小特集 パルスパワー生成放電プラズマのバイオ技術への応用 5.水中パルスアーク放電生成紫外線による クリプトスポリジウムの不活化 國 友 新 太 (荏原総合研究所) Inactivation of Cryptosporidium Oocysts by UV Emission Generated from Pulsed Arc Discharge in Water KUNITOMO Shinta Ebara Research Co., LTD., Fujisawa 251-8502, Japan (Received 16 September 2002) Abstract Cryptosporidium contaminates most surface waters around the world. It is difficult to remove through conventional treatment processes, and is extremely resistant to the method of chemical disinfection typically used to inactivate these microorganisms. We have developed a new technology for inactivating Cryptosporidium oocysts by using a pulsed arc discharge in water, which creates shock waves, UV emissions, and radicals. The pulsed arc is generated between two cylindrical stainless steel rod electrodes, 6 mm in diameter, and 2 mm apart. We applied this method to the inactivation of oocysts in backwash water from a sand-filter unit of a drinking water plant. The results indicate that the major factor influencing inactivation is UV emissions, and that more than 99% of the oocysts in the high turbidity backwash water (80 NTU) are inactivated with an energy of 0.24 kWh/m3. Keywords: Cryptosporidium, oocysts, pulsed arc discharge, UV emission, inactivation, disinfection, filtration, water treatment 5. 1 はじめに クリプトスポリジウムは世界中に広く分布し,人に対 近年,水道水を介してのクリプトスポリジウム集団感 して病原性を有する寄生虫である.人体に寄生すると激 染が世界で多発している.1984年の米国テキサス州での しい下痢症を引き起こすが,現在のところ有効な治療薬 集団感染事例の報告を始めとして,1993年にはウィスコ や予防薬は存在せず,免疫不全の人々へ感染した場合に ンシン州ミルウォーキーで患者数40万人を超える米国最 は死に至らしめる場合もある. 大 規 模 の 感 染 事 例 が 発 生 し た.わ が 国 も 例 外 ではな クリプトスポリジウムは原虫類の中の胞子虫網コクシ く,1994年に神奈川県平塚市では400人以上, 1996年に埼 ジウム類に属する.哺乳類に寄生するものとしては,C. 玉県越生町では 8,000 人以上にもおよぶ感染事例が報告 parvum と C.muris の2種類が知られている.下痢症の原 されている[1‐3]. 因となるのは前者で,人やウシ,イヌ,ネコ,ニワトリ, author’s e -mail: [email protected] 31 J. Plasma Fusion Res. Vol.79, No.1 (2003)3 1‐34 Journal of Plasma and Fusion Research Vol.79, No.1 January 2003 ウシ,ヒツジ,アヒルなどの腸粘膜上皮細胞の微繊毛中 に寄生し,無性生殖と有性生殖を繰り返しながら増殖す る.外界では直径約 5 µm 程度のオーシスト(嚢胞体)と 呼ばれる非常に丈夫な殻をかぶった形態で存在するため 高い塩素耐性を有し,通常水道で使用している塩素濃度 では不活化することができない. 現在ではオゾン,紫外線,加圧などの新たな不活化方 法が試みられている[4‐6].