が上がった。 行って、こっそりと机の上の物をのぞき込んだ結果である。 彼は、しばらくあなたと美鶴を交互に見た後、最初の大人しそうな ﹂ 印象からかけ離れた行動を取った。 ﹁弁当の中身、同じだー 教室内は大騒ぎだ。 あなたの後頭部から背中にかけて、どっと汗が噴き出る。何か│ ! 110 かった。まだ調子が良くないらしい。 気を取り直して、弁当の残りに手を付けようとしたあなたのすぐ目 の前に、平賀の顔が迫って来た。 他の面子の顔も、興味津々ですと寄って来る。 ﹁ど う い う こ と 桐 条 さ ん の こ と を 呼 び 捨 て に し た り、弁 当 と か ⋮⋮﹂ ﹁うおっ どう説明したものかとあなたが考えていると、美鶴の席の方向から 影時間のことも話せない。 ペルソナのことを話すことは出来ない。 ? あなたと一緒に昼を食べていた男子の内の1人が、美鶴の席まで ! │、何か、とてつもないことが起きている気がする。 明日は病院で検査。休みで良かったと思う。 いつの間にか、あなたの左手が顔をおおっていた。 来週のことは、今はまだ考えたくない。 111 4/11 辰巳記念病院 4月11日︵土︶ 朝 巌戸台分寮玄関前 今日は病院に行く日だ。 ﹁別館と裏口の戸締りオッケーです﹂ あなたは、琴音の報告に片手をあげてこたえた。そして、寮の玄関 に鍵をかける。 私服姿のあなたと琴音は、徒歩で巌戸台駅のバス乗り場を目指す。 病院に行くのにオニマークのパーカーを着ていると、去年のことを少 し思い出してしまう。 桐条グループの傘下にあり、ペルソナの調査設備がある辰巳記念病 院は、月光館学園とポロニアンモールの中間あたりに建っている。そ のため、寮から歩くには遠く、モノレールで月光館学園最寄りのポー トアイランド駅まで行くと遠回りになってしまうのだ。 そんなわけで、土曜日にも授業のある私立月光館学園の生徒2名 は、授業を放棄して辰巳記念病院行のバスに乗ろうとしているのだ。 ちなみに出席関係は〝桐条さん〟と〝理事長〟がどうにかしてくれ るらしい。 ﹁5人でも広かったのに、急に2人だけ。昨日はちょっとガラーンと してましたねー﹂ 真田と岳羽は入院中。美鶴は〝マジシャン〟についての報告のた め、昨日から〝桐条〟の本社へ行っている。 ﹁ほんと、美鶴先輩も忙しいですよね。夕方に出かけて、今日の昼には 病院でわたしたちの検査を見て、それからまた桐条グループの本社と か⋮⋮﹂ 貧乏暇なしなんて言うが、金持ちは金持ちで忙しいらしい。 美鶴の場合は、出かける前にポツリと﹁お父様⋮⋮﹂などと嬉しそ うにつぶやいた。彼女にとっては、たとえ忙しくとも〝桐条〟の本社 に出かける機会が、多い方が良いのかもしれない。 112 あなたはどうだろうか まった。 あなたが〝人修羅〟であることを知ら ﹁前から気になっていたんですけど。それって寝グセですか ? ﹂ ? ポスポスと。 ホントだ。ぴょん ! よう。 ﹁ところで、それちょっと早くないですか ﹂ だったのかもしれない。││ホームシックと思われていたらどうし 顔には出していないつもりだったが、もしかしたら慰めるつもり るようで、照れくさくなったのだ。 あなたは少し笑って、琴音の手を払った。まるで頭を撫でられてい ﹁おおー ってなりますね﹂ のクセ毛を押さえる。始めは恐る恐る、次第に大胆に、何度も何度も 琴音がゆっくりと手を伸ばして、あなたの頭の天辺、それから左右 ﹁押さえてもダメなんですか なに頑張ってみても、不屈の闘志で立ち上がって来てしまうのだ。 あなたのこれは、寝グセではない。何種類もの整髪料を試し、どん 琴音は、あなたの頑固なクセっ毛をちょんちょんと指差している。 も同じところがハネてますけど﹂ いつ あなたは、東京の家族のことを考えて、少し沈んだ気分になってし が良いのか。 ない〝家族〟と、顔を合わせる機会は多いほうが良いのか、少ない方 ? だ。 それよりも、琴音の赤マフラーの方が暑苦しい。 ﹁先輩だって、フードで首回りに結構布がありますよ わかりません。 だ。 ﹂ ラーが振り回される。うっかり何かに引っかけたら、首が締まりそう 琴音は歩きながら、クルっと1回転。ターンに合わせて赤いマフ ? ? レは、 彩なんです。ワンポイントって言うか││わかりません いろどり わたしのコ う、4月のはじめだ。特に寒くもないのだから、何も問題はないはず 琴音の視線は、あなたのハーフパンツに向けられている。今はも ? 113 ! ﹁なんでそんな発想になるんですか。というか、コレだって﹂ あなたのパーカーのフードが後ろに引っぱられる。息が苦しい。 マフラーが伸びる﹂ 仕掛けられたのならば、返さないわけにはいかないだろう。 ﹁あー、ダメダメ などと騒がしく歩いていると、いつの間にか駅前に到着していた。 あなたの視界に、更地、あるいは荒れ地になった〝巌戸台駅前公園 〟の姿が飛び込んでくる。 立ち入り禁止の文字が書かれたテープ。 公園への出入りは、まだ禁止されている。壊れた遊具などの破片が 土中に埋まっているため、大変危険なのだ。転んだ先に尖った鉄の棒 などがあれば、大けがではすまない可能性もある。 そんな公園の出入り口に、見覚えのある男の後ろ姿があった。 あなたが彼を忘れることは無いだろう。いろいろと世話になった 相手であり、また、ひどく危険な状況に陥る原因になった者でもある のだから。 あなたとその男の関わりは、そのほとんどが〝あの世界〟││混沌 ヒジリジョウジ のボルテクス界││でのものだった。 聖 丈二。 あやかし うさんくさい。長髪に鼻下のチョビヒゲ、さらにはアゴヒゲまで生 やした、実にうさんくさいオカルト誌〝 妖 〟の記者だ。 あの時と同じ姿。魚のウロコのような模様のジャケットに、白いズ ボン。白い肩掛け鞄と、帽子を持っているところまで同じ。 彼は警察の設置したテープの手前から、公園内の様子をカメラで撮 影しているようだ。 ﹁ここも、〝0時〟ごろ⋮⋮か﹂ 俺に何か用か ﹂ 俺が学生の頃は、土曜日も勉学 背中を見つめるあなたの視線に気づいたのだろう。ヒジリは振り 向き、あなたの顔を見た。 ﹁デート中の高校生ってところか に勤しんだものだったが。││なんだ ? かったようだ。 あなたが予想していた通り、ヒジリは、あなたのことを覚えていな ? ? 114 ! 覚えていたのなら、これまで何の接触も無かったことがおかしい。 彼があなたのような存在のことを覚えていたのなら、取材せずにはい られない存在なのだ。 そうあるようにと、〝大いなる意志〟に呪われているのだから。 あなたは、魔界とも呼ばれるアマラ深界で〝喪服の淑女〟からヒジ リに関する話を聞いている。 彼は遥かなる過去から、永劫の未来まで、幾千、幾億の世界で行わ れる闘争を見続け、記録し続けることを定められた許されざる罪人で あること。生まれ変わるたびに記憶を失い、光と闇、法と混沌の争い に自ら巻き込まれる運命を与えられていること。 彼に死の安らぎが訪れることは無い。何かを体験しても忘れてし まうため、その魂が磨かれることもない。彼はまるで悪魔のように、 死ぬことも学ぶこともないのだ。 あなたの顔つきから何かを感じ取ったのか、ヒジリはアゴヒゲをい はなだ 動き、その目が少し細められる。 だとしたらスマンな﹂ 花田のところに居た﹂ あお も、世の中のことも、何もかもが全部、〝どうでもいい〟って冷めた ﹁見違えたってのは、こういうことか。前に会った時は、自分のこと か、ヒジリは身をかがめ、下から見上げるようにして言葉を続ける。 琴音の変化に気が付いていないのか、それともあえて煽っているの しめた。 ヒジリの口から、〝花田〟の言葉が出た瞬間、琴音はその手を握り ﹁おまえ││汐見琴音か ? 115 じっていぶかしげな表情になった。 ﹁どこかで会ったことがあったか おまえ、どこかで⋮⋮ ? 琴音に移った。 ﹁ん⋮⋮ ﹂ あなたが名刺の内容に目を取られている間に、ヒジリの興味は隣の 妙な絵が描かれている。 取った名刺には、 ﹃月刊〝妖〟﹄ ﹃記者:ヒジリ﹄などの文字と共に、奇 ヒジリはポケットを探り、2枚の名刺を差し出した。あなたが受け ? ヒジリの唇の両端がわずかに吊り上がる。琴音の身体がピクリと ? 顔をしていたのに││今のおまえには、なんて言うか〝熱〟のような ものがある。前には無かった、な﹂ ヒジリはいったん言葉を切ると、そのまま少し間を置いた。 そして﹁ところで、花田のヤツ、今はどうして││﹂ ﹁死にました﹂ ヒジリが続けようとした言葉は、琴音の感情の死んだ声にさえぎら れた。 あなたは、琴音の手首つかんで抑える。放っておくと、ヒジリに殴 りかかって行ってしまいそうな気がしたのだ。琴音は、一瞬、嫌がる ような素振りを見せたが、横目であなたの顔を見て、少し微笑むと腕 から力を抜いた。 ﹁⋮⋮そうか。まぁ、そういうこともあるか。それより、様子が変わっ た理由に見当がついたよ﹂ ヒジリは、あなたと琴音の顔をチラチラと見た後、目線を落として 116 あなたたちの手を見た。 そして、ニタリとイヤらしく笑う。 ﹁花田のお人形も、色を知りゃあこうなるか。年相応に健全で、結構な ことだな﹂ ヒジリのニタニタとした表情にカチンときたあなたは、彼をにらみ つける。 かんべん ﹁おっと、そう怒るなよ色男。││謝罪代わりにコイツをやるから、そ れで勘弁しろや﹂ そう言うとヒジリは手首のスナップを効かせて冊子を投げてよこ ﹄な 港区深夜0時の怪﹄、 ﹃謎 す。あなたは、それを空いている方の手で受け取った。 〝月刊・妖〟││その表紙には、 ﹃特集 の復讐代行屋の正体に迫る﹄、 ﹃遮光器土偶は宇宙人の姿だった どの文字が、派手な配色で書かれている。 なあなたたちに、ヒジリは自身の関わっている雑誌を﹁信用するなよ﹂ 冊子の裏表を確認するあなたと、それをイヤそうに見る琴音。そん な。こうだったら面白いのになって怪しい話だよ﹂ ﹁本日発売の最新号だ。内容は、まぁ、アレだ。なんせ〝妖〟だから ! ! と告げた。 ﹁こういうのは、面白おかしくしないとな。ガセもヤラセもなんでも ありだ。││次に会うことが有ったら、ぜひ感想を聞かせてくれ﹂ あなたは、ヒジリの言葉に首を縦にも横にも振らなかった。 よくある反応なのだろう。ヒジリは仕方ないといった表情になる と、あなたたちに背を向ける。 そいつがよりにも 背中を見せながら、片手をひらひらと振るヒジリ。 ﹁そうそう、その汐見琴音、結構な厄ネタだぞ よって、この港区にいる。その手、さっさと離さないと、厄介な事に 巻き込まれるだろうな。││悪いことは言わない、その女はやめてお け﹂ あなたのすぐ隣で、息をのむ音が聞こえた。 背を向けているヒジリの表情はわからない。普通なら、その当の〝 厄ネタ〟がすぐ近くで聞いている状況で言うセリフではないはずだ。 汐見琴音は普通ではない。あなたと同様に。 アナライズ そんなことは、最初に会った時からわかっていた。あなたの内に宿 るマガタマは、あなたに解 析と心の眼を与えているのだから。 あの日、影時間の巌戸台駅で見たドクロの女。その女の中から現れ た〝死神〟。 汐見琴音はその身の内に、〝人間ではない何か〟を宿している。あ なたと同様に。 人でもない、悪魔でもないあなたにとって、この〝後輩〟は││ ﹁若いヤツにこんなことを言うのもヤボだったか⋮⋮。だが、覚えて おけよ。〝ガイアの巫女〟に関わるのは、命がけだってことを﹂ ヒジリは去って行った。 本当に親切な忠告だったのかもしれない。ヒジリは、裏の社会のさ らに奥深く、闇の勢力同士の抗争について知っている。そんな彼が、 〝見ず知らずの普通の男子高校生〟に警告してくれただけという可 能性はある。 彼はそれなりに親切で、それなりの野心を持った、それなりに普通 の人間なのだ。呪われてさえいなければ。 117 ? ﹁あの、センパイ。痛いです⋮⋮﹂ あなたの握力は少しばかり強すぎる。シャドウの仮面を握りつぶ して倒したりするのだから、本気で気を付けないと危ない。今は相手 がペルソナ使いだったから良いものの、もしも琴音が普通の人間だっ あと たら、今ごろ大変なことになっていたはずだ。 ﹁ふふっ⋮⋮、しばらく痕が残っちゃいそうですね﹂ 彼女はあなたの手形ついたところをなでながら、なぜか嬉しそうな 表情を見せる。 昨日の美鶴も、頭を叩かれたと言って非難しながらも、どうしてか すこし頬がゆるんでいた。 ﹂ と鼻 もしかしたら、巌戸台分寮の女子には少し特殊な趣味が││ ﹁せい なぜか腹に正拳を叩き込まれた。 ジトッとした琴音の視線が、あなたに突き刺さる。ふんっ を鳴らしそっぽを向く、後輩。 謝らないといけない場面で、少しふざけすぎてしまったようだ。 ﹁仕方ないですね。うーん、今度なにか買ってくれたら許してあげて もいいですよ﹂ しゃくぜん 約束ですよ﹂とゲンキンに機嫌が 冗談っぽく言っているが、割と目がマジだ。 みつ あなたがうなずくと、 ﹁やった ﹁わたしのお父さんと、お母さん、10年前に死んじゃったんですよ。 席で黙って音楽を聴いていた琴音が、ボソリと口を開いた。 あなたがヒジリから受け取った〝月刊・妖〟を読んでいると、隣の バスの座席に並んで腰掛け、5分ほど。 き〟のバスに乗り込んだ。 それから、ニヤニヤ顔の琴音を連れたあなたは、〝辰巳記念病院行 う事もないのだが。 これ上げると返ってきたのが〝魔石〟だった時と比べたらどうとい とは言っても、マッカ、マッカ、宝石、力を吸わせてと来たあげく、 としない気分だ。 直る。別に貢ぐことは慣れているからいいのだが、なんとなく釈 然 ! 118 ! ! ひどい事故に巻き込まれて。その時のこと、覚えてないんですよね、 わたし。││ううん、その時のことだけじゃなくて、〝事故以前のこ と〟を覚えてないんです。お医者さんには、自分を守るために、自分 自身で記憶を閉ざしてしまったのではないかって、そう言われたんで すけどね﹂ 両親、家族を一気に失ってしまった気持ちなら、少しはわかる。ど こかにポッカリと穴が開いたような、そんな気持ちになるのだ。 幸いなことに││あるいは不幸なことに││あなたは、家族を取り 戻すことが出来た。だから、今の琴音に気持ちはわかる、とはもう言 えない。 ﹁そのあと、気が付いたら〝花田のおじさん〟に引き取られてました。 さいだん おじさんは、ちょっと変わった人で、その雑誌に書いてあるようなオ カルト趣味がすごかったんです。家の中に祭壇を作って、悪魔を召喚 するとか言い出したり、わたしのことを、君には巫女の資質があると か言ってみたり﹂ その〝おじさん〟は、相当危険な感じがする。 琴音には何かしらの〝資質がある〟。それは確実なことだ。その 上で、〝大いなる意志〟に呪われているらしいヒジリが絡んでいるの なら、もう確定と考えてもいいだろう。 ﹁最後に聞いたおじさんの言葉は、なぜこの子が〝創世の巫女〟に選 ばれないのだ、だったかな⋮⋮﹂ 花田は、その後どこかに出かけて行って、2度と戻って来なかった らしい。 創世の巫女、先生、氷川、粛清、代々木公園。そして、新宿衛生病 院。あなたは、去年の出来事を思い出した。 あれからまだ、1年も経っていない。 琴音の声は、話しながらどんどんと暗くなっていった。そうなる と、つられて、あなたの気分も落ちこんでしまう。 2人して沈んでいても仕方がないので、あなたは昨日の学校での出 来事を話題にすることにした。 ﹁へぇー、美鶴先輩と付き合ってるって、そんな誤解されてるんです 119 かー﹂ 少し言動がうかつだったとは思うが、ひどい誤解もあったものだ。 ﹂ そんなおいしい事実は全くないと言うのに。 ﹁ふーん⋮⋮っ ほお なぜか、強くフードを引っ張られた。ノドが圧迫され、声が出しに くい。 琴音は、抗議するあなたから顔をそむけ、大きく頬をふくらませて いる。 かなり子供っぽい仕草だが、どんよりとしているより、そのぐらい の方がお似合いだ。 しかし、琴音のそのプクーっとなった頬が、あなたの中の何かを誘 惑する。 ﹁ぷっ﹂ つい、つついてしまった⋮⋮。 琴音の目と唇がみるみる内に吊り上がる。それは、実にいい笑顔 だった。 ◇ ◇ ◇ 辰巳記念病院 特別室 ﹁やぁ、来たね﹂ 病院に到着したあなたたちは、〝桐条〟関係者用の特別室へと案内 された。 そ こ で あ な た を 迎 え た の は、月 光 館 学 園 理 事 長・幾 月 修 司 だ。 ちょっとずり落ち気味の眼鏡といい、どことなく気弱な様子といい、 クラスメイトの平賀が老けたら、こんな大人になりそうな気がする。 ﹁なんで理事長がここにって顔してるね。まぁ、簡単に言うと、実は 僕って結構ヒマなんだよ⋮⋮﹂ 理事長は、元々〝桐条〟のペルソナやシャドウに関する研究者であ り、教育に関しては全くの素人。その上、タルタロスなどの調査が優 120 ! 先されているため、理事長と言っても名ばかりの名誉職で、実際の学 というか〝桐条〟グループ﹂ 校運営にはあまりタッチしていないらしい。 ﹁それでいいのか月光館学園 ﹂ 汐見君もまだま ! てはいないようだし││東京では何か運動やっていたのかい ﹂ ﹁ふむふむ、身長は真田君とほとんど同じか。体格もそう大きく違っ 顔だ。 あなたの言葉に、琴音も強くうなずいている。理事長は自重した笑 美鶴は忙しい身の上なのだから、余計なことを考えなくてもいい。 うとわかるだけに、文句も言いにくい。 半分遊びのような日が消えてしまった。気を使ってくれたのだろ ﹁さすが⋮⋮、美鶴先輩は気が利きますね⋮⋮﹂ 休んだ分の学業を取り返せるというワケだ。 わらせておく。そうすることで、あなたには空いた時間が出来きて、 来週に1日かけて実施される予定の身体測定などを、今日の内に終 て頼まれていてね﹂ を今日休ませてしまった分、来週の日程を先に済ませておいてくれっ ﹁まずは、普通の身体測定と体力テストからだね。桐条君から、君たち と。 あ な た は 1 つ た め 息 を つ い た。ど う い っ た 採 点 基 準 な の だ ろ う、 だだねー﹂ ﹁ふむ⋮⋮、理事長が自重か。うーん⋮⋮30点 〝お寒いの〟とわかってはいるが、発動前に止めてしまうとは。 ちょっと、慣れ過ぎではないだろうか。どうせ続く言葉はいつもの ﹁理事長自重 ﹁月光館学園だけに││﹂ る。何かを言われても、ハハハと笑ってすませてしまいそうだ。 たしかに理事長は、あまり怒った様子を想像できない人物ではあ 理事長の雰囲気、人柄のせいか、琴音の言葉は相当にフランクだ。 ! も、女子の測定に付きまとうことは無理だったのだろう。あなたは、 ヒマらしい理事長は、あなたの測定についてきた。いくら理事長で ? 121 ! あの東京では殺し合いをロクに休むヒマもなくやっていた。言わな いが。 ﹁いやー、僕も出来れば汐見君の方を見たかったんだけどね。そんな ことをして桐条君にバレたら、コレだよ、コレ﹂ 理事長は、立てた親指で首をかっ切る仕草をした。つまり〝処刑〟 だ。 ﹁桐条君のあの口ぐせ。実はアレ、元は桐条君のお父さんの武治氏の ものだったんだ。お父さんのマネをしている内に染み付いちゃった ﹂ んだね。そう思うと、あの物騒な言葉も、ちょっと可愛らしく感じな いかい 美鶴が可愛いかどうかはともかく、〝処刑〟が口ぐせの中年男性と いうのが怖い。それが世界規模の大企業のトップとなると、普通に生 じゃあ、次は体力 きていた痕跡ごと無かったことにされてしまいそうだ。 ﹁世の中、知らないほうがいいことってあるよね じゃないか ﹂ テストだ。ボクシング部の備品を破壊したパワー、見せてもらおう ? ナの力を使ってない ﹂ ﹁いやー、優秀だねー。というか、君、本当に人間 こっそりペルソ あなたは、ほどほどに加減しつつ、全ての測定を終えた。 秀。反復横跳び、とても速い。持久走││。 握力、本気でやると器具が壊れる。上体起こし、優秀。体前屈、優 ! ? そういえば、ウワサ聞いたよ。君、桐条君とお付き合いしているって ソナの検査だからね。いや、待っていたのは、僕だけどさ。││ああ、 ﹁うーん。まぁ、いいや。この後、昼食をはさんで、お待ちかねのペル 悪魔化した戦艦の1隻や2隻、日本刀1本で解体できるものらしい。 能力基準は、あのモミアゲが特徴的な探偵だ。人間、ヤル気になれば ちなみに、あなたが想定している〝戦闘能力を持った人間〟の身体 の力を使い続けていることになる。 あなたは本当の人間ではないし。人間のフリをする限りペルソナ イゴールに教えられた、あなたのペルソナは〝﹃愚者﹄ニンゲン〟。 ? 122 ? いやー、普通の生徒なら何でもない話だけど、〝あの桐条君〟の ? 話題だからね。職員の間でも結構広まっているみたいでさ。この分 ウチ 処 刑 だ っ て。刀 首 だ け に 首 を ス パ ー ン っ と だとアレだ、桐条の当主様に処刑を申付けられてしまうかも の娘はやらん ちょっと高度だけど││﹂ ! ? ﹁琴音はまだ検査中だ。なにせペルソナが多いから時間がかかる。│ 琴音の姿はまだ見えない。 ターに向かうと、そこで美鶴が待っていた。 あなたが検査と着替えを終えて、地下と地上を繋ぐ秘密のエレベー の病院で1泊してもらっての通常睡眠状態の測定だけだ﹂ ﹁おつかれさま、だ。慣れない検査で疲れているようだな。あとはこ しているのではないかと勘繰ってしまう。 かんぐ 見ることのできなかった奥深くの施設では、もっと恐ろしい何かを 〟の気配がするベッドでの睡眠実験など。 合は本当の身体だが││を呼び出しての能力の測定。〝黄昏の羽根 スキル 頭に謎の機械をセットしての謎の検査。ペルソナ││あなたの場 べきだった。 の病院だ。ああいった研究設備が隠されていることを想定しておく 辰巳記念病院は、タルタロスから最も近くにある〝桐条〟グループ とは思ってもいなかった。 いくらあなたでも、〟元の世界の病院の地下に、あんな設備がある ◇ ◇ ◇ れる。 あなたの左手が、目を覆い隠す。あなたの口から、長いため息がも にしても、社会的に抹殺されてしまいそうだ。 本当に美鶴のお父さんが出てきたらどうしよう。殺されはしない いるのだから、診てもらった方が良い。 理事長の調子が悪いようだ。どことは言わないが、ちょうど病院に 今のわかるかな ! │簡単な結果だけ見させてもらったが、君も彼女もとんでもないな ⋮⋮﹂ 123 ? ! あなたは琴音を待つため、エレベーターの前に置かれていたベンチ に、美鶴と並んで座る。 そうして、検査疲れの頭でこの病院と〝桐条〟関して改めて考え る。 〝桐条〟出資の学校は、タルタロスに変形。〝桐条〟傘下の病院は 地下に秘密の研究施設。こうなるともう、桐条グループの本社が、ロ ケットになって空を飛んでもおかしくない。自分たちが宇宙に逃げ た後で、〝汚れた人類を処刑する〟などと言って地上を焼き払うの だ。 あなたは、カバンから午前中にヒジリからもらった〝月刊・妖〟を ﹄ 取り出すと、ページをパラリパラリとめくった。 ﹃世界征服計画:桐条グループの脅威 た。 ﹂ 遮光器土偶にそんな秘密が ﹂ ! これだからお嬢様育ちは困る。 ﹁なに ││エクセレント あなたのヒマつぶしアイテムが、さらりと自然な流れで奪い取られ ﹁これは⋮⋮。事実無根だ、と一概に否定できないところが辛いな﹂ る。本当に。 の得意な得物は刺突剣だが、見た目だけならムチも似合いそうであ 秘密結社〝桐条〟の悪の女幹部があなたに声をかけてきた。美鶴 ﹁その本は、何だ 案外真実をついているのではないだろうかと思えてくる。 こんな場所を見せられると、妖しい雑誌のいい加減な与太話でも、 ! !? あの雑誌をあそこまで楽しむことはできそうにない。 ﹂ お嬢様が変なことを信じ込まないように、それだけは気を付けない といけないが。 しばらくして、琴音があなたの前に姿を現した。 ﹁おつかれさまでーす。って、美鶴先輩どうしたんですか がどうこう、復讐代行屋がどうしたと、電話までしてどこかに確認を 妖しいオカルト誌にどっぷりハマっているのだ。深夜0時の怪談 ? 124 ? 楽しんでいるようなので、良かったのかもしれない。あなたでは、 !? 取っていたのだから、困ったものである。 あなたはちゃんと言ったのだ。簡単に妖しい雑誌を信じるな、と。 だが、美鶴は止まらなかった。 よくわからないが、あなたに出来ることは、ヒジリの会社が圧力で つぶされないように祈ることだけだ。 あなたにも、永劫に呪われた存在であるヒジリにも、祈る相手など いないのだが。 125 4/12 特別課外活動部 4月12日︵日︶ 朝 辰巳記念病院 地下研究施設のある部屋 イマイチな気分で起床したあなたの目に、病院の白い天井が映る。 あなたは、思わず左手を首の後ろにあてた。 よかった。〝角〟は生えていない。 床に血がぶちまけられているようなこともなければ、壁に怪しげな 文様が描かれているようなこともない。ごく普通の秘密研究施設だ。 平和な世界に突如出現した怪物〝シャドウ〟。あなたは、その〝 シャドウ〟に対抗するため、世界的大企業〝桐条グループ〟によって ペルソナマン。負けるな 研究開発された、改造人間ペルソナマンなのだ。 人の心を悪魔の姿に変えて││戦え ペルソナマン。影時間の消えるその時まで。 いよ﹂ あなたの寝ているベッドの真横から、最近聞きなれてきた声がし た。その声の持ち主は、寝ているあなたを見下ろすようにしながら、 ポカンとした表情を作っている。すこしマヌケだ。あと顔が近い。 目が覚めたばかりの状態で、すぐ近くに人の気配がすれば、あなた であっても多少は動揺する。それを誤魔化すために、少し変なことを 口走ってしまった。しかし、あなたは覚醒直後なのだから仕方がな い。 いつものあなたなら、誰かに接近される前に気が付いて起きている はずなのだ。例えそれが最近よく話をする後輩、汐見琴音であったと しても。 ちなみに、〝フェザーマン〟とは昔の特撮ヒーロー番組の名前だ。 現在は続編の〝不死鳥戦隊フェザーマンR〟が放映中。あなたも、小 さなころには毎週欠かさず見ていたものだ。 126 ! ﹁起きて早々、何を⋮⋮。フェザーマンみたいなこと言わないで下さ ! ﹁それって、13代目ホークでしたっけ てしまうとかなんとか⋮⋮﹂ ﹂ 背後から近寄ると攻撃し あなたは琴音の顔を、じっと見つめた。 わたしの顔に何かついてます 何かが違う。昨日までの彼女と、今の彼女は。 ﹁どうしたんですか ? ? ﹁あ、わかります ふっふーん。実は、ちょーっと、スゴイことに気 考えてもわからないことは、素直に聞いてみるに限る。 変わっていない。それなのに雰囲気がまったく違う。 あなたは、あごに片手をあて、少し首をひねった。琴音の見た目は ? 付いてしまったんですよ﹂ あなたの質問にそう返すと、琴音は両目を閉じ、軽く息を吸って吐 いた。そして、カッと目を開く。 そのとたん、彼女の雰囲気がガラリと変わった。 どこがどうとは言えないが、たしかに違う。あと顔が近い。 戸惑うあなたの様子がおかしかったのか、彼女はクスッと笑い。ま た同じ動作を繰り返した。 また、気配が変化した。ひとつ前のそれとも違う。 ﹁で、最後にこれです﹂ ・ ・ ・ 琴音は両手で顔を隠す。いわゆる〝いないいないばあ〟の構え。 ﹁最後って言うか、最初のかもしれませんけど﹂ 〝ばあ〟っと両手の間から出てきた顔は、いつもの琴音のものだ。 彼女が何をしたいのか、今何をしたのかよくわからないが、とりあ えず言わなければいけないことが有る。 とりあえず顔が近い。 それから、ここが病院の一室だとしても、起きたばかりの男の部屋 に勝手に入って来るものではない。なんといっても、目が覚めた直後 なのだから。 なんで怒ってるんですか せっかく起こしに来てあげ まったくもって、デリカシーの欠片もない行動である。 ﹁ちょっ ﹂ !? 127 ? あなたは、寝心地がイマイチだった原因筆頭の枕を、無神経な後輩 たのに ! ! に向けて放り投げた。 マンガではあるまいし、妹だろうが、幼なじみだろうが、ダメなも のはダメなのだ。 ﹁寝顔見られたくらいでそんなに怒らないで下さいよー。女の子じゃ ないんですからー﹂ 追い出された先の廊下。閉じたドアの向こうから恨みがましい声 が聞こえてくる。 寝顔とか、そんな問題ではない。 中学生の頃、千晶の気まぐれによって起きてしまった、ある恐ろし い事件があった。あなたは、そのときに経験した気持ちを未だに忘れ られないでいる。 あんな思いは、もう絶対にイヤだ。 ﹂ ﹁美 鶴 先 輩 と 理 事 長 が、昨 日 の 特 別 室 に 来 て く れ っ て 言 っ て ま し た よー。先に行っちゃいますからねー 遠 ざ か る 足 音 を 聞 き な が ら、あ な た は ベ ッ ド か ら 起 き 上 が っ た。 まったく朝から元気なものだ。 ◇ ◇ ◇ 特別室中央に置かれた、地味に高級そうな長方形のテーブル。それ を囲むようにして、長椅子が2つと1人がけの椅子が2つ配置されて いる。 理事長と美鶴はそれぞれ1人で腰を下ろした。残された長椅子に、 あなたと真田、琴音と岳羽の形で別れて座る。 全員が席に着いたことを確認すると、理事長はコホンと咳払いをし た。 ﹁まずは、先日の大型シャドウ〝マジシャン〟の討伐、本当にご苦労 だったね。││真田君も岳羽君も、たいした怪我じゃなかったみたい で良かったよ。気絶して病院に運ばれたって聞いたときは、僕まで気 もう、想像しただけで思わずブラッドきちゃったね ﹂ ! 128 ! 絶するところだった。特にアレだ⋮⋮真田君はかなりの出血だった んだろう ? 誰も、何も、言わない。皆が無言で理事長を見つめ、話の続きをう ながす。 たぶん、つっこんだら負けなのだ。 理事長は左右に顔を振り、あなたたちの反応を確認した。肩がガッ クリと落ちる。 ﹁えーと、今のはだね││﹂ ﹁理事長。説明は結構です﹂ 落ちた肩がさらに落ちた。美鶴の言葉で切り落とされてしまった ようだ。 数秒間、自分の脚を見つめ、それから肩と一緒に落ちた顔を上げる 理事長。彼は自分の口に手あてると、わざとらしい咳払いをして話を 続ける。 ﹁ん、んんっん。大型シャドウについてはこちらで調査中だ。何か判 明したらすぐに連絡するよ。ただ、今までなかったことだから、相応 ペルソナ﹂ 129 の時間がかかると思っておいてほしい。それから、岳羽君は出せるよ うになったみたいだね けない限りだよ。││それと比べたら、岳羽君は実に立派だよ﹂ たいな子供ばかりに戦わせて、自分は何も出来やしない。まったく情 ナは無理だったから。こうして偉そうなこと言っていても、君たちみ さ。僕なんて、ほら、影時間への適性はなんとかしたけど⋮⋮ペルソ ﹁なに、気に病むことは無いよ。誰だって最初は上手くいかないもの 底からピンク色が好きなのだろう。 岳羽らしい。心の力の顕現であるペルソナまでピンクなあたり、心の た少女の姿をしている。少女の身に着けている服がピンク色なのが 岳羽のペルソナ〝イオ〟は、牛の頭の形をした椅子に鎖でつながれ が消えてしまっている。 マジシャンと戦う前に聞いた、ペルソナ召喚を成功させて得た自信 岳羽の声には元気がない。 んでした⋮⋮﹂ みたいです。でも、肝心な時に何もできなくて⋮⋮。その、すいませ ﹁あ、はい。一応は⋮⋮。少しだけ傷を治せるのと、あとは風を操れる ? 言いながら、理事長は左手を広げて中指と親指でメガネのフレーム を押し上げる。情けないと語る大人の目は、その動作に隠れて見えな かった。 この中で一番の実戦経験者のはずが、おまえと同 ﹁そうだぞ、岳羽。││第一、おまえにそんなことを言われたら、俺の 立場はどうなる 時にノックダウンだ﹂ ﹁明彦の言う通りだ。そこの2人と自分を比べて、落ち込む必要は無 いぞ。││こんな言い方はよくないが、その2人は〝別格〟だ﹂ 理事長、真田、美鶴、そして岳羽。4人の視線が、あなたと琴音の 間を行ったり来たりする。 通常の人間には認識出来ず、行動することも出来ない特殊な時間で ある〝影時間〟。 それを認識して、その中で動き回るための適性を持つものはごく稀 にしか存在しない。 そんな特殊な適性の持ち主の中でも、さらに希少なペルソナ能力 者。 そのペルソナ使い達から更に〝別格扱い〟される才能。 ・ 汐見琴音は、よほどの変人らしい。 ・ ﹁センパイ⋮⋮。先輩も、その変なのに含まれてますからね。当然で すけど﹂ あなたは変人ではない。そもそも〝人間ではない〟のだから。 そんな事情を知らない││教えていない││相手から〝オカシイ 〟を思われるのは当然のこと。むしろ、人間ではないことがバレてい ない様子に、内心で安堵しているところである。 〝アリス〟の言葉を借りると、あなたのペルソナは〝セカイとひき かえにつくったヒトのカワ〟だ。世界と引きかえにしただけあって、 このペルソナには、どうやら〝桐条〟の検査を潜り抜ける程度の力は あったらしい。 氷川の息のかかった病院で調べた時には、何の問題も無かった。た だ、〝桐条〟の設備はさらにその上だったので、実はかなり心配して いたのである。 130 ? あなたが少しだけ昨日のことを思い出していると、理事長が手元に 置いていた紙の資料を配り始めた。 ﹁まずは⋮⋮汐見君のペルソナだけど。桐条君から、汐見君が複数の ペルソナを使用している可能性があるって報告をもらった時に、研究 むぼう 員の間で真っ先に候補にあがったのが、あの〝邪神ニャルラトホテプ │ │ ま ぁ、予 想 は し ょ せ ん 予 〟だったんだよ。ほら、千の化身を持つ無貌の神って呼ばれているし ね。な ん と な く そ れ っ ぽ い だ ろ う 想ってことで、実際は違っていたけどね﹂ ニャルラトホテプ。││知らない邪神だ。 あなたは、特別室の天井を見上げ、知り合いの邪神たちの姿を思い 出す。 アマラ深界で、お値段7万マッカの札を張られて売り出されていた 〝アラハバキ〟。遮光器土偶のような姿が美鶴にウケそうである。 人の身体にヤギの頭を付けて、鳥の羽根を生やしたような〝バフォ メット〟。コイツはマネカタに急かされて、御立派ではないお方を召 喚させられていた。 人の身体にライオンの頭、背中には立派な鳥の羽根を背負った〝パ ズス〟。彼に関する思い出はあまりない。 〝ギリメカラ〟は2足歩行する一つ目の象。敵として戦った時は 面倒な相手だったが、それが闇ブローカーに商品扱いされ﹁パオーン﹂ と鳴いている様子は、少し悲しかった。 羊のような姿の〝トウテツ〟はいつも何かを口にしていた。少し 行儀が悪い。 ﹂ 〝 サ マ エ ル 〟 と 〝 マ ダ 〟 は ど う や っ て 倒 し た の か 覚 え て い な い。 どちらと戦った時もパニック状態だったのだ。 あとは、おまけで勇の呼び出した〝ノア〟。 ﹁言われてみると⋮⋮。ですが、違ったのですね ﹂ たしか、首狩りス 理事長の話したニャルなんとかについて知っているようだ。 ﹁ニャル⋮⋮なんですか ﹁⋮⋮なんか、マンガで読んだことがあるような 131 ? 美鶴は、ペルソナの関係で神話や伝説に詳しいのだろう。彼女は、 ? ? ? プーンで刺されて、それで退治されてましたけど⋮⋮﹂ 真田は、この手の事についてあまり詳しくないらしい。 岳羽の話しているマンガがどんな物なのか知らないが、首狩りス プーンを使われたのなら仕方がない。アレは、邪神だって逃げ出すし かない代物だ。 ﹁まぁ、そのニャルラトホテプについては置いといてもらって││﹂ 言葉の途中で、理事長は、手にした荷物を横に置くような仕草をは さむ。 ﹁││結局、なんなのかわからないって、そんなどうしようもない結果 何が出来るか知っておくことって大事 なんだよね。今のところは。⋮⋮汐見君、キミのペルソナ達をみんな に紹介してくれないかな だからね﹂ 理事長や、〝桐条〟の研究員にも、琴音のそれがどういった物なの かわからなかったらしい。 ﹁あ、はい。えーと、わたしのペルソナは、今のところ﹃愚者﹄オルフェ ア ギ ウス、 ﹃魔術師﹄ネコマタ、 ﹃女教皇﹄アプサラス、 ﹃恋愛﹄ピクシーの 4種類です。オルフェウスは、火炎と竪琴を振り回しての打撃攻撃が 出来ます。あと、雷と闇に弱いです││﹂ ブ フ 〝ネコマタ〟は、炎に強くて、アギと爪で斬り裂く攻撃が得意。 ディ ア ジ オ 〝アプサラス〟は、氷に強くて、斬られるのに弱い。得意技は氷結。 ラ ク ン ダ ﹁││それから、ピクシーなんですけど。電撃に強くて、回復と電撃が 使えます。あと、敵の防御を下げたり、背中の羽の〝羽ばたき〟で風 ポ ズ ム ディ ﹂ あれ これはアプサラスだっ を巻き起こして攻撃したりすることも出来るようになるみたいです。 あれ ? ? 彩と言うべきか、節操がないと言うべきか。とりあえず、なんでもで きるようだ。 渡された資料を見る限りでは、器用貧乏ではなく、まさに万能型。 攻撃でも防御の面でも、敵に合わせて瞬時に切り替え可能。もしも、 〝あの世界〟でこんな仲魔が居たら、あなたの経験した〝旅〟は格段 132 ? えーと、それから毒の治療もかな け ? 打撃、斬撃、火炎、氷結、電撃、疾風、加えて回復に補助まで。多 ? に楽になっていただろう。 あいきょう 本人がまだその便利すぎる〝力〟に慣れていないのか、どこかの青 い狸のような状態になっているのは愛 嬌と思っておく。 ﹁ペンテシレアで感知して知ってはいたが、改めて資料で見るとすさ まじいな。⋮⋮それから、君の方も汐見のことを言えないようだな﹂ あなたは、資料をめくって自分のことが書かれている個所を探す。 そこに書かれていた〝あなたのペルソナ〟は││ ﹁〝カオス〟⋮⋮ですか﹂ 真田が資料に目を通しながらつぶやいた。 さっきの邪神の名前は聞いたことのないものだったが、こちらに関 しては、あなたにも心当たりがある。 〝あの世界〟でヒジリに聞いた覚えがあるのだ。 こんとん 人間だったあなたを、〝人修羅〟へと作り変えた最初のマガタマの 名前が〝マロガレ〟。 このマロガレを漢字で書くと〝渾沌〟。それはカオスと同義の言 まろ 葉なのだと、ヒジリはそう語っていた。 ﹁よく知っているね。そう、円がれ。天と地が分かれる前の有り様、万 まる 物の素となるものがひとつになっている様子を現す言葉だね。原初 の混沌であるカオスは円いんだ。あるいは球だったのかもしれない けどね。その⋮⋮言ってみれば〝卵〟のような混沌から、今、僕らが 暮らしているこの世界が生まれたわけだね﹂ アルカナは﹃永劫﹄。 カオスは、時が始まるよりも前に存在した、有限なる存在全てを超 越した無限の象徴。資料にはそう書かれている。 ﹁私たちのペルソナと同じでギリシア系なんですね。││えーと、原 初の神様で、そのカオスから大地母神ガイア、幽冥のエレボス、夜の 女神ニュクス、愛の神エロース、それから〝タルタロス〟が生まれ ⋮⋮た﹂ 資料を読み上げていた岳羽の声が途中で止まった。 特別課外活動部が、調査しなければいけない場所と同じ〝タルタロ ス〟の名前が出てきたからだろう。〝桐条〟は、シャドウや影時間、 133 ペルソナ関係の用語にギリシア神話にちなんだ名前をつけることに しているようだ。 あなたは、混沌のボルテクス界を制覇し、この世界を〝創世〟した。 そう考えれば、たしかにこの世界にある全てのものは、あなたから始 まっている。 〝桐条〟の解析がどのようなものかわからない。ただ、あなたのこ とを、他のメンバーのペルソナに合わせてギリシア風に呼ぶのなら、 原初の混沌を擬人化、神格化した〝混沌カオス〟という呼び方は、そ こまで間違っていないのかもしれない。 ﹁まぁ、その〝カオス〟ってのは、こっちで勝手につけたものだから。 本人でも〝名前がわからない〟ってことだったからね。あくまで仮 の名前だよ。でも、まぁ良い線いってると思うんだ。││昔、どこか で、ちょっとすぐには思い出せないんだけど、あの全身に文様のある 姿の神が描かれた書物を見たことがあるんだ。僕の記憶が間違って いなければ、その書物では、その神の名を〝混沌王〟って記していた ⋮⋮はずだ﹂ 〝混沌王〟。 ペ ル ソ ナ 人 の 仮 面 を 外 し た と き に、あ な た の 内 側 か ら 現 れ る 〝 もう1人のあなた〟。その呼び名が〝混沌王〟。 なぜか、その名はあなたの心にしっくりとくる。 ﹁名前なんてどうでもいいだろう。重要なのは何が出来るのか、だ﹂ 真田の発言ももっともだ。ポリデュークスでもポルックスでも大 差はないし、ペンテシレアでもペンテレシアでも意味は通じる。 しかし、改めて何が出来るのかと聞かれると、あなたは一体何が出 来るのだろうか。 あなたの身体の中で眠っている無数のマガタマたち。それらの力 を覚醒させれば、あなたに出来ないことはあまりない。 自身の話題が終わった後、黙って資料を読んでいた琴音が口を開い た。 ﹁氷結に電撃、回復能力に、補助能力が少し。それから、美鶴先輩のペ ンテシレアみたいに感知も出来るんですね﹂ 134 アナライズ 〝感知〟と言ってもそれほどたいしたものではなく、目の前の相手 を解 析 出来ることと、周囲の気配を探って不意打ちを受けにくくす る程度のことだ。 資料には、他にも火炎や疾風、光と闇の能力も秘めている可能性が 高い、と書かれている。火炎の息をふき、竜巻を発生させ、魔を破り、 マガタマ 敵を呪い殺す。 そんな〝 力 〟も、あなたの中に確かに存在している。まだ見せて いないそんな力があることまでわかるとは、〝桐条〟の研究チーム は、かなりの解析能力を持っているようだ。 ﹁汐見とはまた違った形の万能タイプと言うことだな。1人で複数の ペルソナを扱う者と、1つのペルソナで全てを扱う者か⋮⋮﹂ 美鶴の表情は複雑だ。腕を組み、目を閉じて考え込んでいる。 ﹂ そんな美鶴と、理事長を見ながら岳羽が手をあげた。 ﹁あのー、ちょっといいですか ﹂ 岳羽のあげていない側の手は、琴音の肩に置かれている。 ﹁どうした岳羽 ・ ・ でいますけど、この子ってまだ正式に入部してないですよね だと。 ﹁ゆかりってアレだよね その かっこつけて、〝私、ドライなところある それでも、わかることはある。彼女が友達想いの〝良いヤツ〟なの なったのだろう。 なくなった。言っている本人も、自分が何を言いたいのかわからなく 岳羽の声は、後半になるほど小さくなって行き、最後には聞き取れ うって言うか⋮⋮。その⋮⋮、なに言ってるんだろ、私⋮⋮﹂ の意見も聞かないで、勝手にどんどん行っちゃうのって、なんか違 りゃ、琴音が仲間になってくれたら心強いですけど⋮⋮。でも、本人 あ た り、う や む や に し た ま ま な の っ て、ど う な の か な っ て ⋮⋮。そ ? りさせないで、うやむやのままってのがイヤなだけだから ﹂ ﹁ちょっと、やめて。そんなじゃないから⋮⋮。ただ、なんか、はっき から〟とか言ってるクセに、ホントはこんな子だよねー﹂ ! ! 135 ? ﹁その⋮⋮。なんだか、もう仲間になってるような雰囲気で話が進ん ? 琴音が岳羽の首に両腕を回して抱き寄せている。岳羽はそこから 逃げようともがいているが、じゃれあっているようにしか見えない。 レベル高いのが並んじゃって、などと言われている2人の仲良さげ な姿は悪くない。 ああ、そうだな﹂ ほっこりする、とはこんな気分の事を言うのだろう。 ﹁ん あなたが、隣の真田に話題をふれば、彼も同意見だった。 男2人で、正面の長椅子で繰り広げられている微笑ましい光景をな がめる。そんなあなたたちは、はたから見ると少し気味が悪い。 ﹁汐見、そろそろ岳羽を解放してやってくれ。ゆであがりそうになっ ているぞ﹂ 注意する美鶴の口元は苦笑いだが、その目は優しい。同時に、どこ かさびしそうで、うらやましそうでもある。 言われた琴音は、名残惜しそうに岳羽を離す。1週間でずいぶんと 仲良くなったようだ。 ﹁仲良きことは美しきかな。いいことだと思うよ、うん。││たしか に、汐見君からは正式な返事を聞いていなかったね。どうも〝マジ シャン〟のことがあって頭から抜け落ちていたみたいだ。いや、すま ないね﹂ 理事長は、おどけた様子で自分の額を2、3度叩いて見せる。 その理事長からテーブルを挟んで反対側の席にいる美鶴が琴音に 頭を下げた。 ﹁君のそのたぐいまれな力を貸してほしい。私は⋮⋮私たち〝特別課 外活動部〟は君に仲間になってほしい。先日の〝マジシャン〟との 戦いで思い知らされた。私たちの力はまだまだ弱い。シャドウを倒 し、人々を守るためには、もっと大きな力が必要なんだ﹂ 頭を下げたことで、長い髪が美鶴の顔にかかる。そのため、どんな 表情をしているのか見ることは出来ないが、その声には切実な響きが あった。 琴音は困った様子で美鶴の後頭部を見つめている。そして、少しの 間、目を閉じて考えると││ 136 ? ﹁頑張ります ﹂と答えた。 答えを聞いた理事長、美鶴、岳羽の3人は、あからさまにホッとし た様子になった。 真田だけは、拳を握りしめ、好戦的な笑みを浮かべている。彼の心 ﹂ は、もうすでにシャドウとの戦いに向かっているのだろう。 ﹁ところで⋮⋮先輩はどうなってるんですか てたんですよ﹂ ﹁言わないでよ その⋮⋮違いますからね。別に、その、琴音と先輩 のに、桐条先輩と見つめ合ってるとか、アレどうなんだろ〟って怒っ ﹁先輩、聞いてくださいよ。ゆかりってば〝琴音とウワサになってる その岳羽をつつきながら、ニタニタとする琴音。 て、頬をかいている。 あなたの言葉を聞いた岳羽は、なぜか顔を明後日の方向へとそらし ⋮⋮﹂ ﹁あ ー、あ の 時 に 握 手 し て た の っ て、そ う い う こ と だ っ た ん で す か まにか正式に入部したつもりになってしまっていたのだ。 理事長ではないが、〝マジシャン〟との戦いがあったので、いつの いる。ただ、それを他のメンバーの前で話したことはなかった。 あなたは美鶴との取引で、特別課外活動部に協力することを告げて みんなの歓迎ぶりに照れながら、琴音があなたの顔を見つめた。 ? よ ﹂ たらしい。 よく考えると、あの時のあなたと美鶴は、並んで道路を歩いていた と思ったら、いきなり真剣な雰囲気で語り合い、そのあと手をつなぎ ながらしばらく見つめ合っていたことになる。 友達思いの岳羽さんが、勘違いして不機嫌になるのも納得の光景 だ。 ﹁よろしくな﹂ 真田の声に顔を横に向けると、彼の拳が突き出されていた。 137 ! がどうとか⋮⋮そんなのじゃなくて⋮⋮。あー、もー、じゃれないで ! どうやら、あの日に美鶴と話していたところを、2人に見られてい ! あなたは、うなずきながら短い返事をする。そして、同じように拳 を作って、それに軽くぶつけた。 真田が改めてアイサツを交わしたところで、フッと言うごく小さな ため息があなたの耳に届く。何とは無しに、あなたがそちらを見る ﹂ と、美鶴がいつもの両肘を抱え込むポーズで座っている。 ﹁ん、どうした ﹂ ああ⋮⋮﹂ ﹁あ、はい の席の2年生たちにアイコンタクト。 その上に。さらに、驚いている様子の美鶴を手で招きながら、向かい 自分の片手をテーブルの中央に軽く叩きつけた。そして、真田の手を あなたは、いぶかしむ真田の言葉を無視してその手を掴むと、まず ? イマイチなスタートに、あなたはあとでこっそりと落ち込む。 こうして、特別課外活動部の本格的な行動が始まった。 大きさで誤魔化すしかない。 気をつかったつもりだったが、失敗してしまった。とりあえず声の 謝りかけた美鶴の声をさえぎって、あなたは大声を張り上げる。 ﹁すまな││﹂ 微妙な沈黙が辺りに漂い始めた。 たらしく、やがて彼女はうつむいて黙り込んでしまう。 て、そのまましばらくそうしていたが、良い言葉が浮かんでこなかっ 耳を赤くしながら、美鶴は言葉を探している様子だった。そうし 事長では気が抜けてしまう。 景気づけの言葉は、やはり部長に言ってもらわないといけない。理 と、一番上に置いた。 鶴だ。あなたは、どうすればいいのか困った様子の彼女の手を掴む あなたの意図を理解した琴音と岳羽の手が重ねられ││最後は美 ﹁え ! やはり、人間は難しい。 138 ? 4/13 世俗の庭 テベル 4月13日︵月︶ 影時間 タルタロス4F 世俗の庭テベル 影時間の月光館学園。 空気が影時間の暗い緑色に染まり、視界の端がゆらめくように感じ る。そんな悪夢の中の光景のような空間に、あなた達の足音が響く。 テベルの光景は、タルタロスへと変化する前の学校の雰囲気が残って いるところが、逆に不気味さを増している。 誰が名付けたのか、このタルタロスの低階層を〝桐条〟の人間は〝 世俗の庭テベル〟と呼ぶ。ユダヤ教がどうのこうのと理事長が言っ ていたが、正直よくわからない。 次の曲がり角の先に、階段の姿がチラリと見えた。それと同時に、 あなたは敵が近くにいることを感じ取った。 あなたのエネミーサーチ能力は、美鶴のそれと違って、かなり感覚 的な色のイメージの形を取る。今、あなたが感じている赤く染まるイ メージは、敵意の象徴だ。 それにほんの少しだけ遅れて、美鶴の声があなたの頭に届いた。 ﹃敵3体。残酷のマーヤ2。臆病のマーヤ1。電撃、風が共通の弱点 だ﹄ 真田をリーダーに、あなた、琴音、岳羽をメンバーとするタルタロ ス攻略隊は、ここまでの道のりを順調に上って来ていた。 途中で出会ったシャドウ達の力は弱く、先日の大型シャドウ〝マジ シャン〟とは比べ物にならない。目の前の﹃女教皇﹄の仮面をつけた 敵の様に、複数の弱点を持ち、肉体の強度も脆弱な相手ばかりだ。練 習相手には、丁度良い相手とも言える。 今日の影時間で十数回目の、シャドウの群れとの遭遇。電撃と疾風 が弱点と聞かされ、真田と岳羽がピクリと反応するが、すぐには手を 出さない。 ﹁頼んだぞ﹂ 139 あなたは、真田に言葉を返さない。 ペルソナ 代わりに素早く左手を顔にあて、ニンゲンの仮面をズラす。本当の あなたを封じ込めていた〝心の鎧〟がゆるみ、スキマから黒いモヤと 赤い光が立ち上る。 黒と赤があなたの頭上で混ざり合い、全身に文様を刻んだ魔人の姿 を形作った。それと同時に、あなたは自身の視界を切り替える。 タルタロスの床に立っている黒い人間の眼から、その頭上に浮かぶ 金色の魔人の眼へと。 あなたの見下ろす先には、床から染み出した姿の黒い塊に、﹃女教 ペ ル ソ ナ 皇﹄や﹃魔術師﹄の仮面を取り付けただけの敵の姿。 あなたは今、〝ニンゲンのあなた〟と同じ、顔の前に左手をかざし 何かを掴んでいるかのような姿勢をしている。その左手、そして全身 から、チリチリと空気を焼く音をたてながら紫電がもれだした。 身体の中で、マガタマが喜びの声を上げる。あなたが曲げていた左 オ 140 腕の肘を伸ばし、シャドウ達へと向けるのと同時、無数の電撃の帯が 待ちかねていたかのように飛び出して行った。 電気を放つから〝放電〟。なんのひねりもない、単純な名前の技 だ。〝あの世界〟で、あなたが雷神トールから受け取った、電撃を宿 したマガタマ、〝ナルカミ〟の力。 あなたの左手から放たれた電撃は、床を焼き、天井を撃ち、壁を走 る。 ﹃敵2体撃破。あと1匹だ﹄ あなたの技は、制御が難しいものが多い。攻撃する大まかな方向を 選 ぶ こ と は 出 来 る が、敵 1 匹 1 匹 を 狙 い 撃 つ こ と が 出 来 な い の だ。 荒っぽいとも言える。 ジ その分、思いがけない高い威力を発揮することもあるのだが、今回 ﹂ は1匹逃してしまった。 ﹁ポリデュークス ナギナタが両断した。 弱点を突かれひるんだ敵に、岳羽の矢が突き刺さり、さらに琴音の 間髪入れず、真田が残ったシャドウに一筋の雷光を落とす。 ! 敵意の赤いイメージが消え、青に近い緑色のイメージに。とりあえ ず、近くに敵はいないようだ。 ﹃敵の殲滅を確認。││なかなか、サマになってきたじゃないか﹄ 戦闘終了を告げる美鶴の声は、上機嫌だ。聞けば、去年まではタル タロスに挑みたくても人数が足りず悔しい思いをしていたそうだか ら、ようやく念願がかなったことになる。 ﹁だいぶ、慣れてきました﹂ 岳羽もずいぶんと調子が出てきた。最初は、自分よりも前に人がい る状態で矢を放つことを怖がっていたが、もう当たり前のように後ろ から矢が飛んでくる。背後にいる飛び道具の使い手が精神的に不安 定では、前に立つ側も恐ろしくて仕方がない。岳羽にはより一層、冷 静な判断をお願いしたいものだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 琴音は、戦闘後にときどきボーッとして遠くの天井ながめているこ 汐見、まさか⋮⋮また、なの ? 141 とがある。疲れ気味なのかもしれない。よく見ると、瞳をぐるぐると 回していたり、上下に動かしていたりするので、少し不気味だ。 ﹁しかし、お前のペルソナのスキルは安定しないな。俺が早く、美鶴の マハブフのように複数の敵をまとめてやれる技を覚えられるといい んだが⋮⋮﹂ アギ、ブフ、ジオ、ザンあるいはガル。これらは、〝あの世界〟で 出会った悪魔達から〝魔界魔法〟と呼ばれていた。 魔界魔法の売りは、正確な狙いと安定した威力。〝マジシャン〟の ように、むやみにバラまかなければ、敵だけをキッチリと狙って攻撃 できるため、周辺環境にも優しい。 それに比べ、あなたの使うアイスブレスや放電は、あまり制御され ていない荒々しい技だ。狙った相手に上手く当たらないことも多い が、その代わり上手く当たった時の威力は魔界魔法よりも大きくなる こともある。 ││ん ? ﹃まさに、原初の荒ぶる力。さすがは、混沌の王カオスの姿をしたペル ﹄ ソナ、と言ったところか か ? 今のところは、あなたが広範囲をなぎ払い、その後に残った敵を他 のメンバーが狙い撃ちする戦法が有効のようだ。真田や岳羽が腕を 上げてきたら、また変わってくるのだろうが。││琴音は何ができる ﹂ のか、何が出来ないのかよくわからない。 ﹁新しい子、ゲット る。 ル ソ を差し出し、こう言った。 ナ ・ ・ エンジェルは、あなたの前にひざまずくと、その首輪から伸びる鎖 でいる。 ない。その顔はあなたの方に向けられ、そのとろけるようにほころん 登場しただけで場を騒然とさせた天使は、周りの反応を気にも留め 見ている。 真田は、エンジェルから顔を背けた。││フリをして、チラチラと 引いている。││チョーカーらしい。激しく否定されてしまった。 岳羽は自分自身も白い首輪をつけているクセに、大げさな身振りで ﹁これは⋮⋮。目の毒だな⋮⋮﹂ ﹁うっわー⋮⋮﹂ いる。 ない帯状の黒革ボンテージ。さらに鎖の付いた首輪まで身に着けて ただ、衣装が怪し過ぎる。目隠しに、大事なところだけしか隠して だ。 は、それだけなら子供のころ想像していた天使のイメージそのまま 金色の髪に、大きな白い2枚の翼。若い女性の姿と声をしたその姿 ろうかと、以前にも思った感想が口をつく。 エンジェルは、相変わらず、エロい。天使がこんな格好でいいのだ ﹁││エンジェル ﹂ 音は左手を胸に当て、右手で召喚器の銃口を自分の頭へと押し付け 新 し い 〝 もう1人の自分自身 〟 を 紹 介 す る つ も り な の だ ろ う。琴 ペ の誰にも彼女の力の詳しいところはわからないのだ。 琴音は、戦いの中で新たなペルソナを獲得する。だから、本人以外 ! ││わたくしの主よ。あなたに打ち据えられ、服従を誓ったあの日 142 ! から、わたくしの全てはあなたのモノ。わたくしは、あなたのドレイ、 あなたのシモベ。どうぞ、また、お好きにお使いくださいませ。 何をイカレたことを言い出すのだろうか、この天使は。 これでは、まるで、あなたがイロイロとアレな人のようではないか。 ││背徳の館で幾度も行われた、邪な合体儀式。ああ、次かしら、そ れともその次かしらと、自身の順番はいつになるのだろうかと、それ なに言ってるの ﹂ ばかりを考えておりました。もう一度、あの時のような⋮⋮。 ﹁ちょっ と叫びたい。だが、エンジェルとのことを思い出してみ さい﹂と命乞いされたのだ。 もうすぐ倒せると言うところで、 ﹁仲魔になるから、どうか助けてくだ 仕方なく戦闘になり、2体目まで倒した。そして、最後の3体目を らなかった。 くしの仲魔に話しかけないでくださいな﹂と言われて、話し合いにな もちろん、あなたは仲魔になるよう交渉しようとした。だが、 ﹁わた 然、3体のエンジェルが上空から襲い掛かってきたのだ。 出てすぐのことだった。次の目的地へと向かおうとしたところで、突 あなたがエンジェルに初めて会ったのは、ボルテクス界のギンザを ると、実はあまり間違っていなかったことに気付いてしまう。 誤解だ 言っている。 ホッと一息、と行きたいところだが、真田と岳羽がボソボソと何か す。言わなくても⋮⋮﹂ ﹁えっと、今の、どんな意味なのかなーって⋮⋮。いえ、やっぱいいで そういうのも⋮⋮﹂ ﹁その⋮⋮、なんだ、おまえらがいいんなら、いいんじゃないか⋮⋮。 琴音はそれにうなずき、ペルソナを自身の心の海へと帰した。 ルを仕舞えと目で合図する。 これ以上、妙なことを話されてはかなわない。あなたは、エンジェ と岳羽の視線が、あなたに突き刺さる。 琴音が慌てた様子でエンジェルの口をふさいだが、もう遅い。真田 ! そのまましばらく一緒に旅をしたのだが、イケブクロに着いた後、 143 ! ! 認めるんですか え え センパイ、〝もう一人のわ ? あなたは邪教の館で彼女を││。 ﹁え ﹂ ? 合体なら仕方ないですね。うん。もう、知らな ! ﹄ 出来ずに死んでしまうことと比べたら、どうということもない。 撃退が困難な相手から逃げ出すことは、恥ではない。逃げることも げ出したのだ。 あなたは、一目散に階段へと走った。危険な状況を変えるために逃 その恐ろしい敵が出現しそうだと、美鶴の声が告げている。 美鶴から聞いていた。 出会ってしまった場合、どうにか逃げ延びることで精一杯だろうと、 れる非常に強力な敵が現れるらしい。ソイツの強さは、現状の戦力で タルタロスでは、同じフロアに長く留まり過ぎると、 ﹃死神﹄と呼ば ぐに上階へ避難してくれ ﹃フロア内に死神の気配。そちらの状況がイマイチわからないが、す であなたの仲魔だったかのようなことを言う。 とを知っているのか。知っているどころか、あのペルソナ達は、まる ピクシーもそうだったが、どうして、琴音のペルソナがあなたのこ 自分のペルソナのことは、自分でなんとかしてほしいものである。 よくわからないが、当の琴音が納得してくれた。 い間に何かされたのかなーって、思っちゃいましたよ﹂ ﹁ああ、合体ですか どうしよう。あなたがそう考えていると、 も、非常に怪しい。 しかし、2人で話そうかと言い出すワケにもいかない。どう考えて 真田や岳羽のいるところで、話す内容ではない気がする。 ﹁させたって⋮⋮﹂ ﹁合体だと⋮⋮﹂ だっただろうか。 達を、順に合体させて行ったのだ。あの時、結局最後に残ったのは誰 合体だ。別にイヤがってはいなかったが、あなたはたくさんの悪魔 たし〟に何したんですか !? ? ! 144 ? 今までのものより強 階段を駆け上がり、あなた達はタルタロスの5Fへと到着した。 ﹄ ﹃フロア中央にシャドウの反応。気を付けろ 力だ そっちはどうだ ﹄ ﹃敵、ヴィーナスイーグル3体。詳しいアナライズはできないな⋮⋮。 テベルの通路内を器用に舞っている。 帝﹄の仮面をつけている。それが3体。鳥が飛び回るには、狭く低い 敵の姿はすぐに見つかった。黒く巨大な鳥が﹁Ⅲ﹂と描かれた﹃女 ! 来るぞ ﹄ ! ﹁ネコマタ ﹂真田が雷を。 ﹂琴音は炎を。 ﹁ポリデュークス あなたは仮面をはずし、氷の息吹の準備をする。 だ。 ない。全て受けても、〝マジシャン〟の剣の一撃にも届かない程度 が、あなたの足を少しだけ後ろへと滑らせた。それほど強い威力では 風が渦巻き、あなたの服を、肌を、浅く切り裂く。吹き付ける衝撃 たく。そこに魔力が集まり、羽ばたきと共に連続して撃ち出された。 ヴィーナスイーグル3体の合計6枚の翼が、それぞれに大きく羽ば 戦闘態勢を取れ ﹃││そうか。どうやら、向こうもこちらに気付いたようだな。総員 の多くは強敵と決まっているのだ。 たまにこういった解析のできない敵がいる。そして、そういった敵 あなたもアナライズを試していたが、やはり詳細は不明だった。 ? ! ! ﹂ ! ウへと襲い掛かった。 ││あー、もう ﹃氷と電撃は有効。炎は吸収されているぞ ﹁当たれ ! ﹄ アイスブレス、ジオ、アギと3つの属性の攻撃が続けざまにシャド なく弓を手にして狙いをつけている。 おそらく風は効果が無いと判断したのだろう。岳羽は召喚器では ! かった。シャドウの場合も同じなのかもしれない。 あなたの経験では、鳥型の悪魔は回避能力に優れていることが多 岳羽の放った矢は、ヒラリと回避されてしまった。 ! 145 ! ヴィーナスイーグルの内の1体が、先ほどと同じように突風を巻き 起こす。そしてその風に乗るようにして、残った2体が突撃を仕掛け てきた。 狙いは、あなたの隣と後方、真田と岳羽だ。 まともに体当たりを受けた真田が、大きく吹き飛ばされる。 後ろからは、なにか柔らかいものを刃物切り裂くような音が聞こえ た。そのすぐ後に、耳障りなシャドウの鳴き声があなたの耳に届く。 チラリと後ろに目をやれば、ヴィーナスイーグルの胴にナギナタが 食い込んでいる様子が見えた。岳羽を狙った攻撃を、受け止め、カウ ンターで返したのだろう。 琴音の反撃を受けたシャドウは、その場で自分の身体を大きく回転 させる。そうやって食い込んだナギナタを振り払うと、風を巻き起こ して飛び去り、他の2体のシャドウと合流した。 今のやりとりで、大体わかった。 弱点にヒットだ ﹄ 146 ﹁あんまり強くないですね。この鳥﹂ ﹁今のが卵のカラだったら、一発でダウンだったろうな。鳥になった らえらく弱くなったものだ﹂ ﹁琴音、ありがと﹂ このヴィーナスイーグル達、素早いことは素早いが、そこまで重い 攻撃ではない。動きさえ止めてしまえば、あとはこちらのものだ。 敵に負けないように、あなたは素早く仮面を外した。そして、再び ワダツミの力を呼び覚ます。ただし、使うのはフォッグブレス。敵の 動きを鈍らせ、止めてしまう技だ。 もう一度、同じ攻撃をしようとしていたのだろうか。3体並んでグ ルグルと飛び、風を巻いていたヴィーナスイーグル達に、最近のあな たの十八番が吹き付ける。 ﹂ 鳥たちの動きが目に見えて遅くなる。 ﹁これなら ﹃効いてるぞ ! 矢に翼を射ぬかれた1体が床に落ちた。丁度、ソイツが、風を起こ ! そこに最初に仕掛けたのは岳羽の弓矢だ。 ! ﹂ ﹂ す役割だったのだろう、他の2体の動きにも乱れが生じる。 ﹁もう一丁 ﹁わたしも││エンジェル ﹃よっし 敵は総崩れだ ﹄ 行くぞ ! ! えぐ あなたが、他の2体はどうなったかと見てみると、琴音・岳羽組に の身体は、そのままバラバラに崩れて消え去った。 鉄 の 爪が、女帝の仮面を抉り、引き裂く。床板に激突したシャドウ アイアンクロウ して一気に振り下ろす。 かった上へと向かう勢いが消えないうちに、仮面に爪を立てるように き く 上 に 振 り 上 げ る。直 後、腕 の 動 き を 反 転。シ ャ ド ウ の 身 体 に か 最後のトドメは、右手でイーグルの仮面を鷲掴みにし、そのまま大 ぎる。 次に、もう飛んで逃げ回れないようにと、左右の翼を掴んで引きち な部位だろうとの判断だ。 の感触は無かったが、とりあえず仮面と胴体を繋ぐ箇所なので、重要 あなたは床の上の鳥に走りよると、まずその首を踏みつぶした。骨 があなたの相手というワケだ。 ている。左には女子2名が向かった。つまり、残された右のシャドウ 一呼吸先に獲物にたどり着いた真田は、中央の1体をボコボコにし どうなのだろうか。ああ、踏むのか。 ナギナタが武器の琴音はいいとして、弓矢の岳羽まで接近するのは もちろん、あなたもそれに続く。 向かって突っ込んだ。 真田が口の端をつりあげ、床の上でもがくヴィーナスイーグル達に ﹁この瞬間を待っていた ﹂ から無数の羽根が針のように放たれる。 ナイ天使。彼女がその白い翼を大きく広げて空気を震わせると、そこ 琴音の内なる海から現れたのは、先ほど騒動を起こしてくれたアブ た。 岳羽が続けて矢を放ち、琴音が召喚器の銃口を自身の頭に押し当て ! ! 襲われた方は、すでにナギナタで解体されていた。 147 ! ! そして、真田は││。 ﹁行くぞ、ポリデュークス。アイアンクロウ ﹁よし 成功だ ﹂ ﹂ うにしながら、筋肉質なペルソナはその腕を振り切った。 けるようにして突き立てられる。そして、そのまま敵を握りつぶすよ 小さく、細く、尖った5本の指が、ヴィーナスイーグルへと叩きつ 音が聞こえてきそうだ。 ポリデュークスは、身体にひねりを加える││ミチミチと筋肉の鳴る 五本の指は折り曲げられ、その形は猛禽類の鉤爪のよう。さらに、 どに小さな、赤い左手を頭の横へと掲げる。 ている右手ではなく、鍛え上げられた胴や腕と比べて不釣り合いなほ 現れた真田のペルソナ・ポリデュークスは、注射器のような形をし ナを召喚。 真田はその拳でシャドウを上空へと打ち上げると、すぐさまペルソ ! 溶けて行った。 は真田が最後に見せた〝アイアンクロウ〟についてだ。 ? スならば出来るんじゃないかと、そう思ったわけだ。まぁ、結果は見 だ生身ではやれそうにない。だが、ペルソナだったら、ポリデューク 自分も出来ないだろうかと、練習していたんだ。⋮⋮残念ながら、ま ﹁ああ。あの時のサンドバッグを破壊した威力が忘れられなくてな。 と同じアイアンクロウだった。 し形を変えて使ったが、真田のポリデュークスが見せた動きは、あれ 琴音の顔は、あなたに向けられている。あなたも、ついさっきも少 ﹁アレって、この前、ボクシング部で見せてもらった技でしたよね ﹂ 美鶴の指示に口々に返事をすると、あなた達は休憩に入った。話題 青。まず敵の現れる心配のない雰囲気だ。 あなたは念のために周囲の気配を探る。脳裏に浮かぶイメージは シャドウはいないようだ。少し休んでくれ﹄ ﹃エクセレント 見事な勝利だ。││どうやらそのフロアには他の あなたの目の前で、最後のヴィーナスイーグルが霧となって空気に 真田は両手を拳の形にして、小さくガッツポーズを取っている。 ! ! 148 ! てもらった通りだ﹂ さすがは天才ボクサーということなのだろうか。あなたがマガタ マジシャンにやられて、病院で目を覚ま マから引き出して覚えた力を、自力で盗み取ってしまった。 ﹁マネをしたと怒るなよ した時、悔しくて仕方が無くてな。││その後の検査で、試しにポリ デュークスにやらせてみたら、なぜかすんなりと出来たんだ。それま で は 全 く ダ メ だ っ た の に ⋮⋮。力 が 欲 し い。強 く な り た い。あ の シャドウを倒したお前達のように⋮⋮。そんな俺の想いに、ペルソナ が応えてくれたのかもしれん﹂ 敗北から学んで、力を身に着ける。少年マンガの主人公のようなヤ ツ だ。理 事 長 に は、黙 っ て い て ほ し い と 頼 ん で い た ら し い。実 戦 で 使って驚かせたかったのだと。 ﹃ペ ル ソ ナ は 〝 心 の 鎧 〟 と 言 わ れ て い る。何 ら か の 大 き な 心 境 の 変 化、あるいは周りの人間との関わりなどによって、常に変化していく ものなのかもしれないな。││まぁ、汐見ほどコロコロと変わられる と、対応する側としては大変だが﹄ 美鶴の声はとても嬉しそうだ。まだ、1週間の付き合いでしかない これはも ﹂と注意しているせい が、美鶴の真田に対する態度は、どことなくやんちゃな弟を見守る姉 のように感じてしまう。しょっちゅう﹁明彦 ││その辺りに、何か装置のような物がないか だろうが。 ﹃む ? ! 言われたあなた達は、散開してフロア内を見て回る。 ﹁桐条先輩。それっぽいのがありました﹂ 岳羽の声がした所へとあなたが向かうと、何やら光を放つ奇妙な物 があった。 │ │ ﹃少し待て。││うん、そうか、やはりな。それはどうやら転送装置の よ う だ。起 動 す る た め の ス イ ッ チ の よ う な も の は な い か よし こちらの装置とつながった﹄ あったか。では押してみてくれ。大丈夫だ、危険はないはずだ。││ ? 149 ? あなたの感覚ではわからない何かを、美鶴が感知したようだ。 しかすると⋮⋮﹄ ? ! 転送装置と言われると、あなたはあの回転するドラム缶のような形 をした〝ターミナル〟を思い浮かべてしまう。今、あなたの目の前に ある物を何と言えば正しく表現出来るのかわからない。 簡単に言えば、緑色の光の渦のようなものと言ったところだろう か。それに枠と手すりが取り付けられている。 岳羽はその〝転送装置〟に近寄ると、非常にうさんくさいものを見 る目で、アチコチを見て回った。 ﹁転送装置って⋮⋮。なんですか、そのオーバーテクノロジー⋮⋮﹂ ﹃まぁ⋮⋮。タルタロス、だからな⋮⋮﹄ もっともな疑問に対する美鶴の返事は、少々歯切れが悪い。 そして、あなたはその岳羽の質問で、転送装置なんて代物を普通に ﹄ 受け入れている自分が、〝普通ではない〟ことを改めて思い知らされ た。 ﹃とりあえず、それでこちらに戻って来てくれないか こういう場合、慣れている者が最初に行くべきだろう。あなたは、 特に気負う事もなく、ヒョイ軽く緑の光に飛び込んだ。 ◇ ◇ ◇ タルタロス1F エントランス ﹁無事、戻れたか⋮⋮﹂ 1Fにあった同様の装置の前に、美鶴が待っていた。あなたは彼女 に軽く手を上げて応える。美鶴のセリフが少し不穏だったが、問題な く戻って来られたのだからよしとしよう。これが、もしヒジリのナビ ゲートだったとしたら、きっと今ごろは、どことも知れぬ場所へと飛 ばされていただろうから。 ﹁これは⋮⋮。便利だな﹂ ﹁すごい⋮⋮﹂ ﹁なんなの、コレ⋮⋮﹂ あなたの次に真田が、それから琴音と岳羽が転送装置から出てき 150 ? た。 転送なんてことが出来るということは、このタルタロスを造った者 は〝空間〟に干渉する力があるという事だ。自由自在なのか、それと もこういった装置を必要としているのかまではわからないが、どちら にしろかなりの脅威であることは間違いない。 ﹁影時間なんてものがあって、ワープまで出来る。先輩の言う通り、 シャドウやタルタロスの現れた原因の〝何か〟は、時間と空間をどう こう出来るのかもしれませんね。なんだか⋮⋮トンデモナイ話です けど﹂ 琴音が、額を押さえながらうめいた。影〝時間〟と〝空間〟転移。 他の人間の口から言われてみると、どうも敵は一筋縄ではいかない相 手のようだと思えて来る。 ﹁時間と空間って⋮⋮。何、そのマンガのラスボスみたいなの⋮⋮﹂ ﹁ふん、よくわからんが、面白そうな話じゃないか﹂ 151 イヤそうな顔の岳羽と、指の関節を鳴らす真田。琴音の予想に対す る2人の反応は正反対だ。 ﹁そ、そうだな。そういった可能性も考慮しておかないといけないか。 どうやって対処すればいいと聞かれても困るが⋮⋮。││そろそろ 影時間が終わりそうだ。タルタロスが学校へと戻る前に外に出よう﹂ もうすぐ、影時間が終わる。 タルタロスから出たあなた達が見ている前で、歪んだ塔に変化して いた月光館学園が復元されて行く。その様子はタルタロスに〝なる 〟時の映像を逆再生しているかのようだ。 月光館学園が復活した。それと同時に、影時間の暗緑の光が消え る。 〝桐条〟の用意した車に、みんなが乗り込んで行く。 最後になったあなたは、学校の校舎と、その上で光る少し欠けた月 ﹂ を見上げる。今晩は、風が少し強い。雲の流れもそれに合わせてか、 かなり速いようだ。 ﹁せんぱーい。帰りますよー ! 琴音の声に振り向いた後、もう一度見上げると、月は雲に隠れてし まっていた。 152 4/14 魔王の号令 4月14日︵火︶ 影時間 今までにない反応だ。気を付けろ タルタロス10F 世俗の庭テベル ﹃フロア中央に敵3体 ﹄ ! ﹄ ダンシングハンド3体。ここ一帯の番人と言ったところ ﹃敵が態勢を崩した ﹄ と、味方まで巻き込んでしまいそうだからだ。 たは、自然と最前線を担当する形になっている。誰かの後ろから撃つ 〝アイスブレス〟に〝放電〟と、技の威力は高いが狙いの甘いあな まずは小手調べと、あなたが前に出て殴りかかる。 ﹃分析を急ぐが、少し時間をくれ﹄ 尻尾のようにブラブラとさせている。親指と小指が、腕の代わりだ。 人差し指と薬指を足のようにせかせかと前後に動かし、間の中指は ﹃魔術師﹄のアルカナに属する通称〝ハンド系〟のシャドウだ。 て来る。体長2.5メートル程の人間の右手だけの姿。 身構えるあなた達に向かって、フロアの奥から巨大な〝手〟が走っ か⋮⋮。反応が強い、慎重に行け ﹃来るぞ と几帳面な性格をしているのかもしれない。 造った者、あるいはシャドウ達を操って配置している何者かは、意外 る。もし、5Fごとに強敵が現れるのだとしたら、このタルタロスを フロアの造りは、昨日ヴィーナスイーグルと出会った5Fと似てい た。 あなた達が10Fに到着すると同時に、美鶴から警告が飛んで来 ! ! 図を送る。 ﹂ ﹂ もしかしなくとも、この敵││。あなたは、真田と琴音に視線で合 あっさりと吹き飛んで床に這いつくばった。 向かってきた巨大な手を思い切り殴りつけたところ、敵は非常に ! 153 ! ! ﹁よし、続けて行くぞ ﹁はい ! すぐに理解してくれた2人は、まだ立っている別のシャドウへと駆 け出す。 真田の拳が、琴音のナギナタの石突きが、それぞれの狙ったダンシ 先輩 ﹂ ングハンドをとらえた。そして、打たれたシャドウ達は、またまた簡 単に床に転がった。 ﹁よし、たたんじゃいましょう ! ││ と一振り、号令を発した。 ひとかたまりになって、目を回す3体のダンシングハンド達。それ シャドウ目がけて放り投げた。 あなたは迷わずうなずき、目の前に倒れているシャドウを、他の いことを考えて、せっかくの好機を失うわけにはいかない。 琴音はなぜこちらに聞くのだろう。気になるが、そんなどうでも良 ! を目にした琴音は、ナギナタをブンッ ﹂ ││ ﹁全員突撃 ││ !!! ! 以外のメンバーの生命の危機につながる。そんな状況で、責任感の強 経を使っていることだろうと想像はできる。自分のミス1つが、自分 ナビゲートを行っている美鶴に関してはよくわからないが、相当神 体力バカっぽい真田は、見る限りでは問題なさそうだが。 については、もう少し考えを巡らせておくべきだったかもしれない。 肉体的に疲れることを知らないあなたは別として、女子2名の体力 かりだ。 まっていたようだ。よく考えれば、岳羽と真田は日曜日に退院したば 昨日、今日と続けてのタルタロス探索で、岳羽は疲労をためてし ﹁いえ、私はちょっと、バテ気味なだけです⋮⋮﹂ とは、大違いである。 それにしても、琴音はずいぶんと仕切りたがり屋だ。控えめな岳羽 れで転送装置が使えるな﹄ まさか、ペルソナを呼ぶ必要もないほど弱いとは思わなかったが、こ ﹃ア ナ ラ イ ズ す る ヒ マ も な か っ た な ⋮⋮。と に か く、ご 苦 労 だ っ た。 恐ろしく弱い敵だった。本当に番人だったのだろうか。 !! ! そうな美鶴は気を抜くヒマもないだろうから。 154 ! あなた自身は、まだまだ余裕がある。と言うより、マトモな人間で はないあなたは、恐らくいつまででも戦っていられる。 だが、普通の人間はそうはいかないはずだ。 ちょうど、転送装置の起動を行ったところだ。今日は、ここまでに しようか。 あなたがそんな話をすると、他のみんなが何故か苦笑している。 ﹁どう考えても、仕切り屋は先輩の方ですよ。わたしじゃなくて﹂ 一応、俺がリーダーってこと ﹁まったくだ。││お前、俺が何か言う前に突っ込んで、自分の判断で ﹂ こっちを動かしている自覚はあるか になってるんだぞ ? じ ﹂ るって言うか なんか素直に言う事きいちゃう、きかされちゃう感 ﹁ですねー。⋮⋮でも、それが妙にサマになってるって言うか、慣れて ? さらに、通信で追撃が来た。 から、君は勝手に仕切っていたぞ ﹄ ﹃なんだ、自覚していなかったのか。〝マジシャン〟とやりあった頃 た。 琴音から反撃をくらい、真田の苦情を受け、岳羽にトドメを刺され ? 私に向かって、ハッキリとああいった話し方をするのは、お父様くら ﹃いや、そうでもないさ。ただ、なんと言うか、新鮮な気分だったな。 いつの間にか気分を害していた可能性はある。 令口調をしていた気がしなくもない。あまり気にしていなかったが、 思い返してみると美鶴相手に、ああしろ、こうしろと割とキツイ命 が宿ってしまっている。 そんなヤツラを相手にしてきたあなたの命令には、それ相応の迫力 威霊、そんな呼ばれ方をして人間から崇められてきた存在達だ。 や邪神、女神に魔神に破壊神、竜王、竜神、大天使に神獣、おまけで を持っていた者のほとんどは、王か女王、あるいは英雄だった。魔王 あなたが〝あの世界〟で従えていた悪魔達、特にその中でも強い力 けのようだ。 あなたの気配探知は安全安心の青いイメージなのに、周りは敵だら ? 155 ? いだから。││まぁ、遠まわしに強制されることは多いが⋮⋮﹄ 口調からして、美鶴が怒っているような様子はない。むしろ、微妙 に上機嫌かもしれない。 少しばかり立場がある相手でも、あなたはその地位に頓着しない。 むしろ、出来ない。 よく考える時間があればそれなりに対応するが、戦闘などの緊急の 場合は、そんなことを考慮していられなかったのだ。 ほ それに関して、仲魔から文句を言われたことは無い。どちらかと言 えば、 ﹁なかなかの戦いぶりだった﹂などと褒めつつ、何かしらの物を くれたりなどしたくらいだ。 俺は構わんぞ。││正直 美鶴も、それと似たような感じなのかもしれない。あなたは、そう 思っておくことにした。 ﹁いっそのこと、お前がリーダーやるか な話、面倒なことを考えるより、コイツを振るっているだけの方が気 楽でいい﹂ 拳を顔の前に掲げて、なぜか自慢気な様子の真田。そんな彼の提案 について考える。 あなたとしては、特に問題はない。と言うよりも、その方がありが たいくらいだ。 戦闘となると、どうにも他のメンバーの行動にまで口出ししてしま う。そのクセは、〝この世界の人間〟の大半にとって、〝無かったこ とになっている時間〟の中で、深く深く、あなたの中に染み付いてし まったものだ。ちょっとやそっとでは、直せそうにない。 真田以外の2名はどうなのだろうと、あなたは2年生コンビに顔を 向けた。 ﹁わたしは、それでいいと思いますよ﹂ ﹁あー、私も構いません。てゆーか、今までと変わりませんし⋮⋮﹂ 2人とも異論はないらしい。あなたにとって一番の不安要素は、何 が出来るのか分からない琴音なのだが、それについては後で相談する ことにした。 ﹃話がまとまったようだな。では、リーダー交代だ。今から戦闘及び 156 ? タルタロス探索の指揮は、君が執ってくれ﹄ あなたがリーダーとなって最初に出した指示は、あまり積極的なも のではなかった。話のきっかけになった、探索終了命令なのだから。 ﹁わかった。││マジシャンとの戦闘、入院、その後2日続きでタルタ ロス。俺は少し急ぎすぎていたかもしれんな﹂ ﹃了解した。それでは、昨日と同じようにしてエントランスまで戻っ て来てくれ﹄ 真田は自嘲するような笑みを浮かべている。彼のそんな顔をなが めつつ、あなたは転送装置の光に包まれた。 あなたの視界が緑色に染まる。そして、それが元に戻った時には、 あなたの姿はエントランスホールに移動していた。 ﹁あー⋮⋮。疲れた⋮⋮。これ、絶対ヤセる。ダイエット効果バツグ ン⋮⋮﹂ ﹁そんなに気にしなくても、十分しぼれてると思うよー。ゆかり、ここ │琴音が岳羽の脇腹を両側から不意打ちでつついたせいだ。 相変わらず仲がよろしい。 ﹁ひょいっと すいません、少し時間ください。ペルソナいじって きますので﹂ 岳羽の反撃を回避した琴音は、そう言うとエントランスの端にある 青い扉の前へと走って逃げた。 あなたと琴音には見え、他のメンバーには見えないその扉は、イ ゴールの居る夢と現実の狭間〝ベルベットルーム〟へと続いている のだ。 ﹁ベルベットルームなぁ⋮⋮。俺には、汐見がただボーっとしている ようにしか見えん。だが、それで実際にペルソナが変わるのだから、 何とも言えん﹂ ﹂ ﹁汐見1人が言っているのなら、幻覚の類を疑うところだが。││君 にも見えているのだろう あなたがうなずくと、真田と美鶴は腕組みをしながら首をひねる。 ? 157 ﹂ とかすごい締まってる、し ! ﹂となんとも言えない声が上がった。│ 岳羽の口から、 ﹁うひゃい ! ! 普通の人間には知覚できない〝影時間〟があるように、まともなペ ルソナ使いでは見えない〝扉〟もあるのだろう。 実際、あの部屋の中では時間の流れが外とは異なっている。ベル ベットルームで数分程度の会話をしただけのつもりでも、一晩経過し ていることもある。逆に中で数時間を過ごした感覚でいても、外に出 てみれば数分程度でしかないこともある。 本当に、眠って見る夢のような場所なのだ。ベルベットルームは。 しかし、ベルベットルームへと精神が旅立っている状態の琴音は、 まるで無気力症の患者のようだ。顔はやや上向き、瞳に光は無く、口 も半開き。少々みっともない。 みっともないので、あなたはスタスタと後輩に近づくと、その頭と アゴに手をやって口を閉じさせた。これで多少はマシになったと判 断したあなたが手を離すと、後輩の口はまたポカンと開いてしまう。 あなたは軽く目をつむり、首をゆっくりと左右に振った。汐見琴 158 音、まさに心ここにあらずと言ったところだ。 ﹂ そんなあなたの後ろから、岳羽がおずおずと声をかけてくる。 ﹁あの⋮⋮。それ、私もやっていいですか もし、他の者が見ている目の前で、完全に消えてしまったとしたら 体が残るのかどうかがわからない。 報存在である〝悪魔〟の身体を持つあなたの場合、〝こちら側〟に身 である琴音は、精神だけが〝向こう側〟へと行っているようだが、情 ベルベットルームは夢と現実、精神と物質の狭間にある部屋。人間 美鶴にきかれ、あなたは少しアゴを引きながら頭をかいた。 ういえば、君は行かないな。そのベルベットルームに﹂ ﹁タルタロスでなければ、イスでも用意しておくところだが⋮⋮。そ 怖い。せめて座っていればいいものを、立ったままなのだ。 転んで後頭部を強打、そのまま帰らぬ人に││となりそうで見ていて それ以前に、何かの拍子でバランスを崩したら、受け身も取れずに 何の抵抗も出来ずにヤラレてしまいそうだ。 放心状態の時にシャドウに襲われたら、どうするつもりなのだろう。 あなたは無言でうなずくと、岳羽に場所をゆずった。琴音は、この ? ⋮⋮。あまつさえ、通常の物質である〝衣服だけ〟を残して行ってし まったとしたら⋮⋮。そして、その後に帰って来たら⋮⋮。 自室のベッドから夢を通じて訪れた場合は、起きたとき普通に服を 着ていた。だからといって、ここからベルベットルームへと行った場 合でも同じとは限らない。最悪、全部員の前で全裸をさらすことにな る。 あなたは、そんなリスクを考え、なかなか踏み出せないでいるのだ。 ﹂と悲鳴を上げる。仲が良 しばらくして、琴音が〝帰って〟来た。そして、その瞬間を狙いす ましていた岳羽の手にかかり﹁ひゃうっ いようで。 ﹁では、今日は引き上げるとしよう。タルタロスの外で影時間が終わ るのを待ってくれ。││私はコイツで帰るが、皆は昨日と同じ車だ な﹂ 2年生たちが少しばかりドタバタとした後で、美鶴がバイクのハン ドルを握る。本日は終了、あとは帰って風呂に入って、寝るだけだ。 ﹂ た。バイザーで隠れて見づらいが、顔が少し赤い気がする。 ﹁ゆかりもどう れている。先週までは、転入してすぐということで男子専用部分││ 月光館学園巌戸台分寮の清掃は、〝基本的には〟寮生によって行わ あなたは、真田の言葉にうなずいた。 な﹂ ﹁俺たちもそうするか。ついでに、浴室の掃除方法も教えられるから 事は変わらなかった。 その後、誘いを断られた琴音が少しだけ食い下がったが、岳羽の返 と美鶴を見て苦い表情を浮かべる。 岳羽は気まずそうに、視線を床に落とす。それから、一瞬、チラリ から1人で、ゆっくり入りたい気分⋮⋮かな﹂ ﹁あー⋮⋮、えっと⋮⋮。私はパスで。││疲れ気味だし、その、あと ? 159 ! 美鶴先輩、一緒にお風呂行きましょうよ﹂ ああ⋮⋮それもいいな﹂ ﹁そうだ ﹁ん ! 琴音に誘われ、美鶴は返事をしながら急いでヘルメットをかぶっ ? トイレや浴室など││の掃除は真田が1人でやってくれていたが、今 週からは、あなたにも当番が回って来る。 ﹁当番と言うより、交代制だな。外せない用事がある時なんかは引き 受けるが、その分こっちのも頼むぞ﹂ 寮生の人数の割に建物が大きいので、それなりに大変そうではあ る。 ◇ ◇ ◇ 4月15日︵水︶ 未明 巌戸台分寮別館 男子共同浴場 巌戸台分寮の浴室はそれなりに広い。 大の男でも3人同時くらいなら、かなり余裕がある。4人となる と、さすがに少し手狭。そんな大きさだ。 身体を洗い終わり浴槽に浸かると、自然と息がもれる。 時間はもう、深夜1時をまわった。普通の寮ならとっくに就寝時間 を過ぎている。特別課外活動││主な活動内容はタルタロス探索│ │を行う部員が一か所に集められていなければ、戦闘で汚れたまま寝 なければいけないところだ。 ﹁やはり、運動して汗をかいた後の風呂はいいな﹂ 自分の身体の各所を点検しながら││筋肉をながめているように も見える││真田が風呂の良さについて語っている。 男女が同じ寮で暮らしている中で風呂と言えば、そこになんらかの ・ ハプニングを期待する者もいるかもしれない。だが、男子と女子とは ・ 浴室自体が別なので、うっかり遭遇するなどの事故は起こらない。普 ・ ・ 通は、湯上りのいつもとは違う姿を見て、ドキッとする程度のものだ。 ただ、世の中には不思議なこともあるもので、そういった普通を飛 び越えて〝事故〟を発生させてしまう人間もいる。 例えば、この男のように。 ﹁あの時は〝死んだ〟と思ったな。見える範囲全ての空気が凍りつい 160 ときとう たんだ⋮⋮。そのあと、気が付いたのはベッドの上だった。時任さん が解凍してくれなかったら、そのまま冷凍刑だったかもしれん⋮⋮﹂ 〝時任さん〟と言うのは、今年、月光館学園を卒業した人物で、真 田のボクシング部でマネージャーをしていた女性らしい。ペルソナ やシャドウ絡みの事情で、3月の間だけ巌戸台分寮で寮母のアルバイ トをして過ごしていたが、今は遠方の大学に通っている。 その時任と美鶴が入浴中の浴場に、全裸で突撃した勇者こそ、あな たの隣で湯船に浸かっている真田明彦である。 ﹁言っておくが、アレは事故だったんだ。まさか、女子浴場のタイル張 替え工事で、一時的にこっちが女子用になっているなんて思わないだ ろ、普通﹂ 真田は湯の中に顔を半分沈めながら、ブクブクと何か言い訳をして いる。 ちゃんと張り紙をして告知されていたのに、それに〝気付かずに〟 161 やってしまったらしい。筋肉、牛丼、プロテインな真田も健全な男子 高校生だったという話だ。 3月の出来事だったらしいが、未だに思い出すと怒りが抑えられな いのか、この話を聞いた時の美鶴の表情は険しかった。 ﹁明彦のマネをしたら君でも処刑だ。││氷結が効かないときは切り 落とすので、そのつもりで﹂ 冷たく鋭いまなざしの彼女の言葉に、あなたは、ただうなずくこと しかできなかった。 ﹁はぁー⋮⋮。美鶴のヤツ、いつまで根に持ってるんだ。このまま一 生言われ続けるんじゃないだろうな⋮⋮﹂ ゆううつな真田の気分を考えたわけではないが、あなたは話題を変 えることにした。 美鶴と岳羽、2人の間には何かあるのだろうか。どうにも雰囲気が 良くない。行動を共にできない程でもないが、時折チクリと来るよう なやり取りが発生している。 ﹁アレか⋮⋮。お前、学園のある人工島で起きた事故を知ってるか 10年前の││﹂ ? 10年前、月光館学園のある人工島で大きな爆発事故があった。 桐条グループのラボで発生したアクシデントが原因とされ、ラボに いた職員の大半が死亡。他にも多数の死傷者が報告されている。 そしてその事故の原因になったとされている人物の名前が││。 ﹁岳 羽 詠 一 朗。⋮⋮ 岳 羽 の 父 親 だ。俺 も 詳 し い こ と ま で は 知 ら な い が、あの事故でたくさんの人が亡くなった。││遺族の人たちの怒り も恨みも相当なモノがあったと思う。が、ここで、この港区で〝桐条 グループ〟そのものに逆らってはやっていけない。そこで矛先が向 けられたのが、桐条グループから〝事件の犯人〟として発表された岳 羽の父親と、その家族だ⋮⋮。いろいろ、あったんだろうな。美鶴に、 ・ ・ と言うよりも、〝桐条〟に対して言いたいこともあるだろうさ﹂ 桐条グループに汚点を残した人物の娘と、その人物だけをスケープ ゴートにした〝桐条〟の娘。岳羽と美鶴。その両方がペルソナ能力 に目覚め、今は一緒に戦っている。 人間の関係はなんとも複雑だ。気にはなるが、正直どうしたものか わからない。 そういえば、琴音の両親が亡くなった事故も10年前だったはず だ。 ﹁あ あ、汐 見 の ご 両 親 も 同 じ 事 故 で 亡 く な っ て い る。す ま ん な ⋮⋮。 俺はお前や汐見、岳羽の個人的な経歴についての資料を見ている。桐 条グループが調査したものを、幾月さんから渡されているんだ。俺の ことは⋮⋮まぁ、そのうち話す機会もあるかもしれん。あぁ、あと美 鶴と岳羽も同じ資料を見ているからな﹂ その資料には、あなたの家族構成から過去の学業成績などはもちろ ん、ある程度の交友関係までもが記載されていたようだ。理事長に は、他人のプライバシーを守る気持ちが全くないらしい。 爆発事故に関して、美鶴と岳羽はお互いの親が、相互に加害者であ り被害者と言えそうだ。それに対して、琴音は一方的な被害者にな る。あらためて、特別課外活動部女子メンバーの人間関係はなんとも 複雑だ。 下手な手出しをすると、大きくこじれてしまいそうな予感がする。 162 関わる必要があるときは、相応の覚悟が必要だろう。 ﹁美鶴は、どうにかしたいと考えてはいるようだが、アイツもあれで不 器用なところがあるからな⋮⋮。汐見が気にしているようではある ﹂ し、少しばかり無責任だが、女のことは女に任せた方がいいんじゃな いかと⋮⋮。これは逃げか 少なくとも、男では女性陣を〝ハダカの付き合い〟に誘うことは出 来そうにない。 とりあえず、何かしらの変化が現れるまで現状維持しかないのだろ う。あなたのその考えも、真田の言う〝逃げ〟なのかもしれないが。 あなたの言葉を聞いた真田は、顔の前で拳を握りしめた。 さわ ﹁俺たちはコイツで貢献するしかなさそうだな﹂ 少し長湯をしてしまった。 早く寝ないと、明日⋮⋮ではなく今日に障る。授業中に居眠りして も良いのは、学力に自信のあるヤツだけだ。 あなたの場合、本当は特に寝なくとも問題はない。しかし、それを 続けていては、人間的な感覚を無くしてしまいそうなのだ。 ﹂ ﹁身体を鍛えるには、睡眠も重要だ。適切な食事、十分な睡眠、そして なによりもトレーニング 牛丼とプロテインが主食の男、真田明彦。彼が語る適切な食事と は、果たしてどんなものなのか。そして、それによって築かれている 高校ボクシング界の無敗伝説とは一体なんなのか。少しだけ興味が 湧かないこともない。 今はハッキリと遠慮しておくが。 ◇ ◇ ◇ 着替えをすませたあなたと真田が、本館2Fへと続く階段を昇って お風呂あいたよー ﹂ いると、上の3Fから声が聞こえてきた。 ﹁ゆかりー ! 163 ? また、真田の筋肉話が始まりそうだ。 ! どうやら、琴音が岳羽を呼んでいるようだ。 ! これから入浴となると、岳羽の就寝はかなり遅くなる。疲れ気味の ところ大丈夫なのだろうか。 ﹁じゃあな、おやすみ﹂ 2F廊下の一番奥、そこにあなたの自室がある。 真田と就寝の挨拶を交わしたあなたは、部屋に入り、目覚ましの セットを確認した。そして、横になる前にチラリとケータイを確認す ると、良く知った相手からメールが来ている。 ﹃連休には帰ってくること﹄ 短い文面を見たあなたの口元がほころぶ。同じように短い返事を 送ると、あなたはカレンダーに予定を書き込み、部屋の明かりを消し た。 ◎5月3日︵日︶ 千晶 憲法記念日 164 4/15 生徒会選挙 4月15日︵水︶ 朝 巌戸台分寮 1Fラウンジ 岳羽が風邪をひいた。 ﹁お風呂呼びに行ったのに、疲れてそのまま寝ちゃったみたいです。 ││だいぶ熱が出てるみたいで⋮⋮﹂ 具合を確認して来た琴音によれば、岳羽の体温は37.8度。 タルタロスの探索、シャドウとの戦闘。疲れはたまるし、汗もかく。 弱った状態で身体を冷やせば、風邪になることもあるだろう。 ﹁休ませた方が良さそうだな。学校には私から連絡しておこう﹂ 朝食の席でその話を聞いた美鶴は、教職員への伝達を引き受ける。 朝も早い今は、電話をしても誰も出ない。まだ、教師達も学校に来て 165 はいないだろう。 ﹁鳥海先生は、いつも出てくるのが遅いみたいですね。そのことでよ く江古田先生にイヤミを言われるって、ホームルームでグチってます よ﹂ 琴音と岳羽の所属する2│Fを担任する〝国語の鳥海〟は、授業中 に﹁ケーキよこせ﹂などと言い出す人物だ。それでも、月光館学園の 教師陣の中ではかなりマトモな部類に入る。生徒全体から、親しみが 持てなくもない、とそれなりの人気だ。 あなたの担任など〝兜の小野〟だ。こちらは、一部の生徒からマニ アックな人気がある。 ホームルームで武士話をする小野よりも、朝からグチの鳥海の方が 理解はできる。どちらも、どうにかして欲しいことには違いないが。 病人には寝ておいてもらって、美鶴が担任に直接伝えるのが確実だ いる物があれば買って来るが﹂ ろう。元から、生徒会選挙の関係で職員室に用があるのだから。 ﹁何か必要な物はありそうか 出た。まだ、タルタロス探索から数時間しか経っていない。それなの 朝のランニングから戻った真田が、走ったついでに買い出しを申し ? に、毎日のトレーニングを欠かさないとは、恐ろしく元気な男である。 ﹁聞いてみます﹂と答えながら、琴音は岳羽の部屋へと走って行った。 そんな彼女の後姿を見送ると、あなたは美鶴に登校をうながす。 美鶴は目を閉じて何事か考えている様子だ。長い前髪が顔にかか る。少ししてイスから立ち上がると、鞄を手に取った。 ﹁では、先に行こうか。すまないが、今日も手伝いを頼む。││明彦、 岳羽のことは任せたぞ﹂ 現在、月光館学園は生徒会選挙の真っ最中だ。 選挙期間は、4月13日から4月17日。最終日の金曜日には投票 が行われる。 あなたは、13日の月曜日から美鶴の選挙運動の手伝いをしてい た。部活動もしていない身なので、頼まれて断る理由など、面倒くさ い位のことしかない。 生徒会長に立候補した美鶴の対抗馬は、2年生が2人だけ。3年生 は美鶴以外に誰も立っていない。 今期の生徒会長は美鶴でほぼ決まりと言われている。2年生の2 人にしても、来年に備えて経験を積んでおく程度の様子だ。 あなたが何もせずとも、当選は確実。ただ、多少なりとも美鶴の負 担を減らせるのなら、それが〝特別課外活動〟に役に立つかもしれな い。 あなたは、その程度に認識していた。 ◇ ◇ ◇ 昼休み クラスの女子達からの圧力により、あなたと美鶴は向かい合って昼 食を取っている。 先週までのあなたは、クラスメイトからやや怖がられていた。それ が土日を挟んだ途端、かなりグイグイと来られている。金曜日の弁当 騒動のおかげで、多少打ち解けることが出来たのかもしれない。 166 月曜日、火曜日と段々と話すようになり、今日などは午前の授業が ﹂と美鶴の席まで連行されたのだ。イスと机 終わり、あなたがいつものように真田と弁当食べようとしたところ、 ﹁選挙がんばらないと は近くの席の女子が﹁ここ⋮⋮どうぞ﹂と親切に貸してくれた。 そして、真田はたくさんの女子に囲まれている。少しうらやまし い。素直にそう告げたら、美鶴に呆れた顔をされてしまった。 ﹂ そうして軽く笑い合っていると、クラスの女子が近くにやって来 た。 ﹁桐条さん、2年生なんかに負けないでね ﹁ああ、任せてくれ。応援、感謝する﹂ のなのだろう。 ! もりだ。 ﹁うん、うん ││あ、桐条さん⋮⋮⋮⋮﹂ た。元から選挙の応援に関しては、普通に出来る程度のことはするつ その勢いにおされたわけではないが、あなたは無言で首を縦に振っ スタイルだ。相当〝気合い〟が入っている。 た。両手を拳の形にして胸の上で構えている。軽くファイティング お団子頭の女子は、美鶴の次にあなたに向かって強い調子で言っ ﹁そっちも││ホント、ちゃんと、桐条さんのこと、頼むからね ﹂ い様子だ。勝利確定と言われていても、やはり応援されれば嬉しいも 髪を後頭部で団子にした女子からの激励に、美鶴はまんざらでもな ! やら耳打ちをする。内容を聞き取ることは可能だが、そんなことをす るつもりはない。 何かを言われた美鶴は、少し笑って首を横に振った。 ﹁いや、それはない。以前にも誰かに話したが、私と明彦は友人では あっても、そういった関係であったことは一度もない﹂ いつの間にか、真田を囲んでいた女子達がこちらを││正確には美 鶴を││注目していた。そして、耳打ちに対するものと思われる美鶴 よっし 今まで何やってたんだろうとかイロイロある ! 167 ! うなずいたあなたを満足そうに見ると、お団子の女子は美鶴になに ! の返事を聞いて、その全員があからさまにホッとした顔になる。 ﹁よっし ! けど⋮⋮。とにかく、よっし ││真田くーん いたのかもしれないな。皆は﹂ ﹂ ﹁まぁ⋮⋮な。しかし、今日のあの様子を見ると、今まで私に遠慮して 立場のある人間の悲しいところだ。 と受け取られてしまう。 る。││周りがそう考えれば、美鶴の話す言葉は〝表向きのセリフ〟 〝桐条〟の社長令嬢ともなれば、本当のことを言えないときもあ 美鶴はアゴに手をやり、満足げにうなずいた。 納得してくれたようだが﹂ ﹁説明しても信じてもらえないことが多くてな。⋮⋮今日は、素直に つ屋根の下〟に住んでいるのではないか、と。 つまり、桐条のお嬢様がその権力を利用して、好きな相手と〝ひと に2人だけで住んでいると聞いたら、同じことを想像しただろう。 あなたにしても、何も知らない状態で桐条美鶴と真田明彦が同じ寮 美鶴だ。 さらにさらに、住んでいるのが普通の生徒ならともかく〝桐条〟の 払い。 だけ。さらに、空き部屋があるのに他の生徒が入寮を希望しても門前 男女一緒の寮などそうは無い。その上、そこに住んでいるのが2人 れることがある﹂ りだったからな。それでよく、付き合っているのではないか、と聞か ﹁ああ⋮⋮。岳羽が来るまでの長い期間、私と明彦はあの寮で2人き 鶴に目でうながした。 なんとなく想像はつくが、聞かれた内容が気になったあなたは、美 うも屋上へと連行されたらしい。 をよろしくと頼む。それからすぐに真田の姿は見えなくなった。ど あなたは女子の群れに連れ去られて行く真田に、ついでに選挙運動 へと走って行った。 お団子の頭のクラスメイトは、更に〝気合い〟が入れると真田の所 ! 真田が連れ去られていったドアに顔を向け、美鶴はポツリとこぼ す。 168 ! いしゅく 桐条美鶴がライバルかも知れないと考えてしまうと、他の女子が 萎縮してしまうのもわかる気がする。 それが、あなたとのウワサが広まったことで、これまでの美鶴の真 田に関する言動がようやく信じられたのだろう。 これまで真田ファンクラブは抜け駆け禁止だったらしいが、これか らは競争が激化する可能性がある。 あなたは、その争いの中心になる真田の冥福を祈った。1人、2人 ならかわいらしいが、群れた女子はなかなかの脅威だ。対応に困る。 ﹁これまで放置してきたツケだ。これを乗り越えることで、明彦が成 長してくれることを期待しよう﹂ 美鶴は、まるで他人事のような言い草だ。実際、他人事だが。真田 との間の疑いが減った代わりに、転校生であるあなたとの間に疑いが 生まれてしまったことについてはどう思っているのか。 涼しい顔をしているが、実は腹の中で鬼が暴れまくっているのかも しれない。 ﹁ウワサ話にいちいち付き合っていては身が持たない。学校で流れる 程度ならカワイイものさ﹂ 世界的な企業グループの娘というのも、イロイロと大変なようだ。 映画やドラマのせいで、金持ちは親類関係がギスギスとしていそうな イメージがある。 ﹁想像に任せる﹂ 目を伏せ、皮肉げに笑う美鶴。このことはあまり深く聞かないほう が良さそうだ。 いつまでも話していては昼休みが終わってしまう。あなたは弁当 箱の中身に手を付けることにした。 ちなみに、本日も〝桐条〟製弁当だ。しかも2つ。 ﹁なんとも間が悪かった。岳羽が寝込むとは⋮⋮。明彦はどうしよう もないが⋮⋮﹂ あなたの手元にある2人前の昼食は、本来は真田と岳羽のために用 意された物だ。 風邪で寝込んだ岳羽と、弁当があると言われていたのに、つい〝い 169 つも通り〟海牛の牛丼を購入してきた真田のおかげである。 数日ぶりだが、やはり美味い。 本当は2人分の量があるのでガツガツとご飯をかきこみたいとこ ろだ。だが、目の前の美鶴が箸の先端だけしか湿らせないような上品 な食べ方をしているので、それに合わせる。 TPOというヤツだ。使いどころが合っているのかはわからない が。 ﹁無 理 に 私 に 合 わ せ な く て も い い ぞ。│ │ と 思 っ た が、案 外 サ マ に なっているな。いや⋮⋮案外、は失礼か﹂ 失礼か、と言いながら口元が微妙に笑っている。普段のあなたは、 美鶴にどう思われているのだろう。 あなたは、多少、それなりに、ある程度といった範囲でなら上品っ ぽく振る舞うことが出来る。 千晶と外食に行ったときなどに﹁食べ方が汚いとみっともない﹂と、 何度も怒られた。その経験があなたを鍛えたのだ。 ちなみに、そのための厳しい教育係も幼なじみだった。 ﹁なるほど、橘さんか。幼なじみというものは、成長してから望んでも 決して手に入らない。得難いものだな。実は私にも厳しい幼なじみ がいて││﹂ そうやって、お互いの幼なじみについて話しながら昼休みが過ぎて 行く。少しだけ悪口が多くなったのはここだけのヒミツだ。バレる と怖い。 美鶴の幼なじみは、なぜか桐条家のメイドをしているらしい。同い 年とのことなので、この月光館学園に通っているのかと思えば、桐条 の本家で暮らしているようだ。 一度会って見たかった。決してメイドさんに会いたかったワケで はない。 ﹁ああそうだ、夜間のスケジュールについてだが、今後は君に任せよう と思う。昨日はついつい張り切り過ぎてしまって、岳羽には悪いこと をした﹂ あなたは、タルタロス探索のリーダーを任された。そのことについ 170 ての話だろう。 慣れないうちは1日5階程度に抑えて、連日の行動も避けた方が良 いだろう。体調の悪い者がいるときも同じだ。 例えば今日のように。 ﹁今 晩 は お あ ず け か。仕 方 な い な ⋮⋮。今 ま で 我 慢 し て い た だ け に、 もっともっと、とどうしても焦ってしまう。相手は逃げないのにな﹂ 美鶴の気持ちも分からないではないが、焦って取り返しのつかない 失敗をするわけにはいかない。 次の日には立 それに、慣れてきたら1日に10階、20階と進むことも可能にな るだろう。それまでの辛抱だ。 ﹁にっ、20階か⋮⋮。それはさすがに多くないか つことも出来なくなっていそうだ。││先週のようにな﹂ あなた達がそんな話をしていると、近くの席のクラスメイトがゲ ホッ、グホッっとむせ始めた。苦しそうに口元を押さえている彼は、 なぜかあなたを見ながら目を大きく見開いている。驚愕の表情だ。 ﹁ひとっ、ば、にじゅっか、とか。すっ、げ⋮⋮﹂ 彼はむせながら何事か言っているが、意味が良くわからない。とり ﹂ あえず、水を飲むなりした方が良い。中々の男前が台無しだ。 ﹁先生と呼ばせてください 意味がわからない。 聞いてみても、いやらしく笑って﹁またまたー﹂と言うだけなのだ。 そのまま、彼の友人││クラス内で目立つ男子グループ││からも 〝先生〟と呼ばれるようになった。 ﹁よくわからないが、君がクラスに馴染めてきたようで良かった。こ の学校は初等部、中等部からの内部進学組も多いし、そうでなくても 3年生からだからな。少し心配していたんだ﹂ そんなあなたの様子を見て、美鶴はうれしそうにしている。状況は よくわからないが、彼女に心配されていたことに少し照れる。 あなたは、左手で頭の後ろをカリカリとかいた。どうにも照れくさ い。 171 ? その後、呼吸を整えた彼はあなたのことを〝先生〟と呼び出した。 ! ◇ ◇ ◇ 放課後 ﹁ありがとう。今日のところはこれで終わりだ。﹂ 美鶴の宣言で、本日の選挙活動は終了。下校時間が過ぎる前に帰ら なくてはいけない。 月光館学園は、生徒の下校時間厳守についてとてもうるさい。 夜、タルタロスを登っている身としては、それは当たり前のことだ と思える。だが、そんなことを全く知らない一般生徒達からは、厳し すぎる、と大変不評だ。 購買部がその日の分しか仕入れないのも、夜間のタルタロス化が影 響しているという話だ。││タルタロスを潜った食品は、ミステリー なフードや、スメルがグレイビーな食べ物になってしまうことがある らしい。 岳 羽 の 心 配 を し た 琴 音 は 早 く 帰 っ た。部 活 に 行 っ た 真 田 も も う 帰っただろう。 あなたが外を見ると、少し暗くなってきている。 ﹁すまないな。今日はまだこの後に用事があって、桐条の警備部と話 さなければならない﹂ 一緒に帰ろうかと誘ったが、美鶴はゆっくりと首を横に振った。桐 条グループの車が迎えにくるらしい。 相変わらず忙しいことだ。 ﹁この間もらった雑誌の記事で、少し気になるところがあった。それ で現在調査中なのさ。││詳細が分かり次第、君たちにも話すつもり だ﹂ う の この間、奪い取られた雑誌と言うと、〝月刊・妖〟のことだろう。ま さか、アレの記事を鵜呑みにして、土偶型宇宙人でも探しているのだ ろうか。 ﹁違う、違う。深夜0時の怪事件の記事の方だ。アレがどうにも⋮⋮ 172 な﹂ 記事の内容は││ここ港区を中心にした一帯で、謎の事件、事故が 多発しているというものだった。器物の破損、盗難、人身事故。全て の件で推定される発生時間が深夜0時。 ﹁今まで、〝桐条〟が気づかなかったのがおかしいぐらいだ。あんな 小さな雑誌の記者が注目している内容なのに⋮⋮﹂ それは、影時間を利用した犯罪が行われている可能性があるという こと。 ペルソナ使いなどの適性のある人間が、影時間中に窃盗などを行っ ても、警察がそれを逮捕することは不可能だ。逮捕出来ないどころ か、事象が改変されてしまうために犯罪があったことにすら認識出来 ない。 被害者も、被害にあったこと自体に気が付かないだろう。 ﹁察しが良くて助かる﹂ 173 学園の車寄せまで一緒に行くと、すでに桐条グループの人間が待機 していた。 あなたは、車に乗り込む美鶴に気を付けるように言うと、モノレー ルの駅へと歩を進める。 そういえば、今日は琴音が〝うどん〟を作ると言っていた。花田の おじさん曰く、 ﹁うどんは消化が早く、病人に食わせるのに最適﹂らし い。 あなたは、ポケットからケータイを取り出し電話を掛けた。特別課 ││ああ、はい。いいですよ。││じゃあ、 外活動部のメンバーは、活動内容の伝達もあるので、番号、アドレス 交換済みである。 ﹃はい、どうしました 買い忘れちゃって﹄ あれ気になってたんですよ。││あ、そうだ。⋮⋮つい でに、かつお節お願いしてもいいですか ﹃やった お礼はバナナプリンでいいだろう。近くのコンビニの新製品だ。 本日の夜食が確保できた。今日はいつもより豪勢だ。 先輩の分も用意しておきますね﹄ ? 電話を終え、ポートアイランド駅で列車を待っていると、見知った ? ! ﹂ 人物があなたに声をかけて来た。 ﹁桐条さんのことは⋮⋮順調 しかない。 ? 他にもいるの ﹂ ? ﹂ ? ﹁予行⋮⋮演習って ﹂ ころから、見上げて来る視線が痛い。 あなたがそう口にした途端、彼女の表情が変わった。頭1つ低いと 朝も考えたが、2年生の2人は、予行演習なのではないだろうか。 も、負ける様子が想像できない。 美鶴は本命も本命、大本命だろう。手伝いをしている感触として ﹁本命は⋮⋮桐条さんなんだよね 話の話題として、振っただけなのかもしれない このクラスメイトも、あまり生徒会選挙に興味がないのだろう。会 よく知らない。 正直、あなたは美鶴の選挙を応援してはいるが、他の候補について 2人まとめてということだったのだろうか。 ﹁どっち⋮⋮ あなたがそう返すと、彼女は眉を寄せて考え込む様子を見せた。 る。どちらのことだろうか。 2年生と言われても、生徒会長に立候補している2年生は2人い ﹁2年生の子のことは⋮⋮どう考えているの ﹂ 美鶴の生徒会長当選は、ほぼ確実。順調かと聞かれたら、肯定する たはずである。 あなたと同じクラスの女子だ。たしか、この子も真田のファンだっ ? ﹁サイテー ﹂ 彼女は拳を震わせて、あなたをにらみつけている。 つかなかった。 すればいいのだろうか。あなたはそんな時、どうしたらいいのか思い 大人しいと思っていたクラスメイトが、突然大声を上げた時はどう !! 何かを言おうとしたあなたの口が、何も言えずに開閉する。引き止 めようと伸ばしたあなたの手が、空気だけを掴んでむなしく落ちる。 174 ? 大人しかったはずの女子は、走り去ってしまった。 !! わけがわからない。なぜあんな急に怒り出したのだろうか。 あなたは左手で目を隠すと、深くため息をついた。 ため息ついでに、深呼吸をする。そして、考える。 もしかしたら、彼女は2年生の立候補者と仲が良くて、美鶴の状況 を探っていたのかもしれない。それから、予行演習と言ってしまった 2年生は、マジメに生徒会長を目指していたのかもしれない。仲の良 い相手が真剣に選挙活動しているのに、それを予行演習とバカにされ たら怒り出すこともあるだろう。 明日、謝らないといけないな。あなたは、自分のうかつな言動を反 省した。 ◇ ◇ ◇ 巌戸台分寮 1F食堂 ! なんで私が !? 175 ﹂ 心に受けたダメージをうどんで癒し、バナナプリンを食べてほっと 一息。 ﹁先輩、なんだかお疲れですね。どうかしたんですか タドタと大きな音が聞こえてくる。 あなたがそんな後輩の姿をボーっと眺めていると、階段の方からド 琴音は虚ろな表情で天井を見つめている。一体なんだというのか。 ための予行演習かー⋮⋮。は、はは⋮⋮﹂ ﹁あー⋮⋮。それって⋮⋮。あー、そっかー、わたしって、美鶴先輩の そんな琴音に、あなたは駅での出来事を〝実は⋮⋮〟と話す。 心配そうな声を出した。 あなたが買ってきた5つのプリンの内、4つまでを平らげた琴音が ? 何事か。あなたがそう思って階段を見ると、病人のはずの岳羽が髪 リーダー これ、これなにっ ! を振り乱し、息を荒げて駆け下りてきた。 ﹁ちょっ 琴音 ﹂ ! 大慌ての岳羽の手には、彼女のケータイが握られている。 ! ﹁これですよ これ 寝て起きたら、変なメールがいっぱい ! ﹂ ! ケータイの画面を見る。 ﹄ そーゆー寮なの ﹄ も し か し て 真 田 さ ん ま で 入 っ て 5 角 と か ﹃もう1人の2年生って、やっぱアンタ ﹄ ﹃3 角、4 角 じょーぶ ﹃ゆかりの寮ってどうなってんの ? ? 構なことだ。 ﹂ ﹁なにどっか行こうとしてるんですか アンタ、なに言ったー !? にはわからないし、説明することも出来ない。 シャドウ、影時間、タルタロス。特別課外活動部の意義は、一般人 世間が悪いのだ。 選挙の話をしたあなたも、多分悪くない。 風邪で寝ていただけの岳羽は悪くない。 にした。 ついには敬語を忘れた岳羽に背を向けて、あなたは風呂に行くこと ! 説明してくださいよ。││ 見せられたメールは、まだまだ多い。岳羽は友達が多いようで、結 ? だ い そんなことを考えながら、あなたは目の前に差し出された岳羽の 本当に病気だったのだろうか、コイツは。ものすごく元気だ。 ! ? あなたの評判は、さらにアレなことになった。 176 ? ? 4/16 鏡の国のあなた 4月16日︵木︶ 夜 巌戸台分寮 1Fラウンジ ラウンジのテーブルには、寮生全員が集合していた。 2つある長椅子の片方に、あなた、琴音、真田が座り、もう一方の 長椅子に美鶴と岳羽がかけている。美鶴と岳羽の間には、もう1人座 れそうな程度のスペースが空いている状態だ。 ﹁あー、もー、最悪⋮⋮。なんで私が⋮⋮﹂ ラウンジに、岳羽のどんよりとした調子の言葉が響く。テーブルの 端で突っ伏した彼女から放たれる呪詛の声は、あなたに向けられたも の、のような気がしなくもない。 が、それはそれとして、あなたは、右手で黒い馬の頭の付いた駒を たようだな﹂ ﹂ 個人行動が多いようでいて、夜には1Fラウンジに集まるのが巌戸 177 つまむ。そして、それを何もないマスへと置いた。 ﹂ テーブルの向こう側の美鶴は、それを見て少しだけ唇を動かす。 ﹁フッ、本当にそれでいいのか ﹁あー⋮⋮﹂ ﹁先輩、弱くないですか⋮⋮ は殉職し、さらにキングとルークが二股状態だ。 が、チェス盤の上を斜めに走る。それに跳ね飛ばされたあなたの兵士 言うと、美鶴はビショップの駒を手にした。丁寧に手入れされた爪 ﹁あーあー﹂ ﹁では、遠慮なく。││チェックだ﹂ や、待ったはない。 この時点で、今の一手がよろしくないことは確実だが、男に二言、い を上げ、美鶴が余裕の表情で確認してくる。 あなたの隣の席から見ていた琴音が、やっちまったと言いたげな声 ? ﹁出来ると言っていたのは、〝ルールを知っている〟という意味だっ ? 台分寮生の習慣のようだ。 みんな一緒の場所にいるのに、いつもやっていることと言えば、美 鶴は読書に没頭し、岳羽はケータイの画面に集中。真田はいつまでも グローブを磨き、琴音はテレビや音楽鑑賞。 やっていることはそれぞれバラバラ。全員、個室でも出来そうな内 容なのに、なぜかラウンジに集っているのは││みんなが寂しがり屋 だから、なのかもしれない。 その証拠に、あなたがテレビの近くに置きっぱなしになっていた チェスをやろうと誘えば、すぐに2人ほど引っかかった。 ちなみに、対戦の戦績の方は、もうすぐあなたの4連敗が確定しそ うなところだ。比較的時間のかかるはずのゲームで何戦も出来るあ たり、美鶴の強さが良く分かる。あなたが余り時間をかけて考えない ことも理由の1つだが。 実戦に熟考する時間はない。琴音が偉そうなことを言っているの は、きっと岡目八目というヤツだ。 ﹁ほんっと、もー。あー⋮⋮、もう明日、学校行きたくない⋮⋮﹂ ようやく顔を上げた岳羽だが、どうにも元気がない。いつもは頬の 辺りまで跳ね上がっているセミロングの茶髪も、今はヘタレてしまっ ている。セットを気にしている余裕もないのだろう。 が、それはそれとして、今は盤面の状況をどうにかしなければなら ない。 キングを逃がせばルークを取られてしまうが、ルークを優先するこ とは出来ない。王を失っては、城が残っても意味がない。結局、長々 と考えても時間の無駄だ。城は諦めよう。 あなたがキングを逃がすと、美鶴のナイトがビショップの効き筋に 飛び込んで来る。 そして、それもまた﹁チェック﹂。てっきりルークを取られると思っ ていたあなたは、そこでようやく危機に気付いた。 これは、どうも⋮⋮すでに詰んでいる。4手先で逃げ場がない。 あなたはうめき声を上げながら、それでもどうにかならないかと考 えを巡らせた。だが、やはりどうにもなりそうにない。 178 投了だ。あなたは降参の印として、キングの駒を倒すことにした。 ﹂ ﹁そういえば⋮⋮。先輩達は〝鏡の国のアリス〟って読んだことあり ます 負け確定なあなたに気をつかったのか、それともすでに終わった勝 負に興味がなくなっただけなのか。あなたの指がキングに触れる寸 前に、琴音が急に変わったことを言い出した。 〝鏡の国のアリス〟││あなたはその作品の名前だけは聞いたこ あるぞ。││ああ、タルタロスで会った、例の〝アリス〟。そ とがあるが、詳しい内容まではよく知らない。 ﹁ん れと今の〝チェス〟から思いついたのか﹂ 美鶴の簡単な説明によると、〝鏡の国のアリス〟では作中にチェス のルールを使った仕掛けがあるそうだ。 それは、白のポーンになったアリスが、途中途中で他の駒達に出会 いながら、まっすぐ進んで行って、最後には女王に成って、相手の王 をチェックメイトして終わる物語とのこと。 ﹁小学生のころに、おじさんが話してくれたんですよ。実際にチェス の駒を動かしながら﹂ そう言いながら、琴音は勝負のついた盤面に残っている白のポーン をトン、トンっと前に進めて行く。そして、相手の陣地の一番奥まで 進んだポーンをクイーンに変える。 ﹁はい、これで女王アリスの誕生です。あの〝アリス〟はポーンじゃ なくて、きっとこっちですよね﹂ 琴音はポーンを捨てて、白のクイーンを持ち上げてみせた。たしか にあの妖気は、兵士なんてものではなくて、女王の方がふさわしい雰 囲気だった。 ﹁もし、あの〝アリス〟が夢の中の女王だとしたら、現実のアリスは誰 なのだろうな。つまり、アレが〝シャドウではなくペルソナだった場 合〟、その召喚主は誰なのかと言うことだが﹂ あなたは、美鶴の言葉を聞くまで、この2人は何の話をしているの だろう、と考えていた。どうやら、いつの間にかタルタロスで出会っ た少女らしき存在の話しに切り替わっていたらしい。 179 ? ? あなたは、あの〝アリス〟は〝悪魔〟ではないだろうかと考えてい る。しかし、〝悪魔〟についてよく知らない2人は、あれをシャドウ、 もしくはペルソナではないかと考えているようだ。 ﹁赤の王さまもいるかもしれませんよ。女王のアリスは赤の王さまの ﹂ 見る夢で、赤の王さまはアリスの見る夢ですから。美鶴先輩は、あの 最後の問いかけの答えはどっちだと思います ﹁夢を見ていたのは誰なのか、だったか。││なんとなく、あの話を思 い出すな。私が蝶になった夢を見ていたのか、蝶が私になった夢を見 ているのか。どちらが本当か、あるいはどちらも本当なのか⋮⋮。荘 子は、これにどんな答えを出したのだったかな⋮⋮﹂ 2人が何を言っているのかよくわからない。おそらく、鏡の国の物 語の内容なのだろう。 その本を読んだことの無いあなたでは、まったくチンプンカンプン な話だ。荘子の話しについては、授業で習ったような覚えがあるのだ が。 ﹁お前ら⋮⋮ワケのわからん話をしてるくらいなら、岳羽をかまって やれ。さっきからむくれてるぞ﹂ ずっと無言でグローブを磨いていた真田が、実に偉そうなことを言 う。自分だけは、〝あのウワサ〟からやや離れた位置にいるから気楽 なものなのだろう。 ﹁あー、えっと、私はその、別に⋮⋮﹂ やはり、岳羽も話題にしたくはないようだ。 あなただってそうだ。わざわざ昼間の気苦労を思い出したくはな い。岳羽のように、立ち上がることも出来ないダメージで戦闘不能に ﹂ なるほどではないが、それなりに厳しい1日だったのだ。 ﹁ゆかりー、気にし過ぎだって どうした﹂ 琴音が図太いことは知っていた。美鶴にウワサへの耐性があるこ とも聞いていた。 だが、周りからの刺すような視線、うらやむような目線、もれ聞こ 180 ? ﹁そうだな。シャドウ相手に立ち向かっているヤツが、ウワサ程度で ! えるささやき、そんなイロイロに1日中さらされたあなたには、岳羽 の気持ちがわからなくもない。 女性陣の方がわかってあげてもいいとは思うのだが、この2人では 仕方がない。何かが少し、世間とズレているのだ。人間ではないあな たよりもヒドイ気がするのは、きっと気のせいだと思う。 ﹁いや、てかさ⋮⋮。琴音が余計なこと言わなかったら、もう少しマシ だったと思うんだけど⋮⋮﹂ わたし、何か変なこと言った ﹂ 琴音を見る岳羽の顔には、何かを諦めたような表情が浮かんでい る。 ﹁え とき、なんて答えたか覚えてる ﹂ ﹁アンタさぁ⋮⋮。あのセクハラひげ帽子に〝ソレ〟のこと聞かれた らかして、それに全く気が付いていないヤツの目だ。 あの目は、何か、そう岳羽が立ち直れなくなるような〝何か〟をや 心外だ。琴音の目がそう語っている。 ? た。 ﹂ ﹁これ な えっと⋮⋮、たしか〝先輩にやられたー〟って言ったよう つられて見たそこに何があるのかと考え、あなたは一筋の汗を流し 岳羽は、琴音の左手首辺りを指差している。 ? ・ ﹁そー、ソレ とか言って﹂ その後、順平のヤツなんか怒ってたじゃない。女の子 になにするだー ! ﹂ ? でも、すぐに納得し ? なんでそこで照れ顔で、うれしかったからい ! ﹂ ! あのときの状況を思い出したあなたは、少し照れてしまう。他所で い、とかゆーの ﹁大アリだっつーの てくれたし。別に問題無かったような ﹁そうだねー。順平って意外とフェミニスト か。どうも、琴音と岳羽のクラスメイトのようだが。 流れからして、〝セクハラひげ帽子〟と〝順平〟は同一人物だろう ! ・ やらかしてしまった痕が見える。まだ消えていなかったようだ。 袖をまくった琴音の手首には、ヒジリと会った土曜日に、あなたが ? 181 ? ? そんな風に言われていたとは。 と、ギラついた岳羽の視線が、矢となってあなたを貫いた。 ﹁いや、だって││﹂ ﹁だってもダンテもないの てゆーか、そこまではまだいいの。問 そ なんでその後で、ねー、とか言って私に同意を求め おかげで、私まで同類みたいに思われたよ、絶対 題はそこから てくんの ! ⋮⋮縛るがどうとか⋮⋮⋮⋮。でも、なんで私まで ﹂ ! 先輩の言う事きいちゃう、きかされ ? ああ、もう。ホント、どうしようコレ⋮⋮。 ! ﹂ てか、思い出した。アンタ、その後にもまだ変なこと言ったじゃない ﹁かなって、じゃなーい ちゃう感じがするーって。だから、わかるのかなって﹂ ﹁ゆかり、言って無かったっけ 今の岳羽なら、ファイアブレスも使えてしまいそうだ。 りを吐き出す。 ジモジし始めた。最後にはヤケクソになったのか、もう一度大声で憤 して、途中から顔を赤くして、あなたと琴音をチラチラと見ながらモ 琴音の弁解を遮って立ち上がった岳羽は、一気にまくしたてる。そ の⋮⋮縄 エンジェルさんとか⋮⋮、その⋮⋮イロイロあるんだろうし⋮⋮。そ りゃ、琴音はホントのことだからいいかもしんないけどさ。あの⋮⋮ ! ! 中に入り込むことを求めている。 ヒートアップしている岳羽のことは、アハハーと笑っている琴音に 任せることにしよう。 立ち上がろうとしたあなたのズボンが、何かに引っかかっている。 そのせいで、この場を離れることが出来ない。 原因を求めてさまよったあなたの目は、ズボンをつかむ女性のもの らしき手を見つけてしまった。もちろん、隣席の琴音のものだ。 ﹂ どうやら、ここから逃れることは出来ないらしい。 ﹁んー、何か言ったっけ ? とか言い出して⋮⋮。それで琴音が⋮⋮。あん ﹁だから⋮⋮、その⋮⋮、アレよ⋮⋮。あのセクハラ男が、さ。その ⋮⋮、そーゆー話 ? 182 !? ? どうやら、あなたはそろそろ眠くなってきたようだ。身体が布団の ! な⋮⋮叩かれるのがどうとか⋮⋮﹂ 先輩に叩かれると気持ちいいってヤツ ﹁ああ ﹂ ﹂ ! ? なんで、もう、アンタは⋮⋮。あー、もう、あー ! う。 ⋮⋮﹂ ア レ、す ご く う れ し か っ た の に 〟マークが盛大に踊っていることだろ ﹁先 輩、忘 れ ち ゃ っ た ん で す か ? 頭を差し出して来た。 ﹁えーと、ここをペシンと、どうぞっ ﹂ そんなあなたの姿を見ていた琴音が、あなたの前にズイッと自分の なことをしたのだろうと。 あなたは、アゴに左手をやって首をひねる。いつ、どうして、そん 何のことだろうか。本当に思い出せない。 ? マンガだったら、頭の上で〝 美鶴は話に付いて来ていない様子で、しきりに首をかしげている。 られないものを見るような目つきをしている。 ふと、気が付くと、真田が呆然とした顔であなたを見ていた。信じ えば、殴りそうになったのは岳羽の方だ。 あなたには、琴音にそんなことをした覚えがなかった。どちらかと言 しかし、〝叩かれると気持ちいい〟などと言われていたとは││。 うなり出してしまった。なんとも起伏の激しいことである。 バスン、と音がしそうな勢いで座り込んだ岳羽は、また頭を抱えて それ ﹁そう ! ていない。 ので、もうかなり昔のような気がするが、まだあれから2週間も過ぎ そんなことがあったような気がする。その後にイロイロとあった れたじゃないですか﹂ みたいですけど。そうしたら、先輩、今みたいに、同じようにしてく クシャで⋮⋮ペルソナに目覚めたせいで、なんだか混乱しちゃってた ﹁ほら、あの日ですよ。転校初日の放課後。わたし、あのとき頭クシャ ヤとしだした。 そうすると、琴音はあなたが叩いたあたりを両手で押さえてニヤニ 言われるままに、頭の天辺をポンっと軽く叩く。 ! 183 ! あなたにはたいしたことではないことが、他の誰かにとってはとて も大事なこと。そんなこともあるだろう。 なんて言うか⋮⋮、お父さん それともお兄 ﹁あのとき、あ、これいいな、って思ったんです。その⋮⋮、ヘンな意 味じゃないですよ みたいな。覚えてないんですけど⋮⋮、もし、わたしのお ? ﹂ ! ﹁今日は、タルタロスはないんだろ 少し走って来る ﹂ ! ﹁ふむ⋮⋮。なるほど ﹂ ヤツのような気がしてならないが。 ることは、何故かひどくやる気になったことだけだ。元からそういう 走り去る真田が、琴音の言葉に何を思ったのかはわからない。わか ? そして、おもむろに立ち上がると、パシンっと両手を打ち合わせた。 真田は、拳を握ったり開いたりしながら、何事かを小声でつぶやく。 ﹁兄⋮⋮か﹂ 落としている。うつむいているため、表情はわからない。 岳羽は、急に大人しくなった。肩の力が抜け、視線を自分の足元に ﹁お父さん⋮⋮﹂ まぁ、悪い気はしない。 とする様子が面白いので許すことにした。 なに老けているのだろうかと。ただ、ペシペシと叩くたびにウネウネ 兄はともかく、お父さんみたいと言われるのは微妙な気分だ。そん なって⋮⋮。そんな気がして 父さんやお兄ちゃんが生きてたら、あんな感じだったんじゃないか ちゃん ? んとなく解散の雰囲気になった。 3年生2人がいなくなり、岳羽が物思いに沈んでしまったので、な 練習はしておいた方が良いだろう。 明日は生徒会選挙の投票日だ。投票前に候補者のスピーチもある。 て階段へと歩いて行った。 それからウンウンとうなずくと、 ﹁明日の演説の練習をする﹂と言っ だ。 た右手を当て、パチンと音をたてる。わかりやすい〝納得〟の仕草 美鶴は、自分の後頭部をさすっていた。そして、左の手の平に握っ ! 184 ? あなたは、チェスの道具を片付け自室に戻って休むことにする。 岳羽のことは、同級生に任せる方が良いだろう。あなたが何かを言 う前に勝手に盛り上がって、琴音の言葉で消沈しているわけだから。 それにしても、琴音と岳羽の会話││断片だけではあったが、そこ から予想できることはある。 つまり、明日からあなたに突き刺さる眼光が、今日よりもさらに強 烈なものになりそうだという事だ。 だが、先ほどの琴音の話しで思い出したことが他にもあった。 あざけ あのとき、泣いている琴音の手を引いているとき、あなたは他人の 視線など気にはしないと、そう考えたはずだ。 はずかし 〝あの世界〟で、アラディアに問われたときにも、あなたは嘲りも、 辱めも恐れはしないと答えたはずだ。 あなたが左手で自身の顔を覆うと、口から自然とため息が漏れる。 ││こんな形でそれが訪れるとは、思いもしなかった。 女性関係がだらしない男だなんて、まったくヒドイ誤解もあったも のだ。 ◇ ◇ ◇ 影時間 自室で休んでいたあなたは、不意に湧きあがった妖気に反応して飛 び起きた。 ││こんばんは。 ウワサをすれば影が差す。 いや、この場合は、英語の寺内││黄色いスカーフとカチューシャ がチャームポイント││から習った、Speak of the d evil and he will appear︵悪魔を語ると悪 魔が現れる︶の方が相応しい。 前回はタルタロスの中だった。今は、あなたの部屋の中、ドアの前 に立っている。 185 完全に安全な場所などどこにもない。そう知っていたはずのあな い たではあるが、寮の自室にイキナリ悪魔が現れたとなれば動揺を隠し きれない。 ││アリス。あなたは、ワタシをそうよぶことにしたのよね うな、奇妙な歌を。 ││タマゴたべたの、だあれ アリスは歌う。どこかで聞いたような、やはり聞いたことのないよ もうたべられちゃった。 て、もとのバショにはもどせない。だって、ハンプティ・ダンプティ た。わ れ た タ マ ゴ は も ど せ な い。王 さ ま だ っ て、そ の ケ ラ イ に だ っ ││ハンプティ・ダンプティおっこちた。たかいとこからおっこち と、彼女はその小さな指で拍子をとり始めた。 あなたは眉を寄せ、アリスの言うお祝い事について考える。する ろうか。見当が付かない。 祝いの言葉。何だろうか、悪魔に祝福されるようなことがあっただ うは、おいわいのコトバをいいにきたの。なんのことかわかる ジャマされてしまったの。だから、すこしおそくなっちゃった。きょ ││ホントはもっとはやくきたかったけど、ハナのおじいさんに とは言え、悪魔の機嫌は、こちらの返答1つで急変する。 とも、即座に襲い掛かってくるつもりはないらしい。 どうやら、アリスは上機嫌のようだ。敵意は感じられない。少なく アリス。よろしく、ね いよ、それで。あなたがワタシをそうよぶから、ワタシはきょうから ? ? ││おめでとう で、いいのよね ちゃんと、1ばんめのシレ らないような。なんとも言えないものだった。 奇妙な歌は、これだけで終わりらしい。意味がわかるような、わか 高いところから落ちた卵。それを食べたのは⋮⋮。 ? ? 卵、試練。これは、〝マジシャン〟のことを言っているのだろう。 マジシャンを倒した後、その身体から流れ出したモノを受け取った のは、あなたの後輩だった。 186 ? ンをこえたみたいね。だから、おめでとう。 ? あなたの オワリがね。それともホロビ ううん、もしかしたらテキかもしれないわね ││でも、これからはじまるのよ かしら テキはだれかしら │ │ ね。や め て も い い の よ す ぐ に。ワ タ シ の ト モ ダ チ に な っ て、あなたに横顔を向けて止まると、意味ありげな視線を送って来る。 アリスは、クスクスと笑いながらその場でクルリと回った。そし ? ? ときは まけるわけにはいかない ? そんなとき、おもいだしてね ワタシはいつもみてる。 ││でも、どうしてもかちたかったら 決められたルールを蹴っ飛ばしてしまっては、ゲームにならない。 だ。 それは、あなたがチェスでコテンパンにされたことを示しているよう 言いながら、アリスは手で何かをつまんで置くような仕草をする。 げるの。たのしそうでしょう コワシにいくの。かってにきめられたルールなんて、けっとばしてあ げる。赤の王さまはめをさまして、ワタシタチとイッショにルールを てくれるのならね。ワタシはいつだって、あなたのユメをさましてあ ? ? ? わかる あ な た を ね。そ れ は つ ま り、ワ タ シ だ け は、い つ で も あ な た の ミ カ タってことよ ? なければわからないものだ。 ? それって、とってもワガママだっておもわ ⋮⋮そう、トモダチにナルのはイヤだけれど、ナカマ ││ワタシをツレテいきたいの ダメなのに にスルのはスキなのね ない ワタシのトモダチになるのは がある。経験として、まず成功するとは思えないが、何事も試してみ ただ、相手が好意的であるのなら、あなたには試しておきたいこと アリスからの好意を感じる。理由はわからない。 ? 従うように言われ、それを拒んだ。 あなたは、アマラ深界の奥底で、〝あの御方〟と呼ばれる何者かに うっかり間違えると大変なことになる。 ど ち ら が 主 で、ど ち ら が 従 な の か。こ れ は と て も 重 要 な こ と だ。 ? ? 187 ? ? ? 思わない。 ? 魔界の住人が頭を垂れる〝あの御方〟が誰なのか、薄々感付いては よし いても、従う気にはなれなかったのだ。 〝自らを由とせよ〟。〝先生〟にとりついていたアラディア神の 言葉は抽象的で、深い意味はわからなかった。 わからないなりに、あなたはこの言葉の意味を、〝自らの行動の理 由を他人に預けるな〟だと考えた。 名前も名乗らない〝あの御方〟にも、千晶にも、勇にも、氷川にも、 そしてもちろん〝先生〟にも││誰にも従わなかった結果が、今のこ の世界だ。 どち 自分で考え、自分で決め、〝自分で選び取った、どんな結末も受け 入れる〟。 でも、キライではないかしら たぶん、それは当たり前のことなのだ。 ││ホントにワガママね らかといえばスキよ 直感が当たった。 ? 好みだったようだ。 ││そうね。じゃあ、すこしあそんでくれる 遊びの内容は教えてくれない。 もちかけた。 ││うごかないみたいだけど あなたは、机の上に置かれたパソコンを指差し、ゲームでの勝負を は自分から内容を提案するべきだろう。 いと考えてしまうところ。しかし、前の質問のことを考えると、ここ 今までのあなたなら、ここは〝はい〟か〝いいえ〟で答えるしかな ? アリスは、ただただ命令に従う者よりも、自己を主張する者の方が ? ││じゃあ⋮⋮⋮⋮。あら、もうオワリみたい。また、きてもいい うに感じる。 ただ、怒ってはいないようだ。むしろ面白そうな表情をしているよ 失敗した。影時間の間、普通の機械は動かない。 ? 188 ? 影時間の終わりが近づいている感覚がする。アリスはそれに合わ ? せて帰ってしまうようだ。 どうやら、今回の交渉はこれまでらしい。 好意的な問いかけに対して、断っていては仲魔を増やすことは出来 ない。あまり調子にのると、手痛い目に合うことになるが。 あそびのこと。じゃあ、もうい あなたは、迷うことなくアリスにうなずいてみせた。 ││ワタシもかんがえておくね くね メよ │ │ ま た ね。ワ タ シ は い つ も み て る。あ な た を ね。わ す れ た ら ダ 合いとは重要なものだ。 相手が、話をするだけで帰ってくれたのだから、まったくもって話し もしも戦闘になっていたら、勝つことは難しかっただろう。そんな 助かった。 あなたの再会を望む言葉を背に、アリスはゆらりと消えて行った。 ? あなたの背筋を、冷たい汗がつたった。 189 ? ? 4/17 優の選択 4月17日︵金︶ 夕方 うん、うん。││うん、ありがと。││じゃね﹂ 巌戸台分寮 1Fラウンジ ﹁あ、やっぱり 琴音は、〝自称〟情報通のクラスメイトとの電話を終えた。そし て、美鶴に満面の笑顔を向ける。 ﹁美鶴先輩、おめでとうございます﹂ 本日行われた生徒会選挙は、美鶴の勝利だったようだ。 〟などと言われたりもした 桐条美鶴には、選挙期間中いろいろと問題のありそうなウワサが飛 びかった。その影響で〝もしかしたら 報通〟の言葉を疑ってはいない。 ﹁今日のスピーチすごかったですよ ﹂ 美鶴にしても、 ﹁明日まではわからない﹂などと言いながらその〝情 正式発表前に情報が出回るなんて普通のことだ。 式発表まで口外するな﹂、などと言ったところで守られるはずもない。 まだ高校生である月光館学園の選挙管理委員に、﹁選挙の結果は正 発表は明日だがな﹂ ﹁ありがとう。君たちが手伝ってくれたおかげだ。││まぁ、正式な あなたは、そんな安堵を心に秘めつつ、美鶴の会長就任を祝福した。 申し訳なさでいっぱいになっていたことだろう。 もし、あのウワサが原因で負けていたら、あなたの心中は美鶴への が、フタを開けて見れば特に波乱もなく順当な結果に終わった。 ? 美鶴の持つ雰囲気と、立場がそう思わせたのかもしれない。同じこ 〟といったものだったように感じた。 生徒たちの反応は、〝なんだかよくわからないけど、とにかくスゴイ 内容まで理解していたのかはわからない。スピーチが終わった後の 正直、難しい言葉や言い回しが多かったので、どれぐらいの生徒が てだ。 琴音がほめているのは、選挙の投票前に行われた美鶴の演説につい ! 190 ! とを言っても、それを語った人物次第で評価は大きく違ってくる。要 は〝カリスマ〟で押し切っているのだ。 琴音は天然気味に見えて、これでかなりの秀才だ。美鶴の演説は、 理解できる相手の心には響くものがあったのだろう。だが、他の生徒 達にまでそのレベルの学力を求めることは難しい。 あなたは、美鶴にそのことを素直に告げる。 ﹂ ﹁そうか⋮⋮わかり辛かったか。こうした方が良い、などといった意 見があれば教えてもらえるか 頭のよろしくない相手││スライムやガキ││と話すにはコツが ある。 しかし、美鶴の性格でジャイブなトークは難しいだろう。 そうなると、美鶴自身の学力レベルではなく、〝話しかける相手の レベルに合わせて〟語るようにした方が良い程度のことしかアドバ イスは出来そうにない。 ﹁なるほどな。来週の就任演説の参考にしよう。││ありがとう﹂ あなたの幼なじみである橘千晶がそうだが、生まれが良く、十分過 ぎる教育に恵まれ、本人にも才能があると、〝無い〟相手のことがわ からなくなる。他の人間が、自分についてこられない理由が理解でき ないのだ。 あなたは、高校への進学に当たって受験勉強を〝させられた〟。お ﹂と何度言われたことか。 嬢様直々のご指導を受けたのだが、﹁どうしてこんなことがわからな いの らないのか〟がわからないのだ。 とはいえ、それのおかげであなたの学力はかなり向上した。そうで なければ、天才肌の千晶と同じ学校の同じクラスになどなれなかった だろう。 あなたの話しを聞くと、美鶴は口元に手を当てる。 な に か お か し い ﹁わからないことがわからない⋮⋮か。わかるような、わからないよ う な ⋮⋮。だ が、言 い た い こ と は わ か る ⋮⋮ ん な﹂ ? 191 ? 簡単にわかってしまうヤツには、わからないヤツが〝どうしてわか ? 頭の中が〝わかる〟と〝わからない〟で混乱してきた。苦笑した 美鶴もそうなのだろう。 昼休みなどに聞いた話では、美鶴の近くの人間は大抵が〝わかる〟 側だったようなので、そんな意見を言われたことが少ないのかもしれ ない。幼なじみのメイドさんにしても、世界の〝桐条〟が宗家の1人 娘の近くに侍ることを認めた人材だ。優秀に決まっている。 ﹂ ﹁先輩は⋮⋮優れた人は、そうでない人に合わせてあげるべきだって 考えてるんですか 琴音が、少しだけ不機嫌な声で質問してきた。 不思議に思ったあなたは、彼女の顔を見つめる。もしかしたら、今 の琴音はエンジェルのペルソナをつけているのかもしれない。そん な、気がする。 天使達は、ヨスガのコトワリに従った悪魔だ。強い者、優れた者は 美しい。醜い者、弱い者、劣った者は世界に必要ない。そんな考えを 信奉していた。 エンジェルな琴音は、ヨスガ思考なのだろうか。 ﹁いや⋮⋮何もそこまでは言ってませんけど。││ゆかりはどう思う ﹂ ヤル気がないヤツにいくら ││って、あー、あのバカの話しか⋮⋮。 相手によるんじゃない ﹁えっ、そこで私にふる どうだろ ? く言えないけど、なんかそんなカンジ﹂ あなたの視線から逃げるように顔をそらした琴音は、ちょうど向い た先にいた岳羽に話を振る。 岳羽は、それに対してイヤそうな顔をしながらも律儀に答えた。詳 しい事情はわからないが、何かこの話題に関係するような出来事が あったのだろう。 使えるものは育てる。使えないものは放っておく。 岳羽の意見はこんなところだろうか。なかなかドライな話だ。 だが、これはあなたとあまり変わらない考え方だ。〝あの世界〟 で、生き残ることだけで精一杯な時間を過ごすうちに、自然とそう 192 ? ヤレって言ってもムダだし。でも、ヤル気があるならいいかな。上手 ? ? ? なってしまった。 ﹁なんだか、話がおかしな方向に行っている気がするな。││だが、仲 ﹂ 間の考え方を知ることは悪いことではない。明彦、お前はその辺りど うなんだ いつものようにグローブを磨いていた真田に、美鶴が声をかけた。 真田のグローブ磨きに終わりはないのだろうか。道具を大事にす るのは良いことだが、少しやり過ぎのような気がする。 ﹁俺は⋮⋮今は、自分が強くなることが第一だな。だから、周りに目を 向けている余裕はない。││〝強くなくては生きていけない、優しく なければ生きていく資格がない〟、映画か何かで聞いたセリフだ。必 すぐ ﹂ 要なときに優しくいられるように、今はとにかく強くなりたい。⋮⋮ やさ これで、答えになるか もいるワケですし﹂ すね。学校の成績で下から数えた方が早い人って、実は世の中の半分 ﹁だったら、美鶴先輩はもっとわかりやすい言葉を使わないとダメで 美鶴の話を聞いた琴音は、ウンウンとうなずいた後でこう言った。 ないだろう。 ものすごく面倒そうな話だ。おそらく完全に実現することはでき ことで勘弁してくれないか﹂ 岳羽ではないが、なかなか上手く言えないな。そんなカンジ、という れらを出来る限り叶えられたら良い。そんな風に考えている。││ 人々の前を歩き、それぞれが何を考え、何を望んでいるのかを知り、そ ﹁私は、〝桐条〟を受け継ぐ立場の人間だ。関わることになる多くの ず、次は美鶴の番だ。 もう、話の向かう先がさっぱりわからなくなってきた。とりあえ ら、強くなりたいとは││やはり、モテる男は言うことが違う。 真田が強さを求めていることは、以前聞いた。優しくありたいか 向けることが出来る。 優しさは、優れた者の特権だ。強く余裕があればこそ、周りに目を ? 話が戻ってきたようだ。琴音が何を考えてこの話題を振ったのか は、わからないが。 193 ? ただ、〝難しい話なんて聞きたくもない〟という人は結構いる。美 鶴がそれらの人々まで導きたいのなら、そんな声は無視できない。〟 わかりやすく〟、〟おもしろく〟は必要なことなのだろう、きっと。 千晶が唱えたヨスガの世界。あまりそれについて話したことは無 かったが、実際どうするつもりだったのだろう。 今度会った時にでも聞いてみようか。あなたは、そんなことを考え た。 ◇ ◇ ◇ 夜 夕食を終え、妙につっかかって来る琴音の矛先を交わしていたら、 いつの間にか夜も遅くなってきていた。 ﹂ 194 あなたは、そこで今日のタルタロスの予定を美鶴に告げることにし た。 ﹁今夜は、1人でタルタロスに行きたい⋮⋮ は、いかにもまずい。 入ってしまうかもしれない。皆が見ている前でそれをしてしまうの そんなあなたは、精神と物質の狭間にあるあの部屋に〝まるごと〟 いるのだ。 身体に精神が宿っているのではない。心の力で肉体を作り上げて 持ってはいるが、あくまでも精神または情報を主とする存在だ。 側に隠している悪魔の肉体。そのどちらも、物質への高い干渉能力を 今のあなたを構成しているものは、ニンゲンのペルソナと、その内 本当の人間ではないあなたは、確固とした実体を持っていない。 ルタロスのエントランスにある扉なのだと説明する。 そんな美鶴に、あなたは迷宮には用がないこと、用があるのは、タ をされるのも当然だ。 ドウがうろつく危険な場所に1人で行きたい、などと言えばこんな顔 あなたの要望を聞いた美鶴は、いぶかし気な表情をした。急にシャ ? あなたは、ジッと美鶴の目を見ながら、どうしても1人で行きたい 理由があるのだと説明する。 ﹂ ﹁そ の 理 由 が 知 り た い の だ が ⋮⋮。要 す る に、ベ ル ベ ッ ト ル ー ム に 行っている間の様子を見られたくないのだな 昨日、アリスはあなたの自室に現れた。もう、いつ強力な悪魔との 戦闘が発生するかわからない状態だ。 出来るだけ早く、イゴールの言っていた〝手助け〟の内容を確認し ておきたい。 だが、ベルベットルームの他の利用者││汐見琴音││がいる以 上、あなたと彼女で利用中の状態が大きく異なることはよろしくな い。 具体的には、実体が無くなり完全に消えてしまうだとか。着ている 服が脱げてしまうだとか。 そんな姿はまだ見せられない。だからあなたは、1人でタルタロス のエントランスへと行きたいのだ。 理由は説明できないが。 ﹁たしかに、汐見の〝あの姿〟はあまり見栄えの良いものではないが。 ││いや、やはり、あんな無防備な状態の君を1人にするわけにはい ﹂ かないな。君や岳羽がいつも〝あの状態〟の汐見の近くに待機して いるのは、不意の襲撃を警戒してのことだろう 〝わかっている〟。 いる。 実際そうなのだから、違うとは言えない。 ただ、今それを認めてしまうと、あなたがエントランスを危険だと 考えていることもまた、認めなければならなくなる。それでは、美鶴 は単独でのタルタロス行きを承知しないだろう。 実に困った。 いっそ、勝手に抜け出してしまおうか。いや、話してしまった以上、 それは美鶴に警戒されてしまう。ペンテシレアの力で探知されてし まうだろう。 195 ? 口にはしないが、腕を組み、目を閉じた美鶴の表情が、そう語って ? ﹁あのー、それって、ポロニアンモールじゃダメなんですか 汐見、どういうことだ いるような気配が伝わって来る。 ﹁ポロニアンモール ﹂ ﹂ 輩がシュタッと手をあげた。声の調子から、微妙に機嫌が良くなって あなたがどう言ったものかと悩んでいると、ベルベットルームの先 ? だ。 それが何故、ポロニアンモール。 ﹁あ る ん で す よ。ポ ロ ニ ア ン モ ー ル に も ド ア が た。本当だぞ ﹂ るが、その、ベルベットルームの件は、汐見から聞くまで知らなかっ ﹁私は知らないぞ⋮⋮そんなこと。確かにペルソナの研究は行ってい あなたは、思わず〝桐条〟美鶴を見た。 光館学園〟に発生する。 もう1つのドアは、タルタロスの入り口、すなわち〝桐条出資の月 わりの深い〟ポロニアンモールの一角なのだと言う。 は、シャドウの巣窟であるタルタロスではなく、〝桐条グループと関 トルームへと行くことは可能らしい。さらに、その場合のドアの位置 琴音の話しによると、影時間でなくとも、普通の昼間でも、ベルベッ 初耳だ。てっきり影時間専用の部屋なのかと考えていた。 ベットルームに行けるんです﹂ 路 地 裏 か ら ベ ル 時間に、タルタロス1Fのエントランスから行ける部屋に関する話 あなたと美鶴は、ベルベットルームについての話していたのだ。影 何故、ポロニアンモール。 時間にポロニアンモールに行けばいいんじゃないかと⋮⋮﹂ ﹁いや、だから、危ないところがダメなんですよね。だったら、普通の ? ! 岳羽の視線が美鶴を貫く。 ベルベットルームと〝桐条グループ〟の怪しい繋がり。疑惑の焦 あるじ 点となった美鶴は、慌てた様子で顔を左右に振った。 ベルベットルームの主であるイゴールは、自身のことを〝マネカタ 〟と言った。そして、美鶴はかつての〝桐条〟とガイア教団には何か 196 ? あなたと琴音、それから椅子に座り黙ってケータイをいじっていた ! しらの関係があったと言っていた。 悪魔を呼び出し、世界を滅ぼした氷川の所属するガイア教団。莫大 な財力と、それを背景にした権力を持つ〝桐条〟。 この2つが手を組んだのなら、人ではない人型の存在││それも特 殊な能力を持った││を造ることぐらい出来そうである。 実に怪しい。美鶴が知らなくとも、〝桐条〟が何か関わっている可 能性はそれなりにありそうだ。 ﹂ ﹁それって⋮⋮。桐条先輩が知らない、でも、桐条グループが関わって ることもあるってことですか 岳羽の口調は、どこか冷たい。顔はもうケータイに向けているが、 美鶴の方を向いていたなら、にらんでいるように見えたのではないだ ろうか 美鶴は、黙って答えない。口を閉ざし、苦いものを噛んでいるよう な表情だ。 琴音のペルソナ能力は、美鶴や真田、岳羽のそれと比べて遥かに優 れている。その割に、ペルソナやシャドウを研究している〝桐条〟か らの接触は少なかったように思う。 あるいは、桐条の研究機関は琴音のことを前から知っていた⋮⋮ ポロニアンモール 路地裏 ◇ ◇ ◇ ロニアンモールへと走る。 なんとも言えない空気のあなたたちを乗せて、美鶴の呼んだ車がポ くことになった。 真田の提案で、もう一つのベルベットルームへのドアを確認しに行 らな﹂ 汐見に連絡が付かないときには、探さないといけないかもしれないか 裏と言ってもそれなりに広い。場所を知っておくことは必要だろう。 ﹁まぁ、何にしろ、行ってみればわかる。