特別研究報告 題目 TE over スケールフリーネットワークにおける 転送経路設定方式の性能評価に関する研究 指導教員 川原 憲治 准教授 報告者 中山 祐輔 平成 20 年 2 月 26 日 九州工業大学 情報工学部 電子情報工学科 平成 19 年度 特別研究報告 TE over スケールフリーネットワークにおける 転送経路設定方式の性能評価に関する研究 中山 祐輔 内容梗概 近年インターネットの普及及び大規模化に伴い,物理トポロジにおけるスケールフリー 性が明らかになった.スケールフリー性を有するネットワーク (スケールフリーネットワー ク) は,多数のリンクを持つ少数のノード (ハブ) と少数のリンクを持つ多数のノードで構成 されている.そのため,ハブとなる少数のノードにトラヒックが集中する可能性が高い.先 行研究ではこの通信特性を調査し,現状の最短ホップ/最小コスト経路制御手法では高次数 ノードの出線リンクにおいてトラヒックが集中するために負荷分散が必要で,そのための負 荷分散手法として最高次数ノードの出線リンクの利用率が固定閾値を超えたリンクを使用不 可とし,全送信ノードが第 2 最短経路を利用することで負荷分散が可能であることが示され ている.しかし,全てのトラヒックの転送に当該リンクを使用できなくなるため,迂回リン クに大きな影響を与える問題が生じていた. そこで本研究では,物理的なスケールフリーネットワークにおいて各リンクの論理的な転 送フロー数と物理的な利用率の関係を調査し,負荷分散の対象となるリンクの設定指針につ いてシミュレーションにより明らかにする. 主な用語 スケールフリーネットワーク, TE, 負荷分散, 最小コスト経路制御 目次 1 はじめに 1 2 インターネットにおけるネットワーク構造 3 2.1 ランダムネットワーク . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3 2.2 スケールフリーネットワーク . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3 2.2.1 AS(Autonomous System) レベルトポロジ . . . . . . . . . . . . . . . 5 2.2.2 ルータレベルトポロジ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5 2.2.3 スケールフリー性を有するアプリケーション∼WWW や P2P . . . . 5 2.3 3 3.2 3.3 7 2.3.1 BA(Barabasi-Albert) モデル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 2.3.2 Waxman モデル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 10 経路制御アルゴリズム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10 3.1.1 距離ベクトル型 (Distance-Vector) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10 3.1.2 リンク状態型 (Link-State) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11 経路制御プロトコル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11 3.2.1 RIP (Routing Information Protocol) . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11 3.2.2 OSPF (Open Shortest Path First) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11 3.2.3 BGP(Border Gateway Protocol) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12 スケールフリーネットワークにおける現状の経路制御の問題点 . . . . . . . . 12 スケールフリーネットワークにおける TE 4.1 5 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . インターネットにおける経路制御 3.1 4 ネットワークモデル 13 提案する TE 手法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13 シミュレーションモデル及び評価指標 15 5.1 ネットワークモデル 5.2 トラヒックモデル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15 i 5.3 6 評価指標 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17 シミュレーション結果及び考察 6.1 18 スケールフリーネットワークにおける TE の必要性 . . . . . . . . . . . . . . 18 6.1.1 ランダムネットワークとスケールフリーネットワークのリンク利用率 の違い . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18 6.1.2 6.2 6.3 スケールフリーネットワークにおける負荷分散調査 . . . . . . . . . . . . . . 23 6.2.1 方式 1∼最高次数ノードの出線リンクを対象とした TE∼ . . . . . . . 23 6.2.2 方式 2∼最高次数ノードの入線リンクを対象とした TE∼ . . . . . . . 27 6.2.3 方式 3∼最高次数ノードの出線と入線の両リンクを対象とした TE∼ . 30 6.2.4 各方式の比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 33 6.2.5 TE によるホップ数への影響 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 37 トラヒック量増大による影響 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 39 6.3.1 7 スケールフリーネットワークにおける最短経路の多重度 . . . . . . . . 21 評価結果及び考察 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 39 まとめ 42 謝辞 44 参考文献 45 ii 1 はじめに 近年,ブロードバンド回線の低価格化やサービスの多様化によってインターネットの普及 が著しく,ネットワークは大規模化かつ複雑化している.このような複雑化したシステムの 構造は複雑ネットワークと呼ばれ,インターネットにおいてもその性質のひとつである「ス ケールフリー性」が確認されている.