第9回資料(改)

第 9 回 賃貸借と第三者
~賃借権の譲渡・転貸、賃貸目的物の所有者の変更(賃貸目的物の譲渡)
、不法占拠の問
題を取り上げる。
1 対第三者関係
貸主 A―――賃貸借契約―――借主 B
甲
(1)賃貸人側の第三者
賃貸目的物の所有者の変更、賃貸人の地位の移転
貸主 A―――賃貸借契約―――借主 B
甲
C
(2)賃借人側の第三者
賃借権の移転(譲渡、承継)
転貸借
貸主 A―――賃貸借契約―――借主 B
甲
C
(3)賃貸借外の第三者
不法占拠者
二重賃貸借
貸主 A―――賃貸借契約―――借主 B
甲
C
2 賃貸人の交代
(1)賃貸借契約における賃貸人の地位の移転
契約譲渡
※目的物の帰属と離れた譲渡の可能性、特段の事情のある場合
相手方(賃借人)の同意の要否
従前の権利義務の承継
未払賃料債権の帰属
Cf.将来の賃料債権の帰属
1
賃貸人の交代の場合の有益費の償還義務者【最判昭和 46.2.19 民集 25-1-135】特段
の事情のない限り、新賃貸人において旧賃貸人の権利義務一切を承継。償還義務
者たる地位も承継。196 条 2 項の「回復者」とは占有の回復当時の回復者を指す。
敷金返還債務→後述
将来の賃料債権の帰属
債権譲渡との関係
通知の要否
(登記の要否についての考え方との連動・不連
動)
(2)賃貸目的物の所有権の移転
「売買は賃貸借を破る」
新所有者は、賃借人に対し、目的物返還請求、建物収去土地
明渡請求、建物明渡請求が可能
賃貸借・賃借権の対抗力
対抗力がある場合の賃貸人たる地位の移転(【最判昭和 39.8.28 民集 18-7-1354】
)
「一種の状態債務」
例外の可能性
百選 33 事件【最判平成 11.3.25 判時 1674-61】留保合意(直ちに
特段の事情に当たるとは言えない)
。
賃貸人たる地位に基づく請求の要件
賃借人の同意の要否
不動産の登記
二重払いの危険に対する保護
百選 60 事件 【最判昭和 49.3.19 民集 28-2-325】177 条の「第三者」
(3)対抗力
賃貸借の登記(605 条)
登記義務の否定 【大判大正 10.7.11 民録 27-1378】→第 8 回参考判例 ※本件では、
賃貸借の登記をする合意が存在したと認定。
「地震売買」 建物保護法 「登記シタル建物」
借地権の対抗力
借地借家法 10 条
建物の登記による土地利用権の公示機能に着目
建物滅失の場合の掲示による暫定的な対抗力
他人名義の登記の場合 百選 56 事件【最(大)判昭和 41.4.27 民集 20-4-870】登記の
真実性、建物所有権の対抗、敷地利用権の権利者の推認 ※反対意見
権利濫用や信義則による救済の余地
公示の意味、公示と調査義務、調査のきっかけの付与としての公示、公示の対象
(他人の利用権の存在、利用権者が誰か)、他人の利用権の存在を知る・知りうる
買受人保護の必要性
借地借家法の下での解釈可能性
建物滅失のときの現地掲示制度の導入により
現地検分の必要や意義の変化(いっそうの重大さ)、「借地権者が登記されている
建物を所有する」という文言
2
登記の記載の誤り
【最(大)判昭和 40.3.17 民集 19-2-453】建物登記簿上の記載(地番)の誤り。対抗力
を肯定。その登記の表示全体において、当該建物の同一性を認識し得る程度の
軽微な誤り。
登記官の過誤 【最判平成 18.1.19 判時 1925-96】床面積、地番の記載の誤り。登
記官による職権での表示の変更登記に際しての誤り。
建物賃貸借(借家権)の対抗力
借地借家法 31 条
占有改定による引渡し
対抗力のない場合、権利濫用の可能性
【最判昭和 38.5.24 民集 17-5-639】 借地。未登記建物。害意のある事案。
【最判平成 9.7.1 民集 51-6-2251】 借地。数個の土地が一体として利用され、その
うちの一部について登記された建物がある場合。
動産の場合
引渡しによる対抗力を認める見解。しかし、605 条のような特別規定なくしては無理。
ただし、二重賃貸借では、事実上、先に引渡し(占有改定を除く。)を受けた者が優
先。占有改定の場合は、困難。
二重賃貸借の場合
対抗要件の先後による。
【最判昭和 28.12.18 民集 7-12-1515】参考判例① 劣後する賃借人に対する妨害排
除請求
(4)不法占拠者との関係
妨害排除請求
占有権、所有者の権利の代位行使(債権者代位権の転用)
賃借権に基づく直接の妨害排除請求
【最判昭和 30.4.5 民集 9-4-431】 昭和 28 年判決を引用。対抗力のある賃借権
に基づき、第三者に対して建物収去土地明渡請求ができるとする。
「賃借権の物権化」の意義
対抗力を備えて、物権化
対抗力を備えず、物権化
3 賃借権の譲渡、転貸
(1)無断譲渡・転貸の禁止
賃借権の譲渡
賃借人の地位の移転
【最判昭和 40.5.4 民集 19-4-811】建物の競落と敷地利用権(賃借権)の移転
「譲渡の概念」
3
【最判昭和 40.12.17 民集 19-9-2159】参考判例②
担保目的の賃借権譲渡と 612 条 2
項。
百選 58 事件 【最判平成 8.10.14 民集 50-9-2431】実質的な経営者の交代
転貸
※借地上の建物の賃貸の場合
物権との違い
自由譲渡性 (このほか、対抗力)
(2)無断譲渡・転貸の効力
譲渡や転貸の当事者間
賃借権の譲渡契約、転貸借契約
担保責任
【最判昭和 34.9.17 民集 13-11-1412】 賃借権の譲渡人の義務。賃借権の譲渡人は、
特別の事情のないかぎり、その譲受人に対し、譲渡につき遅滞なく賃貸人の承諾を
得る義務を負う。
賃借権の譲受人や転借人と賃貸人との関係
明渡請求
賃貸人と賃借人(=賃借権の譲渡人・転貸人)との関係
賃貸借契約の解除(612 条 2 項)
特に借地の場合の不都合
建物の譲渡や処分(抵当権設定など)への影響・制約、土地の利用方法への影響(の
小ささ)
借地借家法 19 条、20 条
承諾に代わる許可
※借家の場合
契約の解除の制限
(2)適法な・承諾のある賃借権の譲渡、転貸の効力
賃借権の譲渡
賃借権の移転、旧賃借人の離脱、新賃借人が賃借人たる地位へ
転貸借
賃貸借を基礎とした転貸借
賃貸人の直接請求(613 条)
賃料請求、用法遵守など
直接請求の範囲
賃料の場合、賃料と転貸料とによる上限
転貸料の方が賃料より大きいときは、差額は賃借人=転貸人に支払う
直接請求の「強さ」 前払い(期限前の支払)は対抗できない
賃借人=転貸人への後払いは対抗できるか、(請求に)処分禁止効があるか
賃借人=転貸人倒産の場合の請求(による優先効)
Cf.先取特権(314 条後段)
賃貸人の選択(613 条 2 項)
賃貸借の終了による影響
賃貸借契約の賃借人の債務不履行を理由とする解除
転借人は、545 条 1 項ただし書「第三者」には該当しない。
4
履行不能による転貸借の終了(
【最判昭和 36.12.21 民集 15-12-3243】参考
判例③)
転借人に対する第三者弁済(474 条 2 項)の機会の付与・通知・催告の要否
【最判昭和 37.3.29 民集 16-3-662】
※明渡請求が権利濫用となる可能性
履行不能となる時期 百選 62 事件【最判平成 9.2.25 民集 51-2-398】転借
料債務の帰趨、転借料相当額についての権利。