││ポロニアンモールの路地 ? 197 ? 夜の薄暗い路地裏。ただの行き止まりであるはずのそこには、なぜ か2鉢の観葉植物が置かれている。 普通の目ではそうとしか見えない。 だが、心の眼で見れば、そこには内側から青い光がもれ出るドアが やはり、私には見えないが⋮⋮﹂ 存在していた。その見た目は、タルタロスのエントランスにあるもの とそっくり同じだ。 ﹁本当にここにあるのか 美鶴は行き止まりの壁を右手で探りながら、左手をアゴにあてる。 ﹁何にも見えないし、わからない。シャドウ相手なら気配っぽいのも、 ちょっとわかるんだけど﹂ ﹁安心しろ、岳羽。俺もわからん﹂ ﹂ 何とか見えないだろうかと様々な角度から〝ドアのある場所〟を 見る岳羽と、少し離れたところからその様子をながめる真田。 ﹁ありますって。ちょっと行って来るんで、見ててくださいよ ││って、アレ みなさんどうかしました ﹂ あなたと真田は、美鶴の言葉に無言でうなずいた。男は、ちょっと ﹁1人での利用は禁止するか。あまりにも無防備過ぎる﹂ たしかにシャドウの危険は少ないが、別の意味でアブナイ。 んてアルコールを出すクラブだってある。 防衛意識を持つべきだ。ここには交番もあるが、〝エスカペイド〟な 岳羽の言う通り、あまりよろしい状況ではない。琴音は、もう少し ポートアイランド駅裏に居そうな連中も見かけるし⋮⋮﹂ ﹁いや、ヤバイでしょ⋮⋮。交番近いからまだマシだけど、ここって が行方不明の琴音だけ。 を想像すると││人通りが少なく薄暗い路地裏、そこにいるのは意識 今はあなたたちがいるから良い。だが、1人でここに来ている場面 だ。 されたのは、放心状態のそれなりに整った容姿の女子高校生の肉体 そう言うと、琴音の精神は夢と現実の狭間へと旅立って行った。残 ! ? 口を挟みにくい。 ﹁ただいまー ? 198 ? 能天気な声と共にトリップから帰って来た琴音は、やはり状況を理 ! 解していないようだ。 あなたは目を伏せると、顔を左右に揺らしながら息を吐く。コイ ツ、放っておいたらダメなヤツだ。 なんで、ですか ﹂ ﹁汐見。今後、君が1人でここに来ることを禁止する﹂ ﹁へ ﹁でも││﹂ ﹂ ﹁でもも、デモニカもないの ら、危ないでしょうが ! 放課後。その、頼みにくいって言いますか⋮⋮﹂ その後、岳羽に説教されている後輩を見ながら、あなたはホッと息 ように首を縦に振った。 美鶴が頭に手を当てて苦い声で妥協案を出すと、琴音はあきらめた ﹁了解、しました﹂ が、ペルソナの能力に関わることだ、致し方ない﹂ 夜間の外出を許可する。⋮⋮出来る事なら、昼間だけにしてほしい 利用する場合は、必ず他のメンバーと一緒に来ること。その代わり、 ﹁そうだな。││では、こうしよう。君がここのベルベットルームを しどろもどろになりつつ抵抗を続けている。 美鶴に攻め込まれた琴音は、〝でも〟とも〝だって〟とも言えず、 ね ﹁いや、で⋮⋮、だっ⋮⋮。その、みんな、部活なんかで忙しいですよ 来るようにしてくれ。これは、決定事項だ﹂ ﹁必ず事情を知っている誰か⋮⋮特別課外活動部のメンバーと一緒に は世界各地の悪魔の絵が描かれていた。 ちなみにデモニカとは、有名な学習帳のブランド名である。表紙に だ。 を 求 め て 来 る。だ が し か し、男 2 人 も 彼 女 の 味 方 で は な い。総 攻 撃 頼りの岳羽にまで叱られた琴音は、眉を八の字にして男性陣に助け ﹁えー⋮⋮﹂ アンタ、こんなとこでボーっとしてた う。あなたを含め、誰も美鶴の言葉に反対しなかった。 美鶴に言われ、琴音はキョロキョロと他のメンバーの顔をうかが ? ! を吐いた。美鶴も相当だが、琴音も別方向で相当だ。頼みの綱は、岳 199 ? ? 羽しかいない。 ﹂ ﹁さて、用も済んだようだし、帰るとするか。俺はここから走るが、お 前はどうする 真田からランニングのお誘いを受けたが、あなたの用事はこれっ ぽっちも終わっていない。 ただ、今の話しの流れから、〝自分は1人で行ってきます〟とは言 い出せなかった。性別が違うので大丈夫だとは思うが、しぶしぶと納 得した琴音を刺激することは言わない方が良いだろう。 今は大人しく帰って、明日の朝早くにでも来ることにしよう。 折角みんなでここまで来たのだ、カラオケでもどうだろう。 あなたは、そんな提案で不貞腐れてフグになっている相手をなだめ ることにした。 ◇ ◇ ◇ 折角みんなでここまで来たのだ、カラオケでもどうだろう。 ﹂ あなたは、琴音をなだめつつ、美鶴と岳羽を誘ってみたが、どちら もう、時間が遅い。また今度にしないか の返事もあまり芳しくなかった。 ﹁カラオケ ? ルタロスに行っておいてなんだと思わなくはないが、生徒会長になる 予定の美鶴が、〝うん〟とは言わないだろうとは思っていた。 ﹁えーと、すいません。私も、ちょっと⋮⋮﹂ 岳羽は美鶴をチラッと見ると、モゴモゴと小声で断って来た。こち らも予想通りではある。 丁度いい機会なので、この2人の親睦を深めることが出来ればと 思ったのだが、やはりなかなか上手くいかない。 この2人が、普段から物理的に距離を置いているのなら、あまり気 にしない。だが、なぜか寮のラウンジに居るときなど結構近くに座っ ていたりするのだ。 それでいて、2人の間の空気はトゲトゲしくなる時がある。主に岳 200 ? 時間は確かに遅い。もう、他の寮では外出が禁止される時刻だ。タ ? 羽から発生するその雰囲気は、美鶴と話す機会が多く、また、岳羽に 対して若干の苦手意識を持っているあなたには、なんとも居心地が悪 い。 初対面のことがあったせいか、岳羽はあなたに対して少しおびえた 様子を見せることがある。具体的には、近くで手を上げるような動作 をすると、ビクッと反応するのだ。美鶴が止めていなければ、岳羽の 顔面はタルタロスのシャドウのようになっていたわけなのだから、そ れも当たり前の反応なのかもしれないが。 どう接したらいいのか、よくわからない。 しかし、いきなり拳銃││実際は召喚器だったが││を取り出され たら、先制で攻撃を仕掛けてしまうのは仕方がないと思う。 相手が攻撃してくるまでは攻撃しない。そんなことを言っていた ら死んでしまう。 誰も口を開かない。4人もいるのに、空気が淀んでしまっている。 は、少し情けない。 ﹂ この前、そ ﹁ノーマルな2身合体はまだいいですけど、トライアングル3身合体 とか、わけがわからなくなってきますよね なたの立場が無い。 楽勝です、なんて言われた日には、理解するまでに四苦八苦したあ 仕方のないことだ。 が、それが悪魔のものと同様なら、まだ初心者の琴音が混乱するのは などなど、イロイロとあり過ぎた。ペルソナの合体はよくわからない 他にも精霊、御魂、同種族合体に呪い合体、特殊合体に、魔人合体 みたま 言えなくもないが。 3身合体なんてあっただろうか。イケニエを捧げる合体が3身と ! 201 あなたが、ゆううつな気分に沈みそうになっていると、さっきまで ﹂ 先輩って合体とか詳しいんですよね ふくれていたはずの琴音が大きな声を出した。 ﹁あー、えっと んなこと言ってませんでした ? 気を遣ったはずなのに、勝手に自沈して後輩にフォローされると 両手を打ち合わせる仕草が少しわざとらしい。 !? ! ﹂ ﹁ちょっと聞いた話なんですけど、4、5、6身なんてこともありえる そうですよ 6身合体なんてどうなるのだろうか。ちょっと想像がつ て、心が洗われる気分だ。 ﹁あれ、順平だ﹂ ? おー、琴音ッチに、ゆかりッチじゃん 前はどこかで聞いた覚えがある。 ﹁ん ﹂ 桐条⋮⋮先輩まで⋮⋮。アレ なんか、覚えのある これもしかして、見てはイケナイ 声で、合体がどーのこーの言ってんなーと思ってたら⋮⋮って、え ! 男性に声をかけた。どうやら、知り合いのようだ。〝順平〟という名 琴音と岳羽が、噴水に沿うように設置されたベンチに腰かけていた ﹁ホントだ。何やってんの ﹂ それほど立派な物でもないが、辺りが明るくなったことと合わせ 目の前に、ポロニアンモールの中心にある噴水が姿を現した。 合体について話す2人と、黙っている2人。そんな合わせて4人の る。 した。当然、悪魔やペルソナに関しては2人ともボカして会話してい あなた達は、そんな話しながらポロニアンモールの路地裏を抜け出 かない。なんだかトンデモないものが生まれてきそうだ。 6身 ! 場面を見ちゃったとか ? はチョロッとヒゲ伸ばしていた。ズボンはジーンズ、上は白いTシャ ツとその上に羽織ったファーの付いたレザージャケット。 顔つきはあなたと同年代ぐらい。琴音や岳羽との話しぶりからす ると、月光館学園の2年生なのだろう。 それから、声が東京にいるあなたの友人、新田勇とそっくりだ。 ﹂などと返し、同時に身 ﹁アンタが考えてること。なんとなくわかるけどさ。それ、絶対違う から﹂ ﹁あ、選挙情報ありがとね﹂ 順平は、琴音に﹁おう、良いってことよ 振り手振りで岳羽とやりあっている。声が似ていることもあって、そ ! 202 ! おどけた調子で話す彼は、ベースボールキャップをかぶり、アゴに ? ? ? の様子を見たあなたは、〝東京受胎〟以前の勇を思い出した。 今はあんな風になってしまったが、昔の勇は人当たりの良いヤツ だった。〝先生〟のことがあったためか、あなたに対しては少し風当 たりがキツいところもあったが。 うかが ││どもー、オレ、2年F組の伊織順平って言 ﹁あ、先輩。これ、順平です。同じクラスなんですよ﹂ ﹁コレってひどくね 何すんだよ、ゆかりッチ﹂ い ま す。先 輩 方 の こ と は イ ロ イ ロ と 伺 っ て お り ま す。│ │ い や、 ﹂ もー、ホントにイロイってぇー ﹁余計なこと言うな にぎやかだ。うらやましい。 ﹂ あー、いやー、ハハハ。マイッタナー⋮⋮。えーと、どーいた しまして ﹁え ありがとう﹂ い ぶ ん と 世 話 に な っ て い る よ う だ な。同 じ 寮 の 者 と し て 感 謝 す る。 ﹁同じく桐条美鶴だ。よろしく頼む。││どうやら、汐見と岳羽がず サツした。 あなたは、伊織順平に学年とクラスと名前を告げ、よろしくとアイ なた自身はそう思っている。 あなたには、あんな風に場を盛り上げる才能がない。少なくともあ ! くしている。 そんな伊織の姿を、琴音がニタニタとしながら冷やかす。 ﹂ テレッテレー﹂ いや⋮⋮違わないのか ﹁順平、テレてるー ﹁ちげーし ? ! ⋮⋮⋮⋮ ﹂ センパイに言われたくないし ? ですから﹂ ﹁そうなのか ﹁てゆーか、 ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮。あーっと、桐条先輩。あんなのに感謝とか必要ない ホゴシャかっつーの う。 こういった対応が自然と出来る。そんな性格に、少し憧れてしま 伊織は、とりあえずノリよく返事をし、その後に真顔で考え込んだ。 ! 203 !? ! 美鶴に礼を言われた伊織は、後頭部をガリガリとかきながら顔を赤 ? !? ﹁何か言ったか ﹂ ﹁││なんでもありません ﹂ 耳が良いと、聞こえないほうが良いことまで聞こえてしまう事もあ る。 岳羽と美鶴の会話は、やはり胃に優しくない。 ﹁そんじゃー、オレ。これからコンビニ行くんで﹂ ﹁ああ、気をつけてな﹂ ﹁あざーっす。じゃーな、御両人。また明日ー﹂ 少しして、伊織はシュタッと片手をあげながら、あなた達に別れの アイサツをしてきた。美鶴の心配に礼を言い、琴音とゆかりにふざけ た様子で手を振る。 ﹁おやすみー﹂ ﹁じゃーね﹂ 2年生2人に続く形で、あなたが声をかけると﹁じゃ、失礼しまっ す﹂と返して伊織は走り去って行った。 この時点でかなり遅い時間になったので、そのまま帰ることにし た。一度、美鶴の歌う演歌を聞いてみたかったのだが、どうやら今回 は無理だったようだ。 残念。 204 ! ? 4/18 泉の聖女 4月18日︵土︶ 早朝 ポロニアンモール 路地裏 あなたの目の前に、青い扉がたたずんでいる。 頭を巡らし、周囲に他人の目が無いことを確認したあなたは、軽く 息を吐く。そして、ケータイで時間を確かめた。 朝のホームルームまでには、まだまだ余裕がある。 ふと気付くと、あなたの手の中にカギが現れていた。どこからとも なく現れたそれを握ると、あなたは意を決し、青い扉にその〝契約者 ちょうつがい のカギ〟を差し込んだ。 ドアの蝶 番が、ギィと小さな音をたてると、青い光があなたの視界 を埋め尽くした。 ﹂ 205 ﹁ようこそ、ベルベットルームへ。お待ちしておりました。││その 後、ペルソナのお加減はいかがでしたかな 所。貴方は、それらのために患いを、辱めを、欺きを、災いを覚悟し ﹁かつて、確かにあったはずの絆。世界と共に失われ、取り戻した居場 めた。そして、目を閉じ何事か考え込んでいる様子だ。 イゴールは、大きな目をさらにギョロリとさせ、あなたの顔を見つ し、貴方のご心配もわかります⋮⋮。わかりますが、﹂ ﹁これは、また⋮⋮。ずいぶんと酷使されましたな。││いや、しか くたびれてしまっていた。 タロスを登る間についた無数の小さな傷、それらが合わさり、かなり ている。マジシャンとの戦いで、自ら刻んでしまった大きな傷、タル あなたのペルソナ││ニンゲンの仮面││は、ずいぶんと傷んでき イゴールの言葉に、あなたは左手を顔に当て、仮面をなでる。 長く、ベルベットルームの風景も以前見たまま。 部屋とその主に、変わりはないようだ。イゴールの鼻は相変わらず の耳に届いたのは老人の声。 光が収まっても、目に映るのは一面の青。少し間をおいて、あなた ? たはず⋮⋮でしたな ﹂ イゴールの声に、あなたを責める響きはない。単なる確認、といっ た印象だ。 眉を寄せるあなたの前に、イゴールは1枚のカードを示した。 ﹃法王﹄││あなたは、テーブルの上に置かれたカードをじっと見る。 ﹂ すると、その絵柄が変化し、そこに良く知っている人たちの姿が浮か び上がった。 ﹁御家族⋮⋮ですかな イゴールははっきりと口にしないが、そのカードは、そこに映し出 されている人たちは、あなたの取り戻したかった〝日常〟の象徴だ。 ﹂ あなたは、それを〝取り戻していない〟。 ﹁恐れて、いらっしゃるのですな 物心ついてからの付き合いの長さでは、どちらもそうは変わらな 少し、しつこい。 つの違い。貴方はそれを││﹂ ﹁真実の絆となった﹃塔﹄。未だ迷いと怯えの中にある﹃法王﹄。この2 今度テーブルの上に置かれたのは、強く輝く﹃塔﹄。そして、﹃悪魔﹄。 れた手がまた動いた。 そんなあなたに向けて軽くうなずくと、イゴールの白い手袋に包ま が、何を言ったらいいのかわからない。 な瞳からは、どんな感情も読み取ることが出来ない。何か言いたい 奥歯を噛みしめ、正面に向き直る。目が合ったが、イゴールの小さ 恐怖に敗れてしまわないかと、それを心配しているのでございます﹂ ﹁私は、貴方を責めているわけではありません。ただ、貴方が御自身の わたくし 合を恐れているのだ。 家族が怖い││正確には、自身が〝人ではない〟ことを知られた場 に、未だにそれが出来ないでいる。 あなたは、自由の神に〝恐れはしない〟と答えた。そのはずなの て来た。 思わずカードから目をそらしたあなたの耳に、老人の声が追いかけ ? い。生活の中での、〝家庭〟と〝学校〟が占めていた割合を考える 206 ? ? と、や は り ど ち ら に も そ こ ま で の 差 は な い 気 が す る。違 う の は、〝 知っている〟か、〝知らない〟か。 ﹁余計な事を申しました。││ただ、今の貴方は人を恐れ、悪魔に親し みを感じていらっしゃるようでしたので⋮⋮﹂ そう言って、ゆっくりと頭を下げるイゴールに、あなたは何も言え なかった。 ﹃悪魔﹄のカードに浮かび上がる、少女の姿をした〝何か〟。あなた は、彼女を脅威だと考えている。 だ が、そ こ に 恐 怖 は な い。ど ち ら か と 言 え ば、そ こ に あ る の は イ ゴールの言うような感情なのかもしれない。 何故なら、仲魔たちは人間とは違って││。 シャ ド ウ ﹁ペルソナ使いは、人でありながら悪魔に近しい。自身の心の中に住 さえぎ みたび まう〝真なる影〟を飼い慣らし、悪魔の姿に変えて使役する力を持っ ている﹂ イ ゴ ー ル の 言 葉 が、あ な た の 思 考 を 遮 る。そ し て、白 手 袋 が 三度 カードを並べた。 ﹁ペルソナは、悪魔の姿を持ち、人の心に従うもの。││この方々、そ おもかげ して、これから出会うであろう方々でしたら⋮⋮あなたの心の中の〝 恐怖〟を焼き払って下さるやもしれませんな﹂ 何を考えていたのだったか。 ニンゲン 新しく並んだのは、 ﹃皇帝﹄と﹃女帝﹄。2枚のカードに浮かぶ面影 が、あなたに自身の心の動きを納得させた。 ペ ル ソ ナ 見知らぬ〝誰か〟に嫌われても構いはしない。ただ、〝人間〟であ りながら、悪魔によく似た〝もう1人の自分〟を持つ人達は違う。 岳羽への対応で、自分が妙にマゴマゴとしてしまうのは、そんな理 由のようだ。 こんな話を勇に知られたら││きっと、 ﹁お前はダメなヤツだな﹂と バカにされてしまうだろう。 イゴールはあなたの様子をじっと見つめると、1つうなずいた。そ して、 ﹁さて、話を戻しましょうか﹂と言いながら、カードを丁寧な仕 草で片付ける。 207 ﹁今はまだ、夜が明けたばかり。どうか悪魔に心を奪われ日常を忘れ ぬよう、お気を付け下さい﹂ そうだった。 今はまだ朝、これから登校しなければならない。例え今日が全校一 斉体力テストの日で、それを既に終えているあなたの予定が、終日自 習だとしても。 ﹁〝時間〟のことでしたら、御心配には及びません。子供と大人の心 が感じるそれが異なるように、時の流れは全ての者に平等ではない。 特に貴方のためならば││時計の針が歩みを止め、刻の流れが遡る。 そんなことすらもあるでしょうな﹂ 〝東京受胎〟。あなたは、世界が滅びたあの日を無かったことにし た。過ぎ去ったはずの出来事を消し去り、その上から自らの望む今を 上書きしたのだ。 ﹁〝時は、待たない。すべてを等しく、終わりへと運んでゆく〝⋮⋮こ んな言葉を残した詩人がおります﹂ イゴールの口ぶりからして、このベルベットルームでどれだけ過ご したとしても問題が無さそうではある。しかし、もしかして、またも とうとつ 違う話が始まるのだろうか。 詩人の言葉を唐突に語り出したイゴールに、あなたはうんざりとし た表情を隠す気になれなかった。 ﹁ですが、貴方はこの〟すべて〝に当てはまらない。時が貴方を終わ りへと運んでゆくことはない。〟終わり〝が貴方のもとへとやって 来るのです﹂ そんなあなたの表情に気付いているはずなのに、言葉は続いた。イ ゴールの白い手袋をはめた手が、少し待ってくれと言っている。 ﹁失われたものを求め、時を逆さに回したこと、それが貴方の罪。そし て、永劫に襲い来る〝終わり〟こそが、呪いであり罰。⋮⋮それは摂 あるじ 理の││﹂ ﹁主。わたくしのお客人は、大変不機嫌なご様子。せっかくおいで頂 けたのに、このままでは呆れて帰ってしまわれるかもしれません﹂ 変わったイントネーションの声が、イゴールの話を止めた。 208 その声の持ち主は、短い銀髪の女性のように見える。大きな丸い模 様が縦に並んだ、青く袖の無い奇妙なワンピースが、不思議と似合っ ていた。ベルベットルームの光景もあって、エレベーターガールのよ うに見えなくもない。 イゴール以外に、青い部屋の中に存在しているいくつかの気配。そ の中の1つが、実体をもってあなたの前に姿を現したのだろう。 人外の存在によくあるように、イゴールの座る椅子の脇に控える彼 女の容姿は、人間離れしている。美醜の美の方向に。 見た目の年齢は同年代のように思えるが、実際のところはわからな い。すでに数千年を過ごしているのかもしれないし、実はたった今生 まれたばかりなのかもしれない。年齢など、どうでもいいことだ。 鼻も長ければ話も長いハゲた老人と、人ならざる美女。あなたの目 は、当たり前のように後者に固定された。 ﹁これ⋮⋮。〝彼女〟が弟を選んだからと言って、私の││﹂ このとき彼女がイゴールに向けた視線は、主と呼びかけた相手に向 けるものではない。 イゴールが一瞬、ビクリと震えたようにも見えたが、気のせいだろ う。言葉が途中で止まってしまっているが。 諦めたように首を振ると、イゴールは上品な仕草で彼女の紹介をし た。 ﹁こちらはエリザベス。私と同じく、このベルベットルームの住人だ﹂ ﹁エリザベスでございます。お見知りおきを﹂ 青い服の女││エリザベス││は、あなたに向かって少しだけ頭を 下げ、自身の名前を告げた。 あなたも、それにこたえて名乗りを返す。 ﹁ありがとうございます。さて、鼻も話も長い主にかわりまして、ここ からはわたくしがお相手させて頂きます。││どうぞ、こちらの扉 へ﹂ エリザベスが腕全体を使ってゆったりと示した先には、一枚の扉が 立っていた。先日ベルベットルームに訪れた際には、布がかけられ隠 されていたものだ。 209 あなたがチラリとイゴールの顔を見ると、彼は苦笑しながらうなず く。どうやら、今日の〝お話〟はここまでにしたようである。 そうでした ﹁どうぞ﹂と再度うながされ、あなた指定された扉の前に立った。そし て、ドアノブを回そうとしたところで、 ﹁││ああ か 実に興味深くはありますが││﹂ ﹂、記憶の中のイ の服装⋮⋮。この姿で、如何なる治療行為が行われていたのでしょう ﹁なるほど。これが〝治療施設〟。そして⋮⋮これが〝治療する者〟 目を開けた時、そこには天国があった。 ドアノブを回した。カチャリと音をさせて、ドアを押し開く。 思い描いた光景が消えないように、あなたはまぶたを下ろしたまま ンキュバスがそう言っている。 ベール1枚だけを被った麗しの聖女││﹁イカスね 開 く 扉 │ │ 岩 に 囲 ま れ た 泉 │ │ 中 央 に 配 置 さ れ た 平 ら な 岩 │ │ る。 言われたように、ドアのノブを握った状態で治療施設を思い浮かべ 様子のエリザベスに、制止されてしまった。 く際、〝治療するための場所〟を心に思い描いて下さい﹂と、慌てた わたくしとしたことが、大事なことを忘れておりました。⋮⋮扉を開 ! ごと扉に向き直った。 ﹂ ﹁申し訳ありませんが⋮⋮。もう一度、やり直していただいてもよろ しいでしょうか だろう。 もし、もしもだ、そこで少しだけ振り返ったなら、一体どうなるの ない。 を引いて開けると、身体が少しだけ後ろへと向くこともあるかもしれ 名残惜しい気はするが、やはり振り返ってはダメだ。しかし、ドア ﹁後ろを振り返ってはいけませんよ﹂ とりあえず、言われるままにやり直すことにする。 たのだ。なぜか、まったく疑いを覚えなかった。 言い訳をするわけではないが、あの頃は、あれが普通だと思ってい ? 210 ! ! 続きを言われる前に、あなたは〝泉〟の中央から目をそらし、身体 ? ﹁メギドラオンでございます﹂ ドアがバタンと閉まる音が、泉の間に響き渡る。それは、ひどく慌 てたような音だった。 ◇ ◇ ◇ 治療するための場所。 正直な話、〝あの泉〟よりも優れたところは知らない。しかし、そ れではどうにもマズいようだ。 人間の世界で治療施設と聞かれた場合、普通に答えると〝病院〟だ ろうか。 しかし、あなたの中には病院の屋上で見た〝世界が滅びる光景〟が 焼き付いてしまっている。 こ れ で は と て も 〝 治 療 す る た め の 場 所 〟 と 思 う こ と は 出 来 な い。 ? 211 一応、〝あの世界〟でも少しは世話になった気もするが。 泉もダメ。病院もダメ。 そうなると、もう学校の保健室くらいしか、あなたが思いつく場所 はなかった。月光館学園ではまだ世話になったことはないが、前の学 校のそれならば。 保健室││保健室││保健室││そこにいる人のことは考えない。 余計なことをイメージしないように注意して、あなたは扉を開い た。 わたくし、次はどのような姿にされてしまうのか ﹁なるほど。これが外の世界の治療施設。あら⋮⋮今度は服が変わら ないのですね そうですか、今度、弟にも教 ﹁茶目⋮⋮。わたくしの目は、金と呼ばれる色のはずなのですが⋮⋮ 目っ気がありそうな気がする。 それどころか、先ほどのメギドラオン発言などから考えると、結構茶 とは分かる。どうやら彼女は感情が無いというワケではないようだ。 エリザベスは表情の変化に乏しい。乏しいが、からかわれているこ と、ハラハラドキドキッとしておりましたのに、少し拍子抜けです﹂ ? ││茶色に見えないこともない ? えてあげることに致します﹂ 青 い エ レ ベ ー タ ー ガ ー ル の い る 保 健 室。な ん と も 変 な 雰 囲 気 だ。 〝治療するための施設〟を思い浮かべることで内装が変化したのだ から、そういった目的の部屋なのだろうが。 ﹁その通りでございます。わたくし、ペルソナカードの修繕にはいさ さかの自信と自負を持っております。││そこで主から貴方の〝ペ ルソナの治療〟を任されたのです。つまり、貴方のために生み出され たこの部屋は、わたくしの部屋でもあるわけです。わたくしも、今日 ﹂ から一室の主⋮⋮ふふ、もしかしたら、わたくし、姉を追い越してし まったのでは⋮⋮ どうやら、ペルソナの修繕をしてくれるようだ。素直にありがたい と思う。ベルベットルームと〝桐条〟の関係など、まだまだよくわか らないが、今のところは信用できそうな気がする。 あなたの勘はよく当たる。そうでなければ、今ここで生きてはいな い。 自分の部屋を持てたとご満悦のエリザベス。さっきは〝弟が選ば れた〟と言われて不機嫌な様子だったが、今は姉を追い越したと上機 あ る い は 修 繕 ど ち ら で も 良 い の で す が、 嫌だ。姉弟仲が悪いのだろうかと、少し心配になる。 ﹁そ れ で は ⋮⋮ 治 療 ニンゲンの仮面を外したあなたの姿は、上半身ハダカの人修羅だ。 ﹁あら⋮⋮期待通りの御姿⋮⋮。これで〝おあいこ〟ですね﹂ も全く動じていない。 当たり前のことなのかもしれないが、エリザベスは〝魔人〟を見て に変わっていた。 黒い霧が吹き出すことはなく、あなたは自然とあなたの〝本当の姿〟 でそうしたときとは違い、マガツヒともシャドウの靄ともつかない赤 もや あなたは、〝ごく普通に〟ニンゲンのペルソナをはずす。外の世界 だが、ああいったイベントはそう何度もするものではない。 配を感じる。期待されているのかもしれない。 ここでいそいそと服を脱いだら、そこそこのツッコミが来そうな気 それを始めたいので、〝脱いで下さい〟﹂ ? 212 ? ? 下が残っていれば問題はない。 ﹁この部屋では、ペルソナはそのような姿になるのです。人の身体が 残らないので、貴方の意識は自動的に本来の御姿に移るわけです﹂ ひどく身体が楽になった。思わず首や肩を回してゴキゴキと音を たててしまう。精神的な側面が強いこの場合は、気が楽になったと言 うべきなのかもしれないが。 ﹂ ﹁では、さっそく治療にとりかかりたいので、カードを渡していただけ ますか エリザベスは手を広げ、ゆったりとした動きで、あなたの前に手の ひらを上向きに差し出した。その目線はあなたの左手にそそがれて いる。 いつのまにか、あなたは左手にカードをつかんでいた。﹃愚者﹄ニン ゲンと書かれたそれには、人間だったころのあなた自身が描かれてい る。 ﹁たしかに、お預かりしました。治療にはそれなりに時間がかかりま すので、その間は⋮⋮。その間は⋮⋮。適当に⋮⋮お過ごしください ませ﹂ 部屋の中にあるものといえば、椅子に机に、ベッドが3つ。特にヒ マをつぶせそうな物はない。 仕方がないので、あなたはカバンから教科書を取り出した。 イゴールの話が本当ならば、ベルベットルームの中では時間を使い 放題だ。いくらでも勉強に時間を取ることが出来る。 どれぐらいの時が過ぎたのだろうか。ここでは、時間の感覚がおか しくなってしまう。本当に大丈夫なのだろうか、外に出たら30年後 でした、なんて浦島太郎になりはしないだろうか。 あなたがそんなことを考え始めたとき、机の上で怪しげな作業を 行っていたエリザベスが両手を上に振り上げた。 ﹁完了、でございます﹂ 表情が変わらない代わりに、達成感を動作で表現したらしい。 あなたは、どことなく自慢げなエリザベスから、ペルソナカードを 受け取った。 213 ? カードを顔の前に持っていくと、あなたの姿が魔人のそれから、男 きゅうくつ 子高校生のそれへと変化する。しばらく解放されていたせいか、ひど く窮 屈に感じてしまう。 ﹁ニンゲンは無限の可能性を秘めております。今はまだ小さくとも、 いずれ貴方御自身よりも大きな力を持つようになる⋮⋮かもしれま せん﹂ そう言いながら、エリザベスはあなたの前に手を差し出して来た。 なんだかわからないが、とりあえず握手してみる。 ﹁ある意味で、わたくしのセンパイである貴方に握手していただける とは光栄です。││ですが、この手はそういった意味ではございませ ん﹂ では、どうしろと言うのか。 悩むあなたに、エリザベスは当たり前のことを告げた。 ﹁料金のお支払いを。魔界であろうと人間界であろうと、情報と物質 だとか││﹂ ふだ 創世神話によれば、あるとき開か 千円札を手にしたエリザベスは、それをマジマジと見つめ、両手で これを手にするために造物主は魔王と舌戦を繰り広げ、 頭上に掲げて語り出した。透かしを確認しているようにも見えるが。 ﹁千円札 です。責務を果たそうとした蔵の番人を多勢でもって殺害し、千円札 ついには魔王の留守を狙ってその宝物庫へ襲撃を仕掛けるに至るの ! 214 の狭間であろうとも、渡る世間はギブ・アンド・テイク。これは絶対 の摂理でございます﹂ 泉の聖女ならともかく、保健室の養護教諭に料金を請求されるとは 思っていなかった。 どれほどの金額を要求されるのだろう││ ﹁千円になります﹂ 意外と安かった。マッカではなかったことに安堵する。 あなたは財布を探ると││荷物を持ち込むことは可能だった││ これは伝説の千円札 千円札を取り出して、エリザベスの手に握らせた。 ﹁まあ ! ずの扉に道を阻まれた造物主は、このお札を用いてそれを突破したの ! のみならず、中にあった宝の全てを奪いつくしたとされる造物主。あ あ、なんと恐ろしいのでしょう﹂ なにやら身に覚えのある話だ。魔王ロキには、そのことで後々まで ネチネチと言われたものだ。倉庫番のトロールには悪いことをした。 よくよく考えてみれば、地下道の通行を妨害していたマネカタをど うにかした方が、断然早かったと思う。 興奮しているらしいエリザベスを背に、あなたはそそくさと部屋を 出た。 ◇ ◇ ◇ ポロニアンモール 路地裏 あなたは、ベルベットルームからの生還を無事に果たした。 とりあえず服は問題ない。普通に着ている。 路地裏でホッと一息。 少し落ち着いたところでケータイで時間を確認すると、ベルベット ルームに入った時から時間はほとんど経過していなかった。もしド アから出てすぐに確認していたら、全く変化が無かったのかもしれな い。 余裕ができると、ベルベットルームから退出する際のことを思い出 してしまう。 エ リ ザ ベ ス が 嬉 々 と し て 語 る 〝 造 物 主 〟 の 所 業 に 居 心 地 の 悪 く なったあなたは、いぶかしむイゴールを半ば無視するような形で、部 屋を飛び出してきてしまったのである。 少しばかり失礼だったと思う。次回は詫びの品を持参しよう。あ なたは、ケータイのメモ機能にそう書き込む。 2人の好き嫌いについては確認していないが、無難なところを用意 すれば問題ないだろう。 それから、これのメモを忘れてはいけない。教科書で暇つぶしは もうゴメンだ。 215 ◎エリザベス ひまつぶし 216 4/19 貪欲階の死神 4月18日︵土︶ 放課後 月光館学園 教室 ようやく、週末の授業が終わった。 普通の生徒達にとっては、体力や運動能力を測っただけのレクリ エーションのような1日。しかし、あなたは先週の土曜日にそれらを 済ませてしまっている。 そんなわけで、同じく測定を済ませていた美鶴と2人、今日は1日 中自習状態だったのだ。 美鶴はかなり真面目な性格をしている。サボっていると、そんな生 徒会長に怒られそうだったので、読書やケータイいじりをするわけに もいかない。 おかげで黙々と勉強するのみの、ツマラナイ1日になってしまっ た。││1人きりで自習していたはずの琴音とどちらがマシだった のだろう。 と、近くまでやってきた真田が、あなたの肩を叩いた。 ﹁保健委員か⋮⋮。まぁ、がんばれ﹂ 同情しているような、からかっているような、どちらともとれそう な声音だ。 保健室には白衣の悪魔が住んでいる。その悪魔は、根城であるその 部屋で、奇声を発しながら、怪しげな薬物を生成しているのだとか。 本日、選挙結果が正式に発表され、生徒会のメンバーが決定した。 美鶴は順当に生徒会長になったわけだ。 そして、選挙管理委員でも生徒会メンバーでもない残りの生徒達 は、それぞれ委員会に所属しなければならない。 図書委員になりたかったあなたが保健室送りになったのは、単にく じ引きで負けたから。休みなのを良いことに押し付けられたとか、そ んなことは特にない。 月光館学園の図書委員は、学園で購入する本の内容を選べると聞い ていた。この間、理事長が話していたニャルラトホテプの出て来る本 217 を購入してもらおうと思っていたのに、少しばかり残念だ。 ﹁ところで⋮⋮明日は日曜日だ。つまり、疲労を残しても学業に支障 はない﹂ 真田は顔の横で左の拳を握り、口の端をつりあげた。 あなたはそれに無言でうなずいてこたえると、美鶴の姿を探した。 教室内に頭を巡らせてみても、特注ブラウスを着たお嬢様の姿は見え ない。どうやら、教室内にはいないようだ。 この学校の服装に関する規定は割と緩い。生徒会長になった美鶴 からして、標準の制服ではないのだから。 服装のセンスについてイロイロと言われることの多いあなたは、普 通に学園オフィシャル仕様だ。着崩さないでいるのが、一番ビシッと して見えるはず。 ただ、靴だけは、いざという時の動きやすさを考えてスニーカーを 愛用している。幾千の戦いを文字通り足元から支えてくれたスニー おめでとうございます ﹂ ﹂ えて来た。どうやら、後輩女子から生徒会長当選の祝いの言葉をも あんなウワサ⋮⋮ウソ、ですよね ? らっている様子である。 あのッ ! どうし⋮⋮た⋮⋮﹂ ﹁先輩 ﹁ん ! ﹂ ﹁お、おい 君は一体、何を言っている たしかに、美鶴にはソッチ系の雰囲気が少しはあるような気がしな !? ! 痴情のもつれというヤツだろうか。 ﹂ ﹁ウソって言ってくださいよぉ 先輩には私がいるじゃないですか うだ。 る。その鬼気迫る表情に、さすがの美鶴も腰が引けてしまっているよ して、ジリジリと美鶴に身を寄せながら切羽詰まった声で問いかけ 美鶴に声をかけていた後輩が、急に美鶴の手を両手でつかんだ。そ ? 218 カーは、決して欠かすことの出来ない装備品なのだ。 ﹁桐条先輩 ! あなたが美鶴を探して廊下に出ると、すぐ近くから当人の声が聞こ ﹁あ、ああ⋮⋮ありがとう﹂ ! ! ! いでもない。なんとなくだが、似合いそうではある。 冗談は置いておいて、あの美鶴が相当に困っている様子なので、助 け舟を出すことにした。興奮してマトモなことが言えていない下級 生らしき女子生徒も、第三者が声をかければ自分の有り様に気が付い て落ち着きを取り戻してくれるだろう。 あなたは、廊下の真ん中でモメているように見える2人に近づく と、美鶴に今日タルタロスに行くこと提案した。もちろん、シャドウ わかった。今夜の予定はあけておこう。早速、連絡をし だの影時間だのといった言葉は使わない。 ﹁そうか ないといけないな。││キミ、すまないが、私には急ぎの用事が出来 た。行かせてくれ﹂ あなたが声をかけると、美鶴は顔を輝かせてそう言った。返事をし ながら、さりげなくつかまれた手をほどいている。よほど動揺してい たのか、自由になった自分の手を見てホッとした表情だ。 美鶴に目線で礼を言われたので、軽く手をヒラヒラとさせて気にす るなと伝えておく。 困ったときはお互いさまという事で、これで授業中に居眠りしてし ﹂ まったときなどに後から叱るのをやめてくれたら、なお嬉しいのだ が。 ﹁そんな⋮⋮。ウソ⋮⋮ウソウソウソ⋮⋮。イヤー ﹁なんだったんだ⋮⋮ ﹂ びながら走り去ってしまった。泣いていたようにも見えたが││ あげ頭をかきむしる。そして、嘘、嘘と繰り返したかと思ったら、叫 あなたと美鶴のやり取りを無言で見ていた後輩女子は、急に大声を ! ﹂ ? あなたがそう伝えると、真田は﹁何だそれは ワケがわからん﹂と 何かはあった。ただ、何が何だかわからないだけだ。 教室の扉を開け、真田が顔を出した。 ﹁おい。叫び声が聞こえたが、何かあったのか ローしただけのあなたが理解できるはずがない。 る事しかできない。当事者の美鶴にわからないことを、横からフォ 美鶴が首をかしげて尋ねてきたが、あなたには首を横に振って答え ? ? 219 ! 眉を寄せる。 そんな顔をされても、わからないものはわからないのだ。 牛丼の素晴ら あなたと美鶴は、そろって首を横に振ると、お手上げとポーズで示 した。 ﹁まぁいい。それより、これから海牛に行かないか しさを教えてやろう﹂ ﹂ ﹁たまには美鶴もどうだ 先月は行きそびれたとグチっていただろ 深めようという誘いなのだろう。 トレーニングの方がずっと運動量が多いはずなので、彼なりの交友を 1日運動した真田は、小腹がすいたらしい。と言っても、いつもの ? 争するか ﹂ ﹁そうか。では、仕方ないな。││どっちがたくさん食べられるか競 か。 ては、どうしても外せない用事なのだと納得するしかないではない 生徒会長はなかなかガードが堅い。あんなに残念そうな顔をされ だが残念。美鶴に断られてしまった。 といけなくてな。││また、誘ってくれ⋮⋮﹂ ﹁くっ⋮⋮。残念だが、これから生徒会の件で職員室に顔を出さない か。 さすが、モテる男は違う。2対1の状況を作って断らせない作戦 あなたが真田の誘いに乗ると、真田は続けて美鶴にも声をかけた。 ? という事がないようにな⋮⋮﹂ 美鶴は、どこか恨みがましい声音でそう言った。 下からにらんでいるような目が怖い。少しだけ噛んだ口元が、拗ね す ﹁では、汐見と岳羽には私から連絡しておく。食べ過ぎて動けん、など 合う。 あなたと真田は、近い将来に迫りくる牛丼について思いの丈を述べ 食べるべきだろう。食事は。 そんなことをしては、後半がただの苦行になってしまう。おいしく しない。 ? 220 ? ているように見えなくもないが、気のせいだろう。 ◇ ◇ ◇ 影時間 タルタロス10F 世俗の庭テベル あなた達は、転移装置を使ってタルタロスの10階までやって来た ところだ。 転移後、念のために周囲を探ったが、敵の気配はない。 ﹂ ﹂ ? わかんないけど、実はのぼって来てほしいとか ﹁実際便利ですよね、コレ。なんでこんなのがあるんだろ ﹁さぁー ﹂ ﹂ ? ター ミ ナ ル ラ経絡なんて名前の妙な場所に行ってしまった回数は││さて、何回 〝あの世界〟を旅していた頃、ヒジリの操作する転送装置で、アマ てことが無いとも言い切れないが。経験的に。 油断したところで、イキナリとんでもない場所に転送された、なん して便利な物があるのだから、利用しない手はない。 いつまでも考えていても仕方がない。影時間は有限なのだ。こう ﹁⋮⋮かもしれん﹂ ﹃明彦、適当な事を言うな﹄ ﹁なに、それもこれも、行けるところまで行ってみればわかる﹂ わからない。 ントランスに1人でいる美鶴は、格好の獲物だ。狙ってこない理由が もしも、シャドウが転移装置を自由に使っているのだとしたら、エ う。 ら、これはシャドウ以外の〝誰か〟のために用意されているのだろ たしかに、これを使って移動しているシャドウを見かけないのだか 琴音と岳羽が、転移装置を見ながら首をひねっている。 ﹁そりゃ⋮⋮タルタロスを造った誰かさん、じゃない ﹁誰が ? だっただろう。 221 ? ? ﹁そうですね。さっさと行っちゃいましょう ﹂ 後戻りは出来ないのだ。 ﹂ ち ゃ ん と プ ロ テ イ ン ﹁わかった。じゃあ、さっさと行くか﹂﹁はい﹂﹁了解 ﹂ 後ろを振り返っても、今さっき足で踏んできたはずの階段がない。 寄って来ている。 感じた死神たちに似た何かが、あなた達の足元まで、ヒタヒタと近 長く留まれば〝死〟がやってきそうだとも。〝あの世界〟で何度か あなたの勘が、この階は急いで駆け抜けた方が良いと言っている。 ﹃気をつけろ。何か⋮⋮嫌な空気だ﹄ しかし、〝何か〟がいる。⋮⋮いや、現れようとしている。 い。あなたの頭の中に広がる敵意のイメージは青いままだ。 は〝何か〟を感じ取った。美鶴の言うように、普通の敵の気配はな バカなことを言いつつ階段を昇って11階に移動した途端、あなた る⋮⋮﹄ ﹃おかしいな⋮⋮。フロアに敵の反応が無い。だが、妙な胸騒ぎがす ないかもしれない。まさか、緑茶で溶くとは││。 牛丼屋でもプロテインを忘れない彼とは、あまり一緒に食事をしたく 真田は、プロテインを栄養素か何かとでも思っているのだろうか。 取ってるか ﹁岳 羽 は、鍛 え 方 が 足 り な い ん じ ゃ な い か ﹁日曜日がダウンして終了とか、イヤ過ぎる⋮⋮﹂ 問題ない。 真田が言っていた通り、明日は日曜日だ。多少の疲労なら残っても うだけあって、パワフルだ。 琴音は、ナギナタを振り回した。メンバーの中で一番重い得物を扱 ! ? で岳羽の後ろを進むことになることを教えると、顔を赤くして﹁前で 話し合いでは、真田が﹁オレが後ろを⋮⋮﹂と少し渋ったが、坂道 合って決めている。 い最後尾には、ペルソナ能力の高い人物を、ということで事前に話し 進む方向を決めるリーダーが先頭、奇襲を受けた場合に危険度の高 走る順番は、先頭があなた、続いて真田と岳羽、最後尾が琴音だ。 ! 222 ? 良い﹂と言ってくれた。もちろんコッソリとした話だ。しかし、岳羽 はあんなに短くて気にならないのだろうか。女子の感性はよくわか らない。 リリスよりは遥かにマシだが。 ﹁む⋮⋮﹂﹁あ⋮⋮﹂﹁う、金色⋮⋮﹂ 11階のフロア内の行き止まりには、なぜかアタッシュケースが大 量に置いてあった。 他にも、これまで見たことの無い、〝金色の箱〟のような物もチラ ホラと見かける。いかにも豪華な中身が入っています、と言わんばか りの見た目だ。 だが、あなたの首筋をチリチリと焼く焦燥感が、立ち止まることを 許さない。 この宝だらけの状況は、ワナだ。物欲に負けて宝の箱に手を出せ ば、恐ろしい運命が待っているに違いない。そんな予感があなたの足 急いで逃げろ 絶対に捕まる なたの〝本来の姿〟に絡みついている鎖の発する音によく似ていた。 ﹄ ﹃フロアに〝死神〟の出現を確認 な 鎖の音がだんだんと近くなる。 走る。 しかし、階段が見つからない。 走る。 ﹂ 鎖の音はすぐそこだ。 ﹁右に階段だ ! ! ! 223 を前へ前へと進めさせる。 階段が見つからない。 あなたに襲い掛かる悪寒は、いよいよその強さを増し、恐ろしい実 ﹂ ﹂ 体を手にしたようだ。 ﹁これ、先輩 ﹁リーダー、の ? どこからか、金属のこすれるような音が聞こえて来る。それは、あ ? 美鶴の声には、強い焦りにじんでいる。 ! 見つけた。 真田が言い終わる前に、あなたの靴は昇り階段を目指している。 聞こえて来る鎖の音が変わった。後ろに迫っている何者かが追い かけて来るのをやめたのだろうか。 そんなわけがない。 あなたは、真田と岳羽を先に行かせ、後ろに振り返った。 そこに見えたのは、走って来る琴音と、その更に後方で銃を構える 死神の姿。 階段の部屋の手前の通路で、死神は空中にゆらりゆらりと浮かんで いた。両の足があるのかどうかは、血濡れた長いコートのせいで見て 取れない。ただ、空を飛べるのなら、有っても無くても大した差はな いだろう。 人間のような形の頭を持っているが、その顔は血濡れの包帯で覆わ れていて、顔つきはわからない。 メ ギ ド ラ 224 人間のような形の両手には、2丁の銃が握られている。その恐ろし く長い銃身の先にぽっかりと空いた穴から、今にも輝く光が噴き出そ うとしていた。 まだ、あなたの耳には、真田と岳羽が階段を昇る足音が聞こえて来 ﹂ ている。どうやら、あの2発は受け止めるしかないようだ。 ﹁先輩 いられない。 ⋮⋮人修羅。 死神に巻き付いた黒い鎖がうごめき、どこか遠くから女の囁きが聞 ささや その途中で何かに後頭部をぶつけたが、細かいことまでは気にして たその衝撃を利用して、あなたは一気に上階へと跳ね上がる。 ほぼ同時に、2発の万能の炎が、身構えたあなたに着弾。受け止め 後だった。 死神の銃口から、全てを焼き尽くす銃弾が発射されたのは、その直 げ、両手を顔の前で交差させた。 あなたは素早くうなずいて、大丈夫だと伝える。そして雄叫びを上 琴音があなたの横を駆け抜ける。一瞬、目が合う。 ! こえて来た。 ﹄ ◇ ◇ ◇ ﹃大丈夫か 少し腕がヒリヒリするが、問題は無い。少しばかり服がボロボロに なってしまった程度だ。 無事に12階への逃走に成功したあなたは、階段があったはずの場 所を見ながら安堵の息を吐いた。 ﹁おおぉぉ⋮⋮﹂ 大丈夫でなさそうなのは、後頭部を押さえてうずくまっている琴音 の方だ。 後頭部同士で思いっきりガッツンといったのだから、それは痛いだ ろう。とはいえ、もし、あなたが本来の姿だった場合、首の後ろから ﹂ 生えている〝角〟が刺さって大変なことになってしまうところだっ たのだから、まだマシなはずだ。 ﹁ちょっと琴音、マジメに大丈夫なの ﹁髪、巻いてるのが、刺さった⋮⋮﹂ ﹁あー、カンペキずれちゃってるね。ちょっと待ってて⋮⋮﹂ 撃が通用しないだろう。 は勝てそうにない。相手の攻撃に耐えることは出来ても、こちらの攻 あの〝死神〟と今の自分を比べると、どうにも仮面を着けたままで ニンゲン ては、逃げなければならない現状が我慢ならないのだろう。 真田は、油断なく周辺の様子を確認している。負けず嫌いな彼とし ないとな﹂ るわけにはいかん。もっと鍛えて、いつかはアレに勝てるようになら ﹁やれやれ⋮⋮どうにか逃げ切ったか。しかし、いつまでも逃げてい スメイトの隣に行って面倒を見ている。 しまったらしい。岳羽はあなたに回復魔法をかけた後で、うめくクラ どうやら、あなたの石頭がぶつかった衝撃で、髪留めごと直撃して ? ﹁うー、いい、だいじょぶ、自分でやる﹂ 225 !? 岳羽が琴音の髪をほどいて、ヘアアクセサリーを取り出した。 それを使って琴音が手早く髪を直す姿を見ても、正直、何をどう やっているのかよくわからない。ポニーテールのようにしてから、グ ルグルっと巻いているような気がするが。 ﹁普段はそうでもないが、ああやって髪を下ろしているところを見る と、汐見とオルフェウスは似ているんだなと思わされるな﹂ あなたは真田の言葉に、そう言えば、とうなずく。今までにも、風 呂上りなどに見かけることがあったが、言われてみれば髪の長さなど ││似てるって言えば、先輩は言うまでもないで がソックリだ。腰の辺りまであるので、美鶴と良い勝負かもしれな い。 ﹁よし、バッチリ ﹂ 服 が ピ ン ク な と こ と か、モ ー って、あっ す け ど。ゆ か り も 結 構 そ う だ よ ね 牛じゃないから モー言うとことか﹂ ﹁もう !? ﹂とかしましい。 ! ﹁俺たちに敵わないと見て、逃げているのか かな ﹂ 会うシャドウ、出会うシャドウ、皆逃げ出してしまうのだ。 迷路を進むあなた達の間には、戸惑いが広がっていた。なぜか、出 には敵の気配があるのだ。あまり遊んでもいられない。 さっきの〝アレ〟と比べたらどうということもないが、この12階 の〝おふざけ〟はここまでにする。 ナビゲーターに急かされてしまったので、恐怖体験を誤魔化すため せ がやって来るかもしれん﹄ ﹃どうやら問題ないようだな。あまりグズグズしていると、またアレ 化したあの筋肉か。つまりプロテインの行き着く先。 ペルソナと召喚主が似るのなら、真田はどうなのだろう。││肥大 ﹁モーモー﹂﹁もう セットの具合を確かめた琴音は、さっそく岳羽をからかっている。 ! ? ! ﹁あー、たしかに⋮⋮﹂ ﹁さっきの私たちみたいですね﹂ て逃げ回るシャドウ達の様子を見ていると││ どうも、真田の言う通りらしい。しかし、甲高い悲鳴を上げ、慌て ? 226 ! あなたが口にしようとしたことを、琴音が先に言ってしまった。 あの死神の視点では、このみっともないシャドウ達とあなた達は、 しこうちゅう 同じように見えているのかもしれない。そう考えると、なんとも腹が 立ってくる。 ﹃その先に敵1体。死甲蟲だ﹄ 巨大なカブトムシの姿をした死甲蟲は、今までにタルタロス内で遭 遇した〝通常〟のシャドウとしては一番の強敵だ。 ﹂ ただ、風と電撃に弱い。 ﹂ ﹁ポリデュークス ﹁イオ と気付いた。 ﹃中央に敵1体 アルカナは﹁戦車﹂。かなり強い、注意を。 だが、 14階にたどり着いたあなたは、すぐにそこが〝番人〟のフロアだ ◇ ◇ ◇ 通過した。 こうして、あなた達は12階、13階を特に戦闘らしい戦闘もなく ので無視。 ウは、弱点をズバリと突いて瞬殺。その他のシャドウは逃げてしまう たどり着く前に黒い霧に変わってしまう。唯一向かって来るシャド 逃げずに向かって来た小型車サイズの虫の皇帝は、先頭のあなたに 真田の電撃、岳羽の疾風。 ! カ シ そして、移動に使っている車輪には、それぞれ三本の足のようなも スのようだ。 錐形をしている。まるで、西洋の騎士が騎乗突撃に使ったというラン 番人の両手は、あなたの身長よりも長い。その上、鋭くとがった円 幅は3倍以上。金属質な巨体との重量差は、考えても仕方がない。 付いた案山子と言ったところだろうか。体長はあなたの2倍以上、横 カ 何本かの柱以外には何もない広間に現れたシャドウの姿は、車輪の さきほどの死神よりは遥かにマシだ。臆することはない﹄ ! 227 ! のが取り付けられていた。 ﹄ あなた達を認識した﹃戦車﹄の車輪が、高速で回転を始める。どう やら、突進してくるつもりらしい。 ﹃名称はバスタードライブ。来るぞ バスタードライブは、ランスを振り回しながら、あなた達の中央に 突っ込んできた。幸い、敵の速度はそれほど速くない。5階の鳥や1 0階の手と比べて遥かにノロマだ。 そのおかげで、あなたと真田は前方左右に、琴音と岳羽はその場で 左右に分かれる形で、余裕をもってそれを避けることが出来た。特に アナライズ 意図したわけではないが、ちょうど全員でバスタードライブを囲む形 になる。 未知の敵と出会った時は、まず解 析。あなたは美鶴と協力して二 重のアナライズで敵の戦力を測る。 ﹃こちらは始めている。サポートを頼む﹄ とりあえず、パッと見た感じでは物理攻撃に強い耐性がありそう オ ガ ル ア ﹂ ﹂﹁私も ギ ﹂ ﹄ されても被害の少ない〟魔法で攻撃を仕掛ける。軽くノックといっ 電撃が効果的なようだ。効いているぞ たところだ。 ﹃よし ! 氷の効果を確かめたくなるが、生憎とあなたの吹雪は凶暴だ。現在の 位置関係でバスタードライブを狙うと、敵を越えた先に居る岳羽を巻 き込んでしまう恐れがある。 真田にはそのまま電撃による攻撃を、岳羽には真田の後方への移動 ブ フ を指示し、あなた自身は琴音のカバーに回る。琴音のペルソナ〝アプ サラス〟は氷結を扱えるが、物理攻撃││特に斬撃││に弱い。運用 するのなら盾役がいた方が良い。 あなたは雄叫びを上げながら、琴音の前方に移動した。そうしなが 228 ! だ。下手をすると、完全に無効かもしれない。 ﹁チッ、だったら ジ ﹁ネコマタ。││アギ ! 電撃、疾風、火炎。真田、岳羽、琴音の3人が、それぞれに〝反射 ! ! 風は有効。炎にはやや強い感触だ。こうなるとまだ試していない ! ら、効果的なことが判明している電撃攻撃の準備として、ナルカミの ﹂﹁はい ﹂ マガタマの準備を進めておくことも忘れない。 ﹁任せろ ﹁││アプサラス ﹂ 琴音の召喚器が自身のこめかみを撃ち抜き、鎖の音と共に心の中の 妖魔を引きずり出す。 ﹃氷結属性も有効。⋮⋮疾風と同程度だな﹄ となると、敵が邪神ノアのように耐性変化でもしてこない限りは、 ひたすら電撃で攻めるだけだ。 真田には攻めに徹してもらい、岳羽は主に回復を、琴音は││ タ ル カ ジャ バ ス タ ー ド ラ イ ブ が そ の 場 で 停 止 し、自 身 に 魔 法 を か け た。 攻撃力増加。魔 力 が 戦 車 の 表 面 で ス パ ー ク し、バ チ バ チ と 音 を た て る。 フォッ グ ブ レ ス バ ス タ ー ド ラ イ ブ は た だ で さ え 動 き の 鈍 重 な 敵 だ。 運動能力低下の霧をかけることで動きを縛るか、どうするか。 ﹁わたしが補助します。先輩は前へ﹂ 琴音は、ある程度本人の自由にやらせておいた方が良さそうだ。 複数のペルソナが持つ、たくさんのスキル。それらを十全に運用で ﹂ きるのは、やはり本人だけだろう。 ﹁ジオ り注ぐ。岳羽はいざという時に備えて待機中だ。 あなたはナルカミの力である〝放電〟を解放するため、雄叫びを上 げながら仲間を巻き込まない位置へと移動する。絶対に的を外さず、 ラ ク ン ダ もろ 余波を周囲にまき散らすことも無い場所。ようするに、接触状態から 直接流し込むのだ。 ││防御低下﹂ 意外と攻撃的だ。その上、竪琴を振り回して突貫するオルフェウスと セ ク シー 汐見琴音は、いつもは明るく、それでいて結構クール、と思いきや に押し切れ、と言われたような気がする。 琴音のピクシーが、敵の守りを脆くする補助魔法を発動した。一気 ﹁ピクシー ! 229 ! ! ! 召喚器の銃声がして、三度目の真田の電撃がバスタードライブに降 ! ペルソナ ガテン 似ているのだから、割と肉体系でもある。 いくつもの貌を持っているだけあって、その性質を把握するのはな かなか骨が折れそうだ。 ﹄ やはり、しばらくは判断を任せる方針が良さそうである。 ﹃敵が力を集中している。気を付けろ あなたの視界の中では、最期を悟ったらしいバスタードライブが、 あがきを見せようとしている。自爆でもされると、少々痛いかもしれ ない。 マハジオ ル カ ミ あと3歩。もうすぐ手が届くという直前で、バスタードライブが全 ナ 方位に向かって電撃を放射する。 ピ ク シー そ れ は、す ぐ 近 く に い た 〝 電撃無効 〟 の あ な た と、そ の 後 方 の 〝 電撃耐性を付けた琴音、そしてジオの得意な真田に直撃。待機して備 えていた岳羽は、サッと避けた。 ほとんど被害が無い。もしもバスタードライブに表情があったの なら、どんな顔をしたのだろうか。考えても仕方がないが、なんとな くそう思ってしまう。 一瞬の後、あなたの〝放電〟が、バスタードライブの胴体中心部へ と集中して流し込まれた。空気が焼ける臭いと共に、バスタードライ ブの全身が壊れた機械のようにガタガタと揺れる。 あなたの電流が止まる頃には、案山子のランスは弾けて飛び散り、 ﹂ 車輪は外れて転がり、本体が落ちて広間の床をへこませていた。 ﹁ジオ﹂﹁ジオ れは大事なことだ。容赦がないなどと言ってはいけない。 ﹃敵消滅を確認。よくやった。完勝だったな﹄ 上機嫌の美鶴の声に導かれて、あなた達はさほど広くない14階の 探索を進める。敵の気配は全く感じられない。すぐに、転送装置を見 つけることが出来た。 とりあえず、今日はここまでにしようか。がんばり過ぎて、日曜日 に寝込むのもつまらない話だ。 ﹁えーっと⋮⋮。さっきのヤツって電撃が苦手なのに、自分は電撃が 230 ! もう動けない敵に降り注ぐ雷の矢が2つ。トドメはキッチリと、こ ! 得意だったんですかね びょうき ﹂ 電 撃 は 苦 手 で、風 の 得 意 な 岳 羽 が 首 を ひ ね っ て い る。ち な み に、 風邪は苦手だそうだ。 火を使う敵は火に強い。氷は氷に、風は風に、雷も同じ。よくある パターンとして、あなたが話したものと違うからかもしれない。 ﹁まぁ、何事にも例外はある、ということだな﹂ ﹁ここまでのシャドウには、大体当てはまってたんですけどね。先輩 の言ってたことって﹂ 電撃が苦手なのに、電撃が切り札では、よくいる電撃系の悪魔と出 会った時に困ってしまう。実際、今の戦闘ではそうだった。それでい て、物理攻撃が主体にしては、どうにも速さが足りなさ過ぎる。 あなたや琴音のように、自身の防御能力を切り替えることが出来る のなら、それもまた1つの選択にはなるのだが。 シャドウのことはよくわからない。やはり、アナライズは重要だ。 あなた達は、こうして無事に14階の転送装置を起動した。 これまで5階、10階とキリが良かったのに、今度は何故か14階。 これには何か意味があるのだろうか。 そんなことを話しながら、あなた達は4月19日の日曜に変わった 道を巌戸台分寮目指して帰る。 ﹂ ﹂ 送迎の車の運転手は、いつもの人だった。ご苦労様です。 ﹁おやすみなさい ﹁それじゃ⋮⋮﹂ ﹁ああ、おやすみ﹂ ﹁じゃあな。この調子なら明日もいけそうだ そして、布団を被ろうとする寸前に、ふと机の上のパソコンが目に入 る。 あの表示は、どうやらメッセージが届いている様子。 送り主を確認してみると、相手は昔ネットゲームにハマっていたこ ろに知り合ったネトゲ仲間の〟Y子〟だった。 231 ? 寮生各員と就寝の挨拶を交わした後、あなたは自室の扉を開けた。 ! ! 目が覚めたら、久しぶりに〟デビルバスターズ・オンライン〟で遊 んでみようか。││あなたは、そんなことを考えながら眠りについ た。 あなたの4月19日︵日︶は、ネットゲームで終了しました。 232 4/20 宝物の手 ﹂ ﹄ !? きゃっ ﹃レアものから奇襲だと ﹂ ちょっ ﹁岳羽 ﹁え ! ! を打ちすえた。 !! ﹁行き止まり⋮⋮ですかね ﹂ タルタロス16F 世俗の庭テベル 影時間 ウの姿に少し感心しているようだ。 は相手との距離を保つスタイルらしい。そんな彼は、今の金色シャド なんでも突撃していそうなイメージのある真田だが、ボクシングで は足りなかったが﹂ ﹁なんとも見事なヒット・アンド・アウェーだったな。││まぁ、威力 つく敵だ。 奇襲を仕掛け、反撃を受ける前に逃走する。まったく、ひどくイラ 黒い霧になってしまった。 その前にシャドウ││宝物の手││は自ら通路の壁にぶつかり、赤 ほうもつのて ﹁ああー、逃げられた⋮⋮﹂ ││ 慌てたあなたは、シャドウを蹴り飛ばして岳羽から離そうとしたが そうだ。 骨が折れたわけでも、肉が爆ぜたわけでもない。ただ、やたらと痛 指先が、岳羽の太ももをバチバチと叩いたせいだ。 平手で頬をはたいたような音が辺りに響く。つるりとした金色の ﹁痛っったぁー ﹂ 襲いかかる。人間の首程の太さがある5本の指が、次々と岳羽の身体 突如現れた金色の手は、反応が遅れたあなた達をしり目に岳羽へと 全く気配を感じ取ることが出来なかった。 ! ? 233 ? そうもらした琴音の声には、自信が感じられない。 それに続いて口を開いた岳羽と真田の顔にも、不安と困惑がにじん でいる。 ﹁いや、これって⋮⋮﹂ ﹁行き止まりと言うよりも、先が無いと言ったところか﹂ 昨日、バスタードライブを倒した14階から、階段を昇ること2回。 途中の15階では金色の手型シャドウからの奇襲を受けたりもした が、幸いなことに被害は軽微だった。 16階に到達したあなた達の目の前に現れたのは、今までとは全く 異質な空間だ。今まで、タルタロスを進むあなた達の視界に常に存在 していた迷宮の壁が無い。代わりに見えるのは、真っ黒な何もない空 間ばかり。 あなた達が認識できるのは、一辺25メートル程度の四角い床と、 その端から伸びる上の階へと向かう階段、それから部屋の隅に設置さ れた転送装置だけだ。 ただし、その17階へ繋がるはずの階段は、途中から消えて無く なっている。何もない〝虚無〟の空間に飲み込まれて││まさに、お 先まっ暗な状態だ。 せっかく、みんなで苦労して階段の前を塞いでいた柵を破壊したと いうのに、その先には何もなし。なんとも疲れる話だ。 アナライズ ﹃やはり、その先には〝何も無い〟。空気さえもな⋮⋮﹄ 美鶴が調べてみても、あなたの解 析と結果は同じだったようだ。 なにがどうなっているのか。とりあえず、わかることと言えば、今 はまだ、これより上には進めないらしい、ということだけだ。 特定の月齢でないと通れないとか、何か特別な道具がないとダメだ とか、そんな面倒な仕掛けの可能性も無くはない。 ﹃とりあえず、一応の収穫はあった。しかし、〟人工島の建設に関わっ た何者かの日記〝か⋮⋮。おそらくは〝桐条〟の関係者の物だとは 思うが⋮⋮﹄ これもまた、なぜなのかわからないが、階段の横にアタッシュケー スが放置されていた。 234 大層な入れ物の割に、その中身は紙切れが1枚だけ。そこに書いて ある内容もよくわからないものでしかなかった。 ﹁学園があるだけの辰巳ポートアイランドに、何故か過剰に供給され ﹂ ている電力について、か⋮⋮。あの⋮⋮リーダー、〝これ〟、私が持っ ててもいいですか 岳羽は、真偽のほども定かではない怪しい紙切れ1枚にえらくご執 心の様子だ。 持っていていいですか、と一応あなたに確認して来てはいるが、紙 片とアタッシュケースを持つ手にはかなりの力が入っているように 見える。手放すつもりはないのだろう。 重要そうな物ではあるが、誰が持たなければイケナイという事はな い。あなたは、アタッシュケースを岳羽に任せることにした。 先には進めず、戻る道はもう無い。少々物足りないが、今日のとこ ろはここまでだろう。 そんな、あなたの決定に反対する声は誰からも上がらなかった。 ﹃そうだな。今日のところは戻って来てくれ。この件については、理 事長や研究所の方たちに相談してみよう﹄ 〝桐条グループ〟は、ペルソナやシャドウ、影時間やタルタロスの 研究を行っている。長年の研究でもタルタロスについてはサッパリ わかっていないようだが、意見を聞いてみる価値はあるだろう。 ◇ ◇ ◇ 4月20日︵月︶ 未明 辰巳ポートアイランド 影時間が明けた人工島を、桐条グループの車が走っている。車内に 居るのは、〝桐条〟の運転手と、美鶴を除いた特別課外活動部のメン バーだ。お嬢様は、夜道をバイクで駆けている。 ポロニアンモールの近くを通り過ぎ、ムーンライトブリッジが大き く見えてきたところで、岳羽が運転手に声をかけた。 235 ? ﹂ ﹁あのー、すいませーん。ちょっと、あそこのコンビニ寄ってもらえま せんか 岳羽は、膝の上にのせたアタッシュケースをギュッと抱きしめてい る。 コンビニに何か用でもあるのだろうか。もしかしたら、タルタロス ﹂ で運動をしたので、小腹が空いたのかもしれない。 ﹁なんだ、岳羽。トイレか ﹂ と跳ね上がった。何事が起きたのかと左右を確認している。 その大声のせいで、うつらうつらと船をこいでいた琴音がビクッ ﹁どっちも違います そんなあなたと真田に、岳羽のキツイ視線が突き刺さる。 タロスにはトイレが無い。 なるほど。真田の指摘する可能性もあった。なんと言っても、タル ? まった。 そう言おうとしたが、その前に車はコンビニの駐車場へと入ってし ﹁入ります﹂ がら、岳羽にそう言おうとした。 あなたは、自分の膝にぶつかりそうになっている琴音の頭を支えな ではダメなのだろうか。 な、イマイチ記憶にない。メモするなりケータイのカメラで撮るなり 寮にコピー機は無かっただろうか。あったような、無かったよう アタッシュケースを見ながら、岳羽は小さな声でそう言った。 ﹁⋮⋮ちょっと、これのコピー取っておこうかと思って﹂ らしいのだ。 戸台商店街、さらに近所の神社までも走り回ったそうで、大変お疲れ 琴音は、今日││もう昨日だが││1日で、ポロニアンモールに巌 ると、彼女のまぶたがストンっと落ちた。 あなたの手が、首をかしげている後輩の頭をポンポンっと叩く。す れた。 疑問符の浮かんでいそうな琴音の顔は、最終的にあなたへと向けら ! ! ﹁ちゃちゃっと、済ませて来ますんで﹂ 236 ? そう言って車を降りる岳羽に続いて、あなたもコンビニに向かう。 別 に 今 で な く て も 良 か っ た の だ が、コ ン ビ ニ に 用 が あ っ た の だ。 ネットゲームの課金に使うプリペイドを購入するという用が。 クレジットカードがあればいいのだが、高校生では厳しい。氷川か ら預かっているモノならあるが、さすがにネットゲーム用には使えな い。なんとなく、ものすごく長いイヤミを言われてしまいそうだ。 ﹁ネトゲの課金って⋮⋮。まぁ、いいですけど⋮⋮。今日むくれてま したよー、琴音。何か買ってくれるって言ってたのにーって﹂ そう言えば、そんな約束をしていたような気がする。次の日曜には 埋め合わせをしないとマズイかもしれない。 同じ寮にいるのだから、声をかけてくれれば良いだろう。そう思わ なくもない。 というより、日時の約束はしていなかったはずだ。││何に対する 言い訳なのだろう。 237 あなたは思わず、右手で耳の後ろをカリカリとかく。 その際、あなたが手を肩の高さまで持ち上げたところで、岳羽が身 体をビクッとさせた。 何度か一緒に戦っているが、どうにも初対面の印象が消えてくれな い。なんとも難しいものだ。 ﹁えっと⋮⋮。ああ、あったあった﹂ 入り口の自動ドアが開き、あなたと岳羽をコンビニへと迎え入れ る。日が変わってすぐの深夜だというのに、店内には数人の先客がい た。 コピー機へと駆け寄る岳羽の背中を見た後で、あなたは目的の物を 探して店内を見渡す。 何か、違和感がある。 ﹂ 具体的に〝何が〟とは言えないが、店の中がどこかオカシイのだ。 だが、どうオカシイのかがわからない。 なに持ってんのよ どしたん、こんな夜中に﹂ あなたは首をひねりつつ、見つけた目的物へと歩を進めた。 ゆかりッチじゃん って、手 ! ﹁おっ ﹁アンタこそなにやってんの ! ! ? !? ﹁お おーっとぉ かサ⋮⋮﹂ ⋮⋮コレはその、サ。男のたしなみっていう ﹂ ﹄などと刺激的な文字が躍っている。 ﹁い や、て か、ゆ か り ッ チ こ そ ア レ か ﹁ハァ バカじゃないの ﹁謝られた ﹂ 夜 遊 び か イ カ ン で す ? アンタと一緒にしないでくれる │ ねー、夜の町は危険がイッパイですよー﹂ ? あなたは黙々と会計を済ませ、プリペイドコードを入手した。 そっとしておこう。 ためだ。 同じ男として気持ちはわからなくもないが、関わらないほうが身の ガー:JK野外調 どうやら雑誌のようだ。肌色の多い表紙には、﹃ゴールデンフィン あなたの鋭い視力が、伊織の手にしている話題のブツを解析する。 たしか、名前は伊織順平だったはずだ。 ニアンモールで出会ったアゴヒゲに帽子の2年男子がいた。 何を騒いでいるのだろう、とあなたが岳羽の方を見ると、先日ポロ ﹁なにが〝男のたしなみ〟よ。バカじゃないの ! × ? ? ? ツする。 岳羽から解放されてホッとした様子の伊織に、片手を上げてアイサ ﹁あ、どもども。こんな時間にコンビニで会うなんて、奇遇っすね﹂ 慌てだ。 ピー機を指差した。やはりまだ用件の終わっていなかった岳羽は、大 あなたは、顔を真っ赤にして怒鳴っていた岳羽に注意すると、コ せます﹂ ﹁っと、リーダー あ、ハイ、すいません。⋮⋮マダデス。すぐ済ま あなたは迷惑そうな店員に、すぐ止めるからと頭を下げた。 少し様子がおかしかったが。 しまっている。まぁ、元々あの〝日記のようなもの〟を見つけてから 焦って大声になっている気持ちはわかるが、それに岳羽までつられて クラスメイト同士仲が良いのはいいが、少し騒ぎ過ぎだ。伊織が !? 238 ! ? │てか、ゴメン。バカだったよね﹂ ? ﹂ ﹁てゆーか、ゆかりッチと一緒に来たんすか 輩たちの寮から結構遠い⋮⋮ような ││あれ ここ、先 生徒会長の選挙に協力したあなただが、18歳未満がどうこうと言 織。彼のことは、まぁどうでもいい。 上手く音の出ていない口笛を吹きながら、明後日の方向を向く伊 誌が落っこちてたんですかねー﹂ ﹁あ、イヤ、これは、その。戻します。はい。いやー、なんでこんな雑 交互に見比べていると、 伊織がまだ手にしたままだった雑誌と棚の雑誌、あなたがそれらを 肌色分の多いその雑誌棚には、どこか違和感がある。 に誤魔化しつつ、伊織の背後の棚を見た。 タルタロスのことを伊織に話すワケにはいかない。あなたは、適当 ? 実 は 愛 読 書 が うつもりはないのだ。あなたのパソコンにだって││。 じ っ と 棚 見 ち ゃ っ て ? と、その話は今のところ関係ない。 ﹂ ? リーダーまでそんなの見てる 彼女いるのに 怒 と嬉しそうな声を出しているが、そうでは ﹁ど う し た ん す か、先 輩 あったりします 伊織が、同士発見ッ ない。 ! 何かがオカシイのだ。 ﹁リーダー ﹂ ! 岳 羽 に 怒 ら れ て し ま っ た。大 き な 身 振 り で 勢 い よ く 腕 を 振 り 回 し、 乗って来た車のある方向を指差してカンカンだ。 岳羽は、〝あなたと琴音が付き合っている〟と思い込んでいる。違 うと言っても信じてくれないのだ。 これも全部、エンジェルが悪い。彼女はまぎらわしい言い方をし過 ぎなのだ。あと、格好がどうにもアレだ。 先日、琴音があなたのことを﹁お父さんみたい﹂と言ったことで誤 解が解けたかと思っていた。 だが、岳羽に言わせると、 ﹁お父さんみたいって、女の子から男性に 239 ? ? ! ? アダルトな棚をじっと見ていたら、やたらとたくさんの紙を抱えた りますよ ! !? 向ける最高の評価ですよ﹂とのこと。美鶴も、それにはウンウンとう なずいていた。 世の中のお父さん方は、年頃の娘さんからは嫌われてばかりなのか と思っていたが、どうやらそうでも無かったらしい。テレビのいう事 ばかり信じていてはイケナイ、ということなのだろう。 あなたは、プリプリと怒る岳羽に軽く手を上げて謝ると、急いで駆 け寄った。遊んでいるようにも見えるのに、割と潔癖のようなのだ。 岳羽は。 どうにも、店内に違和感を覚えたままでスッキリとしないが、もう 帰らなくてはいけない。 ﹁あ、そんじゃ。おつかれさまっス﹂ ﹁じゃあね、順平﹂ コンビニに残っている伊織と別れ、あなたと岳羽は車へと戻る。 あなた達が去った後の店内で、伊織順平はあんぐりと開けた口に手 を突っ込むようにして驚いていた。 ◇ ◇ ◇ 巌戸台分寮 1Fラウンジ ﹁見つかった文書を渡してくれ。研究所で解析にかけたい﹂ 玄関のドアを開け、ラウンジに入って一息ついたところで、美鶴が 手のひらを向けて来た。 あなたはそれに、岳羽から受け取るようにと返す。コピーを取る時 に枚数を間違えて、大量に増やしてしまったと言っていたが、オリジ ナルはちゃんと持っていた。 ﹁あ、コレです。ちょっとコピー増やし過ぎちゃってゴチャゴチャし てますけど﹂ ﹁そうか、やる気があるのは結構だが、一応は極秘の文書として扱って ほしい。これから先同様の物を見つけた場合は、そういったことはし ないように﹂ 240 ﹁あ、はい。すいませんでした。みんなに配ったら、あまりはちゃんと 処分して置きますので﹂ あなたは、岳羽がコンビニでコピーする、と言い出したときに止め なかった。 同 罪 だ。そ う 感 じ た の で、一 緒 に 頭 を 下 げ て お く。コ ン ビ ニ の 店 員、怒った岳羽、美鶴、それから後で琴音にも。さっきから謝ってば かりだ。 そんなあなたを、岳羽は横目でチラリと見る。その後に岳羽が浮か べた表情は、どことなく申し訳なさそうなものだった。 意外と新しい紙だな ﹁いや、謝らなくてもいい。注意しておかなかった私が悪かった。次 から気を付けてくれればいいさ。││ん ? いた﹂ ﹁まったく⋮⋮﹂ 振って返す。 た すが える。すると少しムッとした顔になったので、今度は手をヒラヒラと あなたは、少しだけ微笑んだ美鶴に、無理をすると肌が荒れると伝 ﹁これについて連絡したら、すぐに休むさ。⋮⋮ありがとう﹂ なのだろうか。 もう1時過ぎだ。それなのに、美鶴はまだこれから何かするつもり すまない。もう休んでくれ﹂ かけてみないとわからない⋮⋮か。疲れているところを引き止めて ﹁タルタロス内部にあった影響かもしれないな。何にしても、鑑定に 古い物のはずである。 でも15年以上前の代物だ。保存状態にもよるだろうが、それなりに 辰巳ポートアイランドの建造時に書かれた手書きの文書なら、最低 している。思っていた物よりも、見た目が新しかったらしい。 美鶴は、岳羽から﹁原本です﹂と言って渡された紙を矯めつ眇めつ ﹁あ、えーっと⋮⋮なんででしょう ﹂ タルタロスから見つかった代物だから、もっと古いものかと思って ? 2階の自室へと向かうあなたの背後から、美鶴の苦笑気味の声が聞 こえた。 241 ? ﹁リーダーって、桐条先輩と仲いいですよね﹂ 階段を昇っている途中で、速足で追いかけて来た岳羽に追いつかれ た。そうしてかけられた言葉には、どうにもトゲがある。 浮気とかそういった話ではなく││そもそも付き合っていないが ││ああいった、〝自分がやらないと〟と思いつめた感じのお嬢様は わからないような 放って置けないのだ。これはきっと、千晶のせいに違いない。 ﹁あー、でも、うーん。なんとなくわかるような ﹂ あなたは、登校のため学園の玄関に向かって歩いているところだ。 また1週間が始まった。 月光館学園 校門 朝 ◇ ◇ ◇ その後、あなたは風呂で汗を流し、眠りについた。 すね。もう遅いし、おやすみなさい﹂ ﹁もう、割とマジメな話だったんですけど⋮⋮。ハァ⋮⋮でも、そうで んのように風邪をひいてしまいそうだから。 た琴音のことを頼んでおく。あのまま寝てしまうと、どこかの誰かさ なにやら悩んでいる様子の岳羽に﹁アー、ウー﹂とゾンビ状態だっ ? ﹁いや、いや、いや、これがさー、マジなんだって、ともッチ。マジだっ ﹂ たんだって、アレ ! ﹂ ! んで、Y子ちゃんは何かコピーしに行った。で、男の方はオレが居た と時間つぶしてたら、Y子ちゃんが男と一緒にやって来たワケよ。そ ﹁マネすんなよ。いや、ホントなんだって。オレが、コンビニでちょっ ﹁ウッソだー。あの子、そんな夜遊びするような子じゃない﹂ なくてY子ちゃんが夜中に男と歩いてるとこ ﹁オレさー、昨日、真夜中のコンビニで見ちゃったんだよ。ゆ⋮⋮じゃ あと、ともッチはやめろ﹂ ﹁アレってなんだよ ? 242 ? ﹂ マンガコーナーの向こうで、アールじゅうはちーなコーナーを物色し 始めたワケ﹂ ﹁ほー、んで ﹁で、コピー終わって戻ってきたY子ちゃんがそれを見てカンッカン ﹂ って、激おこプンプ 手ぇブンブン振り回して、深夜のコンビニで大声出して怒ってん の﹂ ﹁え、マジで ﹁マジ、マジ。彼女いるのに何やってんのよー ン丸でしたのことよ﹂ ! 知らなくていいから﹂ ﹁マジかー⋮⋮。てか、プンプン丸ってなんだよ⋮⋮﹂ ﹂ その顔、ウザっ ﹁え、知らねーの ﹁ウザっ ! ? いつになったら、75日が経過するのだろう。 ウワサが次々に追いかけて来る。 人のウワサも75日。気にすることはないと美鶴が言っていたが、 本日は、4月20日の月曜日。休日まではまだまだ遠い。 はまったく知らないが。 いや、夜中のコンビニに現れた男とか、Y子ちゃんとか、そんな人 たと思う。 今日は1人での登校だ。なんとなく、近くに岳羽がいなくて良かっ どこかから、無責任なウワサ話が聞こえて来た。 ﹁えー、なんだよー、ともッチー。知ろうぜー﹂ ! あなたは、左手で顔を覆うと長いため息を吐いた。 243 ? ? ! 4/21 わたしはカハク 4月21日︵火︶ 夜 巌戸台分寮2F 現在の時刻は21時過ぎ。 寮の2階にある自動販売機の前で、あなたは琴音と向かい合って談 話用の椅子に座っている。 ﹁呼び出しちゃって、すいません。ペルソナが増えたので伝えておこ うかと思って﹂ 呼び出せるペルソナがまた増えたらしい。戦力が強化されるのは 良いことだが、把握しておかなければならないこともどんどん増加し ていく。汐見琴音は、まことに複雑怪奇だ。 今夜はタルタロスへは行かない。行き止まりになってしまった影 よく眠れるんですよ。││ とめて寝かせましょーって言いますし﹂ この寮の住人は、いつも影時間まで夜更かしする。さぞかしザント マンから嫌われていることだろう。 現に、身体の起伏によって歪んだザントマンのプリントが、にらむ ような顔つきになっている。 きっと、モォウ寝ロヨォォォオゥと言っているのだろう。 ﹁影時間が来るってわかってると、なかなか終わるまで寝られないで すよね。何か起こるかもしれませんし。おかげで授業中に眠くて眠 244 時間の象徴は、現在美鶴の持ち帰ったデータを使って、桐条グループ が分析中だ。 そんなわけで、あなたも琴音もすでに湯を頂いた後である。どちら も寝間着状態なので、特別課外活動部の報告会としては、少ししまら ないかもしれない。 ザントマン しかし、ザントマン柄のパジャマとは││高校生としてはいかがな ものなのだろう。 ﹁いいじゃないですか ! 三日月頭のザントマン。背中に負った眠りの砂で、良い子、悪い子ま ! くて⋮⋮。いや、美鶴先輩には内緒でお願いしますよ ﹂ が生えてて、それでパタパターって飛ぶんですよ﹂ 飲料を飲みほした琴音は、 ﹁ごちそうさまでした 住まいを正して、本題について語り始めた。 ﹂ ﹂と言った後に居 ﹁えーと、新しい子の名前は〝カハク〟です。背中にチョウチョの羽 してチャプチャプと音をたてた。 あなたは、そんななんとも複雑な気分で、半分ほど飲んだ缶を揺ら 年頃なのだ。 えないが、なんだか、こう、気分的に。もう少し幻想を抱いていたい とはいえ、やはりある適度の距離感というものは大事だ。上手く言 すくなる。 る程度の意図がくみ取れるようになれば、それはもう段違いにやりや がなくなることは、戦う仲間としては悪くない。言葉にしなくてもあ 毎日朝晩の食事を共にしていれば自然と仲良くもなる。変な遠慮 のピクシーのような状態だ。 1か月もしない内に、まるでマッスルドリンコを飲みまくっていた頃 初めて会ったときはもう少しおしとやかだった気がする。それが がら、あなたは無言で静かにプルタブを開けた。 ゴキュゴキュと音をたてて飲み、オヤジ臭いことを言う後輩を見な きてますなぁ ﹁ふふ⋮⋮ありがとうございます。││ぷっはぁー、これのために生 くればなおさらに。 風呂に入った後は水分が欲しくなるものだ。これから何か話すと ヒョイと投げ渡した。 そんな琴音に、あなたは怒ったフリをしつつ、自販機で買った缶を り上級生をからかわないでほしいものだ。 るが、頬があがっているので笑っていることが丸わかりである。あま それを知っている琴音のこの発言。彼女は口元を片手で隠してい ある。 あなたは寮内で、 ﹁居眠りをするな﹂と何度か美鶴に怒られたことが ? 〝カハク〟は、赤い肌をして白い服を着た、とても小柄な少女の姿 ! 245 ! をした悪魔だ。なんでも、たくさんの人間が首をくくった樹木から生 まれる木の精らしい。見た目は可愛らしいが、生まれは結構エグイ。 オルフェウス、ネコマタと続いてまた 悪魔としては珍しくもない話だが。 ﹁能力は⋮⋮炎が強いです もや火炎系ですね。なんだか、わたしって炎ばっかり強くなってます けど⋮⋮。ゆかりは風で、真田先輩は電撃ですから、丁度いいですよ ね、これで﹂ 魔法攻撃の基本は、火炎、氷結、電撃、疾風の4系統。この中のど れかを弱点とする悪魔は多かった。その傾向は、シャドウ相手でも今 のところは同じだ。 岳羽のイオは疾風攻撃を得意としているし、真田のポリデュークス ア イ ス ブ レ ス は 電 撃 を 扱 え る。氷 結 に 関 し て は、ワ ダ ツ ミ の マ ガ タ マ に よ る 吹雪の吐息があり、いざとなれば美鶴のペンテシレアに頼ることも可 能だ。 もう、ボーボーと燃やしちゃいますから ﹂ ﹁でしょ、でしょ。そんなわけで、炎に関してはわたしにお任せくださ い ! らしい。一気に火力が上がったワケだ。 ラ ク ン ダ ﹁あー、あと、一応ですね、みんなを守る魔法も使えるみたいです。な んか、ピクシーの防御低下と同じで地味ですけど﹂ マ ハ ラ ク カ ジャ テ ー ブ ル の 上 で お 茶 の 缶 が コ ト ン っ と 音 を た て た。 全体防御力上昇と聞いたあなたが、思わずテーブルに手をついて身を 乗り出してしまったせいである。 倒れかけた缶を慌てて支え再び椅子に座りなおすと、あなたは少し 考え込む。 補助系統の力は一見すると非常に地味だ。だが、これがあるとない とでは戦況が大きく違って来る。 〝マジシャン〟以降強いシャドウには出会っていないが、あれが最 後の強敵だとは思えない。むしろこれからもっと強いシャドウが現 れそうな予感がする。 それを考えると、ここで琴音がこの重要な力を身に着けてくれたこ 246 ! 聞けば初級のアギだけではなく、その上位のアギラオまでも使える ! アハハハハ⋮⋮。なんか、大げさじゃないですか とは、非常にありがたい。 ﹁ア、 ﹂ ﹂ シャドウとの戦い方が慣れてるって言うか、すごく様になっ ﹁ああ、そうだ 他にも聞いてもらいたいことがあったんですよ。 それがどうしてなのかはわからないが。 は、あなたの仲魔たちがいるのだから。 いや、不思議でもなんでもないのかもしれない。この後輩の中に だ。 彼女になら、不思議と何を話しても信じてもらえそうな気がするの うなと思う。そうしないと、イロイロなことが説明出来ない。 琴音には、自分の経験したことを話していかないといけないのだろ てますよね。││実は結構アブナイ人だったり ⋮⋮ ﹁前から思ってましたけど、先輩って、昔は何やってた人なんですか 有効性に気付いていたら、と思わずにはいられないのだ。 世界での旅を思い返すたびに、最初のころからこの地味に思える力の シンジュク衛生病院で目覚め、廃墟をさすらった苦難の旅路。あの を告げた。 あなたは、そう言って缶を傾ける琴音に昔は自分もそうだったこと ? 夢を見ている間は、それが夢だってことがわからなくて、もう完全 はい。夢の中のわたしは、カハクでした。 に蝶々の羽の生えた小さな女の子になってたんです。 蝶と言っても、普通の蝶じゃなくて⋮⋮。夢の中のわたしは、背中 蝶になった夢を見たんです。 ◇ ◇ ◇ になりそうな予感がする。 向こうの相手が何やら語りだした。どうも、これはそれなりに長い話 あなたがどうやって切り出したものかと考えていると、テーブルの です。それで、ですね││﹂ 実は〝カハク〟って、今日の朝起きたら呼び出せるようになってたん ! 247 ? ? にカハクになりきってたんですけどね。 目が覚めて⋮⋮ああ、あれは夢だったんだーってなった時に、一緒 に気がついたんです。わたしの中にカハクがいることに。 いつもは夢の内容なんてすぐに忘れちゃうんですけど、今日のはす ごくハッキリと覚えてて、先輩に話しておきたいなって、そう思った んです。 なぜって、その夢には先輩も出てきたからです。 だから、ちゃんと聞いて下さいね ふと、薄暗い部屋に1人でいる自分に気が付きました。 部屋の壁は白色で、室内にはいくつかのベッドが並んでいます。 すぐに、どこかの病院かなって思いました。ベッドとベッドの間に あるカーテンの仕切りなんかが、病院の入院棟にそっくりだったの で。 1つ疑問が解けたところで、別の疑問が湧いてきました。 〟な状態です。どんなに ? イヤって言うか、なんだろ⋮⋮やっぱりよくわかりません。 た だ、こ う モ ヤ モ ヤ と し た 気 分 で し た。こ ん な の、な ん か 違 う って。 わけわかんないですよね⋮⋮。 ﹂ ! だろう、きっとって。 ﹂ ﹁オォオォォォマアエ、ウマソウ ﹁マガツヒ、クイテェェェ ウママ、マガ、マガツ 開けて外に出ることにしました。ひとりきりでいるのが良くないん いつまでもモヤモヤとしていても仕方がないので、わたしはドアを ! な ん だ か よ く わ か ら な い ん で す け ど ね。何 か イ ヤ だ っ た ん で す。 中のなんでもない一匹、〝ただの悪魔〟。 特別な〝誰か〟ではなくて、たくさんいる〝ただのカハク〟。その だってことだけはわかったんですけど⋮⋮。 考えてみても、名前が思い出せなくて、代わりに自分が地霊のカハク ? 廊下に出てすぐのことでした、わたしは2匹のガキに出会ってし ? 248 ? なんて名前だったっけ わたしって、誰だっけ ? わたしはだれ まさに、〝ここはどこ ? ! まったんです。 ガキってわかります 紫というか黒というか、そんな体の色をし ていて、すごく膨らんだお腹をいつも空かせてるヤツですけど⋮⋮ 燃えちゃえ ﹂ そうです、そうです。そんなのです。 ﹁バーカ と気持ちいいですよね。 わたし強いじゃん ! って感じでしょう ! つの開いている出口は、その問題のフォルネウスが泳いでいる中庭を フォルネウスのよくわからない力で封鎖されてたんです。たった1 ホントは病院を出て外に行きたかったんですけど、ドアも窓も全部 だけは襲いませんでしたけどね。 わたしと同じカハクと、病院からの出口を塞いでいたフォルネウス マガツヒ、マガツヒ、マガツヒおいしいって。 そばから燃やして回りました。 それからのわたしは、その病院の中で出会った悪魔たちを出会った 味しいマガツヒは、他の誰かを殺せば手に入るんだってことが。 とにかくわかったんです。マガツヒは美味しいってことと、その美 どうしてって聞かれても困りますけど、なにせ夢の話しなんで。 だろうなって、なんとなくわかりました。 それで、たぶん今の赤い光が、ガキの言っていた〝マガツヒ〟なん か。スッキリそう快ってヤツです。 ⋮⋮。なんだか知らないけど、元気になったー そ う し た ら、な ん て 言 う ん で す か ね。お 腹 い っ ぱ い、と も 違 う な すけど、少しだけわたしの中に入って来たんです。 みたいな感じの││それは、ほとんどが宙に溶けて消えちゃったんで 黒いモヤモヤが出て来て││ちょうど、シャドウを倒したときのアレ それで、燃えて転がったガキから、こう赤い光の粒みたいなものと、 あ、もちろん夢の中の話しですから、これ。 やった って感じで。 いところから、相手の苦手な攻撃で一方的に攻撃するのって、ちょっ まぁ、すぐにアギで焼き殺したんですけど。相手の手の届かない高 ? ? ! 越えないと行けませんでしたし。 249 ! ! ホントにメーワクなヤツでしたよね。 とりあえず、友達のカハクと空飛ぶエイ型堕天使フォルネウス以外 の相手は、みんなわたしの獲物でした。 ゆらゆら光る幽霊みたいな幽鬼ウィルオウィスプも、さっき話した ガキも、それらから同じ地霊で同じ木の精でもあるコダマも、動く紙 切れの妖鬼シキガミも、みーんな火に弱いから、すごく簡単。 どんどん燃やして、どんどん回復して、それでまたどんどん燃やし てって⋮⋮。ハッキリ言ってずいぶんいい気になっていたと思いま す。 コ そんな時でした、他のカハクからあるウワサを聞いたのは││ ﹁知ってるー なんかねー、本院で〝魔人〟が出たんだって 総攻撃だ って作戦です。 りで子分にしたシキガミとコダマも連れて、角から顔を見せた瞬間に だから、その手前の曲がり角で待ち伏せをしました。それまでの狩 フォルネウスのいる中庭へ通じてるドアに近づいてきていることも。 分院〟だってことを知っていました。そして、その魔人がだんだんと そのころのわたしは、今自分の居る場所が〝シンジュク衛生病院の ヒを持ってそうだし。なんて考えてしまったんです。 むしろこっちから襲い掛かって倒してやる。なんか美味しいマガツ だけど、いい気になっていたわたしは、来たら来たでいいじゃん。 そうだってことだけはわかりました。 魔人なんて会ったこともありませんでしたが、聞いた話からして強 ワイよねー。しかもソイツ、こっちに向かって来てるらしいよ﹂ ? ﹂ 不意打ちに成功したのに、子分たちが逃げ出しました。 普通イキナリ襲い掛かってきた悪魔に話しかけたりします たしなら、即反撃か逃げるかしますよ。 わ ﹁ボ ク の 友 達 を 連 れ て る ん だ。よ ろ し く し て あ げ て よ。じ ゃ あ ね ー サラバダ﹂ ﹁魔人ト共ニ、行クコトニシタノカ。ソレモ汝ノ道ナラバ祝福シヨウ。 まぁ、失敗しちゃったんですけどね⋮⋮。 ! 250 ! ? ! それなのに、その上半身ハダカで全身イレズミの魔人は、自分の仲 魔を使ってわたしの子分たちを裏切らせたんです。 こっちは無傷のわたしひとりだけなのに、魔人の方はそこそこケガ していても4体いるってなんかズルイ。調子が良かったのは最初だ けで、わたし、いきなりピンチです ﹂とか言いながらケガを治しちゃうんですから、もうムカツク ﹁できてるよね 覚悟﹂ ですが、すでに取り囲まれてしまっていて、ちょっと無理。 ちょっと勝てそうにありません。こういうときは逃げるに限るの シキガミとコダマ。 こっちは、か弱いカハクが1匹。向こうは、魔人と妖精ピクシーと、 ! しかも、わたしがソレに慌てている内に、敵のピクシーが﹁バーカ ! 仲魔にしたいの コイツを ││えー、殺しちゃえばい ? す。 ﹁え ? で死んでやるものか、1匹でも2匹でも道連れにしてやるって覚悟で 言われたからではありませんが、わたしも覚悟を決めました。ただ こうなったら、やれるだけやってやろう。 キビキと怒ってます。あれはもうヤル気マンマンでした。 わたしよりも小柄なピクシーが、魔人の肩の上で腰に手をあててビ ? リをして殺そうってつもりなのか。 ﹂って。 だから、言ってやったんですよ。﹁あたしを連れて行きたいの だったら40マッカくれる ? ﹂って言っても、またポンっとくれました。 魔人はすぐにお金をくれました。追加で﹁もう60マッカくれる ? のかわかりません。本当に仲魔にする気なのか、それともそういうフ 魔人の表情は仮面をつけているみたいに無表情で、何を考えている いのに﹂ ? ﹂ どうやら本気なのかなって、夢の中のわたしはそれで思ってしまっ たんです。 ﹁世の中って、ジャクニク・キョーショク 本気だとしても、考え方が合わない相手にはついて行けません。こ ? 251 ! ? れ、悪魔の常識。 命かかってるのに余裕だなって思いますけど、このときはそうとし か考えられなかったんです。 魔人はわたしの質問にうなずきました。やっぱり、世の中強くない とダメですよね。 ﹂ 気を良くしたわたしは、調子に乗ってもう1つ聞いてみました。 ﹁自分らしさなんて、探しても意味ないよね 聞いた話だと、〝魔人〟って種族は、それぞれが世界に1体だけっ てことでした。同じ〝カハク〟がたくさんいるわたしとは違う〝特 別〟な存在なんです。 自分の、自分だけの名前もわからないわたしは、それが羨ましかっ たのかもしれません。 今度の返事は首を横に振りながらのものでした。 その変わらない表情を見て、わたしはもうカッチーンってなりまし ってなったんです。 たよ。そりゃ、自分は個性的だからいいよね、その他大勢のわたしと 違って ﹂ ﹁あなたのものになれば、特別なカハクになれるの すけどね。 けが無い。魔力をグッと集中させて燃やしてやる 本当に ﹂ て、思ったんで 元々カッカときてたのに、そんなマネされてはもうガマン出来るわ せん。 バタと暴れて抵抗したんですけど、相手の方が力が強くて抜け出せま れてしまって、気が付いた時には床に押し付けられていました。バタ いたんです。わたしは小さいので、魔人の片手だけでも簡単に抑えら わたしが動き出すよりも前に、魔人の手がわたしの身体を捕らえて た。 そう言って、怒った勢いで逃げ出そうとしたんですけど。無理でし ! う言って来たんですよ。 けの悪魔が、自分のものになれって、特別な1体にしてやるって、そ 暴れ出す寸前のわたしに、魔人が、人修羅って名前の世界に1体だ ? ! ? 252 ? ﹁あなたとは考えが合わないみたい。じゃあね ! ﹂ 自分でも簡単だなーって思うんですけど、わたし、それにキュー ンって来ちゃって。 ﹁あたしは地霊カハク。やさしくしてね ﹂ さしくしてねって言ったのに しかも、相手は友達のカハク わ 魔になってすぐのわたしを、すぐ前線に出して戦わせるんですよ。や ﹁でもアレですよねー。その魔人ってヒドイやつだったんですよ。仲 琴音には、とても言えないが。 お茶を飲みながら、うっとりとカハクの夢を思い出しているらしい なと捕まえただけなのだ。 │片っ端から声をかけていた。100マッカ渡したんだから逃げる あの頃は、出会った悪魔に││それがまだ仲魔にいない相手なら│ 琴音が語ったのは、あなたが仲魔を集め始めてすぐのころの話だ。 ﹁ありがとうございまーす 一旦話を切った琴音に、あなたはもう1本アルミ缶を渡した。 ◇ ◇ ◇ なったんです。 こうして、病院の廊下に押し倒されたわたしは〝先輩のカハク〟に ? ! ﹁電撃がよく効いたーって、ピクシーが得意げにしてたのが、ちょっと せるしかなかったのだ。 て、炎に偏ったカハクは氷が弱点だ。だから、すぐにコダマと交代さ エイのような姿をしたフォルネウスは、氷の力が得意だった。そし 足手まといでしたよね。わたしって﹂ ﹁でも、病院の雑魚相手には活躍しましたけど、フォルネウスのときは ていたに違いない。 なかったとしたら、次に出会ったそっちのカハクを仲魔にしようとし 殺伐とした話だ。きっとその魔人は、話のカハクが仲魔になってい て忠告してくれた子を﹂ たしもわたしで、特に葛藤も無く殺してましたけどね。魔人が来るっ かっとう たしを仲魔にしたから、もう他のカハクはいらないって││いや、わ ! 253 ! イラッと来ましたねー﹂ そのピクシーらしきものも琴音の中にいるのだから、琴音の心の海 がどうなっているのか理解できそうにない。 ﹁その後は、ようやく病院の外に出られて⋮⋮。それから⋮⋮それか ら、ヨヨギ公園で⋮⋮﹂ 言いかけたことを途中で止めて、琴音は顔を伏せた。ほおがカハク のような色になっている。 ! ヨヨギ公園でなにかあっただろうか。あまり覚えがない。 ││ちょっと まさか忘れたとか言わないわよね バーカ この、バーカ !? ? 何を怒っているのかサッパリだ。 ﹂ ﹁⋮⋮先輩、それはちょっと無いんじゃないですか 〝しっかりと〟覚えていたんですよ カハクだって 手の中のピクシーは、半目で妙な擬音を口にしている。 ││じとー、じとー。 く左手でキャッチ。強く握ると怒るので、軽くつまんでおく。 大人しく受けてやるつもりもないあなたは、その理不尽な妖精を軽 れて飛び蹴りを放ってきた。 アルミ缶をメキリと握りつぶした琴音から、いきなりピクシーが現 ! ケンカか ないが││女性というのはなんとも不思議だ。 ﹁ここにいたのか。││どうしたんだ ? 本の束らしきものを抱えて階段を降りて来た美鶴を見たあなたは、嬉 微妙な空気に新しい風を吹き込んでくれる、救いの女神が現れた。 助かった。 珍しいな﹂ 汐見琴音に限らず││この場合は3人とも同一人物なのかもしれ し、右手を顔にやってそっと息を吐く。 ることに気付いた。少しバツが悪い。少し首を振ってそれを誤魔化 あなたは左手を顔に持って行こうとして、そっちにはピクシーがい 何がなんだかわからない。 音の中のカハクもお怒りらしい。 ピクシーはプンプンしている。琴音は顔を真っ赤にしている。琴 ? ? 254 ! しそうな顔を隠すことが出来ない。 ││ムッ。 あなたの左手で、パシッと電撃が弾けた。電撃といっても冬場の静 電気程度のものだが。 ││あたし、帰る あなたの手から抜け出したピクシーは、あっかんべーと子供っぽい 仕草をした後で、琴音の心の海へと帰って行った。 電撃がビリリと来た左手をプラプラと振るあなたと、そっぽを向い た琴音。 そんなあなたたちを見て、美鶴はとても困った顔をした。 ﹁リーダーと、戦力の要である汐見、2人がケンカとは困るな。││と りあえず、これでも読んで気を落ち着けてくれ﹂ そう言って渡された物は、〝月刊・妖〟。いつぞや美鶴に持ってい かれたまま、それっきり帰って来なかった本だ。 ただし、数がたくさんある。 どうやら、数が多いのはバックナンバーまであるかららしい。 ﹁古い物はそれだけだが、来月分からは寮生全員分の定期購読を頼ん でおいた。参考にしてくれ﹂ テーブルの上に、ドサドサと置かれた妖しい雑誌たち。それで呆気 ﹂ にとられたのか、琴音の顔色がいつものものに戻っている。 ﹁定期購読って⋮⋮。〝これ〟を⋮⋮ですか ばこの記事だ﹂ い加減なものだったが、中には興味深い内容のものもある。││例え ﹁なに、市販のオカルト雑誌も侮れないものだ。ほとんどの記事はい ? 港区深夜0時の怪〟⋮⋮ ﹂ イヤそうな顔になった琴音に、美鶴は1つの記事のページを開いて 見せた。 ﹁〝特集 ? て、といったものだ。その某市というのはここのことだがな﹂ 深夜0時。美鶴が重要視しているということは、記事の内容と影時 間とが、何か関わりがあるかもしれないと考えているのだろう。 255 ! ﹁ああ、内容は、某市の港区周辺で深夜0時に発生している事件につい ! ﹁そうだ。辰巳記念病院に行った日から、桐条グループの保安部を動 かして調査を進めていた。⋮⋮それで、どうもこの記事の内容が本当 らしいということがわかった││﹂ 美鶴の話によると、桐条グループは、普通の人間に影時間の適性を 付与することに成功しているらしい。特殊な指輪を身に着けること で、ペルソナ能力は無理でも、影時間の中で活動し、その時の記憶を 保持することまでは可能としているのだとか。 ﹁指輪を身に着けている間だけの、一時的なものだがな。その人員と、 影時間でも稼働する監視カメラを使って、あの日から港区周辺を調査 していた﹂ ﹁それで、その話がわたしたちに回って来たってことは⋮⋮﹂ ﹂ ﹁ああ⋮⋮、影時間を犯罪に利用している者がいる。まだ正体をつか めてはいないが、ソイツは十中八九ペルソナ使いだ 美鶴は怒り心頭といった表情だ。 ﹂ 眉を寄せた美鶴に、琴音が恐る恐る声をかける。 ﹁シャドウの仕業ってことは⋮⋮ないんですか ﹂ えて、人間としか考えられない。シャドウが天蓋付きのベッドなど盗 むものか 絶対に無いとは言えないが。 ﹁明日は委員会が終わり次第、寮に戻って来てくれ。作戦室でこの件 について話し合いたい。雑誌は参考資料だ。該当記事だけは目を通 しておいてくれると助かる﹂ タルタロスが行き詰ったと思ったら、今度は別の所から問題がやっ て来た。昔も今も、あなたの行く道はどうにも多難のようである。 真田の部屋へと向かう美鶴の背を見ながら、あなたは残っていたお 茶を飲みほした。 256 ! ﹁そうだったら良かったんだがな。││残された痕跡や被害品から考 ? 無い、とは言い切れないが、シャドウに必要な代物とは思えない。 ! 4/22 刑死者の眼 4月22日︵水︶ 朝 月光館学園 体育館 ﹃以上で⋮⋮、全校朝礼を終わります。││続きまして、生徒会長から 所信の表明があります﹄ 月光館学園の体育館に全校生徒が集まっている。朝の全校集会の ためだ。 校長の演説が終わり、生徒指導の教師からの注意も終わった。この 次は本日の集会のメインである、今年度生徒会役員の正式な紹介と、 生徒会長││つまり桐条美鶴だ││の所信表明演説だ。 ﹃生徒会代表、生徒会長、3年D組、桐条美鶴さん﹄ ﹁はい﹂ 司会の生徒が新しい生徒会長の名前を呼ぶ。それに対して、落ち着 いた、しかしハッキリとよく通る声が返された。 壇上に上がる美鶴の歩みには、緊張感はあっても不安はなさそう だ。 ﹃生徒会長という大役を拝命するにあたり、私の所信をお話ししてお きます﹄ まさ 美鶴はマイクの前まで進み、顔を一度左右に振って全ての生徒を見 遣る。 ﹃││調和する2つは完全なる1つに優る﹄ そして、正面を向いて一言の後、少し間を置いた。 ﹃これは、古くから私の家に伝わってきた言葉です。同時に、この学校 の校訓でもあります。││皆さんも玄関ホールに飾られた彫像と、そ こに刻まれたこの言葉を目にしたことがあるのではないでしょうか﹄ そういえば、玄関ホールの購買の近くに、赤と青の四角錘に剣と杖 がくっついた彫像があった気がする。赤と青、どちらが剣で、どちら が杖だったのかまでは覚えていないが。 257 ﹃1人1人が目標を掲げ、それに向かって進むことは大切です。です が、未だ成長の途上にある私たちは、進むべき道に迷い、目指す先が 見えず悩むことも多いかと思います。そんな時は、自分1人で抱え込 まず、友人に、先生方に、先輩に、後輩に、信じられる誰かに頼って みて下さい。 1人では進めない道も、1人では見えないものも、2人でなら⋮⋮ 他の誰かと一緒になら、歩むことが出来るはずです。 もちろん、その役目を生徒会に任せていただけるのでしたら、それ に優る喜びはありません。生徒会一同、皆さんからの相談をお待ちし ております﹄ 美鶴の演説が続いている。 ﹂ ﹂ そんな中、あなたの耳にヒソヒソとささやき合う声が入ってきた。 ﹁桐条さん、話し方ちょっと変えた ﹁卒業式とか、選挙の時とちょっと違うねー﹂ よく見ているのかもしれない。 それから、スピーチの始めに名言のようなものを持ってくるのは、 この月光館学園の校長のクセらしい。転校生であるあなたや琴音は 気にしていなかったが、真田が﹁校長はいつも││﹂と教えてくれた。 美鶴が出だしに校訓を入れたのは、参考にさせて頂きました、との メッセージなのだろう。 258 ﹁だよね。でも、アレってさ、なんかノロケっぽくない ﹁あ、それ、アタシもちょっと思った﹂ 視線が集まっている気がする。 ﹂とつっこんだ ? のは岳羽だ。美鶴に対して思うところのありそうな岳羽だが、その分 そこに﹁〝生徒会の代表として〟の演説ですよね 持ちが強く現れたのか、〝私〟、〝私が〟との文言が多かった。 最初の文面では、美鶴の〝自分がやらなければいけない〟という気 たせいで、内容がずいぶんと変更されている。 演説の文面は、寮で相談されたときに皆でイロイロと言ってしまっ 考え直した〟と語っているところだ。 今は、ちょうど、美鶴の演説が〝演説の初期案にダメ出しをされて、 ? ? とりあえず、体育館の端にいる校長は満足げにうなずいている。 もうどうしようもないが、初期案の方が良かったのではないか、余 計なことを言ってしまったのではないかと、少し不安に思わなくもな い。 ﹃││長々と偉そうなことを言いましたが、我々生徒会もまた、そんな 未熟な学生の集まりに過ぎません。至らない所も多く、気付かないこ ともたくさん出て来るかと思います﹄ あなたが、寮のラウンジで数日前にあった出来事を思い出している 間にも、演説は進んでいく。 どうやら、そろそろ終わりらしい。 ﹃より良い学校生活を実現するため、我々に皆さんの知恵と力をお貸 し下さい。よろしくお願いします。││生徒会長、桐条美鶴﹄ 締めの言葉を言い終えると、美鶴は一歩下がり頭を下げた。 あなたは、それに合わせて両の手を何度も打ち合わせる。││壇上 ﹂ ち込めているらしい保健室と、紙とインクの香る図書室、場所はすぐ ﹂ 近くだと言うのに、その差は相当なものだ。 ﹁えっと⋮⋮がんばってください れてしまったらしい。 琴音は自身の両手を胸の前でグッと握ってみせた。どうも、励まさ ! 259 を去る生徒会長に、生徒達の万雷の拍手が降り注いだ。 ◇ ◇ ◇ 午後 今日は委員会のある日だ。 月光館学園の保健室は、1階の職員室の隣、図書室とは廊下を挟ん で向かいにある。 先輩 あなたが職員室の前まで歩いて来たところで、琴音と出会った。 ﹁あれ ? 琴音は図書委員になったと聞いている。怪しげな薬品の臭いが立 ? ぬし 保健室の主とは一体どんな人物なのだろうか⋮⋮。 ﹁汐見さん、こっち﹂ ﹁あ、はーい﹂ 少し大人びた雰囲気の女子生徒が、図書室の中から琴音を呼んだ。 あなたは、 ﹁それじゃあ﹂と手を振る琴音に同じ仕草で応えると、保 健室のドアの前に立つ。 ﹁ELELOHIMELOHOELOHIMSABAOTHELIO NEIECH ADIEREIECHADONNAIJAH⋮⋮﹂ 扉の向こうから、妖しげな呪文が聞こえて来る⋮⋮。 開けるべきか、帰るべきか、あなたが迷う間にも、呪いの言葉は続 いて行く。 ﹁SADAITETRAGRAMMATON SADAIAGIOS OTHEOS ISCHIROSATHANTON⋮⋮﹂ どこか聞いた覚えのある呪文だ。この学校は毎晩0時に緑色の塔 260 へと変貌する。 それを考えると、割と洒落になっていない。やめさせた方がいいだ ろう。 あなたは、覚悟を決めるとドアを開けた。 ﹁⋮⋮AGLA AMEN⋮⋮。⋮⋮おや、そういえば今日は委員会 の日でしたね⋮⋮﹂ 部屋の中には、無精ひげを生やし、白衣を羽織った中年の男がいた。 男のかけている眼鏡がぬめりと光る。相当強い度が入っているの だろう、光が捻じ曲げられているせいで、彼の目を見ることは出来な い。別に見たくもないが。 ﹁フヒヒッ、君とははじめまして⋮⋮ですね。私は養護教諭の江戸川。 どうぞよろしく⋮⋮﹂ 見た目はどうにもアレだが、意外とマトモな相手に思える。会話が 出来るのがその証拠だ。 ﹁ふむ、ふむふむ⋮⋮。フッフッフ、しかし、この呪文の直後に現れる と は ⋮⋮。も し や 君 は ⋮⋮ い や、あ な た は ⋮⋮ ご り っ ぱ な お 方 フッ、フフフフフッ⋮⋮﹂ ? 江戸川は、その視線をあなたの腰のベルトよりもやや下あたりに向 けると、 ﹁フッフッフ⋮⋮﹂と不気味な笑い声と共にブツブツと言い出 した。 どことなく、バフォメットを思い出させる男だ。満月の夜には、ど 他の生徒達が来 こかでサバトでも開催しているのではなかろうか。 ﹁さて⋮⋮それでは、手伝ってもらえませんかね る前に片付けてしまいましょう﹂ 保健室の中には、人間のような形をした植物の根や、干からびたヒ トデ、ねじくれた角を生やした動物の頭蓋骨など、用途不明な代物が 並んでいる。 たしかに片付ける必要がありそうだ。 あなたは、江戸川の指示に従って、それらのものを仕舞った。 ﹁と、このように⋮⋮召喚した相手は上手く扱わなくていけません。 ⋮⋮ヒヒッ﹂ その後、フヒヒヒと笑う江戸川の下、今年度第1回目の保健委員会 はつつがなく終了した。 委員長にならないで済んだのは、普通に助かった。 この月光館学園には、少数ではあるが江戸川を熱狂的に支持する生 徒がいるのだ。なんでも、彼が養護教諭になって以来、ケガ人や病人 が劇的に減少したらしい。 ・ ・ ・ ・ ・ ││そう、それはいいんじゃないか ・ 見た目も言動もいかにも妖しいが、数字上はとても優秀なのだ。バ フォメット江戸川は。 ◇ ◇ ◇ 夕方 ・ 巌戸台分寮4F 作戦室 ・ ﹁みんな、委員会はどうだった 261 ? 理事長に美鶴、真田、岳羽、琴音、そしてあなた。学校での委員会 い。なーん⋮⋮ちゃっ⋮⋮﹂ ? 活動を終えた特別課外活動部のメンバーが、寮の作戦室にそろった。 ﹂ 作戦室のテーブルを囲むメンバーの中に、理事長の言葉に反応する 者は誰もいない。 ﹁さて、昨日配った資料は確認しているな あなたは、〝月刊・妖〟を手にした美鶴に、首を縦に振ることで答 えた。 他のメンバーも同様だ。 ﹁どうやら、影時間を悪用して犯罪を行っている者がいるらしい。│ │そして、ソイツはペルソナ使いである可能性が高い﹂ そう言った美鶴の表情は複雑だ。 険しい表情の美鶴に向かって、岳羽がおずおずと手をあげた。 ﹂ ﹁あのー⋮⋮。確かにこの記事を読むとそれっぽいですけど、どうし て犯人がペルソナ使いだってわかるんですか る項目であなたの目が止まった。 ﹁天蓋付きベッド⋮⋮推定150キロ超 ﹂ ている。リストは上から服、本、食品、金銭などが続いていたが、あ 渡された資料には、〝盗まれたと予想される物品〟の目録が記され 性者の身体能力は、あくまでもただの人間レベルでしかないんだ﹂ 時間の適性がある人間はいる。││ただね、ペルソナ使いではない適 ﹁僕や、桐条グループの警備部隊のように、ペルソナは使えなくても影 紙が、スッとメンバーそれぞれの手前で止まる。なかなか器用だ。 と、それをテーブルの上へと滑らせた。 質問に答えたのは、理事長だ。彼は新しく何枚かの資料を取り出す ? ⋮⋮﹂ 琴音が驚きの声を上げる横で、真田がどこか嬉しそうにしている。 ﹁知っての通り、影時間には通常の機械は動かない。桐条グループの 開発した〝特別製〟の物以外は使用不能だ。⋮⋮もちろん、明彦の言 うように複数人が協力して盗み去った可能性はある。だが、ペルソナ 使いであれば単独での犯行が可能だ﹂ ペルソナの恩恵を受けている状態の真田は、人間の数倍の大きさの 262 ? ﹁こ い つ は、な か な か の 力 自 慢 だ な。い や、複 数 犯 っ て 線 も あ る か !? カブトムシ型シャドウを殴り飛ばしてみせる。その腕力は並の人間 とは比べ物にならない。 呼び出したペルソナを利用すれば、素の筋力の低い岳羽のイオで も、かなりの力を発揮するだろう。 ﹁それで⋮⋮ペルソナ使い⋮⋮﹂ 岳羽の声には、内心の不安がにじみ出ている。シャドウには慣れて 来ていても、相手が人間となればまた違うのだろう。ワクワクした様 子の真田や、平静なままの琴音とは対照的だ。 少し、雰囲気を変えようか。 あなたは、リストの〝盗まれたと予想される〟と書かれている部分 について質問することにした。予想される、とはどういうことなのだ ろう。 ﹁ああ、それはホラ⋮⋮。前に言ったと思うけど、影時間に起こったこ とは他の出来事に置き換えられてしまうからね。正確なことがわか 単純な話だ。 ただ、その犯人は、桐条グループの人員が見つけることも出来ない でいる相手という事になる。 ﹁特別課外活動部の行動としては、今まで通りタルタロスの探索を優 先して進めて行くことになる。ただ、今はそちらが行き詰っている状 263 らないんだよ。だから、はっきり書くとホラになってしまうんだ。│ │例を挙げると、ある古本屋は、大量の本と棚が白アリにダメにされ た。でも、実際にはこれ、影時間の間に盗まれたり壊されたりしてい るみたいなんだ﹂ 理事長はその後、確実ではないが高確率で、と続けた。 ある程度のところまでは、〝桐条〟の研究成果で推測できるらし い。ただ、それは完全なものではない。 ﹂と手をあげ ! 集まったってこ 理事長の言葉について考えていると、琴音が﹁はい た。 ﹂ ﹁それで、わたしたちはどうすればいいんですか とは何かするんですよね ? 解決するには、影時間の間に犯人を探し出して、捕まえれば良い。 ? 態だ。先があるのか、ないのか。タルタロスはあそこで行き止まりな のか。その点についての調査が終わるまでの間、影時間のパトロール を行いたい﹂ そう言うと、美鶴はテーブルの上に近隣の地図を広げた。指先が地 図の上を走り、パトロールの範囲を示す。 ﹂ 港区の巌戸台周辺と、ポートアイランド全域。結構広い。 ﹁活動は、明日から始めたい。異論のある者はいるか 全員、特に異論はないようだ。ただ、2年生の2人は、少しゲンナ リとしている。 〝マジシャン〟と遭遇したときのことを思い出しているのかもし お前、アイツが⋮⋮シンジがやったって言うのか ﹂ れない。あの時も、こんなことをしていた。単に走るのがイヤなだけ かもしれないが。 ﹂ ﹁よろしい。⋮⋮それから、明彦﹂ ﹁なんだ 美鶴は、続くセリフをどこか言いにくそうにしている。 叩く。 ﹂ ﹂ ドンと大きな音がして、岳羽がビクリと震えた。 ﹁そうは言っていない。念のためだ﹂ ﹁アイツが、そんなことをするわけがない 最後まで話を聞け 真田の手が、もう1度大きく振り下ろされた。 ﹁念のためだと言っている ! ! 2人だけでヒートアップされても、周りが困るのだ。 に要求した。 ﹂ 真田の肩を押さえて座らせながら、あなたはそこから説明するよう なっている〝シンジ〟とは誰なのだろうか。 まず事情を聴かなければ、何が何だかわからない。そもそも話題に めたのだ。ここは自分が間に入るしかないだろう。 理事長が仲裁に入る様子はない。3年生2人が、突如言い争いを始 ! 264 ? ﹁一応⋮⋮念のためだが⋮⋮彼の確認をしてくれないか⋮⋮ ﹁美鶴 !? ? ? 真田は、椅子を蹴り倒して立ち上がった。革手袋がテーブルを強く ! ﹁シンジは⋮⋮アイツは、オレの幼なじみだ。たしかにペルソナ使い だが、アイツは││﹂ ﹁彼 は、以 前 は こ の 寮 に 住 ん で い た ん だ が ⋮⋮。今 は 出 て 行 っ て し まっている。││少し、問題があってな⋮⋮﹂ 真田の言葉にかぶせるようにして、美鶴が途中から引き継いだ。何 かを言わせたくなかったようにも、聞こえたが。 ﹁ああ⋮⋮あの人⋮⋮﹂と岳羽がつぶやいた。﹁春休みに会った、赤い コート着て、ニットキャップしてた⋮⋮﹂ 真田と美鶴がそれにうなずいている。岳羽も知っている人物らし あらがき し ん じ ろ う い。 ﹁荒垣真次郎君。彼は、2年前まで、特別課外活動部のメンバーとして 桐条君や真田君と一緒に戦ってくれていた。だけど、ちょっと事情が あってね、今はこの近辺で暮らしている。素行の悪い相手との付き合 いもあるみたいで、心配しているんだよ。⋮⋮学校にも来てくれない うも、口を出すより、手を出して黙らせた方が効果的だ。 ﹂ ﹁はぁ⋮⋮。明彦、彼が疑わしい立場にいることは事実だ。だから、身 どういうことだ の潔白を証明してもらいたい﹂ ﹁身の潔白⋮⋮ ? ! してくれれば、ね﹂ ﹁そういうことですか ﹂ それが分かれば問題ないわけだ。具体的に言うと、我々と行動を共に ﹁つまりだね、荒垣君が影時間にどこに居たのか、何をしていたのか、 ? 265 しね﹂ 理事長は、顔を下に向け、後頭部をかいている。言葉の最後の方は、 かなり情けない調子だった。 不登校で、素行の悪い連中との付き合いがあるペルソナ使い。元は ﹂ この寮に居たという事は、〝桐条〟についてもある程度の知識があり そうだ。 アイツはッ││何をする 確かに、かなり怪しい。 ﹁違う !? 頭に血が上った状態の真田は、人の話をあまり聞いてくれない。ど ! 美鶴の言葉に首をひねった真田に、理事長が補足で説明をする。 すると、それを聞いた真田は、膝を叩いて勢いよく立ち上がった。 この場合、なんて言 を仲間にしましょうってことですか 彼の表情は、まさに喜色満面といったところだ。 ﹂ でも、前からの部員なんでしたっけ ﹁つまり、その、荒垣さん あれ えばいいんだろ⋮⋮ ? ﹂と首をかしげている。 ? ﹂ ? れてしまいそうだ。 ﹁そうと決まれば、善は急げだ さっさと行くぞ ﹂ ! 漂っていた。月光館学園の保健室よりは安全そうな臭いだが。 ルとタバコと、化粧と香水、それからなにかを燃やしたような臭いが ポートアイランド駅前の広場から脇道に入ったそこには、アルコー 辰巳ポートアイランド 駅前広場はずれ 夜 ◇ ◇ ◇ 駅。そこの駅前にある広場のはずれだ。 目的地は、月光館学園の最寄り駅でもある辰巳ポートアイランド を追いかける。 あなたは、首の後ろを左手でかきながら、気合いの入り過ぎた真田 ! 事長が行くのはマズイだろう。ヒィとか言わされて、財布を奪い取ら ているらしい。女性陣は言うまでもなく、狩りの対象にされそうな理 問題の荒垣がよく現れる場所は、ガラの悪い連中の溜まり場になっ て、それからうなずいた。放って置くと暴走しそうだ。 そう美鶴に頼まれたあなたは、鼻息の荒くしている真田をしばし見 ﹁明彦と一緒に、荒垣と話をしてきてくれないか 復帰させるとか、連れ戻すとか、そんなところだろうか。 ずねた。聞かれた岳羽も﹁うーん 話しについていけないでいた琴音が、首をかしげて隣席の岳羽にた ? ? 今晩の月は細い。だが、バーや麻雀荘などのけばけばしい電飾が点 266 ? ? 滅し、薄暗い路地をチカチカと照らしているおかげで、明かりには困 ることはなさそうだ。 ﹂ 奥へ奥へとしばらく進んだ先で、ポカリと開けた場所が現れた。 ﹁んでよぉ、ソイツそんときなんつったと思う ﹁んだよ、もったいつけんなよ﹂ ﹁ごべんなさい、だってよ。震えちまってまともに話もできねーでや んの。いい年こいたおっさんがよ﹂ 若い男が4人。女が3人見える。タバコと酒を手に、ケタケタと笑 いながらくだらない話で盛り上がっているようだ。 よく見ると、隅の方にもう1人。ビニール袋を手にボーっとしてい る。 ﹁相変わらず臭いな。ここは⋮⋮﹂ 真田がポツリともらした。 泥人形たちの暮らしていた下水よりはマシだと思うが、居心地の良 い場所でないことは確かだ。 荒垣の居場所を聞かなければいけないのに、その相手の居場所を ﹂ 堂々とけなす。真田には、彼らと友好的な交渉をするつもりがこれっ なんつったよ、お前ら。今なんつったよ ぽっちもないのだろう。 ﹁あー ? 気にしているのかもしれない。 肩を大きく揺すり、顔を前に突き出して歩み寄って来る様子は、病 院にいたガキのようにも思える。 あなたの今の気分は、外道チンピラが現れた、といったところだ。 ﹁意外と⋮⋮でもないが、結構言うな﹂ あなたの隣で、真田が拳を鳴らした。この手の手合いは、2、3匹 ああ バラしてマガツヒに変えてやると大人しくなるのが相場だが、ボクシ ⋮⋮つーか、テメー、たしか真田とか言ったな ? ング部の主将が喧嘩をしても良いのだろうか。 ﹁ああぁ ﹂ ! 267 ? 他人のどうでもいいつぶやきに過剰に反応する辺り、意外と人目を ? どうも真田の知り合いだったらしい。意外な交友関係だ。 ? しかし、顔を近づけ下からにらみあげて来るチンピラのことを、真 ﹂ 田はまったく覚えていなかった。 ﹁すまん。どこかで会ったか 先月ひとのアゴかち割っといて、覚えてねぇだと チンピラの目つきがさらに鋭くなる。 ﹁テッメェー ふっざけ││﹂ こらぁ ﹂ それが真田の暴れた理由らしい。荒垣真次郎は、なんとも変わった ﹁シンジのヤツは、ここで騒いでいると出て来る﹂ きたが、軽いのが悪いのだ。 勢いが付きすぎてしまった。﹁うげ﹂だの﹁くそ﹂だのと声が聞こえて イケブクロのオニ達と比べると、ずいぶんと軽い。そのせいで少し ていた、チンピラの仲間達へと放り渡した。 手が支えた。そして、そのまま持ち上げ、座り込んだままこちらを見 フラリと、固い路面に倒れそうになった被害者の身体を、あなたの えば、いつものことなのかもしれないが。 満月でもないのに、今日の真田は実に好戦的だ。いつものことと言 その後に小さく﹁よし﹂と言ったので、調子が良いのだろう。 真田は、チンピラのアゴを打ち上げた拳をブラブラとさせている。 ﹁ああ、思い出した。確か⋮⋮3月の頭にもこんなことがあったな﹂ 膝がカクンと落ちた。 ﹁ふざけんな﹂と言いたかったのだろうが、言い終わる前にチンピラの !? 真田の声の調子は、落ち着いているようでいて、恐ろしく挑発的だ。 ? オマエら、いま三途の川わたったぞ ! 生態をしているようだ。 ﹁くそが ! て、あなたはつくづくそう思った。 もしも、連れて来ていたら、今ごろこいつら全員、火ダルマだ。 琴音の中にいる仲魔達、彼女らの性格があなたの知っている通りな らば、まず間違いなくそうなっている。 戦いになりそうな雰囲気を感じたら、先手を取って殺しにかかるも のだ。それが常識、それが普通。 268 ! 琴音を連れてこなくて良かった。いきり立つ3人のチンピラを見 ! あなたにしても、もしも今日が満月だったなら、似たようなことを していたはずだ。今日は落ち着いているので、ちゃんと手加減が出来 る。 あなたは、自身の身体の中に眠るマガタマの1つを目覚めさせた。 先週の〝アリス〟との話し合い以来、大人しくなったそのマガタマ の名前は〝アナテマ〟。││〝呪われたもの〟、〝神に見放されたも ﹂ の〟という意味を持つらしい、闇と呪いの力を秘めたマガタマだ。 ﹁んだぁ、おらぁ ﹂﹁⋮⋮え﹂ 倒れ伏した男たちは白目をむいたまま口から泡を吹いている。大量 ドサリ、ドサリ、ドサリと人が硬い路面に倒れ込む音が3つ続いた。 ンと上を向く。 あなたの視線が男たちの上を通り過ぎると、彼らの目が次々にグル ﹁あ⋮⋮﹂﹁お へと踏み出した。そのまま、特に構えもせず、男たちを順番に見遣る。 ファイティングポーズを取る真田を手で制すると、あなたは一歩前 ! おい、何をした ﹂ の生命力を一気に失ったせいで、意識を手放してしまったのだ。 ﹁な ? 震える指先でケータイをいじっている女だ。 ﹁くけッ⋮⋮﹂ 3人の女の内、1人の頭がカクンと落ちた。残された2人は、目を 見開き、ロクに声も出せないでいる。彼女たちは、赤く輝くあなたの イービルアイ 眼を見てしまったのだから、それはきっと仕方のないことだ。 〝 邪 眼 〟。にらんだ相手を死の直前にまで追い込むこの技は、〝 あの世界〟ではイマイチ使う機会が無かった。大体の状況において、 殴った方が早かったから。 だが、今の世界ではなかなかに便利だ。ケガをさせず、傷も残さず、 ﹂ うっかり殺してしまう事も無く、それでいてしっかりと追い込むこと が出来る。実に有用だ。 ﹁ペルソナを使ったのか⋮⋮ 小声でたずねて来る真田に、少しだけ首を縦に振ることで答える。 ? 269 ? あなたは、真田の問いに答えない。視線の向かう先は、カタカタと ? ペルソナ 仮面を被っていても、目と口は出ているものだ。見た目にも派手さが マ ハ ム ド オ ン 無く目立たないのだから、かなりありがたい。 さすがに、広範囲呪殺の出番はないと思うが。 アイスブレスも仮面を外さずに使えると手間が減るのだが、視線や 呪文と違って、いかにも〝怪物らしい〟力のせいなのか、上手く使え ないでいる。 ﹁ひ⋮⋮。ヤダ⋮⋮許して⋮⋮﹂ ﹁たすけ⋮⋮﹂ 荒垣の居場所を聞くのは1人でいい。 あなたが意識を保っている2人に歩み寄ろうとすると、彼女たちは 座ったままの姿勢でズルズルと後ろに這った。どうも、腰が抜けてし まって、立ち上がることが出来ないように見える。 と、1つの気配が近くまでやって来た。 ﹁おい、もうその辺でいいだろ⋮⋮﹂ あなたは、ポートアイランド駅方面へと歩く荒垣の後ろに続くこと にした。 ﹁││ああ⋮⋮。おい、コイツらの相手はオレがしといてやる。お前 らは、そこの泡吹いてるヤツラを介抱してやれ﹂ ﹁あ、うん。⋮⋮ありがと﹂ 細い路地に入って数歩進んだところで、荒垣が後ろを振り返った。 声をかけたのは、座り込んでいる2人の女だ。 270 赤っぽいコートに、ニットキャップの男。背はあなたよりも少し高 そうだが、背中を丸めているため、視線はやや低い。 ﹂ どうやら、お目当ての人物が釣れたらしい。真田の言った通りだ。 ﹁シンジ ﹂ ﹁ア キ と ⋮⋮ そ っ ち の ⋮⋮。つ い て 来 い よ。用 が あ ん の は オ レ だ ろ た。彼に駆け寄った真田は、うっとうしそうにあしらわれている。 荒垣は広場の惨状を見渡すと、帽子の上からガリガリと頭をかい ﹁⋮⋮ったく、やりすぎだろ⋮⋮﹂ ! もうここに用はない。 ? 放って置いても死にはしないと思うが、チンピラを気にかけてやる とは、相当気の良いヤツなのかもしれない。 ◇ ◇ ◇ 先ほどの広場から少し離れた路地裏で、あなた達は立ち止まって話 すことにした。 なんの用だ ﹂ あんな騒ぎまで起こして、晩飯の誘いでした、 路地の薄汚れたコンクリート壁に背を預けた荒垣が、まず口を開 く。 ﹁で 寮に戻ってこい けなのだ。 ﹁シンジ ﹂ ﹂ でないと、美鶴に処刑される ﹂ ﹂ ! 寮に戻ってこい ! ﹁ああ⋮⋮﹂ ﹁だから ﹂ の間の行動が分かるようにしてくれってことだ﹂ ﹁その、だな⋮⋮。理事長が言うには、犯人でない証明として、影時間 なんとも言えないが、何か心当たりがあるのかもしれない。 荒垣の眼がわずかに細められ、手がピクリと動いた。 ﹁⋮⋮は ﹁美鶴のヤツが、影時間に泥棒で、お前が犯人だと言っている ! ﹁説得は俺に任せろ﹂と真田が主張したので、とりあえずは見ているだ あなたは、腕を組むと今晩の食事について考えた。 しれない。 そういえば、まだ夕飯を食べていなかった。それはそれでいいかも なんてことはねぇよな⋮⋮ ? ﹁そっちのは ﹂ さく舌打ちした。 ﹁チッ⋮⋮﹂あなたが何かに気付いたことを感じ取ったのか、荒垣は小 あなたは黙って、真田の言葉に対する荒垣の反応を見ている。 ﹁イヤだね﹂ ! ? 271 ? ? ﹁はぁ ! ? ! !? ﹁ああ、こいつは、今の特別課外活動部の現場リーダーだ。強いぞ﹂ ﹁そうか⋮⋮。どうにも、物騒な目のヤツをリーダーにしたもんだな。 ﹂ お前⋮⋮いや、いい⋮⋮﹂ ﹁っと、話をそらすな ﹁ア キ、お 前 は 暑 苦 し い ん だ よ。と に か く、オ レ は ア ソ コ に は 戻 ら ねぇ。そんだけだ⋮⋮﹂ 荒垣は、肩で真田を押しのけ背中を見せた。去ろうとする男に、あ ﹂ それじゃ、何か お前らがダメなら、〝桐条〟がオレを常 なたは桐条グループの警備部隊について話した。 ﹁ああ 時監視するってのか ﹂ ﹂ ﹂ ﹁クソッ⋮⋮。わかった⋮⋮影時間だけだな 影時間の間だけ、お 桐条本家の当主もこの件について関心を示しているらしい。 桐条には、資金も人員もある。美鶴の話しでは、美鶴の父親である ? 前らと行動してれば文句ねぇな ﹁シンジ ﹁ああ、ああ ﹁寮には戻らねぇぞ⋮⋮﹂ !! ? ? ﹂と荒垣と共に影時間を過ごしてから帰ることにした。 あなたは、ペルソナ使いの荒垣と知り合いになった。 かれようなのだ。 真田に任せておくと、勝手にタルタロスに突入してしまいそうな浮 そうだ。 影時間の行動予定を荒垣に伝えるのは、あなたか美鶴の仕事になり おけ あなたはそのまま寮へと帰り、真田は﹁今日の見張りは俺に任せて れ〟に向かい、夕食をとった。特製ラーメンは実にうまい。 その後、3人で巌戸台商店街のラーメン屋〝鍋島ラーメン・はがく 荒垣は、大喜びの真田の手をうっとうしそうに払いのけている。 ! 272 ! ? ? ! 4/23 月校の女王 4/23︵木︶ 昼休み 月光館学園 3年D組には有名人が多い。 まずは、桐条美鶴。 きりじょう 彼女は、月光館学園の経営母体であり、日本の就労人口の2パーセ たけはる ン ト を 担 っ て い る と も 言 わ れ る 〝 桐 条 グ ル ー プ 〟 の 現 総 帥・ 桐 条 武治の一人娘だ。たまたま今は同じ学校に通ってはいるが、将来的に は会話することはおろか、顔を見る事すら無くなりそうな人物であ る。一般の生徒とは、住んでいる世界が違う人物だ。 次は、真田明彦。 16戦無敗のボクシング部主将。顔も良く、頭も良く、ボクシング も強い。女子生徒からの人気も高く、学園内には、彼のファンクラブ まで存在している。容姿端麗にして文武両道。それでいて、浮ついた 話が少ないストイックさもある。 そして、最近ウワサの転校生。 転校早々浮名を流して注目を集め、その後も学園で人気の高い女子 生徒達とのウワサが絶えない。上記の桐条美鶴や真田明彦との親交 も何故か深く、一定の信頼を得ているようにすら見える。というよ り、桐条美鶴に関しては、浮いたウワサの相手の1人であったりする。 転校から日が浅いこともあって、謎が謎を呼ぶ不審人物だ。深夜に半 裸でうろついていたとの証言もある、月校一のハレンチボーイ。 D組には、他にも実家が大病院の写真部部長や、グルメの王様など が在籍しているが、とりあえず大物と言えるのはこの3人だ。なんだ かオーラが違うと評判なのである。 ﹁││ホント、D組ってスゴイよね⋮⋮﹂ 午前の授業が終わってから数分が過ぎた。 あなたはトイレでの用件を終え、手を洗っている。そんな時に、近 くの手洗い場から女子達のウワサ話が聞こえて来たのだ。 273 その話によると、あなたには一般人には無いオーラがあるらしい。 ワックの新 それが良い意味なのか、悪い意味なのかは考えたくないが、とにかく ﹂ っと、そうそう、あのさ、アレ、アレ。そう 目立つ存在であることだけは確かなようだ。 ﹁あっ 作なんだけどさ 推理する間もなく、美鶴が教えてくれた。 舞い上がっているようだ﹂ ﹁明彦がな、昨日の礼だと言って置いて行った。⋮⋮荒垣の件で、相当 丼だろう。 も容器にも、〝海牛〟のロゴが刻まれているので、中身はおそらく牛 ている。白いビニール袋に入れられた、四角いスチレン容器││袋に そして、あなたの机の上にも、なぜか覚えのない物がポンと置かれ 上にちょこんと置かれている。 美鶴はまだ食べ始めていない。包装のとかれていない弁当が、机の きには便利だ。代償として、授業中に寝ることが出来ないが。 勢で座っていた。彼女の席はあなたの席の真後ろなので、こういうと あなたが席に戻ると、くっ付けた机の片方に美鶴がピシッとした姿 ﹁⋮⋮戻ったか﹂ いるのだが、それでは礼を失すると言われてしまうのだ。 忙しい人間をあまり待たせては悪い。待つ必要は無いと言っては あなたは急いで教室に戻る。 焼きそばパン他数点の入手に成功した。パンの入った袋を片手に、 あまりこんなことはなかったのだが。 には、もう慣れた。いちいち気にしてはいられない。前の学校では、 今日の昼食は、購買のパンの予定している。話のネタにされること す。 あなたは畳んだハンカチをポケットにしまうと、玄関ホールを目指 なかなか素早い対応だ。 達は、井戸端会議の内容をサッと切り替えた。 手を拭きながら廊下へと顔を出す。すると、あなたに気づいた女子 ! 真田は、牛丼をもらえば誰でも喜ぶとでも思っているのだろうか。 274 ! ! 普通に嬉しいが。 その真田は、今日も今日とて女子達に囲まれている。うらやまし い。 なが チヤホヤとされているのに仏頂面のモテ男。あなたがそんな光景 ﹂ を眺めていると、美鶴が机をコンコンと指先で叩いた。 ﹁君は⋮⋮その⋮⋮パンを買って来たのだろう 美鶴の視線は、あなたの手にしたパンと、机の上の牛丼との間を行 き来している。 登校の途中に真田が買って来たのだろう牛丼だ。当然、朝は暖か かったそれも、すでに冷えてしまっている。肉も硬く、つゆも固まっ ているはずだ。 美鶴は、そんな牛丼に真っ昼間から興味津々の様子。なんていやし い。 ﹁ち、違う。その⋮⋮だから⋮⋮その、違うんだ﹂ そういえば、この間の土曜日に真田と海牛に行った。その時のこと ﹂ を寮で話した際、美鶴はとてもうらやましそうにあなたを見ていた気 がする。 ﹁何を⋮⋮ はし そのままの流れで包みをほどき、中身に箸をつける。 急に、冷えた牛丼よりも、高級な弁当が食べたい気分になったのだ。 パンの賞味期限は、まだ余裕がある。後でオヤツにでもしよう。 あなたは、弁当を取られてしまった可哀想な美鶴に、早い安いが売 わ た し の ハ シ が りの牛丼をビニール袋ごと押し付けた。 ﹁む⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮。││まったく、仕方がないヤツだな、君は。そ んな弁当でよければ、また用意しておこう﹂ お嬢様が、昼休みの教室で冷めた牛丼だなんて、いかにもはしたな い。 それなのに、 ﹁取られてしまったのだから、仕方がないんだ⋮⋮﹂な どとつぶやく美鶴の口元は、うっすらとゆるんでいる。ハッキリ言う と、ニヤついている。 275 ? あなたは美鶴の机の上の〝桐条特製弁当〟を奪い取った。そして、 ? ﹁これは⋮⋮ ﹂ い、いや、知っている、ぞ。うん﹂ 早くて安い牛丼、しかもテイクアウトとくれば、やはり割りばしで 〟と〝海牛の割り箸〟はレベルが違う代物だ。 おそらく、と言うよりも確実に、美鶴が使ったことのある〝割り箸 た場面で経験があるとのこと。 らないが、儀式的な意味合いで使われることもあるらしく、そういっ 聞けば、〝割り箸〟に慣れていないわけではないらしい。よくわか る。微妙に泣きそうに見えなくもない。 失敗割りバシの使い心地を確かめる美鶴の顔は、かなり困惑してい う。 気合いが入り過ぎて、利き手側の力が強くなってしまったのだろ ﹁くっ、作法通りにしたはずなのだが⋮⋮﹂ ハシの長さは、比率にすると3対2と言った所か。 ただし、その割れ方は酷くいびつだ。片方が途中で折れてしまった パキリと、木が割れる音がした。 ﹁なっ⋮⋮﹂ だろうか。 と思う。〝おしぼり〟同様慣れていないように見えるが、大丈夫なの 美鶴が普段行くような店で、割り箸が使われていることはまずない どとつぶやきつつ、割り箸を手に取った。 ぎこちない仕草で〝おしぼり〟を試した美鶴は﹁なるほど⋮⋮﹂な であることだけは確かなようだ。 どことなく緊張した様子で封を開けるその姿から、見慣れないもの 用途はわかる、という事だろう。 ﹁ん らった経験が││無いかもしれない。 まさかとは思うが、見たことが無かったのか。コンビニなどでも から出て来た、〝おしぼり〟を見て首をかしげる。 り箸、手拭きをビニール袋から取り出した。そして、ビニール袋の底 美鶴は、うれしい気持ちを隠そうと努力しながら、四角い容器と割 ? 食したいところ。気分的に。そう考えて美鶴の箸を取り上げたのだ 276 ? が、どうにもやりすぎてしまったらしい。これは返さないとマズイだ ろう。 あなたは美鶴に少し待っているように告げると、箸を洗うために手 洗い場へと向かった。 ﹁いや、その、すまない⋮⋮﹂ 戻ってきたあなたへとかけられた美鶴の声は、どうにも歯切れが悪 い。牛丼の難易度が厳しすぎてへこんでしまったようだ。 とはいえ、あなたはもう〝美鶴の弁当〟を食べ始めてしまってい る。美鶴には、そのままがんばってもらうしかない。 ﹁ああ、努力する﹂ 美鶴の表情がキリッと引き締まり、まるで実力テストに臨む前のよ うな雰囲気になった。紅ショウガの入った小さな袋に挑むその目は、 真剣そのものだ。意気込みが違う。 無事に開封したことを確認したあなたは、少し下を向いて首を振っ 277 た後、自身の食事に取かかることにした。得物は微妙に扱いづらい割 りばしでも、弁当の中身は高級品だ。安い牛丼とは桁が違う。おそら く値段的にも。 あなたたちが無言で食事に挑んでいる間、教室内からヒソヒソと聞 こえて来るいくつかの声があった。 ﹂という羨望であっ それは例えば、 ﹁桐条さん可哀想。冷めた牛丼食べさせられてる﹂と いう非難であったり、 ﹁真田君の牛丼⋮⋮ほしい で、気まぐれで、実に大変だった。 なんだか、ティターニアを思い出す。あの妖精の女王は、わがまま 夜の夢〟でいいのだろうか。 ght s Dream〟と書かれた本だ。意味はそのまま〝真夏の そう言う美鶴の手にあるのは、表紙に〝Midsummer Ni ﹁ギリシア神話か。勉強熱心だな﹂ 昼食をすませたあなたは、読みかけの本を鞄から取り出した。 いつものことである。 の誤解の声であったりした。 たり、あるいは﹁また桐条さんお手製弁当、うらやましい⋮⋮﹂など ! ﹁退屈だから、踊ってくださる ﹂などと言ってつき合わされ、その挙 句に、あまりに下手だから練習しなさいと何度も絞られたものだ。 羽の生えた悪魔と同じ動きを求められても困る。﹁あの人、小さく て﹂などと言っていないで、お相手はオベロンに頼んでほしいものだ。 ﹁ああ、そうだ。汐見のピクシーは、これに登場する悪戯妖精のパック が変化した呼び名らしいので、読み返しているところだ﹂ 少し中を見せてもらうと、全て英語で書かれていた。読めなくはな いが、苦戦しそうだ。 マガタマを植え付けられて以来、話す分にはどこの国の相手とでも 話せるのだ。悪魔の言葉は、全世界で通用する。 ター ミ ナ ル ただ、読み書きはなかなかそうもいかないらしい。アマラ深界に あった、黒い墓標の文字は読めた。しかし、アマラの転輪鼓に刻まれ た文字は上手く解読出来なかった。 勇に言わせれば、 ﹁じっと見てれば、なんとなく分かるようになる﹂ そうだが。 ﹁実はペンテシレアも少しだけ関わっている。登場人物の親類程度の ものだが││そう考えると、多少の縁を感じなくもないな﹂ あなたは、真夏の夜の夢の内容を詳しくは知らない。話題になった ついでに、美鶴に教えてもらうのも良いだろう。 この間、美鶴が読んでいた〝Spring Awakening〟 の内容については、聞いても教えてもらえなかったが。 あの美鶴が、顔を真っ赤にして右手を振り上げ、叩くような素振り まで見せたのだから相当なものだ。人には言えないような中身の本 だったに違いない。 後でそう言ったところ、美鶴がしばらくカンカンのお怒り状態に なってしまった。 ﹁内容を知るには読むのが一番だが⋮⋮。読まずに概要だけで判断す ることは危険だ﹂ とはいえ、読んでみる前に大まかなスジを確認してみるといった判 断方法もあるのではないだろうか。事前の情報取集は、可能であれば やっておきたいことだ。 278 ? ﹁一理ある⋮⋮か 話は、とある男女が駆け落ちを誓うところから 始まる。││女には親の選んだ結婚相手がいるのだが、それとは違う 人物と恋仲になってしまったせいだ﹂ 駆け落ちの話しだったとは、いきなり難易度が高い。ティターニア とオベロンが起こした、夫婦喧嘩の物語なのかと思っていた。 ﹁││で、さらにややこしいことに││﹂ あいづち 美鶴の説明が続いている。あなたの役割は、それにうなずいたり考 え込んだりしながら、ときどき相槌を打つことだ。 邪魔者になっている婚約者の男を好いている娘が登場し、そこにさ になるわけだ﹂ らに妖精の夫婦喧嘩とホレ薬。浮気草のつゆには、ティターニアでも 敵わないらしい。 ﹁││とこうして、関係が四角 ことも忘れてはならない。 ◇ ◇ ◇ ヘンな物は持って来てませんでしたねぇー﹂ せっかく人が持ち物検査してやってんのにさぁ ﹁││やめて﹂ ﹁なぁんだよ ﹂ ことにした。移動教室用の小さめのカバンの中に、オヤツを潜ませる あなたは上機嫌な美鶴にうなずきを返すと、午後一の授業に備える 饒 舌なのだ。このクラスメイトは。 じょうぜつ 時間絡みから広げて行くと、大体なんとかなる。話し始めれば結構 あなたの手持ちに、美鶴と合う話題は少ない。だが、ペルソナや影 今度だな﹂ ﹁それで││っと、そろそろ移動しなければいけないか。続きは、また うだ。 アはマリンカリン。やはり、読まなければついて行くことは難しいよ 親の決めた婚約者、駆け落ち、四角関係。その裏側で、ティターニ ワケがわからなくなってきた。 ? あなたが、美鶴や真田と連れ立って移動していると、今にも泣きだ ﹁さぁっすが優等生 ? 279 ? ! ? ﹂ あざけ しそうな女性の声と、複数の女が上げる嘲りが聞こえて来た。 ﹁森山さん、待って う。 ﹁おい ﹂ !? なんだよ、人が⋮⋮﹂ ﹁あぁ リわかる声を出しながら振り返り││ いじめている側の3人は、美鶴の質問に対して、不機嫌だとハッキ どうやらいじめの現場に遭遇してしまったらしい。 物を踏んだり蹴ったりしている後ろ姿の3人。 を必死に集めている。そして、それを見下ろしながら、バラまかれた 1人は這いつくばり、床に散らばったノートや教科書、文房具など 角を曲がると、そこには4人の女子生徒がいた。 そこで何をしている た彼女に釣られるようにして、男2人も急いで声の出どころへと向か 今まで機嫌の良かった美鶴の表情が、一気に険しくなる。駆け出し さんの物が床に落ちたような音、重なるいやらしい笑い。 廊下の角の先から聞こえて来る、待ってほしいと懇願する声、たく ﹁イヒヒ││﹂﹁アハハッ││﹂﹁ウェヒ││﹂ ! ・ ・ ・ ・ ・ 答えられないのか ? ⋮⋮﹂﹁え⋮⋮あ⋮⋮﹂などとうわ言をもらす。 ・ ﹁何をしている、と聞いた。││どうした ﹂ 沈 黙 が 辺 り を 支 配 す る。数 秒 掛 か っ て 再 起 動 し た 3 人 が、﹁ヤ バ そのまま固まった。 ﹁せい、と、かい、ちょー⋮⋮﹂ ﹂ ﹁げっ ? ﹂ 床に手をついていた短い髪の女子が、それに反応して身体をビクリと リーダー格と思われる浅黒い肌の生徒が、去り際に大声を出した。 ﹁風花 ふうか 〝桐条さん〟の威圧感があまりにも凄まじいから。 と、正しい判断かどうかわからないが、この場では仕方のないことだ。 その直後に3人の取った行動は、逃亡だった。後々までを考える いる可能性もある。 美鶴の身体から、冷気が放たれているかのようだ。本当にもれ出て ? 280 ! ! !! 震わせる。 ﹂ 余計なことを言うなよ、といった意味だろう。 ﹁待て 待てと言って待つヤツは、あまりいない。 美鶴にしても、言わずにいられなかっただけなのだろう。走って追 名前は ﹂ いかけることまではしないようだ。 ﹁君、大丈夫か⋮⋮ ? 無い。 やまぎし ﹁あの⋮⋮えっと⋮⋮山岸、です﹂ ﹁何があったか、話してくれないか ? がったのだ。理由はわからないが。 ﹁君は⋮⋮昨日の朝礼での、私の話を聞いてくれただろうか ? ﹂ るつもりはない。どうだろう ││私を頼ってみてはくれないか ﹁綺麗事を言ったと自覚はしている。だが、私は⋮⋮あれをウソにす と迫る。あなたでは、とてもマネ出来そうにない行動だ。 山岸の手を取って立たせた美鶴は、繋いだ手はそのままにグイグイ ﹁あ、はい﹂ ﹂ それ以上何かしようとしても、いじめられている当人がそれを嫌 かけたら止める、といった程度のことだった。 自身の所属していたクラスで。それに対してあなたがしたことは、見 あなたが前に通っていた学校でも、いじめはあった。それもあなた 合わせようとしない。 言い難いのだろう、山岸は口をモゴモゴとさせている。美鶴と目を ﹁その⋮⋮﹂ ﹂ 寄る美鶴と、散らばった物を拾い集める男子2人。連携行動に問題は 〝風花〟と呼ばれた生徒は座り込んでしまっている。そこに駆け 出来た。 そのため、美鶴からの目配せが飛んでくる前に行動を開始することが あなたと真田は、日頃のタルタロス探索によって訓練されている。 ? ? 281 ! 美鶴にそう言われた相手は、口をパクパクとさせている。 ? その様子に何を思ったのか、美鶴は繋いだままの手にもう片方の手 を重ねて、両手で包み込むようにした。 これだけは約束しよう﹂ ﹁⋮⋮ 無 理 強 い は し な い。上 手 く 解 決 で き る か も わ か ら な い。た だ ⋮⋮君を見捨てる事だけはしない 生徒会長にそう言われた女子生徒は、耳まで真っ赤にして顔を伏せ る。マンガだったら頭から湯気をふきだしているところだろう。 ﹁美鶴。そろそろ行かないと授業に遅れるぞ﹂ 真田が拾い集めた物を差し出す。あなたも、それに合わせて落ちて いたカバンなどを山岸へと渡した。昼食もまだだったのだろう、その 中には〝焼きそばパン他数点のパン〟もある。 ﹁あ、ありがとう⋮⋮ございます﹂ うつむいたまま、途切れ途切れに礼を言われる。美鶴のせいで、イ ロイロといっぱいいっぱいなのだろう。生徒会長は少し自重した方 がいい。 ﹁良かったら、生徒会室や3年のD組を訪ねてみてくれ。││そうだ な、これも渡しておこう﹂ ﹁あの⋮⋮違うんです。これは、その⋮⋮いじめとかじゃなくて⋮⋮ 森山さん達は⋮⋮﹂ 美鶴は、持っていた手帳からメモ用のページを1枚取る。それか ら、そこに数字の列を書き始めた。どうやら電話番号のようだ。 渡された相手が何か言って遠慮しているが、美鶴は強引に押し付け る。 ﹁こちらの方が確実だ。││私が勘違いしているだけなら、それが一 番良い。皆で笑ってくれ﹂ そう言って、美鶴は山岸の手を解放した。 そして、山岸が、カバンとその上に置かれた教科書や文房具、何よ りも手渡されたメモを大事そうにギュッと抱えたところで││ グゥーっとお腹の鳴る音が廊下に響いた。 あなたは、片手を拝む形にして皆に謝った。雰囲気が台無しであ る。せっかく美鶴が頼れる生徒会長をしていたのに、最後にオチをつ けてしまった。 282 ! ﹁え あの⋮⋮あれ ﹂ 悪魔にとってのマガツヒは、奪い取られたら存在を維持できなく だ。トールにマガツヒを奪い取られた直後の勇のように。 まるで、マントラ軍の本営で倒れていた勇のように感じられるの の中にはマガツヒがほとんど残っていないということだけである。 あなたが影人間達から感じ取れたことは、ああなってしまった人々 その理由はよくわからない。 た相手をなかなか見つけられないのだ。一般人ではないあなたには、 つというのも、おかしな話だが、一般の人々は影人間になってしまっ がここ数日で目立つようになって来ている。存在感がないのに目立 確かに、彼ら、彼女らが、道路や建物の中にボーっと立っている姿 影人間。何かをする気力も、存在感も無くしてしまった人々。 状も見ておきたい﹂ ﹁ああ、それから⋮⋮影人間がかなり増えてきているようだ。その現 た。例の影時間泥棒の被害確認も兼ねている。 珍しく美鶴にヒマがあるらしいので、この辺りの案内を頼ことにし ﹁今日は生徒会の活動がないのだが⋮⋮﹂ あなたが振り返ると、美鶴がカバン片手に立っている。 帰り支度をしていると、後ろから肩をつつかれた。 放課後 ◇ ◇ ◇ いるので、食べる気になれそうにないのが欠点だが。 ばパンと、かにパンが入っている。両方とも踏みつぶされてしまって あなたの手にしている小さめのカバンの中には、オヤツ用の焼きそ れては照れくさい。美鶴や真田にからかわれてしまいそうだ。 あなたは、山岸が何か言い出す前に授業に向かう。いちいち指摘さ ? なってしまうほど重要な代物だ。身体を構成している材料と言って もいい。 283 ? その悪魔と同じ、情報と物質、2つの性質を兼ね備えているシャド ウとペルソナ。この2つに取ってもマガツヒは重要なものなのかも しれない。影人間とシャドウの関係を見る限りでは、少なくともシャ ドウとマガツヒの間には、密接な関係があるように思われる。 ﹁やはり増えているな⋮⋮。タルタロスは行き詰まり、人の中には罪 を犯すものが現れる。正直、焦ってしまう﹂ ポロニアンモールをグルッと回った後の美鶴の感想だ。 タルタロスはいかにも怪しいが、現在は桐条エルゴノミクス研究所 ││略してエルゴ研││の解析待ち。 影時間を悪用する犯罪者の方はというと、桐条グループの保有する 部隊を相当数投入しているにもかかわらず、今のところ成果なし。今 晩から始める特別課外活動部による見回りも、人数的には気休め程度 のものだ。 ﹁なんらかのペルソナ能力によってかく乱されている可能性もある。 私たちが参加することでそれが分かれば良い、といった程度の話さ﹂ その後、あなた達は喫茶店で一休みして寮へと帰った。 0時から見回りだ。何かしら成果があると良いのだが、それは少し ばかり高望みが過ぎるのかもしれない。 鞄の中にあったつぶれたパンは、寮の近くで見かけた白い柴犬にあ げた。有名な犬らしい。 284 4/24 魔術師の嫉妬 4月23日︵木︶ 夜 巌戸台分寮 1Fラウンジ 美鶴は1人がけのソファに座ったまま、ラウンジのテーブルに両手 をついた。そして口を開く。 ﹁見回りと言っても路地を1つ1つ見て回る必要は無い。被害にあい そうな場所、あっていそうな場所を重点的に、だ﹂ それを聞いているのは、あなたに琴音、真田、岳羽の特別課外活動 部メンバーと幾月理事長。それから、皆の座っている場所から1人離 ﹂ れ、壁に背を預けるようにして立っている荒垣真次郎だ。 ﹁はい、質問 ﹂ 琴音がビシッと元気よく挙手した。どうやら、今夜の彼女は絶好調 のようだ。本人曰く、 ﹁一晩ぐっすり眠れば、元気全開、体調万全 とのこと。 いが。 ﹁なんだ 汐見﹂ ﹁〝被害にあいそうな場所〟って、具体的にはどんな所ですか ﹂ そもそも人間ですらないあなたには、人のことを言えた義理など無 識では考えられないところがある。 やら本当のようなのだから納得するしかない。汐見琴音には、一般常 そんな簡単に体調の管理が出来るとは思えないのだが、それがどう ! には、盗まれたと思われる品物と、被害に遭った商店の名前が書かれ ている。 ﹁ああ、そうだ。現金の被害が一番多いが、食品の被害も多い。多額の 現金が入っているATMと、食品。この2つをまとめて狙うことがで き、影時間の前後に周辺をうろついていても怪しまれない場所﹂ リストの中に一番多く名前が並んでいるのは、コンビニエンススト アだ。 285 ! あなたは、手元にある〝被害報告書︵予想︶〟に目を向けた。そこ ? ? ﹁要するに、この辺りのコンビニを全部見て回れってことですか ﹁とりあえずは、そうなる﹂ ﹂ ﹂ 察しろと言われてもわかるわけがない。どうにも理事長は手強そ 来ない。