その例としては,WWW(World Wide Web) におけ る Web ページの人気度やリンク関係 [1],また,ルータレベル,AS(Autonomous System) レベルでのトポロジなどが挙げられる [2]. スケールフリー性とは,あるノード (頂点) とエッジ (枝) から構成されるグラフにおいて ノードに接続するエッジ数で定義される次数の分布がべき乗則に従う性質である.そのため スケールフリーネットワークは,多数のリンクを持つ少数のノード (ハブ) と少数のリンク を持つ多数のノードで構成されている.一方,これまでの研究,評価対象として仮定されて いたトポロジはランダムネットワークであり,次数分布が二項分布に従うため,平均値付近 に分布が集中するという性質がある.そのためランダムネットワークとスケールフリーネッ トワークとでは性質が異なり,スケールフリーネットワークの通信特性が不明であった. そこで先行研究 [3] ではスケールフリーネットワークにおける通信特性の調査を行い,現 状の最短ホップ/最小コスト経路制御手法では高次数ノードの出線リンクにおいてトラヒッ クが集中するために負荷分散が必要であることを示している.そのうえで最高次数ノードの 出線リンクの利用率が固定閾値を超えたリンクを使用不可とし,そのリンクを経由していた 全送信ノードからのトラヒックを第 2 最短経路を利用して転送する負荷分散手法を提案し, その有効性を明らかにしている.しかし,全てのトラヒックの転送に当該リンクを使用でき なくなるため,迂回リンクに大きな影響を与える問題が生じてしまう. そこで本研究では,スケールフリーネットワークの特徴を考慮した負荷分散手法において 制御対象リンクとその挙動が性能に及ぼす影響を検討するため,物理的なスケールフリー ネットワークにおいて各リンクの論理的な転送フロー数と物理的な利用率の関係を調査し, 負荷分散の対象となるリンクの設定指針をシミュレーションにより明らかにする. 以下,2章でスケールフリーネットワーク及びランダムネットワークの概要や,インター 1 ネットに見られる様々なスケールフリー性の紹介をする.3章で現状のインターネットの経 路制御手法について述べ,4章で提案する TE(Traffic Engineering) 手法を説明する.5章 でシミュレーションモデル,評価指標について述べ,6章でシミュレーション結果及び考察 を行い,最後に7章で本論文をまとめる. 2 インターネットにおけるネットワーク構造 2 長年にわたりインターネット,web といった複雑ネットワークの世界において,そのネッ トワーク構成はランダムネットワークで構成されていると考えられてきた.しかし,近年の 研究でインターネットなどのネットワーク構成は次数分布がべき乗則に従うスケールフリー ネットワークで構成されているとわかった.本章では,2.1 節でこれまでネットワークモデ ルとして考えられてきたランダムネットワークについて述べる.2.2 節ではスケールフリー ネットワークについて述べ,実際のインターネットで見られるスケールフリー性の例を紹介 する.2.3 節ではスケールフリーネットワーク,ランダムネットワークの生成モデルについ て述べる. 2.1 ランダムネットワーク 長年にわたり,ネットワークモデルはランダムネットワークが考えられてきた.ランダム ネットワークとは,ノードにおけるエッジ数で定義される次数 (degree) の分布が平均値に 集中し,二項分布に従うネットワークである.そのため次数分布は平均を中心とした釣鐘型 になり,平均から離れると極端に少なくなる.ランダムネットワークとスケールフリーネッ トワークの次数分布の違いを図 2.1 に示す.全ノード数は 100,degree の平均値はどちらと も同じ場合である. 2.2 スケールフリーネットワーク 近年,複雑ネットワークの研究は急速に進展しており,他の研究分野との相互影響も活発 化している.また,複雑ネットワークの科学は,今後ネットワークの問題が関連する多数の 分野において,普遍性と重要性を増していくものと予想されている.この複雑ネットワーク は巨大で複雑な構造を有しているが,一定の性質を見いだすことができる.その性質として, 「スケールフリー性」, 「スモールワールド性」, 「クラスタ性」が挙げられる.中でもスケー ルフリー性については,インターネットに関連する様々な構造について,その性質が確認さ れている. 3 !#"%$&!'% 1 0 / (*)*+-, )*) 2/ / 0 (*)*+-, ).) 0/ 図 2.1: ランダムネットワークとスケールフリーネットワークの次数分布 図 2.2: スケールフリーネットワークの例 スケールフリーネットワークとは,一部のノードが他のたくさんのノードとエッジで繋 がっており大きな次数を持っている一方で,大多数のノードはごくわずかなノードとしか繋 がっておらず次数が小さいという性質を有するネットワーク構造のものである (図 2.2).つ まり次数分布がべき乗則に従っているネットワークであり,次数の大きなノードは「ハブ」 と呼ばれる.このような性質をスケールフリー性と呼び,このスケールフリー性は人間社会, 自然界など現実世界のいたるところで確認されている.その中でも近年,特にインターネッ トにおいて確認されているスケールフリー性について紹介する. 4 2.2.1 AS(Autonomous System) レベルトポロジ AS(Autonomous System) 間での観測を行った結果,一つの AS を頂点とし AS 間をつな ぐリンクを枝とした時,頂点と枝の関係にはスケールフリー性があることが確認されている [2].これは RouteViews,RIPE RIS (Routing Information Service) など BGP 上で流れる 経路情報による推定,traceroute による推定,IRR(Internet Rouring Registries) の経路情 報データベースによる推定によって確認されている [2]. 2.2.2 ルータレベルトポロジ ルータレベルにおいてもスケールフリー性が確認されている [3].AS 内の大多数のルータ は少数のルータと接続されている一方で,少数のルータは非常に多くのルータからの接続を 集めている.これはルータの仕様から存在し得る PICs (Port Interface Card) 数と port 毎 の物理帯域を考慮し,出線数の多いノードは回線容量が小さく,出線数の少ないノードは回 線容量が大きいという傾向から推定された結果であり,この性質に従う物理トポロジは BA モデルとは異なる HOT トポロジとなることが推測されている. 2.2.3 スケールフリー性を有するアプリケーション∼WWW や P2P インターネットに見られるスケールフリー性は,前節までに述べた AS レベルトポロジや ルータレベルトポロジなどの物理トポロジ以外に World Wide Web (WWW) や P2P(Peer to Peer) などの物理トポロジ上で展開されているアプリケーション間の論理トポロジでも確 認されている [3].例えば WWW の場合,頂点をウェブサイト,枝をハイパーリンクとした 時,サイトのリンク関係がスケールフリー性をもつことが確認されており,極少数の有名サ イトが数百万単位のリンクを集めているが,大多数のサイトはわずかなリンク先からしかリ ンクされていない.