こちら - 政策情報学会

政 策 情 報 学 会
第 3 回 研 究 大 会
予 稿 集
2007 年 11 月 17 日(土)
会場 立命館大学朱雀キャンパス
目
次
研究発表〔A 部会セッション①〕
●「日中比較からみた中国の自動車リサイクル事業の現状と課題」. . . . . . . .
王
舟
1
●「中国の交通状況とその環境負荷低減策に関する研究」. . . . . . . . . . . . . . . . . 張
沖
6
●「ウランバートル市における環境問題と市民の環境意識」. . . . . . . . . . . . . . . 堀田 あゆみ
研究発表〔A 部会セッション②〕
●「商店街再生における商業人教育」. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 小川 雅人
12
17
●「調和社会の形成と市民の情報発信」. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 加藤 友佳子
23
●「バングラデシュの統合的水資源管理における地方自治体およびコミュニティの役割」. . . . 大倉 三和
26
研究発表〔B 部会セッション①〕
●「循環型社会形成における建物を取り巻く会計学の問題点」. . . . . . . . . . . .
土屋 清人
31
●「世界一シンプルな「○△□のカンタン経営」
」. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 山本 英夫
36
●「特許権の安定性と知的財産制度」. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 服部
忍
41
研究発表〔B 部会セッション②〕
●「急がれるトランスメディア概念の定着」. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 源
澤田
加藤
山田
高志
龍一
久明
善弘
45
●「サステイナブル社会構築に向けての文化芸術戦略」. . . . . . . . . . . . . . . . . . . 佐和 達児
48
●「知の体系化とその醸造のためのシステム思考についての基礎的研究:
アリストテレスという一個体パターンの複数個体システムへの適応」. . . . . . . . .
52
鈴木羽留香
日中比較からみた中国の自動車リサイクル事業の現状と課題
王 舟(Wang zhou)
(立命館大学大学院政策科学研究科博士後期課程 資源循環リサーチ D1)
[キーワード]資源循環、情報公開、処理技術の高度化、地域格差に見る政策(中国)
Ⅰ. はじめに:研究背景・目的
モータリゼーションが進展する中国において、自動車の普及率が急速に上昇することは
確実であり、循環社会の構築をうまく進めない場合には、将来大量の使用済自動車及び廃
車を生み出し、廃車の処理による環境汚染の影響は深刻な社会問題になると考える。先進
国である日本の経験や教訓を活かし、早急に自動車リサイクル事業に関する整備を行う必
要があると考える。本研究は、中国における持続可能な循環社会の最適な使用済自動車及
び廃車の資源再利用・適正処理システムの構築を最終的な到達点として、その基礎的研究
として位置づけられるものである。
そこで本研究では、まず、日中の自動車の「保有・生産・リサイクル」現状分析を通じ
て、中国の GDP 成長によって 2001 年度から民間・個人の自動車保有台数が急速に増加す
る要因から、自動車の使用寿命を 10~15 年と推定すれば、中国のモータリゼーション進展
が本格化するであろう 2015 年には、廃車の発生量は急速に増加することを明らかにする。
次に、その時点で中国では、
「政策法規、処理設備」の整備不足、環境意識の低さなどの問
題によって、自動車のリサイクル事業がモータリゼーション進展に追いつかない事態にな
ると考えて、日中の自動車リサイクル事業についての比較分析によって、最終的に中国に
おける自動車リサイクル事業の課題を明らかにすることが目的である。
Ⅱ. モータリゼーションによる日中の自動車の「保有・生産・リサイクル」現状分析
自動車のリサイクル事業が発達した要因は、大量の金属部品を含む使用済み自動車及び
廃車に対する資源再生・再利用の促進によるものである。再資源化された金属素材が再生
資源として利用されることによって新たな商品(自動車)が生産される。従って、大量の
金属資源を使用して生産された自動車の「生産・保有状況」は、リサイクル事業と直接関
係があると考える。
1. 日本におけるモータリゼーション
日本のモータリゼーション進展は、戦後の高度経済成長(GDP 成長)によって日本国民
の生活水準の向上、余暇の拡大による移動への要求は経済性だけではなく、快適性と迅速
性も必要となった。自動車はその特性を持つ交通手段として注目されるようになり、自動
車の普及に拍車を掛けた。
1
1) 日本の自動車の保有・生産の分析
日本は、1980 年代から 2004 年までは保有台数は緩やかに増加しており、図 1 に表すよ
うに 1990 年から 2004 年まで、毎年平均約 600 万台のベースで新規登録届出が続いてき
た。日本の自動車メーカーにおける自動車生産は「国内生産+海外現地生産」で表され
る。図 2 に表すように、日本の国内生産台数の全体図を見ると 1990 年がピークで 1,349
万台を示している。2005 年は 1,079 万台となって、乗用車は 901 万台となっている。国
内生産台数が増加した要因は、最も便利な特性を持つ交通手段として注目された乗用車
新規登録届出台数
65
74
21
74
64
72
98
73
40
73
81
70
72
71
00
70
85
66
80
68
26
63
01
65
91
59
09
55
69
57
4000
65
61
6000
保有台数
(万台)
の大量普及との関連性が考えられる。
(万台)
8000
1500
1200
1349
国内生産台数
乗用車生産台数
900
600
1104
1227
694
1014
994
764
703
529
1079
1019
835
761
901
456
2000
725
777 752 695 646 652
686
707 672 587
586
596 590 579 582 585
0
1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004
300
317
0
1970
図 1 日本の保有台数と新規登録届出台数の推移
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2005
図 2 日本の自動車国内生産台数の推移(国内総生産・乗用車)
(出典:日本自動車工業会「自動車統計月報」から作成)
2) 日本の自動車リサイクルの現状
日本では、年間約 500 万台程度の使用済自動車を発生しており、年間約 100 万台は中
古車として海外に輸出されている。中央環境審議会において推計されたデータの結果に
よると、ASR も加味したリサイクル率は 80~86%程度であり、予測では、2015 年度以
降、リサイクル率は 95%を達成する見込みである。なお、日本の全国では、解体業者は
約 5000 社、破砕業者は約 140 社である。2005 年 1 月 1 日からは「自動車リサイクル法」
が本格施行された。
2. 中国におけるモータリゼーション
先進国と比べると中国のモータリゼーションは、遅れて進行している。現在、自動車の
普及率は 1.3 %で世界的にも低い水準にとどまっている。中国の自動車普及が遅れている
理由は①道路の整備が遅れていること、②低所得である(湊清之.2002)
。
1) 中国の自動車の保有・生産の分析
自動車統計データに基づいて図 3 を示すように、2004 年末に民用自動車の保有台数は
約 2694 万台に上り、その中で個人所有自動車は約 1481 万台である。自動車生産台数の
推移は図 4 に表すように、総生産台数は 2005 年に初めて 615 万台となった。2005 年に
中国の自動車総生産台数は日本の国内生産台数の約半分となっており、自動車の総生産
順位、乗用車の生産順位とも世界第 4 位となっている。
2
(万台)
3000
(万台)
750
個人所有自動車
民用自動車
2383
2500
1802
2000
1500
1000
511 551
500
73
82
606 692
96
818
118 156
942
205
1040 1100
250 290
1219 1319
358 424
625 771
生産総量
615
600
2053
507
444
450
1453 1609
534
乗用車
2694
393
325
1487
969
300
1219
150
0
58
4
51
4
71
7
107 130
16
22
137 145
27
34
148
38
158
49
163
51
183
57
207 234
61
70
202
231
109
1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005
0
1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004
図 3 中国の民用(個人)自動車保有台数の推移
図 4 中国の自動車生産台数の推移(生産総量・乗用車)
(出典:「中国汽車工業年鑑」、「中国統計年鑑」各年版から作成)
2) 中国の自動車リサイクルの現状
中国経済貿易委員会の自動車統計データによると、仮に自動車の最大使用年限を 15
年間とした場合、2005 年末時点で、利用価値の無くなる廃車は約 150 万台発生すると推
計される。2010 年には年平均で廃車数量は約 200 万台にのぼる。中国では大型シュレッ
ダーマシン導入による廃車の大量処理化は遅れており、手解体による細分別化が主流で
ある。業者の環境意識が低い原因で ASR について多くの場合は、焼却処理などを経ず直
接埋立に処理されている。有害物質による環境汚染、処理従事者の安全性の確保等が問
題となっている。
また、処理業者が利益追求を目的として不法解体等を行うことで正規の回収解体ルー
トを通じて処理される廃車台数は約 1/3 程度に留まっている状況も見られる。こうした
違法な廃車取引市場を取り締まるため、2001 年に中国経済貿易委員会が諸外国の関係法
律を参考として「廃自動車回収管理弁法」を制定した。2003 年に国家経済貿易委員会が
認定した回収解体企業は 356 社である。また、2005 年には「中古車流通管理弁法」が施
行された。
Ⅲ. 日中の自動車リサイクル事業についての比較
表 1 に表すように現在、中国の車リサイクルと関連する法規は、あくまでも不法の廃車
交易市場を引き止めるための法規であり、本格の環境保全、循環社会構築の観点から、資
源である廃車に対する持続可能な資源再利用に関する法規ではないと認識している。管理
機関の役割分担の不足によって、処理業者に対する管理は混乱をしている状態である。
また、自動車リサイクル事業に関する資料やデータは、内部資料として「公安機関」
、
「商
務部」が管理をされているため、各管理機関が情報を公表しないことが多い。リサイクル
情報を共有するといったことが中国ではまだできていない現状である。
専門処理設備(解体設備・破砕設備)の導入が遅れている状況であり、処理業者は手解
体による「人海戦術」の細分別化が現状である。廃車の大量処理化は遅延している。
3
表 1 自動車リサイクル事業についての日中比較分析
項 目
関連法規
制度・法規成立の
背景について
各管理機関・組織
費用負担の方法
・料金構成
処理技術の現状
主導業界概略
業者の利潤原点
日 本
中 国
2005 年☞「自動車リサイクル法」が本格施行された。 2001 年に☞「廃自動車回収管理弁法」が施行した。
2005 年に☞「中古車流通管理弁法」が施行した。
☞国内で埋立て地(ASR)の処理問題
☞不正改造車の販売と違法改造・解体に歯止めがかかり、
☞EU における自動車リサイクルの制度改革の影響で
環境や安全面から新車への切替え促進が進むことにな
ある
り、経済効果も出てくる。
☞(財・自動車リサイクル促進センター)【指定再資源 ☞【国務院・地方政府】、【経済貿易委員・工商行政】【公
化機関】、【資金管理法人】【情報管理センター】
安機関】、
☞【都道府県知事等】、【経済産業省・環境省】
☞前払い方式(逆有償化)で車の所有者が負担する
☞前払い方式(回収側から払う方式)で「廃車回収・解体
☞一般車両は 7,000 円/台~18,000 円/台である
業者、資源再生業者」に負担する
☞(フロン類の回収・破壊並びにエアバッグ類及び ASR ☞車体の重量で 1,000 元/t~2,000 元/t(金属資源値段)
の処理)に要する費用。
☞廃車の回収・解体料金は全てのリサイクル費用を含まれ
ている
☞自動車製造業者(メーカー)による「3R 設計の取り ☞民営・私営の【廃車回収業者】、
【資源再生業者】を中心
組む」を初め、【ART】【TH チーム】2 つに分かれて処
として廃車の処理を行う。
理チームを作った。
☞リサイクルの処理技術は「手作業」が多く、専門処理設
☞処理業者は専門処理設備の普及を進んでいる
備(解体設備・破砕設備)の導入がまだまだ遅い
☞中古部品販売の収入
☞廃車の処理による金属資源の収入、中古部品販売の収入
☞廃車の処理による金属資源の収入、処理料金
☞改造車・廃車販売の収入(違法改造業者)
Ⅳ. 中国における自動車リサイクル事業の課題
前の日中比較分析を踏まえて、ここでは、最適な使用済自動車及び廃車の資源再利用・
適正処理システムの構築が必要な条件分析に着目して、中国における持続可能な循環経済
の自動車リサイクルの将来に向ける課題を検討する。
1. 完全な情報管理システムの構築(情報公開)
最適な廃車の資源再利用・適正処理システムを構築するために、日本の自動車リサイク
ルシステムの経験を踏まえて、専門の情報管理センターを設立し、
「電子マニフェスト」の
報告を通じて記録情報を管理することにより、一台一台車が新車から廃車まで全部の状況
が把握されることとなる。リサイクル情報を共有することについては、処理業者が存在し
ている地域の住民等の知る権利が確保されること、その地域の行政運営における透明性が
確保されることは重要であると考える。つまり、情報公開による行政の透明性を確保する
方法である。廃車の処理状況の情報公開によって、行政が説明責任を果たすことで、行政
と住民の間に信頼関係を構築することができるようになると考える。政府機関の管理方法
を整備することの是非も含めて検討する必要もある。
2. 処理技術の高度化
中国の「循環経済」の推進においては、自動車リサイクル事業に対する処理業者の低技
術レベルの現状について、処理技術の革新が必ず重要の課題となってくる。EPR の理念に
基づいて、各業者間が連携する形式で 3R 取組みの役割を分担することと技術革新の推進
により、積極的なリサイクル・適正処理が展開しやすくなると考える。そこで、経済力が
低い処理業者に対して政府は、
「専門処理設備の開発を推進する支援制度を制定すること」
を検討する必要もある。
4
また、政府は、
「先進国との連携による処理技術の導入(技術移転)に関する支援制度」
を制定することを是非も含めて検討する必要がある。
3. 地域格差に見る政策法規の改革課題
自動車保有台数と処理業者の相関分析の結果によって、地域の格差問題で実際に廃車処
理による環境影響は後進地域の方が深刻となっている現実があるため、現状の政策・法規
を改革する際、まず、地域特性を考慮して改革方針を決める必要があると考える。国の環
境行政より各地域の特徴を考える上で、地方の環境政策と対策を先に考えるべきか検討す
る必要がある。回収業者数が多く、経済力が低い後進地域では、先進地域より早急に自動
車リサイクル事業に対応する支援制度を制定しなければならない。
また、モータリゼーションの進展により大量発生した廃車に対応ができない恐れがあり、
日本の自動車産業のように、中国の自動車産業にも 3R 取組みの役割を分担し、開発設計・
生産段階から廃車となるまでの「静脈部」を育成する支援制度も重要な課題であると考え
る。
Ⅴ. おわりに
本研究は、
「日中の現状分析と比較分析」によって、中国の自動車リサイクル事業は、
「最
終所有者・処理業者の環境保護の意識が低い問題」と「処理業者の経済的利益追求至上主
義」が原因で不適正な処理(不法改造・不法解体)を横行している現状を明らかにした。
また、政府が「不法改造・解体」に対応する目的のためだけに制定した関連法規は、各管
理機関・組織・関係者に対する役割分担の不十分さが原因で、実行性が乏しい現状(空文
化の問題)があることも明らかにした。以上の成果を踏まえて、日中の自動車リサイクル
事業の問題点を洗い出すことにより、最後的に中国における自動車リサイクル事業は、①
完全な情報管理システムの構築(情報公開)
、②処理技術の高度化、③地域格差に見る政
策法規の改革課題の三つの課題を明らかにした。
中国における、持続可能な循環社会の最適な使用済自動車及び廃車の資源再利用・適正
処理システムの構築を最終的な到達点とする本研究の狙いから、次の 2 点が今後の課題に
なる。①日中間のリサイクル業者の連携による技術移転を中心によって、中国の処理業者
の処理能力を向上する方向付け、中国における適正な廃車処理システムを構築することを
検討する。②EPR と生産国責任の議論によって、日本の自動車メーカーと中国の自動車メ
ーカーの責任・役割を検討し、
中国における自動車リサイクル事業の改善方策を考察する。
5
中国の交通状況とその環境負荷低減策に関する研究
―北京を事例として-
張 沖
(立命館大学大学院政策科学研究科博士前期課程)
[キーワード]経済成長、環境負荷低減、燃料転換、燃費改善、
1. はじめに
中国の経済は 1978 年の改革開放以降、市場経済を拡大させながら、20 年以上の長期に
わたり年平均 9%以上の実質 GDP 成長率を達成し、2005 年に中国の GDP は 18 兆人民元
を超えて、GDP 総量は世界第 4 位になった。
中国では高い経済成長を背景にモータリゼーションが急速に進展している。1990 年から