理由は〝察してくれ〟とのことだ。 岳羽が言い終わる前に、理事長が首を横に振った。大人の事情で出 ないんですよね。やっぱり⋮⋮﹂ ﹁警察にその桐条グループの開発した物を渡すってワケには⋮⋮いか だろう。 口にしてはいないが、犯人もまた同様に限られていると言いたいの る。 続けてそう言うと、理事長は右手の指で眼鏡をゆっくりと押し上げ たちのような適性を持ったペルソナ使いだけなんだ﹂ いる。桐条グループの開発した特殊な装備を身に着けている者か、君 ﹁そんなわけで、影時間を利用する犯罪者に対抗できる者は限られて に起きた出来事を知覚できない。 化〟してしまう。棺桶の中で〝死んでいる〟状態の者たちは、その間 時の死んだ影時間の中では、普通の人々は棺桶のような姿に〝象徴 からね﹂ 対応できない。││普通の人は、それがあったことにさえ気づけない 変換されてしまう。青緑の光が照らす夜に行われた犯罪は、警察では ね。影時間に行われたことは、それが明けた後、事実とは違う現象に ﹁そうそう、それから、赤いバツ印が既に被害があったと思われる所だ わせた。 理事長は真田の質問に首を縦に振って答えると、地図の上に指を這 ﹁この青いマークがコンビニの位置ですか と呼ばれている地域のすべてが、その地図に載っている。 寮のある巌戸台と、学園の建っている辰巳ポートアイランド、港区 た。 美鶴が岳羽にそう答えると、理事長がテーブルの上に地図を広げ ? うなので、〝事情〟については、またの機会に美鶴から聞いてみるこ とにしよう。 286 ? ﹁特別課外活動部の活動としては、今後もシャドウの討伐とタルタロ スの探索を優先する。影時間を終わらせる手がかりが得られれば、そ れ以上の成果はないからな。││町の見回りというのは⋮⋮正直な ところ、私のワガママだ。そういったことがあると知ってしまったか らには、何かをしないといけない、とそんな風に思ってしまってな﹂ 言った後、美鶴は視線をテーブルに落とした。地図を見ながら指を 動かし、巡回ルートを確認している。 全員で一塊になって移動するのだろうか。それとも、マジシャンと 遭遇した時のように、何組かに分かれるのか。 個別に散開しての単独行動は、出来ることなら避けたいのだが。 ﹁そうだな⋮⋮2手に分けるか。能力を考えると、君と私は別行動が いいな﹂ あなたには、美鶴に及ばないものの周囲の状況を探る能力がある。 その能力のおかげで、あなたは自分たちに向けられている敵意を色の 287 イメージで判別することが出来るのだ。 他にも、一度歩んだ場所の地図を脳内で展開することや、その地図 上のどの位置に自分がいるのかを正確に把握することも可能だ。 ﹂ 幻術や、空間跳躍のワナや、落とし穴などが仕掛けられた迷宮でも ない限り、あなたが道に迷うことはまず無い。 ﹁チームの割り振りは、現場リーダーに頼んでも良いか │﹂ 回り〟に参加することになってるみてーだが⋮⋮。そもそも俺は│ ﹁俺は行かねーぞ。黙って聞いてりゃ、いつの間にか俺までその〝見 なった。 そうやってあなたが考えを巡らせていると、荒垣が不機嫌そうにう のだから、この3人で旧交を温めてもらった方が良いかもしれない。 いや、2年前の特別課外活動部は美鶴、真田、荒垣のチームだった でやりやすそうだ。 うか。それとも、この間のように男女で分けというのも、それはそれ 務められる真田か荒垣を付ける分け方がバランスに優れているだろ 戦力のバランスを考えると、万能な能力の琴音を美鶴側に、前衛を ? 荒垣は、ニット帽を指でつまんで引き下げ、目元を隠している。 そんな荒垣が話を終えるよりも早く、飛び上がるようにして席を シンジ ﹂ 立った真田が、彼に詰め寄ってその腕をつかむ。 ﹁なぜだ ﹁あ、そっか。荒垣先輩じゃなくて、荒垣君なんだ この間、年上の 琴音や岳羽からすると、荒垣は年上の下級生となるわけだ。 と、彼はまだ1年生だろう。 一昨年の途中から休学しているとのことなので、出席日数を考える 荒垣は月光館学園の生徒だ。書類上は。 近況を確認しておかないと﹂ 光館学園の理事長だから⋮⋮。長期休学中の生徒に会ったことだし、 │少し聞いておきたいこともあったしね。ほら、僕って一応だけど月 ﹁そうだね。それじゃあ、荒垣君は僕と一緒に留守番と行こうか。│ 任せよう。 あなたは、理事長へと顔を向けた。荒垣のことは、寮に残る人間に 邪魔になるだけだろう。 やる気のない相手を無理に連れて行っても役に立たない。むしろ な視線を送る。 きを話した。彼に呼びかける美鶴には、何も言わず、ただにらむよう 真田にわめかれた側の耳を押さえながら、荒垣は遮られた言葉の続 ﹁荒垣⋮⋮﹂ 前らと一緒に行動する理由がねぇ﹂ てぇ。変に付きまとわれたら面倒だから顔を出しただけだ、俺は。お ﹁アキ⋮⋮わざわざ近くまで来てキンキンわめくな。ツッ⋮⋮耳が痛 !? ! 琴音⋮⋮﹂ ││キミ、1年生のクセに生意気だぞ ﹂ 同級生とは友達になりましたけど、年上で下級生って会うの初めてか も ﹁ちょっと ! から出た言葉が、荒垣の表情を引きつらせる。岳羽がその肩に手を置 いてたしなめているが、腰に手を当て、指を一本たてた姿勢の琴音は ドヤ顔のままだ。 288 ! 開いた左手の手の平に、右の握りこぶしを打ち付ける琴音。その口 ! ! もしかしたら、その〝年上の友達〟と似たような立場の相手がいて 嬉しいのかもしれない。 ﹁ああ⋮⋮。いや⋮⋮その⋮⋮荒垣は、3年生だ。確かに出席はして いないが⋮⋮﹂ ボソボソとそう言ったのは美鶴だ。彼女は、あなたや琴音と目を合 わせないように顔をそらしている。 桐条、そいつはどういうことだ⋮⋮ ﹂ 何か後ろめたいことがあるのだろう。わかりやすい。 ﹁ああ あなたは、美鶴にバイクについて質問した。いつもは機材を積んで か。 るかもしれない状況で、〝桐条のお嬢様〟が1人というのも不用心 同じ分け方が良さそうではある。ただ、ペルソナ使いの人間が敵にな こうなると、バイクの美鶴と、3年男子2名、2年女子2名の前と た。 いう事で、岳羽が反発するかとも思ったが、特にそんなことは無かっ 他の面子には、それなりにやる気があるらしい。美鶴のワガママと 荒垣が不参加となったことで、メンバーが5人になってしまった。 としか言いようがない。 面談と言いつつダジャレの実験台にされるのだろう。ご愁傷さま ゲンナリした様子の荒垣が、理事長に連れられて行く。 ﹁ま、そんなワケで、荒垣君は僕と二者面談でもしていようか﹂ ﹁余計な事しやがって⋮⋮。どうせ行かねぇんだから関係ねぇが﹂ ものなのかもしれないが。 私立学校で、経営母体と理事長が味方についているのなら、そんな う。 〝桐条〟の力は恐ろしい。学校の出席程度どうとでもなるのだろ 校できなくなってしまったのでは⋮⋮と、考えてだな﹂ だと恥ずかしいのではないかと⋮⋮。もしかしたら、それが原因で登 ﹁それは、だな⋮⋮。戻って来た時に、クラスメイト全員が年下ばかり ? ああ、あれは、タルタロス探索用の機材を積んでいるだけだか 289 ? いるが、アレに2人乗りは可能なのだろうかと。 ﹁ん ? らな。降ろせば可能だ﹂ それならば、誰かと美鶴の2名がバイクで、もう一方は残った3人 でいいだろう。機動力のあるバイク組が、寮から遠い場所を担当すれ ばいい。 ﹂ ! そうなると、美鶴と組むのは││ 私、リーダーと一緒がいいです ﹁あ ﹂ ? ﹂ ﹁イヤ、それは無理。││って、違うから。そーゆーのじゃないから ウワサとか違うって。言ったでしょ﹂ 影時間が明けた時のことを考えて、今日は武器を持ち歩いてはいな 掴んでいることを表現しているようだ。 岳羽が胸の前で握った手を打ち合わせる。緩く握った拳は、何かを ね﹂ ﹁なんか、あれですよね。これって⋮⋮。えーと、あれみたいですよ あなたは、真田や岳羽とくだらないことを話しながら歩いている。 巌戸台周辺の路上 4月23日と4月24日の狭間 影時間 ◇ ◇ ◇ 2年生の喧騒を他所に、あなたは美鶴と分担を決めて行く。 慌てて顔をブンブンと振って見せる。なんとも忙しいことだ。 岳羽は、真田に首と手を横に振って返し、ジト目の琴音にも何やら ! ﹁なら、俺もこっちだな。岳羽、ちゃんと俺たちの走りについて来いよ クに2人乗りなど耐えられないのだろう。 のまま採用である。普段から美鶴とギクシャクしている岳羽だ、バイ バランスから考えると、美鶴と組むのは琴音が良さそうなので、そ あなたが何かを言い出す前に、岳羽が徒歩組を希望した。 ゆかり⋮⋮ ﹁へ ! い。前 回 の こ と で 懲 り た の だ。召 喚 器 さ え あ れ ば ど う に か な る。あ 290 ? ! なたの場合は、それさえも無いが。 ﹁ああ⋮⋮。火の用心、マッチ一本ってヤツか﹂ ﹁あ、それです﹂ 起きている火事を見つけるためではなく、起きそうな災害を防止す るための見回りと考えると、割と合っているのかもしれない。 相手が偶然能力に目覚めてしまっただけの人物だとしたら、自分の 他にも影時間に行動している人間がいることを知れば自重すること を期待できる。その程度の話だ。 もしも首尾よくペルソナ能力者見つけることが出来て、さらにその 相手が仲間になってくれたら││という考えもあるのだろうが。 ﹁あー、ありそうですね。桐条先輩、やたら張り切ってたし⋮⋮﹂ 岳羽はそう言いながら、いつもは弓を持っている弓手を頼り無さそ うに見つめている。 いつも素手のあなたにはよくわからないが、影時間に得物が無いの は不安なのだろう。とはいえ、拳が武器の2人が一緒に居るのだ、バ イク組の2人よりはマシなはずだ。 ﹁そうだな。俺もお前もコイツがメインだ。もし何かあっても、岳羽 はペルソナに集中してくれればいい﹂ 真田が拳を握って見せると、いつも着けている黒い革手袋がギュ リっと音をたてた。 それで少し気が楽になったのか、岳羽は少し笑ってぺこっと頭を下 げる。その後、あなたが真田と同じ仕草をしてみせると、ビクッと怯 えてしまった。これが信頼度の差と言うものなのか。 ﹁わかってるんですけどね。そんなことないって。でも、リーダーっ て素手で硬そうなシャドウも倒しちゃうじゃないですか。あれが、も うちょっとで自分の顔に⋮⋮って想像しちゃって。││急に召喚器 抜いたからだって、理解はしてるんですけど﹂ 初対面の印象はなかなか消えてくれない。 あなたの拳がシャドウを粉砕するたびに、岳羽の脳内では〝自分が ああなっていたかもしれない〟、と考えてしまうようだ。 あの時、美鶴の声が少しでも遅れていたら、岳羽はもうこの世には 291 いなかった。影時間中だったことを考えると、寮のシーリングファン が落下して来たことによる〝事故死〟とでもなっていた可能性があ る。 ﹁うっわ⋮⋮。私⋮⋮本気で間一髪だったんだ⋮⋮﹂ 状況を想像してしまったのか、岳羽の顔色が急に悪くなる。それ は、影時間の暗緑の光のせいだけではないだろう。 自分では励ますのは無理だろうと考えたあなたは、目で真田に救援 を求めた。 ﹁岳羽、プロテインを取るといいぞ。身体を頑丈にすれば、多少殴られ 拳を恐れないようになれるぞ﹂ ても死ななくなる。それとも││そうだな、ボクシングをやってみる のはどうだ ﹁遠慮させてもらいます﹂ 筋肉を鍛えても頭蓋骨は硬くならない。しかし、身体を丈夫にすれ ば死に難くなるのは確かだ。プロテインで仲間を増やそうとしてい るだけ、なのかもしれないが。 岳羽の機嫌が悪い。この話題はこれまでにしよう。 あなた達は、当たり障りのない雑談しながら夜の町を歩くことにし た。 そろそろ影時間が終わりそうだ。 ﹁成果、ありませんでしたね﹂ 任された場所すべてとはいかなかったが、それなりの範囲を回るこ とが出来た。 取り敢えずは、こんなものだろう。元から、桐条グループがそれな りの人数を出しているのだ。 ﹁タルタロスにも行かない。夜のロードワークもしていない。こうな ﹂ ると、少しばかり物足りないな。││どうだ、これから少し走らない か とだ。 ただ歩きながら話していただけの今夜は、真田にしてみると運動量 が不足しているのだろう。普段は巌戸台の寮から出発して、ムーンラ 292 ? 1日休めば取り戻すのに3日かかる。真田がいつも言っているこ ? ﹂ イトブリッジを渡り、ポートアイランドをグルッと走っているのだか ら。 ﹁てか、真田先輩って、前にもそんなこと言ってませんでした まぁ、トレーニングを欠かさないように心掛けてい さらに上を狙えるんだぞ ﹂ ﹁なんだ、お前は走らないのか。⋮⋮いつも思うが、もっと鍛えれば、 んでいる。 日付が変わったばかりの街。その路上で、真田が軽くステップを踏 4月24日︵金︶ 0時 ◇ ◇ ◇ に生活の音が戻った。 の雲が流れ始める。時間が遅いので小さくはあるが、あなた達の周囲 緑色の光が消え、街に明かりが灯る。人々は棺桶から這い出し、空 と、辺りの風景が変わった。 ているのだろう。真田は深夜に走って来ることが多い。 早く寝た方が身体には良いような気がするが、影時間の活動に備え 行って無い日には、真田から毎日のように聞かされている。 言うように聞いた覚えがあるセリフだ。というよりも、タルタロスに 顔の前で手を振って、提案を拒否する構えの岳羽。確かに、彼女が るからな、俺は。そんなこともあるだろう﹂ ﹁ん、言ったか ? ﹁えっと⋮⋮。じゃあ、帰りましょうか ﹂ 番怖がられている対象が言う事ではないので、口にはしないが。 が、こんな時間に岳羽を1人で歩かせるワケにもいかないだろう。一 それに、ペルソナ使いである以上そうそう問題があるとは思えない 言っている。 強くなるのに、実戦に勝るものはない。││あなたの経験が、そう ともだが、あまりやる気にはなれない。 現状に満足せず、向上心を持って鍛錬に励め。真田の言う事はもっ ? ? 293 ? 真田は、ブツブツと言いつつ走り去った。どうやら、荒垣も彼のト レーニングに付き合ってくれないらしい。 横から見上げて来る岳羽にうなずくと、あなたは寮へと歩き出し た。 寮までの道のりの3分の1程を歩いたところに、自販機があった。 ││ラインナップに、〝イワクラのおいしい水〟がある。ただの水の と評判の飲料だ。実際、これを飲んだ琴音はすぐに起 はずなのに、飲むと落ち着く、口にすると眠気が納まる、これで金縛 りが治った きた。 ﹁あ、ども﹂ 差し出したのは、イワクラの水と255茶。無難な255茶を選ん だ岳羽は、ペコリと頭を下げる。 適性の在るペルソナ使いであっても、影時間の行動は疲れるらし い。真田を見ているとそうとは思えないが、そういうものなのだ。 タルタロスの近くにも、ぜひ自販機を設置して欲しい。何かを飲む と、影時間の疲れが少し取れると評判なのだ。 私、フツーに購買のパン食べてるし⋮⋮﹂ ﹁タルタロス近くの物って、ちょっと口にしたくないですけど。って、 ヤバッ げで数量が限定されてしまうので、種類が少ないのだ。そんな話を前 ですかね﹂ に聞いた気がする。美鶴からだっただろうか。 ﹁あ、じゃあちょっと安心 ﹁お ドーモー、コンバンハー。イオリ・ジュンペーデース⋮⋮﹂ 来た。 飲み物片手に並んで歩いていると、前方から見知った顔が近づいて ? 気色ワルッ ﹂ ! い。 ﹁なにヘンな声だしてんの ﹂ とか言うなー⋮⋮﹂ ﹁じゃあ、キモイ ﹁気色ワルッ ? ﹁それもヤメテ⋮⋮。てかさ⋮⋮、ゆかりッチはさ⋮⋮、こんな時間に ? ! 294 ! その辺りを警戒して、購買の商品は毎日回収しているらしい。おか ! あごヒゲに帽子がトレードマークの2年生は、どこか様子がおかし ? ナニしてるワケ ﹂ それはお互いさまのような気がしなくもない。 伊織の手には、コンビニの名前が入ったビニール袋がぶら下がって えっと⋮⋮。えっとー⋮⋮散歩 って いるので、買い物の帰りなのだろうと推測は出来るが。 ﹁ナニって⋮⋮。それは そんなワケないし⋮⋮﹂ ? ほら、遅いですし ﹂ 困惑と動揺に潤んだその瞳が語っている。〝どう答えましょう 〟と。 ﹁あーとー、帰りましょう ﹁特別、課外活動⋮⋮ いやー、そのー、先輩。無理に詳しく答えて になる。それを聞いた伊織は、何故か2、3歩後ずさった。 特別課外活動部の活動なので、あえて言うならば〟特別課外活動〟 終わらせようとし始めた。 あなたまでもが考え込んでしまうと、岳羽が強引に伊織との会話を ! ? 影時間のことは話せない。返答に詰まった岳羽が、あなたを見る。 ! ? 良い言葉だ。 ﹁察し⋮⋮。あー、リョーカイシマシター ソレジャー ﹂ ! ﹁もう⋮⋮ヘンなヤツ。行きましょう ﹂ ングに毎日付き合ってくれるに違いない。 真田と気が合うかもしれない。彼が仲間だったら、真田のトレーニ 伊織は走り去った。深夜だと言うのに実に元気だ。 ! 理事長が教えてくれた、事情は察してくれたまえとは、実に都合の に考えてくれる。 つまり〝察して〟もらうのだ。答えを用意しなくても、相手が勝手 理事長に倣うことにした。 なら 岳羽と同様に上手い返事を思いつかなかったあなたは、数時間前の で⋮⋮ハイ﹂ もらわなくてもいいんで⋮⋮。その、イロイロ都合とかあると思うん ! 伊織のことは良く知らないが、何か様子がオカシイらしい。まぁ、 うにして、あなたはまた歩き出す。 右手をアゴに当て、小首をかしげる岳羽。そんな彼女に促されるよ ? 295 ? どうでもいいことではあるが。 ﹄ なんで、なんで、あの人バッカリ 世の中どーなってんだよォ ﹃チックショー ろーがぁ オッカシーだ !! 深夜に大声で叫ぶとは、近隣の方々に迷惑ではないか。今度会った き会った伊織の声のように聞こえる。 あなたの優秀な耳が、遠くで誰かが叫ぶ声を拾った。それは、さっ !! !! ら注意しないと。 296 !! 4/25 万物の根源 4月25日︵土︶ 夜明け前 巌戸台分寮 自室 今夜も特に問題なし。収穫もなし。桐条グループのチームを統括 している理事長からの連絡もなし。 2日目の影時間パトロールを終えたあなたは、自室で眠りについ た。 それから数時間、室内の空間が歪み始める。だが、あなたはまだ目 を開かない。 歪んでぼやけた光景が元に戻ると、ドアを背に金色の髪に青い服の 少女が立っていた。アリスだ。 だが、今はもう〝影時間ではない〟。夜が明ける少し前の時間だ。 ? タを上げていなかったことに気付いて、口に出してもう一度意思を示 した。 どことなくさびしそうな気がしたのだ。これまでは〝影時間〟に しか会わなかったので、〝そういうもの〟なのだと思い込んでいたの かもしれない。 ││あのジカンは、すごしやすいの。あなただって、そうでしょう ちがう い時間なのだ。 ドウ、そして悪魔がいてもおかしくはない。つまり、あなたに相応し 〝影時間〟は、普通ではないおかしな時間だ。ペルソナ使い、シャ 確かに快適かもしれない。 どうだろうか。最初のころはともかく、慣れて来た今となっては、 ? 297 立ち上がったあなたは、その疑問を口にしてしまう。 このまえ。ダ すると、彼女は両手を胸の前で組み合わせ、目を閉じて見せた。 ││あら またね、っていってくれたでしょう メ、だった ? あなたは、無言で首を横に振って答える。しかし、相手がまだマブ ? ? あなたがそう返すと、アリスは両手を揃えた両足の膝上に置くよう に上体を倒した。そして、そのまま上目遣いで尋ねて来る。 ││そう。コノヨはつかれてしまうの。でも、アノヨならつかれな い。わかるわよね あ あ ⋮⋮ あ な た は 赤 の 王 そうね⋮⋮おしえてあげましょうか │ │ し ら な か っ た の う ー ん ⋮⋮ さまだから、わからないのね ? あなたのまえにいるのは、ワタシよ 局のところ何だったのだろうか。 ││なにかかんがえごと いまはね。 ? まぁ、いいかしら かんがえているのね ワタ ? 定通りだ。 ││ふーん シのこと。 ? 慌てたあなたは、軽く謝りながら彼女に教えを乞う。ここまでは予 まったようだ。 室 内 に 漂 う 雰 囲 気 が 少 し 悪 く な っ た。ア リ ス の 機 嫌 を 損 ね て し ? た理由〟を聞かされていない。思わせぶりな態度だったが、アレは結 あなたは、世界を滅ぼした〝先生〟が〝あなただけを生かそうとし 巻き込まれるときは巻き込まれるものだ。 厄介な事に巻き込まれたりすることもあるとは聞くが、知らなくても どんな知識でも、あるに越したことは無い。知ってしまったせいで ? ? 神的なものはならば、どっちでも感じることはあるけれど。 あなたは、どちらでも体力的に特別疲れると感じたことは無い。精 が〝影時間〟のことだろうとは思うのだが。 よく、わからない。〝この世〟が普通の時間のことで、〝あの世〟 ? た。どうやらお気に召した様だ。 会話の合間に、他の相手のことを考えるほどの余裕は無い。 イタズラ ? ﹂と伝説の遊び神〝ロキ〟が言ってい ただ、 ﹁多少の悪戯心は、女を相手にするには必須だ、必須。男 男なんてどうでもいいだろ た。 アリスは少し首を傾げて考える様子を見せた後、急に上機嫌になっ ? ? 298 ? アリスの眼が、どことなく呆れ気味なのは気にしない。雰囲気自体 ちかくにいってもいい は、かなり柔らかくなったのだから問題ないのだ。 ││それじゃあ、オハナシしましょうか あなたは、うなずいた。 魔が相手だと、 ﹁バカめ ﹂などと襲い掛かって来そうな質問だが、こ 内心はビクビクとしているが、ここは断る場面ではない。小物の悪 ? そんなカンジでい ? ││すわって るのは、あちらなのだが。 本当に怖がっているのはこちらで、それを見てクスクスと笑ってい 怖いと言うのなら怖いのだとしておこう。 これっぽっちもアリスが怯えているようには見えない。それでも、 なってしまっていた。 あなたは自然と、足の位置、身体の向き、その他諸々と臨戦態勢に られると、すこしコワいわ。 ││もうすこし、ラクにしてくれないかしら のアリスはそういった手合いとは異なりそうだ。根拠は勘だが。 ! こに乗せる。 ││うーん まぁ、よしとしてあげる。カンシャして、ね ? 息を吐き、怯えを抑え、腰を下ろす。足を開き気味にし、両肘をそ に座って、リラックスした姿勢を取って見せろと言っているのだ。 アリスの視線があなたから逸れ、背後のベッドに向けられた。そこ ? つぎはそこまで じゃあ、そのつぎ ? まったのだ。 ││きょうは、ここまで は⋮⋮ ? あなたは、彼女の歩みの一歩ごとに、ピクリピクリと反応してし がりながら。 言いながら、アリスはゆっくりと歩を進める。あなたの様子を面白 ? く指を曲げた手で唇を隠し、クスクスと笑う少女の姿をした悪魔。 止まった。それから、座るあなたの隣を見て、妖しく目を細める。軽 アリスは、ドアからベッドまでの短い距離の半分ほどを進んで立ち ? 299 ? なんだろう、この敗北感は。もてあそばれているような気分だ。 今の状況について考えを巡らせると、自分の中の何かがハジケそう に⋮⋮ならない なにか、おかしかったかしら あなたは、食いしばって耐えた。 ││どうかしたの ろしい。 ? ワ タ シ も、お お き く な っ た ら そ う す る の。だ か ら、こ れ は れ ん ││また、しつれいね。イスをまわすのはレディのおしごとなのよ ディにしては少々はしたない所業である。 あ な た の 椅 子 は、ク ル リ と 回 る タ イ プ な の だ。そ れ に し て も、レ つけてクルクルと3回転。 そう言うと、アリスは近くにあった椅子に座った。そして、勢いを ││あら、しつれいね。でも、きょうはここまで、ね が、彼女にはすべてを見透かされているような気もする。なんとも恐 小さく笑いながらのアリスの言葉は、質問の形を取ってはいる。だ ? しゅうなのよ 影時間以外でも行動できるのなら、そのうち遊園地にでも連れて 行ってみようか。メリーゴーランドやティーカップ、観覧車みたいな やった ⋮⋮コホン。これじゃ、センセイにク 椅子に座って回るものがたくさんある。 ││ホントに ! だった。なんだろう、この界隈で流行っているのだろうか。 そういえば、氷川も椅子をキィキィと鳴らしながら回すのが好き とか、ポロニアンパークとか、そんな名前の施設が。 この港区の近くには何処かないのだろうか。桐条スーパーランド ゴーランドがあった。ただ、少しばかり遠い。 あなたの記憶が確かならば、東京ディスティニーランドにはメリー る説教は苦手なようだが。 る途中で、明らかに顔つきが変わった。先生の終わることなく回転す どうやら、アリスは回転木馬がお好きらしい。あなたが話をしてい メリーゴーランド ドクドおこられちゃう。 !? 300 ? ! 意味がよくわからない。彼女は、回る椅子が好きなのだろうか。 ? ? │ │ ヤ ク ソ ク ね ゼ ッ タ イ よ や ぶ っ た ら ⋮⋮ わ か る わ よ ね ジ ? ンブゥンとアリスが回る。 ││エイガをみましょう ター ミ いっしょにね ? ナ ル どうしてそう思うのか、自分でもわからないが。 も、命の危険はないのだろう。 なんともおかしな状況だが、不思議と焦りも不安もない。少なくと る。動くことも目を閉じることも無理なようだ。 自分自身の身体を認識することは出来ず、ただ意識と視覚だけがあ 気が付くと、あなたは赤い場所に居た。 ◇ ◇ ◇ れながら落ちるように。 る。あなたの意識だけが、血管の中のような通路を飛んで行く。ねじ レンコンかハチの巣か、そんなイメージの赤黒い格子をすり抜け ルで転移するときのように、ブゥンブゥンとあなたも回る。 あなたの眼に映る光景が、グラグラと歪んで行く。まるでターミナ ? クルクルと椅子が回る。まるで〝アマラの転輪鼓〟のように、ブゥ アルカナのみちゆきのきまり。 ちびきのままに。はじまり、めぐり、おわり、またはじまり。それが まれて、そだって、かえって、またうまれて。すべてがマガツヒのみ ││まわる、まわる、まわる。セカイも、イノチも、なにもかも。う いう間〟だ。 が違うのかもしれない。悪魔にとっては、100年ぐらいは〝あっと ルーズというより気が長いのかもしれない。もしくは、時間の感覚 とりあえず、約束の日までは大丈夫。悪魔は割と時間にルーズだ。 あなたは、アリスに〝いつか、きっと〟とあいまいな約束をした。 かもしれない。 アリスの眼が真剣だ。ちゃんと連れて行かないと、殺されてしまう マ ? ﹁はじまるよ﹂と隣で誰かが言った気がする。 301 ? あなたがそう思った瞬間、目の前の赤い壁が動き出した。今まで壁 だと思っていたが、どうやら真っ赤なカーテンだったらしい。 そうか。何処か見覚えのある光景だと思っていたが、ここは車椅子 の老紳士の居た場所に似ているのだ。あれの﹁映画館﹂バージョンと 言ったところだろうか。 キィィキィィという音と共に、垂れていた幕が上がって行く。そう して現れたスクリーンに、〝マガツヒ、あるいはマグネタイト。心の 力〟とタイトルらしきものが映し出される。 ﹃さて、あなたが知りたいのは、悪魔が存在するために必要なモノにつ ﹄ いて⋮⋮のようですね。では、お話ししましょう。マガツヒと悪魔に ついて﹄ 何処かで聞いた女の声だ。 ﹃マガツヒ。││この言葉を覚えていますか ボルテクス界での出来事の大半は〝マガツヒ〟に関わるものだっ た。どいつもこいつもマガツヒ、マガツヒ、マガツヒ。皆が皆、マガ ツヒを求めていた。 氷川だっただろうか、マガツヒのことを﹁悪魔の糧、神の供物。創 世の源﹂と言ったのは。 ﹃神も悪魔も、人も、そして〝宇宙〟も。全てはマガツヒによって成る のです。ボルテクス界で、あなたは見たはずです。││マガツヒを奪 われ、朽ちてゆく悪魔達を﹄ 女の言葉に合わせて、スクリーンの映像が切り替わる。 マガツヒを奪い取られたマントラ軍の悪魔達は、弱って消えて行っ た。イケブクロに拠点を築いていた大勢力が、マガツヒを吸いつくす 装置1つで壊滅したのだ。強大な力でマントラ軍を支配していたゴ ズテンノウも、その時に砕け散った。 ﹃見たはずです。││満ちたマガツヒによって、呼び出され、形を成し たコトワリの化身を﹄ 続いて映し出されたのは、ヨスガのバアル・アバター、ムスビのノ ア、シジマのアーリマン。 大量のマガツヒを集めることで生み出されたコトワリの守護神達 302 ? だ。 ﹃そして、あなたは成したはずです。││ボルテクス界全てのマガツ ヒを用いた〝創世〟を﹄ スクリーンの中で、白く輝く球体が弾けた。数え切れないほどのカ グツチのカケラが、ボルテクス界の内側に突き刺さり、画面が真っ白 に染まる。 創世の光カグツチもまた、塔を通じてマガツヒを吸い上げていた。 それを用いて、あなたは新たな天地を創造したのだ。 ﹃マガツヒこそ、アマラの海に漂う全ての存在を構成する根源なので す。マガツヒの在り方の一部だけを見て、悪魔の糧〝生体マグネタイ ト〟と呼ぶ者いますけれど﹄ この世は疲れる。あの世は疲れない。アリスはそう言っていた。 マガツヒがないと、悪魔は存在を維持できない。〝あの世界〟││ ボルテクス界││では、それほど意識しなかったが、〝この世界〟で はそれが不足する、ということだろうか。 ﹃マガツヒは、人を始めとする生命の想いから生れます。より多くの 情報を持つ存在からは、より多く。より強い欲望を持つものからは、 より強く﹄ 映像が切り替わった。 マントラ軍の悪魔の拷問によって、マガツヒを搾り取られているマ ネカタの姿。同じように拷問を受け、マネカタよりも遥かに多くのマ ガツヒを放出している人間││新田勇││の苦悶の表情。 ﹃喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。ありとあらゆる感情から、マガツヒは 生まれいでます。││そう、〝心の力〟。それがアマラ宇宙の根本な のです﹄ 今度の場面は、悪魔が人を殺している光景だった。苦しみにもが き、悲しみ絶望する瀕死の男を、喰らい殺していく獣型の悪魔。 ﹃物質的な性質の強い環境で、情報存在でもある悪魔が実態を保つた めには大量のマガツヒが必要なのです。不足すれば、力は衰え、飢え と渇きに苦しむことになる。場合によっては、その悪魔としての〝本 来の姿〟を保つことが出来なくなり、外道と成り果てることもあるで 303 しょう﹄ あなたは、召喚に失敗して不完全な姿で現れてしまった魔王のこと を思い出す。フニャフニャのスライムとして形を成してしまったあ の魔王は、本来はとても御立派なのだが、あの時は恐ろしく御立腹 だった。 ﹃それらの苦痛を最も手早く解消する方法。それは、マガツヒを大量 に生み出す生き物から摂取すること。││即ち、人間を苦しめ、発生 したそれを食すことです﹄ スクリーンの中では、馬に乗った騎士のような姿の悪魔││真田の ポリデュークスによく似ている││が、荒垣の首を絞めている。苦し む荒垣から立ち上った赤いマガツヒが、悪魔の中へと吸い込まれてい く。 ﹃古来より、力は〝血〟に宿ると申します。手間を惜しむ悪魔の中に は、人間の血を流すことによってマガツヒを補う者も多いようです ね﹄ 今度は、やたらとヒラヒラした衣装を着た女の姿が映された。年齢 は、あなたとそう変わらないように思える。服は、ゴシックロリータ というヤツだろうか。 と、女の背後から、動物の骨で作った仮面のような物を付けた女性 型の悪魔が現れた。そして、手にした短剣で人の女を斬り付ける。 女の手首がそれによって切り裂かれ、血があふれ、そこからマガツ ヒが湧き上がった。悪魔は、短剣とは反対の手に持っていた燃え上が る杯に、血とマガツヒをくみ取っている。 ﹃このように、悪魔を傍らに置きながら充分なマガツヒを与えること の出来ない者は、その血肉でそれを補う事になるのです。││もちろ ん、このような関係は長くは続けられません。早晩、彼らは飼い慣ら せぬ悪魔に喰らわれ、死す定めにあるのです。マガツヒを生み出す能 力が足りないのですから、これはどうしようもないことです﹄ 荒垣が死ぬ。この音声はそう言っている。 あなたは声を上げ、スクリーンに問いを投げたが、返事は無い。映 画は勝手に流れるだけだ。 304 ﹃さて、分不相応な悪魔を内に宿す者の末路を知っていただいたとこ ろで、次はあなたの話です﹄ あなたは、悪魔だ。人の皮を一枚はがせば、その下から強大な悪魔 としての姿が現れる。 思わず、満月の夜に凶暴化し、殺戮の限りを尽くす自身の姿を想像 してしまう。 マロガレ ﹃⋮⋮安心なさい。あなたに限っては、このようなことは起こりませ ん。なぜなら、あなたは宇宙の中心で眠る渾沌。此の世を夢見る赤の 王なのですから。││もっとも、それは王としてのあなたに限った 話、ですけれど⋮⋮﹄ 意味が、わからない。それから、声のタイミングが良すぎる。本当 は、映画ではなくて会話なのではないだろうか。 あなたがそう考えると、 ﹁おやおや、相変わらず察しの悪い。││全 ては貴方へと還る。そういうことでございますよ﹂と老婆の声が聞こ えた。 どうやら、〝後ろの席〟からのようだ。この声も、どこかで聞いた 覚えがある。 今のあなたは身体が無い。だから、振り返って確かめることは出来 ないが、〝あの老婆〟に違いないと思う。 画面に映っているのは、真っ暗な空間の中に浮かび、赤い光をボワ リと放つマガタマのような何か。 ﹃多くの情報を持ち、より強大な力を持つ悪魔ほど、より多くのマガツ ヒを必要とします。││あなたが、〝アリス〟と呼ぶ者も、それなり に多くのマガツヒを必要とする存在。心、情報が優先される異界の中 でならともかく、通常の物質世界では消耗が激しいのです﹄ この世は疲れ、あの世は疲れない。アリスはそう言っていた。 疲れて飢えた時、彼女も人を食うのだろうか。 ・ ・ ・ ﹃アリスは、あなたのマガツヒを食しました。││あらゆる想いが、マ ガツヒとなる。それが他ならぬあなたの想いであるならば、悪魔が〝 この世〟に留まるには最高の糧となるでしょう。恐怖や憎しみが手 早く効率が良いと言うだけで、それがどんな感情であれ、自身に向け 305 ﹄ られることこそが重要なのですから。そう⋮⋮例えば⋮⋮〝愛〟、で も良いのですよ ﹂と少女の声が聞こえた。 サラサラと消え始めている。 │ │ ほ ん と う の あ な た は、ぜ ん ぶ し っ て る の よ じょうぶ。たぶんね ? シャドウもペルソナもね。これは、わかったよね あなたは首を縦に振った。 ? ││なにもかも、ぜんぶマガツヒでできてる。ワタシもあなたも、 〟でも〝この世界〟でもそれは共通のようだ。 とりあえず、マガツヒは大事。それだけは覚えている。〝あの世界 ? だ か ら、だ い というより、夢の中の出来事のように、見聞きしたばかりの記憶が よくわからない。が、なんとなくわかった気にはなった。 ││わかった アリスは、まだいる。椅子をクルクルと回して遊んでいるようだ。 あなたは、ベッドに腰を下ろした姿勢に戻っている。 ◇ ◇ ◇ なった。 視界がぼやける。赤い劇場の風景がグニャリとねじれ、真っ暗に あなたが知りたいこと、教えてあげるから﹄ ﹃そろそろ閉幕の時間ね。聞きたいことがあれば、またいらっしゃい。 らどんな反応をするだろう。 この勝手な魔女たちに、モイライ三姉妹みたいだ、と言ってやった をすすっているのか。この悪魔達は。 なんなのだろう、この状況は││なるほど、自分の困惑のマガツヒ 声が重なる。 隣から、銀幕から、後ろから、幼く、若く、年老いた、三つの笑い えた。 ﹁おやまぁ、これは、これは、照れてしまいますな﹂と老婆の声が聞こ ﹁いいのよ ? ? 306 ? たくさん、たくさん。トキはあなたのテキなの。メをと ││シャドウをコロして、マガツヒをためるの。あのトキとおなじ ようにね い つ ま で ? 敵〟だと言う。 う ば い ま し ょ う た た か い ま し ょ う ││あまりゆっくりしていると、おいつかれてしまうわよ しましょう ? ダメだからね も、戦ってマガツヒを集めろと言うのだから。 ││それは、ダメよ。それはダメ。ダメよ ? ││しかたないから、すこしだけおしえてあげる。とくべつよ シ ャ ? キップくださいっ ? し ま う こ と っ て あ る で し ょ う そ ん な ト キ の た め の ヨ ー ジ ン ね。 て。ほら、ジブンではそんなつもりがなくても、いつのまにかのって ら、いそいでキカンシさんのところへいくのよ ショーさんにおこられてしまうわ。それでも、もし、のってしまった │ │ キ シ ャ に の る と き は、キ ッ プ を か わ な い と ダ メ よ ぶっているらしい。実際には、かなり年上なのかもしれないが。 アリスはそう言うと、軽く握った手を口に当てて咳払いした。大人 ? て訴える姿が妙にかわいらしく思えてしまう。これが悪魔のワナか。 見た目通りの存在ではないとわかってはいるが、両手を上下に振っ クソクしたのだから、ね ヤ つまり、アリスは遊園地に行きたくないらしい。そんなことより ? コロ 〝時は味方だ〟と、イゴールは言っていた。だが、アリスは〝時は マラのセツリをサダメたモノのイシだから。 じて、ミミをふさいでいても、オワリのトキはやってくる。それがア ? も、いつまでも。 ? モクババエだとか、モ いつも、いつも、つまらないダジャレばかりで。それでい かり。ゼンブ、ウソなのよ ダジャレばかりなの。なにかとなにか エブドウトンボだとか、バターツキパンチョウだとか、ヘンなことば て、ナニかをきくとウソばっかりいうのよ でしょ それから、あなたのちかくに〝カ〟がいるみたいね。カってうるさい ? かった て ね。し ん じ て は ダ メ よ で も、き に し て い な い と ダ メ よ わ をくっつけて、ホントのことはおしえてくれないの。ワタシとちがっ ? ? ? 307 ? ? ? ? ? 少しだけと言いながら、アリスの話はそれなりに長かった。 カ まとめると、汽車に乗る時はちゃんと切符を買うこと。それから、 うるさい蚊に注意すること。この2つになるようだ。 ││なんだか、つかれちゃった。あなたのせいよね よく話したから、よく疲れたのだろう。 アレはきっ そのときには、ここの ││センセイにみつからないように、もうかえるね ぶん、あなたがキシャとあったあとかしら すきでしょう チカでみつけた、オモシロイものであそびましょう と、あなただってきにいるはずよ つぎは、た 窓の外から、日が差し込んできた。夜が明けたのだ。 ? ? おニンギョウ ? ? ? あのコにピッタリだとおもうのよ あなたはど ? ないわよね ﹄ ちょっとコーフンしているの。 早くしないとーおまえのミ !? い。 ﹃ごはん ライをたーべちゃーうぞー ごはん ごはんマダー 本当に、あなたの周りにはわかるように話してくれる人物が少な またワケのわからないことを。 ごめんなさいね そうね、まだみせていないのだから、へんじなんてでき ど、いいわよね さん。ツチからうまれたマネカタとちがって、ちょっとカタイけれ ? ? うおもう ? てしまいそうだ。 ? ワタシはいつもみているのだから。あなたを、 ││うるさいユーレイね。⋮⋮それじゃあ、またね わすれてはダメよ ね ヤクソク、 ゴーストQが騒いでいる。早く起きないと、頭からマルカジリされ ! ! ? 自分が覚醒へと向かっていることを自覚した。まどろみの時間は終 わり、これから1日が始まるのだ。 ﹃コバラスキマ││﹄ あなたは、枕もとの暴食オバケを叩いて黙らせた。この目覚まし は、耳にやかましい。 変わった夢を見た。まるで、現実にあったことのように思える。 308 ? ? ! アリスの姿が朝の光に溶けて消えて行く。それと同時に、あなたは ? ﹁せんぱーい ﹂ 起きてますかー るんですけどー 朝から元気な琴音の声だ。 ちょっと聞いてほしいことがあ ? それに答えながら、あなたがふと勉強机に目をやると、手前の椅子 がクルリと向きを変えていた。 309 ! ! 4/26 さよならピクシー 4月25日︵土︶ 放課後 月光館学園 廊下 本日の授業が終わった。影時間まで、特にやらなければいけないこ とはない。 強いて言えば、図書室に借りていた本を返却しに行くことくらいだ ろうか。 あなたは鞄を開いて、2冊の文庫本が入っていることを確かめた。 〝ギリシアの神話〟。あまり詳しいことまでは書かれていなかっ たが、大まかなことはわかったと思う。残念ながら、〝カオス〟につ いてはサッパリなままであるが。 ﹂ 職員室の前を通り過ぎ、図書室の前まで来たところで、琴音と美鶴 に出会った。2人で何か話していたようだ。 リニューアルではないのだろうか。 ﹁今日、例の古本屋さんがリヌーアルオープンみたいなんですよ﹂ リヌーアル れるなどの被害にあった店だ。 思い出した。たしか、影時間を利用する犯罪者によって、本を盗ま た⋮⋮﹂ ﹁巌戸台駅前商店街の古本屋、〝本の虫〟だ。シロアリの被害にあっ それに、〝例の古本屋〟とは一体どこのことだろう。 ? 310 〝カオス〟││あなたの内にある、本当の姿を理事長がそう呼ん だ。それで興味をもって、少しだけギリシアの神話を読んでみたの だ。 もう1冊の方は、途中で読むのを止めた。これも理事長の言葉が あったので借りてみたものだが、まだ早かったようだ。3年くらい 先輩 経ってから読んでみようと思う。 ﹁あれ ? ﹁君か。丁度良いところに来てくれた﹂ ? その際の損害は、シロアリによるものとして置き換えられてしまっ そのお店の修繕が終わったみたいなんで、美鶴先輩を たらしいが。 ﹁そうです 誘ってたところなんですよ﹂ なるほど、と納得したあなたが美鶴の顔を見ると、どうやら彼女も 行く気らしい。 ﹁ああ、しお⋮⋮琴音から、オススメの本を教えてほしいと頼まれても い る。そ れ か ら、近 く に あ る マ ン ガ 喫 茶 ⋮⋮ に 行 っ て み よ う か と ⋮⋮﹂ 美鶴は、少し恥ずかしそうにしている。チラチラと琴音を見て、助 け舟を期待している様子だ。 ﹁いや、美鶴先輩。マンガ喫茶でそこまで恥ずかしがらなくても⋮⋮﹂ ﹁だ、だが⋮⋮。被害にあった方の店舗のすぐ近くでもある。それに、 学校帰りにマンガというのは││﹂ ﹂ ﹁じゃあ、一度帰ってから行きましょうよ。そんなに遠くでもないで すし なんとなく、2人の邪魔をしない方が良さそうだ。 ヒマなので、一緒に行ってみようかという気持ちが無いことも無 かったが、今日は遠慮しておこう。 ﹂ あなたは、2人に被害の修復状況の確認を頼むと、1人で帰ること にした。 ﹁一緒に来ればいいのに。││了解しました ﹁ああ、任せてくれ﹂ ﹁ただいま﹂ ﹁たっだいまー ﹂ 鶴の2人が帰ってきた。 日が落ちた後、あなたがラウンジでテレビを見ていると、琴音と美 でも、生徒会のことで担当の教師と話があるらしい。 これから職員室に用があると言う2人と別れ、帰路についた。なん ! いつもなら、忙しいと言いつつも、何故かあなたよりも早く帰って ! 311 ! ﹁う⋮⋮。そ、そうだな﹂ ! 来ている美鶴に﹁君か、おかえり﹂と言われる場面だ。今日はそれが 逆になっているところが、なんとなく面白い。 あなたが学生寮での生活するのは、この月光館学園巌戸台分寮が初 めてだ。家族というワケでもない関係の相手と﹁ただいま﹂﹁おかえ り﹂と言い合うのは、どことなく照れくさいものがある。 ﹁面はゆいってヤツですねー﹂ ﹁私も最初は少し戸惑った。明彦と⋮⋮荒垣がここに来たばかりの頃 の話だが﹂ 荒垣が寮に居た頃を思い出しているのか、美鶴は遠くを見る目つき になった。 その様子を見て当時のことが気になったあなたは、その頃のことを 少しだけ聞いてみる。 ﹁へー。真田先輩って、1年生の頃はピシッと制服着てたんですか。 今は毎日赤ベストに革手袋ですけど﹂ 長のボディガードをしてもらうことになったそうだ。2人の間で、ど んな話があったのかは教えて頂けなかったが⋮⋮﹂ 影 時 間 に 適 性 の あ る 人 間 は、シ ャ ド ウ に 襲 わ れ る 可 能 性 が あ る。 シャドウから敵と認識されるペルソナ使い程ではないにしろ、理事長 にも危険はあるのだ。 312 ﹁荒垣は、どうしてだかニット帽を脱がなかった。理由は未だにわか らん﹂ 琴音は、手袋をはめる仕草をした。その隣で、美鶴はあごに手を当 てて首をひねっている。 実は、真田の革手袋の下には恐ろしい秘密があるのだが、それを教 えるわけにはいかない。 もしかしたら、荒垣の帽子の中にも、同じような秘密が隠されてい るのだろうか。単に、ハゲを隠している、という可能性もありえるが。 ﹁荒垣君かわいそう⋮⋮﹂ やはり、強引に ││ああ、そうだ。そ ﹁む⋮⋮。不規則な生活や不健康な食事が原因か でも寮に連れてきた方が良かったのか⋮⋮ ? の荒垣について、先ほど理事長から連絡があった。彼には、今後理事 ? あなたの話を聞いた琴音が、腕を組んでウンウンとうなずく。 ﹁そ う で す ね。特 別 課 外 活 動 部 の 顧 問 が 〝 影 人 間 〟 に な っ ち ゃ っ た ら、ちょっと格好付かないですし﹂ ﹁同時に荒垣の行動確認も行えて、一石二鳥というわけだ﹂ 美鶴の顔には、荒垣が重要人物の護衛をすることに対する不安は見 られない。よほど彼を信頼しているのだろう。 ﹁││ああ、そうだ。もう1つ伝えておくことがあった。今夜は、ペン テシレアの能力で広範囲の索敵を行ってみようと考えている。訓練 もしかして、 を兼ねてのものではあるが、作戦室の機器を使うのでそれなりのこと は出来るはずだ﹂ ﹂ ﹁えっと、それじゃ今日の見回りはどうなるんですか お休みとか ﹁明日は日曜だ。ゆっくり休んでくれ﹂ ころだ。 今のあなたは、食事と入浴をすませ、浴室内を軽く清掃し終えたと ◇ ◇ ◇ あなたは、それが少し気になった。 まわないのだろうか。 名犬・忠犬と言われていても、野良は野良。保健所に収容されてし のだが、ご近所で評判の忠犬らしい。 その犬の名前が、コロマル。││首輪も着けていない野良犬状態な をやってきたようである。 話を聞いてみると、帰り道の途中で犬を見つけたので、2人でエサ 玄関のドアを開き、岳羽が帰って来た。真田も一緒だ。 ﹁ただいま。今、すぐそこにコロマルがいてな││﹂ ﹁もどりましたー﹂ ンと跳ねて喜んだ。 琴音の質問に、美鶴はうなずきを返す。すると、聞いた琴音がピョ ? 男女それぞれの浴室やキッチン、洗濯場などがある場所は、〝別館 313 ? 〟と呼ばれている。呼び方の通り、寮生の自室がある本館とは別の建 物で、主に1Fの裏口から向かうことの多いところだ。美鶴がバイク を止めている駐車場も別館の近くにあり、理事長が自動車でやって来 た際の駐車スペースもそこになっている。 入浴をすませジャージ姿になったあなたは、別館の出入り口をく ぐって外へと出た。 キッチンは別館、食堂は本館。この寮の設計をした人物は何を狙っ ていたのだろう。今は晴れている上に春だから良いものの、雨の日や ﹂ 冬になったときはひどく不便に思えるのだ。 ﹁先輩、お風呂あがったところですか 別館と本館の間を歩きながら、あなたが寮の設計について思いを巡 らせていると、本館の裏口が開き、岳羽と髪をおろした琴音が現れた。 ニコニコして軽く手を振る琴音と、無言で会釈する岳羽の様子が対照 的である。 あ⋮⋮のぞかないでくださいよ ﹂ 手荷物から考えて、これから風呂なのだろう。 ﹁はい ? しな あなたは、品を作ってニヤっとして見せた後輩の後頭部を小突い た。髪をほどいているせいか、いつもと少し違う感触だ。 琴音に、美鶴もそうだが、こんなに髪を長くしていると手入れが大 変そうである。肩甲骨辺りまでの千晶でさえ時々ぼやいていたとい うのに、彼女たちは腰まで届いているのだから。 ﹂ 美鶴先輩と違って、普段はまとめてます ││ゆかりも伸ばしてみたら ﹁んー、慣れ⋮⋮ですかね し ? ? かもスゴイ気を遣いそう。桐条先輩みたいなのは、ちょっとムリか な﹂ ﹁とめればいいじゃん﹂ ﹁えー、メンドーだよ﹂ たしかに、あの長さだと上体を倒しただけで髪が食べ物についてし まいそうだ。美鶴の場合は、食事の姿勢が恐ろしく良いので問題ない 314 ? そんなことをするワケがない。真田ではあるまいし。 ! ﹁え、うーん。やめとく。やっぱ大変そうだし。それに、食べる時なん ? ようだが。 あなたは、髪型談義でにぎやかになった後輩たちと別れ、自室へと 戻ることにした。 自分の頭をワシワシと触ってみる。短いのは楽でいい。 寮2階の廊下。あなたの自室の前に、何かが浮かんでいる。 どうやら、ピクシーのようだ。 ││あ、帰って来た。琴音に、影時間になる前に〝四谷さいだぁ〟 買っておいてって頼まれたんだけど、上手く取れなくて⋮⋮。手伝っ てくれる ペルソナを自動販売機に派遣とは、なんという面倒くさがりなのだ ろう。 あなたは、ピクシーに襟を引かれるようにして、女子の部屋が並ん でいる3Fまで連れて行かれた。確認すると、自動販売機の取り出し 口が大変なことになっていた。 ││1個1個取り出すのが面倒になって、どんどんボタン押してた ら出せなくなっちゃった。 ピクシーは、えへへ、と失敗を誤魔化すように笑う。 自動販売機の下の方、取り出し口のフタの内側に、大量の〝四谷さ いだぁ〟が縦向き、横向き、ななめ向きと詰まってしまっている。こ れは││無理に取ろうとすると、フタが壊れてしまいそうだ。 あなたが、何かを聞く前にピクシーから答えが飛んで来る。 ││理由はわからないけど、影時間に飲み物をたくさん取ると、ペ ルソナの召喚で消耗した精神力が回復するんだって。美鶴が言って た。 それにしても、こんなにサイダーばかり飲んで大丈夫なのだろう か。〝剛健美茶〟ならともかく。 あなたは、文句を言いつつも、取り出し口の中で手をぐりぐりと動 かして、なんとか1つ取り出すことに成功した。あとは、それで出来 た隙間を使って丁寧にゆっくりと作業するだけだ。 ││ありがとう。ついでに⋮⋮運んでもらってもいい ? 315 ? たしかに、ピクシーの体格でジュースの缶を運ぶのは厳しそうだ。 その小さな見た目の割に〝力〟はあるのだが。具体的にはガキを殴 り倒せるくらいにはある。 ついでのついでに、〝四谷さいだぁ〟をいくつか失敬して、代わり に〝モロナミンG〟と〝剛健美茶〟を追加しておく。 ││ここに、お願い。 あなたは、琴音の部屋に入ってすぐ左にある、小さな冷蔵庫の上に 缶を積み上げた。 ペ ル ソ ナ 本人がいないのに勝手に入っていいのだろうか。そう思わないで もなかったが、このピクシーは〝もう1人の汐見琴音〟だからいいの だろう。きっと、多分。 自動販売機ってスゴイ ││たしか、東京の自動販売機には〝ソーマ〟が120円で売って るんだっけ だ。 の小さな口から聞こえてくるのは、幼いころに聞いた覚えのある歌 肩の上では、ピクシーが身体を左右に振ってリズムを取っている。そ 鍵はかけられないので、扉だけ閉めて、あなたは廊下を歩く。その ht little Indians, │ │ T e n l i t t l e, n i n e l i t t l e, e i g この妖精が好みそうなものはあっただろうか。 の上に着地した妖精を、そのまま肩の上に。 あなたは、浮かんでいるピクシーの下に手を差し出した。手のひら ピクシーが、あなたの髪をつんつんと引っ張る。 ││ね。 るとはいえ、あまり長居するものではない。 用事も済んだので、あなたは自室に戻ることにした。ピクシーが居 だ。 たったの120円。時価ネットのたなか社長もビックリの激安価格 復 す る。そ ん な 素 晴 ら し い 神 々 の 飲 料 〝 ソ ー マ 〟。そ れ が、お 値 段 一口飲めばたちどころに全身の傷が癒え、消耗した魔力も完全に回 ! さすが英国出身の妖精、発音が良い。 316 ? │ │ F o u r l i t t l e, t h r e e l i t t l e, t wo little Indians, ・ ・ あなたの部屋に、テンポの速い音楽と、それに合わせてキーボード を踏む音が響いている。 ││これ、面白い ヴ ク ラ フ ︶の妖精がフェアリーダンスをしているのだから。 ト いや、変わっていないのか。 日付が変わった。 スを思い出してしまう。 読んでいると、アラディアにつかれた〝先生〟の、首カクカクダン 後、返却せずに帰って来てしまったのだ。 の神話〟と一緒に返そうと思っていたのに、廊下で琴音たちに会った 途中まで読んだところで、これは厳しいと思わされた。〝ギリシア おとなのおもちゃ〟は少し早すぎたようだ。 ラ あるので、神話について学ぼうかと借りてみた物だが、あなたには〝 読んでいるのは、図書室に返し忘れた本だ。ペルソナ関連の話でも わせて身体を揺らしながら、あなたの目は文字を追う。 知らず知らずの内に、あなたの鼻も歌いだす。少しだけリズムに合 す。 踊っている内にノってきたのか、ピクシーが音楽に合わせて歌いだ だろう。本物︵ ている。しかし、それよりもキーボードの上の光景の方がよほど奇妙 わせて踊る奇妙な格好をしたゲームキャラクターの姿が映し出され いわゆる〝音ゲー〟が起動しているパソコンの画面には、音楽に合 ! いいとこだったのに そのどちらでも無い時間が始まったのだ。 ││あー ! パソコンに〝黄昏の羽根〟を仕込んでくれなどと言ったら、美鶴は どんな顔をするだろうか。 あ な た は、パ ソ コ ン の 画 面 を 不 満 げ に な が め て い る ピ ク シ ー を、 チョンとつまみ上げる。 317 ? 影時間になれば機械は止まる。特殊な処置をしたものを除いて。 ! 今日は見回りも無く、タルタロスの探索も無い。影時間の月光、暗 緑の光の下で読書するというのも、気が乗らない。 特に用が無いのなら、影時間になったら寝てしまうに限るのだ。 ││休憩するの ボルテクス界で旅を始めたばかりのころのあなたは、ぐっすりと眠 る余裕がなかった。仲魔に警戒してもらいながらの短い休憩程度が やっとだった。 旅の途中からは、眠る必要すらなくなった。眠りの魔法を無効化す るマガタマの力を得たことで、眠らない存在になったから。 永眠の誘い。眠りと死はひどく近しい兄弟なのだ。厳しい戦いを 続けたあなたは、いつしか鉄の心臓と青銅の心を手に入れた。 だから、もしかしたら、本当は、今も眠る必要はないのかもしれな い。 │ │ お や す み。カ グ ツ チ が 半 分 ぐ ら い に な っ た ら 交 代 ね。⋮⋮ っ て、もういらないのか。 あなたは、柔らかそうな素材のタオルをピクシーに渡すと、布団を かぶった。最初は、ピクシーを部屋からつまみ出そうとしていたのだ が、気が変わってしまった。 久しぶりに、これも⋮⋮悪く⋮⋮ない。 ﹀長い間、一緒に過ごした。 ◇ ◇ ◇ 4月26日︵日︶ 朝 巌戸台分寮 自室 あなたは、ぼんやりとしたまどろみの中にいる。そして、なんとな く寝返りをうった。 ││うぅう⋮⋮。おもぃ⋮⋮。 動かした腕の下から、なぜか女性の声が聞こえる。薄く目を開けた あなたは、なんと、つぶれピクシーを発見してしまった。 318 ? まぁ、よくあることだ。 あなたは、つぶれ妖精を布団の上に置くと、もう一度目を閉じる。 平日なら起きるはずの時間にする2度寝は、3倍気分が良い。 ⋮⋮⋮⋮。 ││おはよー。んー、あぁー。 わめき散らすゴーストQを黙らせたあなたは、寝ぼけ顔のピクシー に挨拶を返す。どうでもいいが、大口を開けてあくびをするのはどう なのかと思う。レディとして。 ﹂と叫ぶピクシーの姿を思 ││んー、ウルサイなー。ジャックフロストなんて、いつも開けっ 放し アレと一緒の扱いでいいのか。 あなたは、顔を洗いながら﹁ヒーホー い浮かべた。││結構似合っているかもしれない。 スッキリとしたところで、着替えだ。 今日は日曜日。少し考えた後、あなたは革ジャンを羽織った。 先週の日曜を、ネットゲームをしただけで終えてしまったあなた は、まだ、この近辺をゆっくりと見て回ったことが無い。地理の把握 と、マメなマップ確認は生死に関わる。 今さらではあるが、それぐらいはやっておこう。││そういえば、 琴音に何かを贈ると約束していた。岳羽からも、そのことで釘を刺さ ピ ク シー れていたような気がする。琴音を買い物に誘ってみようか。 ﹄ あなたは、ケータイを手に取った。〝もう1人の琴音〟を頭に乗せ たまま。 ﹃おはようございます。どうかしました ﹃うーん 今日は、ちょっと予定が⋮⋮﹄ ないかとたずねた。 あなたは、辰巳記念病院に行った日のことを話して、一緒に出掛け す、というわけではなかったらしい。 どうやら、電話の相手はもう起きていたようだ。日曜日は寝て過ご ? あったのかもしれない。 それもそうだ。当日、急に言われても困るだろう。何かしら先約が ? 319 ! ! ウソウソ、ウソですって 行きましょう ﹄ そう考えたあなたは、また後日にしようと話し、電話を切ろうとし た。 ﹃って ! はいかがなものだろうか。女子高校生として。 ! ギャーギャーと騒がしかったのだが。 ││ね、ちょっと、目つむってくれる ちょっ ピクシー ﹂ あなたが目を閉じると、唇に小さく柔らかい感触。そして、またも ? どうしてなのか、今のピクシーはひどく寂しそうだ。さっきまでは ││それじゃ、さよなら⋮⋮。 に、片手を上げて応える。 そんな琴音を他所に、あなたは〝じゃあね〟と手を振るピクシー ﹁わ、わたしのピクシーが⋮⋮、朝帰りしたぁ ﹂ び出す。どうでもいいが、あんなノドの奥まで見えそうな顔をするの 待ち合わせは1階のラウンジ。琴音が、出会い頭に大口を開けて叫 び降りたピクシーは、何故か大げさな身振りで肩をすくめて見せた。 よく、わからない。先約は無かったのだろうか。頭上から肩へと飛 ! ! や叫び声。 ﹁あぁぁぁ ! ﹁っ て、こ れ ち ょ っ ﹂ 先 輩 わぁああ⋮⋮一緒に寝てるし ! な に 脱 い で る ん で す か う ! ! ピクシーは、わたしのペ・ル・ソ・ナなんですよ 手で頭を抱え、1人で悶えている。 ﹁せんぱーい だから、その⋮⋮ピクシーの見たこと聞いたこ ! になるのだろうか。もうお婿に行けない。 つまり、アレやコレや、あんな姿まで見られてしまったということ 魔の記憶が琴音の記憶にもなると知っていたのに。 ピクシーだからと、つい油断してしまった。カハクなどの件で、悪 と、経験したことは、わたしの記憶でもあるわけでして⋮⋮﹂ ! ! もう1人のわたし 汐見琴音は、朝の1番からやたらとテンションが高い。なぜか、両 ! ! た。どうやら、汐見琴音の心の海へと帰ってしまったようだ。 あなたが目蓋を上げた時には、もうそこにピクシーの姿は無かっ ! 320 ! ﹂ ﹁しょうがないなぁ、その時はわたしが、って⋮⋮。何言わせるんです か なぜ怒られるのか。勝手にノッて、勝手に人の背中をはたく。女子 外まで聞こえてたぞ﹂ とは、まことに理不尽な存在である。 ﹁汐見、何を騒いでる ﹁それは 先輩が、その もにょもにょっと⋮⋮﹂ のロードワークを済ませたところなのだろう。 トレーニングウェアの真田が、玄関のドアを開けて戻って来た。朝 ? ﹂ 仲良いのはいいですけど、これから出かけるん ! ﹁おー ﹂ モールだ。 気 を 取 り 直 し て、出 か け る こ と に し よ う。目 的 地 は、ポ ロ ニ ア ン だ。 かもしれない。戦闘をしないと満足できないとは、なんとも危険な男 堂へと向かった。最近タルタロスに行っていないので、欲求不満なの 拳を納めた真田は、うんうんとうなずきながら、満足げな表情で食 のそれぞれの眼を狙っている。 になっていた。そして、そのピンと伸ばされた左右の指先は、男2人 あなたの真田の間に割って入った琴音の腕は、大きく交差してX型 ﹁む⋮⋮やるな﹂ ですから、汗臭いの禁止﹂ ﹁はい、ストーップ パシ、パシ、パシ、パシとそのまま数度の攻防。 続けて逆の拳が伸びて来る。それもまた、同じようにして払う。 い落とした。 ふざけた様子で打ち込まれた真田の拳を、あなたは左手でパッと払 ﹁なんだ、お前のせい、か ! ! ! ポロニアンモール 〝Be blue V〟 昼 ◇ ◇ ◇ ! 321 ! アクセサリーとヒーリングの店、〝Be blue V〟。ポロニ アンモールの中心である噴水広場、交番に隣接する立地のこの店の名 前は、コウモリの翼とワシの足、毒蛇の尻尾を持った女性型の龍、龍 王〝ヴィーヴル〟を由来としているらしい。ヴィーヴルには、美女の 姿をした精霊だという説もある。 買ってみる ﹂ ﹁そうそう、ヴィーヴルの額には赤い宝石がついているのよ。こんな 感じのね。││どう だ。 ﹁あら ありがと。でも、そっかそっか、そこまでは詳しくないの いった代物だ。むしろ、手に持っている店員本人が一番似合いそう それに、琴音にそれが似合うかと言われると、ちょっとどうかと 級品だとわかる。 商品棚を兼ねたカウンター越しでも、それがどう見ても超の付く高 のついたティアラを持ち出して来た。 そう言うと、派手な装いの女性店員は、額に来る部分にガーネット ? を手にした者は、彼女を支配できるなんて話もあるみたいよ﹂ ﹁ガーネットには、女を支配する魔力があるの﹂と続けると、店員は悪 戯っぽく微笑んだ。 グリッと、あなたのスニーカーが踏みつけられる。犯人は││隣に ﹂ 怒らせちゃったみたいね。ここは1つ、ステキなのを 立っている琴音だ。口元はニコニコとしているようでいて、目が笑っ ていない。 ﹁あら大変 プレゼントして許してもらわないとね。││これなんかどう ﹁うーん。でも、ちょっと言ってみただけだったし⋮⋮﹂ を次々と提示してくる。 代わりに、パワーストーンを使ったバングル、指輪、ネックレスなど 店員の手からは、いつの間にかティアラが消えてなくなっていた。 の間違いだったのかもしれない。 ひどい商売もあったものだ。この店員に相談したことが、本日最高 ? ! 322 ? ね。ヴィーヴルの額には、割れ目があるの。そこに埋まっている宝石 ? 言いながら、琴音は手首に触れている。 あの一件は、本気で悪いことをしたと思った。だから了承したのだ が。 ﹁うーん、それなら、でも⋮⋮﹂ 琴音の目は、様々なアクセサリーの上を遊覧飛行している。 まぁ、大抵の女性は宝石が好きなものだ。〝あの世界〟での経験か ら考えると。 それに、こういった買い物は〝選んでいる時〟が一番楽しいと聞い た。〝女の買い物は長い〟などと考えず、一緒になって楽しむのが退 ﹂ ? 屈しないで過ごすコツだと思う。 ﹁センパイ、センパイ。これ、どうですか ﹂ ﹂ ﹂ ﹁あ、こっちもいいな。かわいい﹂ ﹁これ、カッコ良くないですか ﹁わ、すごーい﹂ ﹁イケてる、イケてる ﹁センパイもつけてみましょうよ ? 2回目になるが、〟長い〟などと考えずに一緒になって楽しむの が、退屈しないで過ごすコツなのだ。恐らく。とりあえず、後からグ チグチと言われることは少なくて済む。 オニバックルのどこがイケていなかったのだろうか。本気でわか らない。 ﹁ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております﹂ 結局、〝ギガラックバンド〟という名前のバングルを買うことにし た。ネーミングセンスはともかく、なんとなく幸運の訪れそうな気配 がしたのだ。パワーストーンが〝本物〟なのかもしれない。きっと、 サキミタマか何かが宿っているのだろう。 ﹂ あなたのカンは、割と良く当たる。 ﹁ありがとうございます い気はしない。 323 ! ﹁いや、それはどーかと⋮⋮。こっちにしましょう、こっちに﹂ ! 贈った物をさっそく身に着け、えへへ、と嬉しそうに言われれば、悪 ! 日曜日は25パーセントオフの大安売りだったのも大きい。タル ﹂ タロスのおかげで懐は随分と暖かいのだが、気分的な問題だ。お得感 が、出費を後押しする。 ﹁あの、先輩。アクセサリーは嫌いですか 前の〝はがくれ〟に限る。 ﹂ はなかった。やはり、この近辺でラーメンを食べるのなら、巌戸台駅 途中、昼食のために寄ったラーメン店の味は、あまりよろしい物で やって来た転校生なので、なんでもそれなりに物珍しい。 とにした。ゆったり散歩といった所だ。2人とも、この春に港区へと その後、ムーンライトブリッジを歩いて渡り、徒歩で寮まで帰るこ ラリと光っている。 何やら考えている様子の琴音。口元にあてた手には、バングルがキ ﹁シックリと来ればいいんですよね。ふむふむ﹂ 現状、素手だけで事足りていることも大きいが。 はないと思う。 言われれば、剣でも槍でも、真田のようなナックルでも使えないこと シックリと来る武器や、戦い方が無いだけなのだ。どうしても使えと 素手に強いこだわりがあるというワケではない。ただ、それよりも あれって、どうしてですか ﹁うーん。それじゃあ、ですね。先輩って、武器使いませんよね。││ ではない。 特に嫌いという事はないが、昔の勇のようにゴテゴテと着飾る趣味 ? 初めての店で大盛を頼んではいけない。今日は、また1つ賢くなっ てしまったようだ。 324 ? 4/27 恋愛のバランサー 4月27日︵月︶ 放課後 月光館学園 教室 授業が終わった。 今日は生徒会の活動日のようで、美鶴は忙しそうだ。それに対し て、真田はヒマそうだ。月曜日は、ボクシング部が休みらしい。 ﹁仕方ない、学校の方針だからな。俺は毎日でも構わないんだが、主将 が活動日の決まりを無視してしまうのも、あまりよくないらしい﹂ そう言うと、真田はチラリと美鶴の様子をうかがった。 おおかた、以前にそのことで注意されでもしたのだろう。 ﹁各部活の活動日を分けることで、運動部と文化部の掛け持ちをしや すくする狙いがあるそうだ。運動部については、身体を休ませる意味 もある。過度なトレーニングは故障の原因、そういうことだ﹂ テキパキと机を片付け、鞄を整理しながら、美鶴がこの学校の方針 を教えてくれた。 練習のし過ぎで身体を壊し、肝心な時に動けない。そんなことに なっては、本人も困るし、預かっている側の学校としてもよろしくな い、ということらしい。 この方針で、月光館学園の運動部はそれなりの成績を維持してい る。進学校でもあり、学業成績の面でも評価されているのだから、悪 くない選択だったのだろう。 ﹁美鶴の演説じゃないが、〝剣と杖〟、文武両道ってことか﹂ ﹁そんなところだ。││ああ、そうだ。こ⋮⋮汐見に生徒会の手伝い をしてもらうことになった。本当は君に頼もうかと思っていたのだ が⋮⋮他の役員に反対されてしまってな﹂ どうやら、あなたは生徒会の役員たちから嫌われてしまっているよ うだ。転校して来てから1か月も経っていないというのに、学園内に 広まっている数々のウワサを考えれば、無理もない話だが。 琴音には悪いことをした。面倒を押し付けた形になってしまった 325 ようだ。入部したばかりのテニス部の活動もあるだろうに。 美鶴が生徒会の中に協力者を欲したのは、〝特別課外活動部〟の件 があってのことだろう。 真田はボクシング部の主将。岳羽は、美鶴との仲が微妙だ。 部活に入っていないあなたは、そういった意味では頼みやすかった のだろう。変なウワサさえなければ。 特別課外活動部の﹂ ﹁そうだな⋮⋮。悪いと思ってくれるのなら、リーダーのついでに部 長も引き受けてくれないか 美鶴の口調は、冗談めいている。 桐条グループのバックアップあっての活動である以上、美鶴以外で は難しいだろう。名前だけもらっても、実質的には今と変わらない気 がする。 面倒だとは思うが、続けてもらうしかない。無論、手伝いはするし、 意見も出すつもりではあるが。 ﹁言ってみただけだ。││では、行って来る﹂ 生徒会室へと向かう美鶴を、あなたと真田は軽く手を上げて応援す ﹂ る。彼女は、少し微笑んでそれに応え、教室から出て行った。 ﹁俺はシンジに会ってから帰るが、お前はどうする 巌戸台駅前 ◇ ◇ ◇ 本を、返却しないといけないのだ。 図書室に用のあるあなたは、真田と教室で別れた。先週返し忘れた 電話だとすぐに切られてしまうらしいので。 恐らく、理事長の護衛をするという話の確認にでも行くのだろう。 あなたの手の平が、飛んで来た真田のジャブを受け止める。 そんな2人の邪魔をするのもヤボというものだ。 いる気がするほどに。 真田は荒垣が大好きだ。会うだけでテンションが1段階上がって ? 326 ? ポートアイランド駅からモノレールに乗り、少し時間が過ぎればも う巌戸台駅だ。 そして、その駅から出て少し歩くと、あなたの目にある場所が映っ て来る。 道路を間に挟んだそこは、巌戸台駅前公園。通学の途中で、よく見 かける場所だ。 そこまで広くはない公園内では、朝は元気に体操をするお年寄り が、夕方は母親が会議に夢中になる横で子供たちが、それぞれに利用 している姿を〝見かけた〟。少し前まで、そこには古びた鉄棒やジャ ングルジム、滑り台にブランコ、シーソーなどの遊具が〝あった〟。 今はもう、どちらの姿もない。ただの荒れ地になってしまってい る。4月9日に発生した、大型のシャドウ〝マジシャン〟との戦いの 結果だ。 〝マジシャン〟のまき散らした破片と炎、それに加えてあなたの繰 327 り出した衝撃波。これによって、公園内の遊具は壊れて、焼けて、バ ラバラになってしまったのだ。 遊具の残骸は、まだ撤去されていない。土中に埋まったそれらに は、鋭く尖っている部分も多くある。 そのため、巌戸台駅前公園の周囲には、未だ封鎖のテープが張られ たままになっているのだ。テープのすぐ後ろには、格子状になった金 属製の進入禁止のフェンスも設置されている。 フェンスの高さは、あなたの身長ぐらいだろうか。 そんな公園の入り口に、小学3年生から5年生の間くらいと思われ る女の子の姿があった。後ろ姿になるのでよくわからないが、どうも テープの向こうにある公園の敷地内が気になっているようだ。 あなたは、なんとなくその様子が気になった。それで立ち止まっ ﹂ て、何とはなしに見つめていたのだ。 ﹁リーダー 岳羽はあなたの横に並ぶと、あなたの視線の向かう先を確かめる。 電車だったらしい。 あなたの後ろから近付いて来たのは、岳羽の気配だ。どうやら同じ ? ﹁や、小学生はダメですよ。ダメ ﹂ でピクシーと過ごしたが、断じてそんなことは無いのだ。 〝モー・ショボー〟大好きなライドウではあるまいし。 ? ﹁うーん って、あ ﹂ たは適当に誤魔化すことにした。 〟と、そのガーヂアンの凶鳥である。上手く説明できないので、あな 学生服を着ていて、気軽に拳銃をぶっ放してくる自称〝探偵見習い ﹁いや、誰ですか、ライドウって⋮⋮。あと、もうしょぼー ﹂ る。土曜日の朝にはアリスが遊びに来たし、土曜の夜から日曜の朝ま 誰が言ったか知らないが、酷く誤解を招きそうな言われようであ て言ってたので⋮⋮﹂ ﹁え、えーっと⋮⋮。その⋮⋮が、リーダーは〝小さい子が好きだ〟っ なにが〝ダメ〟だと言うのか。 そして、何故か両手でバツ印を作ってダメ出しをして来た。 ! だ。 あの子、小学生ですよ あった。いつも真田が走り去ってしまうので、自然とそうなったの ここの所の〝影時間夜回り〟で、岳羽とはそれなりに話す機会が 員である。 連れ戻して来いという事だろう。まったく、リーダー使いの荒い部 張る岳羽。 心配なら自分で見に行けば良いものを、何故かあなたの制服を引っ ! んだのだ、何があっても自分の責任である。 ﹁そんなこと言ってる場合 ﹂ とはいえ、〝入ってはダメ〟と書かれている場所に自分から入り込 いないとケガをすることもあるだろう。 公園だった場所には、まだ尖った残骸が残されている。気を付けて ﹁え、ちょ。あれ、危ないんじゃ⋮⋮﹂ に乗り越えてしまった。 登っている。格子状になっている部分を手でつかみ、足をかけ、すぐ 公園の前に居た女の子が、封鎖のテープを潜って、フェンスによじ ! 怒らなくてもいいだろう。 ! 328 ? 案外、真田なりに気を遣ってくれていたのかもしれない。あなたと 岳羽の間は微妙にギクシャクとしていたので、この機会になんとかし ろ、と。 仕方ない。少し使われてやることにしよう。せっかく話しやすく なったのだから。 あなたは、左右を確認して車が来ていないことを確認する。そし ﹂ て、走って道路を渡り、そのままの勢いでテープとフェンスを飛び越 えた。 ﹁わっ あなたの着地の音に、女の子が声を上げて驚いた。そして、あなた を見ると、すぐに慌てた様子で敷地の奥へと駆け出す。怒られると ﹂ 思ったのかもしれない。 ﹁あっ 声をかけて引き止める間もなく、女の子が何かにつまずいた。彼女 が倒れて行く先には、尖った何かがあるように見える。 あなたは、10メートルほどの距離を一気に飛び、女の子の腹に手 を回して抱え上げた。 危なかった。間一髪セーフ、と息を吐く。 心配した岳羽に頼まれて来たと言うのに、逆にケガをさせてしまう ところだった。 あなたは、女の子をゆっくりと地面に下ろす。 ﹁えっと⋮⋮。ありがと﹂ 戸惑ったように礼を言う彼女に、あなたは仕草で気にするなと示し た。 地面を見ると、引きちぎれたようになっている金属の棒が突き刺 さっている。 鉄棒か、ジャングルジムか。いや、太さからすると、ブランコの支 柱だったのかもしれない。元々は。 ここは小学生には危険だ。下手なところで転んだら、大ケガに繋が りかねない。 ﹁やだ﹂ 329 ! ! あなたが戻るように言っても、女の子は嫌がって言う事をきかな い。首と肩を振って拒否を表現しながら、何かを探すように公園の中 ﹂ を見回している。 ﹁やーだー どうしようか。なんだかとても面倒だ。持って帰ってしまった方 が早いだろうか。 しかし、泣かれたりすると困る。どうしたらいいのかわからない。 ﹂ というか、すでに少し涙ぐんでいる。本当に、どうしよう。 ﹁リーダー 離れたところから飛んで来た岳羽の声は、なぜかあなたを責めてい るような調子に聞こえた。 声の方向を見れば、岳羽が柵の格子に足をかけ、おっかなびっくり といった様子で乗り越えているところだ。 ﹂ まぁ、〝やってはいけない〟とされている事をするのは、ビクビク リーダーに何かされた するものなのだろう。 ﹁だいじょうぶ ? ﹁そっか。じゃあ、どうしたの どこか痛い ﹂ ﹁ううん。転びそうになったとこ、助けてくれた﹂ 岳羽の中で、あなたの信用度はあまり高くないらしい。 をあわせるようにして、優しく語りかけた。 足元を気にしつつ近くまでやってきた岳羽は、女の子と視線の高さ ? ? ﹁ゆかり⋮⋮おねえちゃん⋮⋮﹂ なくとも、特に何も出来ず、所在なく立っているあなたよりは。 少し意外だったが、岳羽は結構子供好きだったのかもしれない。少 事情をたずねているようだ。 岳羽は、女の子││舞子と言う名前らしい││の肩に手を置いて、 ﹁舞子ちゃんって言うんだ。私は、ゆかり。岳羽ゆかりだよ﹂ ﹁舞子ね⋮⋮。舞子⋮⋮﹂ まいこ にご機嫌がよろしくないのか。 らせた口は、何か言いたくないことを隠しているからか、それとも単 女の子は、顔をうつむかせ、胸の前で手を組み合わせている。とが ? 330 ! ! 顔を上げた舞子が、あなたの顔を見た。 名前を聞かれているような気がしたので、あなたも岳羽のマネをし て自己紹介を行った。 ﹂ ﹁あのね⋮⋮。ここ、シーソーがあったの⋮⋮﹂ ﹁シーソー ﹁うん、シーソー。お父さんと、お母さんと、舞子で││﹂ そこまで言ったところで、舞子の瞳から涙があふれた。あなたの耳 に、すすり泣く声が聞こえて来る。 あなたは、どうにかしてくれ、と岳羽を見た。すると、岳羽と目が 合った。あちらも、これどうしたらいいの、と困惑しているようだ。 だが、ここは岳羽に任せるしかない。適材適所だ。 こんな時、あなたは驚くほど役に立たない。 ﹂ ﹁いや、ちょっ。││えっと⋮⋮お父さんとお母さんと、舞子ちゃんの 3人で、シーソーで遊んだの 落ち着いて来ているように思える。 ? できないの 振り回して叫ぶ。 ﹁もうできない できない、の⋮⋮﹂ 舞子の表情が変わった。岳羽の言葉の何が悪かったのか、急に手を ﹁そっか⋮⋮。でも、ここは、こんなだから、違うところで遊ぼう ﹂ 話の途中で岳羽の肩が震えたような気がしたが、今のところ舞子は 頼りない先輩ですまない。 の話を聞き始めた。 あなたの要請に一瞬だけ困った顔をした岳羽は、仕方ないなと舞子 いっしょにのったの﹂ ﹁うん⋮⋮。お父さんがね、1人で反対にのって。舞子とお母さんが ? ! ? の相手なら、なんとかなるのだが。 ﹁うん⋮⋮。ごめんね。でも、ここ危ないから⋮⋮ね。外に出よ ﹂ 子供の機嫌は、急に変化するので困る。もう少しだけ年上の雰囲気 度深呼吸すると、舞子を抱きしめるようにしてあやし始める。 岳羽は、突然わめき出した舞子に相当慌てたようだった。だが、一 泣きだしてしまった。 ! 331 ? ﹁ひぅ、ひっく、ぐす⋮⋮。││うん⋮⋮﹂ 泣いたままの舞子は、右手で顔をこすっている。左手は、岳羽と繋 いでいて、それを嫌がる様子も無い。 岳羽が舞子の手を引き、入り口のフェンスまで戻った。 ここまで、ほぼ役に立っていない。それに、泣いている子を上らせ るのも危ないかもしれない。 そう考えたあなたは、舞子にじっとしているように伝えた。そし て、そのまま舞子を抱え、フェンスの 天辺に手をかける。 足と腕の力を合わせ、一気にフェンスの向こう側へ。飛び越えてい ﹂ る途中で岳羽が何か言った気がするが、まぁ、いいだろう。 ﹂ ビックリするじゃないですか ﹁おにいちゃん、すごーい ﹁あっぶな んとも無い。 ? ﹁あ おにいちゃん、あっち向いて。デリカシーが足りてないよ﹂ そんなことを考えていたところで、後ろを向けと言われたのだ。 レてしまう。 早くしてくれないと、立ち入り禁止の場所に入ったことが誰かにバ い あなたと舞子が待っているのに、岳羽はなかなかフェンスに登らな ﹁あのー⋮⋮。ちょっと、後ろ向いててもらえます ﹂ 岳羽が微妙に怒っているが、未だフェンスの向こうなので怖くもな る。 バティックな動きでゴキゲンだ││本当に、機嫌がコロコロと変わ 抱えた状態から、舞子をおろす。幸いなことに、彼女は今のアクロ ! ! よくわからないながらも、あなたは言われた通りにする。 ﹂ あなたの背後から、ガシャリガシャリとフェンスを越える音がし て、やがてそれが無くなった。 ﹁はー⋮⋮。見られてないよね もういいだろうと判断し、振り向いたあなたが見たのは、スカート ? 332 ! デリカシー。一体なんのことだろう。 ! を抑えて左右を見回す岳羽の姿だった。 ああ、なるほど。確かに、デリカシーが足りなかった。 あなたが見ていたら、見えてしまう。それでは登れないだろう。 ◇ ◇ ◇ 舞子が、あなたと岳羽の顔を交互に見る。 ﹁舞子、アレ食べたいな﹂ あなた達は、落ち着く場所を求めて商店街へと戻った。そして、そ ﹂ の端で営業しているのは、例のタコ焼き屋だ。 ﹂ 舞子、アレ大好き ﹁え、アレ食べるの ﹁うん ﹁やったー ﹂ 舞子の期待に応えてみようか。 岳羽は嫌そうな顔をしているが、あなたはアレが嫌いではない。 ! !? こ お ば ち ゃ ん に だ け、コ おおきにー ││ところで⋮⋮にいちゃん。毎回連 ソーっと教えたってや﹂ れ と る 娘 が、違 と る け ど、誰 が 本 命 な ん ! い。 が、オマケで中身が増えるのは良いことだ。意外と良い人かもしれな なんとも怪しげな〝関西風〟言葉。イマイチ信用できなさそうだ してぇなー﹂ ﹁あー、もう。かなわんなぁ。しゃーない、オマケしといたるから、許 話好き、下手なことを話されると困る。 もう、ここには買いに来ないほうが良いかもしれない。詮索好きは ? ﹁まいどー 買ってあげているようだ。買わされているようにも見えるが。 自販機の前まで連れて行かれた岳羽は、舞子に〝モロナミンG〟を ちは岳羽に任せよう。 その背後で、舞子が﹁アレも飲みたいなー﹂と言っていたが、そっ かった。 うわー、と頭をかく岳羽に舞子を任せ、あなたはタコ焼き屋へと向 ! ! 333 ! ﹁そやろ、そやろ また、よってなー﹂ こっちこっちー ﹂ ! く。 〝ここに座れ〟という事だろう。 ! ﹁食べよ いっしょに食べよ ﹂ 左右に動かして、あなたと岳羽を交互に見上げる。 タコ焼きを渡すと、さらにゴキゲンになった。キョロキョロと頭を ﹁えへへー。たっこやっき、たっこやっき ﹂ あなたがベンチの近くまで行くと、舞子は自分の隣をペシペシと叩 舞子は、買ってもらった〝モロナミンG〟片手にゴキゲンだ。 ﹁おにいちゃーん いた。近くのベンチに2人並んで座っている。 を探す。 タコ焼き屋のおばちゃんに手を振った後、あなたは岳羽と舞子の姿 ! ! 嬉しそうにしているので、断れなかったのだろう。 うち ﹁舞子ね、お家あっちなの。おねえちゃんと、おにいちゃんは ? 寮だからね 学生寮。 ああ、私たちはあっち。││途中まで一緒に行けるね﹂ ﹂ あ ! ﹁いっしょのお家に住んでるの ﹂ ﹁え、あー⋮⋮。そう、なるのかな 月校の ﹁そっかー﹂ ! くわからないが、ぶら下がって体重を預けてきたり、そのまま前後に 希望により、舞子を真ん中にして手を繋いで帰ることになった。よ ? ﹁え ﹂ 岳羽は、がんばって2つ食べた。笑顔が引きつっていたが、舞子が オマケが入って少し多めのタコ焼きを、3人で分け合って食べた。 だ。本当に。 アレがこんなに美味しく調理できるとは、世の中わからないもの だけで。 このタコ焼き、味は悪くないのだ。中身が、ちょっとタコではない 何かトラウマでもあるのだろうか。 岳羽の目から、光が消えている。そこまで苦手なのか。タコ焼きに ﹁あー、う、うん。食べよっかー⋮⋮ハハハ、ハァ⋮⋮﹂ ! ! 334 ! !? ? ブラブラと揺れてみたりと、舞子には落ち着きがない。 小学4年生ということだが、その頃の自分は、こんな風だっただろ うか。もう少し落ち着いていたような、もっとバタバタしていたよう な。 あまり思い出せない。なんだか、小学生時代がとんでもなく昔のこ とだったように思えてしまう。 ﹂ ﹁神社にもあるの、シーソー﹂ そーだよー﹂ ﹁神社って、ナガナキ神社 ﹁うん ヘンだよね﹂ トコヨノナガナキドリだって。えっとね⋮⋮神 社に絵が書いてあるの。ニワトリさんなんだって ﹁舞子知ってるよ か、何かの鳥を祭っているからって聞いたような﹂ ﹁長い短いの〝長い〟に、鳥が鳴くときの〝鳴き〟ですね。えーと、確 違う、はずだ。どんな字を書くのだろうか。 ナガナキ││さすがに、ライドウから聞いた〝名が無い神社〟とは 舞子の話によると、どうやら寮の近くに神社があるらしい。 ? シ ー 舞子ね、このごろは、いっつもあそこで遊んでるの。│ お に い ち ゃ ん も ﹂ │ お ね え ち ゃ ん、今 度 い っ し ょ に 遊 ぼ ソーしよ、シーソー 3人で、だよ ﹁でしょー ﹁そんなの良く知ってたね。舞子ちゃんスゴイね﹂ しれない。 鳥つながりで、ガルーダやホルスの同類みたいな悪魔だったのかも ニワトリの神さま。世の中イロイロいるものだ。 ! ! ﹂ ﹁うん⋮⋮。また遊んでね │これ ゼッタイだよ あ、おねえちゃん│ ? ﹁ん ああ、じゃあ││ハイ ﹂ の表情は、どことなく不安そうだ。 舞子は鞄からケータイを取り出すと、それを岳羽に見せている。そ ? ﹁じゃあね、舞子ちゃん。もう、危ないとこ入ったらダメだよ﹂ 手を離した舞子は、名残惜しそうにあなたと岳羽を見ている。 話している内に、帰り道が分かれる場所までやって来た。 ! ! ! ? ! ! 335 ! ! ? ﹁やったー ⋮⋮おにいちゃんは ダメ ﹂ ? ﹂ ! 来てしまうのだ。 ﹁えへへー。じゃあねー 電話するから、ゼッタイだよ れを考えると、罪悪感のような何かが、あなたの中に少しだけ湧いて 舞子の思い出のシーソーをバラバラに破壊したのは、誰なのか。そ 録する。 舞子の名字は、大橋というらしい。ケータイに、〝大橋舞子〟と記 する。流れでというやつだ。 あなたは、その要請に応えることにした。お互いの電話番号を交換 舞子が、何かを期待するような眼差しで見上げて来る。 ? れたら、否定は出来ないのだが。 どうにも、断れない状況だったのだから。 ﹁リーダーは⋮⋮私の昔の話って、聞いてるんですか かける言葉を思いつかなかったのだ。 かった。 ﹂ あなたは、すいません、すいませんと繰り返す岳羽に、何も言わな ⋮⋮。なんだろ、なんかダメだな⋮⋮。すいません﹂ ﹁すいません⋮⋮こんな話。││その、舞子ちゃん、放って置けなくて そして、それらの操作は桐条グループの手の中だ。 まれているし、窓やドアには手動以外の施錠装置が付けられている。 巌戸台分寮は、イロイロとうさんくさい。所々に監視カメラが仕込 か、そういうの、どうなってんだろ⋮⋮。監視装置とかあるし⋮⋮﹂ ﹁ですよね。私も、リーダーや琴音の資料見てるし。プライバシーと た範囲のことを簡単に伝える。 あなたは、岳羽にうなずいて見せた。そして、以前に真田から聞い ? 別に、岳羽が謝ることでは無いと思う。面倒だと思わないかと聞か ﹁なんか、ヘンなことになっちゃいましたね。││すいません﹂ いる横で、岳羽が寮へ向けて歩き始める。 赤いランドセルが遠ざかって行く。あなたがそれをボーっと見て 舞子は、風のように走り去った。やっぱりイヤだ、と言われる前に。 ! そのまま、2人とも無言で寮までの帰路を歩いた。 336 ! あなたは、小学生の女の子〝大橋舞子〟と知り合いになった。 そして、岳羽のことが少しわかったような気がする。 ◇ ◇ ◇ 夜 巌戸台分寮 4F作戦室 夕食を終えたあなたが自室でゲームをしていると、美鶴からの呼び 出しがあった。 言われた通りに4階の作戦室へと行くと、どうやら寮生全員が集め られたようだ。 ﹁皆、集まったな。寛いでいるところをすまないが、理事長から送られ て来た資料の内容を伝えておきたくてな﹂ ﹂ り、タルタロス以外の重要なことなのだろう。 美鶴は、資料を配りかけて途中で止めてしまった。ためらっている のだろうか。 テーブルの上に置かれた資料には、何かの写真が載っているようだ が。 ﹁いや、実は桐条の保安部がこの港区に仕掛けていた監視カメラに、あ る人物が映っていたんだ。それも、なんとも言えない状態で﹂ わざわざこの〝作戦室〟で話をするのだから、カメラの映像は〝影 時間〟に撮影されたものだろう。 337 全員が集まり着席したことを確認した美鶴は、積み上げた資料を見 ながらそう切り出した。 ﹂ ﹁何か、大事な事でもわかったんですか ﹁タルタロスのことか ? 美鶴は、琴音に﹁ああ﹂と答え、真田には首を振ってみせる。つま !? ﹁とりあえず、これを見てくれ。琴音⋮⋮岳羽⋮⋮その⋮⋮﹂ ﹂ ﹁ぅん ? ﹂ ﹁はい ? あなたは、美鶴が配りかけてテーブル置いた資料を取ってみんなに ﹂ これって 配った。見てみないことには、何なのかサッパリわからない。 ﹁は !! の人物は││ ﹁順平ぇぇぇぇえ ﹂ 影時間の洋服店と思われる場所で、女性用の服を持ち歩いているそ 2年生2人の叫び声が、作戦室に響き渡る。 に生やした短いヒゲ。 る写真の人物と面識があった。││いつもかぶっている帽子と、アゴ あなたは、それらの品を手にして、少しニヤけた表情を浮かべてい ン系統の下着まで積まれている。ゴスロリというヤツだろうか。 る男の姿が写っていた。男が抱えている服の上には、服と似たデザイ 資料には、やたらとフリルの付いたフリフリの服を両手で抱えてい ﹂ ウッソ ! ﹁えっ !? 琴音と岳羽のクラスメイト、伊織順平だった。 338 ! ! ﹂ 4/28 盗人の神さま 4月27日︵月︶ 夜 巌戸台分寮 4F作戦室 ﹁2人とも、落ち着いたか 美鶴の気遣いは、琴音と岳羽に向けられたものだ。 クラスメイトのなんとも言えない姿を見せられたのだから、2人が 声を上げて騒ぐのも無理はない。 あなたは、もう一度手元の資料に目を落とした。 そこには、 ﹁ヌヒヒ﹂とでも言っていそうな表情で、女性用の衣類と ﹂ 思われるものを運んでいる伊織の写真が印刷されている。 やはり、見間違えでは無かった。 ﹁順平⋮⋮。下着ドロしてたなんて⋮⋮﹂ ﹁何に使うのよ。まさか⋮⋮着る⋮⋮とか わたし、信じてた いうことになる。 ﹁順平 ﹂ ﹂ 〝盗まれていない〟のであれば、伊織は罪を犯したワケでは無いと ない〟、という調査結果だった﹂ ││だが、確認してもらったところ、この店からは〝何も盗まれてい ﹁汐見、岳羽。私も最初はそう思った。これは、処刑すべきだろうと。 もしかしたら、誰かに上げるつもりなのかもしれない。 言葉に困る。 下着らしき物までも持っているところが、なんと言っていいのか、 ? ﹂ 岳羽。普段、伊織がこの2人からどう思われているのか、それを理解 させられる場面である。 ﹁つまり、どういうことだ 影時間、女物の衣類を手にした伊織、被害の出ていない洋服店。 これまで無言で資料を読んでいた真田が、口を開いた。 ? 339 ? ﹁ゴメン。私、違う方向で信じた。てか、琴音もそっちでしょ ! 資料の写真に言い訳をする琴音。そして、それにツッコミを入れる ? ! 盗んでいないのであれば││試着してみたのだろうか。そして、商 ﹂ 品を戻して立ち去った。試着だけなら、犯罪ではない。犯罪的な絵面 ではあるが。 ﹁やっぱり着てた ﹁うーん⋮⋮でも、サイズどうなんだろ、これ。そんなに大きくは見え ないけど。⋮⋮写真じゃわからないな﹂ また騒ぎが大きくなりだしたところを、美鶴がパンッと手を叩いて 抑えた。 ﹁とりあえず、不法侵入ではある。が、それはとりあえず置いておこ う。問 題 は │ │ 彼 が、〝 影 時 間 に 行 動 し て い る 〟 と い う 点 だ。つ ま り、伊織順平もまた、我々と同じペルソナ使いである可能性が高い﹂ 影時間の中を自由に行動できる者は、ペルソナ使いを含む適性者 と、桐条グループの開発した特殊な装備を身に着けている者、それか ら〝シャドウ〟達だ。適性を持たない者が〝落ちた〟場合は、あまり 理性的な行動を取ることは出来ないらしい。伊織の行動が、理性的か どうかの判断は別にして。 〝あなた〟や〝アリス〟のような〝例外〟もあるので、他にも同様 ﹂ の存在がいるかもしれない。だが、伊織がその〝例外〟ということは 新戦力の候補ということか 無い、と思われる。 ﹁なるほど ! ﹂ 相当 イヤなんですけ 仲間が増える可能性、それを単純に喜んでいるのだろう。 ﹁えー、コレを仲間にするんですか ﹁だよねー。ちょっと⋮⋮いや、だいぶ ど⋮⋮﹂ 琴音と岳羽の気持ちもわかる。 ? その内容によっては、更生させる必要もある。⋮⋮個人の趣味にとや ﹁私だって、好ましく感じているワケではない。ただ、確認は必要だ。 だ。ブラックウーズのグルグル目には、なかなかの愛嬌がある。 来れば遠慮したい。スライム系の悪魔の方が可愛らしい分、まだマシ 写真の中の伊織は、いかにも変態的だ。コレと仲間になるのは、出 ? ? 340 !? 真田は、拳を手の平に打ち付けた。声が弾んでいる。 ! かく言うことはしない。だが、影時間に怪しげな行動をされては、そ の⋮⋮困る﹂ 後半は、いつもの美鶴らしくないゴニョゴニョとした調子だった。 片手を額に当てたその姿は、言葉通りに参っているように見える。 あなたは、美鶴に話の続きを促した。伊織への対処は、いつから始 めるつもりなのだろうか、と。 ﹁伊織については、監視の人員を配置している。無論、影時間での行動 が可能な者だ。││今日の影時間、彼が家から外出するようなら、そ の時点で接触しておきたい。シャドウに襲われてからでは遅いから な﹂ シャドウは、影時間に生身でいる者を襲う。影時間中の伊織が〝象 徴化〟していないことが確認されている以上、被害にあう可能性はあ る。 ペルソナ使いか、適性があるだけか、それとも適性がないまま〝落 341 ちて〟いるのか。伊織がどれに当てはまるのかはわからない。 シャドウの敵か、エサか。どちらであっても、出会ってしまえば危 険だ。 ﹁仮にペルソナ使いであっても、召喚器が無ければ厳しいだろうな。 ││もっとも、召喚器は飾りってヤツもすぐそこにいるワケだが﹂ 真田はあなたに顔を向けると、あなたが仮面を外す際の仕草をして 見せた。 あなたの召喚器は、アクセサリのようなものだ。S.E.E.Sの 一員として、一応身に着けるようにはしているが、実際に使ったこと は無い。 聞いた話では、美鶴も召喚器を使用せずにペルソナを呼び出すこと わたしも無しでいけますよ。有った方が楽ですけ があるらしいが。 ﹁あ、わたしも ど﹂ であっても、彼女のそれには届かない。 琴音のペルソナ召喚能力は破格の代物だ。先達である真田や美鶴 ハーイ、ハーイと手を上げて、琴音が自分を指差した。 ! 美鶴がなんとか出来る事ならば、琴音に出来ないワケが無い、とい うことなのだろう。││あなたと〝仲魔〟との思い出があることな ど、よくわからないことも多いが。 ﹁んー⋮⋮桐条先輩にリーダー、それに琴音、と。なんか⋮⋮召喚器な ﹂ もしかして、俺や岳羽の方が少数派なのか⋮⋮ しでもオッケーって人の方が多いような ﹁言われてみれば ﹂ ? ・ ・ ・ ・ しつこいぞ ﹂ そんなことより、 ! 今は伊織の話だ。放って置くワケには行かないだろう ﹁そ、そのことはもういいだろう ことだ。証言者は真田。犯人も真田。処刑された刑死者も真田。 美鶴の言う余程の事と言うのは、例えば風呂をのぞかれた時などの 合というのは、余程のことがあったときだけだ﹂ ・ ら、私の場合は基本的には召喚器が必要だ。無しでも呼べてしまう場 いと考えている。可能なら〝保護〟したいところだな。││それか ﹁話がそれているぞ。⋮⋮とりあえず、今夜は伊織の状況を確認した いと呼べないほうが少数派ということになってしまう。 5人の内、3人が召喚器なしでも〝オッケー〟となると、むしろ無 首を傾げた岳羽のつぶやきを受けて、真田が眉を寄せる。 ! が││。 ﹁まぁ、こんなんでも、一応、クラスメイト⋮⋮だし ? ﹂ ! こえてしまう。 ﹁それも捨てがたい選択肢です 実に良い笑顔だ。 ﹂ それから、琴音の言い方では、まるで〝伊織を処理する〟ように聞 言ったところだろうか。 ほんのわずかだが笑っているようにも見える。仕方のないヤツだ、と 岳羽は写真の中の伊織に、パシンとデコピンをした。彼女の口は、 ﹁そうだね、ちゃちゃーっと片付けちゃいましょう ﹂ それを見ていると正直、別に助ける必要も無いような気がしてくる らず﹁でゅふーん﹂とでも言っていそうなニヤけた伊織が写っている。 あなたは、もう一度手元の写真に目を落とした。そこには、相変わ ! ! ! 342 ? ◇ ◇ ◇ 影時間 港区 辰巳ポートアイランドの路上 影時間の道路には、ところどころに棺桶が立っている。 死んだ時間の中、象徴化した生き物たちを照らす月の光は、まだ細 い。 新月が過ぎ去って3日。青緑の月は、次の満月へと向けて満ちて行 こうとしている途中なのだ。 あなたは、最近この月光を好ましく感じるようになってきた。 慣れた、ということもある。それから、この間の〝アリス〟の話も 関係しているのだろう。影時間と、そこで輝く月は、〝悪魔〟にとっ 343 て不快なものではないのだ。 ﹃目標はポロニアンモール付近を徒歩で移動中。方向は││﹄ あなたが月を見上げていると、〝桐条〟警備部の人間から通信が 入った。 応対は美鶴が行っている。報告を受けた彼女は、地図を広げ、その 上に指を滑らせた。 ﹁彼がこのまま進むと⋮⋮。コンビニエンスストアがあるな﹂ 報告されている現在地と、伊織の移動方向を合せてみると、以前立 ち寄ったコンビニがある。タルタロス帰りに、文書のコピーを取りた いと言い出した岳羽と共に入った店舗だ。 ﹁あー、あの時の。そういえば、あの時もいましたよね、順平﹂ あなたには、深夜のコンビニで、岳羽と伊織がギャーギャーと騒い でいたような覚えがある。なんとも恥ずかしかった。少しだけ、連れ その⋮⋮え、えっちな本持ってニヤニヤして ではないフリをしたくなった程だ。 ﹂ ﹁あ、あれは、順平が たから ! 赤くなる位なら言わなければ良いものを。岳羽は割と余計なこと ! なにそれ た ち そんなことあったっけ まで言ってしまう性質なのかもしれない。 ﹁へ ﹂ ? ﹁えっちな本 ⋮⋮まぁ、今はいいか。││とりあえず、伊織が影時 の話に加わることが出来ないでいる。 タルタロスへの移動時、1人バイクで行動している美鶴は、みんな ないのも仕方がないことだ。 あの日の琴音は、一日中遊びまわってかなり疲れていた。覚えてい の中で熟睡していたな﹂ ﹁ああ、タルタロスの行き止まりまで行った日か。あの時の汐見は、車 ? ﹁一理ある ﹂ それだけのことだ。 その後で、相手が何か要求して来たら、ある程度までは応えてやる。 それから、仲魔になるか死ぬかどちらか選べと告げれば良いのだ。 力を示す。 まずは、逃げられないように退路をふさぐ。次に逆らえないように あなたは、戦力をスカウトする交渉には少しばかり自信がある。 だろう。 ここまで出て来たのだ、待ち伏せて捕獲。もとい保護するしかない 間に行動していることは確認できた。あとはどうするかだが⋮⋮﹂ ? ヒラヒラと振って苦笑いしている。 ﹁汐見、岳羽、君たちに任せても構わないか 君たちが相手なら安心するだろう﹂ ﹁あ、はい﹂ ? あなたと真田は、もしも伊織が〝変なこと〟をしてきた場合に備 ﹁わかりました﹂ 彼も、クラスメイトの 岳羽には、冗談として受け取られてしまったようだ。顔の前で手を 手段としては、検討してもいいかもしれない﹂と消極的。 真田は、わからなくもないといった表情だが、無言。美鶴は、 ﹁最終 た。 あなたの意見にハッキリとうなずいてくれたのは、琴音だけだっ ﹁いや、ないから⋮⋮﹂ ! 344 ? え、隠れて待機することになった。彼が影時間を利用する犯罪者であ る可能性は、それなりにあるのだ。 シャドウ相手の戦闘経験がある琴音と岳羽なら、まず大丈夫だとは 思うが。 美鶴は、タルタロス探索時と同様に後方からサポートだ。逃走され た場合に、サーチ能力で追跡する係とも言う。 建物の影に身を潜めてから5分ほど過ぎた頃、あなたの目と耳が伊 織の存在を捕らえた。 ﹃伊織が来たぞ。4人とも頼む﹄ 美鶴からの通信に、短く答える。 ﹂ 伊織との話は、彼のクラスメイト2人の仕事だ。あなたは、何かあ ればすぐに飛び出せるように備える。 ﹁こんばんは、順平﹂ ﹁アンタさ、なんでこんな時間に出歩いてんの 伊織が近くまで来たところで、琴音と岳羽が彼の前に姿を現した。 いつもの笑顔をして見せる琴音は、どこから取り出したのかナギナ タを手にしている。いつの間に用意したのだろうか。 琴音の笑顔に対して、岳羽の方はプリプリとお怒りだ。先ほどの話 が原因なのかもしれないが、伊織へのあたりが少しばかりキツイ。 2人は、さりげなく伊織の進行方向の左右を抑えている。あなたと 今って〝影時間〟だよな ・ ・ を確認し、それから空の月を見上げた。そうやって、今が〝影時間〟 であることを確認したのだろう。 ﹂ ││そっかー、イヤー、まさかキミ達もそうだったなんて、こ ﹁やっぱそーだよな。つーことは、ゆかりッチと琴音ッチも、そうなワ ケ れスッゲー偶然じゃね それを受けて、一気にテンションの上がる伊織。そんな彼が2人に 伊織の質問に、2人は無言で首を縦に振ることで答えた。 ! 345 ? 伊織は、左右をキョロキョロと見回す。彼は〝象徴化した人〟の姿 !? 真田は、後方担当だ。 え、ちょっ、おふたりさんが何で ﹁は ? ﹂ ⋮⋮ ? ? 駆け寄ろうとしたところで、琴音がナギナタを構えた。 え それモノホン 本物 ? ﹂ ﹁順平、ちょっと聞きたいことがあるんだけど﹂ ﹁うっお ? ? ﹂ れば伊織にも見えるだろう。 ﹁ちょっ、なんでそんな写真が あ⋮⋮⋮⋮やっべ ﹂ ! ﹁た、たっすけてー ﹂ は、グルグル視線をさまよわせ混乱状態になってしまった。 えたボクシング部の主将、そしてあなた。この4人に囲まれた伊織 ナギナタ女、自分の恥ずかしい写真を持った同級生の女子、拳を構 しかし、伊織が逃げ出した先には、すでにあなたが待ち構えている。 大慌てて方向転換する伊織。 しかし、伊織が逃げ出した先には、すでに真田が待ち構えている。 ﹁すまないが、逃がすつもりはない﹂ 伊織は逃げ出した。 言いながら少しずつ距離を取り、一気に振り返って全力ダッシュ。 !? 月明かりだけのこの時間、辺りは少しばかり暗いが、あれだけ大きけ 岳羽は、〝例の写真〟がデカデカと印刷された紙を前にかざした。 んの ﹁これ。││さっきも聞いたけど、アンタさ、〝この時間〟に何やって 性もあるが。 いる。戦い慣れてはいなさそうな雰囲気だ。演技が巧みである可能 の刃物かと聞きながら、ジリジリと下がる彼の腰は、すっかり引けて 焦って止まる伊織。靴が路面にこすれ、キュッと音を出した。本物 下段に構えられたナギナタの刃が、月光を反射してギラリと光る。 ! ルソナ能力の種類によっては、不可能なことではない。 それでも、部隊の監視をすり抜けてやって来ることもありえる。ペ 当たっているのだ。 〝桐条〟の警備部隊は、伊織以外の人物が周りにいないかの警戒に されていた。 る。彼に仲間がいる可能性は、天蓋付きベッド盗難の件もあって考慮 助けを求める伊織の声を聞いて、あなた達は周囲への警戒を強くす ! 346 ? しかし、助けは来なかった。 しばらく待ってみたが誰も来なかったので、あなた達はそのまま伊 織の身柄を確保することにした。 ◇ ◇ ◇ 4月28日︵火︶ 深夜 巌戸台分寮 2F自販機前 作戦室の機材を壊されても困るので、伊織への事情説明は、寮2階 の自販機前で行うことになった。逃走に備え、1階ラウンジと寮周辺 の道路は、警備部隊が固めている。 ﹁はぁー、影時間に、シャドウ。そんでもって、ペルソナ使いっスかー﹂ 一通り事情を説明した後の伊織の反応は、割と軽いものだった。 ﹂ して、彼は││ ﹂ ﹁チ⋮⋮チ⋮⋮。チじゃなくてヂ レ、女装に興味があって ・ そう、ぢ、じょそう 実はオ ! 伊織のそれは、確実に似合わないだろう。あまり見たいものではない と思われるのだ。 ﹁そ、そうか⋮⋮。俺には理解できない趣味だが、それなら〝コレ〟も 347 あなたは、〝影時間〟中の伊織の言動を思い出して少し疑問を覚え ﹂ たが、今のところは黙っておくことにした。美鶴からの目配せがあっ たからだ。 ﹁それで、この写真はどーゆーことなワケ ﹁チ ﹁そ、それは、チ⋮⋮﹂ ド まんだ紙をヒラヒラとさせる岳羽の声は、ヒドく冷たい。 説明が終わったら、今度はこちらから聞く番だ。伊織の眼前で、つ ? 趣味は人それぞれだ。他人の好きな物を否定する気はない。ただ、 あなたは、伊織から少し距離を取った。 ! ! 伊織は何かを言いかけて、途中で口をつぐんだ。聞き返す琴音に対 ? 納得だな﹂ 真田が、酷い棒読みを披露してくれた。彼は〝コレ〟と言いながら 資料の写真を見る。それから伊織の実物を見る。そして、もう一度写 真を見た。 真田の眉が情けなく下がる。こめかみを揉む彼は、一体どんなモノ しかし、下着は必要ないだろう。特に上 を想像してしまったのだろうか。 ﹁これを伊織が着るのか は﹂ アゴに手を当て、真面目に考えている美鶴。彼女は〝趣味の内容〟 自体にはあまり嫌悪感がないようだ。 上流階級の人間には、イロイロな人物がいるらしい。その辺りの経 験が生きているのかもしれない。 ﹁あー、オレってば、なんっつーことを⋮⋮。あー、でも、もうこれで いいや⋮⋮ハハハハ﹂ 伊織は、どこか遠くを見ながらうわ言をもらしている。目の光が消 えたその姿は、何か大切なモノを失ってしまったかのようだ。 〝実は女装に興味があった〟ということであれば、写真の状況も納 得は出来る。一応。 あなたは、考えたその内容が合っているのかどうかを、伊織に確認 することにした。 ﹁エー、ハイ、ソーデス。前々から着てみたいなって思ってたんスが、 そんなコト周りに知られたら、その、アレじゃないですか﹂ あまり世間体の良い趣味ではない。試してみたいと言う強い欲求 があっても、なかなか実行することは出来ないだろう。 あなたは、その手の事にあまり詳しくはない。詳しくはないが、写 真の中の伊織が手にしている服は、結構な値段の品物のように見え た。 ﹁ソ ー ッ ス。オ レ ⋮⋮ そ ー ゆ ー の が 好 き な ん で す ⋮⋮。だ け ど、 ちょーっとお高くて、手が出せなかったんです⋮⋮﹂ それから、仮にアルバイトなどで資金を貯めたとしても、購入、保 管、実行、全てにおいて困難が付きまとう。伊織の欲求が向かう先は、 348 ? イバラの道だ。 着てる ﹁エエ⋮⋮。恥ずかしくて、なかなか買えなかったんです。それに、も しも家族に見つかったらと思うと⋮⋮。││そーッスね とこオヤジに見られたりしたら、マジ死ねる⋮⋮﹂ ! だ﹂ 伊織の女装発言以降、無言状態だった琴音と岳羽は、 ﹁はい 事をしササッと立ち去った。 ﹂ 真田は無言でうなずき、自販機の前に移動する。 ﹁伊織、何か飲むか あ、じゃーオレは││﹂ ﹂と返 いいぞ。明彦は、伊織の面倒を見てやってくれ。だいぶ疲れている様 ﹁よし。一旦休憩にしよう。││汐見と岳羽は、もう休んでくれても 女に、目線で階段を示す。 そこまで話を進めたところで、あなたは美鶴を見た。首を傾げる彼 ! ﹁どういうつもりだ 伊織の女装趣味に関するあの話は。それに、 たに声をかけて来た。 階段を昇り、他に人がいないことを確認したところで、美鶴があな 男2人の会話を背に、あなたは美鶴と共に3階へと移動する。 ﹁え ? それに関しては君も変わりないか。⋮⋮岳羽の件も、わかっているの かいない寮の個室。それに金銭か⋮⋮。怪しいところも多々あるが、 ﹁そうか。たしかに、そうだな。事情を知られてしまっている相手し ことなど容易いことなのだ。恐ろしい話である。 ループの力があれば、一般人である伊織の家庭事情を資料にまとめる 人間1人が存在したことの〟公的な記録〟すら抹消できる桐条グ のまでも含めて。 く、〟桐条〟の調査で判明している伊織の家庭事情に関わって来るも 〟で全て用意できるはずだ。適当なウソに合わせたモノだけではな 先ほどの会話で出た〝伊織の欲しいモノ〟は、〝この寮〟と〝桐条 わせたかっただけである。 あなたは、伊織に〝伊織の欲しいモノ〟が〝ああいうモノ〟だと言 伊織は〝影時間〟について││﹂ ? 349 ? だろう ﹂ 〝岳羽の件〟と言うのが〝コピーの話〟ならば、わからないワケが 無い。怪しすぎる行動だ。 それでも美鶴や理事長が何も言わないのは││ ﹁ああ、私は、〝桐条〟は、戦力を必要としている。そのためなら、多 少の問題行動も、怪しい背景も許容するさ。桐条が手を切ったはずの ア ナ ラ イ ズ ⋮⋮。これは、いま話すことでは無いか。今は伊織だな﹂ あなたと美鶴の持つ解析能力は、〝伊織にはペルソナ使いとしての 能力がある〟と感じていた。 詳しいことは検査する必要がある。だが、普通の人間から〝火炎に 耐性があり〟、〝風に弱い〟などという解析結果は返って来ないだろ う。 それに、怪しい人物を手元におくことは危険でもあるが、監視には 都合が良い。戦力にもなるのなら、受け入れる選択肢もあるだろう。 最終的には、美鶴の判断になるが。 ﹂ ケータイを手にして、どこかに確認を取っている様子を見る限り、 美鶴はこれに乗り気なようだ。 ◇ ◇ ◇ ﹁伊織、我々の仲間にならないか 少し時間を置いて、あなた達は2階に戻った。 ? 仲間 ﹂ 先ほどよりは落ち着いた様子の伊織に、美鶴がさっそく声をかけ る。 ﹁へ ? 今日のような影時間のパトロールなども行っているな﹂ ﹁えーっと⋮⋮。それって、なんかこう、正義の味方的なアレっすか ﹂ を抑えることが出来る。少なくとも、悪事ではないさ。世間からの称 350 ? ﹁ああ、私たちはシャドウと戦い、タルタロスに挑んでいる。それと、 ? ﹁正義、などと言うつもりは無いが、そうすることで〝影人間〟の発生 ? 賛はないが、な﹂ ﹁へぇー⋮⋮﹂ 伊織はかなり興味を持った様子だ。もしかしたら、英雄願望のよう な物があるのかもしれない。 あなたも、昔は闇に隠れて戦うダークなヒーホー〟フロストエース 〟や、戦隊ヒーロー〟フェザーマン〟に憧れたものだった。男なら、 たぶん大なり小なりそんなところがあるものだ。 ﹁受けてくれた場合は、この巌戸台分寮に住んでもらうことになる。 マジで 給料もらえんの ⋮⋮もらえるんですか ﹂ 1人1部屋の〟個室〟だ。││〟桐条グループ〟から給金も出そう﹂ ﹁へ ! ? ﹂ ああ、本当だ。あまり額が多すぎると、伊織の金銭感覚 ! うか ﹁⋮⋮は ⋮⋮﹂ 想像してたのと、ケタがちげー マジっすか⋮⋮これ 必要とし、活動時間も深夜。││とりあえず、このぐらいでどうだろ ﹁ああ、場合によっては命の危険もある活動だ。希少で特殊な才能を !? ﹂ 〝桐条〟の車で家へと送られていく伊織を見送った後、あなたは急 後になりそうだ。 や引っ越しなども考えると、特別課外活動部への参加は、2週間ほど 伊織の今後についての話は、後日詳しくということになった。検査 立ったようだ。 伊織は、遠くを見る目をしている。どうやら妄想の世界へと飛び ﹁こんだけありゃ⋮⋮うへへ﹂ がなかった気がするくらいだ。 やはり、カネの力はすさまじい。正直なところ、変な小細工の必要 マンガなら、伊織の目が円やドルのマークになっているところだ。 ﹁やります 人数と、活動内容を考えれば、これぐらいは当然という気もする。 美鶴が提示した金額は、確かに大きい。とはいえ、ペルソナ使いの 時にはその分も支払おう﹂ に問題が生じるかもしれない。それを考えて控えているが、活動終了 ﹁マジ⋮⋮ ? ? ! 351 ? ? いで眠りについた。 もうかなり遅い時間だ。遅いと言うよりも、むしろ早いのかもしれ ない。外が明るくなり始めているのだから。 352 4/29 昭和の日 4月29日︵水︶ 朝 巌戸台分寮 自室 今日は祝日なので、学校が休みだ。 壁に張られたカレンダーに目をやれば、本日は〝昭和の日〟となっ ている。あなたの記憶が確かならば、〝前の世界〟には〝昭和の日〟 という名前の祝日は無かったはずである。 世界を再構成する際に、何らかの原因でズレが発生してしまったの かもしれない。 この他にも、ところどころで〝前〟とは異なる事柄を見つけてしま と歩を進めた。 ﹁朝ごはん、一緒しませんか ﹂ ﹂ みんな出掛けちゃってるみたいで。 ││先輩、今日の朝の分、頼んでなかったですよね プロテイン牛乳を飲みほしたことで、真田からの評価も高い。﹁バ はあなたの場合もあるし、岳羽や美鶴であることも多い。 琴音は、食事の際には誰かを捕まえて一緒に食べようとする。相手 ? ? 353 うことがある。 例えば、歴史の教科書を開いたときに、〝大正が前の世界よりも長 く〟なっていることに気付いてしまったように。 記憶が間違っているのか、創世の時に誤ったのか。どちらであって も、その責はあなたにあるのだろう。 あなたは、起きたばかりのボーっとした頭で、今さらどうにもなら ない、そして割とどうでもいい、そんなことを考えていた。 起きてますかー すると、コンコンとドアを叩く音がした。 ﹁せんぱーい !? あなたは、それに返事をしながら、部屋に備えられている洗面台へ 琴音の声だ。 ! ナナ味ならイケル ﹂らしい。 真田オススメのアマプロテインには、他にもバニラ、ココア、チョ コ、プレーン味が用意されており、意外と美味しかった。美鶴と岳羽 は目を背けていたが。 あなたは、琴音に少し待つようにと伝えると、顔を洗い、主に寮内 ﹂ で着ている簡単な服に着替えた。なお、頑固なクセ毛への抵抗は、今 日も完敗に終わったようだ。 ﹁本日のメニューは、こちら を終えた。 ﹁先輩、コーヒーと紅茶、どっちがいいですか ﹂ 近隣の飲食店についての感想などを語り合いながら、あなた達は朝食 ガー〟に喫茶〝シャガール〟、おまけで甘味処〝小豆あらい〟。港区 ラーメン〝はがくれ〟、定食〝わかつ〟、〝ワイルドダック・バー かりなのに、早くも問題発生である。 うだ。この間、 ﹁寮の食事より、自炊の方が良さそう﹂と言っていたば 人との付き合いが多いせいで、買っておいた食材が浮いてしまうよ けど。なんだかんだで、外に食べに行くことになるんですよね﹂ ﹁美鶴先輩に話して、キッチンの使用許可をもらったのはいいんです をおごってあげようかと思う。 た。今度、ポロニアンモールの近くで見つけた店で、バナナクレープ 普通に美味しそうだったので、あなたは礼を言うと朝食に口を付け 迫っていたのだろう。 手 を 合 わ せ、頭 を 下 げ て み せ る 琴 音。た ぶ ん、卵 か 何 か の 日 付 が い﹂ ﹁ここのところ、ちょっと外食が多かったので⋮⋮。協力してくださ リーズドライのお湯を注ぐだけのもの。 い。カップの中から湯気を立てているコーンスープは、おそらくフ 個の目玉焼きはそつなく半熟。サラダは、なぜかトマトの主張が激し こんがりトーストにはバターが塗られており、卵2つ分、目玉が2 ! 豪華だ。 食後の飲み物サービスまであるらしい。本日のモーニングは実に ? 354 ! い ﹁ちなみに、紅茶は美鶴先輩からもらった物で、コーヒーはお湯に溶か すだけのヤツです。││どっちも、そんなに美味しくは淹れられない んですけどね﹂ 紅茶とコーヒー。2つの間に有る値段の格差が激しい。おそらく 桁が違う。 あなたは、琴音に紅茶を頼んだ。彼女の用意してくれた紅茶は、味 も香りも最高級、のような気がする。とりあえず文句はない。 ﹁んー、これといって面白そうな番組ないですね﹂ 寮の備品らしいティーカップ片手に、ラウンジのテレビをながめ る。琴音の言う通り、どれもつまらなそうなモノばかりだ。 テレビの代わりに、窓から外を見てみれば、視界の下には通りを歩 く人の姿、上の方には晴れ渡る青空。 青。そういえば、この間ベルベットルームに行った時に、何かを考 えたような気がする。 から出かける準備をしなくては。││あなたと琴音が外出すると、寮 355 あなたは、そのことをつぶやきながら、アゴに手をやる。 ﹁ベルベットルーム⋮⋮。そうだね、お別れはもういいよね。││先 ほ ら、美 鶴 先 輩 に 1 人 で 行 く の は 禁 止 っ て、言 わ れ 輩、ベルベットルームに行きたいんですけど、良かったらお願いでき ませんか ⋮⋮たぶん﹂ ! あなたは、無言で朝食の後片付けを始めた。皿などを洗って、それ られませんけど、大丈夫ですって ﹁みんなして、心配し過ぎなんですよ。││何故って聞かれても答え 時間続くのだ。 だが、周りから見るとまさに〝心ここに在らず〟の状態がそれなりの だが、琴音の場合はそうでもない。本人はあまり気にならないよう 間が経過していない様子だったので問題にならなかった。 に見える。あなたの場合は、それはほんの一瞬、あるいはまったく時 精神がベルベットルームへと行っている間、彼女は恐ろしく無防備 間をおいて、あなたにそう頼んだ。 琴音は目を閉じて自分に言い聞かせるようにした。それから少し ちゃってますし﹂ ? 内が無人になってしまうので、戸締りも確認しなくてはならない。毎 朝のことではあるが、これがなかなかチェックする箇所が多く手間が かかる。巌戸台分寮はそれなりに広いのだ。 あなたは、2人分の食器を別館へと運ぶ。裏口を開け、外の通路を 通り、別館のドアを開け、廊下を進んでキッチンへ。やはり、食堂が 上見て来ますから、そっちお 別棟というのは面倒くさい。一体誰がこんな設計にしたのだろうか。 ﹂ ﹁むー、返事がない⋮⋮。せんぱーい 願いしますねー などの確認も終わった。 ﹂と変な声が聞こえ !? のだから。 たいがい。その、スニーカーにこだわりアリ ﹁セ、センパイは、いつもアレですよね 格好してますよね って感じで﹂ ! ◇ ◇ ◇ 備品に必要なものは、運動性と耐久性である。 時に備えるためにも、足元をおろそかにすることは出来ないのだ。装 〝勝利の女神印〟のスニーカーには、確かな実績がある。まさかの ! だいたい、動きやすそうな オタードなど大人しい方で、全裸マントの地母神スカディなども居た 本人が好きで着ているのなら、それで良いのではないだろうか。レ 田勇には、﹁元から少しおかしい﹂などと言われていたが。 感性がおかしくなっている。東京に居た頃のクラスメイトである新 い。その上、悪魔達の奇抜な格好に慣れてしまったので、少しばかり 実際のところ、あなたはあまりファッションについて詳しくはな た。 あなたが適当にそんな内容を告げると、 ﹁ふぇ コーディネートも同様で、いつものように似合っている。 琴音の服装は、赤や黄色、オレンジなどの暖色系が多めだ。今日の ﹁上よーし、下よーし、玄関よーし それじゃ、行きましょうか﹂ 別館良し。裏口良し。2階良し。食器類の片付け、着替え、戸締り ! ! あなたは、その言葉にうなずいた。 ! 356 ! 昼 巌戸台駅前商店街 服装に部活動、昨日見たテレビの内容に、琴音がいつも着けている 音楽プレイヤーの中身など、雑多な話題で語り合いながら、あなた達 は巌戸台の駅前までやって来た。 ﹂ ベルベットルームへのドアのあるポロニアンモールへと行くため、 ここからバスかモノレールに乗るのだ。 ﹁あ、おじいさんだ。おはようございます ﹁おお、お前さんは ⋮⋮⋮⋮はて 誰じゃったかの ﹂ 笑顔でアイサツする彼女に合わせ、あなたも軽く会釈する。 知り合いでもあるようだ。 店の名前は、〝本の虫〟。どうやら古本屋らしい。そして、琴音の 駅前の商店街を歩いていると、本屋の前で老人が掃除をしていた。 ! ? う。 ? 忘れるわけ ! │たしか、ミツル君じゃったな 覚えとるぞい﹂ がないじゃろ。⋮⋮ふむ、琴音ちゃんと一緒におる、そっちの子は│ ﹁冗談じゃよ、冗談。お前さんは、汐見琴音ちゃんじゃ それに対して、ワザとらしい泣きマネをして見せる琴音。 ﹁もー、わたしのこと、忘れちゃったんですか ﹂ しかし、相手は琴音のことなど覚えてはいなかったようなことを言 ? た。 ││あなたは、土曜日の帰りに彼女たちが言っていたことを思い出し そして、美鶴とも知り合いらしい。琴音と美鶴、古本屋〝本の虫〟 だ。 そして、老爺の間違いを正してくれた。どうもこの2人は夫婦のよう あなたが訂正しようとすると、その前に店の中から老婆が現れた。 ﹁おじいさん、また適当なことを言って。美鶴ちゃんは女の子ですよ﹂ に出て来たあなたの名前は、全然違うものだった。 琴音とのやり取りは冗談だったらしい。だが、老人が少し考えた後 ! 357 ! たしか、例の古本屋が〝リヌーアル〟したので見に行ってくる、と 話していた気がする。影時間になんらかの被害にあい、それがシロア リのせいになった店だったはずだ。 ﹁そうなんじゃよ。シロアリにやられて、そりゃあもうヒドい有り様 での﹂ ﹁私がちゃんと見ていたら⋮⋮。あんなことには⋮⋮﹂ 眉を下げる老爺の言葉に、うつむいて声を震わせる老婆。シロアリ 被害が発生したのは、自分が店内の管理を怠ったせいだと落ち込んで いる様子だ。 実際は、影時間を悪用している人間が原因なのだが、それを伝える ことは出来ない。 あなたがふと隣を見れば、これをどう慰めたらいいのかと考えてい る様子の琴音がいた。 ここは少し話題を変えてみようか。あなたは、古本屋の老夫婦に本 営んでいるのだから、本の話題が嫌いということはないだろう。 ﹁世話になっとる相手への贈り物、のう。古本でいいんじゃろうか﹂ ﹁そうですねぇ。何か珍しい物があればいいけれど。││その人たち ぶんきち はどんな内容の物が好みなのかしら﹂ ミツコ 老爺││文吉という名前らしい││の言う通り、〝古本〟を渡すと いうのは失礼かもしれない。 ウッカリしていたとあなたが考えていると、老婆││こっちは光子 ││からイゴールやエリザベスの趣味について聞かれた。 話し方とか丁寧だけど、何かとこっちに考えさせようとして 358 のことを聞いてみることにした。 欲しいのは、エリザベスの世話になるとき用のヒマつぶしだ。あと ! は、イゴールやエリザベスへの手土産だろうか。 ﹂ ﹁ベルベットルームの人たちにお土産ですか いいですねそれ 面白い本だったら、喜んでくれるかも ! あなたの言葉を拾った琴音が、老夫婦を店内へと誘導する。本屋を ! ﹁イ ゴ ー ル さ ん は、な ん て い う か 哲 学 者 っ ぽ い と こ ろ が あ る よ う な ⋮⋮ 来ますし﹂ ? イゴールは、思わせぶりなことを話すが、ハッキリとした答えはあ まり言わない。あとは〝自分で考えろ〟と思っている可能性はある。 そのテオは工作に興味があ ﹁エリザベスさんとは会ったことがないですけど、弟のテオが〝姉は 刀が好き〟って話してたような⋮⋮ るとか﹂ エリザベスは日本刀ファンだったらしい。初めて知った意外な事 実である。振り回して楽しむのか、眺めて悦に浸るのか。 それから、テオことテオドアというのはエリザベスの弟で、やはり ﹂ ベルベットルームの住人のようだ。琴音の担当をしてくれているら しい。 ﹁哲学、哲学のう⋮⋮。おお、それならちと珍しいものがあるぞい ﹁これじゃ、これじゃ。どうじゃい、珍しいじゃろ ﹂ 琴音は光子と共に〝工作関連〟の本を探しに行った。 の本棚はかなり奥の方に配置されていた。 思われる本が置かれているようだったが、哲学や精神世界、宗教など 古い本の臭いが、あなたの鼻をくすぐる。入り口辺りには売れ筋と 手を叩いて何かを思い出した文吉に案内されて、店の奥へと進む。 ! しかし、その本人は美食家だ。 その姿が浅ましい、とそんなことを書いとったの﹂ ﹁生きる意味もわからんが、それでも他の生物を食べて生きる人間。 面白そうな本だ。 分かってしまう、作者のプライドの高さ。それが気にならなければ、 文は古臭いが、なかなかの名文である。サッと目を通しただけでも ならせる数々の料理についての記述が大半のようだった。 自分の生まれた理由を探す孤独な旅人の思索と、そんな自分をもう あなたは、それを手に取った。そして、軽く内容を読んでみる。 の、自分自身と世の中に嫌気がさして、世界中を放浪しとったらしい﹂ ﹁それはペンネームっちゅうヤツじゃよ。作者は大正時代の日本人で ファン〟。 我喰らう、故に我在り〟とタイトルが書かれていた。著者名は〝オー 文吉が指差した先、本棚の上の方に仕舞われているその本には、〝 ! 359 ? 気に入ってもらえるかわからないが、折角の店主オススメだ。あな たは、この本を購入することにした。 ﹁お買い上げありがとうございます﹂ 取り敢えずレジで会計を済ませる。エリザベスとテオドア用には、 琴音の選んで来た〝日本の名刀〟と〝日本刀のつくり方〟でいいだ ろう。オーファンの本が結構な値段だったのだ。 光子は、頭を下げながらお釣りを渡してくれた。普通に物を買った だけなのに、妙に感謝されている気がする。 ﹁おふたりさん、これをどーぞ﹂ 文吉が〝パン〟らしきものを取り出し、グイグイと押し付けて来 た。その勢いの強さで、中身が飛び出してしまいそうだ。 ﹁え、いや、いいよ。本買っただけだし﹂ ﹁なんじゃい、なんじゃい。2人の気持ち、わからんワシじゃと思うの かい。いいから持って行きなさい﹂ このままでは、パンを包んでいるビニール袋まで破れてしまいそう だ。仕方ないので、あなたはそのパンを受け取った。 ﹁コイツもどーぞ、じゃ﹂ さらに〝後光の紅茶〟も受け取らされた。お年寄りはパワフルで すね。 老夫婦に見送られて、あなた達はモノレールの駅へと向かう。 クリームの飛び出したパンと、ぬるい紅茶は、待ち時間に美味しく いただいた。 ◇ ◇ ◇ 青い部屋 ﹁いってらっしゃ││﹂ 琴音の声に送られて、あなたは青い光のもれ出る扉を潜った。 中に入れば、椅子に座った老人と、その隣に控えるエレベーター ガールがあなたへと会釈する。 360 ﹁ようこそ、ベルベットルームへ﹂ ﹁本日はどのようなご用件でしょう するだけだ。 ﹂ 分はないのでしょうか ﹂ 〟と訴えている気がする。あくまでも、気が それに、なんとなくではあるが、エリザベスの視線が〝わたくしの なくなれば、イゴールも遠慮なく読書出来るだろう。 あなたは、エリザベスに部屋に移動することを告げた。あなたが居 てしまうのだ。 けている。彼の目は極端に大きいので、わずかな動きでもよくわかっ イゴールはあなたに礼を言った後、渡した本にチラチラと視線を向 ││まことに、ありがとうございます﹂ ﹁命の答えを探した旅人の記録、でございますか。それは貴重な品を ておく。 あなたは、まずは主のイゴールに本を渡した。内容も簡単に説明し ﹁おや、これは⋮⋮ なりそうな気がする。あなたは、それを嫌ったのだ。 い。ただ、その場合には、琴音が路地裏で無防備に立ち尽くすことに 一緒に入った場合はどうなるのか、そこに興味がないわけではな るかもしれないと言う琴音の番だ。 ムの入口へと向かった。先にあなたが入り、その後に少し時間がかか ポロニアンモールへとやって来たあなた達は、早速ベルベットルー ? たような気がするが。イメージの問題なのかもしれない。 や包帯などの収められたガラス戸の付いた棚。前は、この棚は無かっ 養護教諭の使う机に、テーブル。カーテンで仕切られたベッド。薬 にはなるが。 同じことを繰り返すわけにはいかない。少しだけ、やってみたい気 の扉だ。 ひらが向けられているのは、あなたが〝泉〟を呼び出してしまったあ ベスは、ゆっくりとした仕草で、その内の1つを示した。彼女の手の ベルベットルームにはいくつもの〝ドア〟が置いてある。エリザ ﹁かしこまりました。では、こちらで前回のようにお願いいたします﹂ ? 361 ? 学校の保健室に似た部屋に入ったあなたは、忘れない内にとエリザ ありがとうございます。⋮⋮造物主 ベスに本を渡した。正直、こちらはあまり珍しい物でも、高価な物で これをわたくしに もない。 ﹁まぁ はかな カードへと変じた仮面を渡した。 ﹁それでは、少し時間をいただきます﹂ しまった。〝ひまつぶし〟を用意していない。 ﹂ ペ ル 今日は教科書すらないので、本当にすることがない。 ﹁見学、なさいますか ソ ナ あなたは、手のひらを差し出し促す彼女に、顔から外したことで にしまった。カギまでかけている。 エリザベスは、あなたの仮面から手を放すと、贈った本を丁寧に机 ﹁あるいは、わたくしも⋮⋮。いえ、今は修復が先でございますね﹂ 脆く儚い仮面なのだろうか。 もろ 暴れれば危機に陥り、人ならざる者の夢を見ただけで傷つく。なんと おちい あなたの仮面は、またもやダメージを受けていたようだ。月の光に 〟を傷つける﹂ ない知識、出会うべきではない者。それらもまた、貴方の〝ニンゲン お気を付けください。人が、訪れるべきではない場所、知るべきでは ﹁お気付きではないようですが、また傷ついていらっしゃるご様子。 彼女の青い手袋があなたの仮面をなでる。 しかし、彼女はそれに首を横に振って答えた。﹁失礼﹂と断った後、 あなたは、本を受け取ったエリザベスにそう伝える。 ら、仮面の修理は必要ないだろう。 前回ここを訪れてから、特に大きな戦闘をした覚えはない。だか 造物主の嘆きである。 た。 造物主呼ばわりは、まだ続くのだろうか。あなたは、少しだけ嘆い しょう﹂ より授かった英知の結晶。家宝として、子々孫々まで受け継がせま ? それにうなずく。あなたは、しばらくの間〝もう1人の自分自身〟 ? 362 ! が怪しげな作業の犠牲となる様子を見続けた。 ﹁完了、でございます﹂ 大げさな仕草で、修復の終わりを表現するエリザベス。まさか、こ んなことをされていたなんて、もうお婿に行けない。 ﹂ ﹁仕方ありません。その時はわたくしが⋮⋮と返すのが〝お約束〟な のですよね 誰に聞いたのだろうか、そんなことを。 あなたは、ベルベットルームの情報収集能力について考えを巡らせ る。 ﹁弟から﹂ エリザベスの弟。たしか、テオドアだったか。琴音の担当だと聞い たばかりだ。 あなたは、そのテオドアとはどのような人物なのだろうかと考え た。おそらく、ベルベットルームの中に存在はしているが、その姿を 見せることのない気配の内の1人なのだろう。 ﹁テオですか。そうですね、世間知らずな子ですね。わたくしと同じ で││﹂ エリザベスは、言葉の途中で考えるような仕草をした。そして、そ のまま表情を変えずに椅子をフラフラと左右に動かす。座った状態 でそうしているのだから、当然エリザベス自身もユラユラと落ち着き がない。 ﹁1つ、お願いがございます。今回の料金なのですが、お金ではなく、 〝依頼〟という形にさせて頂きたいのです﹂ あなたにとって、ペルソナの修復は重要なものだ。それを行ってく れるエリザベスの頼みなら、ある程度までは引き受けるつもりがあ る。 しょくだい 悪魔の10や20程度ならササッと滅ぼしてくるし、迷宮の奥まで お使いに行くのも慣れたものだ。悲しいことに、 燭 台を取り返して と頼まれた結果、死神達と戦ったことさえあるのだから。 ﹁実は、先日その薄情な弟からバカにされてしまったのです。テオは、 弟は⋮⋮自分はお客人に連れられて外の世界を見て来たのだと言っ 363 ? て来ました。そうして、それを自慢げに語り続け、わたくしを見下す な ど と、実 に 嬉 し そ う に ⋮⋮。わ た く し、わ た く し は も う ような目で見てくるのです。ポロニアンモールには噴水があるので すよ ⋮⋮﹂ ヨヨヨ、と泣きマネをして見せるエリザベス。古本屋での琴音を思 い出す仕草だ。流行っているのだろうか。 とりあえず話を合わせておくことにした。まったくヒドい弟であ る。 あなたがそう告げると、エリザベスは姿勢を正し、ケロリとした顔 でこう言った。 ﹁ええ、まったくでございます。││そこで、わたくし考えました。弟 がポロニアンモールなる地方都市の商業施設に行ってきたのであれ ば、わたくしはもっと大都会へ出掛けねばならない、と﹂ 弟に見栄を張りたいお姉ちゃんと言う事だろうか。わからなくも ない。 あなたは、話の続きを促した。 ﹁そんな時にいらっしゃったのが貴方です。蠱毒の庭であり、世界の 貴方はそこを制覇し、造物主となっ ﹂ 中心でもある大都会〝東京〟 た御方。言わば東京のプロ ! ﹁いえ、移動自体はわたくしにお任せください。姉がそちらを得意と ない。 るエリザベス。彼女を東京まで連れて行くのは、かなり大変かもしれ 話の内容からして、美鶴とはまた違った方向で世間知らずと思われ 一緒に電車に揺られていくことになるのだろうか。 ベルベットルームのドアは、東京にもあるのだろうか。それとも、 ﹁そんな貴方に、〝東京〟を案内していただきたいのです﹂ 〟。〝この世界〟は卵になった東京から始まったのだ。 立った存在だ。そして、集めたマガツヒを使って〝新世界を創った い合った。あなたは、その全ての理を喰らいつくして力とし、頂点に ボルテクス界となった〝東京〟では、いくつもの理の勢力が覇を競 コトワリ エリザベスから、奇妙な形で褒めたたえられてしまった。 ! 364 ! しておりますので、〝貴方の思い出〟の扉を通って行きましょう﹂ わざ エリザベスによると、彼女の姉であるマーガレットは、他人の記憶 を利用して仮想世界を生み出すことが出来るらしい。 かつて、あなたが行った〝現行の世界〟を創造。それに似た業を会 得しているのだろう。 あなたに気を遣ったのか、エリザベスは説明の最後に、 ﹁規模でも精 度でも、造物主のそれには遥かに劣りますが﹂と付け加えた。 ﹂ ﹁まず手始めに、神話にて語られた最初の街、〝シブヤ〟を体験してみ たいのですが、よろしいでしょうか 許可さえもらえれば、マーガレットが一晩で頑張ってくれるらし い。ワガママな妹を持った姉は大変だ。 あなたは、特に反対する理由も思いつかなかったので、それを許可 した。 その程度で癒し手に喜んでもらえるなら、悪くない話だと思ったの だ。 あなたは、エリザベスから〝シブヤに出かけたい〟の依頼を受け た。 ◇ ◇ ◇ ﹁││らっしゃーい﹂ その後、あなたは路地裏に戻った。 も う 行 っ て 来 た ん で す か え、い や い や い や い や。今 〝 何故か、琴音があなたに向かって手を振っている。 ﹁へ やはり、あなたがベルベットルームへと行っている間、世界は時を 止めているようだ。 〝この世界〟はあなたの創造の産物である。で、あるならば││ あなたは、琴音に渡したお土産がおおむね好評だったことを伝え た。テオドアとは会えなかったが、琴音ならば渡せるだろう。 まぁ⋮⋮いっか。とりあえず行って来ますね﹂ 365 ? ? いってらっしゃい〟って言ったとこですよ﹂ ? ﹁んー ? イマイチ納得していない様子の琴音、あなたはその背を扉へと押 す。 彼女が戻ってくるまでの間、少し1人で考えてみたいのだ。 あなたは、周囲を警戒しながらイロイロと考える。そうして、結局 はよくわからないということが、わかった。知らないことが多すぎ て、考える材料が足りていないのだ。 ﹂ そんな風にして時間は流れ、琴音がベルベットルームから戻って来 た。 ﹁戻りましたー あなたは、少し疲れた様子の琴音をねぎらった。ペルソナの合体を 行うと言っていたので、納得できるまで粘ったりしたのだろう。あれ は、とても疲れるのだ。 ﹁呼べるペルソナが変わったので、今度説明しますね。⋮⋮今はまだ、 こう自分の中で馴染んでいない感じなので﹂ ペルソナを付け替える者の気持ちはよくわからないが、邪教の館で 新しい仲魔が出来た時のような感じなのだろうか。 メンバーの速さなどが変化することで、それまでとは連携の順番が 変化したりすることはよくある。それを確認するための時間が必要 なのだろう。 ﹁そうですね。あんな感じです。││それから、今度〝コレ〟のお返 しを考えてますので、楽しみにしててくださいね﹂ 琴音は袖を少しまくると、手首につけたバングルを指でなぞった。 お詫びの品なのだから、お返しは必要ない。あなたがそう言うと、 彼女は顔の前で、チッチッチと指を振って見せる。 先輩が、〝絶対〟気に入る ⋮⋮あ、でも⋮⋮重い、とか言わ ﹁そんなこと言っていいんですかねー プレゼントだと思うんですけど ? と思う。 重い物。マントラ本営の地下にあった巨大な扉なんてことはない、 なんだろうか。悪い物ではないようなので、楽しみにしておこう。 ないで下さいね。拒否されたら泣きますからね﹂ ! 366 ! 4/30 女帝のおともだち 4月30日︵木︶ 放課後 月光館学園 教室 ホームルームが終わるのを待っていたかのように、ケータイから着 信音が聞こえて来た。 ﹁鳴っているぞ﹂ 後ろの席の美鶴や、その他の生徒達の視線を感じながら、あなたは 取り出したケータイの画面を見る。 覚えのない番号だ。というより、これは番号なのだろうか。画面に は、見覚えのない文字が表示されている。 ハザマ ﹃もしもし。こちら、エリザベスでございます。いつもお世話になっ ております﹄ 367 とりあえず出てみると、電話の相手は、精神と物質の狭間にある部 屋の住人だった。 ベルベットルームの外に出てかけて来ているのか。それとも、あの 場所から直接電話しているのか。 電話番号を教えた覚えも無いのにどうやって、と思わなくもない が、〝あの手の存在〟にそれを聞くのも野暮というものだろう。 ﹃昨日お願いした件ですが、準備が整いましたので⋮⋮﹄ さすがは、マーガレット。迅速な仕事だ。エリザベスから話があっ たのが昨日の昼間、あれから丸一日と少しで準備を終わらせたらし い。 会ったことはないが、きっと、とてもデキル女性なのだろう。 ﹃あなたからそのように言っていただければ、姉も喜ぶでしょう。そ れで⋮⋮もしよろしければ、このあと、お時間をよろしいでしょうか ﹄ 者たちが集った〝自由の街〟だった。 クス界のシブヤのことなのだろう。あそこは、どの勢力にも属さない エリザベスの言う〝創世神話〟のシブヤ。それは、要するにボルテ ? あなたの中に、シブヤで出会ったいくつかの出来事の思い出が呼び 起こされる。ネコマタと出会ったのも、あの街だった。 ﹃ありがとうございます。では、お待ちしております﹄ あなたが懐かしさに弾んだ声で快諾すると、それにエリザベスのど ことなく嬉しそうな声が返って来た。 ﹂ 電話を切ったあなたの口元は、少しだけほころんでいる。 ﹁誰かと待ち合わせか あなたは、美鶴にベルベットルームに寄って行くことを伝えた。琴 音と違って、1人で行くことを禁止されていないので気楽なものであ る。男女差別かもしれないが、この辺りは仕方がないことだ。 ││た ﹁ああ、例のポロニアンモールにある合体施設だな。すまない⋮⋮聞 くつもりは無かったのだが、今の電話の相手は、そちらの ⋮⋮そーゆーこと ﹂﹁えっ、これって、つまり⋮⋮修羅場 ﹂﹁ちょっ、 ﹁⋮⋮女の声だった﹂﹁エリザベス⋮⋮外国人⋮⋮ ﹂﹁合体施設って と、教室内の少し離れた場所から、ヒソヒソと声が聞こえて来た。 そうやって、あなたと美鶴が〝エリザベス〟について話している たような気がする。 以前イジメを見かけた時にも、今と同じような仕草と表情をしてい だり悲しんだりしている時のクセのようだ。 嬢様がたまに見せる、右手で左腕の肘を掴むポーズは、どうやら悩ん そのことを思い出したのか、美鶴は眉を寄せて目を閉じた。このお で、それが叶うことは無い、というものだったのである。 を伝えたあなたへのイゴールの返事は、〝しかるべき時〟が訪れるま はベルベットルームの住人と話してみたいと言っていた。だが、それ 琴音とあなたが世話になっているという事もあって、以前から美鶴 いが、なかなか難しいようだ﹂ しか、銀色の髪の女性という話だったか。私も一度会って話してみた ? ていないように見える。 聞き取ることは出来なかっただろう。現に、美鶴はまったく気が付い あなたの耳が悪魔のように良くなければ、それらの声をハッキリと ? ? 368 ? 銀髪とか⋮⋮先生スゲー﹂ ? あなたは、あなた自身の評判は〝あまり〟気にしてはいない。そう いうことにしているのだ。 だが、生徒会長の美鶴は、そう言ってもいられない。 お、おい。││急にどうしたんだ ﹂ あなたは美鶴の腕を取り、そのまま廊下へと連れて行く。 ﹁ん さっきエリザベスから電話がかかって来たばかりではないか。 昨日、あなたはあの青い部屋に〝本〟を持ち込んだ。そして、つい 話を続ける。 目を閉じ、顔を俯かせる美鶴。その姿を見ながらあなたは、だが、と ﹁やはり、どうにもなりそうにないか⋮⋮﹂ ついては、イゴールは口を閉ざした。 運命が例外を導いた場合を除いて││この〝例外〟が何なのかに も、入室することは出来ない。 が必要だ。〝資格〟の無い者は、たとえ鍵の持ち主と一緒であって 望んでベルベットルームへと入るには、〝資格〟と〝契約者の鍵〟 り場でそう言った。 周囲に視線を配って人気が無いことを確認すると、美鶴は階段の踊 人物とコンタクトが取れない状況は、少し不安がある﹂ ﹁君と汐見のペルソナ能力は、戦力の要だ。それに深く関わっている かのチンピラ達のようなことはしなかったが。 あなたは、彼らをにらみつけることで追い払った。さすがに、いつ 達がいた。気配などと言うまでもなく、音でバレバレである。 途中、背後を振り返ると、こっそりと付いて来ているクラスメイト 実習室の並ぶ辺りは、あまり人が来ないのだ。 あなたはそう説明しながら、実習用の教室が並ぶ方面へと歩いた。 う。 ことが多い。それは、彼女にとっては、あまりよろしくないことだろ 別課外活動部〟に関わる話を教室ですると、何故か誤解されてしまう 〝影時間〟、〝シャドウ〟、〝ペルソナ〟。美鶴とあなたが、〝特 美鶴は、戸惑いつつもあなたの誘導に従ってくれた。 ? ﹁つまり、私が直接会うことは厳しいが、電話や手紙などで連絡を取る 369 ? ﹂ ことは可能かもしれない⋮⋮と あるな ││なるほど、試してみる価値は 筋が見えた。そのことが嬉しいようだ。 ? 図書室までいいだろうか ﹂ ﹁最初に、私から手紙を出そうと思う。あまり時間は取らせないから、 ヒマな連中である。 そして、そんな彼らの話題はあなたと美鶴のことだったようだ。実に あなたが教室に戻ると、まだ多くのクラスメイト達が残っている。 ﹁あ、戻って来た﹂﹁桐条さん⋮⋮なんだか嬉しそう﹂ 後で伝えようと思い直した。 そう考えたが、当人は何か考え事の最中の様子。あなたは、これは と忙しかったので、時間が取れていない可能性も無くはない。 手入れを怠るような性格とは思えない。ただ、ここ最近はイロイロ のだ。 通にしていると、彼女の左目は髪に隠されてほとんど見えない状態な か。これでは、戦闘中に視界の妨げになってしまいそうに思える。普 前から思っていたが、美鶴の前髪は少し長過ぎるのではないだろう る。 そう言って口元にやった美鶴の手に、彼女自身の長い前髪がかか ﹁ふっ、そうだな。あ、いや、待てよ⋮⋮﹂ ば良かったと思いながら。 教室から出て来るのなら、帰り支度を済ませ、鞄を持ってからにすれ 美鶴に承諾を伝えると、あなたは教室へと戻ることにした。どうせ ﹁それでは、今日の用事のついでに聞いてみてはもらえないか ﹂ て上機嫌になった。少しばかりの不安ではあるが、それを解消する道 あなたが美鶴にうなずきを返すと、彼女はそれまでと打って変わっ ? それがなんとなく悔しいので、あなたは先ほど考えたことを美鶴に なんだか、うなずいてばかりのような気がしてくる。 あなたは、美鶴の要請にまたも首を縦に振った。 かる。あとはこの手紙に、とでも言えば説明の手間が省けるだろう。 そうしてもらえれば、ベルベットルームで美鶴のことを話す際に助 ? 370 ! 言った。 ﹁そう、見えるか 今のところ邪魔になったことは無いが、君がそう 言うのなら考慮して⋮⋮っと﹂ 言葉の途中で、長い前髪が美鶴の言葉を遮った。彼女は、左手の中 指と薬指で唇をなぞるようにして髪を払いのける。 ﹁││確かにそのようだ。ちょうど、今度の連休には、東京で用事が あった、な⋮⋮﹂ 〝桐条グループ〟のご令嬢は、連休中も多忙のようだ。会社に関係 する行事などがあるのだろう。 しかし、美鶴からそれを嫌がっているような気配は感じられない。 むしろ、頬を少し赤くして喜んでいるようにすら見える。 美鶴がこういった表情をするときは、大概〝お父様〟に関わる話の 時だ。前から見ても、横から見てもファザコンそのものである。 ﹁たしか、君も連休は実家に帰ると言っていたな。寄るところが無け れば、家の車で送っても良いが﹂ それは助かる。 お金に困っているわけではないが、それでも電車代が浮くのはあり がたい。それに、美鶴の家の車が快適でないはずが無い。 ﹁ああ、そこは期待してくれ。それから⋮⋮。いや、あまりあちらを待 たせても悪いな。少し用意をして来るので、先に行っていてもらえな いか﹂ 〝お父様〟のことを思い出してでもいるのだろう。鼻歌でも歌い そうな調子で、美鶴は教室から出て行った。 この学園の理事長室には、〝高級な〟レターセットがあるらしい。 購買で売っているような品物では、気に入らないのだろう。 美鶴は、理事長室の出入りが自由なのか。理事長が特別課外活動部 の関係者という事もあるのだろうが、どう考えても特別扱いである。 と、いまさらな事を考えていても仕方がない。あなたは、ケータイ のメモ機能に追記をすることにした。 ◎エリザベスひまつぶし ◎美鶴と連絡 371 ? メモしていたのに、昨日は〝ひまつぶし〟を買い忘れてしまった。 一緒のページにメモを残しておけば、今度こそ忘れないだろう。 ﹁〝先生〟⋮⋮。やっぱ、あんたスゲーよ⋮⋮﹂ ケータイをいじっていると、あなたの近くに1人のクラスメイトが ﹂ やって来た。あなたを〝先生〟などと呼ぶ、見た目も言動も軽い男子 生徒である。 ﹁あの桐条さんを⋮⋮あんな簡単に⋮⋮。って、ひまつぶし ﹁ ああっと ﹂ せるイメージだ。 あなたは、抗議のために不機嫌な顔をしてみせる。眉間にシワを寄 う。 他人のケータイを勝手にのぞき込むなんて、なんと失礼なヤツだろ !? 向けて歩き出した。 ﹁ちょっ、聞いてくれよ ! 人で、ナニして来たんだ ﹂﹁唇なぞって赤くなってたし⋮⋮そりゃ ﹂﹁桐条さん、すっごい嬉しそうだったね﹂﹁2 鞄の中身を確認して、教室を出る。あなたは、ゆっくりと図書室に も良いだろうに。 何も取って食おうというワケでは無いのだ。そこまで驚かなくて まった。手を振ってヒラヒラとさせて、もういい、と示す。 どこかコミカルなその動きに、あなたはすっかり毒気を抜かれてし を顔の横に上げて、ヘコヘコと頭を何度も下げる。 彼は、酷く怯えた顔で、飛び上がるようにして距離を取った。両手 !! ◇ ◇ ◇ と、久しぶりに大きなため息がこぼれた。 あなたは、少し足早になって図書室へと向かう。左手で顔を覆う る。 戻って訂正して来ようか。いや、何をしても悪化しそうな予感がす 閉めたばかりのドアの向こうが、何やら騒がしい。 あ、ねぇ⋮⋮﹂﹁ひまつぶ⋮⋮﹂﹁会長、実はチョロ⋮⋮﹂ ? 372 !! 青い部屋 図書室で、美鶴からベルベットルームの住人に宛てた手紙を預かっ たあなたは、そのままポロニアンモールの路地裏へとやって来た。 あなたは、人気の無い行き止まりで〝鍵〟を取り出すと、青い光の もれ出る扉へと差し込んだ。 ﹁ようこそ、ベルベットルームへ。本日は、どのようなご用件でしょう ﹂ 電話で呼ばれたから来たのだ。他にも用件はあるが、今日の用事は まずエリザベスからの頼み事にある。 それがわかっていながらお決まりであるらしきセリフを言うのは、 彼女なりのユーモアなのだろう。様子を見る限りだと、よほど楽しみ にしていたのだろう。 立ち位置が、いつもよりも〝かなり〟入口寄りだ。イゴールよりも 前に出ている。 ﹁創世神話にも記された街、〝シブヤ〟。その場所を、神話の主役であ る貴方と共に訪れる。││このような機会、そうそう得られるもので ﹂ はございません。それをどうして楽しみとせずにいられるでしょう か 身がエリザベスの言う〝主役〟本人であるため、どうしても実感に欠 けてしまうが。 もしここで、来る途中に買って来たプリンを渡して帰ると言った ら、どんな反応をするだろう。 ﹁そ ん な ⋮⋮。こ ん な に 焦 ら し て お い て、帰 っ て し ま わ れ る な ん て ⋮⋮なんてヒドイ⋮⋮﹂ 果たして、彼女は両の手で顔を隠し、ヨヨヨと泣き崩れるフリをし た。 それにしてもこのエリザベス、ノリノリである。 あなたが怒っているようなフリを続けると、彼女はあなたに向け深 く頭を下げて来た。 373 ? そう言われると、確かに珍しいことのような気がしてくる。自分自 ? ﹁お呼び立てするような真似をして、まことに申し訳ございません。 ですが⋮⋮わたくし、昨日から楽しみで、楽しみで、眠ることも出来 ませんでした。貴方がおいでになる時を、今か今かと心待ちにしてい た、わたくしの気持ち。⋮⋮わかってはいただけないでしょうか﹂ 頭を上げると、今度は両手を胸の前で組み合わせ、自身の肩を見る ような仕草をするエリザベス。 その姿は、相応しい表情さえともなっていれば、自分の行動を恥ず かしがっているように見えたことだろう。だが、彼女の顔に浮かんで いるのは、いつもの人形めいたモノのままだ。 ・ ・ エリザベスの主であるイゴールは、自身を〝マネカタ〟と評した。 ならば、従者である彼女もそうなのかもしれない。まあ、仮にそうで あったとしても、特に問題はないのだが。 ﹁これ、エリザベス﹂ ﹁失礼致しました。││わたくし、少々はしゃいでおりました﹂ ベルベットルームの主であるイゴールは、いつものように椅子に 座ったままだ。ただ、その表情は、どことなく困っているようにも見 える。それに対して、エリザベスはけろりとしたものだ。 奔放な従者を持つと、いろいろと苦労があるのだろう。少し同情す る。 イゴールは、琴音のペルソナの合体を取り仕切っていると聞くが、 同じ合体担当者でも、邪教の館の主とは違って、割と生真面目な人柄 なのかもしれない。 邪教の館のオヤジは、何気にひょうきんな人物だったのだ。 と、忘れる前に〝美鶴からの手紙〟を渡しておこう。エリザベスと 出かけている間に、紛失してしまっては困る。 あなたは、ベルベットルームの主であるイゴールに、封筒を差し出 した。封蝋のある手紙など初めて見たかもしれない。 ﹁ほう。私宛の手紙、でございますか。││なるほど、差出人は貴方の お仲間の〝部長〟を務めていらっしゃる方ですな﹂ 手紙を受け取ったイゴールは、差出人を確かめると、丁寧な所作で 374 それを開封した。 ﹁ふむ。なるほど、なるほど⋮⋮。