古典に親しみをもたせるための単元構想に関する研究

G2-03
中学校国語
古典に親しみをもたせるための単元構想に関する研究
岡山市立興除中学校
重
教諭
松 裕
美
研究の概要
本研究では,中学校国語科の古典の指導において,古典に親しみをもたせるための単元構想につ
いて探った。現在行われている古典指導を見直し,生徒が古典に親しみをもつことができない原因
を明らかにした上で,授業改善のための具体的な方法を取り入れ,授業実践で得た結果を基に,単
元を構想し,提案した。
キーワード 中学校国語,古典学習,現代語訳,表現活動,単元構想
Ⅰ
主題設定の理由
平成20年に告示された中学校学習指導要領において,国語科の内容はこれまでの3領域構成を維
持するとともに,伝統的な言語文化に親しむ態度を育成することを重視して,〔伝統的な言語文化
と国語の特質に関する事項〕が新設された。このうち「伝統的な言語文化に関する事項」は古典指
導に関する事項で,小学校から系統的に設定することにより,古典に親しむ態度の育成が一層重視
されることとなった。
平成17年度高等学校教育課程実施状況調査(国立教育政策研究所)第3学年「国語総合」質問紙
調査集計結果では,「古文は好きだ」という項目に対して,否定的な回答をする生徒は約7割に上
っている。本校で実施した「古典の学習に対する意識調査」においても同様の傾向が見られ,第2
学年の生徒の半数以上が古典の学習に対して否定的な意識を持っていることが明らかになった。い
ずれの結果を見ても,古典に親しみをもつことができない生徒が多いことが分かる。
しかし,このような現状を改善したいと願っている教師も少なくない。「古典の指導は形式化し
やすい」「現代語訳や暗唱・音読が中心になりがちで,生徒が苦手意識を持ちやすい」などの声が
よく聞かれる。いずれの教師も作品の解説や原文の現代語訳が活動の中心となる現在の指導方法に
課題意識を持ち,改善したいと願っているのである。
これらのことから考えれば,今後は生徒の古典への苦手意識を軽減し,古典に親しみをもたせる
ための授業改善に取り組んでいくことが急務といえる。そこで本研究では,現在行われている古典
指導を見直し,生徒が古典に親しみをもつことができない原因を明らかにした上で,そこから見え
てきた授業改善のための具体的な方法を取り入れた単元を構想し,提案する。
Ⅱ
研究の目的
中学校国語科の古典の指導において,現在行われている古典指導を見直し,生徒が古典に親しみ
をもつことができない原因を明らかにした上で,そこから見えてきた授業改善のための具体的な方
法を取り入れた単元を構想し,提案する。
Ⅲ
1
研究の内容
古典指導の課題
現在行われている古典指導は,その多くが現代語訳を中心とした単元構想(図1)で授業が行
われているのが一般的である。過去2年間のW e bページや,古典教育関連の書籍に紹介されてい
る古典指導の学習指導案を調べてみても,それらの大部分の単元構想が「現代語訳をする活動」
を中心としたものであることが明らかである。しかし,
現代語訳中心の授業は,結果的に古典に親しみをもつこ
とができない生徒を多く生むことになった。現在の古典
指導が持つ課題は,長年にわたりこの課題が指摘されて
いるにもかかわらず,古典指導の単元構想がほとんど改
図1 現在行われている古典指導
善されないまま,現在に至っていることにある。
現代語訳中心の古典指導の課題を指摘した文献は,古くは今から約50年前に当時の文部省から
出された「中学校高等学校学習指導法 国語科編」に見ることができる。ここでは,当時の古典
指導の課題について「従来の古典学習では,逐語的に説明を加えたり,文法を解説したりしなが
ら現代語訳を作っていくことが,古典学習の重要な作業」であり,そのことが「古典学習をむず
かしくし,興味のないものにした原因ともなった」とし,特に,古典入門期の学習においては,
このような状況に陥ることのないようにすることの重要性を強調している1) 。