2005 年かけて、中国の自動車保有台数は約 6 倍に増加し 3200 万台に達した。中国汽車(自
動車)工業協会の最新の統計によると、2007 年 1~8 月、国産乗用車の販売台数が 402 万
1600 台に達し、前年同期比 24.09%増加した。そのうち、セダン型乗用車は同 26.31%増加
の 301 万 2800 台を売り上げた。自動車の保有台数は日本の 40%である。しかし、一人当
たりの保有台数は世界平均レベルの 12%、OECD 諸国の 3%に過ぎない。
本研究では、中国の交通状況を述べ、北京を事例として、交通分野における環境負荷低
減策例について、①バスの燃料転換、②車両の燃費改善(車種変更)の二つの対策の導入
効果について試算を行い、中国の交通分野における環境負荷(環境汚染と CO2 の削減)の
低減効果の解明を試みた。
2. 中国の交通現状
表1で分かるように、中国の自家用車は 25 年で約 65 倍に急増している。その背景とし
ては①13 億人の消費市場、
②20 倍増の国内総生産と 16 倍増の一人当たり GDP の経済力、
③20 倍増の高速道路総数と 3.5 倍増の一人当たり道路面積のインフラ整備と考えられる。
表 1 中国に関する主要指数比較表
人口総数
国内総生産
一人当り GDP
道路総延長
高速道路総数
一人当り道路面積
自家用車保有台数
1985 年
10 億 5800 万人
9040.7 億元
858 元
88.8 万キロ(1980 年)
0.21 万キロ(1995 年)
2.93 平方米(1978 年)
28.5 万台
2005 年
13 億 760 万人
183956.1 億元
14040 元
193.1 万キロ
4.10 万キロ
10.34 平方米(2004 年)
1848.1 万台
出典:中国統計年鑑、中国汽車工業年鑑 各年度
6
増加倍率
1.2 倍
20.3 倍
16.4 倍
2.2 倍
19.5 倍
3.5 倍
64.8 倍
2.1 中国の交通事情
2.1.1 道路
中国の道路の構成からみると、2005 年の統計数字により、全国等級内道路の総延長は約
159 万キロ、総延長に対する割合は 82%である。その内、二級及び二級以上の高級道路の
長さは 32.58 万キロ、全体の 16.88%に当る。2004 年末に採択された「国家高速道路網計画」
では、人口 20 万人以上の都市を、高速道路網によって結ぶ方針が示された。この高速道路
網計画を基に、2006 年末まで、中国高速道路の総延長は 4 万 5400 キロに達した。
2005 年 1 月交通部が提案した「国家高速道路網計画」が国務院の審査を通過した。この
高速道路計画の中で計画した道路網は「7918 ネットワーク」と略称されている。
「7918 ネットワーク」は基本的に放射線と縦横船を組み合わせた道路ネットワークを提
案し、目標としては、国土全体を七つの首都放射線、九つの南北縦断線、十八の東西横断
線の三種類の高速道路で結ぶことを計画した。この計画によると、完成後の高速道路総延
長は 8 万 5 千キロとなり、その内幹線が 6.8 万キロ、地域環状線及び連絡線が 1.7 万キロと
なる。同計画の実施によって、「首都と省都をつなぎ、省都同士を結びつけ、主要都市を
つなぎ、重要な県と市をカバーする」国家高速道路ネットワークが形成される。2010 年ま
でに、高速道路を 2 万 4000 キロ新規建設し、国家高速道路ネットワークの枠組みが基本的
に形成される。
2.1.2 鉄道
1994 年、中国の鉄道運行距離はわずか 5.9 万 km だったが、2005 年末現在、全国の鉄道
営業総距離数は 7.54 万 km に達し、そのうち、電化距離数は 2.01 万 km で、ロシア、ドイ
ツに次ぐ世界で三番目の電化鉄道大国となっている。2004 年の初めに国務院の認可を得て
実行された「中・長期鉄路網建設計画」によって、2020 年には全国の鉄道営業総距離数は
10 万 km になる。
1997 年から、中国の鉄道は 5 回にわたってスピードアップが行われた。スピードアップ
された総延長距離数は 1.7 万 km に達し、特急列車の最高時速は 120km から 160km まで引
き上げられ、 主要な幹線の一部区間の最高時速は 200km に達することになった。
世界で海抜が最高の青海=チベット鉄道は 2005 年 10 月に全部完工し、2006 年 7 月 1 日
営業試運転を経て、開通した。
2.1.3 民用航空
1990 年、中国で民間航空のフライト便が使用できる空港は 94 ヵ所だったが、2005 年末
現在、
135 カ所に達した。
民用航空ルートは 1990 年の 437 条から 2005 年の 1257 条に達し、
そのうち国内線が 1024 条で、国際線は 233 条で、世界各地の 70 余の都市とつながってい
る。
民用航空ルートの距離数は 1990 年の 50.7 万 km から 2005 年の 199.8 万 km に達した。
民用飛行機保有機数も 1990 年の 499 機から 2005 年の 1386 機に増加した。2005 年では航
空貨物輸送取扱量を 78 億 9000 万トン・キロ、旅客輸送取扱量を 2045 億人・キロ、貨物輸
送量 を 306 万 7000 トンそれぞれ達成した。
7
2.2 都市公共交通
2005 年末、都市交通に投入された交通運営車両は 31.3 万台で、そのうち、公共バスは
30 万台(そのうち、天然ガス車 3.87 万台、LPG 車 1.57 万台)、トロリーバスは 2553 台、
レール車両は 2364 台であり、その外に、タクシー台数は 93.7 万台である。公共交通の旅
客輸送量は 483.7 億人に達した。
2.3 自動車の現状とその政策
2007 年 6 月までに、中国の機動車の総保有台数はすでに 1 億 5000 万台になっている。
そのうち、自動車は 5300 万台、二輪車は 8300 万台になった。2007 年 1~8 月、国産乗用
車の販売台数が 402 万 1600 台に達し、前年同期比 24.09%増加した。機動車の平均伸び率
は 18%に対して、乗用車の平均伸び率は 25%である。また、自家用車保有台数は 1994 年
の 205 万台から 2005 年には 1848 万台に増加した。
2007 年 8 月 14 日に、北京では「京 L」のナンバープレートの発行がスタートした。北
京の自動車登録台数は、同 15 日に 307 万台に達した。
北京市では、自動車の抑制策として、奇数・偶数ナンバー別車両通行規制策「グッドラ
ック北京」を実験(オリンピック前の競技運営テスト)として、8 月 17 日~20 日にナンバ
ー別通行規制を実施された。「グッドラック北京」の一環としてのナンバー別車両規制実
験による交通渋滞が改善され、汚染物質が減少していることが実証された。
北京では 9 月 16 日~22 日、「都市公共交通ウィーク・ノーカーデー」活動が実施され
る。市内の天橋-珠市口間、王府井-八面槽間などでは午前 7 時から午後 7 時まで、公共
交通車両しか通行できなくなる。そして、公共交通を促進するために、IC カードを導入し、
バス料金を 0.4 元/次に低減した。渋滞を防ぐためには、バス専用車道を設立した。
3. 環境負荷低減策:北京を事例として
3.1 北京の公共交通
北京市の公共交通の運行車両は主にバス、軌道交通、タクシーである。2006 年まで、そ
れぞれ運行車両数はバス 2.54 万台(グリーンディーゼル車 1.4 万台、天然ガスバス 0.38 万
台)
、軌道交通 968 両、タクシー6.7 万台であった。公共バスの年間総走行距離は 15.7 億
km に達した。
2005 年北京市の公共交通旅客輸送量は 52.5 億人、
その中、
バスは 45.7 億人、
軌道交通は 6.8 億人、タクシーは 6.5 億人であった。
3.2 バスの燃料転換:環境負荷の低減と CO2 の削減に寄与する
北京公共交通控股(集团)の情報により、走行距離からみれば、北京市内を走るバスと
郊外、周辺都市へ走るバスの二種類バスを分けられる。本研究では、市内の短距離を走る
路線バスを短距離バス、郊外、周辺都市へ走るバスを長距離バスということを定義する。
本研究では、天然ガスは大気汚染などの環境負荷に効果があるが、長距離には不向きこ
ととディーゼルは燃費がよく CO2 排出量が少なく、CO2 の排出抑制策になるが、短距離走
8
行に難があるため、天然ガスとディーゼルを補完することが、効果的だと考えた。
計算式:CO2 排出係数×トン当り燃費基準値×バス重量×年間総走行距離=年間 CO2 排出量
表 2 北京市のバス燃料別の CO2排出量試算表:
CO2 排出係数 トン当り燃費基 バ ス の 重 年間総走行距離
(kg・CO2/L) 準値(L/Km・t)
量(t)
(億 Km/年)
ガソリン
ディーゼル
天然ガス
2.32
2.62
1.96
0.068
0.045
0.082
14
14
14
CO2 排出量
(万 tCO2/年)
15.7
15.7
15.7
347
259
353
バスの重量は 18 年度国土交通省で発表されているバスの重量の中間値 14 トンを使用している。
トン当たり燃費基準値(原単位)は 18 年度国土交通省で発表されている燃費一覧表により、ガソリンは
0.068L/Km・t、ディーゼルは 0.045 L/Km・t、天然ガスは 0.082 L/Km・tを使用している。
CO2 排出量の排出係数は環境省
『温室効果ガス排出量算定方法ガイドライン二酸化炭素排出量調査報告書』
よりガソリンは 2.32kg-CO2/L・ディーゼルは 2.62kg-CO2/L・天然ガスは 1.96kg-CO2/L を使用している。
天然ガスとディーゼルのメリットを活かしデメリットを補いあい、市内短距離を走る路
線バスに天然ガスバスを、郊外、周辺都市の長距離を走るバスにディーゼルエンジンバス
を導入するという環境負荷低減と CO2 削減を同時に行うことができる。
3.3 車両の燃費改善:CO2 の削減策
北京市では、2008 年のオリンピックに向け、イメージアップと排気ガス対策の目的とし
市内を走行するタクシーをより燃費の良い車種への更新政策を打ち出した。
本研究は、北京市の 6.7 万台タクシーの 40%をしめる、
「北京現代汽車」のソナタ(索纳
塔)への更新とハイブリットの場合について試算を行った。
計算式:対象台数×年間走行距離×燃費基準値×排出係数=年間 CO2 排出量
更新する前
更新した後
ハイブリット
表 3 北京市タクシー更新の CO2排出量試算表:
CO2 排出係数
対象台数 走行距離 燃費基準値
CO2 排出量
車
型
(kg・CO2/L)
(台) (km/年) (L/ Km) (万tCO2/年)
2.32
26800
146000
0.102
92.6
2.32 索纳塔(韓国) 26800
146000
0.07
63.5
2.32 トヨタ普锐斯
26800
146000
0.047
42.7
ガソリンの CO2排出量の排出係数は環境省の『温室・・報告書』での 2.32kg-CO2/L を使用している。
年間走行距離は中国情報局により、日走行距離の中間値 400kmから、14 万 6000km/年を使用している。
北京首汽租赁有限责任公司により、旧型タクシーの燃費の中間値は 0.102L/Km を使用している。
「現代」
の索纳塔 2.0 GL と中国産のトヨタ普锐斯 1.5 AT の燃費値は公表されている数字を使用している。
索纳塔 2.0 GL は 13.98 万元。普锐斯 1.5 AT は 26.72 万元。#93 ガソリンは 2007 年 8 月、4.71 元/L。
9
経済と環境効果:①索 塔と普 斯の導入により、それぞれ年間 22005 元と 37821 元の
ガソリン代の節約。両車種とも同じく約7年間で節約したガソリン代で新車を購入するこ
とができる。
②車両の燃費改善により、
それぞれ年間 10 ㌧と 18 ㌧ CO2 の削減効果がある。
4. 終わりに
本研究では環境負荷低減や CO2 削減対策について検討してきた。北京の「グッドラック
北京」規制政策と北京のタクシーの更新政策により、中国で政府政策の実行可能性が高い
ことが明らかにした。そして、①バスの燃料転換により、環境負荷の低減と CO2 の削減同
時に寄与する、②車両の燃費改善により、CO2 の削減の効果があることが明らかにした。
しかし、中国のモータリゼーションが急速の進展により、以上の対策だけではエネルギー
安定供給問題と地球温暖化をはじめ環境負荷問題を解決するには限界があることを認識し
た。中国で公共交通システムの利用により、環境負荷を低減することを期待する。
10
参考文献
(1)佐和隆光・周瑋生著『中国道路輸送 CO2 対策及び運輸部門 CDM 改善策に関する研究』2007.2
(2)中国統計年鑑編著『中国統計年鑑』2005 2006 中国統計出版社
(3)北京市統計年鑑編著 『北京市統計年鑑』2006 北京市統計出版社
(4)中国汽車工業聯合会編著 :『中国汽車工業年鑑』2005 機械工業出版社
11
ウランバートル市における環境問題と市民の環境意識
堀田あゆみ
(立命館大学大学院国際関係研究科 博士課程前期 3 年)
[キーワード]ウランバートル市、環境問題、大気汚染、土壌汚染、廃棄物処理、
市民の環境意識
1. はじめに
モンゴル国は、1990 年頃からそれまでの社会主義体制、計画経済を放棄して、民主化、
市場経済化を急速に推し進めてきた。市場経済化に伴って生活様式や物流システム等は変
化し、都市部におけるモータリゼーションの進展や人口集中によって、エネルギー消費と
廃棄物の増大、不適切な廃棄物処理・焼却による土壌・大気汚染が顕在化するようになっ
た。また、排水処理の設備が行き届いていないゲル地区からの生活排水や、工場等からの
排水、河川敷へのゴミの投棄による水質汚染、家畜のし尿の河川や土壌への浸透による汚
染など、多様な環境問題が発生している。
政府も環境汚染の現状を把握しており、何らかの対策を講ずるべきであるという見解を
示している。しかしながら、政府はこのような環境問題への対応策を実行するだけの十分
な機能と資金を備えていない。一方で、環境汚染は進行し住民の環境意識は高まってきて
いる。政府は住民のニーズに応えるため経済発展と環境保全を両立していかなければなら
ず、住民を巻き込んだ環境行政システムを構築する必要に迫られている。
本論では、環境汚染の深刻なウランバートル市の環境汚染の現状とその要因を分析する
とともに、環境汚染に対する住民の意識について、2004 年に当市で行った意識調査の結果
を踏まえて、環境改善へ向けた今後の課題について検討したい。
2. ウランバートル市の環境問題
首都ウランバートルはモンゴル経済の中枢である。産業生産の 30%、エネルギー生産の
85%を占めており、GDP の 50%以上がここで生産されている。また、中央政府機関や、
教育・医療サービスを提供する公共機関も集中している。市内には団地(アパート郡)と
ゲル地区が存在し、市人口の約半分がゲル地区に住んでいる。
同市の人口は、1990 年には約 58 万人であったが、2004 年には約 93 万人にまで増加し
ている。ただし、ウランバートル市の周辺には未登録および無所属の住民が凡そ 25 万人い
るとも言われており、実質的にはモンゴルの総人口 250 万の内、約4割がウランバートル
市に集中していると考えられる。
この人口増加の主な要因は、都市型経済の発展に伴う雇用機会、高等教育、医療サービ
スの充実等に引き付けられた地方や地方都市からの人口流入である。これに加えて、ここ
12
数年頻発しているゾド(寒害・雪害)や草原・森林火災、干ばつにより生活基盤を失った
遊牧民やその家族等が職を求めて移住してきている事が挙げられる。このような人々の多
くは市街地の周辺部から山腹の斜面にかけて、ゲル(1)や木造家屋を建てて生活している。
急激な人口流入に伴い、
市の周辺部にはゲル地区が無秩序に形成され、
年々拡大している。
しかしながら、ゲル地区には道路や上下水道、廃棄物処理などの都市サービスが十分に整
備されていないのが現状である。
2.1 大気汚染
市街地の上空は灰茶色の大気の層で厚く覆われている。特に冬期は汚染がひどく、町を
歩くと灰色の靄で視界が遮られ、物を燃すような臭気を感じる事が多々ある。自然環境省
は、大気汚染源として、石炭火力発電所、自動車、暖房用の石炭ボイラー、家庭を挙げて
いる。2 ヶ所ある石炭火力発電所は市内の団地地域の電気や暖房用のエネルギー供給を一
手に担っているが、風上に立地しているため、排煙が市街地にまで到達していると言われ
る。
市内250ヶ所に散在する暖房用の石炭ボイラー施設は、
年間40万トンの石炭を消費し、
1 万トンの二酸化硫黄(SO2)や二酸化窒素(NO2)を含む有害物質を排出している。また、
市街地を取り囲むゲル地区には7万世帯以上が居住しており、年間 20 万トン~35 万トン
の石炭と 16 万トンの薪炭材を消費している2。
自動車の急増も看過できない。国内の自動車総数の約 48%がウランバートルに集中して
いる。また、登録されている全車両の内 8 割以上が生産後 10 年以上経過しており、年間
70 トンの汚染ガスを排出しているという報告もある3。整備や部品の調達に問題を抱え、
新たな汚染源として対策が必要であるが、排ガス環境基準値を満たしていない車両に対す
る罰則規制はなく、修理・改善も義務付けられていないという。さらに、最近では自動車の
急増と交通制度・道路の不備が重なって、市内各所で交通渋滞が発生するようになり、排
出ガスの増加に拍車をかけている4。
2.2 廃棄物処理
街頭や事業所、団地、ゲル地区から出される廃棄物は、地域毎に廃棄物処理、道路の掃
除、公共工事等を請け負う専門業者によって回収され、市街地郊外の山間部にある 2 ヶ所
の最終処分場に投棄される。しかし、これらの処分場には、処理施設や飛散・漏洩防止設
備がない。廃棄物は覆土される事なく、また産業廃棄物等と区別される事もなく無秩序に
投棄されている。政府は大気を汚染するとして焼却処理を禁止しているが、自然発火や、
スカベンジャーによる放火などによって、多くの場合は野焼き状態で放置され、発生した
煙や煤塵は市街地周辺のゲル地区等に飛散している。
(1)
遊牧民が生活に利用する移動式住居
加茂義明「モンゴル環境問題シリーズ(1)しのびよる足元からの環境汚染-いのちと国土を蝕
む土壌汚染」2004.Unpublished.
