「脳卒中」

高齢化社会の食生活
「脳卒中」
脳卒中は日本人に多い病気で、重い後遺症を残し寝たき
●図表1
りになる原因疾患となっています。そもそも脳卒中とは
どのようなものなのでしょうか。その発生と症状、原因、
そして、脳卒中を防ぐ食生活について探ってみました。
脳卒中は脳血管の病気
脳卒中とは一つの病名ではなく、脳の血管に障害が起きて
え
脳卒中の種類と特徴
破れる
詰まる
脳出血
脳梗塞
脳の血管が詰まり血流が途絶えてしま
うために、その血流によって養われて
いる脳の組織が傷害され、壊死してし
まう病気。
血管が詰まる原因により大きく、
・アテローム血栓性脳梗塞
・ラクナ梗塞
・心原性脳塞栓(そくせん)症
の3つのタイプに分類されます。
長年にわたる高血圧などの影響でも
ろくなった脳の血管が破れて、脳内
に出血する病気。出血した血液が固
まって血のかたまり(血腫)をつく
り、周囲の細胞に大きなダメージを
与えます。
し
脳の一部の組織が死んでしまう(壊死)病気の総称で、医学
的には脳血管障害と呼ばれます。
脳卒中には、脳の血管が破れて出血する「出血性」と脳の
比較的細い血管から
の出血
動脈瘤からの出血
血管が詰まって起きる「虚血性」の、大きく二つのタイプが
あります。出血性には「脳出血(脳内出血)
」と「くも膜下出血」
こうそく
があり、虚血性の代表的なものが「脳梗塞」です(図表1)
。
くも膜下腔に
たまった血液
いっけつ
かつて脳出血は脳溢血と呼ばれ、日本人の死因で最も多い
病気でしたが、現在は脳梗塞が多く脳卒中全体の60%以上を
占め、脳出血が約30%、くも膜下出血が約10%となっています。
脳卒中の死亡率は1960年中頃をピークに下降し、現在は
がん、心疾患に次いで日本人の死因の3位となっています。
医療の進歩と食生活の改善で死亡率は減少していますが、
患者数自体が少なくなったわけではありません(図表2)。
脳卒中は高齢者に多い病気で、日本社会の高齢化に伴い今後
脳卒中の患者数はさらに増加することが予想されます
(図表3)
。
症状は異なるが、ほとんどの人に後遺症
他の病気と異なり脳卒中は、一命をとりとめてもしばしば
身体の麻痺や言語障害などの後遺症が残ります。
心臓の活動、呼吸、消化、体温の調節といった生命活動を
はじめ、手足を動かす、見る、話す、記憶する、考えるとい
った人間のあらゆる行動や感覚、思考は、脳の働きによって
機能しています。これらの機能は、脳の異なる領域がそれぞ
れの役割を担っています。脳卒中で一度脳が損傷を受けると、
損傷を受けた領域が担っていた脳の働きに障害が残ってしま
破れる
くも膜下出血
脳の動脈が破れ、出血がくも膜下腔に広
がります。たまった血液が脳全体を刺激
するため、多くの場合、激しい頭痛を起
こします。
出血の大半は、血管が枝分かれした部分
にできたコブ(動脈瘤)の破裂によるも
のです。
高木誠監修『脳梗塞はこうして防ぐ、治す』講談社 2005 より作成
●図表2 脳卒中の死亡率と受療率の推移
死 400
亡
率
・
受
療 300
率
︵
人
口
10 200
万
人
対
︶ 100
うのです。
そのため脳卒中では、どの動脈がつまって脳梗塞を起こし
たか、脳のどの部分で脳出血が起きたかで、現れる症状はま
ったく異なってきます。
脳卒中の発作が起きても命を落とさずにすむ人は多くなっ
ています。しかし、まったく後遺症なく生活できるまで回復
する人は20%にすぎず、後遺症のために生活に介助を要した
り寝たきりの生活を送る人も少なくないのが現状です。
寝たきりや社会的ハンディキャップを持つ人の40%は
脳卒中に起因するといわれており、脳卒中対策は高齢化が進
血栓による血管の閉塞
