博士( 学) 久 保 智 史 学位論文題名

博士(農学)久保智史
学 位 論 文 題 名
酢 酸 リ グ ニ ン の 炭 素 繊 維 化に 関 す る 研究
学 位 論 文 内 容 の 要旨
本論文 は4章で構成さ れ、図68、表 30、引用文献 109、総頁数199頁の和文論文 であり、
別に参考論 文7編が添えら れている。
本研究 は常圧酢酸パ ルプ化による木 質パイオマス 成分の総合利 用に関する研 究の一環
として行わ れ、木質パイ オマスから20∼ 30%の収率で 得られる未利 用資源の酢酸 リグニン
を汎用型炭 素繊維および 繊維状活性炭に 変換するため の基礎的知見 を得る目的で 行われた。
本研究 で得られた結 果は以下のよう に要約される 。
1)酢酸リグ ニンの化学構 造と溶融性
リグニ ンの化学構造 や性質は単離法 により著しく 異なることか ら、酢酸リグ ニンおよ
び他の単離 リグニンの化 学構造と熱的性 質を詳細に検 討した。その 結果、広葉樹 酢酸リグ
ニンは他の りグニンでは 認められない溶 融性を持っこ とが示唆され た。高分子化 合物の熱
的性質は従 来、示差熱分 析や示差走査熱 量分析により 研究されてい るが、リグニ ンのよう
に複雑な化 学構造を有す る天然高分子化 合物には、微 量の試料で溶 融現象を明確 に検出で
きる熱機械 分析が有効で あった。リグニ ンの化学榊造 を酸化分解や 分光学的分析 などで検
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外部iIJ塑性 、◎パルプ化 反応で新たに 導人されたア セチル基による 内離可塑性、 @非縮合
型構造など の協奏効果に 起因することを 明らかにした 。針葉樹酢酸 リグニンは十 分な溶融
性を示さな かったが、こ れは針葉樹リグ ニン中の非結 合型構造がパ ルプ化反応に より縮合
型構造に変 換すると同時 に、外部可塑性 を示す低分子 リグこンの割 合が減少した ことに起
因する。針 葉樹酢酸リグ ニンの溶融性は @少量の外部 可塑剤の添加 、◎分別沈殿 法による
高分子リグ ニンの除去、 ◎フェノール化 などの処理に より改善され た。しかじ、 工業リグ
ニンである クラフトリグ ニンはパルプ化 反応によるり グニンの変質 が顕著である ために、
簡便な処理 では溶融性物 質に変換すIる ことは出来な かった。
2)酢酸リグ ニンの繊維化
リグニ ンはアモルフ ァスのポリマー であり、紙パ ルプなどの繊 維原料には使 用できな
い。しかし 、良好な溶融 性を示す広葉樹 酢酸リグニン は、簡単な自 家製装置を用 いた溶融
紡糸により 繊維化し、炭 素繊維の前駆体 繊維に変換す ることが出来 た。紡糸温度 は加熱温
度とりグニ ンの溶融粘度 の関係から適性 粘度(103ポイ ズ)を示す210℃に設定した 。リグ
ニン繊維の 紡糸速度は紡 糸前に試料を200℃前後で加 熱前処理するこ とにより著し く改善
され、工業 用紡糸装置を 用いた450 m7minの高速紡糸 により細径のり グニン繊維を 簡単に
調製するこ とが可能であ った。繊維の引 張り強さも加 熱前処理によ り著しく増加 した。20
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%の高 分子リグニン を除き、溶融 性を改善した針 葉樹酢酸リグ ニンにっいて 同様の溶融紡
糸を検 討した。紡糸 温度はりグニ ンの分解温度よ りも高い370℃であったため に、紡糸の
際に分 解ガスが発生 し、紡糸性に 改善の余地を残 したが、自家 製装置を用い て長繊維を調
製する ことが可能で あった。