(3)
The World Bank. (2004) p.11
(4)
加茂,2004.
(2)
13
プラスチック製品や金属片、ゴムチューブや布、革製品、骨等ありとあらゆる種類の廃
棄物が低温で焼却されるため、ダイオキシン等の物質が発生しており、有害化学物質によ
る土壌や家畜等の汚染、人体への影響が危惧される。
行政は、廃棄物処理に関する法律・規制の整備に立ち遅れており、廃棄物処理場の不足、
不法投棄の取締りや有害廃棄物の分別処理制度の未整備、財政不足、廃棄物処理料金徴収
の不徹底等、様々な課題を抱えている(5)。
3. 環境意識調査の結果に見られる住民の環境意識
環境問題への取組みには行政だけでなく住民の関心と協力が不可欠である。そこで、地
域住民が環境の変化に対しどの様な認識を持っているのかを明らかにしようと試みた。結
論から言うと、2004 年の「ウランバートル市民の環境に関する意識調査」(6)の結果、住民
の環境意識は概ね高いという事がわかった。彼らの関心が最も高いのは大気汚染、水質の
悪化、廃棄物問題であった。
「工場からの排出ガス、ゲル地区から出る石炭粉塵による大気
汚染」に約 8 割、
「自動車の排気ガス」に 7 割が高い関心を寄せており、ほぼ全員(97%)が
大気は汚染されており、不安を感じていると答えた。民主化以前と比較すると大気・水質
共に 7-8 割の住民が悪化したと感じている。その他「ゴミの処理や減量化、リサイクル問
題」
に約 7 割が、
「有害化学物質による人体への影響」
にも 6 割の住民が関心を持っていた。
また、廃棄物問題に対し、ゴミ減量に取組むべき主体は「住民」であると 7 割以上が答え
た。さらに、
「環境を守るためには現在の生活レベルが落ちてもやむをえない」という意見
が 76%を占めた。この結果を鵜呑みにはできないが、自分達が主体となって取組むという
意志が伺える。
4. 環境改善へ向けた課題
モンゴル政府は、排出ガスの限定検査の導入、製造業者に省エネでクリーンな技術を採
用させるようなインセンティブ・課税の導入などを検討中であり、大気汚染の監視、汚染
項目の作成、国家の大気の質に関する行動計画などを実行に移そうとしている。しかし、
重要な役割を担う省庁間の連携・協力がうまく行われていないため、計画の実施に支障を
与えている。また、いくつかの自治体や県において、住民参加型の廃棄物の収集活動の支
援や、廃棄物処分場の利用認可制の導入による不法投棄の排除に乗り出しているが、予算
が乏しく、経費の回収ができないという問題を抱えている。
環境が悪化するにつれ、住民の環境意識が高まると共に環境行政・対策の強化を望む声
が強まっている。環境問題への迅速な対応が迫られるが、現実問題として資金の不足によ
(5)
(6)
加茂,2004.
調査時期:2004 年 11 月 23 日~12 月 1 日。調査対象:ウランバートル市内に居住する 18 歳以上
の男女 500 人。
調査方法:戸別訪問形式による配布・回収(その場で記入,留置き)
。 質問票 510 通を配布、492
通を回収。内 6 通は無効票→有効票は 486 通(回収率 95%)
。女性が 299 人(62%)
、男性 153 人
(31%)、無回答 34 人(7%)。
14
り放置するか国際的な援助により頼むかの二者択一しかないのが現状である。そこで、限
られた予算の中で政府の持てる人材や情報を提供し、住民とアイデアを出し合って効率的
な環境行政システムを構築する事が必要となる。高い環境意識をもった住民の協力が必要
不可欠である。
5. おわりに
新たな技術の導入や設備の整備だけでは、環境問題の根本的な解決にはならない。政府
職員や住民に対する環境教育や啓蒙活動が同時並行で行われることが最も重要である。一
部の政府関係者や住民の中には、環境教育の必要性を認識し、学校教育への取入れの動き
や、地域で開かれるセミナー等への参加といった積極的な活動も見られる。しかし、大多
数の人々は環境意識こそ高いものの、実践に結びついていない。廃棄物や自動車の増加、
家庭からの排水などが環境悪化の要因であると知ってはいるが、これらの問題を自分達の
消費行動やモラルと切り離して考えがちである。行政に対して廃棄物管理システムの整備
と処分場の建設などを求めるだけでなく、自らがゴミを出さない工夫をする努力が必要で
ある。また、住民には政府や国際援助によって実施されるプロジェクトの進展状況や結果
に関心を払い、援助額に惑わされた政府が政策決定の判断を誤らないように監督するとい
う役割も期待される。
15
参考文献
・加茂義明(2002)
「ウランバートル市民の環境意識」中央大学政策文化総合研究所.
・加茂義明(2003)
「第 部第 3 章アジア内陸地域/3.モンゴル/3-2.モンゴルの都市部におけ
る環境問題 p.p.210-215」
『アジア環境白書 2003/04』日本環境会議・アジア環境白書編集委員会編,
東洋経済新報社.
・加茂義明(2004)
「モンゴル環境問題シリーズ(1)しのびよる足元からの環境汚染-いのちと国
土を蝕む土壌汚染」
.
・加茂義明(2002)
「モンゴル国における環境保全制度に関する問題点」
.
・加茂義明(2002)
「モンゴル国の都市環境問題-ウランバートル市の事例を中心に-」
.
・加茂義明(2005)
“Х рээлэн буй орчны асуудал ба хот суурин газрын тулгамдсан асуудал.
”
・国際協力事業団(2002)
「国別環境情報整備調査報告書(モンゴル国)
」
・国際協力事業団(2001)
『モンゴル国 ウランバートル市廃棄物管理計画調査事前調査報告書』
・国際協力推進協会(1999)
『モンゴル─開発途上国国別経済協力シリーズ第3版』
・関満博,西澤正樹(2002)
『モンゴル/市場経済下の企業改革』新評論.
・安田靖(1996)
『モンゴル経済入門─鷹の舞への応援歌』日本評論社.
・ADB, (2002) Mogolia’s Environment: Implications for ADB’s Operations. ADB Press.
・The World Bank, (2004) Mongolia Environment Monitor 2004: Environmental Challenges of Urban
Development. Washington, D.C. U.S.A.: THE WORLD BANK Press.
・JICA,(2005) Улаанбаатар хотын хог хаягдлын асуудал.
・National Statistical Office of Mongolia, (2005) MONGOLIAN STATISTICAL YEARBOOK 2004,
Ulaanbaatar.
16
商店街再生における商業人育成
小川 雅人
(福井県立大学)
はじめに
多くの中小規模の都市では中心街が空洞化し、シャッター通りからゴーストタウンとも
いえる状況になっている。後述するように全国の商店街の景況を見ても「繁栄している」
商店街は 2~3%にすぎない。多くの商店街は商店街活動を維持することが難しく、存続さ
えも危ういのである。本稿で敢えて商店街再生と表現するのは、従来の延長線上の支援策
ではほとんど不可能と言えるからである。現在の商店街が抱えている課題は商業経営者の
経営者の高齢化、後継者不在による経営意欲の欠如などの内部的要因だけではない構造的
課題であるからである。例えば、都市の郊外化と郊外大型店の増加、また自動車道路整備
とモータリゼーションの進展などは人口が増加していた高度経済成長の時代に進められた
都市政策が背景にある。この経済社会構造は、グローバル経済の進展とともに地方都市を
中心とした地域経済の衰退していった構造の必然の結果である。2004 年の商業統計でも、
小売業売場面積が増加している一方で小売業全体の年間販売額が減少した。中小商店の店
舗数の減少、売上減の状況だけでなく、大型店が店舗面積を増やしても売上高が減少する
という商業全体の構造的変化であり、中心街の空洞化を含む地域商業の衰退は商店街だけ
の問題ではなく、大きな商業構造、都市構造の問題でもある。
しかし、地域社会にとって商店・商店街はこのまま衰退し、消滅してもよいのか。商店・
商店街は地域経済の活力を滋養するだけでなく、自立化を求められる地方都市における地
域経済だけでなく文化、生活を支える役割を有しているのである。郊外の大型店とは異な
る重要な使命を有しているのである。
商店街の再生は新しくまちづくり三法が施行されてもすぐできるわけではない。施設整
備やイベントを実施しても再生できない。商店・商店街の再生はそこに生活する人特に地
元商業人の意欲にかかっている。
その意欲は自店の経営力の強さを背景として自負である。
その商業人の経営力育成支援が最も重視すべき課題である。
1. 商店街再生の意義
(1) 地域社会の機能と商店街
地域社会とは、
「一定の地域的範囲の上に人々が住む生活基盤、地域の暮らし、地域の自
治の仕組みを含んで成立している生活共同体」(広辞苑)である。
「生活基盤」や「地域の暮
らし」は、人々が将来にわたって、経済的にも文化的にも安心して生活できる一定のエリ
アであり、住民自治と団体自治である「自治の仕組み」を含んでいる。すなわち持続可能
な地域社会は生活者、産業人などの住民と自治体である。
17
地域社会の必要とされる機能は、地域に雇用と所得および生活に必要な財・サービスを
提供する経済的機能、
地域固有の出会い・ふれあい・感性豊かな環境の中で、住民が安心して
楽しく暮らし人間的に成長するための生活・福祉機能、これらの機能が長い歴史の中で、継
承洗練されることによってかもし出される地域独特の教育・文化機能である1。
特に経済的機能では、地域で収穫・製造された農水産物や製品等は地元の商店・商店街
で販売されることにより地域内経済循環が成立し、地域に対する経済効果が域外大型店(チ
ェーン店)の販売よりも大きいという主張もある。矢作は地域活性化には地域循環経済が重
要であるという視点から「地域内経済で発生した所得が地域内で消費され。それが次の生
産活動を誘発し、地域経済が循環再生産することが望ましい」2 (矢作弘、2005 年、p.128)
という表現でアメリカでの経済効果の分析を示している。またこの考え方は、既に金倉に
よって検証されていた3。静岡市を例にイトーヨーカドーの出店について、地域内経済循環
には地元小売店の経済活動の方が貢献度は大きいという。金倉は「地域内所得循環の視点
から見る限り、大型店の営業活動から生ずる波及効果の多くが地域外へ流出し、地域経済
に環流する割合が少ない」(金倉、1988 年、p.171)という指摘をしている。
これまでも地域社会の機能に深く関わってきたのは商店街である。行政が商店街を支援
してきたのも単に経済活動の担い手としてだけでなく、それ以外の役割も評価してきたの
である。しかし、現在全国の多くの商店街は、非常に厳しい状況にある。そこで全国の商
店街の実態を見ておくことにする。
(2)地域商業と商店街
①商店街の現状
全国の商店街実態調査4では、景況感は「繁栄している」商店街は 2.3%しかなく、
「停滞
している」(53.4%)「衰退している」(43.2%)をあわせると 9 割を越える商店街が非常に厳し
い現実であることが分かる。まだ、回答した商店街はアンケートに答えることができる組
織がしっかりした商店街であることを考えると、
事態の深刻さは容易に知ることができる。
商店街における大きな問題として回答しているのを見ると、最も多かったのは、
「経営者の
高齢化による後継者難」(67.1%)で、次いで「魅力ある店舗が少ない」(66.3%)である。こ
の平成 15 年調査以前は郊外の大型店などとの競争が上位にきていたが、今回では「大規模
点との競争」は 36.9%で第 7 位である。既に商店街の多くは大型店との競争についての意
識は薄れ、
個々の経営力のなさやの高齢化など店の存続を意識する意識構造になっている。
空き店舗率も 7.31%と依然として多く、商店街の機能劣化が急速に進んでいることが分か
る。
②「商店街」存続の条件
商店街の状況は非常に厳しい。しかし、全国的に見た場合、活気がある商店街には3つ
の共通した強さがある5。これは、商店街が存続するための条件といえよう。換言すればこ
の条件が揃う商店街は活気を維持できるが、一つでも欠けるとやがて商店街として機能し
なくなるといってよいだろう。
第1は商店街の組織課題である。商店街の組織課題は、共同化意識の強さで見ることが
できる。これは商店街理事長や幹部などのリーダーがリーダーシップを発揮している結果
である。言わば組織の力である。この場合もカリスマの一人の強力なリーダーがいるだけ
18
でなく、できれば複数のリーダーそれも比較的若いリーダーがいるほうがより力を発揮し
ている。活気がある商店街に共通性の一つは商店街のリーダーがいることである。
商店街の経営者に対するアンケートで「経営上の課題」は何かについて聞くと多くの場合
上位に来る項目は「商店街の顧客吸引力がない」とい項目が挙がってくる。東京の砂町銀
座商店街の前理事長は「商店街の顧客吸引力がない」という商店街のアンケート結果に前
理事長は「商店街を構成するのは個々の店、商店街の力が弱いのは自分の店が弱いからだ」
と力説する。そして「個々の店は、商店街が何をしてくれるかではなく、商店街に何がで
きるかを考えろ」と訴えるのである。
第2は商店街の集積課題である。これは商店街における店舗の集積性の強さである。店
舗の集積性にはいくつかの視点がある。小売市場のように比較的狭い範囲に店が集積して
いること。近隣型商店街で言えば、生鮮3品が揃っているように、必要な種類の店がある
こと。その必要な店が、できれば複数あって、消費者の購買の幅の広がりがあること。
商店街が横のデパートといわれるように、一定の集積に必要な店が連続していることが買
い物には欠かせない条件である。今日の近隣型の商店街の多くは、必要な店がなくなって
しまっただけでなく、都会でも離れた場所にポツンと立地していて買いまわるのが不便と
いうところが少なくない。大型店が一箇所で揃う「ワンストップショッピング」の機能で集
客していることがその例である。
消費者は購入するところが一箇所しかない、選択の幅がないことは非常に買い物に対す
る満足度が低いのである。顧客の心理として「ハレ」の日と日常では同じ人でも店を変え
るように消費者は選択できる店があること購買に効果的なのである。
第3は商店街の経営課題である。商店街には顧客をひきつける魅力のある店がなければ、
如何に商店街で販売促進しても一過性で終わり、商店街の活性化とはならない。いかなる
商店街においても「いい店」があることが商店街存続の前提である。多くのところで、商
店街に頼らないでポツンと一店で立派な経営をしている店はあるし、魅力のない店が集ま
っていても「急場しのぎの需要」はあるにしても、その商店街がそのままであれば顧客か
らやがて見放されていくのは当然である。
2. 商業人育成の視点
地域商業人育成のための間・民問わず、各地、各機関で様々な取り組みがされている。
しかし、効果が上がっているところスは必ずしも多くはないように見える。森本(2007)は
経営者教育には「様々な知識(K)と経験(E)を反復して濃縮する能力(A)といる場と機会(教
育)が必要である」6と指摘している。地域商業人育成のためのビジネススクールが必要で
あるが、一方的な知識習得だけでなく、経営者としてのキャリアのベースとした実践教育
が必要である。例えば自治体、経営者グループ、NPO、企業・企業団体等各団体・組織
が支援している「商人塾」
、
「あきんど塾」
、
「ベンチャー起業塾」
、
「産業振興会議」等であ
る。人材育成は産業活性化の切り札であるが地味な方法である。人材育成には非常なる根
気と、時間がかかる。筆者が関わった数多くの人材育成の「塾」も、成果が見えてくるの
に5年間。立派に地域のリーダーとなってくれるのに 10 年はかかっている。それだけ時間
がかかっても地域産業活性化のためには「主役」である若い産業人リーダーを育成するし
かないのである。とかく、時間がかかり、地味で、かつノウハウがない行政の機関、組織
19
では必ずしも積極的ではない。
様々な各種「塾」でも人材育成のためにはいくつかのポイントがある。①知識習得の講
義座学は必要最低限にすること。②参加形式で考える内容が必要であること。③参加メン
バー同士の一体感を重視すること。④修了した後も双方向の連携を保つこと。⑤次の段階
の場を持っていること等である。これらのことは運営上のポイントである。
人材育成には3つの視点から考える必要がある。
第1は、
「リーダーづくり」である。これからの時代の産業支援は行政主導ではない。
地域産業人のリーダーあるいはそのグループによる産業振興を行政が支援する仕組みが必
要である。リーダーづくりは「塾」を通して育成されていく。経営の知識習得と経営実践
で自社の業績が向上するに従い多くの経営者は社会的使命を認識していく。自然と地域で
のリーダーとなっていくのである。
「塾」の大きな役割の1つは経営力向上のためのメニュ
ーをしっかり用意することである。
経営力向上はリーダーづくりのポイントである。経営者が地域のリーダーになっている
のはよくみる。多くの場合そのリーダーは、自分の企業経営が比較的順調にいっている人
である。年齢も社会的地位も経営の基盤がしっかりしていることと無関係ではない。特に
次代のリーダーを担う若い経営者は、地域社会での繋がりを持ち、社会参加しようとして
いる人でも、経験の少なさ、経営基盤の脆弱さなどが一面今ひとつ積極的になれないでい
