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誌上対談
が い き ゅ う つ う せ つ
『艾灸通説』
』
について
宮川浩也先生に聞く
Asking Mr. Koya Miyakawa about "Gaikyu Tsusetsu
(Commonly accepted theory of moxa moxibustion)"
みやかわ
こうや
いかい
宮川 浩也
MIYAKAWA Koya
●インタビュアー:猪飼
よしお
祥夫
IKAI Yoshio
北里大学東洋医学総合研究所の鍼灸教員のための古典講座(平成25年7月開催)で宮川浩也先生の『艾
灸通説』
講義を聴きました。とても興味ある内容であったので,
詳しく教えていただきたいとお願いし,
今回,紙上対談として実現しました。
(猪飼祥夫)
猪飼:まず『艾灸通説』の作者と時代について
教えてください。
『臨床針灸古典全書』
(第4巻,オリエント出版社)
に文化5年の再版本が収められています。
宮川:『艾灸通説』は後藤椿庵(1696∼1738)
艮山先生は,まじめな人で,人をだますような
の著書で,宝暦12年(1762)に刊行された後藤流
ことを嫌います。頭でっかちの治療,理論倒れの
の灸法書です。
医学,奇をてらい金儲けする医者,嘘をつく医者
『艾灸通説』は,椿庵先生の医説ではなくて,
などを,徹底的に忌避しています。それは,儒学
父親の後藤艮山(1659∼1733)の医説を展開した
の師匠の伊東仁斎の影響によります。もちろん,
ものです。艮山先生は,湯熊灸庵と称されるほど
椿庵も同じように,まじめな人だったようです。
に,お灸を愛用した先生です。一気が留滞するこ
後藤流を学ぶ上では,一番だいじなことです。よ
とによって病気が発生するという「一気留滞説」
くわからない医説,よく理解しないまま治療する
をとなえ,留滞の原因は陽気の不足であるとみな
こと,ともに断じてゆるしませんでした。
し,陽気を補う灸法や温泉をおおいに活用しまし
た。艮山先生には著書が少なくて,灸法の全貌が
わかりませんでしたが,
『艾灸通説』によって明
猪飼:最初に蓬の栽培の話がありますが,どの
ような艾がいいと考えていたのですか。
らかになりました。
宮川:まじめさは,艾選びにも及んでいます。
『艾灸通説』は灸法の概論書ですが,附録とし
本物の艾を撰ぶべきだといい,「真艾」と呼んで
て「答文斎書」「答植木挙因書」「答早川梅三書」
います。いま,
わたし達が使っているのが「真艾」
「答久津名瑞台書」「答高橋利介書」の5通の手紙
なのですが,当時は混じり物が売られていたよう
があって,この中にも灸説が展開してあります。
です。業界は,艾に真偽があることすら知らなかっ
Vol.29 No.3(2013. Aut.)
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誌上対談 │『艾灸通説』について宮川浩也先生に聞く
たようです。これを椿庵が常識化しました。栽培
は大きさが安定して身近なモデルとして最適かと
した蓬からできたのが「真艾」
。野生の蓬から作っ
おもいます。そればかりではなく,後藤流の艾炷
た艾もあるが,やむを得ない場合に使う。偽物と
の形状も画期的なものです。私たちが標準で作る
いうのは,野生の蓬に牛蒡の葉をまぜてつくった
艾炷は円錐形ですが,後藤流は紡錘形です。皮膚
艾で,それらしく売られていたようです。
に着く面が広いとすごく熱いのですが,狭くすれ
そして,艾は3年ほど保存したものが最良で,
ば熱さはさほどでもなくなります。患者さんに負
それを過ぎると気味が抜けて効果が薄くなると
担をかけないようにという艮山先生の思いやりの
言っています。現在,一般に売られているものは,
たまものです。
1年ものです。1年ものの評は『艾灸通説』には
切艾とは,江戸時代に人気があった一般向けの
