Abaqus テクノロジーブリーフ 織物複合材板の準静的な圧壊

Abaqus テクノロジーブリーフ
TB-11-QSC-1
Revised: April 2011
織物複合材板の準静的な圧壊シミュレーション
謝辞
実験結果と材料データをご提供いただいた CMH-17 の耐衝突安
全性作業部会に感謝の意を表します。
概要
複合材構造は、 一般に、 同等の金属構造よりも高いエネルギー
吸収能力を示します。 複合材の圧壊挙動は複雑であり、 衝突保
護用の複合材コンポーネントを車両に含めると、 実験は必然的に
高価なものになります。 複合材構造の圧壊応答をコンピュータによっ
てシミュレーションできれば、航空宇宙、自動車、鉄道などの業界で、
大幅な製品開発サイクルの短縮とコスト削減が期待できます。
本テクノロジーブリーフでは、 複合材構造の圧壊挙動を Abaqus/
Explicit を用いてモデリングする方法について説明します。 数値解
析結果と実験データの間で、 量的にも質的にも良好な一致が見
られ、 複合材構造の耐衝突安全性評価と費用のかかる実験の
削減に Abaqus/ Explicit が有用であることが示されました。
背景
車両の乗員保護システムは、 衝突時の重症 ・ 死亡事故を防ぐ上
で重要な役割を果たします。 そのため、 現代の航空機や地上車
両において、 耐衝突安全性評価は重要な設計段階の 1 つとされ
ています。 複合材は金属に比べて、 単位重量あたりのエネルギー
吸収能力が著しく優れているため、 エネルギー吸収部材としての複
合材構造の利用は、 航空機、 自動車、 列車などの業界で急
速に拡大しています。 エネルギー吸収用の複合材コンポーネントは、
通常、 崩壊を制御することで運動エネルギーをうまく消散させるよ
う設計されており、 車両の全体的コストをそれほど上昇させずに、
構造的な耐衝突安全性を大幅に向上させます。
これまで耐衝突コンポーネントの開発は、 時間とコストのかかる実
験に頼ってきました。 しかし設計の初期段階で、 本格的な実験
計画を実行に移すことは実用的と言えません。 複合材構造の圧
壊とエネルギー吸収を正確にシミュレーションできれば、 製品開発
サイクルの短縮とコスト削減に大きなメリットがあります。
複合材は、 圧壊時に層間 (剥離) と層内 (面内) の複合した
破壊メカニズムを介してエネルギーを吸収します。 このような複雑な
物理現象を扱うには、 それに適した材料モデルとロバストな損傷進
展の仕組みを備えた、 先進の解析機能が必要です。 Abaqus/
Explicit is は、 この種の解析に理想的なツールです。
鍵となる Abaqus の機能および効果
• 繊維 / 母材のひび割れによる漸進的な面内剛性の低下
を考慮した織物強化複合材用の構成モデル
• 連続体シェル要素を用いた板あるいは個々のプライの立体
的な離散化により、 厚さ方向の詳細なモデリングが可能
• Abaqus/Explicit の一般接触機能を利用した面ベース
の粘着挙動により、 層間剥離のシミュレーションが可能
ここで紹介するシミュレーションは、 カーボン / エポキシ織物複合材
板でできた試験片の圧壊応答を調査するものです。 面内および
層間剥離の両破壊メカニズムを考慮した物理学に基礎を置くアプ
ローチが採用されています。 織物プライの面内応答は、 組込みユー
ザサブルーチン( VUMAT) として利用可能な織物強化複合材用
の構成モデルを用いてモデル化されます。 それに対して、 層間剥離
は粘着面機能を用いてモデル化されます。
検討対象の複合材板は波形の板であり (図 2)、 CMH-17 機
関の耐衝突安全性作業部会によって開発されテストされたもので
す。 最近、 複数の試験機関による共同の取り組みとして、 この試
験片に対し一連の破壊試験が実施され、 その試験結果が参加
者に公開されました [2]。
この試験片は、 TORAYCA T700/2510 カーボン / エポキシ織
物複合材で作られています [1]。 この [0/90]2S 積層材は 2 mm
(0.079 in) の厚さがあります。 安定した圧壊を促すため、 成形さ
れた試験片の下部には、 片面 45 度の面取り加工がなされてい
ます。 個々の試験片は、 長さが 76.2 mm (3 in) で幅が 50.80
mm (2 in) です。 それらは自立できるため、研磨された乾いたスチー
ル表面に立たせた状態で試験が行われました。 試験速度は準静
的な 0.2 mm/sec (0.5 in/ min) とされました。
2
解析アプローチ
Abaqus/CAE で作成された板のジオメトリが図 3 に示されています。
破壊を誘発するための面取りされたエッジが見て取れます。 8 層の
織物プライは、それぞれ個別に連続体シェル要素 (SC8R) でメッシュ
分割されました。 要素サイズは 1 mm × 0.5 mm (0.04 in × 0.02
in) で一様です。 連続体シェル要素は 3 次元の立体形状をして