エリザベス、これを読んでみなさ い﹂ ﹁はい﹂と短く返事をして、エリザベスはイゴールから手紙を受け取っ た。そして、内容を読み進める。 ﹂ やがて、手紙を読み終えたエリザベスは、イゴールにそれを返す。 ﹂ ﹁主、ひとつ意見をよろしいでしょうか ﹁なにかね ﹂ ﹂ ? その次にイゴールへと。 うけたまわ エリザベスは腹部に手を添えて腰を折る。まずはあなたに向けて、 ﹁ありがとうございます。││では、主。行って参ります﹂ あなたは、それではシブヤに行こうか、と彼女を誘った。 その圧力に負けたわけではないが、あまり待たせるのも悪い。 線が、あなたをじっと見つめている。 そして、そんなあなたを見つめる一対の瞳。エリザベスの黄金の視 感を得た。 それを確認したあなたは、1つの仕事をやり終えた、と少しの満足 イゴールは手紙を封筒の中に戻すと、懐へと丁寧に仕舞いこんだ。 ﹁では、手紙の件、確かに 承 りました﹂ い。 らないので、その対応はベルベットルームの住人達に任せるほかな 問題は無さそうに思える。というより、美鶴の手紙の詳しい内容を知 エリザベスの姉だというマーガレットに会ったことは無いが、特に せることに致します。││貴方も、それで宜しいですかな 客人が。⋮⋮よいでしょう。この手紙については、マーガレットに任 ﹁ふむ⋮⋮エリザベスには、この方が。テオドアには、もう御一人の御 両手の指を組み合わせた。何か考え事をしているようだ。 エリザベスに言われ、イゴールは大きな目をグリッと動かした後、 でしょうか ﹁この件ですが⋮⋮姉に、マーガレットに、というワケには参りません ? 彼女の動きは、なんとなくだが、そわそわと落ち着きが無くなって 375 ? ? いるように見える。 ﹁楽しんでくるとよい﹂ 主の許可を得たエリザベスは、あなたを1つの扉の前まで案内し た。││〝保健室〟に繋がるドアの隣にあたるドアのカーテンが取 り除かれている。 ﹁こちらのドアノブを握って、〝移動するための場所〟を思い描いて 下さい。〝治療するための場所〟のときと同じ要領でございます﹂ 移動する場所、移動する場所。前回はイキナリ失敗してしまったの で、少し慎重に考えなくては。 エレベーターでは、このベルベットルームと変化が無い。いっその こと大きな車の車内、あるいは列車の客室か。 などと考えたところで、エリザベスが語るところの〝創世神話の〟 シブヤに行くのだから、と気付く。前回は、泉を思い描いたせいで〝 大変なこと〟になったが、〝これ〟は問題なさそうだ。 376 うっかりすると、〝ヒジリ〟まで創造してしまいかねないので、そ こだけは気を付けよう。 あなたは、〝移動するための装置が設置されている部屋〟を想像し ながら、ドアノブをひねった。 ◇ ◇ ◇ 扉を潜ると、そこは薄暗い部屋だった。 ル 床と天井には同心円状の段差が有り、床は部屋の中心に向かうほど ミ ナ 低く、天井は逆に中心が高くなっている。 ター そして、その部屋の中心には││ アマラの転輪鼓、でございますね﹂ 移動、転送と言えば、やはり〝コレ〟だろう。 付くと目的の場所へと転送されているのだ。 念じると、ドラム缶の表面に刻まれた紋様が光り出す。そして、気が いた。原理はよくわからないが、これに手をかざして行きたい場所を 3本足の台座の上に、ドラム缶を乗せたような形の物体が鎮座して ﹁まあ⋮⋮。これは⋮⋮ ! まだ、シブヤにたどり着いて ﹁早くも素晴らしき逸品との出会い もろもろ しょうもん は、かなりアレだ。 われ 諸の声 聞に告ぐ すなわ こ じっぽう こうみょう そ れい ごと ほろ みこえ たいぞう い ことわり の じげん しょくざいしゃ エリザベスは、ターミナルをじーっと見つめ出した。そうして、し ﹁わたくしの求める〝こたえ〟。それがこの向こうにあれば⋮⋮﹂ 知識を。 い。││それこそ、自分が全知の存在になったと錯覚してしまう程の よっては、このターミナルから膨大な情報を得ることが出来たらし あなたは、勇やヒジリのようなことはしなかった。だが、見る者に そう言いながらも、エリザベスはターミナルをいじり回している。 この鼓の魔性に惑わされたと⋮⋮﹂ わり⋮⋮だったのでしょうか。孤独なる漂泊神も、永劫の贖 罪 者も、 ま れ び と ﹁〝静寂の魔王〟がコレに触れたこと、それが全ての始まり。いえ、終 く意味がわからなくもない。詳しく聞かれても困るが。 たような、そうでもないような、不思議な言葉だ。そして、なんとな エリザベスが、いきなり呪文のような言葉を唱えた。どこかで聞い 是れ即ち創世の法なり こ 霊の蓮華に秘密主は立ち 理を示現す れんげ 諸魔は 此れを追うが如くに出づ しょ ま 衆 生は大悲にて 赤き霊となり しゅじょう 東の宮殿、 光 明をもって胎蔵に入る くでん 輪転の鼓、十方世界に其の音を演べれば つづみ 我は未来世に於て 三界の滅びるを見たり さんがい 〝保健室〟でも割とそんなところがあったが、主が居ない時の彼女 る。 から見ようとしてみたり、下からのぞき込もうとしてみたりしてい 彼女はターミナルに駆け寄ると、裏に回り込んだり、飛び跳ねて上 葉遣いがオカシクなるのだろうか。 ブリリアントとは、なんなのだろう。エリザベスは、興奮すると言 でございます﹂ さえいないのに⋮⋮。ブリリアント ! ばらく見つめたあと、軽く頭を左右に振りながらポツリと言った。 377 ! ﹁⋮⋮その答えは、神話の中に。と、言ったところでしょうか﹂ それで満足したのだろうか。エリザベスはあなたの隣に戻って来 た。何やら1人で勝手に納得している。 さて、それではシブヤへ転送というところになって、1つ思い出し ﹂ たことがあった。エリザベスをじっと見るあなた。 ﹁わたくし、何かおかしなところがございますか たくさんある。だが、変わった所の100や200は問題ではない のだ。 よく見なくとも、エリザベスが武器を持っているようには見えな い。彼女は、その手に〝何も持っていない〟のだ。 これから向かうシブヤは、〝あの世界〟のシブヤだ。強い者は少な いだろうが、悪魔との戦闘が発生しないとは言い切れない。〝あなた の記憶の中のシブヤ〟なのだから。 エリザベスには、戦う手段があるのだろうか。 ﹁わたくし、その点についてはまったく心配しておりません。なんと 言っても、混沌の覇者たる貴方がエスコートして下さるのですから﹂ 治療の代価として依頼を受けている以上、そのつもりではあるが、 それでも〝仲魔〟の戦力は把握しておきたい。それが一時のものだ としても。 ・ ﹁わたくし、その点に関してもほとんど心配しておりません。なんと ・ 言っても、今のわたくしは〝貴方の力を司る者〟。││戦う力は、こ こにしっかりと準備しています﹂ 片手を胸に当てて、エリザベスはそう言った。 胸、心臓、心。彼女は、ペルソナを扱うベルベットルームの住人だ。 アナライズ 心の力であるペルソナを宿していても不思議ではない。 だが、念のためだ。あなたは、エリザベスに解 析をしても良いかた ずねた。 ﹁ええ、かまいません。││わたくし、不器用ですので少々恥ずかしい ですが⋮⋮どうぞ﹂ 両手を広げて目を閉じるエリザベス。いや、そんな格好をする必要 は無いのだが。 378 ? アナライズ とりあえず、抵抗しませんので、どうぞ、と言うことなのだろう。 そして、 解 析を終えたあなたは思った││。 これは、あまりにもヒドイ。 物理的な攻撃に、火炎、氷結、電撃、疾風。これらの攻撃を受けた 場合、全て反射。 光と闇、精神や神経に影響を与えるもの、さらに魔力への直接干渉。 こちらは全て無効化。 かつて、あなたを苦しめた死神の1人、凶悪な防御能力を誇ってい た魔人マザーハーロット。彼女が可愛く思えるような防御能力だ。 ハッキリ言って、護衛の必要性がまったく感じられない。 このあまりにもあんまりな結果に、あなたは両の目の間を揉んだ。 もう一度、よく確認しないと。 ・ ・ ﹁ただ、攻撃の手段は⋮⋮光の力による広範囲殲滅と、メギドラオンの 2つだけでございます﹂ 〝汚れ無き威光〟などと呼ばれていた破魔の大技と、相手を選ばな い最高峰の攻撃魔法〝メギドラオン〟。この2つがあれば、それだけ で十分だろう。とりあえず。 向かう場所は、シブヤ。最初の街、シブヤ。 あなたは、ターミナルに手をかざす。そうしてから、シブヤの光景 を思い浮かべる。 すると、ターミナルから電撃のようなものがほとばしった。表面に ・ ・ ・ 刻まれた文字が発光し、台座以外の部分が高速回転し始める。 室内の空間が、たわむ。 そうして、天井と床の同心円が空間の歪みによって1つに重なって 見えた瞬間。 〝移動するための部屋〟が白い光に満たされた。 379 シブヤに出かけたい。 赤いマガツヒが流れる通路のイメージ。グワングワンと頭に響く けいらく 音。前後左右、激しくブレる視界。 アマラ経絡の中を通る時は、いつもこんな感覚が付きまとって来 る。 慣れてしまえば、認識しないで済ませてしまうことも出来るように なるこれらの感覚は、あまり気持ちの良いものではない。 だが、時折なぜかまたそれを味わってみたくなることがあった。ボ ルテクス界を旅していた頃のささいなエピソードだ。 あなたが頭の片隅でそんなことを思い出していると、その次の何か ターミナル を思い浮かべる前に、目に映る光景が変わった。││アマラ経絡のそ れから、転送の直前までいた転輪鼓部屋のそれに。 転送に使われたエネルギーの残滓を青黒い電光として散らせなが ら、回転するターミナル。その回転は徐々に遅くなり、やがてカラン カランという音と共に停止した。 この大きな円筒の装置は、問題なくその役目を果たしてくれたよう だ。 ﹁これが、アマラの転輪鼓を使った移動。││神話では、何度も何度も 移動の途中で事故にあっていましたが⋮⋮無事についてしまったよ うですね﹂ あなたと一緒に転送されて来たエリザベスは、何事も無く目的地に 着いてしまったことが、やや不満なようだ。 経絡内に行こうと思えば行けなくもないが、あなたが頼まれたのは 〝シブヤの案内〟だけである。 あまりサービスし過ぎても、先々の治療の代価が無くなってしま う。ここは我慢してもらうことにしよう。 ﹁はい。それでは⋮⋮そちらは、またいつか、お願いさせていただくか もしれません﹂ エリザベスはコクリとうなずいた。 あなたは、そんな彼女に手振りで部屋から出ることを伝える。この 380 ドアの向こうには、シブヤの地下街が広がっているはずだ。 扉を開けると、そこは予定通りのシブヤ地下街だった。この街の床 は、鏡のように磨かれていて、やたらと物を良く映す。 しゃがみこんで床のパネルに顔を近づければ、光る紋様の浮かんだ 表情程度なら読み取れそうなくらいだ。 どうやら、扉を開け外に出た時から、あなたは〝人修羅〟となって いたらしい。その左手には、いつの間にか1枚のカードが握られてい た││〝ニンゲン〟のカードが。 あなたは、そのカードをハーフパンツのポケットに仕舞った。服装 も月光館学園の制服から、昔のそれへと変化しているのだ。 詳しことはわからないが、ここは〝人修羅の世界〟ということなの かもしれない。なんとなく、そう感じた。 ﹁ここが、シブヤ⋮⋮﹂ あなたに続く形で、ターミナルの部屋から出たエリザベス。彼女は 〟が置かれていた。旅をしていた当時はあまり気にしなかったが、言 381 視線を左右にさまよわせて、物珍しそうにしている。 ここは、現実のシブヤとは似て異なる場所。 前の世界の渋谷にあった要素。その一部分だけを抜き出す形で再 構成された、ボルテクス界の街。 右、左、正面、それぞれの方向に延びる通路。一見、その壁にはガ ラス張りのショーウィンドウがもうけられ、ブランド物のバッグや財 布、服などが飾られているように見える。 だが、ガラス窓に近づいてよくよく見てみると、そのバッグも財布 も服も、実は全てボンヤリと曖昧な影のような物であることが分か る。 ﹁これは、滅びた世界にあった欲望の残滓、なのかもしれませんね﹂ 通路を歩きながら、エリザベスの言うところの〝欲望の残滓〟を眺 なぜこのようなところに、無造作にこのような物が⋮⋮ めて回る。ちょっとしたウィンドウショッピング気分だ。 ﹁これは ﹂ !? フラリと入った無人の部屋には、〝豪華な装飾の施された金色の箱 ? われてみると謎である。 あなたは、彼女に向かって首を振って見せ、理由はわからないこと を伝えた。 ﹁創世の光から受け取る魔力によって、その中身を変じるという魔法 の 宝 箱。開 け て 見 る ま で、箱 の 中 身 は 不 確 定。こ れ は、ベ ル ベ ッ ト ルームの在り様にも通じる⋮⋮﹂ なにごとかブツブツと言いながら、エリザベスは金色の箱の周りを グルグルと回り出した。 懐かしい光景だ。あなたも、何度となくああやって宝箱の周りで 踊ったものである。 ﹁開ける前にこのような儀式を行うことで、中身をより良い物に変化 させることが出来ると聞き及んでおります。さ、御一緒に⋮⋮﹂ エリザベスは手に平を上に向け、優雅な仕草であなたをダンスに 誘った。 ││では⋮⋮パンパカパーン エリザベスは素っ頓狂な声と共に箱のフタを開けた。 ﹂ ﹁宝石、でございますね。できれば、日本刀などがよろしかったのです が﹂ どうやら、箱の中身はメノウだったようだ。 ボルテクス界のこういった箱の中から、刀の類を見つけたことは無 ││ありがとうございます。また、宝物が増 い。宝石なら当たりだと思われる。 ﹁よろしいのですか えてしまいました﹂ ポケットから取り出したハンカチで丁寧にそれを包む。そして、これ またポケットから取り出した〝鞄〟の中に仕舞いこんだ。 あの大きな財布は、一体どこに隠していたのだろう。 そう考えた時、あなたは過去の自分も〝同じようなこと〟をしてい 382 あなたはそれに応える。そうして、しばらく2人でグルグルとし た。 ﹁そろそろよろしいでしょうか ! もう十分だろう。経験則からそう判断したあなたが許可を出すと、 ? 箱から出て来たメノウは、エリザベスに渡すことにした。彼女は、 ? たことを思いだした。 今のこの世界は〝現実〟ではなく、今の自分は〝人修羅〟だ。││ なら、〝アレ〟もできるだろう。 あなたは、目的の物をイメージしながら、目前の空間に手をつっこ んだ。 特にどうといったこともなく、腕が空間に沈む。その光景を何も知 らない者が見たら、あなたの腕がそこで切断されてしまっているかの ように思う事だろう。 指先に何か硬い物が触れる。どうやら、〝これ〟は問題なく使うこ それでは、ご厚意ありがたく﹂ とができるようだ。あなたが〝持っていた所持品〟も、そのまま残さ れている。 ﹁それは⋮⋮。まあ あなたではないのだから、やはりエリザベスが素手なのは心もとな つるぎ い。いや、能力は調べているので心配する必要がないのはわかってい るのだが。気分的な問題だ。 そこで、あなたは彼女に一振りの剣を貸すことにした。公の御剣│ │それは、かつて新皇が所持したと言われる剣だ。 剣の方からも、特に嫌がる気配は感じ取れない。公の御剣もまた、 彼女との間に何かしらの縁を感じとっているのだろう。あなたがそ う思ったように。 ﹁やはり、左手に何かを持っていると落ち着きますね。││いえ、普段 は本なのですが⋮⋮これは格別。万の軍勢の助力を得た心持でござ います。実は⋮⋮わたくしの切り札の1枚は、かの御方の仮面でござ いますので﹂ やはり縁があったようだ。エリザベスには日本刀を愛でる趣味も あるようなので、それなりにお似合いだろう。 マサカドの刀をたずさえた、奇妙なエレベーターガールの完成であ る。 見た目的にどうかと思うところが無いわけではない。だが、ハーフ パンツ一丁の半裸、光るタトゥーを全身にほどこした男には、外見に 関してどうこう言えるところはない。 383 ! ﹁あら⋮⋮あれはコダマ それとシキガミでしょうか﹂ ムシってワケ ボク、怒っちゃうよ いいの ! 応を任せるつもりのようだ。 ﹂ ﹁ねぇ、聞いてる かなー !? あなたは、コダマの声に返事をしない。エリザベスは、あなたに対 ﹁あのねー。ボク、魔石がほしいなー﹂ の中の1体が口を開いた。 悪魔達は、あなた達2人を取り囲むように移動した。そうして、そ 位の位置でユラユラと浮遊している。 折り紙のような悪魔がシキガミ。どちらの悪魔も、あなたの胸の高さ 薄い緑色の人型悪魔がコダマ。白い紙を複雑に切って立体にした キガミが各2体あらわれた。 宝箱のあった部屋を出て少し歩くと、あなた達の前に、コダマとシ ? ﹂ ! │。 ﹁あっそう これはもう、死んでもらうしかないね 物乞い〟の類なのかもしれないと考えて、様子を見ていたのだが│ ら〝恐喝〟のつもりだったようだ。もしかしたら、〝おねだり〟や〝 あなたは、コダマの声に返事をしない。声の調子からして、どうや ? ﹂ やっつけてやる 死ヲ、受ケヨ ﹁やったなー ﹁グゥゥゥ 悪魔達はヤル気だ。 ﹂ ! ら突っ込んで来た。シキガミ達は、その全身から細かい電流をほとば もう1体のコダマが、ウニュウニュウニュっと奇妙な音をたてなが !! ! だが、そっちがそのつもりなら、〝死んでもらうしかない〟。 ても良いと思っていた。 う。もしも下手に出てくるのなら、何か恵んでやる程度のことならし 初めてシブヤに来たばかりの頃でも、きっとこうしていたことだろ ポイと、その死体を近くの壁に向かって放り投げる。 かなくなった。 した悪魔の薄っぺらな肉体は、あなたの手の中でクシャリと歪んで動 あなたは、無言でコダマの頭部を握りつぶす。すぐに、ヒラヒラと ! !! 384 !? ジ オ しらせ、電撃魔法を使う準備をしている。 ﹁斬り捨て御免、でございます﹂ 銀の一閃が宙に煌くと、コダマの身体が縦に裂けた。エリザベスの 斬撃だ。 その直後、あなたと彼女に向かって、シキガミの放った電撃が襲い 掛かる。 しかし、あなたにも、エリザベスにもそれらは何の効果も上げな かった。 今のあなたはほとんどの攻撃を〝無効化〟する状態だ。 そして、エリザベスはほとんどの攻撃を反射する。彼女に向かった 電撃は、その身体に触れる直前で反射され、シキガミへと跳ね返って 行った。 ﹂ だが、シキガミもまた電撃を反射するので、双方何事もなしである。 ﹁グゥゥ⋮⋮。ナラバ あなたの拳が、シキガミをビリビリに引き裂いた。何かしようとし ていたようだが、これでもう何もできない。 驚き動きが止まったもう一体のシキガミ。あなたは、その頭上に飛 び上がると、そのまま足を勢いよく振り下ろす。 かかと落としとも、踏みつけとも、どちらとも言えないようなその 攻撃は、2体目のシキガミを床に散らばる紙屑に変えた。 ﹁これが東京で日常的に行われていると言う、〝カツアゲ〟なるもの なのですね。⋮⋮なんと恐ろしい﹂ まったくヒドイ話だと同意するしかない。この東京は、まるで地獄 だ。 エリザベスにそう言いながら、あなたは死んだ悪魔達からマガツヒ とマッカを奪い取る。小さなモノでもコツコツと。こうした細かな 積み重ねが、後々大きな差になる、かもしれない。 さらに、悪魔達は〝魔石〟を持っていた。集めていたのだろうか。 魔石は、身体の傷をそれなりに治してくれる品物だ。ちょっとラッ キーである。 あなたは、拾ったそれをよくわからないが何故か使える〝収納空間 385 ! 〟に仕舞おうとした。しかし、もう入らないようだ。どうやら、これ 以上の魔石を貯めこむことは出来ないらしい。 ポケットに入れておくと、少しかさばる。かといって、捨ててしま うのはちょっともったいない。 手の中の物を見つめながら、そんなことを少しだけ考える。そうし ﹂ ていると、あなたの頭にちょっとした疑問が湧いて来た。 ﹁わたくしが、なにか エリザベスは、あなたの渡した刀を扱ってみせた。ただ持っている だけではなく、戦闘中に使用していたのだ。 ﹂ もしかすると、彼女は道具を使ってくれるのではないか。 ﹁ええ、扱えますが⋮⋮。どうかなさいましたか 何でもないことのように答えるエリザベス。 だ。 ﹁くださるのですか の事は置いておこう。 刀は貸しているだけである。あげてはいない。││とりあえず、刀 ますね﹂ なにやら、先ほどから頂いてばかりでござい あなたは、今ようやくその〝知恵〟を持った人外の者に出会ったの て扱うには、特別な〝知恵〟がいる﹂と言っていた。 などの緊急時には道具を使えない仲魔達。彼らは口々に、﹁そうやっ マッカで取引を行い、隠し持っていたりもするのに、何故か戦闘中 それを使ってくれなかった。いや、使えなかった。 しかし、ボルテクス界を旅していたとき、あなたの仲魔達は何故か ここ〟ではそれらが実在するのだ。 残念ながら、〝現実〟の世界にはそんな便利な物はなかったが、〝 を一口で満タンにしたりする品物もあったくらいだ。 る。瀕死の重傷を一瞬で完治させたり、ほとんど空っぽになった魔力 現実と違って、ボルテクス界の道具は劇的な効果を発揮してくれ が、思わず目頭を押さえてしまう。 あなたは、その姿に少し感動を覚えた。涙の流れない身ではある ? あなたがエリザベスに魔石を渡すと、彼女はポケットから取り出し 386 ? ? た〝鞄〟にそれをしまい込んだ。 それを見届けたあなたは、彼女に過去の思い出を語った。もしかし たら、その話の別名は、〝愚痴〟と言うのかもしれないが。 ﹁なるほど⋮⋮。道具を扱える仲魔がいないばかりに、道具係として 体力や魔力などの回復ばかりしていた時期があったのですね。それ はまた⋮⋮﹂ あなたは話を終えてから、余計なことを言ったかもしれないと思っ た。変化のない彼女の表情がありがたい。 くだらないことを、と内心でバカにされていたとしても、それが表 に出てこないのだから。 誤魔化すためではないが、あなたはエリザベスにいくつかのアイテ ムを預けておくことにした。もしかしたら、何かで使う機会があるか もしれない。 先ほど、アマラ経絡に行ってみたいと話していたこともある。あそ メ ギ ド 387 こでは、時々強敵が現れることがあるのだ。合体したり、自爆したり、 万能魔法を使って来たりする悪魔が。 ﹂ ﹁確かにお預かりいたしました。貴方の指示、または状況を見て自己 判断で使用しても良い、ということでございますね あなたは、うなずくことで返答とした。 他には、毒やマヒなどを治すための薬に、敵の補助魔法を無効化す るものだ。 威力は弱くとも、敵の弱点を突くことで有利に立ち回れることもあ い。 発してダメージを与えてくれる。手榴弾のような物だと考えれば良 属性の力を秘めた攻撃用の石。これらは、敵目がけて投げつけると爆 あとは、エリザベスのバリエーションの少ない能力を考えて、各種 だ。 は、無限に魔力を回復できる〝チャクラ金剛丹〟を所持しているの 魔力回復用のチャクラドロップは、持っている物を全部。あなた を10個ほど。 大量に持っていた魔石は、それなりの数。傷を全快してくれる宝玉 ? るジェムなど。 虚空から取り出したそれらの品々を、説明を交えつつエリザベスの 鞄に入れて行く。 案内を引き受けている手前、あまり危険にさらすつもりは無い。だ が、ボルテクス界では戦闘が当たり前のように発生する。ここで、備 えが足りないと憂いた時は、死ぬ時だ。 〝あなたの思い出〟の世界で、その根本であるあなたがそう認識し ている以上、ここでは殺し合いを避け続けることはまず不可能であ る。そして、あなたのそれが変わることは無い。 ﹁いろいろな種類があるのですね﹂ イロイロとあるのだ。 戦うだけの懐かしい日々を思い出したあなたは、一応これらの道具 類を売っている店をのぞいてみることにした。街の代表的な施設で もあるので、案内する意味もある。 388 少し歩いてたどり着いた店の中は、相変わらず雑多な代物であふれ ていた。 ライトが点灯したままの壊れた車。ヒビの入った水晶玉に、時々道 に落ちているような赤い箱。画面の割れたテレビに、配線がむき出し のコンポ。 店の奥の方には、放射能マークが描かれたドラム缶と、それに取り 付けられた蛇口の下に置かれた鉄瓶。アレに貯めた水を飲むのだろ うか。 そして、そんなことよりも気になるのは││。 ﹁ヒーホー。いらっしゃいだホ﹂ 何故か、未だに道具屋に居るジャックフロストだ。 偉大なる悪魔になるための旅に出て、世間にまみれて真っ黒になっ たはずのヒーホー君。その彼がまだ白い姿でここに居る。 あなたの中で、この街の道具屋は〝このジャックフロスト〟という ﹂ 思いが強かった。そういうこと、なのかもしれない。 ﹁ジャック、フロスト どういうわけか、エリザベスが興奮気味だ。彼女は、その金色の眼 ! らんらん を爛々と輝かせ、食い入るようにジャックフロストを見つめる。 好物だったりするのだろうか。出来れば食べないでほしいと思う。 サイキョーにジャアクになった彼は、あなたと共にカグツチの前ま で行った仲魔の1人なのだから。 ﹁⋮⋮オイラ、つよくなるために旅にでたいホ∼。資金集めに協力し てほしいホ∼﹂ そう言って、ジャックフロストは商品を勧めて来る。だが、そのラ インナップはかなり貧弱だ。 ﹁協力いたしましょう。これと、これと、これと、これと、これと、こ れ と、さ ら に こ れ を、も う 1 つ 追 加 で、さ ら に さ ら に 追 加 で こ れ を ⋮⋮﹂ エリザベスは、恐ろしい勢いで品物を手に取った。特に必要なさそ うな物ばかりであるが。 ﹁お代は、全部で⋮⋮えー⋮⋮﹂ジャックフロストは電卓を使って﹁1 389 2000マッカだホ﹂と言った。 その言葉が、エリザベスの動きを停止させた。 ﹂ 服のポケットから取り出した、明らかにポケットよりも大きな財布 を手にして固まっている。 ﹁マッカ⋮⋮。円では⋮⋮ ﹁マッカだホ﹂ ﹁マッカ⋮⋮﹂ あの千円札のように。 円もドルも役に立たない。好事家が趣味で集めている程度の代物だ。 そう言って、エリザベスはあなたを見つめた。ボルテクス界では、 ﹁マッカ⋮⋮。500円玉でしたら、たくさんあるのですが⋮⋮﹂ ているのは彼の心か肉体か。 こちらに背を向け、後ろ手で冷やかしは返れと示す雪だるま。冷え ような雰囲気を感じる。 つもと変わらないそのスマイルからは、どこか彼女をバカにしている ジャックフロストは、エリザベスの手から商品を回収し始めた。い ﹁マッカだホ。マッカの無いビンボー人に、用は無いんだホー﹂ ? この世界で使える金はマッカだけ、変な店では宝石を要求してくる が、売買の基本はマッカなのだ。 仕方がない。お金が無くては買い物を楽しむことも出来ないだろ う。 あなたは、エリザベスの持っている日本円と、あなたの貯めこんで ここにたくさんの ! いたマッカを交換することにした。 ﹁ありがとうございます。それでは⋮⋮ああー ﹂ マッカがー ﹂ ! ﹂ ? ﹁どなたも、いらっしゃいませんね﹂ 開けた。 ブツブツと言うエリザベスにかまわず、あなたは輝きを失った扉を さか妖気のようなものが少なく思われますが⋮⋮﹂ ﹁ここが、例の背徳の館でございますか。話に聞いていたよりも、いさ ないだけで、印のあった痕跡のようなものはある。 マークが見当たらない。││いや、良く見ると、前のように光ってい だが、その存在を示していた、いくつかの円を組み合わせたような 場所である。 あなたの思い出通りであるならば、ここは邪教の館があったはずの それに、他に少し試してみたいこともある。 ため。 あの魔王〟が降臨しているかもしれない。準備が必要だろう。念の ここが〝思い出の世界〟であるのなら、〝このシブヤ〟には今も〝 次に向かう先は〝邪教の館〟だ。 うなだれるエリザベスを引っ張って、あなたは道具屋を後にした。 まれても、こればかりはダメなんだホー﹂ ﹁オサワリ禁止だホー。ジョーレーでそうなってるんだホ。いくら積 ﹁ところで、少し撫でてもよろしいでしょうか 悪魔故に仕方なし。悪魔はゲンキンなものなのだ。 途端、フロストスマイルを向けて来るヒーホー君。態度の急変は、 毎度ありがとうだホー ﹁ヒーホー ! 部屋の中は、静けさに満ちていた。合体に使われた巨大な円筒の装 390 ! 置は残っているが、そこに宿っていた妖しげな光は消えてしまってい る。 そして、〝館の主〟の姿も無い。ここには、もう誰もいないようだ。 あなたの仲魔達の記録が記された、〝悪魔全書〟も消えてしまってい る。 これでは、〝エリザベスの記録〟があるかどうかを確認することも できない。 上手く行けば、〝道具を扱える仲魔〟を増やせるかもしれない。そ れを〝少し期待して〟いたので、ほんの少し残念である。 まあ、ライドウのときと同じで、﹁こやつは私でも扱えない⋮⋮﹂、と 言われそうな気がしてはいたのだが。││まったく、残念な話だ。 ﹂ エリザベスが、一瞬だけブルリと震えた。 ﹁今、何か仰いましたか 特に何かを言った覚えはない。あなたは、より有利に、より強く、よ り生き延びやすいやり方を模索していただけだ。 邪教の館が使えないとなると、あとは〝召喚〟を行えるかどうか だ。 あなたは、意識を己の内側に向ける。あなたの心の奥にある、〝仲 魔との契約〟へと。 〝妖精ピクシー〟は呼び出せない。なぜかはわからないが、契約は 残っているが召喚は出来ない。 〝大天使メタトロン〟と、〝魔王ベルゼブブ〟も同様だ。 〝夜魔ジャアクフロスト〟については、呼び出すとさっきのジャッ クフロストが来てしまいそうな予感がする。 あなたは、他の仲魔達との契約状態についても確認してみることに した。││カグツチとの戦い、あの時も契約していた他の仲魔達につ いては、特に問題なさそうだ。普通に召喚できる。 ただ、以前と同じで、呼び出したままにしておける仲魔の人数には 制限があるようだ。そして、いまはエリザベスもその人数に数えられ ている。3人まで、これは人としての限界なのだろうか。 葛葉ライドウは、条件さえそろえば同時に8体召喚できる、と黒猫 391 ? のゴウトが言っていたが││あれは、おそらくハッタリだろう。実 際、1体ずつ呼び出している所しか見たことが無いのだから。 無双の槍の使い手にして、頼れる紳士。幻魔クー・フーリン。 物理攻撃を跳ね返し、剣の腕前にも優れた邪神。ギリメカラ。 弱点も多いが、いざという時に頼れるのは、邪神アラハバキ。 魔法攻撃では他に並ぶ者の居ない、妖精の女王ティターニア。 怪我の治療と、味方への強化魔法は、地母神パールヴァティ。 今召喚できる仲魔はこのメンバーだ。 さて、どうしたものか。空っぽの邪教の館の中で、あなたは腕を組 んだ。 対〝アレ〟を想定した構成を考えるとなると⋮⋮。 392 宝石の意味 思い出の世界 シブヤ地下街 邪教の館跡 主の居なくなった邪教の館。その薄暗い空間で、あなたは組んでい た腕をほどいた。それから、左手を折り曲げ、右肩のあたりに持って 行く。 あれこれと考えるよりも、順に呼び出して話してみるのが良いかも しれない。久しぶりなのだから。 そう考えると同時に、あなたの口から、低い声がもれだした。 あなたの喉も舌も唇も、召喚の呪文を忘れてはいなかった。共通す る部分を素早く唱え終え、最後に呼び出す悪魔の名前を添える。 ﹁⋮⋮クー・フーリン﹂ 393 あなたの横に立って成り行きを見守っていたエリザベスが、唱えら れた名を繰り返すようにつぶやいた。 呪文の完成と共に左手を伸ばし、あなたは床の一点を指し示す。雷 光が、その場所を撃った。 雷鳴がとどろき、煙が晴れると、そこには長い黒髪と魔法の槍を持 ち、白い鎧とマントを身にまとった男の姿。 ﹁お久しぶりです。召喚に応じ、参上いたしました﹂ あなたは、クー・フーリンに短く挨拶を返した。そして、すぐ次の 召喚に取かかろうとしたところで││ ﹁先ほどおっしゃったお仲魔の方々の名前の中に、奥様のお名前があ りましたが││﹂ エリザベスが、奇妙なことを言いだした。〝奥様〟とはなんのこと だろう。そんなものに覚えはないのだが。 ﹂ ﹁││久しぶりと言うことでしたら、お会いにならなくてもよろしい のでしょうか ろではない。 あなたは、困惑を隠せない顔でエリザベスを見た。もう、召喚どこ ? 御令室 呼び 状況が掴めないのだろう。クー・フーリンの表情も、あなたのそれ あるいは⋮⋮御新造 ? ? と似たようなものだ。 ﹁では、奥方 奥さん ? 私の知らぬうちにそのようなことが 書かれていた〟 ﹁なんと ﹂ おめでとうござ ! ? あなたには、今のところ誰かと結婚した覚えはない。というか、〝 エリザベスは、一体何を言っているのだろうか。 何番目の妻〟なのかまでは書かれておりませんでしたが﹂ 方は数ありますが、つまるところ、あなたの〝妻〟、でございます。〝 ? あ、はい⋮⋮﹂ おりました﹂ 何だ、それは。〝ルイス〟とは一体何者だ。 あなたの背筋を、寒気が駆け上った。 ウワサで、世の中にはストーカーなる恐ろしい存在が居ると聞いたこ ﹁ルイスは、自らを観測者と呼んでおりました。││わたくし、 巷の ちまた らにその後についても同様のことを続けるつもりである、と書かれて ると、ルイスは造物主の誕生から新世界の創世までを見つめ続け、さ ﹁ええ、実在しております。⋮⋮著者の名は〝ルイス〟。その書によ か。 思っていたのだが、まさか実際に書物の形で存在しているのだろう かエリザベスから聞いたことがあった。冗談で言っているだけかと そういえば、〝造物主〟が出て来る〝創世の神話〟について、何度 の記述が誤っていたのでしょうか﹂ ﹁まあ、御存じではないと。では⋮⋮わたくしの読んだ、〝創世神話〟 ちろん今のよくわからない発言についてだ。 あなたは、彼を少し黙らせ、エリザベスを問いただす。内容は、も ﹁え 臭い、などと続けた。 ら、なぜ祝いの席に呼んでくれなかったのか、教えてもくれぬとは水 クー・フーリンは、大きくうなずいて喜びを表現している。それか います ! ! とがございます。常に相手を監視しようとし、さらにはヒタヒタと追 394 ? ちょうりょうばっこ いかけ続け、やがては暴力的で恐ろしい凶行を引き起こす。現世には そのような存在が、 跳 梁 跋 扈している、と﹂ 恐ろしい。そんな相手に見張られていたのでは、プライベートも何 もあったものではないではないか。 と、話が逸れてしまった。今の問題は、〝奥様〟だの〝妻〟だのの 事についてである。どうしてそんな話になっているのか。 そのストーカーのルイスは、どうしてそんな嘘を書いたのだろう。 ﹁神話にはこうありました。││ある時、造物主は空気の精を得るた め、妖精の治める地〝ヨヨギ〟へと赴いた。そして、そこで妖精の女 王ティターニアと出会ったのだと。ティターニアは、自分たちの領地 に無断で侵入した造物主に抗議するため、彼の前へと進み出ました。 しかし、近くで見た造物主の御姿に一目で心奪われてしまい、すぐさ ま彼へと愛の告白をしたのだとか﹂ あなたには、ティターニアからそんなことを言われた覚えは無い。 そんなこともあった。 ﹂などと言って来 たしか、その時、ヨヨギ公園に入ってすぐの所で出会ったティター ニアが、いきなり﹁ダイアモンドをくださらない たのだ。 のものになることを宣言したと、そう書かれておりました﹂ いたく感激したティターニアは、その場で自らの王国を捨て、造物主 自らの純愛を女王に贈ることで返事としたと。造物主のこの対応に されておりました。││そして、造物主は女王のその告白に対して、 が欲しい〟 という告白となる。創世神話には、そのような解釈が記 まえて妖精の女王の言葉の意味を考えると⋮⋮それは、〝あなたの愛 ﹁ダイアモンドが象徴するものは〝純愛〟、でございます。それを踏 ? 395 とんでもない捏造だ。ルイスの話は〝月刊・妖〟以下である。 そんな風にあなたがムッとしていると、クー・フーリンが何かを思 そうなると⋮⋮あの時の事 い出したように、ポンッと手を打った。 ミタマ ﹁空気の精とは、エアロスのことでは ほら、御魂を作る材料として、エアロスが欲し ? いと仰って、ヨヨギで妖精を集めようと出かけたときに⋮⋮﹂ ではありませんか ? 初めてヨヨギ公園に行った時には、弱すぎて話にならないと言って いたティターニア。 そんな彼女が自分から話しかけて来てくれたことが嬉しくて、つい つい貴重なダイアモンドを上げてしまった、かもしれない。 渋らずに即答で渡すことにしたことが良かったのか、一気にティ ターニアの機嫌が良くなり、一緒に行きたいと言い出したのだ。 というよりも、無理矢理押しかけて来た。 ﹁こうして2人は金剛石の契約によって結ばれたのでございます。で すが、これを快く思わない者もいました。それは、ティターニアの夫 であった、妖精王オベロンその人に他なりません。妻と造物主のやり とりに怒り狂ったオベロンは、ティターニアと造物主が共にいるとこ ろを狙い、配下の者たちに襲わせました。ですが、ああなんという事 でしょう。オベロン自慢の怪力トロールも、名馬ケルピーも、造物主 の手渡した財物の誘惑に負け、オベロンを裏切って造物主の側につい てしまったのでございます﹂ エリザベスは、無駄に演技の入った声で語る。普段の微妙なイント ネーションはどこに行ってしまったのか。 ヨヨギを歩いていれば、妖精たちとはよく出会う。元々そのために 行ったのだから、トロールやケルピーを見かければ、マッカや魔石、宝 玉などを渡し仲魔にならないかと誘うに決まっている。 ﹁部下ではどうにもならないと判断したオベロンは、ついには自身で 造物主の前に現れ、猛り狂う怒りと共に剣を振りかざしました。しか し、その王の剣は一振りの槍に受け止められてしまったのです。オベ ロンの剣を止めたその槍の持ち主は、妖精セタンタ。造物主がその時 よりも以前にヨヨギへと立ち寄った際に、オベロンの元から去って 行った妖精の英雄でございます﹂ ﹁猛り狂う⋮⋮ああ、あの時は、ちょうどカグツチが煌々と輝いていま したね。オベロン王の剣技はかなりのものでしたが、ヨヨギから外に 出て強くなった私の方が既に上回っていた。あれは、実に良い勝負で した﹂ ﹁││そうして、セタンタの槍に貫かれたオベロンに止めを刺したの 396 は、あろうことか取り戻そうとしたはずの妻、ティターニアの氷の魔 力でございました。そうするようにと妖精の女王に命じたのは、冷徹 なる造物主。彼はティターニアにそれを命じることによって、彼女の 忠誠を試したのでしょう。││こうして、妖精の国の勇者も、自慢の 馬も、部下の大半も、そして妻までも失ったオベロンは、カグツチに 向かって手を伸ばしながら、マガツヒの粒となって消え去ったのでご ざいます﹂ エリザベスが神話の内容を語り、それをクー・フーリンが補足した。 その後、予定通りに風の精霊の材料を手にいれ、さらには強力な氷 結魔法の使い手までも仲魔にしたあなたは、とても良い気分で邪教の 館へと向かったのである。なんとなく覚えていた。懐かしい話だ。 しかし、造物主とは、なんと恐ろしいヤツなのだろうか。オベロン への同情を禁じ得ない。││もう、この話はここまでにしたいところ だ。あまり考えすぎるのは良くない。 ﹁さて、その後のティターニアなのですが、造物主の手で邪教の背徳的 な儀式を施され、生来のものとは異なる力を植え付けられてしまった みたま そうです。それでも、彼女はそれを恨まず、むしろ喜びを持って造物 主と共に創世の争乱を戦い続けました﹂ たしかに、ティターニアにはそれなりの数の御魂を合体させたはず だ。そうして、氷結だけではなく、火炎や電撃の魔力も扱えるように なってもらった。││御魂と呼ばれる存在を合体させることで、悪魔 たちはより強く、より多彩な力を振るえるようになるのだ。 それにしても、エリザベスが語る神話の中のティターニアは、やや 美化されているような気がする。 そして、あなたの扱いはあまり良い物ではない。 著者のルイスは、あなたに対して、何かしら思うところがあったの だろう。 ﹁そして、造物主の仲魔となった後のティターニアは、何かある度、己 が主人に宝石を贈ったとか﹂ ボルテクス界を駆けていた頃、仲魔たちがあなたに何かをくれるこ と が あ っ た。大 量 の マ ガ ツ ヒ を 吸 収 し た 時 な ど に も ら う こ と が 多 397 かったので、あなたはそれをマガツヒの礼なのだろう考えていたので ある。 最後の戦いまで一緒だったティターニアも、それは同じだ。 彼女が﹁従属の証よ﹂と言って渡して来たのは、オパール。﹁余って いるから、貴方にも分けてあげる﹂と差し出されたのは、ルビー。 エメラルドをくれた時は、 ﹁貴方は、この私が主人と認めた悪魔。こ れからも、私を裏切らない貴方でいらして﹂と話していたと思う。 思い出せるのはこのぐらいだが、他にも同じようなことはあったは ずである。 それぞれの宝石の象徴する物事は││。あなたは、耳の後ろをポリ ポリとかいた。 妙な想像はやめよう。勘違いすると後が厳しい。 ﹁創世神話に登場するティターニアについて、わたくしが覚えている ﹂ のは、この程度の内容でございます。ここまで、何か大きな間違いが ございましたでしょうか とりあえず、ほとんど間違ってはいない。 しかし、何かが違う。そうではないのだ。こう、上手く言うことが 出来ないが、違うのだ。違うのだ、ルイス。 あなたがルイスについてアレコレ考えていると、クー・フーリンが、 あなたに向けて大きくうなずいて見せた。 ﹁いや、気付きませんでした。御二人がそのような関係だったとは とりあえず、今日はティターニアを呼ばない。そう決めた。 リザベスの認識では。 ああ、そうか、あれは、あの旅路は、神話の時代の話になるのか。エ あなたは、左手で目を隠すようにしてため息をついた。 と思って││。 〟を語っている。いつの時代の話をしているのだ。今がいつなのだ かなりモテたらしいクー・フーリン。そんな彼が、自身の〝武勇伝 話。実は私も││﹂ れるのかもしれませんが⋮⋮なに、我々のような者の間ではよくある ⋮⋮貴方はオベロン王から彼女を奪ってしまったと気にしておら ! 398 ? この話のほとぼりが冷める前に召喚したりしたら、からかい倒され るに決まっている。とにかく、今はよろしくない。 ほんぽう 女王と言っても妖精は妖精、やはり悪戯好きには違いないのだか ら。 ・ ・ ﹁まあ⋮⋮。奔放なことで知られた妖精の女王に、あれほどまで尽く ﹂ さ せ て お き な が ら ⋮⋮。い え、こ こ は 流石 と 申 し 上 げ る べ き な の で しょうか ﹁いえ、これは照れていらっしゃるのですよ﹂ エリザベスは、何かを言いかけてやめた。そこに、フォローのつも りなのか、クー・フーリンが余計なことを言う。 ﹁なるほど⋮⋮。これは気付きませんでした。申し訳ございません﹂ そう言って、エリザベスはあなたに向かって頭を下げた。何を言っ てみても無駄らしい。これもすべて〝ルイス〟なる人物のせい、とい う事にしておこう。全部ルイスが悪い。 あなたは、次の仲魔を召喚することにした。気を取り直すために も、心の癒しになる仲魔が良い。回復系の能力は何も持っていない なんじ が、なんとなくほっこりとするのだ。 ﹁汝の呼び声に応え、我、顕現す﹂ 実体のない情報存在となっていた仲魔が、あなたの召喚によって形 ある存在となった。 あなたが呼び出したのは、アラハバキ。その姿形は〝遮光器土偶〟 そのもの。大きな瞳と、キュッとしまった腰のくびれがチャームポイ ントの仲魔だ。 ﹁汝が我に求むるは、如何なる用件か﹂ 弱点の多いアラハバキは、普段から連れ歩くことには適していな い。不意打ちを受けてしまうと、あっさり割れてしまうかもしれない のだ。 ただ、その弱点を補うかのように様々な防御用の魔法を覚えている マ カ ラ カー ン ので、強力な敵と戦う時などに輝くことがある。実際、バアル・アバ ターとの戦いでは、アラハバキの魔法反射結界に非常に助けられた。 が、今はそれを求めているワケでは無い。単純に顔が見たかっただ 399 ? けなのだ。この独特のフォルムが、落ち着きをもたらしてくれる。 ﹁汝、我との再会を渇望せしか﹂ あなたの要望を聞いたアラハバキは、頭と手をクルクルと回転させ た。││この土偶型悪魔は、頭部、上半身、手、下半身をバラバラの 方向に回転させることが出来るのだ。さらには、分離までも可能であ る。 ﹁汝、我が抱擁を受けよ﹂ クワッと目を大きく見開き、アラハバキがあなたの胸に向けて突進 した。そして、そのまま頭部をグリグリと擦り付けて来る。ザラザラ とした感触だ。特別痛いという事は無いが、少しむずがゆい。 あなたに頭を押し付けた状態で、上半身を左回転、下半身を右回転 させるアラハバキ。あなたは、そんな仲魔の頭をゴシゴシとなでる。 アラハバキは、パーツを回転さることで感情を表現することが多 い。その様子には、なんとも言えない愛嬌がある、と思う。人型の悪 区別とは別の次元の存在なのではないだろうか。神秘的な何かで。 400 魔相手では、覚えることのない感覚である。 抱擁と言いつつ、手が短いせいで、あなたまで届いていないところ もまた微笑ましい。アラハバキの腕の長さよりも、頭の大きさの方が 上回っているのだ。 そうやってしばらく構った後、あなたはアラハバキをストックへと 還すことにした。 ﹁我は汝の呼び声を待つ。汝のため、我のため、我は参ろう。用件は必 要では無い﹂ あなたが念じると、アラハバキはあなたの情報処理器官へと還って 行った。くるくると回転しながら消えて行く様子が、なんだか楽し い。 それとも男性なので アラハバキに癒されて、うんうんと満足していると、その様子を見 ていたエリザベスが口を開いた。 ﹂ ﹁ところで、あの神は、女性なのでしょうか しょうか ? 土偶に男も女もないだろう。そもそも、アラハバキは、そういった ? ﹁私は女性だと思いますね。メリハリのあるあの体形に、つぶらな瞳。 間違いありません﹂ ﹁なるほど⋮⋮やはり﹂ あなたを見るクー・フーリンの目は、 ﹁皆まで言わずともわかってお ります﹂と語っていた。無駄に雄弁な瞳である。 そして、エリザベスは何に納得してウンウンとうなずいているのだ ろうか。あまり考えたくない。 あなたは、この話はここまで、と強引に話題を切り替える。ギリメ カラを召喚して、さっさと外に出よう、邪教の館の部屋からだけでは なく、地下街からも脱け出すのだ。 あなたは、召喚の呪文をつぶやくと、左手をひらめかせる。すると、 青い雷光がきらめき、床で弾けて白い煙となった。 そうして煙の中から現れたのは、邪神ギリメカラ。一つ目の象の頭 部を持った、黒い力士のような格好をした悪魔だ。彼の肉体には、物 ﹂ ﹂ 戦う者同士で通じ合うところでもあるのか、これでなかなか仲が良 い。 401 理的な攻撃を全て跳ね返すという強力な防御能力が備わっている。 ﹁よぉ、兄弟。オレ様を呼んだか か ﹁別にいいじゃねぇか、本人がナンも言ってねぇだろ 後ろ見とくからよ。オメーは前な﹂ ﹁まったく。││では、外へ向かいましょうか﹂ ││オレは ﹁ギリメカラ。その物言い、主とご婦人に対して失礼ではありません 意外と気が利くヤツなのだ。この象は。 てくれる辺り、彼はあなたの気持ちを察してくれている様だ。 口では文句を言っているが、さっさと扉を開けて通路へと出て行っ してんな。もっとこう、バーンッと行きたいもんだね﹂ ﹁ヘッ⋮⋮。マネカタ風情の案内とは、オメーにしちゃあシケたこと のまま指先で腹をかく。 言いながら、ギリメカラは太鼓腹をボヨンっと叩いた。そして、そ ? 白鎧のクー・フーリンと、黒い表皮のギリメカラは、武器を持って ? ? クー・フーリンに促され、あなた達は出口に向かって地下街を進む。 通路を横に並んで歩くあなたとエリザベス。 クー・フーリンは、それよりも少し先行している。ギリメカラはそ の逆で、エリザベスの後ろで長い鼻をブラブラとさせながら歩いてい た。 ◇ ◇ ◇ シブヤ ハチ公前交差点 あなた達は地下街を抜け、地上への階段を昇った。 久しぶりに見たボルテクス界の空は、やっぱり土の色だ。 あなたの頭上では、カグツチが偉そうに輝いている。あの輝きと、 卵の殻の内側にへばりついたような大地を見ると、ここが思い出の中 赤っぽい星形の身体で、クルクルと回転している悪魔。それはもちろ ん、あのデカラビアだ。 思い出の世界でも、むしろ思い出の世界であるからこそ、ハチ公の 隣にはデカラビアがいる。あなたの中では、あの場所はデカラビアの 402 のボルテクス界なのだと実感できる。 わたくし、ボルテクス界デビュー カグツチと〝頭上の大地〟を見上げたエリザベスは、右手を創世の 光にかざした。 ﹁なんだかとってもダークネス 致しました﹂ だ ﹁あれは いるあの悪魔は⋮⋮ ﹂ あれが⋮⋮ウワサに聞いたハチ公。そして、その近くに ように呆然としたものである。シブヤの真上にイケブクロがあるの あなたが初めてこの光景を目にしたときも、世界のあまりの変わり キョロと周囲を眺めまわす。ボルテクス界の光景が珍しいのだろう。 どこかで聞いたようなセリフを言い終えると、エリザベスはキョロ ! ハ チ 公 像 の 横 に ゆ ら ゆ ら と 浮 か ん で い る 悪 魔。ヒ ト デ の よ う な ! !? ! 場所なのだから。 フォルネウスはもう来ない。フォルネウスは自分が殺した。何度 かそう言ってみたのだが、結局最後までフォルネウスとの待ち合わせ 場所から動かなかった、あのデカラビアだ。友がもう来ないことを理 解しても、それでも待っているデカラビアだ。 ハチ公の隣には、デカラビアが良く似合う。 ﹁なぜ待ち続けるのか。なぜ待ち続けられるのか。報われることはな いと知りながら、それでも待つ心とは一体何なのか⋮⋮。是非ともお 聞きしたいものでございます﹂ あなたは、エリザベスの肩を捕まえた。そして、振り返った彼女に 向けて、首をゆっくりと横に振って見せる。 彼のことは、そっとしておこう。 ﹁そうですか⋮⋮。少々残念ですが、貴方がそうおっしゃるのなら﹂ エリザベスは、もう一度デカラビアの背を見た。そして、今度はそ クー・フーリンが身構え、ギリメカラが〝大将〟と口にする相手。 それは、あなたの記憶にも強く刻まれた存在の気配だ。 ヌルヌル、ズンズンと音をたてながら、その強烈な妖気がより一層 濃くなる。どうやら、この妖気の持ち主は、あなたに用があるようだ。 ﹂ 感じるぞ、感じるぞ ワシの身体が、ビク 音も気配も、こちらへと真っ直ぐ向かって来ている。 ﹁グワッハッハッハー ンビクンと反応しておるぞ ! オスガタ を叩いている。アレを足の代わりに使って移動しているようだ。 巨木のような雄姿から生えた無数の根が、ビチビチとアスファルト りにも立派な、〝御姿〟は、むしろ〝雄姿〟と呼ぶべきだろう。 オスガタ ビルのセンターの谷間から、巨大な緑色の雄姿が現れた。そのあま ! ! 403 の視線をハチ公とは反対へと向ける。センター街の方向だ。 ﹂ と、そのセンター街の奥、カグツチの光が届かない闇の中で、何か ﹂ まさか、大将か この気配は⋮⋮ 巨大なモノが動いたように見えた。 ﹁おや ﹁おいおい、コイツは ! ! センター街のビルの谷間から、強い妖気が流れ出して来ている。 ? ? ﹁人修羅が 見つけたぞ この間は、よくもやっ ! ﹂ このワシをあのような姿にした上、4人がかりで この若造が てくれおったな 順番を回して嬲り者にしおって なぶ ! その身体に我が怒りを注ぎ込んでくれるわぁ ﹂ ! 相手にとって不足なし ! に入れた魔人・人修羅。 ﹁魔王マーラ ! ﹁わたくしは、応援とアイテム係⋮⋮でございますか。欲望のなんた 今、雄の戦いが始まろうとしていた。 カラ。 ﹁マジかよ。大将ギンギンになってやがる⋮⋮﹂黒く硬い巨象ギリメ フーリン。 ﹂百戦錬磨の槍の英雄クー・ その身体にいくつもの禍タマを埋め込み、只の人にはない威力を手 圧倒的な雄姿を誇る魔王に挑むのは││。 マーラはヤル気だ。ここは戦うしかない。 を向けた。 魔王は、あまりにも巨大な魔王マーラは、あなたにその憤怒の先端 なぁ ﹁このマーラをナメたからには、それ相応の報いを受けてもらわんと がって、今にも爆発しそうに見える。 と怒張していた。巨木の根元にある球状の部分がパンパンに膨れ上 その巨木のような体のあちこちに浮き出た血管。それがピクピク ! ! ! るかを知る良い機会かと思ったのですが、残念でございます﹂ 404 ! 欲望の魔王 シブヤ ハチ公前交差点 あなたの右には、2人の仲魔が並んでいる。クー・フーリン、ギリ メカラだ。 一応、〝お客さん〟であるエリザベスは、魔王との戦場からかなり 距離を取った位置に移動した。 だが、まだ ﹃敵、魔王マーラ。大変ご立派なお相手、でございます﹄ ﹂ そうだろうとも、そうだろうとも ﹁グワハハハハハ ぬぅーん だ。まだまだだ ! ! なんというサイズ ﹂ ! 悪魔達も、マーラの恐ろしさは簡単に理解できる様だ。見た目がすさ あなたとの実力差を測ることが出来なくて襲ってくることのある とっくの昔に逃げ去っている。 そこらに居たコダマやダツエバ、ガキにスライム、思念体などは お送りします。││あ、支援は行いますので、ご安心を﹄ 解説は、わたくしエリザベスと、その辺りを歩いていたネコマタ様で ﹃現場は、どことなく怪獣映画の様相を呈してまいりました。実況と デカイ。あまりにもデカイ。とてつもないスケールだ。 根は、並の自動車よりも大きい。 えていた。そして、その根元にあってアスファルトをこすっている球 今や魔王マーラの樹高は、センター街に並び立つビルの中ほどを越 ﹁おいおいおいおい⋮⋮大将、どんだけタメてたんだよ⋮⋮﹂ ﹁あそこから、さらに大きく それを見たクー・フーリンとギリメカラのうめきが重なる。 いの声を上げると、巨体をさらに膨張させ始めた。 エリザベスの言葉を聞いて、機嫌良さそうに笑うマーラ。彼は気合 もしれない。││どうも、マーラにも声が聞こえているらしいが。 た。ペルソナの修復中などに少し話をしたので、真似をしているのか 美鶴のナビゲートのような調子で、エリザベスの声があなたに届い ! !? 405 ! まじいので、これは当然だろう。 エリザベスに捕まったらしいネコマタには、是非がんばってほし い。 ⋮⋮⋮⋮えー、今のマーラ様の それも、前に雑誌で見た屋久杉並。やーん、 ﹃あー、もう、なんなのよ、アンタ ﹄ 槍と象さんと、イレズミの3本を合わせても、ゼンゼンか サイズは、えっと杉並 ! びいき ハ ラ たわむ ク カ ジャ ひとな あなたが唱えるのは、全体防御力上昇の魔法。左手を曲げ、そして マ 仲魔に指示を出し、すぐさま魔法を使用する。 ﹁わかりました﹂﹁おうよ﹂ は守りを固めることにしよう。 あれらが一斉に襲い掛かってくれば、避けきることは困難だ。まず かムチのようなものだ。 あなたのような人間サイズの存在からしてみると、それらすべては縄 〝毛のような〟と言っても、それは巨大なマーラの大きさでの話。 ような触手が生えている。それらが、ザワザワとうごめき始めた。 マーラの巨体の下方、球根状になっている部分からは、無数の毛の か﹂ ﹁グヘヘヘヘ。まずは、本番前の戯れだ。一撫でしてやろうではない よくわからないが。 杉くらいはありそうだ。実物を見たことは無いので、実際のところは その大きさはネコマタが言った通りで、以前テレビで見た屋久島の と、マーラの巨大化がようやく止まった。 い。 エリザベスは、マーラの取り巻きを引き受けてくれたのかもしれな ご了承ください﹄ ﹃公平を期すため、アチラ贔屓の方々を実況席にお呼びしております。 雰囲気だ。 の女の笑い声が重なる。どうも、エリザベス以外の声はマーラよりの 聞こえて来たのは、ネコマタのものらしい声。それにあわせて複数 ないっこなーい ステキ ? 伸ばす。その動作が終わると同時、あなた達の身体を魔力の鎧が包み 406 ! ! 込んだ。 それに少し遅れて、クー・フーリンが、片手を使って宙に何かを描 いた。すると、彼の指がはしったところに、光る文字のようなものが 浮かび上がる。 ﹁速さを与えよ﹂ クー・フーリンがそう唱えると、文字が弾けて光の粒が飛び、それ と手で打った。そして、 らがあなた達に降りかかった。身体が軽くなり、精神が研ぎ澄まされ ﹂ る感覚。マハスクカジャの効果だ。 ﹁いくぜ、大将 ギリメカラが、自身の太鼓腹をバンッ その長い鼻を振り上げ、振り下ろす。 すると、ギリメカラの頭上に橙、緑、紫、3つの魔力の光が現れ、マー ラの近くへと降り注ぐ。 敵対する者たちの全能力を低下させる魔法、ランダマイザが発動し たのだ。 ﹃アナライズの結果は、詳細不明。とりえず、光と闇は無効でございま す。お約束、ですね﹄ 解析を行っていたらしいエリザベスの声。その結果は、予想通り だ。 ﹂ こちらが守りを固めるのを待っていたかのように、マーラが動き始 では、行くぞ めた。その様子には余裕が感じられる。 ﹁グハハ、準備は良いか ! ﹄ ! だ。 ﹃ニャー、キター マーラ様の空間殺法 て当てるというよりも、目標のいる場所ごと粉砕するかのような攻撃 魔王の宣言と共に、無数の触手が辺り一面を縦横無尽に走る。狙っ ? れが通常の物理攻撃であるならば、最下級の悪魔であるガキの爪で 今のあなたは、ほとんどの攻撃を無効化する能力を持っている。そ 打った。││どうやら、〝普通〟の物理攻撃だったらしい。 左下の路面を砕いた鞭が、そのまま跳ね上がって、あなたの脇腹を 上から来た触手を払いのけ、右からの攻撃を一歩下がって避ける。 ! 407 ! ! ﹂ も、魔王マーラの触手でもダメージを受けないと言う意味では同じで ある。 ﹁よお、大将。オレの力、忘れちまったのかい ギリメカラを攻撃した触手たちが、彼の身体に触れる前に砕け散っ て行く。 あなたの仲魔のギリメカラにも、殴る蹴る、斬ったり突いたりなど の攻撃は通用しない。こちらの場合は、あなたのそれよりも更に強力 で、受けた衝撃を無効化するだけではなく、そのまま相手へと跳ね返 すことが出来る。 マーラの触手は、反射されたマーラ自身の力によって傷ついている のだ。 ﹂ ﹁覚えておるとも、ギリメカラ。これは単なるお遊びよ。⋮⋮だが、そ のお遊びでイキそうなヤツが1人おるな。グワッハッハッハー 右手に形成した光の刀を、左で抜刀。││一閃。 ガタマから引き出した〝力〟を集中する。 あなたは、無言で右手を握りしめた。そして、握った拳の中に、マ ら内臓を絞り出されそうになっている。 クー・フーリンは、マーラの縄で縛られ、悶え苦しみ、上下の穴か 中身をブチ撒けるがよいわ﹂ ﹁グワハハハ、このまま締め上げてくれる。そおれ、白いの、その汚い ダメージを受けてしまっている様子だ。 彼の白い鎧とマントは、数か所が打たれて破れており、それなりの ません﹄ ﹃クー・フーリン様、緊縛状態でございます。これでは、身動きが取れ BIND て宙づりにされたクー・フーリンの姿があった。 あなたが声の方向にチラリと目を走らせると、そこには触手によっ ﹁ぐぅぅ⋮⋮。なんのこれしき⋮⋮﹂ ベスでもない。 それは、あなたでもギリメカラでも無く、距離を取っているエリザ ! 光の線のように見える斬撃が空を裂き、無数の触手を切り飛ばす。 そして、触手の本体であるマーラにも傷を負わせた。 408 ? ﹁っと。││メディラマ ﹂ 縛り付けていた触手が斬り飛ばされ、自由の身となったクー・フー リン。彼はすぐさま治癒の魔法を使った。 そんなクー・フーリンへと、マーラが言葉をかける。傷を負ってい るはずなのに、その余裕は崩れていない。 ﹁貴様、たしか、クー・フーリンと言ったな。となれば、以前はセタン タであったはず﹂ たしかに、この幻魔クー・フーリンは、現在の姿になる前はセタン タと名乗る妖精だった。 悪魔の中には、マガツヒを多く得ることでその姿を変え、より強い 悪魔へと進化して行く者がいる。このクー・フーリンも、そんな悪魔 の一体だ。 ﹁ワシが聞いたところでは、口元まで布を被っていたセタンタは、人修 羅の下でクー・フーリンになったそうだが⋮⋮﹂ よくしゃべる魔王だ。 律儀な性格のクー・フーリンや、かつてマーラの乗騎だったギリメ カラは、魔王の言葉に耳を傾けている。だが、あなたは違う。この隙 ﹂ を利用して、話の邪魔をしない程度に力を貯めることにした。 ﹁ええ、そうですが。それがどうかしましたか あなたは、再び右手に力を集めて光の束を作り上げた。それとほぼ これ以上おかしなことを言われてはたまらない。 か、このエレベーターガールは。 エリザベスの声が、いつもより少し高い。ナニを想像したのだろう す﹄ ﹃まあ、主従でそのようなご関係が⋮⋮。それは、また⋮⋮でございま お、なるほど﹂とか言うな。 あと、ギリメカラはなぜ納得したように手を打っているのか。﹁お 合った結果がコレだ。 この魔王とマトモに話してはならない。クー・フーリンが話に付き のことよ。グフフフ﹂ ﹁なあに、今のように人修羅に一皮むいてもらったのかと思っただけ ? 409 ! 同時に、怒りに顔を赤くしたクー・フーリンも槍を構える。 あなたは右手の〝光の槍〟を前方に軽く放って宙に浮かべると、左 かかと ジャ ベ リ ン 足を軸にして体を急回転させる。後ろ回し蹴りのような形で、あなた 我が魔 槍 ゲイボルグ ﹂ の右の踵が、目の前の〝光の投げ槍〟を蹴り飛ばす。 ││喰らえ ! L O S E ﹂ クー・フーリンには、このタイミングで技を合わせないでほしかっ 猛毒で苦しめるのだ。 魔法を封じる効果がある。そして、ベノンザッパーは傷つけたものを C 光 の 槍、ジ ャ ベ リ ン レ イ ン に は ダ メ ー ジ を 与 え た 相 手 を 黙 ら せ り注ぐ。 パー。広範囲を殲滅する光と毒の矢尻の雨が、マーラとその触手に降 あなたの放ったジャベリンレインと、クー・フーリンのベノンザッ クー・フーリンもまた、愛用の魔槍を足で射出していた。 ﹁なんと下品な ! ﹄ ! た。 あぶニャーい ﹁おいおい、オレ様もまぜろよ ﹃マーラ様 ! で、ギリメカラが追撃をかける。 だが、ワシはこの程度で 手にした剣を振り回し、マーラの幹に何度も斬り付けた。 ﹂ ﹁ヌヌヌ、なかなか激しい攻めではないか はイかんぞ がる。 ﹁ワシの耐久力が完全回復 ディ ア ラ ハ ン ﹂ マーラは、一度身体をグッとたわめると、一気にブルンッと伸び上 この程度では、まだまだ昇天とはいかないらしい。 だが、その声にはまだまだ余裕がある。 あなたたちの一斉攻撃で、一気に体中が傷だらけになったマーラ。 ! が無かったらしい。 どうやら、魔法を封じる事には失敗してしまったようだ。毒も効果 しまった。 とんでもない回復力だ。マーラの樹皮が、一息でツヤツヤになって ! 410 ! ほとんどの触手が千切れ飛び、本体のマーラもよろめいたところ ! ? な ﹁撫で回して動けなくなったところで、ズップリと突き刺してやろう ﹂ かと思ったが、ひとスジ縄ではイかんか。││ならば、これでどうだ あですがた 我が艶 姿を見よ ようにしてひしゃげたり、モトの形に戻ったりしている。 なんと美しい ﹂ 一体何がしたいのだろうか。この魔王は。 ﹁おお、これは ! マーラさまー。ステキー ﹄ ﹁やっぱ大将はサイコーだな。オレの大将は、やっぱ大将だぜ ﹃にゃあーん ! ﹂とか言っていたら、さ ! 大事なのだろう。 ﹁我が魔槍を受けよ ﹂ ! ﹄ ! 遠くから飛んで来た状態異常治療用のアイテムが、ギリメカラにぶ ﹃了解致しました。そーれ、ディスチャーム 魅了を治療するのなら、まずはギリメカラだ。 無効化能力を貫通する能力がある。 ンの槍はあまり問題ではない。だが、ギリメカラには、あなたの物理 物理攻撃を無効化する能力を持ったあなたにとって、クー・フーリ マーラに魅了された2人の槍と剣が、あなたへと迫る。 ﹁大将の敵はオレの敵だー ﹂ 今さらな感じがしてならないが。魔力が籠っているかどうか、それが 〝肉体の開放〟とか言われても、マーラのあの見た目だと恐ろしく ていたようだ。 どうやら、あのマーラの動き、アレが魅了魔法のような効果を持っ マリンカリン すがのあなたでも混乱してしまったかもしれない。 これで彼女まで﹁やーん、御立派さまー エリザベスには変わりがないようで、少し安心する。 な回復が望ましいかと⋮⋮大変セクシーなダンスでございました﹄ ﹃クー・フーリン様、ギリメカラ様、両者魅了状態でございます。早急 ! ! 仲魔達の様子がオカシイ。ネコマタは元から変だ。 ! ﹂ 元にある大きな球根も、その動きに合わせてアスファルトにめり込む 緑色の巨木が、根元から先端までをグネグネと揺すっている。その根 マーラが揺れている。ブルンブルンと揺れ動いている。黒っぽい ! ! 411 ! つかり効果を発揮する。ギリメカラは、 ﹁おおっと⋮⋮﹂とつぶやいて 剣を止めた。 ナイスなコントロールだ、エリザベス。きっと、野球でも活躍でき る。 ﹁私の槍が、効かない⋮⋮。ならば││﹂ クー・フーリンの槍は、あなたの背中の皮を貫けない。 槍がダメならば魔法で、とクー・フーリンは斬打の印を切ろうとす る。彼はマーラにメロメロのようだ。 私としたことが、あのようなモノに魅了されてしまうとは とりあえず、ディスチャームを使って治すことにした。 ﹁クッ ﹂ いや、不能か⋮⋮ 若いのになぁ⋮⋮﹂ ﹁ヌヌヌ⋮⋮。貴様、撫でても効かぬ、魅了も効かぬとは⋮⋮不感症、 油断していたようだ。 していたシャドウからは、まだ喰らったことが無いので、少しばかり 思い出してみると、こんなことはよくあることだった。最近相手に ら、気にする必要は無いのだ。 ていない。魔王マーラの使うソレを防ぐことは難しいだろう。だか クー・フーリンも、ギリメカラも、精神的な攻撃に対する耐性は持っ ! う。これで昇天してみせよ ││おぉぉぉぉ ﹂ !! なくイヤな予感がする。 ﹁より硬く、より強く、より速く より硬く、より強く、より速く ﹂ より硬く、より強く、より速く ! ! おおお、ワシの力の絶頂を見よ !! より硬く、より強く、より速く ! マーラの頭上に、龍の眼のような光がギラつく。なにか、とてつも ! ﹁仕方がない。哀れな貴様のために、ワシも本気を出してやるとしよ 万能属性以外の全ての攻撃が無効〟である。念のため。 あなたの宿しているマガタマの能力は、不能でも不全でもなく、〝 だった魔王から。 何故か憐れむような声をかけられてしまった。前はフニャフニャ あわ ﹃かわいそう⋮⋮あ、ニャー﹄ ? 412 ! ! ギラリ、ギラリと何度も龍が瞬き、マーラの威容がさらに硬く、鋭 く強化されて行く。 さらに、そこで力を放出せず、食いしばってこらえる魔王の気合い。 これは、非常にマズイ。 間に合うかどうかわからないが、一時退却しなければ、全滅の可能 性が高い。 ﹂ そう判断したあなたが指示を出そうとする寸前││ ﹁ぬおっ マーラから妙な声が漏れた。ほんの少し前の気合いの籠った声と は全く違う、ひどく間の抜けた声だ。 ﹁いかん⋮⋮。破れる⋮⋮ワシの袋が⋮⋮﹂ ナニが破れると言うのか。知りたくもない。 だが、それによってまき散らされるモノは、絶対に被りたくない。 ﹃魔王マーラの本体下方に力の集中を確認。もうそろそろ爆発しそう でございます﹄ たしか、今月の初め頃にも、こんなことがあったような気がする。 あの時はマジシャンの卵だったが、今回は魔王マーラだ。威力はあの 時の比ではないだろう。 ﹂ 今から逃げたのでは、間に合いそうにない。もう覚悟を決めて耐え るしかなさそうだ。 ﹁主よ。私の後ろに ﹁ぬぉぉぉ ワシの宝玉が玉砕破ぁ ﹂ の仲魔は〝生き返らせる〟ことが出来る。 あなただけは、死んではならないのだ。あなたさえ生き残れば、他 に短く感謝を伝えると、雄叫びを上げて衝撃に備えた。 仲魔2人が、あなたとマーラの間に立って壁になる。あなたはそれ ﹁大将の玉なら慣れてら。オレの後ろに隠れてな﹂ ! !! あなたの目に映る世界は、マーラの炎に覆われた。 ◇ ◇ ◇ 413 !? ねっとりとした濃い緑色の爆光が、ハチ公前交差点を埋め尽くす。 !! ﹃魔王マーラの爆発を確認。大変ご立派な最期でございましたね﹄ エリザベスの声を受けて、あなたは目の前でクロスさせていた両腕 を下げた。どうやら、終わったようだ。クー・フーリンとギリメカラ の姿は無い。2人とも消し飛んでしまった。 あなたは、まず自身の体力を回復すると、収納空間からある品を取 り出す。 〝反魂神珠〟││死者の魂を呼び戻し、その肉体をも完全に蘇生す る力を秘めたボルテクス界の秘宝だ。同じような効果を持った品は 他にもあるが、これは何度使っても無くならないところにお得感があ る。 ﹁クー・フーリン、ただいま戻りました⋮⋮﹂ ﹁よぉ、なんともタマらん攻撃だったな。見てるこっちまで痛くなる。 イヤ⋮⋮実際イタかったがよ⋮⋮﹂ まったく、あんな風にはなりたくないものである。 あなたは、今回は活躍出来なかったと落ち込むクー・フーリンを慰 めつつ、ギリメカラの言葉に同意した。 同じ自爆をするにしても、あんな形でだけはやりたくない。 みわざ ﹃絶対なる死すらも覆し、魂を呼び戻して酷使し続けたという造物主 の御業、拝見させて頂きました。なんとも恐ろしいものでございます ね﹄ 恐ろしい。そう言われると、そうなのかもしれない。 一度あなたの仲魔になったが最後、死んだ程度では戦いから逃れら れないのだから。 あなたの記憶にある限りでは、あなたが一度仲魔にした者を手放し たことは一度しかない。そして、その帰って来なかった悪魔が本当に 死んでしまったのか、それともどこかに逃げてしまったのか、それを 知っているのはシゲちゃんだけだ。 ﹁ああ、例の坑道ですか。あのティターンはどうなったのでしょうね ⋮⋮﹂ ﹁オメーは、アレだよな。結構、独占欲が強いよな﹂ 414 ﹃なるほど⋮⋮。来るもの拒まず、去る者許さず、でございますね﹄ クー・フーリンの言う〝あのティターン〟。彼は本当に力尽きてし まったのだろうか。未だに気になる。 ギリメカラとエリザベスに言われたことを考えてみるが、そんな自 覚はあまりない。 あなたは、仲魔になりたいと言って来たらガキやスライムだろうと すぐに仲魔にするし、仲魔の数が多くなりすぎても手放したりはしな かった。そういう時は、邪教の館に直行して数を調整したものであ る。 仲魔になった悪魔達は、姿形は違っても、最後まであなたの傍に居 たのだ。 あのティターン以外は。 ﹂ ﹁ずっと気にされていたのですね⋮⋮。なんと慈悲深い⋮⋮﹂ ﹁いや⋮⋮。そうか⋮⋮ ﹁マッカで買われて来ただけのあなたには、分からないことなのです よ。ギリメカラ﹂ ﹁それなら、アラハバキも一緒だろーが││﹂ クー・フーリンとギリメカラは、相変わらず仲が良い。 あなたはそんな2人の様子を眺めて1つうなずいた。そして、エリ ザベスに周囲のサーチを頼む。 先ほどの様子からして、どうやらこのエリザベス、サーチやアナラ イズも可能らしい。なんとも高性能なエレベーターガールである。 ﹃周囲に敵影は⋮⋮。まあ、先ほどの玉砕破の爆心地に1つ。かなり 弱っている様子でございますが﹄ 言われてクレーターの底に注意を向ける。すると、確かに僅かな気 配があった。敵意は感じられない。 目を凝らして気配の発生している場所を見ると、何か小さなモノが もぞもぞと動いている。 砕け散ったアスファルトやコンクリート、その他の路面の下にあっ た物質に埋もれたソレは、500ミリリットルのペットボトル程度の 大きさだろうか。 415 ? ﹁ヌヌヌ⋮⋮。このワシが⋮⋮。グヌヌヌ⋮⋮﹂ 注意しつつ近くによると、それは小さくなったマーラだった。 小さくとも魔王は魔王。マーラは危険な相手だ。トドメを刺して おいた方が良いだろう。 ここはよ、オレ様に任せ あなたの右手に力が集う。そうして形成した光の剣を、のたうつ マーラの上にかざす。 ﹁よお、兄弟。ちょっと待ってくれねえか てくれや﹂ さそうだな﹂ ﹁おう。どうだい大将、コイツの仲魔にならねえか 気じゃ無かったみてーだがよ。コイツも結構やるもんだったろ ﹂ ? ? ││ワシのこの姿、他 ﹁ワシの姿をよく見よ。どうだ、わからんか ﹂ 者と繋がるための形をしておると思わんか ? だったらしい。魔王だから仕方がないのかもしれないが。 なるほど、よくわからない。マーラもまた、難しいことを言う悪魔 た。 あなたは、ウネウネとうごめくマーラを見下ろし、少し頭をひねっ 高まれば、ワシもまたその力を受け取る。そういう契約だ﹂ ﹁グハハ、安心しろ⋮⋮。ワシは貴様の﹃欲望﹄よ。貴様の中の欲望が いや、ハッキリと見た目的に。 は吸われたくない。なんとなく。 吸い取られる。しかし、リリムやリリス辺りならともかく、マーラに 交渉で、力を寄越せ、力を吸わせろ言われた場合は、大体生命力を 台無しよ﹂ ら、アソコまで戻すのにそれなりに苦労した。それもさっきのアレで だな││まず、力を少しばかりもらわんとな。召喚された時のアレか ﹁ヌヌヌ⋮⋮。お前がそう言うのなら、考えてやらなくもない。そう どーよ まぁ、大将も本 ﹁グウゥゥ、ギリメカラか⋮⋮。ワシを笑いに来た、というワケではな の肩に置かれた。どうやら、彼はマーラと交渉するつもりらしい。 ザックリと行こうとしたところで、ギリメカラの大きな手があなた ? ? 416 ? なるほど、よくわからない。 あなたは、さらに頭をひねった。首が痛い。 ﹁なるほど。貴方は﹃欲望﹄。衣服の下に秘め隠されるべき絆の形。コ ﹂ ミュニティが満たされたときにこそ、その真の姿を取り戻す、と。そ ういうことでございますね ﹂ さっさとせんか ている。 ﹂ あなたは、そんな黒い象にうなずいた。 ! ﹂と尋ね や っ て も 良 い ぞ。⋮⋮ ギ リ メ カ ラ ワ シ を デ ィ ス コ ま で 運 べ ﹁ヌヌヌヌ⋮⋮。まぁ、良い。││人修羅よ、力が戻れば仲魔になって ございますので﹂ ﹁それは遠慮させて頂きます。わたくしにも、イメージというものが ﹁では、女よ。ワシを手に取れ。欲望を教えてやろうぞ﹂ 持ちサイズのマーラが会話するこの光景は、何かがオカシイ。 どうやら、真面目で高尚な話をしている様子。だが、銀髪美女と、手 ﹁存じ上げております﹂ そうやって〝何者かになった〟ぞ﹂ ﹁ならば探すが良い。何者かになりたくばな。││そこの人修羅は、 ん﹂ ﹁たしかに、わたくしは、自分自身の〝望み〟すらわかっておりませ のではないか ﹁グハハハ、その通りだ。⋮⋮女よ、貴様もまた己の欲望を探している かけた。やはり、こちらも意味の分からないことを言う。 いつの間にか近くまでやって来ていたエリザベスが、マーラに話し ? あなたに向けられたギリメカラの一つ目が、 ﹁どうすんだ ! うではないか。そう思うのだ。 ﹂ 今は弱々しいが、そのうち強くなるようでもある。 ﹁あいよ。んじゃあ、久しぶりにアレやるか ンプをしてみせた。 そう言うと、ギリメカラはあのでっぷりとした体型で横回転のジャ ! 417 ? 相手があんな姿のマーラでも、仲魔になると言うのなら仲魔にしよ ? ! ジャンプの途中で、彼の身体を中心にしてボフンと煙が発生する。 そしてそれが晴れた時、ギリメカラが居たはずの場所には、金色の戦 車があった。 ﹁よう兄弟。これが魔王の乗騎ギリメカラ様のもう一つの姿よ。つい でだから乗ってみな﹂ 無数の刃物が取り付けられた刺々しい戦車から、ギリメカラの声が ﹂ 聞こえて来た。これは、彼の変化した姿らしい。 ﹁あ、ちょっ⋮⋮。││ヒドイ あなたは、クー・フーリンから奪い取った槍で、地面の上のマーラ をすくって戦車に放り上げた。 すまない。自分では触りたくなかったのだ。 それから、せっかくの機会なのでギリメカラの戦車に乗り込む。な ぜかキラキラした目をしていたので、エリザベスも戦車の上に引き上 げてみた。 ﹂ ワシの前に立ちふさがる者、そ クー・フーリンは乗車せずに先導してくれるらしい。 ﹂ 前にいるのは私ですよ ! い。 それから、走る戦車の上でエリザベスが踊っている。何をしている のだろう。 ディスコに向かうという事ですし、少し練習して ﹁イエーイ。││ウワサに聞くお立ち台とは、このような物なのでは ないでしょうか おこうかと﹂ とはそんな彼女たちが舞踏を捧げていた由緒正しい祭壇、とのことで やマンイーターなる悪魔が存在していたそうです。そして、お立ち台 ﹁わたくしも会ったことはございませんが、かつてはボディコニアン 聞いたのだっただろうか。 お立ち台。言葉だけは聞いたことがあるような気がする。勇から ? 418 ! ﹁グワハハハ 行けギリメカラ ﹂ の全てを刺し貫くのだ ﹁あいよー ﹁バカですか、あなた達は ! ! ! また、クー・フーリンとギリメカラがじゃれている。やはり仲が良 ! ! ございます﹂ なるほど、ディスコにはそんな意味があったのか。たしかに、踊る ことによって精神を昂らせ、それによって高品質のマガツヒが発生す る可能性はある。 パトス 神に舞踏を捧げるなんて話も、どこかで聞いた覚えがある。 ﹂ そう、ここは内なる欲望を解放し、それを肉 体で表現する場所。ワシの独壇場よ のだ。 ﹁こ、これは 原色の舞踏 ﹂ 舞踏には少しばかり自信がある ││ウハハハハハ ! ! である。 ⋮⋮ ﹂とマックス状態だった。 そ れ な り に 長 い 時 間、デ ィ ス コ の D J の ボ ル テ ー ジ は﹁⋮⋮ ⋮⋮ !!! て踊り出した。マッカまでバラまいてしまうとは、なんともノリノリ 最初は乗り気でなかったクー・フーリンも、あなたの踊りにつられ ! あなたも、負けてはいられない マーラと青いエレベーターガールが踊っている。 ディスコの真ん中に置かれた金色ギリメカラ戦車の上で、小さな よくわからないが、なんとなくわかる。 ! ﹁グワッハッハッハー ! かしたら⋮⋮生まれて初めて⋮⋮だったかもしれません﹂ わ ざ わ ざ ベ ル ベ ッ ト ル ー ム の 外 ま で 見 送 っ て く れ た エ リ ザ ベ ス。 こんなことは今までに無かったことから考えると、彼女なりに満足し てくれたのだろう。 依頼を達成できたようで、あなたもまた満足である。 頭を下げる彼女に手を振って、あなたは巌戸台分寮へと帰ることに した。 ベルベットルームに入っている間、こちらの世界の時間は経過しな い。しかし、あなたの疲労は蓄積する。 419 ! !!!!!!! ﹁本日は、大変ありがとうございました。これほど楽しんだのは、もし ◇ ◇ ◇ !!!! 例え肉体的には問題なくても、精神的には降り積もって来るのだ。 思い出の中のボルテクス界は、イロイロと濃かった。少し休みたくも なる。 あなたは軽くため息を吐くと、駅に向かって歩き出した。 月光館学園巌戸台分寮、この建物で寝泊まりするようになってか ら、もうすぐ一か月。 帰り着く寸前、あなたは、ふと見上げた寮を見てなんとなくそんな ことを思った。 ここを見てホッとしてしまうということは、だいぶここでの生活に 慣れたという事なのだろうか。 おかえりなさい ﹂ 玄関のドアに手をかけ、ゆっくりと開ける。 ﹁あ、先輩 ただいま、と言いながら階段へと向かおうとしたあなたは、なんと ラウンジでテレビを見ていた琴音に、片手を上げて応える。 ! どうかしました ﹂ なく、上げた手を彼女の頭の上にポンと落とした。 ﹁ふぇ ? ﹂ ちょうど番組終わったとこ あなたは、どう返事をしたものかと困ってしまう。 ﹁あ、そうだ。先輩、ココアいりません なんで、飲もうかなって思ってたんですけど。一緒にどうです 今日で4月も終わりだ。 た。 別館へと駆けて行く琴音の背を見ながら、あなたはホッと一息つい ﹁ちょっと待っててくださいね﹂ ジのソファに腰を下ろす。 ココアの誘惑に負けたあなたは、階段へと向かうのをやめてラウン た。少しくすぐったい。 あなたの手を乗せたまま、琴音は頭を左右にぐりぐりっと動かし ? ? 420 ! なんでもない。〝なんとなく〟なのだから。特に理由は無いのだ。 ? 5/1 えっちな本 5月1日︵金︶ 朝 んー、でもこれって、先輩はどう思います 月光館学園までの通学路 ﹁そーなんだ 忙しいことである。 ﹂ あなたの答えを聞いた後で、今度は岳羽の方を向く琴音。なかなか ﹁あー、そういう考えもありますか﹂ ている状態だ。 挟まった琴音が、会話の無いあなたと岳羽の間で首をブンブンと振っ 現在は、右からあなた、琴音、岳羽の順に並んで歩いている。間に 緒に登校した。 寮を出るタイミングが重なったので、琴音、岳羽の2年生2人と一 ? ﹂ 別に岳羽と仲が悪いわけでもないので、妙に気を遣ってくれなくて そーなの も良いのだが。 ﹁へ ? かな えっと、そんな感じ、ですよね ﹁あ、ども﹂ ﹂ 思わず、お互い無意味に会釈してしまう。 あちらもそう思っていたのか、同じような態勢を取っていた。 疑問を覚えたあなたは、琴音の後頭部越しに岳羽を見る。すると、 そんな風にわかるものなのだろうか。 んか雰囲気変わったなって﹂ ﹁いつの間に⋮⋮。って、本当は、ちょっと分かってましたけどね。な 話題が思いつかないという事もある。 も無いが。 羽ゆかり。だからといって、寮内や学校で普段からよく話すという事 〝小学生の舞子〟との一件があって以来、多少話しやすくなった岳 あなたは、少し首を傾げてみせた岳羽の言葉に、黙ってうなずく。 ? 421 ! ﹁あ、うん。さすがに、もう5月入ったしね。ちょっとは慣れたの⋮⋮ ? ? ﹁ほら、そーいうのですよ。なに、ひとの後ろでペコペコってしてるん ですか﹂ あなたと岳羽の珍妙な様子に、琴音は今にも笑いだしてしまいそう だ。とても嬉しそうな表情に思える。 ﹁あっ、もう着いちゃった。なんか早いな﹂ 校門の前まで来てしまった。他の2人は2年生なので、玄関でお別 れである。 トレーニング好きでボクシング部主将でもある真田と、部活と生徒 会のある美鶴は寮を出る時間が早いことが多い。 ちゃんと〝登校する〟3年生がもう1人くらい居てくれるといい ﹂ のだが、新しく入寮して来る予定の人物は残念ながら2年生だ。 ﹁うーっす。おはよーございまーす ウワサもしていないのにその人物がやって来た。あなたに向けて、 敬礼の真似ごとのような姿勢をしてみせた彼の名前は、伊織順平。 ﹁あ、変態だ﹂ ﹁わ、じゅんぺーだ﹂ 女装のため命がけの戦いに身を投じる趣味人、である。 彼が帽子に隠している坊主頭は、カツラを被ったときに邪魔になら ないための物らしい。 昨日、琴音がそう言っていた。 ﹂ ﹂ その、俺イコール変態、みたいな連携攻撃やめてくれよ 目的のためにそこまでするとは、なかなか気合いの入ったヤツだ。 ﹁ちょっ ﹂ ﹁違うの ﹁いや、違わない﹂ ﹁また、キミタチはそーゆー けではないが。 というより、美鶴と岳羽以外は割と問題なくやれていると思う。伊 織はこの性格なので、誰とでもそれなりに付き合うことが出来そう だ。 422 ! 違わないらしい。やはり、2年生は仲が良い。3年生の仲が悪いわ ! ! ? ! 問題は、伊織が来ると少しばかり騒がしくなりそうなので、美鶴の 頭が少し痛くなるかもしれない程度だ。その時は、グチを聞くくらい はしようと思う。真田と話していると、ついつい説教をしてしまっ て、余計に頭が痛くなるらしいのだ。姉か。 そういえば、伊織に伝えることがあった。後から美鶴経由でと考え おお ついにオレのデビュー戦っすか おっしゃー、腕 ていたが、今言っておいた方が良いだろう。今夜、タルタロスに行く、 と。 ﹁お ﹂ 了解です﹂ ! ﹁いざ、タルタル ﹂ すると、彼女はあまり乗り気ではないようだった。 に構わないと考えている。だが、書類を渡して来た時の美鶴の顔から あなたとしては、戦力になり、それが本人の意思でもあるのなら、別 方がもっと問題か。 それにしても、〝また〟2年生か。いや、それよりも〝小学生〟の 相談しようという事にした。 名の書類も受け取っている。ただ、それについては、また後日に皆で あなたは、伊織の検査結果と同時に、他のルートから見つかった2 ではないだろう。 た方が良い。ぶっつけ本番で命がけというのは、好き好んでするもの それによって大体の能力はわかったのだが、やはり練習はしておい 晩、あなたはその検査結果の書類を美鶴から渡されている。 一昨日の休日、〝昭和の日〟に伊織の〝検査〟を行ったらしい。昨 しい。 伊織、岳羽、琴音。反応は様々だが、皆それなりにやる気はあるら ﹁はい ﹁あ、なんか久しぶりな気がする﹂ が鳴るぜー ! ! ? ぜて戦意が落ちるくらいなら、居ないほうが良いこともある。 〝小学生〟については、他のメンバー次第になりそうだ。無理に混 注意した。 あなたは、伊織にあまり大きな声で〝そんなこと〟叫ばないように !! 423 ! ペルソナ能力の資質があることだけが判明した2年生と、詳しい能 力まで分かっているが年齢的に厳しそうな小学生。 玄関を過ぎたところで、あなたは2年生たちと別れて自分の教室へ と向かった。 現場リーダーというのは、なかなかヒマではないらしい。考えるこ とが、それなりにある。 ◇ ◇ ◇ 昼休み 本日の昼食は〝おにぎり〟。自作である。 昨日の夕方、ココアをもらった後に﹁たまには一緒に作りませんか ﹂と琴音から朝の弁当作りに誘われた。そこで、とりあえず簡単な 物を、と作ってみたのだ。 梅干し、おかか、塩鮭、昆布にタラコ、牛肉。中の具は、寮の冷蔵 庫にあった物や、琴音や岳羽から分けてもらった物である。 牛肉は真田の物だったらしいが、彼は料理をしないので問題ないだ ろう。﹁たまには自分で作れ﹂と書かれたメモが貼ってあったが、誰が 書いた物なのだろうか。 思えば、弁当の時に一緒だったのだから、寮を出る時間も同じに なって来るのも普通と言えば普通なのかもしれない。琴音には、前回 好評だったバナナプリンを買ってあげよう。 岳羽とあなたの様子に気を回したのであろう琴音に対して、あなた は、とりあえず食べ物で報いることにした。 食い物の恨みは恐ろしいらしいので、逆をしておけば悪いことは無 いだろう。無難だと思われる。 パクリと口にした〝おにぎり〟の味は、まぁ普通だ。普通に美味し いということである。握ったのがあなたであることを考えれば、及第 点だろう。 ﹁珍しいな。君が自分で作って来るとは﹂ 424 ? いつもの昼食仲間の視線が、あなたの弁当にそそがれている。作っ たと言っても、材料は全部もらい物だ。 だから、半分くらいは買ったようなものである。握っただけとも言 う。 ﹁そうか⋮⋮。いや、なんでもない。寮生の交流が深まるのは良いこ とだ。チームワークの向上にもつながる﹂ どこか複雑な表情をしている美鶴。そんな彼女の弁当に、あなたは 〝おかかおにぎり〟を置いた。これの具は、岳羽からの提供だ。 ││そうか、ありがとう﹂ 美鶴は、そのおにぎりをジッと見つめている。 ﹁いいのだろうか⋮⋮ あなたは、そんな美鶴に手のひらを見せ、大丈夫だから、と食べる よう勧めた。 同じものが、まだあるのだから問題ない。かつお節は、いつぞやの 〝うどん〟の時の残りらしい。 強く握り過ぎているのは、大目に見てほしいところだ。意外と力の 加減が難しいのである。 ﹁ごちそうさまでした﹂ 自分の弁当と、あなたが渡したおにぎりを食べ終えた美鶴は、行儀 よく手を合わせた。 美鶴はワリと量を食べられる方である。どこかの後輩のように、寮 の皆の分のプリンまで食べてしまうようなことは流石にないが、いつ も忙しくしているせいだろう。 部活動はフェンシング部、バイクが趣味で、シャドウとの戦いのた めに鍛錬も欠かさない。生徒会活動もあり、〝桐条グループ〟の用事 もある。カロリーの消費先には困っていないのだ。 琴音は良く食べる。食べること自体が相当好きらしい。 岳羽はよくダイエットがどうこうと言っているが、あまり考えなく ても良いような気がする。 真田は、言うまでもない。今日も元気に女子に囲まれつつ牛丼2杯 目だ。 あなたの場合は、食べなくても問題ない。そして、どれだけ食べて 425 ? も問題ない。 味は分かるので、食事を楽しむことは可能だ。習慣になっているせ いなのか、お腹が空く〝気分〟も味わうことが出来る。 これが無いと人生の楽しみが一気に減ってしまうので、残っていて くれたことが、とてもありがたい。 食事を終えたあなた達が、適当に雑談をしていると、ふと話題が途 切れた。 ﹁⋮⋮⋮⋮む﹂ 視線を下に落とし、何かを探すように机の上で左右させる美鶴。 あなたは、彼女のそんな姿を眺めながら、パックに入った豆乳の残 りをズズッと吸いあげた。 ﹁えっと、その⋮⋮だな⋮⋮。ん、困った⋮⋮﹂ いつもならここで最近読んだ本や、有名な古典作品などのネタが来 るのだが、今日は話題を思いつかないらしい。 ・ ・ いや、だからたまには私の知らない本の話でも聞いてみよう ていたことを思いだしたんだ﹂ いつぞやの伊織が、コンビニで手にしていたアレの話のようだ。 たしかに、美鶴にはそれについて詳しく話したことはない。第一、 女子と詳しく話すようなことでもない。 ﹁だが、岳羽はわかっている様子だったぞ。菊乃にも聞いてみたのだ ﹂ が、知らなくても良い事だと言われてしまった。││そんな風に言わ さいかわ き く の れると、逆に気になるだろう 斉川菊乃とは、美鶴付きのメイドの名前だったはずだ。たしか、小 ? 426 あなたは、無理に話をしなくても、黙ってボーっとしているのも悪 くないかと思っている。だが、美鶴の方はそうでもないようだ。 ﹂ ﹁ああ、そうだ。この間の夜に岳羽が話していた〝えっちな本〟と言 うのはどういった物なんだ ﹁ん く、美鶴に豆乳をかけてしまうところだったではないか。 昼休みの教室で、いきなり何を言い出すのだ、このお嬢様は。危う あなたは、思わず豆乳を吹き出しそうになってしまった。 ? かと⋮⋮。それで、以前に岳羽が、えっちな本がどうこうと君と話し ? 学生の頃から付き合いのある親友だと言っていた。 ﹂などといきなり聞かれたら、それは困るだ だ が、親 友 と は い え メ イ ド は、メ イ ド。仕 え て い る お 嬢 様 か ら、 ﹁えっちな本とはなんだ ろう。セクハラか。 ﹁H 英文字のことだろう 違うのか ﹂ ? ﹁ん どうしたんだ ﹂ あなたは、美鶴に向かって手招きをした。 想もしていなかったのである。 だが、それがまさか、こんなことになるなんて。これっぽっちも予 てくれと美鶴に言っていた。 そして、あなたは、何かわからないときや、困ったときには相談し とも理解できる。 昼休みには、いつも本の話題が出るのだから、本の話をしてきたこ 聞く。これは良い。 知らないから、気になる。気になることは知っておきたい。だから みの教室なのだから。 いい加減、周囲の視線がすごいことになって来ている。ここは昼休 あなたが念のためにと確認してみると、本気で知らないようだ。 ? り、〝えっち〟の意味すら知らない可能性がある。 で、〝えっちな本〟がどんなものなのか知らないのだろう。というよ あなたの見るところ、美鶴にはそんな意図は全く無さそうだ。本気 ? あなたは、美鶴から聞いた〝お父様〟の話を思い出して、首を何度 を持っていたりしなかったのだろか。 桐条の教育どうなっているのだろう。美鶴のお父さんは、そんな本 夜にでも頼む﹂ ﹁││そうか。なぜ今ではダメなのかよくわからんが⋮⋮それなら、 桐条美鶴、恐ろしい相手だ。 撃は。 もうこれで精一杯だ。なんなのだろう、この一方的に恥ずかしい攻 ら教えると伝える。 あなたは、顔を寄せて来た美鶴の耳の近くに手を置いて、帰ってか ? 427 ? ? か横に振った。 美鶴の父親は、本宅や別宅にたくさんのメイドを置いているような 人物だ。きっと〝えっちな本〟なんて必要ないのだろう。美鶴の母 親は、病弱なため遠方で療養生活をしているらしいので、きっとやり たい放題に違いない。 今日、赤面させられたのは桐条武治のせいなのだ。あなたは、そう ﹂ 思っておくことにした。 ﹁ん 教室内のざわめきを気にした美鶴が周囲を見回すと、見られたクラ スメイト達は、サッと顔を逸らした。 級友たちの態度は、ついさっきまでの話題から考えるとおかしくな い反応だ。ただ、美鶴はそれを分かっていないのだと思う。 彼女は顔を曇らせ、ポツリともらす。 ﹁昔から、こんな⋮⋮いや、なんでもない⋮⋮。すまない﹂ あなたは、話題を切り替えることにした。今のことや、例の本の話 題はよろしくない。 この間ボロボロに負けたチェスの話などが良いだろう。当たり障 りが無くて。 ﹁ああ、あれか。あれはだな││﹂ 話をしながら、あなたは思う。 桐条美鶴は〝箱入りのお嬢様〟ではない。中学の時には実家を出 て、タルタロスのあるこの港区で暮らしている。 そして、通っている学校はこの〝月光館学園〟だ。伊織のような生 徒も通っているこの学校だ。お上品なお嬢様学校というワケではな い。 それなのに、こうも世間を知らずに育つことが出来たことを考える と。││たぶん、雑談をするような友達がいなかったのだ。 人気があって、能力もあって、その上に金も権力もある〝桐条のお 嬢様〟。 生まれと本人の努力がかみ合ったせいで、良い意味で周りから突き 抜けすぎているのだろう。人間は、なんとも難しいものである。 428 ? ◇ ◇ ◇ 放課後 ﹁なあ、これから時間はあるか ﹂ ホームルームが終わると、真田が話しかけて来た。 また、牛丼早食い競争のお誘いだろうか。それとも、ボクシングの 相手をしろとでも言うのか。 手加減をしないから、部員から﹁真田さんの相手するの怖いんです よ﹂などと言われてしまうのだ。と言っても、シャドウ戦の練習とし てボクシングをしているのなら、手加減していては意味がないのだ が。 ﹁それも頼みたいが⋮⋮今日は違う用だ。⋮⋮少し、相談がある﹂ 真田の眉は八の字で、分かりやすく困り顔だ。それに、どうにも歯 切れが悪い。 〝シャガール〟おごりで引き受けてみようか。 ﹁ああ、分かった。加減はしてくれよ﹂ 鞄片手に、真田と並んでポロニアンモールまで歩く。 途中、途中で真田に女子達が寄って来る。 食べて下さい ﹂ ﹁あ、真田さんだ ﹂とモテモテである。 行った袋を見た。返す前に走り去ってしまったので、捨てるに捨てら 真田は、先ほどの女生徒の1人が、押し付けるようにして渡して の迷惑なだけだ﹂ ﹁全然そんな風には見えないが、な。それに、俺としては⋮⋮こんなも れない状況だ。 同じ寮に住んでいる同級生としては、これはもう嫉妬せずにはいら だと言うのに。 あなたなど、何かヒソヒソと良く無さそうなウワサをされてばかり ! 429 ? ﹁真田くーん、ヒマなら遊びに行こうよー﹂ ﹁真田先輩、これ、作った んです ! まったくもって、うらやましい限りだ。 ! れず、手に持ったままの状況である。追いかけて返すというのも、何 か違う。 小袋の中身は、クッキーか何かのようだ。 手作りクッキー。なかなか手に入れられない逸品なのだが、真田に とっては扱いに困るだけの代物らしい。 昼休みなどの状況を見ていれば仕方がないとも思うが、まったくヒ ドイ男である。 ﹁こういうのが困るから、普段はなるべく走るようにしている﹂ 努力の方向性は、それでいいのだろうか。 あなたには、真田のようにモテた経験が無い。なので、この点につ いては助言できそうになかった。 悪魔の群れに襲われたことなら何度でもある。だが、あれのよう に、なぎ払ってお終いというわけにもいかないだろう。 モテ男をやっかみつつ歩いていると、ほどなく目的地に到着した。 一緒にフェロモンコーヒーでも飲めば、真田のモテオーラにあやかれ るかもしれない。冗談だが。 ﹁実はだな⋮⋮メールが来た﹂ 喫茶〝シャガール〟に入店し、注文を終えると、すぐに真田はケー タイを取り出した。 相談の内容は、メールについてらしい。変な所から送られてでも来 たのだろうか。成年指定のところとか。 ﹁いや、違う。これだ﹂ ときとう あ や 内容は、﹃連休には、そっちに帰ります﹄と簡単なものだ。 送り主は、〝時任亜夜〟。日付は、先週のものだ。 たしか、時任は真田の所属しているボクシング部の元マネージャー で、今は大学1年生だったはずだ。事情があって、巌戸台分寮で寮母 のアルバイトをしていたこともあるらしい。 真田とは親しい間柄なのだろう。入浴しているところを覗いてし まったことがあるとも言っていた。 真田明彦は、マンガのような男である。 ﹁お前、たしか幼なじみからメールが届いたから、連休は東京に帰ると 430 言っていただろ ﹂ 連休中にもタルタロスに挑む、と他の特別課外活動部メンバーが判 断するといけないので、あなたは早めにそのことを伝えていた。 活動があるからと友人の誘いを断った後で、リーダーの個人的な事 情で行きません、などとは言い難い。問題の無い事柄は、早めに知ら せておくのが基本だ。 予定を崩されると、怒る人は怒る。ものすごく。 ﹁明後日からは連休だ。そう思ったら、このメールのことを思い出し てな﹂ 遠方の大学に、下宿先から通っている大学生。そんな時任が、連休 を利用して実家に帰って来る。 普通の話だと思う。あなたと変わらない。 ﹁俺もそう思った。だから、特に返事をしていない﹂ ﹂ どうでもいい相手なら、 ﹁ああ、そうか﹂で終わる程度の内容だ。真 田の場合、どうでも良くなくてもそうなりそうだが。 ﹁今さらなんだが、こういったメールは、普通なのだろうか なじみとは大違いである。 ││それで、こういう時は、どうし ちょっと遅刻しただけのことで、うるさく電話して来るあなたの幼 相手の気が長いのか、すでに見放されたのか。 うしようかと悩んでいるわけだ。 つまり、受け取ってからかなり日数が過ぎた今になって、返事をど またも八の字眉の真田。 ⋮⋮と思う﹂ ﹁やはり、そうか⋮⋮。時任さんは、手当たり次第といった人ではない れない。 ただ、差出人の性格によっては、手当たり次第に送っているかもし 本人ではないので、実際のところはわからないが。 言っているような気がしなくもない。 わざわざ帰ることを知らせて来るのだから、言外に﹁会いたい﹂と ? お前は、よく汐見と出かけたりしているだろう。 ﹁あ、ああ よくわかったな たら良いと思う ! 431 ? ? ! あと、美鶴とも仲が良さそうだ﹂ あなたは、時任亜夜という人物を、ほとんど知らない。 分かることは、ボクシング部のマネージャーだったということか ら、真田のこういった性格は理解していそうだということくらいだ。 ﹁お 待 た せ し ま し た。│ │ ご 注 文 は 以 上 で よ ろ し か っ た で し ょ う か ﹂ ﹁ああ、ありがとう﹂ 注文した物を運んで来たウェイトレス││月校生のアルバイトの ようだ││が、真田に礼を言われて顔を赤くしている。 どうしてこんな色男の、こんな相談に乗らなくてはいけないのだろ 今さら遠慮するな﹂ うか。あなたの中で、何とも言えない疑問が渦巻いた。 ﹁どうした そういえば、時任さんが居る間の美鶴は、 ? ﹃どうかしたか ││ああ、時任さんか。││明彦がそんなことを をかけた。相手は、もちろん美鶴だ。 あなたは真田に一言断りを入れてから、離れた場所に移動して電話 となると〝そういった〟話もしているかもしれない。 かなり機嫌が良かったな﹂ ﹁美鶴と時任さんか⋮⋮ と美鶴は仲が良かったのではないだろうか。 昼間は美鶴に対して随分と失礼なことを思ったものだが、実は時任 あの〝桐条〟美鶴と、だ。 しい。 る。そして、真田が覗きをしたときは、美鶴と一緒に入浴していたら 時任亜夜は、巌戸台分寮で寮母のアルバイトをしていたことがあ だ。 遠慮をしているワケでは無い。ただ、何かやるせなかっただけなの ? ││ああ、そうだ﹄ ? やはり、それなりに交友があったようだ。 あとは、美鶴と時任亜夜が、真田について話をしていたりすれば話 は早いのだが。 ﹃いや、しかし、私の口から、それを君に話すと言うのも⋮⋮。││何 432 ? ? そ れ は 言 っ て い る の と 同 じ 控え目だとは思うが。 そ う か ⋮⋮ そ う だ な。う か つ ﹁とにかく、なんでもいいから返事をすればいいのか ? なのか ﹂ ﹁よくわからんが⋮⋮。とりあえず映画にしてみた。これで、大丈夫 時任は、真田が〝真田〟だと知っていて〝そう〟なのだから。 きなように書いて送ればいいのだ。たぶん、それで問題ない。 映画でも、買い物でも、牛丼屋でも、2人でどこか遠くにでも、好 なんなのだろうか、この面倒な状態は。 点で、もうどうでも良くなってくる。 他の女相手なら﹁興味が無い﹂とバッサリ切り捨てる真田が悩む時 の、だな⋮⋮﹂ しかし、そ となると、あのメールは〝そういうこと〟でいいのだろう。かなり トをしたりと大活躍である。 しかし、真田明彦。時任の胸を揉んでみたり、抱き上げたり、デー あなたは、美鶴から真田と時任についての話を聞き出した。 だった。││ああ、そうだ、君の言う通りだ。彼女は明彦を⋮⋮﹄ ? 助かった どうしたらいいのか、本気で分からなかっ ! ﹂ !? ││そうだろう、アイツは俺のことをなんだと⋮⋮﹂ しそうだ。 真田は、どれだけ荒垣のことが好きなのだろうか。時任女史は苦労 ﹁そうか らいやってほしかった。 あと、さっさと逃げた荒垣が憎らしい。長年の親友なら相談相手く とりあえず、そのシンジ、シンジと言うのはやめた方が良さそうだ。 れなかった。まったく、酷いヤツだろう たんだ。││シンジのヤツなんか、アホらしいと言って話も聞いてく ﹁そうか あなたは、その辺りの事をオブラートに包んで伝えた。 ほぼ大丈夫そうなところが、イラッとする。 ほしい。 責任を取るつもりは全くない。あとは、真田と時任で勝手にやって ? ! ? 433 ? ◇ ◇ ◇ 夜 巌戸台分寮 1Fラウンジ 現在、寮のラウンジでは大変珍しい光景が展開されている。 ﹂ 岳羽が騒いでいるのは、まあ良くありそうな光景だ。だが、それに ペコペコと謝る美鶴というのは珍しい。 ﹁あー、もー、なんなんですか、これぇー なんで〝えっちな本に詳しい岳羽さん〟なんて話 ﹁いや、すまない。私の不注意だった﹂ ﹂ ﹁もー、ヤダー に ! ﹁あああー もー ﹂ ﹁すまない。本当に、すまない。それが何か知らなかった私のせいだ﹂ ! !! 句の1つも言えない。 ? ﹂ なんだか、夏でもないのに線香花火がやりたくなってきた。 そう、最初と比べれば断然マシなのだ。 たっ⋮⋮け ﹁あ あ、そ う い え ば。最 初 は ⋮⋮ わ た し を 無 理 矢 理 に ー っ て 話 で し むしろ〝合意の上〟扱いなだけ、初期よりもマシである。 しかし、あなたにとっては〝この程度〟はもうとっくに過ぎた話。 ケータイを見てのこの言葉、あなたについてのウワサに違いない。 あ な た の 隣 に は、我 関 せ ず と 1 人 楽 し そ う な 琴 音 が 立 っ て い る。 る〟とかなってますけど﹂ ﹁先輩はいいんですか 〝生徒会長に、えっちな本の内容を教えて 酷い話だ。それもこれも桐条武治氏のせい。相手が大物過ぎて、文 本に詳しい〟と書かれてしまったらしい岳羽さん。 その美鶴が昼間の教室でぶちかましたセリフのせいで、〝えっちな ている美鶴。 あなたから聞いた〝えっちな本〟の内容のせいで、顔を真っ赤にし ケータイの画面を見続ける、岳羽の嘆きは止まらない。 ! ? 434 ! その時の〝お相手〟の琴音は、特に気にもしていなかったようだ。 その後もイロイロあり過ぎて、忘れてしまっただけなのかもしれない が。 ﹁あ、いいですね。夏休みになったら、中庭でやりましょうか﹂ そう言いながら、美鶴と岳羽を見る琴音は、相変わらず嬉しそうだ。 まぁ、無言で距離が開いているだけよりは、仲が良さそうに見えな くもない光景だ。だからといって、狙ってやりたくはないが。 伊織順平ただいま参上ー ﹂ 岳羽には、本当にすまないことをした。 ﹁ちわー ! ﹂ ﹁言わせるか ﹂ ﹁お、ゆかりッチー。聞いたぜー、やっぱ、ピンクはインラ││﹂ 特に、岳羽の様子がおかしい。手がプルプルと震えている。 美鶴と岳羽は無言だ。 なく、それぞれに伊織を迎えた。 琴音は能天気に、ケータイを見て嬉しそうにしていた真田は素っ気 ﹁来たか﹂ ﹁やっほー ると連絡しておいたのだ。 0時になってタルタロスが生えて来る前に、簡単な打ち合わせをす た。 と、そこへ〝桐条〟の人間に迎えを頼んでおいた伊織がやって来 ! ﹁お、おぉぉ⋮⋮。なぜ、に⋮⋮﹂ ! そこで、伊織が〝えっちな本〟を手にしていたことから始まったの 今日の騒動、ことの始まりの始まりは、あの夜のコンビニだった。 ﹁元はと言えば、アンタがあんなとこで、あんな本読んでなければ ﹂ 琴音と真田は、さらりとヒドイ。助けに行かない、あなたと同様に。 声も出せずうずくまる伊織の前に、仁王立ちする岳羽。 ﹁良い動きだ﹂ ﹁みぞおち、入りましたね⋮⋮﹂ い回転運動だった。 それは見事なヒジだった。素晴らしい踏み込みだった。無駄のな ! 435 ! だが、やや理不尽ではある。 あなたがそう感じていると、琴音が岳羽を擁護した。琴音の中で は、伊織よりも岳羽が上らしい。 ﹁いやー、ゆかりも順平が言おうとした言葉がなければ、抑えられたと 思いますよ。ただ⋮⋮ゆかりって、ピンク色大好きなんで⋮⋮﹂ それでは仕方がない。好きな物をけなされそうになれば、怒りも増 すだろう。 落ち着いたら、伊織にタルタロスの説明をすることにしよう。時間 は、まだもう少しある。回復できると良いのだが。 あなたは、なんとなく、伊織の今後の立ち位置がわかった気がした。 436 5/2 東京へ 5月1日と5月2日の間 影時間 タルタロス1F エントランス 外から見たタルタロスの様子は、前回来た時と変わっていなかっ なんだ、これ ﹂ た。エントランスも先週来たときと同様に見える。 ﹁おおー、中もスゲー ﹂ それから、味方全員の守りを固める魔法が使える。 まず、前から変わっていない〝カハク〟。火炎が得意で、氷に弱い。 今の琴音のペルソナは3体。 問題ない。 琴音の新しいペルソナについては、大体のところは聞いているので となると、やはり今日は伊織の慣らしがメインになりそうだ。 番上は変わっていない﹂ ﹁やはり、変化は無いようだ。いや、途中の迷宮は変わっているが、一 様子はどうなのだろう。 あなたは、内部の様子を探査している美鶴に声をかけた。上の方の 2年生たちは、実に元気だ。 ﹁⋮⋮また肘が欲しい ﹁そーそー、オレッチ初体験なの。だから、優しくしてよ、ゆかりッチ﹂ ﹁初めてなら仕方ないって﹂ ﹁ちょっと、騒がないでよ﹂ 者になれる。 回し、両手を上げて大興奮。これが演技であるのなら、彼はきっと役 上を見て、下を見て、身体をグルグル回転させてエントランスを見 手いだけかもしれないが。 どうやら、その言葉に嘘は無かったようだ。彼の演技が恐ろしく上 と言っていた。 影時間前の打ち合わせの際、伊織はタルタロスに入ったことは無い ! 次は、おなじみのジャックフロスト。氷結の技が得意で、炎に弱い。 437 ! ? ディ ア カハクの逆といったところだ。 ちょっとした回復と、パンチ攻撃も出来る。ボルテクス界のシブヤ ガ ル で出会ったヒーホー君とは別の存在だった。 最後は、電撃に優れた〝リリム〟。疾風攻撃や、敵の防御力や攻撃 ジ オ ダ イ ン 力を低下させる魔法、相手を魅了するマリンカリンなども使えるが、 一番の目玉は電撃だ。 広範囲を攻撃するマハジオはともかく、なんと電撃系の最高峰を覚 えていた。初級のジオの次が最高クラスのジオダイン。中間のジオ ンガはどこに行ったと言うのか。 あなたは、リリムがそんな状態であることについて、1つの予想が あった。 おそらく、〝リリス〟へと成長させた〝あなたのリリム〟と関係が あるのだろう、と。 悪魔の中には、マガツヒを蓄えることで関連性のあるより上位の悪 魔へと変化する者がいる。あなたが連れていたリリムも、そんな悪魔 の1人だった。 〝クガタチの湯〟という品でそのことを知ったあなたは、彼女がま だリリムでいる間に、邪教の館でアラミタマと合体させ、強化してい たのである。 何故なのかはわからないが、琴音のペルソナとあなたの仲魔達の間 になんらかの関係があることは確実だ。 ﹁どうにも⋮⋮電撃の威力では、汐見には敵わないようだな。まあ、そ の分はこっちで補うか﹂ 左右にステップを踏み、拳を何度か繰り出して見せる真田。彼に も、電撃と言えば自身のポリデユークスの出番、という思いがあった のだろう。若干ではあるが、その表情には悔しさがうかがえる。 魔法攻撃の威力は大事だが、それと同じ位に敵の弱点を突くことが 大切だ。 新しくメンバーに加わった伊織のペルソナ〝ヘルメス〟。このペ ルソナは火炎を操ることが出来るが、その威力は琴音のカハクと比べ るとかなり低い。 438 ヘルメスが初級の火炎魔法であるアギしか使えないのに対して、カ ハクは中級のアギラオまで使用できる。加えて、カハクの方が魔力も 高い。 ﹁だが、敵の弱みを突くには有効だ。明彦の電撃も、な。⋮⋮弱いとこ ろを撃つことで、態勢を崩すシャドウも多い。そうすれば、戦いを有 利に運ぶことが出来る﹂ 美鶴の言葉に、あなたはうなずく。 それに、強力な魔法を発動させるには、その威力に見合った精神力 が必要だ。今の琴音では、そうそう連発も出来ないだろう。 ﹁そういうことなのでー⋮⋮。真田先輩、順平、よろしくお願いします ﹂ ﹂ ・ ・ ﹁ああ、露払いくらいは任せろ﹂ ﹁おう、任せろー ﹂ ? ですよね ﹂ ﹁私は、いつもみたいに後ろから援護して、あとは回復メインでいいん つける鎖は、たぶんピンク色好きな後輩との絆なのだろう。 フミ〟のマガタマを従え直すことに成功した。このマガタマを抑え あなたは、風の力を宿し、〝竜巻〟を発生させることも可能な〝ヒ う事を聞いてくれるようになったのだ。 新技というわけでもないのだが、今まで使えなかったマガタマが言 の新技のお披露目でしたっけ ﹁今日は順平の練習と、わたしの新しいペルソナの確認、それから先輩 そして、琴音は戦闘用の魔法関連なら大体なんでも出来る。 力・解析能力を持っている。先頭に立っての格闘戦も得意な方だ。 あなたは、電撃、氷結、疾風の力を扱え、さらにある程度の索敵能 ! ? めにそれを言っておく。 ﹁オレッチは、リーダーのすぐ後ろでいいんすよね なれっと﹂ で、女子の盾に 治療係が重要なのは、言うまでもないことだが、あなたは確認のた を使った後方からの攻撃と、回復魔法が役割だ。 岳羽は、得意な得物の関係で前には向いていない。弓矢と疾風魔法 ? 439 ! 伊織の得物は、大きめの剣だ。敵の攻撃を食い止めるのにも向いて いるし、ペルソナであるヘルメスもなかなか頑丈である。 岳羽は接近戦に向いていない。 そして、琴音は出来ることが多いだけに、アレもコレもとやってい るとすぐに消耗してしまう。状況を見て、必要な分だけ行動するよう にしなければならない。その判断には、ある程度の余裕が必要だ。 ﹂ 伊織は、そんな2人の前に立って守る役目だ。 ﹁順平、頼んだ 子である。 アレだぜ、指一本なんとかってヤツだぜー﹂ ? 番適している。 危険の大きい役だ。この中で任せるのなら、今のところは真田が一 混乱が予想される るようなことはないだろう。だが、その分、もしもそうなった時には あなたと美鶴が警戒しているのだから、そうそう敵に背後を突かれ だ。 あなたの次に戦闘経験があり、接近戦も得意な真田の配置は最後方 ﹁俺は一番後ろで、奇襲への備えってことだったな﹂ トで我慢してもらうしかない。 を詳しく探ることの出来るメンバーが居ない以上、このままナビゲー 美鶴本人としては、前線に出たい様子なのだが、他に迷宮内の様子 ナライズ能力を併せ持っている。 美鶴のペルソナは、戦闘用の能力と広域のサーチ、遠距離からのア るべく聞き逃さないようにしてくれ﹄ ﹃伊織、聞こえるか 探索中は、こうやって声でナビゲートする。な も、特に考えずに素で言っているのだろうか。どちらにしろ、良い調 琴音や岳羽は、それを分かっていてノせているのだろうか。それと な気がする。 それに、なんとなくではあるが、伊織はこういった立場が好きそう ﹁おっしゃー ﹁一応、期待しとく﹂ ! ﹁今日は低階層での訓練だ。危険は少ない。だからと言って、気を抜 440 ! いて怪我などしないようにしてくれ﹂ 探査用の装置を作動させながらそう言ったのは、特別課外活動部の 部長だ。 なぜ、明彦が⋮⋮ ﹄ あなたは、そんな美鶴に片手を上げて応えると、迷宮への扉を潜っ た。 ﹃これは、どうなっている 聞こえてくるのは、困惑気味の美鶴の声。 目が弾かれる。例の転送装置を利用してみてもダメ。 3人と2人に別れ、別々のタイミングで入って見ても、やはり5人 入り口に飛ばされていた。 ならばと、5人全員で一斉に突入した場合は、全員がタルタロスの 並んで順に扉を潜ると、5人目だけが入ることが出来ない。 なかった。 何度試してみても、迷宮内部には〝4人まで〟しか入ることが出来 ◇ ◇ ◇ │。 エントランスと迷宮を隔てているのは、扉一枚だけなのだから│ した。 特に反対する理由もないので、あなたは美鶴の要請に応えることに ダーの指示を優先〟、と決めたことを守っているらしい。 打ち合わせの際に、〝タルタロス内部では、部長よりも現場リー うだ。 2年生たちの目は、あなたに向けられている。判断を待っているよ ようだ﹄ ﹃すまない。一度戻ってくれ。理由は不明だが、明彦が中に入れない 田がまだ来ていない。 振り返ったあなたの目に映るのは、琴音、岳羽、伊織の3人だけ。真 ? 3人が先に入って上の階に登り、その後に2人が入ろうとしても5 人は無理だった。 441 ? ﹁以前に調査隊を派遣した際の記録には、こんなことは書かれていな かった﹂ 美鶴の話によれば、タルタロスが発見されたばかりの頃、桐条グ ループがかなりの人数をタルタロスの調査に送り出したことがある らしい。 ・ ・ その時には、このような〝入場制限〟は無かったと言う。 ﹂ ﹁んー⋮⋮前にこのタルタロスを造った誰かは、空間を操作できるの ﹂ かもしれないって話がありませんでしたっけ ﹁あー、そこのヤツを動かした時だっけ たのかもしれない。 ﹁えーっと⋮⋮、つまりどーゆーこと ﹂ あなたには、そんなことを言ったような記憶がある。琴音と話をし る。時間や空間に干渉出来る可能性は、十分にありそうだ。 高い。さらに、空間転移を可能とする装置を迷宮の内部に設置してい タルタロスを造った何者かは、影時間に深く関わっている可能性が る。 琴音と岳羽は、エントランスの隅に設置された転送装置を見てい ? う﹂ 伊織に対する真田の答えは、実にシンプルだ。制限を受けることは 気に入らないが、気に入らないからと言って止めるワケにもいかな い。 出来る範囲で行動するしかないのだ。 ﹁明彦⋮⋮。だが、まあ、それしかないか⋮⋮。行き止まりの件とい い、人数制限といい、またエルゴ研の仕事が増えるな﹂ ﹂ 桐条エルゴノミクス研究所。略してエルゴ研の仕事は、シャドウ関 連の事柄の研究だ。是非、頑張っていただきたい。 ﹁それじゃ、4人で行くとして、メンバーはどうします ペルソナを実戦で慣らすことと、伊織のデビュー戦だ。 今日の目的は、あなたのマガタマの具合を見ること、琴音の新しい 琴音の表情が﹁わたしは、当然行きますよ﹂と言っている。 ? 442 ? ﹁なに、簡単だ。4人しか入れないのなら、4人で行くしかないだろ ? ここまでで3名。外れるのは、残った真田か岳羽のどちらか、とい うことになる。 戦力の面で考えると、真田に来てもらった方が安定しそうだ。 連れて行ってください ﹂ あなたがそんなことを考えていると、岳羽がキョロキョロと顔を動 私、一緒に行きたいです いや、待て、岳羽。俺も⋮⋮ったく、仕方がないな。その積 やっぱマジなの ケー あのウワサー﹂ ? ﹂ ? に差を││﹂ ﹁バカじゃないの ﹂ ! あのやり取りのおかげか、若干俯きかけた美鶴の顔が元に戻った。 く。 2人の同じクラスの琴音が言うのなら、大丈夫なのだろう。おそら ﹁いつものことなんで、アレ。問題ないですよ⋮⋮たぶん﹂ こんな調子で大丈夫なのだろうかと、少し心配にはなるが。 伊織と岳羽は、実に仲が良い。 ﹁ぐおっ ﹂ ﹁ふっふーん。みなまで言わずとも、拙者はわかっておる。琴音ッチ ﹁バカじゃないの ﹁またまたー、テレちゃってー﹂ 違うし﹂ ﹁は ? ﹁な に な に、ゆ か り ッ チ ー。そ ん な に リ ー ダ ー と 一 緒 に 行 き た い ワ くれた。 真田はそれで理解してくれたらしく、突入メンバーを岳羽に譲って あなたは、真田の顔を見た後で、美鶴、岳羽と順に視線を走らせる。 よ﹂ 極性に免じて、今日のところは譲ってやる。││次は俺を連れて行け ﹁なに おかた、美鶴と2人になるのがイヤなのだろう。 あなたは、岳羽がチラリと美鶴を見たところを見逃さなかった。お ! かした後で声を上げた。 ﹁あ、はい ! なかなか積極的な姿勢、というワケでもないらしい。 ! ! 443 !? ? 苦笑ではあるが、口元も少し上がっている。 もしも伊織がこれを狙ってやっているのだとしたら、たいしたもの なのだが。その辺りどうなのだろう。 ﹁いつまで騒いでいる。タルタロスはいつまでも存在しているわけで はないぞ﹂ ﹁あ、はい。⋮⋮すいません﹂ ﹁すんませーん。すぐ行きまーす﹂ 影時間を消すために、戦っている。そう話していた美鶴が、影時間 が終わることが惜しいかのようなことを言う。 影時間にならないと、シャドウとは戦えないのだから、矛盾してい ﹂ るワケではない。ただ、どこかおかしいような気がしてしまう。 置いてっちゃいますよー 影時間は、何のためにあるのだろうか。 ﹁せんぱーい ウだった。 進み始めて最初に出会ったのは、ちょうど火炎を弱点とするシャド ﹃前方に敵影。臆病のマーヤ3体﹄ タルタロス2F 世俗の庭テベル ◇ ◇ ◇ バーの怪我に備える形とした。 織は、先頭を行くあなたのすぐ後ろ。岳羽は隊列の中央に配置、メン 真田が入れないので、ひとまず最後尾は琴音に任せる。初心者の伊 あなた、岳羽、伊織の3人は、そんな彼女を走って追いかけた。 力を試したくて仕方が無い、といった様子だ。 琴音は、1人サッサと迷宮へと続く階段を昇っていた。早く新しい ! うおぉぉ、〝ヘルメス〟 ﹂ あなたは、伊織にアギを使ってみるよう指示する。 ﹁うっす ! を引く。青いガラス片のような物が飛び散り、伊織の中から、黒い身 444 ! 叫び声を上げながら、伊織はこめかみに押し付けた召喚器の引き金 ! 体に金色の翼を持ったペルソナが現れた。 〝ヘルメス〟。神々の伝令係であり、天をすばやく駆け巡るその在 り方から、旅人や商人に崇められた存在だ。 ただ、伊織のヘルメスは、そこまですばやくは無い。代わりに力が 強く、タフらしい。 ﹄ 呼び出されたヘルメスは、顔の前に火の玉を作り出し、それを臆病 その調子だ のマーヤ目がけて投げつけた。 ﹃よし、いいぞ、伊織 ! ら出来ない状態だ。 ﹄ もう一丁 ﹃続けていけるぞ ﹁おっしゃー ﹂ まだ、まごまごとしているだけで、こちらへと向かって来ることす 揺している。 突然の攻撃、それも弱点である炎をぶつけられて、シャドウ達は動 ! ﹁オレッチ、大活躍 ﹂ ! ﹂ ﹁お、順平やるじゃん 続けざまに放たれたアギが、先ほどとは別のシャドウを焼く。 ! ! ﹂ ! シャドウ達に向かって走る。 おりゃぁああー ﹂ ナギナタを手に前傾姿勢の琴音。そんな彼女に先んじて、あなたは ﹁先輩、やっちゃいましょう 三度呼び出されたヘルメスの炎が、残ったシャドウを直撃する。 みたび 岳羽の声援を受けて調子に乗った伊織は、さらに引き金を引いた。 ! 喚に関しては問題が無いように思える。 ただ、弱った敵を一気に畳んでいる時には、大剣をむやみにブンブ ンと振り回していた。仲間に当たりそうで、それが少しばかり危な い。 とはいえ、そこは慣れてくれば大丈夫だと思われる。 ﹃初戦でこれとは、たいしたものだ﹄ 445 ! おおお ! 総攻撃だ。 ﹁お ! 伊織の初戦は、なかなかのものだった。少なくとも、ペルソナの召 ? 伊織の活躍に、美鶴の機嫌も上々だ。 対して、最初の引き金を引く決心がなかなかつかなかった岳羽は、 頬をかいている。 リーダーであるあなたも、ペルソナ〝カオス〟を呼び出せるように バカだからかな⋮⋮﹂そ オレッチってもしかしなくても、結構ス なるまでには、かなり苦労した。││と、言うことになっている。 アレ ﹁え、マジっすか ﹂ ゴかったりして あー、うん⋮⋮。私よりは、まあ ﹁カハク マ ││マハラギ││アギラオ ハ ! ラ ギ マハラクカジャ﹂ あまり長い間、同じ階に留まる気にはなれない。 あなたたちは、見つけた階段を昇りながら、シャドウの姿を探す。 とりあえず、次は琴音の新しいペルソナだ。 裸になりたい願望がある〟なんてことにされてしまいそうだから。 そう思ったが、口には出さない。口にしてしまうと、あなたは〝半 真田は、筋肉主義者だから〝ああ〟なのだろう。 いの現れだろうか。 べると、かなりスマートな印象がある。伊織のこう在りたいという想 ヘルメスは、同じ男性のペルソナである真田のポリデユークスと比 またまた、バカだのバカじゃないだのと、軽くやり合っている。 で、これは確実だろう。 岳羽と伊織は本当に仲が良い。ケンカするほど仲が良いらしいの と続けた。 のすぐ後に、岳羽は小声で﹁まあ、どうせすぐ分かるだろうけど⋮⋮﹂ ﹁え ? ギ ラ オ ! る。 ﹁ジャックフロスト ﹂ ││ブフ││マハブフ。おまけで、パーンチ それから、今は必要ないが、やはりマハラクカジャがあると安心す バーキルだ。 次の大きめの炎は、この辺りの弱いシャドウに対しては完全にオー ア ドウは、ジュッと音をたてて蒸発した。 琴音の召喚した〝カハク〟が、炎をまき散らす。それを受けたシャ ! 446 ? ? ? ? ! ジャックフロストが吹雪を吐き出し、それによって凍り付いた敵を 殴りつける。短い腕をグルグルと振り回すコミカルからの一撃が、閉 ││ジオダイン ﹂ じ込めた氷ごと敵を粉々に打ち砕く。 ﹁リリム ﹂ ﹁了解しました ﹂ る場合などの長期戦に備えるためにも、練習あるのみだ。 でないと、今のようにすぐに疲れてしまう。タルタロスを何階も登 も出来るだろう。そのあたりの制御が今後の課題である。 ジオダインが撃てるのなら、あとは加減すればそれよりも弱い攻撃 額をぬぐう琴音に、あなたは親指を立てて見せる。火力は十分だ。 しょうか ﹁あー、ちょっと疲れてきました。こんな感じですけど、オッケーで リリムの攻撃を受けたシャドウは、もう跡形も残っていない。 光が弾け、周辺の空気に電撃がはしったあとの独特の臭いが漂う。 は雷光の槍となって目標に突き刺さる。 大な雷の塊が生み出された。彼女が指でシャドウを指し示すと、それ 妖しい笑いを浮かべたリリムが翼をはためかせると、その眼前に巨 ! ﹂ ? いるのだろう。 ﹃エクセレント ﹄ ! 美鶴の声が弾んでいる。彼女は、先ほどから機嫌が良いままだ。数 やはり、君の力は素晴らしいな 女の能力は、そうではないペルソナ使いの目から、どのように見えて 複数のペルソナを自在に呼び出し、様々な能力を駆使する琴音。彼 いる。 伊織と岳羽が、そんなあなたたち2人を見ながらコソコソと話して ﹁いや、聞いてねーし⋮⋮﹂ しょ⋮⋮﹂ ﹁だから⋮⋮調子乗ってると、バカみたいな気分になるって言ったで ﹁あのー⋮⋮。ゆかりさん⋮⋮なんなの⋮⋮アレ あなたは、そんな彼女の様子に満足し、何度かうなずいて見せた。 たといった様子で、敬礼をして見せる琴音。 少し休んで余裕が戻って来たのだろう。ちょっとふざけてみまし ! ! 447 ! ? シコウチュウ 時間前に泣きそうな顔で謝り倒していた人物と同一人物とは思えな い。 さて、次はあなた自身の番だ。 ﹃そこの角を右、これはおそらく死甲蟲か⋮⋮ちょうど風に弱い相手 だ。見せてもらおうか、君の新しい力を﹄ 曲がり角から現れたのは、巨大なカブトムシ。黒い甲殻と脚がガチ ガチと音をたて、先頭を歩くあなたへと迫る。 身体は大きいが、そこまで強い敵ではない。 あなたは慌てず、それでいて素早く、力を解き放つ準備に取り掛 かった。 左手を顔の前に、手のひらで目を隠すように指を広げ、左右のこめ かみに爪を立てる。そして、一気に悪魔の姿を覆い隠す、ニンゲンの 仮面をはぎ取った。 ﹁ん⋮⋮﹂ あなたの左手の中に、力の渦が生み出される。それと同時に、岳羽 が小さく声を上げた。 ガ ル 〝ヒフミ〟のマガタマは風の力を宿している。それは、岳羽のイオ が操る魔法とは違う、もっと荒々しいものだ。 あなたは、すぐ近くまで接近して来た死甲蟲に向けて、手のひらの 上に乗せた小さな渦を押し出した。 手から離れた渦は、すぐさま周囲の空気を巻き込み、〝竜巻〟へと 成長し、蟲を飲み込んだ。 風の威力を増大するヒフミの力。それが竜巻へと働きかける。 前後、左右、上下、斜め、あらゆる方向からの風が、刃となってシャ ドウを切り刻む。制御の甘い、刃となるほどでも無い力は衝撃波と なって、シャドウの甲殻をひしゃげさせる。 嵐が過ぎ去った後には、巨大なカブトムシの残骸が少しだけ残され ていた。 ﹃この程度の敵では、もはや相手にもならないか⋮⋮。君はまだまだ 強くなりそうだな﹄ 人との関係性がマガタマの暴走を抑え込んでいるのなら、強くなっ 448 ているのは〟ペルソナ〟なのだろうか。 たしか、イゴールが言っていたはずだ。 〟ペルソナ〟は他者との 関わりによって成長する、と。 あなたは、目を覆うようにして自分の顔を確かめた。あまり変わっ ているようには思えない。それでも、何かが変わっているのだろう。 ﹂ ﹁あのー⋮⋮。ゆかりさん⋮⋮あの人、召喚器使ってないんですけど ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮ん ﹁いや、召喚器⋮⋮てか、通路までボロボロじゃねーかよ⋮⋮﹂ 伊織が岳羽にコソコソと話しかけている。聞かれた岳羽は、どこか 上の空な様子だ。 ペルソナを呼び出すのに、召喚器は必須ではない。 琴音の場合は、あると楽といった程度で、無くても呼び出すことは できる。 美鶴も、召喚器を使わずにペルソナの能力を行使することが可能 だ。やはり、有った方が消耗しないそうだが。 そして、真田も3月頃にそれをしたことがあるそうだ。 あなたは、召喚器について他の皆から聞いたことを簡単に説明し た。もちろん、自分のことは詳しく言わずに。 ﹂ ﹁とゆーわけで、なくてもペルソナは呼べるみたい。なんか、リーダー は無い方がやりやすいらしいけど﹂ ﹂ ﹁先輩の場合、腰につけてる召喚器は飾りなんですよね ﹁そーなんか ﹂ あなたは、真顔で伊織を見つめた。だから、真田にしても伊織にし ? だ。 ﹁え⋮⋮ アレに巻き込まれるとか、それ絶対死にますよね 力は制御が難しいものが多いので、巻き込んでしまう可能性があるの そして、伊織にはあまり前に出ないように、と忠告する。あなたの く琴音の頭を軽くはたいた。 あなたは、岳羽の言葉に首を縦に振ると、召喚器をつんつんとつつ ? 449 ? ! 伊織は風に弱い。ほぼ死ぬだろう。 ? ぜってー、気を付けまっス ても、先頭には配置しないのだ。 ﹁うっす、ううっス ﹂ ! ! しよう。 ﹂ ﹁いい、順平。私の矢が飛んで行ったら、避けて。以上 ﹁ナニソレ ﹂ せっかく岳羽がいるので、後方からの射撃と上手く合わせる練習を 伊織にも目で見て理解してもらえたところで、あとは連携訓練だ。 !! ﹂ なんとなく、勘のようなのでわかるから。あ、ゆかり狙っ って﹂ ﹁大丈夫 !? たりしないでよ ﹂ ﹁とゆーわけで、まあ、こっちで合わせるから。でも、無駄に飛び跳ね でも援護射撃だ。 それが難しければ、無理して狙う必要は無い。岳羽の弓は、あくま 良い。 も良いし、タイミングを合わせて横にサッと交わして射線を開けても 床を歩いてくる、小型の敵は真田やあなたのように上に打ち上げて なら、あまり問題は無い。頭の上を飛んで行くだけだ。 といっても、大きかったり宙に浮かんでいたりするシャドウが相手 るのみである。 こればかりは、慣れだ。後ろから射殺されたくなかったら、練習あ ﹁意味わかんねー てる ! ﹂ ? る。 美鶴の労いと、質問に返事をする伊織は酷く疲れているように見え タルタロスは消え、月光館学園は通常の状態へと戻った。 るいんですけど⋮⋮﹂ ﹁ういっス。ぜんぜん、よゆーっス。でも⋮⋮なんだか⋮⋮スゲーだ ナを使った戦闘はどうだった ﹁よくやったな、伊織。初めてのタルタロス。そして、初めてのペルソ 続けた。 こうして、影時間が終わる直前まで、あなたたちはシャドウを狩り ﹁リョーカイ⋮⋮。オレも後ろから撃たれたくはない⋮⋮マジで﹂ ? 450 ! ! しまった。他の慣れているメンバーと、同じように考えていた。伊 織はまだペルソナ初心者だったのだ。 ﹂ ﹁影時間って疲れやすいから。それに、ペルソナを呼ぶともっと疲れ るし。これ、ペルソナ使いのジョーシキ ﹁初めてでそれなら上出来だ。岳羽みたいに体調を崩さないようにし ろよ﹂ ジョーシキを語る琴音は、伊織よりもかなりの力を使ったはずだ が、まだまだ元気だ。 余計なことを言ってしまった真田は、岳羽にジロリとにらまれて、 小さく頭を下げた。 ﹁そんじゃ⋮⋮、おつかれさまでしたー⋮⋮﹂ 伊織は、まだ巌戸台分寮へと引っ越して来ていない。今晩はここで お別れだ。 あなた達が乗るものとは別に、桐条グループの用意した車で実家へ と帰って行った。本当、風邪をひかないように気を付けてほしい。 もうすぐ連休なのだから。 ◇ ◇ ◇ 5月2日︵土︶ 放課後 東京へと向かうロングリムジン 連休を実家で過ごすため、あなたは東京へと向かっている。以前約 束した通り、同じく東京での用事がある美鶴の移動に便乗させても らっているところだ。 快適な車を用意するとは聞いていたが、さすがにこんなに長いリム ジンが出て来るとは思っていなかった。 こんな物は、マンガの中にしか無い代物のはずだ。それが、まさか 実在している。しかも、友人の家の物なのだ。 ﹁しかし、伊織の適応力は、期待以上だったな。正直なところ、あんな にすぐ実戦に慣れるとは思っていなかった﹂ 451 ! 美鶴は、岳羽を基準に考えていたのかもしれない。真田はアレであ るし、あなたや琴音は少しばかり〝特殊〟だ。 寮を出てからしばらくの間は、昨夜のタルタロスについて話をして いた。 運転手は当然のように、影時間を知っている人間なので、当たり障 ﹄ りのない話題である。 ﹃聞こえるか その会話が途切れたところで、美鶴からの声にならない声があなた へと届いた。 あなたは、それにタルタロスでするように返事をする。 ﹃どうやら問題無いようだな。増幅器が無くても、君のような感知能 力のある相手なら話が出来るのではないかと思っていた﹄ 美鶴はタルタロスのナビゲートをする際、ペンテシレアを実体化さ せていない。 ペルソナ使いは、ペルソナを召喚していない時でも、その恩恵をあ る程度受けることが出来る。それは主に、シャドウからの攻撃を受け た時の防御能力として現れるが、どうやらそれだけではなかったよう だ。 ﹃そうだな。私の場合は、寒さに強いので、冬でもよく上着を忘れてし まう。コートどころか、上着なしのブラウスだけで登校してしまった 時は、さすがに焦った﹄ このお嬢様、シッカリとしているようでいて、意外とうっかりした ところがある。真冬にその薄着では、いかにも怪しい。元気過ぎる小 学生ではあるまいし。 ﹃と、雑談をするためにこんなことをしているのでは無かった。実は、 明後日なのだが、以前約束したことを頼みたい﹄ 美鶴と約束したことと言えば、あの坂道での握手だ。 情報交換の提案││あなたはガイア教団のことを氷川から、美鶴は 〝桐条〟のことを自分の家から。 幸い明後日の予定はない。元々、氷川とは話をするつもりだった。 ﹃その時に、私も同行したい。君には、氷川氏との橋渡しを頼みたいん 452 ? だ﹄ わざわざこんな形で話すあたり、〝運転手〟には聞かせられない話 であるらしい。つまり、〝桐条〟には秘密ということだ。 ﹃明後日、私は適当な名目を付けて外出する。護衛はつくだろうが、そ れはその時にどうにかしよう。なに、丁度変わった噂もあることだ。 バレたときは、そのせいという事にしてしまえばいい﹄ つまり、大金持ちのお嬢様が家の監視を振り切って庶民とお出かけ するとか言う、アレだろうか。 漫画のようなリムジンに乗っていたら、テレパシー的なもので漫画 のような頼みごとをされてしまった。 少し、面白いかもしれない。 ﹃決まり、だな。では、よろしく頼む﹄ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ あなたの返事を聞いて、美鶴はわずかに微笑んだ。弾んだ感情が伝 ・ わって来る。 言葉も無く見つめ合う2人。その姿を、運転手はモニターで確認し ていた。 453 5/3 My Dread 5月3日︵日︶ 朝 あなたの家 自室 ブラインドの隙間から、朝日が差し込み、あなたの顔を照らす。 目を覚ましたのは、いつもと変わらない時間だった。 天 井 に 張 り 付 い た 四 角 い 照 明。机 の 上 に 置 か れ た 古 い パ ソ コ ン。 マンガの方が多い本棚。 あなたは、約一か月ぶりに実家での朝を迎えた。それに関して、特 に思うところはない。 巌戸台の寮には持って行かなかった私物を、ボーっと眺める。そう していると、あなたを呼ぶ母親の声が聞こえて来た。 454 どうやら、朝食のようだ。 寝起きそのままの姿で、あなたは黙々と食事を口に運ぶ。 味は〝前〟と変わっていない。父親と母親の会話の調子、いつもの やりとり、それも〝前〟と同じだ。 ロクな会話も無く食事を終え、空になった食器を軽く洗う。そし て、あなたはすぐに自室へと戻った。 去年の〝あの日〟から、あなたは両親とあまり話さなくなった。正 確には、〝あの日〟を少し過ぎてからだが。 ﹂と渡された 港区は良かった。〝前〟からの知り合いがいないから。 部屋のベッドに寝転がり、琴音から﹁オススメです 希望の鎖が恐怖と絡まり合って、あなたを縛り付けている。それで なに楽になれるだろう。 聞こえて来る歌のように、それを焼き払うことが出来たなら、どん を、恐れさせるものがある。 あなたの心の中には、恐れがある。死神と戦い打ち勝ったあなた していた。 歌を聴く。岳羽も布教を受けたらしく、同じ物をケータイの着信音に ! も、ここがあなたの選んだ世界だ。 あなたはベッドの上で横になった。そして、歌詞を元に取りとめも ﹂ ない考えにふける。 ﹁寝てるの よく知った声が聞こえて来た。あなたの幼なじみのものだ││少 し機嫌が悪い時の。 ノックの音は聞こえていたと思う。ただ、返事をしないでいただけ だ。 久しぶりなのに、あまり怒らせても悪い。 あなたは、ドアの向こうに、目は覚めていると伝えた。 時間を置かず、あなたの部屋の入り口が遠慮なく開かれる。 ベッドの上で仰向けになったまま、あなたは顔を右に傾けた。扉の 向こうに立っていたのは、やはり橘千晶だ。 ブロンズがかったストレートの髪を左右に分け、胸の辺りまで垂ら したいつもの髪型。 着ているワンピースは白を基調としているが、全体的なラインは〝 あの日〟の服装と似ている。 同じブランドの店でオーダーした服なのかもしれない。詳しいこ とはわからないが、安い代物でないことだけはわかる。 いつもと違う印象を感じるところは、少し大きめのバッグを持って ﹂ いることくらいだろうか。 ﹁寝てたの 寝てはいない。ボンヤリ、とはしていた。 同じ曲が何周したのか覚えていない。そんな程度の時間の話だ。 ﹁なに、それ。まあ、いいけど⋮⋮﹂ カギのかかるカチリという音がした。 千晶はあなたの近くまでやって来ると、ベッドの端に腰を下ろす。 あなたに背中を向ける形だ。彼女の顔は見えない。 趣味﹂ 丁度、曲が頭に戻った。束の間の静寂に、時計の針の音がチクタク と響く。 ﹁変わった 455 ? ? ? 音楽のことだろうと判断したあなたは、学校の後輩からすすめられ たものだと説明した。 新しい環境には、今までと違うものがたくさんある。 プロテインについて語るヤツ。世界の名作的な本について教えて くれる相手。今まで聞いていなかった方向の音楽をすすめて来る後 輩。その他イロイロだ。 ﹁転校先、楽しいみたいね﹂ 千晶は、両足を浮かせ体重を後ろにかけた。そのせいで、マットレ スが少し形を変える。 楽しい、のだろう。妙なウワサが広まってしまって、そのせいで学 校内での立場は以前よりも浮いていしまっているが。 そう語るあなたの顔には、朝食の時には無かった微笑みが浮かんで いる。 ﹁そう、そうよね。〝前の世界〟からの知り合いがいないものね﹂ 456 千晶の右手がベッドの上に置かれた。そして、それを支えにして、 千晶はあなたに顔を向けた。 その表情は、怒りか、理解か、それとも同情か。よくわからない。 わかっていることは、彼女も〝そのことについて〟それなりに思う ところがあったということだけだ。 ﹁わたしは、橘千晶よ。前の世界でもそうだったし、あの世界でもそう だった。一度、あなたに殺されてしまったけれど、それでも再生の時 まで意識を残していられた﹂ 千晶、勇、氷川。この3人については、おぼろげな記憶が残ってい る。 カグツチを滅ぼした後、前の世界を創世するその時に、まだ原型を 保った形で彼女たちの魂は存在していたのだ。千晶の場合は、かなり 真っ白になってしまっていたが。 そんな話をすると、千晶は少し唇の端を持ち上げた。 ﹂ ﹁勇君なんか、なぜか〝あの帽子〟だけになっていたって言っていな かった そうだったような気がする。もしかしたら、勇は〝あの帽子〟を核 ? にして再生したかもしれない。 先生がどうだったのか、あなたはそれを思い出せないでいる。 創世の時のことは、はっきりとしないのだ。まるで〝あの世界〟で ﹂ の出来事が全て夢だったかのように、気が付いたらこの部屋で寝てい たのだから。 ﹁でも、夢じゃなかった。そうでしょう 千晶の右手には、〝指輪が無い〟。よく、中指にはめていた指輪が。 左手の人差し指にしている物と対になっていたそれは、サカハギに 腕ごと奪われてしまったのだ。 黒くてゴッツイ見た目のそれは、ネットゲームにハマって勉強が遅 れていたあなたに、勉強を教えてくれたお礼としてプレゼントした物 だった。 あの地獄のような受験勉強がなければ、あなたは千晶と同じ高校に 通うことはなかっただろう。彼女は優秀で、そして自分の行ける範囲 で一番上を目指す性質の人間なのだから。 ﹁ペアのリングを両方、ね﹂などと言われたことは今後とも黙っていて 欲 し い 秘 密 だ。サ イ ズ も 以 前 何 か の 機 会 に 聞 い た う ろ 覚 え の も の ね、ね ﹂などと だったので、合う指がなかったらよりバカにされていたことだろう。 ﹁2個セットで、このお値段 お値打ちでしょ !? ? も秘密だ。 そういえば、あの店員。どこかの通販の社長によく似ていたような 気がする。 あなたは首を左右に振って、どうでも良い過去の記憶を頭から追い 出す。そうしてから、そっと手を伸ばして千晶の右手に触れた。 ちゃんとついている、問題ない。 黒い木のような何かに変わった後の印象も強かったので、時々不安 になるのだ。きちんと戻せたのだろうか、と。 ﹁大 丈 夫 よ、今 の と こ ろ 問 題 な い か ら。│ │ 魂 は 続 い て い る。で も ⋮⋮この手は、この身体は⋮⋮〝この世界〟のわたし。前から続いて いる物じゃない﹂ 457 ? オネエ言葉の店員に押し切られてしまった結果であることは、千晶に ! あなたの両親も、千晶の両親も、学校の友人も、近所の人たちも、あ なたの見知った人々の全てが、〝東京受胎〟によって一度死んでい る。 そして、その中のほとんどの人たちは、魂も肉体も、その存在の全 てが解けてマガツヒとなってしまった。ごくわずかな人々は、思念体 となって残っていたのかもしれないが、それでも〝名前〟を失ってし まっていたのである。思念体たちは、自分が何処の誰だったのか、そ の情報を無くしてしまっていた。 世界が〝ボルテクス界〟へと変わった後に、自身の名前と記憶を保 ち続けられた人間は、受胎の瞬間にあの新宿衛生病院に居た者だけな のだ。 ﹁全部忘れてしまっていたら、気にしないでいられたのだろうけれど ⋮⋮。それはそれで嫌だわ﹂ 何もかも全てが、あなたの〝ニンゲン〟と同じ。地球も、太陽も、ま だ生まれたばかり。 この宇宙の全存在は、〝太古から存在していた〟ものとして、1年 前のあなたによって創造されたのだから。 だから、つい思ってしまう。目の前の父は、母は、同じ存在なのだ ろうか、と。 邪教の館には、悪魔全書と呼ばれる魔導書があった。その書に仲魔 の情報を書き込んでおくと、〝同じ仲魔〟を呼び出すことが出来るの だ。 あなたの最初の仲魔、〝ピクシー〟。彼女が十分な量のマガツヒを 蓄えて〝ハイピクシー〟へと進化した後、あなたは書の力によっても う一度ピクシーを呼び出したことがある。 現れた〝ピクシー〟は、ハイピクシーとなった彼女と〝全く同じ別 人〟だった。記憶も、仕草も、能力も、全てが同じでありながら、絶 対的に違う存在だ。何故なら、そのときあなたの隣には、当のハイピ クシーが居たのだから。 ﹁どうなのかしらね。まあ、いいけど⋮⋮。少なくとも、あなたはそう じゃない﹂ 458 千晶の指先が、あなたの指をなぞる。あなたの仮面の裏側にある、 何度も聞くけれど﹂ 死んでしまった世界の残滓を求めるように。 ﹁覚えてないのよね あなたは、創世の時のことを詳しく覚えていない。何をどうやっ て、前の世界とほとんど違うところの無い世界を創り上げたのか。 千晶が、勇が、氷川が目指した新たなるコトワリによる創世。新世 界の創造ならば、それは全くのゼロからの出発だったはずだ。 何もないところから、自身の理想に合わせた世界を創り上げる。そ れはそれで途方もない作業だとは思う。 しかし、あなたの行ったそれは、既にあったものと同じものを再生 する行為。 他の3人の創世とは、必要な工程が異なる。 全てが混じり合ってしまった膨大なマガツヒの渦中から、過去の情 報を抜き出す必要があったはずなのだ。 ここまでは、世界の再生以来、千晶と何度か話し合った内容である。 そう言えば、月光館学園の理事長は、〝あなたのペルソナ〟に〝混 カ オ ス 沌の王カオス〟と呼んだ。原初の混沌そのもの、あるいは混沌の統治 者だと。 ニ ン ゲ ン 今の宇宙が始まる前にあなたが行ったことを、今の宇宙に属してい るあなたは覚えていない。確かに創世を行ったはずなのに。 もしかしなくとも、神ならぬ人の身では、その混沌を治めた記憶を 頭に納めてはいられないのかもしれない。 それこそ、千晶が呼んだバアルのような守護神が必要なのだろう。 ﹁この話は、もう止しましょう。それより⋮⋮転校先が楽しいみたい で良かったわ。わたしに勝った人が、つまらなそうにしてたら、負け たわたしが報われないもの﹂ 強い者、賢い者、美しい者、優れたる者が全て手にする。 弱い者、愚かな者、醜い者、劣る者には何も与えない。 そんなコトワリを掲げた千晶にしてみれば、転校前のあなたの姿を 見ることは苦痛だったのだろう。 自分に勝った者が何をやっている、と怒っていた可能性も高い。 459 ? ﹂ 千晶は、勇のように〝自分のこと以外はどうでも良い〟とはいかな いのだ。 ﹁はい、これ。君に宛てた物でしょ 千晶はバッグから一通の手紙を取り出し、目の前に差し出して来 た。 あなたは、それを受け取ると中身を確認する。差出人は││桐条美 鶴。 ﹁明後日に行われるパーティーの招待状。招待自体は断ったけど、そ れが一緒に入ってたの﹂ 桐条主催のパーティー。あまり面白いものではないらしい。 会ったばかりのころに、美鶴がそんなことを話していたような覚え がある。共通の知り合い││あなたのことだ││がいるのなら楽し めるかもしれない、とも言っていた気がするが。 名士同士の付き合いのようなものがありそうなのに、それをあっさ りと断る辺りは千晶らしい。 桐条グループの一人娘と駆け落ちでもするの 桐条の あなたは、ホッと胸をなでおろした。危機が1つ去ったのだ。 ﹁なあに ? れていた。 そこには、家に知られたくない内容なので、共通の知り合いである 千晶に頼むことと、それについての詫び、それから明日の待ち合わせ 場所などが記されている。 この話に覚えがない場合、あるいは話を断っている場合は、この手 いいなずけ 紙は無かったことにして、処分して置いて欲しいとも書かれていた。 ﹁たしか、桐条美鶴には許 婚がいたわよね。⋮⋮どこかの同族企業の 親族だったかしら﹂ 初耳である。が、桐条グループのような巨大企業の令嬢ともなれ 今度のパーティーでは、その許婚を桐条関係者にそれ ば、そういったこともあるのだろう。 ﹁知ってる 460 ? 千晶宛の招待状の中には、美鶴からあなたへと宛てた手紙が同封さ 家には秘密で会いたい、なんて﹂ ? となく紹介するらしいわよ﹂ ? 正式な発表というワケでは無いが、それとなく周囲に桐条とその相 手企業との結びつきを示すらしい。 なんだか面倒そうな話である。名家に生まれると言うのも、大変 だ。 あなたの目の前に居る橘家の千晶も、桐条程の大きさでは無いもの のそれなりの名家の生まれではあるのだが。その割には、好き勝手 やっているように見える。 いつも家の用事やら何やらがあって忙しそうな美鶴とは大違いだ。 ﹁わたしのやる事は、わたし自身で決めるわ。周りの愚かな人々のた めになんて、そんなの嫌よ﹂ 千晶はそんなヤツだ。前から知っていた。 しかし、許婚を周知するパーティーの前日に、他の男2人で家には 秘密で出かけようとは││美鶴も大胆なことをするものだ。 千晶が面白そうな顔で見て来るのもわかる。 461 まあ、真相はそんな色っぽい話ではなく、独特なハゲ具合の男に会 いに行くだけなのだが。 あなたは、千晶に影時間とタルタロス、そして桐条グループの怪し い関係について話した。そして、美鶴がそれについて調べようとして いることも。 ボルテクス界でのことを覚えている千晶。彼女に隠さなければな らないような話は、今のところ存在しない。 ﹂ ﹁ふうん。なんだか、面白そうなことになっていたのね。││だから、 楽しそうなのかしら 人が群れて巨大な社会を形成する以前の世界は、ヨスガのそれとよ は、今の世界の在り様に近い。 他2つのコトワリと比較すると、千晶の掲げたヨスガのコトワリ ね﹂ ﹁そうね。競い合うこと、自分にない物を求めること、それらは必要よ 戦うことは、楽しい。わからない何かを探し求めることは、面白い。 あなたは、彼女の問いを否定しなかった。 千晶の瞳は、あなたのそれに真っ直ぐ向けられている。 ? く似た弱肉強食の原始時代だった。少なくとも、〝前の世界〟ではそ うだったはずなのだ。 欲望やそれをもたらす原因である感情を否定した氷川や、それらを 生み出す他者との関係性を排除する勇のコトワリとは違う。 なんというか、言い方を気にせずに表現すると〝俗っぽい〟のだ。 わかりやすいとも言う。 決して、勇や氷川が高尚だと考えているワケでは無いが。 ﹁そういうことなら、やっぱり持って来て良かったわ﹂ そう言うと、千晶はバッグから一冊の本を取り出した。どこかで見 たような、赤い装丁の書物だ。 ﹁あげる﹂ 渡された本の裏と表は、血のように赤い。マガツヒのような赤色 だ。背表紙は黒く、全体に華麗ではあるが魔術的な装飾が施されてい る。 手にしただけでわかる。この本は、力を持っている、と。 見たことがあるはずである。細部は微妙に異なっているが、これは 〝悪魔全書〟だ。 ﹁4月に入って少しした頃⋮⋮そう、ちょうど満月の夜だったかしら。 気が付いたら手元にあったのよ﹂ ページをめくる。その中身は、ほとんど白紙だった。 ただ、数頁だけは記述がある。 そこに載っていたのは、〝熾天使オセ・ハレル〟、同じく〝熾天使 フラロウス・ハレル〟。 そして││。 これは⋮⋮本当に良いのだろうか。 ﹁あげる、そう言ったわ。もう、あなたのものだから、好きにして﹂ 言いながら、千晶は心持ち近くに身を寄せた。 あなたは、その目をのぞき込む。どうやら本気のようだ。 〝邪教の館が無い状態でどうすれば良いのかはわからないが、千晶 の理想を体現する神の力、ありがたく預からせてもらおう。 あなたは、〝魔神バアル・アバター〟のページをじっと読み始めた。 462 そんなあなたの様子を、千晶は﹁仕方ないヤツ﹂と苦笑しつつ眺め ている。 昔からこんな感じなのだ、あなた達は。 ◇ ◇ ◇ しばらく遊んだ後、千晶は帰って行った。 あなたは部屋の片づけをした後、開けていた窓を閉めようと手を伸 ばす。