2002 年度卒業研究第二次中間発表要旨 世界水フォーラム主導型 Water Security 論のアジアモンスーン的再評価 −アジアモンスーン水資源統合管理のあり方− 井手研究室 9912028 前田綾子 1.研究の背景・目的・意義 世界水フォーラム(WWF)の第 3 回会合が 2003 年 3 月,アジアで初めて日本で開催される.WWF とは,政府や NGO, 一般市民が一堂に会し,世界の水資源問題解決に向けて話し合うための会議である.世界水会議(WWC)という,欧州 の機関や国々を中心に構成されている組織がこの WWF を主催している1).そのため,WWF は欧州主導で進められてお り,他の地域の国々にとっては,WWF の掲げる水資源問題解決に向けての目標である『世界水ビジョン(WWV)』や WWV を達成するために提案された水資源管理手法である『水資源統合管理論(IWRM)』等が欧州的な水資源に対する 考え方の押し付けではないか,という批判もある. 本来,各地域における水資源に対する考え方は,その地域の気候や風土,歴史や文化などを色濃く反映するもの.その 代表的なものが,水の所有に関する考え方である.各地において水の所有に関する考え方に大きな違いが見られる.また, この水の所有に関する考え方とほぼ相似形であるとされるのが,その地域における土地の所有に関する考え方である.欧 州では,土地を完全な個人の所有物と考える.WWF が提唱する水資源に対する考え方とは,このような欧州的な土地所 有制度と同様に,水資源に関する所有権を明確にし,かつ水資源を完全な経済的な財として扱おうとするものである.し かし,この考え方は,水や土地の所有に関する考え方のまったく異なる,日本を中心とするアジアモンスーン地域の国々 の水資源に対する考え方とは相容れない側面をもっている. そこで,本研究では,日本を中心にするアジアモンスーン地域の国々と欧州との「土地と水の所有に関する考え方」を 比較し,その共通点と相違点を明らかにし,これによって,アジアモンスーン地域の国々の視点から WWF の掲げる水 資源管理論を再評価する. これは,アジアモンスーン地域の,特に途上国における今後の水資源管理を考える上で非常に重要になると考える. 2.研究方法(文献調査) 1)欧州的な水資源管理 ① 『WWV』 ,『IWRM』を読み込み,これを欧州的な水資源管理の考え方として捉える. ② 欧州での「土地の所有」と「水の所有」に関する考え方を調べる. 2)アジア的な水資源管理 ① 日本での「土地の所有」と「水の所有」に関する考え方を調べる. ② 日本とアジアモンスーン地域の「土地の所有」と「水の所有」に関する考え方の共通点を調べる. 3)欧州とアジアモンスーン地域の「土地と水の所有」について,共通点と相違点を考察する. 4)『IWRM』を,アジアモンスーン地域の「水資源に関する考え方」という視点から再評価する. 3.進捗状況(これまでの文献調査の結果) 3−1.中間Ⅰまでにしたこと 日本を中心とするアジアモンスーン地域と欧州との「水と土地の所有」に関する考え方を比較することにより,両地域 の水資源に関する考え方の違いを明らかにできる可能性があることがわかった. 3−2.『世界水ビジョン(WWV)』2)と『水資源統合管理論(IWRM)』3)を読みわかったこと ①WWV と IWRM の違い 理想的な将来を描いた『WWV』とそれを実践するための手法である『IWRM』は,ほぼ同時期に作られたにも関わら ずいくつかの考え方の違いがある.最も大きな違いは,WWV では「流域管理」を奨励しているのに対して,IWRM で は「流域管理」に対して消極的な態度を示している点である.WWV には「流域管理」又はそれに似た単語が8ヵ所出て くるのに対して,IWRM では1ヵ所のみである. ②違いが生じた理由 現在,水の取水量の 70%を農業用水が占めている.今後,人口増加による食料需要の増大に伴い,農業用水はより大 量に必要になると予測されている.そのため,WWF では特に今後の農業のあり方を重要視している. この問題を解決するために,WWV は,より少ない水での作物生産の農業技術の開発,様々な水の効率的な利用方法を 提案している.それに対して,IWRM では,水の不足している地域で自給自足による食料確保を行えば,水不足の事態 はさらに悪化するとして,むしろ,水の豊富な地域から食料(仮想水)を輸入することを勧めている. しかし,この水(仮想水)を輸入するということは,流域を越えて水が動くということであり,流域内の生態系と水文 循環の健全化に重点をおいている流域管理の考え方に相反する.そのため,水資源問題解決に向け実践的な立場を取って いる IWRM では,流域管理に対して消極的な立場をとっているものと考えられる. 3−3.『比較水法論集』4)を読みわかったこと 日本と欧州の水に関する法律の違い 日本では河川の治水という観点から水法が発達しており,河川法が水法の代名詞となっている.欧州の国々では,河川 の役割は運河,筏流として考えられており,水法の及ぶ範囲は,河川だけでなく地下水や国際河川での利害関係の対立の 調整等,様々な分野に及ぶ. 3−4.導かれるであろう結論5)6) 欧州で生まれた土地所有権は絶対的排他的な権利であり,土地に対する所有の意識が強い.そのため,欧州では,土地 の所有と相似形とされる水に対しても,公私の区別をつけやすく,水資源を経済財として考えることができるのではない か.しかし,日本を中心とするアジアモンスーン地域では,所有という権利に対する意識が薄く,また公私の他に「共」 の意識が存在するため,水資源を経済財として考えることは難しい. 仮想水とは商品生産やサービスに使用された水を意味し,IWRM の提案する仮想水の輸出入は,水資源を経済財と扱 うことにより可能になるものである.そのため,日本を中心とするアジアモンスーン地域では,必然的に水資源を経済財 と捉える仮想水の考え方を受け入れることは難しい. 流域管理の必要性,水資源を経済財として扱うことの難しさという以上の2点から,日本を中心とするアジアモンスー ン地域では,IWRM の仮想水の考え方を受け入れることはできない. 4.今後の予定 ・水資源は土地の付属物と捉えられる等,水の所有に関して明確な定義がないため,今後は明確な所有権の存在する土地に重 点をおき調査を進める.しかし,土地と水の所有という観点からのみ IWRM を見直すことは難しいため,流域管理などその他の 分野からも視点にも広げ文献調査をする. ・IWRM をあてはめたといわれる『欧州連合水環境枠組み規制』を欧州的な水資源の管理手法として捉え,これを読み込む. 5.目次案 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章 概論 序論 世界水フォーラム 欧州的な水資源管理 アジアモンスーン的な水管理 比較 結論 6.参考文献 1)第 3 回世界水フォーラム事務局:第 3 回世界水フォーラム一 次案内書,第 3 回世界水フォーラム事務局(2001) 2)世界水ビジョン川と水委員会:世界水ビジョン,山海堂(2001) 3)世界水パートナーシップ技術諮問委員会:IWRM 水資源統 合管理論,財団法人国際湖沼環境委員会 4) 三木本健治:比較水法論集,財団法人水利科学研究所(1983) 5)加藤雅信: 「所有権」の誕生,三省堂(2001) 6)金子由芳: 「アジア法の可能性」 ,大学教育出版(1998)
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