る要因とも思える。もちろん人格、識見などに問題がなく、社会的意識があっても、経営
基盤が不安定であれば、それどころではないというのが正直であろう。また、経営基盤が
しっかりしている経営者に対しては地域の経営者同士が自然と一目置く関係になっている
のも多くの例を見るところである。地域商業人育成は、様々な手段で経営力を向上させる
プログラムを作ることが大切なのは、
決して特定の経営者を利することではないのである。
第2は、
「仕組みづくり」である。仕組みとはリーダー育成のための器づくりである。
「塾」
「ビジネススクール」等である。多くの場合、最初の仕組みは市町村などの自治体がつく
ることが多い。その場合でも多くの失敗例は一方的講義で「塾生」はお客さんとなってい
ることである。
「参加してもらう」のではなく、
「意欲の後押し」に徹することである。ま
た、主催者に「何のため」
、
「将来何を期待するか」といった展望がなく、短期的に成果を
求めすぎることもうまくいかない理由の1つである。
第3は、
「制度づくり」である。制度づくりは「塾」修了後の人材育成と活用の制度を
準備しておくことである。
「塾」終了後、塾生は地域で、それぞれの立場で経営者や産業人
としてリーダーとなって活躍していく。それをより実効性を高めるためにいくつかの制度
を用意しておくのである。例えば、①塾の講師としてのリーダーシップの発揮。②行政へ
の各委員会委員などとしての行政への関与である。③より広域的な経営者とのネットワー
クへの参加等である。
「ビジネスネススクール」や「塾」は1つの手段である。決して目的
ではない。また、修了で終わりではない。人材育成は育成する側のストーリーを明確に持
って成果をあせらず、意欲を醸成することである。
3. 行政と地域社会の架け橋
これからの行政、特に基礎的自治体は以前のように中小企業者に対しては非常に木目の
細かな、いわば痒いところに手の届く、親切な、換言すれば過保護とも言えるような施策
20
を継続することはできない。地域社会の主人公は住民、地域社会での事業者である。地域
社会に責任を持つのも住民、地域社会での事業者である。地域リーダーを育成するのは地
域社会にとっても行政にとってもこれまで以上に重要である。
実際のいくつかの例を見てみよう。東京の墨田区に「すみだ商業人塾」がある。墨田区
は古くから産業の街として雑貨系といわれる非常に広範な業種にわたる数多い町工場の街
であった。産業振興に熱心な区として製造業だけでなく、商業にも各種の支援施策を持っ
ている。その一つが「すみだ商業人塾」である。1996 年に区の支援でスタートした。募集
は区商連や区の広報、口コミ等で行った。募集に当たっては「経営に危機感を持っている
やる気のある経営者」という限定をつけたが、設立総会には 20 名程度を見込んでいたが
80 名を超える応募があった。参加に対する厳しい条件をつけた。例えば有料、欠席は認め
ない、自分の店を診断の場として提供するなどである。結果として 40 名ほどでスタートし
た。
定例会は月1回で夜 2 時間程度、毎回テーマを決めて勉強会とメンバーの店の自己診断
を進めた。メンバーには、商業者以外に自主参加の区の職員、中小企業診断士、大学教員、
ミニコミ誌発行人等の異色名人もメンバーであり、毎回活発な議論が戦わされた。メンバ
ーの店の自己診断では、他のメンバーが事前にその店をしっかり見ておき、塾でお互い忌
憚のないその店の改善提案をした。診断される店の経営者は必死になって反論し、経営者
同士の厳しい議論になっていった。その過程で各経営者は自店の診断の番が来るまでしっ
かり自分の経営を考え、改善していった。さらに次の自店診断までに指摘されたことは改
善し、次回に報告するのである。参加者の目の色が変わり、経営に対する姿勢が見違える
ようになっていった。
この塾の本来の目的は、経営力向上ではない。地域のリーダーの育成である。3,4 年経つ
うち区商連の副会長、区商連の青年部の幹部として全国の商店街などから講演依頼が殺到
するスターも輩出された。多くのメンバー区の各種審議会等の委員にもなり行政に提案す
るとともに、地元では行政の立場も理解した地域リーダーとして活躍しているのである。
21
注・参考文献
1
吉田敬一『まちづくり再考』中小商工業研究所 2006 年
矢作弘『大型店とまちづくり』岩波新書 2005 年 pp.128-133
3
金倉忠之『東京問題の基本構造』財団法人 東京市政調査会 1998 年
4
『商店街実態調査』平成 15 年調査 中小企業庁
5
商店街の活性化については小川雅人他『現代の商店街活性化戦略』pp19-26 を参照されたい。
6
森本三男「経営者教育:MBAコースとその対策」
『創価経営論集』第 31 巻第 3 号 2007 年 p.10
2
22
調和社会の構築と NPO の情報発信
加藤 友佳子
(特定非営利活動法人 ソーシャル・デザイン・ファンド 事務局長)
[キーワード]NPO の情報発信、説明責任、ICT、情報読解能力、協働事業
1. 研究意義
NPO/NGO、市民団体(以下 NPO で統一)といったセクターが企業や行政に台頭し、今
や地域社会のサービスの充実に NPO は欠かせない存在である。だが、NPO に対する理解
や認識がどの程度深まっているかは疑問が残る。地域にどのような NPO 団体があり、ど
のようなサービスを提供しているのか、実際には知らないままの住民は多い。現状ではサ
ービスを提供している NPO は潜在的な需要を取りこぼし、サービスを受けられるはずの
住民も供給不足と不満が募っている。これは社会全体としての損失ではないだろうか。
この問題の解決に何が必要なのか。そして現実的にどのような策を講じることが可能で
あるのか。調和の取れた社会づくりに向け、地域サービスのマッチングに対して早急な分
析と対処が必要である。ここでは「NPO」と「情報」の関係を焦点に「情報をいかに扱う
べきか」そして「情報の扱い方をどのように学ぶべきか」を考え、問題の解決となる政策
の方向性を提案したい。
2. NPO の情報発信の必要性
NPO は活動のあらゆる点で情報を扱う高い能力が特に問われる。日々の活動情報、年度
末事業報告、助成金申請などその報告の対象も内容も様々である。NPO にとっては日々の
活動を伝えることそのものが新規の支援者・寄付者集めにつながり、既存の支援者パフォ
ーマンスにもなっていく。活動の内容を分かりやすく伝えていくことは、支援者あっての
NPO 活動において常に重要なことである。
企業や行政との協働を促すためにも支援を受けた活動の報告は必須である。予算や収益
の一部を NPO 団体に寄付や協働事業費として充てている立場に立つと、支援先の NPO に
魅力的な活動報告を求めるのは当然である。今後益々情報の扱い方を制す NPO が高い信
頼を得、団体としての基盤を築いていくことが可能となるであろう。
地域社会のサービスの充実にもまずは NPO 側からその存在を伝え、住民のコミュニケ
ーションを図る中でサービスの需給バランスを読み解くことが重要である。また、積極的
なマッチングを働きかけていく努力が必要であろう。
23
3. 情報発信の質的変化
NPO の情報発信は年々その形を変化させてきている。NPO 側も説明責任(アカウンタ
ビリティ)への認識も高まり、報告書などの形だけでは終わらせるのではなく、報告の仕
方そのものに関心を向ける団体も増えてきたためである。その流れを後押しするように、
ICT(Information and Communication Technology)の進化が NPO の情報発信に質的変化をも
たらしていることを指摘したい。
支援者とのコミュニケーションが密になる活動報告では、例えば従来の文字だけの報告
書は伝えにくく、形式的になりがちであった。支援者も年度末には「読まねばならない」
良心で報告書を手にしていたが、文面から活動現場の様子を感じ取るには難しくもある。
そこでここ数年新しい動きとして見られるのがブログを用いた活動報告である。飾らない
言葉と雰囲気の伝わる写真や動画を使って周囲へ語りかけていく。一年に一度の文字だけ
の報告書から、リアルタイムと現場の映像が訴える力は文字情報を遥かに超えていく。そ
れらは「生きた情報」として発信され、支援者や関心ある人々へと伝わっていく。現場の
スタッフ、支援者双方の反応も好評である。共感こそが NPO に集う人々の絆であり、そ
こには「臨場感」が何よりの鍵となることが立証された。
さらに三次元の仮想空間と称される「セカンド・ライフ」は情報発信の概念をさらに広
げていく。海外の NPO は早々に進出し、情報発信ツールとしてはもちろん、寄付収入源
としての利用にも広がりつつある。今後情報通信技術が NPO に貢献する可能性の高さを
実証していくことが必要となるであろう。
単純な IT 技術の進歩ではなく、情報の扱い方、見せ方の革新が市民社会のありように影
響を与えていく可能性が見えてきている。技術進歩とその利用を政策的に講じることで社
会に関心を向ける住民が増え、社会の質の向上につなげていくことができる。
4. 調和社会の形成と情報
市民セクター自らが情報発信に関わることにより情報を発信する側の視点を身につけ
ることになる。情報発信能力の向上は同時に情報読解能力を身につけることにつながって
いく。これまで企業や行政から出される情報に対して一方的な受け手であった市民から、
情報を発信する市民へと変化していくことは社会にあふれる情報を正確に読み解く個人が
増えていくことでもある。
主体的な市民が生まれていくことで社会の質が高められていく。
三者が自立して共栄関係になり、調和社会を築いていくためには情報を扱うパワーバラン
スも均等である必要がある。現在は情報を扱う能力の育成が極端に削がれていた市民の能
力育成期間と捉え、その実践の場の主体が NPO と言える。
企業や行政との協働を政策的に実施していくこと、情報発信ツールとしての IT ツールの
役割を戦略的に方向付けていくことは、グローバル社会、情報化社会が価値ある時代とな
るためにも人類として必要な認識である。NPO を実践の場として情報の扱い方を学び、ひ
とりひとりが経験を重ねていく中で、社会の質の向上に主体的に関わっていく機運を導く
ことが期待される。
24
参考文献
経済企画庁国民生活局(1998)
『Open the NPO―効果的な情報発信のために』大蔵省印刷局.
桜井政成(2007)
『ボランティア・マネジメント』ミネルヴァ書房.
田中弥生(2005)
『NPO と社会をつなぐ』東京大学出版会.
吉川理恵子(2001)
『NPO の「経営」と情報発信』第一書林.
25
統合的水資源管理の政策文脈における国際河川問題
-バングラデシュの事例から-
大倉 三和
(立命館サステイナビリティ学研究センター 研究員)
[キーワード]統合的水資源/流域管理、越境(国際)河川問題
はじめに:統合的水資源管理と越境水資源問題
冷戦後の世界政治において環境問題の重要性が増すに伴い、持続可能な水資源利用・管
理に向けた政策議論の高まりが見られた。
「統合的水資源(ないしは流域)管理(Integrated
Water Resource Management: IRWM)」は、こうした近年の政策議論における主要アプローチ
であり、省庁や経済部門間、また国や地域間で不統一であった水資源管理にかかわる制度・
政策を、水系(流域)全域レベルで調整・整合化することにより、水資源の効率的かつ持
続可能な利用・管理をめざす考え方を指す。
本報告では、水環境面で開発上の大きな制約を抱える南アジアのバングラデシュを例に
挙げ、同国における IRWM にむけた制度枠組み、実行過程を概観し、その可能性と限界を
検討する。同国がその限界を克服するうえで、第三国の政府系・非政府系アクターにどの
ような役割を果たす余地があるかについての考察・問題提起をもって、本報告の結びとす
る。
1. バングラデシュにおける水文特性と水資源開発(~1990 年代前半)
1-1. 「水・川の国」としての特徴、主要国際河川下流国としてとして直面する問題
バングラデシュは、ガンジス、ブラマプトラ、メグナという世界的にも主要な国際河川
の最下流域に位置し、これらの河川とその支流により形成されるデルタ地帯にひろがる低
平地の国である。同国の水資源環境は、雨季と乾季との間で国内的な水資源賦存状況に生
じる極端な差と、河川を通じて水資源を共有する諸国との関係における規定された、
「水の
安全保障」上の対外依存度の高さによって特徴付けられる。
1-2. 独立後の水資源開発政策と行き詰まり
上に記した国内制約条件を克服するべく、東パキスタン時代の 1960 年代から独立後の
90 年代後半にいたる同国(地域)の水資源政策では、援助による大規模・広範な構造建設
をつうじた洪水制御と灌漑開発が、ドナーおよび政府主導により進められた。こうした事
業には洪水被害からの農作物保護と生活水準の向上に寄与する面もあったものの、デルタ
地帯水文環境に関する包括的把握や計画策定への住民参加の欠如、技術と管理の稚拙さな
どが原因で様々な問題が全国各地で顕在化していたため、90 年代半ばに事業実施は終息し、
26
計画全体が見直されることとなった。
灌漑開発では、表面水利用にもとづく大規模灌漑設備の運営が、設備管理や組織運営上
の不正・非効率、地表水資源開発の限界といった問題によって限界にいたった。80 年代半
ば以降は、個人が購入する浅管井戸・ポンプによる地下水くみ上げが高収量品種稲作とと
もに急速に展開した。食糧自給は達成されたものの、無制限な汲み上げによる地下水位低
下問題、農村人口(人口の6割強:2000 年)の約半数にのぼる土地無し層・零細農民層を
主体とする多くの貧困層への対策が課題として残った。
対外関係においては、インドが国境付近のガンジス川に建設した堰からカルカッタ港に
流れ込む水流を増大する目的で取水を開始した 1976 年以降、バングラデシュの人々は、ガ
ンジス川とその支流ゴライ川をつうじてデルタに流れ出る水量の減少という問題に直面し
てきた。とりわけ 1988 年にガンジス川水配分に関する 3 年間の二国間覚書が失効した後、
両国では長く水配分協定が存在しない状態が続き、同国南西部のゴライ川下流域では、河
川水質と流域土壌における塩分濃度上昇や川床上昇、乾季水流の切断といった変化の影響
が、経済活動の多方面に生じてきた。
2. バングラデシュにおける統合的水資源管理の制度枠組み
2-1. 統合的水資源管理(Integrated Water Resource Management: IWRM)
世界水パートナーシップ(GWP)技術諮問委員会(TAC)によれば、IWRM とは、
「生態シス
テムの持続可能性を損なうことなく、公平な方法をもって社会経済的厚生を最大化するべ
く、水と土地など関連資源について調整のとれた開発・管理を促進する過程」と定義され
る。実践内容に関する厳密かつ共通の定義はなく、IWRM にむけた政策決定・実施過程で
は、1992 年の国連環境会議で採択された基本原則(Rio-Dublin Principle)ならびに各国各地域
の環境・ニーズに即した事業が展開されることになる(図1)
。
2-2. 世界レベルの IWRM 支援枠組み
世界銀行、UNDP、SIDA は、水資源管理にかかわる関係組織の参加をもとに、地域や国
家、草の根の各レベルで IWRM を促進・支援する枠組みとして設立された GWP では、各
国レベルのほか、河川・湖沼ないしは帯水層ごとの水域や、相互に依存する複数水域から
なる水系を単位とするネットワークが形成・統合されている。それぞれのレベルで政府や
公的機関、国際機関、民間企業や市民組織、専門家組織など、多様な組織がメンバーとな
り、その参加による政策対話が促進される。
2-3. バングラデシュにおける IWRM 実施の制度枠組み
バングラデシュで IWRM 制度枠組みを構成する政府系機関のうち、BWDB は独立後の
大規模治水・利水事業を担ってきた機関であり、現在はこれらのリハビリテーションをふ
くめ受益地面積 1000ha 以上の大規模事業の実施を担当する。LGED は、もともと道路や学
校、水資源管理設備など、農村を中心に地方自治体レベルの小規模事業の技術面で支援し
てきた機関であるため、IWRM の政策文脈においては、BWDB に比して柔軟かつ積極的に
27
概念導入をはかるとともに、
住民参加にもとづく小規模資源管理事業の展開を進めている。
3. バングラデシュにおける統合的水資源管理
1990 年代後半以降、水資源・水環境政策をめぐる世界的な趨勢のなかで、バングラデシ
ュにおける水資源政策も、IWRM を機軸とする新たな局面に入った。ここでは、IWRM の
原則に基づきながら、1990 年代前半までの開発過程で生じた農村・水資源開発上の問題を
解決すること、それを通じて地域住民の生活水準の向上、ならびに貧困削減を達成するこ
とが、関連政府機関の課題となる。
図 1 バングラデシュにおけるIWRM実施のための制度枠組み
Global Water Partnership (HQ)
世界12地域のGWP
■リオ・ダブリン原則
1、有限かつ脆弱な資源としての水
2、参加型アプローチ
3、女性の役割の重要性
4、経済的財としての水
「国家水政策」
(NWPo: 1999)
「国家水管理
計画」(NWMP)
Riber Basin Organizations (RBOs)
Global Water Partnership - South Asia (SAS)
国家水資源委員会
(NWRC)
Bangladesh Water Partnership (BWP)
(事務局:LGED内) メンバー:119団体
地方自治農村開発
協同組合省(MoLGRDC)
水資源省(MoWR)
水資源計画機構