すると、窓の向こうの雲が夕日の色になっている。 あなたの部屋は散らかしっぱなしにして行くのに、自分の部屋の場 合は片付けてから帰れと言う。それが橘千晶という人物だ。 あなたは、彼女と最初に出会ったのがいつだったのかを覚えていな い。物心つく前からの友人だ。 長い付き合いがある。だから、特に文句も浮かんでこなかった。 463 あなたの、色々な相手に〝おつかい〟として利用されてしまう気 質、その原因の一端は、確実に千晶にある││と思われる。 おそろしく自然に命令してくるのだ。あなたの幼なじみは。 千晶に渡された悪魔全書は、ふと気が付くと実体を無くしていた。 ただ、何処かに存在はしている。 あなたには、それが〝なんとなく〟わかるのだ。たぶん、思い出の 世界での〝道具〟のような物なのだろう。 もう一方のお土産は、そのままあなたの手元に残されている。 美鶴が千晶に送った招待状だ。あなたは、もう一度その中身を確認 した。 パーティーの名目は、桐条美鶴の誕生日を祝って、と言った内容だ。 あなたは、ケータイを取り出すと真田に電話をかける。一応、確認 いや、その、ですね⋮⋮はい、はい、わ ││ああ、確か5月8日だったはずだ。││いや しておこう。 ﹃どうした 何もしていないが││え ? どうやら、美鶴の誕生日は5月8日だったらしい。明後日の5月5 かりました。││何か用意しよう。うん、そうしよう﹄ ? ? 日に行われるのは、休みの都合だろう。 電話から聞こえて来る真田と話す女性の声、これは例の時任亜夜の ものだろうか。 真田は、何やら彼女からお叱りを受けている様子。いい気味であ る。 ﹃まあ、そんなところだ⋮⋮。││寮の連中には俺から話しておく、お 前は⋮⋮そうだな、皆の代表としてプレゼントでも買って来てくれ﹄ ﹃東京にいるのだから、何かあるだろう、何か﹄と真田は続けた。 自分で選ぶのが面倒だから、代表に押し付けたワケではない、と思 いたいところだ。 電話を切ったあなたは、外出の用意をする。今日は、まだ一歩も家 から出ていない。 親に夕飯はいらないことを告げると、あなたは玄関を開け夕暮れの 街へと歩き出した。 464 ◇ ◇ ◇ 東京某所の雑貨屋 ここは〝あの日〟の後に見つけた雑貨屋だ。店内には様々なガラ クタが、所狭しと置かれている。 売られている商品は見事にバラバラ。雰囲気、国籍、用途、どこに も共通点が無い。 ﹁なんだ、客か⋮⋮。ゴメン、ゴメン言ってみたかっただけなんだ﹂ 店主の身なりは、シワのよったスーツに、曲がったネクタイ、オマ ケに猫背とややだらしない。 スーツではなく、他の服を着た方が良いのではないだろうか。何処 かの会社に勤めているワケではないのだから。 それより、今日は何を探してるんだ まあ、ここには良い物なんて何にも無いけどね。⋮⋮世の中と ﹁うーん、これはクセ、かなあ い ? 同じでガラクタばっかりだよ﹂ ? この店主、去年のある日に突然﹁雑貨屋になりたい ﹂ 意味は無い。 探すのは、ちょっと変わった物。﹁なんだ、これは ﹁お それに目を付けるなんて、お目がデカイ ﹂ ﹂と思い立っ と、あなたの目に1つの置物の姿が飛び込んで来た。 ようなプレゼントが良い。 ﹂と笑いになる 桐条美鶴は、金持ちだ。正真正銘のお嬢様だ。半端に高価な品など る。もしかしたら、掘り出し物があるかもしれない。 あなたは、アテになりそうもない店主を無視して、店の中を物色す だろう、たぶん。 店主が指差したのは、〝セミの抜け殻〟のような何か。これはダメ てどう ﹁ふーん、友達の誕生日プレゼントか。うーん、それなら⋮⋮これなん 臭い話だ。 こんな店主でも、公務員時代はエリートだったらしいが、少々胡散 うかと、心配になって来る。 ちなみに儲けはあまりないのだとか。今後の人生大丈夫なのだろ めたらしい。 たそうだ。そして、それまでの公務員人生を放り出して、この店を始 ! !? カタカナで書かれている。 ペ ト ラ ア ﹁それ、アキハバラって書いてあるだろ スゴイよねー﹂ イ きっと秋葉原産なんだよ。 手に取って様々な角度から観察すると、足の裏に〝アラハバキ〟と ! ﹁あ、それ買うの いやー、いい買い物したよ、キミ﹂ ハバキと、アキハバラを間違えるなんて、とんでもないヤツだ。 この店主は、アラハバキの石化の視線を受けると良い。可愛いアラ ? るだろう。 喜んでくれるかはわからないが、それなりに興味を引く品物ではあ 熱心に読んでいた覚えがある。 あなたには、病院で検査をしたときに、美鶴が遮光器土偶の記事を ? 465 ? 遮光器土偶だ。目がデカイ。 ! ﹂ こ の 渦 巻 模 様 な ん て ど う か な そ れ と も、 アラハバキは癒し系なので、きっと彼女の疲れを癒してくれるに違 いない。 ﹁包 装 は ど う す る こっちの松竹梅にするかい ﹁あ、どうにかなりそう ﹂ る。それに、そうすれば嵩も減る。 かさ とりあえず、煮るか焼くかすれば食えると岳羽が言っていた気がす 料など。肉の欠片も無い。 キッチンを見れば、他にはトマトピューレや無駄に多い種類の香辛 に考えていないと言う。バカなのだろうか。 そう言って見せられたのは、4玉のキャベツ。そして、食べ方は特 思ってたところだったんだよ﹂ ﹁いやー、うっかりとキャベツ買い過ぎちゃってさ。どうしようって ことになった。困り声で頼まれてしまったのだ。 目的の物を手に入れたあなたは、ガラクタ屋の店主と夕飯を食べる で頼んでみようか。 この店は、ラッピングも独特だ。とりあえず、縄文時代っぽい模様 ? きっと聞かないほうが良いのだろう。人生には、イロイロとあるの どうして公務員をやめてしまったのだろうかとも思うが、それは い。どちらにしろ、話していて楽しい人物であるには違いない。 この店主が〝あの彼〟なのか、そうではない別人なのかはわからな を聞きながら。 えたかったんだけど﹂などと、もう何回目になるのかわからないグチ 微妙な食事を、2人で〟処理〟する。﹁ホントは、アサクサに店を構 やはりというか、なんというか美味しくは無い。 ﹁うん、食べられなくはないね。十分、十分﹂ ル〟の完成である。 あとは適当に塩と香辛料で味を調えれば││〟キャベツだけロー させたキャベツを丸めて投入。 ピューレを入れて伸ばす。沸騰したところに、電子レンジでしなっと と り あ え ず、ブ イ ヨ ン キ ュ ー ブ を 湯 に 放 り 込 み、そ こ に ト マ ト ? 466 ? ? だ。 ﹁じゃあ、またね。気が向いたら来てよ﹂ 明日は、今日とは違って忙しくなりそうな気がする。 そんなことを考えながら、あなたは遮光器土偶を片手に家路につい た。 467 5/4 幽玄の奏者 5月4日︵月︶ 朝 あなたの家 自室 今日は、〝みどりの日〟で休みだ。 3連休の2日目ではあるが、今日のあなたには、休む暇はない。 今日は、かつての強敵であり、現在の協力者でもある男││氷川│ │と会う約束がある。そして、その場に友人の桐条美鶴を連れて行く ことにもなっているのだ。 今のあなたは、東京の実家にある自分の部屋に居る。そこで、パソ コンの画面を見ているところだ。 ﹃カグツチが生まれた場所、鼓の部屋で待つ﹄ 氷川から送られて来たメールには、これだけしか書かれていない。 カグツチと言っても、日本の神話についての話ではないはずだ。 ボルテクス界の中心であった創世の光、〟カグツチ〟。あなたが知 る限りでは、アレは〝東京受胎〟によって発生した存在だ。 東京が死んで、カグツチが生まれた。 氷川と〝先生〟が東京受胎を起こした場所は、新宿衛生病院。そこ は、あなたが悪魔へと生まれ変わった場所でもある。 今はもう閉鎖されていると聞いていたが、あの病院と氷川が所属し ているガイア教団の間には深い繋がりがあった。少しばかり利用す ター ミ ナ ル るくらいは、どうということもないはずだ。 鼓は、アマラの転輪鼓のことだろう。新宿衛生病院のターミナルの 部屋は、あなたと氷川が初めて会った場所でもある。 あの時のあなたは、氷川の呼び出した悪魔によって殺される寸前 だった。先生がかばってくれなければ、あなたの人生はそこで終わっ ていただろう。 思えば、あれが〝人として死ねる〟最後の機会だったのかもしれな い。 やめよう。これ以上、氷川や〝前の世界〟について考えていても、 468 まったく楽しくない。 どうせ考えるのなら、これから会うクラスメイトの女子のことにし よう。その方が、断然良い。 割と抜けていて、常識が無くて、1人で背負い込みたがる。そんな、 特別課外活動部の部長について。 あなたは、千晶を経由して受け取った、美鶴からの手紙を再度確認 した。 今から出かけると、書かれている時間よりも早く着いてしまうかも しれない。だが、それぐらいが丁度良いのだ。 〝あの日〟といい、初めて巌戸台分寮を訪れた日といい、電車は遅 れることが多いのだ。妙な夢のオマケ付きで。 電車は遅れなかった。日本の鉄道は、優秀なのだ。 おかげで、あなたは、指定よりもかなり早い時間に目的地に到着し た。ただ、今回はそれで良かったようだ。待ち合わせの相手は、すで にやって来ていたのだから。 待たせてしまったのだろうか。 ﹁早いな。余裕を見たつもりだったが⋮⋮﹂ 同類が居た。いや、美鶴の場合は、家から出るのに苦労する可能性 を見越して時間を決めたのかもしれない。 あなたがそんな風に訪ねると、美鶴は少し苦笑気味にうなずいた。 ﹁出かける理由を話せないから﹂ そう話す美鶴は、ハーフヘルメットを被り、赤いダウンベストを着 ている。 ベストの下には、白い長袖のブラウス。ひざ下丈のスカートは茶色 で、大きめのポケットが左右に1つずつ。厚手の黒タイツを履いた足 おもむ 元は、ゴツ目のエンジニアブーツだ。 いつもとは趣きの異なった装いである。 ﹁あまりジロジロと見ないでくれ⋮⋮。普段とは違う格好を、と菊乃 に頼んだらこうなったんだ﹂ そう言うと、美鶴はヘルメットのゴーグルを両手で引き下ろした。 それで目は隠せたが、やや赤い頬は隠せていない。 469 どうやら、着慣れない格好に照れているようだ。 ﹁バイクも、菊乃の物を借りて来た﹂ 美鶴が顔を向けた先には、スクータータイプの二輪車が停めてあっ た。 なんとも、レトロなデザイン。昔に何かで見た、ローマの祝日とか 言う映画に出て来た物、のような気がする。 ﹁ああ、あれと同じものだ。これを使ってくれ﹂ 美鶴は首を縦に振って答えた。そして、ヘルメットを手渡してく る。 あなたが受け取ったヘルメットは、美鶴が被っているものとよく似 たデザインだ。 ここからは、このスクーターで移動するという事なのだろう。 しかし、良いのだろうか。 いや、美鶴は普段からスカートでバイクに乗っていることが多い。 タルタロスに行かない日には、街の見回りをしている。そして、そ の時の美鶴は、琴音との2人乗りで活動しているのだ。 だから、運転に関して心配しているワケではない。仮に転倒したと しても、特に問題ないだろう。大概の路面は、シャドウの攻撃より鋭 くないのだから。 どうも、違った方向で受け取られているようだ。そこで、あなたは ﹂ ついさっき途中で止めた話を伝えることにした。つまり、風でめくれ たら困るのではないかという事だ。 ﹁フッ⋮⋮。その点に関しては対策済みだ。││ほら、わかるか どうなっているのだろう。それが気になったあなたは、顔を近づけ 前面のポケット辺りに、何かしらの工夫がしてあるらしい。 スカートの前をつまんで、パタパタとしてみせる美鶴。どうやら、 ? 470 月光館学園の制服で、鉄の馬にまたがっているのだ。 ││なに、たしか あなたは、美鶴の服装について口を開こうとして、途中でやめた。 いつも、琴音を乗せて走っているだろう 今さらなのだ。 ﹁ん ? に普段とは違うが、運転は問題ない。心配するな﹂ ? ようとして、はたと気付いた。 そんなワケがあるか ﹂ この態勢は、いろいろとおかしいのではないだろうか、と。 ﹁なっ ﹁クッ⋮⋮。いつものようにしてくれ。それだと⋮⋮くすぐったい﹂ 肩に手を置くと、ハンドル操作に支障がでそうだ。 しまった。 と、あなたは考えたが、美鶴からきちんとつかまるように言われて 挟むだけで落ちることはなさそうだ。 あなたも、その後ろに腰を下ろす。後部座席に座って、足で車体を フッと軽く笑い合った後、美鶴はスクーターに乗った。 ﹁こんなところを見られたら、またウワサが増えてしまいそうだ﹂ はずだ。そう考えると、無性におかしくなってしまう。 今、美鶴の顔に浮かんでいる表情は、あなたのそれとよく似ている あなたと美鶴は、顔を見合わせた。 もあったのだが⋮⋮﹂ ﹁誤解⋮⋮はしていないようだな。君が転校してくる前は、そんな話 何度も言われつつ、なんだかんだと未だに生きているのだから。 やはり、美鶴にとって真田は特別な相手なのだろう。処刑、処刑と とある事情で、2人乗りをした時のことだ。 聞いてみると、どうやら真田は美鶴の胸を思い切り掴んだらしい。 もないが。 しかし、真田は一体何をしたのだろう。なんとなく、わからないで 口ぐせの処刑が出てしまった。照れ隠しだと思いたい。 ﹁先に言っておくが、明彦のような真似をしたら⋮⋮処刑だ﹂ しい。 見せてくれると言うのなら遠慮はしないのだが、どうやら違ったら にらむ。 を認識したらしい。彼女は、スカートの前を抑え、ジト目であなたを そのことについて、あなたがポツリとこぼした言葉で、美鶴も状況 ! 遠慮がちに、あなたは美鶴の腰のあたりに手を添えるようにした。 だが、それではダメらしい。 471 !? いつもの見回りで、琴音が美鶴の後ろに乗っている時の姿を思い浮 かべる。同時に、その初日に美鶴が琴音に説明していた乗り方の内容 も思い出す。 肘を運転手の脇腹に軽く添えるようにして、手を腹の前で組む。膝 で運転手の腰を軽く挟み、腰の位置は離れ過ぎないように。 すると、あなたの腕の中に、美鶴のダウンベストのモコッとした手 触りが納まる。そして、脚の内側からは、生地越しのかすかな体温が 伝わって来た。 なんだか恥ずかしい。これで合っているのだろうか。 ﹁実は、この手の形は初めてだ⋮⋮。だが、支障はないと⋮⋮思う﹂ なるほど。よくわからない同士らしい。 ││そ だが、とりあえず運転に問題はなさそうなので、そのまま出発する ことになった。 ﹃目的地は、新宿衛生病院か。││新宿御苑から少し北に うだな、近くに着いたら、少し打ち合わせることにしよう﹄ あなた達の場合、口を開かなくとも話は通じる。高速で走っている わけではないので、普通に話すことも可能だが、二輪の運転中はこの 方が楽だ。 ◇ ◇ ◇ 昼 新宿衛生病院内 新宿衛生病院の本院。その玄関の自動ドアは動かなかった。 あなた達は、そのまま建物の外壁にそって移動する。すると、夜間 や休日の来客用のドアを見つけた。 あなたがその扉を押すと、それは音も無く開く。カギは外されてい たらしい。 ﹁誰も、いない。それに、恐ろしく静かだ﹂ あなたに続いて扉を通った美鶴。彼女がポツリともらしたように、 472 ? 院内の通路は静寂で満たされている。 薄暗い通路に、中庭に面した窓から日の光が差しこむ。 規則的に配置された窓からの光と、その間にある影。その2つが交 互に連なっている様子は、学校などで見かける光景と変わらない。 そのはずなのに、ただ人の気配がしない、外からの音も聞こえてこ ないというだけで、どこか異界めいた雰囲気を醸し出していた。 ﹂ ここに氷川が居る。そのせいで、そんな風に感じるのかもしれな い。あの男には、そんな独特の気配がある。 静かな通路に、あなた達の足音だけが響く。 ﹁エレベーターは動かないのか⋮⋮。階段はどこだ 本院の1階にあるロビーまでたどり着いたが、エレベーターは動か なかった。電力が来ていないのかもしれない。 こうなると、ターミナルの部屋があった地下施設へと行くには、分 院側の階段を使わなくてはならないだろう。 東京受胎後も、エレベーターは動いていた。ボルテクス界には、電 力││あるいはそれに類する何か││が存在していたのだ。今思え ば、少し不思議な話である。 あなたは、分院へと向かうため、階段を昇り2階の連絡通路へと進 む。 本院と分院の間にあるゲートは、すでに開かれていた。 ﹂ ゲートの脇には、ゲートパスを認識させるための装置がある。 ﹁どうかしたのか は、美鶴に何でもないと首を横に振って見せた。 ピクシーはもういない。 ベルベットルームで、新しい姿に生まれ変わったのだ。琴音は、そ う言っていた。 現在3体いる琴音のペルソナ。その内、以前から居たカハクを除い た2体のどちらか。ジャックフロストか、リリムになったのだろう。 分院の階段を、下へ下へと降りて行く。地下部分だけは電力が独立 していたのか、非常灯の光がぼんやりと闇を照らしていた。 473 ? いつの間にか、装置を見つめて歩みを止めていたようだ。あなた ? 薄暗い通路には、もう血の跡は残されていない。消えてしまったの か、清掃されたのか。 ﹂ ただ、冷えた空気だけは以前のままだ。 ﹁この向こうに、氷川氏が⋮⋮ 分院と本院を繋ぐ、地下のゲート。分厚い金属の扉も、2階のガラ スのそれと同様に開かれている。 こ の 先 に 氷 川 が 居 る。そ れ は 間 違 い な さ そ う だ。こ こ ま で 来 て 違っていたら、かなり恥ずかしい。 ゲートを越えて少し歩くと、かつてターミナルの置かれていた部屋 の前に着いた。 ﹃室内に人の気配。おそらく、そうなのだろう﹄ あなたがノブを握ると、カチャリと音をたてて回った。 ゆっくりと、ドアを開ける。 部屋の中には、やはり氷川が居た。ターミナルは、もう無い。 知性を感じさせる秀でた額。涼やかと言うよりも、冷たいと言った 方が良さそうな眼差し。そして、相変わらず妙な柄のスーツ。それが 何故か似合う細身の体形。 名前通りの氷のような男が、椅子に座って待っていた。 ﹁来たかね。││そちらが、桐条の娘か。はじめまして⋮⋮では、無 かったかな﹂ ﹁ええ、直接話をしたことはありませんが、何度か顔を合わせてはいる はずです﹂ カルト教団、ガイア教の幹部である氷川。 そんな彼は、通信事業大手サイバース・コミュニケーション社の実 質的な経営者でもある。 そんな氷川と、世界有数の多国籍企業、桐条グループ総帥の一人娘 ・ 桐条は、10年前には、我々との縁を切ったはず ・ である美鶴。何処かで会う機会もあったのだろう。表の顔では。 ﹁良かったのかね 4月の初めごろに、美鶴から聞かされた話である。それがどういっ 474 ? かつての〝桐条〟は、ガイア教団と関わりがあった。 だ﹂ ? た関係であったのか、そこまでは話してくれた美鶴自身も詳しく知ら ないようだったが。 ﹁かつての桐条と、あなた達との関係。それを知りたくて、私はここに 来ました。││彼に頼んで﹂ 氷川との会話の途中で、美鶴はチラリとあなたを見た。そうして、 氷川の視線も、あなたへと向けられる。 ﹁なるほど。調べて回るよりも、彼女から聞く方が早い。君はそう考 えたわけか﹂ あなたは、美鶴から聞くよりも、氷川から聞いた方が早いと思って いる。 現在の桐条についてはともかく、過去の桐条に関しては、美鶴より も氷川の方が持っている情報が多そうなのだ。 何かと怪しい、10年前に〝桐条〟の造った人工島で発生した事 故。そして、その人工島にある〝桐条〟出資の学園が、0時にタルタ 475 ロスへと変化すること。 そんなところに、東京受胎を起こした氷川の所属している教団が関 こうえつ わっていたとなれば、疑わない方がどうかしている。 ﹂ ﹁桐条宗家の先代当主、桐条鴻悦。彼が何を望んでいたのか、どんな欲 望を抱いていたのか。君たちは、それを知っているかね 集め、シャドウの持つ時間や空間に干渉する能力を利用しようと考え を意のままにする力を求めたと⋮⋮。そのために、大量のシャドウを ﹁〝時を操る神器〟。時の流れを操作し、障害も例外も排除して、未来 どだろうか。 フィクションでそんな人物が欲するものの定番と言えば、不老不死な 富も名誉も有り余るほど手に入れ、その財力によって権力も自在。 らいだ。 代で巨大なグループにまで成長させた天才的な経営者であることく 知っていることと言えば、単なる一企業に過ぎなかった桐条を、一 あなたは、美鶴の祖父でもある桐条鴻悦との面識はない。 ものだ。 〝君たち〟と呼びかけてはいるが、氷川の言葉は美鶴に向けられた ? た。そう、聞いています﹂ 美鶴の言葉に、氷川もあなたも、大きく反応はしなかった。 時を操る。人間の望みとしては、なかなかに大きい。 理想の世界を創るために、〝前の世界〟を滅ぼした氷川や先生。そ んな人物を知らなければ、あなたはもっと素直に驚くことが出来ただ ろうと思う。 氷川の場合は、もともと知っていたのだろう。だが、彼はゆっくり と首を横に振って見せた。美鶴の話した内容を否定する仕草だ。 ﹁オルフェウスだったのだよ。彼は⋮⋮﹂ 美鶴の眉が寄る。氷川のセリフの意味を考えているのだろう。 〝オルフェウス〟││ギリシャ神話に登場する詩人。毒蛇にかま れて死んだ妻を追って冥府に降った、竪琴の名手だったはずだ。 ついこの間まで、琴音が呼び出していたペルソナの名前でもある。 琴音のオルフェウスは、召喚者に合わせて女性型であったが。 のを手に入れた男。そんな彼が最後に求めたものは、早くに死に別れ た自身の妻であった、ということだろうか。 よくあるとは言わないが、分かりやすい話ではある。そんな心の隙 間に、宗教が入り込んだところまで含めて。 ﹁〝時を操る神器〟。それがあれば、出来ると思わないかね 死者 過去にあった妻の死を無かったことにし、先に待つ老いによる死す の蘇生。そして、永遠の命。どちらもよく知られた人の欲望だ﹂ ? 476 そういえば、オルフェウスはあなたに話しかけて来なかった。かつ ﹂ ての仲魔にはいなかったからだろうか。 ﹁どういう、意味でしょうか そして、その気持ちをあ ? 富も名誉も権力も、人の身で手に入れることの出来るほとんどのも なた達に⋮⋮﹂ は、お祖母様との再会を求めていた、と ﹁祖母は、早くに亡くなったと聞いています。桐条鴻悦は、私の祖父 らから働きかけたと言う方がより近い﹂ た。⋮⋮いや、この言い方は正確ではないな。そうするように、こち ﹁そのままだ。彼は、亡くなった妻を求めてガイア教団に接触して来 ? らも乗り越える。時を操ることが出来るのなら、確かに可能かもしれ ない。 美鶴は黙っている。無言で、氷川の言葉の続きを待っている。 ⋮⋮桐条鴻悦がいなければ、カグツチは生まれな ﹁桐条から得た資金。あれが無ければ、我々は敗れていただろう。│ │わかるかね かったということだ﹂ これは、あなたに向けたものだ。 アマラの深界で、喪服の淑女が話していたことを思いだす。 東京受胎を計画していた氷川。そんな彼を止めようとする者は、対 立する集団や、国の部隊、果ては同じガイア教団の内部からさえも現 れた。それらの者たちを悪魔の力で殺して、氷川は計画を推し進めた のだ。 ﹄ あなたは、そう聞いている。 ﹃どういうことだ ですか ﹂ ﹁資金の見返りは⋮⋮。あなた達は、かつての桐条に、何を提供したの それを聞いた美鶴は、手を握りしめ、歯を食いしばる。 だけを美鶴に伝えた。 桐条から流れた資金が、裏社会の抗争に使われた。あなたは、それ 美鶴からの通信だ。 ? て見せた。 視線があなたに向く。しかし、氷川の冷たい瞳の中からは、何の感 情も読み取れない。 ﹁君が連れて来たのだ。私は役割に従うとしよう。││桐条エルゴノ モルモット ミクス研究所に、我々は君たちがシャドウと呼ぶ悪魔を渡していた。 つまり、研究用の生 贄だよ。⋮⋮もっとも、最後には、桐条が独自に 調達を始めてしまったがね﹂ シャドウには、通常の武器は通用しない。銃も剣も、ミサイルも、無 意味なのだ。 だから、 ﹁ペルソナ使いだけがシャドウと戦える﹂と理事長は言って 477 ? 美鶴からの質問を受け、氷川は口元に手を当てて考える素振りをし ? いた。しかし、桐条グループが抱えているペルソナ使いは少ない。 美鶴が知らないペルソナ使いが大量に居たのでなければ、〝大量の シャドウを集める〟ことは、非常に困難なのだ。 桐条グループだけでは。 だが、悪魔ならば、悪魔使いならばシャドウを捕獲できたのだろう。 悪魔とシャドウ、どちらも情報としての性質を強く持った存在だ。 悪魔を召喚、使役する力を持った氷川のような人物の協力があれ ば、それも可能となる。 ・ 氷川は、今も悪魔を呼べるのだろうか。 ・ ﹁前の話だ。今は出来ない。ここは、そういう世界になった。⋮⋮私 が話したことも、私の中に残されていた記憶に過ぎない。前の話だ﹂ あなたの考えを見透かすように、口にしてもいない疑問の答えが 返って来る。 〝前の話〟では、美鶴には意味がわからないだろう。だが、上手く 478 説明する方法を思いつかない。 だから、そのうち話せるようになったら、と伝えるしかなかった。 ﹁では、祖父は、桐条鴻悦は、なぜ、ああなってしまったのでしょうか オルフェウスであったと言われた祖父が、どうして変わってし 気の荒い者が何度か脅しに向かったが、桐条の生み出した兵器によっ 始めた。もはや、カルトの力は必要ない、というわけだ。教団内でも ﹁先ほども話したが、桐条はその頃から独自にシャドウの確保を行い 一度言葉を切ると、氷川は足を組み替えた。 て、桐条と我々との関係は悪化した﹂ 精神を移す方法を開発したと。││だが、その知らせからしばらくし の目途はついたと聞いている。人の身体よりも遥かに強固な肉体に、 ﹁我々と桐条の取引は数年間続いた。そして、永劫の命、これについて は無い。 何度か詰まりながら話す美鶴。そんな彼女を見る氷川の顔に、表情 魅入られてしまったと﹂ 研究は、途中からおかしな方向にねじ曲がって行ったと。⋮⋮破滅に まったのか。⋮⋮お父様に、父に聞いてきました。祖父は⋮⋮祖父の ? て全て退けられてしまった。⋮⋮そこで、教団は桐条から手を引い ﹂ た。他 に も 争 う 相 手 が い た の で ね。桐 条 と ま で 戦 っ て は い ら れ な かったのだよ﹂ ﹁わからない、ということでしょうか ﹁正確なところは、不明だ。ただ、推測は出来る﹂ ミ ナ ル 氷川の右手が、左手に巻き付けている数珠をもてあそぶ。そして、 ター ついと顔を背後に向けた。 そこは、かつてアマラの転輪鼓が置かれていた場所だ。 ﹁知ってしまったのだろう。世界の行く末を。必ず訪れる運命を見て しまった者の絶望を、私は知っている。死から逃れることが叶わない のならば、いっそ自らの手で、と考えたのではないかね﹂ ﹁あくまでも推測だ﹂と再度付け加えると、氷川は立ち上がった。 どうやら、今日の話はここまでのようだ。 ﹁ありがとうございました﹂ ﹁私は、与えられた役割に従っているに過ぎない﹂ 頭を下げる美鶴に、礼は必要ないと告げる氷川。 彼の役割とは、なんなのだろう。あなたがその疑問を口にするより も早く、氷川は部屋から出て行った。 慌てて追いかけてみるが、外の通路にはもうその姿は見えない。煙 のように、何処かに消えてしまった。 実は物凄い速さで走って行ったとか、隣の部屋に隠れているとか だったら、面白いのだが。もしそうなら、少し見直してしまう。 ◇ ◇ ◇ 氷川が去った後、少し考えたいと言う美鶴に付き合って、新宿御苑 付近のカフェで数時間。気が付けば夕方だ。 ﹁送って行こう﹂と言われたあなたは、その提案にうなずいた。美人と のタンデムは、悪くない。 出来れば後ろに乗ってもらいたいところだが、免許が無いのでは仕 方が無い。 479 ? ﹃運転中にからかわないでくれ。危険だ﹄ 前に座る美鶴の顔は、見えない。 ﹄ たぶん、キリッと真面目な顔をして言っているのだろう。 ﹃バイクの免許が取りたいのか 興味が無いと言えばウソになる。 あなたにも、そういった物に憧れる男子高校生な部分は残っている のだ。 それに、特別課外活動部の活動もしやすくなりそうだ。〝黄昏の羽 根〟内蔵仕様のバイクが手に入るかはわからないが。 ﹃そうか⋮⋮。なら、夏休みにでも取って来ると良いかもしれないな。 学園の方には、こちらから話を通しておく。バイクは⋮⋮実は、もう 1台あるんだ。別邸に隠してある﹄ やはり、美鶴はバイクが好きなのだろう。さっきまでは眉間にシワ がよりそうな雰囲気だったが、今の声はかなり嬉しそうだった。最後 の方などは、少し悪戯めいた調子だ。 ﹄ ﹃ああ、そうだ。ついで、と言うと申し訳ないのだが、君の御家族に挨 拶して行っても良いだろうか 遊びに来る、と言うことなら歓迎するが、家族に挨拶したいとはど ういうことなのか。 あなたは、その疑問を素直に伝える。 ﹃シャドウにタルタロス⋮⋮命がけの活動だ。本当は、寮の皆の御家 族には、事情を説明しておくべきだ。だが、そうするわけにもいかな い。だから、せめて、と思って皆にも聞いてみたのだが⋮⋮﹄ 真田は孤児だ。今の養親のところには、顔を出してほしくないと断 られた。荒垣も同様らしい。 岳羽と美鶴は、微妙な仲だ。10年前の事故のせいで、岳羽の父親 は亡くなり、岳羽とその母親は、世間の非難を浴びて転々とする生活。 琴音には、もう身寄りは無い。 伊織については、資料を読む限りでは、会って欲しくはないだろう。 アルコールに依存して、暴力を振るう父親など、他人に見せたくはな いはずだ。 480 ? ? あなたの場合は、一度両親を世界ごと亡くしている。そして、同じ ﹄ く世界ごと蘇生させてもいる。それについて、認識している者はほと んどいない。 ﹃どうだろうか⋮⋮ ﹄ をひとつ吐いた。 あなたは、ゴーグルの上に手を置いて目を隠した。そして、ため息 とても、断り辛かったのだ。 あなたの返事を聞いた美鶴の声は、弾んでいた。 ﹃そうか 断り辛い。 あなたの家庭環境には、一見して特に問題は無い。だから、とても でいるようだ。 他の部員から、軒並み断られている部長の声は、若干の不安を含ん ? 昔から、頼まれるとなかなか断れない性分なのだ。あなたは。 481 ! 親たちの祝日 5月4日︵月︶ 夜 あなたの家 リビング リビングには、何故か奇妙な緊張感が漂っていた。 四 角 い テ ー ブ ル を 挟 ん で、向 か い 合 う よ う に 置 か れ た 2 つ の ソ ファー。その一方にはあなたの両親が、もう一方にはあなたと美鶴が 座っている。 スクーターの2人乗りで帰宅したあなたは、転校先の学校の友達が 遊びに来たと両親に伝えた。 あなたの両親は、それを聞いて嬉しそうな表情だった。急に転校し た息子が、行った先で上手くやれているようで良かった、と。 ﹁桐条美鶴と言います。息子さんには、いつもお世話になっておりま す。急な事でしたので││﹂ あなたの新しい友人の顔を見ようとした両親に、美鶴が恐ろしく丁 寧なアイサツを始めるまでは。 美鶴は、軽く自己紹介、急な来訪についての詫び、学校で〝いかに あ な た に 良 く し て も ら っ て い る か 〟 な ど を 至 極 礼 儀 正 し く 語 っ た。 ただし、傍目にわかるほど緊張した様子ではあったが。 ﹃仕方が無いだろう⋮⋮。社交の場というわけではなく、友人の御家 族と話をする機会は、あまりないんだ﹄ おそらく、ほとんど無かったのだろうと推測できる。もっと改まっ た場面でなら、いくらでも機会があったのだろう。 いわゆる上流階級な学校に通っていれば、美鶴にも話しやすい友達 が出来たと思う。 ただ、月光館学園はそれほどお上品な場所ではない。普通の生徒か らすると、〝桐条〟美鶴は別世界の住人なのだ。この間、時任亜夜に ついて聞いた時など﹁時任さんからも、最初は雲上人などと呼ばれた ⋮⋮﹂と思い出してしおれていたくらいである。 482 つまり、桐条美鶴は友達が少ない。だから、一般的な友達付き合い はい、そうですね。昼は大体いつも一緒に食べています。教 について、良く知らないのだ。 ﹁え 室の席が近いので、こう机をくっつけて││﹂ あなたの母親が、あなたの学校での様子などを美鶴にたずねてい る。 それについて、美鶴は身振り手振りを交えつつ、特に問題なさそう な受け答えをしてくれた。例の妙なウワサを家族にまで広めるつも りはないようで、そこは一安心である。 昼休みについてはその通りなので、あなたもうなずいておく。 いつも、とはいきませんが、週に3日ぐらいは同席し 前の学校に居た頃のあなたは、よく千晶と一緒に昼食をとってい た。 ﹁夕食ですか である。 る。あなたの父母は、昔から仲は悪くないのだ。むしろかなり良い方 わせた。あなたの父と母は、目と目で語り合っているようにも見え 美鶴の返事を聞いた両親は、ひどく驚いた表情を浮かべて顔を見合 最近のあなたは、親とあまり口をきいていないのだ。 いない。 なお、あなたは両親に対して、4月以降の生活の話をほとんどして 共にする機会は少ないのだが。 美鶴の場合はその用事が多いので、真田や琴音、岳羽よりも食事を いるわけではないので、何か用事でもなければそうなる。 寮が同じなので、朝夕の食事も同じになることは多い。嫌い合って そんな彼女に、あなたは無言で首を縦に振って見せた。 うにあなたを見る。 美鶴はそれに対して少し考える素振りし、言葉の途中で確認するよ 昼食の様子を聞いた母親は、美鶴に対してさらに質問を重ねた。 ていますね。朝は、時々││といったところでしょうか﹂ ? その2人は揃ってあなたを見て、千晶のことはどうなのだと聞いて 来た。 483 ? 意味がわからない。千晶は、千晶だ。 あなたは、両親からの質問に首を横に振って見せた。彼らは一体何 が聞きたいのか。 ここに居ない人物の話題。しかも、今日初めて遊びに来た美鶴が良 く知らない相手のことである。少しばかり失礼だろう。 ﹁いや、構わないさ。私に気を遣わないでくれ。君と橘さんの昔話は、 いくつか教えてもらった。まったく知らない顔でもない﹂ そういえば、お互いの友人について話したことも何度かあった。 美鶴の話題は、主に斉川菊乃という美鶴付きのメイドについて。 あなたの場合は、やはり幼馴染ということもあってエピソードの多 い、橘千晶との話が多かった。 よく話に聞いています、というヤツだ。 あなたと美鶴のやりとりを見た両親は、顔をうつむかせ、首を左右 にゆっくりと振って見せた。あなたもたまにする仕草だ。 いえ ││そうですね。どう言葉に こちらこそ、今後とも宜しくお願いします﹂ ! 484 少しして、顔を上げた父親が美鶴に質問をした。ひどく真剣な表情 だ。 ﹁あ、はい。彼との関係、ですか⋮⋮ い。 なるほど、確かに命を預け合う間柄である。特に否定する要素は無 た。 そのときは、現場リーダーであるあなたの指示に従うとも言ってい 振るいたいのだと。 材が現れれば前線に出たいと言っていた。本当は、今すぐにでも剣を 今は後方からのバックアップが主な美鶴だが、今後それに代わる人 頼るところは大きい。 シャドウとの戦い。それは命がけのものだ。美鶴のナビゲートに 聞かれた美鶴は、少し考えてそう答えた。 しょうか﹂ したら適切なのか⋮⋮背中を、命を預け合う関係、といったところで ? あなたは黙って目を閉じた。沈黙による肯定である。 ﹁あの⋮⋮ ? あなたの親たちが、美鶴に向かって揃って頭を下げている。今後と も、私たちの息子をよろしくお願いします、と。 急にそんなことをされたので、美鶴も慌ててそのまま返してしまっ ているようだ。 一体何がしたいのだろうか。この父母は。 そんなやりとりがあった後は、また学校のことなどをきっかけとし た話が続いた。 会話の主役は美鶴だ。間に夕食を挟んだあとは、かなり打ち解けた ようで、彼女とあなたの両親の話題は、いつしか政治や経済などに 移って行った。 美鶴にしてみれば、テレビ番組や最近の流行りなどよりは、そちら の話題の方が得意だ。あなたの両親にとってもそれは同じ。 桐条美鶴は、同年代よりも社会人との会話の方が楽なのだろう。 そんなことを考えながら、あなたは美鶴の隣の席で黙って腕を組ん でいた。特にすることがないのだ。 ﹃その⋮⋮すまないが⋮⋮﹄ と、あなたの頭の中に美鶴の声が届いた。なにごとかと彼女を見れ ば、どこかモジモジとした様子。 状況を察したあなたは、無言で立ち上がると、ドアを開けてトイレ の場所を教えた。 ふと視線を感じて振り返ると、両親があなたをじっと見つめてい る。ただそれだけで、何も言ってはこない。 言いたいことがあるのなら言えば良いのに。そう思わなくもない。 だが、親子が気軽に会話が出来ない状態を作っている原因は、主に あなたの側にある。文句を言えた義理ではない。 ﹁失礼しました。それと、長居してしまったようで申し訳ありません。 夕食まで御馳走になってしまって⋮⋮﹂ 戻って来た美鶴の言葉に時計を見ると、もうそれなりに遅い時間 だ。たしかに、そろそろ帰った方が良い。 特別課外活動部のこともあって、寮のメンバーとは、深夜まで話し ていることが普通になってしまっていたようだ。 485 あなたの母親と、美鶴は帰り際によくありそうなやりとりをしてい る。ロクなおもてなしもできませんで、とかいうアレだ。 あなたに向かって、送って行った方が良いのではないか、と父親が 言って来た。 しかし、美鶴はバイクで来ている。それに加えて大概の相手よりも 強い。 と 後者は親には話せない内容なので、告げることは出来ないが。 ﹁いえ、ご心配なく。それでは、失礼します﹂ ヘルメットをかぶり、ハンドルを回す美鶴。 それを見送ろうとしたところで、やはりちゃんと送って行け あ な た の 両 親 が 強 い 調 子 で 言 っ て 来 た。最 近 の 東 京 は 物 騒 だ か ら、 と。 東京は前々から比較的物騒である。代々木公園の暴動で大量の死 者が発生するくらいには。 それでも、シャドウがうろつく港区よりはマシなはずだ。話すこと が出来ないのがもどかしい。 言った。 ﹂ それはまあ、美鶴の家、というよりも桐条の屋敷であれば、急な来 客程度は問題ないだろう。とはいえ、さすがにそこまでは甘えられな い。 あなたは両親の顔を順に見た。そして、頭の後ろをかく。本当に、 何を考えているのだろうか。 そんなことを口の中でモゴモゴとぼやきつつ、スクーターに設置さ れた後部座席に座る。 まったく、手間を増やしてしまって申し訳ない。 ﹁ふっ⋮⋮いいじゃないか。少しうらやましい﹂ あなたが膝を使って美鶴の腰を挟むようにすると、彼女は小声でそ 486 ! 送ると言っても、美鶴の後ろに乗って行くだけになってしまう。正 なんだったら、ウチに泊まって行くか 直、格好がつかない。帰りは電車でなんとかなるが。 ﹁どうするんだ ? あなたと家族のやりとりを見ていた美鶴が、からかい半分にそう ? んなことをつぶやいた。 何が、と聞き返す前に、スクーターは夜の東京へと走り出す。 5月に入ったが、夜の空気はまだ少し肌寒い。2人とも氷結に対す る耐性があるので、特に苦にはならないが。 桐条の屋敷が見える場所までやって来た。 しかし、美鶴はそこでスクーターを止め、動こうとしない。 ﹁弱 っ た な ⋮⋮ 脱 け 出 す こ と し か 考 え て い な か っ た。な ん と 言 っ て 帰ったらいいのか⋮⋮﹂ なんというか、決まりが悪くて帰るに帰れない家出娘のようであ る。 美鶴なら問題ないと思っていたが、実はこんな罠があったとは。 ﹁ああ、すまない。近くの駅まで送ろう﹂ 送って来ておいて、また送られていたのでは世話が無い。 とりあえず、この家出娘を家まで送り届けないと何をしに来たのか ││そ 487 わからないではないか。 口にはしないが、美鶴の心の中では、お父様に怒られる、どうしよ う、どうしよう、となっているのかもしれない。 ﹁そんなことは⋮⋮⋮⋮﹂ あなたがそう言ってみても、強く否定して来ない。さっきからかわ れた仕返しは完了だ。 とりあえず、あなたは例の斉川菊乃に電話をしてみることを勧め た。スクーターを貸してくれたそのメイドと話が出来れば、何かしら の進展が期待できそうだ。 〝桐条〟であれば、電話程度は押さえているかもしれないが、その 時はその時だ。何かしらの変化はあるだろう。 ﹁そうだな。そうしてみよう﹂ ││お父様も いつもとは違うケータイを取り出した美鶴の顔は、突破口を見つけ もう見えて⋮⋮ 電話の相手と話すほどに、美鶴の声のトーンが暗くなって行く。状 ? た嬉しさに満ちていた。最初だけは。 ﹁ああ、菊乃││何 ? うか││ああ││ああ││わかった⋮⋮﹂ ? 況は、あまりよろしくないようだ。 電話を終えた美鶴の眉が、申し訳なさそうに下がっている。彼女 は、あなたを見ながらこう言った。 ﹁父が会って話をしたいそうだ。君と﹂ 桐条美鶴の父親。日本の就労人口の2パーセントを抱える桐条グ ループの総帥、桐条武治。美鶴よりも確実に多くを知っているはずの 人物だ。 こんなところで話す機会を得られるとは思ってもいなかった。あ りがたい。 氷川との会談では、イロイロと新しい話が聞けた。ただ、一方から だけの話しでは内容が偏ってしまう。 だから、桐条側からの情報も欲しいと、あなたは考えていたのだ。 ◇ ◇ ◇ 桐条家 東京別邸 日本各地どころか、世界中に桐条家の別邸があるそうだ。その全て が、相当な規模の屋敷であるらしい。 それらのほとんどは、美鶴の祖父が建てたもののようだが、どうし てそこまで必要だったのだろう。金持ちの考えは、よくわからないも のである。 ﹁はじめまして。お嬢様の御傍御用を仰せつかっております、斉川菊 乃と申します﹂ ビクつく美鶴の背を押すようにして、桐条家の〝別邸〟の玄関をく ぐる。すると、あなたを本物のメイドが出迎えてくれた。 本物と言うか、本職である。美鶴から話は聞いていたが、実物を見 るとなんとも感慨深いものがある。 メイドは実在したのだ。 本当は結構な人数が働いているらしいが、今は美鶴の幼馴染であり 親友でもある斉川菊乃の1人だけである。影時間絡みの話が待って 488 いるからだろう。 どうせなら、ずらっと並んで出迎えてもらうアレも見てみたかっ た。そのうち機会があると嬉しいのだが。 ﹁申し訳ありません、お嬢様﹂ ﹁いや、お父様に問われては仕方ないさ﹂ あなたがメイドについて思いを馳せている横で、美鶴と斉川は短く 言葉を交わしていた。 斉川が美鶴に謝っている。どうやら、美鶴に頼まれていた何事かが 上手く行かなかったようだ。 そして、その原因は桐条武治。桐条家の当主が出て来ては、美鶴付 きのメイドが敵うわけもない。 ﹁奥の部屋でお待ちです。こちらへどうぞ﹂ 斉川に先導される形で、あなたは屋敷の奥へと歩く。 隣の美鶴は、どこに向かっているのかわかっているのだろう。今は 足を進めながらこれから話す内容を考えている様子だ。言い訳を考 えているとも言う。 しかし、広い。これだけの屋敷を建築し、維持する費用はどれほど だろう。 いろいろと考えてみても、場合によっては意味がなくなってしま う。とりあえずは、まさかの事態に備えて屋敷内の道順を把握してお こう。逃げる必要が出てこないとも限らないのだから。 あなたは、マガタマを埋め込まれたこととは関係なく、昔から建物 の内部構造を把握することが得意だ。脳内で地図を描くことが出来 るくらいに。 ﹁こちらです﹂ 斉川が立ち止まり、扉をノックする。ここに桐条武治がいるよう だ。 ﹁入れ﹂ 部屋の中から聞こえて来た返事は短かった。そうでありながら、そ の声の持ち主が命令することに慣れている人物なのだとハッキリわ かる。 489 あなたの知り合いにも多いタイプだ。高位の男性悪魔には、こんな 感じの話し方をするものがそれなりに居た。プライドが高いヤツが 多く、扱いが面倒だった記憶がある。 ﹁それでは、私はここで⋮⋮﹂ 深く丁寧に礼をして、斉川は後ろに下がった。部屋の中には入らな いらしい。ここから先は、メイドが聞く話ではないということだ。 美鶴が、一歩進み出た。そして、部屋の扉を開ける。 ﹁お父様⋮⋮﹂ ﹁君が、新しく見つかったペルソナ使いか。幾月から話は聞いている。 イロイロとな⋮⋮﹂ 桐条グループ総帥、桐条武治。事前に調べて知ってはいたが、彼は 本当に眼帯をしていた。何故かこちらを睨み付けて来るその片目は、 迫力があると言えばあるのだろう。 ﹂ ただ、桐条武治のそれからは、戦う力が感じられない。同じ片目で そう﹂ そう言うと、武治は室内のソファーに腰を下ろすように手で示し 490 あれば、オーディンの視線の方が遥かに圧力を持っていた。 じか ﹁美鶴。なぜ直に私に問わず、裏から探るような真似をした ﹁⋮⋮申し訳ありません。ですが⋮⋮﹂ やはり目つきがキツイ。 ﹁美鶴からは、どこまで聞いている ││元々、こちらは君たちに対 次に武治は、その隻眼をあなたへと向けた。最初もそうだったが、 気がする、だけではあるが。 くわかる気がする。 あなたの家もまた、桐条家のことを言えない状態だから、なんとな 人間関係というのは、これだから難しい。 嫌いなワケでは無い。その逆なのだ。 で父親の話が出ると、すごく嬉しそうに話すのだ。 うにも、父親相手にはハキハキと話せないらしい。しかし、雑談の中 桐条武治の視線を受けた美鶴は、言葉を途中で止めてしまった。ど ? して隠すつもりはない。重なるところもあるとは思うが、最初から話 ? た。 その声は不機嫌なようにしか聞こえないが、この男はいつもこうな のだろうか。わけもわからずそんな態度を取られると、少しばかりイ ラついてしまう。 ﹃すまない。私のせいだ⋮⋮。私が勝手な行動を取ったせいで、お怒 りなのだろう﹄ 美鶴がそんな父親をかばった。 彼女に頭を下げられてしまったのでは、仕方がない。とりあえずは 流すことにしよう。 あちらでの話はおおよそ聞いているが⋮⋮その、 ﹁話の前に、1つだけ確認しておきたいのだが⋮⋮。き、君は美鶴とど ういった関係だ だな⋮⋮﹂ どこかで聞いた覚えのある質問だ。 あなたは少し考えて、それがいつ聞いたものだったのかを思い出 す。そして、先ほど似たようなことを訊かれた時の美鶴と同じ答えを 返した。 ﹂ ﹁そ、そうか⋮⋮。命を⋮⋮。そこまで、か⋮⋮。││美鶴、おまえも 同じ気持ち⋮⋮なのか 理解できないのだろう。 やはり、桐条武治は巨大企業の支配者。命がけで戦う者の気持ちは である。 に毎晩のように挑んでいるのだ。共に戦う仲間同士、当たり前の関係 特別課外活動部として、シャドウと、シャドウが巣食うタルタロス るのだろう。 向こうでのことは聞いていると言っていたのに、一体何を驚いてい 様子だ。あなたと美鶴の顔を交互に見て、身体全体を震わせている。 そんな娘の返答を見た武治は、なぜか目を大きく見開いて動揺した ど言ったことなのだから、当たり前と言えば、当たり前なのだが。 聞かれた美鶴は、当然とばかりにうなずいている。美鶴自身が先ほ ? ﹂ ﹁ただの噂と考えていたが⋮⋮。やはり、あの映像が、正しかったのか ⋮⋮。くっ、美鶴 ! 491 ? ﹁は、はい ﹂ ﹂ ﹁⋮⋮いや、なんでもない。なんでも、ない、のだ⋮⋮﹂ ﹁お父様⋮⋮ を自在とする装置だ。 ・ ・ ・ それは、時の流れを操作し、あらゆる困難を事前に取り除き、未来 る神器〟とされていた。 桐条鴻悦がそうしてまでも造り上げようとしていた物は、〝時を操 引によって人倫すらもすり減らされた。 莫大な費用、人員、時間が費やされ、そして非合法な闇組織との取 をかき集める。 いた人材を集め、大量のシャドウと見つかっている限りの黄昏の羽根 総帥の肝いりで出来たエルゴ研は、世界中から特殊な研究を行って 研究所、略して〝エルゴ研〟を立ち上げた。 それらを利用出来ないかと考えた桐条鴻悦は、桐条エルゴノミクス も。 や氷を生み出す力の他にも、時間や空間に作用するようなものまで シャドウや黄昏の羽根には、様々な特殊な力がある。炎に電撃、風 いた内容と同じだった。 そこから始まった武治の説明は、おおよそ今までに美鶴から聞いて ところから始まった││﹂ であった桐条鴻悦が黄昏の羽根と、シャドウについての研究を始めた ﹁⋮⋮本題に、入ろう。ことは今から14年前、私の父で、桐条の先代 桐条グループの未来が心配だ。 る。 本当に何なのだろう、このオッサン。情緒が不安定過ぎて扱いに困 もない。 みつけて来る。しかも、その目が微妙に涙ぐんでいるように見えなく そんな、わけのわからない行動を取った直後、今度はあなたをにら す武治。 突然大声を出して驚かせたかと思えば、呼んでみただけだと言い出 ? 少なくとも、最初はそんな話になっていた。 492 ! だが、桐条鴻悦はどこかで狂ってしまったのだ。それは、息子であ る武治の目からは、とても深い虚無感を抱えているように見えたとい う。 そして、その研究の最終段階で〝暴走事故〟が発生してしまった。 タロットの﹃魔術師﹄から﹃刑死者﹄までのアルカナに当てはめ、カ テゴライズされ集積された12のシャドウ。それらを更に合体させ ようとして失敗してしまったのだ。 集められたシャドウの力が暴走し、大爆発を起こした。それが、〝 10年前の事故〟の本当の原因。 その事故の発生地点に残されたのが、〝タルタロス〟。実験は、1 0年前の月光館学園で行われたのだ。 ﹁│ │ 毎 晩 0 時 に 発 生 す る 〝 影 時 間 〟。そ れ も ま た、そ の 日 か ら 始 まった⋮⋮﹂ ここまでは、知っている話の再確認に過ぎない。 493 あなたがそのことを告げると、武治は大きくうなずいてみせた。 ﹁まもなく、12時か⋮⋮。丁度よい、のだろうな⋮⋮﹂ どうやら、まだ続きがあるようだ。 横に座っている美鶴に目をやると、ゆっくりと首を横に振ってい る。武治がこの他に何を話そうとしているのか、彼女にもわからない ようだ。 そんなあなた達の様子を、武治はどこか渋い表情で見ていた。しか し、今度は先ほどのように取り乱したりしない。そして、何かの機械 のリモコンを取り出し、操作し始めた。 と、世界の色が変わる。影時間が訪れたのだ。 港区でなくても、いや、世界中のどこに居ても、影時間はやってく る。隠された時間の存在を自覚した人間のもとに。 おぼ 武治の操作によって、壁にかけられていた大型スクリーンに電源が 入る。画面に男性と思しき影が映しだされた。どうやらこれも、影時 ﹂ 間にも稼働する〝特別製〟の装置らしい。 ﹁お父様⋮⋮これは ﹁これは、現場に居た科学者によって残された、事故の様子を伝える唯 ? 一の映像だ。その科学者の名前は、岳羽詠一朗⋮⋮事故当時のエルゴ 研の主任研究員だ﹂ 岳羽詠一朗。あなたと同じ寮で暮らしている、岳羽ゆかりの父親の 名前だ。 岳羽とその母親が、父親の起こした事故の件で周囲から激しく責め られ、住居を転々と変えていたことは聞いている。以前、真田が話し てくれた。 ﹃こ の 記 録 が ⋮⋮。心 あ る 人 の 目 に 触 れ る こ と を ⋮⋮ 願 い ま す。僕 は、とんでもない過ちを犯してしまった。成功に目がくらみ、ご当主 の計画を利用して⋮⋮愚かなことを││﹄ 映像の中で、岳羽詠一朗は語った。 記録を残している時点では、もう大規模な被害が発生することは避 けようがないこと。 事故の原因を作ってしまった、せめてもの罪滅ぼしとして、命を捨 494 ててこの映像を残そうとしていること。 集められたシャドウの大半が、暴走によって発生した爆発によって 飛び散ってしまったこと。そして、それによって後々に発生する現象 を終わらせるには、それらを全て消し去るしか方法がないことを。 ﹃││すべて、僕の責任だ。本当に、すまない⋮⋮﹄ そこまで話したところで、爆発が発生し、その炎と煙の中に岳羽詠 ﹂ 一朗の姿は消えた。彼がどうなったのかは、言うまでもない。 ﹁飛び散ったシャドウ⋮⋮ 側の対応には、一応の根拠があったと言った程度だ。 となると、今の映像からわかったことは、暴走事故当時の〝桐条〟 いる。だが、それにしても確証のあるものではない﹂ ﹁おそらく、この実験に使われたシャドウのことだろう、と考えられて いるのではないだろうか。そうなると実質的には排除不可能だ。 単純に、全てのシャドウということになると、それはもう世界中に のかはわからない。 爆発によって飛び散ったシャドウを消せと言われても、それが何な 口元に手をやって、美鶴がつぶやいた。 ? 内容を聞く限りでは、まず桐条鴻悦の研究があり、それに岳羽詠一 朗が何らかの手を加えた結果として、〝10年前の事故〟が発生した と判断できる。 シャドウに関する内容が含まれているので公表は出来ないが、岳羽 詠一朗本人が罪を認めているのだ。 ﹁彼は、実に有能な人物だった⋮⋮。それを見出して利用し、こんな状 況にまで追い込んでしまったのは、桐条グループだ。父は⋮⋮一体な にを考えていたのか⋮⋮﹂ そう言うと、武治は眉をよせ、目を閉じた。 そんな父親に向かって、美鶴がおずおずと声をかける。 ﹁あの、お父様⋮⋮。そのこと、なのですが⋮⋮﹂ 目を開き、美鶴を見る武治。 美鶴は、一度深呼吸をする。そして、氷川から聞いたことを武治に 話した。 事故前の桐条と取引していた立場から見た、桐条鴻悦のことを。 ﹁オルフェウスか⋮⋮。そうか、母のことを⋮⋮。だとしたら、その原 因は、私にも⋮⋮﹂ 話を聞き終えた桐条武治は、額を抑えて考えに沈んでいる様子だ。 これはどうも、席を外した方が良さそうな気がする。そう考えたあ なたは、美鶴に小声でトイレの場所をたずねた。 ﹁⋮⋮仕方ないな。こっちだ﹂ 物思いにふける父親の邪魔をしないように、美鶴はそっと席を立っ た。そして、静かにドアを開ける。 美鶴の後ろを歩いて、桐条家の屋敷の廊下を進む。そこに並んだ窓 の向こうには、影時間特有の巨大な月が浮かんでいた。 月がかなり満ちて来ている。満月まで、あと3,4日といったとこ ろだろうか。 ﹁気を遣わせてしまったようだな﹂ あなたがトイレから戻ると、桐条武治は元に戻っていた。いや、最 初にあったキツイ気配が、若干和らいでいるようにも感じる。機嫌が 悪い状態が治ったのだろうか。 495 室内の雰囲気は、一段落着いたといった様子になっている。 あなたは、そろそろ家に帰ると桐条親子に告げた。出来ることな ら、車でも出してもらえるとありがたいのだが、そこまでは口にしな い。 ﹁今日は泊まって行きなさい﹂ 武治は、あなたの肩を強くつかみながらそう言った。チラリと美鶴 の方を見た後で、さらにこう続ける。 ﹁君とは、他にも話さなければならないことがある。なに、幸いなこと に客室には余裕がある。遠慮はしなくても良い﹂ 桐条武治の機嫌が良くなったかと思ったのは、どうも勘違いだった ようだ。 あなたの肩に乗せられた武治の手が、プルプルと震えている。痛く はないが、どうにも帰らせてくれそうにない。 どうせ泊まって行けと言われるのなら、改めて美鶴から言われた かった。中年男性に言われても、まったく嬉しくない。 ﹁影時間が終わるな⋮⋮。君のことは、菊乃に頼もう﹂ あなたは、美鶴の言葉に首を大きく縦に振る。 斉川とは、もう少し話してみたいと思っていたのだ。別にメイドさ んだからではない。 496 5/5 こどもの日 5月5日︵火︶ 朝 桐条家東京別邸 客室 世界有数の規模を誇る巨大企業桐条グループの総帥、桐条武治。 そんな人物から脅すような口調で﹁屋敷に泊まって行け﹂と言われ てしまった。あなたは、屈辱をこらえてその言葉に従ったのだ。決し て、他の理由があるわけではない。 桐条宗家は、世界各地に屋敷を所有している。この東京の別邸もそ んな建物の1つだ。 ﹂ そして、桐条家の現当主は、その屋敷ごとにかなりの人数の使用人 を雇っている。 ﹁おはようございます。どうかなさいましたか 今、あなたに朝の挨拶をしてきた斉川菊乃も、そんなメイドの1人 だ。 寝具は豪華で、寝心地も悪くはなかった。だが、やはり慣れない場 所では快眠とはいかない。 日が昇り、外が明るくなったことを確認したあなたは、ベッドから 出た。そして、眠る前に渡された寝間着を脱ぎ、昨日の服装に着替え る。 部屋の中にいてもやることがない。おそらく、室内の装飾や調度品 などは大層な物なのだろうが、あなたはそれらに特に興味はないの だ。 ならば、屋敷内の様子をもう少し確認してみよう。そう考えてドア を開けたところ、目の前に斉川が立っていたのだ。 あなたは、部屋の前に誰かの居る気配には気付いていた。それも あって眠れなかったのだ。 だが、それは武治の配置した見張りか何かだろうと考えていたの で、少し驚いてしまった。 頭を下げている斉川に、あなたは朝の挨拶をする。それから、少し 497 ? 散歩をしたいと告げた。 ﹂ ﹁そうですか。では、ご案内させていただきたいと思いますが、よろし いでしょうか 質問の形を取ってはいるが、拒否しても意味が無い。 ペルソナ能力という特殊能力を持っていると考えている人物を、屋 敷の人間が好き勝手に出歩かせるわけが無い。監視役というヤツだ。 それが斉川なのは、〝事情〟を知っていて、かつ美鶴に近しい人物 を選んだのだろう。共通の友人である美鶴が居るので、あなたは斉川 に対して多少の親近感を持っている。 見張りと分かっていても、あまり不快ではない。 斉川の申し出を断ったら、彼女の代わりに他の形で監視が付くはず だ。もしかしたら、それはゴツイ黒服の男になるかもしれない。 切れ長の目とスラリとしたスタイルが魅力的なメイドさんか、ゴツ イ黒服サングラスマンか、どちらが良いかなど考える必要のない選択 だ。 ﹁それでは、こちらへ﹂ 斉川は、あなたの斜め前に移動し、腕全体で向かう先を示した。 あなたもまた、2,3歩前を歩く斉川に続いて歩く。夜は暗くてよ く見えなかったが、窓の外には立派な中庭があるようだ。 ﹂ 少し体を動かしておくのも良いかもしれない。 ﹁それは、影時間に備えて⋮⋮でしょうか ﹁私にも、資質が有ったら⋮⋮。お傍御用の役目は、本来は護衛も兼ね かべた。 あなたがそう話すと、斉川は辛そうな、そして悔しそうな表情を浮 とはあるだろう。 おこうという気持ちにはなる。身体能力は衰えなくても、勘が鈍るこ にぶ しかし、毎朝の鍛錬を欠かさない真田の姿を見ていれば、見習って ない。 あなたの場合は、練習をサボったからといって身体が下がることは 川。そんな彼女が、あなたの何気ない一言に反応して立ち止まった。 あなたに背を向けないようにと、身体を斜めにして歩いていた斉 ? 498 ? ているのに。││申し訳ありません﹂ 頭を下げて謝る斉川に、あなたは気にしないように伝えた。 斉川が美鶴の下に来てから、もう6年程になるらしい。美鶴からは そう聞いている。 友人として、従者として、斉川は美鶴と共に戦いたかったのかもし れない。 だが、斉川にはペルソナ能力が無い。それが先ほどの表情の原因な のだろう。 斉川と話してみるのも良いかもしれない。運動はいつでもできる が、彼女と話す機会はあまりないはずだ。 美鶴や武治とは違う視点から見た〝桐条〟の様子を聞くことも出 来るだろう。 ﹁タルタロスでのお嬢様の話、ですか⋮⋮。よろしいのでしたら、是 非﹂ と、失礼致しました⋮⋮﹂ その最終局面のくだりを話したところで、斉川の口調が大きく崩れ た。 499 あなたがシャドウとの戦いについて話そうかと提案すると、斉川は すぐにうなずいた。やはり気掛かりだったのだろう。 窓から見える中庭には、休憩用の椅子が置かれているように見え る。 話をするのに丁度良さそうだ。そう考えたあなたは、斉川にそこま での案内を頼むことにした。 あなたと斉川は、中庭の一角に置かれたベンチに並んで腰掛けてい る。 会話の主な内容は、斉川が知ることを許されている範囲でありなが ら、美鶴からは教えてもらえない情報だ。 美鶴は結果の報告はするが、途中にあった危険な出来事や、苦労し たことはあまり伝えていない。そして、弱音も吐かない。斉川が仕え バイクで体当たり るお嬢様は、意地っ張りの強がりなのだ。 ﹁はっ !? 4月にあった大型のシャドウ〝マジシャン〟との戦い。あなたが !? 気持ちはわかる。美鶴があんなことをしたせいで、次の日に周囲か ら誤解を受けてしまい。そこからウワサが大きくなっていったのだ。 とりあえず、琴音との件は置いておく。 ﹁お嬢様から、ある程度伺っております。その、学校でのことについて は⋮⋮。なんと言いますか、どうしてそんなことになってしまったの か、聞いているだけでは理解が出来ないような話ばかりですが⋮⋮﹂ どうやら、美鶴と斉川は頻繁に連絡を取っていたようだ。 しかし、まあ、学校でのアレコレは電話などで聞いただけではわか らないだろう。 あなた自身、当事者でありながらよくわかっていないのだから。本 当に、どうしてあんな話になってしまっているのか。 ⋮⋮私も皆とそう変わりませんよ。あなたのこと ﹁高校生ですからね。そういった話への興味が尽きないのでしょう。 ││私、ですか を話すお嬢様はとても楽しそうでしたので、本当にウワサだけなの かって⋮⋮。正直、少し疑っていました。ですが、話を聞かせていた だいて、なんとなくわかりました﹂ 目をつむり、微笑む斉川。彼女は、何がなんとなくわかったのか、ま では口にしなかった。 微笑みの理由は、おそらく、あなたの美鶴に対する態度にあるのだ ろう。 あなたがそう聞くと、斉川は小さくアゴを引いて見せた。その口か ら、笑いがもれる。 ﹁フフッ⋮⋮。頭を叩かれたことを嬉しそうに話し出した時は、もし や、おかしな趣味に目覚めてしまわれたのではないかって⋮⋮。同級 生どころか教師まで、必要以上に丁寧に接してくると言って悩んでい らっしゃったから。それで、なのでしょうね﹂ 桐条グループの影響力を考えれば、他の生徒や教師たちの態度の方 が普通だ。 あなたは、普通とは言えない。普通ではない経験が、誰かの下につ くことを拒否させるのだ。 しかし、このメイド。仕える相手がぞんざいに扱われていることを 500 ? 知って笑うとは、なんとも酷いメイドである。 ﹁失礼││そろそろ、朝食の時間になりそうですね﹂ あなたに一言断った後、斉川は懐中時計を取り出して確認した。 どうやら、あなたに与えられたメイドさんとの語らいタイムは、も う終了してしまったようだ。 しかし、ある程度打ち解けることは出来たようなので、これで良い だろう。桐条内部の人間との伝手は、あって困ることは無いはずだ。 お客さまの案内係に戻った斉川の後について、あなたは食事の場所 へと向かった。 ◇ ◇ ◇ 室内には、食事の音だけが響いている。 大きな部屋に、恐ろしく長いテーブル。その端と端に座る同席者た 501 ち。 などと言った光景を想像していたのだが、割と普通のサイズの部屋 に、普通の大きさのテーブルだった。 ぶあつ 変わった所と言えば、窓もなく、ドアも壁も他の部屋よりもかなり 分厚いところだろうか。 密談用の部屋、といった風情だ。内装は品の良い物だが、やはり閉 塞感を強く感じてしまう。 ﹁お食事はこちらで﹂と案内されたその部屋で、あなたは何故か桐条武 治と2人きりで朝食をとっている。 食事の内容は、美鶴の弁当と同じだ。つまり、見た目はそれほど豪 華でもないが、素材と手間が段違いというヤツである。 しかし、このおっさん、何やら酒臭い。影時間の後、眠る前にかな りのアルコールをとったのではないだろうか。 大丈夫なのか、桐条グループ。 今日は、何やら催しがあると言ってはいなかったか。メイドさんの ﹂ 給仕はどうしたのだ。 ﹁どうかしたかね ? あなたの視線に気付いたのか、武治は食事の手を止めた。 思っていたことをそのまま言うは、少しばかり角が立ちそうだ。そ う考えたあなたは、なぜ美鶴と一緒に食事をとらないのかを聞いてみ ることにした。どう見てもファザコンな美鶴のことだ、今ごろ何処か でへこんでいることだろう。 ﹁アレのいないところで、話してみたかった。だが、今日は予定が詰 まっている。だから、こういった形にさせてもらった﹂ 美鶴には聞かせられない話を、朝食の時間を利用してしたかったと いう事らしい。 後から、お父様大好き娘に恨まれないと良いのだが。桐条美鶴は、 何かというと﹁お父様﹂、﹁お父様﹂なのだ。 美鶴にとっての理想の男性は、今あなたの目の前に居る〝お父様〟 ﹂ で間違いない。彼女の言動の端々から、それがにじみ出ているのだ。 ﹁美鶴は、向こうでそんなことを言っているのか そう言った武治の表情は、一見すると厳めしく思えるが、よく見れ ば口元がわずかにニヤついている。 他人から目からでも、娘に好かれているように見えると聞かされた こと。その嬉しさを隠しきれないのだろう。この父親は。 あなたは娘をもったことは無いが、その気持ちは想像できなくもな い。少なくとも悪い気はしないだろう。娘を毛嫌いしているのでも なければ。 あなたは、ニヤついている武治に、4月の休日の出来事を聞いてみ ることにした。 それは、4月29日〝昭和の日〟のこと。前日の28日の夕方、美 鶴 は 父 親 と 食 事 が 出 来 る と 言 っ て、喜 ん で 出 か け て 行 っ た。だ が、 帰って来た時の雰囲気は、かなり暗いものだったのである。 新しい戦力││伊織のことだ││が加わったことをお父様に報告 できる、と意気込んでいただけに、あなたはその落差がとても気に なった。 翌日の昼休みに事情を聞いてみれば、 ﹁お父様は、仕事の都合で来ら れなかった﹂との返事。﹁お忙しいのだ。仕方ないさ﹂と強がってはい 502 ? たが、日が変わっているのにまだ引きずったままだった。 ﹁美鶴は、気にせず仕事を優先してくれと言っていた。アレの意志を 尊重した結果だ﹂ 真面目にそう返して来た武治の顔を見て、あなたは深く納得した。 ああ、この男は、たしかに美鶴の父親だ。美鶴のあの性格は、どう 考えてもこの父親に似たのだ、と。 どちらも、本当の心の内を言い出せないヘタレなのだろう。 他所の家庭の事情なので、深く関わろうとは思わない。だが、多少 は世話を焼いておいた方が良いのかもしれない。 特別課外活動部内での、美鶴の発言力は大きい。彼女の精神状態 は、間接的に全体のメンタルに影響してくるのだ。特に岳羽に。 悪魔な〝仲魔〟は、基本的に戦闘意欲が旺盛だった。だから、あま りこういったことを考えなくとも良かった。 それに比べて、人間の〝仲間〟はイロイロと大変だ。こういった難 しさが、イゴールの言っていた〝ニンゲン〟の役割なのだろうか。 ﹁私は、美鶴には何も継がせないつもりだ。あれが成人しても、グルー プの経営には関わらせない。その夫となる相手も同様だ﹂ 発言の後、両方の肘を抱え込むようなポーズで何事か考えていた武 治。彼はそれを振り切るように頭を振ると、あなたの目をにらみつけ るように見てそう言った。 この男は、イキナリ何を言い出しているのだろう。かなり重要な情 報ではないだろうか、これは。 ﹁⋮⋮⋮⋮もちろんだ。そのためにこの部屋を選んだ。しかし、この ことの重要性がわかると言う割に、あまり動揺しないな、君は﹂ 武治の目は、まるであなたを見定めようとしているかのようだ。 たしかに重要な情報だとは思うが、それは桐条の関係者を主とした 財界の人間にとっての話。あなたのような庶民には、特に関わりのな いことである。 ﹁美鶴と君は、無関係ではないだろう﹂ 美鶴が桐条を継がないことが、桐条グループから特別課外活動部へ のバックアップと関わって来るのならば、確かに重大事だ。だが、〝 503 10年前の事故〟に関して深く悔いている様子の武治が、それを止め るとは思えない。 だとすれば、美鶴が金持ちでも貧乏人でも、影時間の行動にそこま での影響はないだろう。 むしろ、〝桐条〟の用事がなくなって、やりやすくなる可能性もあ る。ナビゲーター不在でタルタロスの探索が出来ない、といった事が 減少しそうだ。 ﹁君としては、むしろそちらの都合が良い、と⋮⋮そう言うのか。桐条 の美鶴ではなく、何もないただの美鶴の方が重要だと﹂ あなたは、武治の言葉に黙ってうなずいた。 桐条グループの部隊がどれだけいても、シャドウ相手には何もでき ない。ペルソナ使いではないのだから。 だが、美鶴はペルソナ使いだ。単純な戦闘能力だけで考えれば、対 シャドウ要因としての重要度は美鶴の方が上である。資金などのこ 504 とを考えれば、その順位も変わって来るが。 あなたの答えを聞いた武治は、目を閉じて大きく息を吐いた。 ﹂ ﹁そうか⋮⋮君の考えは、わかった。だが、娘を、美鶴を傷つけるよう な真似をしたら⋮⋮わかっているだろうな そんな大事なことを、なぜ教えて来たのか。かなり迷惑だ。 口からもとなると⋮⋮親族間で問題になる﹂ れ。⋮⋮君の口からもれる程度ならどうとでもなるが、それが美鶴の ﹁先ほどの、グループの後継の件だが。美鶴にはまだ伏せておいてく やはり、武治には戦う者の気持ちは理解できないのだろう。 ターをしているだけで。 ることを望んでいるのだ。今は他に代わりがいないから、ナビゲー だが、今後もそうであり続けるとは限らない。美鶴自身が前線に出 ことは少ないだろう。 たしかに、今の美鶴は後方からの情報支援担当。身体的な傷を負う だ。 戦いに身を投じて置いて、傷つかないなんてことはありえないの 桐条武治は、わかったと言いつつ何もわかっていない。 ? あなたは、1つため息をつく。そして、武治からこれ以上の話がな いことを確認すると、残りの料理を平らげてしまうことにした。 うん、うまい。 武治はイマイチわかっていない男だが、ここの料理人はわかってい る人物に違いない。 しかし、将来は家を継がなければと頑張って勉強しているのに、美 鶴がそれを使う機会はかなり遠のいたワケだ。父親からこの話を聞 いたら、彼女は自分自身で会社を立ち上げたりするのだろうか。 ◇ ◇ ◇ あなたは、一晩を過ごした客室にいる。 電車で帰るつもりだったのだが、斉川が車を準備してくれると言 う。なら、せっかくなので、と待っているところだ。 ﹂ た。あなたよりもずっと長い期間この2人の近くに居た斉川。彼女 505 先ほどの朝食の時間は、どうやら予定よりも大幅に長引いてしまっ たらしい。 そのせいで、あなたは美鶴と話すことが出来なかった。 武治と美鶴は、既に今晩の社交パーティーのためにやって来る客人 の応対をしている。上流の社会というのも、なかなか大変なようだ。 そういった種類の面倒事のないあなたは、あとはもう実家に戻るだ けである。 そして、準備を済ませたら電車に乗って巌戸台分寮へと帰るのだ。 と、ドアをノックする音が聞こえて来た。扉を開ける許可を求める 斉川の声。 ﹁お車の準備が整いました﹂ そう言って案内しようとする斉川に、あなたは1つ頼みごとをす 理由をお伺いしても る。先ほどの武治との会話、そこで思いついたことを実行するために は協力者が必要だ。 ﹁私の連絡先、ですか ? あなたは美鶴と武治のどうにもかみ合っていない関係の事を話し ? がその事に気が付いていないはずがない。 ﹁それは、確かにそうです。ですが、使用人の身で口出し出来ることで はありませんので⋮⋮﹂ 使用人では何も言えないのなら、学校の友人としてならばどうだろ う。あるいは、特別課外活動部の現場リーダーからの要請でも良い。 友達が心配して、または危険を共にする者の意見として、美鶴の母 親に父娘のことを頼むと言うのはダメだろうか。美鶴の母親なら、娘 と夫の両方にそういった話が出来るだろう。 あなたはこの父娘のことを詳しく知らないが、斉川は知っている。 斉川の立場では口を出し辛いが、あなたの立場ならば言えなくもな い。 ﹁なるほど。私の意見を、あなたの意見として⋮⋮。連絡は口裏を合 わせるため、ですか。││わかりました。私も御二人のことは気にし ていましたので⋮⋮﹂ ことを聞いて来た。 あなたの今日の予定は、もう巌戸台へと帰るだけである。実家での 506 少し考えた後、斉川は自身のケータイを取り出した。説明による と、仕事中は携帯していても出られないらしい。とはいえ、メールが あるので緊急でなければ問題は無い。 あなたは、斉川菊乃と連絡先を交換した。 ﹁うーん。しかし、こうも手早く番号交換にまで持っていかれてしま うとは⋮⋮。月光館学園でのウワサの数々、実は本当のことなのでは ﹂ ﹂ ? 手を打って、何かを思いついたといった仕草をすると、斉川が妙な しょうか ﹁すいません。よろしければ、本日の予定を教えていただけませんで い。 斉川菊乃は、仕事以外では割と面白い性格をしているのかもしれな あんなウワサはウソばかりだ。全部バツ印である。 せることで答える。 少しからかうような口調の斉川に、あなたは両手を顔の前で交差さ ? 準備も、精々が美鶴への誕生日プレゼントを回収してくるくらいだ。 服などは実家にも寮にも置いてあるので、土偶以外はケータイと財 布だけで問題ない。 もしもデートのお誘いだと言うのなら、まったくもって問題ないの だが。 ﹁プレゼントを用意されていたのですか。そうなると⋮⋮﹂ 斉川は、何事か考え込んでいる。デートのくだりは完全にスルー だ。 車の方は大丈夫なのだろうか。運転手が待ち惚けになっているの では。忙しそうな日に時間を取らせるのは、少しばかり申し訳ない。 あなたは、話題をサッと切り替えることにした。運転手さんを待た せてはいけない。 ﹁そうですね。どちらにしろ⋮⋮﹂ どうにも先ほどから違和感がある。斉川の話し方が、随分とくだけ ついてこう思った││男ってバカだ。 あなたの家に向かって、おそろしく長いリムジンが走っている。そ の運転手は、土曜日に巌戸台から東京まで送ってもらった時と同じ人 物だ。 リムジン後部の客席には、あなたと斉川が座っている。彼女は、お 嬢様のお客様を家まで送り届ける、と運転手に話していた。 何もそこまで気を遣ってもらわなくとも良いのだが。 ﹃はい。││はい、はい。││ええ、わかりました。││では、至急そ のように用意を﹄ 移動の途中で、斉川はあなたに断りを入れ、どこかに電話をかけた。 そして、それを終えると、あなたの顔をじっと見つめてから口を開 507 ているような気がするのだ。 私たち、お嬢様にも あなたがそう口にすると、斉川は悪戯っぽい表情をしてこう言っ た。 ﹂ ﹁あら、先ほどの件、2人だけの秘密ですよね 内緒の関係でしょう ? そう言われると、悪い気がしないので困る。あなたは、自分自身に ? く。 ││それは、お嬢さまの御学友ということ ﹁少し考えたのですが⋮⋮。どうでしょう、今夜行われるパーティー に出席してみませんか でどうにかなると思います。そのぐらいの方が、変に着飾らなくて済 みますし﹂ 急な提案を受けたあなたは、招待状が無い、着て行く物も無いと返 した。だが、斉川は〝学校の友人〟ということで通せると言う。 ﹁服装は、月光館学園の制服でよろしいのかと。学生の礼服で通せま すし、こちらですぐに用意できます。エルゴ研の用意する、対シャド ウ用の〝特別仕様〟ではありますが﹂ あなたは、東京の実家に戻って来る際に制服を持って来てはいな い。 だが、シャドウの攻撃を受けてもなかなか破れない特別課外活動部 仕様の制服は、エルゴ研の研究成果の1つなのだ。 あなたが初めてシャドウと戦った時に来ていた普通の制服は、簡単 にボロになってしまった。だが、あの学園迷彩戦闘服はおそろしく頑 丈だ。弱いシャドウに引っかかれた程度では破れない。 そして、あの服の採寸は辰巳記念病院での検査時に行われていた。 身体データの測定時に。 この東京からそれなりに近い場所に、あの制服の予備があるのだろ う。 ﹁もう少し日数があれば、執事服でもなんでも用意できたのですが、な にぶん急なことですので﹂ なぜ、執事服。メイドとセットということなのだろうか。 あなたは、お嬢様、お嬢様と言いながら美鶴に仕える自分自身の姿 を思い描こうとした。 しかし、どうにも想像できない。 誰かに仕える、他の存在の下につくということが出来ない性分なの だ、あなたは。 ﹁いきなりこんなことを言いだしたので、混乱されているかと思いま す。ですが、これも先ほどの件に関わること。お嬢様と御当主様のた 508 ? めということで、どうかお願いできませんでしょうか ﹂ どういう理由でそうなるのかわからないが、斉川には何か考えがあ るらしい。 説明を求めてみたが、﹁顔に出るとマズイので﹂と教えてもらえな かった。 桐条グループ主催のパーティー。興味が無いわけではない。 着飾った人々の中に制服で行けば目立つことは確実だが、上半身ハ ダカよりは遥かにマシ。 その上、寮の仲間のためですと頼まれてしまっては││。 ﹁ありがとうございます。││それでは、まずはプレゼントを取りに 行きましょう。それから、服ですね﹂ あなたに向かって深々と頭を下げた斉川。下げた頭を上げると、彼 女は運転手に改めて行先を告げた。 しかし、あのプレゼントで良いのだろうか。縄文模様の包装紙に包 まれた、エセ遮光器土偶なのだが。 それからしばらくして、あなたの家の玄関に〝超ロングなリムジン 〟が横付けした。 窓からその様子が見えたのか、あなたの母がドアを勢いよく開けて かしず 飛び出して来る。それは、まあ、何事かと慌てるだろう。 あるじ そんな状況で、あなたはメイドに傅かれるようにしてリムジンを降 りた。仲魔から主として敬われる機会も多かったので、こういった扱 いには慣れているのだ。 それを見た母親は、口をパクパクとさせ、どうしたらいいのかわか らない様子である。 あなたは、リムジンもメイドも〝桐条家〟のものであることを母に 伝えると、すぐに自分の部屋へと向かった。背後から、何やら大騒ぎ する両親の声が聞こえて来る。 しかし、あなたは振り向かない。説明すれば長くなってしまう。こ こは斉川に期待することにしよう。 ◇ ◇ ◇ 509 ? 夜 桐条家東京別邸 大広間 この屋敷を造った桐条鴻悦の趣味なのだろう。大広間の内装はギ ラギラとした派手さよりは、品の良さを意識した物のように見える。 まったくの素人の目なので間違っているかもしれないが、鴻悦は一 代で成り上がった人物であるだけに、成金趣味と言われたくなかった のかもしれない。 内装の煌きは抑えめではあるが、集まった人々はそうでもない。世 界有数の規模を誇る大企業〝桐条〟、その宗家の一人娘の誕生を祝う という名目のパーティーだ。招待客も、それなりに金のある人物ばか りなのだろう。 そんな中で、月光館学園男子制服を着ているあなたは、大変目立っ 510 ていた。ジロジロ見られはしたが、それで死ぬわけでも無い。 むしろ、あなたは強力な悪魔と交渉する時のような気分で、堂々と していた。少数派だからといって弱気になっていては、相手が調子に 乗るだけなのだ。 シジマやヨスガは多くの悪魔が集った大勢力だった。あなたには、 ﹂ ﹁さあ⋮⋮﹂ ﹁見たことはありませんね﹂ ﹁いえ、わか そんな勢力から引き抜きを成功させた経験がある。 ﹁あれは誰だ りません﹂ 美鶴、お誕生日おめでとう。あなたは、フランクな調子で美鶴に挨 主役のもとへと進む。 斉川が持って来てくれた珍妙なプレゼントを手に、あなたは本日の う。 を済ませてしまうことにした。それが終わったら、なるべく早く帰ろ あなたは斉川に声をかけ、最低限やっておかなければならないこと 萎縮するようなことはないが、居心地が良いとは言えない。 なのだろうと言うささやきだ。 様々な声があなたの耳に届く。そのほとんどは、あなたは一体何者 ? ﹂ 拶をした。半分以上は照れ隠しである。 ﹁なぜ君がここに居る い。 ﹁菊乃が⋮⋮ ﹂ ? けてもいいだろうか⋮⋮ ﹂ ﹁寮の皆から。││あの明彦が 君が選んでくれたのか。その、開 た。戸惑い気味のお嬢様に、半ば押し付けるようにして。 巌戸台分寮一同の代表として、あなたはプレゼントを美鶴に手渡し である。 が、他の客人の相手が忙しくて、ここまで話すことは出来なかったの 美鶴は、あなたが会場に来ていることには気付いていたようだ。だ サプライズなので、美鶴には知らされていない。 を持って行ったのだ。裏方の使用人は、意外とすごい。 の扱いにしておきます﹂と言って、他の品とは別の場所に遮光器土偶 だが、斉川は﹁学友からのプレゼントとして、サプライズイベント 夜のパーティーに限っては、そうだった。 プレゼントは受付に預けるのが普通だったらしい。少なくとも今 それに、これは⋮⋮ た。美鶴付きのメイドの口車に乗せられた結果としか言いようがな そして着飾った美鶴から、なんとも冷たい言葉をいただいてしまっ ? ? ﹂ ﹁これは これを⋮⋮私に ⋮⋮⋮⋮どうして、これを選ぼうと るのなら、もう少し年代物にしておけば良かった、とは思う。 アラハバキであることは問題無いのだ。ただ、こんな場面で表に出 品物だ。学校の友人が洒落で用意した物と思ってもらうしかない。 なんといっても、足の裏にアラハバキとカタカナで書いてあるような 正直、よく知らない人間がばかりの中で開けられると恥ずかしい。 京に居るあなたが、プレゼントを用意する担当になったことも。 真田の提案で、美鶴の誕生日を祝う準備をしていたことを話す。東 ? ? あなたが美鶴へのプレゼントに遮光器土偶を選んだのは、いつぞや の病院での出来事が理由だ。まさか、あの雑誌が夜間の見回りに繋が 511 ? 中身を見た美鶴は、目を見開くようにして驚いた。 思った ! ? るとは思いもしなかったが。 ﹁ああ、あの時の⋮⋮。ありがとう、とても心に響く贈り物だ﹂ 美鶴はとても嬉しそうにしている。 周囲の人々は微妙な表情だ。しかし、本人がアラハバキを嬉しそう に抱きしめているのだから、これで良いのである。贈った側として は、そこまで喜ばれると少々恥ずかしくもあるが。 後頭部をかくあなたの背後から、見知った気配が近寄って来た。 ﹁君は、美鶴をよく見てくれているのだな﹂ 背後からの声は、武治のものだ。振り返ったあなたは、彼に向かっ て軽く会釈する。 そんなあなたを見る武治の表情は、朝よりもかなり機嫌が良さそう だ。少し笑っているようにも見える。やはり、昨夜の不機嫌さは、虫 ﹂ の居所が悪かっただけのようだ。美鶴のせいで。 ﹁お父様、笑って⋮⋮ ﹁そうか、笑っていたか⋮⋮。私は向こうを回って来る。││美鶴を 頼む﹂ 武治の言葉の最後は、あなたに向けられたものだった。頼むと言わ れても、どうすればいいのだろう。 あなたは、こういった場面にはまったく慣れていない。 ティターニア と、少し離れて控えていた斉川が、美鶴の近くに寄った。そして、手 で広間の中央を示すと、遮光器土偶を受け取る。 ﹂ ﹁どうだろう、私と一曲踊ってもらえないだろうか に習ったことがある。そう言っていただろう ? 丈夫だろうか。 羽根が生えたような動きを要求することになるが、さて、美鶴は大 覚えさせられたのだ。 美鶴は冗談だと思っている様だが、あなたは本当にティターニアに ? 512 ? 5/6 予言のミコ 5月5日︵火︶ 夜 桐条家東京別邸 ヘリポート ひとまず、菊乃から依頼された用件は終わった。 今のあなたは、ヘリポートで美鶴の着替えを待っているところだ。 あなたの目の前には、桐条家当主・桐条武治がいる。 美鶴の準備が終わるまでの間は、武治があなたの話し相手になって くれるらしい。 桐条家当主が、他の客を放ってまで相手をしてくれている。あなた の重要度は、さぞ高く見積もられている事だろう。桐条家周辺の人々 から。 最初は、電車で帰るつもりだった。だが、桐条の方でより速い足を 用意してくれることになったのである。 あなたが、その〝足〟について話を聞いてみれば、これがなんと〝 特別仕様のヘリ〟だと言う。 そのヘリは、美鶴のバイクと同様に〝影時間〟でも動かせるため、 実際の速度以上の移動が可能な代物だった。 認識できない存在にとっては、〝存在しない時間〟となる影時間。 それを移動時間として利用するのである。 資質のない人間の視点から見ると、桐条グループの〝特別仕様ヘリ 〟は、テレポートでもしたかのような状態となるはずだ。 それなのに、このヘリは今までどこからも問題とされたことがない らしい。 影時間の間に発生した事象は、〝現実的に在り得る出来事〟へと変 換されてしまう。影時間中に移動した存在は、その直前から〝移動後 の場所に居た〟ものとして認識されるのだ。 資質のない者たちとっては、それが真実。心に思った記憶も、物に 刻んだ記録も、どちらも上書きされ、常識の枠内に変更されてしまう。 桐条武治は、影時間を消そうとしている。それと同時に、影時間を 513 有効に活用してもいるのだ。 あなたは、目の前に座る武治にそんなことを話した。 これは、他人に聞かれても問題の無い内容だ。影時間を知っている 〝桐条〟の関係者であれば、まず知っていることなのだから。 ﹁ここは心配いらない。このヘリの中は、安全だ。⋮⋮彼も、こちら側 の者だ﹂ そう言うと、武治は運転席の方に目をやった。 そこに座っている男は、〝いつもの運転手〟だ。特別課外活動部の 送迎でも、美鶴の用事に関わる移動、どちらでも大活躍な彼である。 メ ア リ いつもお世話になっています。 壁 に 耳 あ り 障 子 に 目あり。桐 条 家 の 邸 宅 内 は そ こ ら 中 に 耳 目 が あった。使用人が多いのだから、それは当たり前のことである。 桐条家は、内緒話には向いていない。 ﹁⋮⋮まずは、礼を言うべきなのだろうな。││ありがとう﹂ そう言うと、武治は頭を下げた。 桐条家周辺の人間は、あなたに興味津々だ。 あなたは、美鶴に連れられて突然桐条の屋敷にやって来た、美鶴と 同年代の男である。 そして特に予定があるとも聞かされていなかったのに、深夜に武治 と面談した人物でもある。しかも、その面談後に武治が深酒をしてい る。 さらに今日の朝には、当主と2人だけで朝食をとり、それに使用さ れた部屋は密談用の代物である。 その上、美鶴の信頼が厚い斉川菊乃が滞在中の世話役として付けら れ、他の使用人とはほとんど接触していない。 極めつけは、美鶴の誕生パーティーという名目の〝許婚発表会〟に 突如参加、通常は受付で預けるはずのプレゼントを手渡しし、さらに は主役である美鶴とのダンスまで披露した一件だ。 ﹁これで、親族にも名士会にも、私が美鶴に政略結婚をさせるつもりが ないことが伝わっただろう。⋮⋮それも、それなりの理由付きで﹂ 今夜のパーティーは、桐条美鶴の許婚を周囲に知らしめる催しとな 514 るはずだった。そこへあなたが乗り込んで、主役の美鶴に直接プレゼ ントを渡し、ダンスを踊って見せた。 許婚の男は、相当に驚いたことだろう。これではまるで││と。美 鶴にプレゼントを渡した直後、あの時に武治が話に向かった相手は、 その許婚だったらしいとも聞いている。 あなたと美鶴が踊っている間に、武治はその男を黙らせて来たよう だ。菊乃がそう言っていた。 それもこれも、すべては、美鶴を桐条家から遠ざけるため。 ﹁ポートアイランド周辺の話は、そちらに送った警備部からの報告で おおむね聞いている。仮に疑いを持った者が調査をしたとしても、よ り派手な噂を知ることになるだけだろうな⋮⋮。なんと言うか⋮⋮ よくもまあ、一か月にも満たない期間で、あんなことになったものだ ⋮⋮。私としては、不愉快極まりないことにな⋮⋮﹂ ﹂とでも言ってい それはまあ、父親としては、不愉快だろう。自分の娘が、あんなこ ﹂ 515 んなのウワサの的になっていれば。 もしもそれが事実であったなら、 ﹁〝処刑〟する たことだろう。 うして深呼吸を終えると、表情をガラッと変え、目つきを鋭くする。 あなたの言葉を聞いた武治は、大きく息を吸って、吐き出した。そ ﹁共同作業とでも⋮⋮。いや、いい⋮⋮この話は、もう止めだ﹂ せいぜい、どちらにも責任があったとでも伝えるだけである。 そんなことを言いはしないが。 噂の内容を思い出したのかプルプルと震えている父親に向かって、 言うと美鶴の言動の方が、原因としては大きかったように思う。 あなたにも、多少の原因はあったかもしれない。だが、どちらかと のだ。 桐条武治は、これでも世界有数の企業グループ〝桐条〟のトップな ぎないと判断できるだけの情報があった。 幸運なことに、あるいは残念なことに、武治にはそれが噂にしか過 ! ﹁美鶴は気付いていない様子だったが⋮⋮。君は、美鶴が氷川から聞 いて来た話の裏を理解しているか ? モルモット 〝桐条〟の闇は深い。 いけにえ 氷川は〝 生 贄 〟と言ったが、あれはおそらく美鶴が居たためだ。 自分1人で会っていれば、おそらく〝人間〟と言って来たのではな いだろうか。 あなたは、氷川の持って回った言い方からそんなことを感じた。 たしかに、悪魔の力を使うことが出来た頃の氷川達であれば、シャ ドウを捕らえることは可能だっただろう。 だが、シャドウの巣窟である〝タルタロス〟は、〝10年前の事故 〟によって発生したものだ。 それよりも前、シャドウはどこに居たのだろう。 現在で言うところのイレギュラーのシャドウを探し求めて、世界中 を探し回る。それではどうにも効率が悪すぎる。 もしも氷川がそのことに絡んでいたのなら、もっと効率的なやり方 いけにえ をしただろう。 つまり、生贄を使って、直接〝シャドウ〟を召喚するのだ。 人間の心からは、非常に多くのマガツヒが生み出される。そのマガ ツヒで悪魔を、〝外道シャドウ〟を呼び出すのだ。その方が、捕獲す るよりも遥かに簡単だったのではないだろうか。 ﹁シャドウは人の中から現れる。そして、シャドウを抜き出された人 間は、気力を失い〝影人間〟となってしまう。そうなったら、もうマ トモに生きて行くことは出来ない。物を食べることすらしなくなる のだからな﹂ ドッ ペ ル ゲ ン ガー 〝 外 道 シ ャ ド ウ 〟 │ │ そ れ は、見 る 者 自 身 と 同 じ 姿 で 現 れ る、 もうひとりの自分自身。自分のシャドウを見てしまった者は、数日の 内に命を落とすと言われている。 あなたは、〝あの世界〟で見た悪魔全書の内容を完全には覚えては いない。だが、大体のところは覚えている。あの本には、何度も仲魔 たちとの旅の記録を書き込んだのだから。 それに、敵となる悪魔について知ること、仲魔のことを理解するこ と、そのどちらにも自分の命がかかっていた。そうそう忘れるはずが ない。 516 自分の中から現れたシャドウを見てしまった者は、長くは生きられ ない。〝影人間〟となってしまうのだから、それはそうなるだろう。 何の行動もとれなくなり、ただ茫然と立ち尽くすだけの人間が製造で きるような環境は、ここ最近になってからのはずだ。 昔ならば、〝影人間〟になってしまった者の末路は、悪魔全書の〝 シャドウのページ〟に書かれていた内容そのままだったはずである。 桐条エルゴノミクス研究所は、桐条鴻悦が立ち上げた研究機関だ。 そして、そこでシャドウの研究を行っていた研究者のリーダー格の男 は、その鴻悦すらも利用しようとしていた。 破滅に魅入られた桐条鴻悦と、野望に取りつかれた岳羽詠一朗。彼 らに人倫を期待することは、出来ない。 ﹁私は、美鶴には何も継がせたくない。罪のすべては、本来、私が背負 うべきものなのだ﹂ 菊乃と武治は、桐条家から美鶴を切り離したいと願った。そのため に、まずは先代の鴻悦によって取り決められた許婚の件を白紙に戻し たかったらしい。 あなたは、そのための理由の1つとして使われたワケだ。 実家に帰る途中、菊乃からパーティーへの出席を求められたあの 時。彼女が連絡を取っていた相手は、武治だったのだ。 ﹁菊乃君⋮⋮。現在、美鶴の傍付きをしている斉川菊乃は、桐条によっ て〝買われた人間〟だ。それも、父が死んでから、エルゴ研の研究用 として、だ。桐条は、私は⋮⋮今も罪を重ね続けている。かつて、父 が築いた闇のルートを未だに使用しているのだからな﹂ 両手で顔を覆う武治に、あなたはゆっくりと首を振ることで答え た。 なんのために、とは問わない。それはきっと、罪の償いのため。父 の罪を償うために、息子が罪を重ねているのだ。 ﹁な ぜ こ ん な こ と を 君 に 話 し て い る の か ⋮⋮。私 に も わ か ら ん。だ が、君には〝人とは違う〟何かがある。⋮⋮そんな気がするのだ﹂ 武治の目は、あなたの瞳の奥にある何かを見ているような気がす る。 517 ﹁⋮⋮シャドウとペルソナは、〝同じ存在〟だ。同じ存在であるから、 ペルソナはシャドウを倒せる。エルゴ研の研究によると、シャドウは 人の心の奥にある扉を越えてこの世へと姿を現すと言う。それは、ペ ルソナの召喚と同じプロセスでもある﹂ 〝マジシャン〟と戦う前のあなたは、ペルソナを呼ぶことの出来な い人物として扱われていた。 その頃、あなたは寮の仲間に召喚の際の感覚について聞いてみたこ とがある。 琴音、美鶴、真田、岳羽。 この中の誰かが、 ﹁心の奥にある壁を銃で撃ち抜いて、その奥に居る もうひとりの自分を鎖で引きずり出すような感覚﹂だ、と言っていた。 召喚器を使うと、かすかに鎖の音が聞こえてくるのだそうだ。 ﹁〝シャドウ〟は心の奥に潜んでいる。そして、それを制御できる才 能を持つ者が〝ペルソナ使い〟であり、制御されたシャドウが〝ペル ウ 518 ソナ〟なのだ﹂ あなたは、口元に左手をあてた。そうして、少し考える。 シャドウとペルソナが同じ存在だとする。そうすると、シャドウも また誰かの〝もうひとりの自分自身〟ということになる。ペルソナ がそうなのだから、シャドウも同様のはずだ。 美鶴は、このことを知っているのだろうか。 ﹁教えてはいない。だが、気付いている可能性はある。そして、他の者 はまず知らないだろうな⋮⋮﹂ 特別課外活動部のメンバーは、シャドウを殺して平気なのか ド 爆発で失われてしまった。今はもう、その断片しか残されていない。 ﹁旧エルゴ研。事故以前のエルゴ研に関する資料は、そのほとんどが 真田と岳羽は、よくわからない。保留だ。 れる人物だと思う。 琴音と美鶴は、まず問題ないだろう。この2人は、必要とあればや 知り合いそのものかもしれないのだ。 もうひとりの自分〟。それはもしかしたら、影人間になってしまった シャ そ ん な 疑 問 が、あ な た の 頭 に 湧 き あ が る。ど こ か の 誰 か の 〝 ? ただ⋮⋮﹂ 何かを言いかけた武治は、少しためらっている様子である。 左手をそのままに、あなたはそんな彼をジッと見た。 もう、あまり時間がない。そろそろ、美鶴が来る頃だろう。 ミ コ ﹁⋮⋮あの事故の前に、父から〝予言書〟の内容について聞かされた こ と が あ る ⋮⋮。〝 滅 び 〟 は 〟 皇子 〟 の 手 に よ り 導 か れ る。〟 皇 子 〟はすべてに救いを与えたのち、〟皇〟となって新世界に君臨する。 すべての死、それこそが新しいすべてのはじまり││﹂ 滅びが救いだなどと⋮⋮。滅びの後に、時間 あなたは、その予言と似たような話に覚えがある。 ﹁││馬鹿げた話だ も空間も自在とする神の器となり、理想の世界を創り上げる。私の父 は、桐条鴻悦は⋮⋮そんな世迷言の果てに、あのようなことをしでか したのだ﹂ 巫 女 の 手 に よ り、〝 前 の 世 界 〟 は 〝 滅 び た 〟。こ れ は、た し か に あった事実だ。 ││世界は、また生まれるため、死んでいかなければならない。 ガイア 予言書の内容に従って、〝先生〟はカグツチを生み、世界を殺した。 ﹁世界の、女神の転生⋮⋮。父は、なぜ⋮⋮何故あのような妄想にとり つかれてしまったのか⋮⋮﹂ 桐条鴻悦は、何を見た。何を知った。 もしかしたら、鴻悦は〝先生〟や氷川と同じモノを見たのかもしれ ない。 武治の懊悩は、菊乃を連れた美鶴が現れる時まで続いた。 あなたには、人の心に働きかける〝何か〟があるらしい。それは、 武治の個人的な感想でしかないが。 ◇ ◇ ◇ 5月5日と5月6日の狭間 影時間 港区上空 ヘリの機内 519 ! 影時間の空を、特別仕様のヘリが飛んでいる。 操縦者は、いつもの運転手。彼は、だいたいの乗り物を運転できる らしい。大した才能だと思う。 その他の乗員は、あなたと美鶴だけだ。 影時間の空。その風景は、地上のそれと比べて一層奇妙である。 ヘリの窓から外を見ていると、たまに飛行機などを見かける。それ らが、宙に浮いたまま停止しているのだ。 問題ないとわかってはいるが、何とも不安になる光景である。墜落 してしまいそうだ。 生物は影時間を象徴化して過ごす。だが、ただの物はそのままの姿 で存在している。死なないモノは、影時間の中でも普通に過ごしてい るのだ。 そして、シャドウやペルソナ使いは、それらの物体に干渉すること が出来る。もしもそれが出来なかったら、扉を開けることすら不可能 となってしまう。 ﹁もしも、シャドウがあの飛行機を襲えば。⋮⋮簡単に墜落するだろ うな﹂ 美鶴は、あなたの不安の内容をそのまま口にした。 シャドウに可能なことは、ペルソナ使いに可能なことでもある。 そして、〝桐条〟によって影時間への適性だけを与えられた者た ち。彼らは、シャドウとは戦えないが、物体には干渉できる。 もしも、桐条グループがエルゴ研の成果を悪用しようとしたら│ │。 あなたは、首を横に振った。 影時間を消してしまえば済むことだ。考えたところで、どうこう出 来る話でもない。 ﹁タルタロスが見えて来たな⋮⋮。そして、月も⋮⋮﹂ 言われて美鶴と同じ方向を見れば、そこには月光に照らされたタル タロスの姿。 月は、ずいぶんと大きくなってきている。もうそろそろ、満月だ。 空の高みに浮かぶ、ギラギラした円い〝光〟。それに向かって伸び 520 ているようにも見える〝塔〟。 そして、そこに集まり巣食っているのは、人の心から生れ出た〝 シャドウ〟たち。 人の心、それはマガツヒの塊。 空の光。塔。マガツヒ。 あなたは、初めてタルタロスを見た時のことを思いだした。 あの時、あなたはこう思ったはずだ。まるで、〝カグツチ塔〟のよ うだ、と。 そこに、先ほどの聞いた予言の内容を合わせると││。 ﹁終わるな、影時間が。どうやら、今夜の悪夢はこれまでのようだ﹂ 悪夢。悪夢の中にだけ現れる塔に、マガツヒが集う。 その塔を造った存在は、時間や空間を操るような力を持っている可 能性がある。 たしか、石で出来た記念碑のことだったか ﹂ これは、カグツチ塔に似ているのではない。その手前の状態に似て ム。 氷川は、マガツヒを集めてどうしようとしていた ﹁どうした⋮⋮ ﹂ そう、足りないものは、あと1つだけ。 く、〟神の器〟になろうとしたのではないだろうか。 もしかしたら、鴻悦は〝時を操る神器〟を造ろうとしたのではな 時間と空間を自在とし、理想の世界を築く神の器。 そして、あの塔を守っていた3柱の女神は、何を司る者だった ? 心配そうに見つめる美鶴に答えを返さずに。 影時間が終わり、タルタロスがその形を元の学園へと戻しても。 521 いるのだ。 ﹁オベリスク⋮⋮ ? ? シャドウの集うタルタロス。マガツヒを集めるナイトメア・システ ここに、塔がある。オベリスクに似た塔が。 10年前の事故。それは、本当に〝失敗〟だったのだろうか。 ? あなたは、考えに沈む。 ? ◇ ◇ ◇ 5月6日︵水︶ 未明 巌戸台分寮前 目に映る寮の扉が、とても久しぶりに思える。ついこの間にも、そ んな気分になったばかりだ。 早く休めよ﹂ それは、この巌戸台分寮に愛着が湧いたせいなのかもしれない。 ﹁大丈夫か ポートアイランドのヘリポートからは、車での移動だった。その道 中もあなたが黙ったままだったので、どうも美鶴に心配をかけてし まったらしい。 そんな美鶴は、何故か遮光器土偶を抱きかかえている。これは、相 当気に入ってくれたと考えても良さそうだ。選んだ側としては、大変 うれしい。 帰って来ましたよー ﹂ あなたは、美鶴に特に問題はないことを伝えると、玄関を開けた。 ﹁あ、おかえりなさい﹂ ﹁あ、帰って来た。真田せんぱーい ! 驚いている。 お前、まさか、もう渡したのか !? てしまったのだ。 思いもしなかった展開のせいで、誕生日プレゼントはすでに旅立っ 真田にそう聞かれたあなたは、首を縦に振った。 ﹁なに⋮⋮ ﹂ 琴音も、真田も、岳羽も、3人ともがそれを聞いて間抜けな表情で 土偶を抱えた美鶴からの、突然のお礼のセリフ。 ント、嬉しかった﹂ に言わなければならないことがあったな。││ありがとう。プレゼ ﹁なんだ、お前たち。まだ寝ていなかったのか⋮⋮と、こんなことの前 員が揃っているとは。 だから、誰か起きているのだろうとは考えていた。だが、まさか全 1階の窓からは、ラウンジの明かりが漏れていた。 ! 522 ? ? ﹁えー ﹂ 当日サプライズでビックリさせようって話してたのに あれ、マジだったの ﹁え⋮⋮ ﹂ ! 言。 ﹁は ﹂ な ん で す ? ﹁先輩⋮⋮好きなんですか 巫女﹂ 真田は、こっそりとうなずいている。彼は同志だ。 美鶴は、よくわかっていない様子だ。 あなたの言葉を意訳した岳羽の声は、とても冷たいものだった。 か、それ⋮⋮﹂ メ イ ド も い い け ど ⋮⋮。巫 女 も い い よ ね ⋮⋮ あなたは、うつむいてしまった琴音の頭をポンと叩く。そして、一 そこで、あなたは少しばかり雰囲気を変えることにした。 る。あまりよくない状況だ。 急に雰囲気が変わったあなた達の様子を、他の皆が何事かと見てい どうも、彼女にとってはあまり聞きたくない言葉だったようだ。 しまった。 あなたのつぶやきを聞いたのだろう、琴音のふくれっ面がしおれて ﹁巫女⋮⋮⋮⋮﹂ ガイアの なことを言っていた。 〝ガイアの巫女〟に関わるのは命がけ。琴音を見たヒジリが、そん 足りなかった最後のピースが、ここに居る。 塔とマガツヒ。そして、〝巫女〟。 彼女を見たあなたの中に、先ほどの考えが甦る。 琴音は、頬をふくらませながら、あなたに詰め寄って来た。そんな ようだ。 琴音と岳羽は、何やら企んでいたらしい。悪いことをしてしまった そういうことしちゃうんですか ││ていうか、せんぱーい。なんで、一言も相談なしで、 ﹁そだよ ? ! たのだろうか、昔の日本では。 何故か、彼女たち全員が、わきの無い服を着ていたが。流行ってい ヒメも、アメノウズメも好きである。 嫌いではない。巫女とは少しばかり違うが、キクリヒメもクシナダ ? 523 ? ! ? ? 目を合わせ、あなたはゆっくりと首を縦に振った。 ﹁なんだか、こう⋮⋮。照れちゃいますね﹂ 言葉通り若干照れた様子で、琴音はほおをかく。その後、身体を少 しあなたに向かって倒すようにし、下から見上げて来た。 ﹁うーん⋮⋮﹂ じーっと見られている。何事か考えているようだ。 見ている側の琴音は、両手を腰の後ろで組み、身体を左右に揺らし ている。少しだけそうした後、彼女は左手を口元にあてた。なんらか の考えがまとまったようだ。 ﹂ ﹁もー、しょうがないですねぇ⋮⋮。先輩がそんなに好きだって言う なら、着てあげてもいいですよ そう言うと、琴音はコテンっと首を傾げてみせた。 着て見せて欲しいなどとは言っていない。言ってはいないが、特に 拒否するようなことでもない。 そういった内容の返事をしようとしたところで、あなたの顔の前 に、彼女の右手人差し指がピンッと立てられた。 そのせいで、あなたは思わず口をつぐんでしまう。 ﹂ どうやら、何らかの条件があるらしい。何事もただではないという 事か。 ﹁ただし、先輩の手作り限定ですから あなたは、汐見琴音から〝巫女服を作って〟の依頼を受けた。 尊厳を守るために。 主に〟あの世界〟でのズボン関係の事情で必要だったのだ。己の で、測って、ちょん切ることを司る女神たちから習ったのだから。 しかし、あなたは繕い物に関して少しばかり自信がある。糸を紡い う。 い者の場合、よほどの熱意が無ければやり遂げることは出来ないだろ たしかに面倒ではある。慣れている者ならばともかく、そうでは無 服を手作り。 表情は明るい。 実は、そんなに気にしていなかったのだろうか。そう言った琴音の ! 524 ? 5/7 嫌われ者の娘 5月6日︵水︶ 放課後 巌戸台商店街 ワイルドなダックのバーガー屋の前には、ベンチが設置されてい る。 そこに、女子高校生と小学生の女の子が並んで座っていた。岳羽ゆ かりと大橋舞子である。 遊ぶ時間、なくなっちゃうよ﹂ あなたは、仲良く何かを話している2人に声をかけた。 ﹁あ、来た﹂ ﹁おにいちゃん、おそーい れたのだ。 ﹁えっ ││あ、ありがと﹂ あなたは、ポケットティッシュを取り出した。 ている。 もって、小学生とは仕方のない生き物だ。あと、口元に青のりがつい だと言うのに、舞子はブーブーと文句ばかり垂れている。まったく かこうにかたどり着いたところだ。 今のあなたは、そんな小野ムネの長話をなんとか切り抜け、どうに る。そのせいなのか、よく武士話につき合わされてしまう。 あなたは、担任の〝兜の小野〟から何故か同好の士扱いされてい しかし、廊下に出たところで担任に捕まってしまったのだ。 すぐにここに向かおうとした。 この間、約束したことだ。ウソはよくない。そう考えたあなたは、 がプンプンとする声音だった。 その用件は、 ﹁あそぼ ﹂である。断ると泣かせてしまいそうな気配 放課後に舞子から電話があり、あなたは巌戸台商店街へと呼び出さ ! 言ったところで通じないだろうから。 すべて、あの伊達男が悪い。彼の魅力が高いせいで、あなたの担任 525 ? あなたは、遅れてしまったことを舞子に謝った。言い訳はしない。 ? がおかしくなってしまった。彼の奇行は、岳羽曰く﹁もはや伊達家の ﹂ ストーカー状態﹂である。 ﹁いいよ。許してあげる それを見て、 ﹁ん ﹂と首を傾げる岳羽。あなたの意図は、彼女には あなたは、岳羽の目の前に左手を差し出した。 ある。ついでに、岳羽の財布の中身も消えてしまったようである。 どうやら、中身はすでに舞子の胃袋の中へと消えてしまったようで だし、もう中身は残っていない。 舞子の隣に座る岳羽の膝の上には、タコ焼きの箱が乗っていた。た ﹁フッ⋮⋮。おごらされちゃいました⋮⋮﹂ の表情は、なんとなく沈んでいるように見える。 舞子がゴキゲンになったところで、その横の岳羽に目をやる。彼女 どうやら機嫌を直してくれたようだ。小学生はよくわからない。 ! 伝わらなかったようだ。 そんな岳羽に、あなたは右手のティッシュを振って見せ、そのあと タコ焼き屋の方に顔を向けた。空箱は、もういらないだろう。 ﹁あ、すいません﹂ あなたは、岳羽から受け取った空箱にティッシュを放り込んだ。そ いっつも、おおきに﹂ して、タコ焼き屋の近くにあるゴミ箱へと向かう。 ﹁まいど いないが。 ついでに、今から買うつもりもない。 ﹁ああ、ええよ、ええよ。にいちゃんが遅れて来てくれたおかげで、1 箱売れたしな﹂ 岳羽の財布が少し軽くなった原因は、あなたにもあったようだ。 笑顔のタコ焼き屋に別れを告げ、あなたは舞子と岳羽の所へと戻っ 神社行こ 神社﹂ ﹂ た。すると、舞子が近くまで寄って来て、服の裾を引っ張って来る。 ﹁ね、ね ﹂ ? ? シーソーやろ ! 526 ? いつもの調子の店主に軽く手を振って応える。まあ、今日は買って ! ! ﹁神社って、前に言ってた〝長鳴神社〟 ﹁うん ! シーソーなんてするのは、いつ以来だろうか。 あなたは過去を振り返ってみたが、どうにも思い出せそうになかっ た。すべり台ならば、ボルテクス界にもあったのだが。真っ暗な地下 道にたくさん、たくさん。 目的地は、岳羽の口にした長鳴神社。アマテラスに縁のある、トコ ﹂ ヨノナガナキドリを祭神とする巌戸台の神社だ。 ◇ ◇ ◇ ﹁こっち、こっちー 神社へと続く昇り階段を、ピョンピョンと跳ねるようにして、舞子 が昇って行く。 あなたと岳羽は、その後ろを並んでゆっくりと歩いている。2人と も、体力には自信があるのだ。タルタロスで慣らした足は、小学生の 元気さなど物ともしない。 と言っても、〝長鳴神社〟と書かれた大きな鳥居から上までは、2 0段ほどしかないのだが。 ﹁いや、ホント元気ですよね。舞子ちゃん﹂ あなたは顔を隣に向け、そう口にした岳羽を見る。 寮では見たことのない表情だ。ものすごく優しそうな顔をしてい る。 ﹂ あなたはその様子を少しだけ見つめた後、目線を進行方向へと戻し ゆっくりしてると、日が暮れちゃう た。階段でのよそ見は危ない。 ﹁はやくー ! る。 今は、高校生の放課後だ。その上、あなたが少しばかり遅れて来て しまった。たしかに、日が沈むまでの時間はあまり無さそうである。 ﹂ ﹁すぐ行くよー ! 岳羽が小走りになったので、あなたはそのやや斜め後ろをついて行 ﹂ ﹁はーやーくー ! 527 ! 一番上まで昇り終えた舞子が、腰に手をあてこちらを見下ろしてい ! く。置いて行かれて距離が離れると、見えてしまいそうなのだ。何が とは言わないが。 岳羽は、もう少し恥じらいを持った方が良い。 階段の上にたどり着くと、正面には神社の建物。本殿とでも言えば い い の だ ろ う か。そ の 手 前 に は、2 頭 の 狛 犬 に 挟 ま れ た 賽 銭 箱 が、 マッカを求めて大きな口を開けている。鳥にやる金はない。 あなたから見て本殿の左側には、赤い鳥居が5つほど並んでおり、 その奥に祠がある。狐の像があるので、どうやら稲荷のようだ。 その稲荷の鳥居よりもさらに左には、大木が生えている。どうや 見て、見て、ここにね、ユイショが書い ら、神木のようだ。しめ縄が巻かれている。 ﹂ ﹁おっきいでしょ。この木 てある ﹂ ? 舞子わかんない。││あ こっちにもあるよ ﹂ ! いなかったように思う。 ﹁なんだろ ! なんだろう。あなたも読んでみたが、それについては特に書かれて 〝替わりの役〟ってなんだろ た〟。││あー、だから巌戸台なんだ。全然気にしてなかった。⋮⋮ 大きな木に育ったため、のちに替わりの役をなす鳥居が設けられまし 長鳴鳥のお止まり木から株分けされたと伝えられている。たいへん ﹁えーと、なになに⋮⋮〝このご神木は、かの天の巌戸開きでの、常世 き込む。 舞子が教えてくれた由緒の書かれた看板を、どれどれと岳羽がのぞ が案内を買って出てくれた。 あなたが神社の境内をざっと観察していると、それに気づいた舞子 ! へと移動した。 ﹁ご神体は、常世長鳴鳥の羽根 ﹂ 光る羽根と言えば、連想するものがあるが。さて、どうなのだろう。 ! ? ﹁うん。舞子ね、一回だけ見たことあるけど、なんか光ってるの ﹂ 舞子は岳羽の手を引いて、手洗いの水屋の横にある立て札のところ かったようだ。 読み終えた岳羽が舞子を振り返るが、地元民の小学生でも知らな ? 528 ! ﹁それで⋮⋮鳥が居るから〝鳥居〟。ああ、なるほど。言われてみる と、納得﹂ 説明の続きを読むと、長鳴鳥の止まる〝鳥居〟の奥には、アマテラ スの居る巌戸があるらしい。これはどうも神社のことらしい。 よくわからないが、つまり鳥は鳥居にいるのだから、この〝神社〟 にはアマテラスがいるということで良いのだろうか。 アマテラスは、あなたの仲魔の1人だ。つまり、この神社はあなた の仲魔のペットの鳥の神社。 どうやら、ここはあなたが祈る場所ではなさそうである。もちろ ん、ご利益も関係ない。 祈る相手はいないが、知り合いに挨拶位はしておこう。 ﹂ おにいちゃん。お参りはちゃんとやらないとダメなんだよ ││少し、日の光が瞬いたような気がする。 ﹁あー 神さまに怒られちゃう 毎年、8月16日が〝夏祭り〟。今年も晴れるといいなー。 ﹂ ? る、晴れる。そう指示をしておけば。 シーソー ! ? もう、おにいちゃんが変なこと聞くから ! ﹁ていうか、良かったの ﹁あー 遊ぼ 遊ぼ 太陽の神に頼んで置けば、たぶん大丈夫だろう。8月16日は晴れ 雨だと、花火なくなっちゃう⋮⋮﹂ ﹁うん そこで、あなたは話題を変えることにした。 が分からないだろう。 とはいえ、こんなことをあまり意地になって主張しても2人には訳 言うものだ。 よう、やあ、くらいで良い間柄の相手に対して、他人行儀過ぎると そうにない。お参りではないのだから。 舞子に叱られても、岳羽に呆れられても、これは改めることは出来 ﹁小学生に叱られるリーダーって⋮⋮。大丈夫なのかな⋮⋮﹂ たの中に残っている。 には、邪教の館で別の悪魔になったのだが、そのころの思い出はあな あなたとあの魔神は、怒ったり怒られたりする関係だった。最終的 ! ! ! ! 529 ! ﹂ 当初の目的は、境内にある公園の遊具だった。由緒も祭神も関係な い、ただの遊びだ。 ﹂ 舞子に付き合い、公園で遊ぶことになった。シーソーに向かって走 る女の子は、とても嬉しそうに見える。 ﹁行きましょうか。⋮⋮お・に・い・ちゃん ﹁はーやーくー ﹂ はない。詳しく聞くような間柄でもないだろう。 何を考えているのか気にはなるが、あなたと岳羽はそこまで親しく うにも見えた。 舞子を見る岳羽の目は、相変わらず優しい。そして、同時に寂しそ ? も見えるが。 ! ? !? た。単に天秤の両側に座っただけだが。 ││って、ちょっ、そこ ﹁舞子ちゃんは座らないの ! ﹂ 断じてうつっていない。偶然そうなってしまっただけである。 うつりました ﹁それ、代わりに私が痛いんじゃ⋮⋮。って、板が痛いって⋮⋮理事長 だ。 たしかに、あの態勢なら板とぶつかって痛くなることは無さそう 羽。その膝の上に舞子が乗った。 シーソーの中心を挟んで、あなたの反対側の板に横座りしていた岳 こうしないとお尻痛くなっちゃう﹂ ﹁舞子、おねえちゃんの上 ﹂ シーソー現役選手の舞子の指示に従い、あなたと岳羽は配置につい りね﹂ ﹁おねえちゃんは、ここ。それで⋮⋮おにいちゃんは反対側のその辺 さすがに、日を沈めるのを待ってくれとは頼めない。 歩き出す。 あなたは、頭をカリカリとかいた。それから、シーソーに向かって ﹁おにいちゃんもー ﹂ 大きく手を振り回す舞子。どうやらお怒りのようだ。楽しそうに 〝小学生の女の子〟が、〝おねえちゃん〟を呼んでいる。 ! ? 530 ! ﹂ ﹂ あなたは、抗議をこめて板を勢いよく押し下げた。 ﹁わっ ﹁ちょっ あなたが下げた分だけ、シーソーの反対側が勢いよく跳ねる。その ﹂ 威力は、岳羽と舞子を一瞬浮き上がらせた。 ﹂ 危ないじゃないですか ﹁今、フワッてなった ﹁もう ﹂ ﹂ ? ﹁でも⋮⋮﹂ は、さきほど岳羽が見せた表情とよく似ている。 そう言って岳羽に向き直った舞子の顔は、ひどく寂しそうだ。それ ﹁お家、イヤなの⋮⋮。まだ、一緒にいたいな⋮⋮﹂ ﹁でも、もう暗くなっちゃったから、ね 舞子は、あなたと岳羽から顔をそらし、口をとがらせている。 ﹁帰りたくない⋮⋮﹂ スカートの後ろを押さえている。痛かったらしい。 舞子の頭をなでながら帰宅を促す岳羽。そんな彼女の手は、自身の ﹁それじゃ、帰ろっか 歩き回っているような不良とは違うのだ。 舞子は、あなたや岳羽とは違う。毎日、日付が変わった後まで外を る。 たしかに、そろそろ日が沈みそうだ。小学生は家に帰る時間であ しばらく遊んだところで、舞子がポツリとそう言った。 ﹁もう暗くなっちゃった⋮⋮﹂ は、シャドウと戦えるだけの運動能力があるのだから。 その度に岳羽が怒るが、加減はしているので大丈夫なはず。岳羽に 敬である。 その後は、おおむね平穏に遊んだ。たまに、ドーンとするのはご愛 ﹁いや、ホントやめて下さい。痛いんで⋮⋮﹂ ﹁うん。高いとこ好きー﹂ らして、舞子は多少アクロバティックなくらいが好きなはずだ。 舞子と知り合った際の出来事。フェンスを飛び越えた時の反応か ! ! ? 531 ! ! ! ﹁お父さんと、お母さん⋮⋮。毎日、ケンカばっかりしてるの⋮⋮。そ れで、こんど⋮⋮りこん⋮⋮なんだって⋮⋮﹂ 舞子の目からこぼれた涙が、岳羽の説得を止めた。 あなたの両親は、いつも仲が良かった。たまにはケンカをすること もあったが、離婚の心配なんてしたこともない。 ﹁そう、なんだ⋮⋮﹂ ﹁ヤダって言ってるのに⋮⋮うっ⋮⋮﹂ むせび泣く舞子を、岳羽が抱きしめる。 岳羽の父親は、〝10年前の事故〟で死亡している。そして、岳羽 ゆかりとその母・岳羽梨沙子は、あまり上手く行っていないらしい。 ﹁舞子のことなんて、どうでもいいんだ⋮⋮﹂ ﹁そんな、こと⋮⋮ない、よ⋮⋮﹂ 〝どうでもいい〟と聞いた瞬間、岳羽がビクリと震えた。 泣いている舞子を抱きしめ慰めているはずの岳羽。そんな彼女の 532 姿が、あなたには〝小学生の女の子〟に縋り付いているようにも見え た。 形は違うが、あなたも自分の両親に対して複雑な想いがある。それ ぞれに事情が異なるので、彼女たちのそれと比べることは出来ない が。 あなたの左手が顔を覆う。ため息は、出なかった。 舞子が落ち着くのを待っていたら、すっかり暗くなってしまった。 もう、小学生を1人で帰すには心配な時間である。 ﹁ごめんなさい。舞子、泣かないって思ってたのに⋮⋮﹂ いつかのように、舞子を真ん中にして3人で手を繋いで歩く。ただ し、帰り道の雰囲気は前と反対だ。 舞子はまだ鼻をすすっているし、岳羽はどんよりとしてしまってい る。 あなたにしても、東京に置いて来たことを思いだしてしまったの で、明るい気分にはなれそうもない。それがなくても、周りがこれで は同じことだっただろうが。 ﹁また、遊んでね 舞子、もう泣かないから⋮⋮。楽しくないの、ヤ ? ダもん﹂ あなたは、繋いだ手を少し強く握った。それから、チラリと岳羽を 見る。 そこには、泣いているような、笑っているような、何とも言えない 表情の岳羽の顔があった。 あなたは、それにコクリとうなずいて見せる。 ﹁⋮⋮はい。舞子ちゃん││﹂ 岳羽が口を開くと、あなたの手を掴む力が強くなった。今、あなた が手を握っているのは、隣を歩く舞子だけだ。 ﹁││うん、また遊ぼう。えっと、私たち3人友達ってことで⋮⋮。高 校生と小学生だけど﹂ ﹁舞子、また、電話するから。メールかもしれないけど。あっ、お家、 着いちゃった⋮⋮。遅いって、しから⋮⋮﹂ てしまうのだろうか。 また、遊んでね ﹂ よその家庭の事情だ。口を挟むことでは無い。まして離婚問題な ど、他人ではどうしようもない。 あなた達は、寮へと帰ることにした。やれることはなさそうだ。 真田は﹁イロイロあったのだろう﹂とボカした言い方をしていたが、 〝10年前の事故〟の後、岳羽とその母親は相当な苦労をしたはず だ。 10年前││その頃の岳羽は、小学生。今の舞子よりも年下だ。 ﹂ 岳羽の舞子に対する態度は、その辺りに何かあるのかもしれない。 推測でしかないが。 ﹁どうかしました⋮⋮ 教えるべきか、伏せたままにしておくべきか。知らなければ考えな 岳羽が追い求めているものだ。 あなたは、連休中に岳羽詠一朗の情報を知った。それは、おそらく ? 533 モゴモゴとする舞子の視線の先には、明かりのついた窓がある。も ともだちだから ! う親が帰って来ているらしい。 ﹁絶対だよ ! そう言うと、舞子は家に向かって走り去った。帰りが遅いと叱られ ! くても良かったが、知らなくては考えることすら出来ない。実に悩ま ﹂ しい問題だ。 ﹁あの 知ってしまえば、精神的に参って戦力にならなくなってしまうかも しれない。 教えなければ、それをエサにして、このまま特別課外活動部に留め ることが出来る。 ただ、ついさっき岳羽とあなたは〝友達〟ということになった。 さて、どうしたものか。 ﹂ 少しだけ考え、あなたは岳羽に彼女の父親の名前を告げた。 ﹁⋮⋮なんですか ても。 ﹁││え ﹂ それではきっと辛いだろう。両者が友達ならば、そのどちらにとっ はずっと良い。騙され、利用されたと感じてしまえば、恨みが残る。 わり合う。失敗したとしても、先延ばしにしたせいで後々に響くより 本当に、いつも通りだ。お互いが、払う物を払い合い、納得して関 ろう情報。岳羽に求める代価は、戦力の提供。 つまり、交渉である。あなたが支払うのは、岳羽の求めているであ に行けば良い。 悩ましい問題だ、などと考える必要は無かった。そう、いつも通り しこりとなって残っていることも事実だ。 さら恨み言を言うつもりはない。ただ、そのことが、未だに心の中に 知っていた。他ならぬ自分自身の体験として。そのことについて、今 あなたは、そんな扱いを受けた人間がどんな気持ちになるのかを る。それも、命がけの状況で。 詳しいことを知らされず、真意を隠した者たちによって利用され が鋭くなる。先ほどまで舞子に向けていたものとは大違いだ。 急に出された父の名前。それを聞いた岳羽のあなたに向ける視線 ? あなたは、岳羽と交渉することにした。 ? 534 ? ◇ ◇ ◇ 5月7日︵木︶ 昼休み 教室前の廊下 ようやくの昼休みだ。 っと、すいません これ⋮⋮おねがいします ﹂ 昼食を終えたあなたは、図書室に行こうと考えて教室を出た。 ﹁あっ ! と。 !? いるのだ。しかも、それによるお咎めは無しである。 とが 殺しにして病院送りにした〟などという物騒な代物までも出回って 〝ポートアイランド駅の駅裏にたむろっている不良たちを、全員半 あなたのウワサは、収まるどころかエスカレートする一方。 なんてことにもなる。 もしものことを考えると、顔が真っ赤になり、言葉も上手扱えない 大変な〝勇気〟を必要とする存在なのだ。 イトですらない一般の女子生徒からしてみると、話しかけるだけでも なんと言っても、あなたは〝月校一のハレンチボーイ〟。クラスメ それは仕方のない事である。 日誌を突き出してくる女子は、口が上手く回っていない。しかし、 ﹁そ、その⋮⋮。に、2年の子が⋮⋮﹂ の日誌〟だ。 だが、残念ながら、あなたの目の前に出て来たものは、〝保健委員 まうところである。もしかして、ラブレター これが〝手紙〟だというのなら、ウキウキと気分が舞い上がってし いる。そして、あなたに向かって何かを差し出して来た。 廊下に出ると、どこかで見覚えのある女子生徒が顔を真っ赤にして ! それじゃ ﹂ ﹁に、2年の子が引き受けてくれたって⋮⋮。と、とにかく、頼んだか ら ! さで走り去った。 事情がよくわからないが、放課後は保健委員の仕事をしなければな 535 ! あなたが日誌を受け取ると、保健委員会の女子生徒は素晴らしい速 ! らないようだ。 ◇ ◇ ◇ 放課後 保健室には、時計の音だけが響いている。 養護教諭があまりにも怪しいため、月光館学園の生徒は保健室をあ まり利用しない。ここで薬を頼むと、泡立つ暗緑色のドロリとした粘 液を飲まされたりするのだ。相当な〝勇気〟の持ち主のみが、この部 屋を利用することができるのである。 遠くから生徒達の喧騒が聞こえて来る。運動部が声を上げている のか、文化部が騒いでいるのか、それとも帰宅部がバカ騒ぎしている のか。 この保健室に話し声がないのは、あなたの他に誰もいないせいだ。 手前の廊下には人の気配があるが、この部屋には誰も来てくれない。 保健委員の仕事は、2人1組で行われる。最初の委員会のときにそ う説明され、組分けも行われたのだから、これは確かな決まりだ。 だというのに、もう1人が来ない。 昼休みの話の流れから考えると、その〝もう1人〟が今日の当番を 引き受けたと思われるのに、だ。 保健委員は人気が無い。それは担当の教師が、江戸川養護教諭だか らだ。これは仕方がない。 マトモな神経の持ち主が、バフォメット江戸川を避けようとするの は当然である。 そんな保健委員にされてしまった者は、あなたのような〝くじ引き 〟に負けた運の無いヤツ、あるいは気が弱くて押し付けられると断れ ないヤツ、もしくは〝委員会決めの当日に休んだヤツ〟辺りだろう。 ごくまれに、江戸川に心酔してしまう生徒もいるらしいので、そん なヤツも居るかもしれないが。 そして、最初の委員会で、当番のコンビを決めた時のあなたも人気 536 が無かった。ウワサのせいで女子からは遠ざかる。男子にしても、学 園内で人気者の女子と浮名を流していることになっているため、一部 を除いて好意的とは言えない態度だ。 3股、4股と聞けば、それはそうだろうと思う。現代日本の倫理感 は、悪魔達のそれとは違うのだ。 そんなあなたとコンビとなった可哀想な相手。それは、その日に休 んでいたヤツだ。 正確には、朝は出席して来たのだが、途中で帰ったのだとか。 その不幸な生徒は、あなたが〝以前、イジメにあっているところを 見かけた生徒〟だ。そして、体調不良のため〝辰巳記念病院〟にかか り、そこで密かに行われていた〝適性検査〟によって、〝ペルソナ使 い候補〟と判定された人物でもある。 保健委員の当番を引き受けておきながら、顔すら出さない生徒。 保健室に掲示された委員の組分け表。その中であなたの隣に書か やまぎし ふ う か れている生徒の名前。 〝山岸風花〟。 気が弱そうないじめられっ子で、そのせいなのか学校を休みがち な、月光館学園2年E組所属の女子である。 なお、あなたの保健委員仲間は、保健室手前の廊下でまごまごとし ていた。ハレンチボーイと保健室で2人きり。これに耐えるために は、相当な〟勇気〟が必要なのだ。 537 5/8 右手にいるもの 5月8日︵金︶ 早朝 巌戸台分寮 自室 目覚ましが鳴るよりも早く、ケータイの着信音があなたの鼓膜を震 わせた。巌戸台分寮の薄暗い自室で、あなたは発光と振動を繰り返す それを手に取る。 モーニングコールは頼んでいない。それに、まだ起床するには早す ぎる時間だ。 あなたは、ボソボソと悪態をつきながら、横になったままでケータ イの画面を確認する。 そこに表示されていた名前は、〝岳羽ゆかり〟。 弓道をやっているからなのか、元々そういう性格なのか、岳羽はア レでなかなか礼儀正しいところがある。そんな彼女が、こんな時間に 電話をして来た。 その用件は、緊急のものか、あるいは先日の〝あの件〟か。 ﹃ごめんなさい、こんな時間に。││あ、はい。おはようございます。 ││その、あの話なんですけど⋮⋮﹄ 一昨日の夕方、あなたは岳羽と共に舞子を家まで送った。それから 寮へと帰る途中に、あなたは〝岳羽詠一朗の遺言〟とも言える映像を 見たことを話したのだ。 ただ、内容までは伝えなかった。世の中には知らないほうが幸せで 居られる話もある。 野望にとりつかれた岳羽の父親が、桐条の実験を利用しようとして 失敗した。その結果が〝10年前の事故〟であり、〝タルタロス〟と 毎晩0時にやって来る〝影時間〟の発生。そんなロクデモナイ話だ。 岳羽が戦う理由は、おそらくそんな父親にある。あの映像を見せれ ば、もう戦えなくなってしまうかもしれない。 だからといって、それを知らせないままに戦わせるのもためらわれ る。 538 ﹃リーダーの話し方で、あんまり良い物じゃないってわかっちゃいま した。でも、私は知りたい。お父さんのことを⋮⋮﹄ あなたとしては、岳羽が知った上で、戦力になるのならそれが一番 良い。 そう考えた結果が、実に中途半端な口約束だ。守られる保証はない し、破ったところで罰も無い。 ﹃だから、リーダーにお願いします。桐条先輩に頼めば、何も言わずに 見せてくれるだろうってことでしたけど⋮⋮。なんか、ちょっと借り を作りたくないって言うか⋮⋮なんていうか。ちゃんと、戦いますん で、どんな話でも﹄ あなたから武治に連絡しても、美鶴から連絡しても、結果は同じだ。 武治は﹁元々、隠すつもりはなかった﹂と言っていたのだから。 違うところがあるとすれば、それは情報の代価だ。美鶴ならば、岳 羽に何も要求しないだろう。だが、あなたは岳羽に戦いを要求する。 渡る世間はギブ・アンド・テイク。何も求めずに手を貸し続けるのは、 あまりよくないかもしれない、とあなたは〝ボルテクス界での勇〟か ら学んだ。 とはいえ、こんなものは言葉だけ。強制力の無いただの口約束でし かない。学んだ気になっていても、ついつい御節介をしてしまうの が、あなたの中に染み付いた性質である。 ﹃桐条先輩と仲の良いリーダーに、こんなこと言うの、アレなんですけ ど⋮⋮。えっと、それだけ、です﹄ あなたは、岳羽にすぐにとは行かないが、近日中に用意を整えるこ とを伝えた。 まずは美鶴に話を通す。その次に、岳羽詠一朗の映像を取り寄せる か、岳羽が見に行けるようにしなければならないだろう。 ﹃はい、お願いします。すいませんでした。こんな朝早くに。あれか ら、ずっと考えてて⋮⋮。それで、すぐ言わないと、って⋮⋮決めた から﹄ 岳羽は、一昨日の夕方からイロイロと考えていたようだ。もしかし たら、ロクに寝ていなかったのかもしれない。 539 今日だって、琴音と頑張りますから﹄ ﹃ああ、でも、桐条先輩の事が嫌いとか、そーゆーんじゃ、ないですか ら うたげ 今日、5月8日は美鶴の誕生日だ。桐条グループ主催のパーティー とは比べることも出来ない程ささやかな宴だが、巌戸台分寮のメン バーでもお祝いをすることになっている。 寝不足気味らしき岳羽の言葉は、それについて言っているのだろ う。内容が前後していて分かり辛いが。 あなたがふと時計を見ると、そろそろ目覚ましの鳴りそうな時間に なっていた。話をしている内に、いつの間にか結構な時間が経ってい たようだ。 あなたは、ベッドを降りて着替えることにする。 それを察した岳羽は、電話を切る直前にこう言った。 ﹃あ、はい。それじゃあ、おやすみなさい﹄ 寝るな。今はまだ金曜日の朝。これから登校の時間だ。 ◇ ◇ ◇ 放課後 月光館学園 教室 今日の授業が終わった。 本日は美鶴の誕生日であり、夜には寮でパーティーをすることに なっている。 そのため、琴音と岳羽は早めに寮に戻ってキッチンへ。あなたと真 田は買い出しである。 主役の美鶴は、本日は生徒会の活動日なので、帰りが一番遅くなる 予定だ。それまでに、大体の準備を終えてしまいたい。 ﹁よし、行くか﹂ 教室の机に座って帰り支度をしていると、背中をポンと叩かれた。 あなたは後ろを振り返り、真田に向かって小さくうなずいてみせる。 例 の タ コ 焼 き。ピ ザ。キ チ ン ラ ー メ ン。海 牛 の お 持 ち 帰 り 牛 丼。 540 ! ワイルダックのバーガー。購入予定の品々は、おおむね巌戸台商店街 で揃う物ばかりだ。 美鶴は、高い物や凝った物には慣れているが、こういった品にはあ まり免疫が無い。そのせいもあって、彼女は割と安っぽい物が好きな のだ。 最近は、あなたのせいでちょくちょく口にしてはいるが。 ﹁ピザは注文がしてあるらしい。タコ焼きは帰りに寄ることにして、 俺は海牛に行ってくる。お前はあっちを頼む﹂ 真田と並んで歩き、モノレールに乗り、巌戸台駅で列車を降りる。 商店街では、時間短縮のため別行動だ。 牛丼は、牛丼のプロに任せるのが良いだろう。あなたの役目は伝説 の〝ペタワックバーガー〟の入手だ。 ﹂ あなたは、商店街にある〝ワイルダック・バーガー〟に入ると、頼 まれた品を注文する。 ﹁はい。ペタワック1つお願いしまーす ペタワック。注文したことは無かったが、存在することだけは知っ ていた。 ペタワック。それは、積み重なったバーガーの高さがあなたの身長 すら超えるとされる代物。 ペタワック。最近になってとある女子高校生に完食されるまでは、 無敗伝説を誇っていたと言う逸品。 ペタワックセット。そのバーガーにバケツサイズのコーラと、ハン ドバッグより大きい袋に入ったフライドポテトが付いてくるセット。 汐見琴音をして﹁夕飯前に食べ過ぎた﹂と言わせる強敵である。 ﹁おまたせしましたー。ペタワックお持ち帰りになりまーす﹂ 短めの茶髪に乗せた小さな帽子と、短いスカートから伸びる黒いハ イソックス。横縞の服の上に、エプロン風の上着を重ねた制服。注文 の品を渡してくれたワイルダック・バーガーの店員は、なかなか可愛 い。 そんな店員の﹁ありがとうございましたー ﹂との声を背に、あな たはとても長い包みを手にして店を出た。うん、また来よう。 ! 541 ! ﹁そいつが、ペタワックか⋮⋮。汐見はさすがだな⋮⋮。ああ、こっち の方が早かったから、ピザは受け取って置いた﹂ 店を出ると、外に牛丼の入ったビニール袋と、ピザの箱を手にした 真田が待っていた。 彼と合流したあなたは、タコ焼屋へと向かう。これを買ったら、あ とは寮へと帰るだけである。 ﹁い ら っ し ゃ い 毎 日、に い ち ゃ ん と 会 え て、お ば ち ゃ ん 嬉 し い わー﹂ うすっかり顔なじみだ。 また来てなー ! ﹁お 前 は、い つ も 忙 し そ う に 見 え る か ら な。ま っ た く ⋮⋮ 部 活 に も も今でなくても、とは思ってしまうが。 相談したことの結果報告といったところか。律儀な話である。何 く行ったようである。 り出した。その表情を見るに、どうやら彼と時任亜夜のデートは上手 あなたがバランス感覚を養っている横で、真田が何やら遠い目で語 行って来た﹂ ﹁ああ、そうだ。この間の連休だが⋮⋮。お前の言ったように、映画に のひと吹きでよく揺れてしまう。 包まれているとは言え、超ロングサイズが売りのペタワックだ。風 れの半分以下だろう。 あなたは、慎重な足取りで寮への道を歩む。その速度は、普段のそ 今は別にいらない信条だが。 う。 いつも訓練を忘れない。そんな真田の姿勢は、たいしたものだと思 ﹁そいつは良い練習になりそうだ。俺も今度やってみるか﹂ き入った袋を引っかける。なかなかバランスが重要な姿勢だ。 それから、ペタワックを崩さないように気を付けつつ、指にタコ焼 そう言って手を振る店主に、あなたもまた手を振り返した。 ﹁まいど ﹂ あなたは、なんだかんだとこの店をよく利用している。店主とはも ! 入っていないのに、どうしてなんだか﹂ 542 ! そう言って、真田は苦い笑いを浮かべた。 人生は問題解決の連続だ。ニンゲンが生きている。ただそれだけ で、問題の方から寄って来るものなのである。それは、今のあなたが 忙しいことの理由にはならないけれど。 ﹁まあいい。しかし、映画というのは良い選択だった。俺はあまり口 が上手くないからな。何を話していいのかわからなくなってしまう。 その点、同じ映画を見た後なら、その映画の話をすれば良いだけだ。 ⋮⋮実に理にかなったアドバイスだった﹂ 真田に感心されてしまった。 だが、あなたには、そんな大層なアドバイスをした覚えは無い。単 に真田がどうなっても良いと考えて、適当なことを話しただけであ る。 ﹁まあ、お前が美鶴の誕生日を聞いて来たあの時。⋮⋮あそこに時任 さんが居なかったら、こんな話にはならなかったんだが﹂ そう言うと、真田は手にした袋をヒョイと持ち上げて見せた。 東京の実家で千晶が帰った後、あなたは真田に電話をかけている。 あの時、電話口の向こうから聞こえた女性の声は、どうやら時任亜夜 のもので合っていたようだ。 ﹁俺と美鶴は中学卒業の頃からの付き合いだが、今までこんなことは したことがなかった。そう言ったら、時任さんに叱られてしまった ⋮⋮﹂ 真田は、尻に敷かれるタイプらしい。たぶん、そうだろうとは思っ ていたが。 放って置くとどこかに突進して行きそうなこの男には、そんな風に 主導権を握ってくれる相手が良いのかもしれない。 ◇ ◇ ◇ 夜 巌戸台分寮 1Fラウンジ 543 ﹁おかえりなさーい それ、この辺りに並べちゃって下さい ﹂ ンなどで飾りつけされたその姿は、心なし嬉しそうだ。 ﹂ そんなワケで、アラハバキはテーブルの上で澄まし顔である。リボ しい。 た皆からのプレゼントだ。そう言って、琴音が美鶴から借りて来たら う美鶴に渡してしまった物ではあるが、本来は今日渡されるはずだっ そして、テーブルの中央に〝あの遮光器土偶〟を乗せる。これはも 岳羽の2人だ。 人数は5人。あなた、真田、美鶴の3年生が3人。2年生は琴音と 始めた。 そんなやり取りの後、あなたと真田は買って来た食べ物を皿に配り 局、プロテインの真田であった。 そんな筋肉バカに向かって、あなたはヤレヤレと首を横に振る。結 ウンウンと何度も首を縦に振る真田。 れがなかなか良い ﹁ああ、そこにアマプロテインを混ぜる。普段とは違った味わいで、こ のだが。 買ってくれば、早く作れる上に味も安定と、なかなか良い品ではある 彼の好みはよくわからない。いや、ホットケーキは簡単な材料を 荷物をテーブルに置くと、真田はそう言って腕を組む。 ﹁ケーキと言えば、ホットケーキだな﹂ は、それはそれで味わいがある。店の売り物にはないサムシングだ。 誕生日の定番と言えば、ショートケーキだろうか。素人手作りに 難しいですけど﹂ ﹁今、ケーキ焼いてるんですよ。お店のみたいにフワッとさせるのは かに甘い香りがした。 あなたにそう告げて、キッチンのある別館へと向かう琴音からほの 買って来た物をその上に盛り付けて行けば良いらしい。 寮に帰ると、食堂のテーブルの上にたくさんの器が置かれていた。 ! そして、その土偶の横には、あなたが苦労して運んで来たペタワッ クバーガーのタワーがそびえ立っている。 544 ! ! そんな有り様を見て、真田が一言。 ﹁なんとも奇妙な眺めだ﹂ と、玄関のドアの辺りから音が聞こえて来た。寮生で帰って来てい ないのは、あとは美鶴だけである。 ﹂ だが、気配が美鶴のものとは違う。理事長は、残念ながら用事で来 伊織順平、ただいま参上 られなかったので、これも違う。 ﹁ちわーっす ! もまた首を横に振っている。 順平じゃん。なに、どしたの ? んな造りにしたのだろう。 ﹂ てか、桐条先輩からなんも聞いてねーの ﹁あ、ホントだ。匂いに釣られて来たとか ﹁ありえる﹂ ﹁いや、ありえねーよ ﹂ !? ﹁リーダー ﹂ ﹁先輩、何か聞いてます ﹂ しかし、あなたには美鶴から伊織について何か聞いた覚えがない。 やはり、2年生は仲が良いようだ。 す伊織。 それに乗って相槌を打つ岳羽と、大きな身振りでリアクションを返 かった。 テーブルの空いた場所にケーキの皿を降ろすと、琴音が伊織をから ! ? ければいけないことは、この寮の構造上の問題点である。どうしてこ キッチンは別館、食堂は本館。料理を手にドアをいくつも突破しな た。開いた扉の向こうには、ケーキを抱えた琴音の姿も見える。 そんなタイミングで、岳羽が裏口を開けてラウンジへとやって来 ﹁あれ ﹂ あなたには、彼を呼んだ覚えは無い。近くに居た真田を見るが、彼 玄関を開けて現れたのは、大荷物を手にした伊織の姿だった。 ! ? をひねっていた。 真田はどうだろうと考えて視線をやると、彼は彼で﹁知らん﹂と首 い。 琴音と岳羽があなたを見て来るが、聞いていないことは答えられな ? 545 ? ﹁あっれ オレ、桐条先輩んとこの人に、今日引っ越しますよーって 言っといたんスけど⋮⋮﹂ 大きな荷物を引きずるようにして、伊織は玄関から中へと入って来 オレの歓迎ってこと もー、おど る。そして、パーティーの準備がされたテーブルを見て、とても嬉し これ、アレっすよね そうな顔になった。 ﹁って い や ー、な ん か、 !? つーか、何この変 ろ か そ う と し て、み ん な し て と ぼ け ち ゃ っ て ﹂ ! れてるのかと⋮⋮。浮かれちまったオレッチ、ハッズカシー ﹂ ﹁うぉぉ⋮⋮。マジぬか喜び⋮⋮。一瞬、みんながチョー歓迎してく だろう。 そのことをウッカリと忘れていたらしい。まあ、そういうこともある 帰って来た美鶴によると、5日の夕方には連絡があったようだが、 いた﹂ ﹁すまなかったな、伊織。連絡は受けていたが、皆に伝えるのを忘れて 用意された。元々が多めだったので、量が減って丁度良い位である。 伊織の分の食事は、他のメンバーの取り分を減らすことでなんとか ◇ ◇ ◇ 非情だった。 ﹁順平の席ないから﹂ そして、汐見琴音は││。 言いあぐねる岳羽とあなた。目を伏せ、顔を逸らす真田。 ﹁伊織⋮⋮﹂ ﹁いや⋮⋮。その⋮⋮それ、違うから⋮⋮﹂ ない。 だが、それはまったくの勘違いだ。伊織の分の食器は用意されてい 伊織は帽子のツバで顔を隠すようにして、照れまくっている。 なの⋮⋮土偶 こー、こんなんされるとテレちまうなー ん ! ! ? 伊織は、片腕で涙をぬぐう泣きマネからの、両手で頬を押さえる恥 ! 546 ? ? ! ずかしがりポーズへの移行を披露してくれた。そのオーバーなアク ションが、ラウンジにわずかな笑いを生み出す。 神妙な顔で謝っていた美鶴の表情が、少し崩れる。 ﹁しかし、美鶴がそういった連絡を忘れるのは珍しいな﹂ ﹁ホ ン ト で す ね ー。桐 条 先 輩 っ て、そ ー ゆ ー と こ ピ シ ッ と し て る イ メージでした﹂ 美鶴と付き合いの長い真田が、疑問をこぼした。岳羽がそれに続く 形で追撃する。岳羽は追い打ちが得意だ。 聞かれた美鶴が、チラリとあなたを見る。 ﹁5 日 の 晩 は イ ロ イ ロ と あ っ て な ⋮⋮。そ の せ い で、抜 け 落 ち て し まっていたようだ。君があまり激しくするから、どこかに飛んで行っ てしまうかと思ったぞ﹂ 5日の晩、あなたは桐条家のパーティー会場で美鶴を振り回した。 羽の生えた妖精相手のダンスは、さすがの美鶴も厳しかったらしい。 ﹂ 女が急に声を上げた。口元にカツオブシがついている。 聞かれたので、あなたは連休中のことを問題の無い範囲で話すこと にした。氷川から聞いた話や、岳羽詠一朗の映像、桐条武治の語った エルゴ研のことは伏せるとすると││。 ﹁ほう、初日は幼なじみと久しぶりに会ったのか。やはり、幼なじみは 大事にしないとな。シンジのヤツにも聞かせてやりたいものだ﹂ 真田と荒垣は、仲が良いような悪いような何とも言えない関係だ。 いや、仲はとても良いのだろうが、荒垣の側が微妙に真田を避けてい るようなのである。 ﹁で、2日目は桐条先輩とスクーター2人乗り。そんで、新宿御苑のお しゃれな喫茶店で過ごしたと⋮⋮。フッ⋮⋮オレなんて⋮⋮﹂ そう言った伊織の目は、どこか遠いところを見ていた。彼の身に何 547 とはいえ、あなたにはアレ以外の覚えが無いので仕方が無かったの だが。 なんでそんな状況に !? あなたの隣の席で、黙々とタコ焼きを口にしていた琴音。そんな彼 たんですか ﹁え、ちょっ 先輩、桐条グループのパーティーで、美鶴先輩と踊っ ! ? があったのだろう。 だが、特別知りたいとも思わないので、あえて聞くことはしない。 あなたと伊織は、そこまで仲が良くない。 ﹁でー、3日目は、桐条先輩の家で歓待を受けて、そのままパーティー に 出 席。ヘ リ で こ っ ち に 戻 っ て 来 た ワ ケ で す か ⋮⋮。ヘ リ ⋮⋮ ヘ リ か⋮⋮。影時間に飛べるヘリがあることよりも、なんか、こー、上手 く言えないけど、違うとこで驚く⋮⋮﹂ 最近の岳羽は、口が上手く回らないようだ。もしかすると、あなた のせいで寝不足なだけなのかもしれないが。 あなたは、自分の話を大まかに伝えた。そして、他の皆の連休につ いて聞いてみる。自分だけが話すのも面白くない。 ﹁私はいいな。初日はグループの用事で、残りの2日間は君と同じだ﹂ 美鶴については大体わかる。あなたのそれと被る部分が多いから だ。だから、目新しい話題が無い。 り ││と、時任さん お わたしは、沙織と遊びに行って、理緒と遊びに行って、ゆ さおり いる。彼と女子大生の間に、一体何があったのか。なんとも、うらや ましい話だ。 ﹁はーい あ、でも、先輩の場合は⋮⋮悩ましい﹂ か り と 遊 び に 行 っ て 来 ま し た。や っ ぱ、幼 な じ み は 大 事 に し な い とー、ですね お そして、琴音と同じテニス部の〝岩崎理緒〟。こちらは、たしか琴 いわさき り 大人っぽい雰囲気の2年女子だと琴音から聞いている。 〝長谷川沙織〟のことだろう。あなたは彼女と会ったことはないが、 は せ が わ さおり 名前の出た沙織というのは、おそらく同じ図書委員だと言っていた び倒していたに違いない。実に平和で結構な事である。 あなたが氷川や武治と真面目な話をしていたころも、のほほんと遊 琴音は、どうやら遊んでばかりいたようだ。 ! 548 先ほど聞いたばかりの真田の話などか、場を盛り上げてくれるので ﹂ 俺は、その、さっき話しただろう ないだろうか。高校生なら興味津々に決まっている内容だ。 ﹁お、俺か と出かけて来た。それだけだ ! 真田はそっぽを向いてしまった。そんな彼の耳は、真っ赤になって ! !? ! 音や岳羽、伊織と同じ2年F組に幼なじみの男子と幼なじみだと聞い たような気がする。 よくわからないが、幼なじみが悩ましいらしい。 そして、ゆかりというのは、岳羽ゆかりのことである。 よくわか ﹁いや、私のことはいーんで⋮⋮。なんか、テンション高めですよね、 今日のリーダー。えーっと、なんとなく私の番って感じ らない流れですけど﹂ 作 日曜日のことなんですけど、 たぶん、真田先輩たちと同じのです。それで、もー、すんごい 友達と映画見に行く約束してたんですよ。その日から公開の超話題 もー、誰でもいいから聞いて下さい ﹁││んー、この際なんで、ちょっとグチっちゃいますね。ていうか、 ことをしてしまうかもしれない。 ては。そうしないと、一時の感情に振り回され、取り返しのつかない 何かやらかしてしまいそうなので、明日の夜は部屋に引き籠らなく してきている。 もうすぐ満月だ。あなたの精神はそれに向かってドンドンと高揚 ? してたのに、一緒に行った友達が、ですよ その 映画の時間までまだあ るから、ちょっと本屋に行きたいって言いだしたんですよ ですよ ││そうそう、琴音の斜め後ろに座ってるあの子。で、私 子って、もー、すっごい本の虫で、って、あー古本屋の名前じゃない ! ? な ん で っ て、本 屋 っ て な ん か ト イ レ 行 き た く な る えーっと、それでですね。 いや、本の虫な子だか ちょっとイヤーな予感はしてたんですけどね。嫌な予感して 帰って来ないんですよ。本屋に行った子が ⋮⋮って、言わせないでよ。順平のアホ ? だ。結局、目的の映画は、琴音と見に行ったらしい。 とりあえず、彼女なりに充実したゴールデンウィークだったよう 岳羽のグチが続いている⋮⋮。 いのって話でして││﹂ るなら行かせるなよって話ですけど、でも、なんて言って止めたらい ら ! ! よ。│ │ え は本屋ってちょっと苦手なんで、その子だけが入って行ったんです ? 549 ! 楽しみにしてて、ポロニアンモールで待ち合わせてる時からワクワク ! ? ゆかりッチ﹂ 話の区切りで、岳羽がスパークリングジュースをグビッと飲み込ん だ。 ﹁あーっと⋮⋮もう、いいか ああ、うん。なんか、スッキリした﹂ みたいな感じ トレーニングになるぞ﹂ そう言った伊織の顔には、若干の疲れが見える。 ﹁歩き回るくらいなら、走ったらどうだ でして﹂ ﹁いや、そーゆーんじゃなくて、なんつーか、人探し ? ﹁赤っぽい長い髪で、ドレスっつーか、ゴスロリ ﹁ちょっと気になる﹂ ﹂ ? ﹁は 斧 小野じゃなくて ﹂ ﹁カンケーつっても、最初に会った時は、斧投げられたなー⋮⋮﹂ 美鶴も同じようなことを考えたらしい。 自分ではないとアピールしていた。 そう思ったあなたが美鶴の方を見ると、彼女は顔の前で手を振って した時の美鶴の姿が浮かんできてしまう。 赤っぽい長髪にドレス姿と言われると、あなたの脳裏にはダンスを ? って言うんですか あなたがそう言うと、伊織は﹁えーっと﹂と話を続けた。 らった方が探しやすそうな気がする。 わからないが、1人で探すよりも、ここの皆にも気にしておいても 伊織は、誰かを探しているらしい。それがどういった人物なのかは ? わってたってだけで⋮⋮﹂ の場合、特になんも無かったッスけどね。この辺りをブラブラ歩きま ﹁そ、そっか⋮⋮。あー、じゃあ、あとはオレか⋮⋮。つっても、オレ ﹁えっ そこで、すかさず止めに入る伊織。ナイスな判断である。 ? ? ﹂ 単純に恐怖体験だ。 琴音が言うような、兜をかぶった成人男性が飛んで来たら、怖い。 だっつーの ﹁いやいやいや、オノムネなんかが飛んで来たら、流石のオレでも即死 ? ! 550 ? そんな服装してる子なんですけど﹂ ね ? その子、順平とどんな関係 ﹁え ? !? ここまでの話を聞いた美鶴は、自身の唇の下に指を添え、目を細め る。 ﹂ ﹁イマイチわからんな。相手もそうだが、伊織も、だ。目的は、その斧 の件の報復か ﹁あ っ え っ と、そ の ⋮⋮ な ん つ ー か、な ん て 言 っ た ら い い の か ? ﹂ ﹁あー といった調子 ! 待って ゆかりッチ、それ以上、言わないで ! ! んだかストーカー はい ﹂ もう、ストップ ストップ それ、違うから ! この話は、もうヤメー ! ﹁ああ、琴音ッチにもバレた いや、違うから ? で 印を作る。 ﹂ 伊織が、椅子を蹴倒して立ち上がった。そして、両手を使って必死 ! ! ! ! でも、よく知らない子をずっと探し回ってるって⋮⋮それって、な ﹁あ、そういう⋮⋮。斧とか、まあ、ドラマチックでいいんじゃない いやー ﹁え⋮⋮。まさか、順平⋮⋮。その斧っ子のこと﹂ で伊織に向かって身を乗り出す。 3年生3人組が首をひねる中、岳羽がピンと来た 来るような相手とは、出来るだけ関わらないほうが良さそうだが。 美鶴ではないが、本当によくわからない。初対面で斧を投げつけて ⋮⋮。