同様の指摘は文部省がこの指摘をしてから約40年後に出された小山(1993)の「古典指導をど
くんこ
う変革するか―訓詁注釈からの解放―」2) の中にも見ることができる。小山は「語釈と現代語訳
との言語的理解だけ」で終わってしまう授業が多く「内容的理解にふみこんでいるとはいえ,生
徒の古典を読む喜びは,すでにその前の段階にあって消え失せてしまっている」と,古典に関す
る興味の観点から,その課題を指摘している。また,古典指導に関する最近の研究では,例えば,
渡邊(2008)が「古典学習指導の問題点―学ぶ意味への疑問に応えぬ学習指導」3) の中で,「語
学的指導に陥り,字面の読みにとどまって」しまうならば,「学習者にとっての古典は,遠く隔
いと
たりのある厭うべきものとなってしまう」と述べていることを挙げることができる。
このように,文部省(1954)が約50年前に指摘した「古典指導の課題」は現在も解決されてい
ないのが現実である。
否定的な
2 古典に親しみをもたせるための単元構想
古典が好き
回答
生徒に古典に親しみをもたせる古典指導を実現するためには,
56%
すごく思う
半世紀以上前から現在まで続いている現代語訳中心の単元構想を
少し思う
15% 14%
あまり思わな
改善する必要があると考えた。
い
ほとんど思わ
30%
古典に親しみをもつことができない生徒が多いという実感は本
ない
41%
校においても同様である。そこで,現代語訳を中心とした現在行
n=97
われている古典指導の改善を図るため,平成20年6月に第2学年
97名を対象に「古典の学習に対する意識調査」を行った。
図2 古典の学習に対する意識調査
調査の結果,本校の場合,調査対象全体の56%の生徒が,古典
の学習に対して,否定的な意識を持っていることが分かった(図
その他
2)。
現代語
10%
訳
音読や
図3は古典学習に否定的な意識を持っている生徒が,古典学習
暗唱
17%
の分野について,どのような苦手意識を持っているかをグラフに
43%
表したものである。これによると,現在行われている古典指導で
30%
古語の
単元の第一次と第三次に行われている「音読や暗唱」に苦手意識
n=54
意味
複数回答
を持っていることが分かる。この活動は第一次・第三次にかかわ
っていて単元全体で最も多くの割合を占める活動である。また,
図3 古典の学習で苦手な分野
「古語の意味を知ること」や「現代語訳をすること」はいずれも
単元の中心になる第二次にかかわる活動である。このように見ていくと現在行われている古典の
学習活動は,生徒が苦手意識を持ったまま進んでいってしまうことが考えられる。確かに古典の
最大の特徴である文語表現の意味解釈や文法の理解は古典学習に欠かせない内容である。しかし,
生涯にわたって古典に親しむ態度を育成するための入り口に立っている中学生にとっては,原文
を中心に授業が進んでいく,現在行われている古典指導では古典に親しみをもつことができず,
また
グラフの示す結果につながったと考えられる。ま
た,図3の結果は,古典の学習に好意的な意識を
持っている生徒にも同様の傾向が見られる。
以上のことから授業改善の必要性を感じ,図4
に示す単元構想を考えた。
この単元構想の特徴は「現代語訳から読み始め
ること(第一次)」「単元の中心に表現活動を位
置付けること(第三次)」にある。
図4 古典に親しみをもたせる単元構想
第一次で現代語訳から読み始めるようにしたの
は,内容の面白さに触れる以前に,原文を先に読
むことから生じる文語表現への抵抗感を軽減する
ことにつながると考えたからである。ここで,第
一次の活動をより効果的に行うために,生徒に提
示する現代語訳は,解説を加えることなく生徒自
身で想像して読むことができるものを,教師が作
成して提示する(図5)。現在行われている古典
指導においても,教科書の訳で大意を確認してか
ら原文に触れることはなされているが,教科書に
載っている現代語訳や注釈だけでは内容を想像し