図 2.3 は,インターネットにおけるサイトのページ数,訪問者数,リン ク数におけるスケールフリー性を示す.ここで,図の縦軸と横軸は対数軸である.また P2P の場合も同様に,そのネットワークトポロジにおいてスケールフリー性が確認されている. これは P2P ネットワークをグラフ化 (図 2.4) したことにより明らかとなった. 5 図 2.3: インターネットにおけるスケールフリー性 [1] 図 2.4: P2P ネットワーク 6 2.3 ネットワークモデル スケールフリーネットワークの生成モデルとしては,BA(Barabasi-Albert) モデル,階層的 モデル,閾値モデルなどがあり,ランダムネットワークの生成モデルでは ER(Erdos-Renyi) モデル,Waxman モデルなどがある.本節ではスケールフリーネットワーク,ランダムネッ トワークの代表的な生成モデルを紹介する.スケールフリーネットワークとして BA[4] モデ ル,ランダムネットワークとして Waxman[5] モデルを紹介する.また,本稿のシミュレー ションで使用したトポロジはこれら 2 つのモデルにより生成されたもので,トポロジジェネ レータ BRITE[5] により生成した. 2.3.1 BA(Barabasi-Albert) モデル BA モデルは,スケールフリーネットワークの代表的な生成モデルである.これは次の 2 つの構成要素から成り立っている. 成長: 時間とともに頂点が次々に追加される. 優先的選択: 新しく追加された頂点は既にたくさんの枝を持っている頂点を選択しやすい. このような構成要素からなるため BA モデルでは,既存の次数の大きなノードに対してエッ ジが高い確率で加わっていき,そのノードがハブへと成長していく.また,ノード i がノー ド j に結び付く確率は次式で与えられる.BA モデルで生成されたトポロジを図 2.5 に示す. P( i, j) = P dj k∈V dk (2.1) ? V :あるネットワークの次数の総数 ? dj :ノード j の次数 2.3.2 Waxman モデル Waxman モデルはランダムネットワークを生成する際に用いられるモデルである.Waxman モデルで生成されたトポロジを図 2.6 に示す.このモデルは以下の条件でモデルを生成し, 7 距離が近い頂点同士が接続しやすい傾向にある. ? ノード u がノード v に接続する確率を P (u, v) とする.0<α, β≤1 とし,u と v の距離 を d,最も離れた二つのノードの距離を L とした時,確率 P (u, v) は次の式で与えら れる. P (u, v) = αe−d/(βL) 8 (2.2) 図 2.5: BA モデルで生成されたトポロジ 図 2.6: Waxman モデルで生成されたトポロジ 9 インターネットにおける経路制御 3 インターネットにおいて,パケットを正しく宛先ホストへ届けるためにはルータが正しい 方向へパケットを転送しなければならない.この「正しい方向」へパケットを転送するため の処理を経路制御またはルーティングと呼ぶ.ルータは経路制御表を参照してパケットを 転送している.この経路制御表の作成には経路制御プロトコルを用いた作成法と管理者に よって手動で作成される方法がある.前者を動的経路制御 (Dynamic Routing) といい,ルー ティングプロトコルを動作させ,自動的に経路情報を設定する方法である.後者を静的経 路制御 (Static Routing) といい,ルータやホストに固定的に経路情報を設定する方法であ る.動的経路制御には AS 内部で利用される IGP(Interior Gateway Protocol) と,AS 間で利 用される EGP(Exterior Gateway Protocol) がある.IGP では,RIP(Routing Information Protocol) や OSPF(Open Shortest Path First) などのプロトコルが利用されており,EGP では,BGP(Border Gateway Protocol) が利用されている.本章では,3.1 節で経路制御アル ゴリズムの説明を行い,3.2 節で経路制御プロトコルの代表的なものとして,RIP,OSPF, BGP について説明する.また,3.3 節では現状の経路制御による問題点を述べる. 3.1 経路制御アルゴリズム 経路制御のアルゴリズムにはさまざまな方法があり,代表的なものとして距離ベクトル型 (Distance-Vector) とリンク状態型 (Link-State) がある.本節では距離ベクトル型とリンク 状態型の説明を行う. 3.1.1 距離ベクトル型 (Distance-Vector) 距離ベクトル型のアルゴリズムは,距離と方向によって目的のネットワークやホストの位 置を決定する方法である [6].ルータ間では,ネットワークの向きと距離に関する情報が交 換され,この向きと距離の情報から経路制御表を作成する.処理が比較的簡単な方法である が,ネットワークが複雑になった場合,経路情報が安定するまでに時間がかかったり,経路 にループが生じやすくなるといった問題がある.距離ベクトル型を用いた経路制御プロトコ 10 ルの代表的なものとして RIP がある. 3.1.2 リンク状態型 (Link-State) リンク状態型とは,ルータがネットワーク全体の接続状態を理解して経路制御表を作成す る方法である [6].この方法の場合,ネットワークが複雑になっても各ルータは正しい経路 制御情報を持つことができ,安定した経路制御を行うことができる.しかし,巨大で複雑な 構造を持つネットワークの場合,トポロジ情報の管理と処理をするために高い CPU 能力と 多くのメモリ資源が必要となる.リンク状態型を用いた経路制御プロトコルの体表的なもの として OSPF がある. 3.2 経路制御プロトコル 本節では経路制御プロトコルとして代表的な RIP,OSPF,BGP について説明する. 3.2.1 RIP (Routing Information Protocol) RIP は距離ベクトル型の経路制御プロトコルであり,LAN で広く使用されている.経路 制御情報を定期的にネットワーク上にブロードキャストしており,その送信間隔は通常 30 秒周期であり,この経路制御情報が 180 秒間とぎれた場合はリンク切断と判断する.経路は 距離ベクトルにより決定され,最もホップ数の少ない経路で,目的の IP アドレスに到着す るように制御されている.RIP では無限ループ問題を解決するために距離 16 で通信不可能 と判断する.これにより無限ループが発生してもすばやく検知することができる.しかし, ループが何重にもなる複雑な構造のネットワークの場合,経路情報の安定までに時間がかか るという問題が生じる [6]. 3.2.2 OSPF (Open Shortest Path First) OSPF はリンク状態型の経路制御プロトコルであり,ルータ間でリンク状態を交換して, ネットワークのトポロジ情報を作成する.そして,そのトポロジ情報をもとにして経路制 御表を作成する.経路の決定には各リンクに重みをつけ,この重みが最も小さい経路を選択 11 するように制御されている.