(大学院教授・定年延長拒否)事件(大阪高裁 平26.9.11判決)PDF

第65回 学校法人同志社(大学院教授・定
年延長拒否)事件
学校法人同志社(大学院教授・定年延長拒否)事件
(大阪高裁 平26.9.11判決)
大学院の教授が、就業規則に定められた定年延長の規定が適用されず、退職扱いとな
ったことについて、解雇権濫用法理の類推適用によって無効であると主張して、使用
者である被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認および慰謝料
等の支払いを求めた事例
[一審]京都地裁 平26.3.24判決 労判1107号35ページ
掲載誌:労判1107号5ページ、判時2251号99ページ
※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください
1 事案の概要
Xは、学校法人同志社(以下「Y法人」という)が設置する大学院(以下「本件大学
院」という)C研究科の教授であり、定年年齢の65歳に達した後に1年間の定年延長を受
けていた。その後、Xは定年延長がなされずに定年退職扱い(以下「本件退職扱い」とい
う)となった。
そこで、Xは、本件退職扱いは、解雇権濫用法理の類推適用によって無効であると主張
して、Y法人に対し、労働契約上の地位確認および慰謝料等の支払いを求めた。
原審ではXの請求がいずれも棄却されたため、これを不服としたXが控訴した。
[1]本判決および原審で認定された事実
概要は以下のとおり。
年月日
H16.4.1
事 実
Y法人、本件大学院C研究科開設。
X(当時57歳)およびY法人、期間の定めのない労働契約締結。
Y法人の定年に関する就業規則上の規定は以下のとおりである。
社員は、満65歳をもって定年退職する(就業規則10条1項)。
10条本文は、大学院に関係する教授にしてY法人が必要と認めたものに限り
これを適用しない(同規則附則1項)。
大学院教授については1年度ごとに定年を延長し、満70歳の年度末を限度と
する(昭和48年の理事会の決定・通達)。
大学院教授の定年延長については、教授会の審議を経た上で、理事会で決定
する(規程自体はなし)。
H23.12.7
C研究科教授会において、Xの1度目の定年延長(期間H24.4.1~H25.3.31)を決
議。
H23.12.21
C研究科教授会において、A研究科長から、C研究科のコースC2MBAのプログラム
の一つである「C2'MBA」の嘱託講師に関して、前年度の体制と異なり、嘱託講師
ではなくゲストスピーカーに変更したい旨要請。Xは、この要請を固辞(以下
「嘱託講師問題」という)。
H24.1.11
C研究科教授会において、嘱託講師問題について議論。
Xは、嘱託講師をゲストスピーカーに変更することについて強い異論を表明し、
H23年度どおりの形での開講が認められない場合、科目担当を降りる意向である
ことを表明。
H24.2.1
C研究科教授会において、嘱託講師問題について議論され、Xは、嘱託講師が認め
られなければC2'MBAを責任もって開講できない旨発言。
H24.12.18
C研究科の客員教授Bは、「C2MBA」の学生自治会の執行部メンバー3名と会合。
基礎科目であるビジネスエコノミクスをXが担当することについて、執行部メン
バーから、学生からは反対がある等の発言がなされる。
H24.12.19
C研究科教授会において、教授2名の定年延長が発議・承認されたが、Xについて
は定年延長が発議されず。これに対し、Xは、自らの定年延長が発議されないこ
とに異議を述べた。
H25.2.11
C研究科教授会において、Xの定年延長が議題となり、議長から、①H24年度の担
当拒否があったこと、②国際プログラム委員会からの脱退等行政面で不参加があ
ったこと、③H25年度演習指導の学生がいないことについて説明。審議の結果、X
の定年延長が必要な理由は誰からも提示されず、議長の説明に対して異議もなか
った。
H25.3.31
X、H25.3.31日付で定年退職したとする扱いとなった(本件退職扱い)。
[2]争点
本件の争点は、①本件退職扱いに解雇権濫用法理の類推適用がされるか、②本件退職扱
いが解雇権濫用法理の類推適用によって無効となるか、③本件退職扱いが不法行為法上違
法であるかおよび④Xの損害の有無である。
なお、Xは、控訴審において、C研究科のみならずD研究科においても教授の地位を有
していることから、D研究科の教授の地位にあることの確認を追加請求したが、Xの労働
契約は単一の契約であり、定年延長はXの籍があるC研究科において決せられるものであ
ると判断されており、この点は割愛する。
2 判断
[1]争点①について
原審は、以下(i)~(iv)のとおり判断して、定年退職に解雇権濫用法理を類推適用
すべきであるとするXの主張を採用しなかった。
(i)XがY法人に雇用されるに当たり、本件大学院の定年が70歳であると発言された事実
はなく、70歳が定年であるとの条件提示を受けたこともない。
(ii)Xが平成24年度において明確な更新手続きを経ずに定年延長となったことはない。
(iii)C研究科において70歳まで定年延長が当然のように認められ、定年延長が事実たる
慣習となっていると認めることはできない。
(iv)本件で問題となるのは、期間の定めのない従業員として勤務してきたXについて定
年延長を認めるか否かという事項であるから、有期雇用された労働者について期限の定め
のない従業員と類似の解雇規制を及ぼすかに当たって考慮要素となる業務の基幹性につい
て考慮することは相当でない。
本判決も、原審の上記判断を踏襲した上で、Xの退職は、合意で定められた定年(1年
間延長された後のもの)に達したことによるものであり、Y法人が、解雇または解雇に準
ずる意思表示をしたことはないから、Xの定年退職に解雇権濫用法理を類推適用すること
はできないとの判断を追加した。
[2]争点②~④について
原審は、争点①について、解雇権濫用法理の類推適用がされないから、争点②について
判断するまでもなく本件退職扱いは有効としつつ、争点③との関係から、争点②に関する
