7- 太陽高エネルギー粒子の性質

7.太陽高エネルギー粒子の性質
大澤幸
治
(名古屋大学プラズマ科学センター)
(1994年3月2日受理)
Basic
Features
of
Solar
OHSAWA
Energetic
Particles
Yukiharu
(Received2March1994)
Abstract
This
article
Observations
simi重ar
to
briefly(iescribes
show
that
enhanced,and3)
that1)mean
o∫solar
partlcles
basic
features
chemical
corona,2)in
can
be
some
solar
promptly
emphasize(ithatatheoryforsolarenergetic
fe
ofenergetic
composition
particles
pattern
flares
the
accelerate(i
of
produce(i
solar
abun(lance
to
solar
flares.
particles
ratio3He/4He
relativistic
particlesmustconsistently
in
energetic
is
energies。
accountforthese
is
greatly
It
is
baslc
atures.
Keywords:
solar
energetic
particle,solar
flare,chemica蓋composition,3He−rich
.1.始めに
event,
生成される高エネルギー粒子の最高エネルギーは
109〜1010eVである(Fig.1参照).これは高エ
地球上で熱核融合反応を起こし発電に利用する
ためには,核融合炉のプラズマをおよそ1億度
ネルギー粒子がつくられる下部コロナにおける平
(〜104eV〉の高温に保つことが必要である.一
均的粒子の107〜108倍ものエネルギーである.
方,太陽の中心部での温度は1500万度程度(〜
103eV)と考えられているから,現存のトカマク
あるから,これらの粒子は相対論的エネルギーを
プラズマの温度より低いくらいである.ただし,
持っていることになる.
また,陽子の静止質量エネルギーが938MeVで
勿論,太陽中心部での密度は桁違いに高い(およ
地球に飛来する高エネルギー粒子は太陽フレア
そ160g/cm3).光球表面の温度は約6千度であ
によってつくられたものばかりでなく,太陽系の
るが,2−3千km上空で急激に温度が上昇し,
外に起源を持つ,いわゆる銀河宇宙線もある.観
約100万度(〜102eV)のコロナとなる.太陽大
気中で発生する爆発現象(太陽フレア)に伴って
測される銀河宇宙線の最高エネルギーはおよそ
1020eVにも達する.その加速機構も大いに興味
P多αs泌αSo¢6%06C6螂⑳、!▽α9ρyαU痂%彩s吻,ノ〉α9ρyα46401.
439
プラズマ・核融合学会誌第70巻第5号
1010
太陽高エネルギー粒子
1994年5月
10
南ぷc「N悔
陽子静止質量エネルギー
i
}所満」1鉱
1
パ
>
3
1
竺
lll
a1
lol
電子静止質量エネルギー
105
SEPm.u.加5di鴫/しG
{PHσTOSPHERE》
10
セ
太陽中心部
H
南㌔轟Sl
9
炉心プラズマ
蕊
ONAr
NelHe⊃
→+柵けけll
匡1
巴
コロナ
SC
琶
100
10
Fig.1 Range of
particles、
lb》
雲
SEPm.u,b。s凶ne/CORONA
太陽表面
5α1
10
1
energies
陶
related
to
solar
energetic
01
小特集の第11章で論ぜられているので,ここで
は太陽起源の高土ネルギー粒子に焦点を絞って述
Ne
Ar
理桝
1
のあるところであるが,それに関連する話題は本
O
lHel
怖
《c》
SEPm.u.boseしine/SW
4
5
6
7
FIRS
『
8
9
10
10NIZATlON
15
20
POTENT匿AL
25
30
【eV1
べる.
Fig.2Ratios
2.基本的性質
of
mean
particles(denoted
abundances
by
of
solar
energetic
SEP勉鉱δσ、、κ紹)to(a〉local
galactic,(b)coronal,and(c)solar wind abund−
ances vs.first ionization potential(Mayer1985
太陽フレアは磁場のエネルギーが急激に解放さ
れる現象であると考えられている.そのエネルギ
[4]).
