平成19年度 東京都立看護専門学校 社会人入学試験 小論文課題

平成19年度 東京都立看護専門学校 社会人入学試験 小論文課題
次の文を読んで、設問に答えなさい。
われわれは人の死というものを考えるとき、自分の死も他人の死もいっしょくたにして
いることが多い。しかし、死というものには、「一人称の死」「二人称の死」「三人称の
死」があり、それぞれにまったく異質である。
「一人称(私)の死」では、自分はどのような死を望むかという、事前の意思決定が重
要になる。多くの人々は、自分の死に無頓着で、ガンの末期になったとき延命治療を望む
のか拒否するのか、脳死状態に陥ったとき、臓器提供をするのか断るのかといった意思表
示を、きちんと文書で用意している人は少ない。それでも1991年に東海大学医学部付
属病院で安楽死事件”が起きてからは、市民団体である日本尊厳死協会に「リビングウィ
ル(生前の意思)」の手続きをする人が増えている。
「二人称(あなた)の死」は、連れ合い、親子、兄弟姉妹、恋人の死である。人生と生
活を分かち合った肉親(あるいは恋人)が死にゆくとき、どのように対応するかという、
辛くきびしい試練に直面することになる。
「三人称(彼・彼女、ヒト一般)の死」は、第三者の立場から冷静に見ることのできる
死である。交通事故で若者が五人即死しようとアフリカで百万人が餓死しようと、われわ
れは夜眠れなくなることもないし、昨日と今日の生活が変わることもない。
医師にとって患者の死は、いかに熱心に治療を試みた患者であっても、やはり「三人称
の死」の次元にある。人生と生活を分かち合った肉親と死別したときの喪失感や悲嘆は、
そこにはない。
(柳田邦男著『犠牲 わが息子・脳死の11日間』(文藝春秋)より)
(設問)
問題文を踏まえ、あなたは「死」にどのようにかかわったらよいと思いますか。あなたの
考えを1,200字程度で述べなさい。
【解答例】
看護師を志望するものとして深く考えさせられる文章である。筆者の指摘通り、死の形
態を一人称、二人称、三人称の三つに分けて考えると、それぞれのケースで死への関わり
方が必然的に変わっていることに気づかされる。特に、三人称の死をどうとらえるかとい
うことは、医療従事者にとってきわめてデリケートにとらえるべき問題といえる。
医師や看護師などの医療スタッフは、たとえどれだけ親身になって治療や看護にあたっ
としても、患者とその家族にとっては他人にすぎない。不幸にして患者の命の灯が消えて
しまったとき、その死を家族と共に二人称の死としてとらえることはできない。少なくと
も筆者はそう考えている。だが、果たしてそれでよいのか。やや感傷的な気分に過ぎない
のかもしれないが、その患者への思い入れが深いスタッフの場合、二人称の死に近いとら
え方をする者も現実には存在するのではないか。
実はここに医療従事者が直面するジレンマがある。日本の医療は平等主義的な色彩が強
い。一部の富裕層のみが享受できるサービスもないわけではないが、原則的にはどのよう
な患者であっても一律に受け入れ、最適な治療と看護サービスを提供することになってい
る。この見地に立てば、たとえばある患者の死に対してはあたかも二人称の死に立ち会う
がごとき振る舞いをしながら、別の患者に対しては三人称の死として冷静に受けとめると
いうように、患者によって死に臨む姿勢が異なるような態度は望ましいものではない。相
手によって対応を変えることはあってはならないのである。その結果、いわゆるプロ意識
が強いスタッフほど、三人称の死を傍観する立場に徹することとなる。それを「人間とし
ての情がない」といって批判するのは簡単だろう。だが、医療スタッフは身内ではない以
上、たとえ二人称の死を感じる状態に極限まで近づくことができても、二人称の死として
受け止めることはできないだろう、というのが私の見解である。
ただし、患者の死を二人称の死として受け止めることができないということと、二人称
の死を理解できない、ということとは意味が異なる。一人称の死についてはいうまでもな
いが、二人称の死に悲しむ家族にどのように接するかということも、医療従事者が常に直
面している課題であろう。その際、患者の死を常に三人称の死として冷静に受け止めるこ
としかできないスタッフには、一人称の死はもちろん、二人称の死のつらさを想像するこ
とができないだろう。だからこそ、医療現場で大切なことは「思いやり」と「想像力」だ
と私は考える。自らの死および最愛の人の死に直面し、悩み苦しむ人たちに対して、どれ
だけその人の心情や願望を想像することができるかが、医療従事者には求められているの
である。(1128字)
【解説】
文章は短く平易で、しかも例年の都立看護の問題とは異なり、医療従事者ならだれでも
が関心を持つであろうテーマであっただけに、どの受験生もかなり書きやすかったのでは
ないだろうか。少しも書くことが思いつかなかった、という人は相当少なかったはずであ
る。だからこそ、ちょっとした記述の軸のぶれや、意見・主張のあいまいさが命取りにな
りそうな課題といえる。
望ましくない解答は、自分にとって一人称の死は「○○の死」、二人称の死は「△△の
死」、そして三人称の死は「◇◇の死」と受け止めている、というように3つの人称ごと
にコメントを述べていくパターンである。相当記述したいことがはっきりしていないと、
これでは結論のまとめようがない。それよりも、自分が最も考えたいテーマに絞って、意
見をまとめた方がよい。上記の答案例は、医療スタッフが三人称の死を冷静に受け止める
という点に関して考え、医療従事者はどのような態度で患者の死に臨むべきか、という提
案を試みている。やや記述にくどいところはあるが、1200字の字数制限を無理なく使
っている。