いますが、 その運動学的および材料的な挙動は通常のシェル要
素と同様です。 この要素タイプにより、 複合材プライの積層状態の
正確なモデル化が可能です。 有限要素モデルは約 50 万自由度と
なりました。
図 3 : 波形織物複合材板の Abaqus/CAE モデル
図 2: 波形織物複合材板の概略図 (全寸法単位はミリメートル)
板の面内応答
織物プライの面内応答は、 組込みユーザサブルーチン( VUMAT)
として利用可能な織物強化複合材用の構成モデルで表現されま
す。 個々のプライは、 均質な直交異方性材料としてモデル化され
ます。 この材料は、 繊維 / 母材のひび割れによる漸進的な剛性
低下と、 せん断荷重下の塑性変形をサポートしています。 この材
料モデルには、 弾性定数、 損傷開始に関する係数、 損傷発展
に関する係数、 およびせん断塑性係数の入力が必要です。 弾性
定数には、 繊維方向のヤング率、 主ポアソン比、 および面内せん
断弾性係数があります。 損傷開始の係数には、 繊維方向に沿っ
た引張強度と圧縮強度、 そしてせん断損傷開始時のせん断強度
があります。
弾性定数と繊維の強度は、 通常は 0/90 積層材の標準的な切
り取り試片の試験を実施することで得られますが、 今回は、 これら
のデータは耐衝突安全性作業部会 [2] から入手しました。 繊維
方向に沿った損傷発展の係数は、 単位面積あたりの引張および
圧縮破壊エネルギーで表現されますが、 これは文献 [3] に書かれ
ているように、実験的に測定できます。 今回のシミュレーションでは、
文献 [3] に記載の類似の複合材に対する破壊エネルギーの平均
値が用いられました。
せん断応答パラメータ、 すなわち、 損傷発展の係数とせん断塑性
係数の較正は、 通常、 ± 45° 積層材の繰り返し引張試験の結
果に基づいて行われます (この較正手続きについては、 SIMULIA
Answer 3749 を参照のこと)。 今回の解析では、 これらのせん断
応答パラメータは、 類似の複合材に対する較正結果に基づいて
選定されました。 織物プライのせん断は、 今回の解析では支配的
な破壊モードに当たらないため、 損傷と塑性のせん断材料パラメー
タに標準的な値を使用しても、 結果にはほとんど影響しません。
板の層間応答
層間剥離現象のモデル化には、 面ベースの粘着接触機能が用い
られました。 界面の損傷開始は、 2 次応力基準を用いて定義さ
れました。 界面の損傷開始特性の代表値は、 文献から入手可
能で す。 界面損傷 の 進行 は、 Benzeggagh-Kenane (BK)
則に基づいて、 限界混合モードのエネルギー挙動を用いてモデル化
されました。 必要となる法線方向と接線方向のモード限界破壊エ
ネルギーの値は、 耐衝突安全性作業部会 [2] から入手しました。
損傷開始後、 最終破壊までの損傷変数の変化は、 指数関数
型の軟化則を用いてモデル化されています。
要素の削除
破壊した連続体シェル要素は、モデルから除去する必要があります。
今回、 損傷に基づく要素の削除は、 変形ベースの削除基準を併
用することで行われます。 解析が途中で終了しないように、 織物
複合材プライの剥離部分はモデルから除去されます。 これらの剥離
部分は、ユーザサブルーチン VUSDFLD で定義された 3 次元ボッ
クスの範囲外に出ると削除されます。
図 2 : 平らな状態 (左) と折りたたまれた状態 (右) のエアバッグに対するシミュレーションモデルの初期構成
3
荷重および境界条件
複合材板が、 通常のシェル要素でモデル化された剛体板上に垂
直に配置され、 別の剛体板を 200 mm/sec (470 in/min) の
一定速度で移動させることで、 複合材板に圧壊荷重が適用され
ました。このような人為的に速度増加された負荷 ( 準静的な負荷 )
を用いても解析結果には影響しません。 動的な影響は、 速度が
500 ~ 1000 mm/sec(1200 ~ 2400 in/min)を超えなければ、
ほとんど問題になりません。
剥離した複合材プライ間の接触相互作用と、 複合材プライとテス
トリグとの間の接触相互作用は、 Abaqus/Explicit の一般接触
機能を用いてモデル化されました。 層間剥離が生じた後、 剥離後
の接触の可能性を考慮するため、 一般接触の定義が自動的に
更新されます。
マススケーリング
複合材板の質量が、 解析開始時に固定マススケーリング法を用
いて 3 桁増大されました。 これは、 準静的な負荷の適用と同様
に、 実行時間を妥当な範囲に抑える目的で採用されました。 運
動エネルギーとひずみエネルギーの比較から、 この問題の準静的な
特性は変化していないことが確認されました。
結果
圧壊シミュレーション終了後の、 波板の変形形状が図 4 に示され
ています。 前述の通り、 プライ内の損傷した要素の削除機能によっ
て、モデルから除去された剥離部分が生じています。図 4 には、フロン
ドの形成、 層間剥離の伝播、 テストリグと板との間の破片の蓄積