ーは,マイクロ波,エックス線,ガンマ線などの
電磁波の放射,衝撃波などのプラズマの巨視的運
よく似ているということが観測から判ってい
動の発生,プラズマの加熱,および高エネルギー
る[3,4].Fig.2は太陽高エネルギー粒子の存在量
粒子の生成などに使われる[1].1991年に打ち上
とコロナ等における粒子の存在量との比をいろい
げられた科学衛星「ようこう」が太陽フレアの観
ろなイオンについて比較したものである.横軸は
測を続けており,フレアをおこす磁力線の変動が
原子の第1電離電圧(First
精力的に解析されている(解説として例え
にとっている.中段の(b)がコロナとの比較であ
ば[2]).
る.ゴをあるイオン種,笏をその数,侮efを高エ
Ionization
Potential)
ネルギー粒子の数とすると(何らかの波による反
2.1平均の化学組成
射(reflection〉によって高エネルギーになったで
太陽に限らず宇宙プラズマの主成分は水素であ
る.次に多いのはヘリウムであり,その存在量は
あろうという意味で
水素のおよそ10%である(原子核の数の比).炭
いる),(b〉は
素,酸素,鉄等の重イオンは水素より3桁以上少
ref
多Z/ref/ηノ=constant
という文字を使用して
(1)
ない.
つまり,高エネルギー粒子の存在比η,,,f/物はイ
それでは太陽でつくられた高エネルギー粒子は
オン種ゴによらないことを表している.言い換え
どうかというと,その化学組成はコロナのそれと
440
小特集
7. 太陽高エネルギー粒子の性質
ホ
大澤
ると,高エネルギー粒子の化学組成もコロナのそ
ことも多い.化学組成のそのような多彩な変化の
れもよく似ているということである
なかで,特に注目を集めたのが,3He過剰現象と
.なお,図
(a)は高エネルギー粒子の光球との比較,(c)は太
呼ばれるものである.通常の宇宙プラズマでは
3He、と4Heの存在量の比3He/4Heは4×10−4程
陽風との比較である.
少し細かくなるが,(a)の光球との比較では第
度と非常に低いが,高エネルギー粒子におけるこ
1電離電圧が10eVあたりで階段状の変化をして
いる.Meyerによれば,それは光球とコロナと
の比が大幅に増大するフレアが存在する.Fig.3
でいくらか化学組成が異なることの反映である.
ある[5].
に示すように,3He/4Heが1を超すような例も
この現象が発見された当初[6]は,3Heの増大
この階段状の変化については,加速そのものを第
1電離電圧と関連づける解釈もあり,定説は確立
は核反応の結果であると思われた.例えば,高エ
されていないようである.ここでは,この階段状
ネルギーの水素核を4Heに衝突させると
変化についてはこれ以上立ち入らない.
2.23He過剰現象
上で述べた高エネルギー粒子の化学組成は,多
くのフレアについて平均した結果である.高エネ
ルギー粒子の化学組成はフレアごとにかなり変化
するし,一つのフレアでも時間とともに変化する
H+4He→2H+3He,
(2)
H十4He→2H十3H,
(3)
H+4He→2H+難+2H,
(4)
など,多くの反応が起こり得る.このような反応
1σ2
リ
コ
…
Uo附綱PE
によって3Heが増大すると,2H,3Hも同じオー
UしET
ダーの増ネ方が予想されるが・3He過剰フレアに
IMP8
伴う2H,3Hの増大は観測されなかった.したが
1σ3
奎
図oy1974
DOY127−132
茜
蓄
って,3He過剰フレアは核反応の結果ではなく,
3Heが選択的に加速された結果であると考えられ
100
へ
¥
∈
¥
o
るようになった.
\
り
2.3短時間の加速
申3He
oω
10遇
\
中
の
水素核が数百MeV以上のエネルギーで他の水
He
ヴ
コ
o
り
素核と衝突すると,パイ中問子を発生させる.例
,
10
えば,
6
1H十1H→21H十πo.
