小学校音楽科における創作活動に関する研究

小学校音楽科における創作活動に関する研究
-鑑賞活動と関連させた学習展開がもたらす効果-
音楽教育専修 2511024
佐々木裕子
1.研究の目的
平成 20 年 1 月,中央教育審議会の答申において,小学校,中学校,高等学校を通じる
音楽科の改善の基本方針の中で,「思いや意図をもって表現したり味わって聴いたりする
力を育成すること」が示された。子どもが「思いや意図」をもち,豊かな音楽表現を体感
するためには,思考の場の充実が望まれた。しかし,主体的な学習活動の多くは,イメー
ジのみが優先し,根拠をもとに考えるという場が欠落しているため,独善的な解釈になり
がちである。音楽への理解を深め,聴き手に伝わるような音楽活動を展開するためには,
根拠をもって考える過程,いわゆる論理的な思考によって,音楽を理解する場の充実を図
る必要がある。
そのためには,鑑賞活動と関連させた創作活動が有効と考える。名曲と言われる楽曲に
は,作曲家の意図的な仕掛けが組み込まれている。この仕掛けに着目し,楽曲から読み取
ったことを生かして創作活動を行うことが,根拠をもとに主体的に考える姿を育んでいく
ものと考える。よって,本研究では,鑑賞活動と関連付けた創作活動の構築を図り,秋田
大学教育文化学部附属小学校 5,6 年生を対象に授業実践を行った。そして,鑑賞活動と
関連付けた創作活動の成果と課題を分析した。
本論文は,第 1 章では創作に関する過去の学習指導要領の変遷,第 2 章と第 3 章では,
「ふしをつくる」と「ひびきをつくる」に関する先行研究や授業実践事例,第 4 章では,
鑑賞活動と一体化した創作活動,第 5 章は 4 つの授業実践事例の詳細について,終章では
成果と課題を述べた。
2.学習指導要領における「創作活動」の流れを探る
第 1 章では,過去 8 回の改訂による学習指導要領の変遷,創作活動に関する先行研究の
成果と課題について考察した。学習指導要領改訂の度に,創作活動に関する領域や内容に
ついては大きな変容が見られる。特に,昭和 43 年と平成元年の改訂時の創作活動の在り
方や内容は対極の位置にあったと言える。昭和 43 年改訂では「ふしづくり」が中心に行
われ,基礎・基本を基盤に系統的な学習の徹底が図られる。しかし,スキル的な学習活動
の継続が弊害となり,昭和 52 年改訂では「創造的音楽学習」へと方向転換が図られ,平
成元年改訂では,隆盛期を迎えた。しかし,子どもの感性や創造性を重視するあまり,今
度は基礎・基本の定着のない授業展開が目立ち,平成 10 年改訂では「まとまった形の音
楽づくり」へと方向転換を図ることになった。
平成 20 年改訂の音楽づくりでは,「音を音楽にする」という内容が示される。思いや
意図をもって音楽づくりにあたること,音楽をまとまった形に仕上げることの 2 点が重視
されており,
過去 7 回の学習指導要領改定時の成果と課題を網羅したものとも考えられる。
3.「ふしをつくる」「ひびきをつくる」2 つの研究を対比して
創作活動は「ふしをつくる」と「ひびきをつくる」の 2 つのタイプに分けられる。「ふ
しをつくる」は昭和 43 年改訂,
「ひびきをつくる」は昭和 52 年改訂時の創作活動である。
前者では山本弘によって体系化された「ふしづくり一本道」,後者では「創造的音楽学習」
の代表的な研究者である星野圭朗,島崎篤子,山本文茂の研究実践を取り上げる。
4 人の研究者の中で,山本弘と星野圭朗の理論は対極を成す。山本弘は,ふしづくりの
ためのシステム「ふしづくり一本道」をつくった。80 のステップから成り,7 つの音楽能
力①乗る力,②真似力,③再現力,④即興力,⑤抽出力,⑥変奏力,⑦記譜力が,系統的
に身に付くように学習内容が配置されている。ステップの後半では終止感,フレーズ感,
形式感,旋律感,ハーモニー感,和声感などの育成が図られ,最終段階では,4 調の作曲,
伴奏付け,作曲の完成などの能力が育まれることをねらったシステムである。
「創造的な音楽教育」を提唱する星野の基本姿勢は,「子どもの生活と密着した音」「い
ま持っている技術」「楽譜を必要としない」「自分たちの音楽を創造する」など 8 項目で
示される。星野は,西洋音楽の理論を離れ,子どもが本来もつ音楽的な感性を育み,子ど
もが開発した記譜法や演奏法で音楽表現を楽しむ姿を想定している。
一方,島崎篤子の「音楽づくり」,山本文茂の「創造的音楽学習」は,星野と山本弘の
研究や理論の中庸に位置するものと考える。島崎は,音楽づくりのタイプを①描写的,②