(WARPO)
バングラデシュ
水開発局(BWDB)
地方自治技術局
(LGED)
公衆衛生技術局
(DPHE)
(大規模水管理事業)
共同水委員会
(JRC)
洪水予報警報
センター(FFWC)
水管理研究所
(IWM)
環境地理情報シス
テムセンター(CEGIS)
ダッカ上下水
道局(DWASA)
民間部門
チッタゴン上下水
道局(CWASA)
NGOs
水管理協同組合
(WMCAs)
Area Water Partnership
(6 active among 12)
・NGO
・民間企業、経済界
・地方政府関連部局役員
・地元住民リーダー層
(教師、ソーシャルワーカー
宗教リーダー、研究者他)
・WMCA代表者
(小規模水管理事業)
3-1. LGED による小規模水資源管理プロジェクト:水資源管理協同組合(WMCA)
本プロジェクトでは、地表水利用を基礎とする水資源管理を中心としながらも、農村経
済活動の多元化による住民生活の持続可能な成長がはかられている。95 年以前までの治水
事業やガンジス川上流での取水事業により排水悪化や洪水被害の増加といった問題に直面
する地域において、住民が中心となって水管理事業を要請する。事業が採用・実施される
場合には、受益者は組合を形成し、担当行政機関職員との話合いをもとに、自前資金の積
立てによる事業への出資、小規模金融の他、魚の養殖や土地無し貧困層による建設労働請
負、貧困層女性による河岸植樹など複数の事業を組み込んだ活動を展開している。
3-2. 国内流域単位の政策議論・アドボカシー組織:エリア WP
政府系組織内で進められる小規模水資源管理事業が、小規模な直接受益地域を単位に、
水環境改善と経済活動に従事する一方、AWPは、上記事業だけではカバーされない広範
な地域で直面する問題について流域レベルで解決方法をさぐるための、多様な利害関係者
からなるネットワークである。既存のNGOを母体として、調査研究活動や政策対話、住
28
民教育などを内容とする社会運動を展開している。
4. 国際河川問題への対応の限界
バングラデシュにおける IWRM の制度枠組み・実施過程では、流域レベルでの統合的管
理・開発面で、参加の枠組みはあってもこれをもとに政策を調整し実施に移すメカニズム
面で弱さが残る。とりわけこれは、国際河川(越境水資源)の問題を水系レベルで調整す
るうえで、決定的な弱点となっている。
4-1. 国際水配分協定の問題点
1996 年にインド・バングラデシュ間では 8 年ぶりに合意された水配分協定は、協定期間
が 30 年間で更新可能である点、協定が「公正・平等・双方に無害であること」を原則とし
て流量配分の方式を規定している点など画期的な面も見られるが、実際には乾季の流量配
分については、堰付近で利用可能な流量の等量配分という方式がとられており、バングラ
デシュは必要とする乾季最低流量の半分ほどしか得られない状況にある。また同協定には
二国間の意見対立などを解決するメカニズムについての規定が欠けているため、上記のよ
うな点についての継続的な交渉が制約されている。このように国際河川協定が下流国にと
って問題の多い内容となっている理由には、インドが従来より交渉過程において国際協力
よりは国家主権を主張し、流域複数国家間の対話よりバングラデシュとの二国間交渉を主
張してきたことが関係している。
4-2. GWP-SAS による IWRM 推進の限界
GWP 設置の背景には、こうした国際水資源配分をめぐる政府間交渉の行き詰まりを、異
なる次元に総合的な政策対話の場を設けることで打開するという狙いもあったと思われる。
しかし、南アジア地域・水系レベルでの政策対話の場にインドによる閣僚級メンバーの参
加は無く、IWRM についての共同声明が採択されても、インド政府は IWRM の原則を越境
水資源開発政策にも適用して見直そうとはしていない。
両国市民セクターでは、これまでにも水資源・環境分野で活動する NGO などによる対
話や共同の政策提言活動などが試みられてきたが、両国における行政機構と NGO を中心
とする市民セクターの間の溝は大きく AWP と同様、両国 NGO による活動といえども両政
府レベルによる具体的な政策決定・実践につながるにはいたっていない。
4-3. 期待される第三国・第三機関の役割
こうした越境水資源配分をめぐる対インド国際交渉が行き詰まる中、BWP 関係者やこれ
までに二国間交渉にあたった経験のある専門家は、共通して第三国・第三機関による直接・
間接の役割を重視する。第一に、今後もインドとの交渉において上流国ネパールの参加を
実現する方向で働きかけるというのが、バングラデシュ政府機関および市民セクターに共
通の姿勢である。第二に、援助国・機関の間にも、水資源開発事業などへの融資条件など
の面で IWRM 原則に基づく政策調整が求められる。
29
5. 結びにかえて:まとめと今後の検討課題
本年 12 月に開催される日本水フォーラム主催のアジア太平洋水フォーラムにおいて、
アジア諸国の水関係省庁閣僚が出席する初めての「アジア太平洋水サミット」が企画され
ている。こうしたサミットの定期開催と、そこでもたれた議論の結果を、現行の IWRM 支
援枠組みの弱点を強化しえる方向で支援枠組み形成につなげることが、主催国日本の政
府・非政府関係機関に求められる課題といえよう。
30
循環型社会形成における建物を取り巻く会計学の問題点1
土屋清人
(千葉商科大学大学院政策研究科博士課程)
[キーワード]循環型社会形成・建物・大規模修繕・架空資産
2000 年 5 月、政府は循環型社会形成推進基本計画の策定その他循環型社会の形成に関す
る施策の基本となる事項を定めることなどを柱とした「循環型社会形成推進基本法」を制
定した。
この法律の基本理念は
「製品にあってはなるべく長期間使用されること等により、
廃棄物等となることができるだけ抑制されなければならない」としている。
この基本法を背景に企業経営を考えると、建物構築物の維持管理は重要なことは言うま
でもない。
そこで、建築・設備維持保全推進協会は、1998 年 5 月、建築物のロングライフ化の重要
性に鑑み「建築物の寿命は、100 年程度を目標として企画・設計・施工・維持管理・診断・
改修されなければならない。
」とする BELCA 宣言を発している。
さらに、日本建築学会では、2003 年 5 月「持続可能な社会に向けた良好な建築物による
社会ストック形成のための提言」を行い、
「①既存の建築物については、社会の共通財産と
しての持続的な利用可能性を評価し、これらの耐久性・安全性・快適性の向上を積極的に
図るとともに、②新たに建設される建築物については、それが優良な社会の共通財産とし
てストックされるよう、立地に適した土地利用を実現し、また世代を超えて使い続けられ
る建築物としての質的水準を確保する」ことを提言している。
このように、建築物の実際の使用年数を 100 年間とすることは、法的にも社会的にも至
極当然のこととして、多くの業界において受け入れられているという現状がある。
つまり、地球温暖化の防止や産業廃棄物の排出抑制、資源・エネルギーの有効活用など
点から、建物自体はおよそ 100 年の耐久性を保持するものとして建設されているというこ
とである。
このような視点に立つと、建物が建物としての機能を 100 年間にわたり保持するために
は、その建物の竣工後、一定のサイクル(例えば 15 年から 20 年)ごとに、大規模な修繕・
改修工事を行われなければならない。すなわち、建物は 15 年から 20 年ごとに大規模修繕
を行なわなければ、100 年もの間、建物としての機能を果たすことが不可能であることを
意味する。
しかし、残念ながら、会計・税務の世界では、大規模修繕工事を全く予期していないた
め、大規模修繕時に物質的に建物の一部分(旧建物)を取り除いても、バランス・シート
上の建物勘定から、その金額は不明なため、取り除く(除却)することができない。
1
共同研究者:大沢幸雄工学博士
31
なぜならば、建物や設備等を取得した場合、実務家の多くは、会計慣行として建物を建
物勘定に一括で計上管理する傾向がある。
極端な例でいえば、1,050,000,000 円の建物を購入した場合、
(建
物)1,050,000,000 (預
貯
金)1,050,000,000
上記の仕訳で終了している。もしくは、建物勘定を建物附属設備勘定などに分類すること
もある。
(建
物)735,000,000
(預
貯
金)1,050,000,000
(建 物 附 属 設 備)315,000,000
それでは資産の取得時に上記のような仕訳を切り、その数年後に、竣工時のタイルの床を
OA 対応床に変更した場合を想定する。
この場合、建物の取得時においてタイルを建物勘定に含めて一括計上管理していたら、そ
のタイルの金額を除却として処理することができない。
[タイルの未償却残高 10,000,000 円]
(減価償却累計額) 5,000,000
(除
却
損)10,000,000 (建
物)15,000,000
つまり上記の仕訳を切ることができない。
なぜならば、タイルの部分を建物勘定に含めて一括計上管理しているからである。
このまま OA 対応床への変更を行なえば、そのための支出が会計上資本的支出とみなされ、
その金額が新たに建物勘定に加算される。
つまり、タイルの未償却残高が放置されたまま、新たに OA 対応床の金額が建物勘定に加
わり、実体としての資産と帳簿上の資産との間に乖離が生じる。
この乖離が架空資産となっている。つまり大規模修繕を行なう度に、取り除いた建物の
部分の未償却残高を管理できていないため、バランス・シートの架空資産が増加していく
ことになる。
この架空資産を排除するためには、長期修繕計画の作成が重要不可欠である。
設備投資は、新規投資をライフサイクルの始点とすれば、その延長線上に改良投資、取替
え投資が生じてくる。その「改良・取替え」の言葉には、新たなものを付け加えるだけで
はなく、不必要なものは除去する、つまり除却することが内包されているわけである。つ
まり、建物等は取得から使用・修繕・改良等を経て、除却・取り壊し・廃棄に至るという一
つのライフサイクルを描くものとして想定できるので、今後発生するであろう修繕などを
織り込み、それを一つの建物等の生涯設計書として取りまとめることができる。その計画
書を長期修繕計画と呼ぶ。
この長期修繕計画を作成することによって、一つ一つのパーツを、特定の場所の情報を
具備した資産として捉えることによって、それぞれを個別の資産に区分けすることができ
る。このような思考のもとに、有効活用できる償却資産管理が可能となる。
それでは長期修繕計画をもとに、どのような償却資産管理を構築しなければならないか。
従来の固定資産台帳と異なるポイントを2つ挙げる。
ポイント1つ目を挙げる。実務家は、償却資産を取得した場合、見積書または工事内訳
書をもとにして、それを建物勘定や建物付属設備勘定に区分けする。
見積書や工事内訳書をベースにすることに関しては、従来の手法と変わらない。しかし、
32
この償却資産管理のポイントは、それぞれの取得価額を算出する過程で、共通仮設費、現
場管理費、一般管理費等、出精値引等を、直接工事費を基に按分配賦するところにある。
このことにより、建物の一部を取り壊し・改築するときには、この共通経費を含めた除却
対象資産の未償却残高を適切に除却することが可能となる。
そのため、共通仮設費などを単独で建物勘定に計上しておいたら、建物全てを取り壊さな
い限り、それらの共通経費部分のすべてが存続資産の未償却残高として帳簿に取り残され
ることになる。
ポイント2つ目を挙げる。法人税法基本通達 7-7-5 の(1)には「減価償却費の額を個々の
資産に合理的に配賦するため」とあるが、この個々の資産を特定するためには、場所コー
ドを設定し、それぞれについて取得価額等を明確にする必要がある。
場所コードの設定は、ただ場所を特定するためにコード分類するのではなく、当該建物
についての特徴を加味した固有の分類とする。
即ち、面(外部面、内部面、低層部面、高層部面、方位面など)
、階(地下階、地上階、塔
屋階、屋上など)
、部屋(共用部、専用部、部屋用途など)
、系統(コア部、外周部、方位
部など)等を単位として、図面で確認できる分類を設定しなければならない。
建設業の工事請負契約にける契約書は、根本は図面であるからである。
この点を現象化したものが「償却資産管理システム」である。その体系を図で表すと図
1「工事分類、資産計上分類コードの体系」になる。やはり、この償却資産管理システム
の特筆すべき点は、建物を複数の資産の統合物として捉えている点である。また個々の資
産に場所コードを付与し、それを図面上に設定するということは、まさしく資産を3次元
的に捉えていることである。
それ故、図1のように償却資産を管理しておけば、一括仕訳計上していても、除却損を
計上できる。
この点について海外はどのような基準があるのであろうか。実は、国際財務報告基準
(IFRSs)においても、建物等に係る大規模修繕をあらかじめ想定して、建築物の取得価
額を詳細に管理することが、次のような表現で謳われている。
IAS 第 16 号では、減価償却単位として、
「有形固定資産項目の全体の取得原価に対して
重要な構成部分については、個別に減価償却を行なう(第 43 項)
」
「定期的に取替えを行な
う部分がある場合には、当該部分のみ、取替えまでの期間を耐用年数として減価償却し、
取替えの都度、既存分を処分し新たな有形固定資産を認識する(第 13 項)
」と明記され、
構成要素ごと区分けして償却することが明文化されている。
また、フランス会計基準においても、CRC 規則第 2002-10 号において、有形固定資産
の取扱いについては、企業の恒常的慣行や大修繕、大規模点検を想定に取り入れることに
よって、固定資産の取得価額を構成要素ごと分類して減価償却を行うことが、既に義務化
されている。
日本の会計制度では、国際財務報告基準のように構成要素ごとに耐用年数を変更するこ
とは一般的に認められておらず、さらにはフランスのように耐用年数を企業が独自に決定
することも一般化されていないため、貸借対照表に表示される固定資産の帳簿価額につい
ての公正性を、わが国の制度において保つためには、除却対象資産の未償却残高を正確に
減額することをもって、対処法とするしかないというのが実情である。
33
このような国際的な会計制度の変遷を見るにつけ、わが国が、固定資産(とりわけ建物
等)の架空資産化を助長するような会計システムを現在のまま継続していくことは、既存
資産への資本的支出が社会的に急激に増加する循環型社会形成において、日本国経済の信
用問題に発展しかねないものといえる。
図1 工事分類・資産計上分類コードの体系
34
参考文献
・大沢幸雄:建築物ライフサイクルにおける償却資産管理手法の構築、日本建築学会計画系論文集、
第 574 号、2003 年
・大沢幸雄、土屋清人・天野俊裕:償却資産管理システムと公正な決算報告、税務弘報、2006.2 中
央経済社、2006 年
・土屋清人、天野俊裕:建物・設備等の除却損を活用した節税効果、税理、2006.1 ぎょうせい、
2006 年
・大沢幸雄、土屋清人・天野俊裕:平成 19 年度税制改正における資本的支出の問題点(上)-建物
に係る減価償却費の大幅減少と対応策、税務弘報、2007.9 中央経済社、2007 年
・大沢幸雄、土屋清人・天野俊裕:平成 19 年度税制改正における資本的支出の問題点(下)-建物
に係る架空資産と減損会計、税務弘報、2007.11 中央経済社、2007 年
・編者あずさ監査法人・KPMG:国際財務報告基準の適用ガイドブック〈第2版〉 中央経済社、
2007,5
・フランス会計規制委員会編・岸悦二(訳)
:フランス会計基準、同文舘、2004,9
35
シンプル・イズ・ベストの経営理論とその実践体系の構築
-「カードで理解する実践経営」-
山本 英夫
(株式会社エディックス 代表取締役)
1. 3語で経営を説明する・・・
「基本・目標・行動」
「シンプル・イズ・ベスト」の考え方に基づき、オリジナルの経営理論を構築すべく進
めた内容について小論文にまとめたものである。
「そのためには、いかに在ればよいか?」
それは人まねであってはならないし、実践に有効である、という条件もつけられるものと
する。さて、この切り口はどこに求めたらよいか。
まず、
「3つの項目から成り立つこと」を前提として、考えを進めた。
「3」という数字
は、世界を構成する最小限の数字であるとともに、世界を成立せしめる最小限の数字でも
ある。空間的を構成する要素は、
「タテ・ヨコ・高さ」の3要素。時間を構成する要素は、
「過去・現在・未来」の3要素。ある哲学者によれば、人間を構成する3要素は「感性・
肉体・理性」
。色の3原色は、
「赤・青・黄色」
。日本における「道の思想」を構成するのは
「守・破・離」
。物事の推移・進展・展開を表す「序・破・急」
。このように、最小限の数
で或る世界を表したり、構成するには「3」つの要素や項目が必要になる。
次なる課題として「企業経営について3つの言葉を用いて説明するには、どうすればよ
いか?「3つの言葉」と「それを用いた経営についての説明文」が必要になる。実践的か
つ有効であるためには、中学生でもわかる易しい言葉でなければならない。そしてなおか
つ、経営を語ることのできる内容を持つ言葉が必要となる。
その3つの言葉を探すために、私のコンサルタント経営10年の経験とその中で記され
たレポート、提案書、計画書等の中に書かれた文章及びその中に使われている言葉をチェ
ックした。そして、1つの仮説にたどり着いた。
「経営を語るための3つの言葉とは、基本・目標・行動の3語である」と。ここに至る