また OSPF では,役割ごとに 5 種類のパケットを用意してい る.接続確認は Hello パケットで行い,各ルータの経路制御情報を一致させるためにはデー タベース記述パケットが使用される.経路制御情報のバージョン番号を交換し,バージョン が異なる場合は次の 3 種類のパケットを使用する.経路制御情報の要求にはリンク状態要 求パケット,経路制御情報の送信にはリンク状態更新パケット,経路制御情報の受信通知に はリンク状態確認応答パケットを使用する.このように役割分担をし,経路更新を早めてい る.しかし,複雑ネットワークの場合,最短経路を求めるための計算処理が増大し,多くの CPU 能力とメモリ資源が必要となる問題が生じる [6]. 3.2.3 BGP(Border Gateway Protocol) BGP は AS 間を接続するときに利用されるプロトコルである.この BGP と,RIP や OSPF が協調的に経路制御を行うことにより,インターネット全体の経路が制御されている.BGP では,目的とする AS にパケットが到達するまでに通過する AS 番号を AS 経路リストに収 集している.また,複数の経路が存在する場合,AS 経路リストの短いルートを選択するよ うに制御されている.BGP のように通過する経路のリストで経路制御を行うプロトコルを 経路ベクトル (Path Vector) と言う.BGP ではループの検出,ポリシー経路制御が可能に なるといった利点がある. 3.3 スケールフリーネットワークにおける現状の経路制御の問題点 スケールフリーネットワークにおいて,現状の最短ホップ/最小コスト経路制御手法では, 最高次数ノード (ハブ) の出線リンクにおける経路の多重度が大きいために,トラヒックが 集中しやすく輻輳による通信品質低下の可能性が高いという問題が生じる [3].そのため, スケールフリーネットワークでは最高次数ノードにおいて,負荷分散のための TE が必要で ある. 12 スケールフリーネットワークにおける TE 4 前章で述べたようにスケールフリーネットワークでは,最高次数ノードにおいて負荷分散 のための TE が必要である.本章では,本研究において提案する TE 手法について述べる. 4.1 提案する TE 手法 経路制御プロトコルとして OSPF を想定し,以下のようなリンクコスト調整による TE 手 法を提案する. • 制御対象リンク:最高次数ノードの出線/入線 N 本 • 制御手法:N 本の制御対象リンクのコストを 2 (他リンクは 1) に設定 ここで N 本の制御対象リンクを決定するにあたりリンク利用率を指標とすることが考えら れる.しかし,リンク利用率は各ノードの転送状況により変動するため,制御対象リンクが 時間により変化するという問題がある.そこで対象ネットワーク中の全ノードから他ノード に最短経路上でトラヒックを転送したと仮定した時の論理的な多重フロー数を利用すること が考えられる.図 4.1 に論理的な多重フロー数の例を示す.また,以下,これを「多重度」 として,着目する制御対象リンクを以下の 3 段階にわけて調査を行う. • 方式 1:最高次数ノードの出線リンク (図 4.2) のみを対象とした TE – 最高次数ノードからの転送トラヒック量を分散させる • 方式 2:最高次数ノードの入線リンク (図 4.2) のみを対象とした TE – 最高次数ノードへの入力トラヒック量を分散させる • 方式 3:最高次数ノードの出線と入線の両リンクを対象とした TE – 方式 1 と方式 2 を組み合わせた分散方式 13 "# $$ %" ! 図 4.1: Multiplicity of shortest path 図 4.2: 出線リンク,入線リンク 14 シミュレーションモデル及び評価指標 5 本研究では ns(Network Simulator) [7] を使用しシミュレーション評価によって,まずス ケールフリーネットワークにおける現在の経路制御の適用性について明らかにし,負荷分散 経路制御の必要性を示す.次に,スケールフリーネットワークの性質を利用した負荷分散経 路制御の提案を行い,その評価を行う.本章ではシミュレーションにおけるトポロジモデル, トラヒックモデル,および評価指標について述べる. 5.1 ネットワークモデル 本研究では,トポロジジェネレータ BRITE を使用しネットワークトポロジを生成する. 使用するトポロジとして,スケールフリーネットワークは BA モデル,比較するランダム ネットワークは Waxman モデルにより生成する.全シミュレーションのノード数を 100,各 リンク帯域を 100Mbps,経路制御手法は最小コスト経路制御とし,それぞれのトポロジの 最小次数は 2,平均次数は 3.94 とする.ここで,使用するトポロジにおけるランダムネッ トワークの次数分布を図 5.1 に,スケールフリーネットワークの次数分布を図 5.2 に示し, 図 5.1 に示す最小自乗法により近似した直線を f (x),図 5.2 に示す最小自乗法により近似 した直線を g(x) とする.このとき,直線 f (x) の傾きは- 1.418,直線 g(x) の傾きは- 2.426 であった.これより,今回スケールフリーネットワークとして使用するトポロジは,べき指 数 γ が 2.426 であり,スケールフリー性を示す 2 < γ < 3 [8] であるため,スケールフリー ネットワークである. 5.2 トラヒックモデル 全ノードがランダムに選択した 20 の宛先ノードへ CBR(Constant Bit Rate) トラヒック を送信する.このときの各宛先ノードへの送信 Rate は 1Mbps,転送プロトコルは UDP と し,パケットサイズは 1000byte とする. 15 Number of nodes 102 f(x) 101 100 100 101 degree 102 図 5.1: ランダムネットワークの次数分布 Number of nodes 102 g(x) 101 100 100 101 degree 図 5.2: スケールフリーネットワークの次数分布 16 102 5.3 評価指標 本節では,シミュレーションの評価に使用する指標を述べる. • リンク利用率 – あるノードにおけるリンク i においてリンク帯域を Qi ,使用しているリンク帯域 を Fi とし,リンク利用率を Fi /Qi と定義する. • 最短経路の多重度 – 対象ネットワークの各ノードから全ノードにトラヒックを転送したと仮定し,各々 が最短経路のみを利用する場合の論理的な多重フロー数.この値が高いほど輻輳 が生じる可能性が高い. • リンク利用率の変動係数 – トポロジ全体のリンク利用率のばらつきを示す.リンク利用率の平均値を μ,標 準偏差を σ とし,変動係数を σ/μ と定義する.この値が小さいほどリンク利 用率に偏りがなく全リンクを効果的に使用する. • 最大リンク利用率 – トポロジ全体のリンク利用率の最大値. • 平均転送ホップ数 – 送信ノードから宛先ノードまでの最短到達ホップ数. • 平均パケット転送時間 – 送信ノードから宛先ノードまでパケットを転送するのにかかる平均時間. • パケットロス率 – 各リンクにおけるパケットのロス率. 