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2013年度代数学2(環論)講義ノート
落合理
Contents
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
9.
10.
11.
12.
13.
14.
はじめに
環の定義と簡単な具体例
イデアルと剰余環
準同型定理
素イデアルと極大イデアル
環の直和
商環と局所化
一意分解環
R-加群
自己準同型環
多元環
ネータ一環とアルチン環
単項イデアル整域上の加群
半単純環
1
2
5
8
11
14
16
20
23
28
29
31
34
38
1. はじめに
代数学では, 群, 環, 体という代数構造が大事な役割を演じる. 特に, この授
業で中心的に学ぶのは, 「環」という代数構造である. 環は, 足し算(加法)と
掛け算(乗法)の2つの演算をもつ代数体系である. 例えば, 歴史的には, 数
の体系が様々に発展してきた. 例えば,
(1) 整数の集合 Z = {. . . , −2, −1, 0, 1, 2, . . .} は, 自然に加法と乗法を持ち,
環となる. 今, Z を拡張して, 整数 d が与えられるごとに, 次の様な複
素数の集合 C の部分集合
√
√
Z[ d] = {a + b d | a, b ∈ Z}
√
を考えると, 複素数としての加法や乗法によって環となる. Z[ d] は,
d の値次第で「素因数分解の一意性」が成り立たないこともあり
,こ
√
の環 Z[ d] の研究は整数論の深い理論につながっていく.
(2) Hamilton によって発見された四元数
H = {a + bi + cj + dk |a, b, c, d ∈ R}
は実数や複素数を含む減乗除が考えられる数の体系の拡張であり, 掛
け算が対称的ではないが i2 = j 2 = k 2 = ijk = −1 なる関係を持つ. 3
次元球面の同型変換などとも関連する.
1
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(3) 解析学で考える連続函数, 微分可能函数などでも, 函数同士の和や積
が考えられる. こういった解析学で現れる「函数環」も環の具体例と
して考えられる.
代数, 幾何, 解析のいずれの分野でも環の代数構造は基本であり, 歴史上発展
してきた様々な例を含みながら, 加法と乗法を持つ代数構造「環」に関する抽
象的な代数理論を積み上げておくことは応用上も大事である.
以下の様な問題意識を持って環の理論を追究していきたい1.
(1) どれくらいの環があるのか? 構造による環の「分類」を理解したい.
(2) 個別に与えられたそれぞれの環の「内部構造」を理解したい.
(3) 知られた環から基本的な操作で別の環を「構成」する方法を沢山知り
たい.
2. 環の定義と簡単な具体例
定義 2.1 (永尾 1 章 §5). 集合 R が環 (ring) であるとは,
加法と呼ばれる演算 + : R × R −→ R,
乗法と呼ばれる演算 · : R × R −→ R
が定まり, 次の条件をみたすことを言う:
(Rl) R は加法 + に関してアーベル群である.
(アーベル群 (R, +) の単位元を 0R と記す).
(R2) 乗法の結合法則: (a · b) · c = a · (b · c).
(R3) 分配法則: a · (b + c) = a · b + a · c, (a + b) · c = a · c + b · c.
(R4) 単位元の存在: 0R と異なる R の元 1R で,R の任意の元 x に対し
て,1R · x = x · 1R = x をみたすものが存在する.
注意 2.2. 以後, しばしば環の乗法 a · b を単に ab で記す. また, 誤解の恐れが
なければ, しばしば 0R , 1R を単に 0, 1 と記す.
定義 2.3. R を環とする.
(1) a ∈ R とする. ab = ba = 1R となる b が存在するとき, b は a の逆元
(inverse element) であるという2.
(2) (与えられた a ∈ R は必ずしも逆元を持つとは限らないが) a ∈ R が逆
元を持つとき, a は単数 (unit) 又は可逆元 (invertible element) で
あるという.
U (R) = {a ∈ R|a は R の可逆元 }
なる集合は, 1R を単位元とする群になる. U (R) を R の単数群 (group
of units) という3.
1環に限らず, 数学を理解するときに問う基本的な質問かもしれない.
2a, b ∈ R が ab = 1 をみたしても ba = 1 をみたさないこともあり得る. 体 K 上の無限
R
R
次元ベクトル空間の準同型環 R = EndK (K ⊕N ) の元 a, b を, b : (a0 , a1 , . . .) 7→ (0, a1 , a2 , . . .),
a : (a0 , a1 , . . .) 7→ (a1 , a2 , . . .), とすると ab = 1R かつ ba ̸= 1R となる.
3U (R) の代わりに R× という記号もよく使われる.
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(3) a ∈ R とする. b ̸= 0R で ab = 0R (resp. ba = 0R ) となるものがある
とき, a は左零因子 (left zero divisor) (resp. 右零因子 (right zero
divisor)) であるという4.
(4) a ∈ R とする. ある自然数 N が存在して aN = 0R となるとき, a はベ
キ零元 (nilpotent element) という.
環の定義に現れる条件を組み合わせることで, 導かれる幾つかの大事な性
質がある.
補題 2.4. R を環とする.
(1) ∀a ∈ R に対して, a0R = 0R a = 0R が成り立つ.
(2) ∀a, b ∈ R に対して, (−a)b = −ab が成り立つ.
(3) a ∈ R とする. b, b′ ∈ R がともに a の逆元ならば b = b′ となる. つま
り, 与えられた元に対する逆元は一意である.
(4) a ∈ U (R) ならば, a は左零因子にも右零因子にもならない.
証明. (1) 0R + 0R = 0R に右から a ∈ R を掛けると, 0R a = 0R a + 0R a が得ら
れる. 加法群 R における 0R a の逆元 −0R a を両辺に加えることで 0R a = 0R
が得られる. 上の議論で右からの掛け算を左からの掛け算に変えると全く同
じ議論で a0R = 0R が得られる.
(2) 今, 次が成り立つ:
0R = 0R b = (a − a)b = ab + (−a)b.
最初の等号は (1) からの帰結であり, 最後の等号は分配法則である. 両辺に ab
の逆元 −ab を足すことで (−a)b = −ab がわかる.
(3) 逆元の定義より, ab = 1R , ab′ = 1R である. 特に, ab = ab′ となる. 右辺
に左から b を掛けると b(ab) = (ba)b = 1R b = b, 左辺に左から b を掛けると
b(ab′ ) = (ba)b′ = 1R b′ = b′ となる. よって証明が終わる.
(4) a が左零因子であったと仮定すると, ac = 0R となる c ̸= 0 ∈ R が存在する.
一方, a が単数ならば ba = 1R となる b ∈ R が存在する. ac = 0R の両辺に左
から b を掛けると, b(ac) = b0R となる. 結合法則より, 左辺は (ba)c = 1R c = c
となる. 上で示した (1) を用いると, 右辺は 0R となる. よって c = 0R となり,
これは仮定に反する. 背理法によって a は左零因子ではない. 右零因子でない
ことも全く同様に示される.
定義 2.5 (永尾 1 章 §5). 環 R が斜体 (skew field) または可除環 (division
ring) であるとは, R の 0 以外の元が全て可逆であることをいう.
注意 2.6. R が斜体であるための必要十分条件は R \ {0R } が 1R を単位元と
する群になることである.
定義 2.7 (永尾 1 章 §5). 環 R が可換環 (commutative ring) であるとは, R
の任意の元 a, b に対して ab = ba が成り立つことをいう.
この授業では, 何も書かなければ環は必ずしも可換とは限らない. 特に可換
な環を意味するときには, 可換環と言うことにする.
4resp. は, respectively の略で並行して同様の定義を行うときに用いる.
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逆に, 体に関しては何も書かなければ可換とする. 特に, 可換とは限らない
体のことは斜体とよぶ. 実際, そのような言葉遣いが市民権を得た慣習のよう
に思われる. 念のために名称を表にしておく.
可換な場合 非可換な場合
0R 以外の元が可逆
体
斜体
一般の場合
可換環
環
定義 2.8 (永尾 1 章 §5). R を可換環とする. このとき, R が 0R 以外に零因子
を持たない, つまり, ∀a, b ∈ R に対して, ab = 0R ならば a = 0R 又は b = 0R
が成り立つとき, R は整域 (domain) であるという.
いくつか環の例を挙げる.
例 2.9. K を体とするとき,K は整域である. ちなみに, 体の例としては, 有理
数体 Q, 実数体 R, 複素数体 C, 素数 p ごとに位数 p の有限体 Fp = Z/pZ など
がある.
例 2.10. R を整数環 Z は整域であり, 1Z = 1, 0Z = 0 である. また, U (Z) =
{±1} である.
例 2.11 (永尾 1 章 §6). A を可換環, X を A とは無関係の文字とする. (しば
しば, この文字を変数 (variable) または不定元 (indeterminate)) という.
f (X) = a0 + a1 X + . . . + an X n
を A 上の多項式 (polynomial) という. ai を i 次係数とよぶ. A 上の多項
式の集合を A[X] と記す. R = A[X] の元 f (X) = a0 + a1 X + . . . + an X n ,
g(X) = b0 + b1 X + . . . + bm X m に対して, 加法と乗法を
f (X) + g(X) =
f (X) · g(X) =
l
∑
(ai + bi )X i (但し, l = max(m, n))
i=0
m+n
∑
∑
ck X k (但し, ck =
k=0
ai bj )
i+j=k
で定める. 0R を係数 a0 , a1 , . . . が全て零である多項式, 1R を 0 次係数 a0 = 1
でそれ以外の係数が全て零である多項式とする. このとき, A[X] は可換環と
なる.
例 2.12. K を体, n を自然数とするとき, n 次正方行列の集合 Mn (K) は, 加
法, 乗法を正方行列同士の自然な加法と乗法で定めることで環になる. n > 1
ならば Mn (K) は非可換環である. 但し, 0R は零行列, 1R は単位行列である.
例 2.13. 集合 R を
R = {R 上で定義された実数値連続函数 f (x) の全体 }
とする.
(f + g)(x) = f (x) + g(x)
(f g)(x) = f (x)g(x)
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と定めることで可換環になる. 但し, 0R は恒等的に値 0 をとる函数, 1R は恒
等的に値 0 をとる函数とする.
3. イデアルと剰余環
イデアルとは, 歴史的には数の概念の拡張に起因している. 最初に述べたよ
√
うに, Z においては数に対する「素因数分解の一意性」があるが, Z[ −5] な
どの環では素因数分解の一意性が成り立たない. 数の代わりにイデアルを考
えると「素イデアル分解の一意性」が成り立つというのが Kummer の発見で
あり, この理論的な一般化によって, Kummer は多くの場合に Fermat 予想を
解くことに成功した.
定義 3.1 (イデアル, 永尾 3 章 §21.1). R を環とする. 空でない部分集合 I ⊂ R
が次の2つの条件
(I1) ∀a, b ∈ I に対して, a + b ∈ I.
(I2) ∀a ∈ I, ∀r ∈ R に対して, ra ∈ I (resp. ar ∈ I).
をみたすとき, I は R の左イデアル (left ideal) (resp. 右イデアル (right
ideal)) であるという. また, I が左かつ右イデアルであるとき,I は R の両
側イデアル (two-sided ideal) であるという.
R が可換環のときは左,右,両側のイデアルの区別はない. これらを単に
イデアル (ideal) とよぶ.
補題 3.2. R を環, I ⊂ R を (左, 右, 両側) イデアルとするとき, I は R の部
分アーベル群となる. 特に 0R ∈ I である5.
証明. I ⊂ R が左イデアルである場合に限って証明する (アーベル群の定義に
ついては永尾 1 章 §4 を参照のこと).
(結合法則): (I1) より, ∀a, b ∈ I に対して, a + b ∈ I である. また, R がアー
ベル群で I ⊂ R より, ∀a, b, c ∈ I に対して, (a + b) + c = a + (b + c) が成り
立つ
(逆元の存在): ∀a ∈ I に対して, r = −1 として (I2) を適用すると, (−1R )a ∈
I である. 補題 2.4 (あるいは永尾 p12 の (i)) より, (−1R )a = −a である.
(零元の存在): a ∈ I を適当に取ると, 上で示したように −a ∈ I である.
よって a + (−a) = 0R ∈ I となる. ∀a ∈ I に対して, a + 0R = 0R + a = a と
なる.
以上で証明が終わる.
定義 3.3 (永尾 p. 22). 環 R に対して, I = {0R }, I = R なる部分集合は, 両
側イデアルとなる. これらを, 自明なイデアル (trivial ideal) という.
最初の例として, 行列環の場合を考える.
5後の教科書 §27 で述べる言葉を使うと, I は単なる部分アーベル群でなく部分 R 加群にな
る.
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例 3.4. K を体, R = M2 (K) とする. このとき,
{(
)
}
a b
I=
∈R b=d=0
c d
{(
)
}
a b
J=
∈ R c = d = 0
c d
とおくと, I は左イデアル, J は右イデアルとなる. ここでは証明しないが, R
の両側イデアルは自明なイデアルのみである (本日の演習問題を参照のこと).
R を環として, 部分集合 A, B ⊂ R を考える. このとき,
A + B = {a + b | a ∈ A, b ∈ B}
∑
AB = {
ai bi | ai ∈ A, bi ∈ B}
i
とおく.
補題 3.5 (永尾 問 21.1). R を環, I, J を R の左イデアル (resp. 右イデアル,
両側イデアル) とする. このとき, 次が成り立つ.
(1) I ∩ J は R の左イデアル (resp. 右イデアル, 両側イデアル) となる. ま
た, I, J の両方に含まれる左イデアル (resp. 右イデアル, 両側イデア
ル) のうちで最大である.
(2) I + J は R の左イデアル (resp. 右イデアル, 両側イデアル) となる. ま
た, I, J の両方を含む左イデアル (resp. 右イデアル, 両側イデアル)
のうちで最小である.
証明. 左イデアルに関する記述のみを示す (右イデアルや両側イデアルに関す
る記述は全く同様に示される).
(1) I ∩ J に対する (I1) を示す. ∀a, b ∈ I ∩ J をとる. a, b ∈ I であるから, I に
対する (I1) を用いることで a + b ∈ I を得る. a, b ∈ J であるから, J に対する
(I1) を用いることで a + b ∈ J を得る. よって, a + b ∈ I ∩ J が得られ, I ∩ J
に対する (I1) が示された. 同様にして, ∀a ∈ I ∩ J, ∀r ∈ R に対して, I, J そ
れぞれに対する条件 (I2) を用いて, I ∩ J に対する条件 (I2) が示される. よっ
て, I ∩ J は R のイデアルとなる. I ∩ J は I, J の両方に含まれる集合のうち
最大であるから, I, J の両方に含まれる左イデアルのうちでも最大である.
(2) I + J に対する (I1) を示す. ∀a, b ∈ I + J をとる. I + J の定義より,
a = a′ + a′′ , b = b′ + b′′ (但し, a′ , b′ , ∈ I, a′′ , b′′ , ∈ J) と表せる. よって,
a + b = (a′ + a′′ ) + (b′ + b′′ ) = (a′ + b′ ) + (a′′ + b′′ )
