アジアにおける学生移動と高等教育の国際化の課題

メディア教育研究 第8巻 第1号
Journal of Multimedia Education Research 2011, Vol.8, No.1, S13−S21
特集(招待論文)
アジアにおける学生移動と高等教育の国際化の課題
杉村 美紀1)
アジアにおける学生移動は,高等教育の国際化の進展とともに活発化しており,かつてのよ
うな欧米の英語圏を中心とする北側先進諸国への一方的な送り出しの流れから,アジア域内の
移動,あるいはアジア域外との移動を生み出すようになっている。そこでは,①従来からの二
国・地点間を往来する旧来型の移動,②二国・地点間以上の多国・地点間の移動,③さらに同
じ多国間の移動ながら,既定のフレームワークの中での移動ではなく,第二国から第三国,さ
らに次の国へと移動していく「トランジット型」の移動もみられる。こうした学生移動は,教
育的要因に加え,政治・社会・文化的要因,経済的要因,人材開発の指標,留学後・帰国後の
雇用機会,さらには地理的要因に左右され,これらの諸要素が描き出すダイナミズムが学生移
動を決定づけている。
このように多様化し,かつ重層的に展開される学生移動の実態をふまえたとき,高等教育の
国際化を進めるうえで2つの課題が指摘される。第1に,戦略的国際化と連携協力の推進であ
り,高等教育を,国民教育と,国際的な連携協力の2つのフレームワークを通じて,国際高等
教育システムの中に位置づけることが求められている。第2に,学生移動にかかる文化的・社
会的要因,特に宗教や言語をめぐる文化的差異が,社会変容や文化的な摩擦を引き起こしてい
る現状を注視し,人の国際移動の増加に伴う多文化共生社会実現への対応が求められる。
キーワード
学生移動,国際化,アジア,高等教育,トランスナショナル・プログラム
1.はじめに
教育政策と留学生招致政策および国際化のもとで,オー
ストラリアがとったオフショア・プログラムと呼ばれる
本論文は,アジアにおける学生移動の動向について,
教育の海外展開は,従来の国家を基盤とした高等教育の
その特徴を分析し,アジア各国およびアジアの高等教育
枠組みを大きく塗りかえ,国境を越えてプログラムやス
機関がとっている高等教育の国際化の方向性と課題につ
タッフ,そして学生が動く一つの契機となった。オース
いて考察することを目的とする。
トラリアはまた留学を国家の主要産業に位置付け,人材
今日アジアは,オセアニア地域とともに国際的な学生
獲得戦略と経済発展に結び付けた施策をとることで,高
移動の一大拠点となり,世界的にみても,北米,ヨーロ
等教育の国際化を加速させていった。
ッパとならび,国際教育市場として大きな注目をあびる
こうした高等教育の変革に追随したのが,シンガポー
ようになっている。この背景には⒜政治的・経済的国家
ル,マレーシア,タイであり,今日では中国,韓国,香
戦略としての留学生政策,⒝私費留学者の増加による留
港,台湾も含めて主要なアクターになっている。これら
学の大衆化,⒞トランスナショナル・プログラムの普及
の国々や地域はいずれも,国民統合と経済発展という国
と留学形態の多様化がある。トランスナショナル・プロ
家課題のもとで,高まる高等教育需要と人材育成を結び
グラムとは,二カ国あるいはそれ以上の複数の国に跨っ
つけた新たな高等教育像を模索するなかで,頭脳流出問
て学生が履修することを特徴とするプログラムである
題を解決し,かつ自国内の高等教育の需要に対応するた
が,何よりこうした教育需要を生み出す一般の人々の教
めに高等教育改革に着手し,その過程で特に1990年代よ
育要求があり,学生移動活発化の大きな原動力となって
り国際化を図ってきたのである。
いる。
小論では,こうしたアジアの学生移動の動向を,トラ
アジアにおける高等教育の国際化に早い段階から大き
ンスナショナルな教育プログラムの展開と学生移動の特
な影響を与えてきたのは,オーストラリアである。高等
徴から分析し,高等教育の国際化における可能性と課題
について整理する。はじめに,アジアを含む世界全体の
1)
学生移動の動向について,OECDがまとめた調査データ
上智大学
S13
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ならびにDe Wit(2008)が行った分析をもとにその要
用することが根底にあったといえる。
点を整理する。次に,多様化する学生移動の実態をふま
2.2 学生移動の新たな機能
え,従来のように北側先進国相互,あるいは南側から北
―量的拡大と政治的・経済的意義―
側諸国への移動に対し,北側から南側へ,あるいは南側
相互で起きている学生移動が示す学生移動のダイナミズ
今日の世界における学生移動ならびにそこでの「留