きれない生徒も多い。
図5 第一次で使う教材の例
また,第三次に,表現活動を単元の中心に位置
(棒線は,今回特に工夫して加えた部分を示す)
付けたのは,音読と現代語訳が活動の中心になっ
ていては気付かない作品のよさを,表現することにより味わえると考えたからである。第三次の
活動をより効果的に行うために,第一次で触れた内容のよさと第二次で触れた文語表現のよさを
生かした表現活動を設定する。この活動を通して自分の生活と古典の世界とのつながりを発見す
ることになり,生徒は古典を身近なものと感じられると考える。
これら,「現代語訳から読み始めること」「単元の中心に表現活動を位置付けること」の2点
を基に,古典に親しみをもたせるための単元を構想し,授業改善への影響を探るため,以下の授
業実践を行った。
」 春は あけ ぼの
(第一段)
古 典 に 親 しむ
「 枕草 子
清少 納言
四季 のう ちに は、 いろ いろ と 素 敵な もの、
◆まず 、現代語訳 で読んで みよう。
素敵な とき があ るけ れど 、一 つ選 ぶな ら
春 はなん とい って も明 け方 にか ぎる 。
暗い 空が よう や く 白く なっ て 、 東の 山際の
空が、 ほん のり 明る くな って 、
紫が か っ た 雲 が 細 く た な び い て い る 光 景 は 、
とり わけ 美し い。
きっ とう らら かな 春の 一日 が訪 れる ことを
予感さ せる あけ ぼの には 美が ある 。
夏 は 日中 は暑 いか ら 夜 がす ばら し い 。
月があ る晩 はい うま でも ない が、
蛍が 入り 乱れ て飛 びか うさ まも よい 。
月のな い闇 の夜 もや っぱ り い い、
、た く さ ん で は な く 、ほ ん の 一 つ 二 つ な ど
ほのか に光 って 飛ん でい くの も趣 があ る。
( 一部 抜 粋 )
あり ふれ た雨 の降 るの も ま た涼 感が あって
風 情が ある 。
、
Ⅳ
実践の内容
1
授業実践Ⅰ
授業実践Ⅰでは先の単元構想の第一次と第二次に焦点を当てて授業を行い「現代語訳から読み
始めること」の影響を探った。方法としては「原文から読み始める」授業と「現代語訳から読み
始める」授業を比較する形をとった。教師が作成して提示する現代語訳は,稲田(2008)の「徒
然草論」を参考にした。
対象:岡山市立興除中学校第2学年 97名
単元:古典に親しむ (題材 「徒然草」から 第11段,第52段 兼好法師)
目標:○ 古典特有のリズムや表現の特徴を生かした音読ができるようになる。
○ 昔の人のものの見方や考え方に触れ,想像したり,自分の考えと比べたりしたこと
を表現することを通して現代につながる人の生き方を味わうことができる。
授業実践Ⅰは,「現代語訳から読み始めること」の影響に絞り,音読の結果の比較を中心に示
す。
まず,生徒の音読の自己評価を満足度として比較した。すると,現代語訳から読み始める場合
つれ
づれ ぐさ
では満足度は94%で,原文から読み始める場合の48%
生 徒 自 己評 価
教 師による評価
に比べると,生徒の満足度が高まっている様子が見ら
16
れた。次に教師による評価を比較した。意味の切れ目
やリズム,古典特有の響きを生かした音読を20点満点
8
で評価し,学年の平均点を出した結果,原文から読み
始める場合と比べると,現代語訳から読み始める場合
は平均点が約2倍になっており,原文のよさを生かし
た音読になっていることが分かった(図6)。
原 文 か ら 現 代 語 訳 から
原文
現 代 語 訳 から
n=97
48 %
94%
内容理解に関しても,現代語訳から読み始める場合
図6 音読の評価
は想像しやすいため,作品の世界に入り登場人物にな
りきって考えている生徒がいた。
表1 授業実践Ⅰの感想
2 授業実践Ⅰの結果と考察
・ どんな物語かを最初に知っておいて原文を読みな
現代語訳から読み始める場合,原文を先に読