であり, I, J それぞれに対する (I1) を用いることで a + b ∈ I + J となり, I + J
に対する (I1) が示された. 同様にして, I + J に対する条件 (I2) を示すことが
出来て, I + J が I, J それぞれを含むイデアルであることの証明が終わる. K
を I, J の両方を含む勝手な R の左イデアルとする. a ∈ I + J を任意に取る
とき, a = a′ + a′′ (但し, a′ ∈ I, a′′ ∈ J) と表せる. a′ , a′′ ∈ K より K に対し
て条件 (I1) を用いることで a ∈ K が従う. よって, I + J ⊂ K であるから証
明が終わる.
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定義 3.6. R を環, a ∈ R とする.
Ra = {ra | r ∈ R} (resp. aR = {ar | r ∈ R})
は, R の左イデアル (resp. 右イデアル) となる. このようなイデアルのことを,
(a で生成される) 単項左イデアル (principal left ideal) (resp. 単項右イデ
アル (principal right ideal)) とよぶ. 特に, R が可換環のときには, 右と左
の区別は無いので単に (a で生成される) 単項イデアル (principal ideal) と
よぶ.
定義 3.7. R を可換環とする. このとき, a ∈ R で生成される単項イデアルを
(a) で記す. 一般に, 有限個の元 a1 , . . . , an ∈ R があるとき, イデアル:
a1 R + . . . an R = (a1 ) + . . . (an )
を (a1 , . . . , an ) と記し, a1 , . . . , an で生成されるイデアルとよぶ.
命題 3.8 (永尾 問 21.2, 例題 21.3). R を環とする.
(1) R のイデアル I が自明なイデアル R に等しいための必要十分条件は I
が U (R) の元を少なくとも1つ含むことである.
(2) R が斜体になるための必要十分条件は R が自明なイデアルしか持た
ないことである.
証明. (1) 必要性は明らかなので十分性を示す. まず, U (R) ∩ I ̸= ∅ であ
るとして, u ∈ U (R) ∩ I をとる. u の逆元を u−1 とするとき, 条件 (I2) よ
り, u−1 u = 1R ∈ I となる. よって, ∀r ∈ R に対して, 再度 (I2) を用いて
r = r1R ∈ I となる. 以上で I = R が示された.
(2) まず, 必要性を示す. R を斜体, I ̸= {0R } なる R のイデアル I を考える.
a ∈ I を零でない元とするとき, R は斜体であるから a ∈ U (R) である. よっ
て, (1) より I = R となる.
次に十分性を示す. 零でない勝手な元 a ∈ R をとり, 単項左イデアル Ra を考
える. 仮定より Ra = R でなければならないから, ba = 1R となる b ∈ R が存
在する. 同様に, Rb = R より cb = 1R となる c ∈ R が存在する. 結合法則を
用いて
c = c · 1R = c(ba) = (cb)a = 1R · a = a
であるから ab = ab = 1R となる. よって a ∈ U (R) となり, R は斜体とな
る.
定義 3.9 (永尾 p. 83). R を整域とする.
(1) R の任意のイデアルが単項イデアルならば, R を単項イデアル整域
(principal ideal domain) とよぶ. しばしば, 単項イデアル整域を
PID とよぶこともある.
(2) 整列集合 S と写像 φ : R −→ S があって, 次の2つの条件をみたすと
き, R をユークリッド環 (Euclidean ring) という:
(E1) a ∈ R \ {0R } ならば, φ(0) < φ(a).
(E2) a ∈ R \ {0R }, b ∈ R ならば,
b = qa + r, φ(r) < φ(a)
をみたす q, r ∈ R が存在する.
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定理 3.10. 整域 R がユークリッド環ならば, R は単項イデアル整域である.
例 3.11. 次の整域 R はユークリッド環であり (演習問題を参照), 結果として
単項イデアル整域になる.
(1) 整数環 R = Z, S = Z≥0 , φ : R −→ S は絶対値をとる写像 | |.
(2) 体 K 上の多項式環 R = K[X], S = {−∞} ∪ Z≥0 , φ : R −→ S は多項
式の次数をとる写像 deg.
√
√
(3) ガウス整数環 R = Z[ −1] = {a + b −1 | a, b ∈ Z}, S = Z≥0 .
φ : R −→ S はノルム写像
√
a + b −1 7→ a2 + b2 .
定理 3.10 の証明. 条件 (E1), (E2) をみたす整列集合 S と φ があったとする.
I を零でないイデアルとする. まず,
φ(a) = min{φ(x) | x ∈ I \ {0R }}
となる a ∈ I \ {0R } をとる. 今, 勝手な b ∈ I をとると, (E2) より, b = qa + r
(φ(r) < φ(a)) となる q, r ∈ R が存在する. b, qa ∈ I より, r ∈ I となる. も
し, r ̸= 0R ならば, φ(a) の最小性に矛盾するので, r = 0R でなければならな
い. よって, 勝手にとった b ∈ I に対して b ∈ (a) となるので I ⊂ (a) である.
a ∈ I より, (a) ⊂ I は明らかであるから, I = (a) となり証明が終わる.
定義 3.12. R を環, I を R の自明でない両側イデアルとする. このとき, R/I
を商集合とし, a ∈ R に対して剰余類 a + I ∈ R/I を a と記す. 今, a, b ∈ R/I
に対して
a+b=a+b
a·b=a·b
で加法と乗法を定める6. R/I は 0R を加法の単位元, 1R を乗法の単位元と
する環である. 1R ̸∈ I より, 0R ̸= 1R である. R/I を R の I による剰余環
(quotient ring) という.
4. 準同型定理
しばしば全く由来の異なる環が全く同じ構造をもつことがある. かくして,
代数的な構造で環を同一視して取り扱うことが大事になる. 本節で扱う準同
型定理はそのための土台を与えてくれる.
定義 4.1. 環 R から環 R′ への写像 f : R −→ R′ が次の条件
(H1) f (s + t) = f (s) + f (t),
(H2) f (st) = f (s)f (t),
(H3) f (1R ) = 1R′
6今, a′ − a ∈ I, b′ − b ∈ I とするとき,
(a′ + b′ ) − (a + b) ∈ I
a′ b′ − ab = a(b′ − b) + b(a′ − a) ∈ I
であるから加法と乗法は well-defined である.
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をみたすとき, f は R から R への (環) 準同型 (ring homomorphism) であ
るという. また f が全単射であるとき (環) 同型 (isomorphism) であるとい
う. このような f が存在するとき, 環 R と環 R′ は同型であるという. また, 同
型であることを R ≃ R′ 又は R ∼
= R′ と記す.
注意 4.2.
(1) f (0R ) = f (0R ) + f (0R ) = f (0R ) + f (0R ) の両辺に f (0R )
の加法の逆元 −f (0R ) を加えることで, f (0R ) = 0R′ が示される.
(2) s ∈ R とするとき, f (s) + f (−s) = f (s − s) = f (0R ) = 0R′ となる.
両辺に f (s) 加法の逆元 −f (s) を加えることで, f (−s) = −f (s) が示
される.
(3) f : R −→ R′ が環準同型であるとき, R, R′ を加法群とみなすと f は特
に加法群の準同型である. よって, f の単射性を示すには, f (a) = 0R′
をみたす元が a = 0R のみであることを確かめればよい.
(4) R, R′ , R′′ を環として, f : R −→ R′ , g : R′ −→ R′′ を環準同型 (resp.
環同型) であるとすると, g ◦ f : R −→ R′′ は環準同型 (resp. 環同型)
である.
(5) R ≃ R′ は環の集合における同値関係である.
{(
)
}
a b
′
例 4.3. R = C, R =
∈ M2 (R) とおく. R′ は行列の加法と乗法
−b a (
)
1 0
であり,
によって環になる. 但し, 1R′ =
0 1
(
) ( ′
) (
)
a b
a
b′
a + a′
b + b′
+
=
∈ R′
−b a
−b′ a′
−(b + b′ ) a + a′
)( ′
(
) (
)
a
b′
a b
aa′ − bb′
ab′ + a′ b
=
∈ R′
−b a
−b′ a′
−(ab′ + a′ b) aa′ − bb′
(
)
√
a b
(∀a, b ∈ R) で定め
に注意する. 今, f : R −→ R を f (a + b −1) =
−b a
る. (H1),
√ (H2), (H3) が成り立つので f√は環の準同型である事がわかる. 今,
f (a + b −1) = 0R′ とすると, f (a + √
b −1) の行列成分は全て零でなければ
ならないので, a = b = 0 つまり a + b −1 = 0 となる. よって, f は単射であ
る. 全射性も同様に明らかなので f は同型となる.
定義 4.4 (永尾3章 §22). R を環とする. 部分集合 S ⊂ R が次の条件
(SR1) s, t ∈ S ならば s − t ∈ S ,st ∈ S が成り立つ.
(SR2) 1R ∈ S
をみたすとき, S は R の部分環 (subring) であるという. また, 逆に R は S
の拡大環であるという.
注意 4.5.
(1) S が上の定義の意味で R の部分環であるとき, S は, それ自
身で環となる. 実際, s ∈ S を適当に取ると, (SR1) より s−s = 0R ∈ S
である. よって, 1S = 1R , 0S = 0R ととればよい. (SR1), (SR2) に
よって, 元々R に定まった乗法, 加法を S における乗法, 加法として定
められる. S が (R1), (R2), (R3), (R4) をみたすことは, R が (R1),
(R2), (R3), (R4) をみたすことからただちに従う.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
10
{(
(2) K を体として, 行列環 R =
の部分集合 S を
{(
S=
a b
c d
)
a 0
0 a
}
)
a, b, c, d ∈ K を考える. R
}
a∈K
とすると S は部分環である. 一方で R の部分集合 S ′ を
{(
)
}
a 0 ′
S =
a∈K
0 0 (
)
1 0
′
とすると, S は 1S ′ =
として S と同型な環であるが, S ′ は R
0 0
の部分環ではない. S ′ は (SR1) をみたすが (SR2) をみたさない.
例 4.6.
(1) 次は自然な部分環 (拡大環) の包含関係の列
Z⊂Q⊂R⊂C
がある.
(2) K を体とするとき, 部分環 (拡大環) の包含関係の列
K[X1 ] ⊂ K[X1 , X2 ] ⊂ · · · ⊂ K[X1 , X2 , · · · , Xn ] ⊂ · · ·
がある.
(3) R 内の閉区間 [0, 1] 上の C k 級函数全体は可換環をなす (k = 1, 2, 3, . . . , ∞).
それらの環を Rk と記す. このとき,
R∞ ⊂ · · · ⊂ Rn ⊂ · · · ⊂ R 2 ⊂ R1
なる部分環 (拡大環) の包含関係の列がある.
Kerf := {x ∈ R | f (x) = 0R′ }
Imf := {f (x) ∈ R′ | x ∈ R}
とする.
命題 4.7 (永尾 例題 22.3). f : R −→ R′ を環の準同型とするとき,次が成り
立つ.
(1) Kerf は R の両側イデアルである.
(2) lmf は R′ の部分環である.
証明. (1) I = Kerf が両側イデアルの条件 (I1), (I2) (教科書では p 81 の条件)
を確かめればよい. a, b ∈ Kerf とする. このとき, f (a + b) = f (a) + f (b) =
0R′ + 0R′ = 0R′ より, a + b ∈ Kerf となる. Kerf は条件 (I1) をみたす.
a ∈ Kerf , r ∈ R とするとき, f (ra) = f (r)f (a) = f (r)0R′ = 0R′ より,
ra ∈ Kerf となる. 同様に, ar ∈ Kerf も成り立つ. よって, I = Kerf は両側
イデアルとしての条件 (I2) をみたす.
(2) S = Imf が部分環の条件 (SR1), (SR2) をみたすことを確かめればよい.
∀s, t ∈ Imf をとる. f (s′ ) = s, f (t′ ) = t となる s′ , t′ ∈ R をとると, (H1)(と
注意) より s − t = f (s′ ) − f (t′ ) = f (s′ − t′ ) ∈ Imf が成り立ち, (H2) より
2013年度代数学2(環論)講義ノート
11
st = f (s′ )f (t′ ) = f (s′ t′ ) ∈ Imf が成り立つ. よって, (SR1) が成り立つ.
また, 条件 (H3) より, 1R′ = f (1R ) ∈ Imf であるから, (SR2) が成り立つ. 定理 4.8 (準同型定理, 定理 22.4). R, R′ を環とし, f : R −→ R′ が環準同型
であるとき R/Kerf ≃ lmf となる. 特に f が全射準同型ならば R/Kerf R′ と
なり, R′ は R のある剰余環に同型である.
証明. f : R/Kerf −→ lmf を, s, t ∈ R に対する剰余類 s = s + Kerf ,
t = t + Kerf に対して, f (s + t) = f (s + t), f (st) = f (st) で定める. f は写
像として well-defined であり, 環準同型の条件 (H1), (H2), (H3) をみたすこと
が確かめられる (省略).
また, f (s) = f (s) = 0R′ ならば, s ∈ Kerf となる. つまり, f は単射であ
る. 勝手な, f (s) ∈ Imf をとると, f (s) = f (s) より f の全射性も明らかであ
る. よって, f は同型となる.
次は証明を省略する.
命題 4.9 (永尾 例題 22.5). R を環, I を R の両側イデアルとする. f : R −→
R/I を剰余写像とする.
(1) J が I ( J ( R なる R の両側イデアルとするとき, f (J) ⊂ R/I は非
自明な両側イデアルとなる.
(2) R/I の非自明な両側イデアル J を勝手にとるとき,
f −1 (J) = {a ∈ R | f (a) ∈ J}
は, I ( f −1 (J) ( R なる R の両側イデアルとなる.
(3) 上の対応によって,
J→f (J)
{I ( J ( R なる R の両側イデアル } −−−−−−→ {R/I の非自明な両側イデアル J}
f −1 (J)←J
は全単射を与える.
5. 素イデアルと極大イデアル
本節では, 可換環のみを取り扱う.
定義 5.1. R を可換環, I を I ( R なる R のイデアルとする. ∀a, b ∈ R に対
して, ab ∈ I ならば, a ∈ I 又は b ∈ I が成り立つとき I は素イデアル (prime
ideal) であるという.
補題 5.2. R を可換環とする. I ( R なる R のイデアル I が素イデアルにな
るための必要十分条件は, R/I が整域になることである.
証明. 必要性を示す. I ( R が素イデアルであったとする. a, b ∈ R/I を勝手
にとり, 代表元 a, b ∈ R を勝手に取る. ab = 0R/I とすると, その代表元 ab ∈ R
は I に属する. I が素イデアルであるから, a ∈ I 又は b ∈ I が成り立つ. つま
り, a = 0R/I 又は b = 0R/I が成り立つ.
十分性も同様に示される.
注意 5.3.
(1) 上の補題より, 「I が素イデアル」の定義を R/I が整域と
なることで与えてもよい.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
12
(2) R が整域ならば, I = (0R ) は素イデアルである.