※事案の特徴。賃料と転貸料の差。転貸人の改良行為。
※履行不能による当然終了(解除不要)に対し、解除必要説も
賃貸借契約の合意解除
賃貸人は、転借人に対し、合意解除による終了を対抗することができない
(
【大判昭和 9.3.7 民集 13-278】)
。
借地上の建物の賃借人に対しても対抗できない(【最判昭和 38.2.21 民集
17-1-219】参考判例④)
。
※契約の相対効、398 条や 538 条の法理。
※特別な事情のある場合。
【最判昭和 31.4.5 民集 10-4-330】近く予想され
る賃借人の家屋退去までの間に限って、家屋の一部の転貸借につき承諾が
与えられ、転借人もその事情を了承していた場合。合意解除。明渡請求は
権利濫用にはならない。
更新拒絶による満了
【最判平成 14.3.28 民集 56-3-662】百選Ⅰ-2 転貸を予定して行われた事業
用ビル1棟の賃貸借契約が賃借人の更新拒絶により終了した場合。賃貸人
は、信義則上、承諾を得た再転借人に対して、賃貸借契約の終了を対抗で
きない。
賃貸借の終了を転借人に対して対抗できないときの法律関係
協議によるが、整わないとき、
もとの転貸借の転貸人の地位に賃貸人が入る(解釈)
(3)解除権の制限
612 条 2 項の解釈
「信頼関係破壊理論」
原則として解除権発生、例外として、賃借人の行為が賃貸人
に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情(【最判昭和 28.9.25 民集 7-9-979】
参考判例⑤)
背信行為の主張・証明責任
特段の事情の立証責任
賃借人(【最判昭和 41.1.27 民集
20-1-136】
)
特段の事情をめぐる事例
百選 58 事件【最判平成 8.10.14 民集 50-9-2431】実質的な経営者の交代
5
【最判平成 21.11.27 判時 2066-45】同居の親族間での建物譲渡。利用状況に変化なし。
「譲渡又は転貸」の概念
百選 58 事件【最判平成 8.10.14 民集 50-9-2431】実質的な経営者の交代
【最判昭和 40.12.17 民集 19-9-2159】担保目的の賃借権譲渡と 612 条 2 項。終局的確
定的な権利の移転ではない。
【最判平成 9.7.17 民集 51-6-2882】参考判例⑥ 譲渡担保。担保権者が引渡を受けて
使用収益。
特段の事情がある場合の法律関係
解除権の制限
承諾があったのと同じ扱い
【最判昭和 45.12.11 民集 24-13-2015】参考判例⑦ 賃借権の譲渡人は賃貸借契約の当
事者たる地位を失う。契約の解除の意思表示の相手方。
4 賃借人の死亡
賃借人の死亡と居住の保護
内縁者等保護 借地借家法 36 条
賃借人の死亡と家族の居住の確保
賃借権の承継等の問題
<参考> 家族の居住の保障
家族の住居に関し、家族のうち法的な権利者が死亡した場合の同居家族の居住の保障
①A 所有の甲建物に配偶者 B と居住
A の死亡により、B のほか、C、D が甲の所有権を取得(遺産共有)
共有物の利用関係
B は、共有持分に基づき甲の利用を継続できる
B の使用については、遺産分割まで無償で利用できる(【最判平成 8.12.17 民集
50-10-2778】C、D と B との間の使用貸借。
)
Cf. 599 条(使用借主の死亡による終了。使用貸主の死亡は終了原因ではない)
②A 所有の甲建物に内縁の夫/妻 B と居住
A の死亡により、C、D が甲の所有権を取得
甲が A と B の共有であった場合に、無償の相互利用合意(最判平成 年判決)
甲が A の単独所有であった場合
共同事業と認定でき、共同事業による寄与が認められる場合、共有財産
共有財産と認定された場合、従前と同一の目的、態様の不動産の無償使用の
継続。
「内縁の夫婦がその共有する不動産を居住又は共同事業のために共同で
使用してきたときは、特段の事情のない限り、両者の間において、その一方
が死亡した後は他方が右不動産を単独で使用する旨の合意が成立していたも
6
のと推認するのが相当である」
(【最判平成 10.2.26 民集 52-1-255】
)
※ C、D が共有物分割を請求した場合
価格賠償の可能性
共同事業による寄与とまではいえないが通常の家事労働等の場合、裁判例や学説
では財産分与の類推も。しかし、判例は否定(最判平成 12.3.10 民集 54-3-1040)
※生前贈与を認定するなど。なお、相続員がないときは、特別縁故者(958
条の 3)制度の利用。
C、D からの明け渡し請求は権利濫用となる(最判昭和 39.10.13 民集 18-8-1578)
③A 賃借の甲建物に配偶者 B と居住
A の死亡により、B のほか、C、D が甲の賃借権を取得
賃料債務については、B、C、D で分割(?)
B は、準共有持分権に基づき甲の利用を継続できる
B の使用については、遺産分割まで無償で利用できる
B の使用につき、賃貸人に対し賃借権を主張できる
④A 賃借の甲建物に内縁の夫/妻 B と居住
A の死亡により、C、D が甲の賃借権を取得
B は、C、D の賃借権を、賃貸人に対して、援用できる(【最判昭和 42.2.21 民集
21-1-155】)
。
B が賃借人(共同賃借人)になるわけではない。
C、D が賃料を支払わず、賃貸借契約が解除されたときは、賃貸人は B に対し明
渡請求ができる。
C、D から B に対する明渡請求は権利濫用として排除される。
C、D から B に対する不当利得返還請求は?
C、D の賃料不払いにより賃貸借契約が解除された場合(上記)
C、D が賃借権を放棄した場合 (無効とする下級審裁判例)
⑤A 賃借の甲建物に内縁の夫/妻 B と居住
相続人なし
借地借家法 36 条
※権利者についての再考論。家団論(家族共同体が共同賃借人であるという構成)
※761 条を内縁の場合に準用・類推し、761 条の趣旨を根拠に内縁の夫婦の場合他方も共
同賃借人となり、相続人があるときは賃借権の準共有となるとする、など。
5 敷金
(1)敷金(合意)の意義
担保としての敷金の差し入れ
賃貸借契約との関係
賃貸借契約上の債務の担保、別合意
特に賃借人の交代の場合
7
敷金返還請求権
(2)敷金の充当・返還
賃貸借関係存続中
賃貸人からの充当、賃借人からの充当請求
賃貸借関係終了時
当然充当 【最判平成 14.3.28 民集 56-3-689】参考判例⑧
返還(明渡し)との先後関係
百選 59 事件【最判昭和 49.9.2 民集 28-6-1152】明渡しに対し先履行
返還の範囲
敷引特約の効力【最判平成 23.3.24 民集 65-2-903】参考判例⑨
【最判平成 23.7.12 判時 2128-43】
(3)敷金返還請求権(敷金返還債権)の性質
有無、額の不特定の金銭債権 「停止条件付」債権
相殺の可否
転付命令の可否
賃貸人の倒産時の特別の保護
「敷金」の認定
(4)賃貸人の交代
賃貸借契約存続中の賃貸目的物の譲渡の場合
敷金承継法理 【最判昭和 48.2.2 民集 27-1-80】参考判例⑩
返還請求の相手方、範囲【最判昭和 44.7.17 民集 23-8-1610】参考判例⑪
敷金承継法理のメカニズムの確認
賃貸目的物件の譲渡の場合
所有権、賃貸人たる地位、敷金返還債務
免責的債務引受
重畳的債務引受(併存的債務引受)の可能性?