一
Φ
10
この中性パイ中間子は直ちに二つの光子(ガンマ
工
↓
エ
線)に崩壊する.
{十+
、
①
(5)
1
ユ
πo→2γ.
紳
(6)
このガンマ線のエネルギー・スペクトルはかなり
0,1
01
1
E!MeV
Fig.33He−rich
Energy
10
event
spectra
in
May,1974.
of3He
Corresponding3He/4】日[e
Ieon(MObiusαα
なだらかで,そのピークは〜70MeVにある.
(πoの静止質量エネルギーは135MeV).また,
Nuc
and4He.
ratio
高エネルギーイオンは他の原子核と衝突して,そ
Upper panel:
Lower panel:
vs.energy
per
の原子核を励起させることもある.励起された原
nuc−
.1980[5]).
子核は直ちに基底状態に戻り,その時やはりガン
マ線を放射する.そのエネルギ㌣はおよそ〜1
441
プラズマ・核融合学会誌
第70巻第5号
1994年5月
から10MeVの問である.電子と陽電子の対消
ぎ
その不安定波により3Heの温度は数倍高くなる
滅,中性子の捕獲など,他にも高エネルギーイオ
(他のイオン種はそれほどは加熱されない).
ンが原因となるガンマ線発生機構はあるが,とに
クス線やガンマ線を出す.ガンマ線は大気に遮ら
高エネルギーイオンは〜1MeV以上のエネル
ギーに関心があるので,コロナ温度の〜100eV
から,3He温度が数倍に上昇しても,加速の観
点からはそれ自体大したことではない.Fisk論
文では3HeのMeV以上への加速機構そのものは
れて地上では観測できないので,人工衛星を打ち
提出せず,それは未知として,熱速度が大きいも
上げて,大気圏外で観測する.光子だけでなく,
のほどその未知の機構によって多数加速されやす
飛来する高エネルギーイオンや中性子を科学衛星
いと仮定する.加速されるイオンの数はおよそ
かく,これらのガンマ線を観測すれば高エネルギ
ーイオンについてある程度の情報を得ることがで
きる.
高エネルギー電子も制動放射によってエッ
あるいは地上で観測できることもある.
(9)
多z/ref〜1%exp(一∂ムr/2z霧ノ),,
これらの観測から判ったことは,高エネルギー
粒子は非常に短時問につくられるということであ
と考えるのである.ここで,砺はブ種イオンの
る.例えば,Kane達は1986年の論文で〜1秒以
熱速度,∂th,は粒子が加速されるために必要なあ
下の短時間で相対論的エネルギーの粒子がつくら
る最小限の速度である.この表式はLandau減衰
のような過程を思い浮かべると受け入れやすく
れたフレアについて報告している[7].Chupp達
は高エネルギーイオンによって生成される中性子
(Fig.4参照),実際,暗黙の内にこのような仮定
も急激に増大する(〜16秒)ことを報告してい
を置いている論文は少なくない.上式を仮定すれ
る[8].中性子を発生させるためには,まず高エ
ば,3Heが加熱された時(加熱とは別のある未知
ネルギーイオンができ,次にそれらが他のイオン
の過程により)多数の3He粒子が高エネルギーに
と衝突して原子核の破砕などを起こさねばならな
い.この結果は,加速時問だけでなく,破砕が起
加速されることになる.
こる衝突時間も,少なくとも16秒以下の短時間
均の化学組成がコロナの化学組成とよく似ている
で起こらなければならないことを示している.
という事実と明らかに反する.何故なら,もしも
しかし,上式の仮定は,高エネルギー粒子の平
(急激な加速についての解説は例えば文献[10]).