定義 5.4. R を可換環, I を I ( R なる R のイデアルとする. I ( J ( R な
る R のイデアルが存在しないとき, つまり I が包含関係による大小関係によっ
て非自明なイデアルのうちで極大であるとき, I は極大イデアル (maximal
ideal) であるという.
補題 5.5 (永尾 定理 23.1). R を可換環とする. I ( R なる R のイデアル I が
極大イデアルになるための必要十分条件は, R/I が体になることである.
証明. 命題 4.9 (永尾 例題 22.5) によって, I が極大イデアルである必要十分条
件は, R/I が非自明なイデアルを持たないことである. 一方で, 命題 3.8 (永尾
問 21.2, 例題 21.3) によって, 可換環 S が体であるための必要十分条件は S が
非自明なイデアルを持たないことである. 以上で証明を終える.
注意 5.6. 上の補題より, 「I が極大イデアル」の定義を R/I が体となること
で与えてもよい.
注意 5.7. R/I が体ならば, 特に R/I は整域であるから, 一般に I ( R が R
の極大イデアルならば I は素イデアルである
命題 5.8. R を単項イデアル整域とするとき, (0R ) ( I ( R なる R のイデア
ル I が素イデアルであるための必要十分条件は I が極大イデアルとなること
である.
証明. 注意 5.7 より十分性は明らかである. 以下, 必要性を示す. I ̸= 0 を非自
明な素イデアルと仮定して I が極大イデアルになることを示す. 背理法で示す
こととして, I が極大イデアルでないとすると, I ( J ( R となるイデアルが
存在する. R は単項イデアル整域であるから, I = (a), J = (b) となる零元で
ない a, b ∈ R が存在する. a ∈ J より, c ∈ R が存在して a = bc と書ける. も
し, b ∈ I ならば b は J の生成元であるから, J ⊂ I となる. これは, I ( J の
仮定に矛盾する. よって, b ̸∈ I でなければならない. I が素イデアルで bc ∈ I
かつ b ̸∈ I なので, c ∈ I となる. よって, d ∈ R が存在して c = ad となる.
よって,
a = bc = abd
となる. よって, a(1R − bd) が成り立つ. R は整域で a ̸= 0R であるから,
bd = 1R となる, つまり, b は R の可逆元である. よって, J = R となり矛盾す
るので I は J の極大イデアルでなければならない.
単項イデアル整域の極大イデアルの具体例を沢山与える.
例 5.9.
(1) R = Z は単項イデアル整域であり, R× = {±1} であるから,
R の勝手な非自明なイデアル I は, ある自然数 n が存在して, I = (n)
と書ける. J = (m) を別のイデアルとするとき, I ⊂ J となるための
必要十分条件は, m|n となることである. 非自明なイデアル I = (n)
(n は自然数) が素イデアルであるための必要十分条件は n が素数とな
ることである. 実際, 素因数分解の一意性より, n が素数ならば
ab ∈ I ⇔ p|ab ⇔ p|a 又は p|b ⇔ a ∈ I 又は b ∈ I
2013年度代数学2(環論)講義ノート
13
より十分性が従う. n が素数でないならば, 1 < m, 1 < m′ なる自然数
の積 n = mm′ として表せる. m ̸∈ I, m′ ̸∈ I だが mm′ ∈ I であるか
ら I は素イデアルでない. 対偶をとれば必要性が従う.
(2) K を体として, K 上の 1 変数多項式環 R = K[X] は単項イデアル整域
であり, R× = K × であるから, R の勝手な非自明なイデアル I は, 次
数 m ≥ 1 のモニック多項式7f (X) = X m + am−1 X m−1 + · · · + a0 が
存在して, I = (f ) と書ける. I = (f ) が素イデアルとなるための必要
十分条件は f が既約多項式8 となることである.
(3) X 2 + 1 は, R[X] の中で既約多項式であるが, C[X]
√ においては可約多
√
項式となる (C[X] においては X 2 + 1 = (X + −1)(X − −1) と分
かれる).
単項イデアル整域でない環には, 極大イデアルでない素イデアルもある.
例 5.10.
(1) R = Z[X] の単項イデアル, I = (X), J = (p) (p は素数) は
いずれも素イデアルではあるが極大イデアルではない. 実際, R/I ≃ Z
である (先週の演習で準同型定理の応用として示した). R/I が整域で
あるから, I は素イデアルである. 同様に, R/J ≃ Fp [X] が整域である
から, J も素イデアルである. 一方で, R/I, R/J はいずれも体でない
ので, I, J は極大イデアルではない. I + J = (X, p) による剰余環は,
Fp と同型である. よって, I + J は I, J をともに含む極大イデアルで
ある.
(2) 体 K 上の n 変数多項式環 R = K[X1 , . . . Xn ] を考える. R は整域であ
る. このとき, Ik = (X1 , . . . , Xk ) (k = 1, . . . , n) とすると, k ≤ n − 1
ならば R/Ik ≃ K[Xk+1 , . . . , Xn ] であり, Ik は極大イデアルでない素
イデアルである. In は極大イデアルであり, R/In ≃ K である.
すぐ後で, 極大イデアルの存在定理 (定理 5.11) を述べたい. そのために,
Zorn の補題を思い出す.
Zorn の補題 帰納的順序集合 Λ は必ず極大元をもつ.
但し, 部分順序が入った集合 Λ で, 全ての全順序部分集合 Λ′ ⊂ Λ が上界を持
つとき Λ は帰納的順序集合であるという. Zorn の補題は, 実際には公理であ
り選択公理と同値である.
定理 5.11 (永尾 例題 23.7). R を可換環, H を H ( R なる R のイデアルと
する. このとき, H を含む R の極大イデアル M が存在する.
証明. 集合 I を
I = {R のイデアル I ⊂ R | H ( I ( R}
で与える. 集合 I と全単射を持つ集合 Λ を I の添字集合としてとり, I = {Iλ }λ
と書く. Λ における (部分) 順序を
定義
λ < λ′ ⇐⇒ Iλ ⊂ Iλ′
7最高次の係数が 1 である多項式をモニック多項式という
8f = gh (g, h は共に次数が 1 以上) と書ける多項式を可約多項式, そうでない多項式を既
約多項式という.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
14
で与える. I が帰納的順序集合であることを示したい. Λ の勝手な全順序部分
集合 Λ′ をとり, J ⊂ I を J = {Iλ }λ∈Λ′ で定める. J が上界を持つことを示
すために J = ∪ ′ Iλ とおく.
λ∈Λ
まず, J がイデアルであることを示そう. ∀a, b ∈ J, ∀r ∈ R をとる. a ∈ Iµ
なる µ ∈ Λ′ , b ∈ Iν なる ν ∈ Λ′ がある. Λ′ が全順序集合であるという仮定よ
り, µ < ν 又は µ > ν が成り立つので一般性を失わずに, µ < ν としてよい. つ
まり, a, b ∈ Iν である. Iν はイデアルであるので, a + b ∈ Iν ⊂ J, ra ∈ Iν ⊂ J
であるから, J はイデアルの条件 (I1), (I2) をみたす. J は H を含むイデアル
である.
また, ∀Iλ ∈ J に対して Iλ ( R であるから, 1R ̸∈ Iλ となる9. よって,
1R ̸∈ J となるので, H ⊂ J ( R となり, J ∈ I が示された. 構成より, ∀λ ∈ Λ′
に対して Iλ ⊂ J であるから, J は J の上界を与える.
勝手な全順序部分集合 J ⊂ I が上界を持つので, I は帰納的順序集合で
あることがわかった. Zorn の補題より I は極大元 M ∈ I を持つ. つまり,
H ⊂ M ( R なる極大イデアル M の存在が示された.
6. 環の直和
この節からは, 再び非可換環も含む一般の環を考える.
定義 6.1. R1 , R2 , . . . , Rn を環とする. 直積集合
R := R1 × R2 × · · · × Rn = {(a1 , a2 , · · · , an ) | ai ∈ Ri (i = 1, . . . , n)}
に,
加法 : (a1 , a2 , . . . , an ) + (b1 , b2 , . . . , bn ) = (a1 + b1 , . . . , an + bn ).
乗法 : (a1 , a2 , . . . , an )(b1 , b2 , . . . , bn ) = (a1 b1 , . . . , an bn ).
を定め, 1R = (1R1 , . . . , 1Rn ), 0R = (0R1 , . . . , 0Rn ) とおく. このとき,これ
らの演算が成分ごとに定義されていることから,容易に R が環の公理 (R1),
(R2), (R3), (R4) がわかる. この環 R を R1 , R2 , . . . , Rn の直和 (direct sum)
とよび,記号 R = R1 ⊕ R2 ⊕ · · · ⊕ Rn で表す.
定義 6.2. R を可換環, I, J を R のイデアルとするとき, I + J = R がみたさ
れるならば,I と J は互いに素 (relatively prime) であるという.
例 6.3. R = Z とすると, I = (m), J = (n) が互いに素であるための必要十分
条件は (m, n) = 1 となることである.
定理 6.4 (中国式剰余定理, 永尾 定理 24.1). R を可換環, I1 , . . . , In はどの二
つも互いに素である R のイデアルとする. このとき, 勝手に選んだ R の n 個
の元 a1 , a2 , . . . , an に対して,
x ≡ ai mod Ii (1 ≤ ∀i ≤ n)
をみたす元 x ∈ R が存在する.
910/10 のノート又は永尾 問 21.2 を参照
2013年度代数学2(環論)講義ノート
15
証明. まず, n = 2 の場合に示す. I1 + I2 = R の仮定から, c1 + c2 = 1R とな
る c1 ∈ I1 , c2 ∈ I2 がある. 勝手に与えられた a1 , a2 ∈ R に対して
x = a1 c2 + a2 c1
とおく.
x ≡ a1 c2 ≡ a1 (c1 + c2 ) ≡ a1 · 1R = a1 mod I1
が成り立つ. 全く同様に, x ≡ c2 mod I2 も従う. よって, n = 2 の場合は示
せた.
n > 2 とする.
(Step 1) 今, 1 ≤ j ≤ n なる勝手な j に対して, Ij と I1 · · · Iˇj · · · In は互いに
素である. (Iˇj は Ij だけ抜くことを意味する)
実際, 一般性を失わずに, j = 1 としてよい. 2 ≤ k ≤ n なる勝手な k に対して,
(k)
(k)
I1 + Ik = R となる仮定より, c1 ∈ I1 と ck ∈ Ik が存在して, c1 + ck = 1R
となる.
(2)
(n)
1R = (c1 + c2 ) · · · (c1 + cn ) = c + c2 · · · cn
と分解すると, c ∈ I1 である. かくして, I1 + I2 · · · In = R である.
(Step 2) 1 ≤ j ≤ n なる勝手な j に対して, xj ≡ 1 mod Ij , i ̸= j ならば
xj ≡ 0 mod Ii となる xj ∈ R が存在する.
実際, j を固定したとき, I = Ij と J = I1 · · · Iˇj · · · In とすると, (Step 1) の結
果で I と J は互いに素である. n = 2 のときの結果より, xj ≡ 1R mod I かつ
xj ≡ 0R mod J となる xj ∈ R が存在する.
(Step 3) 勝手に与えられた a1 , . . . , an に対して x = a1 x1 + · · · an xn とすれ
ばこれが求める x である.
定理 6.5 (永尾 定理 24.2). R を可換環,I1 , . . . , In をどの二つも互いに素な
R のイデアルとする. このとき
R/ ∩nj=1 Ij ≃ R/I1 ⊕ R/I2 ⊕ · · · ⊕ R/In
となる.
証明. 中国式剰余定理より, 環準同型
f : R −→ R/I1 ⊕ R/I2 ⊕ · · · ⊕ R/In , x 7→ (x mod I1 , . . . , x mod In )
は全射である. よって, R/Kerf ≃ R/I1 ⊕ R/I2 ⊕ · · · ⊕ R/In を引き起こす.
x ∈ R が Kerf に入るための必要十分条件は, 任意の j で x ∈ Ij となることで
あるから, Kerf = ∩nj=1 Ij となる.
補題 6.6. 可換環 R のイデアル 11 , 12 , . . . , In のどの二つも互いに素であれば,
∩nj=1 Ij = I1 I2 · · · In となる
証明. n = 2 の場合を考える. I, J を互いに素な R の素イデアルとするとき,
I ∩ J = IJ を示す. IJ ⊂ I ∩ J は明らかであるから逆の包含関係を示す.
I + J = R より, a + b = 1R となる a ∈ I, b ∈ J がある. ∀x ∈ I ∩ J に対して
x = x · 1R = xa + xb であるので, x ∈ J より xa ∈ IJ, x ∈ I より xb ∈ IJ と
なる. よって, I ∩ J ⊂ IJ が従う.
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2013年度代数学2(環論)講義ノート
次に n > 2 の場合を考える. 上の中国式剰余定理の証明の (Step 1) より,
I1 · · · In−1 と In は互いに素である. よって, n = 2 の場合の証明から
I1 · · · In = (I1 · · · In−1 )In = (I1 · · · In−1 ) ∩ In
である. 一方で, 帰納法の仮定より, I1 · · · In−1 = I1 ∩ · · · ∩ In−1 である. よっ
て, I1 · · · In = I1 ∩ · · · ∩ In が示された.
mj
mn
1
例 6.7. a を自然数, a = pm
1 · · · pn を素因数分解とする. Ij = pj
I1 , . . . In はどの二つも互いに素なイデアルであるから,
とすると,
m
Z/(a) = Z/I1 · · · In ≃ Z/I1 ∩ · · · ∩ In ≃ ⊕nj=1 Z/Ij = ⊕nj=1 Z/(pj j )
となる. (最初の同型は補題 6.6 より従い, 次の同型は中国式剰余定理 (定理
6.4) より従う)
7. 商環と局所化
整数環 Z を拡張して分数を考えると, 有理数体 Q が得られる. 一般の環 R
に対しても「分数を考える」操作を考えるのがこの節の課題である.
定義 7.1. 可換環 R の部分集合 S が次の条件
(M1) a, b ∈ S ならば ab ∈ S.
(M2) 1R ∈ S, 0R ̸∈ S.
をみたすとき, S は R の乗法的部分集合 (multiplicative subset) または
積閉集合であるという.
次の補題は定義からただちに従う.
補題 7.2. S, S ′ をともに R の乗法的部分集合とするとき, S ∩ S ′ もまた乗法
的部分集合である.
例 7.3. R を可換環とする.
(1) P1 , · · · , Pn を R の素イデアルとするとき, S = R \ (P1 ∪ · · · ∪ Pn ) は
乗法的部分集合である. 実際, j = 1, · · · , n で Sj = R \ Pj とおくとき,
S = S = ∩nj=1 Sj であるから, 補題 7.2 より, 各 Sj が乗法的部分集合
であることを示せばよい. Pj が素イデアルより ab ∈ Pj ならば a ∈ Pj
又は b ∈ Pj となる. 対偶をとることで, Sj に対する条件 (M1) が従う.
Pj はイデアルであるから 0R ∈ Pj , 1R ̸∈ Pj であり, よって Sj に対す
る条件 (M2) が従う.
(2) S を R の非零因子全体の集合とすると S は乗法的部分集合である.
a, b が非零因子とする. もし, ab が零因子とすると c ̸= 0 が存在して
abc = 0R となる. b が非零因子より, bc ̸= 0R である. a(bc) = 0R と
なるので a が非零因子であることに矛盾する. よって, S に対する条
件 (M1) が従う. また, 0R は零因子より 0R ̸∈ S, 1R は非零因子より,
1R ∈ S となる. かくして, S に対する条件 (M1) が従う.