がらイメージすると,自分が仁和寺の法師になった
気分になれて,原文を読むのもとても面白く感じた。
むことから生じる文語表現への抵抗感を持たな
いで作品に向き合えるので,内容の面白さに触
・ 前は意味が分からず読んだので人物の気持ちを考
えたり情景を想像しながら読むのは大変だったけど,
れることができる。また,原文を音読するとき
現代語訳で意味が分かると,こんな気持ちで言った
に,想像した内容を思い浮かべやすいので,音
のかななどと考えやすかったです。
読に対する抵抗感が軽減されていることが分か
る(表1)。文語表現と想像している内容が結び付き,自然に文語表現に興味が持てるようにな
ったことが,結果として文語表現のよさを生かした音読をしたいという気持ちにつながっている。
以上のことから,授業実践Ⅰでは,単元構想の特徴である「現代語訳から読み始めること」は
文語表現への抵抗感を軽減し,作品のよさに触れる手がかりとなることが得られた。
3 授業実践Ⅱ
授業実践Ⅱでは,図4の単元構想に沿って単元の計画を立てた(表2)。単元構想の特徴であ
る「現代語訳から読み始めること」と「単元の中心に表現活動を位置付けること」が,古典に親
しみをもたせる上でどのような影響を及ぼすのか探ることにした。教師が作成して提示する現代
語訳は,藤原(2006)の「『枕草子』第1段の国語的解釈 潜在する論理の再構築」,萩谷(19
81)の「枕草子解環1」,萩谷(1977)の新潮日本古典集成「枕草子 上」を参考にした。
1 00 %
(点)
2
9
18
4
90 %
16
80 %
43
58
おしい ,
あと少し
60 %
50 %
よか った
40 %
30 %
とて もよ
か った
44
20 %
36
10 %
4
14
平均点
満足 度
70 %
もう少 し
練習を
12
10
8
6
4
2
0%
0
から
まくらのそうし
次
第
一
次
第
二
次
時数
1
1
表2 授業実践Ⅱの単元計画
主な学習活動
① 自分の季節感について短くまとめる。
② 「枕草子 春はあけぼの」の現代語訳を読み,清少納言の
ものの見方・感じ方についてとらえる。
③ 自分と清少納言のものの見方・感じ方を比べ,自分の考え
を書く。
清少納言のものの見方・感じ方を理解
し,自分の考え方と比較したことを書い
ている。
〔学習態度の観察〕
文語表現のよさに気付き,朗読時の工夫を考える。
班で朗読時の工夫を話し合い,朗読する。
文語表現のよさを生かした朗読を班ごとに発表する。
文語表現のよさに気付き,文語表現の
よさを生かした朗読をしている。
〔発表態度の観察〕
〔ワークシートの分析〕
「春はあけぼの」の「夏」の表現形式を使い,自分が選ん
だ季節の「平成版 春はあけぼの」を創作する。
あ
② 「平成版 春はあけぼの」に添える清少納言宛ての手紙を
書く。
表現形式を用いて,文語表現を取り入
れた「平成版
春はあけぼの」を創作し
あ
清少納言宛ての手紙を書いている。
〔学習態度の観察〕
〔ワークシートの分析〕
①
友達と自分の作品や発表を比べて,評
価し合っている。
〔発表態度の観察〕
〔感想記述の分析〕
①
②
③
①
第
三
次
第
四
次
2
1
②
感想の交流をしながら,お互いの作品を評価し合う。
友達の作品の表現の仕方や描写の工夫などについて評価カ
ードに記入し,読み合う。
評価規準と評価方法
〔ワークシートの分析〕
対象:岡山市立興除中学校第2学年 97名
単元:古典に親しむ(題材 「枕草子」第1段 春はあけぼの 清少納言)
目標:○ 古典特有の言葉のリズムを味わうことで,語感を磨くとともに,語彙を豊かにする
ことができる。
○ 季節に対する昔の人のものの見方や感じ方に触れ,想像したり,自分と比べたりし
たことを表現することを通して,現代につながる古典の世界を味わうことができる。
授業実践Ⅱでは,今回提案する単元構想の全体像を,「現代語訳から読み始めること」の影響
と「単元の中心に表現活動を位置付けること」の影響の2点から述べる。