脳卒中の受療率
くも膜下出血
脳卒中全体
脳出血
脳梗塞
0
1950
60
70
80
00 2005(年)
90
「患者調査」よ
高木誠監修『脳梗塞はこうして防ぐ、治す』講談社 2005、厚生労働省「人口動態調査」
り作成
●図表3 脳卒中の病型・年齢別の発症頻度
(実数)
8,000
6,000
脳梗塞
4,000
む日本の大きな問題なのです。
脳出血
2,000
0
くも膜下出血
20
30
40
安井伸之『脳卒中バイブル』筑摩書房2006 より
50
60
70
80 (歳)
高齢化社会の食生活
「脳卒中」
血管が詰まって脳細胞が死滅する脳梗塞
●図表4 脳梗塞の原因による分類
脳の活動には大量の栄養が必要ですが、脳は酸素やブドウ
糖を蓄えることができません。脳は絶えず血液を供給する
必要があり、脳の血管が詰まって短時間でも血流が途絶える
アテローム
血栓性脳梗塞
と脳細胞は死滅してしまいます。この状態が脳梗塞です。
アテローム
そくせん
脳の血管が詰まる原因には「血栓性」と「塞栓性」があり
太い血管
ます。脳の血管の中に血のかたまり(血栓)ができて血管を
ふさぐのが「脳血栓」
、脳以外の場所でできた血栓が血流にの
血栓
ラクナ梗塞
って脳に運ばれて詰まらせるのが「脳塞栓」です。
脳血栓はさらに、脳の比較的太い動脈に生じた動脈硬化が
細い血管
原因で起きる「アテローム血栓性脳梗塞」と、脳の深いとこ
血栓
ろの細い動脈が詰まって起きる「ラクナ梗塞」に分けられま
す。
心原性脳塞栓症
日本人に最も多く見られる脳梗塞はラクナ梗塞で、脳梗塞
血栓
全体の40%程度を占めています。加齢や高血圧などが原因で、
血管の変性はゆっくりと進行します。病巣が小さいため比較
血栓
的症状が軽く、梗塞が起きてもまったく症状が現れない場合
もあります。
比較的太い動脈にできるアテローム血栓性脳梗塞は、高血
圧などによって傷ついた血管壁にコレステロールが入り込み
アテロームと呼ばれるかたまりをつくって血管を狭くし、そ
こにさらに血栓などができて血管を詰まらせます。
脳塞栓で最も多いのは心房細動などによって心臓にできた
血栓が原因となるもので、「心原性脳塞栓症」と呼ばれます。
篠原幸人『脳梗塞・脳出血・くも膜下出血が心配な人の本』法研2003 より
●図表5 脳梗塞の危険信号
他の場所から運ばれた血栓により太い血管が突然閉塞するた
● 左右どちらか片側の手足がしびれる、動かない。
め、病気の起こり方が急激で、にわかに片側の手足が麻痺し、
● 言葉が出ない、うまくしゃべれない、ロレツが回らない。
失語症が現れるなど、多くは発症時にいきなり重い症状が現
● 片方の目だけが−瞬真っ暗になって見えなくなる。
。
れます(図表4)
脳の血流障害が一時的に起きて、手足の麻痺、言葉をうま
く話せない、ろれつが回らない、視野の片側が見えないとい
った脳梗塞と同じような症状が一時的に現れ、短時間で症状
が消えることがあります。これは「一過性脳虚血発作(TIA)
」
● 片目で見ると問題ないのに、両目で見ると物がズレて二重に見
える。
● めまいがしてバランスがとれない(特に歩行時に片側へふらつ
く)
。
といい、たとえ短時間でも脳梗塞の前触れであることがある
● 突然、強い頭痛、吐き気、嘔吐が現れる。
。
ため、脳の危険信号として注意が必要です(図表5)
安井伸之『脳卒中バイブル』筑摩書房2006 より
高齢化社会の食生活
「脳卒中」
脳の血管が破裂する脳出血
●図表6 脳出血の出血部位と頻度 脳出血はある日突然起こり、前触れ症状はほとんどありま
せん。脳出血の主な原因は高血圧です。高血圧が長期間続く
大脳
尾状核(0.7%)
皮質下(7.9%)