百選 33 事件【最判平成 11.3.25 判時 1674-61】
賃貸借契約終了後の賃貸目的物の譲渡の場合
【最判昭和 48.2.2 民集 27-1-80】参考判例⑩
(5)賃借人の交代
百選 61 事件【最判昭和 53.12.22 民集 32-9-1768】
〔設例 1〕
A は、建物甲を B に賃貸し、B は甲を C に転貸した。
(1) AB 間の賃貸借契約においては、無断譲渡・転貸が禁止されていた。BC 間の転貸借は、
A の承諾なく行われたものなので、A は、AB 間の賃貸借契約を解除し、BC に対し、甲の
8
明渡しを求めた。A の請求は認められるか。
(2) BC 間の転貸借は、A の承諾を得たものであり、AB 間の賃料は月額10万円、BC 間
の賃料は月額50万円である。
① A は、転借料50万円の支払を C に求めることができるか。
② C は、甲の修繕を A に求めることができるか。
(3)
BC 間の転貸借は、A の承諾を得たものであり、AB 間の賃料は月額10万円、BC 間
の賃料は月額50万円である。その後、B が、A の再三の督促にもかかわらず賃料の不払
いを重ね、延滞賃料が12か月分にのぼったため、A は、AB 間の賃貸借契約を解除し、BC
に対し、甲の明渡しを求めた。A の請求は認められるか。
(4) (3)の場合において、B が、C に対し、甲を実際に明け渡すまでの期間の賃料(転借料・
月50万)を請求した。B の請求は認められるか。
(5) BC 間の転貸借は、A の承諾を得たものであった。その後、AB 間で賃貸借契約が合意
解除されたので、A は C に対し、甲の明渡しを求めた。A の請求は認められるか。A は C
に対し、どのような請求ができるか。
(6) BC 間の転貸借は、A の承諾を得たものであった。AB 間の賃貸借は、B の更新拒絶に
より終了した。A は C に対し、甲の明渡しを求めた。A の請求は認められるか。
(7) BC 間の転貸借は、A の承諾を得たものであった。AB 間の賃貸借の期間満了に当たり、
A が更新を拒絶した。A の更新拒絶は認められるか。その際、C の事情は、考慮されるか。
〔設例 2〕
A は、自己の所有する建物甲を、B に賃貸した。
(1) B が引渡しを受ける前に、C が、甲に住みはじめた。B は、どのような手段をとるこ
とができるか。
① C が、A にも B にも無断で、勝手に甲に住みついている場合
② C もまた、A との間で甲の賃貸借契約を締結していた場合
(2) その後、A は、甲を D に譲渡した。
① D は、B に甲の明渡しを求めた。D の請求は、認められるか。
② D は、B に賃料の支払を求めた。D の請求は、認められるか。
〔設例 3〕
A は、建物甲を、期間2年の契約で、B に賃貸した。
(1) B は、甲に、内縁の妻 C と住んでいたが、病を得て亡くなった。C は、引き続き甲建
物に居住することができるか。
① B は、天涯孤独で、相続人がいなかった場合
② B は天涯孤独と思われていたが、調べたところ、唯一の相続人として、姪 D がいた
ことが判明した場合
9
③ B には、唯一の相続人として、姪 D がいたが、D 自身が甲への居住を希望している
場合
〔設例 4〕
A は、その所有する土地甲を B に賃貸した。B は、甲地上に建物乙を建てた。
(1) AB 間では、敷金60万円(賃料6か月分)が差し入れられていた。
① B が、ある月の賃料を払わない。A の請求に対し、B は、敷金から差し引いてくれ、
という。B の主張は認められるか。
② 6か月にわたり B の賃料の不払いが続いている。数え切れないほど督促した後、A
はついに、賃貸借契約を解除する旨、B に告げ、建物収去・土地明渡しを求めた。B は、敷
金がありそれでまかなえるはずだという。A の請求は認められるか。
③ B が、ある月の賃料を払わない。A から、敷金から差し引く旨通告があった。この
充当は認められるか。
④ AB 間の賃貸借契約が終了し、B は乙建物を収去して甲土地を明け渡すことになっ
た。B は、敷金の返還がされるまで、土地を明け渡さないと主張する。B の主張は認めら
れるか。
⑤ A が、甲土地を C に譲渡した。この段階で、B は賃料2か月分を滞納していた。敷
金関係はどうなるか。乙建物が B 名義で登記されていた場合、B の妻名義で登記されてい
た場合、B とは同居していない長男名義で登記されていた場合、未登記であった場合とで、
それぞれ違いはあるか。
⑥ B が、A の承諾を得て、乙建物を C に譲渡した。敷金関係はどうなるか。
(2) B は、実家に戻って家業を継ぐことになったため、乙建物を売却したい。C との間で
ほぼ交渉をまとめ、あとは、A の承諾のみとなった。A に打診したところ、難色を示され
た。B はどうしたらよいか。B がそのまま C に乙建物を譲渡したら、どうなるか。
*****
●参考判例①【最判昭和 28.12.18 民集 7-12-1515】
「民法六〇五条は不動産の賃貸借は之を登記したときは爾後その不動産につき物権を取得
した者に対してもその効力を生ずる旨を規定し、建物保護に関する法律では建物の所有を
目的とする土地の賃借権により土地の賃借人がその土地の上に登記した建物を有するとき
は土地の賃貸借の登記がなくても賃借権をもつて第三者に対抗できる旨を規定しており、
更に罹災都市借地借家臨時処理法一〇条によると罹災建物が滅失した当時から引き続きそ
の建物の敷地又はその換地に借地権を有する者はその借地権の登記及びその土地にある建
物の登記がなくてもその借地権をもつて昭和二一年七月一日から五箇年以内にその土地に
ついて権利を取得した第三者に対抗できる旨を規定しているのであつて、これらの規定に
10
より土地の賃借権をもつてその土地につき権利を取得した第三者に対抗できる場合にはそ
の賃借権はいわゆる物権的効力を有し、その土地につき物権を取得した第三者に対抗でき
るのみならずその土地につき賃借権を取得した者にも対抗できるのである。従つて第三者
に対抗できる賃借権を有する者は爾後その土地につき賃借権を取得しこれにより地上に建
物を建てて土地を使用する第三者に対し直接にその建物の収去、土地の明渡を請求するこ
とができるわけである。
ところで原審の判断したところによると本件土地はもと訴外鴨井ハルの所有に係り同人
から被上告人の父平蔵が普通建物所有の目的で賃借し、平蔵の死後その家督相続をした被
上告人において右賃貸借契約による借主としての権利義務を承継したが、昭和一三年六月
を以て賃貸借期間が満了となつたので、右ハルと被上告人との間で同年一〇月一日被上告
人主張の本件土地賃貸借契約を結んだのであるが、その後昭和一五年五月一七日本件土地
所有権はハルからその養子である訴外鴨井佳哉に譲渡され、ハルの右契約による貸主とし
ての権利義務は佳哉に承継された。ところが被上告人が右借地上に所有していた家屋は昭
和二〇年三月戦災に罹り焼失したが被上告人の借地権は当然に消滅するものでなく罹災都
市借地借家臨時処理法の規定によつて昭和二一年七月一日から五箇年内に右借地について
権利を取得した者に対し右借地権を対抗できるわけであるところ、上告人は本件土地に主
文掲記の建物を建築所有して右土地を占有しているのであるがその理由は上告人は土地所
有者の鴨井佳哉から昭和二二年六月に賃借したというのであるから上告人は被上告人の借
地権をもつて対抗される立場にあり上告人は被上告人の借地権に基く本訴請求を拒否でき
ないというのであるから、原判決は前段説示したところと同一趣旨に出でたものであつて
正当である。
」
●参考判例②【最判昭和 40.12.17 民集 19-9-2159】
「原審の確定した事実によれば、被上告人日本鉄工株式会社は、上告人からその所有の本
件土地を賃借し、地上に本件建物を所有していたが、昭和三四年七月中、判示の事情から、
被上告人日産興業有限会社より会社運営資金の融通を受けることとなり、その手段として、
本件建物を代金二三五万円で被上告人日産興業に譲渡し、その旨登記するとともに、昭和
三七年八月三一日までに右同額をもつて本件建物を買い戻すことができる旨約定して、代
金の交付を受けたというのである。しかし、本件建物の譲渡は、前示のとおり、担保の目
的でなされたものであり、上告人の本件土地賃貸借契約解除の意思表示が被上告人日本鉄
工に到達した昭和三五年三月一一日当時においては、同被上告会社はなお本件建物の買戻