までのプロセスについては、候補となる言葉を全部書き出しておき、経営の定義も行いな
がら、試行錯誤を続けた。いろいろな経営書の「経営の定義」
「経営について書かれた文章」
などもチェックしながら進めてきた。3語だと、専門的に表現しようとするとすぐに隘路
にはまってしまうという連続であった。アイデア・ひらめきと検証の中で進めていく以外
にはなかった。その上での「基本・目標・行動」の3語である。これに確定させるために
は、この3語を用いた「経営の定義文」づくりも合わせて進めた。最終的な「経営の定義
文」は下記の通りである。
【シンプル・イズ・ベストの経営の定義文】
「経営とは、足元を見直し、基本を徹底しながら、目標を明らかにして行動する。
行動こそが、目標達成の力であり、利益を生み出す」
36
2. 決定した3語のビジュアル化・・・○△□(マル・サンカク・シカク)
このようにして、定義文とセットで考えながら、
「基本・目標・行動」の3語を仮説設定
し、次のステップに進めることにした。次のステップとしては、これをさらにわかりやす
く、覚えやすく、使いやすくするために、3 つの言葉のビジュアル化を試みた。
具体的に言えば、3 つの言葉を図形に置き換えるという作業である。3 つの言葉に対応
する3つの図形とは何か?なおかつ、それは誰でも知っていて、わかるものでなければな
らないという条件がつく。
「世界中の誰でもが知っている、老若男女が知っている代表的な
図形は?」と言ったら、ほとんどの人が「○△□」と答えるだろう。それほど、みんなが
知っている図形だ。私も当然そのように仮説を立てた。
そして、次は「3つの言葉」と「3つの図形」を符号させた。どの言葉とどの図形を結
びつけるかということである。これについては、私が関係した研修やセミナーの中で百数
十人という方々にご協力をいただいた。そして、大体いつもこのような結論になるという
結果を得ることができた。
「○は、目標。△は、行動。□は、基本」というものである。
しかし、これだけでは、経営の全体や経営の流れ、絶えず変化してやまない経営の実態
など表現できるものではない。単なる言葉遊び、図形のお遊びに終わってしまう。
3. マル・サンカク・シカク○△□を統合し、経営の全体をビジュアル化する
これまで、
「複雑多岐に変化し、難解と思われている経営」をシンプルにするために3つに
分解する作業をしてきた。そして、それらに言葉と形を与えた。分解したものを今度は組
み合わせ、統合したものをつくるのが新しい経営の形づくりということになる。○と△と
□の3つの図形を使って、経営の全体を表す図式・図解をする、ということである。
そして、バランス、美しさ、経営における機能性などを考慮して1つの図式を確定させた。
詳細の長さや比率にはこだわらないが、○が上、□が下で土台をなし、真ん中に△がある、
ピラミッドの形にした。これを「経営ピラミッド」と呼ぶこととした。
4. 動的経営を動的なものとして表現するために
これで経営の3つの部分とそれらからなる全体を構成することが可能になったが、変転
きわまりない動的経営について扱うという課題については何も解決されていない。
これで、
変化極まりない動的平衡の営みとしての経営活動をどう表せばいいのか。ゲーム化して、
動かしながら、動的経営というものを説明できるようにしたらどうかと考えてみた。
その切り口を将棋という盤上ゲームに求めた。将棋というゲームは、一局一局全部違う
展開をする。近代の将棋について言えば、
「盤は変わらない。コマも変わらない。ルールも
変わらない」
。変わるのは、対戦者と対戦者たちが行うゲームの内容・展開である。コマに
機能を持たせているという点で、企業経営には将棋というゲームが使える、と仮説を立て
37
た。
将棋を成り立たせている要素は、盤・コマ・ルール・対戦者である。経営を成り立たせ
ている要素も、これに置き換えていけばよい。盤は、何にするか。
「○△□のピラミッド」
を使う、という仮説を立てて進めることとした。
コマは、何にするか。コマがコマとして成り立つ要素は何か。それは、具体的であるこ
と、名詞的であることを条件として、経営資源というキーワードに着目した。経営資源に
ついては、私なりに「6大経営資源」ということで「人・物・金、情報・時間・技術」と言
っている。
「人・物・金」を「見える経営資源」とし、
「情報・時間・技術」は「見えない、
または見えにくい経営資源」として扱っている。そして、この6大経営資源を切り口とし
て、具体性・名詞性を考慮してリストを作成していったのである。
たとえば、「人」ならば、さらに「創業者・経営者」
、「売る人」
「つくる人」「管理する
人」
、
「お客様」というように。最初は、70件近い言葉を拾い出した。そこから、48件
を選択し、30件にまとめ、さらに17件へとそぎ落としていった。
「物」は、
「商品・サ
ービス」
、
「メーカー在庫・卸会社在庫」
「製品・仕掛品」
。
「金」は、
「会社のお金」
「お客様
のお金」
、
「情報」は「社長の理念・ビジョン・計画」
「発言」
「メモ・文書類」
「ライバル情
報」
。
「時間」は、
「1年間・12ヶ月」という具合である。
実際にはコマというより、それぞれの要素をデザイン・アイコン化してカード化して使
っている。この時点では、トランプとかタロットカードのイメージである。
5. 並べ方・動かし方のルールをつくる
ともあれ、これでコマはとりあえずできた。後、ルールが残っている。ルールとは、具
体的には「並べ方」
「動かし方」である。
「経営ピラミッド」を盤にし、経営資源をコマ化
し、さてどういう並べ方のルールをつくることができるのか。切り口は、
「○=目標、△=
行動、□=基本」である。コマの内容を吟味した上で、それぞれの図形の意味するものに
該当するコマをレイアウトしてみた。
大体は並べられるだが、
ルールの決定打が足りない。
そこで、
「基本的には、下から上に」(企業経営は経営者のおもい・アイデアであるから湧
き出る・浮かんでくるという動的イメージから)、
「お客様の所からは、そこから下に」(お
客様中心主義という視点から)、
「重要なものはタテ軸の中心に」(人体における背骨のイメ
ージ)、そして、
「△の中はサイクルする」というようなレイアウトルールを設けて進めた。
さらに着目したのが「経営のストーリー」である。空間的全体、要素的全体はすでに確
定させてきた。時間的全体、全体の流れや関係性というものについてルールに付け加えて
いくことにした。創業者が起業するところから、どのように企業活動が発展成長・衰退倒
産していくのかについて整理をしていった。しかも、
「経営ピラミッド」の上で、コマを使
いながら、そのストーリーをつくるのである。それをつくることがルールをつくることに
つながると考えたからである。そして、基本的な並べ方のルールを設定した。これでコマ
を学べる順序順番が決まってくることになる。
次のルールは、
「動かし方」
。これについては、プレイする人の経営の現実に基づいた解
釈で動かすようにする。基本的には、コマとコマの遠近関係・接触関係、コマとコマの上
下関係(正しくはカードの上下、上に乗る・下に敷くという関係)等の位置関係で状況を表
す。それだけに、プレイする人の観察力や解釈力が大きく影響する。空間認識、関係認識
38
の程度によって違ってくる。また、それには現実認識、過去認識、未来認識があるし、そ
れらの認識能力の程度によっても異なってくる。すべてプレイする人の力にかかってくる
ということである。だからこそ、インストラクションツールやトレーニングツールとして
意味も価値も出て来るのである。
これを構築するプロセスにおいて、巷に出回っているいろいろな経営理論やマーケティ
ング理論等も出来る限りチェックしながら進めてきた。
私なりにその都度検証してきたが、
ほとんどがこのツールで説明することが可能であることが確認できている。
6. 仏教、美術、生命の世界と○△□。奥の深い○△□は、
「修して知る」の世界
そして、これは「○△□のシンプル経営(または、カンタン経営)」ということで進めて
きてりおり、
「○△□」についてもいろいろな情報が集まってきている。
「○△□乃書」(江
戸時代の禅僧・仙崖和尚の奇書「水・火・地」で宇宙要素を現している)、
「○△□『中・
高生のための現代美術入門・○△□の美しさって何?本江邦夫著・平凡社刊』)等であり、
思っていた以上に「○△□」には深いものがあることがわかってきた。
また、薬師寺のお坊さんで「命」という字を「○△□」で書き表していた書との遭遇に
より、私の中で「○△□」と「命」と「企業経営」がつながったのである。
「経営は人なり」
という言葉がある。これに「命なり」を続け、
「○△□」とつなげることができる。つまり、
「企業は人なり。命なり」とすることで、私が構築してきた「○△□のカンタン経営」と
つながっていき、
「変化し、生きている経営」というものを表すことができるように思い、
「○△□のシンプル経営」に命が吹き込まれたように感じたのである。
後は、経営そのものを実践していく中で検証していくということである。「修して知れ」。「行動せ
よ」、ということである。
39
参考文献
『新しい思想 感性論哲学の世界』芳村思風著 思風庵哲学研究所刊
『人間観の革正』芳村思風著 致知出版社刊
『松下幸之助の哲学』松下幸之助著 PHP研究所刊
『ザ・トヨタウェイ』上下巻 ジェフリー・K・ライカー著 稲垣公夫訳 日経BP刊
『モノづくりの極意、人づくりの哲学』前川正雄著 ダイヤモンド出版刊
『小倉昌男 経営学』小倉昌男著 日経BP刊
『タオマネジメント老荘思想的経営論』田口佳史著 産調出版刊
『アメーバ経営』稲盛和夫著 日本経済新聞社刊
『シナリオ・ライティング入門』飯沼光夫著 日本能率協会刊
『まんだら思考が経営を変える』ひろさちや著 徳間書店間
『3は発想のマジックナンバー』飛岡健著 ゴマ書房
『漢字百話』白川静著 中公新書
『○△□理論・生き残るかれからの組織』長尾依子著 史輝出版刊
『創造学のすすめ』畑村洋太郎著 講談社刊
『○△□のマンガ入門』ごとうみねお等共著 成美堂出版刊
『中高生のための現代美術入門』本江邦夫著 平凡社刊
40
特許権の安定性と知的財産制度
―特許の無効化事例における引用文献―
服部 忍
(千葉商科大学大学院政策研究科博士課程)
[キーワード]無効審判、特許成立要件、知財高裁、引用文献、先行技術調査
1. はじめに
特許をはじめとする知的財産権は、現代社会の経済的側面において、その影響は計り知
れないものがある。それ故、知的財産制度の基盤である特許権等の安定性に関する問題は
重要であり、十分な議論がなされなければならない。本稿では、知的財産制度の最重要課
題の一つとして特許権の安定性について取り上げ、無効化事例での証拠引用文献について
検討を行った。
特許権は知的財産権の代表的な権利であるが不動産等の一般的な所有権とは異なり、物
権的安定性には程遠い不安定な権利であることは、一般的にはあまり認識されていない。
特許権の安定性についての議論はあまり多くはなく、あっても特許法上における安定性
議論、すなわち対象となる特許権と引用文献(ほとんどが特許公開公報等の特許公報)と
の対比検討によって新規性、進歩性判断を行い特許の有効、無効を判断するという解釈論
的な安定性議論がほとんどである。実際、特許権の無効に対する特許庁の無効審判や知的
財産高等裁判所(知財高裁)での無効審決取消訴訟においては、証拠として提出された引
用文献に対して、対象特許権が対比検討され、結論として特許権の無効、有効の判断がな
され審決や判決となっている。このとき注意すべきは、あくまで対象特許に対して比較検
討により議論されるのは、証拠として提出された引用文献であることが大前提となってい
ることである。
では、審決や裁判で提出された引用文献はどのような性質の文献で、どのような経緯で
提出された文献なのか。そのことを明らかにすることは、特許権が不安定な権利となって
いることの本質的な問題点を考察する上で、非常に重要なポイントであると考えられる。
本稿では、知財高裁が2007年 2 月から2007年7月までの半年間に判決した審決
取消訴訟のうち、新規性、進歩性に関し特許権の無効を言渡した50件に関し、採用され
た証拠引用文献について提出経緯等の調査を行った。その結果から、証拠として採用され
た引用文献の全体的な概要、傾向等を考察している。
そして、特許権の安定性に関しては特許先行技術調査の果たす役割が非常に大きく、ま
たその調査が如何に困難で不完全なものになっているかを実例により示して検証した。
41
2. 特許の成立要件と特許無効事由
2.1 特許制度と手続き
出
1年6月
願
(方式不備)
方式審査
補正命令
(不備の補正)
出願公開
出願却下処分
引用文献
Aタイプ
(審査請求あり)
(審査請求なし)
実体審査
取下と看做す
(拒絶理由なし)
(拒絶理由あり)
拒絶理由通知
(補正等により拒絶理由解消)
(解消せず)
拒絶査定
特許査定
特許権設定登録
(特許料納付なし)
(特許料納付)
出願却下処分
特許有効
無効審判
引用文献
拒絶査定不服審判
特許無効
Bタイプ (出訴)
知的財産高等裁判所判決
特許有効
特許無効
図 1 特許の出願から登録、無効の流れ
42
特許は、要件として①産業上利用できる発明、②新規性、進歩性のある発明、③物の発
明、方法の発明で、先願主義によって特許登録され、存続期間は出願の日から原則 20 年と
なっている。図1に、特許の出願から特許有効、無効の判断に至る手続きの流れを示す。
図1において
引用文献Aタイプ で示した特許査定までに引用された文献は、
特許査
定に至る間に審査官等によって見付け出された引用文献であり、その検討結果として特許
法第 29 条第1項の規定をクリアして、該当発明は特許査定を受けたものである。図1の
引用文献Bタイプ は、
特許査定の後に無効審判などで新たに提出された引用文献を表す。
2.2 特許の成立要件
特許の要件として、特許法第29条に、次のように規定されている。
『 (特許の要件)
第二十九条
産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、そ
の発明について特許を受けることができる。
一
特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
二
特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
三
特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又
は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
2
特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項
各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、
その発明については、
同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。』
ここで、特許法第29条第1項は、新規性の規定で、一号、二号はいわゆる公知発明、
公用発明、
三号は刊行物記載発明およびインターネット等の通信での利用可能発明である。
そして、第2項は進歩性の規定で、当業者による想到可能発明である。進歩性判断は基本
的には解釈問題であるが、発明の各構成要件ごとの新規性判断を必要とする。
新規性の規定は、平成11年の特許法の改正により、従来の「国内公知・公用」から「世
界公知・公用」に拡大された。そのとき第三号の後半が追加され、インターネット上で開
示された発明も対象となり、日本国内だけに留まらず全世界の情報のほとんどがほぼリア
ルタイムで対象となっており、対象となる情報量は実質的に無限大となったといってもよ
い。特許の審査において、対象特許出願に対し特許法第29条第1項の各号に該当する先
行技術を発見できない場合は、その他の規定に違反しない限り自動的に特許査定となり、
特許庁審査官には拒絶する裁量権は無い。ということは、先行技術調査において該当する
先行技術を発見できない場合は一般的には特許になるということであり、先行技術調査が
不完全な場合には該当先行技術があるにもかかわらず発見できずに特許査定となり、特許
登録されることになる。
このように、特に第1項三号の刊行物記載発明とインターネット上で開示された発明に
該当しないことを証明することは、実際上不可能であり、特許登録後に無効となる可能性
を常に含んでいると考えられる。
43
2.3 無効事由
特許法第123条に特許無効審判の制度を置き、特許が登録になった後に、特許が無効
になる場合を規定している。
第123条第1項に規定する多くは、手続き等の違反などに起因する無効事由であるが、
第二号の特許要件(新規性、進歩性)である第29条違反が実質的内容となり、これに該
当する引用文献等を提出することで特許無効とすることができる。
また、特許無効審判は特許法第123条2項、3項で規定するように、特許権消滅後を
含め原則として、何時でも、そして誰でも請求できる。すなわち、特許権は常に無効にな
る不安定な状況にあると言える。
3. 特許無効事例における引用文献
3.1 知財高裁における特許無効案件の調査
知的財産高等裁判所に平成 19 年2月より7月までの6か月の間に、
特許無効について新
規性・進歩性違反で判断された 59 件の事案について調査を行った。この 59 件のうち、結
果的に8件が特許有効、1件が一部特許無効、残りの 50 件が特許無効の判断であった。
知財判決では特許無効率は約 85%あり、かなり高い割合であることがわかる。