(1) 「現代語訳から読み始めること」の影響
現代語訳から読み始めたことにより,文語表現への抵抗感を持つことなく,現代文と同じよう
に読んでいくことができるので,清少納言のものの見方・感じ方を味わいやすくなり,自分の季
節感と比べる活動に進んで取り組めていた。文語表現のよさに気付く活動でも,現代語訳と比較
することで,自分から興味を持って気に入った表現を見付け,朗読に生かそうとする様子がうか
がえた。また,自主的に暗唱をする生徒もいたことから,現代語訳で内容のよさを理解した後に
文語表現のよさに目を向けたことで,文語表現への苦手意識は軽減され,もっと知りたい,更に
は使ってみたいという意識に変わっていくことが分かった。
(2) 「単元の中心に表現活動を位置付けること」の影響
表3 生徒の作品
第三次に表現活動を位置付けることにより,第一次と第二次
の活動は,第三次で自分の考えを表現することにつながってい
「平成版 春はあけぼの」
冬は月夜。
ると生徒自身が意識できていた。学んだことを次の活動に生か
静けさに光る雪はさらなり。
せることで,抵抗感なく表現活動にも取り組めた様子がうかが
雪どけ水が光るもなほ,
ふみ雪の気持ちさへあはれなり。
える。古典の世界と自分の生活とのつながりがうまく表現され
また,枝より落ちたる音もをかし。
た作品が多く見受けられ,表現活動を通して古典を身近に感じ
雪,霜にかこわれし木立など,
ていることが分かった。今回の「平成版 春はあけぼの」の創
はたいふべきにあらず。
作は「春はあけぼの」の中の表現形式を使い,自分の季節感を
文語表現を交えて表した(表3)。清少納言のものの見方・感じ方を取り入れるだけでなく,文
語表現に関しても,単語はもちろんのこと,省略や簡潔な表現,助詞の省略など文語の特徴に自
然に気付き生かそうとした生徒もおり,内容と表現の両面から古典のよさを味わっていた。
さらに,「『平成版 春はあけぼの』に手紙を添えて清少納言に届けよう」という表現活動で
は,生徒がよく知っている手紙という形式を取り入れることで,生徒自身が感じたことを,清少
納言に語りかけるように表現しようとする姿が見られた。この活動により,清少納言のものの見
方・感じ方を改めて振り返ることになり,自分の作品を紹介しながら,自分のものの見方・感じ
方と比べて表現することができた。表現することで,生徒自身は清少納言と同じ立場に立って季
節を感じることができ,古典を身近に感じている様子がうかがえた。生徒の手紙(表4)には,
古典を身近に感じていることに加えて,古典の学びを生活に生かそうとする姿勢も見られた。
せいしようなごん
い
表4
生徒の作品「清少納言宛ての手紙」
前略 清少納言様
貴方様の季節の見方,特に夏の見方に感動いたしました。現代では,蛍の光など見ることができません。
しかし,貴方様の書かれた「夏」を読んでいると,まるで私がその場にいるような感覚にとらわれました。
私は,冬について書きました。私にとって,雪は感動的なもので,月夜にきらめく雪はさらによいと思います。
今日,いいえこれから毎日,夕日を見ながら帰ろうと思います。烏を見て,貴方様と同じ感覚にとらわれながら…。
4
授業実践Ⅱの結果と考察
生徒の感想の中には,「枕草子」について,「当たり前のものでなく,ふだんは気付かないよ
うなことを書いてあって,想像しただけで美しいと思った。今度は実際にその風景を見てみよう
と思う」「自分も平成版を作ることで,四季ごとの変化に小さな幸せを感じるようになった」な
ど,自分の生活に古典を引き寄せて読んでいる様子がうかがえた。また,「昔の人は,花があれ
ばそのことを書くのではなくて,その花の空間を見ているのだと思った」というような,「枕草
子」特有の繊細なものの見方や感じ方に触れた感想も見られ,古典導入期の中学生も古典の作品
そのもののよさに触れて,読んでよかったという思いを持つことができたのではないかと考える。
