「失われた時」から「見出された時」へ

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「失われた時」から「見出された時」へ
加藤 靖恵
すぐれた芸術作品は、題名だけで一篇の詩になっている場合が多い。マルセル・
プルーストの残した小説が不朽の名作として世界中の読者を魅惑するのは、『失わ
れた時を求めて』という美しい題名のためもあるかもしれない。「失われた楽園こ
そが唯一の楽園だ」 1 )と、最愛の祖母とも恋人とも死別した晩年の語り手は小説の
最後に言う。しかし、この小説は単に過ぎ去った過去への感傷を描いたものでは
ない。時が過ぎ去ること、今という時間が失われていくのは、我々人間の通常の
意識のレベルでは避けることのできない現象だ。プルーストが当初考えていた題
名は『心の間歇』だった。「間歇」とは、時間の経過の中で物事がおこったりやん
だりすることを意味する。我々の思いはひとつのものに永久にとどまることはで
きず、いつの日か心は離れ、時には全く忘れてしまう。だからこそ、記憶が蘇っ
たときの劇的な衝撃が可能となるのだろう。
マドレーヌの味が呼び起こす「失われた時」
有名なマドレーヌの挿話
2)
においても、プルーストが「無意識的記憶」と名づ
ける現象が、過去の完全な忘却を前提とすることが繰り返される。子供時代に家
族でヴァカンスを過ごしたコンブレーでは、日曜日の朝にレオニー叔母に紅茶に
ひたしたマドレーヌを食べさせてもらう習慣だった。その後、この菓子を店で見
かけることはあったが、口にすることはなく、叔母のことを思い出すことも稀に
なる。「それほど長いあいだ記憶のそとにすてさられたそんなさまざまな回想から
は、何一つ生き残っているものはなかったし、すべては解体してしまった」
。死の
イメージはこの挿話中随所に見られる。コンブレーでの日々を追想することは多
いが、それは限られた時と場所の思い出にすぎず、残りのコンブレーが存在する
ことは、「意識的な記憶、理知の記憶」でわかっているものの、実感がなく、
「私
にとって、事実上死んでいる」
。しかしこの死から再生を可能とする偶然もまた
存在する。亡くなった人々の魂は、動物や植物や無生物のなかに囚われていると
ケルト人は信じる。我々がそうした事物と邂逅し、死者の呼び声を聞き分けたと
き、その魂は「死に打ち勝ち」、「ふたたび帰ってきて我々とともに生きる」。死か
ら解放されるのは、過去の思い出だけではない。それを見出す我々自身も、時の
流れの中ですべてを忘却し、そして最後には自らも死んで塵と化すという宿命か
1 )『失われた時を求めて』の引用は、井上究一郎訳、ちくま文庫を参照した。『第七篇 見出さ
れた時』、p. 322.
2 )『第一篇 スワン家のほうへ』、pp. 74 - 79.
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ら逃れる。数年ぶりにマドレーヌを口にふくんだ語り手は、説明しがたい喜びに
とらわれ、
「自分をつまらないもの、偶発的なもの、死すべきものと感じること」
をやめてしまう。紅茶のカップに閉じ込められた過去の魂は、語り手が現在とい
う時の中で過去と同一の味、香り、舌触りを味わうことにより、死から解放され
る。思い出すこともなかったコンブレーのすべて花々、住民、建物、村とその近
郊全体は、抽象的な記憶としてではなく、
「形態をそなえ堅牢性をもつ」ものとし
て解放され、すべてが「紅茶のカップから出てくる」
。これは単に現在の自己の存
在とはすでに切り離された過去への甘い追想にとどまらない。ジル・ドゥルーズ
は、このマドレーヌによる回想を以下のように分析する。
「今ある現在から過去へ
と遡るのではなく、また過去を現在の諸要素で再構成するのでもなく、我々は一
気に過去自体に身をおくのだ。この過去はかつて存在したなにかを表すのではな
く、ただ単にいまあるなにか、現存するものとして自己と共存するなにかを表す
のだ
3)
。」つまりこの体験は、現在にとらわられた意識の死、現在と過去が「それ
自身として」「現存するものとして」共存しうる新たな自我の誕生をも意味する。
恋愛における忘却と自我の死
マドレーヌの味との再会は、恍惚とした至福感で語り手を満たす。しかし、そ
の前提となる忘却は、不吉な死に例えられることからわかるように、少なくとも
それがもたらされる時点では、必ずしも快いものではない。生命にも増して貴重
な思い出にすら残酷な時がもたらす忘却がプルーストによって最も痛切に描かれ