3.2 特許無効判断事例の引用文献
特許無効となった 50 件の事案の引用文献について調査を行い、
証拠として採用された引
用文献を、特許登録以前に引用された文献である 引用文献Aタイプ と、特許無効審判
等で新たに提出された文献である新規抽出文献の 引用文献Bタイプ とに分類をした。
Aタイプの引用文献は特許登録時には知られていたから解釈の違いによって証拠採用され
たものと考えられ、Bタイプの引用文献は新規の文献であり、特許法第 29 条の証拠が新た
に発見されたことで無効判断されたものと考えられる。
調査結果は、
50 件の事案で証拠採用されたことが明白な引用文献総数は 132 件であった。
その中で、 Aタイプ の引用文献は 23 件、 Bタイプ の引用文献は 109 件であった。
特許登録になった発明が特許無効と判断される際に引用された文献は、この結果から登
録後に新たに見付け出された新規文献が全体の9割を超えることが明らかとなった。解釈
等の違いで引用されたAタイプは 23 件と少なく、
証拠文献が新たに提出されることで特許
無効になることが圧倒的に多数であった。
4. おわりに
特許無効判断事例の結果で明らかのように、特許権の安定性を議論する上で先行技術調
査の重要性を認識することが必要である。そして先行技術調査において完全な調査は、非
常に困難で実際的には不可能であることを十分に認識することが重要である。今後の知的
財産制度の議論ではこのことを考慮する必要があると考えられる。
44
急がれるトランスメディア概念の定着
源 高志
(株式会社ウェザーニューズ)
1. 変節しつつあるメディアの世界
携帯小説がブームである。文字コンテンツとは対照的な領域、通信、通話の電話の機器
上で小説をコンテンツとして発信し、しかも多くの利用者を得ている。本来、携帯電話は
通信通話の利便性を追求して行くことで発明されだした。にも関わらず携帯(モバイル)
がメディアを形成しだした事は承知の現象である。個対個の用途が、個からマスへ集合か
ら集合へ、集合から個へとスパイラルが起こり。一つの情報がコンテンツ化へと加工する
ことが可能になり、コンテンツ制作者はその点に注目しだした。
プラットフォーム型メディアへの変遷である。
携帯が(モバイル)がメディアを形成しているならコンテンツビジネスチャンスが多く
存在する。マスメディアの制作者たちではなく新たなビジネスチャンスを求めていたコン
テンツプランナーの登場が携帯小説のブームを起こす。
マスメディア概念の崩壊である。
元来、文字コンテンツは、活字であり印刷物であり、新聞、雑誌、書籍、に代表される
ものであって通話通信の中に存在し得ない。
携帯のデジタル化されたメールは、書簡に分類される文字コンテンツである。平たく言
えば(手紙)なのである。
メールを送信する時、個から個は主旨送信で用途を為すが、各企業、営利団体がメール
を送信する時、情報だけでは個はその情報を共有しない。共鳴もしない。メールに人の持
つ感性を調味料として加える事で個の共感、共鳴を共有する事が可能だと認識しだした。
メールの文字コンテンツ化である。メール小説の発明である。
しかしながらメールは携帯の世界にある(一部インターネット上にも存在する)物で携
帯の特性条件が課せられる。
携帯小説の長尺や内容など。
携帯、インターネットはプラットフォーム型メディアであって決してマスメディアでは
ない。
プラットフォーム型メディアで要求されるコンテンツの主は情報であり、従が感性、感
受性であり、共感、共鳴、共有、そして発信のスパイラルを求められる。
従ってマスメディアの概念ではコンテンツ制作は不可能となる。
又、若者だけではなくテレビ離れを言われ出して久しい。インターネット、モバイルの
普及が追い打ちをかけているとの説もある。今や 20%を常時超えている番組は存在しなく
なりだした。
ある若者の光景が浮かぶ。彼は、
(学生でも若いサラリーマンでも可)は、帰宅と同時に
45
テレビを ON にし、そして PC も ON にする。
テレビ番組を見ながら掲示板にスレを立てて遊び出す。
番組はネタ元でチャットで感性や感情の共有を求める。
一部制作者の趣向が作るコンテンツは、プラットフォーム型メディアを駆使する彼らに
はエンターティメントとなり得ない。
マスメディアの情報は一方通行で真の情報とは映らない。何故なら彼らは別の情報源を
有している。ネット仲間と言う…。
今、ネット(モバイル)のユーザーもコンテンツ制作者もマスメディアに従事する者も
プラットフォーム型メディアに興味を持つ者もメディアの概念の定着を求めている。
最早マスメディアと言うくくりではコンテンツ制作も不可能となりつつある。
我々研究グループは、今のメディアをトランスメディアとして定着させたい。
2. 急がれるトランスメディア論の確立
今、マスメディアとプラットフォーム型メディアを融合したトランスメディア論の確立
を急がねばならない。
超電動の世界ではないが、マスメディアとプラットフォーム型メディアの融合した世界
でコンテンツとして成立し得ている物は、トンネル効果のようにポロッと出現している状
態なのである。このような社会的な背景から今、政策情報学で新しい概念を確立する為に
も、コンテンツ制作の必要性からも、現在のメディアをトランスメディアと位置づけトラ
ンスメディア論の構築を急ぐ必要がある。
トランスメディア論へ導く為のコンテンツ分析
「マスメディアとプラットフォーム型メディア、地上波と(今のテレビ放送)とインターネ
ット」の融合が言われだしている。
それらを融合したメディアでのコンテンツ議論も始まっ
たが、誰もまだ、その制作上の結論は出していない。
マスメディアの制作者は、あくまでも広告型ビジネスモデルに立脚しており、その最大
公約数的な価値観を捨てきれない。共感、共鳴と言うコンセプトで情報としての実利は追
求する必要もないのである。情報提供者からの一方通行の状態である。カンフル的な多方
向としてデジタル放送の導入を考えているが人々は無関心である。それは物理的な作業が
増えるだけの実利が伴わない行為だからである。
一方、プラットフォームは「実利」そして「共感、共鳴」の順である。オンデマンドは自ら
の意志で ON にする。自らの意志をサティスファィするものは、実利である。その実利は、
情報としての価値観を有する必要がある。従って情報としての価値観の分析も必要となる
のである。
トランスメディアを理解する為に
原始キリスト教の爆発的な広がりに注目する必要がある。原始キリスト教の目的は一つ
であり「キリストの教え」を人類に広める為にキリストの弟子たちは、コンテンツを考え出
46
した。聖書、教会、牧師(神父)、壁画、そして『象徴としての十字架』これらのコンテン
ツは、全てイエスの教義の為のものなのである。
故にトランスメディア論とは、
一つの情報をメディア別に加工することに近いのである。
いわゆるワンソース・マルチユースの概念を持つマスメディアとは明らかに一線を画すも
のである。
トランスメディア論に裏づけされたコンテンツ例
(ウェザーニューズ社のモバイルコンテンツから)
◎感性、感受性コンテンツ(さくらプロジェクト)
人々の感性感受性を共有する財産と認識し、そのコンテンツ制作に参加を仰ぎ、そして
コンテンツそのものを共有するパターン
◎能動思考コンテンツ
受信者としての思考ではなく送信者としての思考を満足させる為、人々もリポーターで
あり調査員であって情報を送るパターン
◎地上波の作られたリポートではなく、真実のリポートを人々が自ら発信し、そして共有
すると言うコンテンツ
◎携帯小説、ユーチューブ、グーグルのビジネスチャンス 等々
また、事例を踏まえ政策情報学研究科プロジェクトでのコンテンツ制作を通して、トラ
ンスメディア論の確立に向けて研究を行っている。
47
サステイナブル社会構築に向けての文化戦略
佐和 達児
(立命館大学立命館サステイナビリティ学研究センター)
[キーワード]サステイナビリティ、ディープエコロジー、環境芸術
昨今、気候変動問題が世界の中心的議題となり、その中で「持続可能な開発」
、
「持続可
能な社会」をいかに構築していくかに注目が集められている。しかしながら、
「持続可能性
sustainability 」 の 定 義 は 未 だ き ち ん と な さ れ て い な い の も ま た 現 状 で あ る 。 こ の
「sustainability」の曖昧性を考える時、注目すべきキーワードとして 1973 年にノルウェー
の哲学者アルネ・ネスが提唱した「ディープエコロジー」が挙げられよう。
ネスは、それまでの環境保護活動を「シャローエコロジー」とし、それは「環境汚染と
資源枯渇に反対する運動」であり、その目的は「発展した国々における人々の健康と豊か
な生活」を求めるものであったとする。このネスの言うところの「シャローエコロジー」
は、
「人間中心主義的立場のことであり、これは、結果地して人間にもたらされる、大まか
に言えば物質的な利益にもとづいてのみ、環境に対する責任ある対処を求める立場」であ
り、
「1980 年の『世界環境保全戦略』で採用され、そして『持続可能な開発』という目標
においてあきらかになっている立場」であるとされる(クーパー 2004 p104)
。それに対
し生命圏の平等という原理にのっとったネスの立場は、スピリチュアルに過ぎる感もある
が、昨今の地球規模での環境保護運動に大きな影響を与えている。
このネスのディープエコロジーの思想は、
地球規模でのサステイナブル社会構築に向け、
どのように取り込まれるべきなのだろうか。先進国的な考え方であること、あるいは北欧
という地理的条件も鑑みる必要があるだろう。
人口増加、
めざましい経済発展の中にあり、
温室効果ガスの排出の増加も予想される国々に対して、ディープエコロジーの思想のみに
のっとったサステイナビリティ社会構築戦略は、かなりの反発も予想される。サステイナ
ブル社会の構築に向けては、ディープエコロジー的社会と高度経済発展を進めていく社会
との両立をいかにして図るのかを思考していく必要がある。この二つの社会の両立の問題
について、
「環境芸術」をキーワードに探っていってみたい。
環境芸術とは「美術館や画廊という、閉じられた空間ではなく、より広く大きな開かれ
た空間――それが自然であれ社会であれ――において展開される芸術であり、また、神や
自然といった、近代以前において重んじられていた存在の価値を重く受け止め、社会に対
しても、近代的・産業的・利益追求的・人間中心的な態度ではなく、より根本的な問いか
けをしてゆく」芸術である(青山 2006 p302)
。もともと環境芸術は自然環境に芸術の場
を求めた運動を指していたが、80年代以降、都市論などが盛んとなり、また、環境問題
がクローズアップされ始めると、都市環境、社会環境のコンテクストの中でも環境芸術が
語られるようになった。このことは、平成 8 年度の環境白書に「環境と芸術・文化は様々
なかかわりを有している。最近の芸術活動の中には、地球環境に対する意識の目覚めや、
48
自然との共感への願望、さらには都市化や産業化の急速な進行に対する危機感、ひいては
解決困難な様々な問題にぶつかるようになった現代文明自体に対する懐疑が見られるとの
指摘もなされている」と書かれていることからも推察できよう。また最近では、京都女子
大学の土屋教授を中心に「環境のための芸術—エコロジカルアート」を提唱し、注目を集
めている。このエコロジカルアートとは、自然に対する自分達の内面の意識の変革をねら
い、現代美術表現を通して環境保全への意識を高めることを目的とするインスタレーショ
ンである。
様々な環境芸術の試みからは、
環境と工業という相反するものを媒介する芸術を具現し、
矛盾を発展へと転化させ、新たな産業をクリエイトしうる可能性を示唆するスミッソンの
作品、そしてクリストのプロジェクトから、芸術の力とプロセスの重要性を読み取ること
ができる。相反するものを排除することは多様性の否定に連なる。2005年、ユネスコ
において「ある国の文化が覇権を握ること、例えば、米国の映画や音楽が、フランスなど
他国の文化を席巻するのを防止し、各国の異質な文化がお互いを刺激し合い共生すること
を目指す」文化多様性条約が採択された。
「文化的差異は、憎悪や敵意の原因になることが
あるにせよ、社会全体の活力の源泉ともなり得る(Giddens 1998 p136)
」とアンソニー・ギ
デンズが言うように、差異を排除するのではなく、それを活力の源泉、つまりは社会をプ
ラスの方向へ動かす要素として考えることにより、新たな産業や文化がクリエイトされる
はずである。そのためには、まず多様性を容認した上で、文化交流を行っていく必要があ
る。
「誤解のない文化交流などというものは、今まで古今東西、存在したことがない」ので
あり、逆に誤解があるからこそ、そこに新しいものが生まれるのである。サステイナブル
な社会においては、誤解を否定するのではなく、それをエネルギーに変換していくプロセ
スが内蔵されていなければならない。
サステイナブルな社会に向けての文化芸術の役割とは何だろうか。まず、いくつかの問
題を考察してきた中で明らかになったことは、
「いかにして対話のできる場を創出し、そこ
への積極的な参加を促していくのか」
、そして「多様性を認め、その中での誤解をもエネル
ギーへと変換していく」という共通の認識である。その為に必要とされているのは、
「結果」
のみを重視するのではなく、そこに至る「プロセス」を、結果と同等に、時には結果以上
に重視する社会への転換であろう。その中で、
「経済発展と環境保全の両立」というサステ
イナビリティ学がかかえる難問の解決、
そして持続可能で豊かな社会の創出に向けての
「媒
介項」としての役割が、21 世紀の文化芸術に期待されていると言えるのではないだろうか。
それでは、文化芸術を取り巻く昨今の状況はどのようなものなのだろうか。
「多様性」
、
「共生」
、
「クリエイティブ都市」
、
「クリエイティブ・クラス」
、
「クリエイティブ産業」
、
「ク
リエイティブ社会」や、文化経済学、アート・マネジメントなどの言葉が、様々なところ
で目にするように、文化芸術に対する期待は強まってきていると言える。
2001 年 12 月に施行された文化芸術振興基本法に基づき、2002 年 12 月 10 日に閣議決定
された「文化芸術の振興に関する基本方針(第一次基本方針)
」の中では、
「文化の在り方
は、経済活動に多大な影響を与えるとともに、多くの産業の発展に寄与し得るものである」
と、文化と経済のポジティブフィードバック関係が指摘されている。工業化社会からポス
ト工業化社会へと移行してゆく過程のなかで、文化の成熟が精神的に豊かな社会を創り出
すと言うことだけでなく、文化が経済的な付加価値を生み出すという、経済と文化の間の
ポジティブフィードバック関係を政府が方針として認めていることは高く評価されるべき
49
である。
2007 年 2 月 19 日に閣議決定された「文化芸術の振興に関する基本方針(第二次基本方
針)
」では、
「文化芸術は、①人間が人間らしく生きるための糧となるものであり、②人間
相互の連帯感を生み出し、③より質の高い経済活動を実現するとともに、④科学技術や情
報化の進展が人類の真の発展に貢献するように支えるものである。さらに、⑤文化の多様
性を維持し、世界平和の礎となるものである」と文化芸術を定義した上で、
「今日では、文
化芸術の持つ、人々を引き付ける魅力や社会に与える影響力、すなわち、
「文化力」が国の
力であるということが世界的にも認識され、また、文化芸術が経済活動において新たな需
要や高い付加価値を生み出す源泉ともなっており、文化芸術と経済は密接に関連しあうと
考えられるようになった」と、文化芸術の社会的役割の重要性を指摘し、
「文化芸術は古今
東西の様々な人々の営為の上に生まれ、その継承と変化の中で新たな価値が見出されてい
くものであり、短期的な視点のみでその価値を計ることは困難である。こうした文化芸術
の特質を踏まえ、文化芸術活動の短期的な経済効率性を一律に求めるのではなく、長期的
かつ継続的な視点に立った施策を展開する必要がある」と、文化と経済の間のポジティブ
フィードバック関係が注目される中で、長期的な視点からの政策決定の必要性を説いてい
る。
政府が基本方針としてこのような文化芸術の可能性を重視していることは、非常に意義
深いことである。今後、実際の政策としてどのように国を動かしていけるかどうかは、注
目していく必要があるであろう。
50
参考文献
クーパー,デビッド E.
「アルネ・ネス」
.
『環境の思想家たち 下 現代編』.パルマー,ジョイ A.
みすず書房, 2004. pp102-110
青山昌文. 『改訂版 芸術の理論と歴史』. 放送大学教育振興会, 2006.
吉本光宏・椿昇「都市、NPO の時代―新たな公共をめぐって(対談)
」.吉本光宏監修 国際交流基金
編 『アート戦略都市 ― EU・日本のクリエイティブシティ』, 鹿島出版会, 2006
高階秀爾
「美術館の成立と二十一世紀の課題」
『Aube 比較芸術学』
第一号 2006 年淡交社pp201-203
黒川紀章『都市革命 ― 公有から共有へ』2006 年中央公論新社
吉本光宏監修 国際交流基金編 『アート戦略都市 ― EU・日本のクリエイティブシティ』2006
年鹿島出版会
チャールズ・ランドリー著 後藤和子監訳 『創造的都市 都市再生のための道具箱』,日本評論社
宮島達男監修『世界アーティストサミット』,アート新書アルテ,2006
Giddens A . The Third Way The Renewal of Social Democracy. Polity Press, Cambridge, 1998 .