音響構成的,③音楽の構成要素,という 3 つのタイプに分類し,複数を組み合わせた学習
活動を構築している。①と②は情景描写や音素材を音楽に構成していくタイプ,③はリズ
ム,メロディー,テスクチェアなど音楽の構成要素を中心とする音楽づくりである。よっ
て,「ひびきをつくる」「ふしをつくる」,どちらのタイプの学習も体験できる。
山本文茂は,「判断の育成」と「価値観の形成」に着目し,この 2 つの形成には自由に
音楽を選択できる場の設定と好きな音楽を選ぶことのできる耳,つまり「知覚の育成」が
重要と捉え,「知覚の育成」のための有効な手段として,ジャンルの異なる複数の楽曲を
用いた鑑賞活動を提唱した。さらに,山本は学習活動をタイプ別に分けた。山本の考案す
る「プロジェクト・タイプ」では,学習の行動目標を A「とらえる」,B「感じ取る,反
応する」,C「生み出す」,D「概念化する」,E「分析・評価する」,F「関連付ける」
と 6 段階に分け,学習活動全体を通して系統的に思考を深めていくことが提案された。
「ふしをつくる」「ひびきをつくる」対峠する 2 つタイプの先行研究を考察したが,ど
ちらのタイプにも成果と課題がある。一方を偏重すると,他方の学びを欠落させる傾向に
陥る。各研究者の良さを取り入れた学習活動の構築が重要であることを確認した。
4.創造的音楽学習の授業実践事例を探る
第 3 章では「創造的音楽学習」に関する授業実践事例を考察した。対象は平成元年改訂
後,1992 年に全国の小中学校の優れた実践事例を収集し刊行された音楽教育実践講座『ソ
ナーレ』第 6 巻「ふしをつくる」
,第 7 巻「ひびきつくる」の授業実践事例とする。
「ふしをつくる」の学習では,伴奏パートのリズムや和音を考えたり,既習曲に前奏,
間奏,後奏を加えたりなどのパターンが多い。つくった作品には,楽譜から判断するとリ
ズムや拍,音の重なりに留意した質の高いものもある。しかし,演奏する場合を考えると,
技能的に難しかったり,和声の響きに無理があったりなど課題が生じると判断した。
「ひびきをつくる」では,詩や物語を扱った授業実践が多く取り入れられた。特に,物
語のストーリー性は子どもの興味・関心を引き付け,豊かな創造性を育む手立てとなった。
しかし,つくった音楽が効果音や BGM など,形を成さないためものが多く,聴き手の理
解が得られなかったり演奏の再現が難しかったりという課題が生じた。
5.鑑賞活動と一体化した創作活動
筆者が提案する創作活動は,鑑賞活動と関連付けたものである。この関連付けにより,
根拠をもとに考える場の充実を図り,楽曲を構造的に捉えようとする思考,いわゆる論理
的な思考の場を生かした創作活動の実践が可能と考えたからである。
楽曲を構造的に捉えようとする思考は,平成 20 年改訂学習指導要領,表現領域「音楽
づくり」と鑑賞領域の内容でも重点的に示された。「音楽づくり」では「音を音楽に構成
する過程」を重視し,〔共通事項〕ア(イ)「音楽の仕組み」の「反復」「問いと答え」「変
化」「音楽の縦と横の関係」に着目した内容が示された。鑑賞領域では,ア「楽曲の全体
にわたり感じ取ること」,イ「楽曲の構造を理解して聴くこと」,ウ「楽曲の特徴や演奏
のよさを理解すること」の 3 点が示された。鑑賞活動と創作活動の関連を図ることは,鑑
賞活動で培った学びを音楽づくりに生かすことができるのである。
筆者が提案する創作活動とは,鑑賞曲をアレンジする活動である。鑑賞曲とは大作曲家
の作品であり,楽曲の選択にあたっては,①テーマが複数あり,長すぎないこと,②各テ
ーマが独自の雰囲気をもつこと,③子どもが演奏可能な調性であること,以上 3 点に留意
した。学習活動の流れは,①作品の概要を知る,②楽曲を聴く,③楽曲のテーマを演奏す
る,④楽曲のテーマのアレンジをする,以上 4 段階に分けられる。①は導入部にあたる。
②「楽曲を聴く」と③「楽曲のテーマを演奏する」では,楽曲の構成を見取る思考が育ま
れ,学習活動の最終段階,④「テーマのアレンジをする」に生かされる。また,④での学
びの成果が②,③の学習へと還元されていくのである。
大作曲家の名曲をアレンジする創作活動の意義は 4 点ある。
第 1 点目は,
楽曲を鑑賞し,
全体構成を把握した後に,
テーマを単純化した基本のパターンからアレンジを始めるので,
イメージをつかみやすいことである。第 2 点目は,アレンジした作品を演奏する喜びであ
る。鑑賞曲は間違いなく名曲であり,演奏することが楽しみとなり,アレンジへの意欲も