定義 7.4. R を可換環, S を乗法的部分集合とする.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
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(1) 直積集合 R × S における同値関係 ∼ を
(a, s) ∼ (a′ , s′ ) ⇔ t ∈ S が存在して, (as′ − a′ s)t = 0R
で定める. 同値類の集合を S −1 R, (a, s) ∈ R × S を含む同値類を a/s
と記す.
(2) 1S −1 R = (1R , 1R ), 0S −1 R = (0R , 1R ) とおく.
(3) S −1 R における加法「+」と乗法「·」を
a/s + a′ /s′ = (as′ + a′ s)/ss′
(a/s) · (a′ /s′ ) = aa′ /ss′
で定める.
命題 7.5. R を可換環, S を乗法的部分集合とする.
(1) S −1 R は, 乗法の単位元を 1S −1 R , 加法の単位元を 0S −1 R に持つ可換環
となる.
(2) a ∈ R に対して, φS (a) = a/1R = (a, 1R ) と定めることで, 自然な環
準同型 φS : R −→ S −1 R が得られる.
証明. 確かめるべきことを箇条書きにしておく.
(1) 上の関係 (a, s) ∼ (a′ , s′ ) は同値関係である.
(2) 加法と乗法は同値類の代表系によらず well-defined である.
(3) S −1 R は, 環の条件 (R1) から (R4) をみたす.
これらは比較的今までの議論の範疇であるので, 全部は確かめない.
(1) に関しては, 推移律のみ確かめる. (a, s) ∼ (a′ , s′ ), (a′ , s′ ) ∼ (a′′ , s′′ ) が
成り立つとする. 定義より t, u ∈ S が存在して,
(as′ − a′ s)t = 0R ,
(a′ s′′ − a′′ s′ )u = 0R
となる.
(上式の左辺) × s′′ u + (下式の左辺) × st = as′ ts′′ u − a′′ s′ ust = (as′′ − a′′ s)s′ tu
である. s′ tu ∈ S で (as′′ − a′′ s)s′ tu = 0 であるから (a, s) ∼ (a′′ , s′′ ) が導か
れた.
(2) に関しては加法が well-defined であることを示す. (a1 , s1 ) ∼ (a2 , s2 ),
′
(a1 , s′1 ) ∼ (a′2 , s′2 ) のとき, a1 /s1 + a′1 /s′1 = a2 /s2 + a′2 /s′2 であることを示す.
加法の定義より,
(a1 s′1 + a′1 s1 )/s1 s′1 ∼ (a2 s′2 + a′2 s2 )/s2 s′2
を言えばよい. 定義より t, t′ ∈ S が存在して, (a1 s′1 − a′1 s1 )t = 0R , (a2 s′2 −
a′2 s2 )t′ = 0R となるから
(
)
(a1 s′1 + a′1 s1 )s2 s′2 − (a2 s′2 + a′2 s2 )s1 s′1 tt′ = 0
となる. かくして, 加法は well-defined である. 乗法が well-defined であるこ
とも同様に示せる (永尾 問 25.3 及びその解答を参照).
(3) については, 特に加法や乗法の結合法則や分配法則を確かめればよいが, 省
略する (永尾 問 25.4 及びその解答を参照).
18
2013年度代数学2(環論)講義ノート
s ∈ S のとき φS (s) = s/1R は単数になる. 実際, s/1R · 1R /s = s/s =
1R /1R = 1S −1 R である.
定義 7.6.
(1) 上で得られた可換環 S −1 R を可換環 R の乗法的部分集合 S
による商環 (quotient ring) とよぶ.
(2) 特に, S として全ての非零因子からなる乗法的部分集合をとるときの
商環 S −1 R を R の全商環 (total quotient ring) とよぶ.
(3) R が整域のときには, 上の注意より R の全商環は体となる. 商体 (quotient field) または分数体 (field of fractions) とよぶ.
注意 7.7. R を可換環, S ⊂ R を乗法的部分集合とする.
(1) S が零因子を含まないとき, φS : R −→ S −1 R, a 7→ a/1R は単
射準同型である. 実際, a/1R = a′ /1R となるための必要十分条件は
t(a − a′ ) = 0R となる t ∈ S が存在することであるが, 仮定よりこれは
a = a′ を意味する. 特に, R は常に全商環の部分環とみなすことがで
きる.
(2) S が零因子を含むとき, φS : R −→ S −1 R, a 7→ a/1R は必ずしも単
射とは限らない. R = R1 ⊕ R2 , S = {1R } ∪ {(0R1 , u) ∈ R1 × R2 | u ∈
U (R1 )} とすると, S −1 R ≃ R2 である. (n = 2, R1 = R2 = Z なる特
別な場合に 10/31 の演習の大問 IV の (2) でやった. 10/31 の演習の解
答を参照のこと)
例 7.8.
(1) R = Z のときには, R の分数体は Q と同型である.
(2) K を体とする. R = K[X1 , . . . , Xn ] のときは, R の分数体は有理式の
なす体
K(X1 , . . . , Xn ) := {f /g | f, g ∈ R, g ̸= 0}
と同型である.
(3) R1 , . . . , Rn を整域, K1 , . . . , Kn をその商体とする. このとき, R = R1 ⊕
· · · Rn の全商環は K1 ⊕ · · · ⊕ Kn と同型である. (n = 2, R1 = R2 = Z
なる特別な場合に 10/31 の演習の大問 IV の (1) でやった. 10/31 の演
習の解答を参照のこと)
定理 7.9 (商環の普遍性 (universality), 永尾 定理 25.7). R を可換環, S を R
の乗法的部分集合とする. このとき, 任意の s ∈ S で f (s) ∈ (R′ )× となる可
換環の準同型 f : R −→ R′ があるごとに, g ◦ φS = f となる一意的な環準同
型 g : S −1 R −→ R′ が存在する.
証明に関しては教科書を参照のこと.
以前やった定理 5.11(永尾 例題 23.7) によって, 可換環 R は必ず極大イデア
ルを持つ.
定義 7.10. 可換環 R の極大イデアルが唯一つのとき, R は局所環 (local ring)
とよばれる.
例 7.11. p を素数とする.
(1) Q の部分環 Z(p)
Z(p) = {
a
∈ Q | a, b は整数で (b, p) = 1 }
b
2013年度代数学2(環論)講義ノート
19
は, 局所環である. p で生成される Z(p) の単項イデアルが唯一の素イ
デアルである (10/17 の演習問題 IV とその解答を参照).
(2) 勝手な自然数 n で, 剰余環 Z/(pn ) は局所環である. p の Z/(pn ) にお
ける像を p と記すとき, p で生成される Z/(pn ) の単項イデアルが唯一
の素イデアルである (10/10 の演習問題 III とその解答を参照).
命題 7.12 (永尾 例題 25.11). 可換環 R に対して次の2条件は同値である.
(1) R は局所環である.
(2) R \ R× は R のイデアルである.
証明. (1) ⇒ (2) M を R の極大イデアルとする. M ( R より, M は可逆元を
含まない. よって, M ⊂ R \ R× である. 今, M ( R \ R× であると仮定し,
a ̸∈ M なる可逆元をとる. 定理 5.11(例題 23.7) によって任意の非自明なイデ
アルはある極大イデアルに含まれるので, 単項イデアル (a) ( R を含む極大
イデアル M ′ が存在する. R が局所環であることより, M = M ′ でなければな
らないので, a ∈ M となり矛盾する.
(2) ⇒ (1) M := R \ R× が R のイデアルだったとする. 任意のイデアル I ( R
は可逆元を含まないので, I ⊂ M となるので M は唯一の極大イデアルとな
る.
上の命題 7.12 より, 次が従う.
命題 7.13 (永尾 例題 25.11). R を可換環, P を R の素イデアルとする. この
とき, 乗法的部分集合 S = R \ P による商環 S −1 R は, φS (P )S −1 R を極大イ
デアルとする局所環である.
定義 7.14. R を可換環, P を R の素イデアルとするとき, 乗法的部分集合
S = R \ P による商環 S −1 R を R の P における局所化 (localization) とよ
び, RP と記す.
局所環, 局所化の名前の由来は函数環の場合に顕著である. 複素平面 C 全
体で定義された正則函数のなす可換環
R = {f (z) | f (z) は ∀z ∈ C で正則 }
を考える. 実は, 一致の定理より R は整域である. 任意の a ∈ C において,
Ma = {f (z) ∈ R | f (a) = 0}
を考える. Ma は z = a を代入する全射準同型
R −→ C, f (z) 7→ f (a)
の核であり, C は体であることから, Ma は極大イデアルである. RMa は R の
拡大環であり,
RMa = {f (z)/g(z) | f (z), g(z) ∈ R, g(a) ̸= 0}
と書ける. つまり, RMa の各元 f (z)/g(z) は有理型函数であり, C 全体では定
義されないが, 「a の周りで局所的に定義される」ものたちである.
20
2013年度代数学2(環論)講義ノート
8. 一意分解環
本節では全般的に R は整域である.
定義 8.1. R を整域とする.
(1) a, b ∈ R に対して, a = bc となる c ∈ R が存在するとき, a は b の倍元
(multiple), b は a の約元 (divisor) であるという. これを記号で b|a
と記す. b|a かつ a|b であるとき, a と b は同伴であるという. これを記
号で a ≈ b と記す.
(2) a1 , . . . , an ∈ R とする. 全ての i で d|ai ならば d は a1 , . . . , an の公約
元 (common divisor) であるという. 全ての i で ai |m ならば m は
a1 , . . . , an の公倍元 (common multiple) であるという. a1 , . . . , an
の公約元のうち, (可除による大小関係を考えたとき10の) 最大元が存
在すれば, それを最大公約元 (greatest common divisor) とよび,
しばしば g.c.d. と略す. a1 , . . . , an の公倍元のうち, (可除による大小
関係を考えたときの) 最小元が存在すれば, それを最小公倍元 (least
common multiple) とよび, しばしば l.c.m. と略す.
例 8.2. R = Z のときは, 公約元, 公倍元は公約数, 公倍数に他ならない. 素因数
分解の一意性定理をみとめると, 勝手な整数 m, n に対して最大公約元, 最小公倍
k′
k′
元が存在することがわかる. m = ±pk11 · · · pks s , n = ±p11 · · · ps s (ki , ki′ ≥ 0, i =
1, . . . , s) をそれぞれの素因数分解として, li = min(ki , ki′ ), mi = max(ki , ki′ )
ms
1
とおくと, g.c.d.(m, n) = pl11 · · · plss , l.c.m.(m, n) = pm
1 · · · ps となる.
標準的な言葉遣いと比べて将来混乱しないように, 次の定義は敢えて教科
書と違う定義にする (教科書 p102 の中程の注意を参照のこと).
定義 8.3. 零でない元 a ∈ R \ R× が b, c ∈ R \ R× を用いて a = bc と書けな
いとき, a を既約元 (irreducible element) という. 零でない元 a ∈ R \ R×
が (a) が素イデアルとなるとき, a ∈ R を素元 (prime element) という.
命題 8.4. R を整域とするとき, 零でない元 a ∈ R \ R× が素元ならば, a は既
約元である.
証明. a = bc と書けたとき, b ∈ R× 又は c ∈ R× が成り立つことを示せばよ
い. (a) は素イデアルであるから, b ∈ (a) 又は c ∈ (a) が成り立つ. 一般性を失
わずに b ∈ (a) としてよい. よって, b = ad となる d ∈ R が存在する. a = bc
に b = ad を代入して, a = acd を得る. 移項して a(1R − cd) を得るが, R が整
域なので cd = 1R となる. よって c ∈ R× となり証明が終わる.
注意 8.5. 上で「素元 ⇒ 既約元」を示したが, 一般の整域 R では, 「既約元
⇒ 素元」は正しくない. (その反例については 11/7 の演習問題を参照のこと)
定義 8.6. 整域 R が次の2条件
(U1) 勝手な a ∈ R \ R× は, 既約元の積として a = p1 · · · pr と表せる.
(p1 , . . . , pr の中には同伴な既約元があってもよい)
10この大小関係における等号は互いに同伴を意味することに注意.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
21
(U2) a ∈ R \ R× の既約元の積による二通りの表示 a = p1 · · · pr , a =
q1 · · · qs を持つとき, r = s となり, (必要ならば)qi たちの順番を入れ
替えることで p1 ≈ q1 , . . . , pr ≈ qr が成り立つ (既約元分解の一意性).
をみたすとき, R は一意分解整域 (unique factorization domain) とよば
れる. 一意分解整域のことを, しばしば UFD と略記する.
命題 8.7. [永尾 例題 26.3] R が UFD であるとき, 零でない元 a ∈ R \ R× が
既約元であるための必要十分条件は a が素元になることである.
証明. a が素元ならば既約元であることは命題 8.4 で示したので, a が既約元
であると仮定して素元であることを示す. a|bc と表したとき, 既約元の一意性
より b = p1 · · · pr , c = pr+1 · · · ps と既約元に分解すると, 既約元 a は pi のう
ちのどれかと同伴である. よって, a|b 又は a|c の何れかが成り立つ. よって, a
は素元である.
例 8.8. K を体として, 1 変数多項式環 K[X] の部分環 R = K[X 2 , X 3 ] ⊂ K[X]
を考える. X 6 ∈ R は, X 6 = (X 2 )3 = (X 2 )3 と分解できるが, X 2 ∈ R, X 3 ∈ R
はどれも R の既約元である. よって既約元分解の一意性が成り立たないので,
R は UFD ではない.
定理 8.9. [永尾 定理 26.5] R が PID ならば R は UFD となる.
定理の証明のために次の補題を準備する.
補題 8.10. R が PID ならば勝手な既約元は素元になる.
証明. a ∈ R を既約元とする. a が素元でないとすると, b ̸∈ (a) かつ c ̸∈ (a)
で a = bc となる b, c ∈ R が存在する. 今, イデアル (a) + (b) を考える. R
は単項イデアル整域であるから, d ∈ R が存在して, (d) = (a) + (b) となる.
b ̸∈ (a) より (a) ( (d) である. よって, a = de となる e ∈ R \ R× がある. a
は既約元より d ∈ R× とならなければばらない. (a) + (b) = R であるから,
ax + by = 1 となる x, y ∈ R があるが, この両辺に c を掛けると acx + bcy = c
となる. a = bc であったから, acx + ay = c となり, c ∈ (a) が従う. これは最
初の仮定と矛盾するので証明が終わる.
定理 8.9 の証明. R が PID だったときに, UFD の条件 (U1), (U2) を確かめ
たい.
まず, (U1) を確かめる. a ∈ R\{0R } をとる. a ∈ R× ならば示すことはない
ので a ̸∈ R× とする. (a) ( R なので, (a) が素イデアルならば a は既約元なの
で示すことはない. よって, (a) は素イデアルでないとする. 以前示した定理よ
り (a) ( P1 なる極大イデアルが存在する. R は PID なので適当な素元 p1 ∈ R
によって P1 = (p1 ) となる. (a) ⊂ (p1 ) より p1 |a であるから, a1 = a/p1 ∈ R