視床(25%)
と脳の中の細い血管の壁が少しずつもろくなり、壁の一部が
ふくらんで小さなコブ(微少動脈瘤)がいくつもできます。
この状態にさらに高い血圧が加わり、その一部が破裂して脳
の中に出血するのが脳出血です。
けっしゅ
出血した血液はかたまり(血腫)をつくり、これによって
内包
周囲の脳細胞がダメージを受け、さらに周囲の脳細胞も圧迫
されるため、さまざまな脳の働きに障害が起こります。
被殻(48.5%)
混合型(6.9%)
大脳
脳出血の症状は出血を起こした場所により異なりますが、
多くは突然の頭痛、吐き気で始まり、片側の手足の麻痺がみ
られます。大出血の場合は意識がなくなります。
きょう
小脳(5.6%)
脳幹の橋(5.5%)
脳出血は大脳の中の被殻や視床など内包と呼ばれる場所の
近くで起きやすく、脳出血の7∼8割程度がここで起きていま
す(図表6)。内包は手足を動かす運動神経や手足からの感覚
を脳へ伝える神経繊維が集まっている場所で、ここで出血が
起きると右脳の出血なら左半身の、左脳の出血なら右半身の
運動麻痺や感覚麻痺などの症状が出てきます。
きょう
その他、大脳皮質下、小脳、脳幹の橋などでも脳出血がみ
られます。中で最も重症なのは脳幹の橋出血で、脳出血の5%
程度がこの部分で起きています。脳幹は、生命を維持する上
で非常に大切な場所。発作後数分で意識がなくなり両手両足
が動かなくなり、数時間で死亡することもあります。
安井伸之『脳卒中バイブル』筑摩書房2006 より
●図表7 県別脳卒中死亡率
秋田
163.2
高知
158.9
岩手
155.4
長野
154.8
山形
151.8
鹿児島
145.7
新潟
143.9
鳥取
143.6
動脈にできたコブ(動脈瘤)の破裂で起き、衝撃的な痛みが
青森
141.2
走ります。同時に吐き気や嘔吐を伴うこともあります。頭痛
山口
140.5
は数日や1週間以上続きます。くも膜下出血は再発作を起こし
全国
102.2
やすく、発作が起こるごとに死亡率が高まります。
東京
88.6
脳卒中の危険因子
沖縄
脳は内側から軟膜、くも膜、硬膜の3層の膜で覆われ、その
上を頭蓋骨がガードしています。脳の血管が破れ、くも膜と
軟膜の間に出血するのがくも膜下出血です。80%以上は脳の
日本の中でも東北地方、特に秋田県は脳卒中死亡率が高い
ことで知られています(図表7)。高血圧の大きな原因となる
塩分摂取量が多いほか、低コレステロール、酒どころのため
に飲酒量が多いことなどの要素が重なって脳卒中、特に脳出
血の発症が多く死亡率を高くしているといわれてます。
脳卒中には誘因となる危険因子はいくつもあり、大量飲酒、
喫煙、運動不足といった生活習慣のほか、肥満、高血圧、高
脂血症、糖尿病などそれぞれの疾患が独自に、あるいは複合
して脳卒中の危険因子となります。
これらの危険因子となる疾患は遺伝的な要因や体質による
場合もありますが、多くの場合は生活習慣が引き金になって
います。脳卒中はそれまで元気だった人にある日突然起きま
すが、長年にわたる生活習慣が積み重なった結果ともいえる
のです。
66.9
0
50
100
150
死亡率(人口10万人対)
厚生労働省「人口動態調査平成16年」
200
高齢化社会の食生活
「脳卒中」
予防法・食生活
●図表8 動脈硬化予防に働く成分
脳卒中を防ぐ食生活は、高血圧や動脈硬化を防ぐ食生活の
成分
延長線上にあります。
血圧を正常に保つためには、バランスのよい食事を心がけ、
飲酒は1日1合以内を適量とし、血圧を上昇させる塩分は控え
ることです。血圧調整に影響のあるカリウム、マグネシウム、
抗
酸
化
成
分
カルシウムなどのミネラルも積極的にとりましょう。酢酸や