など、 シミュレーションによって複合材の圧壊応答の重要な特性が
良く再現されています。
図 5 : 実験とシミュレーションによる荷重 - 変位曲線
また図 5 に示すように、荷重 - 変位曲線においても実験とシミュレー
ションは良く一致しています。 ピーク値と平均圧壊力 (安定した圧
壊の進行) の両方が正確に予測されています。 この図から、 圧壊
した板の高さは、 変形前の状態から半分に縮まったことが分かりま
す。
材料のエネルギーを散逸させる能力は、 一般に比エネルギー吸収
量 (SEA 値) で表されます。 実験とシミュレーションにおける波板
の SEA 値が図 6 に示されています。 特に圧壊発展の後半で、
結果は良く一致しています。 最大の不一致は、 板の面取りエッジ
で圧壊が生じる負荷の初期段階に見られます。 圧壊過程の極め
て複雑な特性を考えれば、実験とシミュレーションの SEA 曲線は、
全体的に良く一致していると言えます。
図 4 : 波形複合材板のシミュレーションによる変形形状 (a) : 正
面図 (b) : 側面図
図 6 : 実験とシミュレーションによる比エネルギー吸収量
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結論
波形織物複合材板の準静的な圧壊応答における Abaqus/Explicit シミュレーション結果は、 実験データと量的にも質的にも非常に良く
一致し、 提案した手法およびツールは、 複合材構造の現実的な圧壊シミュレーション結果をもたらすことが示されました。 複合材構造の耐
衝突安全性評価に Abaqus/Explicit を利用することで、 コストのかかる試作実験の削減が可能です。
参考文献
1. Feraboli, P., “Development of a Corrugated Test Specimen for Composite Materials Energy Absorption,” Journal of
Composite Materials, Vol. 42, No. 3, 2008.
2. Test results of the Crashworthiness Working Group of the CMH-17, Private Communications.
3. Pinho, S.T., Robinson, P., and Iannucci, L., “Fracture Toughness of Tensile and Compressive Fibre Failure Modes in
Laminated Composites,” Composites Science and Technology, Vol. 66, No. 13, 2006.
Abaqus 参考資料
本テクノロジーブリーフで紹介した Abaqus の機能に関する詳細は、 以下の Abaqus 6.11 ドキュメンテーションを参照してください。
• Abaqus Analysis User’s マニュアル
− 28.6.8 "Continuum shell element library"
− 35.1.10 "Surface-based cohesive behavior"
• SIMULIA Answer 3749 "VUMAT for fabric reinforced composites"
SIMULIA について
Dassault Systèmes の SIMULIA ブランドは、 統合有限要素解析のための Abaqus 製品、 高度なエンジニアリング問題の解決に役
立つマルチフィジックスのソリューション、 そしてシミュレーションデータ、 プロセス、 および知的財産を管理するためのライフサイクル ・ マネージメン
トのソリューションなど、 リアリスティックシミュレーションに向けた拡張性ある製品群を幅広く提供しています。 SIMULIA は、 実績ある技術、
優れた品質、上質な顧客サービスを積み重ねることで、リアリスティックシミュレーションが製品性能を向上させ、試作品を削減し、そしてイノベー
ションを推進するための不可欠なビジネス手法となることを目指します。 米国ロードアイランド州プロビデンスに本部を置き、 プロビデンスとフラン
スのシュレンヌに研究開発センターを持つ SIMULIA は、30 以上の支社と代理店のグローバルネットワークを通じて、世界規模で販売とサー
ビスならびにサポートを提供しています。 詳細については http://www.3ds.com/jp/products/simulia/ をご覧ください。
3DS ロゴマーク、 SIMULIA、 Abaqus、 および Abaqus ロゴマークは、 Dassault Systèmes またはその子会社( Abaqus, Inc. を含む) の商標または登録商標です。 その他の会社名、 製品名、 サービス名は、 それぞれ
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