権を有しており、被上告人日産興業に対して代金を提供して該権利を行使すれば、本件建
物の所有権を回復できる地位にあつたところ、その後昭和三六年六月一日、被上告人日本
鉄工は同日産興業に対し債務の全額を支払い、これにより、両会社間では、本件建物の所
有権は被上告人日本鉄工に復帰したものとされたことおよび被上告人日本鉄工は本件建物
の譲渡後も引き続きその使用を許されていたものであつて、その敷地である本件土地の使
11
用状況には変化がなかつたこと等原審の認定した諸事情を総合すれば、本件建物の譲渡は、
債権担保の趣旨でなされたもので、いわば終局的確定的に権利を移転したものではなく、
したがつて、右建物の譲渡に伴い、その敷地である本件土地について、民法六一二条二項
所定の解除の原因たる賃借権の譲渡または転貸がなされたものとは解せられないから、上
告人の契約解除の意思表示はその効力を生じないものといわなければならない。しかして、
本件建物の譲渡についてなされた登記が単純な権利移転登記であつて、買戻特約が登記さ
れていなかつたとしても、右の結論を左右しない。されば、上告人の契約解除の意思表示
を無効とした原審の究極の判断は正当であつて、所論の違法はない。
」
「被上告人日本鉄工の賃借地たる本件土地上の本件建物を同被上告人に対する債権担保
のため譲り受けた被上告人日産興業は、本件建物を所有することにより本件土地を占有し
ているのであるが、右土地について賃借権の譲渡または転貸がなされたものと認められな
いこと前述のとおりであるから、被上告人日産興業の右土地の占有は、被上告人日本鉄工
の賃借権に基づく本件土地の使用収益の範囲内において、同被上告人から許容されている
ものと解すべきであり、しかも、上告人の側から、民法六一二条にいう賃借権の譲渡また
は転貸に当るものとしてこれに干渉を加えることができない結果として、上告人は、本件
土地の賃貸借契約の存続している限り、右土地の占有を受忍すべき関係に立つものである。
そうとすれば、本件土地の所有権に基づき被上告人日産興業に対し明渡を求める上告人の
請求は失当であること明らかである。被上告人日産興業が同日本鉄工の上告人に対する賃
借権に依拠して本件土地を占有している旨の原判決の説示は、用語がやや簡略に失するき
らいはあるが、結局叙上の理を表明したものと解せられるから、所論の瑕疵あるものとは
いえない。
」
●参考判例③【最判昭和 36.12.21 民集 15-12-3243】
「原判決が「およそ賃借人がその債務の不履行により賃貸人から賃貸借契約を解除された
ときは、賃貸借契約の終了と同時に転貸借契約も、その履行不能により当然終了するもの
と解するを相当とする」と判示して所論昭和一〇年一一月一八日言渡の大審院判決を引用
したことは正当である。そして、所論は、原判決が右判決を引用したのは同判決を誤解し
たものであるというが、同判決は、転貸借の終了するに先だち賃貸借が終了したときは爾
後転貸借は当然にその効力を失うことはないが、これをもつて賃貸人に対抗し得ないこと
となるものであつて、賃貸人より転貸人に対し返還請求があれば転貸人はこれを拒否すべ
き理由なく、これに応じなければならないのであるから、その結果転貸人は、転貸人とし
ての義務を履行することが不能となり、その結果として転貸借は終了に帰するものである
旨を判示していることは、同判例の判文上明らかである。しからば、右判例は、本件につ
き原審の確定した事実関係には適切なものであつて、原審がこれを引用判示したことには、
何ら所論の違法はない。
」
12
●参考判例④【最判昭和 38.2.21 民集 17-1-219】
「しかし、原判決が、本件借地契約は、借地法九条にいう一時使用のためのものではなく、
借地法の適用を受ける建物所有のために設定されたものであること、所論調停条項は、所
論の如き趣旨のものではなくて、上告人と訴外稲田文作とが、右の本件借地契約を合意解
除してこれを消滅せしめるとの趣旨であるとした判断は、挙示の証拠関係及び事実関係に
徴し、首肯できなくはない。
ところで、本件借地契約は、右の如く、調停により地主たる上告人と借地人たる訴外稲
田文作との合意によつて解除され、消滅に至つたものではあるが、原判決によれば、前叙
の如く、右稲田文作は右借地の上に建物を所有しており、昭和三〇年三月からは、被上告
人がこれを賃借して同建物に居住し、家具製造業を営んで今日に至つているというのであ
るから、かかる場合においては、たとえ上告人と訴外稲田文作との間で、右借地契約を合
意解除し、これを消滅せしめても、特段の事情がない限りは、上告人は、右合意解除の効
果を、被上告人に対抗し得ないものと解するのが相当である。
なぜなら、上告人と被上告人との間には直接に契約上の法律関係がないにもせよ、建物
所有を目的とする土地の賃貸借においては、土地賃貸人は、土地賃借人が、その借地上に
建物を建築所有して自らこれに居住することばかりでなく、反対の特約がないかぎりは、
他にこれを賃貸し、建物賃借人をしてその敷地を占有使用せしめることをも当然に予想し、
かつ認容しているものとみるべきであるから、建物賃借人は、当該建物の使用に必要な範
囲において、その敷地の使用収益をなす権利を有するとともに、この権利を土地賃貸人に
対し主張し得るものというべく、右権利は土地賃借人がその有する借地権を抛棄すること
によつて勝手に消滅せしめ得ないものと解するのを相当とするところ、土地賃貸人とその
賃借人との合意をもつて賃貸借契約を解除した本件のような場合には賃借人において自ら
その借地権を抛棄したことになるのであるから、これをもつて第三者たる被上告人に対抗
し得ないものと解すべきであり、このことは民法三九八条、五三八条の法理からも推論す
ることができるし、信義誠実の原則に照しても当然のことだからである。
(昭和九年三月七
日大審院判決、民集一三巻二七八頁、昭和三七年二月一日当裁判所第一小法廷判決、最高
裁判所民事裁判集五八巻四四一頁各参照)。
されば、原審判断は、結局において正当であり、論旨は、ひつきよう原審が適法にした
事実認定を非難するか、独自の見解をもつて原判決に所論違法ある如く主張するに帰する
から、採るを得ない。
」
●参考判例⑤【最判昭和 28.9.25 民集 7-9-979】
「原判決の確定したところによれば、被上告人小林はかつて本件宅地上に建坪四七坪五合
と二四坪との二棟の倉庫を建設所有し、前者を被上告人時田平八の父熊吉において小林か
ら賃借していたところ、昭和二〇年六月二〇日戦災に因り右二棟の建物が焼失したので、
同二一年一〇月上旬熊吉は小林に対し罹災都市借地借家臨時処理法三条の規定に基き右四
13
七坪五合の建物敷地の借地権譲渡の申出を為し、小林の承諾を得てその借地権を取得した。
そこで熊吉は小林の同一借地上である限り右坪数の範囲内においては以前賃借していた倉
庫の敷地以外の場所に建物を建設しても差支ないものと信じ、その敷地に隣接する本件係
争地上に建物を建築することとし、小林も亦同様な見解のもとに右建築を容認したという
のである。
元来民法六一二条は、賃貸借が当事者の個人的信頼を基礎とする継続的法律関係である
ことにかんがみ、賃借人は賃貸人の承諾がなければ第三者に賃借権を譲渡し又は転貸する
ことを得ないものとすると同時に、賃借人がもし賃貸人の承諾なくして第三者をして賃借
物の使用収益を為さしめたときは、賃貸借関係を継続するに堪えない背信的所為があつた
ものとして、賃貸人において一方的に賃貸借関係を終止せしめ得ることを規定したものと
解すべきである。したがつて、賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用収益
を為さしめた場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに
足らない特段の事情がある場合においては、同条の解除権は発生しないものと解するを相
当とする。
然らば、本件において、被上告人小林が時田熊吉に係争土地の使用を許した事情が前記
原判示の通りである以上、小林の右行為を以て賃貸借関係を継続するに堪えない著しい背
信的行為となすに足らないことはもちろんであるから、上告人の同条に基く解除は無効と
いうの外はなく、これと同趣旨に出でた原判決は相当であつて、所論は理由がない。
」
※意見、および補足意見がある。
●参考判例⑥【最判平成 9.7.17 民集 51-6-2882】
「
本件請求は、上告人が、本件土地の所有権に基づき、同土地上の本件建物を占有する