とおく. (a) ( P1 より, (a) ( (a1 ) かつ a = p1 a1 となる. 同じ議論によって帰
納的に an−1 = pn an となる素元 pn を見つけていく. 十分大きな n で an ∈ R×
となれば, a = p1 · · · pn となり, (U1) が従う. 今, そうならないと仮定して矛
盾を導く. R が単項イデアル整域であるから ∪∞
i=1 (ai ) ( R も単項イデアルと
なる. その生成元を b とする. b ∈ ∪∞
(a
)
より
, 十分大きな n で b ∈ (an ) で
i=1 i
∞
なければならず, (b) = ∪i=1 (ai ) より, (b) = (an ) = (an+1 ) = · · · となる. こ
れは, (an ) ( (an+1 ) である仮定に矛盾する.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
22
次に (U2) を示す.
a = p1 p2 · · · pr = q1 q2 · · · qs (p1 , . . . , pr , q1 , . . . , qs は既約元)
と二通りの既約元分解が与えられたとする. このとき, max(r, s) に関する
数学的帰納法によって, r = s かつ適当に順番を並べ替えることで pi ≈ qi
(i = 1, . . . r) となることを言いたい. q1 |p1 · p2 · · · pr より, p1 p2 · · · pr ∈ (q1 ) と
なる. 命題 8.7 より q1 は素元であるから, p1 , p2 , . . . , pr のいずれかは (q1 ) に
入る. 一般性を失わずに p1 ∈ q1 であるとしてよい. p1 も既約元であるから,
p1 ≈ q1 となる. 適当な可逆元 u ∈ R× によって p1 を up1 で置き換えること
により, p1 = q1 としてよいので,
p1 (p2 · · · pr ) = p1 (q2 · · · qs )
となる. R は整域であるから p2 · · · pr = q2 · · · qs となり数学的帰納法の仮定か
ら証明が終わる. 次の定理は証明は省き結果だけを紹介する.
定理 8.11 (永尾 定理 26.13). R が UFD ならば R[X] も UFD である.
最後に, 上の結果により
R がユークリッド環 ⇒ R が PID ⇒ R が UFD
なる関係があることを注意しておく. 一般の PID は必ずしもユークリッド環
ではない. 例えば, 次の例がある.
例 8.12. m を平方因子を持たない整数とするとき,
{ √
Z[ m]
m ≡ 2, 3 mod 4
√
Rm =
1+ m
Z[ 2 ] m ≡ 1 mod 4
とおく11. 証明はせず, 単に事実の紹介になるが, 次の事が知られている.
(1) Rm がユークリッド環になるような m は有限個であることが知られて
おり,
m = −11, −7, −3, −2, −1, 2, 3, 5, 6, 7, 11, 13, 17, 19, 21, 29, 33, 37, 41, 57, 73
のみである.
(2) 平方因子を持たない整数 m < 0 に対しては, Rm が PID になるのは,
m = −1, −2, −3, −7, −11, −19, −43, −67, −163
の 9 個であることが知られている (Baker, Heegner-Stark の定理).
(3) 平方因子を持たない整数 m > 0 に対しては, Rm が PID になるものが
無限個あると予想されているが未解決である (Gauss 予想).
一般の UFD は必ずしも PID ではない. 例えば, 次の例がある.
例 8.13. K を体とすると, 定理 8.11 によって R = K[X1 , . . . , Xn ] は勝手な n
で UFD である. 一方で, PID になるのは n = 1 のときのみである.
11初等整数論における 2 次体の話を知っていれば, R は 2 次体の整数環として自然な定義
m
であることがわかる.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
23
9. R-加群
定義 9.1. R を環,M をアーベル群とする,作用 al : R × M −→ M (resp.
ar : M × R −→ M ) が与えられているとして, (r, m) ∈ R × M の f による
像 (resp. (m, r) ∈ M × R の ar による像) を mr とかく. 勝手な m, m′ ∈ M
と勝手な r, r′ ∈ R に対して次の条件をみたされるとき, M は R-左加群 (left
R-module) (resp. R-右加群 (right R-module)) であるという:
(RM1)
(RM2)
(RM3)
(RM4)
r(m + m′ ) = rm + rm′ (resp. (m + m′ )r = mr + m′ r),
(r + r′ )m = rm + r′ m (resp. m(r + r′ ) = mr + mr′ ),
(rr′ )m = r(r′ m) (resp. m(rr′ ) = (mr)r′ ),
1R m = m (resp. m1R = m)
M が R-左加群かつ R-右加群であるとき M を R-両側加群であるという. ま
た, R が可換ならば rm = mr と定義する. このとき, 左加群と右加群の区別
はないので単に R-加群 (R-module) という.
注意 9.2.
(1) 任意のアーベル群 M は自然に Z-加群である.
(2) M を R-左加群 (resp. R-右加群) とする. このとき, f : R′ −→ R が
環準同型ならば, r ∈ R′ に対して
rm := f (r)m (resp. mr = mf (r) r ∈ R′ )
と作用を定めることで, M は左 R′ -加群 (resp. 右 R′ -加群) とみなせ
る. (各自, 条件 (RM1) から (RM4) をチェックすること)
(3) K が体のとき, M が K-加群であることは M が K ベクトル空間であ
ることに他ならない.
定義 9.3.
(1) M が R-左加群 (resp. R-右加群), N が M の部分アーベル
群であって, 勝手な r ∈ R, n ∈ N に対して,
rn ∈ N (resp. nr ∈ N )
が成り立つとき, N を M の R-部分加群 (R-submodule) という.
(2) M , M ′ をともに R-左加群 (resp. R-右加群), f : M −→ M ′ をアー
ベル群の準同型とする. このとき, 勝手な r ∈ R, m ∈ M に対して,
f (rm) = rf (m) (resp. f (mr) = f (m)r)
が成り立つとき, f を R-準同型 (R-homomorphism) であるという.
注意 9.4.
(1) R を環とする. I が R の左イデアル (右イデアル) ならば, I
は R の部分 R-加群である.
逆に, R を R-左加群 (resp. R-右加群) とみたときの R の部分 R-加
群 I は R の左イデアル (resp. 右イデアル) である.
(2) f : M −→ N が R-左加群 (resp. R-右加群) の R-準同型
(3) M を R-左加群 (resp. R-右加群), N を M の部分 R-加群, とすると商
R-加群 M/N が考えられる.
定義 9.5. M を R-左加群 (resp. R-右加群) として, 部分集合 U ⊂ M を考
える.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
24
(1)
n
∑
i=1
ri ui (resp.
n
∑
ui ri ) (ri ∈ R, ui ∈ U )
i=1
の形の元全体を ⟨U ⟩ と書くと, ⟨U ⟩ は M の R-部分加群となる. ⟨U ⟩
は U で生成される R-部分加群とよばれる. ある有限集合 U によって
M = ⟨U ⟩ となるとき M は有限生成 (finitely generated) な R-加群
であるという.
(2) U の中の勝手な有限個の元 u1 , . . . , un ∈ U に対して,
r1 u 1 + . . . + rn u n = 0 ⇒ r1 = · · · = r n = 0
が成り立つとき, U は R 上線型独立 (linearly independent) であ
るという. U が線型独立でないとき, U は R 上線型従属 (linearly
dependent) であるという.
注意 9.6. 上の定義の線型独立性の条件 (2) は以下の条件 (2)′ と同値である.
(2)′ U の中の勝手な有限個の元 u1 , . . . , un ∈ U に対して,
r1 u1 + . . . + rn un = r1′ u1 + . . . + rn′ un ⇒ r1 = r1′ . . . = rn = rn′
が成り立つとき, U は R 上線型独立 (linearly independent) である
という.
定義 9.7. M を R-左加群 (resp. R-右加群) とする. M が R 上線型独立な部
分集合 U ⊂ M によって生成されるとき, M は R-自由加群 (free module
over R) とよび, U を M の基 (basis) という. また, 集合 U の濃度を M の階
数 (rank) という12.
この節では, 以後, 簡単のため左加群のみを扱う. 定義や主張は右加群や両
側加群の場合も同様である.
定義 9.8. R を環, M を零でない R-左加群とする.
(1) M が一つの元で生成されるとき, M を巡回加群 (cyclic module) と
いう.
(2) u ∈ M に対して, f : R −→ Ru, r 7→ ru は R-全射準同型で,
Kerf = {r ∈ R | ru = 0}
は R の左イデアルである. Kerf を u の零化イデアル (annihilation
ideal) とよび, Ann u と記す.
(3) M が M と 0 以外に R-部分加群をもたないとき,M は単純 (simple),
あるいは既約 (irreducible) であるという.
例 9.9. p を素数, n を自然数として, Z-M = Z/(pn ) を考える. M は巡回加
群であり, 単純加群となるための必要十分条件は n = 1 となることである. ま
た, u = pm (m ≤ n) とするとき, Annu = (pn−m ) である.
12もちろん, well-defined であるためには, U の取り方によらないことを言わなければなら
ない.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
25
注意 9.10.
(1) 左 R-加群 M が単純ならば M は R-巡回加群である. 実際,
勝手な R-左加群 M , 勝手な元 u ∈ M に対して,Ru ⊂ M は M の左
R 部分加群となる. よって, M が R-単純加群であり, 0 ̸= u ∈ M なら
ば Ru = M となる. 即ち, M は u で生成される R-巡回加群である.
(2) R-左加群 M に対して, 次の一対一対応がある:
{R-左巡回加群 M }/ ∼ ←→ {R の左イデアル I}.
同型
左から右への対応 M −→ IM は, M の生成元 u によって, IM = Annu
ととればよい. 右から左への対応 I −→ MI は MI = R/I とすればよ
い. これらの対応は互いに逆対応である. 特に, 同型 M ∼ R/IM が
ある.
上の対応を単純加群に制限すると, 次の一対一対応もある:
{R-左単純加群 M }/ ∼ ←→ {R の左極大イデアル I}.
同型
例 9.11.
(1) Z-加群 M が単純加群ならば, ある素数 p があって, M ≃ Fp
となる.
(2) Z-加群 M = Z/(m) ⊕ Z/(n) を考えると M が巡回加群となるため
の必要十分条件は (m, n) = 1 となることである (中国式剰余定理).
(m, n) = 1 ならば M ≃ Z/(mn) である.
定義 9.12. R を環, M を R-左加群とする. {Mλ }λ∈Λ を M の R-左部分加群
の族とする.
∑
) と有限和で表される
(1) M の勝手な元 m が m = ni=1 mλi (mλi ∈ Mλi ∑
とき, M は {Mλ }λ∈Λ の和であるといい, M =
Mλ と記す. また,
λ∈Λ
Λ が有限集合ならば, M = Mλ1 + · · · + Mλn と記すこともある.
(2) また M の勝手な元 m が上の形に一意的に表されるとき,M は {Mλ }λ∈Λ
の直和であるといい, M = ⊕λ∈Λ Mλ と記す. また, Λ が有限集合なら
ば, M = Mλ1 ⊕ · · · ⊕ Mλn と記すこともある.
定義 9.13. 環 R と有限個の R-左加群 M1 , . . . , Mn と R-準同型 fi : Mi −→
Mi+1 (i = 1, . . . , n − 1) の列において, Imfi = Kerfi+1 (i = 1, . . . , n − 1) が
成り立つとき完全系列 (exact sequence) という. しばしば,
fn−1
f1
M1 −→ M2 −→ · · · −→ Mn−1 −→ Mn (exact)
と記す. 特に, n = 5 で M1 = M5 = 0 の場合, つまり
p
0 −→ M ′ −→ M −→ M ′′ −→ 0 (exact)
i
を短完全列 (short exact sequence) という.
注意 9.14.
(1) 短完全列を繋げると長い完全系列が作られる. 例えば,
f1
g
0 −→ M1 −→ M2 −→ N −→ 0 (exact)
0 −→ N ′ −→ M3 −→ M4 −→ 0 (exact)
i
3
2013年度代数学2(環論)講義ノート
26
と, R-同型 h : N −→ N ′ があれば, f2 = i ◦ h ◦ g とおくことで,
f1
f2
f4
0 −→ M1 −→ M2 −→ M3 −→ M4 −→ 0 (exact)
が得られる. さらにこの操作を続ければ, 短完全列を一つ繋げるごと
に完全系列の長さを一つ増やすことができる.
(2) 逆に, 長い完全系列
fn−1
f1
M1 −→ M2 −→ · · · −→ Mn−1 −→ Mn (exact)
があるときに,
0 −→ Kerf1 −→M1 −→Imf1 −→ 0 (exact)
0 −→ Imf1 −→M2 −→Imf2 −→ 0 (exact)
····································
0 −→ Imfn−1 −→Mn −→Mn /Imfn−1 −→ 0 (exact)
と分解できる. (つまり, これらの短完全列を (1) のように繋げれば元
の長い完全系列が得られる)
上の様に短完全列は一般の完全列を組み立てる「最小のユニット」のよう
なものとも思える.
命題 9.15. R-左加群の短完全系列
p
0 −→ M ′ −→ M −→ M ′′ −→ 0
i
に対して次は同値である.
(1)
(2)
(3)
(4)
R-準同型 q
R-準同型 q
R-準同型 j
R-準同型 j
:
:
:
:
M ′′ −→ M が存在して, p ◦ q = IdM ′′ となる.
M ′′ −→ M が存在して, M = Imi ⊕ Imq となる.
M −→ M ′ が存在して, j ◦ i = IdM ′ となる.
M −→ M ′ が存在して, M = Kerp ⊕ Kerj となる.
証明. (1) ⇒ (2) を示す.
x ∈ Imi ∩ Imq とする. よって, x = q(y) となる y ∈ M ′′ がある. 今, x ∈ Imi
であり, また, 完全列であることから Imi = Kerp である. よって, p(x) = 0 で
ある. 一方で, p ◦ q = IdM ′′ であるから, p(x) = p ◦ q(y) = y である. よって
y = 0 となり, x = q(y) = 0 もわかる. 以上で Imi ∩ Imq = 0 が示された.
勝手な x ∈ M をとり, y = p(x) とおく.
p(x − q(y)) = p(x) − p ◦ q(y) = y − IdM ′′ (y) = 0
より, x − q(y) ∈ Kerp となる. 完全系列であることより Kerp = Imi なので,
x ∈ Imi + Imq となる.
以上で (1) から (2) が従うことが示された.
(2) ⇒ (1) を示す.
(2) の仮定より, M = Imi ⊕ Imq である.
i1 : Imi ,→ M, x 7→ (x, 0)
i2 : Imq ,→ M, x 7→ (0, x)
2013年度代数学2(環論)講義ノート
27
をそれぞれ自然な第一成分, 第二成分への埋め込み写像とし,
p1 : M Imi, (x1 , x2 ) 7→ x1
p2 : M Imq, (x1 , x2 ) 7→ x2
をそれぞれ自然な第一成分, 第二成分への射影写像とする. このとき, 短完全列
i
p2
1
0 −→ Imi −→
M −→ Imq −→ 0
がある. 次の可換図式を考える.
i
0 −−−−→ M ′ −−−−→