喚起される。
第 3 点目は,
名曲のアレンジはグループ活動に適しているということである。
自分でつくる旋律創作は個人の活動となるが,一つの楽曲をもとに,互いの発想を生かし
ながらアレンジ活動を進めることができる。第 4 点目は,名曲は,アレンジのための様々
な操作に耐えられるということである。副次的な旋律をつくったり伴奏和音に付加音を補
ったりなどの操作を加えても,楽曲の骨格がしっかりしているので,崩れない。鑑賞活動
と連携して,楽曲の全体構成を考えた起承転結のある音楽づくりを行うことができる。
6.授業実践研究
第 5 章では鑑賞活動と関連付けた創作活動についての授業実践 1~4 を行い,学習活動
の概要,授業の様子,成果と課題について詳細に記した。対象児童は秋田大学教育文化学
部附属小学校 5,6 年生である。取り扱った楽曲は,授業実践 1,2 では≪ダッタン人の踊
りと合唱≫,授業実践 3 は≪パッへルベルのカノン≫,授業実践 4 は≪ボレロ≫である。
授業実践 1,2 は導入的段階,授業実践 3,4 は発展的段階であり,共通に着目した点は,
「楽曲全体の流れ」である。起承転結のある音楽づくりを行うために,【共通事項】の「反
復」「音の重なり」「響き合い」「変化」「音楽の縦と橫」を手掛かりに,楽曲の構成や
楽曲の構造に関わる思考を生かしたアレンジ活動を試みた。
授業実践 1~4 では,テーマの長さが異なり,小節数が増えるほど,楽曲を構成する力
が必要となる。授業実践 1,2 では,平均 8~16 小節という短いフレーズの中で,授業実
践 3,4 では 33 小節以上,64 小節以上という長いフレーズの中で,アレンジ活動を試み
た。曲想の変化を表現するために,授業実践 3≪パッへルベルのカノン≫では,各テーマ
の配列や重ね方の組み合わせを変えながら,授業実践 4≪ボレロ≫では,旋律主題を演奏
する楽器の組み合わせや伴奏楽器の和音を工夫しながら,音楽づくりを行った。
7.研究の成果と課題
終章では,
「鑑賞活動と関連させた学習効果がもたらす効果」について,3 つの観点「大
作曲家の作品に取り組む成果」
「楽曲を構造的に捉える」
「アレンジ活動から身についた力」
から考察した。
第 1 点目については,大作曲家のいわゆる名曲に取り組むことで,子どもの意欲を喚起
し,真剣にアレンジを考え,演奏する姿を引き出すことができた。第 2 点目については,
「アレンジの仕方で曲が変わる」「各テーマの重ね方を変えると変化が生まれる」「全体
の構成(流れ)に見通しがもてた」「自分のパートが全体の中でどんな役割なのか考える
ことができた」など楽曲を構造的に捉えようとする思考を引き出すことができた。
第 3 点目については,「鑑賞曲のアレンジ活動から身についた力」に関して,子どもた
ちの多くは,「つくる力」と共に「楽曲の良さを理解する力」「楽譜を読む・まとめる力」
「演奏する力」など,複数の力を同時に身に付けることができたと捉えた。
平成 20 年改訂学習指導要領では「音を音楽に構成する」という事項が示され,音楽を
まとまった形に仕上げることが重要となる。まとまった形とするためには,自分の作品を
客観的に見取る力が必要であり,聴き手を意識した音楽づくりに焦点が当てられる。
考えたことを伝え,聴き手を納得させるためには,「筋道がある」「論理性がある」音
楽づくりが必要となる。よって,歌唱や器楽の演奏活動以上に,楽曲の全体構成を吟味し
たり,意図的な仕掛けを試みたりするようになる。さらに,つくった音楽の意図が伝わる
ように,一生懸命に演奏したり,逆に,相手の演奏に耳を傾けたりする。よりよい音楽づ
くりを目指して,学び合いが一層促進されていくのである。
本研究では鑑賞活動と関連付けた創作活動を行った結果,3 点の成果が得られたと考え
る。第 1 点目は,子どもの意欲を喚起し,真摯に表現する姿を引き出すことができた。第
2 点目は,楽曲全体を見通し,曲想の変化やクライマックスを考えた音楽づくりの場を通
して,楽曲を構造的に捉えようとする思考が鍛えられた。第 3 点目は,子どもの演奏の姿
やアンケート調査から「聴く力」「思考する力」「演奏する力」など多様な力が同時に育
まれたことを確認することができた。特に,「演奏する力」については,筆者が区分した
理解力Ⅱ「音楽への着想」,演奏力Ⅱ「アンサンブルの力」の項目が他の項目と対等の数
値を示したことは,本研究を通して,「音楽への理解」「音楽への着想」が深まった結果
であると考える。