働き
多く含む食品
ビタミンE
ビタミンC
カロテン
イソフラボン
ポリフェノール
など
動脈硬化は、コレステロ
ールの酸化によって促進
野菜、果物、緑茶、ワ
される。酸化防止に働く
イン、ごま
成分を「抗酸化成分」と
呼ぶ。
EPA/DHA
血栓防止やコレステロ
ールの低下に有効
イワシ、サンマ、サバ
などの青背の魚類など
食物繊維
ナトリウムやコレステ
ロールの吸収を抑えた
り、排出させたりする。
野菜、海藻、豆類
余分なナトリウムを排
出させる働きがある。
ナッツ類
クエン酸などは、酸味が減塩をサポートするとともに血管を
拡張して血流をスムーズにする働きが期待できます。
血圧の高い人では、脳卒中の発作を招くような急激な血圧
上昇のもととなることも避けなければなりません。食生活で
は便秘を防ぐ食事を心がけることです。食物繊維が不足しな
いように野菜や海藻、豆類などを十分にとりましょう。食物
繊維はコレステロールの吸収を抑え、ブドウ糖の吸収を穏や
かにする働きもあります(図表8)
。
脂質のとりすぎは血液中のLDLコレステロール(悪玉)や
中性脂肪を増加させ、動脈硬化を促進させる原因となります。
しかし、コレステロールを制限しすぎると血管がもろくなり
脳出血の原因となります。
そこで心がけたいのが肉を控えて魚を摂ること。青魚に含
まれるn-3系不飽和脂肪酸のEPAやDHAには、LDLコレステロ
ールを減らし、HDLコレステロール(善玉)を増やす作用が
あります(図表9)。オリーブ油や菜種油、アーモンド油など
ミ
ネ
ラ
ル
カリウム
マグネシウム
カルシウム
など
高木誠監修『脳梗塞はこうして防ぐ、治す』講談社 2005 より作成
●図表9 n-3系不飽和脂肪酸摂取と脳卒中発症率
に多く含まれるオレイン酸にも、HDLコレステロールを減ら
対象:79,839例の女性 循環器疾患、がん、糖尿病、高コレステロール血症の既往歴なし
さずにLDLコレステロールのみ減らす作用があります。動脈
調査:食事調査により魚食量、n-3系不飽和脂肪酸の摂取量を推定、14年間観察
硬化はコレステロールの酸化で促進されます。酸化防止に働
1.00
く抗酸化成分の摂取も大切です。
高い
肥満は血圧と深い関係があり、糖尿病や動脈硬化とも深い
関係があります。食べ過ぎは禁物ですが、ダイエットのため
0.80
に食事の量を控えると栄養のバランスが崩れがちになります。
血管を作る組織の材料として欠かせないたんぱく質、身体の
潤滑油として重要なビタミン、ミネラルは十分に補給する必
0.60
脳
卒
中
相
対
リ
ス
ク
要があります。魚介類に含まれるアミノ酸の一種であるタウ
リンには、血圧やコレステロールを下げる働きがあります。
0.40
100
血液をサラサラに、かつ丈夫でしなやかな血管を保つ食生
活が、脳の健康にもつながるのです。
多い
魚の摂取量
200
300
400
n-3系不飽和脂肪酸摂取量(mg/日)
田中孝・中山芳瑛「よくわかるアンチエイジング入門」主婦の友社 2005より作成
(JAMA 285 304-312 2001)
1.00
脳
卒 0.80
中
相
対
リ
ス
ク 0.60
参考資料:高木誠監修『脳梗塞はこうして防ぐ、治す』講談社 2005、田中孝・中山芳瑛「よくわかる
アンチエイジング入門」主婦の友社2005、安井伸之『脳卒中バイブル』筑摩書房2006、作田学・平野美
由紀『脳梗塞に効くらくらくレシピ』法研2004、篠原幸人『脳梗塞と脳出血』2004、篠原幸人『脳梗
塞・脳出血・くも膜下出血が心配な人の本』法研2003
0.40
77
118
171
221
481
n-3多価不飽和脂肪酸摂取量(mg/日)
500