"いすゞショー"にみる商社の実力

1P
自動車の6割がピックアップ
2006・ 12・11
512号
"いすゞショー"にみる商社の実力
財部誠一今週のひとりごと
12月10日のハーベイロード・ウィークリー発行500号感謝の
会には、大勢の皆さんにご出席いただき、ありがとうございました。
私にとっても、おおきな節目の会となりました。次の10年を目指し
てがんばってまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
じつはいまオーストラリアのシドニーにきています。本来ならシド
ニーは今、夏真っ盛りのはずなのですが、どういうわけか今日のシド
ニーは夏もののスーツでは寒いくらい。シドニーオリンピックですっ
かり有名になったオペラハウスも、霧雨にけむっていまひとつといっ
たところです。明日はブリスベンに移動します。タイに続き、今回も
また三菱商事の取材です。それではまた。
(財部誠一)
※HARVEYROADWEEKLYは転載・転送はご遠慮いただいております。
タイで"いすゞショー"を知らない人はまずいません。"
いすゞショー"とは日本の大手トラックメーカーである、
あのいすゞ自動車の販売促進イベントですが、これがた
だの販促イベントではありません。タイの国民的行事と
いってもいいくらい、タイの人々に愛され、故郷のお祭
り的存在にまでなっているのです。
サンデープロジェクトの特集で、いすゞ復活のドラマ
をとりあげたときに、"いすゞショー"を少し紹介しまし
たが、じつは"いすゞショー"を企画、運営しているのは
いすゞ自動車ではなく三菱商事(正確には三菱商事の子
会社である「トリペッチ」)なのです。三菱商事のタイ
進出は古く、50年前、いすゞのトラックをタイに輸出
したところからはじまっています。
その後、いすゞがタイでの生産を本格化していくプロ
セスで、生産はいすゞ、販売は三菱商事という役割分担
ができていきました。
そもそもタイという国の自動車事情はとてもユニーク
で、タイ国内を走っているクルマの6割はなんとピック
アップトラックなのです。ピックアップトラックといっ
てもピンとこない方もいらっしゃるでしょうが、後ろが
荷台になっているのに運転席と後部シートがついている
乗用車チックな小型トラックといえば、なんとなくイメ
ージが伝わるでしょうか。ちょっとおしゃれな小型トラ
ックです。首都バンコクの市内ではさすがに乗用車の方
が目立つのですが、バンコク郊外や地方都市に行くと、
目の前の現実が嘘に思えてしまうほどピックアップトラ
ックだらけなのです。
はっきりいって自動車市場の6割がピックアップだな
どという市場は世界中、どこにもありません。なぜ、そ
んな風変わりな市場ができあがったのかといえば、それ
はもう明らかで、いすゞのピックアップトラックを三菱
商事が売り続けてきたからです。クルマといえばピック
アップトラック、クルマといえばいすゞ自動車という強
烈な販売が三菱商事によって行われ、その後、トヨタ、
ホンダ、日産、マツダなど日本の自動車メーカーが続々
とタイでピックアップトラックを生産しはじめました。
その結果、走っている車の10台に6台がピックアップ
トラックというとてつもなくユニークな市場ができあが
◆いすゞD-MAX
2002年GMとの共同開発の
形でロデオの後継車とし
て発売。エンジンは全て
直列4気筒直噴コモンレー
ルディーゼルで2500cc、
3000cc、3000ccターボ
(2006年の大幅改良で追
加)の3種類が設定される。
2005年、タイ年間過去最
高販売台数163,153台を記
録し、2005年タイ カーオ
ブザイヤー、ベストセラ
ーピックアップ、最優秀
省燃費ピックアップを受
賞している。
2P
ったというわけです。そのピックアップ市場で
あのトヨタを押さえてシェアNO.1の座を維
持し続けているのがいすゞです。世界のトヨタ
がどうやっても追いつけないというのだから、
その強さのほどがわかります。なぜ、いすゞが
そこまで競争力を持つことができたのか。クル
マの性能自体に競争力があることはもちろんで
すが、それ以上に注目されるのはいすゞのピッ
クアップトラックをタイで独占販売してきた三
菱商事の「売り方」でした。製造業のカルチャ
ーからは絶対に発想できない驚くべき「売り
方」を彼らはしてきました。その象徴が"い
すゞショー"なのです。
"いすゞショー"
12月2日(土曜日)、カンボジア国境に近
い、タイ東北部のウボンという地方都市で開か
れた"いすゞショー"を取材しました。ハイライ
トは日が暮れてから行われるコンサートで、タ
イで絶大な人気を誇る女性歌手と男性ボーカル
のロックバンドが舞台にあがると会場は熱狂の
渦と化しました。娯楽の少ないタイの田舎でス
ターをまじかで見られるわけですから、ウボン
の人たちが興奮するのも当然です。しかしい
すゞショーは、たんなる人集めのイベントでは
ありません。いかにその日、販売契約を伸ばす