るのは、恋愛の挿話、特にアルベルチーヌの失踪と死の物語においてである。
不自由な同棲生活に倦んだアルベルチーヌは、置き手紙を残して突然アパルト
マンを去ってしまう。
「この種の別離に呼応してやってきて、肉体がもつあのお
そろしく強い記録の機能をはたらかせながら、われわれがこれまでに苦しんでき
た人生のあらゆる時期と同時の苦痛を肉体によみがえらせるこのような心情の打
撃」 4 )。語り手の受けた衝撃は、心理のレベルに留まらず、堪えがたい肉体の苦痛
としてとらえられる。しかも忘れていたはずの過去のすべての苦痛が再生し、現
在感じている苦痛と共存する。彼女を呼び戻そうと手を尽くす語り手は、苦痛を
消すために、その原因である恋人の死すら望む心境になる。そんなときに届いた
のが、彼女が馬の事故で亡くなったという知らせだった。
「アルベルチーヌの死が
私の苦しみを解消することができるには、落馬による木との衝突がトゥーレーヌ
で彼女を死なせることだけではなく、私の内心でも彼女を死なせることが必要だっ
たろう
5)
。」苦しみを忘れるためには、他者の肉体の消滅という外的な死では不十
分で、その死が内在化されなければならない。しかも、語り手の内にあるアルベ
ルチーヌは、記憶の各瞬間に別々の側面を見せ、無限に細分化されている。「一人
のアルベルチーヌではなくて、無数のアルベルチーヌを忘れなくてはならない」
3 )Gilles Deleuze, Proust et les signes, PUF, 1964, p. 73.
4 )『第六篇 逃げさる女』、p. 17.
5 )Ibid., p. 113.
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のだ 6 )。
救いようのない喪失感は、五感のすべてに訴える。重苦しい暑気、さくらんぼ
とシードルのみずみずしさ、落日のオレンジ色、小鳥のさえずり、夕方の木の葉
のしめった感覚、すべてが彼女の記憶に結びつく 7 )。不眠の夜が明け、かつて彼女
と過ごした幸福な暁に目にしたのと同じ朝の光がカーテンの上から差し込み、「不
吉な刃の冷たく、容赦のない、固い白さが、短刀の一突きのように、私に差し込
まれるのだった
8)
。」 それでも、やがては「もっとも残酷な罰」として「墓場の
忘却のような平穏な忘却」
、「まったき忘却」が愛する者から自分を引き離すこと
を語り手は経験上知っている 9 )。そして実際、傷はゆっくりと癒えていく。
ブーローニュの森でのある夕暮れどき、かつての恋人との散歩の思い出が「暗
くなった木々の枝にかかるぼんやりとした霧の中に」ただよい、
「落日が、まる
で宙にかかったように水平上に浮かんだまだらな黄金色の葉むらをきらめかせる」
中を、語り手の馬車は進んでいく。ふと女性の人影にアルベルチーヌその人を認
めて「身震いする」
。この叙景はすぐれた芸術家の作品のように、一つのフィク
ション、悲しい恋愛という物語を伴い、
「私の心の底にまでしみ通ることのできた
唯一の憂愁美をかもしだしたのだった 10)。」この感傷的な自然の美は、ロマン派の
詩人ラマルティーヌをも思わせる。「おお湖よ!もの言わぬ岩よ!洞窟よ!ほの暗
い森よ! / 時間の作用を免れ、時間の力で若返りもするおまえたちよ、/ 美し
い自然よ、とどめたまえ、あの夜の、/ せめて思い出を 11)!」恋人との思い出を痛
切に歌う代表作「湖」はこのように始まる。しかし、プルーストによれば、自然
の美に浪漫的憂愁を感じるのは、「いまもおなじように変わらずにアルベルチーヌ
を愛しているから」ではなく、「忘却が私のなかでどんどん進行しつづけていたか
ら」、「アルベルチーヌの回想がもう私には残酷なものではなくなった」からだ 12)。
短刀の刃のように肉体を引き裂くような痛みがあってこそ、死んだ恋人が心の中
にまだ生き続けている証になるのだ。
そしてついに、悲しみからすっかり回復したことを実感したとき、語り手は、
自分が変化しただけではなく、
「全的なかつての自我の死」
、「完全なこの新しい自
我との置き換え」が成されたことを知る。「私はとうていアルベルチーヌをよみが
えらせることができなかっただろう、なぜなら私自身をよみがえらせること、当
時の私の自我をよみがえらせることができなかったからであった 13)。」 忘却によ
り過去の自我は死に、それとともにかつての悦びも苦痛も消滅する。しかし、埋
葬されたはずの過去が、あるきっかけでふいにありありとよみがえることもある。
6 )Idem.