被上告人に対して、同建物から退去して同土地を明け渡すことを求めるものである。被上
告人は、抗弁として、本件土地の賃借人である竹内から本件建物を賃借している旨を主張
しているところ、上告人は、再抗弁として、民法六一二条に基づき竹内との間の同土地の
賃貸借契約を解除した旨を主張している。
原審は、被上告人の抗弁について明示の判断を示さないまま、上告人の本件土地の賃貸
借契約の解除の主張につき次のとおり判断し、上告人の請求を棄却した。
1
前記事実関係の下においては、光山は、竹内に一三〇〇万円を貸し付け、右貸金債権
を担保するために本件建物に譲渡担保権の設定を受け、貸金の利息として被上告人から同
建物の賃料を受領している可能性が大きいということができるから、光山が本件建物の所
有権を終局的、確定的に取得したものと認めることはできない。
2
竹内の光山に対する右貸金債務は、弁済期が既に経過しているにもかかわらず弁済さ
れていないが、光山が譲渡担保権を実行したと認めるに足りる証拠はないから、本件建物
の所有権の確定的譲渡はいまだされていない。
3
そうすると、本件土地の賃借権も、光山に終局的、確定的に譲渡されていないから、
14
同土地について、民法六一二条所定の解除の原因である賃借権の譲渡がされたものとはい
えず、上告人の本件賃貸借契約解除の意思表示は、その効力を生じない。
三
しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりで
ある。
1
借地人が借地上に所有する建物につき譲渡担保権を設定した場合には、建物所有権の
移転は債権担保の趣旨でされたものであって、譲渡担保権者によって担保権が実行される
までの間は、譲渡担保権設定者は受戻権を行使して建物所有権を回復することができるの
であり、譲渡担保権設定者が引き続き建物を使用している限り、右建物の敷地について民
法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたと解することはできない(最高裁昭和三
九年(オ)第四二二号同四〇年一二月一七日第二小法廷判決・民集一九巻九号二一五九頁
参照)
。しかし、地上建物につき譲渡担保権が設定された場合であっても、譲渡担保権者が
建物の引渡しを受けて使用又は収益をするときは、いまだ譲渡担保権が実行されておらず、
譲渡担保権設定者による受戻権の行使が可能であるとしても、建物の敷地について民法六
一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたものと解するのが相当であり、他に賃貸人に
対する信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情のない限り、賃貸人は同条二項
により土地賃貸借契約を解除することができるものというべきである。けだし、
(1)民法
六一二条は、賃貸借契約における当事者間の信頼関係を重視して、賃借人が第三者に賃借
物の使用又は収益をさせるためには賃貸人の承諾を要するものとしているのであって、賃
借人が賃借物を無断で第三者に現実に使用又は収益させることが、正に契約当事者間の信
頼関係を破壊する行為となるものと解するのが相当であり、
(2)譲渡担保権設定者が従前
どおり建物を使用している場合には、賃借物たる敷地の現実の使用方法、占有状態に変更
はないから、当事者間の信頼関係が破壊されるということはできないが、
(3)譲渡担保権
者が建物の使用収益をする場合には、敷地の使用主体が替わることによって、その使用方
法、占有状態に変更を来し、当事者間の信頼関係が破壊されるものといわざるを得ないか
らである。
2
これを本件についてみるに、原審の前記認定事実によれば、光山は、竹内から譲渡担
保として譲渡を受けた本件建物を被上告人に賃貸することによりこれの使用収益をしてい
るものと解されるから、竹内の光山に対する同建物の譲渡に伴い、その敷地である本件土
地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたものと認めるのが相当であ
る。本件において、仮に、光山がいまだ譲渡担保権を実行しておらず、竹内が本件建物に
つき受戻権を行使することが可能であるとしても、右の判断は左右されない。
3
そうすると、特段の事情の認められない本件においては、上告人の本件賃貸借契約解
除の意思表示は効力を生じたものというべきであり、これと異なる見解に立って、本件土
地の賃貸借について民法六一二条所定の解除原因があるとはいえないとして、上告人によ
る契約解除の効力を否定した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この
違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上
15
告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前に説示したと
ころによれば、上告人の再抗弁は理由があるから、上告人の本件請求は、これを認容すべ
きである。右と結論を同じくする第一審判決は正当であって、被上告人の控訴は棄却すべ
きものである。
」
●参考判例⑦【最判昭和 45.12.11 民集 24-13-2015】
「ところで、土地の賃借人がその地上に所有する建物を他人に譲渡した場合であつても、
必ずしもそれに伴つて当然に土地の賃借権が譲渡されたものと認めなければならないもの
ではなく、具体的な事実関係いかんによつては、建物譲渡人が譲渡後も土地賃貸借契約上
の当事者たる地位を失わず、土地の転貸がなされたにすぎないと認めるのを相当とする場
合もあるというべきところ、本件において、塚田と上告人水野谷との身分関係および建物
譲渡の目的が前示のとおりであり、譲渡後も塚田において賃料の支払、供託をしているこ
となどの事情を考慮すれば、塚田は上告人水野谷に本件土地を転貸したものと認める余地
がないわけではない。しかるに、原判決は、右の事情をなんら顧慮せず、この点をさらに
審究することなく、借地上の建物が譲渡されたことの一事をもつて、たやすく土地賃借権
が譲渡されたものと認めたのである。
しかし、土地賃借権の譲渡が、賃貸人の承諾を得ないでなされたにかかわらず、賃貸人
に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるため、賃貸人が右無断譲渡を理由
として賃貸借契約を解除することができない場合においては、譲受人は、承諾を得た場合
と同様に、譲受賃借権をもつて賃貸人に対抗することができるものと解されるところ(最
高裁昭和三九年(オ)第二五号・同年六月三〇日第三小法廷判決、民集一八巻五号九九一
頁、同昭和四〇年(オ)第五三七号・同四二年一月一七日第三小法廷判決、民集二一巻一
号一頁参照)
、このような場合には、賃貸人と譲渡人との間に存した賃貸借契約関係は、賃
貸人と譲受人との間の契約関係に移行して、譲受人のみが賃借人となり、譲渡人たる前賃
借人は、右契約関係から離脱し、特段の意思表示がないかぎり、もはや賃貸人に対して契
約上の債務を負うこともないものと解するのが相当である。したがつて、本件において、
原判示のとおり土地賃借権が譲渡されたものであるならば、上告人水野谷は、賃借権の譲
受をもつて被上告人に対抗することができ、適法な賃借人となつたものであり、他面、塚
田は、賃貸借契約上の当事者たる地位を失い、昭和三四年九月当時被上告人から賃貸借契
約解除の意思表示を受けるべき地位になかつたものと解すべきである。
してみれば、原判決は、塚田から上告人水野谷に土地賃借権が譲渡されたものと認める
につき審理を尽くさなかつたものというべく、さらに、右賃借権譲渡の事実にかかわらず、
塚田の賃料債務の不履行を理由として同人に対してなされた解除の意思表示によつて、本
件土地賃貸借契約が有効に解除され、上告人水野谷は被上告人に対抗しうべき占有権原を
有しないものであるとしたことは、賃借権譲渡の法律関係についての前示のような法理の
判断を誤り、ひいては理由にそごを来たしたものといわなくてはならない。
」
16
●参考判例⑧【最判平成 14.3.28 民集 56-3-689】
「本件は、抵当不動産について敷金契約の付随する賃貸借契約が締結されたところ、抵当
権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえ、取立権に基づきその支払等を求めた