書いていませんが,清・呉亦鼎の『神灸経綸』で
艾です。ようするに出来合いの艾炷です。
は「気味が辛烈で,血脈を損なうことがある」と
切艾(小)の底面は,米粒大と同じ大きさです
言っています。先人のこの指摘に耳を傾けるべき
から,艾をひねることができなくても,素人が専
ではないでしょうか。
門家なみに気軽にお灸できました。
きりもぐさ
後藤は,手が器用ならば紡錘形を作ることがで
猪飼:艾炷の大きさを,鼠の糞・麦粒の大きさ
きるはずといい,苦手ならば,艾を火箸のように
を原則とすると言っていますが,その大きさ
細長くのばし,それを斜めにきれば,とがった艾
と形状を教えてください。
炷ができあがり,紡錘状に近くなる,と言ってい
宮川:「米粒大」という言葉は,長野仁先生に
ます。艾を火箸のように細長くのばしたものは,
教えてもらったのですが,
『艾灸通説』
の付録の
「植
静岡の小山忠治郎商店で「連艾」として販売して
木挙因に答うる書」に書いてあります。これが初
います。取り寄せて,使ってみてください。
出かどうか,未詳です。
紡錘形は,艾炷を2度ひねりして作ります。通
後藤流では,小さな艾炷をたくさん炷える(小
常の円錐状の艾を作り,それを右手につまんだら,
艾炷・多壮)のが基準です。その艾炷は,
鼠の糞,
右手の拇指と示指で底面を細くひねるとできあが
米粒,
麦粒などの大きさとしました。伝統的には,
ります。手が器用でなくとも,
なんとかできます。
大きな艾炷を少なく炷える(大艾炷・少壮)のが
接地面が小さいので立てにくいので,紫雲膏など
一般的でしたので,革命的だったと思います。
をぬってください。
つれもぐさ
写真1は鼠の糞の写真です。いろいろな大きさ
があるようです。そういう意味では,米粒,麦粒
写真1 鼠の糞もいろいろな大きさがある
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写真2 左端から切艾(中),切艾(小),紡錘形,円錐型,
米粒
特集 │ お灸の再生
指の横幅を1寸としています。患者さん自身を,
患者さんの手指を使って計るので「同身」という
のですから,治療家の手指を使ったら同身寸法と
はいえませんのでご注意ください。
公定尺は時代ごとに変化するので,実際の運用
に不都合な場合は,昔のままの尺度を採用するこ
とがあります。建築などに使う「曲尺(かねじゃ
写真3 左から,米粒,紡錘状,連艾ななめ切断
く)」や,着物の仕立てに使う「鯨尺(くじらじゃ
く)」があり,政治の影響を受けない尺度として
猪飼:古典の『千金方』に艾炷の大きさは三分と
残っています。
ありますが,今のメートル法に直すとどれく
やっと本題ですが,「三分」とは,2.4mm×3
らいだったのですか。もっと大きな艾炷もあっ
分ですので,7mmくらいです。これが透熱灸の
たのですか。大きさによって目的の違いもあっ
標準の大きさです。手足とか頭部は,それより小
たのですか。
さい艾炷を使います。『甲乙経』に足の三里は三
宮川:大きなものでは,銀杏大,小指大,棗核
壮すると書いてありますが,この三分の灸をしま
大というものがあります。最大では,雞子大,つ
す。結構,熱いですよ。
まり鶏卵大です。どのような時に使ったのかはわ
かりません。
猪飼:灸箸について教えてください。
『千金方』巻29「灸例」に「其れ尺寸の法は,
宮川:長野仁先生の論文で知ったのですが,灸
古なる者に依り,八寸を尺と為す」とあり,寸法
箸と書いて,やいとばしというお灸の道具があり
問題はこの条文が憲法になっています。
ます。江戸時代には
一尺の長さは,時代によって異なります。これ
使われていたのです
を公定尺(公式に定められた尺度)といいます。
が,現在はほとんど
後漢ですと24cm弱,唐代ですと31cm。7cmも
みかけません。ただ
違います。一寸はその十分の一ですから,一寸あ
し,現在も大阪のナ
たり7mmも違います。足三里が「膝下三寸」と
ガトヤ灸では灸箸