7 )Ibid., p. 116.
8 )Ibid., p. 121.
9 )Ibid., p. 120.
10)Ibid., p. 258.
11)横山安由美・朝比奈美知子編著、
『はじめて学ぶフランス文学史』
、ミネルヴァ書房、2002、
p. 175.
12)『逃げさる女』、p. 259.
13)Ibid., pp. 403 - 404.
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アルベルチーヌの物語と相反するのが、祖母の死の思い出である。
もう一つの喪失―祖母の死と蘇り
プルーストが当初『心の間歇』という題名を考えていたことはすでに見たが、
これは現在第 4 巻『ソドムとゴモラ』中の小節の題として用いられている。最愛
の祖母を病で亡くした語り手だったが、悲しみの実感がわかないまま月日が流れ
て行く。「私の全人間の転倒」が引き起こされたのは、以前祖母と 2 人で夏休みを
過ごした海辺の避暑地バルベックのホテルの部屋で、夜、疲労による動悸に耐え
ながら、身をかがめて靴のボタンに触れたその瞬間だった。
「何か知らない神聖な
もののあらわれに満たされて私の胸はふくらみ、嗚咽に身をゆすられ、どっと目
から涙が流れた。
」あの到着の夜に具合の悪くなった語り手を心配そうにのぞきこ
んだやさしい祖母の「生きた実在」がこのとき初めて「無意識的で完全な回想の
なかに」見出されたのだ。「時のなかにはいくつものちがった系列が平行して存在
するかのように」、当時のすべての感覚が現在のこのときに蘇る。「あんなに長い
あいだ失っていた当時の自我は、いまふたたび私に非常に近く」せまり、語り手
は祖母にいつくしまれていた少年の自分を再び見出す。それは彼女を永久に失っ
たことの確認に他ならない。
「確実性につらぬかれた祖母の死の実感が、くりかえ
す肉体的苦痛のようにうずき」、語り手をうちのめす 14)。
精神医学者の中井久夫によると、
「間歇」は、
「時を置いて突如起こり、ある時
間の持続の後に消失する」症状を意味する医学用語でもあり、一種の「解離」で
あると定義される。
「解離」とは突発的に自我がばらばらになる状態、
「過去の記
憶」と結びついた意識内容が一時的に支配する「例外的状態」を指す精神医学用
語であるという 15)。プルーストが最終的に「間歇」という語を、小説の題名に用い
ず、この祖母に関する挿話、自我の意識を根底から震撼させ、瞬間的なパニック
状態の後、精神も肉体も自己の実在のすべてを苦痛で支配するこの無意識記憶を
描いた節にあてたのは、病理学的連想も働いてのことだったのだろうか。
感覚の大聖堂―忘却、記憶、見出された時
このように『失われた時を求めて』における心の間歇、あるいは無意識的記憶
は、頭の中だけで起こる観念的な現象でなく、身体レベルで五感に強く訴えるも
のとして描かれる。それは幸福な記憶の回帰の場合も同様だ。紅茶にひたしたマ
ドレーヌの香りと味の刺激を受け、意識の深いところでなにかが身ぶるいし、ゆっ
くりと上昇してくるのが感じられる。そのとき私は「それが経由してくる距離の
鈍いひびきを耳にする」。その感覚が「視覚的回想」に結びつくことは予測される
ものの、当初は「かきまぜられたさまざまな色彩のとらえにくい渦巻が溶けこん
だ鈍い反映」として識別不可能である。ついにコンブレーでの日曜日の朝の記憶
14)『第四篇 ソドムとゴモラ I』、pp. 266 - 270.
