Burkina Faso is a poor, landlocked country that faces

IDA の取り組み
エチオピア: 最も弱い立場の人々を守るために
マ
ルクス主義のデルグ政権打倒により長い内戦が終わった 1991 年、エチオピア国民は極端な
貧困の中、基本的サービスも不十分という混乱状態に直面していました。インフラは放置・
破壊され、政策も中央政府による管理というパラダイムによるものであったため、シビルソサ
エティや民間セクターの参画する余地はほとんど残されていませんでした。
その後も、断続的な干ばつやエリトリアとの 2 年にわたる紛争があった上、民主主義への移行が進ま
ないことで政治的な緊張が高まりました。ただ、こうした挫折を経験しながらも、エチオピアは力強い
経済成長を記録し、主だった人間開発指数も大幅に改善しています。初等学校の就学者数は 2 倍以
上になり、小児死亡率は半分近くまで減少し、清潔な水を利用できる人の数は 2 倍近くに増えていま
す。貧困も緩和されてはいますが、エチオピアの貧困は依然としてあまりにも深刻で、農村部に住む
多くの人々が今も孤立しており、食糧不足にあえいでいます。
国別指標
一人当たり国内総生産(GDP)(単位:ドル)
108
1991年
141
2005年
インフレ率(消費者物価の変化率、単位:%)
36
12
対外債務(対 GDP 比、単位:%)
97
16 (2006)
貧困者比率(単位:%)
46 (1996)
39 (2006)
初等教育の総就学率(単位:%)
30
79
5 歳未満の子供死亡件数(1000 人当たり)
204 (1990)
123
清潔な水の利用状況(対人口比、単位:%)
19 (1990)
36 (2004)
道路網(単位:km)
23,442 (2005)
37,018
人口(単位:100 万人)
53
71
出典:エチオピア政府、貧困撲滅のための迅速かつ持続的開発計画(PASDEP)、世界銀行、「世界開発指標」
世界銀行のグループ機関で、世界で最も貧しい国々を支援する国際開発協会(IDA)は、エチオピア
に対する最大の開発援助提供機関として、この国の移行を支援しました。支援は財務面にとどまらず、
必要な改革と政策変更の裏づけとなる分析を提供することによっても行われました。さらに、IDA は、
より効果的で調和のとれた援助プログラムを通じてこの国を支援するよう、ほかのドナーに働きかけ
るという主導的役割も果たしました。
今日、エチオピアの課題は、市民の生活改善と、飢餓の影響を受けにくくするための取り組みを継続
的に行なうことにあります。しかも、単に公共サービスを継続的に向上させるだけではなく、民間セク
ター主導の経済成長加速と、あらゆるレベルでのガバナンス改善を、高い透明性と説明責任をもって、
かつ一般の人々の参画により実現させなければならないのです。
1
国別成果
再び実現した成長
エチオピアの開発実績
前政権時代の負の遺産
1990 年代初期の一人当たり所得は、1960 年代
初期の水準にまで戻りました。1991 年、マルクス
主義のデルグ政権が崩壊しましたが、新しい政
府には、不十分なガバナンス、方向性を誤った
経済政策、インフラスの劣化、社会サービスの
衰退といった課題が残されました。
国際社会の支援の下、新政府は、中央政府によ
る計画経済から市場経済への移行し、権限とリ
ソースの一部を地域・地方の政府に移譲するた
め、一連の改革に着手しました。
国民一人当たり実質 GDP(単位:エチオピア・ブル)
子供たちの明るい未来
1990 年代初頭以来、初等学校の就学者数は 2
倍以上に増え、小児死亡率は半分近くまで下が
り、清潔な水を利用できる人の数は 2 倍近くに増
えています。こうした進歩は、マラリア対策の強
化という最近の動きもあり、子供たちの将来の
暮らしに明るい展望をひらくものです。ただし、エ
チオピアの子供たちが社会の中できわめて弱い
立場にあることには変わりありません。また、こう
した進歩は、広範な貧困削減や成長の基盤とも
なります。
深刻な課題や後退があったにもかかわらず、過
去 15 年間に経済は着実に成長し、ついに一人
当たり GDP として最後の最高水準だった 1970
年代初頭を上回りました(下の図を参照)。
2004/05 年度の実質 GDP 成長率は、深刻な干