事案であり、賃貸借契約が終了し、目的物が明け渡された場合における敷金の賃料への充
当は、上記物上代位権の行使によって妨げられるか否かが争点となっている。
賃貸借契約における敷金契約は、授受された敷金をもって、賃料債権、賃貸借終了後の
目的物の明渡しまでに生ずる賃料相当の損害金債権、その他賃貸借契約により賃貸人が賃
借人に対して取得することとなるべき一切の債権を担保することを目的とする賃貸借契約
に付随する契約であり、敷金を交付した者の有する敷金返還請求権は、目的物の返還時に
おいて、上記の被担保債権を控除し、なお残額があることを条件として、残額につき発生
することになる(最高裁昭和46年(オ)第357号同48年2月2日第二小法廷判決・
民集27巻1号80頁参照)
。これを賃料債権等の面からみれば、目的物の返還時に残存す
る賃料債権等は敷金が存在する限度において敷金の充当により当然に消滅することになる。
このような敷金の充当による未払賃料等の消滅は、敷金契約から発生する効果であって、
相殺のように当事者の意思表示を必要とするものではないから、民法511条によって上
記当然消滅の効果が妨げられないことは明らかである。
また、抵当権者は、物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前は、原則として抵
当不動産の用益関係に介入できないのであるから、抵当不動産の所有者等は、賃貸借契約
に付随する契約として敷金契約を締結するか否かを自由に決定することができる。したが
って、敷金契約が締結された場合は、賃料債権は敷金の充当を予定した債権になり、この
ことを抵当権者に主張することができるというべきである。
以上によれば、敷金が授受された賃貸借契約に係る賃料債権につき抵当権者が物上代位
権を行使してこれを差し押えた場合においても、当該賃貸借契約が終了し、目的物が明け
渡されたときは、賃料債権は、敷金の充当によりその限度で消滅するというべきであり、
これと同旨の見解に基づき、上告人の請求を棄却した原審の判断は、正当として是認する
ことができ、原判決に所論の違法はない。」
●参考判例⑨【最判平成 23.3.24 民集 65-2-903】
「本件は、居住用建物を被上告人から賃借し、賃貸借契約終了後これを明け渡した上告人
が、被上告人に対し、同契約の締結時に差し入れた保証金のうち返還を受けていない21
万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。被上告人は、同契約には保
証金のうち一定額を控除し、これを被上告人が取得する旨の特約が付されていると主張す
るのに対し、上告人は、同特約は消費者契約法10条により無効であるとして、これを争
っている。
」
「3
原審は、本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできないと
17
して、上告人の請求を棄却すべきものとした。」
「4
所論は、建物の賃貸借においては、通常損耗等に係る投下資本の減価の回収は、通
常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることによ
り行われるものであるのに、賃料に加えて、賃借人に通常損耗等の補修費用を負担させる
本件特約は、賃借人に二重の負担を負わせる不合理な特約であって、信義則に反して消費
者の利益を一方的に害するものであるから、消費者契約法10条により無効であるという
のである。
」
「そこで、本件特約が消費者契約法10条により無効であるか否かについて検討する。
(1)まず、消費者契約法10条は、消費者契約の条項が、民法等の法律の公の秩序に関
しない規定、すなわち任意規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消
費者の義務を加重するものであることを要件としている。
本件特約は、敷金の性質を有する本件保証金のうち一定額を控除し、これを賃貸人が取
得する旨のいわゆる敷引特約であるところ、居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約
は、契約当事者間にその趣旨について別異に解すべき合意等のない限り、通常損耗等の補
修費用を賃借人に負担させる趣旨を含むものというべきである。本件特約についても、本
件契約書19条1項に照らせば、このような趣旨を含むことが明らかである。
ところで、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されている
ものであるから、賃借人は、特約のない限り、通常損耗等についての原状回復義務を負わ
ず、その補修費用を負担する義務も負わない。そうすると、賃借人に通常損耗等の補修費
用を負担させる趣旨を含む本件特約は、任意規定の適用による場合に比し、消費者である
賃借人の義務を加重するものというべきである。
(2)次に、消費者契約法10条は、消費者契約の条項が民法1条2項に規定する基本原
則、すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることを要件として
いる。
賃貸借契約に敷引特約が付され、賃貸人が取得することになる金員(いわゆる敷引金)
の額について契約書に明示されている場合には、賃借人は、賃料の額に加え、敷引金の額
についても明確に認識した上で契約を締結するのであって、賃借人の負担については明確
に合意されている。そして、通常損耗等の補修費用は、賃料にこれを含ませてその回収が
図られているのが通常だとしても、これに充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合
意が成立している場合には、その反面において、上記補修費用が含まれないものとして賃
料の額が合意されているとみるのが相当であって、敷引特約によって賃借人が上記補修費
用を二重に負担するということはできない。また、上記補修費用に充てるために賃貸人が
取得する金員を具体的な一定の額とすることは、通常損耗等の補修の要否やその費用の額
をめぐる紛争を防止するといった観点から、あながち不合理なものとはいえず、敷引特約
が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない。
もっとも、消費者契約である賃貸借契約においては、賃借人は、通常、自らが賃借する
18
物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額については十分な情報を有していない上、賃貸人
との交渉によって敷引特約を排除することも困難であることからすると、敷引金の額が敷
引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には、賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及
び量並びに交渉力の格差を背景に、賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたもの
とみるべき場合が多いといえる。
そうすると、消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、当該建
物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金
の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである
場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事
情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、
消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。
(3)これを本件についてみると、本件特約は、契約締結から明渡しまでの経過年数に応
じて18万円ないし34万円を本件保証金から控除するというものであって、本件敷引金
の額が、契約の経過年数や本件建物の場所、専有面積等に照らし、本件建物に生ずる通常
損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。また、