15)「吉田城先生の『草稿研究』をめぐって ―プルースト・テクスト生成研究・精神医学―」
、
『流域』、No. 61、2007、pp. 18 - 21.
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が蘇ったとき、鮮明で色とりどりの花々とともに、すべての思い出はくっきりと
した色と形を伴って溢れ出す。
「他のすべてのものの廃墟」の中で、匂いと味だけ
が「魂のように」生き続け、その「ほとんど関知されないほどのわずかなしずく
の上に」「回想の巨大な建築を」数十年もの間支え続けたのだ 16)。
巨大建造物、特に教会建築の比喩は、この小説の随所で重要な暗示をもたらす。
数世紀に渡って建造されたコンブレーの教会には、ゴシック後期 15 世紀のフラン
ボワイヤン様式の装飾が施されているが、厚い壁に塗り込まれて隠されている 11
世紀のロマネスク様式の部分がところどころに顔を覗かせ、さらに地下にはメロ
ヴィンガ王朝期の納骨堂がある。まさに、三次元を越えて、「時」の第四の次元も
含んだ「四次元の空間」を占めている 17)。『見出された時』の有名な一節で、語り
手は「大聖堂のように」「書物を築く」理想を述べている 18)。プルーストが目指し
たのは時の堆積をも内含した巨大な建築物のような書物だったのだろう。
『逃げさる女』に興味深い考察がある。
「空間のなかの幾何学があるように、時
間のなかの心理学がある」
。これに対して「平面心理学」では「人は時を考慮に入
れないだろうし、また時が呈している価値の一つである忘却を考慮に入れないだ
ろう」19)。現在の現実と相容れない過去は、忘却によって表面的な意識の上で消去
されてはいるものの、それは今ある現実に適応するための手段の結果にすぎない。
過去・現在・未来という分節化した空間として時をとらえることをベルグソンは
否定している。自我は各瞬間で姿を変え、人は次の瞬間には別人になるというの
がプルーストの説だが、その無数の自我は、本当は、通常我々が考えるように時
間の軸の上で並んでいるのではない。今という瞬間のなかにもすべての自我が実
は「同時に」存在し、未分化の状態にある、その根源的な自我を垣間見させるの
が、無意識記憶といってもよいのかもしれない。
同じ表現が、小説の結末近くでも再登場する。「一つの生涯を物語るべきある書
物にあっては、人が普通に用いている平面心理学にたいして、一種の立体心理学を
用いなくてはならない」。そして「記憶というものは、過去を現在のなかに、その
過去を更新せずに、その過去がそのときの現在であったままに、連れもどしはする
が、あきらかに時のあの大きな次元―その大きな次元にしたがって人の生涯は実現
されていく―を抹殺してしまうもの」なのだ 20)。通常平面的にとらえられる今の自
分の存在が、実はこれまでの人生で経て来たすべての自我の側面の堆積でつくられ
ているときに気がついたときに、「目もくらむ高いその時のいただき」で、大聖堂
の「鐘塔」よりも高くそびえる「竹馬」から下を見おろすときのような目まいを覚
える。人間は「空間のなかにあてがわれているように狭い場所にくらべて、逆に厖
大な一つの場所を時の中に占める」という考察でこの長い小説は終わっている 21)。
16)『スワン家のほうへ』、pp. 76 - 79.
17)Ibid., pp. 101-103.
18)『見出された時』、p. 609.
19)『逃げさる女』、p. 253.
20)『見出された時』、p. 605.
21)Ibid., pp. 633 - 635.
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『スワン家のほうへ』が刊行されるに先立って、プルーストは 1913 年 11 月 13
日付の『ル・タン』紙のインタビューで、「小説とは平面心理学のみならず、時の
中の心理学によるべきだ」とすでに断言している。
「長い時(Longtemps)」とい
う語で始まる彼の小説は、
「時(Temps)」という単語で終わることによって起点
に戻り、
「時」を内にとじこめた巨大な円環構造を成す。通常の時の概念に反し、
現在から分離して失われることなく、果てしなく積み重なる茫々たる「時」こそ
が、彼が「求めて」ついに「見出した」小説の主題に他ならないといえるだろう。
(名古屋大学文学研究科准教授)