iy
i
p
M −−−−→ M ′′ −−−−→ 0
p2
0 −−−−→ Imi −−−1−→ M −−−−→ Imq −−−−→ 0
上の列に着目すると準同型定理より R-同型 f : M/Imi −→ M ′′ が引き起こさ
れる. 下の列に着目すると準同型定理より R-同型 g : M/Imi1 −→ Imq が引
き起こされる. 右の縦の写像を g −1 ◦ f ととることで, 可換図式が得られる.
i
0 −−−−→ M ′ −−−−→


iy
i
p
M −−−−→ M ′′ −−−−→ 0

 −1
yg ◦f
p2
0 −−−−→ Imi −−−1−→ M −−−−→ Imq −−−−→ 0
定義より p2 ◦ i2 = IdImq である. よって, 上の図式の可換性より,
p ◦ q = ((g −1 ◦ f )−1 ◦ p2 ) ◦ (i2 ◦ (g −1 ◦ f )) = IdM ′′
となる.
以上で (2) から (1) が従うことが示された.
(1) ⇒ (3) を示す.
j を構成したい. x ∈ M に対して, j(x) = x − q ◦ p(x) と定めると,
p(j(x)) = p(x) − p ◦ q ◦ p(x) = p(x) − IdM ′′ (p(x)) = 0
となる. よって, j(x) ∈ Kerp = Imi となる. 準同型定理によって M ′ と単射準
同型 i の像 Imi を同一視することで, R-準同型 j : M −→ M ′ が構成された.
この j が性質 j ◦ i = IdM ′ をみたすこともすぐにわかる.
以上で (1) から (3) が従うことが示された.
(3) ⇒ (1) を示す.
q を構成したい. x ∈ M ′′ に対して, x の持ち上げ x
e ∈ M をとり, q(x) =
x
e − i ◦ j(e
x) とおく. x の別の持ち上げ x
e′ ∈ M を選ぶと x
e−x
e′ = i(y) となる
′
y ∈ M が存在する.
(e
x − i ◦ j(e
x)) − (e
x′ − i ◦ j(e
x′ )) = i(y) − i ◦ j ◦ i(y) = i(y) − i(IdM ′ (y)) = 0
となるので q : M ′′ −→ M は well-defined な R-準同型である. この q が性質
p ◦ q = IdM ′′ をみたすこともすぐにわかる.
以上で (1) から (3) が従うことが示された.
(2) ⇔ (1) ⇔ (3) までの証明が完了した. 唯一残された同値性 (3) ⇔ (4) は本
日 (11/21) の演習課題として午後に出題する.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
28
定義 9.16. 上の同値な条件が成り立つとき, 分裂 (split) するという.
例 9.17.
(1) R が体, M , N が有限生成な加群ならば, 勝手な完全系列は
分裂する. これは線型代数で学習した大事な事実である.
(2) 分裂しない短完全列の例としては, n を自然数としたときの短完全列
0 −→ Z/(n) −→ Z/(n2 ) −→ Z/(n) −→ 0
がある. もし分裂するとしたら上の命題より, Z/(n2 ) ≃ Z/(n) ⊕ Z/(n)
となるはずである. しかしながら, 右辺の元は全て n 倍で消えるのに,
左辺の 1 は n 倍しても消えない. よって, 分裂すると仮定すると矛盾
が生じる.
10. 自己準同型環
定義 10.1. R を環, M , N を R-左加群とする.
(1) このとき, R-準同型全体の集合 HomR (M, N ) に, f, g ∈ HomR (M, N )
の加法 + を
(f + g)(m) := f (m) + g(m) ∀m ∈ M
と定め, 単位元を零準同型とすることで, HomR (M, N ) はアーベル群
となる.
(2) 特に M = N のとき, f, g ∈ HomR (M, M ) の乗法 f · g を f ◦ g で定
め, 乗法の単位元を恒等写像とすることで, HomR (M, M ) は環になる.
HomR (M, M ) を自己準同型環とよび, しばしば EndR (M ) で記す.
定理 10.2 (シューアの補題 永尾 定理 27.12).
(1) M , N が R-左単純加
群であるとすると, f ∈ HomR (M, N ) は f ̸= 0 ならば R-同型写像と
なる.
(2) M が R-左単純のとき, EndR (M ) は斜体となる.
証明. (1) f は R-準同型なので Imf は N の R-部分加群である. f ̸= 0 より
0 ( Imf , また仮定より N は R-単純加群であるから, Imf = N となる. つま
り, f は全射である.
f は R-準同型なので Kerf は M の R-部分加群である. f ̸= 0 より Imf ( M ,
また仮定より M は R-単純加群であるから, Imf = 0 となる. つまり, f は単
射である.
(2) 零でない f ∈ EndR (M ) は全て可逆であるから, EndR (M ) が斜体になる
ことはただちにわかる.
例 10.3.
(1) R を可換環, M , N が階数が m, n の R-自由加群とする. M
の基 {u1 , . . . , um }, N の基 {v 1 , . . . , v n } を選ぶ. このとき, R-加群の
同型
HomR (M, N ) −→ Mn,m (R), f 7→ Af
がある. 対応は f ∈ HomR (M, N ) に対して
(f (u1 ), . . . , f (um )) = (v 1 , . . . , v n )Af
で与えられる.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
29
(2) R を可換環, M を R-単純加群とする. このとき, ある極大イデアル I
が存在して, M ≃ R/I となる.
EndR (M ) ≃ EndR (R/I) ≃ EndR/I (R/I) ≃ R/I
となる.
11. 多元環
定義 11.1.
(1) R を可換環, A を環とする. A が次の2条件:
(A1) A は R-加群である.
(A2) 勝手な a, b ∈ A, r ∈ R に対して (ra)b = a(rb) = r(ab) となる.
をみたすとき, A は R-多元環であるという.
(2) R-多元環 A が R-自由加群であるとき, A は R-自由 (R-free) である
という.
例 11.2. R を可換環とする. このとき, 以下の具体例がある.
(1) 本質的な例ではないが, R のイデアル I による剰余環 R/I は R-多元
環である. I ̸= 0 ならば, R/I は R-自由ではない.
(2) A = R[X] は {1, X, X 2 , . . . , X n , . . .} を基とする無限階数の R-自由加
群である. A は R-自由な R-多元環となる.
(3) A = Mn (R) とすると, A は階数 n2 の R-自由な R-多元環となる.
定義 11.3. A を階数 n の R-自由加群, {u1 , . . . , un } を R-加群としての基とす
る. このとき, ≤ i, j ≤ n なる勝手な自然数 i, j に対して, ui uj は {u1 , . . . , un }
たちの一意的な R-線型結合でかける. よって, A が R-多元環ならば,
ui uj =
n
∑
rijk uk
k=1
で係数 rijk ∈ R が一意に定まる. かくして, 定まる {rijk ∈ R}1≤i,j,k≤n を R多元環 A の基 {u1 , . . . , un } に関する構造定数とよぶ.
定義 11.3 の状況の下, 結合法則
(1)
(ui uj )uk = ui (uj uk )
を構造定数の条件に翻訳したい.
(1) の左辺 =
n ∑
n
∑
(
rijs rsjl )ul
l=1 s=1
かつ
(1) の右辺 =
n ∑
n
∑
(
ritl rjkt )ul
l=1 t=1
より, 条件は,
(S) 1 ≤ i, j, k, l ≤ n なる勝手な自然数 i, j, k, l に対して
n
∑
s=1
rijs rsjl =
n
∑
t=1
ritl rjkt
2013年度代数学2(環論)講義ノート
30
が成り立つ.
また, u1 が A の乗法の単位元ならば, u1 ui = ui が任意の i で成り立つので,
(I) 1 ≤ i, j ≤ n なる勝手な自然数 i, j に対して
r1jk = δj,k
が成り立つ.
命題 11.4. A を階数 n の R-自由加群となる R-多元環, {u1 , . . . , un } を A の
R-加群としての基とする. このとき, n3 個の定数 {rijk }1≤i,j,k≤n で (S), (I)
をみたすものがあれば, A は
(a1 u1 + · · · + an un ) · (b1 u1 + · · · + bn un ) =
n ∑
n
∑
ai bj
i=1 j=1
n
∑
rijk uk
k=1
で積が定めることで, A は u1 を乗法の単位元とし {rijk }1≤i,j,k≤n を構造定数
に持つ R-多元環となる.
定義 11.5. G = {g1 , . . . , gn } を g1 を単位元とする位数 n の有限群とする. こ
のとき, {g1 , . . . , gn } を基とする階数 n の R-自由加群 A は,
(a1 g1 + · · · + an gn ) · (b1 g1 + · · · + bn gn ) =
n ∑
n
∑
ai bj gi gj
i=1 j=1
で積が定まる R-多元環となる. しばしばこのような環を G の R 上の群環
(group algebra) とよび, 記号として R[G] で表す.
群環 R[G] が可換環になるための必要十分条件は G がアーベル群となること
である.
例 11.6. R を可換環, G が位数 n の巡回群であるとき群環 R[G] は R[X]/(X n −
1) と同型な環である. σ を G の生成元とするとき, R[G] は {1G , σ, . . . , σ n−1 }
を基とする階数 n の R-自由加群である.
R[G] −→ R[X]/(X n − 1)
を a0 1G + a1 σ + · · · + an−1 σ n−1 の像を a0 + a1 X + · · · + an−1 X n−1 と定める
ことで全単射な環準同型となる.
定義 11.7. 文字 {u1 = 1, u2 = i, u3 = j, u4 = k} で生成される 4 次元 R-ベ
クトル空間を H とおく. このとき,
i2 = j 2 = k 2 = −1, ij = −ji = k, jk = −kj = i, ki = −ik = j
とすることで, 構造定数の条件 (C), (I) がみたされる. よって, H は階数 4 の
R-多元環である.
x = a + bi + cj + dk ∈ H (a, b, c, d ∈ R) とするとき, x ̸= 0 ならば
y = a − bi − cj − dk とおくと, xy = yx = 1 となる. よって H は斜体となる.
H を Hamilton の四元数体とよぶ.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
31
12. ネータ一環とアルチン環
環の理論ではしばしば有限性, 有限生成性の条件が大事な役割を演じる. 有
限性の成り立つ環ではよい定理や命題が成り立つ.
定義 12.1. R を環, M を R-左加群とする.
(1) M の R-部分加群の任意の空でない集合 S に (包含関係に関して) 極大
(resp. 極小) なものが存在するとき, M はネーター加群 (resp. アル
チン加群) であるという.
(2) M の R-部分加群の任意の昇鎖列 (resp. 降鎖列):
M1 ⊂ M2 ⊂ · · · ⊂ Mi ⊂ · · ·
(resp. M1 ⊃ M2 ⊃ · · · ⊃ Mi ⊃ · · · )
に対して,ある n が存在して Mn = Mn+1 = · · · となるとき, M は昇
鎖律 (resp. 降鎖律) をみたすという.
命題 12.2. M がネーター加群 (resp. アルチン加群 ) であることと,昇鎖律
(resp. 降鎖律 ) をみたすこととは同値である.
証明. ネーター加群に関する記述のみを示す (アルチン加群の証明は包含関係
を逆にすればほぼ同様である).
R-加群 M がネーター加群であると仮定する.
M1 ⊂ M2 ⊂ · · · ⊂ Mi ⊂ · · ·
を R-部分加群の列とするとき, {Mi }i∈N には包含関係に関して極大元が存在
する. 極大元を Mn とすれば,
Mn = Mn+1 = · · ·
が成り立つので昇鎖律をみたす.
R-加群 M が昇鎖律をみたすと仮定する. 適当な添字集合 Λ で添字づけら
れる M の R-部分加群の集合 S = {Mλ }Λ を考える. ある Mλ1 ∈ S をとる.
それが極大元になっていれば証明が終わる. 極大元でない場合は Mλ1 ( Mλ2
となる Mλ2 ∈ S が存在する. この操作を帰納的に続けていくと M が昇鎖律
をみたすことより, 有限回のステップで S の極大元となる Mλn ∈ S が得られ
る.
例 12.3. R が体であるときには, R-加群 M はベクトル空間に他ならない. こ
のとき, 次は同値である:
(1) M はネーター R-加群である.
(2) M はアルチン R-加群である.
(3) M は有限次元の R-ベクトル空間である.
命題 12.4. [永尾 例題 29.3] R-加群の短完全列
p
0 −→ M ′ −→ M −→ M ′′ −→ 0
i
を考える. このとき, 次は同値である.
(1) M はネーター加群 (resp. アルチン加群 ) である.
(2) M ′ と M ′′ はネーター加群 (resp. アルチン加群 ) である.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
32
証明. 同様にネーター加群に関する記述のみを示す.
(1) ⇒ (2). M がネーター加群であると仮定する. このとき, M ′ と M ′′ が昇鎖
律をみたすことを言えばよい. M ′ の R-部分加群の昇鎖列
M1 ⊂ M2 ⊂ · · · ⊂ Mk ⊂ · · ·
は M の R-部分加群の昇鎖列
i(M1 ) ⊂ i(M2 ) ⊂ · · · ⊂ i(Mk ) ⊂ · · ·
を与える. M は昇鎖律をみたすので十分大きな n があって
i(Mn ) = i(Mn+1 ) = · · ·
が成り立つ. i は単射なので Mn = Mn+1 = · · · が成り立つ. よって, M ′ は昇
鎖律をみたしネーター加群となる. M ′′ の R-部分加群の昇鎖列
M1 ⊂ M2 ⊂ · · · ⊂ Mk ⊂ · · ·
は M の R-部分加群の昇鎖列
p−1 (M1 ) ⊂ p−1 (M2 ) ⊂ · · · ⊂ p−1 (Mk ) ⊂ · · ·
を与える. M は昇鎖律をみたすので十分大きな n があって
p−1 (Mn ) = p−1 (Mn+1 ) = · · ·
が成り立つ. p は全射なので Mn = Mn+1 = · · · が成り立つ. よって, M ′′ は昇
鎖律をみたしネーター加群となる.
(2) ⇒ (1). M ′ と M ′′ がネーター加群であると仮定する. M の R-部分加群
の昇鎖列
M1 ⊂ M2 ⊂ · · · ⊂ Mk ⊂ · · ·
は M ′′ の R-部分加群の昇鎖列
p(M1 ) ⊂ p(M2 ) ⊂ · · · ⊂ p(Mk ) ⊂ · · ·
を与える.
M′
と
M ′′
は昇鎖律をみたすので十分大きな n があって
Mn ∩ M ′ = Mn+1 ∩ M ′ = · · ·
p(Mn ) = p(Mn+1 ) = · · ·
が成り立つ. 今, 背理法で Mn = Mn+1 を示すために Mn ( Mn+1 と仮定し,
m ∈ Mn+1 \ Mn をとる. p(Mn ) = p(Mn+1 ) より, Mn + N = Mn+1 + M ′
となる. よって, x ∈ Mn , y ∈ M ′ が存在して m = x + y と書ける. y =
m − x ∈ Mn+1 ∩ M ′ であるが, Mn ∩ M ′ = Mn+1 ∩ M ′ が成立しているの
で, y = m − x ∈ Mn である. よって m = (m − x) + x ∈ Mn となるがこ
れは m の取り方に矛盾する. よって, Mn = Mn+1 が示された. 同様にして,
Mn = Mn+1 = Mn+2 = · · · がわかるので M がネーター加群であることの証
明が終わる.
定理 12.5 (永尾 定理 29.2). M について次の二つは同値である.
(1) M はネーター加群である.
(2) M の任意の R-部分加群は R-有限生成である.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
33
証明. (1) ⇒ (2). N を M の勝手な R-部分加群とする. N が R-有限生成であ
ることを示したい. 背理法で証明するために N が有限生成でなかったとする.
N の有限生成な R-部分加群の集合を S とする. N の R-部分加群は M の R部分加群でもあるので S は極大元 N0 が存在する. N0 は R-有限生成であるか
ら N0 ( N となる. x ∈ N \ N0 をとり, N1 = N0 + Rx とおくと N1 も R-有
限生成である. これは N0 が極大であることに矛盾する.
(2) ⇒ (1). M がネーター加群であることを示すには, M が昇鎖律をみたすこ
とを示せばよい. M の R-部分加群の昇鎖列
M1 ⊂ M2 ⊂ · · · ⊂ Mk ⊂ · · ·
∞
を考え, N = ∪i=1 Mi とおくと N は M の R-部分加群である. (2) の仮定より N
は R-有限生成である. {u1 , . . . , ur } を N の生成元の集合とする. u1 , . . . , ur ∈
Mn となるような十分大きな n をとる. このとき, N = Ru1 + . . . Rur ⊂ Mn
より Mn = Mn+1 = · · · となり証明が終わる.
定義 12.6. R を環とする. R を R-左加群とみなしたとき R が (ネーター加群)
(resp. アルチン加群) ならば,R は左ネーター環 (resp. アルチン環) である
という. R が可換環のときは単にネーター環 (Noetherian ring) (resp. ア
ルチン環 (Artin ring)) とよぶ.
例 12.7.
(1) R が体ならば R はネーター環でもありアルチン環でもある.
R が体ならば, M = R の R-部分加群は 0 と R のみであるから明らか
である.
(2) R が体でない PID ならばネーター環であるがアルチン環ではない (今
日の演習で出題する).
(3) R がアルチン環ならば R はネーター環である (今日の演習で R が可
換環のときに示す. 一般の場合も, 教科書の例題 31.18 で示される).
ネーター環でない例を挙げる.
例 12.8. K を体として, K の無限変数多項式環 R = K[X1 , X2 , · · · ] を考え
る. M = R の R-部分加群の昇鎖列
(X1 ) ⊂ (X1 , X2 ) ⊂ · · · ⊂ (X1 , . . . , Xk ) ⊂ · · ·
は昇鎖律をみたさないので無限変数の多項式環はネーター環ではない.
次のことは示さないが事実としてまとめておく (教科書の例題 29.8, 29.9,
29.10 を参照). 各自で示してみること.
(1) 環 R が左ネーター環 (resp. 左アルチン環) ならば R の勝手な剰余環
は左ネーター環 (resp. 左アルチン環) である.
(2) 環 R, R′ が左ネーター環 (resp. 左アルチン環) ならば R ⊕ R′ は左ネー
ター環 (resp. 左アルチン環) である.
(3) 可換環 R がネーター環 (resp. アルチン環) ならば, S を R の勝手な乗
法的部分集合とすると S −1 R はネーター環 (resp. アルチン環) である.
次の定理がある (時間の都合上, 今回は証明しない).
定理 12.9 (ヒルベルトの基 (底) 定理, 永尾 定理 29.11). 可換環 R がネーター
環ならば 1 変数多項式環 R[X] もネーター環である.
( 帰納的に r 変数多項式環 R[X1 , . . . Xr ] もネーター環であることも従う.)
34
2013年度代数学2(環論)講義ノート
13. 単項イデアル整域上の加群
この節の主定理は以下の定理である.
定理 13.1 (PID 上の有限生成加群の構造定理, 永尾 定理 30.5.). R を PID,
M を有限生成な R-加群とする. このとき, 次が成り立つ.
(1) M のねじれ元全体からなる R-部分加群を T (M ) と記すとき13, M か
ら一意的に定まる非負整数 r が存在して
M ≃ T (M ) ⊕ R⊕r
とかける.
(2) T (M ) ̸= 0 ならば, M から一意的に定まる自然数 s と各 i = 1, . . . , s−1
で ei |ei+1 となる単元でない R の元たち {e1 , . . . , es } が存在して
T (M ) ≃ R/(e1 ) ⊕ · · · ⊕ R/(es )
となる. また, イデアルの集合 {(e1 ), . . . , (es )} も M から一意に定まる.
注意 13.2. 「加法群 (アーベル群)」と「Z-加群」は同値な概念である. よっ
て以下のことに注意する.
(1) R = Z のとき, 「PID 上の有限生成加群の構造定理」はよく知られた
「有限生成アーベル群の構造定理」に他ならない.
(2) R = Z のとき, 「有限アーベル群」と「有限生成ねじれ Z-加群」は同
値な概念である.
PID 上の有限生成加群の構造定理を証明するために準備をする.
命題 13.3. [永尾 定理 30.8] R を PID として, 零でない A ∈ Mmn (R) を考え
る. このとき, P ∈ GLm (R) と Q ∈ GLn (R) が存在して,