ムを類型化したうえで,高等教育の国際化の方向性を戦
学」の実態をみると,そうした学生移動が生み出す学び
略的連携協力と文化的・社会的要因への注目という点か
の意義に加え,新たな機能を見出すことができる。その
ら考察する。
特徴は,移動の多様化と流動性という意味で,かつての
学生移動とは大きく異なる。まず指摘できるのは学生移
2.世界の学生移動の動向
動の量的拡大である。国境を超えて展開されるプログラ
2.1 学生移動と「学び」の意味
ム(トランスナショナル・プログラム)の登場により,
学生移動は,グローバル化や国際化の進展とともに,
学生たちにとってさまざまな教育機会が拡がると同時
近年,高等教育の分野でもたびたび論議されるようにな
に,かつてのように,ごく一握りのエリートが,国を代
っている。しかしながら,学生移動それ自体は,古くか
表する国費留学生として専門の知識や技能取得のために
ら続いてきた現象である。古代ギリシャにあったプラト
留学し,修了後は必ず自国に戻るという形をとっていた
ンンのアカデメイアとよばれる学び舎には,さまざまな
時代から,今では高等教育の大衆化と高まる教育需要か
地域から学問を求めて人々が集まってきていたといわれ
ら,
「普通の人々」が自由に手軽に海外に学びに行く機
る。類似の動きは,中世ヨーロッパに誕生した「大学」
会が増えた。OECDとUNESCOの試算によれば,1975
でもみられた。すなわち,
「大学」は,知識を求め,教
年に国外で高等教育を受けていた学生は世界中で約80万
えを請う様々な立場の人々が集うことにより,知のネッ
人であったのが,1985年には110万人に,1995年には170
トワーク形成の拠点となっていったのである。
日本でも,
万人になり,2005年には260万人となっている。さらに,
中世の足利(現在の栃木県足利市)にあった教育機関「足
2008年の段階で全世界の留学生数は約330万人と算出さ
利学校」では,16世紀の室町初期の最盛期に,全国から
れている。この数字は前年から8.2%の伸びとなってお
3,000名を超える学徒が集まり,思想・信条の違いを越
り,絶対数では約30年余りの間に4倍以上に膨れ上がっ
えて学生たちが兵法や儒学を学び,それをそれぞれが仕
ていることになる2)。
えた武将に伝えたといわれる。その様子は宣教師によっ
次にこの330万人の留学先をみると,第1はアメリカ
て「坂東のアカデミア」としてヨーロッパに伝えられた
で全体の18.7%,次いで英国(10.0%),ドイツ(7.3%)
,
ほどであった。
フランス(7.3%),オーストラリア(6.9%),カナダ(5.5
こうした教育機関を拠点とした学生移動や交流に共通
%),ロシア(4.3%),日本(3.8%)となっている3)。こ
するのは,言語や宗教,民族などさまざまなバックグラ
こで興味深いのは,この割合を10年前の2000年と比較し
ウンドを持った人々が,
「学び」ということを通じて共
てみた場合,これら上位国の留学生率が変化しているこ
に肩を並べ,相互に学びあうという点であり,そこが知
とである。アメリカは8年前も1位ではあったが,世界
の交流拠点となるという点である。こうして同時期に同
の留学生受入れシェアは24%であった。それが2008年に
じ学び舎で学んだ者同士は,同窓生として共通の文化基
は5%さがっていることになる。同様にシェア率が下が
盤をもつこととなり,卒業後,それぞれが異なる国や政
ったのはドイツ(2%減),英国,ベルギー(各1%減)
,
治体制のなかで生活するようになったとしても,同窓生
フランス,南アフリカ,スウェーデン,中国(各1.5%減)
としての絆により,政治的・社会的違いを超える結びつ
となっている。これとは逆に,シェアを伸ばしているの
きを維持する。学生移動の実態やその可能性について考
はオーストラリア,韓国,ニュージーランドであり,い
える場合に,こうした学生移動とそこでの「学び」が生
ずれも1%の伸びである。さらに注目されるのはロシア
み出す持続性は非常に意義深い観点であるといえる。
が2%もシェアを伸ばしていることであろう。
近年まで「留学」といえば,そうした学生移動がもつ
次に指摘できるのが,こうした学生移動の量的拡大の
「学び」の意味を具体化し,実際に異国の地に赴き,異
文化を学びながら,知識や技能を習得するというのが一
2)
“Long-term growth in the number of students enrolled outside
their country of citizenship Growth in internationalisation of
tertiary education(1975-2008, in millions )” in Education at a
Glance 2010, p. 313.