17 シミュレーション結果及び考察 6 前章で説明したシミュレーションモデル及び評価指標にもとづいて,スケールフリーネッ トワークにおける負荷分散性能の調査を行う.本章では,6.1 節でスケールフリーネットワー クにおける負荷分散経路制御の必要性を述べ,6.2 節で前章で述べた TE 手法により負荷分 散を行い,その性能を調査する.6.3 節ではスケールフリーネットワークにおいてトラヒッ ク量が増大した場合の影響を調査する. 6.1 スケールフリーネットワークにおける TE の必要性 本節ではスケールフリーネットワークにおける負荷分散経路制御の必要性を述べる. 6.1.1 ランダムネットワークとスケールフリーネットワークのリンク利用率の違い ランダムネットワークとスケールフリーネットワークのノード数,平均次数,トラヒック モデルが同様の場合の各ノードの degree(収容リンク数) に対するリンク利用率をそれぞれ 図 6.1,図 6.2 に示す.ノード数,トラヒックモデルは 5 章で述べた通りである. 図 6.1 よりランダムネットワークでは各ノードにおいて degree に依存せず,ほぼ同様の リンク利用率を示していることがわかる.これよりランダムネットワークではトラヒック量 が増大した場合に輻輳が起き得る点の推定が困難であり,ネットワークの各所において TE が必要になると考えられる. 一方,図 6.2 ではスケールフリーネットワークにおいて一部のリンクのリンク利用率が高 い値を示している.特に最高次数ノードにおいて高い値を示すリンクが多数存在しており, リンク利用率に偏りが生じているため輻輳が発生する可能性が高いと言える.これは多数 のリンクを有する最高次数ノードは他のノードとの接続性が非常に高く,最高次数ノードを 経由するトラヒックが多いためである.そのためスケールフリーネットワークでは最高次数 ノードにおいて TE を実施することで高い負荷分散効果を得られると考えられる.さらにス ケールフリーネットワークでは最高次数ノードにおいてトラヒックが集中しやすいため輻輳 が起きている点の推定が容易であり,最高次数ノードでの TE が有効であると言える. 18 以上より,ランダムネットワークとスケールフリーネットワークでは通信特性が異なるこ とがわかった.スケールフリーネットワークの場合,最高次数ノードの一部のリンクにおい てリンク利用率に偏りが生じてしまう.そのためスケールフリーネットワークでは最高次数 ノードにおいて TE が必要であると言える. 19 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 図 6.1: リンク利用率:ランダムネットワーク 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 25 図 6.2: リンク利用率:スケールフリーネットワーク 20 30 6.1.2 スケールフリーネットワークにおける最短経路の多重度 スケールフリーネットワークにおいて次数と最短経路の関係を詳細に調査するために,各 ノードの degree に対する最短経路の多重度を図 6.3 に示す.図 6.3 より最高次数ノードと 他の一部のノードにおいて多重度の高いリンクが存在しており,スケールフリーネットワー クでは多数の最短経路が重複している少数のリンクと,少数の最短経路しか重複していない 多数のリンクから構成されているとわかる.そのためトラヒック量が増大した場合,多数の 最短経路を収容する多重度の高いリンクにおいて,輻輳による通信品質の低下の可能性が高 いと言える.このため,多重度の高いリンクにおいて負荷分散が必要であると考えられる. さらに,図 6.3 より,多重度は特に最高次数ノードにおいて高い値を示しており,多重度 は約 50∼450 と幅広い値を示しているため,ある一部のリンクにおいてトラヒックが集中す る可能性が高いと言える.また,最高次数ノード以外のノードにおいても多重度の高いリン クが少数存在している.これは全て最高次数ノードへの入線リンクであり,最高次数ノード との接続リンクを示す.このようにスケールフリーネットワークでは最高次数ノードにおけ る接続リンクにおいて多重度の高いリンクが存在しており,最高次数ノードに着目した TE が効果的であると言える. 次に,多重度とリンク利用率の関係を調査する.TE を実施しないときのリンク利用率を 図 6.4 に示す.図 6.3 と図 6.4 を比較すると,多重度の高いリンクはリンク利用率が高く,逆 に,多重度の低いリンクはリンク利用率も低い.このことより,多重度とリンク利用率には 非常に強い相関があり,多重度の高いリンクを対象に TE を実施することで効果的な負荷分 散が可能であると考えられる.以上より,提案手法において,多重度の高いリンクから上位 N 本を制御対象とする. 21 500 Multiplicity of shortest path 450 400 350 300 250 200 150 100 50 0 0 5 10 15 degree 20 25 30 図 6.3: 最短経路の多重度:スケールフリーネットワーク 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 25 図 6.4: リンク利用率:スケールフリーネットワーク 22 30 6.2 スケールフリーネットワークにおける負荷分散調査 前節よりスケールフリーネットワークでは最高次数ノードにおいて TE が必要であるとい うことが示された.これより本節では実際にスケールフリーネットワークの最高次数ノード に着目し TE を実施し,それによる影響を調査する.ここで制御対象リンクは前節の結果よ り多重度の高いリンクから上位 N 本とする. 6.2.1 方式 1∼最高次数ノードの出線リンクを対象とした TE∼ まず,最高次数ノードの出線リンクにおける TE である方式 1 の性能を調査する.多重度 の最も高い 1 リンクを対象に TE を実施した場合のリンク利用率を図 6.5 に示す.図 6.5 よ り 1 リンクを対象に TE を実施しても,制御対象リンク以外にリンク利用率の高いリンクが 多数存在しており効果的に負荷分散できない.これは多重度の高い 1 リンクを対象に TE を 実施しても他の重なり度の高いリンクにトラヒックが迂回することでそのリンクの負荷が高 くなるためである. 次に,複数リンクを対象に TE を実施した結果を示す.最高次数ノードの出線リンクにお いて,制御対象リンク数 N = 6 の場合のリンク利用率を図 6.6,制御対象リンクを全リンク とした場合のリンク利用率を図 6.7 に示す.図 6.6,図 6.7 と図 6.5 を比較すると,複数リ ンクを対象に TE を実施することによりトポロジ全体のリンク利用率の最大値が抑制されて おり,利用率の偏りを抑えることができている.よって,複数リンクを対象に TE を実施す ることにより効果的な負荷分散が可能である. さらに,制御対象リンク数 N と負荷分散性能の関係を調査する.リンク利用率の最大値 と変動係数を図 6.8 に示す.図 6.8 の横軸は制御対象リンク数であり,0 の場合は TE なし, N > 0 では多重度の高い上位リンクから N 本のリンクを対象として TE を実施したことを 表している.