d1
0


d2




..
P AQ = 

.




dq
0
0
と書ける. 但し, 各 i = 1, . . . , q − 1 で di |di+1 が成り立つとする. さらに, 与え
られた行列 A に対して自然数 q とイデアル {(d1 ), . . . , (dq )} は一意に定まる14.
定義 13.4. R を PID として, 零でない A ∈ Mmn (R) を考える. このとき, 命
題 13.3 で定まる自然数 q を A の階数 (rank) とよび, 組 (d1 , . . . , dq ) を A の単
因子 (elementary divisor) とよぶ.
注意 13.5.
(1) 「行や列を単数倍する」「ある行や列の定数倍を他の行や
列に加える」「行や列を入れ替える」という基本変形の操作は「基本
行列」という行列を掛ける操作で表せる. 一般に可換環 R 上の「基本
行列」は R-係数の可逆な正方行列(正則行列)である. 逆に, 例えば
係数 R が体のときには, 全ての正則行列は基本行列の積として表せる.
13T (M ) が M の R-部分加群であることは 11/14 の演習で示した.
14ここでは, 一時的に R もイデアルと考えていることに注意する
2013年度代数学2(環論)講義ノート
35
このことより, R が体のときには, 上の命題において「P ∈ GLm (R)
と Q ∈ GLn (R) が存在して · · · · · · と書ける」というくだりは「A に
行や列の基本変形を繰り返し行うことで · · · · · · と書ける」と書き直す
ことが出来る.
(2) 一般の環 R の場合は, R がユークリッド環の場合は勝手な A ∈ GLn (R)
は基本行列の積で表せることが知られているが, 一般には R が PID で
も勝手な A ∈√GLn (R) は基本行列の積で表せるとは限らない. 例え
ば, R = Z[ 1+ 2−19 ] は PID であるが, 勝手な A ∈ GLn (R) は基本行列
の積で表せない15.
(3) 以下の証明をみるとわかる通り, 証明におけるほとんどの操作では, 基
本変形に対応する基本行列を掛けている. 基本変形とは限らない正則
行列が必要なのは, 2 つの元同士を変換する 2 × 2 の行列を扱う一部の
議論のみである.
注意 13.6. 以下で与える証明には, 無限個の操作の中によいものがあること
などを主張しているステップも混じっており, 単因子を求める計算の実践には
役立たないものがある. そういう意味で, 単因子を求める理論的な「アルゴリ
ズム」があるかどうかが問題となる.
R がユークリッド環の場合には, ユークリッドノルムによる「大きさ」が
考えられるので, 「大きさ」による「全順序」を使うことでアルゴリズムと
なっている (つまり「原理的に実行可能」な) 証明を与えることが出来る. R
がユークリッド環のとき, 与えられた行列の単因子を求めるアルゴリズムを書
き下してみることはよい課題となるであろう. 時間がある人は取り組んで欲
しい.
注意 13.7. この節の主定理 (定理 13.1) の証明のためには, 命題 13.3 の記述
のうち一意性に関する部分は証明しなくても他の方法で定理 13.1 の一意性の
部分を正当化することができる.
命題 13.3 は, 教科書に証明も記載されているが, あまり具体的でなくわか
りにくいかもしれない. しかしながら, ユークリッド環でない一般の PID で
証明を書くのはかなり面倒である. よって, 以下の議論は本の流れとは根本的
に異なるが, なるべく初等的な16議論で丁寧に示したい.
命題 13.3 の ( 一意性以外の ) 証明. min(m, n) に関する数学的帰納法で証明す
る. min(m, n) = 1 のとき, つまり m 行 1 列または 1 行 n 列のときも自明では
ないが, 比較的明らかである. また, 後の議論17を読むとその場合を示す議論
は明らかになると思われるので, min(m, n) = 1 の詳しい議論は省略する.
以下, min(m, n) ≥ 2 のときに示す. P ∈ GLm (R) と Q ∈ GLn (R) が与え
られるごとに, R のイデアル
I(P,Q) = P AQ の (1, 1) 成分で生成される単項イデアル
15例えば, Paul Cohen 著, On the structure of the GL of a ring, Publications math. de
2
l’IHES, vol. 30, p. 5–53, 1996. などの研究論文でこのような問題が議論されている.
16しかしながら, 注意 13.6 で述べたように, 必ずしもアルゴリズムを与える証明ではない.
17P , Q を導入する手前の 1 行目や 1 列目の成分 ∗ たちを消す議論のところ.
1
1
36
2013年度代数学2(環論)講義ノート
を考える. R は PID より特に R はネーター環である. P , Q が動くときの R
のイデアルの集合
S = {I(P,Q) }P,Q
は極大元を持つ. そのような極大元を与える P0 , Q0 をとる. I(P0 ,Q0 ) の生成元
を d1 とおくと18,


d1 ∗ . . . ∗

∗


P0 AQ0 =  ..

′′

.
A
∗
となる (A′′ は R 係数の (m − 1) × (n − 1) 行列).
今, 背理法によって P0 AQ0 の 1 行目もしくは 1 列目の ∗ で表された成分た
ちが全て d1 の倍元であることを示したい. そのために, ∗ たちの中に d1 の倍
元でない元があったとする. 基本変形で行同士又は列同士で入れ替える操作
は基本行列を左または右から掛けることに相当するので, それらの成分は a2,1
又は a1,2 であるとしても一般性を失わない. 以下, a2,1 が d1 の倍元でない場
合にのみ矛盾を示す (a1,2 が d1 の倍元でない場合も全く同様にできる). d1 と
a2,1
d1
a2,1 の最大公約元を d として19, w = − , z =
とおく. z と w の最大公
d
d
約元は 1 であるから xw − yz = 1 となる x, y ∈ R が存在する20.


x y
0
z w





1

 ∈ GLm (R)


..


.
0
1
を左から P0 AQ0 に掛けた行列の (1, 1) 成分は d になる. 仮定より (d1 ) ( (d)
であるから, この状況は (d1 ) の極大性に矛盾する. よって, d|a2,1 が示された.
今, d1 の定数倍によって 1 列目の他の成分 ∗ たちを消す列基本変形が, ある
Q1 ∈ GLn (R) を右から掛ける操作で与えられるとする. 同様に, d1 の定数倍
によって 1 行目の他の成分 ∗ たちを消す行基本変形が, ある P1 ∈ GLm (R) を
左から掛ける操作で与えられるとする.


d1 0 . . . 0

0


P1 P0 AQ0 Q1 =  ..

′
.

A
0
となる (A′ は R 係数の (m − 1) × (n − 1) 行列).
18通常と違って R 自身もイデアルと考えており, d は R の単数となり得ることに注意した
1
い.
19PID は UFD なので最大公約元が考えられることに注意する.
20最大公約元が 1 であるような 2 つの元で生成されるイデアルが R になるのは, R が PID
であるという仮定による. 一般の UFD ではこのようなことは成り立たない
2013年度代数学2(環論)講義ノート
37
数学的帰納法の仮定より, P ′ ∈ GLm−1 (R) と Q′ ∈ GLn−1 (R) が存在して,

d2

d2


′ ′ ′
P AQ =



0
..
.
dq
0
(
かつ di |di+1 (i = 2, . . . , q − 1) とできる. P2 =
おくと,




P2 P1 P0 AQ0 Q1 Q2 = 








0
)
(
)
1 0
1 0
, Q2 =
と
∗ P′
∗ Q′

0
d1
d2
..
0
.
dq






0
かつ di |di+1 (i = 2, . . . , q − 1) とできる. 後は, d1 |d2 を言えばよい. 今, 仮に
d1 - d2 であったとして d を d1 と d2 ) の最大公約元とする. P2 P1 P0 AQ0 Q1 Q2
の上の 2 × 2 のブロックに着目して, 以下のようになる基本変形を考える.
(
d1 0
0 d2
)
列基本変形
−→
(
d1 0
bd2 d2
)
行基本変形
−→
(
d1
0
ad1 + bd2 d2
)
行基本変形
−→
(
d d2
d1 0
)
これは (d1 ) の極大性と矛盾する. よって, d1 |d2 が成り立つ. 一意性以外の証
明が得られた. 一意性に関しては証明を省略する21.
以上の準備の下でこの節の主定理を証明する.
定理 13.1 の証明. M を R-有限生成加群とする. M が R-有限生成であるこ
とより階数有限の R-自由加群 N と全射 R-準同型写像 g : N M が存在
する. R はネーター環であるから, R は R-ネーター加群である. その有限個
の直和である N も R-ネーター加群である. よって, 教科書の定理 29.2 より,
Kerg ⊂ N は R-有限生成加群となるから, 階数有限の R-自由加群 N ′ と全射
R-準同型写像 N ′ Kerg が存在する. f で, R-準同型写像 N ′ Kerg ,→ N
を表す. N ′ , N の階数をそれぞれ m, n として, M の基 {u1 , . . . , um } と N の
基 {v 1 , . . . , v n } を選ぶ. この基に関する f の表現行列を A ∈ Mmn (R) に対し
21実際は, 後で述べる定理 13.1 の一意性の証明で用いられる「加群の長さ」の議論を用い
れば, この命題における一意性も同様に示すことができる.
38
2013年度代数学2(環論)講義ノート
て命題 13.3 を適用すると, N ′ , N の基を取り替えることで


d1
0


d2




..
A=

.