かが勝負です。
そのためには、できるだけ長い時間、いすゞ
ショーが開かれているディーラーに大人たちを
釘付けにし、いやでもいすゞのピックアップト
ラックに目がいくようにしむけなければなりま
せん。そこで"いすゞショー"は、子供むけのプ
ログラムをふんだんに用意します。幼稚園から
小学生を対象としたお絵かきコンテスト。い
すゞの新型車「D-MAX」が書かれた画用紙
に、無料で配られたクレヨンをつかって色を塗
るという、いたって単純なものですが、新品の
クレヨンをもらい、コンテストで入賞したら商
品がもらえるというのは、小さな子供にとって
は魅力的です。子供だけではありません。
「D-MAX」が賞品としてもらえる大人向け
のゲームもあります。司会をするのは、日本で
は言えば、島田紳助か明石家さんまばりの売れ
っ子コメディアンです。
巧みな話術で観客を笑わせ、単純なゲームを
進めながら、人数をどんどん絞り込んでいき、
最後に残った3人が壁にかけられた12個のク
ルマキーのなかから順番にひとつを選び、その
キーのセンサーでドアが開くかどうかを試すと
いうものです。見事当たれば、D-MAXのラ
イトが点滅するというしかけです。それだけの
ことですが、クルマがあたるかどうかですから、
本人はもちろん、観客もいったいとなって息を
のんでしまいます。さらに昼飯時には無料の屋
台で食事もできる! そんなこんなで、盛り上
がったウボンの"いすゞショー"でしたが、この
日集まった観客は1万人を越え、85人の客が
D―MAXの契約書にサインしました。
いすゞショーは、販促イベントとして十分な
成果をあげたわけですが、私が仰天したのは学
校対抗ダンスコンテストです。いすゞのディー
ラーは地元の名士ばかりで、地元の政治家はも
ちろん、役所から教育関係者にまで、ディーラ
ーのオーナーは通じています。その強みをふん
だんにいかし、"いすゞショー"では地元の小中
学校から1チームずつダンスチームをだしても
らい、ショーが行われる前に予選会が行われ、"
いすゞショー"の当日に決勝大会が行われます。
ダンスの振りつけは自由ですが、曲は決まって
います。いすゞD-MAXのCMソングです。
これがなかなかどうして、ノリのいいロック調
で、ダンスミュージックとしてはもってこいの
曲なのです。
「いすゞ!」
「D-MAX!」
子供たちは何度も何度もいすゞの社名やクル
マの名前を叫びながら、ダンステクニックを
競い合うわけですが、これはもうあきらかに
すりこみです。あざといと言えば、これほど
あざとい販促はありません。
しかし、そうはいっても、踊っている子供た
ちの表情を見ていると、じつに晴れやかで、
楽しくて仕方がないというふうなのです。そ
して迎えたダンスコンテストの審査発表。優
勝、準優勝、3位のチームには賞金がでます。
そしてなんと、サンデープロジェクトの取材
班が練習風景から追いかけていたチームが、
その日、優勝してしまったのです。女の子8
人に男の子2人の中学生のチームでしたが、
彼らは自分たちのお小遣いと友達からカンパ
してもらったお金をもとに、自分たちで衣装
を作り、連日ハードな練習をこなしてきたチ
ームでした。
私は彼らに聞いてみました。
「なぜいすゞショーのダンスコンテストに出
場したの?」
すると、チームのリーダーでボーカルをし
ていた女の子からこんな返事がかえってきま
した。
「小さい時からいすゞショーを見にきていて、
いつか自分も出場したいとずっと思っていま
した。その"いすゞショー"に出られたうえに、
優勝までできて本当にうれしい」
中学を卒業したら米国に留学する予定だと
いう彼女は、米国にいっても「大人になった
らいすゞのクルマを買いたい」とまで話して
いました。いすゞショーの歴史は20年を超
えています。"いすゞショー"はたしかにあざ
といけれど、タイの田舎に暮らす子供たちが
ダンスを通じて自己実現をする貴重な場にも
なっていたのです。商社マンが本気でリテー
ル営業に関わると、ここまでやるのか、と驚
きつつ、妙な感動が残った1日でした。
(財部誠一)
◆タイにおけるいすゞの歴史
1966 年
泰国いすゞ自動車設立
(大型・小型商用車、ピックアッ
プトラックの組立および車両、コ
ンポ、部品輸出卸販売)
1974 年
いすゞ自動車と三菱商事の合弁会
社トリペッチいすゞセールス設立
(大型・小型商用車、ピックアッ
プトラックの輸入、販売)
1987 年
泰国いすゞエンジン製造設立
(ディーゼルエンジンの製造、販
売)
タイ インターナショナル ダイ
メイキング設立(プレス金型製
造、プレス加工)
1991 年
いすゞテクニカルセンターオブア
ジア 設立( タイにおける開発情
報センター)
1994 年
アイ ティー フォージング 設立
(鍛造部品:コンロッド、クラン
クシャフトの製造、販売)
2002 年
いすゞオペレーションズタイラン
ド 設立(ピックアップトラック
の輸出)
出所:いすゞ自動車ホームページ
注意:( )内は事業内容