また,授業実践Ⅱを終えての生徒の感想(表5)では,実践前は古典に対して「苦手,堅苦し
い,難しそう,読みにくい」など,否定的な記述が見られたが,実践後は「昔の人が感じていた
ことやいろいろな言葉を知ることができ,読むことのよさ,知ることのよさを感じ取ることがで
き,たくさん学べた」「昔の人の考えや感じ方を今の私たちは身に付けるべき。どんどん世の中
が変わっていく中で,変わらないものがある。それを何か身に付けるべきだ」など,古典を学ぶ
ことのよさにまで触れる感想に変わっている。さらに「今回の授業は習う順番がよくて分かりや
すかった。みんなが一つになって考えたり,音読しているなという気がした。初めは苦手だった
けど授業をしている間にだんだん楽しくなって,古典がとても好きになった」など,活動の関連
性の大切さに触れる感想も見られた。これらのことから,提案する単元構想は,古典に親しみを
もたせる手がかりになると考えられる。
表5
授業実践Ⅱ後の生徒の感想
・
授業で「枕草子」を読んで面白かったので,図書館で借りて全部の段を読んだり,「方丈記」も読んでみたりと
古典に対して興味がわきました。原文も,今の文章にない響きがいいなと思いました。
・ 古典を勉強して,古典のリズムが好きになりました。読んでいるとリズムがいいので,面白くて読みやすかった
です。昔の人の考え方などを知ることができ,またそれを自分と比べたりして「こういう考え方もあるのだなあ」
というように学べることがたくさんありました。昔の人と自分とは,視点が全く違っていることも分かりました。
難しいイメージだった古典だけど楽しくなって,他にも勉強してみたいなと思いました。
Ⅴ
(人)
研究の成果と課題
90
83
80
回
70
57
答 60
本研究では,中学校国語科の古典の指導において,授業
者 50
数 40
36
改善のための具体的な方法を取り入れた単元構想を提案し
33
実 実
践 践
30
20
前 後
古典に親しみをもたせる上で及ぼす影響を探った。実践の
20
10
7
5
10
結果,今回提案する単元構想から,古典に親しみをもたせ
0
音読や暗唱 古語の意味 現代語訳
その他
る手がかりを得られた。苦手意識の克服に効果が見られる
n=97(複数回答)
だけでなく(図7),古典の世界と自分の生活とを結び付
図7 苦手な分野の人数の推移
け,身近に感じることにつながったと考える。
現代語訳から読み始め,単元の中心に表現活動を位置付ける,今回提案する単元構想によって,
文語表現に抵抗感を持つ古典嫌いの傾向にある生徒も,古典に親しみをもつことができることが分
かった。生徒自身が古典を身近に感じ,それぞれの作品のよさを味わうことができるように,教師
が確かな教材研究を行い,作品の特性を生かした表現活動を単元の中心に位置付けることが大切で
ある。また,今回の研究から,古典と同じように,国語に対する苦手意識も授業の工夫次第で軽減
することができると考える。単元構想の中心に表現活動を位置付けることは,「読むこと」の領域
においても,親しみをもたせることにつながる。今後は,古典の指導だけではなく,国語科の授業
改善においても同じ視点を取り入れていきたい。古典だけでなく,国語に親しみをもたせるために,
今後も引き続き,授業改善に取り組み,研究を深めたい。
○引用文献
1) 文部省(1954)「中学校高等学校学習指導法 国語科編」明治図書
2) 小山清(1993)「古典指導をどう変革するか―訓詁注釈からの解放―」,「月刊国語教育」8月,東京法令出版,pp.28-31
3) 渡邊春美(2008)「古典学習指導の問題点―学ぶ意味への疑問に応えぬ学習指導」,「国語教育」No.696,明治図書,pp.24-27
○参考文献
・ 萩谷朴(1977)新潮日本古典集成「枕草子 上」新潮社
・ 萩谷朴(1981)「枕草子解環1」同朋舎
・ 藤原浩史(2005)「『枕草子』第一段の国語学的解釈 潜在する論理の再構築」日本女子大学紀要
・ 稲田利徳(2008)「徒然草論」笠間書院