ばつにもかかわらず 11.9%を記録した 2003/04
年度に続き、10.5%となりました。
堅調な成長は、さまざまな混乱や衝撃にもかか
わらず達成されました。具体的には、1998 年か
ら 2000 年までのエリトリアとの紛争、断続的な干
ばつ、コーヒー(エチオピア最大の輸出品)の価
格急落や原油価格急騰といった交易条件の悪
化などがありました。
国民一人当たり実質 GDP –傾向線
の分権化と市場経済への移行に向けた前進、さ
らには貧困世帯に直接恩恵を与えるプログラム
への資源配分のための政策への投資が挙げら
れます。これら 3 つの要因はいずれも、エチオピ
アの国際パートナーが協力に支援する分野に寄
与するものです。
人間開発の重要な点では進展が見られている
にもかかわらず、エチオピアが 2015 年までにミ
レニアム開発目標(MDG)を達成するのは、そも
そもとても低い水準からスタートしていることや、
何度も繰り返し発生する干ばつの損害を考えれ
ば、依然としてかなり困難です。
進歩の主な理由として、慎重な経済管理、政府
2
IDA の貢献
に、緊急援助を行ないました。
国際開発協会(IDA)は、エチオピアにとって最大
の政府開発援助機関として、1991 年以降、基本
的サービスの保護や食糧の安全保障、道路とい
った分野を中心に、エチオピアで 41 件のプロジ
ェクトに 42 億ドルを拠出してきました。また、債務
削減措置の結果、貧しい人々に恩恵をもたらす
プログラムのために資源を使えるようになりまし
た。
2005 年の選挙で無効の申し立てがあったのを
受け、民衆の抗議活動、大量逮捕、政治の二極
化進行といった状況が発生するようになると、世
銀をはじめとするドナーは直接的な予算支援を
一時停止しましたが、市民参加の拡大などガバ
ナンスの強化を推進することに同意し、同時に
保健、教育、農業、清潔な水の利用といった、基
本的サービスの保護を実施しました。
IDA は政情不安や干ばつ、さらには紛争中に弱
い立場の人々を支援すべくエチオピアとパート
ナーシップを組んでいます。
IDA は、地方政府に援助を直接的に届けるプロ
グラムを通じて、市民のための基本的サービス
を保護する活動を主導しました。
さまざまな危機の場面で示された強力な存在感
基本的サービス保護プログラムに対して IDA が
2 億 1500 万ドルの資金提供を行なったことが契
機となり、英国を中心に、アフリカ開発銀行
(AfDB)やオーストリア、カナダ、欧州委員会、ア
イルランド、オランダから 4 億ドル以上が拠出さ
れました。
1991 年に内戦が終結したのを受け、世銀はただ
ちに 6 億 5000 万ドルのマルチドナー・プログラム
により、薬剤の提供、破壊されたインフラの再生、
市場経済移行のための初期活動といった、経
済・社会面での復興プロセスにとりかかりまし
た。
世銀の分析業務とキャパシティ・ビルディング業
務は、格安な学校建設や田園地帯でのコミュニ
ティ主導による開発に貢献し、元ゲリラのリーダ
ーが政府プログラムを効果的に管理する責任を
引き受けるのも助けました。
1998 年から 2000 年まで続いたエリトリアとの紛
争のため、いくつものドナーが開発プログラムの
規模縮小を決めましたが、IDA は、新しいプロジ
ェクトの立ち上げこそしなかったものの、進行中
のプロジェクトへの支出を継続する形で関わり続
け、さらに紛争終結後は、経済を安定・再生させ
るために大規模なプログラムを追加しました。紛
争終了直後(2001-2002 会計年度)における
IDA の開発援助は、総額で 8 億ドルを大きく上回
り、拠出額第 2 位のドナーの 4 倍の金額となりま
した。IDA の資金提供により 2000 年 12 月に開始
された復員プロジェクトは、14 万 8000 人の軍人
の復員、元軍人の一般市民生活への復帰、そし
て障害を負った市民向けの医療サービスへの政
府資金の割り当てを可能にしました。
食糧安全保障の強化
慢性的に食糧不足の国で食料安全保障を強化
するための活動として、IDA は、弱い立場の人々
に食糧や現金、公共工事を用意する生産的セー
フティネット・プログラム(PNSP)の設計および資
金調達を支援しました。ドナーで作る大規模共
同体 の資金提供によるこのプログラムは、従来