本件契約における賃料は月額9万6000円であって、本件敷引金の額は、上記経過年数
に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることに加えて、上告人は、
本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには、
礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない。
そうすると、本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず、本件特約が消費
者契約法10条により無効であるということはできない。
6 原審の判断は、以上と同旨をいうものとして是認することができる。
」
●参考判例⑩【最判昭和 48.2.2 民集 27-1-80】
「思うに、家屋賃貸借における敷金は、賃貸借存続中の賃料債権のみならず、賃貸借終了
後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金の債権その他賃貸借契約により賃貸人が
賃借人に対して取得することのあるべき一切の債権を担保し、賃貸借終了後、家屋明渡が
なされた時において、それまでに生じた右の一切の被担保債権を控除しなお残額があるこ
とを条件として、その残額につき敷金返還請求権が発生するものと解すべきであり、本件
賃貸借契約における前記条項もその趣旨を確認したものと解される。しかしながら、ただ
ちに、原判決の右の見解を是認することはできない。すなわち、敷金は、右のような賃貸
人にとつての担保としての権利と条件付返還債務とを含むそれ自体一個の契約関係であつ
て、敷金の譲渡ないし承継とは、このような契約上の地位の移転にほかならないとともに、
このような敷金に関する法律関係は、賃貸借契約に付随従属するのであつて、これを離れ
て独立の意義を有するものではなく、賃貸借の当事者として、賃貸借契約に関係のない第
三者が取得することがあるかも知れない債権までも敷金によつて担保することを予定して
19
いると解する余地はないのである。したがつて、賃貸借継続中に賃貸家屋の所有権が譲渡
され、新所有者が賃貸人の地位を承継する場合には、賃貸借の従たる法律関係である敷金
に関する権利義務も、これに伴い当然に新賃貸人に承継されるが、賃貸借終了後に家屋所
有権が移転し、したがつて、賃貸借契約自体が新所有者に承継されたものでない場合には、
敷金に関する権利義務の関係のみが新所有者に当然に承継されるものではなく、また、旧
所有者と新所有者との間の特別の合意によつても、これのみを譲渡することはできないも
のと解するのが相当である。このような場合に、家屋の所有権を取得し、賃貸借契約を承
継しない第三者が、とくに敷金に関する契約上の地位の譲渡を受け、自己の取得すべき賃
借人に対する不法占有に基づく損害賠償などの債権に敷金を充当することを主張しうるた
めには、賃貸人であつた前所有者との間にその旨の合意をし、かつ、賃借人に譲渡の事実
を通知するだけでは足りず、賃借人の承諾を得ることを必要とするものといわなければな
らない。しかるに、本件においては、被上告人から竹内への敷金の譲渡につき、上告人の
差押前に粟田が承諾を与えた事実は認定されていないのであるから、被上告人および竹内
は、右譲渡が有効になされ敷金に関する権利義務が竹内に移転した旨、および竹内の取得
した損害賠償債権に敷金が充当された旨を、粟田および上告人に対して主張することはで
きないものと解すべきである。したがつて、これと異なる趣旨の原判決の前記判断は違法
であつて、この点を非難する論旨は、その限度において理由がある。
しかし、さらに検討するに、前述のとおり、敷金は、賃貸借終了後家屋明渡までの損害
金等の債権をも担保し、その返還請求権は、明渡の時に、右債権をも含めた賃貸人として
の一切の債権を控除し、なお残額があることを条件として、その残額につき発生するもの
と解されるのであるから、賃貸借終了後であつても明渡前においては、敷金返還請求権は、
その発生および金額の不確定な権利であつて、券面額のある債権にあたらず、転付命令の
対象となる適格のないものと解するのが相当である。そして、本件のように、明渡前に賃
貸人が目的家屋の所有権を他へ譲渡した場合でも、賃借人は、賃貸借終了により賃貸人に
家屋を返還すべき契約上の債務を負い、占有を継続するかぎり右債務につき遅滞の責を免
れないのであり、賃貸人において、賃借人の右債務の不履行により受くべき損害の賠償請
求権をも敷金によつて担保しうべきものであるから、このような場合においても、家屋明
渡前には、敷金返還請求権は未確定な債権というべきである。したがつて、上告人が本件
転付命令を得た当時粟田がいまだ本件各家屋の明渡を了していなかつた本件においては、
本件敷金返還請求権に対する右転付命令は無効であり、上告人は、これにより右請求権を
取得しえなかつたものと解すべきであつて、原判決中これと同趣旨の部分は、正当として
是認することができる。
」
●参考判例⑪【最判昭和 44.7.17 民集 23-8-1610】
「しかして、上告人が本件賃料の支払をとどこおつているのは昭和三三年三月分以降の分
についてであることは、上告人も原審においてこれを認めるところであり、また、原審の
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確定したところによれば、上告人は、当初の本件建物賃貸人訴外亡谷口徳次郎に敷金を差
し入れているというのである。思うに、敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務
不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから、建物
賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があつた場合には、
旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその
弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額につい
てのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。したがつて、当
初の本件建物賃貸人訴外亡谷口徳次郎に差し入れられた敷金につき、その権利義務関係は、
同人よりその相続人訴外谷口トシエらに承継されたのち、右トシエらより本件建物を買受
けてその賃貸人の地位を承継した新賃貸人である被上告人に、右説示の限度において承継
されたものと解すべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。」
中間試案
第 38 賃貸借
3 賃貸借の存続期間(民法第604条関係)
民法第604条を削除するものとする。
(注)民法第604条を維持するという考え方がある。
4 不動産賃貸借の対抗力,賃貸人たる地位の移転等(民法第605条関係)
民法第605条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 不動産の賃貸借は,これを登記したときは,その不動産について物権を取得した者その他の第三者に
対抗することができるものとする。
(2) 不動産の譲受人に対して上記(1)により賃貸借を対抗することができる場合には,その賃貸人たる地位
は,譲渡人から譲受人に移転するものとする。
(3) 上記(2)の場合において,譲渡人及び譲受人が,賃貸人たる地位を譲渡人に留保し,かつ,当該不動産
を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは,賃貸人たる地位は,譲受人に移転しないものとする。
この場合において,その後に譲受人と譲渡人との間の賃貸借が終了したときは,譲渡人に留保された賃貸
人たる地位は,譲受人又はその承継人に移転するものとする。
(4) 上記(2)又は(3)第2文による賃貸人たる地位の移転は,賃貸物である不動産について所有権移転の登記
をしなければ,賃借人に対抗することができないものとする。
(5) 上記(2)又は(3)第2文により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは,後記7(2)の敷