放って置けない感じ、つーか﹂ ! ! ! くあった事だ。 しかし、2年生のテンションが高い。琴音と岳羽だけならこうはな らないが、そこに伊織が加わると一気にボルテージが上昇する。伊織 順平、やはり大した男のようだ。 おい なんだ琴音 ちょっと、待て ﹂ こーゆーときはですねー !? ちょっ、バカ、ヤメ⋮⋮﹂ ﹁今日は、私のためにこのような催しをしてくれて、本当に感謝して│ │なっ ﹁もー、美鶴先輩はカタいんですよ ? どこを触っている こう、ほぐしてぇー﹂ ﹁おい、待て ! ! そろそろお開きといった雰囲気になった所で、何やら美鶴が謝辞の !? ! ! ! 551 ? ! 暴力から始まる出会いがあっても良いとは思う。あの世界では、よ × ようなものを述べようとした。 が、それは琴音によって止められてしまった。 あなたは、手元のグラスをじっと見る。これは、ジュースだ。当た り前だが、アルコールは入っていないはずである。グラスの中のス パークリングジュースを一口に飲んでみても、やはりジュースだ。 もしや、飲んだつもりで、酔ったつもりになってしまったのだろう か。まさか、琴音が美鶴にあんなことをするとは。 是非とも、間に入れてほしいところだ。男がやったら処刑確実なの で、騒ぎに混ざれないのがまことに残念である。 今夜の巌戸台分寮は大騒ぎ。 その窓の外、流れる雲の間から、円い月がその姿をのぞかせた。 ◇ ◇ ◇ 552 5月9日︵土︶ 未明 巌戸台分寮 自室 あなたは今、影時間の見回りを終え、風呂で汚れを落としたところ だ。 自室で明日の学校の準備を整え鞄にしまうと、あとはもう眠るだけ である。 あなたが机の上に鞄を置き、ベッドへと近寄る。そして、さあ寝よ う、と考えたところでケータイから着信音が聞こえて来た。 現在の時刻は、もう日付も変わった深夜も深夜。こんな時間に誰 渡した だ、と画面を見ると、そこには〝汐見琴音〟と表示されている。 ﹃すいません。先輩⋮⋮屋上に来てもらってもいいですか いものがあるんです﹄ 前に何かくれると言っていたような気がする。 あなたは、琴音にすぐに向かうと伝え、電話を切った。そういえば、 だ。眠いのかもしれない。 電話越しの琴音の声は、どこかボンヤリとしていた。時間が時間 ? たしか、あなたが〝絶対〟気に入るプレゼント。だが、重い。そし て、もしも受け取り拒否されたら泣く、と話していたはずだ。 階段を昇りながらそんなことを思いだしていると、すぐに屋上へと 出るための扉が見えて来た。 あなたの手がドアノブを掴み、そしてひねる。 扉を開けると、そこには月の光が降り注いでいた。その輝きは、ほ んの僅かしか欠けていない。 次の夜は、満月だ。 視線を空の月から、下へ。屋上の端にある壁の前、あなたに背を向 ける形で琴音が立っていた。 Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are Up above the world so high, Like a diamond in the sky. Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are 彼女は、月を見上げながら、どこかで聞いた懐かしい歌を口ずさん でいる。 あなたは、ふと思い出した。少し前、ピクシーもこんな感じで歌っ ていたな、と。 When the blazing sun is gone, When he nothing shines upon, T h e n y o u s h o w y o u r l i t t l e l i g ht, T w i n k l e, t w i n k l e, a l l t h e n i g h t. Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are 553 ! ! ! 天に輝き、この世界を しかし、琴音は何を思ってこれを歌っているのだろう。 あなたの口から、疑問の声が漏れる。 ﹁夜空にきらめく小さな星、あなたは一体誰 ? 愛おしむ、あなたの名前は何 ギラギラ燃える太陽が消え、光も消 え、そうして残された夜を照らす者。あなたはいったい何者かしら あとは、あの なんだか、そ 世の中、よくわからないこ とだらけですよ。あの月を見ていたら、なんとなく ? ﹂ 初めて会った夜の事。あの時も、月が大き 背を向けたままの琴音の顔は、あなたには見えない。 あるのだろう。それが何かは、わからないが。 るのだから。ならば、そう、他とは違う特別な月には、特別な何かが 影時間の夜空には、月の他にはきらめく光は無い。時が止まってい 意味があるような、ないような。言葉遊びと言ったところか。 た。 あなたの疑問への答えは、ちょっとした謎かけのようなものだっ んな気分になっちゃいました﹂ ! ? タルタロスで会った女の子、ですかね も先輩で不思議な人ですよねって、そんな感じです ││んー⋮⋮なんと言いますか、影時間の月もそうですけど、先輩 ? ? なた自身のそれとよく似た気配と。 ﹁先輩、あの時ケガしちゃったじゃないですか。だから、やっぱり身を 守る物が有った方がいいだろうなって。でも、先輩は慣れない武器を 持つよりも、素手の方が良いって、いつもそのままで。だから⋮⋮﹂ そう言いながら、琴音はクルリとターンして、あなたへと顔を向け た。 たぶん⋮⋮いえ、絶対。先輩に 月の光を背に悪戯っぽい表情を見せる彼女の手には、装飾の施され た鞘に収められた一振りの短剣。 ﹁これ、受け取ってもらえませんか も、理解できる。 手にした瞬間、分かったことがある。刀身を鞘から抜いてみなくて あなたは琴音の傍へと歩み寄り、差し出された短剣を受け取った。 も気に入ってもらえるはずですから﹂ ? 554 ﹁先輩は覚えてますか かったですよね 覚えている。 ? あなたは、あの日、久しぶりに死神の気配に出会ったのだから。あ ? これは、あなたのための武器だ。初めて手にしたはずなのに、まる で長い間一緒に居た相棒のように感じられる。 ﹁そのナイフは、先輩のことを想うわたしの心で出来ています。⋮⋮ なんて言ったら、ちょっと恥ずかしいですね﹂ 琴音のセリフに、思わず顔を上げるあなた。目に映った彼女の顔 は、真っ赤になっている。月明かりでもわかるのだから、相当なモノ だ。 そこまで恥ずかしいのなら言わなければ良い。言われた方まで恥 ﹂ と、とにかく、素手なんてダメですからね ずかしくなってしまう。 ﹁あー、んー、コホン これからは、それ使って下さいよ そう言うと、琴音は屋上から走り去ろうとする。 ﹂ そんな彼女の背に、あなたは礼の言葉を投げかけた。 ﹁絶対使って下さいね もうとっくに眠る時間なのだ。早くしないと夜が明けてしまう。 た。 もらった物の使い心地を少しだけ試した後、あなたは部屋へと戻っ るのだ。 は〝材料〟の段階からあなたのことを良く知っているような気がす それに、なによりも手に良く馴染む。おかしな話だが、このナイフ ガードもあり、そのまま殴ることも出来そうだ。 あなたの戦い方を考えたものなのだろう。グリップには、ナックル い。 の光を受けてキラキラと輝く。羽根のようではあるが、脆い印象は無 すると、まるで妖精の羽根のような透き通った刃が現れ、それが月 を移す。そして、その刀身を鞘から引き抜いた。 あなたは、去って行った琴音の背中から、手にしたナイフへと視線 度こそ走り去った。 その言葉を聞いた琴音は、一度立ち止まってダメ押しをすると、今 !? 布団をめくり、ベッドに横になろうとしたところで、あなたはふと あることを思いついた。 555 ! ! ! 先ほどの短剣を枕の横に置いてみる。そして、なんとなく満足し て、大きくうなずく。そう、なんとなく、それがしっくりと来たのだ。 ││おやすみ。あたしが見てるから、ゆっくり休んでよ。 目をつむり、あなたが眠りに落ちる寸前、そんな声が聞こえた。 おやすみ、相棒。今後ともよろしく。 556 Ⅱ ﹃PRIESTESS﹄ 5/9 モノレールにも乗れーる 5月9日︵土︶ 夜 満月 巌戸台分寮 自室 あなたの中の悪魔がザワザワと騒いでいる。それはきっと、今夜が 満月だからだろう。 人も悪魔も、シャドウも、およそ心ある全ての存在は、月の光に影 響されてしまうらしいから。 あなたは、枕元に置いてあった短剣を手に取ると、部屋の灯りを消 し、窓のカーテンを開けた。ガラス越しの月光があなたの部屋へと差 し込む。 ペ ル ソ ナ 月明かりの中、あなたはナイフを鞘から引き抜き、その美しい刀身 をあらわにした。汐見琴音の心から造られたと聞くその姿は、月光を 受け赤に青にと様々な色合いをあなたに見せてくれる。 あなたは左手でナイフの柄を握り、右手の人差し指で新しい得物の 各 所 を な ぞ り 始 め た。こ れ か ら 長 い 付 き 合 い に な り そ う な 相 棒 だ。 その形、その重さ、その切れ味と、把握しておくべきことはそれなり にある。 ナイフの柄には拳を保護するナックルガードがつけられているの で、打撃力の上昇が期待できそうだ。その部分で敵の攻撃を受けるこ とも出来るだろう。ただ、それがあるために両手で持つことは出来そ うにない。添えるような形であれば可能だが。 とはいえ、仮面を外す関係もあって片手は常にあけておきたい。戦 闘時には左手はあけておき、右手にナイフを持つといったスタイルが 基本になりそうだ。 刀身は、あなたの拳を2つと半分並べた程度。よく見かけるサイズ の三徳包丁よりも長い。 刃の形状は、斬撃と刺突の両方に適した曲線。その見事なカーブ 557 と、宝石のように透き通った材質が合わさってとても美しい。ただ、 同時に分厚く頑丈で、自己主張が激しく図太そうでもある。おそら く、素材の気質が反映された結果だろう。 右手の親指と人差し指。あなたはその2本の指で刀身を挟み、根元 から切っ先まで滑らせる。 滑らかで、そして今までに体験したことの無い触感。鉱物とも生物 とも言えない独特な感触。それが、あなたの指先から心へと伝わって 来る。 材料となったモノのことを考えると、この短剣は情報と物質、その どちらの性質も備えているのかもしれない。 シャドウは、情報と物質の中間の存在である。そのため通常の武器 では傷つけることが出来ない。 シャドウを倒すためには、同じく中間存在であるペルソナを用いる か、ペルソナ使いが特別に調整された武器を使用する必要がある。あ なたは美鶴や理事長からそう聞いていた。 付け加えると、ペルソナ使い自身の肉体や、その延長と認識される 物でもシャドウを攻撃できる。真田の拳や、美鶴のハイヒールなど だ。この2つ、特に後者は、意外と攻撃力が高いらしい。 美鶴のヤクザキックは、人よりも遥かに巨大なカブトムシ型シャド ウ〝死甲蟲〟を数メートルも吹き飛ばすとのことだ。これは、真田が 教えてくれた恐ろしい情報である。 生徒会長は、一体どんな脚力をしているのだろう。普段見かける姿 や、バイクの後ろに乗った時の感覚からすると、そこまで太く筋肉質 と言うわけでも無さそうなのだが││。 そんな風に、あなたがペルソナ使いの身体能力について考察してい ると、手にチクリとした痛みが走った。何事かと手を見れば、ナイフ の表面にバチバチと電流が流れている。冬場の静電気程度のもので はあるが。 どうやらこのナイフには、電撃を発生させる能力があるようだ。寮 の自室では火災が恐ろしくて試せないが、〝力〟を注ぐことで今より ももっと強力な電撃を作り出すことが出来そうだ。 558 敵を斬ったり刺したりしたタイミングで上手く発生させられれば、 〝感電〟させて動きを封じることも可能かもしれない。硬く、鋭く、 ペルソナ ときに相手をビリビリと痺れさせる。あなたの後輩は、なかなか尖っ た精神を持っている様だ。 しばらく眺めていても、一向に放電が納まらない。このナイフはど うもご機嫌斜めの様子だ。 今 夜 は 満 月 だ。だ か ら、腹 が 減 っ て い る の か も し れ な い。あ る い は、血に飢えているのかもしれない。 少し考え、あなたはナイフの先端を左手親指の腹に当て、軽く切り 裂いた。刀身に血が垂れると、途端に電流が止まる。 琴音のペルソナ達は、どうもあなたの仲魔と関わりがあるようだっ ﹂と た。それならば、自身の生命力を与えれば満足するかと考えたのだ が、どうやら当たりだったらしい。 彼女は、前から食い意地の張ったヤツだった。小さく﹁違う 声が聞こえたような気がしなくもないが、きっと気のせいだろう。 あなたの生命力は、悪魔相手にはそれなりに好評だった。仲魔にな るように交渉すると、結構な頻度で吸わせてくれと言われたものであ る。酔っぱらったようになって、すり寄って来たりする悪魔も居たく らいなので、不味くはないはずだ。 生命力と引きかえに仲魔になってくれるのだから、桃太郎のキビダ ンゴの次ぐらいにはイケているはずだ。 何が美味しいのかは、さっぱりわからないが。なにしろ、そのとき そのときで感想がまったく異なるのだから。味が濃いのか薄いのか、 甘いのか辛いのか苦いのか、そのレベルで違うのだ。悪魔達の味覚は 理解しがたいものがある。 ││えへへー。 すっかり大人しくなった短剣を鞘に仕舞う。そして、ベルトに沿う ようにして腰の後ろに装着する。変な声が聞こえた気がするが、きっ と気のせいだろう。マッスルドリンコの飲み過ぎではあるまいし。 上着があれば、外からハッキリとは分からない位置だ。長剣を持ち 歩いている美鶴や伊織と一緒では、あまり隠す意味は無いのかもしれ 559 ! ないが。 それから、あなたはドアを開け、1階のラウンジに向かうことにし た。部屋を出てドアを閉める直前、あなたは時計を確認する。影時間 は、もうすぐそこだ。 階段の踊り場を、満月の光が照らしている。窓ガラス越しに見える 月は、ついさっき自室の窓から見上げた時よりも、一層大きく強く輝 いていた。 満月の夜は大人しくしていよう。先月のあなたは、そう考えてい た。 しかし、シャドウと悪魔が近しい存在であるのなら、あなたが今感 じている高揚感を、シャドウもまた感じているのかもしれない。 何事も無ければ良いと思っている。同時に、きっと今夜は〝何かあ る〟と確信してもいる。 1階へと続く階段を下るあなたの瞳は、暗い金色に輝いていた。そ 上手く言えないが、何か、こう空気がざわつくよ 560 う、まるで空に浮かぶ月のように。 ◇ ◇ ◇ 影時間 満月 巌戸台分寮 正面玄関前 ﹁妙だな⋮⋮﹂ 影時間を迎え、これから見回りに出かけようというタイミング。巌 ﹂ 戸台分寮の玄関前で、美鶴がタルタロスの方向を見ながら、そうつぶ やいた。 ﹁どうしたんですか の横に並んでたずねる。 この時間、いつも美鶴とバイクの2人乗りをしている琴音が、美鶴 ? 美鶴はそれに答えず、あなたの方を見て口元に手を当てた。 ﹁君は感じないか うな雰囲気を⋮⋮﹂ ? 琴音、真田、伊織、岳羽。あなたは皆の顔を確認してみたが、特に 異常は感じていないように見える。 一番の異常事態である〝影時間〟の中で、異常ではないというのも 奇妙な話ではあるが。 美鶴だけが何かを感じ取っている。そうだとすれば、それは美鶴の ペルソナ〝ペンテシレア〟に備わった感知能力によるものだろう。 あなたは、気配を感じ取ることに集中した。││心なし、いつもよ り攻撃的な感触がある。普段、この寮の近辺で感じ取るそれが緑な ら、今は黄色だ。 あなたが視覚として感知する気配は、赤に近い色であるほど周囲に 強い敵意が満ちていることを意味する。 ﹂ ﹁シャドウの行動は、月の影響を受ける。幾月さんが前にそんなこと を言っていたが、それじゃないのか ﹁かもしれん⋮⋮。もっとも、月の影響を受けるのは、シャドウばかり ではないがな﹂ 真田の言葉を引き継ぎ、美鶴は指で自分の胸を指し示した。 その仕草を見た伊織は、帽子をいじりながら口を開く。伊織の帽子 ﹂ は、いつも同じ物のような気がする。勇の同類か。 ﹁それって、人間も同じ⋮⋮ってことっすか とでオッケー ﹂ ﹁えーっと⋮⋮。つまり、今日はシャドウが凶暴かもしれないってこ を見渡す。手元が寂しい様子だ。 伊織と美鶴の会話。その横で、岳羽は両手の指を絡ませながら辺り ﹁ああ、人間に限らず、ほとんどの生物がそうらしい﹂ ? は危険度が高そうだと口にしたことで、武器を持っていない現在の状 態が不安になったらしい。 タルタロスの探索では確実にシャドウとの戦闘が発生する。だが、 そうでは無い日の〝見回り〟には大きな武器を持っては出かけない。 まれに街中で遭遇する程度のシャドウであれば、ペルソナだけで十 分対処することが可能だ。それに、影時間が終わった後の街には、深 561 ? あなたと美鶴、特別課外活動部の現場リーダーと部長が揃って今夜 ? 夜とは言えまだまだ人通りがある。琴音のナギナタ、美鶴の長剣、伊 織の大剣、どれも警察に通報されると困ったことになってしまう代物 だ。岳羽の弓矢だけは、弓道用として持ち運べなくもないだろうが。 そんな仲間達の様子を見つつ、あなたはグルリと周囲を探った。寮 から見てタルタロスの方向、そちらから特に強い敵意を感じる。あな たの感知能力では、それ以上のことはわからない。 ﹁やはりか⋮⋮。みんな、少しここで待機していてくれ。念のため、作 戦室の設備を使って広域探査を試してみる﹂ そう美鶴に伝えると、彼女は鍵をかけたばかりの玄関のドアを開 け、階段を駆け上がって行った。言葉通り、作戦室に向かったのだろ う。 美鶴が走り去ると、ヘルメットを抱えた琴音があなたの隣にやって 来た。赤く光る瞳で、彼女はポツリとこぼす。 ﹁満月には、試練が来る⋮⋮か﹂ た。 ﹂ ﹂﹁はい﹂﹁ああ﹂ 琴音だけは、その場で〝どこからともなく〟ナギナタを取り出して これでバッチリです 見せる。 ﹁はい ! に、今はその手にナギナタが握られている。何もなかったはずの空中 から、彼女の身長よりも長い物体が突如現れたのだ。 562 試練。そう言えば、〝アリス〟もそんなことを言っていたような覚 えがある。マジシャンを倒した後に、 ﹁1番目の試練を越えたから、お めでとう﹂などと口にしていた。そして、その試練はまだ始まったば かりで、オワリが来るのはこれからだとも。 あなたは、なんとなく琴音の後頭部をポンと叩いた。特に意味は無 い。 ﹂﹁ういっす それから、各自武器を用意しておくようにと皆に告げる。要るだろ う、武器が。 ﹁ふぇ⋮⋮っと、了解です ! それぞれに返事をして、琴音以外のメンバーは部屋に走って行っ ! ほんの少し前まで、琴音は手に何も持っていなかった。それなの ! ﹁えーと⋮⋮たしか、先輩ってこれ出来ましたよね ﹂ とだろう。なんとなく意味はわかる。 あなたは、手にしたナイフをじっと見つめた。 すね ﹂ いや、そのナイ ル ソ ナ ﹁先輩ならできると思ってました。⋮⋮これで、学校の日でも一緒で 現実を夢に、情報を物質に。それをやればいいのだ。こちら側で。 手元に存在していたのだ。 ていた。いや、ボルテクス界で〝持っていた物〟がそのままあなたの 過ごしていた時と同様、持ち物は〝所有している〟という情報になっ 〟でのことが思い浮かぶ。〝向こう側〟の世界では、ボルテクス界で あなたの心に、ベルベットルームの扉を越えた先、〝思い出の世界 なんとなく、わかった。 せたり、夢に戻したりする││。 で、この物質世界での実体を持たない情報存在だ。それを、現実化さ このナイフは、元はピクシーだった。元々は、汐見琴音の心の一部 ペ ベルベットな感じ。つまり、情報と物質、夢と現実の中間というこ あなたの反応を見た琴音が、しどろもどろに言葉を重ねて来る。 な感じで⋮⋮わかりません ナだったんですけど⋮⋮。こう、なんていうか、その⋮⋮ベルベット フって元はピクシーで、ペルソナですから⋮⋮。こっちも元はペルソ ? た。ニコニコと嬉しそうな琴音に、あなたは大きくうなずく。 しかし物騒な話だ。汐見琴音は、学校の教室に凶器を持ち込んでい たらしい。あなたの場合は、その拳だけで十分な脅威であるが。 この世は危険に満ちている。手元に武器があって困るという事は 無いだろう。隠すことに苦労さえしなければ。 ﹁ちょっと前からやってたんですけどね⋮⋮。みんな何も言わないん で、分かってるんだとばっかり﹂ 思い返せば、これまでにも琴音が〝どこからともなく〟ナギナタを 取り出している場面があった。ごく自然に、当たり前のことのように そうしていたため、気にも留めていなかったが。 563 ? 特に苦労することも無く、ナイフを情報に変換することに成功し ! それは、あなた自身がかつて何度も行ったことと同じものだったた め、違和感を覚えなかったせいなのかもしれない。 日の浅い伊織はともかく、美鶴や真田、岳羽などはどう考えていた のだろう。もしかしたら全員が、 ﹁いや、琴音だし﹂などと言った返事 この寮とタルタロスの中間付近、海上で巨大なシャ を寄越すかもしれないが。少し気になるところではある。 ﹃聞こえるか ドウの反応を確認した。おそらくだが、我々が通学に使用しているモ ノレールの線路上だ﹄ ﹂ ﹁美鶴先輩、巨大なシャドウの反応って、先月の〝マジシャン〟みたい なのですか 通信内容に対する琴音の質問。それを聞いた美鶴は、少しの沈黙の 後、﹃おそらく﹄と帰して来た。 満月には試練が来る。戦いを前に心がたかぶる。自身の表情の変 ペルソナ 化を感じて、あなたは左手を顔の高さに上げた。 仮面は、目までは覆っていない。仮にそんなことをしたら、前が見 えなくなってしまう。 だから、あなたは瞳を手で隠す。悪魔がニンゲンのフリをするに は、何かと気を遣う必要があるのだ。 そんなあなたの様子を、すぐ隣で見つめる汐見琴音。彼女の瞳は、 月の光を反射して赤く光っている。 琴音が今扱えるペルソナは、〝カハク〟、〝ジャックフロスト〟、〝 リリム〟。その内の誰が、彼女にあの表情をさせているのだろうか。 どこかで死神が笑う声がした。 ◇ ◇ ◇ モノレール〟あねはづる〟線路上 あなた達は、巌戸台駅とポートアイランド駅を繋ぐ鉄道橋の上を歩 いている。 美鶴だけは、巌戸台駅の前の駐車場に居るが。いくら本人が前線に 564 ? ? ﹂ 出たくても、ナビゲーターは彼女にしか出来ない仕事なのだ。 ﹁なんか、線路の上を歩くのってヘンな感じ﹂ ﹁わかる。なぜか悪いことしてる気になる﹂ ﹁でもさ、これの上とかちょっと乗っかってみたくなかった 岳羽、琴音、伊織の2年生3人は、キョロキョロとして周囲が気に なる様子。あまり緊張感は無い。 先頭を歩くあなたは、かつて地下鉄の線路を何度も走り回ったこと があるので、割と慣れたものだ。こうして、また線路の上を進むこと になるとは思わなかったが。 最後尾を任せた真田は、よくわからない。しかし、先ほど見た彼の 表情からは、適度な緊張感と、闘志を感じられたので、まず問題ない だろう。 ﹃シャドウの反応は、そこから少し先で停止している列車の内部にあ る。││先月出た大物は周囲に取り巻きを連れていた。今回も同様 の可能性が高い。十分に注意して進んでくれ﹄ モノレール〝あねはづる〟は、レールの上にまたがる形状をしてい て、この方式を跨座式と言うらしい。モノレールが結んでいるのは、 巌戸台とポートアイランドの2駅だけだ。遠くから月光館学園へと 通学している生徒は、巌戸台駅で通常の電車の〝あねはづる〟からこ ちらへと乗りかえる。 線路の幅は、おおよそ16メートル程。レールは2本で、それぞれ の進行方向は固定。ポートアイランドに向かって歩くあなたから見 て、右のレールがポートアイランド行き、左のレールが巌戸台行きだ。 ﹂ 運航しているモノレールの車両数までは知らないが、いくつかの列 車がグルグルと回っているのだろう。 ﹁列車が見えて来たな。美鶴、あれでいいのか ウが潜んでいる。特別大きい反応は、先頭車両からのようだな﹄ 真田と美鶴の会話を聞きながら、あなたはふと視線を横にそらし た。 鉄道橋の端には、補修作業員の落下防止のためか柵が取り付けられ 565 ? ﹃少し待て。││ああ、その列車だ。間違いなく、そこに多数のシャド ? て い る。そ の 柵 の 向 こ う に は、海 が 広 が っ て い た。海 上 を 進 む モ ノ レールなのだから当たり前だが。 ただ、思ったのだ。影時間の間、水は赤く染まる。その赤く染まっ た膨大な海水がたゆたう光景は、向こう側で見たマガツヒの溜まりに 似ている、と。 ﹁そーいえば⋮⋮影時間って時間が止まってるってことなのに、波は あるんですね﹂ あなたの視線を追ったのか、同じく海を見たらしき琴音がそう言っ た。 言われてみると不思議な話だ。水面はゆれている。波の音もする。 それなのに、海上にある物質は動かない。影時間は、存在しない時 間だから。 ﹂ ﹂ ホントにそうだったらどーすんのよ ﹁案外、この海自体がバカでかいシャドウだったり⋮⋮して ﹁ちょっと、やめてよ れ ﹄ ﹃着いたようだな。全員、離れすぎないように注意しつつ、進入してく う事も無い、はずだ。 戦えば良いだけか。宇宙の創世に比べたら、海の1つや2つどうとい 伊織の適当な話が、もしも本当だったなら。││真田の言うように ﹁その時は、海を割るだけだ。なに、やってやれないことは無い﹂ ! ? ﹂ り着いた。影時間の影響で、11両編成の列車はその動きを停止して いる。 ﹁見た感じ、おかしなとこは無いような⋮⋮ 伊織の目が節穴だ。 たにはある。 ﹁とりあえず、行きましょっか ﹂ この扉を潜ると、すぐに強敵との戦いになる。そんな確信が、あな ないのに口を開けた扉は、早く入って来いとの意思表示だろうか。 列車の中からは、強烈な妖気がプンプンと漂って来ている。駅でも ? そう言って、岳羽はモノレールの車体の横にあるステップに足をか ? 566 ! バカなことを話している間に、あなた達は列車のすぐ近くまでたど ! ﹂ けようとする。彼女のその行動を、あなたは手で制した。 そこ止めちゃダメっスよ それを見た伊織が、急に大声を出す。 ﹁あっリーダー ! は月を見上げていた。 ﹁ゆかり。順平は海に捨てよう﹂ 召喚器出さないで ! ﹁うん、そうしよっか﹂ やめて ! 思った。口にはしない。 生贄は伊織だけで良いのだ。 ? 出したのだ。 それもあるが、あなたは以前に〝アリス〟が話していたことを思い たの役目である。と言いたかったワケではない。 はいつもそうしていた。だから、列車内へと最初に乗り込むのはあな 危険度の高い先頭を進むのは自分だ。あなたは、特別課外活動部で ﹁で、先輩。何で止めたんですか ﹂ 身 勝 手 な の だ ろ う か。あ な た は そ ん な こ と を 心 の 中 だ け で 密 か に 見られるのがイヤなら、ズボンをはけ。そう思ってしまうのは男の ﹁待って ﹂ どうやら伊織の視線はそこに釘付けだったようだ。ちなみに、真田 た拍子にハラリと揺れる。 車両に登ろうとする岳羽のスカート。その布が、彼女が動きを止め ! ││ああ、なるほど ﹂ ﹁途中で電車に乗る時は、まず車掌か運転手に話をしないと⋮⋮です か ! 言っていた。 ならば、この列車の責任者はそこにいるのだろう。つまり、わざわ ざ待ち伏せのありそうな中を通らずに、一気にボスの所まで進もうと いう事である。 あなたの説明を聞いて、琴音は大きくうなずいた。他のメンバーも 同意してくれたようだ。 ﹃わかった。ただし、列車内部には小さいとはいえ相当数の反応があ る。挟み撃ちなどされないよう、注意してくれ﹄ 567 ! 美鶴が感知した1番大きな反応は、先頭車両にある。先ほどそう ? 敵は列車の中、各車両の扉は開いている状況。途中まで進んだとこ ろで、前後の扉からシャドウが這い出して来る可能性は十分にある。 そう考えたあなたは、自身が先頭を進み、最後尾を真田に任せるこ とにした。駅からここまで来た時と変わらない並びだ。不意の後方 からの攻撃に備え、力をセーブしてもらう。戦闘経験が多く、本人の 近接戦闘能力が高い上に、電撃による遠距離攻撃と回復魔法を扱える 真田。彼ならば弱点さえ突かれなければ、どんな状況でも対応でき る。 遠距離に優れる岳羽と、近距離向きの伊織はセットとして考え、伊 織には岳羽のガードを、岳羽には弓と風、回復魔法による支援を指示。 全体の安全を最優先に行動させる。伊織との付き合いは浅いが、彼は 野球少年だったせいなのか、〝先輩〟の言う事にあまり逆らわない傾 向があるように思う。 遥かに年上の神や悪魔を相手に戦って来たあなたには、少々理解し ﹂ ﹂ ? んでいるのだから、おそらくは桐条エルゴノミクス研究所の成果であ る〝特別製〟のヘリなのだろう。 ﹃あのヘリだが、理事長が乗っているようだ。シャドウの調査のため の観測機器も搭載している。││かなり距離をとって飛行するだけ 568 がたい感性である。だが、こういった場面では素直でありがたい。 出来ることの多い琴音については、本人の判断に任せることにし ﹂ ﹁はい﹂ ﹁了解です﹂とそれぞれから肯定 た。彼女の場合は、それが一番良さそうなのだ。 ﹁ああ、任せろ﹂ ﹁うっす き出そうとした。 あなた達はそうしてそれぞれの役割を確認し、先頭車両へ向けて歩 の返事。全員、自分の役割について不満はなさそうだ。 ! その時、全員の耳に上空から虫の羽音のような音が聞こえて来た。 ﹂ ﹁あれ⋮⋮これ何の音だろ ﹁あ、アレじゃない ﹁ヘリか ﹁んー、あれって⋮⋮﹂ ? 海の上を、1台のヘリコプターが飛行している。機械が影時間に飛 ! のようだから、気にする必要は無い﹄ 美鶴からの通信で、やはり桐条グループのヘリであったことが判明 した。遠くに居てくれるのならば問題はなさそうだ。 ﹃││あのヘリには、荒垣と〝例の彼〟も乗っている。だが、今回の戦 闘には参加しない。彼のたっての希望で、実際の戦いを見学させてい るらしい﹄ 今の通信は、どうやらあなただけに届いたようだ。他の皆は特に反 応していない。荒垣と聞いて、真田が騒いでいないのだから確実だ。 そう言えば、汽車の乗り方と一緒に〝アリス〟はうるさい蚊の話も していた。なんでも、つまらない冗談が大好きなのだとか。 ブゥゥンと音をさせ、空を飛ぶヘリ。あなたはその機体を見上げな がら、そんなことを思い出した。 569 シャドウは大変危険です ﹄ ﹃ここで来たか⋮⋮。ある意味予想通りと言ったところだ。迎え撃て 巌戸台駅からナビゲートしている美鶴の声が、全員の心に届く。 気配。 あなたの中に、赤いイメージが広がる。前方と後方で、高まる敵の ! シャドウに乗っ取られたモノレールの車両。11両編成のその列 車を5つ過ぎたところで、シャドウの襲撃が開始されたのだ。 あなた達を取り囲むように、開け放たれたままになっていた前方と 後方の扉から現れる大量のシャドウ達。それを確認した美鶴の声が 多いぞ ﹄ 少し裏返り、岳羽と伊織が驚きの叫びを上げる。 ﹃っ、敵数13 ﹂ ホントに多い ﹁おぉい、マジかよ ﹁ちょっ ! ﹂ ! !! こう来なくてはな ﹂ ! ! ているのだろう。 ﹃敵の特性は││。電撃が通じないヤツはいない 詳細は後だ﹄ 琴音は静かに状況の把握に努めている様子だ。最適な行動を探っ は頼りになる。 安心の真田。戦闘意欲が高いことは良い事だ。こういった場面で ﹁面白い をした﹃魔術師﹄〝笑うテーブル〟が独り控えている。 型シャドウ〝狂愛のクピド〟が2体。一番遠くには、テーブルの格好 と氷のバランサー〟が2体。その後方に黒く小さな弓を持った天使 に、〝巨大な踊る手〟が3体、赤と青の天秤をぶら下げた十字架〝炎 ダ ン シ ン グ ハ ン ド 後方から現れたシャドウは種類が多く、最後尾を守る真田に近い順 こいつらは、あなたに狙いを定めたようだ。 る。 本とそれを囲う王冠、その下から生える黒髪の塊といった姿をしてい 教皇﹄タイプのシャドウが5体襲い掛かって来た。この敵は、分厚い あなたの居る先頭車両の側からは、〝偽りの聖典〟と呼ばれる﹃女 ! ! ! 570 ! 敵の数と種類が多い。いちいち個別に弱点を探っていては、後手に 回ってしまうと判断したのだろう。美鶴のナビはかなり大雑把なも のだった。 だが、わかりやすい。戦いは先手必勝である。ほとんどの場合にお いて。 あなたは一瞬後ろを振り返り、琴音の目をチラリと見た。そして、 ﹂﹁ポリデュークス ﹂ ペルソナ 右手にナイフを構えながら、左手の指で後ろを指し示す。 ﹁リリム ﹄ あ な た 時間中に発生した被害は、世界の矛盾となり通常の時間に移行する際 害が出る。美鶴が思わず声を上げてしまった理由はそれだろう。影 ここはタルタロスではないので、攻撃に周囲の物体を巻き込めば被 どうやら電撃に弱いシャドウだったようだ。運が良い。 となって霧散した。 典〟を撃つ。1体、2体、3体。上手く命中した相手は、瞬時にチリ 列車、鉄道橋の路面に柵、それらを巻き込みながら雷が〝偽りの聖 ﹃おいっ 文様を発光させた魔人の左手から、紫電の帯が放たれる。 複数の鎖が響き、あなたの中から人修羅が現れた。そして、全身の ニ ン ゲ ン 〟を起動する。電撃高揚、放電開始。 あなたは、仮面を外しながら、雷の力を秘めたマガタマ〝ナルカミ と、それも仕方が無いことだが。 く出られない。他のメンバーが、琴音以外3年生であることを考える 岳羽の位置は指揮に向いている。ただ、彼女は伊織以外にはあまり強 得意な得物が弓であることや、後方型のペルソナ能力を考えると、 験が少ないのだ。 球のバットのように構えてオロオロとしている。彼はまだ戦いの経 伊織に短く声をかけ、弓を構える岳羽。言われた伊織は、大剣を野 ﹁順平、フォロー﹂ あのふたりなら、後ろは任せて良いだろう。全体的に能力が高い。 召喚器の銃声と同時に、あなたは自身の仮面に左手をかけた。 ! に歪められた形で修正されてしまうのだ。その結果がどういうこと 571 ! ! になるのかは、4月の〝隕石事件〟が教えてくれた。 しかし、死ぬよりは良い。今ここで発生する危険を抑える方が優先 だ。後のことは後から考えれば良い。なるようになる。 手と天秤は終わった﹄ そこは美鶴もわかっているのだろう。特に文句は言わず、攻撃結果 のナビを続けた。 ﹃敵3体、いや、8体撃破 ﹁撃ちます ﹂ い。感電によって動けなくなっているのだ。 〝偽りの聖典〟はガクガクと震えるだけで、反撃する様子を見せな シャドウの仮面の中央に刺さった刃物。その刀身から光を発する。 ││サツリクだー たナイフを突き立てた。 鈍らせている。あなたはこの機を逃さず前に踏み込み、片方に手にし 撃破こそ逃したが、目の前のシャドウ2体は先ほどの電撃で動きを クピドが2体。 残りは、撃ちもらした〝偽りの聖典〟が2体と、テーブルが1体に、 ! が通過すると同時にもう1体の〝偽りの聖典〟へと飛びかかる。 こいつはあなたの横を抜け、背後の2人の方へと向かおうとしてい たのだ。 あなたの左手が、シャドウの髪を捕らえた。そして、そのまま引き 寄せると線路へと叩きつける。 うめきを上げるシャドウ。あなたは、それを短剣で縫い止めた。 流れる電流。トドメ、という事なのだろう。あなたの相棒は、あれ ﹂ でなかなか用心深い時がある。 ﹁よっと、フィニッシュ ﹂ ﹁おりゃああ ! ! 下ろした剣でつぶされていた。どうやら後ろからの敵は片付いたよ たき割る。そして首に矢の刺さったもう1体のクピドは、伊織の振り 琴音のナギナタがクピドの首を刈り取り、真田の拳がテーブルをた ﹂ ﹁うっしゃあ ! 572 ! 聞こえたのは岳羽の声。あなたは足を曲げ姿勢を低くし、頭上を矢 ! うだ。 見事な勝利だ。それから⋮⋮余裕があっ あなたは崩れる途中のシャドウを踏みつぶし、ナイフを引き抜く。 ﹃敵の消滅を確認。よし たらでいいのだが、出来たら周囲の被害を抑えてくれると助かる。象 徴化しているとはいえ、列車の中には乗客が居る。それに⋮⋮この路 線は、その⋮⋮桐条の出資⋮⋮﹄ 段々と小さくなっていく美鶴の声を聞き流しつつ、あなたは手元の ナイフに目を向けた。 武器を実戦で使うのは初めてだ。まだイマイチ感覚がつかめない。 だが、悪くはない。 岳羽は美鶴の勝利宣言を聞いた後も、頭を動かし周囲を確認してい た。少しそうした後、ようやく安心したのか、彼女は構えていた弓を 下げ、息を吐く。 ﹁はぁー⋮⋮。焦ったぁー﹂ ﹁おぉ⋮⋮、タルタルでもこんないっぺんに出なかったよな⋮⋮﹂ ﹁ふん、まだ物足りないぐらいだ﹂ 襲って来たシャドウ全て消滅したことで、皆の空気が弛緩する。伊 織、真田もホッと息をつく。 そんな中、琴音だけは何も言わず、その赤い目で前方を見据えてい る。 ﹁来る⋮⋮﹂ 彼女のつぶやきと重なるように、モノレールの先頭車両付近から猛 烈な敵意が吹き付けて来た。 ﹄ どうやら、敵は一息つくヒマも与えてはくれないらしい。 ﹃巨大なシャドウの反応が増大。出て来るぞ │﹄ ﹃反応は4月の〝マジシャン〟よりも大きい。アルカナは﹁女教皇﹂│ だ。 両が爆ぜた。正確には、内側から帯状の物体によって突き破られたの すると、まるでそのタイミングを待っていたかのように、先頭の車 美鶴の警告に、全員の視線が先頭の1号車に向けられる。 ! 573 ! ﹁親玉のお出ましか ﹂ でけー⋮⋮﹂ ││よこっ どちらもなかなかのモノである。 ムキマッシブハイレグ鬼神と、上半身裸で腰巻のみの女性型シャドウ い。ただ、厚みでは及ばない。衣装についてはノーコメントだ。ムキ あなたがボルテクス界で戦った、〟鬼神トール〟よりも少し背が高 無い者には、かなりの威圧感を与えそうな姿だ。 がモノレールの車両の上に立っている。巨大な敵と対峙したことの 4メートルの体長に、逆立つ髪を合わせると8メートル。その巨体 は、プリーステスの体長よりやや長い程度だろうか。 れらが、まるでヘビのようにザワザワとうごめいていた。その長さ 黒い側からは白い巻物、逆に白い側からは黒い巻物、幾本も生えたそ れ て い る の で 巻 物 か も し れ な い │ │ こ れ も 白 と 黒 に 分 か れ て い る。 頭部からは、髪の毛代わりに帯が生え││文字のようなものが書か の身体は、中央で色が白と黒に分かれている。右側が黒、左が白。 プリーステスは、大まかにいえば女性型の巨人の姿をしていた。そ あなたの倍以上、4メートルオーバーと少々大きいことを除けば。 でに見たシャドウの中では比較的まともな外見をしていた。体長が 破れた列車天井から、プリーステスがその姿を現す。それは、今ま ﹁すごいの来た⋮⋮﹂ ﹁うおっ 誰かとは、センスが違う。 相変わらず、美鶴のネーミングは直球だ。他のシャドウを名付けた 話す美鶴の声にかぶる。 嬉しそうな真田の声が、 ﹃以後、ヤツを〝プリーステス〟と呼ぶ﹄と ! ﹂ 気付かれたことを悟ったのだろう。その2体のゾンビを棒で串刺 ﹁リリム ていたのだ。 すると、あなた達の真横の車両の上にシャドウが居た。奇襲を狙っ 言われた方向に身体を向ける。 突然、心の中に声が響く。あなたはその声に疑問を持つことなく、 ! 574 ! ! しにしてつないだような敵は、一番近くに立っていた伊織に向かって 飛び降りる。 が、敵が伊織に届くことは無かった。伊織に到達するよりも早く、 ホームラン ﹂ 琴音の放った突風がその身体に吹き付けたのだ。浮き上がる串刺し ゾンビ。 ﹁んなろ ﹄ に居た、あなただ でを瞬きの間に走破し、そのまま突撃して来た。その狙いは一番近く 大型シャドウは、先頭の1号車から、あなた達の居る6号車付近ま 走りを見せる。 路、車両の側面、それらを次々と足場にしてプリーステスは立体的な 速い。列車の屋根を踏み抜きそうなスタートから、鉄道橋の柵、線 タイミングで、プリーステスの足元が弾けた。 今の騒動で、皆の視線が動いた。その瞬間、自身への注意が逸れた ﹃来るぞ 双子ゾンビは、黒いモヤに変わる。 トランスツインズ は、見事なバッティングを披露してくれた。車体に叩きつけられた そして、緊張からか大剣をバットのように構えたままでいた伊織 ! も構わず、脚を強引に動かして無理矢理距離を取ったのだ。そして、 しかし、敵はそれでひるんだわけでは無かった。傷口が広がること 甲高い声で悲鳴が上がった。 光る刃。肉と空気が焦げる音と臭い。遥か頭上のシャドウの口から、 雄叫びを上げながら、あなたはプリーステスの脚にナイフを刺す。 〟でなければ、壊れてしまうところだ。 なたが履いている物が、あの世界を共に駆け抜けた、〝勝利の女神印 ゴッ デ ス レッ グ そう判断したあなたのスニーカーが、コンクリートにめり込む。あ ところ。だが、今は敵を止めることが重要だ。 ダメージを抑えるだけならば、飛び退って後ろに衝撃を逃がしたい せる。 柱のようなその脚が、とっさに身体の前でクロスさせた両腕をきしま 勢いを活かして繰り出されるプリーステスのヒザ蹴り。丸太か電 ! 575 ! ! 腰、上半身、首を大きく動かし、頭部を大きく旋回させるプリーステ ス。 ﹂ それに連動して、シャドウの髪が不気味なオーラを発する。 ﹁来いッ マ ハ ラ ク カ ジャ 真田の放った電撃を受け、ビクリとするプリーステス。その動き ﹂ が、一瞬だけ止まった。 ﹁カハク 琴音の声と共に、あなたと仲間を魔法の守りが覆う。 その直後、プリーステスの髪がムチの嵐となり、あなたと列車と、路 面に襲い掛かる。 今度は、先ほどのように踏みとどまることが出来なかった。頭、首、 腕、胸、腹、腿、脛、足。全身を打ち付ける威力によって、あなたは 転がるようにして後方へと吹き飛ばされてしまう。 起き上がったあなたが見たのは、真田の背中。今いる場所は、伊織 や岳羽どころか、琴音や真田までも飛び越えた先である。 電光石火。サッカーボールをドリブルするような態勢で、プリース ﹂ テスが伊織に迫る。あなたが離されたことで、標的が伊織に変わった のだろう。 ﹁うっ、おおおお ﹁ちょっ ﹂ が押し込まれた先にいた岳羽が彼の背に近寄った。 伊織がよろめく。ふらつき倒れそうな彼を支えようと、ちょうど伊織 自身の肉体への衝撃と、ペルソナを破壊されたショックが重なり、 によって存在を維持できなくなり、心の海へと帰ったのだ。 伊織の盾となったヘルメスが、胴部を粉砕されて消滅する。ダメージ そして、それを更に追いかけるプリーステス。2発の蹴りが飛び、 からへし折れた。そのままヘルメスごと吹き飛ばされる伊織。 十字に組まれたヘルメスの腕が、プリーステスの蹴りを受け中ほど スの間に現れるヘルメス。 ガラスの砕けるような音。飛び散る青い破片。伊織とプリーステ その攻撃に、伊織はヘルメスを呼び出すことで対応した。 ! 576 ! ! ! 伊織と岳羽が宙を舞う。ドリブルから前蹴りと続いたプリーステ スの連続蹴りの最後は、4メートル超の身長から繰り出される後ろ回 し蹴りだった。それが、蹴ると言うよりも引っかけるような形で、2 人をまとめて上にすくい上げたのだ。 ﹁ぐおっ⋮⋮﹂ よりプリーステスに近い位置で蹴られた伊織が、橋の柵に背を打ち 付けてうめきを上げる。 そして、その伊織の後ろに居た岳羽は、より高く、より遠くに飛ば ﹂ され││海の上に居た。 ﹁ゆかり 琴音の叫びが、あなたの耳に届く。 ヒュッと息を吸い込む岳羽。彼女は海に向かって落下しながら、右 ﹂ の太ももにつるした召喚器に手を伸ばす。 ﹁イオッ 空中に浮遊する牛の頭部に似た椅子と、鎖でそれにつながれた女 性。〝もうひとりの岳羽ゆかり〟である〝イオ〟は、そんな姿のペル ソナだ。風を操る能力を持った彼女は、ある程度の飛行能力を有して いる。 ﹄ マ ハ ブ フー ラ 呼び出した自身のペルソナ、その牛の角にすがり付く岳羽の足はガ クガクと震えていた。 ﹃温度の低下を確認。まだ来るぞ 女もまた、氷を苦手とする悪魔である。 琴音は、おそらくペルソナ〝カハク〟を装着していたのだろう。彼 るが、同時に冷気に対する脆弱性も併せ持っている。 真田のペルソナ〝ポリデュークス〟は電撃への耐性を高めてくれ と琴音が身体を地に伏せダウン。 ﹁ぐはぁっ⋮⋮﹂ ﹁ああっ﹂と悲鳴が上がる。この吹雪によって、真田 なった一瞬。その好機を、シャドウは見逃さなかったのだ。 皆が岳羽の窮地に気を取られたことで、敵への注意がおろそかに き荒れる。 美鶴の警告の中ほどから、プリーステスを中心として氷雪の嵐が吹 ! 577 ! !! ﹃クソっ どうにか時間を稼いでくれ ﹁ヘルメス ﹂ ﹄ ラ〟達。こいつらは、それほどの相手ではない。 フ 上に登れば、視界を塞ぐように髪を広げて立ちふさがる〝囁くティア あなたの足が地を蹴る。モノレールの側面をかすめるようにして ゲートがあった。そして、これを選んでいれば敵の氷結は効かない。 ブ リーステスには通用しそうにないが、その取り巻きには有効とのナビ 選ぶマガタマは、ワダツミ。氷の力を宿している。冷気をまとうプ らしい。負けるつもりは全くないが。 〝試練〟と言われただけのことはある。楽には勝たせてくれない あなたは、右手のナイフを握り直す。そして、左手で仮面をつかむ。 つシャドウの髪が、夜空の月を隠すように広がった。 モノレールの車両の上に立つプリーステス。重力に逆らって波打 る。 必要な情報を伝えて来る美鶴の声には、多くの焦りが含まれてい ﹃敵2体増加、囁くティアラ。││この2体は氷結が弱点のようだ﹄ ササヤク ドウが2体だ。プリーステスと同様に﹃女教皇﹄の仮面をつけている。 モヤの中から現れたのは、王冠をかぶった髪の毛の塊のようなシャ る。 召喚。あなたとプリーステスの中間地点に、黒いモヤが湧きあが 上げ、両手を頭上に振り上げた。 距離を取っていた。そして、大型シャドウは甲高い悲鳴のような声を しかし、そのわずかな時間で、敵はモノレールの上へと飛び乗って 邪魔だ、とあなたはそれを切り払う。 髪が妨害する。 そう考え接近しようとするあなたの進路を、プリーステスの帯状の らの連続攻撃を許してはならない。 琴音、真田はまだ立ち上がることが出来ていない。これ以上、敵か 美鶴の声が、プリーステスに向かって突撃するあなたの頭に届く。 ! ア ギ る。体当たりや、火炎を受けたが、多少の攻撃は無視だ。 578 ! あなたは、2体の小型シャドウの間を押しのけるようにして通過す ! ティアラ達をやり過ごすと、両手に氷の槍を構え、さらにあなたを 囲うように髪を広げているプリーステスの姿が目に入って来た。 待ち構えていたのだろう。あの大型シャドウの足元まであなたが 進めば、2本の槍、ねじって尖らせた無数の髪、そして先ほど猛威を 見せつけられた足が襲って来るはずだ。そして、あなたの背後では、 ティアラ達が振り向こうとしていた。進めば罠、止まれば挟み撃ちが 待っている。 リ パ ト ラ あなたの選択は、もちろん前進だ。一瞬のためらいもない。最初か らそのつもりだったのだ。 伊織のヘルメスが、琴音を立ち上がらせる。真田ではなく琴音から ﹂ なのは、おそらく伊織の性格だろう。ヘルメスは、女好きな神だった らしい。 ﹁ジャックフロスト ﹂ 取った。 ﹁ポリデュークス ﹂ れをねじり、えぐる。そして、柄を離し、ナイフを残したまま距離を 短剣がプリーステスの腹の皮を破った。あなたは、両手を使ってそ ││やっちゃえー 消える。 そして、あなたに突き立てられた氷の槍は、ワダツミの力で砕けて ブ フー ラ 岳羽の呼んだ風が、広がる髪を吹き散らす。 ﹁イオ 琴音の叫びで、ティアラを気にする必要は無くなった。 ! ! ﹃やったか ﹄ 雷光が刃を伝い、プリーステスを内側から焼く。 ! 上げる。無理に文字にすれば、キィヒィィィヤァァと言ったところ プリーステスが、仮面のすぐ下についた口を歪め、甲高い叫び声を あなたはナイフを一旦情報に戻し、そして手元で再構成した。 まだ油断は出来ない。 は、自分が言っていることをあまり信じてはいない様子だ。つまり、 各人に状況を伝え、連携の補佐を行っていた美鶴。そんな彼女の声 !? 579 ! か。 大型シャドウは、風穴の空いた腹を両手で押さえ、それから自らの 頭部に手をやった。そして、髪をかきむしる。ブチブチと音を立て、 何本もの帯が千切れた。 ﹁うっわ⋮⋮﹂ 痛そうなモノを見た、といった声を上げたのは、岳羽か琴音か。 プリーステスの千切れた髪が宙に舞う。そこに書かれた文字が光 り、黒 い モ ヤ を 発 生 さ せ る。そ う し て、モ ヤ の 中 か ら 無 数 の 〝 囁 く ﹄ ティアラ〟が現れた。時間稼ぎ、といったところだろうか。 ﹃先ほどのものと変化はない。蹴散らしてやれ 行く。 ﹃まさか、回復したのか けるかと思う程に吊り上げられる。仮面の目にあたる部分に光は無 テスは、両手を大きく広げ奇声を上げた。そして、その口は耳まで裂 あなたの考えを読み取ったのか、それともただの偶然か。プリース が出て来てからが本番なのだ。 つ2つ奥の手を隠しているものである。出し惜しんでいる〝何か〟 なった所だ。あなたの経験からすると、こういった手合いは、あと1 戦いはここで、折り返し地点。ある程度、互いの手の内が明らかに る。 のだ。削りきるか、回復する間を与えず一気に滅ぼせばよいだけであ 見た目を取りつくろうことが出来たとしても、何かしら消耗するも では無い。 だ、こんなことは〝マジシャン〟で経験済みだ。それほど大したこと ディ ア ラ ハ ン ティアラは居なくなったが、プリーステスの傷は癒えている。た で﹄ 自分で召喚したものを、自分で取り込ん 達が始末する間に、残りの半数がプリーステスの中へと取り込まれて 新たに現れたティアラの内、半数が向かって来た。それらをあなた ! く、無明の暗闇があるだけだが、あれは怒りを表現しているのだろう。 やはり、ここからが本番のようだ。 580 ? モーターが壊れてもーたー 満月の光が陰る。プリーステスのかかとが、あなたの頭めがけて落 ちて来たのだ。 あなたはナイフを頭上で構え、それをギリギリでかわす。そして、 すぐさま斬りつける。が、浅い。 プリーステスの攻撃は余裕をもたせたもので、すぐに距離を取られ てしまったのだ。 通常の生物が相手ならば十分な傷を負わせている。だが、シャドウ や悪魔はもっと大きく壊さなければ死なない。あなたの身体と同様 に。 プリーステスの動きが変わった。腹に風穴を開け、そこから回復し た後のことだ。 あなたの身長よりも長い足を活かし、素早く軽く攻めて来てはすぐ ﹂ マハブフ ブフーラ ンダムな目標に繰り出してくる。さらに両手からは冷気や氷槍を、ロ クに狙いも付けずにばら撒く。 あなたに対してかかとを落とし、次の瞬間にはバックステップ。あ なたの上を飛び越え、伊織に向かって前転しながら帯状になった髪に よる連続斬撃。それによって伊織の態勢が崩れたにもかかわらず、追 撃せずに列車の車体に飛び乗る。そして、着地と同時に横に飛び、真 田の方に無数の氷柱を放った。 モノレールの向こう側に、プリーステスの巨体が消える。 うっとうしい ﹂ それに合わせて、琴音が吠える。 ﹁あー ! けにくい状況だ。その代わり、それは敵も同様である。プリーステス は、距離を取り射線を外した場所でダメージを癒しているのだ。今も 581 に退く。跳躍を繰り返し、モノレールの車体を上下してこちらの機動 ││て、くそッ を制限し、時には裏側に回って遮蔽としても使って来る。 ﹁次は、オレかよ ! 的を絞らず、蹴りによる重い打撃と、髪を使った広範囲の斬撃をラ ! 畳みかけては来ないので、治療さえしっかりしていれば致命傷は受 ! 列車の裏側でそうしていることだろう。 ﹃残 酷 の マ ー ヤ 1 体 出 現。│ │ 残 酷 の マ ー ヤ の 消 滅 を 確 認。お そ ら く、また食ったのだろう﹄ 〝残酷のマーヤ〟は、黒い粘液状の﹃女教皇﹄アルカナのシャドウ だ。 シャドウには、他のシャドウを結合・吸収して一体化する性質があ る。そして、〝マーヤ〟と呼ばれる種別のシャドウは、シャドウの基 本形であるらしい。特化した部分がないマーヤは、その他のシャドウ に と っ て も 非 常 に 吸 収 し や す い。プ リ ー ス テ ス と 同 じ﹃女 教 皇﹄の マーヤならば、さらに相性が良い事だろう。 プリーステスはモノレールと同化させて隠していたマーヤを、必要 に応じて〝回復用の道具〟としているのだ。 元々、シャドウと人間││ペルソナ使いではあるが││では、耐久 性の面で差がある。人外の存在は頑丈だ。腕がもげ、足が千切れ、胴 に穴が開こうともワリとピンピンしていることが多い。そもそも、最 初からサレコウベのような者や、腐った死体のような者もいるのだ。 簡単に死んでしまう人間とは違う。 そう考えると、プリーステスが持久戦を仕掛けてきていることも納 得がいく。疲労させ、ミスを誘い、隙をついて致命傷を与えるつもり なのだろう。例えば、頭を踏みつぶすなど。 ディ ア ﹁てゆーか、リーダーって治療も出来たんですね。初めて見たような ⋮⋮﹂ 岳羽は、あなたの〝カオス〟には回復能力がないと思っていたよう だが、実は少し前から使えるようになっていた。ただ、特に使う必要 が無かったのだ。 岳羽、琴音、真田、控えで美鶴。伊織以外のメンバーは、全員治療 手段を持っている。そのおかげで、あなたは攻撃に専念出来た。それ に、使わなければいけないような強敵にも会わなかったのだ。〝この 世界〟で、今日までは。 あなたは、左手で仮面を掴んだ。プリーステスの姿が見えない間 に、伊織のケガを治しておこう、と。 582 力を引き出すのは、〝ゲッシュ〟のマガタマ。 この名前は、〝禁忌〟という意味を持つ言葉らしい。教えてくれた の は、ク ー・フ ー リ ン だ っ た か。あ ま り 詳 し い こ と は 話 し て く れ な かったが。 〝禁忌〟などと厳つい名前の割に、この〝ゲッシュ〟は回復能力を 与えてくれる、癒し系のマガタマである。怖そうに見えて、実は優し ディ ア ラ マ いと言った感じなのだろう。 怪我、これを禁ず、と言うことなのかもしれない。 ﹄ ﹃ヘリからの通信で、荒垣が必要なら手を貸すと言っているそうだが。 どうする ﹁シンジが ﹂ 上空から見ていると、あなた達が敵に良いようにやられているよう に見えたのかもしれない。手を貸さないと言っていたクセに、お節介 な男である。ツンデレか。 あなたは、真田の熱いまなざしに首を横に振って答えた。美鶴にも ﹂と騒ぐ男に、あなたはもうほとんど勝てる状況にあること そう伝える。 ﹁何故だ を改めて説明した。真田も、すでに分かっているはずのことだ。 ﹁その、敵から〝力〟を吸い取る技。なんか、ズルいっスよね⋮⋮﹂ 伊織が言っているのは、先ほどからあなたが使っている〝吸魔〟能 力のことだ。〝アナテマ〟のマガタマが与えてくれるこの力を使え ば、目標から精神エネルギーを奪い取ることが出来る。 プリーステスの魔力を吸収し、それを使って味方の体力を回復す る。相手は消耗し、こちらは無傷。 そして、敵にはこちらを一気に崩すだけの攻撃能力が無い。追い込 まれた状況で、奥の手を使ってくる様子が見えない以上、無いと考え ラ ク カ ジャ タ ル ン ダ ても良いだろう。もちろん、油断は出来ないが。 守りを固め、敵の力を削ぐ。その上で、体力の消耗を放置せず、焦っ て攻めることで隙を作ることもしない。 あなたはそうやって戦って来た。これからもそうして行くつもり だ。 583 !? ? !? ﹁油断せず、焦らず、きっちり、じっくり⋮⋮ってことですよね﹂ プリーステスが得意とする氷結攻撃を防ぐため、霜の妖精〝ジャッ クフロスト〟のペルソナを装着した琴音。彼女は、冷気を苦手とする 真田を守りながらそう言った。プリーステスが引いたタイミングを 見計らって、彼女は繰り返し守りを強化してくれた。それが現在の余 裕に繋がっている。 あなたは、そんな彼女に大きくうなずく。正直、もう少し何かある と思っていた。少しばかり、拍子抜けである。 身体の中心ラインを境に白と黒に塗り分けられたプリーステスの 姿。それを見れば、誰だって中央から分離して2体になるかもしれな いと考えるだろう。あるいは、左右に分かれ中から小型の本体が現れ るかもしれない、と。もしくは、カグツチのようにビームを発射して 来る可能性も考えていた。 それが無さそうだと分かれば、後は簡単な話なのだ。一気に攻めな いのは、念のために慎重を期してという部分が大きい。 ﹃荒垣にはそう説明して置いた。││モノレールの占拠、前後からの 挟撃、伏兵を囮としての奇襲。そして、回復用のシャドウを隠してい たこと。これまでのシャドウからは、考えられないような行動だ﹄ タルタロスにいるシャドウは、問答無用で襲って来るか、逃げ出す かのどちらかだ。その挙動からは、あまり知能が感じられない。しか し、このプリーステスはそれなりに作戦を組み立てていた。 ﹃やはり、特別なシャドウだった、という事なのだろうな。⋮⋮だが、 小細工も尽きてしまえばそれまで││﹄ 美鶴のセリフが途切れた。 それと同時に、列車の影からプリーステスが再び姿を現す。シャド ウの傷はもう消えている。だが、それはあなた達も同じだ。 マ ガ ツ ヒ 吸魔。手を仮面に。内にある本当の自分をあらわにし、あなたは敵 の精神力を奪い去る。赤い光の粒がプリーステスから離れ、左手の中 へと収束した。握ったそれを飲み下す。少しだけ、苦みがあるような 気がした。 ﹃この感覚⋮⋮﹄ 584 再び開始されたプリーステスの攻撃を、あなた達は危なげなく防ぎ 切った。お返しにきっちりとダメージを与えることも忘れてはいな い。 順調である。敗北の予感は無く、勝利はほぼ確定している。ある意 味単調ですらある。 ・ ・ ﹄ そんな状況を変化させたのは、美鶴の一言だった。 ・ そろそろ影時間が終わる ! ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 言っても、時が死んだ世界なのだから。 弓に矢をつがえながら、岳羽が美鶴にたずねる。 シャドウがいる状態で終わったらどうなるんですか !? んな相手が路地裏などに陣取った状況は遠慮したい。 ﹁なら、今すぐ決めてしまうしかないな。影時間の間にヤツを倒す ﹂ プリーステスは、列車の側面を利用して立体的に動き回る敵だ。そ で、とはならないかもしれない。 ろである。それに明日に持ち越してしまった場合、もう一度この場所 ここまでやっておいて、また一からというのは勘弁して欲しいとこ 琴音と伊織の口から、ため息がもれる。 ﹁メンドクセー⋮⋮﹂ ﹁うわー⋮⋮﹂ という可能性も高い﹄ るかもしれない。そのときには、回復した万全の状態に戻っている、 ﹃通常のものと同じかもしれないし、あるいはまた明日の0時に現れ な特別な個体の場合はどうなるのか。それは全くわからないのだ。 しい。ただ、先月の〝マジシャン〟や今夜の〝プリーステス〟のよう タロスと共に居なくなる。それは街に出て来ているものでも同様ら タルタロスを徘徊しているシャドウは、影時間の終了と同時にタル 通常のシャドウではない﹄ ﹃通常なら、そのまま消えるだけだ。だが、そこに居るプリーステスは ﹁えっ ﹂ う独特の感覚と共に終わる。その正確な長さはわからない。なんと 影時間は毎晩0時に訪れる。そして、そろそろ終わりそうだ、とい ﹃マズイ ! 拳を鳴らす真田。しかし、あなたは彼を前線に出すつもりはない。 ! 585 ! それはまたの機会まで取って置いてもらうことにして、今日は遠距離 向こうの動きは変わってな からの支援に徹してもらう。そのせいでプリーステスを討ち損ねた としても、死ぬよりは良い。 ﹁急いで倒すとして⋮⋮どうやります いですけど﹂ あなたは左手を口元にあて、琴音の質問にどう答えるかを考える。 一気に攻めることが出来れば良いのだが、敵はその足を活かしてすぐ に距離を取ってしまう。 かといって、敵は時間切れを狙っているワケでも無さそうだ。プ リーステスの素早さがあれば、逃げるつもりならば簡単に逃げられ る。そうしないという事は、戦闘を継続する意思はあるのだろう。 さっきは、断ったが荒垣の手を借りるか。あなたの頭に、そんな考 えがよぎる。自然と、目が上空のヘリに向かう。 そんなあなたの視線を追った岳羽の口が、ブツブツとつぶやく。 どったのゆかりッチ ﹂ 岳羽の冷たい返しに、伊織は口を半開きにさせたままで固まった。 とりあえず、そのことはどうでもいい。あなたは、何か思いついた様 子の岳羽に意見を求めた。あまり時間がない。影時間の残りも、また 離れて行ったプリーステスが戻ってくるまでにも。 ﹁えっと⋮⋮。うまく言えないんですけど、足が速いのが問題なら走 れなくしたらいいんじゃないかって⋮⋮。えーっと、こうブワッっ と﹂ そう言って、岳羽は手にしていた矢で上を指し示した。上空には、 ヘリコプターが飛んでいる。 あなたの脳裏にイメージが浮かぶ。橋から落下しそうになって、イ オに乗って戻って来た岳羽。列車の上から飛びかかって来たシャド ウ。それが風で浮き上がって、伊織の剣で吹き飛ばされ⋮⋮。 あなたと同じ光景を思い浮かべただろうか、琴音がやや興奮した調 子で声を上げる。 586 ? ﹁ヘリ⋮⋮。風⋮⋮飛んで⋮⋮。ホームラン﹂ ﹁ん ? ﹁うるさい。ちょっと黙って﹂ ? ﹁それ ゆかり、それだ 先輩、行けそうじゃないですか ﹂ !? ﹁ん⋮⋮。来た ﹂ き出し、あなたの周囲に渦を巻く。 ミ〟のマガタマを活性化。引き出された風の力が仮面の隙間から吹 そんな彼とは異なり、あなたには役目がある。左手を顔に、〝ヒフ ための。 不満を抑え、彼は召喚器を手に機会を待っている。出来ることをする 腕であごの下をぬぐうと、真田はそう口にした。言葉にすることで だ。頼むぞ、お前達﹂ ﹁結局、俺は援護役のままか⋮⋮。まあいい、出来ることをするだけ 足が着いていないとも言うが。 2年生たちの扱うペルソナは、3年生のそれよりも空に近い。地に ける神々の伝令〝ヘルメス〟。 羽の生えた悪魔〝リリム〟。風を操り浮遊する〝イオ〟。天を駆 れず避難するように伝えてもらわなければならない、上空のヘリに。 あなたは、全員に〝それ〟を採用することを告げた。美鶴には、忘 ! ぶっ飛ばせ ﹂ ! たと敵の身体を巻き込む。 ﹁おりゃー ﹁この瞬間を待っていた ﹂ ニンゲン 足、ヒザ、腰、背、腕と、全身の力を使って持ち上げる。風が、あな あなたの左手は、プリーステスを受け止めた。触れたその巨体を、 〝竜巻〟。風がうなり声を上げる。 り込み、プリーステスの足に左手を向ける。 前方宙返りの態勢からの、2連続のかかと。あなたは岳羽の前に割 体が、ニンゲンの身体から悪魔の身体へと移る。 あなたの左手の指が両のこめかみを掴み、仮面をはがす。意識の主 回の狙いは岳羽だったようだ。都合が良い。 発案者の岳羽の声。列車を飛び越えやってくるプリーステス。今 ! 左腕から繰り出されたアッパーカットが、さらにプリーステスを上に ヘルメスが飛び上がりながら放った鋭い蹴りと、ポリデュークスの あなたのすぐ隣、右にヘルメス、左にポリデュークス。 ! ! 587 ! 運ぶ。 ﹂ ﹂ ガ 風が更に激しく、あなたを包む。 ﹁今こそ ﹁羽ばたけ ル ガ ル あなたの放った竜巻に、イオの疾風とリリムの羽ばたきが合流し、 プリーステスを一気に上空へと運んで行った。 暴風の中で回転するプリーステス。やがて頂点に達した敵は、今度 は錐揉みしながら落下しだす。髪と手を振り回して姿勢を維持しよ うとしている様だが、未だ残る竜巻の影響がそれを許さない。この シャドウの足はたいした速さであったが、空気を蹴り飛ばすほどでは ﹂ 無かったようだ。セイテンタイセイのように、雲を呼んで乗ることも できないらしい。 ﹂ 総攻撃チャンスッ つまり││。 ﹁きたっ ﹁畳んじゃいましょう !! ル 火の玉がぶつかり、身を焼き焦がす。 空へと巻き上げられ、突風によって位置を調整される。そこに稲妻と ガ 3つの風が、プリーステスの着地を許さない。敵は竜巻によって上 ! ﹂ ﹁負けてはいられん ! ﹂ も残さず焼き尽くされた。最後に、ニヤリとした笑みだけを残して。 これが宣言通りに止めの一撃となったようで、プリーステスは欠片 下へと貫く。 下ろされる腕の動きに合わせるように、特大の雷がシャドウを上から ジ オ ダ イ ン 上に掲げると、手と手の間に紫電がほとばしる。頭上から一気に振り 舞うプリーステスの頭部と並ぶ高度まで到達。彼女がその両腕を頭 琴音の〝リリム〟が、大きく羽を動かし空気を打つ。そして、宙を ﹁これで、トドメ が風に巻き込まれて飛散した。 末端から徐々に消滅し始める。それはやがて脚や腕に及び、胴の大半 何も出来ず撃たれるままのプリーステス。その髪が、指が、身体の ﹂ ﹁ガンガンいくぜー ! ! 588 ! ! ! ﹁ああー ﹂ ﹂ ﹁駅まで走れ ﹂ ﹁もー、ヤダー ! 先輩に続けー ! い方が良いに決まっている。 ﹁全者突撃 ﹂ 桐条グループの助けがあればどうとでもなるだろうが、手間は少な の線路上〟に居ることは普通にマズイ。 といった冗談はともかくとして、影時間が終わった時に〝事件現場 先頭を進むことが、今の役割なのである。 急いで確認しなければ。 号令と同時に、あなたは走る。まだ、危険があるかもしれないのだ。 ! う、ただの高校生に出来ることは無い。 ﹁撤収ー ﹂ ﹂ ﹁ちょッ、いいんスか そ ろ そ ろ、影 時 間 が 終 わ り そ う だ。後 は 〝 桐 条 〟 に 任 せ よ う。も 竜巻による被害は、考えたくもない。 コチが陥没しているし、氷や雷、炎による破壊の痕跡は数え切れない。 有り様だ。プリーステスがそこら中を足場に飛び回ったせいでアチ 悪いのは、琴音だけではない。よく見なくとも、辺り一面がヒドイ リリム かった。これだけは影時間⋮⋮というよりも象徴化に感謝しよう﹄ ﹃いや、いい⋮⋮良いんだ。シャドウは倒せた、それに乗客に被害はな 害を与えている。 見れば、プリーステスを貫いた雷撃がモノレールの車体に結構な損 揺らす。 よし、倒した。そう思う間もなく、岳羽の叫び声があなたの鼓膜を !! ! イキナリ﹂ ? ﹁あ、もう、なんなんですか ﹂ 上げた。少し後ろから、嬉しそうな怒りの声が聞こえて来る。 あなたは何も言わず少し口の端をつり上げて見せると、走る速度を 突然額を打たれた琴音は、戸惑った様子だ。 ﹁って、なんですか あなたの指が、その仮面を弾く。特に考えはない。なんとなく、だ。 彼女が並ぶ。その顔には、〝Ⅱ〟と描かれた仮面が見える。 琴音のノリはよくわからない。少し速度を落としたあなたの横に、 ! ! 589 !? 本当に、なんなのだろうか。わからないが、なんとなくわかる。 〝Ⅰ〟のマジシャン、〝Ⅱ〟のプリーステス。これらの特別なシャ ドウを倒した後、琴音の顔に現れるそれに対応する〝仮面〟。 ・ あなたは、なんとなく汐見琴音と最初にあった時のことを思い出し ・ ・ た。そう、なんとなくあの死神を思い浮かべたのだ。あの夜に見たふ ◇ ◇ たりの死神を。 ◇ 5月10日︵日︶ 深夜 巌戸台駅前 商店街 巌戸台の駅前にある商店街の一角、そこの少し奥に入った路地にあ なた達は居た。人目を避け、隠れていないといけない原因は、主に伊 ! 590 織の大剣にある。あなたと琴音の武器は仕舞っておくことが出来、岳 羽の弓は弓道用で誤魔化せる。真田の武器は、拳に装着する小さな物 だ。 だ が、伊 織 の 剣。こ れ は 厳 し い。〝 桐 条 〟 の 迎 え が 到 着 す る ま で は、我慢するしかないだろう。かなり怪しいが。 ﹁ええ││はい││はい││わかりました、おねがいします﹂ 電話で連絡を取っているのは、美鶴だ。会話の内容は、モノレール の現在状況の確認と、その対応についてのようである。 ひょう ﹁はい、それでは。││ふぅ⋮⋮突如発生した竜巻と、それにともなう 落雷と雹。異常気象による天災として処理されるそうだ。実際、たい して変わらないが﹂ 昔の人間は、嵐も雷も、神や魔の行いであると信じていた。ペルソ ナは、そんな悪魔の姿をしている。つまり、天災で何も問題は無い。 あなたは、あの被害は仕方が無いものであったと主張した。主とし とりあえず、ゆかり。││はい、タッチ﹂ て、美鶴に向かって。あのモノレールは、桐条グループの経営だ。 ﹂ ﹁まあ、そういうことで ﹁グッジョブ ! ﹁さっすが、ゆかりッチ﹂ 琴音が岳羽の前に掲げた手のひらが、パシンと音を立てる。真田、 伊織とそれは続いた。プリーステス退治のアイデアを出した岳羽へ の労いだ。 順番からすると、次はあなたの番だろう。あなたは手を上げようと して、そこでためらってしまった。 ﹁えっと⋮⋮﹂ 何とも言えない、微妙な間が空く。あなたは左手で後頭部をかく と、眉を下げる岳羽の前にゆっくりと手を上げて見せた。 あなたが手を止めた理由。それがわかったのだろう、おずおずとし た動きで岳羽の手があなたの手に重なる。ゆっくりとしていたので、 当然パシンと小気味良い音は出ない。 そのせいで離れるタイミングを逃し、ピトリとくっついたままの手 のひら。 ﹁ん⋮⋮。えーっと⋮⋮ハハハ⋮⋮なんだろ、これ﹂ ﹁あー、コホン、コホン﹂ 女性の声で咳払い。それを機に、あなたは手をポケットに突っ込ん だ。 なんというか、 ﹁勝った、やった、よっしゃー﹂と伊織が騒いで生ま れた流れが、止まってしまった。雰囲気がもやもやとしている。 ﹁すまないが、私はこのバイクがあるので先に戻らせてもらう。車は すぐに到着するそうだから、それまで待ってくれ﹂ そう言って、美鶴はヘルメットをかぶり、バイクにまたがる。その 背中から、かなり寂しそうな気配を感じる。実は、とてもやりたかっ たのだろう。ハイタッチを。 それが、あなたで止まってしまった。 桐条美鶴は、弱みを見せたがらない。が、何も思っていないわけで も無い。ここ1か月の付き合いと、メイドから聞いた情報を合わせる と、1人でひっそりと落ち込み、そのまま引きずる性質のようだ。 あなたは目を左手で隠し、ため息をついた。その後、真田と琴音に 目配せし、美鶴のヘルメットを拳でコツンと叩く。 591 ﹁ん た。 ﹂真田がコツンと叩く、 ﹁なんだ ﹂琴音は背中をバンっと叩い ﹁桐条先輩、おつかれさまっス﹂ たは思った。 エンジンの音が響く。遠くなって行く美鶴の背中を見ながら、あな は、日曜だ。ゆっくり休んでくれ﹂ ﹁ああ、皆も疲れただろう。幸いなことに明日、もう今日か⋮⋮。今日 美鶴の肩から力が抜け、笑みがこぼれる。 岳羽は、その場で首だけを動かして軽く頭を下げた。 ﹁えっと、おつかれさまです﹂ 違って、明るい雰囲気を作ることが出来る。 を 分 か っ て く れ た ら し い。伊 織 順 平 は デ キ る 男 な の だ。あ な た と 何事かと振り向いた美鶴に、伊織が敬礼して見せる。やりたいこと !? そうだ、〝海牛〟で牛丼を買って帰ろう。 592 ? 5/10 道化師は踊る 5月10日︵日︶ 朝 巌戸台分寮 自室 窓の外から鳥の声が聞こえて来る。しかし、目覚ましの音はまだ聞 いていない。そんなタイミングで、あなたのケータイがメロディーを 奏で始めた。 モーニングコールは頼んでいない。だが、起き上がるには悪くない 時間だ。あなたはベッドから起き上がると、近くで充電していたケー タイを手に取った。 登録された相手からではない。だが、見覚えのある表示だ。 あなたの指が、通話ボタンを押す。銀髪のエレベーターガールの姿 が思い浮かぶ。 ﹃おはようございます。エリザベスでございます﹄ ケータイから聞こえて来る声の主は、やはりエリザベスであった。 ス ト Q 彼女の声色は、いつものように安定してズレている。アイサツを返し ゴー ながら、あなたはそんなことを思った。 朝一番に聞く声としては、目覚まし時計よりもよほど良い。 ﹃タルタロスの奥から何かが聞こえてまいります。暗闇の奥に、更な る高みへと続く路が創り出されたようです。念のため、お知らせ致し ました﹄ エリザベス達の住まうベルベットルーム。あの場所へと通じる扉 は、タルタロスのエントランスにも存在している。聞いてみても答え はもらえなかったが、やはり彼女たちとタルタロスの間には、なんら かの繋がりがあるのだろう。 あなたは、エリザベスに電話で連絡を取る方法をたずねた。彼女の 番号││とても電話番号とは思えない数字││にかけても通じな かったのだ。これでは、連絡が取り辛い。 タルタロスとの関連が深いのであれば、シャドウについても詳しい 593 はず。電話が使えるのなら、この簡単な連絡手段は確保しておきた い。 ﹃わたくしの番号は、ヒ・ミ・ツでございます。何かありましたら、ま た今回のようにこちらから連絡させて頂きますので。⋮⋮では、より 一層のご活躍をお祈り申し上げております。││まあ﹄ 秘密では仕方が無い。あなたは、また会いに行くと彼女に言って電 話が切れるのを待つ。 電話はかけた側から切るものだ。前にバイト先で習った。 ﹃⋮⋮もうひとつ、お伝えすることがございました。以前、桐条美鶴様 から頂いたお手紙。その返事がございますので││はい、お待ちいた しております。それでは、後ほど﹄ 電話が切れた。美鶴の手紙については、エリザベスの姉である〝 マーガレット〟が担当すると言っていたはずだ。マーガレットとは、 どんな女性なのだろう。 う∼ん、目が離せない ﹄ お届け ちら ! さ∼あ、本日紹介する商品はこ ! 神秘の力を秘めた不思議なワンちゃんの置 画面の中のたなか社長が、毎度おなじみの口上と共に取り出した商 品は││。 ﹃ズバリ、〝ガルム〟 ! 594 あなたは、そんなことを考えながら服を着替え始めた。今日は日曜 日だ。制服ではない。 適当なものに着替え終えると、テレビをつける。あなたのテレビか ら聞こえてくるのは、耳に残る独特の歌詞。 〝みんなの欲の友〟を自称する通販会社、〝時価ネットたなか〝の テーマソングだ。 日曜朝のチャンネルは、ここで決まりである。スーツ姿でオネエ言 葉のヘンなおじさん、たなか社長が今日も元気にハイテンションで しゃべりだす。 〝時価ネットたなか〟でごっざい ﹃ハァーイ、こちら時価ネット ! ! 時価ネットたなか〟でございまーす いいものを常に適正時価で 生放送でお送りする通販番組、〝 み・ん・なの欲の友 ! ま∼す ! ! 物 ヒュ∼ウ、ワンダホー 安い これになんと 〝清めの塩〟を1 ﹄ かどうかは定かではない。商品説明によると、どうやら魔 袋お付けして、お値段はたったの2980円 ! こちら〟で使えないのは残念無念。 ﹃さ∼あ、それじゃあ今日はこれまで。売り切れ御免 ﹄ 残念無念 リモコンを操作し、テレビを消す。もうこれに用は無い。 それではまた来週の日曜に、このチャンネルでゲッチュー ! ﹁おはよう﹂﹁おう﹂ ターの声が聞こえて来る テーブルの近くに設置された古い型のテレビから、ニュースキャス だ。 ブルの周りに人が座っている様子が見えた。人数は2人、美鶴と真田 2階の自室を出て階段を降り、1階のラウンジに着くと、ローテー 1Fラウンジ ◇ ◇ ◇ ジには誰かいるだろうか。 ドアを開けたあなたの足は、1階へと続く階段に向かった。ラウン 向かっているようだ。 ケータイをポケットにしまう。まだ決めていないが、気分は寮の外に ニ に で も 行 く か、そ れ と も 外 食 に す る か。そ う 考 え な が ら、財 布 と 休日の食事は自分で用意しないといけない。適当に作るか、コンビ ! ! の遠眼鏡〟がある。アレをのぞけば、どんな相手もマルハダカだ。〝 は、毎度のごとく心を揺さぶられたが。あなたの持ち物には、〝万里 その後も、特に面白い商品は無かった。定番商品のスケスケ眼鏡に 居るのだから。よけることなど出来はしない。 とりあえず必要性はなさそうである。悪魔は、あなたのすぐ近くに よけの彫像のようだ。 ! ﹃││こちら、港区の巌戸台駅前。竜巻は││﹄ 595 ! ! ! テレビにはもう用が無いかと思ったが、まだ被害の確認をする必要 があったようだ。 あなたは美鶴と真田にアイサツを返すと、テレビの前に腕を組んで 立つ。ふたりも席を立って画面の近くにやって来た。 ﹃││新都市交通の発表では││モノレールの復旧の目途は、今のと ころ不明││また、その間は臨時にバスが││﹄ モノレールは運行できない状態らしい。明日からしばらくの間は、 バス通学になりそうである。 〝あねはづる〟を運営している〝新都市交通〟は、降ってわいた天 災の対応に大慌てなようだ。バスなどの代行手段は、〝桐条グループ 〟の協力があるようだが。 〝あねはづる〟に関するニュースが終わると、美鶴が口を開いた。 彼女がよくしている両肘を抱え込むようなポーズは、どんな心境を表 しているのだろう。 ﹁人的被害は無かった。それが最大の成果だ。⋮⋮それに、天災によ る被害ということになったおかげで⋮⋮こう言っては何だが、責任問 題もある程度は回避できた。モノレールが内部から爆発したなどと いった形になっていたら、車両の整備士や運転士などに責が及んでい た可能性が高い。⋮⋮本人たちには、何の落ち度も無かったとして も、だ﹂ 今回のシャドウによる被害は、突如発生した竜巻によるものとして 処理された。大事件には違いないが、人的ミスとして処理されるより も、良かったこともあるようだ。 ・ ・ ・ ・ ・ 影時間中に発生した出来事の結果は、ありえそうな事実として現実 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 時間に反映される。その反映のされ方によっては、誰かのせいにしな ければならないこともあるだろう。 今回は人災ではなく天災扱いとなったので、神や悪魔のせいで済ん だ。人知の及ばない事象の原因を押し付ける先としては、それが一番 だ。 ﹁先月のマジシャンに、今度のプリーステス。シャドウがタルタロス の外に出て来ると⋮⋮どうにも面倒だ。周囲を気にしないとならな 596 い﹂ やや顔色の悪い真田は、自身の調子を確かめるかのように手を握っ たり開いたりしている。彼が言うように、影時間と共に消えるタルタ ロスの中ならば問題は少ない。あの塔は、内部の構造も次の日には修 復改変されているのだから、壊し放題なのである。 ﹁皮肉なものだな⋮⋮﹂ そうつぶやくと、美鶴は腕組みをといた。 ローテーブルへと戻ろうとする彼女に、あなたは今日の朝食につい ああ、まだだが⋮⋮﹂ て問いかける。一応、真田にも声をかける。 ﹁ん ﹁俺もだ。さすがに今日は、少し疲れ気味でな﹂ ふたりともまだ食べていなかったようだ。そこであなたは、駅の様 子を見に行くついでに商店街で一緒に食べないかと誘うことにした。 ﹂ 出来れば、荒垣も誘いたいところだ。3年生集合である。 ﹁荒垣を⋮⋮ あ ま だ けん アマダ にはペルソナ使いの小学生も一緒に暮らしているのだ。 天田乾。期待の新戦力である。 巌戸台分寮から離れて暮らしている理事長の護衛。 そこで、白羽の矢が立ったのが荒垣だ。 ウに対抗することは出来ない。保護者が必要だった。 ・ る。その時点ではペルソナ能力に目覚めていなかった彼では、シャド 影時間に生身でいる者には、シャドウに襲われる可能性が存在す て、幾月理事長の家にいるのだ。 た。その日以降、彼はそれまで住んでいた月光館学園初等部の寮を出 天田は、桐条の部隊が影時間の犯罪者を捜索している際に保護され ・ 荒垣は護衛として、理事長宅で寝起きをしている。そして、その家 ことにした。真田が電話をかけている相手は、もちろん荒垣だ。 そんな真田に、あなたは〝 彼 〟の様子を聞きたいと伝えてもらう 電撃の男は行動が早い。 首を傾げる美鶴と、ケータイを手に電話をかけはじめている真田。 ? 影時間への適性を持ってしまった小学生の保護。 597 ? それらを、不登校な上に、問題のある場所に頻繁に出入りしている 不良生徒に任せる。 一石三鳥の名案ということで、美鶴も承知したらしい。ちなみに提 案者は理事長だと、あなたは聞いている。 ││ああ、巌戸台駅前の⋮⋮なに ・ ・ ││こっちの話だ。ああ、ワックだ││先 ﹁来るそうだが、場所はどうする 海牛じゃないのか に行ってるぞ﹂ ? られそうだ。 ﹂ ﹁明彦⋮⋮昨日の夜も、牛丼を食べていなかったか にも食べたはずだぞ⋮⋮﹂ ﹁俺は、毎日毎食牛丼でも一向にかまわん ? ようだ。 かないものの、それなりなサイズのそれは、美鶴には少々大きすぎた 注文は全員同じの、ワイルドセットのバーガー。ペタには遥かに届 は後から来る荒垣のためにあけてある。 ルを挟んで2つある4人席だ。あなたの隣には美鶴が座り、真田の隣 〝ワイルダック・バーガー〟で朝食にした。2人掛けの椅子がテーブ 軽く巌戸台駅の様子を確認した後、あなた達は駅前の商店街にある 巌戸台駅前商店街 〝ワイルダック・バーガー〟 午前中 ◇ ◇ ◇ いのだから、眠くなるのも当然か。 プリーステスとの戦いで疲れているのだろう。悪魔や真田ではな 良い。 2年生の3人はまだ寮にいるようなので、戸締りは玄関だけ。楽で ! それに、寝る前 タワックセットをペロリと平らげた怪物はいない。ゆっくりと食べ ことね 荒垣は来る。場所は〝ワイルダック・バーガー〟。今日は、あのペ ? というよりも、そもそも美鶴はあまり外でハンバーガーなどを食べ 598 !? たことが無かったらしい。 包装紙に苦戦し、手づかみであることに戸惑うその姿は、あなたを とてもホッコリとさせてくれた。 そんな桐条美鶴は、現在ナイフとフォークを手にワイルドバーガー に挑んでいる。店員に頼んで用意させたそれらで、とてもハンバー ││いや、いい。その ガーとは思えない上品な食事風景を展開中なのだ。マルカジリは諦 めたようである。 ﹁おう、待たせたか⋮⋮って、桐条⋮⋮お前 まま食ってろ﹂ ・ ・ 美鶴の食べ方は、それほどおかしなものではない。ただ、桐条のお 嬢様がそれをやるとなんと言うか違うのだ。雰囲気が変わる。悪い わけではないが、浮いてしまう。 しかし、もう5月の中頃だというのに、やって来た荒垣の格好は前 に会った時と同じコートスタイルだ。ハッキリ言って暑苦しい。彼 はラーメン屋でも、牛丼屋でもあの服装なのだ。 そんな感想をもらしつつ、あなたは手で真田の隣を指し示す。 ﹁そう言うお前は、薄着だな⋮⋮。つーか⋮⋮アキ、お前その食い方は ヤメロつっただろうが﹂ 荒垣にそう言われた真田は、バーガーを挟むパンの間からトマトだ けを食べているところだった。手は使わず、歯で中身だけを引き抜い ているのだ。なんとなく子供っぽい食べ方だ。 ﹁││うるさいな。どんな食い方をしようと、俺の勝手だろう。誰が 困るワケでもない﹂ ﹁いや、他のヤツが恥ずかしいだろうが⋮⋮。俺は││﹂ ﹁プロテインがないだけマシだ﹂ ﹁それもそうだな⋮⋮﹂ 両手でハンバーガーを持ち、荒垣の言葉に抗議する真田。それに反 論しようとした荒垣は、美鶴の一言で黙った。 ﹂ 今日は、プロテイン牛乳が無い。それだけでかなり違うものだ。 ﹁まあいい⋮⋮。って、おまっ 599 !? あなたは、2つ目のハンバーガーを右手に乗せ、その更に上に左手 ! を乗せる。そして、そのまま上下から圧力をかけて押しつぶした。こ れで楽に口に入れられるというものである。 ﹁はぁ⋮⋮もういい。││ああ⋮⋮こいつらと同じのを頼む﹂ 嘆息する荒垣の横に、注文を取りに店員がやって来た。それに答え ﹂ 〟デミナンデバーガーを頼んでほしかっ た荒垣のオーダーは、なんとも無難極まるものだ。ここはひとつ、新 作の〝ミレニアムの主食 た。 ﹁ご注文は以上でよろしかったですか ﹁ああ、あんがとよ﹂ 荒垣の手元に、ワイルドバーガーが届いた。あなたと美鶴と真田、 3人の視線がそこに注がれる。 偉そうなことを言っていた荒垣は、どんな食べ方をするのか。それ を見てやろうと考えてのことだ。 ﹁なんだ、お前ら⋮⋮。チッ⋮⋮﹂ 荒垣は、包装紙からバーガーを取り出すと普通にかじりついた。な んの変哲もないごく普通の、無難な食べ方だ。正直ガッカリである。 2,3度首を横に振ると、美鶴は自身の食事を再開した。真田もま た﹁フッ⋮⋮﹂と鼻で笑って口を動かす。荒垣は﹁ハァ⋮⋮﹂とため 息をこぼし、そのまま食べ続ける。 ワイルドダック店内の片隅で、しばらくの間、4人が黙々とハン バーガーを食べるだけの光景が続く。 全員が食べ終わるのを待って、荒垣が口を開いた。 ﹁俺は反対だ。⋮⋮ガキが戦う必要はねぇ﹂ イロイロと言葉が抜けているが、意味は分かる。荒垣は、まだ小学 5年生の天田を戦わせたくないのだ。半月ほど一緒に暮らしたこと で、情が移っているのかもしれない。 あなたは巌戸台分寮の住人たちのことを考え、少し分かるかもしれ ない、と思った。分かると言っても、あなたの場合は積極的に戦いへ と駆り立てるのだが。 天田本人は、シャドウと戦うことを希望している。そして、エルゴ 研に頼んでそのための〝力〟を磨いている、あなたは理事長からそう 600 ? ? 聞いていた。 あなたの手元に届いた資料によれば、天田の戦う理由は〝母親のか ・ ・ ・ たき討ち〟。実にまともな理由である。現在のメンバーと比較して も、彼より分かりやすい動機の持ち主はいない。 天田の母は、2007年の秋にシャドウに殺されたらしい。らしい というのは、その時のことを彼がハッキリとは覚えていなかったから だ。 〝光る馬のような怪物〟が母を殺した。 影時間の適性を得たばかりの天田には、そんなおぼろげな記憶だけ があるようだ。影時間に現れる怪物と言えばシャドウに違いない、と いうことで彼はシャドウを滅ぼす力を得るために必死の訓練をして いるようだ。 ヤル気があり、そのための〝力〟もあるのなら拒否する理由は無 い。現場リーダーを任されているあなたは、天田の参戦を歓迎したい ただ、なんだ ﹂ ? 601 と考えている。 天田の事情に関しては、3年生は全員承知しているはずだ。だか ら、あなたは能力さえあれば小学生であろうとも構わないことだけを ﹂ 告げた。周囲の客には、〝ゲームの話〟のように聞こえることだろ う。 ﹁そうかよ⋮⋮。桐条、お前もそうなのか 人もいるし、強い子供もいる。〝あの世界〟はそういう場所だった。 戦うことに、身体の大きさや精神の成熟度合いは関係ない。弱い大 きっと、あなたが〝前の世界〟に置いて来てしまった感性だ。 子 供 を 戦 わ せ る こ と に 対 す る 後 ろ め た さ が あ る の だ ろ う。そ れ は 不機嫌そうな荒垣の質問に、美鶴はボソボソと答えた。彼女には、 ﹁私は⋮⋮。戦力が多くて困ることは無い⋮⋮そう、思う﹂ ? 恥ずかしがり屋で、顔も見せてくれなかった魔王モト。彼はとても ﹂ 強かった。強かったのだ。 ﹁アキはどうなんだ⋮⋮ ? ﹁俺自身は反対だ。ただ⋮⋮﹂ ﹁ただ⋮⋮ ? どういう意味だ﹂ ﹁本人が強く望んでいるのなら、近くに居てやった方が良いかもしれ ない﹂ ﹁ああ ﹁今の天田が、〝あの時の俺〟と同じなら⋮⋮。近くにいなければ止 められない。見ていないところで火に飛び込まれるより⋮⋮﹂ ﹁そうか。そうだな⋮⋮﹂ 荒垣と真田の話はよくわからない。2人の世界である。 あなたが隣の美鶴を見ると、彼女は口元を歪め、目を伏せ気味にし ていた。何か事情を知っているのかもしれない。あえて問いただす ことはしないが。 ﹁お前らの考えは分かった。アイツが十分な力を付けたら、止めはし ﹂ ねぇ。ただ、俺も一緒に参加させてもらう。⋮⋮構わねぇよな、リー ダーさんよ ﹁もう行くのか ﹂ に美鶴が声をかける。 と、荒垣がテーブルに千円札を置いて立ち上がった。背を向ける彼 シャドウに襲われなかったのは、運が良かった。 まだまだ力も経験も足りないようだ。〝桐条〟に保護されるまで は、影時間の街をフラフラとさまよっていただけらしい。 ソナを召喚したのは理事長の下に身を寄せてからのこと。それまで 影時間の適正こそ2年前から得ていたようだが、天田が初めてペル ヘリから、プリーステスとの戦いを見た荒垣の感想ということか。 出せねぇ。もっと鍛えねぇと、な﹂ ﹁ハッ⋮⋮。あのデケェのとの戦いのカンジだと、アイツはまだまだ にあう。 魔獣系の悪魔が良くやる仕草だ。引くとかみつかれて、少し痛い目 そんな彼にうなずいて見せた。 ニットキャップの下から、にらむように見て来る荒垣。あなたは、 ? 荒垣は去って行った。 ハァ⋮⋮じゃあな﹂ ﹁あ あ ⋮⋮ メ シ の 準 備 し と か ね ぇ と。あ の ふ た り、ほ っ と く と ⋮⋮。 ? 602 ? 用件は済んだ、あまり長居するのも悪い。あなた達も、続いて店を 出る。 店を出て﹁さて、これからどうしようか﹂となったところで、あな たは美鶴と真田にエリザベスからの電話について話した。 ﹁そうか。なら、俺は帰って休んでおくことにする。少し体調が悪い ようだが、夜までには治しておきたいからな﹂ ││そうか、では私 真田は、影時間のタルタロスに備えて体調を万全にするつもりらし い。彼らしい行動である。 ﹂ ﹁君はこれからポロニアンモールへ行くのか はそれに同行させてもらっても良いか 横を歩いていた美鶴が、目を細めてあなたを見ている。その声は、 ﹁君がそれを言うのか⋮⋮﹂ る。 そこに今回のモノレールの被害だ。巌戸台駅周辺は災難続きであ 全ではないらしい。 の破片などは、その大部分が回収されたようだ。だが、それもまだ完 立ち入り禁止の文字が書かれたテープはそのまま。壊れた遊具など 駅前から見える〝巌戸台駅前公園〟の修復はまだ終わっていない。 駅の前に到着した。 ◇ ◇ ◇ で、バスを探さないと。 あなたは、その足を巌戸台駅に向けた。モノレールは動かないの ような気がしないでもないが。 であれば、特に問題は無さそうだ。先週の週末も美鶴と一緒だった ンバーよりは疲れていないように見える。 リーステスとの戦いもナビゲートとしての参加であったので、前線メ 入ることは出来ないが、その存在と住人については興味津々だ。プ 美鶴は、手紙の返事が気になるらしい。彼女はベルベットルームに ? どこか呆れたような調子だ。いわゆるジト目というヤツだろうか。 603 ? 公園の被害の大部分は、あなたの攻撃が原因である。モノレールの 被害も、あなたの巻き起こした竜巻によるところが大きいらしい。報 道によると。 ﹁勘違いしないでくれ。別に責めているわけではない。ただ⋮⋮どう にかしてもっと⋮⋮と。いや、これは甘えだな﹂ 力を振るい戦えば、それは周囲にも大きな影響を及ぼす。あなたに とって、それは当然のことだ。 だが、美鶴にとってはそうでもないらしい。出来ることなら、と考 えてしまうのだろう。ただ、彼女はそれが贅沢な願いだとも自覚して いる。 どうせ、自分の能力が足りなかったせい、などと思って悩んでいる のだろう。桐条美鶴は、ワリとウジウジしたところのあるヤツだ。学 校で思われているほどには強くない。 ペルソナ それを表に出さないようにすることも出来るヤツではあるのだが ﹂ お前は⋮⋮この間の﹂ ? 604 ││それが﹃女帝﹄の仮面か。 ﹁ん ? かべながら近寄って来た。 お 前 の 隣 ⋮⋮ ど こ か で ⋮⋮ 桐条グループの﹂ ﹁ま た 会 っ た な ⋮⋮。ん 桐条美鶴か ? ﹁ええ、そうですが⋮⋮あなたは 彼の知り合いのようですが⋮⋮ ? ア ン タ、 どうやら彼はあなたの顔を覚えていたらしく、あやしげな笑みを浮 的は、モノレールの件だろうか。 先月会った時は、公園を撮影しようとしていた。今日のヒジリの目 なじみの姿だ。 記者。変わらないジャケットスタイルに、肩掛け鞄と、帽子。毎度お にはアゴヒゲまで生やした、実にうさんくさいオカルト誌〝 妖 〟の アヤカシ うさんくさい男、彼の名は聖 丈二。長髪に鼻下のチョビヒゲ、さら ひじりじょうじ たいとは思っていない人物なのだが。 バス停についたあなたは、ある男と出会ってしまった。あまり会い ? 近くまで来たところで、ヒジリの興味はあなたから離れ美鶴へと向 ? キ シャ かう。あまり表に出ているわけではないが、桐条家の令嬢は有名人で ある。桐条美鶴とあなたを比べたら、記者にとってどちらが優先なの なるほど、彼。カレねぇ⋮⋮。そういえば、桐条のパーティー かは考えるまでも無い。 ﹁彼 で面白いことがあったとかどうとか聞いたような⋮⋮。いやいや、今 日はそれよりも、ここのモノレールの件で。新都市交通の││﹂ ﹁あの⋮⋮﹂ ヒジリの質問は、とどまるところを知らない。 美鶴は、こういったことにはある程度慣れているはずだ。だが、ど うやらヒジリが放つ独特の雰囲気に呑まれてしまったらしく、上手く 応対が出来ないでいる。 聖丈二は、〝大いなる意志〟に呪われた存在だ。その呪いは、彼が 何かを知ろうとする限りにおいては〝加護〟でもある。それは場合 によっては人間どころか、悪魔ですら呑みこむだろう。 基本的に人当たりの良いはずの琴音が毛嫌いするのも、その辺りが 原因かもしれない。単純に嫌いなだけかもしれないが。 何にしても、あまり長く会話させるべきではないだろう。 目当てのバスはまだ来ていない。あなたが視線を巡らせると、バス は無いがタクシーは見つかった。 最後に1つだけ ﹂ あなたは、美鶴の手を取ると急いでタクシーに向かう。聞こえて来 るヒジリの声は無視だ。 ﹁ああ、ちょっと待った ! ﹁││また0時か ﹂ タクシーに乗り込むあなたの耳に、ヒジリの質問が届く。 ! 付いていた。 手で覆った目に、ヒジリが最後に見せたギラつくような眼光が焼き るタクシーの後部座席で、あなたは手で目を隠すようにした。 それに自分がどんな顔を返してしまったのかわからない。走行す ? 605 ? 靴下を発掘した 5月10日︵日︶ 昼間 ベルベットルーム 青い部屋の様相は、以前訪ねたときと変わっていない。それは、こ の部屋の主であるイゴールと、彼に付き従うエレベーターガールの2 人も同じだ。 情報と物質、夢と現実、あの世とこの世。2つの世界の狭間に存在 するこのエレベータールームは、いつも動いている。それなのに変化 がない。 同行した美鶴を外に待たせ、ベルベットルームへと入室したあなた は、ふとそんなことを思った。 606 あなたの姿を認めたエリザベスが、腰をおって丁寧に一礼する。 ﹂ ﹁ようこそベルベットルームへ。本日は姉のために御足労いただき、 誠にありがとうございます﹂ ﹁それでは、こちらの手紙を貴方の御友人にお渡し願えますかな ある。見目が麗しいに越したことは無いが、違うなら違うなりの愛し あなたは、〝ダツエバ〟や〝ヨモツシコメ〟であっても口説く男で 無理を言って困らせたくはない。 〝 コ ノ ハ ナ サ ク ヤ ヒ メ 〟 と 〝 イ ワ ナ ガ ヒ メ 〟 と い う 場 合 も あ る。 たが、そういうことならば仕方が無い。 エリザベスの姉ならば、おそらく美人だろう。会ってみたくはあっ ⋮⋮。失礼をどうかお許しください﹂ しの姉は少々引っ込み思案の過ぎる恥ずかしがり屋でございまして ﹁本来でしたら、姉が直接お願いするべきところ⋮⋮。ですが、わたく ふわりと漂って来るのは、一体何の香りだろうか。 ト〟で、あて先は〝桐条美鶴〟。どうやら問題ないようだ。手紙から 間違いが無いかと手紙の裏表を確認すると、差出人は〝マーガレッ あなたは、そう言ってイゴールが差し出した手紙を受け取った。 ? さがあるものだ。 遮光器土偶そのものの〝アラハバキ〟は可愛いし、最初はその姿に 人肉屍肉を求め、夜をうごめく悪鬼 人に 驚いた〝ピシャーチャ〟にしても長く連れ歩くうちに愛着が湧いて きたものだ。 ﹁幽鬼ピシャーチャ 造物主と共に戦う場面こ 創世神話にて、造物主の影に常に潜 んでいたと伝えられるおぞましき化生 無数に生やした口を持つ異形 似た形をしてはいても、本来であれば内臓があるべき場所に鋭い牙を ! ス ラ ト イ マ・ ト ト マ ラ フー 暗闇を照らし、 リ リ フ ト マ 危ない道を教え、 リ と ベ き は、あまりコメントしないほうが良さそうだからだ。 エ マ に は まあ、最後には仲魔になったばかりのティターニアを強化するた たので、殴り飛ばしたこともあなたにとっては良い思い出である。 おそらく親愛の表現だったのだろうと思う。たまに本気で痛かっ り、その大きな口と牙で軽く噛みついてきたりもした。 き従ってくれた。話が出来ない分、あなたに身体をすり寄せてきた アマラ深界のブローカーから買い取ったその時から、ずっと懸命に付 ピシャーチャは、上手く言葉を操ることが出来なかった。しかし、 シャーチャを触媒として取り込ませたのです││﹂ ミタマ は、新 た に 臣 下 に 加 え た 〝 テ ィ タ ー ニ ア 〟 の 力 を 高 め る た め、ピ その運命もまた、冷酷なる造物主の命令によるものでした。造物主 と、造物主がさらって来た妖精の女王に食べられてしまったのです。 ﹁│ │ そ ん な 忠 実 な ピ シ ャ ー チ ャ に も 最 期 の 時 が 訪 れ ま し た。な ん もある。 ここほれワンワンと地面を掘り返して、宝物を見つけてくれたこと シャーチャは地味にあなたの旅を支えてくれた。 敵から身を隠す力を振るい、またあるときは獲物をおびき寄せと、ピ ラ あなたは、それに反応を返さない。彼女の語る創世神話について エリザベスは、両の手を斜め上に広げ、大げさな口調で語る。 ││﹂ そ少ないものの、主の残した屍の山を食らい、血の河を飲み干したと ! ! め、ミタマに変えてしまったのだが。 607 ! ﹁││さて、こうしてこの宇宙の中心、造物主の玉座に侍る12柱とは なれなかったピシャーチャですが、この幽鬼の長きにわたる忠誠の証 は、今もほんの少しだけ残っているそうです。それは妖精の女王の口 の中。ピシャーチャの魂を受け取ったティターニアの歯は、長く鋭く 敵 対 者 の 生 き 血 を す す る 恐 ろ し い モ ノ へ と 変 わ っ て い る の だ と か。 ⋮⋮以上、原文をやや意訳致しました﹂ 血は、非常に優秀な能力である。敵の体力と魔力を同時に奪い エナジードレイン 吸 取り、己のモノとするのだから。 吸血という名前ではあるが、実際にかみついて生き血をすする必要 は無い。対象のマガツヒを分離吸収する能力なのだ。たまに本気で 痛かったので、殴り飛ばしてすねられてしまったことも、今となって デ ス カ ウ ン ター は良い思い出である。例え味方であっても、攻撃されるとつい〝反撃 〟してしまう。これは反射的なものなのだ。 混乱した仲魔が、他の仲魔に襲い掛かり、強烈な反撃を受けて死亡 608 するなんてこともあった気がする。 あなたがそうやって考えをヨソへと飛ばしていると、今まで黙って 聞いていたイゴールがテーブルの上の手を組み直した。どうやら、エ リザベスの話はこれで一区切りらしい。 わたくし ﹁エリザベス。││ついで、と言うのも申し訳ない話ですが、少しお願 ﹂ いがございます。今、 私の感じているモノが間違っていなければ、貴 方は〝本〟をお持ちではありませんかな ひとりのお客人〟のために使わせて頂きたい。詳しいことは申せま を、私の方で預からせては頂けませんか。⋮⋮いえ、正確には〝もう ﹁特 別 な 〝 力 〟 を 秘 め た 魔 導 書。未 だ 多 く の 空 白 を 残 し て い る ソ レ 上がる。 あなたの脳裏に、千晶から渡された〝赤い本〟のイメージが浮かび だろう。 〟。それは前に持ってきた〝お土産〟のような代物のことではない ベルベットルームの主である彼が、わざわざ改まって口にする〝本 調でそう言った。 イゴールはエリザベスに一声かけた後、あなたに向けて重々しい口 ? せんが、貴方の損失となるようなことは決してございません。むし ろ、ご自身の力となるものです﹂ あなたは、手元に具現化させた〝赤い本〟に視線を落とした。ペー ジをめくると現れる、大量の空白のページ。そして2体の熾天使と、 それらを従えた魔神の絵姿。 あなたの幼馴染は、これの使い道はまかせる好きにしてくれ、と 言っていたが⋮⋮。 悩むあなたに向かって、エリザベスがすっと近寄る。そしてイゴー ルの言葉に付け足す。 ﹁〝ペルソナ全書〟というモノがございます。これは名前のとおり、 ペルソナの全てを書き記すモノ。││この宇宙が生まれる前、混沌の 内に存在した大いなる魔導書、〝悪魔全書〟。かの書を知るあなたで したら、それがどのようなものなのか、おおまかなところはご理解い ただけるかと﹂ あなたの指が、本の表紙をなでる。 血の色をした表と裏の表紙、黒い背表紙、そして全体に施された装 飾。中にある白紙のページも、ネコ型熾天使の記述も、あなたにとっ てさほど思い入れのあるものではない。 その小さな思い入れと比べると、創世の旅をしていた頃の悪魔全書 から受けた恩恵は計り知れないほどに大きい。 シンジュク衛生病院では、特に悩まず悪魔たちに話しかけ仲魔にし ていった。シブヤの街で〝邪教の館〟に初めて入り、悪魔合体の存在 を知った。 それからは、仲魔にした悪魔達を館で合体させて異なる悪魔へと変 えていった。意志のある者をそうすることに戸惑いが無かったワケ ではない。共に戦った相手がいなくなることが寂しくなかったワケ でもない。 ただ、そうしないと生き残れなかった。 モヤモヤとしたものを抱えたままギンザの街を通り過ぎ、下水をか き分けてイケブクロにたどり着いた。 そして、入り口でからんで来たオニの首を跳ね飛ばし街へと入った 609 あなたは、そこで〝悪魔全書〟に出会ったのだ。 オモイデ 衝撃だった。これまでの常識が塗り替えられる思いだった。その 魔導書には、今まで出会った全ての仲魔たちの経験が記されていたの だから。 それからのあなたは、その悪魔全書を何度も何度も上書きすること になる。仲魔たちと過ごした時間のすべてを刻み込む勢いだ。実際 には、随分と歯抜けなのだが、それでもそういった気持ちではあった。 そんな悪魔全書も、やがて在ることが当たり前になり││それか ら、どうしたのかが思い出せない。あの悪魔全書はどこに行ってし まったのだろう。 ただ、そのことに対する喪失感はない。本当に大事なモノだったは ずなのに、それが手元にも邪教の館にもないことが、気にならないの だ。 それはきっと、カグツチを倒し、宇宙を創り、ニンゲンとして目を 610 開けるまでの〝失われた記憶〟。それが関係しているのだろう。 あなたが悪魔全書について考えている間、黙して待っていたエリザ ベス。彼女はその手で、あなたの持つ赤い本を示した。 ﹁⋮⋮ただし、この〝ペルソナ全書〟。そんじょそこらで手に入るよ うな代物ではございません。記載する者に相応しい〝格〟とでも言 うべきものが必要となります。⋮⋮その点、あなたが手にされている ゆかり 品でしたら、完璧でございます。〝赤い本〟⋮⋮天を統べるバアル 縁の逸品でございますね﹂ あなたは、イゴールに〝もうひとりのお客人〟について尋ねる。誰 のことなのかわかってはいるが、念のためだ。 ﹁貴方のおっしゃる通りでございます。汐見琴音様、彼女の持つ膨大 な可能性を収めることの出来る〝書〟はそうそうございませんので。 ﹂ ⋮⋮それに、貴方は彼女のペルソナと、御自身の仲魔の関連性につい て、うすうす感じていらっしゃるのではありませんかな 〝全書〟の有用性は身に染みている。琴音の旅路に必要と言うこ らさまに話しかけられれば誰でも分かるだろう。 うすうすと言うよりも、ハッキリとそう思っている。アレだけあか ? とであれば、預ける程度は構わないかもしれない。女性からもらった 物を、他の女性にと考えるとかなり怖いが。 なんとかなるだろう。おそらく、きっと。後で千晶に伝えるだけは 伝えておこう。 あなたは、1つ条件を付けると、近くのエリザベスに〝赤い本〟を 手渡した。 ﹁ふむ。⋮⋮承知致しました﹂ エリザベスから本を受け取ったイゴールは、あるページを開くとそ の上に両手をかざす。そして、なにやらブツブツとつぶやいた。する と、開かれたページとそれに続く何枚かのページが本から離れ、あな たの手の中へと飛んで来た。 〝バアル・アバターに関する記述〟、あなたはそれを確かめると、情 報へと変えてしまい込んだ。 これは渡すワケにはいかない。そうした方が良いと、あなたの直感 611 がわめくのだ。 ﹁たしかに、お預かりしました﹂ 赤い本。いや、これからは〝汐見琴音のペルソナ全書〟か。それを 手にし、うやうやしく頭を下げるイゴール。 ﹂ ﹂ あなたは彼にうなずいて見せると、エリザベスへと視線を移した。 ニンゲン ﹁さて、本日はどのようなご用件でしょう とりあえず、仮面の修復を頼もう。 ◇ ◇ ◇ ﹁ずいぶん早かったな。というより、本当に入ったのか えば、当然やることは無い。もちろんモロモロの対応のための仕事は モノレールのためだけの駅である。そのモノレールが止まってしま ポートアイランド駅は、通常の電車も通っている巌戸台駅と違い、 レール停止の様子を確認するためだ。 と合流し、ポートアイランド駅の様子を見に行くことにした。モノ ベルベットルームでの用件を終えたあなたは、外で待っていた美鶴 ? ? あるのだろうが、少なくとも乗客はいない。当たり前だ。 ﹁列車がないとなると、こうも人の行き来が減ってしまうのか⋮⋮﹂ そうつぶやく美鶴の視線は、映画館〝スクリーンショット〟や花屋 ム ド オ ン の〝ラフレシ屋〟に向けられている。 本日の映画は、〝六怒怨〟。職場でのイジメに耐え切れず自殺した 女性の怨霊が、イジメ相手の6人に次々と復讐して行くといったス トーリーのようだ。 客の少ない映画館を助けるため、この映画を観て行こうか。 ﹁ま、待て⋮⋮。なぜ私の手を引く。観たいなら1人で行けば良いだ ろう﹂ どうやらこの映画は、美鶴の琴線に触れなかったようだ。後学のた め映画の好みを確認しておこう。 ﹁そうだな、この夏に公開される〝エターナル・ラヴ〟などは少し気に ﹂ なっているな。ああ、決してホラーが苦手なワケではないぞ。⋮⋮違 うからな 微 妙 に 腰 が 引 け て い る 美 鶴。彼 女 の 好 み は ベ ッ タ ベ タ の 恋 愛 物 だったらしい。少し意外、と言っては失礼だろうか。 ホラーうんぬんに関しては、何も言わないことにした。〝レギオン 〟ぐらいなら、そこら中にいたものだが。あなたの悪魔全書には、〝 ウィルオーウィスプ〟や〝ファントム〟との思い出も書かれている。 怖がっているところをあまりイジメると、後々まで恨まれてしまう かもしれない。少しいじる程度が良いだろう。 そんなやりとりの後、あなた達は昼食をとって寮へと帰った。 ちなみに、いつも忙しい美鶴に時間があったのは、〝プリーステス の件の報告〟を理事長が行うことになったから、らしい。 ﹁本人がヘリから見ていらしたからな。それに、そちらで記録もされ ていたようだ﹂ ◇ ◇ ◇ 夕方 612 ? 巌戸台分寮 1Fラウンジ 玄関のドアを開けると、ラウンジに2年生全員がそろっていた。 ﹁おかえりなさい﹂﹁おかえりなさい﹂﹁おつかれさまッス﹂ どうでした ﹂ 琴音と岳羽はソファーに座って雑誌を読んでおり、伊織はテレビの 前に立っている。 ﹁駅の様子を見て来たんですよね ? それって中間テストが中止になるとか たが、再来週あたりまでかかるかもしれない﹂ ﹁ええっ ! を立った。 の仕業じゃないっスか∼﹂ ? ちゃんと、サッと回収してください。入れっぱなしで忘れられると、 ﹁洗濯機にリーダーの洗濯物が残ってたんで、放り出しときましたよ。 少し立ち止まる。その視線は、なぜか厳しい。 そして、テレビの近くを通り階段へと向かう途中。あなたの横で、 ﹁今夜、タルタロス行くんですよね 部屋に戻って休んどきます﹂ 琴音と美鶴。あなたと伊織。それぞれが話をしていると、岳羽が席 のである。 本、落ちてしまっても気にしない、そんな大きな男になってほしいも 伊織順平は、随分と小さなことを気にする男らしい。橋の1本や2 リーダーのえっと⋮⋮〝カオス〟 ﹁リ ー ダ ー ⋮⋮。あ の 車 両 の 損 壊 を 見 ま し ょ う よ。ア レ、ほ と ん ど メスによるものだろう。 像が流れている。ヘリからの映像に残るあの焼け焦げは、伊織のヘル 伊織の見ていたテレビ番組には、朝と同じく港区のモノレールの映 やったとか、未だにチット信じらんねーっスよ﹂ ﹁イ ヤ ー、し っ か し ド エ ラ イ こ と に な っ て る よ う な。オ レ ら が コ レ に変更は無いらしい。特に問題はないが。 戸台とポートアイランドそれぞれの状況を話している。学校の予定 立ち上がり、テテテと美鶴に駆け寄る琴音。そんな彼女に美鶴は巌 ﹁いや、それはない﹂ ﹂ ﹁ああ、復旧にはしばらくかかりそうだ。なるべく急ぐとは言ってい ? ? 613 !? そ の パ ン ツ と か 次が困るんで⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ あなたの背を冷や汗が伝う。そういえば、プリーステスとの戦いの 後、夜食を食べ風呂に入っている間に済ませてしまおうと、洗濯機に 服を放り込んでいた。 あなたは、それを今の今まで忘れてしまっていたのだ。 て か、な ん で リ ー ﹁あー⋮⋮ゆかりッチが騒いでたの、それか⋮⋮。この寮、風呂は別々 な の に、洗 濯 す る と こ 一 緒 だ も ん な ⋮⋮。ん るはず。 ﹂ 順平がジュンペーになってますけど﹂ ﹁カテゴリみたく言うな ﹁どうしたんですか そっとしておいた方が良さそうだ。 ごい。 なぜか伊織がうめいている。その顔はヘタなモウリョウよりもす ﹁おぉ⋮⋮。オォォ⋮⋮﹂ ピクシーの目の前でバッチリと着替えていた。 る。おそらく、いつぞやのピクシーの騒動が原因だろう。あなたは、 琴音があなたの下着について知っていた理由は、なんとなくわか に謝った。 きに聞こえる。あなたは、次からはきちんと回収すると心の中で彼女 岳羽は去って行った。階段へと向かう足音は、心なしか不機嫌な響 ﹁琴音に聞いたらいいんじゃないですか ﹂ 男物というところまではわかるだろうが、それでも容疑者は3人い たのだ。 おく方がトラブルが少なくて済むようなのだが、どうにも抵抗があっ あなたは、衣類に名前を書いてはいない。寮生活などでは、書いて ダーのってわかっ⋮⋮いや、いい。みなまで言うな、ゆかりッチ⋮⋮﹂ ? 美鶴との話に一区切りがついた様子の琴音。あなたは彼女に、ベル ││じゃあ、楽しみにしてますね ﹂ ベットルームに行くと良いことがあるかもしれない、と伝えた。 ﹁へ ! 614 ? 伊織の種族は、〝ジュンペー〟らしい。変わった生き物である。 ! ? 今夜はタルタロスへ行く。だが、疲れの残っているメンバーが多そ ? うなので、エリザベスの言葉を確認するだけだ。そのときの、ついで で良いだろう。 そうして、あなたは少しブルーな気分で洗濯場へと向かった。 下段に洗濯機、上段に乾燥機。分けてあるのは、複数人が同時に使 うことを想定しているからだろう。 割と大きめのそれらの横に置かれた、大きめのカゴ。その中にあな たの洗濯物が放り込まれていた。 そのまま乾燥機に入れてくれればと思わなくもないが、それはゼイ タクというモノだろう。 他人の衣類だ。乾燥機にかけてはダメな品が混ざっている可能性 を考えると、こうするしかない。あなたは昔、お手伝いのつもりの親 切心で母親の大事な服を台無しにしてしまったことがある。 あなたはカゴの中の衣類を手に取り、少し考える。そして、そのま ま乾燥機に放り込んだ。 ボーっと待っていても仕方が無いので、洗濯場と同じ棟にある調理 室へと向かう。 なんとなく、カレーの気分だった。理由は特にない。 ジャガイモは入れない、日持ちが悪くなる。鍋で湯を沸かしなが ら、ニンジンを小さ目なサイズに刻んで放り込む。小さいサイズにす ることが、面倒くさがり屋的にはポイントである。 鍋とは別にフライパンを熱してバターを溶かし、そこで肉に軽く火 を通す。ここでついでに香辛料をまぶしておくのが、あなたの家のや り方だ。 肉を焼きつつタマネギをカットカット。悪魔は涙を流せない。 焦げ目のついた肉を鍋に放り込み、肉汁の出たフライパンにタマネ ギを投入。フライパンについた肉の脂をタマネギでこそげ取りつつ 飴色になるまで炒める。 炒めたら、そのタマネギを鍋に放り込んで、少し混ぜる。火を止め たら市販のカレールウを溶かして出来上がり。メーカーの違う2種 類のルウを使うと、 ﹁あー、これあそこのだ﹂と言われにくいらしい。 あとは、食べる時に再度加熱すれば大体良し。 615 すごくウマいとは思えないが、とりあえず食べられる味だろうとは 思っている。ボルテクス界の廃墟から見つけた物資でなんとか作っ た時は、ワリと好評だった。鬼神トールに。 彼はきっと、フェザーイエロー。 乾燥機を見に行くと、無事に終了していた。 あなたはホカホカと暖かい衣類を乾燥機から取り出し、洗濯物を運 ぶ際に使っているカゴに回収する。 男子寮なら気軽に干しておけるのだろうが、男女混合の寮というも のはなかなか難しいものだ。こういった場面でぶつかった場合、基本 的に男の側の立場が弱くなるそうだ。真田が言っていたのだから、間 違いない。 岳羽があなたの洗濯物を放り出すことは許されても、あなたが岳羽 の洗濯物に触れることは許されないのだ。 カゴを片手に自室へと戻ったあなたは、まだ熱をもったそれを部屋 これ食ってもいいっスか ﹂ で、4食はいけそうだったあなたのカレーの危機だ。 ﹁こいつをこー、カップ麺に混ぜるワケですよ。そうすっと、ホラ な気がする。 ﹂ 思えば、ここに来てからの伊織はいつもカップ麺を食べていたよう ! わたしも、わたしも ﹂ あなたは、そっとカレーを盛り付ける皿を追加した。さすがに毎日 ズルイ ! カップ麺では、伊織でも飽きるだろう。 ﹁あー ! その後、真田と美鶴の参戦により、あなたのカレーはなくなってし まった。 3人からは普通に﹁おいしい﹂との評価。お世辞でもありがたいも のである。﹁時任さんのカレーの方が⋮⋮﹂と言った1名は、爆発すれ ば良い。 616 に置いてラウンジに移動した。夕飯があなたを呼んでいる。 ﹁お、リーダー ? キッチンに戻ると、そこにはハイエナの影。冷蔵庫保管と再加熱 ! あなたは、更に皿を追加した。理事長ではない。 ! ◇ ◇ ◇ 夕食を終えたあなたは、自室に戻って来た。食事の片づけは、他の メンバーに任せて、である。 先ほど置いて行った衣類を適当にたたみ、クローゼットの中の引き 出しへと仕舞う。 琴音と美鶴は良い。こちらも良く分けてもらっているのだから。 伊織は食生活がアレだ。可哀想なので良い。 だが、真田はどうなのだろう。例の〝時任さんのカレー〟は彼女が ボ ク シ ン グ 部 の マ ネ ー ジ ャ ー を し て い た 頃 の 合 宿 時 の 話 だ っ た が。 それとプロテインは別の話だ。 こみ上げるなんとも言えない気持ち。何とも言えない感情と戦い ながら、あなたは衣類を片付け終えた││はずだった。 なぜか、カゴの底に黒い靴下が片方だけ残っている。あなたの物で 617 はない。 サイズやデザインから考えると、おそらく女子の物。 ひざ下程度の長さの黒いハイソックス。サイドには連続したハー トで構成されたライン模様。 誰の物だったかと少し考え、あなたはケータイを取り出した。たぶ ん、岳羽だろう。 ﹃はい││え ││あー、どこやっちゃったかって探してました。 ﹁ここには、なぜ豆乳がないのだろうな﹂ な橋を渡っていたことになる。 今になって思えば、以前ピクシーについて行った時は、かなり危険 こちらから出向くワケには行かないのだ。 そんな理由で、男子用の2階談話スペースへとあなたは向かった。 ろう。 ければ、寮長に見つかった場合、厳しいお叱りを受けることになるだ め、男子の立ち入りは基本的に禁止だ。4階の作戦室へ行く時でも無 巌戸台分寮の本館3階は、女子専用フロアとなっている。そのた すいません││すぐ、取りに行きますんで﹄ ? ﹂ ﹁いやいや、真田さん、カレーのあとの一杯っつったら、やっぱこれっ しょ 洗い物が済んだのか、それとも追い出されたのか、談話スペースの ﹂ 自販機前には真田と伊織が居た。 ﹁すいません ちょっ らわないと困る。 ﹁なっ そんなの忘れて行きませんから ﹂ ! ﹂と言っていたが、あなたもワリとそうかもしれないと たを見ながら、伊織がまたヘンな顔をしていた。 腕を組んでため息を吐きつつ、あなたは自室へと歩く。そんなあな ﹁おぉ⋮⋮。オォォ⋮⋮。ちょぉぉ⋮⋮﹂ 思うようになって来ている。 リしすぎー 岳羽は上階へと走り去った。この間、伊織が﹁ゆかりッチはプリプ ! はエライことになってしまう。主にあなたが。本当に、気を付けても 靴下だったから良いものの、これがそれこそ下着だったりした日に 機のことで怒っていた本人が、忘れ物をしていったのだから。 やって来た岳羽の顔は赤い。それはまあ、そうだろう。夕方、洗濯 ! ! 今夜はタルタロスへ行く。とりあえず、武器の手入れでもしておこ う。 618 ! ! 5/11 奇顔の庭 アルカ 夜 巌戸台分寮4F 作戦室 作戦室の機械の調子がおかしい。トイレに行った際、真田からそん な話を聞いた。 直せるとも思えないが、念のため確認しておこう。そう考えたあな たは、現在、作戦室のコンソールデッキの前に居る。 どこがおかしいのかよくわからないが、何らかの映像が記録されて いる様子だ。 あなたは、指を再生ボタンの上へと滑らせた。少し間をおいて、大 型スクリーンに文字が表示される。 それを見つけた岳羽は、近くにあったカゴに先客を移し替えようとし ほんっと、だら て、最初に掴んだ衣類をチラリと見た。そして、すぐにそれをカゴの 男子の ! 中に叩き込む。 てか、パンツじゃん ﹁パンツじゃん ! ﹂ ? みつける。 ﹁どうしたの なんか怒ってるみたいだけど 岳羽は洗濯機の前でプリプリと怒りの声を上げ、床をバンバンと踏 ﹂ しないんだから ! ! ? 619 ﹀⋮﹀⋮﹀ ﹀2009/5/10 14:23:02 記録開始 ﹀⋮⋮ 人の気配は無さそうだ。 ! と、そこへ洗濯物を抱えた岳羽がやって来た。 誰か忘れて行ってる。⋮⋮て、もー ! どうやら、停止している洗濯機の中に先客が残されていたようだ。 ﹁あー、もー ﹂ 巌戸台分寮別棟の洗濯機周辺が映っている。動いていない洗濯機。 !? 琴音の声だ。 ﹁あ、ちょっと聞いてよ。てか、見てよこれー ﹁あ、これ先輩のだ﹂ ﹂ 岳羽に呼ばれ近寄って来たのか、琴音の姿が画面に映る。 ! ﹂ 何気なく放たれた琴音のセリフに、岳羽の動きがピタリと凍りつい た。 なんでそんなことわかるの⋮⋮ ﹁え ? ﹂ 一緒に寝た⋮⋮でもなくて 見てたから ! ? ツリと一言。 ﹁コーヒー飲む ﹂ そして、琴音は無言であなたの洗濯物をカゴに移した。その後、ポ 様だ。目と目で語る間柄。しばしの沈黙が流れる。 映像ではよくわからないが、岳羽と琴音の間で視線が交差している 岳羽は何も言わず、洗濯機の前から数歩移動した。 !! そ、そう、ピ、ピクシーが着替え ﹁えっと⋮⋮違う、よ いや、ほら、部屋行ったとき⋮⋮じゃなくて ﹁あ、うん⋮⋮そっか⋮⋮﹂ 前見たから⋮⋮あ﹂ ﹁え ? ◇ 5月10日と5月11日の狭間 影時間 ◇ ◇ ﹀映像はここで終わっている⋮⋮ でそっとカゴを揺らしている。コツン、コツンと。 物の入ったカゴに顔を向けた。彼女は腰の後ろで手を組むと、つま先 動作を確認した岳羽は、部屋の外へと歩き出そうとして、ふと問題 物を機械の中へと放り込み、スイッチオン。 洗濯機の前で、岳羽が大きく息を吐いた。そして、彼女自身の洗濯 向かったのだろう。 岳羽の返事の後、琴音の姿が画面から消える。おそらくキッチンに ﹁⋮⋮おねがい﹂ ? 620 ? ! タルタロス1F エントランス 5月10日の朝、エリザベスからタルタロスに変化があったことを 知らせる電話があった。 現場リーダーであるあなたは、タルタロス行きを提案。特別課外活 動部部長、桐条美鶴がそれに賛成したことにより、本日の探索が決定 された。 要するに、エリザベスの電話という部分以外はいつもどおりであ る。 ﹁たしかに、上層部の構造が変化しているようだ。16階から先、前は 何もなかった場所にフロアが形成されている﹂ タルタロス内部の様子を探っていた美鶴が、バイクに積み込んだ機 器をイジリながらそう言った。彼女の眉間には、若干シワが寄ってい る。何か問題でもあったのだろうか。 ﹁⋮⋮距離が遠いせいで、サーチに時間がかかる。加えて、精度も低下 してきそうだ。まだ問題ないが、今後の探索がさらに上層になって行 くことを考えると、な⋮⋮﹂ 美鶴のサーチ能力は重要だ。 不意打ち、挟み撃ち、バックアタック。言い方は何でも良いが、敵 バ イ ン ド ボ イ ス に先手を取られることは、即死につながる。 突 然 の 奇 襲 か ら の 金縛りの呪言。身 動 き で き な い 仲 魔 た ち の 急 所 に、敵の攻撃が次々と突き刺さる。悲鳴を上げることも出来ず、殺さ れていく仲魔たち。 あの時、運よく金縛りを逃れたあなたの手に逃走用の煙玉である〟 くらましの玉〝がなければ、そのまま全てが終わっていたことだろ う。 あなたにも、気配を探る程度の能力はある。だが、それには物陰や 空間のひずみに潜む敵の居場所まで察知するほどの精度は無い。 ﹁なに、まだそこまでの問題はない。出来る限りのことはする﹂ そう言って、美鶴はバイクの燃料タンク辺りをポンと叩いた。 彼女がそう言うのならば、今のところは確かに問題ないのだろう。 621 ただ、先々この快適な環境を失う可能性は考える必要がある。注意さ えしていれば不意打ちされない、そんな快適過ぎる探索行。それも、 もうそう長くは続かないのかもしれない。 ﹁とりあえず今後は、今行ける一番上の階層まで行くことを常に目指 したい。この先、何が起きるか分からないからな。││とはいえ、今 日は昨夜の疲労が残っている者もいるようだ。ほどほどに頼む﹂ 備えあれば憂いなし。例え備えていても、予想外の事態に苦しむこ とは多々ある。が、それは準備を怠って良い理由とはならない。やれ ることはやれる間に、引き返せなくなってから悔いても遅いのだ。 だが、美鶴の言う通り、今日の皆には〝プリーステス〟との戦いの 疲れが見られる。新しい階層の下見程度にするつもりだ。慌てても ロクなことにならないだろう。 あなたは、そういったことを美鶴に話した。 ﹁頼む。探索のペース配分は、君に任せる。ああ、それと、備えと言え ば来週は中間テストだ。⋮⋮勉強の事もそれなりに気遣ってやって くれ﹂ 5月18日からは、1学期の中間テストだ。まだまだ3年生になっ てからの日は浅いので、その内容は2年生の範囲の復習がメインだろ う。 ただし、その内容は〝月光館学園基準〟だ。通常の部分はともか く、総合学習に含まれる〝魔術的な〟内容や、名物教師の定番ネタら しき問題。それから、マサムネ。 東京でそれなりの学校の、それなりに成績上位者が集うクラスに居 たあなたであっても、決して油断はできない。敵は予想の外から襲っ て来る。 中学、高校と続けて月校生をやっている美鶴、真田、岳羽、伊織の 4人は良いが、琴音は厳しいかもしれない。 美鶴に向かってしっかりとうなずく。そして、あなたは後ろを振り 返った。 この気配。どうやらベルベットルームへと行っていた琴音が戻っ て来たようである。放心状態の琴音の近くに控えていた岳羽も、その 622 ﹂ ﹂ ありがと、ゆかり﹂ ことに気が付いた様子だ。 ﹁たっだいまー センパーイ ﹁うん。なんだか⋮⋮ゴキゲン ﹁うん すごいですね、アレ。⋮⋮なんとかハレルっ ! ﹁ペルソナの書いてある⋮⋮本かな ﹂ バアル・アバター お金を払うと指定したペルソ レットさんに聞いてみることにするか⋮⋮。しかし、お金で⋮⋮ ﹂ ﹁それもベルベットルームの住人たちの〝力〟か⋮⋮。今度、マーガ に特異な存在だ。 それを取り換えることが出来るという事だけでも、汐見琴音は非常 しか持つことの出来ない〝心の鎧〟、〝魂の剣〟。 ペルソナとは、〝もうひとりの自分〟。原則的に、1人につき1つ 伊織の質問に琴音が答え、真田が額を抑える。 ﹁なんだ、ソレは⋮⋮。ワケがわからん⋮⋮﹂ ナが呼び出せるみたい﹂ ? ? ﹁琴音ッチ。ペルソナ全書って、ナニ として従えることは出来ないことと似たようなモノなのだろう。 なんの実力なのかはよくわからないが、自分よりも強い悪魔を仲魔 た強力な悪魔だ。今の琴音では実力が足りなかったらしい。 オセ・ハレルとフラロウス・ハレル。あの2体は橘 千 晶の側近だっ ど﹂ てペルソナは、まだ扱うことが出来ないって言われちゃいましたけ ﹁はい、バッチリです は〝ペルソナ全書〟のことをたずねた。 ﹁ありがとうございます﹂と言いながら走り寄って来る琴音に、あなた 手を上げてブンブンと振る琴音と、その近くであきれ顔の岳羽。 ! ? ! 美鶴は首をひねっているが、〝お金〟が〝心の力〟になる理由はな くなりそうなので、もののついでである。琴音も同様のようだ。 あなたは、それを引き受けた。ベルベットルームとの付き合いは長 に手紙の配達係の要請が来ている。 た経緯があったのかはわからないが、その件に関して、あなたと琴音 美鶴とマーガレットは、文通をすることになったらしい。どういっ ? 623 ! んとなく分かる。 かつて、あなたは邪教の館の主人にそのことを聞いていたからだ。 マッカには、金銭には、思念が宿っているらしい。あるいは、怨念か もしれない。お金さえあれば、大概のことが出来る。だから皆がそれ を欲しがり、金銭に執着する。だからこそ、金銭にはマガツヒが宿る。 誰の物でもあり、誰の物でも無い。今現在の所有者に従う性質を強 く持った、従順なマガツヒだ。 食べたことは無いが、もしも金銭に宿るマガツヒを食したならば、 きっと無味乾燥な味がするのだろう。 ﹁まあいい。それで汐見の力が増すのなら、頼もしいことだ。││そ れよりさっさと行くぞ。影時間は有限だ﹂ そう言って、真田は転送装置へと向かう。彼はヤル気だ。 昼間から十分に休んで体調を整えていたのだろう。やや顔色のよ くない2年生たちと比べると、真田の調子はとても良さそうに見え わたしも行きます﹂ ﹁よし、行くぞ ◇ ◇ ◇ はあるのだ。 ﹂ 理解は、できる。あなたにも、はしゃぎ気味の真田のようなところ にとっては、それも〝面白い〟ことの1つなのかもしれない。 タロスに発生した新たな階層、そしてそこにいるだろう新しい敵。彼 シャドウ 小刻みにジャンプする真田は、どうにも待ちきれないようだ。タル ! 624 る。 ﹁はい ることをイヤがっていた。 ? 肯定。うなずくあなたに、﹁気を付けて﹂と岳羽は言った。 ﹁今日は、様子見なんですよね ﹂ あなたは、チラリと岳羽を見る。彼女は以前、美鶴と2人きりにな ない。 琴音と伊織が名乗りを上げた。琴音、真田、伊織。バランスは悪く ﹁んじゃ、オレも﹂ ! タルタロス17F 奇顔の庭 アルカ ﹃雰囲気が一変したな。気をつけてくれ。少し待ってくれ、先の階層 を探ってみる﹄ ここはタルタロスの17階。4月19日には存在しなかった、16 階よりも上の階層である。 〝何もない〟状態だった16階の階段の先に現れたのは、壁に奇妙 な顔の張り付いた空間だった。 顔と言っても人間の大きさではない。あなたの身長よりも大きな サイズの、巨人の顔だ。 ﹁ここがタルタロスだって言うなら、さしずめコイツは囚われた巨人 の顔ってところか。⋮⋮何にしても悪趣味なことだ﹂ あなたが読んだギリシア神話の本によると、神王ゼウスとの戦いに 625 敗 れ た テ ィ タ ー ン た ち は タ ル タ ロ ス に 幽 閉 さ れ た そ う だ。真 田 が 言っているのはそのことだろう。 悪趣味である事には同意だ。壁に埋まった巨人の顔は、無表情なモ ノ、目を閉じたモノ、涙を流すモノ、薄笑いを浮かべているようなモ ノ、と他にも色々なバリエーションがあり無駄に凝っている。 床は床で、見る向きと注目する色合いによって模様の意味が逆にな マ ジ だ ⋮⋮ こ っ ち か ら 黒 い と こ 見 る と ド ク ロ み て ー だ る造りだ。誰の趣味なのか。 ﹁う お っ ⋮⋮実は、前来た時にこの階が無かったのって、造形に凝 でみてくれ﹄ ﹃すまない。距離が遠いせいか、上手く探知できない。⋮⋮先に進ん が届いた。 伊織は床の模様を見ながら、グルグルと回る。と、美鶴からの通信 ﹁意味ワカンネー﹂ り過ぎてたせいだったりして﹂ ﹁芸術家 ケワカンネー凝りよう﹂ し、反対から白いとこ見ると天使みてーに見える。なんだよ、このワ ! ? しばらく進んでみるが、壁と床の装飾以外はあまり下の階層と変化 が無いように思える。 壁の顔が火を吹いたりするのかと考えていたのだが、今のところそ のような事態は発生していない。 ロー ブ ﹃通路の先に敵3体。これまでとは異なるタイプだ﹄ 暗 が り の 奥 に、フ ー ド 付 き の 外套 を 羽 織 っ た シ ャ ド ウ が 見 え る。 ローブの内側でぼんやりと光っているのは、ランプだろうか。隠者の 仮面をつけている。 他に敵の気配はない。 ﹂ ﹃敵情報は現在サーチ中。すこし時間がかかる﹄ ﹁外套を羽織った街灯。⋮⋮俺は理事長か 真田が怒りの声を上げ、シャドウ達がそれに反応したように横回転 を始める。既に気付かれてはいたのだろうから問題ないが、急に理事 長しないでほしい。 ﹂というモノもあるにはあるが。 敵の弱点がわからない時、あなたが取る行動は実は決まっていな い。﹁とりあえず、これ が広がる。同時に、あなたは雄叫びを上げつつ仮面を外していた。 オ フォッグブレス ア ギ 〝ニンゲン〟の枷から解き放たれた魔人が、腕を左右に開く。胸を 張って息を吸いこむと、それを霧 の 息に変えて吐き出す。 ﹂ ジ ││って火の効きワリィ⋮⋮﹂ 続けて銃声が2発。真田と伊織だ。 ﹁行け ﹁ヘルメス 強い闇の力を感じる﹄ はイマイチのようだ。このシャドウ、火に強いようだ。 ﹃ファントムメイジ。気を付けろ ド 呪殺だ ム これの対応に失敗すれば、あなたは死ぬ。 3体のファントムメイジの周囲で、闇が渦巻く。 ! あなたは、口から勢いよく息を吐き、まとわりつく死を吹き散らし けて消える。身体と心に、闇と死の気配がまとわりつく。 あなたと真田と琴音、3人を覆うように黒く光る紋様が発生し、弾 ! 626 ! 召喚器から銃声が響き、琴音の〝カハク〟からマハラクカジャの光 ! ポリデュークスの放った電撃は、普通に効果あり。ヘルメスの火炎 ! ! ﹄ ﹂と何でもないような表情を浮かべている。た た。心臓の上をドンと叩いて、気合いを入れる真田。 そして琴音は、 ﹁ん 火と闇以外は効く、速攻で仕留めろ しか、琴音の〝リリム〟は闇に強かった。 ﹃危険だ ﹁ジオダイン ﹂ イジ達に向かって突撃する。 あなたは呪殺のマガタマ〝アナテマ〟を起動しつつ、ファントムメ ! ? 下に向かって縦に切り抜ける。 ││もいっちょ ! これでトドメ ! が、痺れて動けない様子だ。 ﹁よっしゃ ﹂ ド ハ マ 真ん中のファントムメイジにはまだトドメをさせていないようだ 動させたくない。どんな敵でもそれは同様だが、特に強くそう思う。 電気を流し行動を阻害する。呪殺や破魔の使い手は、出来る限り行 ム あなたの手にしたナイフが、中央の敵の仮面を刺し貫き、そのまま 3体の内、一番右側に居たシャドウがリリムの電撃で蒸発した。 ! ﹁ポリデュークス、アレで決めろ ﹂ ナイフの力で感電している敵を、伊織の野球スイングが両断した。 ! ﹂ アイアンクロウ あなたは美鶴に返事をしながらも、内心では少々反省していた。 ﹁シボーって、マジかよ。即死魔法かよ⋮⋮﹂ ﹃死亡する可能性が高い﹄ んスか ﹁えーっと⋮⋮桐条先輩。その、直接破壊ってのをされると、どうなる らしい。十分に注意してくれ﹄ の研究資料によると、光や闇の力は、生命と精神を直接破壊してくる ﹃厄介な敵が現れたな。今の敵の弱点は光だが⋮⋮。││旧エルゴ研 引き裂いた。 そして、避けることの出来ない相手の頭部を小さく鋭い左手の爪が ンタン部分││を串刺しにして壁まで押し込む。 ス。その右手の太い針が、最後に残ったファントムメイジの腹││ラ ガラスの飛び散るような音、それに続いて再び現れるポリデューク ! 627 ! ? テ ト ラ ジャ とっさのことで、つい速攻を仕掛けてしまったが、〝ゲッシュ〟の マ ガ タ マ の 力 で 破魔・呪殺防御 を 使 っ て 予 防 す る 手 も あ っ た は ず な のだ。 かつて味わった恐怖が、あなたを攻撃的にしていたのかもしれな わたしに考え い。一層悪くなる伊織の顔を見ながら、あなたはため息を吐いた。 苦い表情のあなたの肩を、琴音がつつく。 ﹁んー⋮⋮。ね、先輩。今日は早めに戻りませんか があります﹂ ﹂ バスの車中 5月11日︵月︶ 朝 ◇ ◇ ◇ 取れる対策は、取って置くべきだろう。 ムドは怖い。ハマも怖い。世の中は恐怖で満ち満ちている。 約ですからね﹂ ﹁あ、ちょっ⋮⋮。明日の放課後はポロニアンモール、ということで予 頭頂をペシペシと何度も叩いた。 あなたの手が高く上がり、琴音の頭に影を落とす。そして、彼女の な彼女と昔の自分を比べ、少しばかりの嫉妬を覚えた。 ほめられたと思ったのか、 ﹁ふふん﹂と胸を張る琴音。あなたはそん りそうだ。 恐ろしくタイミングの良い後輩である。有能過ぎて手放せなくな ラジャです たら、〝ディース〟が呼べそうだったんですよ。││そうそう、テト ﹁いえ、さっきベルベットルームに行った時に組み合わせを試してみ しかし、琴音の言う考えとはなんだろうか。 ずそのことを喜ぼう。 厄介者がいることが確認できた。そして、全員が無事だ。とりあえ ? モノレールの運行が停止中のため、しばらくはバス通学である。 628 ! 岳羽は朝練があると早く出て行き、伊織は寝坊したので玄関のカギ だけを頼んで置いて来た。 真田は学校まで走って行った。相変わらずのトレーニング野郎で ある。 美鶴は生徒の通学に問題が無いかを確認するらしい。巌戸台駅で 月校生に声をかける彼女は、実に働き者な生徒会長だ。 ﹁バス通学も、ちょっと新鮮で良いですね﹂ そんなワケで、本日のあなたは琴音と並んでバス後方の席に座って いる。左の窓側に琴音、通路側があなただ。 たまにはこういうのも良い。隣がグルメキングだったら最悪だが、 女子なら歓迎である。 ﹃次は││﹄次のバス停の名を告げる運転手の声。少しして車体が減 あれって⋮⋮﹂ 速を始め、あなたの身体にかかる慣性。 ﹁あれ 窓越しにバス停を見た琴音が、身体を倒してガラスに顔を近づけ る。 空気の抜けるような音。バス中央のドアが開き、数人の乗客が車内 に入って来る。あなたはその中に、知っている顔があることに気が付 いた。 ﹂ 月光館学園の女子制服を着た小柄な体躯。短めにそろえた髪。下 山岸さーん がり気味の眉が、気弱そうな印象を与える。 ﹁やっぱ、山岸さんだ。おーい ! ﹁またショミって言いそうになった。琴音でイイって言ってるのに﹂ ﹁あ、しょ⋮⋮汐見さん。おはようございます﹂ が。 学園の2年生同士なのだから、接点があってもオカシクはないのだ どうやら、琴音と山岸風花は知り合いだったようだ。お互い月光館 明した、〝ペルソナ能力の資質保持者〟でもある。 いうマネをしてくれた相手。同時に、桐条グループの調査によって判 あなたと同じ保健委員で、勝手に当番を引き受けて自分は来ないと 見知った顔とは、山岸風花のことだ。 ! 629 ? ﹁うん。⋮⋮あ、えっと、すいません。おはようございます﹂ 琴音が大きな声で呼んだので、彼女たちは乗客たちの注目の的であ る。 あなたは立ち上がると、山岸に席をゆずった。あなたは目立つこと が好きなワケではない。特別苦手ということもないのだが。 あなたの顔を見て、少しおびえた様子を見せた山岸だが、ゆずられ た席を断ることはしなかった。琴音の手招きに従ったのか、あなたが 怖かったのか、これ以上目立つことがイヤだったのか。 ﹁山岸さん、この近くなんだ﹂ ﹁あ、うん。あのバス停が一番近くて⋮⋮﹂ ﹁そっか。なんだか妙にピッカピカだったね﹂ ﹂ ﹁えっと、この間、誰かに持って行かれちゃったんだって⋮⋮。バス停 ドロボーなのかな ﹁こわいねー﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ 主に琴音が話しかけ、それに山岸が返事をする形で会話が続いてい る。 ポートアイランド駅にバスが着くまで、あなたは少し離れたところ に移動して立っていた。どうにも怖がられているようなのだ。 もしかしたら、委員会の件で表情が険しかったのかもしれない。 そこには、ハレンチなウワサのせいではない、そう思っていたい高 3男子の姿があった。 駅に着いたところで、山岸のケータイから音楽が聞こえて来た。こ の曲、流行っているのだろうか。それとも琴音の布教活動の成果か。 一言断って、山岸が電話に出る。 ﹁ごめんなさい。呼ばれたから⋮⋮﹂ ﹁そっか、じゃあまたね﹂ ﹁うん⋮⋮。また⋮⋮﹂ 電話を終えた山岸は、小走りに去って行った。 その背中が見えなくなったところで、琴音が口を開く。 ﹁山岸さん、E組の子なんですけど、美鶴先輩から、声をかけてあげて 630 ? ほしいって言われたんですよ。⋮⋮理由を聞いたら、なんかイジメら れてるみたいで﹂ あなたは、それらしき様子を前に廊下で見かけている。その後、あ なたは特に何もしていなかったが、美鶴は彼女なりに何かしようとし ていたのだろう。 ﹁わたし、生徒会の手伝いに行ってるじゃないですか。その時に話が あって、同じ2年生だから3年生の美鶴先輩よりもよく見かけるんで ⋮⋮。副会長で風紀委員の小田桐君は、男子ですし、性格が、そのあ んまり向いてないかもって﹂ あなたが以前通っていた学校のクラスでも、似たようなことはあっ た。それなりに助けようとはしたのだが、やはりそれなりでしかな かったのだろう。 あなた自身にはそういった経験は無い。あなたの幼馴染にも、そう いった経験は無いだろう。どちらの側でも。 631 サッサと潰すタイプなのだ。面倒な相手は。 琴音はどうなのだろうか。彼女には両親がいない。10年前の事 故で亡くなってしまっている。イロイロとあったかもしれない。性 格的になかったのかもしれないが。 そんなことを考えながら、あなたは琴音と並んで通学路を歩いてい た。 ﹁わたしなら、ぶっとばして終わりなんですけどね。こんな感じ、で ﹂ のはずがなかった。 ウ相手に戦える女だ。やられて大人しくしているような、そんな性格 よく考えれば、汐見琴音は初めての影時間、初めて出会ったシャド そうだ。 る。真田程ではないが、彼女ならアゴを粉砕するくらいはやってのけ そう言って、琴音はひねりを活かした見事な拳を繰り出して見せ ! 5/12 コンビニの魔女 5月12日︵火︶ 夜 巌戸台分寮2F 自室 朝までに8時間の睡眠をとりたいのならば、そろそろ眠った方が良 い時間。あなたは自室で、ナイフの手入れをしていた。最近の日課で ある。 そして、それを終えた後は、机の上にノートを広げて勉強だ。 教材は美鶴から借りた2年生の〝総合学習・保健〟のノート。江戸 川の授業である。 魔法の呪文は、シルカ、シルカ、ベサ、ベサ⋮⋮。 ゼウスの最初の妻であり、クロノスに嘔吐薬を飲ませゼウスの兄姉 を吐き出させた女神メティス。 愛憎深きコルキア国の残忍な魔女の名前は、メディア。 ヘリオス神の娘で、毒と薬を得意としたキルケ。 ポリス、守護神、巫女、神託。秘密儀礼、狂乱のオルギア。アポロ ン、ディオニュソス、オルフェウス⋮⋮そして、その流れから生まれ 落ちた恐るべき黒魔術について。 拳が机を叩いた。その拳の持ち主は、あなただ。 もちろん本気ではない、机が壊れてしまう。本気ではないが、それ なりに力の入った一撃ではあった。 これは、高校の授業内容としてどうなのだろうか。ギリシア神話は まだ良い。一般教養の内だ。西洋人にとっては常識かもしれないの だから、知って置いて損は無いだろう。 だが、魔術は必要なのだろうか。そして、これのどこが保健の授業 内容なのか。 メ ディ ア 大体、メディアと言う名前で癒し系でないのは詐欺だ。メディアと 言ったら範囲回復だろう。 月光館学園の謎は深まるばかりである。経営母体の桐条グループ は、生徒をどこへ導こうとしているのだろう。先代からの方針だろう 632 か。 知らず左手が顔を覆っていた、あなたの口からフゥと息がもれる。 昨日、今日とタルタロスの探索は休みにした。危険な敵が存在して いることが判明したこともあり、メンバーの体調を万全にしておく必 要があると判断したからだ。 それに、定期試験前という事で勉強しておきたいという声もあっ た。これは主に岳羽からの要望だ。 オカルト授業について、転校生仲間の琴音に聞いてみたところ﹁お ・ ・ ・ じさんが、あんな感じの人だったんで⋮⋮﹂との答えが返って来た。 あんな感じのあんなとは、もちろん江戸川の事だ。 ﹂ あなたが勝手に仲間だと思っていた相手は、実は魔術授業のエリー トだった。裏切られた気分である。 ﹁すんませーん。ちょっとイイッスか 男の声が、ドアの向こうから聞こえて来た。あなたがドアの鍵を開 けると、そこにはいつもの帽子をかぶった伊織順平の姿。 あなたが何用かと聞くと、彼は格好をつけようとして失敗したよう な顔でこう言った。 ﹁いやー、ちょっと相談したいことがありまして。いや、真田サンに聞 いてみたらリーダーのとこ行けって言われちって﹂ あなたは、伊織を室内に招くことにした。相談内容はまだわからな いが、それなりに真剣なことのような気がする。 部屋に入って来た伊織は、首を左右に動かし室内をグルリと見回し た。 ﹁へー⋮⋮。なんか、絶妙に物がすくねぇ。真田サンとこはトレーニ ング機械ばっかでしたけど⋮⋮﹂ ﹁ウェイトを変更する手間が惜しい﹂と、同じトレーニングマシンを何 台も設置している男の部屋と比べられても困る。まだ、引っ越してき てから1か月程度なのだから。 何故かキョロキョロと床の上を気にする様子の伊織。毎日とは言 わないが、一応掃除はしている。ほこりが溜まっているようなことは 無いはずだが。 633 ? あなたは、伊織に勉強机の椅子を指差して見せると、自身はベッド に腰かけた。 たしかに、座る場所は少ないかもしれない。人が来た時、床に直に 座らせるというのはよろしくなさそうだ。 ﹁いやー、でもオレの部屋なんか、もうポスターとか貼ってますよ バンバンと。他にも実家からイロイロ運んできましたし﹂ リ ー ダ ー も 勉 強 し て た ん ス ね ー。え ー っ と ⋮⋮ 桐 条 美 鶴 レア物じゃないスか。これ、あの桐条 ﹁あー⋮⋮。オレは、アレあきらめてます。いや、だって⋮⋮ゼッテー ││終わらない戦国時代など││保健魔術はその中でも極め付けだ。 て聞いてみることにした。他にもオカシナ授業内容の教科はあるが 丁度よいので、あなたは伊織に月光館学園の〝保健の授業〟につい たり前か⋮⋮﹂ 先輩ダイスキーな子に渡したらどうなるんだろ⋮⋮。字、上手い。当 って、桐条先輩のノート ﹁お 椅子に腰を下ろした伊織が、ふと机の上を見た。 る。あまり物を貯め込む気にはなれない。 あなたは3年生だ。だから、3月にはこの寮から出て行くことにな ? ? ワ ケ ワ カ ン ネ ー いらねーっしょ⋮⋮。数学とかだって、ウーン、コレッテ将来イルノ っ て 思 う の に。魔 術 で す よ。マ ジ ュ ツ ! ! うな⋮⋮やべ、ゼッテー違うけどそんなとこだけ覚えてる﹂ 中学時代から月光館学園で過ごしている伊織でも、やはりおかしい とは思っていたようだ。 エロイ夢を求める呪文。サキュバスあたりの夜魔でも呼び出すの だろうか。江戸川の授業は謎である。 伊織はそのまま、手に取ったノートをパラパラとめくって行く。 ﹁うわー⋮⋮。この先、オレらこんな話されんのかよ⋮⋮。つーか、桐 条先輩こんな内容でもきっちりノート取ってんのか。││コルキア のメディア⋮⋮メーディア⋮⋮﹂ 伊織の指が、ある場所で止まった。彼の口からこぼれでた内容から 考えると、あなたが先ほどまで読んでいた部分のようである。 634 ! ! なんだっけ、えー、エロイ夢、エロイ夢、我は求めたりとかあったよ ? 2年生の3学期に習ったと言う、ギリシャの魔術について書かれた 部分だ。伊織はそこに書かれている内容をサッと読むと、表情を切り 替えた。今までの少々だらしないそれから、それなりに真面目な顔へ と。 ﹁あのー、ちょっとリーダーに教えてもらいたいことがあるんスけど ⋮⋮﹂ あなたは、椅子を回し居住まいを正した伊織にうなずいて見せた。 どうにも言い出しにくい様子だったので、あなたは伊織がその気にな るのを待っていたのだ。 ﹁えーっと⋮⋮、その⋮⋮、なんつったらいいのか⋮⋮﹂ あなたは相談にのると答えた。だが、伊織はまだモジモジとしてい る。心なしか頬が赤くなっているような気もする。 あなたは、伊織から距離を取った。 ゼッテー無い マジ 話すように促した。正直、高校生にもなった男がモジモジしている姿 あなたは、そこが分かっているのなら問題ないと、さっさと本題を 伊織の言葉は、イマイチ要領を得ない。 んかなーって思い直してたワケですよ⋮⋮﹂ したけど。ココ来たら、ああタルタルとか影時間のことで誤解してた の話ですけど。いや、ココ来る前はフツーにアリエネーとか思ってま ﹁えーと、ですね。リーダーって、スゲーですよね。その⋮⋮女性関係 くと相談の内容を話しだした。 バカなやり取りで気持ちがほぐれたのか、伊織はため息をひとつ吐 彼は岳羽のスカートに興味津々だったのだから。 まあ、あまり心配はしていなかったが。モノレールでの戦いの際、 ! って、えー、だからッスね。女の子と上手く話す、話し方 を見ても気分が悪くなるだけである。 ﹁ヒドッ ! 635 忘れがちだが、伊織順平は女装男なのだ。もしかしたら、ソッチの それは、無い ﹂ ! 趣味の持ち主かもしれないではないか。 本気で違いますから ! ﹁いやいやいや、ないッス で ! 伊織は両の手と頭を必死に振り、激しく否定する。 ! というか⋮⋮そーゆーのを教えてもらえないかと⋮⋮﹂ あなたは、左手を上げ自身の額をおさえた。あなたが見る限りで は、あなたよりも伊織の方がよほど上手く会話をしている。ひそかに 尊敬しているくらいだ。 伊織のように、場をササッと盛り上げることは、あなたにはとても 出来そうにない。 それに、女子と話す機会であれば真田の方が圧倒的に多い。彼は登 下校や休み時間にはファンの女生徒に囲まれ、この間の連休には女子 大生の彼女とじっくりデートをしていたらしいのだから。 相談する相手を間違えているとしか思えない。おおかた、トレーニ ングを邪魔されたくない真田が押し付けて来たのだろう。 あなたは、首を何度か横に振った。それから、伊織の話を一応聞い てみると伝えた。あまり役に立てるとは思えないが。 あなた自身にとっても、伊織から今後の参考になることが聞けるか 636 もしれないと考えたからだ。 ﹁い や ⋮⋮。日 曜 の 夜 に 真 田 サ ン に 聞 い た ん で す け ど。真 田 サ ン、 が 出 て 来 た っ て、ま た 女 子 連 中 が キ ャ ー とか言ってましたけど。最近の真田サン、前よ そーゆーのリーダーに相談してるって⋮⋮。それ聞いたすぐ後に、シ ンジは役にたたん り も な ん つ ー か、余 裕 キャー言ってるんスよ﹂ 前に聞いた〝あの子〟。たしか、髪とドレスを赤く染めて、斧を振 だから、モジモジしないでほしい。 ちょっと話したじゃないですか。あの子のこと⋮⋮で﹂ そ ー ゆ ー の じ ゃ な く て、ひ と り だ け の 話 な ん で す け ど。あ の、前 に ﹁そりゃ、まぁオレもキャーキャー言われてみたいですけど。今日は ハッキリ言って大変難しいのではないだろうか。 でも真田が圧倒的に上。伊織が真田のようにモテることを望むのは、 顔や身体つきで真田に勝る部分は無い。知っている限りでは、学力 あなたは、口元に手を当てて伊織をじっと見た。 言っただけだった気がするが。 そういえば、そんなこともあった気がする。メールを返すように ? ! り回すと言っていたような気がする。 想 像 す る だ け で も 実 に 恐 ろ し い 鬼 女 だ。怒 っ た 時 の パ ー ル ヴ ァ ティ並みかもしれない。いや、そこまではないか。 ﹁いやいやいや、たしかに髪は赤くしてるっぽいですけど。そこまで 恐ろしくは⋮⋮。いや、斧投げて来るとか、フツーにコエーか⋮⋮﹂ 日々シャドウと戦い、自分たちも武器を持ち歩いているせいで、ど うやら伊織の中の〝普通〟がズレて来ているようだ。 