しかしながら,オゾン処理に おいては不活化率が水温により大きく影響すること,紫 外線処理においてはランプの寿命や保護管の割れや汚れ 付着の問題のほかに水の濁度の上昇によって不活化効果 Fig. 1 Schematic illustration of experimental apparatus. Fig. 2 Photograph of Cryptosporidium parvum oocysts. が著しく低下すること,加圧処理ではシステムが巨大に なることなど,未だ実用化への問題も多い. 水中でのパルス放電は数千気圧にもおよぶ衝撃波,高 強度の紫外線,ヒドロキシラジカルなどの各種活性種お よび強電界が発生するため,微生物の殺菌 [7, 8],有害有 機物分解[9, 10],廃棄物リサイクル[11]などに応用され ている.この放電処理は,薬剤とは異なり残留性がなく 環境にやさしい,液体の温度上昇がない,投入エネル ギーコントロールが容易,加熱殺菌に比べてエネルギー ロスが少ないなどの特徴を持つ.特に,高強度の紫外線 を発生するため紫外線ランプの適用が難しい濁水中のク リプトスポリジウムの不活化に有望視されている. そこで本稿では,水中パルスアーク放電を用いて実際 に浄水場から排出される洗浄排水を用いて濁水中のクリ プトスポリジウムの不活化を試みた結果について報告す る. 5. 2 オーシスト不活化実験 不 活 化 処 理 に 用 い た 実 験 装置 の 概 略 を Fig. 1に 示 す.この装置はパルス電源,内容積 1.2 L のステンレス製 反応容器から成る.パルス電源はコンデンサ充放電を利 用したものであり,本実験ではパルス電圧 5.4 kV,出力 でオーシストを容器外に漏らさぬようにしている.放電 72〜288 J/pulse の放電条件で不活化処理を行った.反応 波形はデジタルオシロスコープと抵抗分圧型電圧プロー 容器は内部形状が楕円柱型で放電電極をその片焦点に配 ブおよびロゴスキーコイル型電流プローブにより測定・ 置したものを用いた.これは放電により発生した衝撃波 記録する.処理対象水には,蒸留水,カオリン懸濁水,濁 を他方の焦点に集束させ,放電により発生した紫外線だ 水の3種類の試水を用いた.カオリンは鉱物(はくとう けでなく同時に発生した衝撃波も利用した不活化が期待 土)紛であり,水道に関する試験では模擬濁質として使 できるためである.放電電極は間隔 2 mm の棒対棒構造 われている.濁水には浄水場砂ろ過池から発生する洗浄 (ステンレス製,直径 !6 mm)であり,陽極はポリエチレ 排水(ろ過池の目詰まりを解消するために定期的に行わ ン製ガイドによって反応容器から絶縁,陰極は接地電位 れる逆洗浄によって生じる排水)を重力沈降により濁度 の容器に固定されている.また,容器の上部には !1 µm 調整したものを用いた. の金属フィルタ(日本ミリポア株式会社ラインガードマ 不活化処理するオーシストには人体に感染性をもつC. イクロ YYM200MS1)を接続し,放電時に発生した圧力 parvum を用いた.その顕微鏡写真を Fig. 2 に示す.この 32 Special Topic Article Inactivation of Cryptosporidium Oocysts by UV Emission Generated from Pulsed Arc Discharge in Water S. Kunitomo オーシストは大阪市立大学医動物学教室で継代維持され た HNJ-1 株である.オーシストの不活化率の判定にはマ ウス感染法を用いた.放電後の処理水を 100 ml 採取,遠 心分離によりオーシストを濃縮して,重症複合型免疫不 全症(SCID)マウスに1頭あたり 1×105 個を経口投与し た.放電を行わない未処理オーシストをマウス1頭あた りに1×105 個および1×103 個を投与してコントロール群 とした.使用マウス数は各条件で3頭ずつである.オー シスト投与後,放電処理されたオーシストを投与した試 験群マウスの糞便に排出 さ れ る オ ー シ ス ト 数 を計数 し,1日あたりのオーシスト排出数が 103 個に達するま での日数をコントロール群と比較して不活化率を求め た. まず,①蒸留水,カオリン懸濁水,濁水(いずれも濁 度 54.5)を用いて,出力 72 J/pulse,放電回数1 2回(消費 電力 0.24 kWh/m3)で放電処理を行い,濁質の不活化率 Fig. 3 Pulsed arc discharge pattern with rod-rod electrode. へ の 影 響 を 調 べ た.次 に,② 濁 度 40.8 の 濁 水 を 用 い て,出力 288 J/pulse,放電回数3〜1 2回(消費電力 0.24 〜1.92 kWh/m3)で処理を行い,不活化率のエネルギー 依存性を求めた.