3)酢酸 リグニン炭素 繊維の調製と 性能
ピ ッチ系前駆体 繊維の炭素化 には、繊維を酸 素酸化により 不融不溶化し 、熱に安定な
繊維に する前処理が 必要である。 リグニンは工業 原料のピッチ と異なり、分 子中に酸素を
含む官 能基を有する ことから、こ の熱安定化プロ セスを省略ま たは簡略化で きることが期
待され る。針葉樹の 酢酸リグニン 繊維は熱流動し ないことが熱 機械分析によ り示唆され、
熱安定 化プロセスの 省略が可能で あることが明ら かになったが 、良好な溶融 性を示す広葉
樹酢酸 リグニンから 調製した細径 の前駆体繊維で は、空気酸化 による熱安定 化が必要であ
った。 両リグニン繊 維で認められ た熱安定性の違 いは針葉樹リ グニン中の非 結合型グアイ
ヤシル 核が溶融紡糸 の際に自己縮 合し、不融不溶 化繊維に変換 するのに対し て、広葉樹リ
グニン に含まれる芳 香核の5位がメ トキシル基で 置換されたシ リンギル核では 自己縮合に
よる不 融不溶化が起 こり難いこと に起因する。針 葉樹リグニン 繊維で観察さ れた熱安定化
プロセ スが省略でき るとの結果は 工業用前駆体繊 維の炭素化を 含めて、今回 、初めて得ら
れた知 見であり、省 カ化した炭素 化プロセスの可 能性を示唆す る。
広 葉樹酢酸リグ ニンの前駆体 繊維を空気酸化 により不融不 溶化した後、 1000℃で炭素
化した 。炭素繊維の 総収率は32.7%であり、炭素 含量の高いタ ールピッチか らの収率に匹
敵する 高い収率を示 した。その炭 素含量は95%で あり、十分に 炭素化された 平滑な表面の
繊維で あった。リグ ニン炭素繊維 の平均繊維径は 14umであり、 工業生産され ている汎用
グレー ドの炭素繊維 (径く8肛m)に 比べて太く、 引っ張り強度 が小さかった。 しかし、
弓|っ 張り強度は繊 維径と負の栩 関を持つことか ら、リグニン 炭素繊維をT. 業炭素繊維ま で
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4)繊 維状活性炭の調 製と性能
リ グニン炭素繊 維の用途を開 発するために、 高い吸着性能 を有する繊維 状活性炭の調
製を検 討した。リグ ニン炭素繊維 は経済性の高い 水蒸気賦活に より容易に活 性炭化され、
ヨウ素 とメチレンプ ルーの各吸着 量、および吸着 速度は市販の 粉末活性炭に 比ぺて著しく
高く、 リグニンから 調製した活性 炭は低品質であ るとの従来の 報告を改める 結果が得られ
た。活 性炭素繊維の 細孔分布を測 定した結果、粉 末活性炭に比 べて平均細孔 径が小さく、
細孔分 布が狭く、細 孔分布曲線の 細孔領域に特徴 的な極大ピー クが存在する ことが示唆さ
れた。 従って、SEM観 察の結果も加 味して、リグ ニン炭素繊維 活性炭は大きな 細孔径の通
導孔が あまり発達し ておらず、物 質の吸着に関与 するメソ孔と ミクロ孔が繊 維表面に広が
った構 造を有してい ると推定され る。
以 上、本研究は 、木質パイオ マスの主要成分 のーつであり 、未利用資源 であるりグニ
ンを汎 用型炭素繊維 および炭素繊 維活性炭に変換 し、広範な用 途に利用する 新たな技術の
開発に 関する多くの 知見を与えた 。パルプ副産物 として大量に 搬出されるり グニンを高度
な用途 に変換し、利 用できる本研 究の成果は貴重 な天然資源の 有効利用ぱか りでなく、木
質パイ オマスを常圧 酢酸法により 成分分離し、各 成分を石油延 命・代替の次 世代有機資源
として 総合利用する ウッドケミカ ルス産業の設立 を促進するも のである。こ れらの業績は
関連学 会において高 い評価を受け ている。