金の返還に係る債務及び民法第608条に規定する費用の償還に係る債務は,譲受人又はその承継人に移
転するものとする。
(注)上記(3)については,規定を設けない(解釈に委ねる)という考え方がある。
5 合意による賃貸人たる地位の移転
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不動産の譲受人に対して賃貸借を対抗することができない場合であっても,その賃貸人たる地位は,譲
渡人及び譲受人の合意により,賃借人の承諾を要しないで,譲渡人から譲受人に移転させることができる
ものとする。この場合においては,前記4(4)及び(5)を準用するものとする。
6 不動産の賃借人による妨害排除等請求権
不動産の賃借人は,賃貸借の登記をした場合又は借地借家法その他の法律が定める賃貸借の対抗要件を
備えた場合において,次の各号に掲げるときは,当該各号に定める請求をすることができるものとする。
(1) 不動産の占有を第三者が妨害しているとき
(2) 不動産を第三者が占有しているとき
当該第三者に対する妨害の停止の請求
当該第三者に対する返還の請求
7 敷金
(1) 敷金とは,いかなる名義をもってするかを問わず,賃料債務その他の賃貸借契約に基づいて生ずる賃
借人の賃貸人に対する金銭債務を担保する目的で,賃借人が賃貸人に対して交付する金銭をいうものとす
る。
(2) 敷金が交付されている場合において,賃貸借が終了し,かつ,賃貸人が賃貸物の返還を受けたとき,
又は賃借人が適法に賃借権を譲渡したときは,賃貸人は,賃借人に対し,敷金の返還をしなければならな
いものとする。この場合において,賃料債務その他の賃貸借契約に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対す
る金銭債務があるときは,敷金は,当該債務の弁済に充当されるものとする。
(3) 上記(2)第1文により敷金の返還債務が生ずる前においても,賃貸人は,賃借人が賃料債務その他の賃
貸借契約に基づいて生じた金銭債務の履行をしないときは,敷金を当該債務の弁済に充当することができ
るものとする。この場合において,賃借人は,敷金を当該債務の弁済に充当することができないものとす
る。
8 賃貸物の修繕等(民法第606条第1項関係)
民法第606条第1項の規律を次のように改めるものとする。
(1) 賃貸人は,賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負うものとする。
(2) 賃借物が修繕を要する場合において,賃借人がその旨を賃貸人に通知し,又は賃貸人がその旨を知っ
たにもかかわらず,賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないときは,賃借人は,自ら賃借物の使用及
び収益に必要な修繕をすることができるものとする。ただし,急迫の事情があるときは,賃借人は,直ち
に賃借物の使用及び収益に必要な修繕をすることができるものとする。
(注)上記(2)については,「賃貸人が上記(1)の修繕義務を履行しないときは,賃借人は,賃借物の使用及
び収益に必要な修繕をすることができる」とのみ定めるという考え方がある。
9 減収による賃料の減額請求等(民法第609条・第610条関係)
10 賃借物の一部滅失等による賃料の減額等(民法第611条関係)
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民法第611条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 賃借物の一部が滅失した場合その他の賃借人が賃借物の一部の使用及び収益をすることができなくな
った場合には,賃料は,その部分の割合に応じて減額されるものとする。この場合において,賃借物の一
部の使用及び収益をすることができなくなったことが契約の趣旨に照らして賃借人の責めに帰すべき事由
によるものであるときは,賃料は,減額されないものとする。
(2) 上記(1)第2文の場合において,賃貸人は,自己の債務を免れたことによって利益を得たときは,これ
を賃借人に償還しなければならないものとする。
(3) 賃借物の一部が滅失した場合その他の賃借人が賃借物の一部の使用及び収益をすることができなくな
った場合において,残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは,賃借
人は,契約の解除をすることができるものとする。
(注)上記(1)及び(2)については,民法第611条第1項の規律を維持するという考え方がある。
11 転貸の効果(民法第613条関係)
民法第613条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 賃借人が適法に賃借物を転貸したときは,賃貸人は,転借人が転貸借契約に基づいて賃借物の使用及
び収益をすることを妨げることができないものとする。
(2) 賃借人が適法に賃借物を転貸したときは,転借人は,転貸借契約に基づく債務を賃貸人に対して直接
履行する義務を負うものとする。この場合において,直接履行すべき債務の範囲は,賃貸人と賃借人(転
貸人)との間の賃貸借契約に基づく債務の範囲に限られるものとする。
(3) 上記(2)の場合において,転借人は,転貸借契約に定めた時期の前に転貸人に対して賃料を支払ったと
しても,上記(2)の賃貸人に対する義務を免れないものとする。
(4) 上記(2)及び(3)は,賃貸人が賃借人に対してその権利を行使することを妨げないものとする。
(5) 賃借人が適法に賃借物を転貸した場合において,賃貸人及び賃借人が賃貸借契約を合意により解除し
たときは,賃貸人は,転借人に対し,当該解除の効力を主張することができないものとする。ただし,当
該解除の時点において債務不履行を理由とする解除の要件を満たしていたときは,この限りでないものと
する。
(注)上記(3)については,民法第613条第1項後段の文言を維持するという考え方がある。
12 賃借物の全部滅失等による賃貸借の終了
賃借物の全部が滅失した場合その他の賃借人が賃借物の全部の使用及び収益をすることができなくなっ
た場合には,賃貸借は,終了するものとする。
13 賃貸借終了後の収去義務及び原状回復義務(民法第616条,第598条関係)
民法第616条(同法第598条の準用)の規律を次のように改めるものとする。
(1) 賃借人は,賃借物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において,賃貸借が終了したとき
は,その附属させた物を収去する権利を有し,義務を負うものとする。ただし,賃借物から分離すること
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ができない物又は賃借物から分離するのに過分の費用を要する物については,この限りでないものとする。
(2) 賃借人は,賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷がある場合において,賃貸借が終了したときは,
その損傷を原状に復する義務を負うものとする。この場合において,その損傷が契約の趣旨に照らして賃
借人の責めに帰することができない事由によって生じたものであるときは,賃借人は,その損傷を原状に
復する義務を負わないものとする。
(3) 賃借人は,賃借物の通常の使用及び収益をしたことにより生じた賃借物の劣化又は価値の減少につい
ては,これを原状に復する義務を負わないものとする。
14 損害賠償及び費用償還の請求権に関する期間制限(民法第621条,第600条関係)
民法第621条(同法第600条の準用)の規律を次のように改めるものとする。
(1) 契約の趣旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償は,賃貸人が賃貸物の返還を受けた時か
ら1年以内に請求しなければならないものとする。
(2) 上記(1)の損害賠償請求権については,賃貸人が賃貸物の返還を受けた時から1年を経過するまでの間
は,消滅時効は,完成しないものとする。
(3) 賃借人が支出した費用の償還請求権に関する期間制限の部分を削除するものとする。
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