3)
“Distribution of foreign students in tertiary education, by
country of destination(2008)Percentage of foreign tertiary
students reported to the OECD who is enrolled in each country
of destination” in Education at a Glance 2010, p. 314.
般的であった。実際に,ある国の同じ大学で学んだ学生
たちは,そこでの「学び」の体験を共通の財産として,
それぞれの国や所属機関に戻ってからも,同窓生ネット
ワークを共有してきた。留学受入れ先進国である欧米の
国々が行っていた留学生教育も,そうした留学を通じた
「学び」とネットワーク形成の機能を文化政策として活
S14
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背景として,アメリカが絶対的優位に立っていた時代か
以上の複数の国に跨って学生が履修することを特徴と
ら,いまや様々なプレイヤーが登場するようになってお
し,必ずしもプログラムの実施国・地域と学位授与機関
り,それぞれの国が高等教育の国際化と留学生政策によ
は一致しない6)。プログラム履修国で一定の期間を学び,
り積極的に,かつ戦略的に取り組むようになったことで
残りを学位授与教育機関がある第三国で履修する部分学
ある。各国政府は,留学生の獲得を人材獲得政策の一環
位プログラムや,そもそも留学自体が出身国にとどまっ
として位置付けるとともに,国際交流の拠点化を目指す
たまま,学位授与機関の分校や,そこでのカリキュラム
ことで,国際社会におけるプレゼンスをあげる政治的・
を履修することで学位取得を目指すプログラム,さらに
経済的戦略をとっている。
はe-ラーニング等による遠隔教育や通信教育を利用した
プログラムなどがみられ,取得できる学位も相手国の教
2.3 多様化するアジアの学生移動
育機関の学位である場合や,自国と相手国の両方の学位
こうした学生移動の動向を考えるうえで,カギとなる
が取れる二重学位プログラムなど多様である。
のはアジア・太平洋地域における学生移動の動向であ
こうしたトランスナショナル・プログラムの登場につ
る。OECDはこの点について,アジアでは,伝統的な「留
いて,杉本均(2011)は,
「伝統的留学」の概念をぬり
学」とは異なり,各教育機関が「国際教育市場」の動向
かえ,新たに「非伝統的『留学』」というモデルを提示
をにらみながら展開する教育サービス産業として高等教
するものであると分析している。「伝統的留学」では,
4)
育がとらえられていることを指摘している 。そのこと
学生が実際にその留学先国に移動し,そこで生活しなが
はアジアにおける留学生の人材獲得競争を反映した分析
ら学位や資格,技能を獲得する。それに対し,
「非伝統
結果ともいえる。
的『留学』」では,①留学生=学習者(プログラム履修者)
,
②学校=教育課程担当者(プログラム実施者)
,③大学
⑴ アジア域内の移動とトランスナショナル・プログラム
=その終了に伴う学位・資格・単位の認定者・授与者
アジアでは従来,先進国英語圏を中心とする留学志向
(学位等授与者)の三者間の関係を考えた場合,第一の
が強く,その傾向は今も変わっていない。しかしながら
形態として学生の移動を伴わないプログラム(通信課
1980年代から2000年代はじめにかけてのアジア人学生の
程,海外分校)
,第二の形態として履修プログラムと学
国際移動の動向には,欧米一辺倒であったかつての学生
位授与大学が一部もしくは完全に分離されるプログラム
移動が,アジア域内へも広がりをみせるようになり,か