図 6.8 より多重度の高い複数リンクを制御対象とした場合に変動係数の低下が 大きく,またリンク利用率の最大値も抑制されているのがわかる.これより,多重度の高い 複数リンクを制御対象とすることが効果的だと言える.なお制御対象リンク数 N が大きい 場合,変動係数の低下が穏やかになる.これはコスト増加により最高次数ノードではない他 のノードにトラヒックが集中してしまうためである.これより多重度の低いリンクまで制御 23 対象とすることは効果的ではないことがわかる. 以上より,スケールフリーネットワークにおいて最高次数ノードの出線リンクを制御対象 とし,リンクコスト変更による最小コスト経路制御を行うことで効果的な負荷分散が可能で ある.さらに,制御対象リンクは最短経路の多重度が高い複数リンクから順に制御対象とす ることが効果的であり,適切な制御リンク数が存在することを示した. 24 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 25 30 25 30 図 6.5: リンク利用率:TE 方式 1(N = 1) 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 図 6.6: リンク利用率:TE 方式 1(N = 6) 25 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 25 30 図 6.7: リンク利用率:TE 方式 1(全リンクを制御) 1 coefficient of variation maximum link utilization 0.9 0.9 0.8 0.8 0.7 0.7 0.6 0.6 0.5 0 5 10 15 20 Number of TE link 25 図 6.8: リンク利用率の最大値と変動係数 (方式 1) 26 0.5 link utilization coefficient of variation 1 6.2.2 方式 2∼最高次数ノードの入線リンクを対象とした TE∼ 次に,最高次数ノードへの入線リンクにおいて TE を実施する手法 2 の性能を調査する. 多重度の最も高い 1 リンクを対象に TE を実施した場合のリンク利用率を図 6.9 に,制御対 象リンク数 N = 6 の場合のリンク利用率を図 6.10 に,制御対象リンクを全リンクとした場 合のリンク利用率を図 6.11 に示す. 図 6.9,図 6.10,図 6.11 より方式 1 と同様,入線リンクを対象に TE を実施する場合,1 つのリンクを対象とした場合と比較して複数のリンクを対象とした場合はトポロジ全体のリ ンク利用率の最大値を抑制することができており効果的な負荷分散が可能である. さらに,方式 2 における制御対象リンク数 N と負荷分散性能の関係を調査する.リンク 利用率の最大値と変動係数を図 6.12 に示す.図 6.12 の横軸は制御対象リンク数であり,0 の場合は TE なし,N > 0 では多重度の高い上位リンクから N 本のリンクを対象として TE を実施したことを表している.図 6.12 より方式 1 と同様,多重度の高い複数リンクを制御 対象とすることにより変動係数の低下が大きく,リンク利用率の最大値も抑制されているこ とから多重度の高い複数リンクを制御対象とすることが効果的である.なお方式 2 の場合で も方式 1 と同様に,制御対象リンク数 N が大きい場合,変動係数の低下があまりなく,多 重度の低いリンクまで制御対象とすることは効果的ではないことがわかる. 以上より,方式 2 の場合でも,最短経路の多重度が高い複数リンクから順に制御対象とし, リンクコスト変更による最小コスト経路制御を行うことで効果的な負荷分散ができ,さらに 適切な制御リンク数が存在することを示した. 27 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 25 30 25 30 図 6.9: リンク利用率:TE 方式 2(N = 1) 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 図 6.10: リンク利用率:TE 方式 2(N = 6) 28 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 25 30 図 6.11: リンク利用率:TE 方式 2(全リンクを制御) 1 coefficient of variation maximum link utilization 0.9 0.9 0.8 0.8 0.7 0.7 0.6 0.6 0.5 0 5 10 15 20 Number of TE link 25 図 6.12: リンク利用率の最大値と変動係数 (方式 2) 29 0.5 link utilization coefficient of variation 1 6.2.3 方式 3∼最高次数ノードの出線と入線の両リンクを対象とした TE∼ 6.2.1,6.2.2 節より方式 1,方式 2 による負荷分散が可能であることがわかった.そこで 本節では方式 1 と方式 2 を組み合わせ,出線および入線リンクにおける TE を実施する方式 3 について調査する.多重度の最も高い 1 リンクを対象に TE を実施した場合のリンク利用 率を図 6.13 に,制御対象リンク数 N = 6 の場合のリンク利用率を図 6.14 に,制御対象リ ンク数を全リンクとした場合のリンク利用率を図 6.15 に示す. まず図 6.13 と図 6.14 を比較すると,図 6.13 ではリンク利用率が 0.85 以上のリンクがあ り,ある一部のリンクにおいてトラヒックが集中している.一方図 6.14 ではリンク利用率 が 0.55 以上のリンクが存在せずトポロジ全体のリンクを効果的に利用できていることがわ かる.以上より制御対象リンク数を複数にすることで効果的な負荷分散が可能である. 次に,図 6.14 と図 6.15 を比較すると,全リンクを対象に TE を実施した場合,N = 6 の 場合よりトポロジ全体のリンク利用率の最大値が高くなっている.これは制御対象リンク数 N が大きい場合,コスト増加により最高次数ノード以外のノードにトラヒックが集中して しまうためである.そのうえ図 6.15 より,最高次数ノードのリンク利用率が小さいことか ら最高次数ノードにトラヒックが流れていないことがわかる. さらに,方式 3 における制御対象リンク数 N と負荷分散性能の関係を調査する.リンク 利用率の最大値と変動係数を図 6.16 に示す.図 6.16 の横軸は制御対象リンク数であり,0 の場合は TE なし,N > 0 では多重度の高い上位リンクから N 本のリンクを対象として TE を実施したことを表している.方式 3 の場合も方式 1,2 と同様,多重度の高い複数リンク を制御対象とすることにより変動係数,最大リンク利用率とも抑制されている.このことよ り多重度の高い複数リンクを制御対象とすることが効果的だと言える.なお方式 3 の場合で も方式 1,2 と同様に,制御対象リンク数 N が大きい場合,変動係数の低下があまりなく, 多重度の低いリンクまで制御対象とすることは効果的ではないことがわかる. 