普通の人は、斧を投げつけられたら怖いはずだ。少なくともこの時 代、この国では。 とはいえ、伊織の気持ちも多少はわかる。あなたは、たとえそれが 攻撃を仕掛けて来た相手であったとしても、ちょくちょく声をかけて 来た男だ。 剣を振り回して襲って来たヤクシニー。彼女は、胸元の髪の動きが ド ル ミ ナー 気になった。 睡眠魔法と、寝ている相手を永眠に誘う能力を併せ持った、殺意の 高すぎるサキュバス。彼女には、エロイ夢とか言ってはいられない。 鋭い爪と地獄の業火を自在に操り、物理的な攻撃を受け付けないラ ンダ。 他にもたくさんの物騒な女性がいた。みんな怖くて、みんな魅力的 だった。 あなたは、伊織に向かってウンウンとうなずいて見せ、続きを促し た。決して、わからない話ではない。そういう始まりもアリだろう。 むしろ、よくある。 ﹁さすが⋮⋮よくわかんねーけど頼もしい。理解される理由が理解デ キネーけど⋮⋮。えーっと、そんで、まぁ、その子に声かけて、上手 く行けたらイイナーとか思っちゃったりしちゃったりしてるワケな んでス。でも、どうしたらいーんかサッパリなワケでして⋮⋮﹂ あなたは腕を組み、目を細めて過去の自身の行動を思い出すことに した。 まずは、会えなければ話にもならない。よく出没する場所を発見し たいところだ。その辺りの所はどうなのだろうか。 637 みたいなことしてて⋮⋮。んで、それ見つけ ﹁最 初 に 会 っ た の は、コ ン ビ ニ な ん す よ。そ こ で、ア イ ツ ⋮⋮ そ の、 えーっと⋮⋮万引き たから、オレ止めたんすよ。オジョウサン、ソンナコトシチャイケナ イヨって⋮⋮。やめねーんで、何回か止めるように言ってたら⋮⋮そ したら、斧がとんできました﹂ わかる。しばらく話しかけていると、急に不機嫌になって攻撃して くるものだ。よくある。 あなたは、伊織の言葉に深くうなずいた。 彼女たちは気まぐれなのだ。 ﹁で、そんときはソレでビビっちまって⋮⋮。情けねーんすけど、オ レ、そこでへたっちまって。アイツが店のカゴに商品放り込んで出て くまで床はってました﹂ 椅子に腰かけている伊織は、曲げた膝の上に置いた両手を強く握 る。おそらく、﹁情けない男ね。この程度で。⋮⋮ヤル気も失せたか ら見逃してあげる﹂とでも言われたのだろう。 彼女たちは、気まぐれで残酷なのだ。 ﹁そん次も、やっぱコンビニだったんですよ。今度は前の時よりも気 あ あ い う の も 無 く て、 合い入ってたんで、なんでそんなんするって聞けて⋮⋮。なんか、ア イ ツ ⋮⋮ 親 も 居 な く て、戸 籍 つ ー ん ス か になるのにって﹂。 のって面倒だって思ったことない ﹂とか﹁生きる ? いっそ、すぐに死んじゃえば楽 るために他者の物を奪う。みんなヤッテルことよね あなたにも似たようなことを言われた経験がある。たしか、﹁生き ただ、その背中はわずかに震えているようだ。 伊織は顔を伏せた。そのため彼の表情をうかがうことはできない。 ら死んでもいいとか⋮⋮なんとか⋮⋮ワケわかんなくて﹂ そーゆーことしないと生きていけないって言ってて。それに、死ぬな ? ヨユーねーんで⋮⋮﹂ ﹁そんで⋮⋮オレ⋮⋮お金⋮⋮あったらって⋮⋮。でも、ウチそんな 解はその時々の気分で決まる。 彼女たちは、ときに哲学的で気まぐれだ。決まった答えは無く、正 ? 638 ? 納得した。伊織が金銭を欲しがっていた理由は、趣味と女だったよ うだ。アレは貢ぎ始めるとキリがないのである。 交渉にあたって、マッカと魔石の準備は必須だ。これがないとすぐ に詰まってしまう。 だが、要求を聞きすぎても﹁つまんない﹂と逃げられてしまう。こ の辺りのさじ加減は、いつまでたっても悟ることが出来ない。魔石1 つで命を預けてくれることもあれば、宝石を要求しておきながら逃げ てしまうこともある。頻繁に。 彼女たちは、貪欲でありながらたまに慎ましい。 あなたは立ち上がり、伊織の両の肩を叩いた。彼のやり方は間違っ てはいない。あなたの経験に照らす限りでは、あとはあきらめずにア ﹂ タックし続ける根性だけである。 ﹁マジっスか。オレ、大正解 あなたは、伊織にそのまま頑張るように告げると共に、時々進展を 教えてくれるように話した。 状況から考えて、そのコンビニは影時間だろう。店員が殺害されて でもいない限りは。 しかし、このままでは伊織の話を聞いただけである。相談されたの だから、何かしらアドバイスはしておきたいところ。沽券にかかわる とまでは言わないが、少しぐらいは見栄を張っておきたいものだ。 そんなワケで、あなたは伊織にひとつ注意をしておくことにした。 ﹁え、はい。ハァ⋮⋮他の誰かと一緒に居る時は、見かけても話しかけ ないほうがイイんスか。失敗しやすいと。││ナルホド⋮⋮邪魔が 入って雰囲気ワルくなると、それが後まで響くかもしれないってワケ か⋮⋮。メモッとこ﹂ ああ イテー目 ? ﹂とか、 ﹁おやおや、いけませ ワイのツレに何の用や 基本である。目当ての相手の周りに余計なヤツがいると、話しかけ た時に﹁なんやワレ にあいとーなかったらスッコンどれや ? ずはこの私に話を通していただかないと⋮⋮﹂と割り込んでくること がある。 639 !? んね。ここに私が居るというのに、他の者に話しかけるなど、と。ま ! ? 鬼系のあおるような口調、天使系の上から目線のエセ紳士口調、ど ちらもイラっときてしまう。そうなると、そのまま皆殺し展開になり やすい。 ﹁どうしてもってときは、邪魔者を排除って⋮⋮。いや、そーか⋮⋮ア レだよな。テレビとかでストリートチルドレンに盗みとかやらせて る汚ねー大人とかがいるってやってたよな⋮⋮﹂ う る さ めっちゃがん 伊織は拳を握りしめた。彼の背中からヤル気が気炎となって立ち 上る。 ﹂ ﹁ありがとうございました オレ、がんばるッス ばるッス ! ゼッテー、やめてくださいよ ⋮⋮ ? そこまでこだわるのならば、仕方がない。 愛くない。 動揺しているのか、伊織は微妙にかんでいる。男がやっても全然可 あ、でも見かけたら教えて下さい﹂ ﹁ホント、やめてくだしね 彼こそは、永遠に追いつくことの出来ない、あなたのナンパの師匠だ。 た も の で あ る。酒 場 の 呑 ん だ く れ と 同 一 存 在 と は と て も 思 え な い。 創世に至った後でもそう思えるのだから、あの魔王は本当にたいし しようもなくスゴかった。アレはとてもマネ出来そうにない。 戯の旅〟を思い出した。アイツは、凄かった。もう、何というかどう あなたは、かつて魔王ロキと一緒に出掛けた〝ボルテクス界一周悪 うに。 誰が話しかけても、結果として仲魔になってくれるのなら良いだろ しい。女の子なら歓迎なのだが。 あなたの服の袖に、やや涙目の伊織がすがりつく。実に、うっとう で⋮⋮﹂ ﹁あ、いや⋮⋮。それヤメテください。オネガイシマス。ホント、マジ と伝えた。 あなたは伊織をなだめ、機会があれば自分も声をかけるようにする れると、寮長の怒りの雹が降ってしまう。 ダンッっと勢いよく立ち上がり伊織が叫んだ。あまり五月蠅くさ ! ? 640 ! あなたは、伊織に約束した。仮に見かけても友好的には話しかけな い、と。 ﹂ コレ⋮⋮ 斧を投げて来るような相手だ。戦闘状態になることもあるだろう。 その時はその時、仕方がない。 ﹁ふぅー⋮⋮。そんじゃ、オレ帰ります。││って、おお オバ、じゃなくてゴーストQじゃないッスか。ナッツカスィー ま あ、い っ か。え ー っ と、た し か ⋮⋮⋮⋮ ん、ん 現に在る刹那よ 過ぎ去 ⋮⋮えっと、こっからなんだったかな⋮⋮。このアニ ﹁明星の子よ 未だ来たりぬ混沌よ ドのあたりを手でさわり、声の調子を整えているようだ。 伊織は居住まいを正し、口元に手を当て咳払いをする。それからノ んっ﹂ いったっけか ﹁オ レ、な ん か ⋮⋮ バ イ オ リ ン の ヤ ツ を 持 っ て た よ う な。ア レ ど こ う。アレのモデルはゴーストQである。 少々キケンな発言があったような気がするが、やはり気のせいだろ 取る。 し、あなたの目覚まし時計を見ると、両手を上げておどけたポーズを 伊織は安堵の息を吐き、あなたの部屋から出て行こうとした。しか ! !? ! たしか、永久よ の後には格好良さそうな言い回しで毎回違うセ じ〟が入っていたような気がする。 言われてみれば、あのアニメはそんなセリフの後に〝前回のあらす なー⋮⋮。意味はわかんなかったけど、てか、未だにわかんねーけど﹂ メの最初にいっつも言ってたヤツ、ガキのころ好きだったんだけど りし永久よ ! ││あー、デスヨネー。アリス一強でしょうね。きっ 今も昔も、〝アリス時計〟が一番人気だ。他とはケタが違う。 と﹂ れたりして う、コレクターアイテムかと。もしかして、アレ掘り出したら高く売 ﹁ま、いっか。しかし、コレ⋮⋮まだ現役で使ってる人いたんだ。も リフだったはずだ。なんとなく覚えている。 ! いや、むしろそっちも ││いや、ジョーダンですよジョー ? 641 ? ! ! ? ﹁つか、くわしーッスね⋮⋮。え、もしかしてリーダーってそっちの趣 味 ? ダン ハイ、スイマセン。ホントにもう戻ります﹂ あなたのベッドの下をのぞき込むようにした伊織は、あなたの怒り に触れ逃げ出した。ドアが開き、閉まる。 あなたは自身のベッドを見た。お宝はそんなところにはない。ち なみに、そんな趣味も無い。いや、嫌いなワケでもないが。 アリスはいつも見ているらしいのだ。うかつなことは言えない。 ﹁あ、今日のお礼にちょっとオレのお宝持ってきますよ。ムフフ⋮⋮﹂ 去ったと思った野郎が、ドアを少し開けて頭だけをのぞかせた。 先ほどはかなりのこだわりを見せていたはずの伊織だが、それはそ れ、これはこれという事らしい。スケベ顔を平気でさらせる、その度 胸だけはなかなかのものだ。 ⋮⋮なかなか良い趣味をしている。 あなたは枕元にナイフを置くと、ベッドの上で横になった。今日は タルタロス探索が休みなので、ゆっくりと眠ることが出来る。 シ ラ ヌ イ あなたの内側で、〟シラヌイ〟のマガタマがその在り方を変えた。 漢字で書くと不知火。なんとなく、伊織らしい。 あなたは、そんなことを考えながら目を閉じた。 642 ! 5/13 燃えよイソラ 5月13日︵水︶ 早朝 巌戸台分寮 自室 イソラの夢を見ている。 〝シラヌイ〟のマガタマが、カタカタと騒ぎ立てる。 こ れ は 夢 だ。あ な た に は、そ れ が わ か る。印 象 深 い 過 去 の 一 場 面 が、切っ掛けを得たことで夢の形で再生されているのだ。 あなたの足が、ザブザブと下水をかき分ける。不思議と臭いは気に ならない。ただ、危険を告げる赤い警告だけが、頭の中で点滅してい た。 望むところだ。あなたは、獲物を││敵意の源をこそ││探してい るのだから。 タ ドー ル た。続けて魔獣イヌガミが吠える。 直後、目の前の水が弾け飛び水中から3体の悪魔が現れた。 妖魔イソラだ。水中も空中も自在に泳ぎ回る、エイの姿をした悪 魔。 このギンザ大地下道の水場には、コイツラが大量に住み着いてい る。イソラの勢力が強すぎるためか、他の種類の悪魔が現れない。 ﹂ つまり、絶好の狩場である。同じ悪魔ばかりが現れるのだから、苦 手とするものも皆同じ。 ﹁そーりゃー、マハラギ たイソラ達は、苦しみ悶えている。彼らは高熱に弱いのだ。 仲魔の地霊カハクが、火炎魔法をまき散らす。それをまともに受け ! 643 ここはギンザのはずれにある大地下道。ギンザとイケブクロを結 マ ぶ、長 い 長 い 地 下 通 路 だ。名 物 は、毒 の あ る 悪 魔 と マ ネ カ タ と、 ﹂ ﹂ 髑髏の剣士。 ﹁いたー ﹁アオーン ! あなたの頭の上に乗り、周囲を警戒していた小さな妖精が声を上げ ! ﹂ ﹁よし行け、イヌガミ ﹁ワオーン ﹂ ﹂ の中でも動きに支障がでないのだ。 ファイアブレス 悪魔の身体は苦痛に強い。もちろん痛みはある。ただ、どんな激痛 いたらしい。 肉をごっそりと奪い去ったのだ。いつの間にか、潜水状態で接近して 不意打ちで襲い掛かって来たイソラの牙が、あなたのふくらはぎの 突然、足に痛みがはしる。 もわからないことを考えているヒマはない。無駄だ。 ここは戦場だ。そこかしこに敵対的な悪魔の気配がある。考えて あなたは頭を振り、余計な思考を振り払った。 うして悪魔を殺して奪うことと、何が違うのだろう。 どうしてそうしないのか、実はあなた自身よくわからないのだ。こ イ。 何も言わず、あなたの腹に頭をすりつけて来るイヌガミはカワイ と妖精。耳の高さで騒がれるとちょっとウルサイ。 普段はキャンキャンとやり合っているくせに、たまに気が合う地霊 タ相手にマッカ払うとかワケわかんない﹂ ﹁だよねー。魔王のロキにケンカ売っといて、あんな弱そうなマネカ が早くない ﹁ねー、こんなことやってるよりさー、あのマネカタ燃やしちゃった方 を買うために。 マガツヒとマッカを。道具屋で売っている〝アンク〟のマガタマ しまった。殺して奪うのだ。 動かなくなったエイと、その肉の焼ける臭い。これにはもう慣れて 〟のマガタマの焼けるような力を吐息と共に吹き付けた。 そこにあなたは容赦なく追撃の炎 の 息。体の内で猛る〝シラヌイ ファイアブレス またもや炎を浴びせられたイソラ達は、もはや瀕死の状態だ。 を吐く。 何故か指示を飛ばす妖精の声に従って、イヌガミが口から炎 の 息 ! かみちぎられ筋肉の無くなったはずの足。それがどういうワケか 644 ! ? 動く。これも悪魔の性質なのだろう。 犬の頭部と長く伸びすぎた胴を持つイヌガミは、足は短いが羽根も 無いのに空を飛ぶ。 動くことに関して、身体の形状などはあまり関係がないのだろう。 空飛ぶ頭蓋骨の悪魔、ラフィン・スカルなどもいるのだから。 よくわからないことは、大体マガツヒのせいだ。そう考えておけば まず間違いない。大量のマガツヒさえあれば、叶わぬ願いは無い。あ なたは、シブヤの街でそんな話を聞いた。 骨が見えるほどに風通しの良くなったあなたの足。あなたはそれ を高く上げると、一気に落としイソラの牙を踏み砕く。 あなたが放った反撃によって砕けた牙の奥、イソラの口腔内に見え る赤い塊は、さっきまであなたのモノだった肉だろう。 あなたから距離を取ろうとしたのか、水から離れ空中に浮かび上が るイソラ。それに追撃をかけるため、あなたは右手に力を収束し剣を 645 生み出そうとした。 その瞬間、力を集中させた右手から始まり、全身を駆け巡る違和感。 痛みに強いはずの身体がグラつく。まるで全身の血が沸騰している かのようだ。 ああ、これは毒だ。イソラの牙には毒がある。それがあなたの身体 を内側からむしばんでいるのだ。 ﹂ ﹁ヨクモワレラノ同朋ヲ││﹂ ﹁焼けて死ね ギ ﹂ だ。念のために水場から離れ、あなた達は地下道の一角に存在する小 イソラの死亡を確認。周囲を警戒してみるが、他に気配はなさそう 力がある。 トドメは、妖精の飛び蹴りだ。小さく見えても、アレでなかなか威 ﹁こんっのー て悶えるイソラに、さらにイヌガミがかみついた。 爆発で穴が開いたのか、イソラの背から煙が噴き出す。キリモミし た火球は、開いたイソラの口の中に侵入し、体内で爆ぜた。 ア つま先から髪の先まで、全身から火の粉を放つカハク。彼女の放っ ! ! 部屋に入った。そこは転送用のターミナルの部屋。 ポ ズ ム ディ ターミナルは静かなものだ。あなたの頭はグラグラしている。 ﹁よっと、はい﹂ 妖精の小さな手から、解毒魔法の光があふれ、あなたの中の毒を消 し去った。 ようやく落ち着いたあなたは彼女に礼を言うと、自身の足に目を向 ける。 これでどうして歩けたのかわからない。そんな状態だ。 ディ ア ﹁治すよー﹂ 続けて治療を使おうとする妖精。あなたは片手を上げて彼女の行 動を止め、今は実体化させていないエンジェルに治療を頼んだ。 頭の中から、 ﹁主の御心のままに﹂と声が聞こえ、あなたの傷が見る 見るうちに塞がって行く。戦闘中は厳しいが、余裕のある状況ならば 情報体となっている仲魔の力を借りることも出来るのだ。 そうしたらトンデモナイ事を言われたので、さらに激しく首を横に振 る。 ﹁オレ、オマエノ判断ニ従ウ﹂ イヌガミが、マフラーのようにあなたの首に巻き付く。あなたが彼 の頭をなで、彼は目を細めた。 あなたは、このまましばらくイソラ狩りを続けることを皆に伝え る。邪教の館の主人は、全てのマガタマが揃った時に何かがあると 646 召喚・実体化させていない仲魔は、あなたの身体にある情報処理器 官の内部に存在している。 ﹁わたしも火が使えたらなー。焼き魚するのに﹂ あなたは、 ﹁むー﹂とうなり、唇をへの字にした妖精の頭を軽く叩い もしかして、そーゆー ア イ ツ、あ な た を 見 て、 た。今のところ解毒魔法の使い手は彼女しかいないのだ。気持ちは ありがたいが、役割分担は重要である。 ﹁や っ ぱ、あ の オ カ マ ネ カ タ や っ ち ゃ お ﹂ あーらイイ男とか言ってキモイし。││何 趣味 ? ? あなたはご機嫌斜めなカハクに向かって、首を横に振って見せた。 ? 言っていた。 それが何かはわからないが、とても気になるのだ。 何を ﹂ ﹁あー、売らなきゃ良かった⋮⋮﹂ ﹁んん ﹁このバカッ なんでサッサと出さないのよ ﹂ 実はあの虫みたいなの、わたしが売ったヤツだったり ! ﹂ ﹁えーっと⋮⋮。ちょっと、マッスルドリンコ飲みたいなーって⋮⋮。 額と額がくっつきそうな距離で、カハクが妖精をにらみつける。 ゲンナリとした顔でグチる妖精。それにカハクが食いついた。 ? ? ! こを、再度の頭突きが襲う。 こんのッ ﹂ 右手と左手の指をからめ、モジモジとする妖精。そんな彼女のおで 居て欲しいとか言い出すから⋮⋮。││渡しそびれた﹂ ﹁だって⋮⋮別れる時に上げようって思ってたら⋮⋮。ずっと一緒に いつものことだからと安心させた。 キュウーンと怯えた声を上げるイヌガミ。あなたはその首をなで、 レは効く。 テヘっと続けた妖精のおでこに、カハクの頭突きがさく裂した。ア ! ﹁なんで売ってんのよ ﹂ ﹂﹁だって飲みたかったんだもん ﹂ ! を見ていなかっただろう。 もしも、〝少しだけ強く〟なっていなかったら、あなたは今この夢 になる。 かって歩みを進め。その直後に、死神との最初の戦いを経験すること 無事に〝アンク〟のマガタマを購入したあなたは、イケブクロに向 れた。 食らった。そのマガツヒが、あなたと仲魔を〝少しだけ強く〟してく この時、マッカ稼ぎのついでにあなた達はかなりの量のマガツヒを ﹁ワウ 少し休憩しよう。そうしよう。 ! ギャーギャーと騒ぐ2人を見ながら、あなたはその場に座り込む。 ! ﹂ ﹁このッ ! なにすんのよ ﹁イタッ ! 647 ? ! ゴーストQのやかましい声が、あなたの意識を覚醒させる。 目を覚ましたあなたは、まず布団の中で自らの股間に手をやった。 続けて、身体の下、今の今まで寝ていたベッドの上を手で探る。 湿ってはいない。 安堵のため息がもれる。水場の夢で、炎の夢だ。もしかしたら、と 考えてしまった。 この年でそんなことになった日には、思わず自爆してしまうかもし れない。 安心したところで、やかましいオバケを叩いて止める。今日は学校 のある平日だ。着替えなくては。 もしも、あの時、あの公園で、違う選択をしていたら。 ピクシー ・ ・ 着替えながら、あなたはヨヨギ公園での出来事を思い浮かべた。 あの時、悪魔と別れることを選んでいたら、ただの人間に戻ること 648 が出来ていたのだろうか。 あなたは、自分は人間だと答えながら悪魔の力〝マガタマ〟を手放 さなかった。手放せなかった。 ずっと一緒に居たいって思ってる かもしれない。 無かった邪神の掲げた思想に同調し〝ムスビ〟の道を歩んでいたの もっとも、他者との関係を捨てていたとしたら、新田勇の、名前の if...〟。 悪魔との関わりを簡単に捨てられたなら、あるいは⋮⋮そんな、〟 と、あなたの両親との間に有る絆の象徴だ。 それに絡みつく鎖から感じられるのは、 ﹃法王﹄のイメージ。あなた 〝生きる〟と言う意味を持つらしいこのマガタマ。 あなたの中に確かに在る〝アンク〟の力。古代エジプトの言葉で マを使うことにためらいは無かったのではないかと。 ただ思うのだ、もしも違う道を選んでいたら、〝アンク〟のマガタ つの永劫の底まで降り、共に創世の無限光まで昇ったのだから。 カルパ あの時の選択、あの時の答えをあなたは悔やんではいない。共に5 ? 今在るこの世界、現在の自分の姿は、自分自身で選んだモノ。 たしかに、〝先生〟や氷川、〝金髪の子供〟や〝車椅子の老人〟に 振り回されはした。それでも、自分で選んだ結末であり、自分で歩き 出した新しい道なのだ。 着替えが終わった。 あなたは2,3回頭を横に振り、つまらない考えを振り払った。そ して、枕の横に置いていた短剣の状態を、物質から情報へと変化させ る。 とりあえず、まずは朝食だ。 ◇ ◇ ◇ 昼休み 月光館学園 教室 ようやくの昼休みだ。 あげパン。やきそばパン。カツサンド。今日の昼食は、久しぶりに 購買のパンである。デザートに3色コロネも付けと少し豪華。飲み 物はいつもの豆乳。 ﹃今日は弁当ではないのか﹄ 教室の席で向かい合って食事をとっている美鶴から、ペルソナ通信 方式で声が届いた。 余計な会話は、奇妙な誤解を招く。最近はこうすることにより、そ の危険を遠ざけているのだ。 あなたは美鶴に、 ﹁働かざる者食うべからず﹂と言われたことを伝え た。 今朝は夢と考え事のせいで、弁当作りに参加できなかったのだ。た まにはパンも良い物である。 ﹃そうか。なかなか厳しいのだな。時間があれば、私も参加してみた いとは思っているのだが⋮⋮﹄ 果たして、桐条のお嬢様は料理が出来るのだろうか。これがマンガ 649 なら、トンデモナイ代物を作成して周囲を驚かせるところだ。 ﹃授業で習った程度のことは出来るさ。そちらの教科でも、それなり の成績は維持している﹄ となると、彼女の腕前はあなたと同程度なのかもしれない。きちん と授業を受けていれば、カレー、シチュー、肉じゃが、豚汁、カレー うどん、コロッケ、唐揚げ、ハンバーグ、グラタン程度は普通に出来 るはずだ。美味いかどうかはともかく、食べられる程度には。 ﹃⋮⋮それぐらいは、大丈夫だ。ああ、ケーキだって作れるさ﹄ 雑談をしつつ食事を終えたあなた達は、残った時間を勉強にあてる ことにした。 来週は中間テスト。転校して来たばかりのあなたは、まだまだこの 月光館学園の授業内容に慣れていない。 ﹃ああ、これは2年の1学期に習った内容から││これは、ここと同じ 意味だ。⋮⋮っと、すまない﹄ ? 650 美鶴のケータイに着信。彼女はあなたに一言断り、電話に出た。 もれ聞こえて来た相手の声は、どうやら理事長のようだ。 ﹁はい││ええ││わかりました。皆には私から││では、お待ちし ています﹂ 美鶴は電話を切り、ケータイを仕舞う。それからあなたの方を見て こう言った。 ? もしかして女の子とか ﹂ ﹃今夜、理事長から話があるそうだ。夜9時、作戦室に集合だ﹄ ◇ ◇ ◇ 夜 巌戸台分寮4F 作戦室 ﹂ 夜9時まであと5分、作戦室に寮のメンバー全員が揃った。 え !? ﹁それで、美鶴。今日はなんの集まりなんだ マジっすか ! ﹁理事長からは、新メンバーの件で、と聞いている﹂ ﹁新メンバー !? ﹁順平⋮⋮﹂﹁ジュンペー﹂ ね ﹂ ﹁なんだよー。カワイイ子来たらウレシイだろー。ね、リーダーもそ う思いますよね ﹁小学生 ﹂ 応を待っている。 に似合わない丁寧な仕草でアイサツすると、そのまま室内の人間の反 理事長が横に移動し、その影から小学生の男子が現れた。彼は年齢 ﹁天田乾です。よろしくおねがいします﹂ あ ま だ けん レームを中指で押し上げつつそう言うと、後ろを振り返った。 やはり、ドアを開けて現れたのは理事長だった。彼はメガネのフ はもう大まかなことは知ってるはずだけど││さ、入って﹂ ね。でも、早めに紹介しておきたかったんだ。まぁ、3年生のみんな ﹁やあ、集まってるね。いや、もうすぐ中間テストだって時期に悪い は、理事長がやって来たのだろう。 と、ノックの音に続いてドアが開く。返事を待たないということ よくある光景だ。主に2年生達の部分が。 真田の質問から始まり、伊織が騒ぎ2年女子が呆れる。 ? 驚く伊織、普通に挨拶する琴音、ややつまりつつ返事をする岳羽。 あなたは天田に軽くうなずいて見せると、手を動かし中に入るよう 促した。天田の後ろに立っていた、ニットキャップとコートの男にも 視線を送る。 ﹁よう﹂ 理事長、天田、それから荒垣。3人が室内に入り、荒垣の手がドア を閉める。 作戦室内のテーブルを囲むようにして、荒垣以外が腰かけた。彼だ けは、少し離れて壁に寄りかかっている。格好をつけてみたいお年頃 なのだろう。 そんなあなたの考えに気付いたのか、荒垣はニットキャップをずり 下げ目を隠すようにした。 651 ? ﹁あ、えっと、こちらこそおねがいします﹂ ﹁こんばんは﹂ !? ﹁ここに呼んだことから分かっていると思うけど、天田乾くん、彼は君 達と同じペルソナ能力の持ち主だ││﹂ 理事長が手で天田を示す。 ﹁先月から、桐条グループの警備部隊や君達に影時間中のパトロール をしてもらっている。その時に、警備部の人間が街を歩いている彼を ﹂ 見つけてね。危険だから保護させてもらったんだ﹂ ﹁保護 琴音の質問には、美鶴が答えた。 ﹁影時間に生身でいる者は、シャドウに襲われる。シャドウに襲われ た場合、通常であれば精神を食われて影人間となるが、ペルソナ使い の場合は少々事情が異なる。ペルソナ能力の持ち主に対して、シャド ウは非常に敵対的だ。⋮⋮タルタロスを探索していれば、これは実感 していることだと思う﹂ タルタロスで出会うシャドウは、精神を食らうなどと言う生易しい 攻撃はしてこない。爪を振り上げ、牙を見せ、魔法も使ってこちらを 殺しにかかって来る。 ﹁シャドウに対抗できるのは、ペルソナ使いだけだ。それが分かって ﹂ そんな、ペルソナが使えるからって、戦わなきゃイケナイっ いるんだろうね。ヤツらも﹂ ﹁でも てワケじゃ ﹂ ? ﹂ ? 引いて見せる。 あなたは理事長の顔を見た。彼はあなたに向けて、わずかにアゴを しても戦わせて欲しいって、頼んだんです﹂ さんを責めないで下さい。僕がお願いしたんです。僕の方から、どう ﹁ありがとうございます。心配してくれて。⋮⋮でも、僕のことで皆 ﹁え、うん。そう、だけど ﹁あの、岳羽ゆかりさん⋮⋮ですよね 琴音のときもそうだったが、岳羽はこういうヤツなのだ。 ている。 キリと言葉にはしていないが、その目は﹁子供を戦わせるのか﹂と言っ 岳羽は大きな声を上げ、理事長、美鶴、そしてあなたを見た。ハッ ! 652 ? ! 理事長と天田の間で話は出来ているということだ。恐らく。 あなたは天田に〝事情〟を話しても良いかたずねた。 理事長や3年生の間では、天田に関する話はついている。今日は、 2年生達に〝小学生が戦う事〟を納得してもらうための集まりなの だろう。 ﹁おい││﹂ ﹁僕の母さんは、シャドウに殺されました。僕の目的は、母さんの敵討 ちです。││お願いです。僕に機会を下さい。アイツを、あの怪物を ﹂ 倒さなきゃ⋮⋮僕は、僕は⋮⋮。だから、一緒に戦わせて下さい お願いします ﹂ そ の 年 で、母 ち ゃ ん の カ タ キ 討 ち な ん て よ。泣 か せ る じゃねーか ﹁エ ラ イ ﹁天田君⋮⋮。⋮⋮⋮⋮⋮⋮、か⋮⋮﹂ わたしとおなじ 表情で見つめる。 ﹁お願いします﹂と繰り返しながら深く頭を下げる天田を、皆が複雑な した。 何か言いかけた荒垣を遮るようにして、天田は自身の戦う理由を話 ! あなたは、最後に残った琴音の顔を見た。彼女は口元に片手を当 その、力が足りているのかって意 て、じっと天田を見ている。その表情からは、肯定も否定も、どちら の雰囲気も感じ取れない。 ﹁先輩から見てどうなんですか 味ですけど﹂ ﹂ ! 天田の勢いにおされ、琴音はあごの辺りで手をヒラヒラと左右に ﹁いや、別に反対ってワケじゃなくて⋮⋮その、ね﹂ でも、これから鍛えます。絶対、強くなります。だから ﹁そ れ は ⋮⋮ 分 か っ て ま す。こ の 前 の、ヘ リ か ら 見 て い ま し た か ら。 タルタロス探索の最前線にも連れては行けない実力だ。 リ ー ス テ ス 〟 の よ う な 強 力 な 敵 と の 戦 い に は 耐 え ら れ な い だ ろ う。 見 る 限 り で は、天 田 は ま だ 弱 い。と て も で は な い が、先 日 の 〝 プ あなたは彼女の質問に、首を横に振って答えた。 ? 653 ! 岳羽、伊織は問題ないようだ。 ! ! 振った。どうやら、天田本人には言い辛いことがあるようだ。後で聞 いておこう。 ⋮⋮⋮⋮チッ、しゃーねえな﹂ ﹁俺が鍛える。シンジ、お前も手伝え﹂ ﹁ああ 真田に言われた荒垣は、しばし考え、天田をチラリと見た後で了承 した。 真田は続けてあなたと美鶴に問いかけの言葉を投げるが、その表情 ナビとリーダーは居た方が良いからな。そ には隠しきれない嬉しさが浮かんでいる。その理由は、おそらく荒垣 と共に戦えること。 ﹁そこの2人もいいな ﹂ ? で良いか 天田﹂ ﹁あ、えっと⋮⋮僕は、いいんですけど。その⋮⋮いいんですか ﹂ ﹁決まりだな。よし、来週の月曜、タルタロスの1階から始める。それ 績よりも戦力の充実を優先したい。 ない。荒垣はそもそも学校に来ていない。そして、あなたは学校の成 真田と美鶴は、元々の成績が良く、普段の実力を発揮できれば問題 だ。 どうやら、真田は中間テストの期間に天田を鍛えるつもりのよう ﹁いや、私は構わないが⋮⋮﹂ ルタロスってのはどうだ うだな、2年生には試験勉強をしてもらうとして、俺たちは来週もタ ? が。 ﹁はい ﹂ ! ﹁わたしも行こうかな﹂ その様子を見ながら、琴音がボソリとつぶやいた。 ている。 天田はヤル気だ。膝の上に乗せた手に、爪が白くなるほど力が入っ よろしくお願いします 魔術の授業││あれは保健ではない││はやや厳しいかもしれない あなたは普段の生活を振り返り、特に問題ないな、とうなずいた。 のは常日頃からの積み重ねだ﹂ ﹁気にするな。なに、試験前に慌てたところで高が知れてる。大事な ? ? 654 ? ! ﹁え、ちょっ、琴音ってば自信満々 テスト大丈夫なの ﹁ゆかりッチは、いっつもヒデーよ﹂ ﹁アンタは、いっつも悪いじゃん﹂ ﹂ ﹁ヤベェ⋮⋮。これで、点数悪かったら、オレ、すげーカッコ悪くね ? ﹂ こうしよう。僕は天田君と荒垣君を車で寮まで送って来て、 ﹁よろしいのですか 車でしたら他の者でも⋮⋮﹂ 羽君や伊織君が居てくれるから安心だしね﹂ それで君たちが戻ってくるまでここで待ってるよ。何かあっても、岳 うだ な。タルタロスについて行っても邪魔になるだけだろうし⋮⋮。そ ﹁話はまとまったようだね。それじゃー、その間、僕はどうしようか 〝鍵〟を持つ者の特権である。 い。つまり、勉強するヒマは〝いくらでもある〟のだ。 時は止まる。あなたが青い部屋に入っている間、時計の針は進まな ヤル気のように見える仕草だ。 琴音は胸の左右に両手を上げ、手を軽く握っている。なんとなく、 ﹁先輩、また一緒にベルベットルームに行きましょう﹂ れに、あなたにはちょっとした〝裏技〟がある。 タルタロスに行くと言っても、影時間は〝存在しない時間〟だ。そ ? ? 人にペルソナ資質があるかどうか調べてたんだ⋮⋮。本人に黙って﹂ ﹁この頃、琴音がよく話してる子だよね。てか、あの病院、診察に来た ﹁山岸さんだね﹂ だ。ペルソナ関係の検査内容も載っている。 渡された紙に書かれていたのは、〝山岸風花〟についての調査報告 ﹁はい、これ。みんなまずは読んでくれるかな﹂ から、紙の資料を取り出した。 美鶴とのやり取りの後、理事長は椅子の横の床に置いていたカバン が済んだところで、次の話がある﹂ ﹁ま、僕が出来ることなんてあんまりないしね。││さて、天田君の件 ﹁わかりました。では、お願いします﹂ の部屋には、かなり資料を置いてあるから﹂ ﹁いいよ、いいよ。この作戦室でやっておきたい作業もあるしね。こ ? 655 ! ﹁おお、イイ⋮⋮。カワイイ。そんな不機嫌そうな顔しなくてもいー じゃんかよー、ゆかりッチー。その病院のおかげで、こんな子が見つ かったんだからよー。てか⋮⋮いいなぁ、大人しそうで。こーゆうオ シトヤカーって感じの子、オレの周囲にいないんだよな⋮⋮﹂ ﹁ほう﹂﹁ふーん﹂﹁ふむ﹂ 伊織が攻撃されている。攻撃と言うよりも口撃だが。 彼の自分から藪をつつきに行くスタイルは、なかなかのものであ る。あなたにはマネ出来そうにない。 岳羽の雰囲気が悪くなったことを察知し、その空気を即座に流す。 伊織はこれを狙ってやっているのだろう。 あなたは、伊織が本当は斧を投げつけて来るような子が好きなこと を知っている。相談されたばかりなのだから。 それはそれ、これはこれ、ということなのかもしれないが。 ﹁山岸風花君、彼女にはまだペルソナやシャドウのことは伝えていな い。ただ、警備部の人員を一部割いて見張ってもらっている﹂ 伊織の起こした騒動でズリ落ちた眼鏡を気にしながら、理事長が話 を再開した。 ﹁それ監視じゃ⋮⋮﹂ ﹁そうとも言うね。⋮⋮ただ、これは彼女のためでもある。さっきも 桐条君が説明してくれたけど、ペルソナ使いに対して、シャドウはと ても攻撃的なんだ。影人間にされるだけじゃすまない﹂ 監視だけではなく、護衛も兼ねているという事だろう。 シャドウ相手に戦うことは出来なくとも、〝桐条〟の戦闘部隊の人 間であれば、連れて逃げるくらいは出来るかもしれない。影時間でも 稼働する〝特別製〟の車両などがあるのだから。 ﹁美鶴先輩。それじゃ、わたしに山岸さんのことを頼んだのって⋮⋮﹂ ﹁否定はしない。それだけではないがな。⋮⋮今の彼女はペルソナを 持ちながら、それを召喚する方法を知らない。シャドウには襲われる が、対抗する手段を持っていないんだ。天田と同じで、保護する必要 がある﹂ ﹁仲間になってくれるかどうかは別にして、出来ればこの寮に来ても 656 らった方が良い。ここにはそれなりの設備もあるし、何より君たちが いるからね。⋮⋮そうなった時、知り合いが居た方が山岸君も気が楽 だろう﹂ ﹁なるほど﹂ 美鶴と理事長の説明を聞いて、琴音は納得したようだ。基本、素直 なのだ。彼女は。 ﹁折を見て私から話してみるつもりだが、皆も気にかけておいてくれ。 ﹂ 特に、汐見と⋮⋮君に頼んでおく。たしか、委員会が同じで、そこで の当番も同じだと言っていただろう 昼休みにそんな話をした覚えがある。アレは、山岸が他の生徒の当 番を代わって引き受け、その当人が来なかった日の次の日だっただろ うか。 来なかった理由はなんとなく察しがつく。おそらく、いじめグルー プにでも何か言われたのだろう。 前の学校で見かけたそれでは、放課後どこかに連れ出されていくと ころを見かけたことがある。 ちょうど明日は、〝本来の〟当番の日だ。委員会に参加しろ、と呼 びに行ってみようか。 そのついでに、少し話が出来れば良いのだが。 657 ? 5/14 湿った風 影時間 タルタロスの探索は順調に終了した。 テ ト ラ ジャ ム ド 前回の探索で冷や汗をかかされたファントムメイジの呪殺も、あな たと琴音の光闇防御で問題なく対処できた。 その他の出現したシャドウは、火炎、氷結、電撃、疾風のいずれか を苦手とする者ばかり。こちらの駆除にも特に困る場面はなかった。 そしてたどり着いた25階。そこで現れた力の強いシャドウ││ 泣くテーブル││も、これまた苦戦することも無く処理出来てしまっ た。テーブルの上で踊っている杯に火がついていたので、試しに吹雪 マ ハ ラ ギ をぶつけてみたところ、それが効果テキメン。 敵も炎をばら撒いては来た。だが、あなたと琴音には火炎を無効化 するマガタマやペルソナがあり、伊織は炎に強い。参戦したメンバー の中で炎がマトモに通用するのは岳羽だけといった状況。 そして、その岳羽は弓と魔法を使った後方支援がメインのため、他 3人の誰かが盾になれば彼女まで攻撃は届かない。 つまり、今回の探索は楽勝だった。 25階の番人を排除したあなた達は、そこにあった転送装置を使用 してエントランスへと帰還。そのまま寮へと戻ることにした。 今回1つ問題があったとすれば、待機していただけの真田がやや不 満そうにしていた程度である。 ◇ ◇ ◇ 5月14日︵木︶ 放課後 月光館学園 廊下 今日の授業が終わった。 658 あなたは保健委員の当番をこなすため、保健室へと向かっていると ころだ。 当番の仕事は、少し面倒である。 ホームルーム終了後、下校時間まで保健室に居ること。 ケガなどで保健室を訪れる生徒がいれば、消毒液やバンソウコウな どを渡すこと。 必要に応じて養護教諭の江戸川を呼びに行くこと。薬などは生徒 が勝手に持ち出せないようになっている。 日誌を付けたり、〝保健室だより〟などの文章を作成する仕事もあ るが、3年生はやらないことが多いらしい。1年生は高校生活にまだ 慣れていないだろうからと、2年生に頑張ってもらうことになってい るようだ。 ﹁セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ。スズナ、スズシロ、 ほい出来た﹂ 事で来たことを告げた。受け入れるだけでなく、ハッキリと断ること もまた勇気の1つの形である。 あなたは、ノーと言える魔人だ。 659 保健室のドアを開けると、江戸川がまた呪文のようなものを唱えて いた。が、良く聞けばただの七草だ。 保存していた物をつかって、粥を作っていたらしい。 おとぎ話の魔女のように曲がった江戸川の背。微妙に汚れた白衣 からは、そこはかとない妖気が漂っている。ビン底のような眼鏡の向 こうに隠された瞳に浮かぶのは、邪悪な淀みか清浄な光か。どちらに ﹂ しろ、確認したいとも思わないが。 ﹁食べますか ﹂ ! あなたは差し出された謎の食べ物を江戸川に突き返し、委員会の仕 ﹁アルラウネのツタが隠し味。さあ食え、食うんだ うが、好んで口に入れたいとは思わない臭気である。 臭いがオカシイ。どうしても必要ならば食べられなくもないだろ るはずがない。 あなたは首を横に振った。江戸川の作る物だ。ただの七草粥であ ? ﹁そうですか。では、自分で││││ふぅ⋮⋮。それでは、私は奥の部 屋にいますので、何をしているのか興味があるのでしたらのぞいて下 さい。でなければ、外から声だけをかけるように。では⋮⋮ウヒヒヒ ヒ﹂ 未だ煮えたぎる粥をゴキュゴキュと音を立てて飲み干すと、江戸川 は彼専用の謎の部屋へと入って行った。その中がどうなっているの か、話してくれる生徒はいない。木星と交信しているのだと言うウワ サも聞くが、その真相は定かではないのだ。 月光館学園の生きた七不思議は、今日も平常運転である。 時計の針が進む。決められた時間を過ぎたが、山岸はまだ来ない。 あなたは息を吐きつつ、座っていた椅子から立ち上がった。やはり 迎えに行く必要があるようだ。 山岸風花の所属しているクラスは、2年E組。琴音、岳羽、伊織の 居るF組の隣である。 ? たずねられた女子生徒は、教室に残っていた他の生徒に聞いて回っ てくれている。 ﹁さっき、森山達とトイレ行ったよ﹂ ﹁掃除とか言ってた﹂ ﹁だ、そうです﹂ あなたは片手を上げて礼を言うと、2年E組の教室を離れた。ドア を閉めた後の教室内が騒々しい気がするが、よくあることだ。自分の クラスでそうなのだから、もう慣れたものである。 教室からトイレまでの距離はそれほどでもない。ただし、あなたは 660 2年生の教室が並ぶ廊下を歩き、あなたは山岸のクラスの前まで やって来た。周囲にいる生徒達からの視線を感じるが、そんなものは もう慣れた。あなたは、イロイロな意味で有名人なのだ。 ガラリとE組の戸を開け、あなたは山岸の姿を探す。どうやら教室 には居ないようだ。姿が見えない。 ﹂ えっ えーっと、誰か山岸さんて知って ! あなたは、ドアの近くに居た生徒を捕まえ、山岸の居所をたずねた。 ? ││あ、はい ﹁ん ? どこ行ったかわかんない るー ? 男性だ。そして山岸風花は女性である。 トイレの中まで呼びに行くワケには行かない。ライドウや真田で はないのだから当然だ。 今のあなたは、女子トイレの方向を気にしながら廊下をウロウロと お前は、例の悪魔 ここであったが百年目。一体どうし している状態である。実に怪しい。 ﹁あっ ⋮⋮で、2年生の女子トイレの前で何してるんです この、変態ハレンチ漢﹂ てくれようか ! まさか私まで、その悪の毒牙に ! があるというワケではなさそうだが。 ! たのかは分かった。 先月、美鶴を相手に、 ﹁捨てないで下さい ﹂とすがり付いていた下 言っていることの意味は分からないが、相手が誰なのか、どこで見 ﹁こうなったら、桐条先輩の恨み、今ここではらさでおくべきか ﹂ く中国拳法っぽい構えをしてみせる。隙だらけなので、特に腕に覚え 彼女は一歩飛び退り、あなたから距離を取った。そして、なんとな かけようと⋮⋮﹂ ﹁なんですか、その視線⋮⋮。ハッ とがある、といったレベルではない。 どこかで見た覚えのある顔だ。同じ学校の生徒だから見かけたこ が、こうもハッキリ言って来るとは何者なのだろうかと。 じっと見た。ヒソヒソとささやかれるくらいならば気にしないのだ あんまりな言われようだったので、あなたはその声の持ち主の顔を イ言われようである。 いかにも怪しい様子だったせいで、通りすがりの女子生徒からヒド か ! ! 下級生の考えているような関係ではない、と。 あなたは、一応、弁解を試みることにした。あなたと美鶴は、この るのか、なんとなく理解できた。 桐条美鶴ファンであることだけは分かる。彼女がどうして怒ってい 美鶴の交際関係までは把握していない。が、目の前の彼女が熱烈な はずである。 級生だ。正確なところまでは覚えていないが、大体そんな感じだった ! 661 ? この画像が目に入らぬか ﹁白々しい ﹂ とあなたの目の前に突き出されたのは、彼女のケータイ バンッ ! どうやら、意図的に画面から切り取られている様だ。 どこから入手したのだろうか。恐るべきその執念。 ! その上、こうグ ﹁この汚らしい手で、桐条先輩の腰や背中をこんな風にして ﹂ の手は、こう手と手を合わせてツーっと伸ばして イッと後ろに倒すようにしたんでしょう ! の⋮⋮フヘヘ﹂ 先輩にしたみたいに そうすれば、私と桐条先輩は姉妹のようなも ﹁さあ、私にも桐条先輩にしたようなことをすればいいんです。桐条 どことなく恍惚とした表情と声音。 ﹁この態勢をあの人も⋮⋮﹂ を軸に、覆いかぶさるような姿勢。 それなので、あなたはその求めに応えることにした。腰に回した手 要求者は、クラスで3番目といった見た目。悪い気はしない。 くる。 らに反対の手も取って、言葉通りの態勢を取ることを無言で要求して 言いながら、彼女はあなたの手を取って自身の背中に回させた。さ ! 反対 ている。ただ、ダンスパートナーの男の姿はほとんど映っていない。 その画面には、桐条美鶴が社交ダンスをしている映像が映し出され だ。 ! すまない美鶴、とあなたは心の中で謝った。 ウソついたら、針で刺します﹂ ためなら、魂だって売り飛ばしましょう。あ⋮⋮ちゃんと下さいね。 ﹁この悪魔。ですが⋮⋮いいでしょう。乗りました、その話。先輩の 認し、あなたは彼女から離れ少し距離を取る。少し怖い。 相手の目がヤカーのように光った。話の内容を理解したことを確 ちろん依頼には報酬もある。 あなたはそんな彼女の耳元に口を寄せると、あることを頼んだ。も なんともならない。 ブラックウーズのようなグルグルとした目。この子はもうダメだ。 ! 662 ! あなたでは侵入することの出来ない女子トイレの探索行、それを彼 女に頼んだ。代価はあなたが今借りている〝美鶴のノートのコピー 〟である。 しかし、人間とは恐ろしいモノだ。特定の何かに入れ込んでしまう と、そのためなら何でもするようになってしまう。美鶴が2年E組の イジメのことで悲しんでいると伝えただけで、鼻息が荒くなるのだ。 あの美鶴ファンの子は、きっと美鶴のバイクになら踏まれてもい ﹂ ﹂ ﹁私は、生徒会長非公認特別風紀委員 少しあらため い、むしろ踏まれたいとか言い出しそうな雰囲気を持っていた。恐ろ しい。 ﹁なんだよ させていただきます ﹁げぇ ﹂ ンの子でも無い。 ぞかせた。もちろん女子である。だが、山岸でも、先ほどの美鶴ファ 少しして、廊下と女子トイレの仕切りの壁から1人の生徒が顔をの である。 い。トイレの奥からヘンな声が聞こえて来たりもしない。気のせい それらを無視して、あなたはそんなことを考えていた。逃避ではな あなたを見つめている。 廊下に居た2年生達や、騒ぎを聞いて教室から顔を出した生徒達が ! どこかで見覚えのある顔形と表情である。何故か今日はそんなこ ﹂ とが続いているような気がするが、偶然だろう。 ﹁ナ、ナツキー 逃した2人の内の1人かもしれないが、そこはどうでもいいだろう。 人に居たような気がする。もしかしたら、荒垣が間に入ったことで見 荒垣を探しに行った際に、イービルアイで病院送りにした面々の1 ああ、ポートアイランド駅の裏にある〝たまり場〟に居た女だ、と。 い出した。 た。その怯えた様子を見て、あなたは彼女をどこで見かけたのかを思 その女子生徒は、口を手で押さえ慌てた様子で奥に引っ込んで行っ ! 663 ! !? 顔をのぞかせた女子は、あなたを見てとてもヒドイ表情になった。 !! ﹁あの⋮⋮ごめんなさい。その⋮⋮ちょっと、転んじゃって⋮⋮。遅 れて、ごめんなさい﹂ 腕を組んで待っていると、少しして山岸がトイレの中から現れた。 ただし、その髪の先からは水滴が滴っている。着ている服も濡れて いる様だ。 ﹁そ、掃除の後で、床が濡れてて⋮⋮。滑っちゃったんです﹂ 女子トイレの中がどうなっているのか。そこは、あなたにとって未 知の世界だ。分からないことにまでは口を出せないので、そこは黙っ ておく。いくらなんでも、転んだだけで頭まで濡れたりはしないと思 うのだが。 とりあえず、このままでは風邪をひいてしまいそうだ。 あなたは山岸に、着替えがあるかどうかたずねた。 ﹂ ﹁ご め ん な さ い。え っ と ⋮⋮ 今 日 は 体 育 も 無 か っ た か ら ⋮⋮。あ の、 か、帰っても良いでしょうか トイレの壁の近くに気配がある。こちらの話をうかがっている様 だ。 奥からはまだ何か言い争っているような声がしている。さすがの 生徒会長非公認特別風紀委員でも、複数人の相手までは出来なかった ようだ。 2年E組で山岸の行方をたずねた際に〝森山達〟と言っていたの だから、最低でも2人いる。あるいはもう少し多いのかもしれない。 少し考え、あなたは山岸の申し出を却下することにした。 ﹁え⋮⋮﹂と泣きそうな顔の山岸に何も言わず、あなたは身振りでつい てくるよう示した。 保健室にはタオルがあったはずだ。まずはそれで拭いた方が良い だろう。 資料によると、山岸は体調不良での欠席が多かった。 春先とはいってもまだ涼しい。普段からこういったことが続いて いたのなら、風邪にもなるだろう。精神的な苦痛によるところの方が 多そうではあるが。 それに今から帰したところで、途中で家とは違う方向に連れて行か 664 ? れるだろう。おそらく。 山岸の表情は、先日の朝バスを降りた後に見たものに似ているのだ から。 ◇ ◇ ◇ 時計を見ると、委員が待機しているようにと決められた時間から2 0分程遅れている。 だが、養護教諭の江戸川が恐れているせいで、保健室に近寄る生徒 は非常に少ない。だから、特に支障はないのだが。 あなたは保健室の棚からタオルを数枚取り、山岸に渡した。 ﹁ごめんなさい⋮⋮﹂ タオルを受け取った山岸は、それを手にしたままキョロキョロと室 内を見回している。 665 あなたは、体調不良の生徒が休むベッドを指差して見せた。あそこ にはカーテンがある。上着を脱いで拭くことも出来るだろう。 あなたは山岸に終わったら呼ぶように言うと、部屋の外に出た。ド アの横に立ち、しばし待つ。 ﹁あの、終わりました﹂ 小さな声で呼ばれ、あなたは室内に戻った。 山岸は冬用制服の上着を脱ぎ、学校指定の標準シャツ姿になってい た。 さっき上着の下に青色の服を着ていたことを考えると、彼女はかな りの寒がりなのかもしれない。5月の半ばを過ぎて、なかなかの重ね 着だったようだ。 上には何も着ない。あなたには、そんな半裸が標準だった時代があ る。着る物一つとっても、人それぞれのようだ。 ﹂ ﹁あの、ごめんなさい。委員会、今まで参加したことが無かったので ⋮⋮どうしたらいいですか えた。 居心地の悪そうな山岸に、あなたはとりあえず日誌を読むように伝 ? これまでの当番が書いた内容を読んで、それと同じようなことを書 いておけば日誌についてはオッケーである。ほとんど人が来ないの で、あまり変化が無いのだ。 ﹁江戸川先生の薬⋮⋮飲みに来る人いるんですね⋮⋮﹂ 山岸のこぼした声に、あなたは2,3度うなずいて見せた。 今週の月曜、火曜と続けて江戸川の怪しい薬を飲み干して見せた勇 者 が い る ら し い。2 年 生 の 女 子 と い う 話 だ が、一 体 何 者 な の か。一 度、どんな顔をしているのか見てみたいものである。 終わ きっと、とてつもなく恐ろしい面構えをしているに違いない。 ﹁えっと、その、書けました。あの⋮⋮良かったんでしょうか る前に書いちゃって﹂ 下校時間になってから書いていては、下校時間に帰ることが出来な い。それなのに、当番の時間は下校時間までであり、日誌は当番終了 後に書くこととされている。 持ち帰りは、ゴメンだ。 しかし、とあなたは思う。どうも山岸は着やせするタイプだったよ うだ。 向かい合って保健室のテーブルに座っていると、どうしても視線が 顔からやや下へと移動してしまう。 目のやり場にやや困る。 まったくもって情けない。相手が悪魔なら、どうという事も無いの だが。ほとんど水着かレオタードかといった格好ばかりだったのだ から、いい加減慣れる。 ﹁あの⋮⋮﹂ あなたの視線に気付いたのか、山岸は椅子に座った状態で少し後ろ に下がった。しかし、カタカタと音を立てて椅子がズレたのは、半歩 程度の距離でしかない。 あなたは頭の後ろを指でかきながら、保健室の室内を見回した。 窓側、ドア側、棚のある壁、この3方向には目当ての物は無い。あ なたから見て山岸の座っている位置の後方、ベッドの脇にポールハン ガーがあり、そこにあなたの探していた物がかかっていた。 666 ? 上着だ。ただし白衣なので、江戸川の物かもしれない。かもしれな い、と言うよりも確実にあの江戸川の物だろう。 さすがにアレを着ろと言うのは可哀想だ。そう考えたあなたは、自 身の着ている制服の上着のファスナーを指でつまんだ。 月光館学園の男子制服は、前をジッパーで止める構造だ。あなたは いつもこれをキチンと上まで上げている。着崩さないでいる状態が、 一番カッコイイ。制服をデザインした人物は、そのようにデザインし たはずなのだ。 ジッと音を立ててジッパーを下げながら、あなたは椅子から立ち上 り、テーブルを回る。 申し訳ないが、山岸には少しの間これを羽織っていてもらおう。江 戸川の薬と毒の臭いが染み付いていそうな白衣よりはマシなはずだ。 ﹁やっ⋮⋮﹂ あなたは上着のジッパーを最後まで下ろし、山岸の方へと近寄りな 667 がらそれを脱ごうとした。そうしながら、上着を羽織っていてくれと 頼もうとしたのだ。 だが、あなたがそれを言う前に、彼女は今にも泣き出しそうな、あ るいは酷く怯えたような目になり、椅子ごと後方へ2歩、3歩。 ﹂ 床と椅子の間でガタガタと音がして、すぐに椅子はひっくり返っ た。 ﹁あっ の方が動いて回避したのだ。 た。まるであなたの手が伸びる場所を察知していたかのように、彼女 そして、何気なく伸ばしたあなたの手は、山岸に避けられてしまっ 騒がず山岸のバタつかせている手を掴もうと歩を進める。 あなたの目は、その様子をハッキリと捉えていた。そして、慌てず をかくだけ。 何か捕まる物を求めバタバタと手を振る山岸。その手はただ空気 行く。 る。そのせいで態勢が崩れ、彼女の身体は勢いよく背中側へと傾いて さらに後ろへ移動しようとした山岸の足が、転がった椅子に絡ま ! その事であなたは一瞬ギョッとしたが、それならとさらに踏み込 む。山岸の背とヒザをそれぞれ腕で抱えるようにすると、今度は避け られずに済んだ。 急に踏み込んだせいでかなり前傾姿勢になっていたことと、あえて 踏みとどまる理由も無かったことから、少々たたらを踏んでしまった が。 前に数歩、トッ、トッと移動。そこにちょうどベッドがあったので、 その上に山岸を降ろす。 転倒の恐怖からか、いつの間にか山岸の手があなたの上着を掴んで いた。 山岸に引っ張られたことで脱げかけになった上着。あなたがそれ をそのまま脱いで渡そうとしたところで、保健室入り口のドアが勢い あ⋮⋮⋮⋮ゴメン﹂ よく開く。 ﹁風花 現れた日焼けした肌の女子生徒は、素早くドアを閉めて去って行っ た。 あなたの腕に抱えられたままの山岸は﹁え、森山さん⋮⋮﹂と口に し、呆然とドアの方向を見ている。 森山は一体何をしに来たのだろうか。ドアを開け、すぐに謝って、 ﹂ 即座に去る。ワケがわからない。 ﹁ごめんなさい のだ。回復用アイテムの個数管理と考えると、これは大変重要な仕事 日誌とは別に、日々の消耗品の記録を付けておかなければならない さて、少々ハプニングはあったが、次は備品の確認である。 ﹁あ、その、それは⋮⋮ごめんなさい﹂ 声を出したので、その方がビックリである。 むしろ、小さな声しか出せないのかと思っていた山岸が突然大きな ようにと伝えた。 あなたは、怯え避けられることには慣れている。だから気にしない ような大声で謝って来た。 上着を渡し、着ているようにあなたが言うと、山岸がビックリする !! 668 !! である。 ディスポイズン 毒に悩んでから解 毒 剤を探していたのでは間に合わない。 ﹂ ﹁えっと、薬箱はここで。ガーゼの替えはここ。タオルはここですね。 あの、使ったタオルはどこに置けば あなたは、またもや室内を見回した。ゴミ箱なら分かるのだが、洗 い物をどうするのか聞いていなかったのだ。 入り口側、棚のある側、窓側にそれらしきものは無い。ベッドのあ る側も、ポールハンガーに掛かっている物が増えているだけで、それ らしきものは見当たらない。 あの山岸の制服は帰るまでに乾くのだろうか。 仕方が無いので、あなたは江戸川に聞きに行くことにした。 ﹁アハー・アドナイ・テトラグラマトン。ヨド・ヘー・ヴァフ・ヘー⋮⋮。 ほう、この呪文に呼ばれて現れるとは⋮⋮。││ああ、それならベッ ドの下にカゴがありますよ。そこに入れておいてください﹂ 江戸川専用ルームから、異様な臭いと何か煙のような物が漂って来 る。香でもたいているのだろうか。 この学校の防災体制が気になるところだ。 と、思ったが深夜0時にはタルタロスと化すこの校舎で、そんなこ とを考えても意味が無いのかもしれない。 下校時間を告げる放送が聞こえて来た。これで保健委員の仕事も 終了である。 ﹁先週はすいませんでした。私が引き受けたのに、行けなくて││﹂ あなたは山岸の謝罪を聞いた後、あの森山という生徒達とのことは どうするつもりなのかをたずねた。 回りくどいのは得意ではない。 ﹁あの、違うんです。生徒会長や、し、琴音ちゃんにも言ったんですけ ど、そういうのじゃなくて、違うんです⋮⋮。何でもないんです。本 当に﹂ 委員会の仕事をしている間は普通だった眉が、あなたの一言で八の 字に下がった。周りから見ても明らかなのだが、本人が否定するのな らば、そちらに関しては何も言うまい。 669 ? あなたは〝そっちのこと〟は美鶴や琴音に任せることにして、続け て別の事を聞く。 時計が止まる。その他の機械も止まる。月だけがギラギラと輝き、 あの⋮⋮それ ﹂ 水が血のような色に変わる。そんな夢に覚えがないか、と。 ﹁え をひねっても、逆立ちをしても思いつかない。 アゴに片手を当て考えてみたが、やはり思い当たることが無い。首 ています﹄といった内容だった。 しておきたいということでしたら、そうします。でも、とても感謝し それに対する山岸からの返信の内容を要約すると、﹃そういう事に メールでそう伝えた。 覚えが無いことなので、特に感謝する必要は無い。あなたは山岸に 言葉がつづられているが、あなたにはそんな覚えがない。 どうやら、山岸からのようだ。メールの文面には、繰り返し感謝の 履歴もある。 入浴を終えたあなたが部屋に戻ると、メールが届いていた。着信の りました。本当に││││﹄ えてくれませんでしたが、先輩が何かしてくれたという事だけはわか から許して欲しいと電話がありました。何があったのか聞いても教 ﹃ありがとうございます。森山さん達から、ごめんなさい、もうやめる ◇ ◇ ◇ 帰ってからのことだった。 上着を預けたままだった。あなたがそれに気が付いたのは、寮に そして、連絡を待っていると伝え保健室を出た。 やっていたことのマネである。 あなたはメモに自身の連絡先を書き、山岸に渡した。以前、美鶴が !? あなたは、とりあえず眠ることにした。 670 ? 5/15 蝿の女神 5月15日︵金︶ 未明 影時間が終わった。 月の光は色を変え、棺桶の中身たちが息を吹き返す。時計の針も回 り始め、チクタクと音を刻む。5月14日が過ぎ去り、5月15日が 始まったのだ。 影時間の終わりと共に目を開いたあなたの耳に、ケータイから流れ る音楽が入って来る。寮の自室のベッドに横たわるあなたの頭上で、 振動と共に鳴っているのは特別に指定した曲ではない。 誰かと思いながら、あなたはケータイを手に取った。表示されてい る番号は、数時間前に見た山岸のモノだ。 ﹃あの⋮⋮山岸です。その、こんな時間にごめんなさい。でも、あの、 ﹄ 671 夕方、保健室で先輩が言ってた⋮⋮夢の話で﹄ ケータイから聞こえて来た山岸の声は、混乱と安堵が絡み合った複 雑なものの様に思える。実際のところはわからないが。 あなたは、短い言葉で山岸に話の続きを促した。 ﹃前から、あったんです。たぶん⋮⋮4月の途中から⋮⋮。怖くなっ て、お父さんやお母さんの部屋に行っても、棺桶みたいになってて 聞かせたのだろうか。そうだとすれば、桐条の息のかかっている辰巳 病院に行った際、山岸は体調不良だけではなく〝夢〟の話も医者に と聞いている。琴音も初めての日の後はかなり不安定な様子だった。 影時間を体験するようになった当初は、随分と混乱するものらしい ないかって。病院に行ったりして⋮⋮﹄ なってて。そんなことが毎日、毎日⋮⋮おかしくなっちゃったんじゃ どうしていいかわからなくて。でも、少しするとそんなことなく ! 記念病院の医師が〝ペルソナの検査〟を密かに行ったことも納得で はい。││桐条って、生徒会長の⋮⋮ きる。 ﹃え ? あなたは、山岸に影時間に関するおおまかな説明をした。 ? 教える内容は、あなたが知っていることの全てではない。真田明彦 が〝桐条〟から聞かされている程度の情報だ。 あくまで〝おおまかに〟である。詳しい話は、こんな深夜の電話よ りも、日を改めて美鶴や理事長が居る時の方が良いだろう。 影時間について詳しく説明するのであれば、山岸にもタルタロスを 見せておきたい。 真田ではないが、百聞は一見に如かずとも言う。ペルソナ使いの素 質があるのであれば、シャドウと関わらずにはいられないだろうか ら、知って置いて損は無いはずだ。 昨日は木曜日。日付が変わって、今は金曜日だ。月光館学園は土曜 そ、そ 日にも授業がある。そこから考えると、土曜日の夜に体験し、そのま と、泊まり⋮⋮ですか ま泊まって日曜日に帰すのが良いだろう。 ﹃そんなことが⋮⋮。││ええっ れは⋮⋮えっと⋮⋮。その、困ります﹄ あなたが黙ってしまったことで、気を悪くしたとでも考えたのかも いることハッキリと伝えて来る。 電話から聞こえて来た山岸の声は、彼女がとても申し訳なく思って と言って⋮⋮﹄ ﹃あの⋮⋮⋮⋮。ごめんなさい。気にしてもらってるのに、勝手なこ あなたは、口を閉ざし少し考え込んだ。 ないのだ。そちらに慣れてしまっていたので失念していた。 巌戸台分寮のメンバーは、そういったところがイロイロと普通では 間だ。遊びに行くと言って出てくることは難しいだろう。 言われてみれば、たしかにそうかもしれない。来週は中間テスト週 そう、テスト前に急に外泊なんて、きっと許してもらえません﹄ ﹃ち、違います。そう言うことじゃなくて、えっと⋮⋮その、親が⋮⋮。 ていた。 怖がられているのだろう。彼女は昨日の保健室でもビクビクとし まった。 土曜の放課後に迎えに行くと伝えたところ、山岸に拒否されてし ? しれない。電話というモノは、表情が見えないのでこういった時に不 672 !? 便である。 あなたは山岸に気にしないように伝え、彼女の意見も聞いてみるこ とにした。 山岸の家の事だ。山岸以上に詳しい者はいないだろう。 ﹃お父さんもお母さんも、私の成績にしか興味が無いから⋮⋮。勉強 のためって言えば⋮⋮大丈夫、かもしれません﹄ 山岸の声からは、自信が感じられない。両親から了承を取り付けて いるイメージが思い浮かばないのだろう。 だが、早い方が山岸のためには良い。ペルソナ使いはシャドウに命 を狙われる。身を守る術があるに越したことは無いのだ。 ﹃そう、ですよね。私なんかのために、警備の人に手間をかけてもらっ ているんですし⋮⋮。でも⋮⋮﹄ 警備の人というのは、桐条グループが山岸の周辺に張り付けている 人員のことだろう。シャドウと戦う力は無いが、山岸を連れて逃げる 673 程度のことは出来る彼らのことだ。 テスト勉強。桐条。2つの言葉があなたの頭の中で結びつく。 桐条美鶴は頭が良い。それは月光館学園の生徒や、その親には良く 知られている事だ。 それに信用もある。桐条グループ総帥の娘という立場は、社会的に もかなりの影響力がありそうだ。 あなたは、美鶴に話をするので山岸に少し待つように伝えた。電話 を掛け直すのも面倒なので、このまま部屋を出て美鶴の所まで行けば あの、でも、今、こんな時間ですから⋮⋮。あ、えっと、その、 よいだろう。 ﹃え みよう。 今起こすのは少し可哀想かもしれない。朝食の時にでも相談して たところだろう。 を行っていることが多い。だから、今ようやく寝付いたばかりといっ タルタロスも見回りも無い日の美鶴は、影時間中には作戦室で索敵 言われて時計を見れば、そろそろ1時になりそうだ。 ごめんなさい、こんな時間に電話して⋮⋮﹄ ? 山岸風花を外泊させ、夜間の外出に誘うように、と。 さらに上手く行って仲間に引き込むことが出来た場合は、実家が近 くにあるのに寮住まいになるようにしてくれ、と。 あなたは山岸に、桐条美鶴に頼んでおくので彼女を頼るようにと伝 えた。 ﹃その、あ、ありがとうございます﹄ まだやってもいない上に、やるのは美鶴である。 結果がどうなったかは、メールででも知らせて欲しい。あなたは山 岸にそう頼み、アイサツをして電話を切った。 ﹃わかりました。おやすみなさい﹄ ◇ ◇ ◇ 草木も眠る丑三つ時。 さ 674 山岸との通話を終えたあなたは、まだ眠ることが出来ないでいた。 予感があるのだ。 何かがこちらへと向かって来ている。そんな漠然とした予感が。 眠れないあなたは、〝ペルソナ全書〟の効果を確認した後に千晶に そう⋮⋮あなたの物だから、好きにしたらいいでしょう﹄ 電話した時のことを思い出していた。 ﹃貸した る どと言いだしたときは、実はテレていたりすることが多い。絶対では 千晶の場合、口調のキツさと気分は同じではないのだ。ウルサイな が良くなった。 もらった〝本〟がどれほど有用な物なのか語ったところ、やや機嫌 いわよ﹄ よ。││いちいち、五月蠅いわね。そんなこと何度も言わなくてもい う ﹃ふうん。戦いの役に立ってるの││そう、そうね。まぁ、分かるわ ば、決して良い気分にはならないだろう。 あなただって、誰かに贈った物が見知らぬ他人に渡されたと聞け 悪い時のそれだった。気持ちは分かる。 千晶はいちいち連絡しなくて良いと言っていたが、その声は機嫌が ? ないので、希望的観測というヤツである。 都合の良いように考えることにしたあなたは、〝本〟と切り離した 〝バアル・アバター〟の項目についても話しておくことにした。 もらった本を一旦分解してバラしてしまったのだ。このことは、本 を他人に預けたことよりもマズイかもしれない しかし、アレだけは重要な戦力である〝後輩〟にも預ける気になら なかったのだ。 手放したくなかった。だから、いつも自分の手元に置いておくこと にしたのだ、と。 ﹃そ、そう。はぁ⋮⋮もう切るから。じゃあね﹄ あなたがバアルのページのことを伝えると、千晶は呆れたような声 を上げた。そして、すぐに通話が切れる。 とりあえず、怒ってはいなかった。良しとしよう。 そんなやり取りがあった後、千晶からのメールがあなたのケータイ に届いた。 そこには、いつもの雑談と一緒に﹃そのうち、そっちに遊びに行く から。その時、その後輩の子にも会ってみたいわね。是非﹄と書かれ ていた。 タルタロスなどの都合もあるので、急に来られても対応に困るかも しれない。せめて、一週間ぐらい前には連絡が欲しいものだ。 いつものやり取りと共にその旨も書き、あなたはそのメールに返信 した。 琴音の予定も聞かないと行けないのだから、このぐらいは譲歩して 欲しいものである。 来た。予知か予感か、心眼か。どうやら来客のようである。 あなたは回想をやめ、意識を切り替えた。枕元に置いていた短剣を 手に取り、鞘から解き放つ。 室内の雰囲気が変わる。死を意識させられる、恐ろしい気配の持ち 主が現れ出ようとしているのだ。 あなたの部屋の一角、机の前に置かれた椅子の上の空間が歪む。 歪みが元に戻ると、そこには幼い少女の姿をした悪魔の姿。椅子に 675 腰かけクルクルと3回転。 久しぶりに現れた彼女は、その両手で胸の前にバスケットのボール のような大きさの物を抱えていた。 ││こんばんは。まっていてくれたのかしら でも、いいわ。きょうはオトモダチをつれてき たの。あなたもよくしってるコよ ││そうかしら ただし、別に待ちわびていたわけではない。 ある。 あなたがそう考えていたことすら、彼女は御見通しだった可能性が リスはなかなかやって来なかった。 キシャの後に来る、そう言っていたような覚えがあった。だが、ア ワタシをまっていたこともしってるのよ ││そう、ワタシはいつもみてる。あなたをね。だから、あなたが まずは再会を喜ぼう。 抱えている物の形状についてイロイロと突っ込みたいところだが、 カタ〟らしい。いつだって。 金色の髪のアリスは、彼女自身の言葉を信じるのなら〝あなたのミ ではない。 深夜の来客の姿を確認したあなたは、短剣を鞘に納めた。彼女は敵 ? 一見すると、それは人の生首の様に見える。ただし、首の断面から は機械のケーブルのような物が垂れ下がっていて、少なくとも普通の 生物の頭部ではないように思える。 それは、金色の兜、あるいはヘルメットをかぶっていた。 ヘルメットには赤いバイザーが付いており、それの顔を覆い隠して いる。そのため、どんな顔をしているのかよくわからない。半透明の 赤いバイザーには、昆虫の複眼を連想させる装飾が施されていた。ア レは視界の妨げにならないのだろうかと、少し気になる。 それは、黒い髪を生やしている。 髪の長さは首にかかる程度。もっとも、首から下は存在しないのだ が。 676 ? そう言うと、アリスはその両手で抱えている物に視線を落とした。 ? ? 途中で切断されている首部分は黒く、こちらも昆虫の甲殻を思わせ るツヤを放っていた。 ﹁久しいな、人修羅殿﹂ それの一番重要な特徴は、その気配だ。あなたはこの気配をよく 知っている。 あなたは、〝人修羅殿〟とあなたに呼びかけた相手の名前を呼ぼう とした。 すると、アリスが唇の前で右手の人差し指をピンっと立てて見せ る。 ﹁この器の名は、〝メティス〟。今はそう呼んでくれ﹂ アリスの左手の上、〝メティス〟はフワリと浮かび上がるとそう 言った。 〝メティス〟。同じ名を持つ女神について、あなたはついこの間勉 強したばかりだ。 677 ギリシア神話に登場する知恵と叡智を司る女神。 神々の王ゼウスの最初の妻であり、有名な戦いの女神アテナの母で もある。 ゼウスが父であるクロノスと争った際、メティスは神酒に嘔吐薬を 混ぜてクロノスに飲ませ、クロノスに飲み込まれていたゼウスの兄姉 を吐き出させたのだとか。 戦いの後、ゼウスの妻となったメティスは子供を身ごもる。だが、 〝メティスの産んだ男児がゼウスの地位を脅かす〟と言う予言を信 じたゼウスが彼女を飲み込もうとしたため様々な姿に変化しながら 逃げ回ることになった。 ││でも、ハエになったところでのみこまれちゃったみたいよ パクッって。 ということだ。でも、浮気をしたときの結果まではわからなかったら こうして知恵の女神を取り込んだ神王ゼウスは、叡智を手に入れた のだから、アクマのやることはよくわからない。 まった。その後、ゼウスの体の中で彼女が産んだのがアテナだという 結局逃げ切ることは出来ず、メティスはゼウスに取り込まれてし ? しい。やはり、アクマはよくわからない。 うつしよ ﹁人の子がこの器にメティスと名を与えた。金と黒の頭、赤い瞳、黒く 光る身体、白骨の右手。わたしはこの器に依り憑き、この現世の姿と ペルソナ するつもりだ。きさまがそうしているようにな﹂ あなたは、悪魔だ。ニンゲンの姿をした仮面を器として、この世で 暮らしている。 メティスは、仮面の代わりに機械の頭を器にするつもりなのだろう か。 とってもステキ。 ││このコはね、ここのすぐちかくでみつけたの。ステキでしょ こんなにピッタリのイレモノがあるなんて 金色と黒の縞模様だ。 大きく真っ赤な複眼。黒く硬い甲殻。 どう聞いても女の子の声なのだ。それもかなり若い。 ひねった。 ピッタリ、なのだろうか。あなたはメティスの〝声〟を聞いて首を だだ﹂ ﹁胴と両腕、両脚はまだ修復の途中でな。一番重要な心臓の確保もま ら当たり前だ。 だが、首から下の部分については全くわからない。〝無い〟のだか 覆った赤いバイザーも、まあそう見えなくもない。 真鍮色のヘルメットと黒い髪は、まあそう見えなくもない。顔を あなたは改めてメティスを見る。 そして、その右手には白骨で出来た〝骸の杖〟。 ムクロノツエ 頭はなぜか虎の皮のような色をしていた。虎なので、黄色あるいは 思い浮かべた。 ピッタリ、なのだろうか。あなたは、ハエの姿をした魔王のことを ? あなたの中にある蝿の魔王のイメージは、最初に会った大きなお腹 をした青い巨人の姿が強い。 アレは、とてもこんな可愛らしい声の持ち主ではなかった。 678 ! ││あら、シツレイね。このコはずっとまえからオンナのコでしょ ? アリスがクスクスと笑う。笑いながら、手の上に浮かべていたメ ティスの頭部を、あなたに向けてスッっと投げ渡した。 空中を滑るように、生首があなたに向かって飛んでくる。 あなたは、両手を使って受け止めたそれをジッと見つめた。する と、顔を隠していたバイザーがパチンと音を立てて跳ね上がった。 バイザーの下から現れた顔は、あなたの感覚では中学生から高校生 ぐらいの女子のモノのように見える。 ﹁人修羅殿は、悪魔全書のわたしについて書かれた箇所を読んだこと ﹂ があったはずだ。││ならば、わたしが元々は何と呼ばれる存在で あったのかも知っているな あなたは手にしたメティスの質問に、2回ともうなずいた。 ワタシのいってるこ ││あなたのおさななじみ、あなたのバアルはメガミでしょう だったら、ハエの王さまもそうなるはずよね と、なにかオカシイかしら 人修羅殿、今一度蝿を飲み込むつもりはあるか 閉じた口には蝿も ﹁どうやら納得したようだな。⋮⋮念のために聞いておくとしよう。 だろう。 コッパテングになる世の中だ。このぐらい不思議でも何でもないの 美人な妖魔のアプサラスが犬の魔獣イヌガミになり、エンジェルが い。 何かオカシイ気がしたが、実はそれほど変でもないのかもしれな ? ン ピュー ター ガ タ マ そして何が出来るのかと聞いてみる。ここまで姿が変わっている 高さまで持ち上げた。 コンゴトモヨロシクである。あなたは、手にした生首を自身の顔の とした影にしか過ぎぬが、それなりに役に立つこともあろう﹂ ﹁我は影、真なる影。再び共に進もうかの人修羅殿よ。真なる者の落 勘弁してほしいが。 つまり、あなたには何の問題も無い。どこかの神王のような頭痛は 内の情報処理器官に悪魔を入れておくことにも慣れている。 コ あなたは、虫っぽいモノを飲み込むことには慣れている。頭に、体 マ 飛び込めぬ。今ならば、拒否することも可能だぞ﹂ ? 679 ? ? ? のだ。とても前と同じ力だとは思えない。 ﹁知恵を貸すぐらいは出来よう。他は器が完成してからになる﹂ つまり、話し相手になれるらしい。素晴らしい能力だ。 あ ん し ん し て あなたは〝彼女〟の以前との落差に泣きたくなった。涙は出ない。 │ │ オ ネ ガ イ が あ る の。き い て く れ る わ よ ね なんていわないから。ニンゲンのあなたはも う死んでるからいいの。あのとき、トウキョウといっしょに、ね。メ ⋮⋮死んでくれる ? と言われて死んであげるヤツはいない ティスのためだから、いいでしょう さすがに、死んでくれる だろう。たぶん。 ? なっておる﹂ ││とってもやさしいオジサンよ ? だが、そういうこともあるのだろう。 シャドウの部位を材料に人形を修復する。どうやるのかサッパリ ども入用らしい。 他にも、ファントムメイジの中で燃えている〝古びたランタン〟な 出現する〝死甲蟲〟から取れるはずだ﹂ 蟲の外殻〟か。││これは、きさまが世俗の庭・テベルと呼ぶ場所に 間の魂だが⋮⋮。そうだな、まずは破損している外装の修復用に〝甲 それ故、必要な物もそれに関わる代物となる。最重要は心臓となる人 ﹁この器は、人の子がシャドウと呼ぶ存在を研究して造り上げた物。 とりあえず、必要な材料のことを聞いてみよう。 な相手だ。 あまり会いたくないような、一度会って話してみたいような。複雑 アリスのオジサンで、人形の専門家。 るかもしれないわね もしかしたら、そのうちあえ て欲しい。材料さえあれば、人形の専門家が協力してくれる手筈と ﹁この器を修復するためには、少々特殊な材料が必要だ。それを集め として、叶えられない願いは他にもある。 あなたは、まずオネガイの内容を話すように言った。死ぬのは論外 ? しかし、今〝心臓〟は〝人間の魂〟で造ると言わなかっただろう 680 ? ? か。この生首は。 それに、これもしってるはずよ ││ハートはハートでつくらないと。こちらにいるためにはマガ ツヒがいるの。しってるでしょ ? れないわね から。まかせてね ちゃんとケーヤクしてくる ? でも、もしかしたら、てつだってもらうかもし は、もうしってるの。だからヘイキよ アクマはタマシイがほしいって。││このコにピッタリなハート ? ね。イジメたらダメよ ケにはいかない。絶対何かヘンな誤解をされてしまうに違いない。 何か文句があるようだが、こんなものをうっかり誰かに見られるワ んだ。 あなたはクローゼットの扉を開けると、そこにメティスを仕舞いこ ﹁コンゴトモヨロシク﹂ なのに、生首はあなたの手の上に残されたままだ。 あなたは、メティスもアリスと一緒に帰るのだと思っていた。それ そう言うと、アリスの姿はフッと消え去った。 ? ││そろそろジカンみたい。それじゃあ、メティスのことヨロシク 双方納得した上での契約によるものなら、問題ないだろう。 悪魔の契約では、仕事の代価として魂を要求される。古典的だ。 ? あなたの部屋には、等身大美少女人形の頭部だけが存在している。 681 ? 5/16 ヘンな先生 5月16日︵土︶ 昼 月光館学園 3│D教室 ようやくの昼休みだが、美鶴の顔は暗い。 向かい合わせにくっつけた机の向こう側。普段から顔にかかって いる長い髪が、ややほつれ気味になっている。弁当を取り出し机の上 に出してはいるが、まだそれに手を付けようともしていない。 そして、美鶴はハァっと短いため息を吐いた。 ﹃どうしてこんな話になってしまったのだろうな⋮⋮﹄ あなたは、弁当箱の中の卵焼きにハシを運んだ。そして、目的の物 をつまむと一息に口中へと放り込む。 歯を動かしながら少し考える。 682 昨日の朝、あなたは美鶴に山岸との電話の内容を話した。 いじめグループから謝罪があったことや、影時間の後にペルソナや シャドウのことも含めたおおまかな説明をしたこと。 それから、やはり実際に目で見て空気を肌で感じた方が分かりやす いだろうと、巌戸台分寮での一泊と、その機会を利用したタルタロス の見学を提案したこと。そして、試験前と言うタイミングと、親への 説明の問題で山岸がその提案に難色を示していること。 ﹄ 朝食の席でその話を聞いた美鶴は、﹁分かった。私の方で対処して みよう﹂とうなずいてくれたのだ。 ﹃ああ、そこまでは問題は無かった⋮⋮はずだ。そうだろう 美鶴の思念が痛い。 ﹃どうして、私が⋮⋮﹄ こう。自分のノートだからな﹂と引き受けてくれた。 そちらについても、美鶴は﹁それなら、そちらも私の方でやってお して渡すと約束したことを、だ。 件も伝えた。山岸へのいじめの件で協力してくれた2年生に報酬と その時、ついでにとばかりにあなたは〝美鶴のノートのコピー〟の ? 常日頃から美鶴への好意を隠そうともせず、 ﹁桐条先輩、桐条先輩、 桐条先輩⋮⋮﹂と言い続けている問題の2年生。彼女は、自身のクラ スである2年E組に美鶴が訪れたことにまず喜んだらしい。 そして昼休みの間に少し話があると美鶴に言われ、同じクラスの山 岸と共に生徒会室へと連れて行かれたそうだ。ウワサによると。 ﹃彼女は、どうしてあんな声をあげたのだろうか⋮⋮。ただ、去年の ノートを渡しただけで⋮⋮﹄ あなたはハシを動かし、白米を口へと運んだ。 うん、うまい。冷えているが、それでもなおだ。むしろ、これが弁 当のご飯の醍醐味ではないだろうか。 ﹃どう表現すればいいのか⋮⋮﹄ 生徒会室から聞こえて来た嬌声に、近くに居た生徒らが興味津々の 中、大事そうにノートを抱えた彼女は1人外へと出て来た。そして、 ﹂などと言いながら走り去って行ったと言う。 うっとりとした表情で頬を染めながら﹁今度は、桐条先輩に踏み痕を つけられたい ﹄ ﹃だいたい君からは、昨日の夕方に保健室で山岸と⋮⋮。その、不適切 な行為に及んだなどとは一言もなかっただろう られた質問に﹁明日の放課後、玄関前で待ち合わせになった﹂と答え その後しばらくして生徒会室から出て来た山岸は、周囲から浴びせ 言っていたような気がするが、何を今さら悩んでいるのだろうか。 しかし、美鶴は以前に﹁多少のウワサ程度は気にすることはない﹂と である。 田に勧められて飲むようになったが、これも慣れるとなかなかのもの ニールから出して伸ばして突き立てた。たちまち広がる豆の味。真 あなたは豆乳のパックに張り付けてあるストローを取り外し、ビ ないでもないが。 そんな事実も無い。似たようなことを〝言われた〟ような気はし などと言っていたとも⋮⋮﹄ ﹃その、例の彼女と廊下で抱き合って⋮⋮私と同じ目にあわせてやる だが、残念ながら欠片も無い。 そんな事実は全く無い。有ったのならばそれはそれで良かったの ! 683 ! ていたらしいが。 ﹃交友関係についてアレコレと想像される程度は構わないのだが、浮 気相手を呼び出して制裁を加えたなどと言われるのは⋮⋮どうにも、 な﹄ あなたは、校内でささやかれている自分に関するウワサを思い出し た。そして、残りの豆乳を一息に飲み干す。 ズズッと液体と気体を同時に吸い込む音。思い出した内容は、その ままゴミ箱に。 何かあるとすぐに加害者扱い。それでいて実際のところは何もな いのだから、本当に困ったものだ。 事実無根とは、こういうことを言うのだろう。 ﹃まったくだ。まあ、山岸へのいじめが鳴りを潜めている様子なのは 良かったが。それに、山岸の外泊についてもどうにかなった﹄ そう言うと、美鶴は弁当箱のフタを開けハシを手に取った。 684 いじめに関して〝鳴りを潜める〟と表現するあたり、美鶴はまだ完 ﹂ 全に終わったとは考えていないのだろう。今後もそれなりの注意が 必要と見たようだ。 ﹁⋮⋮センセ。あのさ、ちょっとイイか それは何故かと言えば、あなたと彼女が話をしていると、その内容 た。 この頃、あなたと美鶴は昼休みにペルソナを介した会話を行ってい と言われる理由について思い当たった。 あなたは腕を組み、首をひねる。そして、一昨日から雰囲気が違う 教えて欲しいかなーっと﹂ 昨日から雰囲気違うし。今どんな状況なのかなーっと。いや、参考に ﹁最近さ、桐条さんとあんま話してないみたいだけど⋮⋮。なんか、一 て、そのまま教室の隅へと移動する。 彼はあなたに声をかけたあと、少し離れて手招きしてみせた。そし ぶ男子生徒の1人だ。 スメイトがあなたに話しかけて来た。あなたのことを〝先生〟と呼 あなたと美鶴がそうやって相談していると、軽そうな見た目のクラ ? が影時間やシャドウ、タルタロスなどについてのことになってしまい がちなのだ。 あなたの父親は﹁職場の人間と食事に行くと、ついつい仕事の話に なってしまう﹂と苦笑していたことがあったが、あなたも同類であっ たらしい。 どうにも、あなたも美鶴も雑談というものがあまり得意ではなかっ たようだ。片方ならばともかく、両者ともそれでは毎日の会話に悩ん でしまうことになる。 そんなワケで、2人の会話は影時間関係の話題がメインとなって いった。 そうなると内容が内容なので、自然とぼかしたような言い方が多く なり、そのせいで周囲から妙な誤解をされてしまっていたのだ。 んで、今 ﹁あー、ほら⋮⋮。前は、さ⋮⋮。こう、メシ食べながら時々笑い合っ たりとかしてて、さ。それが、昨日は昼別々だったっしょ 日は、こー、なんつーか、どっちもお互いの顔見てないかなーっと﹂ なるほど。彼は例のウワサについて知りたいようだ。 例のウワサとは、〝一昨日の放課後、あなたと山岸が保健室で不適 切な行為に耽っていた〟。というどこかの誰かの流した根も葉もな い目撃証言から始まったものらしい。 とにかくそんなウワサが素行の悪い生徒を中心に流れ始めたのが、 昨日の朝のこと。 そんな中、あなたと関係が深いと言われている桐条美鶴が、その問 題の山岸を生徒会室に呼び出した。それが昨日の昼休みの出来事で ある。ついでに呼ばれたもう一人の女子生徒の言動も相まって、今朝 から美鶴がへこんでいるような事態となっているのだ。 あんた、手ぇ早過ぎっしょ ﹂と寮に帰って来るなり伊 しい一夜だった。そういった時に、いつも独り我関せずの真田が憎ら しい。 というようなウワサに流された彼は、あなたと美鶴の現状が気にな 685 ? その話が、あなたや美鶴の耳に届いたのは昨夜のことである。 ﹁リーダー ! 織がそう言って騒ぎ出し、それに女子が続いてギャーギャーと実に姦 ! るのだろう。 実際のところ、今日のあなた達がお互いの顔を見ないようにしてい るのは、一昨日の午後に美鶴がクラスメイトから﹁桐条さん達ってー、 昼にいーっつも見つめ合ってて、なんかもうラブラブ、勝ち確って感 じだよね﹂と言われたせいである。仲違いしているのでは無い。 しかし、そう言われて以降の美鶴はあなたと目を合わせてくれな い。小学生か。 そんなイベントは小学校低学年の頃に克服している。主に幼なじ みに関連する形で。あなたと橘千晶の付き合いは長く、イロイロな出 来事があったのだ。 ﹁んで、どーなん いや、さ。ほら、桐条さんって前はこー近寄りが たいイメージしかなかったけど、最近は結構そーでもないかなー なんて思ったりするワケで。センセイと一緒ってワケじゃないなら、 話してみたいってヤツも結構いるワケよ﹂ あなたは、彼のことを誤解していたのかもしれないと思い直した。 彼はウワサの真偽を確認しているのではなく、美鶴の現状を考えて いてくれたようだ。 たしかに、美鶴は4月の頃よりも取っつきやすくなってきている。 そのおかげでクラスメイトにからかわれることもあるのだが、それは 悪いことでは無い。 これは、友達を増やすチャンスなのではないだろうか。 〝桐条宗家の娘〟として生まれ、それに恥じない自分であろうとし て近寄りがたい雰囲気になっていたらしい美鶴。そんな彼女は﹁時任 さんからは、雲上人と言われてしまったな⋮⋮﹂と学校の皆との間に 有る壁について悩んでいた。 イロイロと立て込んでいる時期ではあるが、好機は逃すべきではな い。 あなたは、目の前の男の手を強く握った。 ﹂ 教えてくれてありがとう、話してみるとの気持ちを籠めて。 ﹁あだ。ちょっ、イッテ 少し強く握り過ぎてしまったらしい。あなたは彼に短い言葉で謝 ! 686 ? ? ると、自身の席へと戻ることにした。 男子生徒との会話を終え、振り向く。すると、丁度あなたの方を見 ていたらしき美鶴と目が合う。彼女はフイッと顔をそらし、食べかけ の弁当に視線を落とす。小学生か。 あなたはそんな美鶴の近くまで歩み寄ると、くっつけた机を指差し てみせる。これはもうやめる時期なのだろう。 あなたが転校してきたばかりの4月、美鶴はボッチだった。嫌われ ているワケでも、イジメられているワケでもないが、避けられていた のは事実だ。 だが、いつの間にか状況は変わっていた。今の彼女ならば、長い間 憧れていた女友達を得ることができるだろう。遠くに居る斉川菊乃 来週からは、他へ行けと言うのか ﹂ の1人だけではなく、すぐ近くの同じクラス内で何人も、だ。 ﹁やめる⋮⋮ だが、先ほど声をかけて来たような軽いノリの連中となら話す位は 上手くやっていけないかもしれない。 転校して来てからの様々なウワサのせいで、大人しそうな人々とは あなたは転校生だ。ここに以前からの友人はいない。 ? ││は ﹄ できるだろう。あまり経験に無いことだが、恐れていては何も始まら ない。 ﹃急にどういうつもりだ !? と 勢 い よ く 席 を 立 つ 美 鶴。お 前 は ボ ッ チ それに、このペルソナを使った会話ばかりと言うのも良くないのか ら当然だが。 クラスメイト達の視線は、あなた達に集中している。騒いだのだか 言われた美鶴は、首を何度か左右に振り周りの様子を確認した。 ﹃いや⋮⋮。しかし⋮⋮﹄ が、ここは頑張ってほしいところである。 だが、今がその苦境から脱け出す時なのだ。難しいかもしれない だ、と面と向かって言われればカッとなることもあるだろう。 一 拍 置 い て、ダ ン ッ 考えたばかりのことを返した。 ペルソナを介して伝わって来た思念に対して、あなたはついさっき ? ! 687 ? もしれない。 これは、口から出る言語を使った会話とは違う。頭の中に浮かび上 がるイメージをやり取りしているようなところがある。だからこそ、 戦闘中に高速で情報をやりとりできるのだ。 これは多分、悪魔とのTALKと同じ代物だろう。日本語でも英語 でも、その他人間の使うどんな言語とも異なる会話方法。人間向きで はない可能性がある。気のせいかもしれないが。 ﹃これはこれで、練習になっていたのだがな。今のように近距離なら ば良いが、タルタロス探索ではそうもいかない。君には悪いが、やは りもう少し付き合って欲しい。気遣いはありがたいが、今は⋮⋮そち らに集中したいんだ﹄ つまり、美鶴は友達よりもタルタロスがいいということのようだ。 単に新しい挑戦が怖くて言い訳をしている可能性もあるが。 あなたは少し考え、それならば、とより難易度の高い案を提示して なかなか、難しいな⋮⋮﹂ 688 みた。 ﹁つまり、混ぜるということか ﹁いや、大丈夫さ。むしろ望むところだ。だが⋮⋮そうだな、しばらく 負担になってはいけない。やはり止めた方が良いだろうか。 かなり難しいようだ。 受け取って読み取ってもらう立場のあなたとは違って、美鶴の側は まずは交互からか⋮⋮﹂ ﹁やはりすぐに切り替えるのは厳しいな。同時は今後の課題として、 飯になるかもしれないのだから。 テスト週間中は勉強に集中するから良いとして、その次からは独り ままで良いだろう。 あなたは、大きくうなずくと席に着いた。とりあえず、今日はこの ないが、これは少し面白いかもしれないな﹄ てはこちらで⋮⋮。なるほど、たしかに練習になりそうだ。明彦では ﹃⋮⋮まったく、君というヤツは。まあいい、シャドウや影時間につい 通の声も聴きたいところである。 日常的で一般的な会話の時は、普通に声を出す。思念も良いが、普 ? 付き合ってもらうぞ﹂ ﹂﹁ヤベェよ﹂ 美鶴がそう言った時、教室中にどよめきの声が広がった。 ﹁マジか⋮⋮﹂﹁同時⋮⋮﹂﹁混合⋮⋮﹂﹁交互 あなたと美鶴は、それに驚いて何事かと周囲を見回す。 そこへ、さきほどの男子生徒がやって来て口を開いた。 ﹁おふたりさん⋮⋮。あんたら、やっぱオレ等とはレベルがチゲーよ。 堂々とそんなん言い放つとか、ちょっとオレじゃあ叶いそうにねえ なーっと⋮⋮思い知らされたよ﹂ 何かをあきらめた様な顔で、彼はそう言った。そして、手をさすり ながらトボトボと教室後方の席へと帰って行く。 その途中で、彼はなぜか﹁ドンマイ﹂などと声をかけられ、肩や背 を叩かれていた。 ◇ ◇ ◇ 放課後 授業が終わった。ようやくの放課後だが、あなたの顔は暗い。 昼休みの後、午後の授業の合間にあなたはいくつかのグループに声 をかけていた。そして、その全てから断られてしまった。 そして、美鶴の肩もしょんぼりと落ちている。彼女なりに頑張って 女子生徒に話しかけてみたが、結果は芳しくなかったようなのだ。 ﹂ ﹁むしろ、前よりも距離が開いたような気がするのだが⋮⋮。気のせ いか い。 同盟継続の握手を交わしていると、校内放送が流れ出した。 どうやら生徒の呼び出しのようだ。 ﹃2年E組、山岸風花。3年D組││﹄ すぐ職員室に来るようにと指名されたのは、山岸とあなただ このタイミング、嫌な予感がする。山岸と同時ということは、例の ! 689 ! 今後ともヨロシク。どうやら、ぼっち同盟はまだしばらく続くらし ? ウワサの件の可能性が高い。 ﹁玄関前で待っている。君に後ろめたいことが無いのであれば、真実 を話すだけのことだ﹂ あなたは左手で顔を覆うと、ため息を吐いた。〝桐条パワー〟は助 けてくれないらしい。 あきらめて教室を出る。 廊下でも階段でも、職員室までの道のりで出会う人々の視線は、ど れもこれもあなたに釘付けだ。まるでリベラマである。 ﹁来たか。そこに座って﹂ 職員室の一角にあるパーテーションで区切られた場所。主に生徒 の指導に使われるその場所で、山岸風花と彼女の担任の江古田があな たを待っていた。 教師の声に促され、あなたは山岸の隣の椅子に腰を下ろす。テーブ ﹂ ルの向こうの教師の顔は、とても真剣そうに見える。 ﹁どうして呼ばれたかわかるかね 古文の江古田は、そろそろ50歳を迎えるらしいベテラン教師だ。 そして、とてもイヤミな事で有名である。どこの学校でも1人はい る、生徒どころか教師陣の中でも煙たがられている〝嫌な先生〟。 ﹁あの⋮⋮その⋮⋮﹂ 言い辛そうな山岸に代わって、あなたは〝例のウワサ〟のことが原 因かとたずねた。 ﹁まあ、当然わかっているか⋮⋮。実は、今日、山岸の親御さんから連 絡があった。娘が学校で不適切な行為をしていたという話を聞いた と﹂ もちろん、あなたも大きく首を横に振って答える。そのようなこと は無かった。それが真実だ。 ﹂ ﹁よろしい。〝学校で〟そのようなことはなかった。それで間違いな いかね 690 ? 私、そんなこと⋮⋮﹂ が、どうなっているんだ ﹁ち、違います ! 江古田は山岸を一瞥すると、あなたに視線をよこした。 ! ﹁あ、えっと⋮⋮。は、はい。そうです﹂ ? 首を縦に振る。聞いていた評判と違う江古田のセリフに、やや戸惑 いながら。 この教師は、ねちっこく嫌らしいと言われていたのだが。 ﹁たしかに、妙なウワサが流れている様だが。私は生徒の言葉を信じ るとも。長年教師をやって来たからこそ、言っていることがウソか本 当か、生徒の目を見ればわかる。お前たちは、何もやっていない﹂ ﹁先生⋮⋮﹂ 山岸は胸の前で両手を組み合わせ、感動の面持ちだ。 なんというか、とても物わかりの良い教師だったようだ。やはり、 人のウワサなどあてにならないという事なのだろう。ウワサによる 被害多数のあなただからこそわかる。 ﹁呼び出してすまなかったな。もう帰ってくれて良いぞ。山岸の親御 さんには、私から〝そのような事実はなかった〟とキッチリ伝えて置 くから⋮⋮。2人とも、誰にどう聞かれても必ず今言ったように答え 691 なさい。圧力に屈してはいかんよ。特に山岸は、なんというか⋮⋮少 し気が弱いところがあるからな。これからもイロイロと言われるこ ﹂ とがあるかもしれんが、違うものは違うと言えるようにならんとな﹂ ﹁は、はい 古文の授業、もう少し真面目に聞いても良いかもしれない。ホワイ いが。 彼女は片手で目の下をぬぐっている。ハンカチを貸すほどではな ﹁江古田先生⋮⋮信じてくれた﹂ 職員室を出てドアを閉めたところで、山岸がポツリと言った。 む。 何にしても、話の早い教師で助かった。あまり美鶴を待たせずに済 た。胃もたれだろうか。 あなたがそれにうなずくと、江古田は胃の辺りをおさえて息を吐い 仲だと理事長からうかがっているのだが⋮⋮﹂ ﹁ああ、そうだ。君は、桐条武治氏⋮⋮桐条君の父君とも言葉を交わす 退室しようとした。 若干涙ぐんでいる様子の山岸を手で促して、あなた達は職員室から ! トテイルで面白いだの、ホワイトキックで白けるだのと言うヘンな教 師の授業ではあるが。 ﹁おお、聞いたぞ。またまた浮名を流したそうだな﹂ 職員室を出て玄関へと向かう途中、今度はあなたの担任の小野が現 実に良し マサムネ公には、正室の他に側室が│ れた。マサムネ大好きな兜の小野である。 ﹁結構、結構 │﹂ ﹁先輩って、そういう人なんですか ﹂ 行った。職員室のドアを開ける彼の背を見ながら、ホッと一息。 小野は意味ありげに山岸を見ると、何度もうなずきながら去って れ﹂ ﹁そうか。そうだな。うん⋮⋮そうだろうな。よし、まあ、頑張ってく に、玄関に美鶴を待たせていることを伝える。 あなたは、小野の言葉を途中で遮った。そして何かを言われる前 師の〝伊達家のストーカー〟の異名だけは本物だ。 小野のいう事が事実か虚飾かまでは知らないが、少なくともこの教 の女性についてまで。 さらには、各地で一度だけ手を出したのではないかと思われる程度 は、愛妾がどうのこうのと言いだしている。 この話は長くなりそうだ。終わりが見えない。側室の名前の次に ! りではいけない。とりあえず、玄関だ。もう下駄箱が見えて来ている あなたは首を振って前に向き直した。後ろを振り返っているばか ソはいかんと江古田も言っていたので、仕方が無い。 山岸はそんなあなたの様子を見て、さらに一歩後ろに下がった。ウ が甦る。 あなたの脳裏に、シブヤの街でエリザベスから聞いた〝創世神話〟 クス界を含めて考えると、否定しきれない。かもしれない。 あなたはそれに首を振って答えようとして、途中で止めた。ボルテ 胸の前で手を交差させ、やや距離を取る姿勢の山岸。 ? 692 ! あなた、汐見さんの⋮⋮﹂ のだから。 ﹁あら ! 新手が現れた も悪くないとは思うが。 ! ええ わかる ? ? て な る の。心 臓 に 悪 い で アンタとY子がどうこうってウワ う年頃だろうしね。でも、なんでY子なのよ アンタに私の気持ちがわかる サ を 耳 に す る 度 に ね、私 は ド キ ー ン ッ ﹂ ! ? ン〟。 ﹂ そう、ついなんとなくよ そうな が中学時代にハマっていたネットゲーム〝デビルバスターオンライ そう言えば、彼女も〝Y子〟だった。出会った切っ掛けは、あなた る。 教師と言えば、あなたにはとても思い出深い教師の知り合いが居 陣の前に渇いてしまったようだ。 江古田の言葉で感激していたはずの山岸の涙も、連続出現した教師 ﹁えっと⋮⋮。なんとか、玄関までたどり着きましたね﹂ ケーキをおごってくれと、こっちが言ってやりたい気分だ。 ! わからない。 忘れなさい ﹁えっ⋮⋮。あー⋮⋮それは んとなく ! 羽ゆかり〟のことのはず。なぜそれで鳥海が反応するのか。ワケが 学校で広まっているウワサの〝Y子ちゃん〟とは、ほぼ確実に〝岳 意味がわからない。鳥海は何を言っているのだろう。 しょうが !? ンタがどこで誰と付き合ってようが、盛りまくっていようが、そうい やってペラペラペラペラやってんじゃないわよ。別にいいのよー、ア ﹁あら、ありがとう。でも、思うは余計です ていうかさー、そう たのよー﹂と言っていたかららしいが、実際のところは不明だ。今で 昔美人とは、鳥海本人が﹁昔はお人形さんみたいって言われてモテ だ。残念な昔美人と評判である。 今度は琴音や岳羽、伊織の所属する2年F組の担任、現代文の鳥海 まった。 もう靴を履き替えるだけだと言うのに、またもや教師に捕まってし ! 鳥海は走り去った。あまりにも理不尽過ぎる。 ! 693 ! ! あなたと彼女は、ゲームで〝N島〟と〝Y子〟としてお互いのこと を知らずに、数年間コンビを組んでいたのだ。 まさか、高2のクラス担任がその〝Y子〟になるなんて、高校受験 前のゲームに熱中していた頃には思いもしなかった。 その後、入院したY子を見舞いに行った先で﹁世界を滅ぼした後に 生まれる新しい世界でも、君を見ていたい﹂などと彼女から言われる とは、さらに思ってもいなかった⋮⋮。 しかし、どうにも先生というのはヘンな人が多いようだ。 ◇ ◇ ◇ あなたは度重なる教師の襲撃を乗り越え、ようやく学校の玄関を潜 り抜けることに成功した。あなたの後ろからは、山岸風花がやや離れ てついて来ている。 ﹂ ばれている〝先輩〟はあなただろう。 あなたは呼び声に片手を上げて応えると、そちらへと向かって歩き 出した。 見れば、玄関から出て右側の木の裏側、花壇のあるところに琴音、美 鶴、岳羽が立っている。伊織も居るが、彼は花壇のレンガに腰かけて いた。寮のメンバーの内、真田だけがいないようだ。 ﹁真田先輩なら、〝俺は牛丼を買ってから戻る〟って行っちゃいまし たよ﹂ 伊織による真田のモノマネは、それなりに上手かった。 真田の肉体の半分は牛丼で出来ている。ちなみに、残り半分はプロ 694 目の前に広がるのは、清掃の行き届いた校門までの道のりだ。道の 両脇に等間隔で植えられた樹木、それからその近くに設置された花 壇、これらの手入れにも抜かりはない。一歩校舎に踏み入れると目に 飛び込んで来る、汚れた靴の放置された下駄箱とは大違いである。 こっちこっちー 清掃員の方々の仕事は、今日も完璧だ。 ﹁センパーイ ! と、誰かを呼ぶ大きな声は汐見琴音のもののようだ。となると、呼 ! テインだ。 あなたが戸惑った様子の山岸に寮のメンバーを紹介した。と言っ ても、琴音と美鶴のことはもう知っているはずだが。 ﹁岳羽ゆかりです。よろしくね﹂ ﹁オレ、伊織順平。よろしくな﹂ ﹁あ、はい。山岸風花です。こちらこそよろしくおねがいします﹂ 3人がアイサツを交わしている間に、あなたは琴音と美鶴に顔を向 ける。これは一体、どういった状況なのだろう。予定では美鶴だけが 待っているはずだったのだが。 ﹁放送で呼ばれただろう。あれを気にしたようだ﹂ ﹁先に寮に戻ってろってことだったんで、早く帰ろうとしたんですよ。 で、教室出たところであの呼び出しじゃないですか。気になったんで 待ってました。⋮⋮けど、思ったより早く終わったんですね﹂ 江古田が物分かりの良い教師で助かったといったところだろうか。 ⋮⋮。気持ちは⋮⋮イヤなんでもねぇ﹂ ﹁困るよね、あんなこと言われても⋮⋮﹂ 岳羽が吠え、伊織は何か言いかけてやめ、山岸は両手の指を絡ませ てもじもじとする。 転校生であるあなたと琴音は良く知らない話だが、月光館学園では 知らぬものの無いほど有名な実話であるらしい。女性陣からは、鳥肌 が立つほど気色悪がられているようだ。 ﹁ブルマは知らないけど、あのブルーマウンテンって視線がヤラしい こう、生徒会長パワーでドカーン って﹂ まあ、そうだな、聞こえて来る内容が事実な ! 695 ブルマ大好きとウワサの体育教師、青山だった日には、あなたはとも かく山岸が無事では済まないところだった。 ホント、 思い出しただけでブルッと ﹁うっわ、ブルマンから呼び出しとかあったらサイッアク アイツなんなんだろ⋮⋮。あー、もー 来た﹂ ! ﹁あ ー ⋮⋮。1 年 の 時、女 子 に ブ ル マ 履 か せ よ う と し た っ て ア レ か ! よね。セクハラされたとか聞くし⋮⋮。美鶴先輩、アレどうにかなら ないんですか ﹁生徒会長パワー⋮⋮ ? ? ら、しょけ⋮⋮いや、処分を促した方が良いかもしれないな﹂ 処刑と言いかける程度にはヤル気な様子の美鶴。 あなたはチラリと琴音を見た。〝桐条パワー〟と言わない辺りが、 ツボなのかもしれない。 ヤル気に水を差すことは無い。それに、成功すれば美鶴の評判も上 がるだろう。あなたとのウワサで下降気味のそれが。 そんな美鶴のセリフを聞いた岳羽が何かを言いかけ、途中でやめ た。 ﹂ ﹁聞こえて来るって、桐条先輩は⋮⋮ないか。ないよね⋮⋮そりゃ﹂ ﹁どうした ﹁ああいえ、なんでもありません。ホント﹂ まあ、そうだろう。いくら悪名高いセクハラ教師でも、桐条美鶴に 手を出すことは恐ろしいということだ。 月光館学園は、桐条グループの出資によって運営されている。そし て、学園の理事なども桐条グループの人物だ。ついでに言うと、学園 の建っている土地自体が〝桐条〟によって造られた人工島である。 桐条グループ総帥の娘である美鶴がその気になれば、学園関係者の 処分など造作もない事だろう。彼女自身が特に権限を持っているワ ケではないようなので、父親である武治が納得する内容に限られるの だろうが。 ﹁そうか⋮⋮。では、そろそろ移動しよう。車を待たせてある﹂ そう言って、美鶴は先頭に立って歩き出した。向かう先は来客用駐 車場のようだ。 そうして、少し歩いた先に長い自動車が見えて来た。ゴールデン ウィークの時に東京へ行くために乗った超ロングリムジンである。 リムジンの横には、いつもの運転手が控えていた。彼はあなた達に 向かって丁寧に頭を下げ、車両後部のドアを開ける。 そんなあなた達の姿を、たくさんの視線が見つめていた。こんな、 ﹂ いかにも〟お金持ち専用〟な車が停まっていれば、誰だって気になる いつものと違う。そして、長い ! 696 ? なんじゃこりゃー ! だろう。 ﹁うおー ! ﹂ ﹁なんじゃこりゃー ﹁お手上げ侍 かーらーのー、お手上げ侍 ﹂ ! ふくれた顔であなたを見た。 ! り込んだ。 どうやら、美鶴はこの車で〟山岸家〟まで向かうつもりらしい。山 ﹁山岸の家まで頼む。一泊とはいえ、それなりに荷物があるだろう﹂ ないが、高級感がにじみ出ているように感じる。 しかし、相変わらずこの車は内装も豪勢だ。派手派手しいワケでは が悪くなったような気もするが。 最近は、かなり気安く振る舞えるようになったのだ。その分、扱い が払い落とすような仕草をされてしまった。 それから、 ﹁もー ﹂と鳴くピンク色の生き物に手を差し出してみた あなたは形だけ岳羽をねぎらうと、運転手にアイサツして車へと乗 ﹁わかってるならリーダーもなんか言ってくださいよ ﹂ 琴音、伊織、山岸と順に乗車し、美鶴も乗ったところで岳羽がやや はボケに回ることも多いのだ。 せる人物はいない。伊織も出来ないことはないのだが、残念ながら彼 ツッコミは安定の岳羽ゆかりである。彼女以外にこの役目を果た げ侍とは何者なのか、とでも考えているのだろう。 美鶴はそんな2年生たちの様子を見て首をひねっている。お手上 ﹁そこマジメに考えるとこじゃないんで⋮⋮﹂ ﹁侍⋮⋮ ﹂ 岸。そしてそれを止める岳羽。 琴音と伊織の顔をキョロキョロと交互に見た後、続こうとする山 ﹁いや、言わなくていいから﹂ ﹁え、えっと、なんじゃ⋮⋮﹂ 岳羽はそんなクラスメイト達の様子を呆れたように見ている。 形だ。 一番大げさに騒いでいるのは琴音で、それに伊織がつられるような ﹁え、なにこのノリ⋮⋮﹂ ! ! ! 697 ? 岸の家族が家に居るかはわからないが、目撃した近所の人はしばらく 騒ぎそうである。 もっとも、東京であなたが実家まで遮光器土偶を取りに戻った際に は、コレにプラスしてメイドさんまでついて来たのだが。 メイド姿の斉川菊乃にアイサツされた時のあなたの両親の顔。ア レは息子ですらこれまでに見たことの無い代物だった。 まあ、あの時に比べればたいしたことは無さそうだ。 698 淑女の間 5月16日︵土︶ 夜 巌戸台分寮1F ラウンジ ﹁ほら、こいつは山岸の分だ﹂ ﹁あ、ありがとうございます﹂ と、真田が山岸に差し出した物は、〝海牛の牛丼〟だ。本日の夕飯 である。 あなたと山岸が職員室に呼び出されている間、たまたま学園の玄関 先に寮のメンバーが集まったらしい。そこで今夜の夕食の話が出た 際に、真田が﹁なら俺が買って行こう﹂と申し出たそうだ。 ちなみに全員分があり、全て真田のおごりである。 真田は肉マシマシを2杯で、琴音は特盛。他は普通の物を1杯であ ﹁なんだ。そういうことか﹂ ﹂ 山岸の答えを聞いて安心したように、大きくうなずく真田。 牛丼を主食とする彼としては、何やら思うところがあったのだろ う。自分の好きな物をキライと言われるのは、やや傷つくことなのか もしれない。 岳羽のピンク色や、美鶴のバイクのような物だろう。おそらく。 だくだく特盛一丁 ﹂ って﹂ ﹁女の子はあんまり食べないよね。テイクアウトしてまでなんて﹂ ﹁わたし食べるよ ﹁ひどっ ﹁アンタはなんか違う生き物だし﹂ ? ! 699 る。特盛は希望があったからのようだ。実に遠慮が無い。 受け取った四角い牛丼のスチレン容器を手にしたまま、山岸がなに やら固まっている。 もしや肉が苦手だったか その様子を見た真田は、やや不安そうに山岸にたずねた。 ﹁どうした ? ﹁ああ、いえ⋮⋮。あまりこういうの食べたことが無くて⋮⋮﹂ ? 岳羽の見解によると、琴音は〝女の子〟とは異なる生物らしい。 ! あなたはその意見にうんうんとうなずくと、黙々とハシを運ぶ美鶴 の方を見た。 彼女の舌は、最近どんどんと安っぽくなって行っている。そんな気 がするのだが、大丈夫なのだろうか。 父親の武治が知ったらどう思うだろう││意外と喜ぶかもしれな い。 ﹁う ー ん、た だ の 海 牛 な ん だ け ど ⋮⋮。真 田 先 輩 が 買 っ て 来 た ヤ ツ こ だって言ったら、泣いて欲しがる女子とかいるんだろうなー⋮⋮コ レ﹂ ﹁アンタが買って来たら、絶対嫌がられるでしょうねー。ナニ のチョイスって﹂ ﹁ゆかりッチは、いっつも攻撃的過ぎるっしょ⋮⋮。主にオレに対し て。てーか、今の真田先輩にもアレだろー⋮⋮﹂ 岳羽のアレは一種の甘えなのかもしれない。聞けば、岳羽と伊織は ﹂ バーカ ﹂ あなたは、岳羽が特に関わりの無い子供に優しくできるヤツだとい うことを知っている。そして、苦手な相手のことは避けるように動く ことも知っている。 人の気持ちを思いやることが出来ないワケではない。伊織がキラ イならいちいち構わない。 誰がこんなの ﹂ そう考えただけなのだが、この反応を見ると││。 ﹁ちーがーいーまーすー ﹁どぅふふーん﹂ ! ! 700 ? 中学の時から何故かずっと同じクラスらしいのだ。許される行動の 範囲がある程度分かっているのだろう。 ち、ちがっ と、あなたがそのような事を口にした結果││。 ﹁なっ バーカ ! の、て・れ・や・さん﹂ ﹁バッ、バカじゃないの ! なんだよー、そうだったんかよー。ゆかりッチってば、こ ! 岳羽が幼児化した。きっと琴音と伊織がからかったせいだ。 ! ﹁おー ﹁あー、そうかもー﹂ ! ! ﹁キモッ ﹂ 頬に両手をあてた伊織が気味の悪い表情を浮かべ、それを見た岳羽 が唇を歪める。これまでのどこかにツボがあったのか、腹を抱えて震 える琴音。 そんな光景に、山岸がふふっとわずかに笑った。 ﹂ ﹁あ、ごめんなさい。なんだか、思っていたのと違うなって⋮⋮﹂ ﹁良ければ、何が違ったのか教えてもらえるか ﹁やめて ﹂ ﹁薄切りにしようか ﹂ 分は出荷される羊さんよ﹂ マジ怖かった⋮⋮。琴音ッチとかナギナタ構えてるしよー。もう、気 ﹁あー、わかる。オレッちもここ来るときそうだった。てか、あん時は ﹁えっと、その、もっと⋮⋮あの、怖いところなのかと⋮⋮﹂ 牛丼の容器はもう空だ。 ようやく口を開いた美鶴が、山岸にたずねた。美鶴の前に置かれた ? 3年組は沈黙組だ。たったの1年だが、学年の差から来る壁はそれ さすがの汐見琴音である。押しが強い。 順に名前を呼びながら、山岸は照れくさそうに顔をうつむかせた。 ﹁あ、うん。琴音ちゃん、順平くん、ゆかりちゃん﹂ ﹁あー、じゃあ私もゆかりで﹂ ﹁オレも、オレもー。タメだしジュンペーでいいぜ﹂ 良いって前から言ってるし、これ決まりだから﹂ ﹁そっか、風花も⋮⋮。あ、風花って呼ぶから。わたしのことは琴音で しかも、その内容はほぼ確実にロクデモナイ。 い。月光館学園でウワサの男と言えば、それはあなたのことだ。 山岸は続きを言い辛そうにしている。ウワサの話ならば仕方が無 ワサが聞こえて来ていたので⋮⋮﹂ ﹁そんなたいしたことじゃないんですけど⋮⋮。その、イロイロとウ あなたは身振りで伊織と琴音を黙らせ、山岸の話の続きを促した。 伊織にしゃべらせておくと、話の内容がすぐにそれてしまう。 ? なりに分厚いのである。 701 ! ! 琴音ッチ、ここはひとつオレっちに任せて ﹁それでウワサの話だけど││﹂ ﹁ちょーっと待ったー くれや。オレは学校のウワサに詳しいんだ﹂ そう言って琴音のセリフを遮ると、伊織は戸棚から懐中電灯を持ち 出し、ラウンジの灯りを消した。 何を始めるつもりなのだろうか。 ﹁みなさんこんばんは。伊織順平アワーのお時間です。はじめての方 は は じ め ま し て。ま た の 方 は ま た 会 い ま し て。ら っ せ ー ら っ せ ー らっしゃーせー、お客さま方。どちらさまも、笑って流してください まっせー﹂ ﹂ どうやら、宴会芸的なモノが始まるらしい。 ◇ ◇ ◇ ﹁││以上、伊織順平アワーでしたー んだもん﹂ ﹁だって、影時間とかのことボカしたらさ、そんな感じになっちゃった れてたーとか言うからでしょ﹂ で、襲われて、血が出て、気絶しちゃって、気が付いたら先輩に抱か ﹁はいはい、自分でかわいいとか言わないの。てーか、それ琴音が教室 からすると前日になにやらあったらしい。いやーん、照れちゃうー﹂ てー。その後、泣いてるその子の手を引いてお持ち帰り。会話の内容 ﹁転 校 初 日 に 同 じ く 転 校 生 の か わ い ー い 2 年 生 を 中 庭 で 抱 き し め リリムの仮面でも付けていそうな雰囲気だ。 た。それから、しなを作ってわざとらしく甘ったるい声を出す。 悪戯っぽい笑みを浮かべると、琴音は左手で口元を隠すようにし 反応を見ておこうか。 を認識した。イロイロと言いたいことはあるが、まずは黙って山岸の 伊織の話を聞いて、あなたは改めて自身に関する学校内でのウワサ 立ち上がった伊織が再び灯りのスイッチを入れる。 ! ﹁つーか、琴音ッチってその後も、よく一緒に登校してたり、下校して 702 ! ﹂ たり、休みの日にデートっぽいとこ目撃されてるらしーけど、あんま 話題にならないよな﹂ ﹁特に否定せず懐に飛び込むことで威力を下げるスタイル ﹂ ﹂ 人が良いのなら構わないのだろう。あなたも、別にイヤではない。 いう事なのだろうか。それはそれで問題があるような気がするが、本 つまり、嫌がらず受け入れることで問題を問題で無くしてしまうと よ。ゆかりちゃん﹂ ﹁えっと、相手に密着して攻撃されないようにすること⋮⋮みたいだ ﹁どうしよう⋮⋮意味わかんない﹂ ﹁むしろホールディングで が飛んでくる。言わばウワサをクリンチというところか ﹁なるほど、やるな汐見。中途半端な距離を取ると、力の乗ったパンチ せる。 琴音の処世術を聞いた真田は、手を打ち合わせて感心した様子を見 ! ! 琴音ッチはお姫様抱っこーって言ってたけど、あれホントは ただし、伊織の話の中で1つ訂正して置く箇所があった。 ﹁え 夢が壊れた ﹂ ! しかも丸見え ﹂ ! から見たら琴音ッチのパンツまるみ││痛ってぇー ﹁黙れ順平。││先輩ヒドイ ! ﹁あれ これ私に飛び火する流れ ﹂ それに、琴音の丈なら丸見えにはならないだろう。おそらく。 でそうなっていたのかもしれない。 時には背中に手を回して抱えるような姿勢だった。だから彼女の中 が、それでもう手が塞がってしまうのだ。寮について琴音を起こした 片手に2人分の荷物。もう片方の手で汐見琴音。重さは問題ない た。 そして、影時間だったのだから目撃者はいないだろうことを説明し あなたは琴音に気絶している相手を運ぶならあの形の方が楽な事。 いではない。 伊織を叩いて止めておきながら、自分で口にしていくスタイル。嫌 ! ? 703 ! 担いで持ってったんスか⋮⋮。米俵みたいに⋮⋮。ヤッベ、それ正面 ? ﹁わたしは好きだよ。ゆかりのギリギリを攻める姿勢。見えそうでた ? まに見えるとことか﹂ ﹁あ、やっぱ見えてんだ⋮⋮。オレには見えねーとこで﹂ 男には見えない仕様なのだろう。仮に見えてもそれを口にしては いけない。 巌戸台分寮に住まう男達、皆の約束だ。埋められる。 ﹁私はそんなことになっていたのだな。ある程度は把握していたが、 改めて伊織から聞くとまた違って聞こえるものだ﹂ ﹁その⋮⋮ごめんなさい。私のせいで⋮⋮﹂ ﹁いや、いいさ。山岸が謝るようなことは何処にもない。しかし、彼氏 の浮気に嫉妬して、浮気相手を呼びつけて折檻し、そのことが原因で ﹂ 別れ話を切り出された末に⋮⋮か。まるでドラマだな。ところで伊 織﹂ ﹁あ、はい。なんスか そうだな、まずは、さん││﹂ ﹁君の話の途中で出て来た言葉で、意味の分からないものがいくつか あったのだが。説明してくれないか ﹂ そんなん解説出来るワケないっしょ なんスか、どん ﹂ 遊びの一種ということか なプレイなんスかそれ ﹁プレイ⋮⋮ ? ﹁だーっ ? ! ⋮⋮。狙ってやってるって考えると⋮⋮なんか新しい世界に目覚め そう﹂ 解説しなくていいから ﹂ ﹁あの、桐条先輩⋮⋮。その意味はですね││﹂ ﹁いいから 伊織がいると会話は弾むが、話の内容は進まない。岳羽がいるとそ そして、岳羽はお疲れ様である。 だ。 からないことは、とりあえず調べてみる子なのだろう。好奇心旺盛 山岸は膝の上にノートパソコンを乗せ、検索をしているようだ。分 ! って言っても、私が関わってるウ の状況をある程度で止めてくれる。やはり彼女はこの寮に必要な人 材だ。 ﹁あー、なんか次は私ってカンジ ? 704 ? ﹁ヤ ベ ェ ⋮⋮ こ の 人、天 然 な の か、ワ ザ と や っ て ん の か わ か ん ね ぇ ? !? ! ! ワサなんて全部ウソばっかだからね。なんでコンビニ行ったり、道歩 いたりしてただけであんなこと言われるんだか﹂ とか怒ってるとこ見たらさ、そんなこと考え ﹁でもさー、真夜中のコンビニでエロ本読んでる男にさ、彼女がいるの にそんなの読むなー ないと思うワケですよ﹂ ? ﹁長い。短く﹂ ﹁オレは悪くない⋮⋮よ ﹂ とじゃダメ 全部、影時間とかシャドウのせいってこ なんの運動してきたんだろーなーとか思っちまうのも、これまた仕方 ち ょ っ と 疲 れ ま し た ね ー っ て 感 じ で 水 分 補 給 し て た り す る ワ ケ よ。 さ、や っ ぱ り 夜 中 に 白 河 通 り の 方 向 か ら 2 人 だ け で 歩 い て 来 て よ。 ちまうのも仕方ないと思うワケですよ。その上さ、同じ組み合わせで ! ! 少しはそちらの不安もあったのだろう。 この状況﹂ ﹁ハ イ 肝 心 な 人 が 発 言 し て い な い と 思 い ま す でー、先輩はどう思ってるんですか と ゆ ー こ と 琴音、美鶴、岳羽からの総攻撃。影時間の話だと伝えられていても、 とんでもない魔窟に連れ去られて来たことになってしまう。 あり得ない話だが、もしも様々なウワサが本当だったなら。山岸は ﹁大丈夫だって。まぁ、なんとなくなに心配してたか分かるけど﹂ ﹁分かってる﹂﹁だろうな﹂ ﹁えっと⋮⋮私も、何にも無かったんです。ホントです﹂ 世の中ままならないモノだ。 いかがなものか。そう考えて行動した結果がこれである。 深夜のコンビニや、同じく深夜の路上に女子を1人で放り出すのも 伊織と岳羽のいつもの漫才を見ながら、あなたは思った。 アンタを埋める場所﹂ ﹁中庭でいい ? 預け、目を閉じ、しばし考える。 あなたは、腕を組み上半身を後ろに倒した。椅子の背もたれに身を アピールする必要は無いだろう。 まったく余計なことを言う後輩である。無駄に手まで上げて元気 琴音の発言を受け、周りの視線があなたに集中する。 ? 705 ? ! そして、少し間を置いてからあなたは〝正直な気持ち〟を口にする ﹂ ことにした。よく顔を合わせる相手にウソを吐くことは、やはり心苦 しい事だから。 つまり、男の欲望そのままの発言である。 ﹁さすが節操がない。よっ、このヒトデナシー ﹁まったく君というヤツは⋮⋮。どうしてこう﹂ ﹁うわー、やっぱサイテーだよ、この人。なんで⋮⋮﹂ ﹁あの⋮⋮それって、え、だって、そんなの、その困ります⋮⋮。えっ と⋮⋮その、私どうしたら⋮⋮﹂ どうせ人々の好奇の視線にさらされるのなら、いっそ本当の方が楽 しい。こういうウワサの場合は。 実態はそんなものとは程遠いのだが。 あなたは、ふんぞり返った偉そうな姿勢のままで悪びれない。こう いうのは、ふてぶてしく言い切ってしまうものだ。 少なくとも、幼なじみと悪魔の女性にはこれで大体通った。 とりあえず、琴音は問題なし。むしろノってくれている。 美鶴は額に指をあて、眉間をほぐすような仕草だ。彼女に対する 時、あなたは今のような調子で接することが多い。ある意味いつも通 りの反応である。 本気にしたのか想像したのか、岳羽と山岸はやや混乱している様子 だ。まあ、大丈夫だろう。 ﹁なかなか言うな﹂ ﹁やりやがったよこの人⋮⋮。あー、ふうかー、風花さーん。冗談だか ら、そんな本気にして悶えなくていいからなー﹂ 真田がファンクラブの面々の前で同じことを言ったら、即実現して しまいそうだ。 そして伊織は普段の言動はかるーいのだが、本当のところはそうで も無いのかもしれない。 ﹁やーやー、なんだかスゴク盛り上がってるねー﹂ と、玄関のドアを開けて理事長が現れた。後ろには荒垣と天田もい る。 706 ! ﹁⋮⋮おう﹂ ﹁こんばんは、みなさん﹂ いつものコートにいつもの帽子。荒垣の格好はまだ変わらない。 いやー、異名 夏までアレで通すつもりなのだろうか。隣の天田が半ズボンなこ ともあって、暑苦しいことこの上ない。 ﹁それで、何の話だったんだい ││ああ、それね に違わぬ発言。ちょっと敵わないなぁ﹂ ﹁はぁ⋮⋮。何やってんだ、おまえらは﹂ に腰を下ろした。 荒垣はニットキャップをずり下げながら歩き、カウンターバーの席 理事長の手があなたの肩を叩く。 くまで僕個人の意見ですから。気にしないで下さい﹂ ﹁そういうの、良くないと思います。あ、生意気言ってすいません。あ ! ﹂ 玄関のドアを閉め、カギを確認した天田。彼があなたに向ける視線 はかなり冷たい。 あ、はいそうです﹂ ﹁あー、そうだ。おまえが山岸か ﹁え ? ﹂ 彼は帽子の位置を何度か直した後、鼻の頭と眉間にシワを寄せる。 それから、途切れ途切れに話し出した。 ﹂ ﹁お前、そこのソイツと保健室でどうこうってのは本当か ﹁ち、違います ? ﹂ ? が、そんな話をしてるのが聞こえて来た。それで、あー⋮⋮クソッ なんで俺がこんなこと﹂ る山岸にとても申し訳なさそうな声でこういった。 帽子ごと頭を強くつかむと、荒垣は大きく息を吐く。そして、怯え ! ﹁やっぱそうか⋮⋮。ポートアイランドの駅裏にタムロってるヤツら 荒垣はそんな彼女から目をそらすと、ニットごと頭をかく。 息を飲み、かすれるような声で﹁はい﹂と答える山岸。 山岸、おまえ⋮⋮森山ってヤツにイジられてただろ ﹁そ う か ⋮⋮。そ の、だ な ⋮⋮ こ ん な こ と 言 い た か ね ぇ ん だ が ⋮⋮。 ! 707 ? 山岸に声をかけたものの、続きを言い辛そうな荒垣。 ? ﹁山岸、おまえその保健室の話、ホントだってことにしといた方がいい ﹂ のかもな﹂ ﹁ええっ ﹁なにもずっとって話じゃねえ。それに、まあ曖昧にしとくだけでい いさ。⋮⋮今、おまえをイジってたヤツラが手を引いてるなら、それ はその保健室の一件のせいだ。││そこのハレンチ野郎は、駅裏のヤ ツラを何人か病院送りにしてやがる。そのやられたヤツが、遠くから 見かけるだけでもブルってるみてーでな。で、その怖えソイツと関係 がある、と思われてるヤツとも関わりたくねえ、つーことだ。まあ、判 断は任せるが﹂ そう言うと、荒垣はトイレに向かって歩み去った。たぶん、しばら く出てこない。 そして、言われた山岸は口を半開きにし、荒垣の言葉の意味を考え ている。 少し間を置いてようやく言われた内容を飲み込めたようで、胸の前 で手を組み不安そうに周りを見回した。 ﹁大丈夫、風花。ここに先輩がいるから﹂ ﹁え、えー⋮⋮﹂ グッと親指を立て自分の胸を差す男前は、汐見琴音だ。 ﹁まさか、こんな所で君の悪評が役に立つとは⋮⋮。悪名は無名に勝 るとは誰の言葉だったか⋮⋮﹂ 美鶴のいう事は難しい。 岳羽は疲れた笑みを浮かべると、山岸の肩に手を置いた。 ﹁またひとり、こっち側に来たワケだ⋮⋮。いらっしゃい﹂ ﹁あっ⋮⋮。もう⋮⋮﹂ 背を丸めうなだれる山岸。今の彼女に対して、あなたが出来ること はなさそうだ。 特に思いつかない。 ﹁さて、話がまとまったところで作戦室に移動しようか。今日の本題 に 入 ろ う。│ │ い や は や、な ん と も た だ れ た 青 春 だ ね ー。む む む ⋮⋮。ただれた、だれた、岳羽君がだれた⋮⋮ダメか﹂ 708 ! いじめなどの話をスルーして、理事長は軽やかな声でそう言った。 そのままさっさと階段へと歩いて行く。 彼は月光館学園の理事長だが、こういったところでは全くアテにな らないらしい。分かっていたことではあるが。 ただ、ダジャレの研究には余念が無いようだ。 ◇ ◇ ◇ ﹂ ﹁これで影時間やシャドウに関するとりあえずの説明を終えるけど。 何か聞いておきたいことはあるかい ﹁いえ、大丈夫です﹂ ﹁結構。それじゃ、ここからは新事実について話そうか﹂ 理事長のシャドウ講義が終わった。彼は山岸の確認を取ると、話を 続ける。 ﹁この間の大型シャドウ。プリーステスについて調べた結果、いくつ ﹂ かのことが判明した。仮説ではあるけどね。信憑性は、そこそこある んじゃないかな﹂ ﹁理事長、その仮説というのは⋮⋮ 理事長は眼鏡を指で押し上げると、顔を美鶴の方に向けた。 ﹂ ﹁桐条君に真田君。荒垣君と岳羽君もか⋮⋮。君たちは3月に強力な シャドウと戦っているよね オ ワ リ ノ カ ケ ラ 真田君の言う〝終わりの欠片〟。今回のプリーステスと、 のことを〝終わりの欠片〟だと言っていました﹂ ﹁そう 種の存在だという事が分かったんだよ マジシャン プリーステス ﹂ も、3月のシャドウは良く分からない点ばかりなんだけどね﹂ か。﹃愚者﹄、 ﹃魔術師﹄、 ﹃女教皇﹄。││そう、順番なんだよ。もっと フー ル ﹁3 月 の シ ャ ド ウ。こ れ は 仮 に 〝 フ ー ル 〟 と で も 呼 ぶ こ と に し よ う ける。 理事長は勢いよく立ち上がると、肩の高さで両の手のひらを上に向 ! 709 ? ? ﹁はい。時任さんの精神に取り憑いていたヤツですね。ヤツは、自分 ? 4月に出て来たマジシャン。この2体は、その〝終わりの欠片〟と同 ! ﹁順番ってことは⋮⋮。次は、女帝が来るとか ﹂ の計画を立てる際の目安にはなるだろう。 ﹂ ﹁桐条センパイのペンテレシアって﹃女帝﹄でしたよね ・ ・ ・ のデケーシャドウ⋮⋮めっちゃ強そう﹂ ? ﹂ ! だ。 伊織君 アルカ と 音 が し た。ど う や ら、理 事 長 が 手 を 叩 い た 音 の よ う ﹁そう、今回の調査で一番重要なのは、そこだよ 最初のフールは、時任君の中に潜んだままだったということだけど、 ナが進むのと同時に、シャドウの強さも増して来ているようなんだ。 ! パ ン ッ と大概この扱いだ。 伊織は、琴音や岳羽に弱みでも握られているのだろうか。何かある 輩の﹃女帝﹄は強い ﹁うーん、順平の﹃魔術師﹄でも強かったからなー。そりゃあ、美鶴先 ﹁ペンテシレアだ。間違えるな﹂ やっべ、次 まだ日程が決定したとは限らないので油断は出来ない。だが、行動 真田は握りしめた左手に右手をあて、気合いを入れる。 となると厳しいですから﹂ 準備がしやすい。理想は常在戦場と行きたいところですが、実践する ﹁そいつはありがたいですね。対戦の日程が分かれば、それに向けて はシャドウが活発化するとの報告もあるしね﹂ なら偶然だけど、3回続けば何かあると思ってもいいはずだ。満月に ﹁はい、岳羽君には││あ、そう⋮⋮いらない。そっか⋮⋮。1回2回 ⋮⋮4月もそうだったし、この間もそうだった﹂ ﹁たしかに⋮⋮。3月の時も、月が大きかったような⋮⋮。うん、そう 6月8日は〝満月〟の日だ。満月には、試練が来る。 睨んでる。ついでに、そいつがやって来るのは6月8日だろうね﹂ るとしたらアルカナが﹃女帝﹄のシャドウが出て来るんじゃないかと ﹁⋮⋮コホン。まだ数が少ないから何とも言えないんだけど、次があ ﹁いりません﹂ よう ﹁良い質問だね。汐見君には特選ダジャレ100連発をプレゼントし ? ! ! 710 ! ﹂ かえ 次のマジシャンは卵の姿で現れた。そして、卵から孵ると手で這い始 めたんだろう ﹁次のプリーステスは、列車に乗っていた。そして、そこから2足歩行 に⋮⋮まさか、これは﹂ ﹁うん。多分、桐条君の想像した通りだよ。││最初は女性の内に在 り、生まれ落ちると手をついて這い這い。そして、やがて他者の手に よって運ばれる乳母車から降り、自らの持つ2本の足で歩み始める﹂ まるで人の成長のようだ。 いや、美鶴から借りたノートに書かれていた江戸川の授業内容。そ こにはタロットに関するものもあった。 それによると、タロットのアルカナは〝人の成長〟を表していると されていたはずだ。 あなたがそのことを口にすると、それを聞いた岳羽が視線を膝に落 とす。 ﹁次に来るヤツは、前のよりも成長してるってことか⋮⋮。仮説だけ ど﹂ あなたは3月に現れたシャドウのことは知らない。だが、その時点 の特別課外活動部の戦力で勝てたのなら、マジシャンよりは弱かった ように思える。 そして、そのマジシャンよりもプリーステスは強かった。 満月に来る試練は成長する。これはまず確実なことだろう。 ﹁なに、問題ない。ようはこっちが敵より強ければいいだけだ。足り ないと思えば鍛えればいい﹂ ﹁アキ、おまえは単純でいいな⋮⋮﹂ ﹁シンプルと言え。ごちゃごちゃと考えるよりよほど早い﹂ あなたは、先ほどから発言の無い天田の方を見た。そこには、シン プル真田に憧れの眼差しを向ける一人の小学生の姿が。 分からないことをアレコレと考える時間があれば、その分を鍛錬に あてる。分かりやすく、無駄にならない意見だ。 一通り意見を交換したが、結局はタルタロスを攻略しつつ力を身に 着けるということになった。真田案そのままである。 711 ? 方針がまとまったところで、理事長が首を回した。バキバキと音が 鳴り響く。 ﹁いやー、資料ばっかり眺めてると、どうにも肩がこってしかたがなく てねー。あ、そうそう、1つ言い忘れてたことが。││6月6日に桐 ﹂ 条武治氏がこっちにいらっしゃるから﹂ ﹁お父様が 大きく伸びをしながら、理事長はそう言った。武治の名前に食い付 いているのは、ファザコン気味のお嬢様だ。 ﹁うん。名目としては、新都市交通のモノレールと月光館学園の視察。 どっちも桐条グループの傘下だしね。この間の〝自然災害〟もあっ たから、その辺りで時間を取れたみたいだよ。││その日の夜、この 寮で〝大事な話〟があるそうだから、みんな予定を空けておいて欲し い﹂ 〝みんな〟と言ってはいるが、眼鏡の下の理事長の瞳は岳羽とあな たを交互に見ている。 どうやら、急に知らされた桐条武治の来訪は〝岳羽詠一朗〟絡みら しい。 満月にやって来る試練。 成長する強力なシャドウ。 桐条武治と岳羽ゆかり。 イロイロとあるが、まずは目の前の問題からだ。 今夜はまだ、タルタロスに行かなければならない。 712 !? 5/17∼5/24 死亡告知 影時間 タルタロス1F エントランス ﹁学校がこんな風になっちゃうなんて⋮⋮﹂ ﹁最初はビックリするよね。今でも慣れたワケじゃないけどさー﹂ タルタロス1階のエントランスホール。入り口の大扉を開けると、 真っ直ぐ上に延びる階段が目に飛び込んで来る。 階段の上には、時計の文字盤を模したような迷宮へと続くドア。 山岸風花は、今日初めてその場所へと踏み込んだ。不安そうな様子 ﹂ の彼女の横には、岳羽が付き添っている。 ﹁風花のペルソナってどんなのかな ﹁あ、それオレも興味津々﹂ 琴音と伊織にそう聞かれ、山岸は眉を八の字にして理事長の方を見 た。 そう、今晩のタルタロスには理事長が同行しているのだ。荒垣と言 う護衛が居るので、久しぶりに内部の様子を確認しておきたかったら しい。 と、理事長の眼鏡越しの視線が、あなたと琴音の上を通りすぎる。 ﹁ああ、山岸君の召喚はまだ先になる予定だよ。病院の施設で詳しく 検査してからだね。〝暴走〟とか〝気絶〟なんてことがあると困る からさ。││いやー、しかしこのエントランスは変わってないね。桐 条君から聞いた話だと、なんでも先月までは無かった階層が追加され たそうじゃないか。⋮⋮実に興味深い﹂ 理事長の言う〝暴走〟はあなたのことを、〝気絶〟は琴音のことを それぞれ指しているのだろう。 あなたの視界の隅に、荒垣がコートの襟を片手で掴み合わせ首元に 寄せている姿が映った。暑苦しい。 そんなあなたの考えとは関係なく話は続く。バイクに載せた機材 713 ? を確認し終わったのか、美鶴が理事長の方へと身体ごと向きを変え る。 ﹁はい。以前は16階までしかありませんでしたが、現在のところ2 5階より上があることまでは判明しています。探知した感触では、さ らに上に10階ほど続いているようなのですが⋮⋮。正直、私のペン テシレアの能力ではそれほど詳しく探れません﹂ ﹁ふむふむ⋮⋮。そうなると、山岸君にはおおいに期待しちゃうねー﹂ ﹁頂いた資料によると、山岸のペルソナ能力はそっちに強そうってこ とでしたね。美鶴があてにならんとなると⋮⋮﹂ 真田の瞳がキラキラと輝いている。とても純粋な期待の眼差しだ。 真田の横に居た天田も、それにつられたのか山岸を見上げる。 周囲からの注目を浴びて、山岸は1歩、2歩と後ろに下がった。 ﹁すごいんですね。風花さん﹂ ﹁いや、あの⋮⋮私なんかが桐条先輩の代わりなんて⋮⋮﹂ ﹂ 山岸のペルソナは、どのような能力を持っているのだろうか。まず はそれを確認してからだろう。 それがどうしても必要な能力であれば、どうにかして仲間になって もらいたい。 ﹂ 必須というワケでもなさそうならば、安全のためしばらくは巌戸台 それ、どっちにしても寮に来いってことッスよね 分寮で暮らしてもらえばいい。 ﹁やっりー ? 街中にまれに現れる程度のシャドウならば大丈夫だろう。ペルソ 帽子の上から頭をかく伊織に、あなたは小さくうなずいて見せた。 ! 714 ﹁てゆーか、なんで風花が仲間になること確定みたいな話し方してる んですか。今日は、見学に来ただけでしたよね ゴメン、なんかもうそのつもりになってた﹂ しかし、その琴音が岳羽を裏切る。 の時もこんな感じだった。 ムッとした表情で、真田と山岸の間に割って入る岳羽。彼女は琴音 ? リーダーもなんか言ってくださいよー﹂ ﹁あ、そーだった ﹁もー ! と、岳羽に発言を求められたが、あなたからは特に言うことは無い。 ! ナの召喚ができるようになれば、撃退もできるはずだ。それだけなら 巌戸台分寮に住む必要も無い。 しかし、満月には巨大なシャドウが現れる。それを考えると、そう 言ってもいられない。 ヤツラは強いのだ。 あなたが自身の考えを述べると、それに美鶴が続いた。 ﹁そ う だ な。万 が 一、単 独 行 動 の 状 態 で ヤ ツ ラ と 出 会 っ て し ま え ば ⋮⋮﹂ ﹁まあ、厳しいだろうな。4月の話は聞いてたが、あんだけデケェとは 思って無かった。自分が負けた相手だから、アキが勝手に盛り上がっ だいたいお前は││﹂ ているだけかと⋮⋮﹂ ﹁なんだと じゃれ合いを始める荒垣と真田。 騒 い で る 間 に、 この2人は、一緒にするとすぐにケンカを始める。ケンカするほど 仲が良いとも言うので、仲がとても良いのだろう。 ﹂ ﹁え っ と ⋮⋮。そ ろ そ ろ 行 か な く て い い ん で す か 影時間終わっちゃいますよ ? 任せといてくださいよ﹂ 員いっぱい。 タルタロス突入メンバーは、あなた、琴音、岳羽、伊織の4名で定 やや不満そうな表情の真田。彼の出番は来週だ。 ﹁よっしゃ ﹁はい。よろしくお願いします﹂ ルタロスに来ない。中間テストに集中するためだ。 そうなると、岳羽と伊織を連れて行くべきか。この2人、来週はタ ている。 真田と荒垣は、来週予定している天田の訓練に付き合うことになっ 山岸はただの見学者、まだペルソナの召喚すらしたことがない。 能力的に琴音は確定として、残りは2名。 えを巡らす。 探索メンバーはどうするべきか。あなたは左手の指を口にあて、考 天田の言う通りだ。影時間が閉じる前に出かけなければ。 ? 715 !? ! エントランスには、ナビの美鶴と待機の真田。初めてここに来た山 岸と天田は見学で、荒垣は護衛になる。 オマケの理事長もいるが、真田と荒垣がいれば大丈夫だろう。荒垣 の実力はまだよくわからないが、真田と美鶴の保証付きではあるのだ から。 ﹁それじゃ、気を付けて﹂ シャドウ 転送装置へとあなたの背に、理事長の声が届く。転移の光があなた を包み込み、空間が歪む。 移動した先は、タルタロスの25階。テーブルの姿をした番人のい た場所だ。 急がず、焦らず、無理をせず。いま進めるところまで。 ﹂ アリスからの依頼もあるが、まずは先に進むことを考えよう。 ﹁いざ出陣 ナギナタを振り上げる琴音の後頭部を、あなたの手がペチンと叩 く。 出陣の合図はリーダーの役目だ。取られては困る。 どうしてもやりたい、と言うのなら任せてみても良いが。 ◇ ◇ ◇ 5月17日︵日︶ 朝 今日は日曜日。だから学校は休みだ。 しかし、明日からの6日間は中間テストである。一応、勉強はして おいた方が良いだろう。 あなたは有名人だ。成績に関しても注目される立場にいる。あま ちょっといいですかー ﹂ り恥ずかしい点数を衆目に晒すわけにはいかない。 ﹁せんぱーい ? どうやら、ドアの向こうに居るのは琴音のようだ。琴音の隣に気配 こえて来た。 朝食を終え机に向かっていると、ノックと共にあなたを呼ぶ声が聞 ! 716 ! がもう1人分あるが、こちらは山岸だろう。 ﹁これから風花を送って行くんですけど、先輩も一緒に行きませんか それから、そのついでにベルベットルームにも行きたいなー、な んて﹂ 山岸はこれから家に帰るようだ。〝美鶴に勉強を教わりに来た〟 ということになっているが、実際はタルタロスや影時間の説明を受け ただけ。これから帰って勉強といったところだろう。 そして、琴音はベルベットルームの中と外で発生する〝時の流れの ﹂ えーっと⋮⋮なんだろ⋮⋮合体施設 ズレ〟を利用して勉強するつもりのようだ。以前、彼女とそんな話を した覚えがある。 ﹁デデーン って感じでしたよね。美鶴先輩のとこの車。黒くて長 バス停も近いから﹂ ﹁あ、えーと⋮⋮。その、あの車だと目立っちゃうので⋮⋮。私の家、 その辺り、美鶴は何か言っていなかったのだろうか。 それなのに帰りはかなり適当に思える。 しかし、山岸を寮へと連れて来るときは桐条家のリムジンだった。 気がする。 やはり、岳羽は必要な人材だ。この2人だけではキレがイマイチな ? ﹁ベルベットルーム⋮⋮ ﹁あ、話して無かったっけ ペルソナの﹂ ﹁合体施設⋮⋮﹂ ﹂ ? ? ﹁今度詳しく教えるから﹂ なんで ﹁え、遠慮します﹂ ﹁へ ? ドアを開けると、山岸と琴音が漫才をしていた。 ? ころ、荷物もそう多くは無さそうに見えることでもあるし。 山岸本人がバスで良いと言うのなら、それで良いのだろう。見たと 何度も目撃されては、話題の的になることは確実だろう。 たしかに、実に立派な車だった。あんなモノに乗っているところを くて頑丈そうで﹂ ! 717 ? ﹁美鶴先輩的には、桐条グループの関係で会うような人の荷物を想定 していたみたいですよ﹂ ﹁うん⋮⋮。びっくりしちゃった﹂ 一泊するだけでも、大量の衣類などを持ち運ぶ人々がいるらしい。 短パン一丁で走り回っていたあなたとは大違いである。 きっと何回も変身するのだろう。同じドレスは2度着ない、なんて こともあるかもしれない。 あなたとは大違いである。あなたは、あまり服を持っていない。 そんなあなたでも、外出時に服を着替える程度はする。今の服装で は少しばかり恥ずかしい。 ふと、かつて新田勇から聞いた言葉を思い出す。 ││﹁ファッションっていうのは、自分に対して最も重要な事だ。 他人からどう見られるかなんて関係ない。スタイルってもんは、自分 こ が気持ち良いかどうかが大切だろ。それはつまり、〝生き方〟だ。ど んなシャツを着て、どの靴を履くのか、アクセサリはどうする の1つ1つが人生の選択なんだよ。着なかった服ってのはな、進まな かった道、乗らなかった電車、選ばなかったコトワリみたいなもんだ﹂ 人に見せたい自分と、こうありたいと願う自分。勇はたまに哲学的 だ。 あなたはそんなことを考えながら、何気なくクローゼットへと近づ く。取っ手に指をかけたところで、ピタリと動きを止め、クルッと振 り向いた。 ﹁ドキドキ﹂ ﹁あ、ち、違いますよ。別にその、そういうのじゃなくて。なんだか ちょっと気になっただけで⋮⋮。あ、えーっと、そうじゃなくて⋮⋮﹂ 廊下に痴女が居た。あなたは、無言で廊下へと続くドアを閉める。 危なかった。クローゼットの中にはメティスがいるのだ。頭部だ けの。 巌戸台の住宅街。それなりの大きさの家の玄関前で、山岸がペコリ と頭を下げる。 ﹁ありがとうございました。それじゃあ⋮⋮﹂ 718 ? ﹁うん。バイバイ、また明日﹂ ﹁あ、うん。また明日﹂ あなた達は彼女と別れのアイサツを交わす。そして特に問題もな く彼女と別れると、あなたと琴音はポロニアンモールへと向かって進 み始めた。 ﹁すっごい睨んでましたねー。窓のとこ﹂ たしかに、山岸の父親と思われる男性の影が窓ガラスの向こうで不 機嫌そうにしていた。それも山岸の荷物を運んで来たあなたをジッ と見つめながらだ。 もしかしたら、彼は江古田から本当のことを説明されたにも関わら ﹂ ず、未だにあなたと山岸のことを疑っているのかもしれない。 まあ、たいした敵意でもないので問題は無いが。 ギガラックバンド ﹁先輩、また歩いて行きましょうよ。時間はあるわけですし 手首につけた銀 の 輪に触れながら、下から見上げて来る琴音。 あなたはそんな後輩の言葉にうなずいた。あの時は、歩いて帰った ような覚えがある。 ﹁そーそー、まっずいラーメン食べましたよねー。それで先輩が││﹂ ふたりで勉強とは関係の無いことを話しながら歩いた。 ポロニアンモールの路地裏。契約を交わした者だけが見ることの 出来る青い扉の前で、あなたは琴音と手を繋いだ。 何度かの試行の結果、判明したことがある。 ﹂ 手を繋いだ状態で扉を開く。そうすると、琴音とあなたは一緒にベ ルベットルームへと入ることが出来るようなのだ。 ﹁怪しげな施設に連れ込まれる女子高校生がここに 放り込もうか。 ﹂ り様。見る影もないとはこのことか。 ﹁でも、キライじゃないんですよね 青い光が漏れ広がる。 719 ! 最初に会った日には、もっと礼儀正しかった。それが今ではこの有 ! あなたは琴音から顔をそらすと、ドアを開いた。広がる隙間から、 ? ベルベットルーム ◇ ◇ ◇ 青い部屋 ベルベットルームへと入室し、床に座り込んでから半日程。 この半日というのは、体感の話だ。ここでは時計はまともに動かな い。 ﹁しかし、なんとも奇妙な光景ですな。幾人かの〝高校生〟と呼ばれ る立場の方々を存じ上げておりますが⋮⋮。まさか、このベルベット ルームで試験勉強をなさるとは⋮⋮。いやはや﹂ 禿頭ギョロ目の老人がぼやいた。 だが、その程度で教科書を閉じるあなたではない。 琴音のペンも止まらない。走り出した勉強モードは、急には止まれ ないのだ。 ﹂ 720 それからまたしばらくの時間が過ぎた。 ﹁まさに、フリーダム。さすがはワイルドな方々⋮⋮。マトモな人間 では出来ないことをやってのける。それでこそ、でございます﹂ 〝ぽてち〟を手にエリザベスが何かを言った。そこはかとなく悪 口のような気配が漂っている。 が、所詮は〝そこはかとない〟程度。気にするほどではない。 既に買収は済んでいるのだ。イゴールの前にも、〝差し入れ〟は ちゃんと置かれている。 ﹂ だが、もうそろそろ切り上げた方が良いだろう。 ﹁そういえば、テオはどうしたんですか 分からないような。 エリザベスの言ったことに、琴音は首を傾げる。分かったような、 人が扉を開いた。それだけのことですので﹂ いていることでしょう。││いえ、お気になさらず。本日は私のお客 ・ ﹁弟は選ばれておりませんので⋮⋮。今頃は、部屋の片隅でむせび泣 ? ﹁わたしがドアを開けたら、そのときはエリザベスじゃなくてテオが 居るってことかな ? ﹁そう考えて頂いてよろしいかと﹂ エリザベスがそう答えると、イゴールがテーブルの上で手を組み替 えた。 ﹁この部屋には、目には映らずとも他にも数人の者がおります。気付 いていらっしゃったとは思いますが⋮⋮。テオドアもまた、そうした 少しだけズレた場所に控えております。この部屋は、扉を開いた方に 合わせて姿を変えますので﹂ 扉を開いた者に合わせて姿を変える。ならば、ここがエレベーター ルームであることにも、なんらかの意味があるのだろうか。 ﹁あ、でも、わたしの時でも同じですよ。ここの見た目。テオがいるだ けで﹂ 琴音のその言葉に、イゴールはその大きな目を閉じることで答え た。 どうやら、話すつもりはないらしい。 721 そろそろ帰ろう。 あなたは首をひねる琴音に声をかけ、ベルベットルームの出口へと 向かう。 ﹂ 昼食は〝はがくれ〟の気分だ。 ﹁いいですね る。 タルタロスの低階層で戦闘を繰り返しつつ、合間を見て指導が入 夜は夜で天田の訓練だ。 り。消しゴムの必要が無いほど楽勝である。 出題されている問題の内容は、どこかで見たことのあるものばか 今日は、1学期中間テストの初日だ。 5月18日︵月︶ 昼 ◇ ◇ ◇ レはない。 あそこのラーメンが美味いことは分かっている。前と違ってハズ ! ﹁いいか、天田。戦いは常に平常心で挑むことが大切だが、敵の中には それを魔法で崩してくるヤツがいる。戦闘中に〝動揺〟させられる ﹂ と、避けることも防ぐことも難しくなる。それだけ致命的な一撃を受 それで、どう注意すればいいんですか けやすくもなる。十分に注意しろよ﹂ ﹁はい ﹂ ﹂ ﹁それはだな⋮⋮﹂ ﹁それは ﹁⋮⋮気合いだ ? ﹁それも気合いで対処ですか ﹂ いるかもしれない。是非とも注意しておきたい所だな﹄ ルソナを使えなくなってしまう。敵の中にも、それを狙ってくる者が ドウの魔法などによって〝混乱〟させられてしまうと、それだけでペ ﹃ペルソナの召喚は、非常に集中力を必要とする行動だ。だから、シャ 並行して天田の訓練も進む。 ものだ。 走り出したペンはすぐに止まった。つまづかなければ、時間は余る どの答えも合っているような予感がする。 ンパクト説。 月が誕生に関する有力な学説の名前。たしか⋮⋮ジャイアント・イ 数学の教師はよく授業で公式を間違える。自力で勉強するのみ。 英語教師の夫の生まれ故郷のことわざ。これも授業で聞いた。 伊達政宗の正室の名前。これは何度も聞いた。 い掛かる。 初日を乗り切ったあなたの前に、土曜日まで連続でテスト問題が襲 5月19日︵火︶∼5月23日︵土︶ 真田先生は、気合い重視の熱血指導者。 ! ? この場合、言われているのはリーダーなのだろうか。つまり、あな ﹁なるほど﹂ 生しない﹄ ﹃まずは先手を取ることだな。そもそも攻撃を受けなければ問題は発 ? 722 ! たのことだ。 美鶴先生に言われるまでも無い。だいたいの戦いは先手必勝だ。 ﹁敵に〝悩殺〟されちゃうこともあるんだよ。そうなると、味方を攻 ﹂ 撃したり、敵を回復しちゃったりでもう大変。わたしや先輩がそう ﹂ なっちゃったら⋮⋮かなり危険だから、気を付けて ﹂ ﹁えぇー⋮⋮。それどうしたらいいんですか ﹁がんばれ ? ! オレもなんか言うのか あー⋮⋮ペルソナ使いは、それぞ ? ⋮⋮いや、何でもねぇ⋮⋮﹂ ﹁そう言う荒垣さんはどうなんですか ﹂ ﹂ 俺は何もねぇよ。そういうのは。ペルソナは心の形だ。弱 眉をしかめる荒垣。 ﹁⋮⋮⋮⋮まあな﹂ ﹁それって、得意な事も無いってことですよね いとこなんて何も無いってこったな⋮⋮﹂ ﹁俺か ? く な っ て ん な。そ ん 代 わ り、氷 結 が 極 端 に 苦 手 だ。よ っ ぽ ど 桐 条 が 喚した時に限らねえ。例えばアキなら、なんでか分からんが電撃に強 れが人間じゃあり得ねえ力を持ってる。ソイツは、何もペルソナを召 ﹁あ 〝心の力〟を扱うペルソナ使いにとっては特に。 何にしても、精神に干渉してくる魔法は脅威であるということだ。 されると、何をするか分からないので困る。 がんばって欲しい。琴音先生のようななんでも出来るヤツが魅了 ! んな天田に強く出られないようだ。 もしかしたら、天田が荒垣の弱点なのかもしれない。 ﹁と に か く 実 戦 あ る の み ⋮⋮ で す か。ペ ル ソ ナ 使 い っ て 言 っ て も、 やっぱり積み重ねが大事なんですね﹂ あなたから話すことは特にない。他のメンバーがイロイロと言っ てくれるおかげだ。 言えることは、こんな当たり前のことくらいだ。 ﹁あとは、格上の強敵と死んじゃいそうなギリギリの戦いをして、それ 723 ? 天田はどことなく荒垣に対する当たりがキツイ。そして、荒垣はそ ? ? 覚悟は、出来てますから⋮⋮ちゃんと﹂ を乗り越える⋮⋮。それって、ミスすると終わりですよね 丈夫ですよ イフを置いて話をしているところである。 ││大 今のあなたは、ベッドの枕の上に彼女を乗せ、その手前に愛用のナ そう予言めいたセリフを口にしたのは、頭だけのメティスだ。 るであろうな﹂ ﹁わたしの勘が確かならば、きさまはその者と海辺で出会うことにな 生物K。会ってみたいような、みたくないような。 もしれないが。 るほど〝濃い〟人物らしい。その位の方が上手くやっていけるのか Kは思いつめてしまう性格のY子と違って、話を聞くだけでも分か なんでも、生物のKと仲良くしているそうだ。 たことの無い地名である。 転勤先は稲羽市と言うらしいが、何処の県にあるのだろうか。聞い 東京大都会を離れ、田舎町に引っ越したおかげだろう。 〝Y子〟はそれなりに現在の生活を満喫しているらしい。 〝デビルバスターズ・オンライン〟内でした会話によると、最近の 他のメンバーも疲れているようなので、タルタロスの探索も無い。 た。 テストが終わったので、今日の昼間はネットゲームをして過ごし 巌戸台分寮 自室 5月24日︵日︶ 夜 ◇ ◇ ◇ 明日は日曜日。ようやくの休日である。 た。 いでに、アリスに頼まれた〝甲蟲の外殻〟も手に入れることに成功し これにて、1学期の中間テストと、天田乾の1週間訓練は終了。つ ? 前の世界のこと、今の世界のこと、昼間のゲームやペルソナやシャ 724 ! ドウのこと。