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学 位 論 文審 査 の 要 旨
主査
副査
副査
副査
教授 佐野嘉
教授 稲垣道
教授 平井卓
助教授 浦木康
拓
夫(工学研究科)
郎
光
学 位 論 文 題 名
酢 酸 リ グ ニ ン の 炭 素 繊 維化 に 関 す る研 究
亠
本 論 文 は 4章 で 構 成 さ れ 、 図 68、 表 30、 引 用 文 献 109、 総 頁 数 199頁 の 和 文 論 文 で あ り 、
別 に 参 考 論 文 7編 が 添 え ら れ て い る 。
本 研 究は 常 圧 酢酸 パ ル プ化によ る木質 バイオマ ス成分 の盤合利 用に関 する研究 の一環
と し て 行 わ れ 、 木 質 バ イ オ マ ス か ら 20∼ 30% の 収 卒 で 得 ら れ る 未 利 用 成 分 の 酢 酸 リ グ ニ ン
を 汎 川 型 炭 素 繊 維 お よ び 繊 維 状 活 性 炭 に 変 換 す る た め の 基 礎 的 知 見 を 得 る目 的 で 行 われ た 。
本研 究で得ら れた結 果は以下 のよう に要約さ れる。
1)酢 酸 リ グ ニ ン の 化 学 構 造 と 溶 融 性
広 葉 樹酢 酸 リ グニ ン は 他のりグ ニンで は認めら れない 溶融性を 持っこ とが熱機 械分析
に よ り示 さ れ た。 高 分 子化 合物 の熱的 性質は従 来、示差 熱分析 や示差走 査熱量 分析によ り
研 究 され て い るが 、 複 雑な 化 学 構造 の り グニ ン に は、 微 景の試料 で溶融現 象を明 確に検m
で き る熱 機 械 分析 が 有 効で あっ た。種 々のりグ ニンの化 学構造 を比較検 討し、 酢酸リグ こ
ン の 溶融 性 の 発現 が 、 @平 均分 子量と 分散性、 ◎低分子 リグニ ンによる 外部可 塑性、◎ パ
ル プ 化反 応 で 新た に 導 入さ れた アセチ ル基によ る内部可 塑性、 @非縮合 型構造 などの協 奏
効 果 に起 因 す るこ と を 明ら かに しを。 針葉樹酢 酸リグニ ンは十 分な溶融 性を示 さなかっ た
が 、 @少 量 の 外部 可 塑 剤の 添加 、@分 別沈殿法 による高 分子リ グニンの 除去、 ◎フェノ ー
ル 化 など の 処 理に よ り 溶融 性は 改善さ れた。し かし、工 業リグ ニンであ るクラ フ卜リグ ニ
ン は パル プ 化 反応 に よ るり グニ ンの変 質が顕著 であるた めに、 簡便な処 理では 溶融性物 質
に変 換するこ とは出 来なかっ た。
2) 酢 酸 リ グ ニ ン の 繊 維 化
良 好 な溶 融 性 を示 す 広 葉樹酢酸 リグニ ンは、簡 単な自 家製装置 を用い た溶融紡 糸によ
り 炭 素 繊 維 の 前 駆 体 繊 維 に 変 換 す る こ と が 出 来 た 。 リ グ ニ ン を 160℃ で 予 備 加 熱 す る こ と
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に よ り 、 450 m7minの 紡 糸 速 度 で 細 径 の り グ ニ ン 繊 離 が 調 製 さ れ 、 繊 維 の 引 張 り 強 さ も 著
し く 増 加さ せ る こと が 出 来た 。 溶 融性を 改善し た針葉樹 酢酸リ グニンの 紡糸温 度はりグ ニ
ン の 分 解 温 度 よ り も 高 い 370℃ で あ っ た た め に 、 紡 糸 の 際 に 分 解 ガ ス が 発 生 し 、 紡 糸 性 に