以上より,方式 3 の場合においても,最短経路の多重度が高い複数リンクから順に制御対 象とすることが効果的であり,適切な制御リンク数が存在することを示した.また,最高次 数ノードに着目し制御対象とすることでネットワーク全体の負荷分散が可能であることを示 した. 30 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 25 30 25 30 図 6.13: リンク利用率:TE 方式 3(N = 1) 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 図 6.14: リンク利用率:TE 方式 3(N = 6) 31 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 25 30 図 6.15: リンク利用率:TE 方式 3(全リンクを制御) coefficient of variation maximum link utilization 1 0.9 0.9 0.8 0.8 0.7 0.7 0.6 0.6 0.5 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 Number of TE link 図 6.16: リンク利用率の最大値と変動係数 (方式 3) 32 0.5 link utilization coefficient of variation 1 6.2.4 各方式の比較 これまで TE 手法として方式 1,2,3 を示し,どの方式においても負荷分散が可能である とわかった.本節ではこの 3 つの方式を比較し,最も効果的な負荷分散方式の調査を行う. リンク利用率の変動係数を図 6.17 に,トポロジ全体のリンク利用率の最大値を図 6.18 に示 す.これらの図の横軸は制御対象リンク数であり,0 の場合は TE なし,N > 0 では多重度 の高い上位リンクから N 本のリンクを対象として TE を実施したことを表している. 図 6.17 より方式 3 の場合に最も変動係数を抑えることができており,トポロジ全体にお けるリンク利用率の偏りがないと言える.また,図 6.18 より,トポロジ全体のリンク利用 率の最大値も変動係数と同様,方式 3 の場合が最も抑制されていることから方式 3 が最も効 果的な負荷分散が可能であると言える.これより,最高次数ノードにおける出線と入線の両 リンクを制御対象とすることが効果的であると言える. 次に,方式 1,2,3 において制御対象リンク数 N が同様の場合のリンク利用率を比較す る.制御対象リンク数 N = 6 の場合のそれぞれのリンク利用率を図 6.19,図 6.20,図 6.21 に示す.これらの図より,方式 3 の場合,方式 1,2 よりトポロジ全体のリンク利用率の最 大値を抑制することができているのがわかる.これより同じ制御対象リンク数では方式 3 の 場合が最もトラヒックの分散ができ,方式 3 が最も効果的な負荷分散が可能と言える. 以上より,TE 手法の方式 1,2,3 を比較した結果,方式 3 が最も効果的な負荷分散を実 現可能であると示した. 33 coefficient of variation 1 scheme 1 scheme 2 scheme 3 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0 5 10 15 Number of TE link 20 25 図 6.17: リンク利用率の変動係数 maximum linkutilization 1 scheme 1 scheme 2 scheme 3 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0 5 10 15 Number of TE link 図 6.18: 最大リンク利用率 34 20 25 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 25 30 25 30 図 6.19: リンク利用率:TE 方式 1(N = 6) 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 図 6.20: リンク利用率:TE 方式 2(N = 6) 35 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 図 6.21: リンク利用率:TE 方式 3(N = 6) 36 25 30 6.2.5 TE によるホップ数への影響 TE を実施することによりホップ数の増加が考えられる.そこで平均転送ホップ数の変化 を図 6.22 に示す.図 6.22 の横軸は制御対象リンク数であり,0 の場合は TE なし,N > 0 では多重度の高い上位リンクから N 本のリンクを対象として TE を実施したことを表して いる.この図より,TE ありと TE なしでは平均転送ホップ数はほぼ変化していないことが わかる.また,平均増加ホップ数を調査すると TE により増加するホップ数は 1 ホップのみ であった.これはスケールフリーネットワークの場合,最短経路と同じホップ数をもつ経路 が多数存在するという特性があるため,経路切替を行っても大部分のトラヒックは最短経路 と同じホップ数の経路を使用し転送するためである.このことから平均転送ホップ数がほと んど増加せずに負荷分散が可能であると言える.また,このときの平均パケット転送時間を 調査する.平均パケット転送時間を図 6.23 に示す.図 6.23 より TE を実施した場合に平均 パケット転送時間は減少しているのがわかる.これより輻輳による遅延よりもホップ数増加 による遅延のほうが小さく,負荷分散は効果的であると言える. 以上より,スケールフリーネットワークでは,ホップ数の同じ経路が多数存在し TE を実 施しても増加するホップ数はごくわずかである.そのためスケールフリーネットワークにお いて最高次数ノードに着目した TE は効果的であるということを示した. 37 3.5 scheme 1 scheme 2 scheme 3 3.4 3.3 3.2 hop 3.1 3 2.9 2.8 2.7 2.6 2.5 0 5 10 15 Number of TE link 20 25 図 6.22: 平均転送ホップ数 6.2 scheme 1 scheme 2 scheme 3 Transfer time[ms] 6.1 6 5.9 5.8 5.7 5.6 5.5 0 5 10 15 Number of TE link 図 6.23: 平均パケット転送時間 38 20 25 6.3 トラヒック量増大による影響 本節ではスケールフリーネットワークにおいてトラヒック量が増大する場合の影響を調査 する. 6.3.1 評価結果及び考察 シミュレーションに使用するトポロジモデル,トラヒックモデルは 5 章で述べたモデルを 使用する.このとき,全ノードがランダムに選択する宛先ノードの数を 30 とし,フロー数 が増加する場合の影響を調査する. トラヒック量が増加する場合のリンク利用率を図 6.24 に示す.