さらに,③濁度2〜8 0の濁水を用いて, パルス出力 288 J/pulse,放電回数6回(消費電力 0.48 kWh/m3)で処理を行い,濁度依存性を求めた.各処理で は試水1L にオーシストを 2×107 個添加したものを被処 理水とした.水中放電ではその効果が被処理水の電気伝 導率に大きく依存するため,濁水と電気伝導率が同じに なるよう蒸留水とカオリン懸濁水には NaCl を溶解した. Fig. 4 5. 3 オーシスト不活化結果 Emission spectrum from pulsed arc discharge in tap water. 不活化率を調べる前に同様な電極構造を持つ反応容器 Table 1 と石英製の窓を用いて,水道水中放電での放電路撮影と Influence of constituent in sample water. 発光分光を行った.Fig. 3 にパルス電圧 5.4 kV,出力 288 J/pulse での典型的な放電路の様子を示す.放電による 発光は電極中心部より放射状に広がっている.この発光 は非常に強力であるため 0.1 %透過 ND フィルタを用い て撮影を行った.発光分光はマルチチャネル分光器(浜 松ホトニクス PMA-11) と 0.1% 紫外線透過フィルタを用 次に不活化結果について述べる.①濁質による影響を いて測定した.Fig. 4 にその結果を示す.230 nm から 400 調べた結果を Table 1 に示す.表中の不活化率は3匹の nm にかけての連続スペクトルで発光しているのがわか 試験群マウスそれぞれから得られた値を示し,表中 − る.230 nm 以下の波長域での強度の減少は,水道水に含 は放電処理オーシスト投与マウスからのオーシストの排 まれる不純物による吸収によるものである.このような 出が認められないこと,つまり不活化率が99%以上であ 連続スペクトルの発光はパルス放電の特徴であり,通常 ることを意味する.蒸留水,カオリン懸濁水中での処理 殺菌でも用いられている紫外線ランプとは大きく異な では99%以上のオーシストが不活化されたのに対し,濁 る.このため紫外線ランプとは強度だけでなく,殺菌メ 水中での処理では90%程度しか不活化されていない.放 カニズムも異なることが考えられる. 電によって発生した衝撃波は3者とも同様な効果をもた 33 Journal of Plasma and Fusion Research Vol.79, No.1 January 2003 Table 2 Dependence on discharge number. も十分な不活化効果が確認され,パルス放電処理が非常 に有効な不活化方法であることが示された.しかもこの 処理では不活化に紫外線が大きく影響すること,同じ濁 度でも洗浄排水とカオリン懸濁水とでは不活化効果が異 なることが明らかとなった. 水中パルス放電では,衝撃波,紫外線,ラジカルが同 時に発生するため,3者の相乗効果による殺菌効果が期 Table 3 Dependence on turbidity of backwash water. 待できる.このため,単に紫外線ランプのみを用いた場 合よりも効率が高く,しかも飲料水のような特別な殺菌 剤を使用することが難しい場合には非常に適した方法と 思われる.また,衝撃波による電極の自浄作用を持つた め,紫外線ランプが持つ保護管の汚れや割れなどの問題 もない.しかしながら,効率を高めるためにもその不活 化原理を明確にすることも必要であり,今後はオーシス トの光回復の問題を含めて研究を進めていく予定であ る. らすと考えられるため,この差は紫外線が原因であるこ とが予想される.しかもカオリン懸濁水と濁水との濁度 が同じにもかかわらず得られた不活化率が異なることか 参考文献 ら,濁質とオーシストとの凝集性の違いや濁質の紫外線 [1]金子光美:環境技術 26 (9), 547 (1997). 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Table 3 には③濁度依存性結果を示した.濁度2,濁度 10ではオーシストの排出は認められず,濁度40で99%以 上,濁度80で90%以上が不活化している.つまりこの処 理では,不活化効果は濁度変化にはあまり依存せず,高 濁度下でも十分な不活化効果を持つことが明らかとなっ たのである. 5. 4 まとめ 濁水中のクリプトスポリジウムオーシストの不活化を 目的として,パルス放電による洗浄排水中のオーシスト の不活化を試みた.その結果,高濁度の濁水中において 34
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