改 善 の 余 地 を 残 し た が 、 自 家 製 装 置 を 用 い て 長 繊 維 を 調 製 す る こと が 可 能で あ っ た。
3) 酢酸リ グニン 炭素繊 維の調製 と性能
針 槃樹の り・グ ニン11f| 蹴体繊 維は熱 流鋤しな いことが熱機械分お^rにより′Jミされたが、良好な
溶 融 性 を示 す 広 葉樹 リ グ ニン の 繊 維では 、空気 酸化によ り熱に 安定な不 融不溶 化繊維に 変
換 す る プロ セ ス が必 要 で あっ た 。 リグニ ン繊維 の熱安定 性の違 いは針葉 樹リグ ニン中の 非
縮 合 型 グア イ ヤ シル 核 が 溶融 紡 糸 の際に 自己縮 合し、繊 維が不 融不溶化 するの に対して 、
広 葉 樹 リ グ ニ ン に 合 ま れ る 芳 香 核 の 5位 が メ ト キ シ ル 基 で 置 換 さ れ た シ リ ン ギ ル 核 で は 自
己 縮 合 が起 こ り 難い こ と に起 因 す る。広 葉樹リ グニンの 前駆体 繊維を空 気酸化 により不 融
不 溶 化 し た 後 、 1000℃ で 炭 素 化 し た 。 炭 素 繊 維 は 32. 7% の 高 い 収 率 で 得 ら れ 、 そ の 炭 素 含
量 は 95% で あ り 、 十 分 に 炭 素 化 さ れ た 平 滑 な 表 面 の 繊 維 が 得 ら れ た 。 リ グ ニ ン 炭 素 繊 維 の
平 均 繊 維 径 は 14ロ mで あ り 、 工 業 的 に 生 産 さ れ て い る 汎 用 グ レ ー ド 炭 素 繊 維 ( 径 が 8ロ m
以 下 ) に 比 ぺ て 太 く 、 引 っ 張 り 強 度 が 小 さ か っ た 。 し か し 、 弓 Iっ 張 り 強 度 は 繊 維 径 と 負 の
樹 関 を 持つ こ と から 、 リ グニ ン 炭 素繊維 を工業 炭素繊維 まで細 径化する ことに より、市 販
品 に匹敵 する強 度特性ま で改善 するこ とが可 能であ る。
4) 繊維状 活性炭 の調製 と性能
酢 酸 リ グニ ン 炭 素繊 維 は 水蒸 気 賦活に より容易 に活性 炭化され 、ヨウ素 とメチ レンプ
ル ー の 各吸 着 量 、お よ び 吸着 速 度 が市販 の粉末 活性炭に 比ぺて 著しく高 い繊維 状活性炭 に
変 換 さ れ た 。 リ グ ニ ン の 繊 維 状 活 性 炭 は 、 市 販 の 粉 末 活 性 炭 に 比 べ て 平 均 細 孔 径 が小 さ く 、
細 孔 分 布が 狭 く 、細 孔 分 布曲 線 の 細孔領 域に特 徴的な極 大ピー クを持っ ことか ら、物質 の
吸 着 に 関 与す る メ ソ孔 と ミ クロ 孔 が 繊維 表 面 に広 が っ た 構造 を 有 して い る と思 わ れ る。
以 上 、 本研 究 は 、木 質 バ イオ マ スの主 要成分の ーつで あり、未 利用成分 である りグニ
ン を 汎 用型 炭 素 繊維 お よ び繊 維 状 活性炭 に変換 し、広範 な用途 に利用す る新た な技術の 開
発 に 関 する 多 く の知 見 を 与え た 。 これら の知見 は木質バ イオマ スを常圧 酢酸法 により成 分
分 離 し 、石 油 延 命・ 代 替 の次 世 代 有機資 源とし て総合利 用する ウッドケ ミカル ス産業の 設
立 を 促 進 す る も の で あ る 。 こ れ ら の 業 績 は 関 連 学 会 に お い て 高 い評 価 を 受け て い る。
よ っ て 、審 査 員 一同 は 、 ・別 に 行なっ た最終試 験の結 果と合わ せて、本 論文の 提出者
久 保 智 史 は博 士 (農 学 ) の学 位 を 受け る のに 十 分 な資 格 があ る も のと 認 定し た 。