したら,後漢と唐代では,21mmも差がでます。
(やいとばし)
を使っ
この矛盾を解消するために,孫思邈は「古者に依
て艾炷を据えていま
る」
,つまり古典の時代の尺度を採用するといい,
す。(写真4,5 本
『明堂経』が成立した後漢ころの尺度にしたがう
誌19頁に関連記事)
と宣言しました。
写真6は白隠禅師
唐代の8寸が後漢の1尺に相当します(3.1×8
が 書 い た「 お 福 御
=24)。これが「八寸を尺と為す」という意味です。
灸図」
(永青文庫蔵)
この「古なる者に依る」という方針は,現在で
というものですが,
も継続されています。したがって,1寸を3cm
お福さんは灸箸で艾
に換算するのではなくて,2.4cmに換算します。
炷をつまんで,皮膚
普通には,昔の尺度に近い同身寸法を使って,拇
につけようとしてい
写真4 灸箸を使って据える長
門谷順二先生
写真5 ナガトヤ灸で使われて
いるやいと箸
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誌上対談 │『艾灸通説』について宮川浩也先生に聞く
ます。火種は,足元のちいさな火鉢から取ってい
宮川:滋賀県の亀屋佐京商店,静岡県の小山忠
るようです。手前の箱のようなものは,
切艾のパッ
治郎商店などでは,切艾を制作しています。詳し
ケージだと思います。
くはホームページをご覧ください。
写真7は『病草紙』の「重舌の男」と題する絵
大きさは,小さいものは米粒大と同じ底面積で
です。右の坊主が手に持っているのが灸箸です。
すから,熱さも同じくらいです。切艾は,紙に包
「重舌」の治療に右足外踝の頂上に施灸していま
まれて,
8等分されています。この紙をはずして,
す。
お盆などに艾炷を置いておきます。あとは,通常
灸箸は,岡本一抱(1655頃∼1716頃)の『灸法口
のお灸と同じように施灸します。
訣指南』にすこしばかりの解説があり,古典文献に
は記載がないといいます。日本の風習で3月3日に
東に伸びた桃の枝を灸箸に加工するとあります。
写真8 亀屋佐京商店の切艾
猪飼:『艾灸通説』から離れて講座で話された
毫針の太さについて,やまあらしの毛と言わ
れましたが,その太さと長さはいくらぐらい
だったのですか。
写真6 お福御灸図
宮川:毫鍼の毫は,毫毛(細い毛)を意味して,
柔らかい,細いという意味があります。また,豪
に通じ,ヤマアラシの毛という意味もあります。
今の日本の鍼から推測するなら毫毛の解釈になり
ますが,2千年前にそのような細い鍼を作ること
ができたのか? と考えれば,ヤマアラシの毛と
いう解釈も生きてきます。
写真9の上2本
がヤマアラシの毛
で,一番下が爪楊枝
写真7 重舌の男(『病草紙』より)
です。ヤマアラシの
猪飼:切艾の作り方が書いてありましたが,市
毛は直径1mmより
売の切艾について,その使用法や大きさはど
やや太い程度で,太
うだったのですか。今も売られているものも
い縫い針に近いか
紹介してください。
もしれません。『説
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写真9
特集 │ お灸の再生
ぐたん
文』に「豪は筆管のようだ」とありますが,1954
ついでに,虞摶(1468∼1517)は『医学正伝』で,
年湖南省長沙近郊の左家公山で戦国時代の楚墓か
「虚にお灸をすれば,熱の気で陽気を助ける。実
ら出土した「長沙筆」は,筆管の直径が3mm∼
にお灸をすれば,熱の気で実邪を発散させる。冷
4mmで,爪楊枝よりやや太いものだったらしい。
えにお灸をすれば,熱の気で温かみが回復する。
こうしてみると,まんざらヤマアラシの毛という
熱にお灸をすれば,
熱を外に洩らすことができる」
のも,見当違いというわけではない。夢分流の打
と言っています。同じ艾炷を,虚のツボ,実のツ
鍼が,ほぼ同じ太さだろうと考えられます。
ボ,寒のツボ,熱のツボにすえても,身体が自然