51
知の醸造のための精緻化に関する基礎的研究
鈴木 羽留香
(千葉商科大学大学院政策研究科)
[キーワード]Fuzzy, SSM, Internalization, Weight of accumulation, Brew
1.はじめに
各要素に関する蓄積が一定の飽和状態を迎え、転換点に達しつつある現代の科学体系に
は、構造人類学的視点の重要性を再確認する必要があるのではないか。この世界全体のし
くみ、すなわち「自然の摂理」といわれている各システム間の関連性から個別現象への影
響を分析しつつ、それらをもたらすクラスタ群全体である、この複雑な世界をそのまま認
識するというシステマティックな包括的創発を目指す、多様性を活かした設計のためのパ
ターンを、思考の蓄積から応用させる可能性を探る。フロネシスの醸造を促す理念を含め
た知的基盤設計に、古典的蓄積を取り込むことの必要性は既に、人工知能領域からの批判
として「オントロジー工学によるシステム設計や構築のポイント」が「複雑な対象世界か
らの概念の切り出し」だという指摘からも確認されている。このような、各時代の文脈か
らのフレーミングや分析からの、世界観に関する思考のパターンの蓄積が遺産として残っ
ており、それと現代の細分化された各領域からの知見を合わせた複合的視点は、学問体系
を補うと考えられる。
2.1 精緻化に関する思考パターンの諸要件
2.1.1 複雑性を損なわないオントロジー構築の要件
あるものごとを「科学」としているものが何であるのかという科学史上の命題は、商用
目的のみのために作り出された似非科学やいかがわしきものを排除することが出来る一方
で、宇宙という広域な対象を認識するための「科学」的な拡がりをも同時に狭めてしまう
可能性をも有する。デカルト以降、科学は「科学」的な方法論という主柱を確保して、そ
の深まりとともに高度な発展を遂げたといわれている。他方、その対象がより複雑になれ
ばなる程、対象の全体像を把握することは困難となる。高度に専門分化された知識を、足
し合わせた総数以上の現象が実在する以上は、その現象をありのままに、分割せず観るた
めの創発的方法が必要とされると考えられる。そのためには、宇宙科学全般に関するデー
タベースの構築が先決である。観測的な側面からiの基礎的データベース化は、既に米国航
空宇宙局とプリンストン大学とのプロジェクトのアウトプットであり、精密なデータに基
づく各論やモデルを検証するための、CMB 温度ゆらぎさえも捉えた実績のある COBE を用いた
CMB 全天温度地図作成を始めとする、宇宙マイクロ派背景幅射観測衛星 MAP(Microwave Anisotropy
52
Probe)プロジェクト等に蓄積が蓄えられつつある。
特に、理論物理学を基礎としている現在の「狭義の」宇宙論では、その傾向が顕著であ
る。理論物理学を拠所としている現代の宇宙論では、莫大な税金を要するため、ハワイや
チリ等の高緯度への天文台iiの設置や加速器等の大規模設備に関する政策としてのコンセ
ンサス獲得困難に伴った、観測による検証可能性の限界や、M 理論自体が内包すると考え
られているトートロジカルな性質から、その行き詰まりと転換の必要性とが求められる。
科学技術政策における市民参加の本質的な意義とは、トランスナショナルかつセクターの
枠組みを越えた共通基盤で、かつて短絡的評価軸から「未開である」と一方的にラベリン
グをされたサイレント・マジョリティを含む、各文脈に基づく構造の提供によって、自己
完結型の閉鎖系としての学問体系を補完することであり、この宇宙科学のように、先端的
な領域であればある程、
その重要度は高まると考えられる。
方向性への舵取りだけでなく、
科学自体の自己組織的な発展を支え得る多様性の取り込みを通し、現代の、精密なデータ
に支えられた観測と、高度に理論化され過ぎて検証可能性が追いつかない地平にまで達し
てしまった、物理学としての宇宙論からさらに拡張させることが、その設計要件として考
えられる。
2.2.2 拡がりに関する要件
宇宙科学のように、階層的システム構造を要するオントロジー構築においては、その精
緻化を促すための仕組みづくりが重要である。したがって、カオス結合系の設計意図と同
様なシナリオでシステムを組むということが求められるであろう。つまり Coupled Map
Lattice(結合写像格子)モデルのように、カオス同士を局所的に、たとえば f (χ) = 1- a
2
χ
を用いてつなげることが第一段階であり、指向性や全体の構図自体の可視化が後に
くるというイメージである。プロセスとして多様な情報間の精緻化を重視し、モデル自体
が示す構図は Web2.0 に見られるように自己組織化を常に繰り返し、流動的である。ただしこ
こでのオントロジー構築の対象は、あくまでも(物理学者が理論的にではあるが、多重なブレ
ーンとして宇宙を捉えているように)従来の方法論やジャーナル共同体内部での言語体系の
みで語りうる対象か否かすら、明らかではないので、数理科学的な媒体を用いることが最
適であるかはわからない。
「実験室の人類学」という意味ではなく、科学者集団内において
「野生の思考」のような人類学的視野の拡張は必要であろう。これは、個体それぞれに異
なる感覚機能という複合的センサーによって、世界を包括的に認識することを、経験的に
方法記憶として蓄積したものである。相対主義以前の人類的学者による短絡的かつ偏った
評価から「未開」とラベリングされていた、時間軸において古代オリエント以前を含むも
のであり、また空間としても地域的な拡がりをもつ、多様性によって支えられている。
レヴィ・ストロースによると、構造とは「歴史を排除するための工夫」すなわち、シス
テムから時間的要素を除去したものであるとし、相違を知るために考察すべきものである
と定義されている。各時代における科学技術政策ないしは、科学を取り巻く構造を考察す
る場合には、これらの複雑性を、文脈を保持しつつオントロジー上に表現し、蓄え、いか
に精緻化するかが争点と成り得る。アリストテレスのiii「気象論」と「天体論」とでは、両
者の相互関係に関する記述に加え、これらの物理的な事象や補完的かつ規則的な関連性を
説明するための、システム全体としての「宇宙論」が、他の自然現象を引き起こす大枠と
して描かれている。月下界(現在でいうところの地表上の現象を含む)で発生する自然現象
53
に要因として、月やその他の天体の運行を直接的なものとして記述しており、またそれら
天体の運行と地球との周期的な距離や位置が与える動植物への影響に関する記述もある。
これらは、思考パターンの異なる時代、つまりアリストテレスとは異なった時代の「野生
の思考」と定義された、ブラジルのシンパイア族の神話ivや古代中国でも同様の考察が記述
されている。
そして、このアリストテレスの「世界観」は、賛否を問われ続けながらも、他の文明圏
へと継承されていった。例えば、中国へと伝来したアリストテレス的宇宙観は時を経て、
伝統的中国文化の影響と同時に、外来の宗教的な影響をも受けることとなる。後の 1604
年には、これらを『乾坤豊義』等として宣教師マテオ・リッチによって、チャイナイズさ
れた世界観や宇宙観が分析されている。1682 年にはフルダードによって同様の研究がなさ
れている。そこでは、アリストテレスの『気象諭』や『天体論』
、
『宇宙論』での天文学的
な(現代では反駁された地球を中心とする)仮説に関する記述、四元素説等に対する中国の
反応に加え、中国古来よりの思考パターンや「宇宙観」に関する古典の蓄積との比較、そ
して北京を中心に当時多数在中していた宣教師を始めとする、キリスト教関係者との相互
作用の様子までもが描かれている。1600 年代は、宗教裁判を筆頭に、科学と宗教との対立
が顕著な時期であり、中国における宇宙観や世界観を論じる場合においても、これらの影
響を免れることは容易ではなかった。アリストテレス的宇宙観は、キリスト教が支持する
コペルニクス的宇宙観との関係性の深さから、当時の中国における学問体系に与えた影響
は少なくなかった。
また、
「イスラム文化圏」を経て、
「ラテン西欧に流入したアリストテレスの著作」vの影
響も確認されるなど、時代を辿って世界観の変成を追ったとしても、必然的に地域別の思
考パターンをもレビューすること、すなわち時間軸からの考察は、空間軸と編み合わせと
なることがいえる。宇宙科学に関するオントロジー構築には、両軸が同時に要ると考えら
れえる。
3.1 アリストテレス諸学における世界観の再現
3.1.1 「科学」的方法論としての詩学に関する記述
アリストテレスは、詩学を単に芸術的な側面からだけでなく、学問的な方法論を提供す
るものとして、詩学を Poet.1447b10~b20 で以下のように評価している。
「詩学の本質」を
たんにその「媒体 ΕΤΡΟΙ」のみにフォーカスして捉えている為に「一般には、韻律に結
び付けて考え」ているが、ある事象の本質の「再現」こそが「詩学の本質 」であると述べ
ている。さらに当時のギリシアでは、韻律を用いて「医学や自然学の研究内容でさえ、発
表せ られるならば、世間ではそれを発表した人を詩人と呼ぶことになっている」状況に
あることも付け加え、
「世間」が、ある人物の評価や職業分類を画一的視野で、その表面的
な「媒体という特殊形態」である韻律に引き摺られていることに対する批判も行なってい
る。
この分類では、「科学」的な方法論を単一としてではなく、幅をもたせた評価としてい
るといえる。
「詩学」における方法論とは、芸術家が有するであろうと考えられる固有な主
マ
マ
54
観や、訓練された感覚機能からのフレーミング、つまり「過去にあった事象」や自己のフ
ロネシスを材料とし、想定されうる将来的な事象やリスクを、聴衆の文脈に当てはめなが
ら再構築しながら「再現する μτμειδθατ」という非線形なプロセスである。これはア
リストテレスが、時代に固有な思考パターン(どうやってするのかということ)ではなく、
その構造(何が出来ているのかということ)を重視していたことを示している。
現代の、ジャーナル共同体からの評価から外れた「世界観」の切り取りが「科学」的な方
法論と扱われないというシステムと比較しても、その特異性が確認出来る。Poet.1447a10
ではこれらの「模擬的再現 μιμηστξ」を、一様ではなく「媒体」
、
「対象」
、
「仕方」に分
類している。これらを支える技法が生じた要因を、1448b4 において、詩学の供給側と需要
側の両側面を等しく、学習というヒトの本能から説明している。供給側については、
「模倣
(1)
して再現すること μιμετσθαι」自体が、他の種の「動物と異なる所以」 としてヒトが、
初期の学習が「模倣再現 μιμηστξ」
「子供の頃から自然に備わった本能」であることを、
その実施理由として挙げている。
一方の需要側もやはり同様の論理から説明されているが、
学習するという人間の本能から反射的に詩学を求めているというよりも、むしろ学習する
こと自体に「楽しみ」を見出しているという点を強調している。つまり、詩学という「原
物」を模写したものを通して、それを知覚した経験のない場合には、
「推論」したり、
「原
物」の構成要素や要件を「学ぶ」ことを能動的に求める。これは、反応までに距離のある
選択の間の自由の幅という、ヒトを人間たらしめている記述がより多く含まれる。
表 1 方法論としての「歴史学」と「詩学」の比較
歴史学
詩学
対象とする事実の時間軸
過去
過去の事象ないしは推測される未来の事象
対象範囲
個別的な事件
普遍
媒体
一般の言語体系
韻律、リズム、歌曲等
固有名詞の重要度
高
低(喜劇などの名称の決定が作詩後に実施される場合)
出典:アリストテレス( 332. A.C. )より作成
さらに需要側の説明として、精密に模写されたものを通じて、その原物によって与えら
れる感覚器官への影響の追体験、ないしはその影響を想像することによって、学習をさら
に強化していることが「模倣的再現 μιμετσθαι」を実施するということの一要因ではな
いか、という仮説を追加したい。詩学を構成する「媒体」や「仕方」すなわち「(一切合切
を写実的に)模倣して見せる再現 Π απαντα μιμονμενη」に関する高度な
技術、ないしは「対象」である実物自体に対する、興味が引き起こすシータ波と、
「原物」
を模写したものによる追体験ないしは想像で、感情面から偏桃体が刺激されることによっ
て、記憶の長期化すなわち LTP を定着することが期待される。
また詩学は供給側にとっても、学習能力自体の向上をもたらす可能性がある。ホムンクルス
でもその神経細胞数の多さが強調されている部位である手足や視聴覚等の感覚器官を、実際
に「詩学」という多様な「媒体」をもって活用させることによって、それに付随する感覚
器官や脳自体を直接刺激することが可能である。また、需要側・供給側問わず、リズムや
(1)
現代においては、学習機能がヒトに特有のものではないという説がある。
55
韻律という固有な振動数を経験することは、ある一定の方法記憶をも養う作用があると考
えられる。感覚器官が精緻化をするうえで、重要な要素であることを示す概念として、現
代における具体例を挙げると、いわゆる物理学や数学等の領域でしばしば確認される共感
覚という現象がある。R.F.ファインマンノーベル物理学者(2)にも、共感覚は備わっていたと
いう。共感覚とは、本来異なるタイミングで作用するべきにある感覚機能同士が、なんら
かのきっかけによって、関連付けられ結びついている状態である。例えば、上記の物理学
者は、数式を思い浮かべる際には、その数字や記号にそれぞれ決まった色がついて知覚さ
れるという。そのような共感覚の持ち主は、新規性をもたらす可能性が高いといわれてい
る。アリストテレスの「自然学小論集」444b. a30 にも記述がある。
現代の大学行政での争点として、少子化や Web2.0 技術の向上に伴う、より全面的なオ
ンライン・キャンパス化を進めるべきか否かという議論があるが、詩学から示唆されてい
る、感覚器官からの学習機能への影響という点を考慮すると、機能体としての大学の役割
だけでなく、実際に身体を運んで行き、感覚全体として複合的に学習する、場としてのキ
ャンパスの重要性が、改めて認識されるべきであるのではないかと考えられる。
4. おわりに
各時代に特有な科学の「雰囲気」をレビューすることにより、多様な思考パターンに関
する蓄積を体系化する試みと同時に、それらの同士の関連性を明らかにする構造やシステ
ム的振る舞いにも、その要素自体が有するのと同等な価値の重み付けがされるべきである
という考察が得られた。今後、このような時間軸からのアプローチだけでない広がりを持
った、空間軸すなわち同時代における各地域の多面的蓄積を、
「科学」になる前の情報とし
て扱う場合、より複雑な課題を伴った、新たな方法論が必要となってくると考えられる。
例えば、知識工学やオントロジー工学として科学知識を創造していく際にも、その蓄積に
アクセスするための文化人類学的な配慮や、各文脈に沿った作法が求められる。そして、
蓄積やそれに付随する構造やシステム提供者との関係性、しいてはそれらのナショナルを
越えた圧力構造にまで着目する義務を有するのが研究者である、
ということを加筆したい。
短期的な成果からの評価ではなく、
蓄積の砂山の面積を拡張したこと自体に価値を見出し、
提供者にそれに見合ったものを十分にお返し出来る仕組みが急がれる。理想的には、(ここ
では、もちろん返済義務を負うのは市民ではないが)マイクロクレジットのように、貧困地
域が本来有する(「科学」のもととしての蓄積やそれに纏わる構造という)資源で自立への
きっかけをつくることが可能な循環システムを構築するべきである。
これから先、必要となってくる科学を取り巻く蓄積は、多地域に亘り様々な非対称性の
ある人々からの協調による提供を受ける。したがって、かつての新領域への一方的な固有
性剥奪のようなことが、あってはならないことを強調したい。実質上、政治顧問としての
立場からの言動が求められたという、時代の檻のなかにありながらもなお、蓄積を醸造さ
せたフロネシアからの智恵を有する者としての役割を、全うしようと試みたアリストテレ
(2)
物理学に、独自のダイアグラムを始めとする、基礎的計算技術や表記法といった新規性をもたら
した。また、科学と社会とをつなぐ活動にも積極的に取り組み、
「科学の価値」についても市民の
立場を含め、多面的に評価していた。
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スの教育そのものからも、このことは明確に示されている。教え子のアレクサンドロス大
王の東方遠征に際しても、その領土拡大という国家戦略の達成と、他民族への侵略行為す
なわち異文化を淘汰することが別物であること、そしてこれらを混同しないように指導し
たことからもみてとれる。これは一個体としての人体内で、様々な分野を網羅しようと企
て、他領域の情報に触れる感覚機能を重視しつつ記憶を蓄積し、自分なりの「世界観」を
認識するために、それらを文脈という自己の経験から生じさせると同時に、それらの檻か
ら外しつつ内在化させ、統合するといった一連の「知の醸造」プロセスを辿ったアリスト
テレスならではの志向性である。
そして、グローバライゼーションの象徴的現象として、Web2.0 を始めとする空間的拡が
りをもった蓄積のオントロジー構築が、技術的には可能となった現在。その知見のすべて
が「科学」としていまに残っているわけではないにせよ、アリストテレスという一個体に
よる知の醸造とそれらの間の関連付けによる体系化への試みから学びうることを、トラン
スナショナルなニューラルネットワークとして再現し、詩学のような方法論でヒトの感覚
器官の多様性や、それによる「世界観」の固有性を活かすために、異なる文脈の市民を含
めた開放系としての学問体系を構築することが、複雑なものをそのまま可視化するための
知的「基盤」として求められる。
科学史上、久しく対立する構図であった宗教viと科学、
「未開社会」と「文明社会」等の線
引きを越えた、両者にとって本質的な対話による複雑な「世界観」から、複雑な宇宙のシ
ステムそのものを理論物理学の軸をもとに、
「科学」として描く可能性を有する基盤として
の蓄積内で起こりうるであろう、自己組織的な精緻化が期待されるという時代になりつつ
ある。宇宙科学は、再びあのロスアラモスでの岐路に立たされていることに等しいと、倫
理学という言語体系以外で言い換えることが可能であろう。すなわち、科学をどう使うか
という方向性だけでなく、どのような「科学」という「媒体」で、どのような「世界観」
を描くかというフロネシスに関する意思決定が迫られている。
「可能な生命 life-as-it-could-be」viiといったような「世界観」を創造する、人工的な「不動
の動者 τσ κινουν ακλνητον」へとヒトを押し遣るのか、
「我々の知っ
ている生命 life-as-we-know-it」の「観照 θωρια」という本分を全うするのかという命
題は、画一的ナショナリズムに基づいて策定されている、現代の科学技術政策からは到底解
差
異
を
再
現
す
る
詩
作
けない、まさにこれこそがδλαφοραμλμεισθαλποιησλζである。
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参考文献
i
須藤靖「不惑の宇宙論?」
『日本惑星科学会誌』日本惑星科学会 Vol.11.No.2,2002.pp.94
一丸節夫「観測に基づく宇宙論」
『日本物理学会誌』日本物理学会 Vol.58,No.1,2003.pp.45-46
iii
アリストテレス「アリストテレス全集」全 14 巻.岩波書店.1968
iv
レヴィ・ストロース「生ものと調理されたもの」M.178 収録
v
中川純男「アリストテレスと西欧中世(B03「近現代社会と古典」班)」慶応義塾大学,2001
vi
山田哲郎「科学と神学―共存模索」
『(夕刊)読売新聞』2007 年 8 月 27 日,2版(12)
vii
C.G.Langton.“Artificial life” ALIFE,1987
ii
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政策情報学会第 3 回研究大会 研究発表予稿集
編集責任者:加藤久明(大会実行委員)
発 行 日:2007 年 11 月 17 日
発
行:政策情報学会事務局
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