Xに関する主張についても、大要以下(i)(ii)のとおり判断した。
(i)Xが平成24年の「C2'MBA」の継続に協力せず、「C2'MBA」の運営に支障が出たほ
か、学生に対して不利益が生じる事態になったことや国際プログラム委員会に参加しなく
なる等、C研究科の運営への貢献に問題があったことなどから、Xの定年延長が必要でな
いとの判断をしたことが不合理とは言い難い。
(ii)定年延長の付議手続きについても、A研究科長がXの意思を確認しないまま定年延長
を発議しなかったことが違法であるということはできない。
また、争点④については、本件退職取扱いが不法行為法上の違法であるということはで
きないから、争点④について判断するまでもなくXの慰謝料請求にも理由がないとした。
本判決も、原審と同様の判断枠組みに従い、「本件退職扱いが違法となるのは、本来定
年延長の必要性が認められる教授につき定年延長を発議しないなど、研究科長による定年
延長の必要性の判断に裁量権の逸脱・濫用が認められる場合」であるとした上で、上記原
審の判断をおおむね踏襲して、「定年延長を認めなかったことには合理的な理由があると
いえるし、定年延長の付議手続に違法性を認めることはできない」とした。
3 実務上のポイント
[1]定年延長拒否の有効性の判断基準
定年後に嘱託雇用された従業員の更新拒絶の適法性が問題となった近時の最高裁判例
(津田電気計器事件[最高裁一小 平24.11.29判決 労判1064号13ページ])では、
高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年齢者雇用安定法」という)9条1項2
号に基づく継続雇用制度における継続雇用基準を満たしていたことを踏まえ、雇用継続へ
の合理的期待があるとして、解雇権濫用法理の類推適用を認める判断がなされている。
本件は、定年後に嘱託雇用された従業員の更新拒絶の事案とは異なり、定年延長の拒否
が問題となった事案であるが、定年延長の拒否も、①定年延長が事実たる慣習ないし労使
慣行になっている場合や、②定年延長に対する合理的期待が生じている場合であれば、解
雇権濫用法理が類推適用される余地があるため、本判決および原審では、このような場合
に当たるか否かが判断されている。
この点、日本大学(定年)事件(東京地裁 平13.7.25決定 労判818号46ページ)、
日本大学(定年・本訴)事件(東京地裁 平14.12.25判決 労判845号33ページ)およ
び東京地裁平成18年1月13日判決(判タ1219号259ページ、前掲2判例と同じ大学にお
ける事件)においては、長年にわたり定年後70歳まで雇用される例がほとんどであった
ことなどから、定年延長についての事実たる慣習ないし労使慣行の存在を認め、解雇権濫
用法理の類推適用をしている。
なお、高年齢者雇用安定法の適用がある60歳から65歳までの間の定年延長・継続雇用
拒否の有効性の判断においては、高年齢者雇用安定法の趣旨等も勘案することで解雇権濫
用法理を認めている事例もあり(前掲津田電気計器事件、東京大学出版会事件[東京地
裁 平22.8.26判決 労判1013号15ページ]、トーホーサッシ事件[福岡地裁 平
23.7.13決定 労判1031号5ページ]等)、60歳から65歳までの間の定年延長拒否等が
問題となる場合には、本判決よりも定年延長拒否等の有効性について厳格な判断がなされ
る可能性もある点には注意が必要である。
[2]定年延長拒否の不法行為該当性
本判決は、本件退職扱いが違法であるとのXの主張を認めなかったが、日本ニューホラ
ンド(再雇用拒否)事件(札幌高裁 平22.9.30判決 労判1013号160ページ)では、
定年後の再雇用契約の成立を否定しつつ、再雇用拒否が原告である労働者に不利益を与え
ることを目的としていたことなどを理由に、再雇用拒否が不法行為に該当するとして賠償
責任を認めたものがある。
このように、定年延長拒否・再雇用拒否自体は有効であっても、場合によっては、定年
延長拒否に不法行為が成立する可能性がある点には留意が必要である。
【著者紹介】
白井 俊太郎 しらい しゅんたろう 森・濱田松本法律事務所 弁護士
2011年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2013年慶應義塾大学法科大学院修了、
2014年弁護士登録。
◆森・濱田松本法律事務所 http://www.mhmjapan.com/
■裁判例と掲載誌
①本文中で引用した裁判例の表記方法は、次のとおり
事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは支部名(3)判決・決定言渡日(4)判決・決定の別
(5)掲載誌名および通巻番号(6)
(例)小倉電話局事件(1)最高裁(2)三小(3)昭43.3.12(4)判決(5)民集22巻3号(6)
②裁判所名は、次のとおり略称した
最高裁 → 最高裁判所(後ろに続く「一小」「二小」「三小」および「大」とは、
それぞれ第一・第二・第三の各小法廷、および大法廷における言い渡しであること
を示す)
高裁 → 高等裁判所
地裁 → 地方裁判所(支部については、「○○地裁△△支部」のように続けて記
載)
③掲載誌の略称は次のとおり(五十音順)
刑集:『最高裁判所刑事判例集』(最高裁判所)
判時:『判例時報』(判例時報社)
判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社)
民集:『最高裁判所民事判例集』(最高裁判所)
労経速:『労働経済判例速報』(経団連)
労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社)
労判:『労働判例』(産労総合研究所)
労民集:『労働関係民事裁判例集』(最高裁判所)
★実務家向けの年間判例集として最適です! 平成27年版 年間労働判例命令要旨集
労務行政研究所 編
B5判・408頁・5,760円
●賃金・退職金、雇止め、解雇、就業規則の不利益変更、使用者
の損害賠償責任等、平成26年に出された223件の労働事件を