図 6.4 と図 6.24 を比較す ると,図 6.24 より,トラヒック量が増加する場合,リンク利用率が増加しており,また,リ ンク利用率が 100% となっているリンクが存在しているのがわかる.このことよりパケット ロスの発生が考えられる.そこで,トポロジ全体のパケットロス率を図 6.25 に示す.図 6.25 より,リンク利用率が 100%のリンクにおいてパケットロスの発生が確認できる.これは多 重度の高いリンクで発生しており,多重度の高いリンクはトラヒック量が増大する場合,輻 輳によるパケットロスが発生しやすいと言える. そこで次に,方式 3 を適用した場合の,トポロジ全体のパケットロス率の変動を図 6.26 に示す.図 6.26 より N ≤ 5 ではパケットロスが発生しているが N ≥ 6 ではパケットロスが 発生していないことがわかる.これより適切な制御リンク数を対象に TE を実施することで パケットロスが改善できることがわかる. 以上より,スケールフリーネットワークにおいてトラヒック量が増大する場合でも最高次 数ノードに着目し,TE を実施することで効果的な負荷分散が可能であると示した. 39 1 0.9 link utilization 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 5 10 15 degree 20 25 30 25 30 図 6.24: リンク利用率 (TE なし) 100 Loss rate 10-1 10-2 10-3 0 5 10 15 degree 20 図 6.25: パケットロス率 (TE なし) 40 100 Loss rate 10 -1 10-2 10-3 0 5 10 15 Number of TE link 20 図 6.26: パケットロス率の変動 (TE あり) 41 25 7 まとめ 本研究では,物理的なスケールフリーネットワークにおいて各リンクの論理的な転送フ ロー数 (経路の多重度) と物理的な利用率の関係を調査し,最高次数ノードのみにおける負 荷分散において,制御対象となるリンクの設定指針を調査した. まず,ランダムネットワークとスケールフリーネットワークのリンク利用率の比較より, スケールフリーネットワークにおける負荷分散の必要性を示した.さらに,最短経路の多重 度とリンク利用率に相関があることを示し,制御対象リンクの決定に論理的な転送フロー数 を表す多重度を使用することが効果的であることを示した. 次に,最高次数ノードに着目した負荷分散を行い,その影響を調査した.ここで,経路制 御プロトコルとして OSPF を想定し,リンクコスト調整による負荷分散のための TE 手法 を提案した.着目する制御対象リンクを以下の 3 つにわけて調査を行った. • 方式 1:最高次数ノードの出線リンクのみを対象とした TE • 方式 2:最高次数ノードの入線リンクのみを対象とした TE • 方式 3:最高次数ノードの出線と入線の両リンクを対象とした TE 3 方式による調査より以下が明らかになった. • 各方式ともに,多重度の高いリンクを制御対象とすることでネットワーク全体のリン ク利用率の最大値,変動係数を抑えることができる • 多重度の高い複数リンクから順に制御対象とすることが効果的であり,適切な制御対 象リンク数が存在することが示された さらに,各方式の比較より以下が明らかになった. • 方式 3 が他の方式より最大リンク利用率,変動係数とも抑制される これより,方式 3 が最も効果的な負荷分散が可能であることを示した. また,TE によるトラヒック転送ホップ数への影響を調査し,以下が明らかになった. 42 • スケールフリーネットワークでは同じホップ数の経路が多数存在するため,TE によ るホップ数の増加はほとんどない この結果より,スケールフリーネットワークで TE を実施しても,平均転送ホップ数の増加 なしに負荷分散が可能であることを示した. さらに,トラヒック量の影響を調査をし,以下の結果を明らかにした. • 多重度の高いリンクにおいてパケットロスが発生するような場合,同様の手法で TE を実施することによりパケットロスを抑えることが可能 これより,トラヒック量が増大した場合でも,最高次数ノードに着目した TE が効果的であ ることを示した. 以上より,スケールフリーネットワークでは最高次数ノードに着目し制御対象とすること で最大利用率を抑制しネットワーク全体の負荷分散が可能であることを示した.今後の課 題としては,ノード規模に対する適切な負荷分散対象リンク数の調査,さらにスケールフ リー性を有しているサービスを展開している場合の負荷分散手法の検討を行っていく必要が ある. 43 謝辞 本研究を進めるにあたりご指導,ご教授頂きました川原憲治准教授に深く感謝致します. また,研究のみならず数々の貴重なご意見を頂きました尾家祐二教授,鶴正人教授,大西圭 准教授,塚本和也助教に感謝申し上げます.そして,研究を進める上で研究方針やアイデア, 論文の執筆の的確なご指導を頂きました田村瞳女史並びに井上陽介氏に深く感謝致します. また日頃からお世話になりました吉木智絵事務補佐員,金丸明未事務補佐員をはじめとする 尾家研究室,川原研究室,鶴研究室の皆様に心から感謝致します. 44 参考文献 [1] L. A. Adamic, B. A. Huberman “Zipf ’s law and the Internet,” Glottometrics, pp. 143-150, Mar. 2002. of complex networks,” Reviews of Modern Physics Vol.74 47-97, Jan 2002. [2] B. Zhang, R. Liu, D. Massey, L. Zhang “Collecting the Internet AS-level Topology, ” ACM SIGCOMM CCR, Vol. 35, No. 1, Jan.2005. [3] 松尾咲希 “ スケールフリーネットワークにおける負荷分散のための経路制御,” 九 州工業大学 情報工学部 電子情報工学科 卒業論文,Feb 2007. [4] R. Albert, A. -L. Barabasi “Statistical mechanics of complex networks,” Reviews of Modern Physics Vol.74 pp.47-97, Jan 2002. [5] BRITE : http://www.cs.bu.edu/brite/ [6] 竹下 隆史,村山 公保,荒井 透,苅田 幸雄 『マスタリング TCP/IP 入門編 第3 版』 オーム社,2006 2.15 [7] The Network Simulator - ns-2 : http://www.isi.edu/nsnam/ns/ [8] R. Cohen and S. Havlin, “Scale-free network are ultra small,” Physical Review Letters, vol. 90, p. 058701, Feb 2003. [9] 銭 飛 『NS2 によるネットワークシミュレーション』 森北出版,2006 11.15 45
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