dq
0
0
で di |di+1 (i = 1, . . . , q − 1) と書ける. よって,
M ≃ Cokerf ≃ R/(d1 ) ⊕ · · · ⊕ R/(dq ) ⊕ Rn−q
r = n − q として, A の単因子 (d1 , . . . , dq ) のうち単元でないものの数を s とし
て, ei = di+q−s とおくことで, 各 i = 1, . . . , s − 1 で ei |ei+1 が成り立つような
R-同型:
(2)
M ≃ R/(e1 ) ⊕ · · · ⊕ R/(es ) ⊕ R⊕r
が得られる. 今, 各 i = 1, . . . , s′ − 1 で e′i |e′i+1 が成り立つような R-同型:
(3)
M ≃ R/(e′1 ) ⊕ · · · ⊕ R/(e′s′ ) ⊕ R⊕r
′
が別に得られたとする. このとき, s = s′ , r = r′ , (ei ) = (e′i ) (i = 1, . . . , s) が
成り立つことを示したい. {e1 , . . . , es , e′1 , . . . , e′s′ } の何れかを含む全ての R の
素イデアルのなす有限集合 {(p1 ), . . . , (pt )} を考える. (p) を素イデアル, e が
p で k 回割れるとしたとき,
{
R/(p)k l ≥ k のとき
(R/(e))/(p)l (R/(e)) ≃
R/(p)l l ≤ k のとき
である. 一般に, R-加群 M において,
(0) = M0 ( M1 ( · · · ( Mq = M
となる増大列の長さの最大値が有限ならば, このような増大列のうち最長のも
のの長さ q を R-加群 M の長さという. 簡単な議論により, 上の R-加群 R/(p)l
の長さは l である. 今, (2), (3) の右辺において勝手な i = 1, . . . , t, li ∈ N で
M/(pi )li M の R-加群としての長さがわかれば, s, r, (ei ) (i = 1, . . . , s) 及び
s′ , r′ , (e′i ) (i = 1, . . . , s′ ) は一意に定まる. 一方で, R-同型 M ∼ M ′ があると
き, M/IM ∼ M ′ /IM ′ であるから勝手なイデアル I における R-加群 M/IM
と R-加群 M ′ /IM ′ の長さは等しい. 長さという (同型で変わらない) 不変量の
振る舞いを観察することで, 示したい一意性が従う. 以上で証明が終わる. 14. 半単純環
定義 14.1. 環 R の左極大イデアル全体の共通部分として定まるを R の左イ
デアルを根基 (radical) またはジャコブソン根基 (Jacobson radical) とよ
び,J(R) と記す.
注意 14.2. 実際は, J(R) は両側イデアルとなる (教科書の例題 31.2 を参照).
例 14.3.
(1) R が可換環でかつ局所環ならば, J(R) は R の (唯一の) 極大
イデアルに他ならない.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
39
(2) R が可換環とする. r ∈ R がベキ零元ならば勝手な素イデアル I に対
して r ∈ I が成り立つ. よって r ∈ R がベキ零元ならば r ∈ J(R) で
ある.
(3) K を体, n を自然数, R = Mn (K) とする. このとき, J(R) = 0 であ
る. ここでは理由を説明しないが, n = 2 のときに演習で扱う.
補題 14.4. R を環とする. このとき, 勝手な r ∈ J(R) に対して 1 − r ∈ R は
左逆元を持つ.
証明. 背理法で示す. 1 − r ∈ R が左逆元を持たないと仮定する. このとき,
(Zorn の補題より)1 − r ∈ I なる極大左イデアル I が存在する (R が可換環の
ときにノートの定理 5.11 または教科書の例題 23.7 で示した. 可換でない場合
も全く同様に示される). 一方で, J(R) ⊂ I より. r ∈ I であるから,
1 = (1 − r) + r ∈ I
となる. これは, I ( R であることに矛盾する.
定理 14.5 ((東屋-) 中山の補題). R を環, M を有限生成な R-左加群とする.
このとき, M ⊂ J(R)M ならば M = 0 である.
注意 14.6. R が可換な局所環のときは, J(R) は R の (唯一の) 極大イデアル
に他ならず, 中山の補題は 12/19 の演習問題 II に他ならない.
証明. M = 0 ならば示すことはないので, M ̸= 0 と仮定する. M は有限生成
であるから, R-左加群 M の生成元たちの有限集合 {u1 , . . . , us } をとる. ここ
で, 生成元の個数 s ≥ 1 個を可能な最小の個数にとっておく. M ⊂ J(R)M よ
り r1 , . . . rs ∈ J(R) が存在して, us = r1 u1 + · · · + rs us となる. rs us を移項す
ることで
(1 − rs )us = r1 u1 + · · · + rs−1 us−1
である. 今, rs ∈ J(R) より補題 14.4 によって 1 − rs は左逆元 r ∈ R をもつ.
よって, 上の式の両辺にこの r を左から掛けて
us = rr1 u1 + rr2 u2 + · · · rrs−1 us−1
を得る. これは生成元の個数 s ≥ 1 を最小にとったことに矛盾する. よって
M = 0 である.
定義 14.7. R を環, M を R-左加群とする. このとき,
⊕
M=
Mλ
λ∈Λ
(Mλ たちは M の R-部分加群で単純なもの) とかけるとき. 完全可約 (completely reducible) であるという.
例 14.8.
(1) R が体のとき, 勝手な R-加群はベクトル空間に他ならない.
ベクトル空間が単純であるための必要十分条件は次元が 1 となること
である. 勝手なベクトル空間は 1 次元ベクトル空間の直和であるから,
完全可約である.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
40
(2) 可換環 R を局所環, I を R の極大イデアルとする. R-単純加群は R/I
と同型であるから, 完全可約な R-加群 M は, 適当な添字集合 Λ に
よって
⊕
M≃
R/I
λ∈Λ
となるものに限る.
補題 14.9. R を環, M を零でない R-左単純加群とする. M のみに依存する
左極大イデアル I が存在して, 零でない勝手な m ∈ M をとるごとに同型
M = Rm ≃ R/I
が得られる.
証明. Rm は M の R-左部分加群である. M は単純なので m ̸= 0 ならば
Rm = M である. R-左加群の準同型 R −→ Rm の核となる左イデアルを I と
すると, 準同型定理によって, 単射な R-準同型 R/I ,→ Rm = M がある. 再
度, M が R-単純加群であることを用いると R-準同型 R/I ,→ Rm = M が全
射であることもただちにしたがう. 後は, I が R-左極大イデアルであることを
言えばよい. 背理法で示すために, I が R-左極大イデアルでないとする. この
とき, I ( J ( R なる R-左イデアルをとると, R/I ( J := J/I ( R/I なる
R-左部分加群 J ⊂ R/I が得られ, これは R/I が R-単純加群であることに矛
盾する. よって I は左極大イデアルである.
定義 14.10. 補題 14.9 の状況で左極大イデアル I を左単純加群 M の零化イ
デアルとよぶ.
定義 14.11. R を環とする.
(1) J(R) = 0 ならば, R は半単純環 (semi-simple ring) であるという.
(2) R がの両側イデアルが R と 0 のみならば, R は単純環 (simple ring)
であるという.
注意 14.12. 注意 14.2 で述べたように J(R) は両側イデアルである. よって,
R が単純環ならば J(R) = 0 となる. つまり単純環は半単純環である.
定理 14.13. [永尾 教科書定理 31.13] R を環とする. このとき,次の三つの
条件は同値である.
(1) R は半単純な左アルチン環である.
(2) R は R-加群として完全可約である.
(3) 任意の R-左加群 M は完全可約である.
証明. (1) ⇒ (2)
R-左イデアル全体のなす集合の部分集合
S := {J ⊂ R | J は有限個の左極大イデアルの共通部分 }
を考える. S に包含関係に関する大小関係を入れるとき, R が左アルチン環で
あるという仮定より, S は極小元 J0 を持つ.
J0 = I1 ∩ · · · ∩ It
2013年度代数学2(環論)講義ノート
41
と記す. 但し, I1 , . . . , It は R の左極大イデアルであり, どの Is を抜いても
J0 ( I1 ∩ · · · ∩ Is−1 ∩ Is+1 ∩ . . . ∩ It
となる無駄のない最小の t 個をとっているとする. 今, 背理法によって J0 = 0
であることを示そう. 実際, J(R) = 0 の仮定より, J0 =
̸ 0 とすると
I1 ∩ · · · ∩ It ∩ It+1 ( J0
となる左極大イデアル It+1 が存在するはずであるが, これは J0 の極小性に矛
盾する.
今, 数学的帰納法によって, 勝手な s ≤ t に対して,
R/(I1 ∩ · · · ∩ Is ) ∼ R/I1 ⊕ · · · ⊕ R/Is
であることを示そう. s = 1 のときは自明に正しい. s − 1 まで正しいと仮
定しよう. t を最小に無駄なくとったことより, (I1 ∩ · · · ∩ Is−1 ) ̸⊂ Is であ
るから, Is ( (I1 ∩ · · · ∩ Is−1 ) + Is である. Is は極大イデアルであるから,
Is ( (I1 ∩ · · · ∩ Is−1 ) + Is = R となる. 中国式剰余定理の系である定理 6.5
(教科書 定理 24.2) より,
R/(I1 ∩ · · · ∩ Is ) ≃ R/((I1 ∩ · · · ∩ Is−1 ) ∩ Is ) ≃ R/(I1 ∩ · · · ∩ Is−1 ) ⊕ R/Is
が得られる. 数学的帰納法の仮定より欲しい結果が示された. Ij ⊂ R が R-左
極大イデアルならば, R/Ij は R-左単純加群であるから, (2) が従う.
(2) ⇒ (3)
R が完全可約な加群より, 適当な添字集合 Λ で添字づけられる零でない R-左
単純加群の族 {Jλ }λ∈Λ が存在して.
⊕
Jλ
R≃
λ∈Λ
となる. Jλ たちは R の R-左部分加群であるから
R-左イデアルと思える. M
∑
Jλ であるから
を勝手な R-左加群とする. R =
λ∈Λ
M=
∑
m∈M
Rm =
∑ ∑
Jλ m
m∈M λ∈Λ
となる. 今, それぞれの λ と m に対して, R-左加群の全射準同型 Jλ −→ Jλ m
の核は, Jλ が単純であることから 0 か Jλ に等しい. よって Jλ m は Jλ と同型
であるか 0 であるかの何れかである.
勝手に m, m′ ∈ M と Jλ , Jλ′ をとるとき, これらの加群の単純性から Jλ m =
Jλ′ m′ 又は Jλ m ∩ Jλ′ m′ = 0 の何れかが成り立つ. よって, m ∈ M と λ が動
く時の Jλ m ⊂ M のうち異なる R-部分加群を無駄なく取り出して適当に番号
づけることによって
⊕
M=
Mλ′
λ′ ∈Λ′
と R-左単純加群の直和に分解されることが示された.
(3) ⇒ (1)
2013年度代数学2(環論)講義ノート
42
R が R-左加群として完全可約であることから, 上で考えた R-左加群の分解
⊕
R≃
Jλ
λ∈Λ
となる. 各 λ で, Jλ が R-左単純加群であることより, Jλ の零化イデアルは
R-左極大イデアルである. よって, J(R) ⊂ ∩ (Jλ の零化イデアル) となる.
λ∈Λ
一方で, 上の分解より明らかに ∩ (Jλ の零化イデアル) = 0 である. よって,
λ∈Λ
J(R) = 0 となる. よって R は半単純環である.
以下, R が左アルチン環であること, つまり R⊕
が R-左アルチン加群である
ことを示す. 今, R の乗法の単位元 1R を 1R =
eλ (eλ ∈ Jλ ) と分解する.
λ∈Λ
無限直和の元は必ず有限個の成分を除いて 0 であるから, eλ たちのうち 0 で
ないものは実は有限個である. 勝手な元 r ∈ R に対して r = 1R r であるから
Λ は有限集合でとれることがわかった. 番号をつけ直して R の直和分解は有
限個の元の R-左単純加群の直和で
⊕
R≃
Ji
と書ける. 今, Mi =
⊕
1≤i≤n
Jj とおくと, M1 = R, Mn = 0 であり, Mi /Mi+1
i≤j≤n
は R-左単純加群である. 帰納的に R/Mi = M1 /Mi は R-左アルチン加群であ
ることを示す. 今, i まで正しかったとして,
0 −→ Mi /Mi+1 −→ R/Mi+1 −→ R/Mi −→ 0
なる短完全列を考える. 帰納法の仮定より R/Mi は R-左アルチン加群であ
り, Mi /Mi+1 = Ji は R-左単純加群なので R-左アルチン加群である. よって,
命題 12.4 (永尾 例題 29.3) より, R/Mi+1 は R-左アルチン加群となる. 特に,
R = R/Mn も R-左アルチン加群となるので証明が終わる.
定理 14.14 (永尾 定理 31.16 / ウェダーパーンの定理). 環 R について次の三
つは同値である.
(1) R は単純な左アルチン環である.
(2) R は互いに R-同型な極小左イデアルの有限個の直和である.
(3) ある斜体 D が存在して R ≃ Mn (D)22.
証明. (1) ⇒ (2)
R は単純環より半単純である. よって, 定理 14.13 より, R は R-左加群として
完全可約である. R の R-部分加群で左単純なものは R の極小左イデアルに他
ならないので,
R ≃ J1 ⊕ · · · ⊕ Jn
と極小左イデアルの和にかける. 以下, J1 , . . . , Jn が全て互いに R-同型でないと
して矛盾を導く. N1 を J1 と R-同型な Ji たち全ての直和, N2 を J1 と R-同型で
ない Ji たち全ての直和として, R ≃ N1 ⊕ N2 と分解する. EndR (R) ≃ R, f 7→
22ここで, 斜体と書いているのは必ずしも可換とは限らない体であるということであり, D
は可換体となることもあり得る.
2013年度代数学2(環論)講義ノート
43
f (1R ) であるから, R ≃ EndR (N1 ) ⊕ EndR (N2 ) と分解される. EndR (N1 ),
EndR (N2 ) は R の非自明な両側イデアルとなるので, R が単純環であること
に矛盾する. よって, J1 , . . . , Jn は全て互いに R-同型である.
(2) ⇒ (3)
R ≃ J1 ⊕ · · · ⊕ Jn
と互いに R-同型な極小左イデアルに有限個の直和に表す. Ji たちの極小性か
ら, Ji たちは R-単純加群である. よって, シューアの補題 (教科書の定理 27.13)
より, EndR (J1 ) はある斜体 D と同型である. EndR (R) ≃ R, f 7→ f (1R ) であ
るから, EndR (R) ≃ Mn (D) を示せばよい. Ji たちは全て
⊕J1 と R-同型である
から HomR (Ji , Jj ) ≃ D である. 一方で, EndR (R) ≃
HomR (Ji , Jj ) で
1≤i,j≤n
あり, 写像の合成の積構造は, g ∈ HomR (Jj , Jk ), f ∈ HomR (Ji , Jj ) に対する積
g ◦ f ∈ HomR (Ji , Jk ) を線型に拡張して得られる. よって, EndR (R) ≃ Mn (D)
となる.
(3) ⇒ (1)
R = Mn (D) とする.






∗ 0 ... 0
0 ∗ 0 ... 0
0 ... 0 ∗

..  , J =  .. .. ..
..  , . . . , J =  ..
.. .. 
J1 =  ... ...
.
n
. 2 . . .
.
. .
∗ 0 ... 0
0 ∗ 0 ... 0
0 ... 0 ∗
は R-左単純加群であり,
R = J1 ⊕ · · · ⊕ Jn
となる. 定理 14.13 における (3) ⇒ (1) の証明と同様にして R はアルチン環
であることがわかる. D は斜体であるから行列環 Mn (D) の両側イデアルが 0
と Mn (D) のみであること, つまり R が単純環であることも(基本行列を用い
た)計算によってわかる.