その仮定が成り立つなら,重いイオン(従って熱
速度砺の小さなイオン)は極端に加速されにく
3.統一的な理論の必要性
前節で述べた高エネルギー粒子の性質をどのよ
うに説明できるか考えてみよう.3He過剰の理論
f(v)
としてよく知られているものにFiskの理論[9]が
ある.Fiskは4He密度が高く
%4He/πH>0.2,
(7)
電子温度が高い
Te/TH>5,
(8)
場合,プラズマ中の電流によって4Heのイオン
O
サイクロトロン波(バーンスタイン波)が不安定
V
となり,しかもその波の周波数が3Heのサイク
ロトロン周波数9,Heに近い値(ω〜0.993He)を
Fig.4
とり得ることを示した.彼の準線形理論によれば
111ustration
cles
in
of
the
accelerated.
442
particles
shaded
VTj
to
area
be
Vthr
accelerated.
are
assumed
Parti−
to
be
小特集
7.太陽高エネルギー粒子の性質
大澤
くなり,高エネルギー粒子の化学組成は背景プラ
た.もちろん,紹介した観測結果以外にも,太陽
ズマであるコロナの化学組成と比べて,重いイオ
高エネルギー粒子は様々な性質を持つ.また,平
ンの存在量が非常に少ない形になってしまうから
均の化学組成が不思議であるということを積極的
である.つまり,上の仮定はより一般的な観測事
に主題として取り挙げた論文を見たことがないの
実に反する.このことはFiskの理論が(加速機
で,紹介した観測結果の選択には筆者の主観が入
構そのものは未知としていること,必要なプラズ
マパラメータ(7)(8〉が普通のコロナプラズマの
っていることになる.やや専門的になるのでここ
では述べなかったが,このような基本的性質に対
それと異なること,等の他にも)まだ不十分なも
する統一的説明の試みとして文献[11,12]を挙げ
のであることを示す.一方,上の仮定(9)自身は
ておくので,関心をお持ちの方はご参照下さい.
かなりもっともらしく見えるので,高エネルギー
参考文献
粒子の平均の化学組成がそれと反するということ
は,その化学組成の奇妙さをも示している.
[1]桜井邦明他:月刊フィジクス72,(1987).
[21小杉健郎:パリティ8,4(1993).
第2.3節で述べたように,粒子は短時間に相対
[3]」.P.Meyer,Astrophys.J.SuppL57,151(1985).
論的エネルギーにまで加速されるという観測事実
[4]」.P.Meyer,Astrophys.J.SupPL57,173(1985).
がある.したがって,粒子加速の理論はまず,ど
[5]E.M6bius,D.Hovesta(lt
れだけの時間に,どれだけのエネルギーにまで加
an(i
B.Klecker,Astro.
pbys.」.238,768(1980)。
速できるのか定量的に示さねばならない[10].即
[6]O.A.Schaeffer
ち,プラズマ物理に基づいた合理的な根拠から,
and
J.Zahringer,P鉦ys.Rev.Lett.
8,389(1962)、
粒子に働く力のFを求め,それから運動方程式
[7]S.R.Kane,E.L、Chupp,D.J.Forrest,G。H.
物4防/漉=のFを解くことによってoノの変化を
Share
示さねばならない.それと同時に,その機構によ
(1986〉。
an(i
E.Rieger,Astrophys.」.Lett.300,L95
[8]E.L。Chupp6渉α」.,Astrophys.」.318,913(1987).
って加速される粒子の数(即ち化学組成)につい
[9]L.A.Fisk,Astrophys.J.224,1048(1978).
ても観測を矛盾無く説明できるものでなくてはな
[10]大澤幸治:日本物理学会誌45,637(1990〉.
らない.
[11]Y.Ohsawa,J.Phys。Soc.JPn.62,2382(1993).
太陽高エネルギー粒子の基本的性質について,
[12]T,X.Zhang,M.Toida
第2節で観測結果を紹介し,第3節でその性質の
and
S・c.Jpn.62,2545(1993).
不思議さについて筆者の考えをごく簡単に記し
443
Y.Ohsawa,J.Phys.