の食糧支援とは一線を画すもので、食糧不足を
招いている根本的ないくつかの問題に取り組む
ことを目指しています。
2002-2003 年の深刻な干ばつの際にも、IDA は
迅速に動き、マクロ経済の安定、政府の人間開
発支出の保護、ならびに影響を受けた人々の間
での資産の取り戻せない損失の防止などのため
3
緊急食糧支援から現金による支援へ
プログラムでは、小麦やオイル缶の入った袋
を届けるのではなく、現地の食品市場をゆが
めないよう、また労働力を集めて生産的な土
木工事ができるよう、現金による支援を行っ
ています。公共事業体が、破壊された生態系
を再生する作業に協力した市民に賃金を支
払います。結果的には、持続的に農業が可
能な土地を拡大しながら、所得も得られると
いう仕組みです。
調査によれば、このプログラムの対象となっ
たコミュニティでは、干ばつに対処するために
資産を売り払う傾向が低く、医療施設を利用
したり、子供たちを学校に通い続けさせたり
する傾向が高くなっています。
「生産的セーフティネット・プログラム」は、食糧安
全保障、田園のコミュニティ開発、干ばつへの緊
急対処を目的とした、他の進行中のプロジェクト
を補完するものです。
基本的な人道支援を行なうだけではなく、IDA は、
さまざまなセクターにおいて体系的な貧困問題
に対処するための取り組みを進めています。
教育 - IDA の教育セクター支援、予算支援、「基
本サービス保護プログラム」はいずれも、過去 8
年にわたって、エチオピアの初等教育機会の拡
大に貢献してきました。就学率(1-10 年生まで)
は、1999/96 年度から 2003/04 年度の間に
12.3%向上しました。修了率で測った教育の質も
改善していますが、まだ改善スピードが遅く、今
も政府、IDA およびそのパートナーの大きな注目
課題です。
道路 - エチオピアの開発は、深刻なインフラ・
ギャップのため―エチオピアの道路密度はアフ
リカでも有数の低さ―進まないでいます。IDA は
1991 年からおよそ 5 億ドルを投資し、この課題
への対処を始めています。道路セクターのある
開発プロジェクトでは、エチオピアの 10 カ年道路
プログラム策定への支援が行なわれています。
このプログラムを通じて、道路の保守管理業務
やさまざまなレベルでの能力構築のための資金
源となる、専用の道路基金が作られました。
EC やドイツ、日本、北欧諸国、英国といったドナ
ーと連携しながら、IDA はエチオピアの道路網の
規模と質の両方を拡充するのを支援しました。
道路網は、1995 年に全長 2 万 3500km 未満であ
ったのが、2005 年には 3 万 7000km 以上まで伸
びました。2004 年には舗装道路の 64%が良好
な状態にあると確認されましたが、これは 1995
年に比べて 14%の増加に過ぎません。
地方分権 - 地方分権は、1990 年代に地域レベ
ルからスタートしましたが、現在は郡(woreda)お
よび村(kebele)レベルにまで進んでおり、サービ
ス提供での対応と柔軟性の向上、地域参画の
強化、民主的な意思決定を目指す、エチオピア
の戦略において最重要項目となっています。IDA
は、地域の政府を対象にキャパシティ・ビルディ
ングの支援と財務面の支援を行っており、地方
政府がより良い品質の基本的サービス(保健、
教育、給水など)をより幅広く市民に提供できる
ようにしています。
民間セクター - 1991 年の政権交代の後、IDA は、
エチオピアが国家管理経済から、民間セクター
の拡大と雇用創出を奨励する経済に移行する
のを支援しました。デルグ政権後の政府にとって
輸出の妨げとなり、関税および税金の収入を低
下させていた、通貨過大評価に対応した結果、
エチオピアの企業が、所得を生み出し雇用を創
出するという当然の役割を果たすことができるよ
うになりました。
ただし、政治的な緊張ゆえに企業の信頼を確立
できないのが現状であり、投資環境の改善のた
めにすべきことはまだたくさんあります。世銀は
政府とも連携し、公営企業の民営化加速や競争
政策の強化に取り組むと共に、企業が新たな技
術やビジネスの管理スキルを確立するのを支援
しています。
地域協力 - 歴史的に、ナイル上流と下流の川
岸に住む人々の間では水の利用をめぐって厳し