に良い方向に整えるのであって,施灸方法に補瀉
法があるわけではない,と言っています。なかな
か核心を突いています。この説を引いて,夢分流
でも「鍼に補瀉はないのだ」と展開していきます。
『霊枢』の補寫法の条文はシンプルなので,い
ろいろな解釈が可能です。どの方法も合理的なも
ので,どれが正しいとは言い切れません。
猪飼:灸点の位置にも議論がありますね。簡単
写真10 夢分流打鍼(左側右端)とヤマアラシの毛(同中史)
に紹介くださいますか。
宮川:ツボにも,艮山先生のまじめさが反映さ
猪飼:灸法に補瀉の考えがありますが,これは
今日的に見ていかがでしょうか。
れています。
「ツボをよく探れ」と言い,教科書
通りの取穴をおおいに批判しています。ツボは『霊
宮川:
『霊枢』に「自然に燃えつきるのが補法で,
枢』の「痛を以て輸と為す」を正式(本当の方法)
息を吹きかけるのが瀉法である」
(背兪篇)とあり,
とし,軽視してはならないと言っています。ただ
お灸の補瀉の大原則になっています。
し,圧痛は全身まんべんなく現れますから,全部
朱丹渓(1281∼1358)は『丹渓心法』
(拾遺雑論)
に施灸するのか,という問題が生まれます。そこ
の「補火と・瀉火」という一文で,補火は灸熱を
で,
『医学入門』に,
阿是穴は別名を天応穴と言い,
肉まで到達させるもので,瀉火は肉まで到達させ
自然に発生する病気のツボという意味で,病気と
ないで,熱くなったら取り除き,その後に息を吹
関連のあるツボを選択することになります。どの
きかけて,発散させるものである,と言っていま
ツボが病気と関連があるのかを知るには,学問と
す。補火は,お灸を燃焼させて熱を補っています。
経験が求められます。
瀉火の手法は,今の知熱灸のような感じで,施灸
のあとに燃焼による水分が皮膚につき,これを口
で風を送り,気化熱で冷やすようです。まさしく
猪飼:
『艾灸通説』から派生して先生のその他
の意見もください。
熱をうばう瀉法になっています。
宮川:腹診の起源についてはよくわかりません
これに対して『艾灸通説』では,自然に燃え尽
が,艮山先生は腹診をとても重視しています。背
きるのは常法(標準の灸法)であり,息を吹きか
診(背候診)も重視しています。
弟子の香川修庵は,
けるのは権法(一時的な灸法)だと解釈しています。
通常の四診に腹診と背診を加えて「六診」という
権法は,救急の時の良策であるとも言っています。
概念を造りましたが,その原型は艮山先生にあり
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誌上対談 │『艾灸通説』について宮川浩也先生に聞く
ます。後藤流では,一気留滞説をとなえ,留滞し
なり,最終的には蔵府が虚弱になる病気で,腹診
ているところを「積気」と称して,気をめぐらす
では腹部に固まりがあるのが特徴だとあります。
治療をしていました。とくに腹部の積気を「癥瘕
艮山先生は,腹部の留滞が万病の根源と考えてい
(ちょうか)」と称して,気をめぐらすために,腹
たところがあります。江戸時代の鍼灸を考える上
部と背腰部に,小艾炷・多壮のお灸をしたようで
では,夢分流も含めて貴重な観点だと思います。
す。
「癥瘕」をめぐらすためのツボとして,章門,
京門,痞根,徹腹などというツボをよく使ってい
猪飼:宮川先生,
今回は誌上対談ということで,
ます。痞根,徹腹は奇穴で,徹腹は艮山先生の発
お答えいただきありがとうございました。お灸を
見のようです。「癥瘕」は,隋の巣元方の『諸病
考える上で非常に参考になりました。
源候論』には,寒温の不調が原因で,消化不良に
森ノ宮医療学園出版部のサイトから
鍼灸OSAKAの一部の記事をダウンロードできます。
URL: http://www.morinomiya.ac.jp/book/
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