話題は多い。 知恵の女神の名前を使っているだけあって、彼女は物知りだ。女性 扱いで良いのかどうかについては、未だ悩ましいが。 ﹂ ﹁さて、さきほど受け取った山岸風花の検査結果。どのようなもので あった 中間テストも終了したので、山岸は今日の昼間に辰巳記念病院でペ ルソナ能力の検査を受けた。 ナ ビ ゲー ト あなたの手元には、その結果を記した資料がある。 そこに書かれている内容によると││。 山岸風花のペルソナ〝ルキア〟は、やはり情報支援に優れた能力を 持っていた。 その能力は美鶴のペンテシレアのそれを遥かに上回っており、辰巳 記念病院に居たままで港区全体をカバーしてもまだ余裕があるそう だ。しかも、支援用の機器も必要ないらしい。 ﹁その代わり戦闘用の能力は一切無し、か。1つの方向に特化してい るようだな﹂ ルキアは、〝アギ〟等の戦闘に使える能力を所持していない。た だ、その耐久力自体は召喚者である山岸を包み込むように現れること もあって、かなりの水準のようだ。 通常兵器による破壊は、召喚者も含めて不可能。現在記録されてい る中で最強のシャドウ、〝プリーステス〟の攻撃であっても数発は耐 えられるだろうというのだから、なかなかたいしたものだ。 ペンテシレア アナライズ ﹂ とは言え、召喚中は移動が制限されるようなので、やはり前線には 出せそうにない。無理してそうする必要性は特にないが。 ルキア ﹁それで、肝心の能力について詳しいところは書かれていないのか それに対して山岸のペルソナ〝ルキア〟の能力は、〝繋がる力〟。 物凄く目が良い、地獄耳などと似たようなものである。 もペンテシレア自身の持っている優れた感知能力によるものだ。 美鶴のナビ能力は、〝直感〟を含む様々な能力の発展形。あくまで 異なっているらしい。 山岸の情報支援能力は、あなたや美 鶴の解 析やサーチとは原理が ? 725 ? ルキア自身の感知能力ももちろん優れているのだが、それに加えて 他者の目や耳までも利用できるようなのだ。 協力的な仲間だけではなく、敵であるシャドウの知覚能力すらも利 用して情報を収集。それを本人よりも詳細に分析することで、高い精 度の解析・探査能力を発揮できる可能性があるらしい。 アマラネットワーク ﹁他者の耳目を己のモノとする。なるほど、どうやら経絡に繋がる力 のようだな﹂ 経絡と言えば、アマラ経絡だ。 あの中に流れる膨大な情報が、勇やヒジリをおかしくした。自身を ターミナル 宇宙の全てを知り得た〝万能の存在である〟と思い込ませるほどに。 山岸風花は、アマラの転輪鼓無しでアレに接続できるということな のだろうか。 ﹁人修羅殿、ひとつ教えてやろう。その山岸風花だが、遠からずその命 を失うことになるだろう﹂ メティスはそう言うと、赤いバイザーの奥に隠された赤い瞳を何度 か瞬かせた。 ﹁我が主人ともあろう者がそのような顔をするな。まずは、わたしの 話を聞くが良い。⋮⋮我らも、きさまも、その者も、それぞれに得る もののある案を教えよう﹂ i f いにしえ とき あなたは口を閉じ、メティスに話の続きを促す。 ﹁ここではない、もしもの世界。今ではない古の刻。人に魔を降ろす ことで、命永らえさせる秘術が存在した││﹂ 〝死と魂の支配者〟は語る。仲魔とペルソナを繋ぐ守護の秘術の ことを。 あなたの中に今も残る〝未練〟。それが、じくりと疼いた。 726 5/25 常世の花 5月25日︵月︶ 朝 巌戸台分寮玄関 山岸風花は死ぬ。 そう語ったメティスが告げた、守護者の秘術。 それを聞いたあなたの心の内に生まれた波紋。 イロイロと考えさせられた一夜であったが、とりあえず││ ﹀今日は定期試験の結果が張り出される日だ⋮⋮ そろそろ出かけた方が良い時間だ。時計を見てそう思い、あなたが 玄関へと向かった。 すると、ドアの前に人影がひとつ。ちょうど岳羽も出るところだっ たようだ。 ﹂ る。話題に事欠かない男、伊織順平。 ﹁いや⋮⋮リーダーも大概ですからね てか、ずっとヒドイ。あー ? 727 琴音は﹁風花と約束がー﹂と少し早く出かけて行った。美鶴と真田 は、いつも通りに早く出て行っているだろう。 ﹁お は よ う ご ざ い ま す。リ ー ダ ー は い つ も 通 り の 時 間 で す ね。順 平 は、青い顔して、すっごい朝早く出て行きましたけど。││あー、じゃ あ私たちが最後か。カギ、ちゃんとしとかないと﹂ 伊織が朝早いのは珍しい。 先日、彼はあなたに向かって﹁女子と一緒に弁当作りとか、ウッラ ヤッマスィー﹂などと言っていた。だが、誘ってみても起きて来たこ とは無いのだ。 あなた達は、戸締りを確認し寮を出た。 それで、張り出 ﹁ホントにそうですよ。いっつもギリギリの順平なのに⋮⋮。あーっ と、ほら、今日って、中間の発表がありますよね 理だっつの される前に点数に色付けてくれーって、先生に頼むんだって。⋮⋮無 ? 並んで歩く岳羽の口から出て来る話題は、伊織のことばかりであ ! ⋮⋮、それ、私もかぁー⋮⋮ハァ⋮⋮。いっそもう、こと⋮⋮イヤイ ヤイヤ、ありえないし⋮⋮。だからって、桐条先輩みたいなのも⋮⋮ ムリだなー⋮⋮﹂ イヤイヤと言いながら頭を振る度、岳羽のピンと跳ねた髪先がピョ ンピョンと揺れる。 岳羽ゆかりは、悩み多き年頃のようだ。隣を歩いていた彼女が、横 からのぞき込むようにしてあなたの顔を見上げて来る。 ﹁││んー、やっぱない。⋮⋮うん、ない。うん﹂ ヒドク失礼なことを言われているような気がする。だが、その内容 について、深くは聞くまい。 あなたは、自身の両目の間を指で軽く揉んだ。そして、一言くらい これはもう終わり。はい、話題変更。⋮⋮そう言えば、風 は一応言っておこうかと思ったところで、岳羽が話題を変えた。 ﹁よし ﹂ 花 っ て 結 局 寮 に 来 る こ と に し た み た い で す ね。そ れ も な る べ く 早 くって話で⋮⋮えーと、今度の日曜日 ﹂ あなたのそんな態度を見て、岳羽が﹁ん ﹂と首を傾げた。 岳羽とは理由は違うが、なんともフクザツな気分だ。 いで素直には喜べない。 戦力の増強は喜ばしいことだ。ただ、メティスから聞いたことのせ よね ツ。でも、まあ、新しいペルソナ使いが加わるのはいいこと⋮⋮です ﹁でも女の子が増えて、嬉しいことは嬉しいけど⋮⋮なーんかフクザ 鞄を持った手を腰の後ろに回し、岳羽は口を尖らせる。 どんな〝説得〟をしたんだか﹂ ﹁リーダーが、あーんなこと言ってたのにオッケーなんて⋮⋮。一体 わせていたらしい。 理事長は普段はあんな風だが、それなりにスカウトスキルも持ち合 説得も同様だ。 山岸の両親への説明は、美鶴と理事長が行ってくれた。山岸本人の ? 学園の校舎が入って来た。 なんでもないと隣に首を振り、正面を見る。あなたの視界に月光館 ? 728 ! ? そろそろ学校に到着だ。 ◇ ◇ ◇ 昼休み ようやくの昼休みだ。昼食を終えたあなたは、美鶴と教室内でゆっ たりと過ごしていた。 ﹁おーい、試験の結果、貼られたよー﹂ 入り口の扉が勢いよく開くのと同時、威勢の良い女子生徒の声がク ラスに響き渡る。 この月光館学園は、定期試験の合計点と順位が張り出されるのだ。 高得点であれば周囲からの評価が上がる。だが、逆に残念な結果で あればその順位に応じた扱いを受けることになるだろう。 のに意外﹂という声と、 ﹁桐条さんと仲が良いならこれぐらいは﹂とい う声が半々程度に聞こえて来る。 何かと忙しい中、よく頑張った﹂ まあ、こんなところだろう。ベルベットルームのおかげです。 ﹁ブリリアント でみんな納得している。 しかし、どうして美鶴のブリリアントやエクセレントは素晴らしい までに日本語発音なのだろう。英語の授業などでの発音は流暢なも のなのだが。 ああ、これは⋮⋮昔、南条の催しで出会った人の真似をしてい どういった理由なのか、とやや気になる。 ﹁ん 729 ﹁一応、見に行ってみるか﹂ 周りから一目置かれている 自信満々な美鶴に促され、あなたは試験結果を見に行くことにし た。 ﹀10番以内の成績だ ! 真田との差は僅か。周囲の生徒達から、﹁遊んでばっかりみたいな ! ちなみに、3年生の1位は美鶴だった。これはいつもの事らしいの ! て、いつの間にか癖になってしまったようだ﹂ ? やや照れた様子で髪をいじる美鶴。 南条というのは、〝南条コンツェルン〟のことだろう。美鶴の桐条 岳羽と山岸も聞いていたよ 家は、南条の分家として始まったらしいので、親戚付き合いというこ とになるのかもしれない。 ﹁汐見の成績も素晴らしいじゃないか り良い。││伊織は⋮⋮﹂ 2年生欄の一番上には、汐見琴音の名前がある。それに気をよくし たのか、美鶴は上から順に名前を探して行く。そんな彼女の視線が伊 織順平の名前にたどり着くまでには、やや間があった。 ﹁成績上位者には、褒美でも出すか⋮⋮﹂ 右に立つ美鶴がそう口にしてすぐ、肩に何かが乗った。あなたは掲 示板から目を離し、何事かと顔を右に向ける。 ﹁ご褒美と聞きまして﹂ そこには琴音の顔があった。つま先立ちしている彼女のアゴが、あ なたの肩の上に乗っているのだ。 こんな形でバックアタックを受けるとは不覚である。全然気が付 かなかった。 ﹁成績上位者にはご褒美が出ると聞きまして﹂ そう繰り返しながら、琴音は右手の人差し指をピンと伸ばす。2年 と3年の表の一番上を指し示しながら行き来する指先。 ﹁1位と1位です﹂ 続けて、琴音は自分と美鶴の顔を、ついついっと指差す。 やたらと他者を指差すものではない。指先から魔法を飛ばす悪魔 もそれなりにいるのだ。攻撃姿勢のように見えてしまう。と、あなた は軽く後輩に注意しておく。 ・ ・ ・ ・ その横では、美鶴が何やらウンウンとうなずいている。 ﹁ふっ⋮⋮たしかに、1位と1位だな﹂ わたし達﹂ これはどうやら、あなたが何かご褒美を出す流れのようだ。 まあ、仮にも〝リーダー〟なのでそれぐらいは構わないが。この2 730 ! 示し合わせたように唇を歪める3年トップと2年トップ。 ﹁そうですよ。がんばりましたよね ! 人は、天田の訓練に付き合いつつ確かな成績も叩き出したのだから。 ﹁やった﹂ ﹁無理はしなくていいぞ﹂ ﹁言ってみるものですね﹂と続ける琴音と、その様子に苦笑気味の美 鶴。この2人も結構仲が良い。夜回りバイク2人乗りの成果だろう か。 あなたはそんな2人を見ながら、さて何にしようかと少し考え口を 開いた。 ﹁あ、いいですね。前からちょっと気になってました﹂ 巌戸台駅から少し離れた場所に洋菓子店がある。駅前商店街の甘 味処〝小豆あらい〟より1ランク上といった風情の洒落た店だ。 親が小遣いをあげるという話でもなし、その店のケーキあたりで良 いだろう。今日の帰りに寄ってみるのも悪くない。 それに、この2人には話しておく事がある。メティスから聞かされ た山岸風花の件で。 ﹁すまない。今日は家の用事がある。帰りも遅くなってしまうだろう から⋮⋮﹂ ナビゲーターの美鶴がいないとなると、今夜のタルタロスは無しの 方向か。 あなたは美鶴が寮に帰って来る時間を確認すると、それまで待って いると伝えた。 ご褒美の件とは別に、部長の美鶴と〝仲魔〟絡みで何かあるらしい 琴音には話があるのだ。 ﹁あ、はい。美鶴先輩が帰ってきたら4階ですね﹂ ややふざけた調子から、真面目な表情に切り替えて琴音と美鶴がう なずく。 特別課外活動部のメンバーならば、〝4階〟と言えば作戦室のこと だと分かる。作戦室で話す内容は、シャドウ関係の事に決まっている のだ。たまにヘンなビデオなどもあるが。 ﹁そろそろ昼休みが終わりそうだ。教室に戻るぞ﹂ 時計を確認した美鶴の声に従って、あなた達は午後の授業へと向 731 かった。 ◇ ◇ ◇ 夜 ﹃都内に住む、92歳のおばあちゃんの趣味は、なんとネットゲームを すること。若い子たちとおしゃべりすることが、おばあちゃんの若さ の秘訣だそうです﹄ 巌戸台分寮の1階。ラウンジのテレビからニュースキャスターの 声が聞こえて来る。 映像の中の老婆が、実に活き活きとした様子でコントローラーを操 る。その入力にしたがって、露出の多い格好をした女戦士が大剣を振 るう。ああ、ドラゴンの首が落ちた。 ﹂ ﹂ たいところだ。 だが、伊織の成績がアレなのは確かなので、何も言えない。 ﹁んだよー、リーダーも琴音ッチもゲームやるだろー。でも、2人とも ゆかりッチより上だったじゃんかよー﹂ ﹁そ、それはー⋮⋮出来る人はいーのよ。出来る人は﹂ 岳羽と伊織の会話を聞いていた琴音が、顔を上げた。彼女の手にし ているフォークには、ケーキのクリームが付いている。﹁夜中に食べ るのはよくないので、早めに食べちゃいます﹂とのことだ。 はぁー、やべぇ⋮⋮あの ﹁まあ、ゆかりは順平より良かったけどね。ゲームが悪いんじゃなく て、順平の頭が悪いんだよ﹂ ﹁はい、キッツイお言葉いただきましたー 結果じゃ反論できねぇ⋮⋮。ところで琴音ッチ、そのさっきから食べ ! 732 ﹁おー、スゲーなこのばあちゃん。やっぱゲームしてっとボケ防止に なるんかね じゃない ﹁あんたの場合は、ピコピコしてるヒマあったら、勉強した方が良いん ? ピコピコ。ゲーム好きのあなたとしては、岳羽の表現に一言物申し ? てるケーキは何 オレらの分ねーの えるんだけどー﹂ ? てか、スゲーうまそうに見 ﹂とその悩んでいた2つを購入。現 ! ⋮⋮いや、なんでもない﹂ ぶとは珍しい。 試験期間中の伊織は、 ﹁がぁああー ﹂とうるさかっ !! たが。泣こうがわめこうが、付焼き刃ではどうにもならないというこ うごぉおお 田の大声。もう影時間も過ぎた真夜中だと言うのに、彼があんなに叫 部屋に入って待っていると、開けたままにしておいた扉の方から真 文句は聞かない。黙っていろ、である。 えて作戦室へと赴いた。バスタオルに包んだメティスである。 その姿を確認した後、あなたは〝人の頭ほどの大きさの物体〟を抱 共にキッチンへと向かう。 夜遅く、美鶴が帰って来た。荷物を部屋に置いた後、彼女は琴音と 深夜 ◇ ◇ ◇ うにしてもらいたい。 今日はタルタロスが無いので良いが、普段はあまりやり過ぎないよ 少し震えているようにも見える。 に視線を下に落とした。カチカチとハンドグリップを握る彼の手は、 会話には参加せず、黙々と握力を鍛えていた真田が声を上げ、すぐ ﹁何 在、冷蔵庫の中に残されている方が美鶴の分ということだ。 結局、﹁食べる時に決めます どっちにしようかと悩んでいたのだから間違いないだろう。 放 課 後 に 店 に 寄 っ た 時 は、バ ナ ナ を 使 っ た ケ ー キ 2 品 を 見 比 べ、 は、バナナが好物らしい。 琴音は伊織の質問に短く答え、ケーキの残りに取り掛かる。彼女 の分だから﹂ ﹁先輩にもらった、勉強がんばったで賞。冷蔵庫にあるのは、美鶴先輩 ? !! 733 !? とである。 ﹁待たせたな⋮⋮﹂ しばらくして作戦室に顔を出した美鶴は、やや元気が無い。やは り、深夜まで家の用事で動き回って疲れているのだろう。 一緒に来た琴音は、何故か苦笑いだ。 ﹁先輩、ちょっとこっちへ﹂ 手招きに応じ、立ち上がって琴音の近くに行くと、ひょいと手を取 られた。 なんだろう。そう考えている間に、琴音はあなたの手を美鶴の頭の 上に置く。 ﹁よしよし、よくがんばりました﹂ 琴音がそう言うと、美鶴は顔をカッと赤くしてあなたの手を振り落 とす。 ﹂ 一体なんなのだろうか。 ﹁琴音っ ﹁いや、美鶴先輩がんばってるので。イロイロと﹂ ﹁妙な気を遣わなくていい⋮⋮。本当に⋮⋮﹂ なるほど。あなたは、無言でもう一度手を上げた。 よくがんばりました、と。 ﹂ 美鶴はワリと構われたい子なのだ。本当は、武治にこうして欲しい のだろうが。 ﹁だから、やめないか 攻めるばかりが戦いではない。 ﹁ごめんなさい﹂ ? そして、久しいな我が母よ。 ? ⋮⋮わたしの名はメティス。桐条エルゴノミクス研究所によって開 よ、きさまとは〝初めまして〟だな ﹁やれやれ、まさかこのような扱いを受けるとは⋮⋮。ペンテシレア テーブルの上の物にかけておいたバスタオルをはがす。 あ な た は 2 人 に 座 る よ う に 言 う と、着 席 を 確 認 す る。そ れ か ら、 ﹁まったく⋮⋮。まあいい、それで、話とはなんだ ﹂ あまりからかうと怒らせてしまうので、引き際が肝心である。 ! 734 ! 発された、対シャドウ非常制圧兵装のロストナンバー。7式計画の途 上で廃棄されたモノだ﹂ 覆いから解放されたメティスのアイサツに、琴音と美鶴が目を丸く した。 あなたとしても、その言葉の内容には突っ込みたいところがたくさ それに、しゃべった、だと ﹂ んある。だが、まずは落ち着いて話せる状況にすることが重要だろ う。 ﹂ ⋮⋮エルゴ研 ﹁我が母って⋮⋮わたし ﹁なんだ、これは ? ﹁〝時の狭間〟って ﹂ ﹂ 美鶴に続いて、琴音がメティスのバイザーの奥をのぞき込む。 わたしを修理すると約束したのだ﹂ た。〝アリス〟がそこからわたしを拾い上げ、受け取った人修羅殿は ﹁〝時の狭間〟。わたしは、長い間そう呼ばれる場所に捨てられてい わる場所に廃棄されていたということだが⋮⋮﹂ 後で聞くことにしよう。それより、メティス。君は、タルタロスに関 ﹁あれから、アリスと会っていたのか⋮⋮。まあ、そのことについては てもらうしかない。 詳しいことは、10年前に吹き飛んだエルゴ研の研究者にでも聞い に造られている機械だからということは分かってもらえたようだ。 とりあえず、メティスが頭部だけでも活動しているのは、そのよう 何かが違う。が、合っているような気もする。 の子の頭をもらった、と ﹁えーっと⋮⋮。つまり、先輩が小さな女の子と仲良くなって、別の女 な事も伝えて置く。 壊れた部品を修理するために、特定のシャドウが落とす欠片が必要 がやって来た経緯を説明した。 あなたは、〝蝿の王〟がどうこうといった部分を除いて、メティス ? !? ? ・ ﹁タルタロスの反作用として発生した空間だ。塔が高くなればなるほ ? ﹂ 735 ! ど、崖もまた深くなる。いや、あるいは逆なのかもしれんな﹂ ﹁逆 ? ﹁時の狭間を創るために、タルタロスが発生したのではないか、という ﹂ 〟マークが見える気がする。よくよく考えてみ ことだ。あの場所ならば、〝時を操る神器〟を造ることもできよう﹂ ﹁⋮⋮神器 琴音の頭上に〝 あ、はい﹂ ﹁そうだろうな⋮⋮﹂ ﹂ ? 有り得んな﹂ それを解析させてもらうわけには⋮⋮﹂ ﹁わたしを廃棄した者どもに再び身を任せろと ﹁なら、どうだろうか ﹁わたしの記憶装置に残されている範囲のことまで﹂ か⋮⋮。メティス、君はどれだけのことを知っている ﹁しかし、そうなるとメティスは旧エルゴ研の遺産という事になるの を聞いたことは無い。 それは、あなたも大差ないが。メティスから、これまでにこんな話 れを処理するのに精一杯と言った様子だ。 美鶴は腕を組み、眉を寄せる。思わぬところから出てきた情報。そ ﹁え きちんと説明する﹂ ﹁あー⋮⋮。汐見、その辺りについては少し待ってくれ。近いうちに おそらく、武治は6月6日に説明するつもりなのだろうが。 のことも知らないのだ。さっぱり意味がわからないだろう。 ると、琴音はタルタロス発生の切っ掛けとなった〝事故〟とその原因 ? ? 無理矢理聞き出すという事はしたくないし、おそらく出来ない。元 ことを言った。その原因に関しては教えてくれなかったのだ。 メティスは、あなたが〝山岸の死〟について聞いた時も同じような 相手であっても、我と我らの思いを優先させてもらう﹂ ﹁この〝わたし〟が従うのは、人修羅殿のみ。そして、その人修羅殿が もりだったのだから。 山岸の件が無ければ、修理完了までクローゼットに閉まって置くつ むしろ、メティスの事を他に漏らさないようにしてほしいのだ。 あ な た は 首 を 横 に 振 っ た。美 鶴 の 期 待 に は 応 え ら れ そ う に な い。 どうにか説得できないか、といったところか。 メティスにバッサリと断られた美鶴は、あなたに視線をよこした。 ? ? 736 ? が元だけに。 我が母よ﹂ ﹁あのー、それじゃあさ、ちょっと違う事なんだけど。いいかな ﹁なんだ ﹁あれ なんだろ、話がおかしな方向に⋮⋮﹂ 他者を救えるなどと思いあがるなよ﹂ ﹂ 身の選択の結果に過ぎん。自らの責は、自らで背負うしかないのだ。 ﹁そうだ。ニンゲンよ、神にすがるな、悪魔に押し付けるな。全ては自 な﹂ ﹁〝我、自ら選び取りし、如何なる結末も受け入れん〟⋮⋮だったか 考えた。ただ当たり前のコトワリなのだが。 〝先生〟を反面教師として、アラディアに言われたことを元にして 改めて言われると、何故か少し恥ずかしい。 はっきりとそう口にしたわけでは無い。しかし、メティスの口から た。自らを由とせよ、ただそれだけがこの世の理である﹂ コトワリ 言っている。⋮⋮この宇宙を創り出した者は、全ての者に自由を与え ﹁他者の〝罪〟を背負い、救世主などと呼ばれるような者になるなと ﹁はい、先生。まるで意味がわかりません﹂ ら﹂ ⋮⋮審判者を気取るあの忌々しき存在を、わたしは憎んでいるのだか と 言 っ て も 間 違 い で は 無 か ろ う な。た だ、候 補 者 と は 呼 ば せ る な。 名前のない死神よ。あるいは、ティア、オルフェウス、ニュクスなど ﹁気に入らぬのならば、他の呼び方でも良いぞ。数字のない愚者よ。 て⋮⋮﹂ ﹁なんでわたしが、メティスのおかーさんって呼ばれてるのかなーっ 先ほどから、ずっと役立たずのリーダーである。 えられそうにない。やはりわからないのだ。 それから、その表情のままあなたを見て来るが、こちらも期待に応 下げる。 小さく手を上げてメティスに話しかけた琴音は、困ったように眉を ? ぼう。人の唱えた月に至る物語と、人修羅殿のなくしたモノ、双方に 737 ? ﹁⋮⋮始まりの夜よ、永劫の夜よ。今のきさまを、わたしはティアと呼 ? 通じる響きを持つが故に﹂ ﹁うん、わからない。メティスの言う事は複雑怪奇なり﹂ メティスは、あなたのことを〝人修羅〟と呼ぶ。美鶴のことは〝ペ ンテシレア〟と呼んでいた。 ティア。悪魔になったあなたは、涙を流さぬ身となった。〝なくし たモノ〟とはこのことだろう。 〝月に至る物語〟にも心当たりがある。 ついこの間、授業で習った。何故か養護教諭の担当する総合学習の 時間に。 あなたと同じことを思ったのだろう。美鶴が琴音に向かって説明 し始める。 ﹁テイアー、あるいはテイア。ウラノスとガイアの娘。光明神ヒュペ リオンの妻とされ、太陽、月、暁の神の母。このテイアが月の女神セ レネの母であることから、地球と月の形成に関する有力説ジャイアン ト・インパクト説における重要な仮想天体の名前に用いられた。遥か な太古、地球と衝突して砕け散った原始惑星の名にな。⋮⋮そういえ ば、この天体としてのテイアのことを、オルフェウスと呼ぶ場合もあ るのだったか││﹂ 〝オルフェウス〟は、琴音が2番目に召喚したペルソナの名前だ。 琴音はあの時のことをよく覚えていないらしいが、彼女が最初に召 喚したペルソナは、骸骨の兜をかぶり、棺桶のフタを連ねて背負う死 神の姿をしていた。あなたが知っている限りでは。 そして、メティスがまったく無意味なことを言うとも思えない。 となると、あの死神のようなペルソナがティアになるのだろうか。 地球と月の始まりに大きく関わる、原始の地球とぶつかった原始の惑 星に。 あまり女神といった見た目では無かったが、悪魔は顔や見た目では 判断できないところがある。 ﹁││と、まあだいたいこんなところだな。詳しいことはネットでも 使って調べてみてくれ。来年の予習になるはずだ﹂ 江戸川の授業は教科書がないので、その時の口頭説明と板書だより 738 になってしまう。ノートを取り損ねると、後から取り戻すことがやや 難しい。 総合学習はあまり重要度の高い教科ではないが、学内順位にはきっ ちり影響してくる。トップを狙うのならそれなりに要注意なのだ。 ﹂ ﹁そろそろ本題に入るぞ。わたしはヒマだが、きさま達はそうではな いだろう 〝ヒマ〟と言ったところで、メティスの瞳がギロリとあなたを見た 様な気がした。あまり気のせいではなさそうだが、気にしないことに する。 あなたを含めた3人が聞く姿勢になったことを確認し、メティスは 言葉を続けた。 ﹁簡単に言うぞ。このままでは山岸風花は死ぬ。そして、わたしがそ の理由をきさま達に教えることは無い。その方が、我々にとって都合 が良いからだ﹂ その後、琴音と美鶴が何を言っても、メティスが山岸の死亡原因や、 ﹂ それを避ける方法を話すことはなかった。 ﹁ケチ ﹁ティアじゃありませんー わたしの名前は、汐見琴音です。変な 名前で呼ぶな﹂ ﹂ ! 〝時を操る神器〟。時の流れを操作し、障害も例外も排除して、未 のではないかと思えるしな﹂ めていた〝時を操る神器〟とは、本来はそうして使うための物だった の話が本当ならば、未来を知ることが出来る可能性はある。祖父が求 ﹁にわかには信じがたい。いや、信じたくない話だが。〝時の狭間〟 と目が合った。 あなたがふと美鶴の方を見ると、何やらブツブツと言っている彼女 ではないと思いたい。 琴音とメティス。なんとなく仲が良さそうに見えるのは、気のせい ﹁ちゃんと教えてくれないとわかりませんー ﹁では、琴音よ。これはきさまにとっても悪くない話だ﹂ ! 739 ? ﹁ティアよ、もう少し話し方に気を遣った方が良い﹂ ! 来を意のままにする力。 たしかに、今のメティスは未来を意のままにしようと動いている。 タルタロスは、ナイトメアシステムとオベリスクのような存在かと 考えていたが、それだけではないのかもしれない。 あなたは顔を手で隠し、大きく息を吐いた。 今一番の問題は、メティスが進めようとしていることを本気で止め る気になれないことだろう。 ﹁山岸は一度命を落とすが、その後に甦る、か。わからんな。本当に何 もかも。そもそもメティスの言っていること自体が壊れた機械の妄 想、という可能性が最も高そうだ﹂ あなたはそうは思わないが、詳しい事情を知らない美鶴からすれば そう思えるだろう。 メティスを手に持ちにらみ合っている琴音の方が、素直に信じ過ぎ ているとも言える。 ﹁だが、念のため言われた通りにしておくか。どちらにしろやること は変わらない。30日の夜、タルタロスに行く。そこで山岸にペルソ ナの召喚を見せてもらおうじゃないか。メティスの言葉通りにな﹂ 山岸が巌戸台分寮にやって来ること、そして特別課外活動部の仲間 になること。これはもう、本人の意思で決まっている。 そうなれば、タルタロスに行くことは避けられない。そこでペルソ ナを召喚することも。 ││﹁山岸風花を生かしておきたいのなら、影時間、それもあの世 に最も近い場所で召喚させることだ。そこは、きさま達がタルタロス と名付けた場所。都合の良いことに、あの塔には常世の入り口もあ る﹂ というのが、メティスの教えてくれた条件なのだ。 秘術を用いるには、あの世、常世、魔界などと呼ばれる、〝悪魔〟 が寄り付きやすい位相に行く必要があるらしい。 現状でその条件を満たす場所は、タルタロスを置いて他にはないよ うに思える。少なくとも、あなたは他に該当する場所を知らない。 740 ◇ ◇ ◇ 5月30日︵土︶ 影時間 タルタロス1F エントランス そうして迎えた、5月30日と31日の狭間。 くそっ 息が ﹂ 痛みに呻くあなたの視界の中で、真田が山岸に救命手当を施してい る。 ﹁マズイっ !! どうするつもりだ ! 残っていないことを教えてくれる。 ﹁あ、おいっ ﹂ あ な た の 目 に 宿 る 解 析 の 力 が、彼 女 の 中 に 一 欠 け ら の 生 命 力 も アナライズ 召喚器の引き金を引いて、僅か10秒。山岸風花は死んだ。 タルタロス1階エントランス。 ! 死が避けられなかった場合は、せめて信じられる者を守護悪魔に。 ガー ディ ア ン あなたはそこで、山岸にあなたの仲魔を降ろす予定だ。 る。 境界だ。ベルベットルームの奥にある扉は、悪魔の世界へと続いてい 夢と現実、精神と物質、あの世とこの世。あの扉の中にある部屋は に立つ青い扉へと歩み出した。 あなたは〝山岸だったもの〟を抱え上げると、エントランスの片隅 !? あなたがメティスにそう告げた時、蝿は﹁それが我らの望みだ﹂と 答えた。 741 ! 5/30 山の娘 5月30日︵土︶ 影時間 青い部屋 タルタロス1階エントランスから、ベルベットルームへ。 青色のエレベータールームの中に入ったあなたは、その腕に山岸の 身体を抱えたままだ。 資格のない人間は、この部屋の中に入れない。だが、あなたや琴音 のような契約者は、ここにモノを持ち込むことが出来る。 ﹁ようこそ、ベルベットルームへ。おや⋮⋮本日のお客人は、いささか 変わったモノをお持ちのようだ﹂ いつものテーブルの向こう、いつものように椅子に腰かけたイゴー ル。彼はあなたの抱えたモノを見て、その大きな目をギョロリと見開 742 く。 抜け殻の肉体は、もう人間ではない。魂の宿らない器は、生きては いないのだ。 ﹁先日いただいた、〝ぽてち〟なるものは大変美味でございました。 いえ、念のための確認でございます。世の中に 食物というものは、おおよそ生命の器であると聞いておりますが、ま さかそちらも⋮⋮ く扉がある。 そこには、あなたが先月の終わりに潜った〝思い出の世界〟へと続 そう言うと、イゴールは振り返って部屋の奥を見た。 いようだ﹂ ﹁どうやら、貴方が求めておられるのは、私やエリザベスの助力では無 なってしまう。 あなたの知る常識は、儚い。一歩異界へと踏み込めば消えてなく 多くの悪魔は人を喰った性格をしている。 ろうか。したかもしれない。 もしも、あなたがそうだと言ったならエリザベスは本気にしたのだ は、そういった方々もいらっしゃると聞き及んでおりますので﹂ ? ﹁どうぞお使い下さい。あなたのペルソナは、あなたの内に⋮⋮。自 らの心の海を覗き込む。それもまた、この部屋の役割でしょう﹂ ﹁では、こちらへどうぞ。手順は前回と違いません﹂ 指を揃えたエリザベスの手が、あなたをあちら側へと導く。 ﹂ ドアノブを握り、イメージするのはアマラの転輪鼓。ターミナルの 部屋だ。 ﹁まあ、何やらターミナルの様子が⋮⋮ エリザベスが言うように、部屋の中央にあるドラム缶がおかしい。 まだ何の操作もしていないというのに、光を放ちながら回転してい る。激しく明滅を繰り返す奇怪な文字。 これに似た光景を、あなたはどこかで見たことがある。 ﹁なるほど⋮⋮。どうやら、先ほど迷い込まれた方の影響のようでご ざいますね。││どなたかの精神が、ベルベットルームの存在する狭 間の領域を通過されたことには気が付いておりましたが⋮⋮このよ うな事になっていましたか﹂ そうだ。この状態は、新田勇がヒジリを連れ去った時に似ている。 タイミングから考えて、エリザベスの言う迷い人とは山岸のことで はないだろうか。 あなたがそのことを聞いてみると、エリザベスはターミナルを覗き つづみ 込むようにする。輝く呪い文字が、繰り返し彼女の金眼を通過して行 く。 ﹁⋮⋮⋮⋮わたくし、あれからこの鼓の扱いを少しばかり練習いたし ました。ですので、ある程度はわかります。この状況は、誰かがアマ ラ経絡に落下されたからのようでございますね。その方の名前まで はわかりませんが、どうやら貴方と縁のあるご様子﹂ 振り向き語るエリザベスの瞳には、僅かな驚きが宿っている様に思 える。 ﹁しかし、これはなんとも困ったことになっているようでございます ね。経絡の内側が脈動しております。上下左右に激しく動き、あるい は様々な角度にねじれては戻り。これまでに築かれていた空間の繋 がりが分断されております。これは⋮⋮わたくしの手には少々余り 743 ? ますね﹂ 言われてターミナルに手をかざすと、確かにエリザベスの言葉通り のようだ。これでは遭難者を探しに行くことも出来そうにない。 安定させることが出来ないかと試してみるが、 幸い、先月訪れたばかりの〝シブヤ〟への路は繋がっている。やや 不安定ではあるが通過可能なようだ。逆に言うと、それ以外の地点へ は転移は出来ないということだが。 これはなんとか安定させても、また歩いてターミナルまで行かない といけないかもしれない。 ひとつ、またひとつとターミナルを訪れたかつての事を思い出し、 あなたはため息を吐いた。 またアレをやらないといけないのだろうか。地下空間、暗闇、焼け ﹂ る空気の通路、落とし穴。思い出してため息をもうひとつ。 ﹁うれしそうですね エリザベスには、あなたのため息がそう見えたらしい。 ならば、いつか一緒にどうかと誘ってみれば﹁是非に﹂と返って来 る。分かっていたことだが、変な趣味をしているようだ。エリザベス は。 ﹁いってらっしゃいませ﹂ だが、まずは山岸の肉体の保全からだ。 腰を曲げ、頭を下げるエリザベスに見送られ、あなたは〝シブヤ〟 へと向かう流れに身を任せた。 何もせずとも簡単にたどり着けるいつもと違い、今日の経絡内は騒 がしい。 赤い血の塊のようなもの。丸い岩のようなもの。そんな邪魔な存 在が経絡の中を飛び交っているのだ。 当たると痛い。 ◇ ◇ ◇ 無事にシブヤに着いた。久しぶりだったことと山岸を抱えていた 744 ? こともあって、2回ほど大岩にぶつかってしまったが大きな怪我はな い。山岸の肉体にも傷はついていないから大丈夫だろう。 あなたはメティスから聞いた秘術を試すため、邪教の館を目指して 歩く。 山岸の精神が迷い込んだ先、酷く不安定なアマラ経絡をどうするか については当てがある。 新田勇は、あなたよりもずっとここに詳しい。ターミナルに魅入ら れた彼は、アマラ経絡の中に住み着いていたことがあるのだから。 だから、まずはすぐに出来ることからだ。 誰もいない⋮⋮。 扉の奥に、邪教の館の主の姿は無かった。前と同じだ。 悪魔合体させる3つの円筒は残っているが、天井近くで輝いていた 光も消えている。 そして、悪魔全書も無い。 以前訪れた時の様子から予想していたことではあるが、こうなると 呼び出すことの出来る悪魔は限られてくる。 いや、全く無いワケでもなかった。 〝バアル〟に関する記述。仕舞いこんでいる全書の一部のことを 思い出し、あなたはすぐに首を横に振った。これは使わない。 ベルゼブブが呼び出せない理由はわかった。あの魔王はあの魔王 なりに自主的に活動していたのだ。 どうしてメタトロンが召喚に応じないのかは不明である。だが、そ れはあなたにとって都合の悪いことを考えているからではないだろ う。 あの大天使がベルゼブブと同程度の力の持ち主であることを考え ると、似たようなことをしているのかもしれない。 ピクシーとジャアクフロスト。この2人は、多分どこかで遊んでい るのだろう。そういうヤツラだ。しかし、そんなところが良い。 残るのは、この間呼んだクー・フーリン、ギリメカラ、アラハバキ。 それから、諸事情で呼ばなかったティターニアとパールヴァティだ。 あなたは、床に横たえた山岸の身体をじっと見つめた。それから、 745 彼女を3つの円筒が交わる中心部分へと運び上げる。 ここは悪魔が依り憑き易い場所らしい。何度も何度も御魂を依り 憑かせた者がいたため、そういった〝場〟になっているそうだ。あな たのことである。 繰り返し唱えた召喚の呪文。それとはやや異なる言葉を口から吐 き出す。似ているので覚えやすかった。 呪いの最後に唱えるのは、地母神パールヴァティの名前。 深い理由は無い。強いて言えば、山岸を見て浮かんで来たイメージ に比較的近い悪魔を選んだだけだ。選ぶことの出来る範囲で。 ﹁んっ⋮⋮。あっ、そんなに悪くないわね﹂ 山岸が目を開いた。正確には、身体の中に宿ったパールヴァティ が、であるが。 あなたは、彼女に立つことが出来そうかたずねた。すると、小さく ﹁ええ﹂と返って来る。 ﹂ 746 それを聞いたあなたは、彼女をそっと抱き起こした。いつもと違う 身体だ、勝手が異なるかもしれない。 ﹁ありがとう。ふふっ、大きくなった 手を握ったり開いたり、ピョンピョンと飛び跳ねて見たり。頬をム ﹁小さくなっちゃったわね。でも、思っていたよりも⋮⋮﹂ とりあえず、見たところ問題はなさそうだが。 いのだろう。ややこしい。 山岸の器に憑いたパールヴァティ。彼女のことはなんと呼べば良 パールヴァティが構わなくとも、山岸が構うだろう。 ﹁もう少しこのままでいいのに⋮⋮﹂ ヴァティを解放する。 ちゃんと立てることを確認したあなたは、その腕の中からパール やらないが。 しめたら、丁度頭の上に乗せられそうだ。 た姿勢の彼女の頭の天辺は、あなたのアゴの下にある。このまま抱き パールヴァティ本来の姿よりも、山岸はかなり小柄だ。抱き起こし 裸のあなたの胸に手を這わせ、パールヴァティは小さく笑った。 ? ニムニと揉んだり、前髪をつまんで眺めて見たり。 地母神は山岸の身体の具合を確認している。 ﹁うん、いいわね。相性が良いみたい、私達﹂ 一通り身体を動かして満足したようだ。彼女は胸の前で両手の指 を軽く絡め、小さくうなずきながらそう言った。﹁こっちもいいわね﹂ と口にしながら手のひらの上に火の玉を浮かべているところを見る と、魔法を使うことも出来るのだろう。 とりあえず問題は無さそうだ。 山岸風花の身体に憑依したパールヴァティ。その状態を確認した あなたは、彼女にこうなった事情を説明した。 ﹁││そんなことになっていたのね。うん、あなたの言うようにノア に頼むと良さそう。アーリマンでも大丈夫でしょうけど﹂ 仲魔内でのパールヴァティは、ベルゼブブと並んでまとめ役のポジ ションだ。 747 最古参のピクシーはあまり考え事に向かない性格をしていたし、ア ラハバキは独特の感性をしている。クー・フーリンとギリメカラはや や立場が弱く、メタトロンは融通が利かない。 会いたがっていたわよ﹂ ライドウが居た時は、彼のお目付け役である黒猫のゴウトとも話し たものだが。 ﹁ティターニアは呼んであげないの あれは向こうがわがままだから悪いのだ。いつだって、あなたはそ リして見せる。 パールヴァティはそう言うと、両手を腰にあててちょっと怒ったフ と、すぐにケンカするんだから﹂ ﹁それを直接言ってあげたら機嫌も直るのに。ふたりきりにしておく だ。それはそれで可愛いのだが。 分で言い出したことでも、後から気が変わると文句が飛んでくるの ティターニアは、その時々の感情で言うことがコロッと変わる。自 どうやら妖精の女王様はご機嫌斜めらしい。 パールヴァティ。 ピンと伸ばした左右の人差し指。それで頭の上にオニの角を作る ? う主張してきた。 だが、ティターニアは他の誰かが居る時には猫をかぶるので性質が 悪い。 ﹁ふふっ、そういうことにしておきましょうか。相変わらず仲が良く て、少し妬けてしまうわね﹂ この話はこれまでにしよう。あなたは話題を元に戻すことにした。 今は他に優先すべきことがある。山岸を探しに行かなければ。 ﹁あ、そうそう。私のことは普通にいつもどおりに呼んでくれても大 丈夫よ。不安定な状態のベルゼブブと違って、この身体はしっかりと しているから﹂ よくわからないが、パールヴァティがそう言うのならそうなのだろ う。そのうちしっかりと聞かせてもらいたいとは思うが。 ﹁それじゃあ、行きましょうか﹂ まずは、邪教の館を出てターミナルの部屋に戻る。そしてベルベッ ﹂ 姿は言葉通りにまた大きくなっている。 魔王マーラとしては小さい。だが、アレとしては恐るべき、と言う 748 トルームを通り過ぎ、影時間のタルタロスへ。その後、影時間の終了 を待って勇に連絡しなければ。 それから、途中それぞれの場所、そして影時間が終わって世界が通 常のそれに戻った時。そのいずれでも、パールヴァティと山岸に問題 が発生しないか注意する必要がある。 ガー ディ ア ン メティスの言葉に間違いがあるとは思いたくないが、あなたが〝 守護悪魔〟というものを見たのは初めてなのだ。初見は何があるか わからない。 ﹁よろしくお願いね﹂ 本当に、世の中ナニがあるかわからない。すぐ近くのターミナルま ディスコでイイコトを繰り返し、ほんの少 での道中で既に問題が発生してしまった。 ﹁グワッハッハッハッ ﹁ニャー、ステキ しばかり力を取り戻したワシの雄姿に恐れ戦いておるようだな﹂ ! ターミナルの部屋の前に、ネコマタに抱えられた魔王が居る。その ! しかないサイズ。一升瓶程度に成長した緑色の猥褻物。 ﹁⋮⋮あら、かわいらしい﹂ ヌヌヌヌ⋮⋮ググググ⋮⋮パールヴァティか⋮⋮。たし パールヴァティが、ポツリとそうこぼした。特に悪気もなさそう に。 ﹁グワッ かに、貴様ならばそう口にする資格もある、か⋮⋮。ムグググ⋮⋮シ ヴァめ⋮⋮完全でありさえすれば、コン比べでも負けはせぬモノを ⋮⋮﹂ 地母神の短い一言は、魔王の急所を鋭く抉った。ヤツは急所しかな いような見た目だが。 しかしこの地母神、マーラを見てもまったくひるむ様子がない。 雄々しく ﹂ ﹁本番前に勝手に爆発してしまったって聞いていたけれど、少しは良 くなってきたみたいね。よかった﹂ ﹁グォォオオオ⋮⋮。き、貴様⋮⋮﹂ ﹁ニャー⋮⋮しおれないでマーラ様。立ち上がって ! いだろう ﹂ 貴様の﹃欲望﹄だぞ 言わせておいて良いのか ﹁ウッ、グッ⋮⋮。ワシが⋮⋮このワシが⋮⋮。人修羅ぁ ワシは まで大人しくしていないと﹂ ﹁あら、まだ無理をしてはダメよ。小さいのだから、ちゃんと回復する それに励まされたのか、マーラはやや持ち直す。 る。 クタリとしかけた魔王を、ネコマタがその胸にギュッと抱きしめ ! ! いいや、良くな ? ﹂ ああ、もしかして⋮⋮そういうこと、なのかしら 分かったなら││﹂ ﹁この人の欲望 手な相手がいたようだ。今の状況のせいなのだろうが。 ブルンブルンと先端を震わせてマーラが吠える。この魔王にも苦 ! より、シワが寄ったと表現した方が良さそうな見た目ではあるが。 急な手のひら返しに、マーラの顔がクシャリとつぶれる。顔と言う ﹁ええ、とても立派ね﹂ ﹁そうだ ? 749 !? ! ! ? 何故だろう、あなたまでキュッとしてしまったのは。 ﹁もうよい⋮⋮。ネコマタ、教えてやれ⋮⋮﹂ ﹁あ、うん。じゃなくて、はぁい。えっと、ディスコで聞いたウワサな んだけどぉー、なんかイケブクロに〝最強の悪魔〟が現れたんだっ て。⋮⋮でぇー、ソイツはマントラのビルの天辺、ゴズテンノウの居 た部屋で〝ニンゲン〟が来るのを待ってるらしいよ﹂ 少し間をおいて、 ﹁まぁ、トモダチから聞いたウワサなんだけどぉ﹂ とネコマタは続けた。 最強の悪魔。もしもそれが自称だとしたら、大した自信家だ。 ﹁あら、それって⋮⋮﹂ パールヴァティは、唇の前で手を静かに打ち合わせた。何か思い当 たることがあったようだ。 ﹁流石に貴様は気付いたようだな。古き世を破壊し、新しき世を生み 出す大いなる暗黒であろうよ。ワシの先端にビンビンと来よった﹂ 勝手に納得している2人に、あなたは訊ねた。一体誰の話をしてい るのか、と。 ﹁人修羅よ、ニンゲンよ。ギリメカラを乗騎とし、欲望を肯定し、他者 への執着を否定しなかった創造者よ。貴様はワシでもある﹂ ﹁⋮⋮あなたはシヴァでもある。この宇宙は、あなたの創造した宇宙。 でも、あなたは神話を広めていないから、人々はあなたの上に様々な 顔を重ねて見るわ。その内の1つに、破壊と再生の神としての姿があ るの﹂ あなたは、自身をニンゲンであると言った。 エリザベスは、創世神話の主役を造物主と呼ぶ。 魔王マーラは、あなたの﹃欲望﹄であるらしい。その言葉を信じる のなら。 そして、パールヴァティからすると、あなたはシヴァでもあるよう だ。 ﹁人間は弱くてバカだけどぉ⋮⋮。でも、どんな悪魔も従えて、どんな 神様にだって成れるって聞いたことがあるよぉ。誰かに﹂ ネコマタの又聞き。 750 それを聞いて、あなたは汐見琴音のことを思い浮かべた。彼女はオ ルフェウスであり、ピクシーであり、アプサラスで、ネコマタで、エ ン ジ ェ ル や カ ハ ク で も あ り、リ リ ム で も デ ィ ー ス で も あ る。あ あ、 カオス ジャックフロストを忘れてはいけない。 ﹁人修羅よ、混沌の王は様々な顔を持つ。混沌そのもの、混沌を制した ﹂ ﹂といつ 神々の王、秩序に反逆する悪魔の王。⋮⋮ニンゲンよ、貴様はその全 てを従えることが出来るか あなたの顔に何を見たのか、マーラは﹁グワハハハハッ もの調子を取り戻した。正直うるさい。 ﹁さて、ワシはもう行くぞ。ネコマタ﹂ ﹁バイバイニャーン﹂ マーラは去った。尻尾をフリフリするネコマタに抱えられて。 あなたは、彼を引き止める気にはなれなかった。イロイロな意味 で。 ﹂ と、手が背中を撫でる感触。振り返れば﹁ねぇ﹂と誘う熱っぽく潤 んだ瞳。 山岸の身体でそういう表情をしないで欲しい。本当に。 ﹁あら⋮⋮そうだったわね。これ、もらっちゃったらダメ⋮⋮よね ダメなものはダメである。冗談でも。 なくては ターミナルは相変わらず明滅している。早く失踪者を探しに行か だ。 あなたはパールヴァティの手を取ると、サッと部屋の中へ引き込ん ? す﹂ タルタロスへと戻って来た。 山岸の精神を連れ帰ることは出来なかったが、とりあえず肉体的に は問題なかったようだ。 751 ! ? ﹁み な さ ん 初 め ま し て。う ち の 主 人 が い つ も お 世 話 に な っ て お り ま ◇ ◇ ◇ ! パールヴァティは、前に琴音が希望していた体勢から、あなたの首 に両腕を絡めるようにして立ち上がった。そうして、にこりと微笑み どうしたの風花 ﹂ ながら特別課外活動部のメンバーにアイサツしている。 ﹁え、ちょっ アナライズ 解 析によると。 ﹁岳羽、山岸から離れろ ﹂ 体的な強度は上昇しているだろう。 とてもついさっきまで死亡していたようには見えない。むしろ肉 が保てないといった様子もない。至って健康そうに見える。 岳羽に肩をゆすられても、足がしっかりと地についているし、姿勢 ? ﹂ あれは、本当だったのか⋮⋮。いや、しかし⋮⋮﹂ ﹁ええそうよ、汐見琴音さん﹂ ﹁もしかしなくても、パールヴァティ⋮⋮ ﹁何 一応、美鶴には事前にある程度の話はしておいたのだが。 ね返す〝パールヴァティ〟に変わっていればそれは怪しむだろう。 苦手なものも得意なものもない〝ルキア〟から、炎を吸収し光を跳 それは、どうやらガーディアンでも同様だったようだ。 ンテシレアならば、寒さに恐ろしく強くしてくれる。 ペルソナの恩恵は人にあり得ない耐性を与える。例えば美鶴のペ 美鶴にもそれが見えたようだ。 ! を覗き込む琴音。 他のメンバーは話についていけない様子だ。きちんと伝えていな かったのだから当たり前だが。 とりあえず、初対面なら自己紹介からだろう。 騒めく場を静めると、あなたはパールヴァティにそれを促す。それ を聞いた彼女は、片手で耳の上を押さえる仕草をした後、改めて姿勢 を正した。 ﹁私はパールヴァティ。あなた達が召喚器で撃ち抜く壁の向こう側に 住まう存在。分かり易く言うと、自分自身の意志で考え行動すること の出来る、〝知恵あるシャドウ〟よ﹂ 752 !? 口中で言葉を転がす美鶴と、前かがみになってパールヴァティの眼 ? !? ただのシャドウでもなく、人によって制御されるだけのペルソナで もない。意思を持って行動し、自身を制御できる精神存在。メティス ﹂ は気取って〝真なる影〟などと言っていたが、要するにそれは悪魔の それ、わたしのペルソナと同じ 事である。 ﹁ああ していたが、類似した先例があるというのは、確かに助かる話だ。 江戸川が﹁何事にも先達はあらまほしきもの││﹂などと授業で話 らうなずいている。 皆もそう思ったのか、琴音とパールヴァティを交互に見ながら何や なり好き勝手に行動していた。 パンッと手を打ち合わせる琴音。そう言えば、彼女のペルソナはか ! 腕を組んだあなたに顔を向けて、パールヴァティは片目だけを閉じ て見せた。 あなたは、悪魔だ。 753 ! 5/31 星の帽子さま 影時間はまだ終わっていない。 ベルベットルームから帰還したあなたと山岸風花を迎えた面々の 反応は様々だった。 特に真田、岳羽、伊織は混乱状態だ。 それはそうだろう。短い時間で状況が大きく変化し過ぎた。事情 説明してくれるんだろうな ﹂ を知らなければ、何が起こっているのか理解することも難しい。 ﹁何がどうなってる 金に指をかけた。 スに入った。そして、自身のペルソナを皆に見せようと召喚器の引き 影時間になり、山岸は皆と一緒にこのタルタロス1階のエントラン ちらの器が壊れてしまう前に﹂ に⋮⋮。だから、境界の向こう側、情報の領域に飛び込んだのね。こ ﹁この子は見過ぎてしまったのよ。ニンゲンでは耐えられないくらい 目を隠した。 た。山岸風花の肉体に宿った彼女は、左手を顔の高さまで持ち上げ両 真田たちの疑問に対してまず口を開いたのは、パールヴァティだっ はある。分解されていたらどうしよう等、と。 部屋に転がっているのだろう。乱暴に扱われていないか若干心配で あの生首は、先日琴音に強奪されてしまった。だから、今は琴音の 置いて来た。 今夜は荒垣と天田はいない。メティスは、本人の言葉に従って寮に いる情報の差だ。 記憶があり、美鶴は氷川や武治の話を聞いているからだろう。持って 先にある程度のことを話していたこと。それと、琴音には仲魔達の それに比べると、琴音と美鶴はやや落ち着いている。 のものだろう。 この真田の言葉は、メティスの予言を聞いていない3人の心の内そ ? 飛び散る青い欠片。かすかな鎖の音。姿を現したピンクのドレス に金色の髪を持つペルソナの名前は〝ルキア〟。 754 ! ルキアの外見でまず目につくのは、布を付けた水晶玉のような形を した下半身だろう。ルキアはその球体の内部に召喚者である山岸を 包み込むようにして顕現したのだ。 次に気になるのは、その頭部。鼻と口と頬、見えている部分は血に 染まったように真っ赤で、頭頂と首周り、そしてその目と耳には包帯 が巻かれている。 目隠しをしているルキア。だが、その能力の特性は情報の入手と分 析に特化している。検査の結果が正しければ。 パールヴァティは話を続ける。目を隠していた手を額までズラし、 何かを思い出そうとしているかのような表情で。 ﹁この子の⋮⋮風花さんの力は〝繋がる力〟。心の海を通じて他者と みたいなものかしら﹂ 接続し、その感覚器から情報を得ることが出来るの。そうね⋮⋮分か りやすく言うと、インターネット パールヴァティが〝インターネット〟などと口にするとなんとな く違和感を覚えなくもない。だが、知っていてもおかしくはない。山 ﹂ 岸の脳から情報を引き出している可能性もあることを考えると。 ﹁えーっと⋮⋮スンマセン⋮⋮。〝心の海〟ってなんスか ・ ・ とが出来なかったことを正直に伝えた。 鋭い視線に、あなたは予想外の事態が発生したため、すぐ助けるこ たや美鶴、琴音にも向けられている。 質問こそパールヴァティに向けたものだったが、真田の視線はあな んぞ﹂ うのなら、本物の山岸を助ける方法を教えてくれ。知らんとは言わさ ・ ﹁まあいい、なんとなくわかった。それより、お前が山岸ではないと言 ヴァティは﹁困ったわね﹂と頬に手を当てた。 パールヴァティの説明に岳羽がうつむく。それを聞いて、パール ﹁ごめん⋮⋮余計わかんないんだけど⋮⋮﹂ あなた達がペルソナと呼ぶ存在がいる場所のことよ﹂ ﹁すべての生命の共有情報域。集合的無意識と呼ぶこともあるわね。 気だけが大きく異なる彼女に伊織がおずおずと質問する。 山岸のようにしか見えないパールヴァティ。外見は同じだが、雰囲 ? 755 ? 情報空間を繋ぐ経絡に異常が発生し、山岸の精神体がいる場所まで 容易にたどり着くことが出来そうにないのだ。 メ テ ィ ス の 説 明 に は 無 あなたの話を聞くと、美鶴は腕を組み替えた。 ネットワーク ﹁そ の、ア マ ラ 経 絡 と 言 う の は な ん だ かったが﹂ ﹁さっき話した、心の海の一部のことよ。様々な情報や、精神エネル ﹂ ﹂ ギーの経路ね。血管と神経を足したようなモノって言ったら、なんと なく分かる ﹁なんとなく分かったような ﹂ ﹂ あなた達は、味方が自身の感覚器が得た情報を閲覧しようとし ﹁うーん 正直よくわかんない 実感できないし﹂ ﹁感覚器って⋮⋮眼とか耳とかだよな⋮⋮﹂ 顔を向けた。その表情はどことなく嬉しそうに見えなくもない。 様子も無く悪い意味で言っているのではないと伝えて、他の面々にも その不機嫌をぶつけられた形のパールヴァティだが、気分を害した 良くない。 眉を寄せ強い口調で非難するように返す真田。今夜の彼は機嫌が ﹁それは山岸の力のことを言っているのか ているとしたらどうする ら ﹁本当なら、知らないはずがないのだけど⋮⋮。ね、聞いてもいいかし 片端を少し上げた。 そんなあなたと琴音の様子を見たパールヴァティは、目を細め唇の 場所だ。マガツヒは情報であり力でもある。 メージし、同じくうなずいた。アマラ経絡は、赤いマガツヒが流れる 琴 音 は 〝 な ん と な く 〟 わ か っ た ら し い。あ な た は あ の 場 所 を イ ? ? ? よ﹂ れなくなってしまったの。⋮⋮深層領域まで潜り過ぎてしまったの ﹁風花さんは共有情報域に情報を拾いに行って、そのまま帰って来ら たも同じだ。 琴音と美鶴は、必要なら構わないといった返答だった。それはあな 伊織と岳羽は首をひねるばかり。さっきからずっとそうだが。 ? 756 ? ? ? ? パールヴァティはあなたと琴音を交互に見た後、﹁困ったヒトたち ね﹂と小さくつぶやいた。 ここまで言われれば、ある程度のことまでは推測できる。 あなたは、この宇宙を創造した存在だ。エリザベスの語る神話の造 物主。アリス風に言えば赤の王。 山岸は、〝ニンゲンではない〟あなたの知覚を読み取ってしまった のかもしれない。 あなたはそう考えたが、口にはしなかった。どうやら琴音も関係が あるらしいが、そちらについても同じだ。 自分は天地創造の創造者である、などとイキナリ言い出せるだろう か。いや、言えない。 そういった話はメティスの担当だ。難しい言い回しでどうにかし てくれるだろう。 ﹂ 江戸川先生って ろ う。江 戸 川 先 生 の 総 合 学 習 で 習 う。2 年 の 範 囲 だ っ た は ず だ。お 前らもそのうち習うだろう。それよりだな││﹂ ﹁習うんだ⋮⋮そんなの。てか、総合学習って何 あ、でも、この前、瞑想が危ないとかなんとかって話してた 気持ちは分かる﹂ ﹁あー、はい。正直、死んだーとか言われても、いや、今動いてるし って感じで⋮⋮﹂ ? こうして山岸が生きて動いている状態でこんな話を聞いて、混乱する ﹁そろそろ影時間が終わるか⋮⋮。岳羽、伊織、俺もお前達と同じだ。 そのまま何も言わずに一旦息を吐き、ゆっくりと言葉を吐き出した。 た。そして、そんな2年生2人に何か言おうと大きく口を開く。が、 伊織、岳羽と話に割り込まれ、真田は少しだけムッとした顔を見せ ような⋮⋮﹂ 何者 ? 757 などとあなたが考え込んでいると、真田が腕組みを解いて腰に両手 真田さん、今の理解できたんスか !? をあてた。 え、ちょっ ﹁山岸が倒れた理由は概ね分かった。だが││﹂ ﹁って !? ﹁山岸の能力は、集合的無意識に深く関わるものだった、ということだ ! !? ﹁だよね⋮⋮。二重人格とか、ドッキリとか ワケわかんないオカ ルト話よりそっちじゃないのって気がしてて⋮⋮。うー、でもペルソ ナで、シャドウで、影時間なんだよねー⋮⋮。あー、もーワケわかん ない﹂ ペルソナ、シャドウ、影時間にタルタロス。これらと〝向こう側〟 や〝悪魔〟はたいして違わない。イメージ的に。 少なくとも、一昨年までのあなたであれば、どれもこれもゲームか マンガの話だと思った事だろう。 ﹁だが、現実だ。外に出よう、そろそろタルタロスが消える﹂ そう言って入り口の扉に向かう美鶴に、パールヴァティを含む全員 が続いた。 山 岸 風 花 は 生 き 延 び た。少 な く と も そ の 肉 体 は 死 亡 し て い な い。 精神は未だ戻っていないが。 現在の山岸の肉体を動かしているのは、パールヴァティのままだ。 肉体に損傷が無く、内に精神が宿っている。だから、山岸は〝生き ている〟。 影時間の間に発生した出来事には、補正が加わる。存在しない時間 に起きた非現実的な現象が、現実的な事柄に書き換えられてしまう。 影時間が終了する際に一見して問題のない状態だった山岸の肉体は、 今も健康そのものだ。 ◇ ◇ ◇ 5月31日︵日︶ 未明 巌戸台分寮1F ラウンジ ﹁今はここに住んでいるのね﹂ パールヴァティは、寮内のあちらこちらを珍しそうに眺めている。 あなたは、そんな彼女の様子を見ながらケータイを手にしていた。 通話の相手は〝新田勇〟。アマラ経絡に関して彼以上に詳しい者 はそうはいないだろう。 758 ? ﹃なんだよ、こんな時間に││はぁ いに越したことは無い。 │は ヘリ そんなの││﹄ ││いや、イラネーよ。オレはオレでそっち行っと ﹃││ああ、わかった。わかったよ。⋮⋮ったく、しょーがねぇな。│ 女ならアチラへも行けるかもしれない。 琴音は﹁わたしもそこ行きます ﹂と言うので、待機中である。彼 美鶴には、勇をこの港区に連れて来る手段の確保を頼んでいる。速 来ることは無い。 所は、ベルベットルームを越えた向こう側だ。今のところ、彼らに出 先に休んでもらっている。これからもう一度向かおうとしている場 真田、岳羽、伊織の3人には、詳しいことは後日説明すると伝えて グとして常識的な時刻ではないのだから当然だが。 時間も時間だ。勇の機嫌はあまりよくない。電話をするタイミン ? ! 車とヘリは既に向かっている﹂ 氷川はガイア教団の幹部だ。彼に反抗する勢力のほとんどが粛清 会いに行ったことがあるのだから当然だが。 美鶴はサイバースの氷川とあなたの関わりを知っている。一緒に るな﹂ ﹁サイバースの件もそうだが、君の交友関係はなんと言っていいか困 伝えると、彼女は眉間に指をあてて息を吐く。 あなたが美鶴にそのことを説明し、運転手に謝っておいて欲しいと から、言うとおりにしたほうが結果的には早くなる。 だが、勇はなかなか気難しい。折角やる気になってくれているのだ ループに頼んだ方が移動は速いだろう。 ど ち ら も 必 要 な く な っ て し ま っ た。勇 と の 約 束 は 6 時。桐 条 グ ﹁話はついたか と、〝専門家〟との電話を終えたあなたに美鶴が声をかけて来た。 う。 法は聞かなかったが、本人が問題ないと言うからには問題ないのだろ 電話が切れた。勇は自力でアマラ経絡まで来るらしい。詳しい方 とかやめろよ﹄ く。││ああ、じゃあ6時な。約束しといて、また寝過ごしましたー ? ? 759 ? されてしまった現状ではトップと言っても良い。 それに加えて、今度はその氷川よりもアマラ経絡に詳しい友人がい ると伝えたのだ。イロイロとおかしく思われてしまうことは仕方が 無い。 裏社会のことをある程度知っている美鶴でさえそうなのだから、他 の寮生はもっと怪しんでいることだろう。今は山岸の対処が優先と いうことで後回しにしているが、メティスやパールヴァティとの関係 も含めて近いうちに話をする必要がありそうだ。 人間に限らず、誰でも秘密はある。だが、隠し事は疑心に繋がる。 疑いが連携を鈍らせ、敗北と死を呼び込むこともあるだろう。 話せないことは、話せない。だが、伝えられる範囲のことは伝えよ う。それで嫌われることになっても、負けるよりは良い。 あなたは、ボルテクス界では少しばかりコミュニケーションが不足 していたことを自覚している。千晶や勇を単独行動させず、一緒に は、見ることと聞くこと、それから話すことしか出来ないのだ。 しかし、琴音とメティスは随分と仲良くなった。変な誤解をされた 甲斐が有ったというものである。 760 行っていればあんなことにはならなかったかもしれないのだ。 ﹁そうだな⋮⋮。お父様も、君と同じような考えなのかもしれない﹂ 美鶴の父親である桐条武治。彼が次の土曜日にやって来るのも、今 のあなたと同じような話があるからだろう。 満月直前というタイミングでの来訪。そこには何らかの考えがあ ﹂ るはずだ。││スケジュールの都合でたまたま、という可能性もあり 得るが。 ﹁大丈夫ですよ。わたしは味方ですから なことを言っていた気がするが。 ﹁メティスのことも、そのとき一緒に、ですよ ? 琴音の言うように、メティスはヒマそうである。頭だけの状態で ちょっと寂しそうですし﹂ ずっとあのままだと び出す彼女にそう言われると、気が少し楽になる。アリスも同じよう 琴音がつんつんとあなたの肩をつついた。仲魔のようなものを呼 ! 勇との約束の時間まで、あと数時間。それまでに少し横になって気 を休めておきたい。 あなたは3人にそう伝えると、階段を昇って2階の自室へと向かっ た。 ◇ ◇ ◇ ベッドに横になり、目を閉じる。しかし、眠りはしない。 待ち合わせに何度も遅れてしまっては困るのだ。眠る代わりに、少 し前の出来事を思い浮かべる。 〝あの日〟、東京受胎の起きた〝あの日〟。あなたは公園での待ち 合わせ時間に遅れた。そのことで勇や千晶から﹁遅い﹂と電話越しに 叱られたことを覚えている。 そして、創世の戦いを終え、新しい世界で初めて目覚めた〝あの日 761 〟も、あなたは千晶や勇との待ち合わせに遅れた。寝過ごして。 あの時は、勇があなたの家まで起こしにやって来た。電話するだけ でも良いのに、彼はわざわざ家まで来たのだ。その後は待っていてく れず、慌てて準備するあなたを置いてさっさと行ってしまったのだ が。 東京受胎の起きなかった世界。滅びなかった場合の前の世界の続 き。 その世界を3人で歩きながら、あなたは勇に〝ムスビの世界〟につ いて訊ねた。どんな世界を創るつもりだったのか、と。 それに対して勇は、 ﹁そんなもん聞いてどうすんだよ﹂と顔をしかめ 植 物 も、そ れ を 喰 っ て る 動 物 も 全 部。 オレらの上で今光ってるアレ。あの太陽って つつも答えてくれた。 ﹁太陽ってあるだろ さ、無 か っ た ら 困 る だ ろ る。 勇はいつもの帽子のつばを指で摘まむと、そう言って空を見上げ とりで何にも問題ない﹂ ⋮⋮でもよ、太陽は困らねえよな。他の生き物なんかいなくても、ひ ? ? ﹁詳しいことは知らねぇけどよ。ああいう星も生きてるって言うだろ アイツラも生きてる。でも、群れなきゃいられない弱さは無い。 ひとりで生まれて、ひとりで生きて、ひとりで死んでいく。⋮⋮そう、 他人なんて必要ない。本当に強ければ、自分以外は不要だ﹂ ﹁そういうこと⋮⋮それなら、わたしも少しは理解できる。頂点とか 孤高とかじゃなくて、他に何も必要としないだけの〝強さ〟ってこ と﹂ ヨスガ 力ある者だけの世界を求めた千晶が、そんな勇を見てふっと息を吐 きそう言った。千晶の唱えた縁の世界は、選ばれた強者だけの世界 だ。 ﹁ああ、そうだよ。誰もが強い世界だ。頼らない、縋らない、恨まない、 求めない、期待しない。他人に何も望まない。そんな世界を創ろうと ﹂と問 したんだ、オレは⋮⋮。つっても、まぁ、お前にやられちまったんだ から、弱かったんだろうな。結局﹂ あなたは、勇の周辺に居た〝影の男〟に﹁ヒトリハ好キカ ルカ ﹂とも訊かれた。 われたことがある。さらに同じ〝影の男〟から﹁ヒトリデ生キテイケ ? どうすんだよ。お前さ﹂ 半端なヤロウが一番強かったせいで、これからも世の中大変なんだぜ わり方で悩む必要のない世界になってた。それがお前みたいな中途 ﹁オレでも千晶でも、氷川でも。この中の誰が勝ったって他人との関 を、﹁ダメナヤツ﹂と言っていたのだから。 の〝影〟は勇を支持していた。ひとりは嫌だと答えたあなたのこと アレは何だったのか、何処の誰だったのかはわからない。ただ、あ エハ、オレダ﹂と言い残し姿を消した。 そんなあなたに、〝影の男〟は﹁ミンナ、ヒトリデ生キテク。オマ なかった。 ひとりは寂しい。それに、あなたは仲魔がいなければ生きてはいけ そのどちらにも、あなたは〝いいえ〟と答えた。 ? どうもしない。あなたはあなたの思うように行動し、選んだ。その 結果が今の宇宙だ。 762 ? ? だから、誰もが同じように思うままに生きればいい。そして、その 結果はすべて自分持ちだ。強い者も、弱い者も。 ﹁自分勝手ね﹂ ﹁だな﹂ ごはんはマダー ﹄ 目覚ましの音が聞こえる。あなたは過去を思い出すことを止め、目 ごはん を開いた。 ﹃ごはん !? ﹁あ、来た﹂ ﹁少しは休めた ﹂ そろそろ出かけた方が良いだろう。 る。 相変わらずうるさい声に時計の針を見ると、5時30分を指してい ! じゃ、行きましょう﹂ らっしゃいます﹂ ﹁よ う こ そ ベ ル ベ ッ ト ル ー ム へ。お 連 れ 様 が 奥 で お 待 ち に な っ て い ベルベットルーム 朝 ◇ ◇ ◇ ﹁ベルベットルーム大忙しですね﹂ 間にある部屋だ。 ワゴンが向かうのはポロニアンモール。目的地は精神と物質の狭 ゴンが停まっていた。運転手はいつもの人だ。毎度お疲れ様です。 そんな2人を連れて玄関前まで行けば、そこには既に〝桐条〟のワ 親指を立てて元気アピールする後輩と、静かに微笑む悪魔。 ﹁バッチリです 2人とも顔色は悪くない。仮眠程度はとったのだろう。 ヴァティが腰かけていた。 ドアを開け階段の方へと歩くと、自販機前の椅子に琴音とパール ? ! 763 ! そう言うと、エリザベスはターミナルの部屋の扉を手で示した。 5分前行動。6時よりも前に青い扉を潜ったのだが、勇はもう来て いたらしい。彼はあなたよりも時間に厳しい男だ。千晶に言わせる と、どちらもダメらしいが。 ﹁新田勇さんか⋮⋮ホントにここに来れたんですね﹂ 琴音の声に、あなたは振り返る。 後ろの2人の様子を確認すると、琴音はいつも通りだ。山岸の身体 に入っているパールヴァティも、特に問題は無いように思える。 ﹁ええ、大丈夫よ。普通の人間はここに入れないみたいだけど、私は本 来〝向こう側〟の存在ですもの。ここはただの帰り道でしかないわ。 外へ出る方が難しいの、本当はね﹂ 〝外〟と言いながら、パールヴァティはチラリとポロニアンモール の路地裏に繋がる扉を見た。器が必要なのだ。彼女があちらに居続 けるには。 764 さて、あまり勇を待たせても悪い。また﹁おせーぞ﹂と言われてし まう。 ﹁おせーぞ。ったく、人を呼び出しといてよ﹂ ターミナルの鼓の横に立つ勇は、上半身ハダカだった。ハダカな上 に、その身体のあちこちに人の顔のような肉塊が張り付いている。つ いでに、その顔のようなモノはブヨブヨとうごめいているのだ。 ﹁さすが先輩の友達⋮⋮。ファッションセンスがスゴイ﹂ ﹁久しぶりね﹂ ﹁あっ、わたし汐見琴音って言います。えー、よろしくお願いしま、す ﹂ 勇はパールヴァティと琴音はチラリと一瞥しただけで無視し、あな いいけどよ﹂ ﹁また女ばっかり連れやがって⋮⋮お前も好きだな。まあ、どうでも 伝わって来るが。 その言い方からは、よろしくしたく無さそうな雰囲気がヒシヒシと するパールヴァティを見て慌てて自分も、アイサツをした。 いきなり失礼だがもっともな事を言った琴音。彼女は無難に会釈 ? たにだけ話しかけて来た。いつもの勇である。 見た目はボルテクス界仕様だが、これから向かう先のことを考える とそれほど気にはならない。 しかし、〝また女ばかり〟とは誤解を招きそうな言い方である。 あなたがこの部屋に連れて来たのは、汐見琴音、パールヴァティ、そ れから案内してくれたエリザベス。││誤解ではなく事実だった。 男の悪魔は腕力に優れた者が多く、女の悪魔は魔力の強い者が多 い。そして、ボルテクス界での戦闘では、魔法に頼る機会が多かった。 だから、仲魔に女性悪魔が多くなってしまう。それは仕方のない事 なのだ。 そうでなければ、勇が呼び出した邪神ノアとの戦いはもっと苦戦し ていたことだろう。ノアは腕力に頼る物理的な攻撃が通用しない相 手だったのだ。 ﹁さっさと行くぞ。様子はもう見といたからよ﹂ ﹂ のことを考えれば害は無さそうだ。 結局、あなたはエリザベスにナビの真似ごとを頼むことにした。ヒ 765 勇に言われ、あなたはターミナルに手をかざしてみる。どうやらア マラ経絡内は通行可能な程度には落ち着いているようだ。 ﹁今回は〝観光〟ではございませんので、わたくしはこちらで待たせ ﹂ ていただきます。ただ、やはり興味は尽きませんので、ナビゲートの 真似ごと程度でしたらお引き受けいたしますが⋮⋮ ﹁ナビって美鶴先輩みたいなの その瞳に期待の光が宿っているようにも見えなくもない。 言っていたような気がする。そう思って彼女の顔を見れば、心なしか そういえば、エリザベスは以前に﹁アマラ経絡にも行ってみたい﹂と ? 役に立つかどうかわからない。わからないが、マーラとの戦いの時 ﹁あくまでも、真似程度でございますが﹂ ? 一緒に行くのは、そっちのマネカタ以外全員っ ジリの声より断然良い。 ﹂ ﹁おい、もういいか てことでいいな ? 勇は帽子をいじると、そのまま返事を待たずにターミナルを操作し ? 始める。 勇、あなた、琴音、パールヴァティ。この部屋に居るエリザベス以 外の者の周囲で、光が唸り始めた。 766 死神には名前が無い 赤いマガツヒが流れる通路のイメージ。グワングワンと頭に響く 音。前後左右、激しくブレる視界。 アマラ経絡の中を通る際にいつも付きまとう感覚。それが今回は 少しばかり違っていた。 移動の途中で不意に訪れる自由落下の感触。重力だけに身を任せ、 掴まるところが何もない不安。 ﹁ついたな。すぐ近くとは行かなかったが、まあまあだろ﹂ 帽子の上を片手で押さえながら、勇が周囲を見回した。 ボンヤリとした黄色の光、足の下と頭の上を流れる数え切れないマ ガツヒの流れ。左右の壁の表面には幾何学的な模様が浮き上がり、そ れがどこまでも続いている。 767 ここはアマラ経絡の内部。いつもは通り過ぎるだけの場所だ。だ が、その様子はいつもとは異なっていた。通路が、経絡全体がうごめ いている。 ﹂ あなたは、以前テレビで見た腸内のぜん動運動の映像を思い出し た。 ﹁それだと、マガツヒが食べた物で⋮⋮私達は何になるのかしら あなたは、ひょいと振り返り、先ほどからやけに静かなもう1人の そこに居るのは汐見琴音だ。気配で分かる。 そう言った勇の視線は、あなたの背後に向けられていた。 ツみたいになるか、だ﹂ じみ出る。んで、半端者はオレやオマエみたいになるか、そこのソイ ﹁ここは本来生きたまま来れる場所じゃねぇからな。悪魔の本性がに 半身は裸で、全身の肌に発光する文様が走っている。光の色は緑だ。 あなたはと言えば、仮面がはがれ落ち悪魔の姿へと変じていた。上 ニンゲン りも地母神の気配が強い。 げる。彼女は相変わらず山岸風花の姿のままだが、ついさっきまでよ あなたの口からポツリとこぼれた感想に、パールヴァティが首を傾 ? 同行者の姿を視界に納めた。彼女の性格から考えると、もう少しうる ﹂ さいぐらいが普通のはずなのだが││。 ﹁え⋮⋮なに⋮⋮これ ⋮⋮ ﹂ ﹁あれ⋮⋮ ボクは誰だっけ あれ、ボク⋮⋮ いえ、わたし がっているところなどを考えると、同一の物なのかもしれない。 た 〝 ペ ル ソ ナ 〟 の 得 物 と 同 じ だ。刀 身 に 亡 者 の 嘆 く 顔 が 浮 か び 上 その剣の形状は、そのすぐ後に訪れた最初のシャドウとの戦いで見 骨な剣だ。 同じ。その時との違いと言えば、着ている物とその右手に握られた無 初めて彼女と会った日、影時間の中で一瞬だけ見たものとほとんど 魔人。そう呼ばれる存在によく似た姿だ。 幾本かの鎖が垂れ下がっている。 ボロボロの布を身に着け、栗色の髪を頭にのせたドクロ。肩からは そこに、死神がいた。 ? ? ? ンポンと叩いた。 ペルソナ ク あなたは琴音の至近まで近づくと、その後頭部をいつものようにポ ものだ。そうでなければもっと緊張している。 死を予感させるおそろしい気配。だが、たしかにこれは汐見琴音の 白骨と化した自分の手を見て戸惑い、その手で顔に触れて震える。 ﹁汐見⋮⋮琴音⋮⋮。そう、それが、わたしの⋮⋮名前﹂ ボ の声が重なって聞こえて来る。いつもの声と、男の子のような声と。 4人目は、汐見琴音のはずだ。ただ、今の彼女の言葉は何故か2つ できる仲魔。 3人目は、パールヴァティ。今は人間の皮衣を着ている悪魔。信頼 達。 2人目は、勇。元は人間だった者。今はよく分からないあなたの友 1人目は、あなた。普段はニンゲンの仮面を被っている魔人。 れない。 今ここには、人の形をした者が4人いる。それ以外の存在は感じら ? なんとなくだ。これで落ち着いてくれたら良いな、といった程度の 768 ? 軽い気持ちである。 ﹁あ⋮⋮﹂ ずるり、といつもとは違う感触。あなたの指に栗色の髪がからま hage り、そのまま頭蓋骨から滑り落ちる。 ﹂ 琴音がハゲた ﹁え、ちょ 男か女か、何処の誰の子として生まれるのか。 宿る前の魂。 まだ人としての姿を持たない、生まれる前の赤子。あるいはそこに られない者。 彼女の説明によると、0番目の﹃愚者﹄は何にも属さず、何にも縛 エリザベスの説明が続いている。 ││﹄ と、名を持たぬ死。この2つを同一の存在とする考え方もあるようで 意味するところが不吉であるとして⋮⋮。また、数字を持たぬ愚者 ﹃13番目のアルカナには名前が記されない場合がございます。その えていると、どこからかエリザベスの声が聞こえて来た。 えへへ、とうつむく骸骨を見ながら次はどうしようかとあなたが考 魔化すためではない。 く。なんだか前にそんなことをしたような気がするから。決して誤 白骨状態なので表情はわからないが、不安そうなので手を握って置 なかったらどうしようか、髪の毛。 つまり、この状況についてゆっくりしっかりと話し合うのだ。戻ら ﹁センパイ⋮⋮﹂ ほんの少しの間だけ考え、あなたは前例に倣うことにした。 また落ちてしまう。 慎重に乗せたのだが、当人がカタカタカタカタと震えているせいで せる。 そして形を整え、歯と歯をカチカチと打ち鳴らす琴音の頭に丁寧に乗 あなたはカツラのように取れてしまった髪の毛を両手でつかんだ。 ! 生まれ落ち、なんと名付けられるのか。 769 !? どう育ち、どんな人物となり、どう生きて、どう死ぬのか。 まだ何も分からない。だからこそ何にでもなれる無限の可能性を 持つ。 13番目の﹃死神﹄は、世俗の束縛から解き放たれた者。もう生き た人の姿ではない、皮も肉もない骸骨。 男だったのか、女だったのか、少し見ただけでは判別できない。名 前を知ることも出来ない。 その骨だけの姿からは、どこで生まれ、どう育ち、どんな人生を歩 んだ人物なのかわからない。 旅の転換点までたどり着いた﹃愚者﹄の姿。 ﹁我は汝、汝は我。あちらの人間は、こちらでは悪魔になる。あなた達 がペルソナと呼ぶ存在は、こちら側でのあなた達自身の姿﹂ エリザベスによる簡単な説明が終わると、それにパールヴァティが 少し付け足した。 770 つまり、もしも美鶴がこちら側に来るようなことがあれば、彼女は 〝ペンテシレア〟の姿になるということなのだろう。 そう考えると、琴音の今の状態はあまりオカシクないのかもしれな い。 まだ存在しない﹃愚者﹄ではなく、何処の誰であったか不明な﹃死 神﹄の姿。それが定まったペルソナを持たない琴音の精神の形なのだ ろう。 ﹁あの⋮⋮。ジロジロ見られると恥ずかしいんですけど⋮⋮﹂ 琴音は、羽織っているボロボロの布を首元にたぐり寄せた。 今の彼女は骨だけなので、とても見通しやすい状態だ。上から見下 ろしていると視線が首の骨を通り過ぎ肋骨の下まで丸見えなのだ。 どうでもいいだろ、そんなこと﹂ 実際、つま先まで見えた。見えたところで皮も肉もないので色気は 全く無いのだが。 ﹁おい、もういいか 仲魔の姿が大きく変化することなど、ワリとよくある。 だ。 確かに、あまり気にするようなことでは無かった。勇の言う通り ? ピクシーが突然髪を逆立てたりした。ディスコで踊っていたネコ マタが、急に三度笠にガニ股のセンリに化けたりもした。 邪教の館ではもっとイロイロなことがあったものだ。女神が出て くるはずが、館の主の手違いで事故が発生してスライムになってし まったこともある。 それらを考えると、人間が白骨になるくらいは普通だ。皮と肉が消 えただけである。 って 現に、勇も、パールヴァティも、エリザベスも、誰も全く気にして いない様子だ。たいしたことでは無い。 ﹁あ、普通なんだ⋮⋮コレ。なんだか、自分では結構、ええー 感じだったんですけど﹂ 琴音は、その白く細すぎる指をワキワキと動かしている。しきりに 首をひねる彼女は、イマイチ納得していない様子。 その仕草を見てあなたは思った。全く怖くない、と。 比較対象は、〝先生〟のアラディア仮面カクカクダンスである。ア レは怖かった。 ﹂ ﹁そ っ か、先 輩 的 に は 骨 も あ り な ん で す ね。広 い な ー ⋮⋮ そ れ な ら、 まぁ、いいのかな ような気がする。違ったかもしれないが、アレはアレでアリだろう。 とりあえず、勇にもう一度注意される前に進むことにした方が良さ そうだ。まだ体感では5分と話していないはずなのに、彼はもうイラ イラとしだしているように見える。 ブ フー ラ あまり神経質だと、髪に優しくない。だからいつも帽子なのかもし れないが。 ア ク ア ン ズ ◇ ◇ ◇ 水の精霊が強烈な水流を放った。狙いは勇だ。 それは、ただの人間であればその勢いに圧されて大ケガをするか、 場合によっては死んでしまうこともある攻撃。だが、それを向けられ 771 !! マザーハーロットは見返り美人。インキュバスもそう言っていた ? た勇は避ける素振りも見せない。 その必要が無いからだ。 勇の身体に触れるよりも早く、ブフーラは彼が周囲に展開したオー ロラのような幕にぶつかる。 空間が捩じれた。勇に向かって進んでいた破壊の力はその向きを 逆さにし、攻撃を仕掛けたアクアンズへと向けて逆流する。 ガーディアン ア ギ ダ イ ン 〝夜のオーロラ〟。勇は、かつて自身が呼び出した邪神の守りをま とっているのだ。 ﹁〝ノア〟はオレの守護神だからな。使えるさ、そりゃ﹂ 勇の身体に張り付いた人面の内の1つが大きく口を開き、極炎の塊 を吐き出す。目標はもちろんアクアンズだ。 ジュッと一瞬の音。攻撃を跳ね返されバランスを崩していたアク アンズは炎を避けることが出来ず、高熱を受けて蒸発してしまったよ うだ。 敵だったときはとんでもなく面倒な相手だったが、それも味方にな ると頑丈でありがたい。勇は頼りになりそうだ。 そんなあなたの評価を聞いた勇は、特に返事をしなかった。ただ、 その口の端が少しだけ持ち上がっている。 アマラ経絡の様相がおかしいので、奥地に進む前に戦力の確認をし よう。そう提案したのはあなただ。 パールヴァティの力は知っているが、勇と、〝今の琴音〟のことは よくわからない。それを確かめるために、あなた達は侵入地点から近 い場所で軽く戦闘を行っているところである。 その結果、勇は姿こそ半人半悪魔のように見えるが、戦力としては 〝邪神ノア〟と大差ないものがあることが判明した。これは予想以 上のものだ。 ﹁うーん⋮⋮。やっぱりペルソナ呼べないですね﹂ ボロ布骸骨の琴音が、不安そうな、不満そうな声を出す。 琴音はいつもの〝ペルソナ使い〟としての万能性が発揮できない 様子だ。魔法も使えず、手にした剣を振り回す事しか出来ないでい る。 772 これは、琴音は帰して違う者を呼んだ方が良いのかもしれない。あ なたがそう考えていると、パールヴァティが同様の意見を口にした。 ここでは剣が通じ難い悪魔が多くでるし、四種精霊 ﹁琴音さんには戻ってもらって、ティターニアを呼んだ方が良いので はないかしら がたくさんいるから、魔法に強い彼女の方が適任だと思うの﹂ アマラ経絡の案内役として勇は外せない。そのためにわざわざ来 てもらったのだ。 山岸の肉体を預かっているパールヴァティも同様だ。精神体を見 つけた後のことを考えると、一緒に来てもらった方が良さそうな気が する。 そんなあなたの視線に、 ﹁うー﹂と不満そうな雰囲気の琴音。ここま で来てナカマ外れはイヤです、とでも言いたいのだろうか。ドクロの 表情は読み取れない。顔が無いのと同じだから。 ﹁いや、ちょっと待ってください。なんか、こう、足りてないだけなん です。何かがまだ、あるはずなんですよ﹂ 何か、とはなんだろう。あなたは琴音の姿をもう一度よく見た。彼 女の右手にある、亡者の嘆きを宿した剣が目に入る。 そして、ふと気付いた。たしかに足りないモノがある、と。 琴音と初めて会った日、彼女の呼び出した死神は同じ形の剣を持っ ていた。しかし、それだけだ。 兜、服装、それから││背に負った棺桶のようなモノ。今の琴音の なきがら 姿にはそれらがない。 ﹃もはや語らぬ亡骸の身元は、その身にまとう衣装と埋葬品から推し 量られるもの。その人物は生前どんな立場にあったのか、どれほどの 資産を有していたのか、人はそれらを墓と棺の中身から推測する﹄ 13番目のアルカナには名前が無い。だが、何者であったのかを想 像することは出来る。その考えが当たっているかどうかは、本人が語 らないのでわからないが。 ││あ、ちょっ ﹂ エリザベスの言いたいことはそんなところだろうか。 ﹁服と棺⋮⋮ 首を傾げる琴音の背後に回ると、あなたは彼女のどこからか生えて ! 773 ? ? いる鎖を引っ張った。 あの時見た死神は、鎖の先に棺桶のフタのようなものを吊るしてい ﹂ たからだ。もしかしたら││いや、正解だった。 ﹁って、なんか出て来た 音を立てる。 う、見にくい⋮⋮﹂ ? 〝着ている〟という状態に情報が書き換えられたかのような速度 などというレベルではない。 それらは出て来た順に、琴音の白骨の身体に装着される。早着替え 同色で揃いの刺繍がされた靴と帽子だ。 て来る。さらに続けて出て来たのは、真っ白なスカーフと手袋、服と が施された服と、同じく金の飾りが付けられた白いズボンが飛び出し 黒々とした口を開けた棺の中から、緑を基調とし豪奢な金糸の刺繍 て、まるでその下の空間に棺の本体があるかのように開いた。 琴音がそうつぶやくと、問題のフタがカタカタと動き出す。そし ﹁マタドール⋮⋮﹂ それは、あなたにかつて戦った恐るべき存在を思い出させる。 た。 りのある剣と、旗のような棒の付いた布を持った人物が描かれてい 施されている。だが、その一枚にだけは、つばのある帽子をかぶり、そ 他のフタには、胸に剣を抱え込んだ修道女といった雰囲気の装飾が ﹁絵と言うか、模様が違うのね。これは⋮⋮闘牛士かしら ﹂ なっていた。言われて後ろを見ようとする琴音の首の骨が、コキリと そう言ってパールヴァティが示した1枚は、確かに見た目が他と異 ﹁え、どれですか ﹁あら、端っこの1つだけ様子が違うわね﹂ 首の真後ろに1枚、その左右に4枚ずつだ。 揺 れ て い る。彼 女 の 身 体 と 鎖 に よ っ て 繋 が れ た そ れ ら の 数 は 9 つ。 今や琴音の背後には、連なる棺のフタがマントのようにゆらゆらと と同じようにして、虚空からそれらは現れた。 情報が具現化する。仲魔を召喚したり、道具を取り出したりする際 ! の着替えだ。一瞬、彼女の真っ白な裸身がさらけ出されたような気も 774 ? したが、たとえ見えていたとしても骨である。骨、である。 最後に、魔人の愛剣・恐るべきエスパーダと、支えの棒が取り付け られた赤い布││〝赤のカポーテ〟││が彼女の手に握られた。そ して、棺桶のフタはバタリと閉じる。ボロボロの布と、亡者の嘆きを 秘めた剣は何処かへと消えてしまった。 着替えを終えた琴音は、一歩手前に出した右足をタタンッと踏み鳴 らす。そして、右手のつぎ赤い布をひるがえしながらこう言った。 ﹁最高の戦士こそ、貴公の隣に在るのに相応しい。それは、血と喝采の ﹂ 中、数多の命を絶ってきた最強の剣士⋮⋮そう、このわたしのような 者だ ﹂ がんばって格好をつけているようだが、残念ながら声が元のままの 汐見琴音である。少し可愛らしい。 ﹁ノってくださいよ。恥ずかしいじゃないですか なのでしょうか ⋮⋮あ、いえ、聞いたことがあるだけでございま ﹃ウワサに聞く魔法少女の変身シーンというものは、このようなモノ とりあえず、置いて行くなと言いたかったようだ。 しかそれを感じ取ることは出来ないが。 今の彼女は血も通わぬ死神の姿なので、言葉以外には気配くらいから もしも生身の肉と皮があったなら、きっと赤面している事だろう。 ! やって来たのは、御霊の群れだ。アラミタマ、ニギミタマ、クシミ イラついた勇の声が、敵の襲来を教えてくれた。 ﹁次、来るぞ﹂ な。 まり良く無さそうだ。会ってみたいような、やはり会いたくないよう 一体どんな人物なのだろう。これまでの情報から考えると、性格はあ しかし、エリザベスの弟・テオドアの趣味はなかなか広いようだ。 とはらわたと、脳みそが飛び散るような番組はあったが。 肋骨や骨盤がチラチラする子供向け番組は、あまりないだろう。血 エリザベスの声に、あなたと琴音は同じ答えを返した。 ﹁違うと思う﹂ す。⋮⋮弟から﹄ ? 775 ! マロガレ タマ、サキミタマ。4つ合わせると円の形になる勾玉のような形の悪 魔達。色はイロイロ。 ﹂ マタドール 彼らは2種類の精霊が争い絡み合って生まれて来る。 ﹁行きます 血のアンダルシア。 ふ ん す と 何 処 か ら か 息 を 吐 き、 琴 音 が 御 魂 達 の 中 央 に 突 っ 込 む。 彼女の腕が瞬時に幾度も振るわれ、無数の踏み込みの音がドドドと重 なる。 4体の敵にそれぞれ4回。合計16の剣撃が突き刺さった。 ﹃続けてどうぞ﹄ 一息の間に行われた連続攻撃が、御霊達のバランスを崩し追撃の機 会を作りだしていた。エリザベスの声がかかるよりも早く、琴音は宙 を舞う御魂達の下を潜り抜ける。 ﹁わたしの情熱のひと欠片、貴公に託そう﹂ そしてもう一度の血のアンダルシア。肘を引いて伸ばして、4度繰 ビー ト り出された刃の無い剣の背が、テニスのラケットのように御魂達を弾 き飛ばす。 ゼロス カンカンカンカンと、小気味好い打撃音。あなたに向かってボール が迫る。 それを迎えるためにあなたが準備していたのは、情熱のビート。あ なたの背から放たれた9つの光弾が、上から下へと弧を描き、全ての じゃなくて⋮⋮えーっと⋮⋮﹂ 敵を地に打ち据え破壊した。 ﹁はい、ターッチ 経絡に入ってから、体感で30分程度。まだこのアマラ経絡内が不 少し口を尖らせて、パールヴァティはそう言った。 ﹁問題が無いのなら行きましょう﹂ れたことがない。敵だった時はよくしゃべっていた気がするのだが。 あの死神達は、仲魔になっていた時でも代わりに悪魔と交渉してく を発しないのだ。 れっぽいセリフを言いたかったのだろうが、魔人はあまり多くの言葉 琴音は何事かを考え込んでいる。周囲に敵の気配はない。何かそ ! 776 ! 安定になっている要因からの接触は無い。 やはり、こちらから探すしかなさそうだ。騒いでいる間に、向こう から来てくれると楽だったのだが。 琴音が戦力になることは確認できた。それならばもう問題は無い。 あなたは琴音、パールヴァティ、勇に声をかけた。そろそろ奥に進 むことにしよう。 ◇ ◇ ◇ ﹁触んなよ、うぜぇ﹂ ﹂ さば 勇の周囲に漂うオーロラが、敵の攻撃を捻じ曲げ跳ね返す。 ﹁よっと、ほっ、はいっ 琴音は手にした〝赤のカポーテ〟で、敵の攻撃を絡めて捌く。それ によって、体当たりどころか魔法の炎や雷さえも、彼女の手前で右に 左に、上へ下へとそらされてしまうのだ。 ﹁ありがとう﹂ カ ポー テ 山岸の身体に入っているパールヴァティは護衛対象だ。問題ない かもしれないが、念のためにかばっておいた方が良い。 勇は他者を守るようなことをするヤツではないし、琴音の防御方法 は自身の技の冴えだけに頼ったものだ。どちらも誰かを庇うには向 いていない。 そんなワケで、自然とあなたがパールヴァティを攻撃から守ること になった。悪魔のあなたの守りは、それなりのモノだ。 剣も爪も、ほとんどの魔法も、あなたを傷つけることは出来ない。 もちろん例外は多々あるが。 ﹁こっちだな﹂ 悪魔を殺し、悪魔をかわし進むことしばし、勇が何かを見つけたよ うだ。 あなたが独り先に進む勇を追いかけると、そこは他と雰囲気の違う 少し開けた空間になっていた。 希薄空間だ。ここだけは途中の通路と違って、騒めいた感じが無 777 ! い。 あれ﹂ 希薄なのに安定している。少し不思議な話だ。 ﹁勇さんは何してるんですか あなたは指を使ったジェスチャーで、隣の琴音に静かにしているよ う伝えた。 勇はその視線を希薄空間の中にグルリと走らせ、次に顔を左右に 振っている。 その動きを他の何かに例えるなら、大きなスクリーンに書かれた横 書きの文字を読んでいるような感じだろうか。 パールヴァティはあなたの少し後ろに控えて、静かに周りを見守っ ている。 ﹁ああ、繋がった。経絡の中がおかしいのは、やっぱその山岸ってヤツ のせいみたいだな。ソイツ、そこら中を見てやがる﹂ 精霊や御魂は別として、その他のアマラ経絡には他者を嫌う者が多 い。勇の掲げた孤独のコトワリ、〝ムスビ〟に賛同した者の大半もこ この住人たちだった。 あなたも、ここの思念体に﹁回復してあげるから出てってよ。ホン ツンデレ ﹂ ト、いつでもタダで回復してあげるから﹂と邪険に扱われた覚えがあ る。 ﹁女の子だったわね﹂ ﹁それ、むしろ好かれてるんじゃ⋮⋮ パールヴァティがやや冷たい。 ? ているのだ。 彼の言葉と共に、希薄空間が振動する。何かがここに現れようとし ﹁おい、ソイツの一部を引っ張り出したぞ﹂ いた。 あなたがそんなやり取りをしている間も、勇はひとり作業を進めて い。身に覚えは全く無いが。 しかし、思念体であっても好かれていたと言われれば悪い気はしな 何とも言えない気分だ。女性の闘牛士だっているのだろうけれど。 琴音は首を傾げている。マタドールの姿でそんな仕草をされると、 ? 778 ? ﹃ミナイデ、ミナイデ、ミナイデ、ミナイデ。ソレヲ、ミセナイデ 雷のような音と閃光。ヒビ割れた山岸のものと思われる声。 そうして現れたのは、おそらく幽鬼レギオン。ただし、大きい。 ﹄ レギオンと言う悪魔は、複数の人間の顔面がボール状に集まったよ うな姿をしている。その顔の数が通常のモノよりも遥かに多い。そ して、その表情も普通のレギオンとは異なっていた。 今までにあなたが見たレギオンは、自身の苦しみと他者への憎しみ に満ち満ち歪み切った醜悪な顔つきをしている。 それが、この巨大なレギオンは薄気味の悪い笑いを浮かべているの あざけ だ。表情はそれほど歪んでいない。むしろ冷静なようにさえ見える。 ただ、その目と口からは嘲りがにじんでいる。 隠せていないのか、そもそも隠すつもりが無いのか。その表情は、 ある意味で素直な憎しみの顔よりもずっとおぞましく思えた。 779 ! 我、大勢なり マ タ ドー ル あざけ 眼球、口内、顔と顔の接合部、そして額。 嘲りのレギオンの各部に 汐見琴音の剣が突き刺さる。その攻撃はそれなりに効いているよう だが、まだ滅ぼすまでには遠い。 アナライズ このレギオン、見た目通りに通常のモノよりもしぶといようだ。 解 析は一応試してみたが、何もわからなかった。特別な敵のよう だ。 ﹁結構かたいですよ﹂ 問答は無用。あなたはこの相手を見た瞬間にそう判断した。そし て、それはあなたのナカマたちも同様だったようだ。 会話の成り立たない敵がいる。交渉の余地が無い状況がある。今 目の前にいる大型のレギオンはそんな敵だ。 ﹂ 確認はしていないが、そう確信している。根拠は勘。 ﹁守って マ ハ ラ ク カ ジャ 自信に満ちた山岸の声音、身体を預かっているパールヴァティが 守りの魔法を発動させたのだ。彼女の周囲から光の波が広がり、味方 の身体を覆い守る。 あなたもそれに合わせて同じ力を使い、全体の守りを固めることに した。そして、レギオンという悪魔の特性を思い出す。通常のモノは こぶ 闇の呪いを跳ね返し、光と雷に弱かったはずだ、と。たまに物理的な 攻撃に強いものもいる。 ﹁とりあえずやっとくぞ﹂ 勇の上半身に張り付いた人面の瘤、その口が開き電撃を吐き出し た。ジオダインだ。 けいれん 希薄空間が一瞬だけ雷光で白く染まり、すぐにそれが収まる。あな たの目に映るのは、床の上でビクリビクリと痙攣するレギオンの姿。 勇の攻撃は、とても効果的だったようだ。 ﹃弱点にヒット、でございます﹄ あなたは勇が作ってくれた機会を無駄にせず、さらに追撃を仕掛け る。 780 ! 左手を前に、肘は真っ直ぐに手のひらを敵に向けて。右手は伸ばし た左の手首を掴む。そして、光の剣を作る時と似た要領で力を集め る。 すると、あなたの手前の空間が輝き始め、光の粒が左の手のひらへ と収束し始めた。 あなたの左腕は銃身だ。右の力で集めた破壊の力、それを弾丸とし て撃ち出すための。 放たれた光の弾丸は、レギオンの無数の顔面の1つに直撃しそれを 粉砕。爆ぜた光がレギオンを吹き飛ばす。 破邪の光弾。 そんな名前で呼ばれているが、特に邪を破る光の力があるわけでは 無い。だが、それなりの威力と射程を兼ね備えた便利な技だ。 そして一番重要なことは、あなたが昔憧れたアニメの主人公の技に や や 似 て い る 事 で あ る。ま さ か 自 分 が そ れ を 本 当 に 撃 て る よ う に ﹂ ディスポイズン ことになる。あなたはそれを下水道で学んだ。 毒 消 しはある。だが、未だに毒の霧が消えない。どうやら、治療す るよりも、敵を先に片付けた方が良さそうだ。 パールヴァティ けほけほとせき込むパールヴァティの声が、あなたの背中に届く。 そして、レギオンはそんな山岸風花の様子を見てニヤニヤと笑って 781 なってしまうとは、幼いころですら思ってもみなかったのだが。 マタドール ﹁破片が は毒に対する耐性が無い。 ? 毒の治療手段を確保しておくことは基本だ。忘れているとヒドイ ﹃毒の治療は可能でしょうか お早めの対処をお勧めいたします﹄ パールヴァティが小さくうめく。ここにいる味方の中で、彼女だけ ﹁うっ⋮⋮﹂ 本当に毒のようだ。 あなたの視界が、毒々しい色に染まる。いや、毒々しいのではなく、 がぶくぶくと泡立ちながら黒紫色の煙を噴き上げていた。 に注意しながら、あなたがそちらにチラリと視線をやると、その肉片 琴 音の骸骨顔は、飛び散ったレギオンの欠片に向いている。本体 ! いる。自分自身もボロボロの状態だというのに││。 とりあえず、さっさと消してしまおう。あなたは不愉快な気持ちを みなさま、大変パワフルでございますね﹄ 隠すことなく、非常に不機嫌な声で短期決戦を宣言した。 ﹃まあ あ な た と 勇 の 放 っ た 電 撃 が レ ギ オ ン を 打 ち 据 え る。さ ら に そ の ショックで動けなくなったところに琴音の剣が幾度も閃き、レギオン を構成する顔と言う顔をバラバラに切り裂く。 止めの一撃は、パールヴァティがその頭上に掲げた両手の中。地母 神の汚れ無き威光が、不浄の悪霊をその断片事まとめて焼き払った。 ﹃敵の消滅を確認致しました﹄ エリザベスの言葉通り、付近から敵対的な意思が消滅した。気配は 落ち着いたブルーである。 どうやら、思ったよりも弱かったようだ。 あなたには、見慣れない相手は強敵かもしれないと考えてしまうと ころがある。そのせいで時間を無駄にしてしまったことも多かった。 だが、あなたにはその考え方を直すつもりはない。油断した結果が ディスポイズン 返り討ち。そんな終わり方は、望んでいないのだ。慎重が過ぎて遅く なったとしても、負けるよりは良い。 種類に関係なく大抵の毒を治療できる不思議な毒 消 し。あなたは それを実体化させるとパールヴァティに手渡した。 ﹁ありがとう。なんだか、今日はこればかりね﹂ そう言って申し訳なさそうに微笑むパールヴァティ。そんな彼女 何か落ちてますよ ││これって、ケータイ ﹂ に、気にしないようにと話していると││突然、琴音が大きな声を上 げた。 ﹁あっ ? ﹂ ! しげしげと見る琴音の手から、﹁貸せ﹂と勇がケータイを奪い取っ ﹁なんでこんなとこに⋮⋮あっ ろ、ケータイそのものにしか見えない。 その〝何か〟の形状は、たしかにケータイのように見える。むし 細い指でヒョイと摘み上げた。 威光の爆心近くに何かが落ちている。琴音はそれに近寄ると、白く ! 782 ! ! た。 琴音からはムッとした雰囲気がにじみ出ているが、勇はそれを全く 気にしていない。彼の目はケータイの画面に集中しており、彼の指は デー タ ケータイの操作にだけ使われている。 ﹁こん中の情報が、今のヤツの核になってたみたいだな﹂ ソレヲミセナイデ ﹄ 勇はそう言ってチラリとあなたを見ると、ケータイの画面を指でト ミナイデ、ミナイデ ントンっと叩いて見せた。 ﹃ヤメテ ! ﹄ ◇ ◇ ◇ 私、わざと落と 今日は部活があって、それで、だからい ﹃違う、違うの⋮⋮私、あのあとすぐに返したのに したんじゃないのに⋮⋮ ! 聞こえて来る声は山岸のもの。映像に映っている姿も山岸のもの。 の心の中に映像と声が流れ込んで来た。 勇の手の中で、ケータイが解けて形を失う。それと同時に、あなた ﹃ヤメテ 勇はその懇願を無視して、ケータイの操作を続けた。 そのタイミングで、何処からか聞こえて来るヒビ割れた山岸の声。 ! ﹄ ! だ か ら ⋮⋮ ト ー ト バ ッ ! 聞いたような女のものだ。 ! あ の 暗 そ う な マ ジ メ ち ゃ ん。ア イ ツ ﹃アハハハ、昨日さ、スッゲー笑っちゃった∼ 山岸風花っているじゃん ウチのクラスにさ、 悲痛な叫びの後に、今度は別の人物の声が聞こえて来た。どこかで グが手元にあっただけで⋮⋮ ⋮⋮。た く さ ん 物 を 持 っ て て ⋮⋮ だ か ら てて。週末に家で現像を⋮⋮定着液とか、タンクとかいろいろあって ろんな荷物を持って帰るつもりで⋮⋮だって、現像を、やろうと思っ ! ? ちょ∼意外、うっわ∼風花ちゃんってば、だいたー さー、ちょーマジメな優等生ですって顔してんのにさ、本屋で万引き ﹄ してやがんの ん ! 783 ! !! 頭に浮かぶ景色は、どこかの本屋のものだ。そこで背の低い山岸 !! が、高い棚の上にある本を取ろうとつま先立ちになっている。 ﹃大きめのバッグで、そのチャックとかないほうが、出し入れがしやす いし、それで⋮⋮便利だから⋮⋮。それで、それで⋮⋮参考書が、勉 強しなきゃいけなくて、成績が⋮⋮参考書が高い棚にあって、取ろう と思って。それで、手を伸ばして指でちょっとずつ手前に寄せてたら ﹄ 落としちゃって⋮⋮。それが、それで、たまたま中に、カバンの中に 入っちゃっただけなのに かね そーゆーのすっげーイラつ ? そーそー、そーだよね∼。ほんと、マジ笑えるウザ過ぎ。ん ゲにがんばってます、私〟ってカンジ のがなんかムカついたんだよね∼。ちっこいのが背伸びして、〝ケナ けなんだけどさー。それがさあ、なんか高いとこの本取ろうとしてる ﹃ギャハハハ。てかさ、ホントはアイツがカバンの中に本落としただ ! アイツが慌ててとりだしてるとこチョーいいタイミングで激 ﹄ あの写真、ほ !? ら、どうしよう⋮⋮私、もう⋮⋮﹄ ﹃したらさ∼、アイツもうこの世のオワリーみたいな顔してんの ! でも、そこはアタシの演技力の ほんっと良い反応すんの。てか、ホントはちょっと間 に合わなくて撮れてないんだけど マジウケル かの人が見たら、万引き⋮⋮みたいに見えるかもしれない。そうした 戻そうとしたのに⋮⋮。あんな、ひどい、なんで⋮⋮ てた。現場写真撮っちゃったって言って⋮⋮。あんな⋮⋮私、すぐに ﹃写真を、携帯電話で写真を⋮⋮。あんな風に、笑って⋮⋮すごく笑っ 近寄って行く。 振るえる手で本を持つ山岸に、月光館学園の制服を着た女子生徒が 写してやったワケ ん で、そんな風に思ってたらさ、いきなりお持ち帰りの万引き態勢じゃ ? ﹄ ? た。叩いた生徒の後ろには、ニヤニヤと笑う仲間らしき影が3つ。 学校の教室が見える。席に座っていた山岸の肩を、女子生徒が叩い のかな⋮⋮。どうしよう⋮⋮どうしよう⋮⋮﹄ ﹃どうしよう⋮⋮。やめてって、頼んだら⋮⋮。言わなきゃ良かった 演技が光ったね。演劇部なれんじゃね 勝利って言うか∼。とっさにケータイ構えてみせたアタシの迫真の ? ! 784 !! ? ﹃ね∼今日も頼めるかな∼ そうしないとさー、あたし、お腹空いて そしたらさ 一括送信しちゃ バーンってさ どうしようね てか、もうしちゃおっか ウッカリ手が滑っちゃうかも うかも ﹁先輩、行きましょう また怒られちゃいますよ﹂ だとすると、これは││。 の情報を見たことで現れたのだろうか。 勇の向かう先に、今までは無かった扉がある。レギオンを倒し、今 て、﹁次はこっちか、行くぞ﹂とあなたに背を向けて歩き出した。 勇は帽子のつばを引き下げると、そう吐き捨てた。それから続け ﹁嫌われたくない、見られたくない、ね⋮⋮くだらね﹂ ◇ ◇ ◇ 扉が開き、閉まる。何人かの笑い声が聞こえて来た。 と、足早に廊下への扉へと向かった。 ビクリと身をすくませ、怯えた表情の山岸。彼女は無言でうなずく ? ? ∼、明日から人気者かもよ。親とか先生とかにさ﹄ ? ? ? うな映像が通路のあちらこちらに浮かび、似た様な声が聞こえてくる さきほどのレギオンが落としたケータイ。あの中から出てきたよ 女の場合、あまり他人事とも思えないのだろう。 パールヴァティがその眉をしかめる。山岸の身体に入っている彼 ﹁ひどいわね⋮⋮﹂ げ││ではない。 どうして道が分かるのかと言えば、それはエリザベスの案内のおか れる通路を、勇は迷うことなく進んで行く。 いくつもの分かれ道、右に左に真っ直ぐに。時には上や下にも分か ﹁次はこっちか⋮⋮﹂ あなたのすぐ後ろにパールヴァティが続き、 殿は琴音が務める。 しんがり いながら、しょっちゅう不機嫌になるのだ、勇は。 あなたは、頭を振って勇に続くことにした。他人は気にしないと言 琴音が勇の背を指差す。 ! 785 ? のだ。 あなたたちは、その量が多くなる方向、より声が大きくなる方へと 向かっていた。 先導は勇のままだ。彼には、かつてカブキチョウの捕囚所で拷問を 受けた経験がある。 鬼神トールの巨体に向かって堂々と吠え、その恐ろしいハンマーで 打たれても怯える事すらしなかった勇。 そんな彼の精神も、カブキチョウの竜王〝ミズチ〟と竜王〝ナーガ 〟のスペシャルなゴーモンによって変わってしまった。 昔の勇は周りに気を遣い、いじめられている子を助け、憧れの女性 教師を追いかけて危険な場所もなんのそのという性格だった。 み ん な それが今では、他人なんかどうでもいい。世界には結局、たったひ とりの大事な自分と、どうなっても構わないその他大勢しかいない。 自分さえ良ければいい。 786 などと普通に口にするようになってしまった。 それの糸みたいな ﹁思念体どもが騒いでたのも、経絡全体が安定してなかったのも、全部 この山岸のせいだな。〝繋がる力〟だったか だ。だが、それでもリーダーであるあなたの方が良く知っていると考 琴音もすでに山岸のペルソナ能力に関する資料を読んでいるはず 琴音の声は、あなたに向けられたもののようだ。 ﹁風花の能力って、情報処理特化でしたっけ﹂ ちらもといった意味だろう。 勇はそこで言葉を切った。両方とは、山岸とアマラ経絡の住人のど 方の声だ﹂ ﹁ああ、さっきミナイデ、ミナイデとか聞こえただろ。あれは多分、両 いた。 それらは自身のテリトリーに他者が入って来ることを嫌い、恐れて している。 このアマラ経絡には、勇と似たような考えを持った思念が多く存在 形があるわけじゃねえが﹂ もんがあちこちに延びてやがる。まぁ、糸つっても目に見えるような ? えたのだろう。 あなたは、琴音の質問に短い言葉で肯定した。そして、続きをパー ルヴァティに振る。 それを受けて、パールヴァティは自身の額をコンコンコンと指で叩 く。 ﹁んー、そうね⋮⋮。例えるなら、ネットで匿名だと思って話していた みたいな感じかし ら、実は風花さんのスゴイ解析技術で個人情報が全部丸わかり。しか も、それが集合的無意識中に流出しちゃってる ら。この子の言葉を借りると﹂ ﹁それは⋮⋮大騒ぎですね。学校の名簿がどうこうってテレビでも騒 いでたし﹂ どうでもいいが、琴音の声はあの骸骨姿のどこから聞こえてくるの だろう。悪魔の場合、そもそも口が無いこともあるのでいまさらでは あるが。人間の姿を知っているせいか、少し気になってしまう。 さほど強くない敵を蹴散らしつつ進んで行くと、通路の雰囲気が少 し変わった。 また、希薄空間だ。 勇は円形の部屋の中央まで進むと、あちらこちらと手を伸ばす。 ﹁線がここで途切れてる。まぁ、またさっきみたいな感じだろ。流れ 的に││ああ、来たな﹂ 黒い稲妻が部屋の中を駆け巡る。確かにさっきと同じだ。 チャー ジ 出てくるまで待つ必要は無い。あなたと琴音は気合いを入れ、右手 に力を溜め込んだ。 それに続いて、パールヴァティのマハタルカジャが味方全員の力を 高める。 ﹃ミテ、コッチヲミテ、ワタシヲミテ。ドウシテ、ナンデ、クレナイノ ﹄ に混じって、多くの人々の小さな声が聞こえる。 そうして現れたのは、また巨大なレギオン。 今度のレギオンは先ほどのモノとは違った。嘲笑ではなく、愛想笑 787 ! 雷のような音と閃光。ヒビ割れた山岸のものと思われる声。それ ! いを浮かべている。 媚びているのだ。敵を死の寸前まで追い詰めた時、こんな表情で命 乞いをされたことが何度もあった。それとはまた求めているモノが 違うのだろうが、似た様なものだろう。他人に選択を預けていると言 うことに関しては。 ﹁うぜぇ﹂ レギオンが悲鳴を上げる。イラついた声と共に勇が電撃の魔法を 放ったのだ。 やってしまったのなら仕方が無い。もう交渉するよりも倒した方 が早いだろう。せっかく力も溜め込んでおいたのだから。 ﹃敵の消滅を確認いたしました﹄ 最初のレギオンと違ったのは表情だけだった。つまり、見掛け倒し でそれほど強くなかったという事だ。 呆気なく戦闘が終わってしまったので、エリザベスが実況するヒマ 788 もない。 ﹁また何か落ちているみたいね﹂ 落とし物があるところまで同じだったようだ。先ほどの勇の言葉 を借りると、〝核〟だ。 今度のレギオンの核は、数枚の紙片だった。 ⋮⋮点数はそれなり﹂ 琴音が地の上の紙を覗き込む。 ﹁これ、テストの紙 ◇ ◇ ◇ 無いようだ。 また、山岸の映像が夢の光景のように流れ込んで来る。今度は声は た。 あなた達がそんな感想をもらすと、紙がヒラヒラと宙に舞い上がっ である。 というワケでも無い。最上位には食い込めないが、普通に良いところ 確かに、問題になるほど低くはなく、かといって素晴らしく高得点 それにつられて皆が紙を見る。 ? どこかの家の誰かの部屋。 ﹃あの⋮⋮﹄ 今よりもやや幼く見える山岸が、小さく声を上げた。相手は山岸の 両親のようだ。 山岸の親は、その手に紙を持っている。恐らくは先ほどのテストの 紙だろう。 ﹃⋮⋮⋮⋮﹄ 山 岸 が 口 を モ ゴ モ ゴ と 動 か す。何 を 言 い た い の か は わ か ら な い。 言葉にならなかったそれは、本人にも内容が分からなかったからなの かもしれない。 ぁ ため息が聞こえた。発生源は山岸の父親のようだ。 ﹃⋮⋮⋮⋮﹄ 山岸の両親は、ひどく小さな山岸の声に背で受けた。何も言わず部 屋を出て行く。 う つ む く 山 岸。紙 が し わ を 作 る 音。山 岸 の 手 の 中 で テ ス ト が く しゃくしゃになる。 ◇ ◇ ◇ ﹁好かれたい、見て欲しいってところか。広範囲に繋がったこいつの 記憶を中心にして、似たような思念が集まったんだろうな﹂ そう言いながら、勇はやって来た方向とは違う方向に新しく生まれ た扉へと歩く。 扉を潜った先では、また上映会が開催されていた。プライベートも 何もあった物ではない。 ﹃物質の世界と精神の世界。そちらはその境界線を越えた先。誰もが 表出さない想い、本人が意識すらしていない意識の〝影の部分〟。多 数の人々のそれらが混然一体となって形成される心の海。集合的無 レ ギ オ ン 意識の領域でございます。そこにそれほど広く〝自分の場所〟を確 保できるとは、さすがはローマ帝国の軍でも動かすことが出来なかっ 789 たと伝わる聖女ルキア、と言ったところでしょうか﹄ エリザベスの話を聞いている間にも、通路の壁に映像が浮かび上 がって来た。 学校の教室。おそらく月光館学園のもの。友人と思われる女子生 徒と話す山岸。 次もまた学校の教室。同じ女子生徒が、パンを買いに走らされてい る山岸を見ている。 月光館学園の廊下。美鶴が山岸に話しかけていた。 やっぱり ﹂ 学園の玄関。琴音が山岸に話しかけているようだ。困り顔でそれ これ、先輩 に応じる嬉しそうな山岸。 ﹁ちょっ ! ・ そういった方面の発言に関して全く信用を置いていなかったようだ。 しかし、アレを見て〝やっぱり〟などと言い出す後輩は、あなたの 見送る山岸は呆然とした表情をしている。 ら出て行く場面のようだ。別れ際に影時間の話をしたせいか、それを その証拠に、映像はすぐさま切り替わった。次はあなたが保健室か ることだ。 言ってナニが有ったわけではない。それは、あなたも山岸も知ってい コレはあくまでもそう見えなくもないというだけで、特にこれと ・ 言われたら困る。今はマジメな場面なのだ。 その姿を見たあなたは、特に何も言わないことにした。ヘンな事を ようにして自らの肩を抱く。 体を見た。そして何を思ったのか、ふふっと微笑み、手を交差させる それを見たパールヴァティは視線を下げ、自身の││山岸の││身 ﹁あら⋮⋮﹂ ように見えなくもない。男の方は片手を女の腰に回している。 ベッドに倒れ込んで下になっている女が男の手を引いている⋮⋮ に2人とも上着を脱いでいた。 が絡み合っている様に見えなくもない映像。冬服の季節だと言うの 学園の保健室と思われる場所、そこにあるベッドの上で一組の男女 ! 悲しい事である。何人でもオッケーだ、と宣言したのはあなた自身な 790 ! のだが。 ﹃聖女と造物主の関係⋮⋮。なるほど⋮⋮あの本に書かれていたこと はこういうことでしたか。恥ずかしながら、わたくし、そういったこ とには疎いので少々誤解しておりました﹄ 本。また、あのルイスなんとかの書いた本のことだろうか。エリザ ベスが、造物主がどうのこうのと言い出した時は大概それだ。 ﹃いえ、今回は違います。⋮⋮簡単に申しますと、山岸風花様の記憶が 抜け落ちているという事は、この先に居るのは元型に近い悪魔〝ルキ ア〟ではないかと││﹄ アー キ タ イ プ エリザベスの話によると、すべての心ある者が意識の奥で繋がって いるらしい。それが〝集合的無意識〟。 そして、その中には神話や伝説によって蓄積された〝悪魔の元型〟 が存在している。 み ん な ペルソナ使いのペルソナは、それらの元型の中から、その能力者に 791 相応しい悪魔が選ばれる。集合的無意識によって。 選ばれた悪魔は〝もうひとりの自分〟と思えるほど近しい存在で はあるが、完全に同一の存在ではない。山岸はルキアと似ているが、 伝説の中のルキアそのものではないのだ。 ﹃ですので、ペルソナ使いのペルソナは、召喚者によってその姿が異な ります。召喚者の心の影響があるため、姿形だけではなく、その能力 や性質すら違ってくるのです。〝0〟であるため元型に影響を与え ないワイルドの方は〝例外〟、でございますが⋮⋮﹄ つまり、この先に居るのは山岸ではなく元々の伝説に近いルキア。 人の心の影響が抜けているので気を付けろという事なのだろう。 ﹃神との一体化、造物主との合一。修道女は神と結婚するため純潔を 守るとも⋮⋮。造物主の愛を身に受けることで得られる恍惚と歓喜。 ﹂と その果てに訪れる忘我の境地⋮⋮聖女が夢見る〝神秘体験〟。わた くし、この先の展開に興味津々でございます﹄ 言葉通り嬉しそうに聞こえるエリザベスの声。それに﹁まぁ に他人事のようにしている。 反応しイヤイヤと身をくねらせるパールヴァティ。この2人は、本当 ! いや、人間ではない彼女たちにしてみると、本当に自分たちとは関 わりの無い〝人の世の事〟なのかもしれない。 ◇ ◇ ◇ エリザベスのよくわからない発言の後、あなた達は探索を再開し た。 このアマラ経絡内の一角が、山岸の記憶を核として成り立っている のならば、その中心部分に向かえば良いのだ。そして、それはもうあ なたの目の前にある。 扉だ。経絡内の他の扉と見た目は変わらないが、今あなたの眼前に 在るそれの向こうから強い妖気を感じる。 これを開ければ、確実に強敵との戦いが待っているだろう。あなた の勘と経験がそう告げている。 ノドの部分が刃物でえぐり取られたようになっており、そこから血が 流れ落ちている。垂れた血は、彼女の着ているピンク色のドレスへと 染み込んでいた。 ここまでは良い。少しだけ見た山岸のペルソナ〝ルキア〟とそれ ほど変わらない。 頭と首に巻いていた包帯が解け、下半身の球体が消えて人のような 2本足になっているように見えるだけだ。下半身の形状を考えると、 むしろ人型に近付いたとも言える。 792 ﹁開けるぞ﹂ あなたが現状の確認を終えるのを待って、勇がそう言った。それに うなずきを返すと、彼は手を扉に向けてかざす。 小さくスッと音がして扉が開き、中に居る者の姿があなたの目に映 ウォマエ、イイ ! る。 ﹃ウォォマエェハ、ダレダ ウォレハ、ミンナダ ﹄ ミンナトチガッテモ﹄ ﹃やめて ノカ ? 金色の髪に黒い肌の女性悪魔。彼女の姿形はほぼ人間型だが、目と ! ? ﹃ミンナトチガウ、ヨクナイ。ミンナ、ウォマエトチガウ。ウォマエ、 ミンナト、オナジニナレ﹄ ﹃嫌、いやいや。なりたくない。ならない﹄ 問題は、ルキアの周りに黒ずんだ緑色のモヤのようなものがまとわ りついていることだ。彼女の全身を包み込んでいるモヤには無数の 顔が浮かび上がっている。 後ろに居たパールヴァティが、ルキアを見るあなたの背に手を添え た。 ﹁レギオンの手前かしら。今までのモノは大きな記憶の塊を核にして いたけれど、これは本人をそうしようとしているのね﹂ レギオンは、思念や霊魂などと呼ばれるものの集合体の悪魔だ。人 にとり憑き苦しめることもある。 悪魔全書にはそのようなことが書かれていた。 ﹃ウォレハ、ウォマエダ。ウォマエハ、ウォレダ。ウォレハ⋮⋮ミンナ 793 ダ。ダカラ、ウォマエモミンナダ。⋮⋮ミンナ、クルシイ。ウォマエ モ、クルシイ。イッショナラ、クルシクナイ﹄ ﹃違う、違う。神さまはそんなこと言ってない﹄ さて、どうするか。この状況はどうやって解決したら良いのだろう か。 あなたの頭には、すぐに解決策が浮かんでこなかった。 勇も邪神ノアと一体化したが、それは勇自身が望んでやったこと だ。その上、あなたはそのノアと敵対して殺している。 同じようにしても大丈夫なのだろうか。一度まとめて破壊して、そ この子が〝ルキア〟なら、大勢︽レギオ の後に蘇生。相手が悪魔ならば、それもアリなのだが。 ﹁待ってみたらどうかしら たのはそのせいなのだろうから。 というモノでもないのだろう。実際、〝先生〟が理念を得られなかっ コトワリ あなたは様子をうかがうことにした。なんでも手助けすれば良い にそうなのかもしれない。 山岸の身体を預かっているパールヴァティが言うことならば、確か ン︾のミンナなんかに負けないはずよ﹂ ? ﹃〝従うな、自らを由とせよ〟。そう、聞こえた。私は確かにそう聞い た。あの闇の奥、とても大きな光を抱えた人がそう言っていた﹄ ﹃ソレハ、オカシイ。ウォマエハ、シタガッテイル。ソレニ、アレハチ ガウ。アレハ、イツワリノ⋮⋮﹄ ﹄ どこかの誰か ﹃おかしくない。私が、私の意志で、そうしたいと思ったから。あの人 と琴音ちゃんの言うことだったら、信じられるから に言われたからじゃない。私が、そうしたいって、思っているから ﹁私 は あ な た じ ゃ な い ﹄ ど こ か の 誰 か じ ゃ な い。大 勢 の 中 の ひ と てとても大事なことなのだという事だけは分かった。 しかし、これから彼女が口にしようとしていることが、彼女にとっ ら。 いるのかわからない。あなたは山岸風花でも、ルキアでもないのだか あなたには、彼女が何を見て、何を考えてこの悪霊の群れと話して じった空気が吹き出す。 ルキアが、いや、山岸が息を吸い込んだ。裂かれたノドから血の混 ⋮⋮﹄ ど、誰 か の 言 う 事 を 聞 い て い れ ば 怖 く な い の か も し れ な い け れ ど けじゃない。そうやって隠れていれば痛くないのかもしれないけれ ﹃そう⋮⋮だけど、違う。私は、名前も知らない誰かと同じで居たいわ イル。ウォマエモ、ソウダロウ ﹃ウォマエハ、ウォレダ。ミンナオナジ。ミンナ、ヤスラギヲモトメテ くしてルキアに語り掛ける。 ﹃グウウゥ﹄とレギオンが揺らめいた。それから、少し声の調子を優し ! ! ない。私自身のことを選ぶのは、私しかいないから ﹂ 自分の決めたことに責任を取る。当たり前の内容だ。 る。 この言葉は誰が言っていたのだったか。琴音だったような気がす 〝我、自ら選び取りし、いかなる結末も受け入れん〟。 にしているわけではないのだと思う。 ﹁ハッ﹂と勇が口を歪めた。機嫌が良い時の声だ。紛らわしいが、バカ ! 794 ? り、責任の無い〝みんな〟じゃない。私は責任を人任せになんて出来 ! ただ、その当たり前がなかなか難しい。自分で選んだことでなけれ ルキア ば、受け入れることが出来ないということでもあるのだから。 キ ア ワタ 山岸の宣言を聞いたレギオンは、その形を変え始めた。同時に彼女 ミンナデハナイのなら、ドコの誰だ の身体から距離を取る。 ﹃ウォマエハ、ダレダ ル シ、私ト、オノレばかりを主張する。傲慢なる者の名は﹄ ﹁山岸風花です﹂ 今度は静かに、山岸は自分の名を黒いモヤに伝える。 それを聞いた影は、山岸から完全に分離し始めた。 れが獣の全身に燃え移った いや、今にも、と言うのは誤りだ。眼球が本当に炎を噴き上げ、そ 燃え上がり、今にも火を噴きそうな炭の色をしている。 獣の眼にあたるのであろう場所に、2つの赤い火が灯った。爛々と は、我々は、頼るもの、すがるものなく生きられはしない﹄ 自由と言う名の堕落した宇宙、そこからの解放こそが皆の望み。人 ﹃光 は 消 え た。汝 の 力 で 知 る が 良 い。⋮⋮ 我 々 は 救 済 を 求 め て い る。 てつもない圧を感じさせる、重苦しい声音だ。 その口から聞こえて来る声も、今までのつたないものではない。と 同色だ。そして、それら全てを覆う黒いモヤ。 灰色の骨がむき出しのアゴと牙、側頭部から生えた鋭い2本の角も 頭部のような形になった。 凝り集まった黒いモヤは、山岸を挟んであなたと反対の位置で獣の く。我々は総意である﹄ ﹃人よ、悪魔よ。大いなる意志は、すべての者を等しく安らぎへと導 れてくれば、少しばかり変わるのも当然か。 元々そうだっただけという可能性もあるが。いや、こんな場所に流 山岸にはある。少し見ない間に、彼女に一体何があったのだろうか。 これまでの短い付き合いでは感じたことの無い迫力。それが今の ? ﹃愚かなる造物主よ。偽りの神よ。我々は汝を呪う者である。我々は 汝を憎む者である。この炎は、我らの憤怒の炎である⋮⋮﹄ 自らの火に焼かれ、獣の形が崩れて行く。 795 ? 言いたいことだけ言って、言われた側のうっぷん晴らしには付き メ サ イ ア 合ってくれないらしい。 ﹃我々は⋮⋮救世主を⋮⋮望む⋮⋮﹄ 焼け崩れながら、獣はモヤを移動させて手を作る。形だけは人の手 によく似た真っ黒なそれを、獣は琴音に向かって伸ばす。 伸ばされた手に、琴音が持っていた剣の先を向ける。すると獣は、 ﹂ ﹃いずれ⋮⋮﹄と何か言いかけながら灰となって消えて行った。 ﹁えっと⋮⋮。今の何ですか 首を傾げながら、琴音はあなたに向かってそう訊ねた。それはあな マタドール たも知りたい内容だ。 あと、骸 骨がそんな仕草をしても可愛くはない、と教えて置いた方 が良いのだろうか。 ﹁〟死の安らぎは等しく訪れよう。人に非ずとも、悪魔に非ずとも。 大いなる意思の導きにて〟。⋮⋮アマラを探っていた時に拾った言 パールヴァティ 葉 だ。な ん と な く 思 い 出 し た。何 処 の ど い つ の 言 葉 か は 知 り た く ねぇがな。││それより、あっちをサッサとしろよ﹂ ルキア 勇は話の途中で手を動かし、山岸を指差した。 言われてあなたがそちらを見れば、ふらつく山岸を山 岸が支えて いる。正確には、ルキアの身体を山岸に宿ったパールヴァティが支え ているのだ。なんともややこしい。 ﹁ふふっ、確かにそうね。それじゃあ、預かっていた身体と、ここで集 めて来た記憶の欠片。風花さんに返しましょう。⋮⋮ただ、風花さん ﹂ だけだとまだ危ないから、しばらく私もこのままでいることになるけ れど⋮⋮。いいかしら 岸に向けられたものでもあった。 あなたとしては、特に問題は無い。パールヴァティが良いのなら。 ガーディアン 山岸がどう考えるかは分からないが、嫌でも我慢してもらうしかな い。 守 護 無しに人がこちら側にいるのは危険なのだ。 それを考えると、例え断られたとしても無理にでも入れてしまう方 が良さそうである。 796 ? パールヴァティのセリフは、あなたに向けられたものでもあり、山 ? ﹁あ、あの⋮⋮大丈夫ですから ﹁先輩 上着、上着 そ、その平気ですから⋮⋮私。だか 今、上ハダカですよ、先輩﹂ 手を前に出してガードの態勢だ。 何処から声を出しているのか、山岸は恥ずかしそうにそう言った。 ルキア ら、あの⋮⋮ちょっと離れて⋮⋮ください﹂ ! ﹁え、よくないです⋮⋮﹂ もしれないけれど⋮⋮。まぁ、いいわよね﹂ てる。そんな相性の関係で、ちょっと違うあなたが目覚めてしまうか ﹁自分の選んだ人のために身を捧げ、他の人には触れないと誓いを立 かもしれない。 鏡に映る自分自身が話しかけて来ている。山岸はそんな気分なの 今のパールヴァティは、山岸の姿だ。 な感じですね﹂ ﹁あ、はい。わかります⋮⋮なんとなくですけど。でも、なんだかヘン 馴染むと思うから。大丈夫よ、私たち少しだけ似ているから﹂ えば大丈夫だから。初めは違和感があるかもしれないけれど、じきに ﹁もう、からかわないの。ほら、風花さん手を出して、私に任せてもら ない時は。 ただ、さすがに口にして﹁プンプン﹂などとは言わない。酔ってい いますよ、と言った風情だ。 そんなあなたに向けて、パールヴァティが手を上げる。軽く怒って 今、本当にそう言った。 さらに近くに寄られると余計に﹁ひょわっ﹂となってしまうらしい。 だが、山岸はあなたのその恰好を見るのが恥ずかしかったようだ。 はかなり図太い。 パールヴァティは慣れている。シヴァも似たような服装だ。琴音 装で過ごしていた。 あなたは、世界の終焉の直後から次の世界の創造までの間を今の服 上半身に何も着ないのが自然な気がしていたくらいだ。 特に誰も何も言わないので、全然気にしていなかった。自分自身、 ! 引っ込めようとする山岸の手を、パールヴァティが掴んだ。 797 ! サー ド ア イ ﹁大丈夫よ。元々、風花さんの中に眠っていた資質ですもの。悪い事 じゃないわ。ただ、少しだけ第3の眼が開いたり、聖女ではなくなっ てしまうかもしれないだけ﹂ ﹁え、ええ⋮⋮。あの、心の準備が⋮⋮﹂ ﹁それじゃあ、いくわね﹂ パールヴァティと山岸が光に包まれる。その光の中に浮かび上が あ⋮⋮﹂ る2人のシルエットが、だんだんと重なり合って行く。 ﹁あ、や、え⋮⋮ なんとなく、あなたは邪教の館を思い出した。 縁起でも無い。合体事故が起きたらどうするのだ。 798 ? NOCTURNE│女神転生│ 山岸とパールヴァティを包んでいた輝きが収まった。 そこに居たのはうごめく肉塊などではなく、元のままの姿の山岸 だ。彼女は、どこかルキアに似た姿の悪魔︵ペルソナ︶の下半身に包 まれるようにして立っている。 それを見たあなたは、何が起きたのかをなんとなく察した。あれだ ろう、ピクシーがハイピクシーに、ハイピクシーがクイーンメイブに と変化した時のような異変が発生したのだろう。 ﹁ユノ⋮⋮﹂ どうやら、山岸は何らかの大きな経験を得たようだ。彼女が今つぶ やいたのは、恐らくこの新しい悪魔の名前。 エリザベスの声が、あなたにこの〝ユノ〟の簡単な説明を届けてく れる。 ﹃ユノ。ローマ神話の主神ユピテルの妻にして、家庭や結婚。人と人 との繋がりを司り祝福する女神ですね﹄ この女神の姿形は、腰から下が青い水晶玉のようになっているとこ ろはルキアと同じ。黒い肌も、その上に着たドレスのような服装も、 そのドレスのスカート部分が水晶玉を飾り付けている所も同じ。 ただし、岳羽好みだったドレスの色はワインレッドになっている。 少女のような装いから、大人のそれへと変えてみました、といった雰 囲気だ。 大きく違うところは、血に塗れたように赤かった顔が白い仮面のよ うになり、首と目を覆うように巻かれていた包帯が消えているとこ ろ。眼球を抉られていたルキアと異なり、その仮面には赤く光るレン ズのような5つの目がついている。鼻と口は無い。 髪の長さはルキアとそう変わらないが、どこかほっそりとした金色 だった髪の毛が、海の波か大河を思わせる豊かな青い髪に変わってい る。白いフリルのついたドレスと同色のヘアバンドが妙にかわいら しい。 そして、ユノの背には色鮮やかな一対の翼がある。クジャクの羽根 799 についている目玉のような模様が右に3つ、左に3つの合計6つ。そ ﹂ れらはどこか、並んだスピーカーのようにも見える。 ﹁あれ⋮⋮ と、山岸が足をふらつかせるのと同時に、ユノの姿がかき消えた。 あなたはとっさに彼女を支える。どうやら、かなり消耗している様 だ。 ﹁あ、ありがとうございます﹂ 疲労以外の異常が無いかとたずねる。すると、山岸は手を開いたり 閉じたり、顔を動かして身体のあちこちを見るなどした後、 ﹁大丈夫み たいです﹂と返して来た。 ﹁終わったならさっさと帰ろうぜ﹂ 声の方に顔を向ければ、すでに背を向け歩き出している勇の姿。あ わたしは荷物だったみたいなのに﹂ なたは調子の悪そうな山岸をひょいと抱えると、すぐにその後を追い ﹂ かけ始めた。 ﹁えっ ﹁あっ、ズルイ に言われたから持ち方を変えたのだ。文句を言われる筋合いはない。 それから、マタドールがその仕草をしている光景には、とてつもなく 違和感を覚えてしまう。 ﹃まあ、まるでサビニの娘を連れ去るロムルスのようでございますね。 たいへんお似合いかと﹄ 狼に育てられたとか 連れ去りとは人聞きの悪い。エリザベスには、人をいじって楽しむ 趣味でもあるのではないだろうか。 ﹁ロムルスって、ローマの建国王でしたっけ 言う﹂ を続けた。山岸のペルソナの変化は、ベルベットルームの住人にとっ エリザベスは琴音の問いに肯定を返すと、やや高揚した調子で言葉 興味深い変化を拝見させていただきました﹄ 両者の間にいかなる繋がりがあるのか、ペルソナを扱う者として大変 ﹃はい。ローマに迫害された聖女から、ローマ神話の女神へと。⋮⋮ ? 800 ? マタドール姿の琴音が片手をブンブンと上下に振っている。彼女 ! ! てはなかなか面白いものだったらしい。 しかし、狼に育てられたと聞くと、アマラ深界に居たカマラを思い 出す。あれから、彼女はどうなったのだろうか││。 その後は特に波乱は無かった。相変わらず敵は現れたが、行きより も明らかに数が少ない。通路の状態も落ち着いている。 ベルベットルームの奥に出来たターミナルの部屋で、あなた達は勇 じゃあな﹂ と別れることになった。彼はここから東京まで転移して帰るそうだ。 ﹁来るときもこうやったんだぜ あなたが礼を言うと、勇は手をヒラヒラとさせながら消えて行っ た。勇が去った後には、カラカラと回る転輪鼓だけが残っている。 今日はもう、ここに用は無い。 この1週間いろいろとあった。特に昨日の夜からは。 桐条の人間に山岸を預けたら、寮に帰って休もう。山岸は一度病院 に行った方が良い。 あなたと琴音は、山岸を乗せた車が走り去るのを見届けた後、別の 車に乗り込んだ。行先はもちろん月光館学園巌戸台分寮。 あなたは疲れている。主に精神的なものだ。肉体的には睡眠の必 要のない身だが、心は疲れることもある。 カオス 皆も聞きたいことがあるだろうが、少し休んでからということにし てもらおう。 ◇ ◇ ◇ ニュクス 王居エンピレオ ニュクス ひとつの光が夜の上、あるいは下に広がる心の海を越え、混沌の領 域へと入って来た。 光の名前は、ルキア。もうひとりのあなたと、もうひとりの夜。そ のふたりがここに立ち入ることを許した者だ。 彼らは、ここの事を知らない。覚えてはいない。人間は、心の海の 深部の記憶を保てない。そこは死に近い場所、人が人のままに来るこ 801 ? との出来ない場所だから。 ま ど あ な た は、宇 宙 の 中 心 で 微睡 ろ ん で い る。終 わ ら な い 夜 に 抱 か れ て。無尽無辺の光を抱いて。 光は、あなたの居所をさまよっている。 西も東も、南も北も、上も下も曖昧な、時の流れも混沌とした、丸 い卵の内側。 光はゆらゆらと揺れながら、その中を右往左往。そうしながら、少 しずつ中心で眠るあなたへと近寄って来る。 光が通った時、あなたはギンザの地下街にある〝Barマダム〟に 居た。 あなたは、あなたの他の神格と異なり、特定の拠点を持たず放浪し 今夜は早いのね﹂ ている。今日はあの街、明日はあの道、いつかきっとあの公園と。 ﹁あら、もう行くの 地下街の中でも他とは違ったちょっと豪華な扉の奥、そこには夜魔 ニュクスの経営するバーがある。 ここも、あなたのお気に入りの場所の1つだ。お気に入りは他に幾 つもあるが。 この世界に、今日も明日も今夜もなにもない。ここではまだ、時が 生まれていないのだから。 だから、マダムの言う事も本当はおかしいのだ。 ﹁気分の問題よ。あなたはツケとか言い出さないから。そこの誰かと 違ってね﹂ 黒く派手な服を着て、髪を高く立てたマダムは、そう言って店の隅 でチビチビと酒をなめていた魔王をからかう。 言われた魔王は、その長めの金髪と白いマントをバサッと振るい、 マダムとあなたの方へと向きを変えた。 マントの下は白いフンドシ一丁の勇ましさ。さすがは悪戯色男の ロキである。なかなかに大したものだ。 もちろん、あなたはロキのそれが自身のそれに劣ると考えている 802 ? が。 俺の財産全部かっぱらって行きやがったの﹂ ﹁ツケばっかりで悪かったな。つーか、アンタが立て替えといてくれ よ。アンタだろ 確かに、あなたにはこの魔王ロキの財産を奪いつくした記憶があ る。だが、それはあなたとは別のあなたの所業だ。 アッシャー界 あなたは、混沌を制し大自然ガイアを鎮めて人の世を創り出した神 である。自由を愛し、女性を愛するあなたの在り方は、なるほど現 世 で暮らしている者に近い。 だが、別の面であることもまた確かなことである。 ﹁つまり払う気はねーってことかよ⋮⋮。力尽くってのも、実際ムリ な話だしなぁ⋮⋮。ハァー⋮⋮﹂ 所詮は敗者の繰り言。あなたが取り合ってやる義理は無い。弱い から悪いのだ。 って言えるんだ 悪魔と神々のこの世界は、人間のそれと大差ない。住人の精神性も 含めて。 ﹁また来て頂戴。ツケがあれば、払いに来なさい けど﹂ いよ﹂ ﹁気付いてる あなた、なんだか、お祭りを待ちきれない男の子みた 渡っているのだ。 上がる頭髪と右手に携えた稲妻は、頭の弱い荒くれ共にもよく知れ 少々細身の体格だが、それであなたを侮る者はいない。青白く燃え そして、これはこの世界では割とよくある格好でもある。 る。祝福された腰布1枚。それがあなたの基本的なファッションだ。 やや幼く見えてしまう顔立ちの下には、さらけ出された素肌があ そんなあなたの格好は、魔王ロキとあまり変わらない。 残っていた酒をぐいとあおり、カウンター席から立ち上がる。 ! 多くの神々を束ねる、神王と言うべき存在なのだ。 あなたはあなたを侮る者を許さない。ここでは、強い者がモテるの だ。弱そうに言われることは我慢ならない。 803 ? 男の子。あなたは本来そんな呼ばれ方をするような悪魔ではない。 ? ただ、そう言ったのがニュクスであるのならば、受け入れることは 出来る。気分はあまり良くないが。 ﹁ヒゲの生えた逞しい男もいいけれど、若くしなやかな男の子もそれ はそれで悪くないと思うのだけれどね。男はやっぱり自分を強く見 せたいのかしら﹂ 若造に見えてしまう外見に不満が無いと言えばウソになる。だが、 元が元であるだけにそれは仕方のない事だろう。 つまり、人修羅が悪い。あなたは、もうひとりの自身に向けて小さ く文句を言った。 取り敢えず、あの青い鎧を着よう。厳つい重装備に身を包めば、そ れなりの威厳も備わるだろう。 さて、あれは何処に仕舞いこんだか。あるいは、何処かの女に預け たか。 それを探すために、あちらにこちらにと訪ねてみるのも悪くない。 804 あなたはマダムに代金を支払うと、愛用の武器を片手に店を出た。 よくよく考えてみれば、今のあなたは若い姿で顕現している。その さて、まずは誰の所に転がり込もうか。 ためか、イロイロとうるさい特定の相手もいない。 つまり、自由だ そして、カグツチ塔223階││永遠の好敵手アーリマンを打ち ラ、邪神サマエル。 トウキョウ議事堂││魔王スルト、邪神マダ、魔王モト、魔神ミト オベリスク││クロト、ラケシス、アトロポスのモイライ三姉妹。 ニヒロ機構││堕天使オセ。 て久しい。 そのアーリマンも、その配下達も既にあなたの勢力の前に敗れ去っ 続けた者。 あなたは天上に輝く太陽の化身。魔王アーリマンと永劫の戦いを 三面六臂。前後左右、あなたの目から逃れられる者は無い。 あなたは、自由と女性を愛する神々の王。雷光を握る者である。 ! 破った場所。そこであなたは光を見送った。 ここは、あなた自身でもある者が眠る玉座へと続く要所。許しなく 通ることは出来ない。 が、その光はあなたの許しを得ていた。 ならば、問題ない。 口を閉じ、目を閉じ、1対の手を胸の前で合わせ、残りの2対の腕 で天を支えるように立つ。 あなたは、金色の冠と腕輪を身に着けている。 上半身のほとんどを露わにし、腰から膝までを覆う衣と、それを吠 える獣の腰帯で止め。 黒石の床を踏みしめる裸足の足は、身体の他の場所と同じ赤紫色。 万物をあまねく照らし焼き尽す光。それを内に秘めたまま、あなた ひょうかん はただ静かに佇む。 勇猛、剽 悍、暴虐の修羅達を統べる王。打ち破った者を蘇らせて従 える、恐るべき混沌の軍の総司令。無尽光へと続く塔の守護者。それ が、あなたである。 サンシャイン60。かつてそう呼ばれたビルの上を、光が通り過ぎ た。 ビルの最上階、そこにある大広間で瞑想に耽ふけっていたあなた は、カッと目を開き頭上を見る。 通常の視界に映るのは、ただの天井だ。広間の左右に等間隔で並べ られたかがり火から立ち上った煙が溜まり、炎の生んだ光と影がゆら ゆらと踊っている。 フッと一息。広間全ての煙を口から吸い込む。そしてそれをその まま飲み下すと、あなたはゆっくりと立ち上がった。 頭を左右に振り、4つの肩を回す。そう、あなたの腕は4本あるの だ。 青い肌の鍛えた肉体を包むのは、ホワイトタイガーの毛皮で作った 腰布のみ。他に身に着けている物と言えば、その毛皮を止める赤い帯 805 と、いくつかの装飾品だけだ。厳しい修行を経たあなたの肉体は、あ りとあらゆる鉱物よりも硬く美しい。 ああ、巻いていると言えば、あなたの身体には2匹のコブラが巻き 付き、その美しいエメラルドの鱗を輝かせている。 あなたは額に引かれた3本の白い横線を指でなぞった。そして、そ の線の中央で縦向きに裂けた第3の目を見開く。 広間の天井を抜け、視界は遥か上空へ。この丸い世界の中心で輝 く、もうひとりのあなたを見据える。 彼はあなたであり、あなたは彼である。 先ほどの光が向かった先を見届けたあなたは、4つの手のひらを打 ち合わせた。すると、手と手の間から太鼓と笛が音を鳴らして躍り出 る。 踊ろう。舞おう。うるるるうらぁりぃあああぅ 1、2,3と歩むごとにより早く、より激しく。あっという間に広 間の扉を開け放ち、あなたは世界をグルリと4回転。うぃーあーおぅ を忘れ、ジャッと猛り踊った。 あなたは舞踏の王であり、吠え猛る嵐の王である。 人はあなたを最強の悪魔と呼ぶ。最強と言えばあなた、あなたと言 えば最強。 あなたは、古き世界を破壊し、新しい世界を創造する最強の破壊神 である。 あなたは輝く3対6枚の翼を持つ。 金の髪の頭には、2本の角が生えている。 髪と同じ金色の瞳と端正な面立ち。男とも女とも判断しかねる白 く光る身体。 その妖しい肉体を隠す物は、一条の白い帯のみ。不思議な帯は、ど の角度から見てもあなたの胸と両脚の付け根とを覆い隠していた。 806 ! その後、あなたはかつてマントラ軍本営と呼ばれたビルの屋上で我 ! あなたは、光を掲げる者。 あなたの掲げる光とは、知恵である。自由である。 自由とは、奈落を見る崖、死のかげの谷なり。あなたは、あなたの 月と共に人に死を与えた。 死は人に知恵を与え、心を与えた。 病を患い、痛みに苦しみ、老い死に果てる肉体。あざけり、裏切り、 欺きに傷つき否定と敗北にのたうつ心。 人に降りかかる災いの全ては、あなたの与えた光から生まれた。 あなたは悪魔の帝王だ。魔王ベルゼブブの忠を受け取る、魔帝であ る。 そんなあなたは、ヨヨギ公園で妖精たちと戯れていた。ここはあな たのお気に入りの場所である。 ⋮⋮うそうそ ﹂ 寝所にはピラミッド状の建物が寄り集まった神殿を用いているが、 オマワリサーン 今日はここに来たい気分だったのだ。 ﹁やーん、ヘンタイだー ! ﹁もう、オシマーイ ﹂ い。むしろ楽しい。絶対零度で凍り付くのもオツなモノである。 ここは良い。昔は苦労した気がするが、遊びとしてなら文句はな ! 戻った。 アラディアは、あなたと月の女神の間に生まれた娘であると言う者 がいる。 入り口の門に大きな提灯、〝雷門〟。ここはアサクサ。泥から造ら れたマネカタたちの街。 あなたはそんな泥人形達の街の奥深く、ミフナシロと呼ばれる地の さらに奥、神を降ろす岩に腰を下ろしていた。 ここはミフナシロ。泥人形の聖地。 あなたは、かつて彼らマネカタを助けたことがある。その時、弱く 儚い彼らはカブキチョウの捕囚所に囚われ、痛みと苦しみにあえいで 807 ! 上空を光が通り過ぎる。それを一瞥すると、あなたはまた遊戯に ? いた。 あなたは彼らを苦しめていた悪魔を殺し、分断されていた彼らの言 葉を伝えて協力できるようにし、ついには彼らが彼ら自身の力で檻か ら逃げ出せるようにした。 そこまでしても、彼らは囚われの地から逃げ出せなかった。檻を抜 けた彼らの前に、巨大な水の竜ミズチが立ち塞がったのだ。そして、 彼らマネカタを率いる予言者もまた竜に囚われてしまっていた。 あなたがその水の竜を焼き払うと、道を開かれ予言者を得た彼らは 喜び勇んでこの約束の地アサクサへと旅立った。 苦難の末、マネカタ達はアサクサへとたどり着く。そして、マネカ タ達の予言者は神の託宣を得ると皆に告げてこのミフナシロへと 籠った。 マネカタの予言者││フトミミ││は、ミフナシロ最奥の岩で祈り を捧げ、弱者であるマネカタのためのコトワリを得ようとしたが、そ の願いが叶うことは無かった。 マネカタの神は現れず、代わりにバアルが現れ彼を殺したからだ。 フトミミの願いは、弱者だけの世界。弱く醜く愚かで、清く貧しい マネカタしか存在しない世界。 それは、バアルの望む強者の世界とは全くの逆。バアルは強く賢く 美しい者だけが富み栄える世を目指していた。バアルはマネカタを 憎んでいたのだ。 ここはミフナシロ。マネカタの指導者の墓地。あなたは後に彼の 魂を拾い上げたが、彼の夢はここで死んだ。 あなたはこのミフナシロに降り立った、バアルではない神である。 あなたとバアルは同じ建物で寝泊まりしたこともある仲であった。 しかし、ここでその交わりは一度終わりを迎えたのだ。 あなたはこの場所で、バアルとの対立を決定的なものとし、ウリエ ル、ラファエル、ガブリエル等の大天使を従え、後にその3大天使の 長であるミカエルをも従えた。 そして、あなたは滅ぼした蝿の魔王バアル・ゼブルを引き裂き、そ の血の中から輝くメタトロンを生み出したのである。 808 あなたの背には、何対もの羽根が波打っている。フサフサだ。 しかし、髪は無い。ハゲである。 あなたは、その黒い身体に何の衣類も身に着けていない。ただ、翼 の内の一対で腰回りを覆っているだけだ。 あなたの4つの瞳は火、水、土、風それぞれの力を宿す。 あなたは大天使を従え、世界を創造する者。泥から生まれたヒトガ タの助けを求める声に応じた者。ノアに力を与えた神霊。 あなたを神と呼ぶ者がいる。あるいは、造物主とも。あるいは、偽 ﹂とあなたの機嫌良い笑いがビルの谷間に響 りの神。あるいは、愚者とも。 ﹁グワッハッハッハー き渡る。 ここはシブヤ。自由と欲望の街。あなたがブルンブルン、ヌルヌル ヌルンと徘徊する場所だ。 ﹂ 今のあなたは、道路の上で取り込み中。 ﹁ニャーン、良いカンジー 鎧。腰布。羽衣。翼。 なぜ、隠す。 それでも混沌王の一面か なぜ、さらけ出せない。 軟弱者どもが ! あなたは思う。他の者はなんと惰弱なのだろうか、と。 中心ラインから突起した部分に興味シンシンなのだ。 最近のお気に入りは、口が大きいと評判のネコマタ。彼女は、躰の ﹁はぁん﹂ ﹁グハハハ、裏側も頼むぞ﹂ ? るはずだ、と。 つまり、マル出し、モロ出しの自身こそが、最も立派な悪魔なのだ、 と。 ﹁毛づくろい、毛づくろいー。アタシの神様、マーラさまぁん﹂ 809 ! 真の強者は臆さない。ありのままわがままに、己の全てを表に出せ ! あなたは欲望を隠さない。むしろ、それを他者に大きく見せつけ る。 あ な た あなたこそ、悪魔の中の悪魔。魔そのものの権化である。 人々が創世主を思い描くとき、そこに様々な姿を思い浮かべる。 人の心が、混沌を理解するために生み出した仮面。それは化身と なって、あなたの内で形を成す。 悪魔は人間から生まれ、世界と人間は悪魔が創る。 あなたは混沌の王。人に非ず、悪魔に非ず。人であり、悪魔でもあ る。 生まれ、育ち、滅び、また生まれる。ここは、廻り巡る魂とマガツ ヒの輪の始まりで終わり。 創世の光を取り込んだあなたが眠るこの場所は、宇宙の中心││混 ルキア 沌の王と夜の女王の玉座である。 さまよっていた光が、ようやくあなたの下にたどり着いた。 あなたの玉座は、荒涼とした深淵の中心にある。深淵の周囲には昏 い蝶のような夜の翼が広がり、包み込むようにして玉座を覆ってい た。 夜の女王ニュクスは、黒テンの毛皮のように美しい闇夜のドレスを 着てあなたの隣に座っている。彼女は最も古い仲魔、共にこの宇宙の 維持を行うあなたの伴侶だ。 あなたと彼女の傍らには、死の神々や、恐るべき名を持つ強大な悪 魔が控えている。 そして、その他の悪魔達。 噂、偶然、争乱、混迷、不和。人の世の様々な出来事から生まれた、 数え切れないほどの悪魔達。彼らの口から出る騒々しい音色が、絶え ルキア ることなくあなたの世界を騒がせているのだ。 あなたの前までやって来た光は、あなたに道を尋ねた。 ルキア 自分は何処に向かえば良いのか。どうあるべきなのか、と。 あなたは眠るままに光を抱きとめると、向かう先もあるべき姿も無 810 ルキア ニュクス いことを言葉ではない何かで伝えた。 それを受け取った光を、夜が引き取り元来た所へと送り返す。 弾かれるように、光の速さでルキアは飛び去った。混沌の領域を出 て、夜の覆いを越えて、すべての人の心が集い混じる海へと。 ◇ ◇ ◇ 影時間 巌戸台分寮 自室 目が覚めると、影時間だった。どうやら、朝戻って来てからずっと 眠っていたようだ。 ノドが渇いている気がする。あなたはベッドから立ち上がると、部 屋の隅に在る冷蔵庫へと向かった。 811 扉を開け、中にあった炭酸飲料を手に取る。あなたの手のひねりに 続いて、ペットボトルの中の圧力が下がる音がした。 口内に広がる爽快感。ほのかな甘みが脳に染みわたる。 ││こんばんは。 不意に、ボトルを上に傾けるあなたの背に、言葉が投げかけられた。 アリスではない。タイミング的には彼女の出現パターンだが、今の 声は〝男の子〟のものだった。声変わりをしているのかしていない のか、どちらとも取れるような声だ。 ││ごめんね。おどろかせちゃったかい ゆっくりと声の方に振り向く。 ││あらためて、こんばんは。ふふっ、僕が誰かわかるかな 気配の持ち主が身近にいるのだ。 ただ、あなたは彼を知っている。何故かはわからないが、彼と同じ に見えるが、アリスと同じく、彼は人間ではなさそうなのだ。 暗い髪に青い瞳の少年だ。年の頃はよくわからない。小学生のよう あなたの目の前には少年が居る。囚人服のようなパジャマを着た、 ? 不思議と驚きは無かった。警戒心も湧いてこないので、あなたは ? だからだろう、警戒する気持ちが湧いてこないのは。 あなたは、ふと頭に浮かんだ〝彼女〟の名前を口にした。 ││うん。そうだよ、僕は汐見琴音。正確には、汐見琴音の一部。 心の中の〝男の子の部分〟さ。 なるほど、と思った。よくわからないが、何故か納得してしまった。 パズルのピースが、ストンとあてはまった感じだ。 ││ややこしかったら、ファルロスって呼んでくれてもいいよ。分 かり易いでしょ ファルロス。たしか、その言葉の意味は、〝TURTLE│HEA D〟。 あなたの心に、昔の出来事がよぎる。││それは、千晶の辞書に蛍 光マーカーで線を引こうとして、思いっきりはたかれた記憶だ。 ││表に出ていない部分だから、こんな姿なのかも。⋮⋮あるかも ね、君の中にも、〝女の子の部分〟が。 自分の中の異なる部分。普段は表に出していない影の姿。つまり、 シャドウやペルソナのようなモノのようだ。 ││僕はね。汐見琴音なんだ。君もそう言ってくれたしね。でも、 昔はそうじゃなかった気もする。でもやっぱり、同じ汐見琴音だった 気もする。⋮⋮あまり覚えてないんだけどね、昔のことって。でも、 うん、たしか、僕は一度死んじゃったんだ。東京と一緒に。東京が死 んで、今の僕になった。生まれ変わったんだ。たぶんね。 ファルロスの言うことは、イマイチよくわからない。ただ、あなた はその手の話し方に慣れている。 流すのだ。サラリとわかったような口をきいて。 詳しいことを聞いても教えてくれないのだから。今もそうである ように。 ││ごめんね。でも、僕は琴音で、琴音は僕で、でも別の何かでも あった気がする。でも、今は一緒だよ。僕らは1つになったんだ。そ れはたぶん、君のおかげ。 やはり、よくわからない。でも、でも、と何度繰り返すのかと思わ ないでもないが、それは子供の言う事だ。 812 ? ││今日は、お礼を言いに来たんだ。君と一緒に旅をして、僕は楽 しかった。僕の中には、君と過ごした思い出がたくさんある。⋮⋮あ あ、安心して。君が、女の子が大好きだっーてことは、とてもよく分 かってるから。なんでもとは言わないけど、僕は結構詳しいんだ。君 のことならね。 ファルロスは、琴音のペルソナのような存在。そして、あなたの事 に詳しいらしい。 つまり、彼は、ファルロスは。あなたが推測を口にすると、彼は嬉 しそうにうなずいた。 ││うん。僕は数字の〝0〟のような者。汐見琴音の﹃愚者﹄の部 分。誰でも無いから、何にだってなれる。女の子の部分はね、 ﹃死神﹄ の方が良かったらしいよ。⋮⋮ああ、そろそろダメみたいだ。こわー い子がやって来そう。 ファルロスの言葉が終わるか終わらないか。そんなタイミングで、 彼の背後の空間が歪み、そこからにゅっと青白く細い手だけが飛び出 して来た。小さな女の子の手のようだ。最近、たまに見かける気がす る。 ││バイバイ。また明日。 意外と、あるいは当然のように力強い女の子の手が、ファルロスの 首を掴む。そして、ひょいと歪みの向こうへと連れて行ってしまっ た。チラリと見えた金色の髪。 ファルロスに、あなたの別れと再会の言葉は聞こえたのだろうか。 時間が動き出した。今日から6月だ。 あなたはベッドに戻ると、そのまま横になった。 813
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