い緊張関係が続いてきました。ナイル川の水の
85%は上流にあるエチオピアを源流としている
のに対し、エジプトのような下流の国では川が経
済の活力源となっています。「ナイル川流域イニ
シアティブ(NBI)」では、ナイル川流域諸国の間
で協力関係を育み、よりよい形で川の管理と開
発ができるよう、双方にとってメリットのある形を
模索しようというものです。ナイル川流域諸国の
間に協力関係を構築するという点では、NBI はこ
れまで成功を収めており、その結果、エチオピア
が新たな方法かつより大規模にナイルの水を活
用できる可能性も開けています。
4
ガバナンスの強化により援助の有効性を最大に
ナイル川流域における誠実な取り組み
IDA は、「ナイル川流域イニシアティブ」を舞
台裏で推進する中心的国際ファシリテーター
です。
1995 年に始まったナイル川をめぐる協力で国
際社会からの支援をとりまとめるようにとの
要請を受けた世銀は、1998 年以降ナイル川
の共用に関する「考え方を変える」ことを主な
目的として、対話の促進、論争の解決、共同
活動の支援を進めてきました。
世銀は現在、約 17 の多国間および二国間の
NBI 開発パートナーをとりまとめています。
現在、世銀は、理念および「永続的なナイル
川管理委託」体制―持続的な協力および、ナ
イル川への官民投資の前提―について定め
るナイル川協力フレームワーク協定の策定を
支援しています。
今後数年間で、IDA は、NBI がエチオピアにもた
らした政治的打開点を活用できるよう、エネルギ
ー、灌漑、水資源管理といった分野への投資資
金を提供する予定です。
今後の課題
エチオピアが開発目標を達成するにはより多く
の資金が必要です。
エチオピアの一番の課題は、ここ数年の間に達
成したミレニアム開発目標(MDG)に向けた歩み
を続けること、そしてエチオピア国民の貧困の根
本的原因に取り組むことです。
財政赤字と課税水準はすでに高く、政府はすで
に予算の半分以上を投資に充てているため、短
期的には、ドナーの支援増額のみが、こうした課
題に取り組むのに必要な追加支出のための資
金調達手段です。
ただし、ドナーからの支援増額が実現しても、援
助を有効に活用するため、エチオピアには、ガ
バナンスの強化、地方自治体の権限強化、そし
て国民への説明責任をより積極的に果たすこと
が求められています。
国民、それに世銀などの開発パートナーとの対
話を行なった政府は、新たな貧困削減戦略の中
で、行政事務改革と公共セクターでのキャパシ
ティ・ビルディング、財務管理、人権の保護と紛
争の防止、民主化、情報開示、司法制度、地方
分権、ならびにシビルソサエティの参画などを含
めた、一連のガバナンス改革を約束しています。
世銀は、基本的なサービスの保護と公共セクタ
ーでのキャパシティ・ビルディングを目指すプロ
グラムを通じて、政府がこうした改革を実行する
のを支援しています。
世銀は、地方分権のための組織としての能力強
化、民間セクターの成長支援、透明性と説明責
任の強化といった、経済ガバナンスの主要領域
を強化するための介入において、主導的な役割
を担っています。
援助の拡大
エチオピアは援助拡大対象国として有力な候補
です。社会のさまざまな面に悪影響を与える極
端な貧困ゆえだけでなく、貧困削減プログラムの
遂行に関する、政府のコミットメントと能力が比
較的確かであるからです。どう見積もっても、エ
チオピアが MDG を達成するには、外部からの大
規模な投資が必要になります。
さらに、エチオピアの国民一人当たりの開発援
助は、サブサハラ・アフリカの平均よりかなり少
なく、半分程度でしかありません。エチオピアが
実際に MDG を達成しようと思えば、ドナーから
の支援を現状の年間一人当たり 20 ドルから
2010 年までに一人当たり 30 ドルまで引き上げ、
さらに 2015 年までに一人当たり約 60 ドル、年間
総額にして 45 億ドルまで上積みする必要がある
と試算されています。
危機管理から長期的開発へ
「エチオピアは危機管理から長期的開発のパ
ラダイムへと移行しつつあります」とアジスア
ベバの英国国際開発省エチオピア駐在事務
所長、ポール・アクロイド氏は言う。「この先、
さまざまな問題が発生するでしょう。特に、降
雨量の少ない年があればなおさらです。しか
し、制度とメカニズムはもう整備されていま
す」
5
各セクターでは、以下のとおり緊急の投資が必
要となっています。
わない援助の方向付けが首尾よく行われていた、
とする結論を下しました。
保健および教育 - 現在のペースでは、エチオ
ピアが MDG を達成するのはやはり難しいでしょ
う。例えば、5 歳未満の小児の死亡率は、1990
年から 2005 年までの間に年間 3.3%の割合で減
少しました。エチオピアが小児死亡率に関する
MDG を達成するためには、このペースを年間
5.8%にまで高める必要があります。
IEG の検証で得られた重要な教訓は、単独のプ
ロジェクト管理ユニットからの転換や、経験豊か
な人材をつなぎとめるためのスタッフ・インセンテ
ィブの改善で政府を支援することなど、制度とし
ての持続的な能力の育成をより重視することの
必要性です。
清浄水の利用 - 2000 年には、およそ 1600 万人
が改善された給水サービスを利用し、900 万人
が十分な下水設備を利用することができました。
給水に関する MDG を達成するためには、サービ
ス対象を 2015 年までにさらに 4000 万人に増や
さなければなりません。それでも、300 万人以上
の人が依然としてサービスを受けられないので
す。エチオピアが MDG を達成するには、最低で
も総額 20 億ドル(年間 2 億ドル)の投資が必要で
あり、現在提供されている資源―ほとんどが世
銀、AfDB および米財務省からの提供――はそ
の総額のおよそ半分に過ぎません。
インフラ - 過去 10 年で大きな進歩があったも
のの、エチオピアのインフラへの資金拠出は、歳
入や地理的特性などの要因のため、依然として
本来必要な額を大幅に下回っており、同等の国
との比較では、道路網は 5 分の 1、電気利用は
29 分の 1 です。
過去の教訓
世銀の独立評価グループ(IEG)では、世銀が資
金提供を行なったプロジェクトのパフォーマンス
評価を実施しています。1991-2007 年会計年度
に、IEG は、IDA のエチオピア向けプロジェクトで
終了済みの 32 件についての評価を行ないまし
た。その結果、IEG は、プロジェクトの 81%(承認
したもののうち)で満足の行く成果が得られたと
し、プロジェクトの 85%で世銀のパフォーマンス
を満足の行くものであったとしています。持続可
能性は、プロジェクトの 60%で有望と判断されま
した。ただし、過去 3 会計年度でこの数字は
73%にまで伸びています。
他の内部評価でも、政府の計画やニーズに対す
る IDA の反応性、助言業務や貸付介入の戦略
的適切性、そして他のドナーとの調整等が評価
されています。また、援助とニーズを整合させ、
持続可能な成長を牽引する民間セクターの開発
をより重視することの重要性が強調されていま
す。
援助のさらなる調整
こうした教訓はすでに活かされており、世銀の現
在の業務において指針となっています。世銀が
共同議長を務める「開発援助グループ(DAG)」
は、情報共有のためのフォーラムとして出発しま
したが、エチオピア政府との連携の下で主張を
同じくするドナー・コミュニティへと進化しており、
その共同声明や政策ノートはより大きな影響力
を持つようになっています。
DAG がこうした進化を遂げたことが大きな意味
合いを持つことが、2005 年 5 月の選挙後にさま
ざまな出来事が発生した中で、立証されました。
当時、DAG のメンバーは密接に連携して対応し、
地方政府へのブロック・グラントを通じて、国民
のための基本的サービスを保護することを決定
したのです。
エチオピアの債務削減戦略に含まれる、ガバナ
ンス強化のための取り組みを踏まえ、IDA とほか
の DAG メンバーは、開発援助増額によりガバナ
ンスの測定可能な進歩を実現するという相互説
明責任の枠組みを策定しました。こうした連携の
伝統は、今後も活かされ、継続して補完していく
必要があります。
IEG は 2000 年に、1990 年代のプログラムを対象
とした、IDA のエチオピア・プログラムの評価も完
了しました。IEG は、世銀の支援は総じて満足の
行く結果を出しており、貸付を行なう援助と行な
6
2007 年 3 月
http://www.worldbank.org/ida
7