(部分学位プログラムまたはツイニング・プログラム,
つ日本,中国,韓国の東アジア3カ国間の学生移動が活
外国機関提携学位)
,さらに留学先国とはまた違う第三
発化していることが示されている5)。また,たとえば中
国の学位を目指すプログラムなどがあり,
「留学概念の
国とマレーシア,あるいはインドネシアとマレーシアと
パラダイム転換」が起きていると指摘している7)。
いったように,東アジアとASEAN,あるいはASEAN
トランスナショナル・プログラムの広がりは,英語を
域内の学生移動もみられるようになった。この結果,ヨ
教授言語とすることで高等教育のカリキュラムにさまざ
ーロッパや北米と同様に,国際的な学生移動の一大拠点
まな汎用性と選択肢を与え,その結果,より安く短期間
となり,そのなかでも特にシンガポール,マレーシア,
で確実に学位や資格を取得できるプログラムとして学生
タイ,香港が学生移動の交流拠点(ハブ)になりつつあ
移動の誘因となっている。たとえば,こうしたプログラ
る。
ムの一例として,オーストラリアのモナシュ大学が展開
こうしたアジア域内の移動には,大学が主導して形成
しているプログラムがあげられる。1961年創設のモナシ
されるトランスナショナル・プログラムが大きな役割を
ュ大学は,当初は小規模な大学であったが,90年代以降,
果たしている。これはアジア各国が進める高等教育の国
オーストラリア国内に複数のキャンパスを設けてその規
際化により,英語の再評価ならびに他国・他地域の教育
模を拡大し,90年代後半以降は,オーストラリアにある
機関との連携の動きが広まったことが大きな要因である
本校のほか,マレーシア(1998年開校),南アフリカ(2001
が,この背後には,限られた教育財政のなかで,中産階
年開校)にそれぞれ海外分校を設立した。また,その後,
級の成長と高まる高等教育需要にどう対応するかという
シンガポール(シンガポール),ジャカルタ(インドネ
問題があり,各国政府にとって,海外の高等教育機関と
シア),広州(中国),コロンボ(スリランカ)にカレッ
提携することが,自国の高等教育を拡充するために有効
な手段であったことがあげられる。トランスナショナ
6)
McBurnie, Grant and Christopher Ziguras, 2007, Transnational
Education: Issues and Trends in Off shore higher education,
Oxon and New York, Routeledge
7)
杉本均2011「トランスナショナル高等教育の展開と課題」)杉本
均(研究代表)2011『トランスナショナル・エデュケーション
に関する総合的国際研究』平成20~22年度科学研究補助金研究
最終報告書(基盤研究B 一般)1-20頁。
ル・プログラムは,前述のとおり,二カ国あるいはそれ
4)
ibid. Education at a Glance 2010, p.314.
森川裕二2006「留学生交流」毛里和子,森川裕二編『東アジア
共同体の構築4:図説ネットワーク解析』岩波書店,228-229頁。
5)
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ジを,さらにイタリアにヨーロッパへの窓口となる教育
らの観光を含めた文化交流の促進につとめている。
文化センターを設けている。その第1の特徴は,マレー
他 方, ア ジ ア 側 か ら 域 外 へ の 移 動 も 活 発 で あ る。
シアと南アフリカの分校が,本校とまったく対等な位置
OECDおよびUNESCOが収集した調査結果によれば,調
づけをもち,学位取得プログラムを提供することで,海
査参加国の受入れ留学生のうち,OECD諸国の実に48.9
を跨いだ3つの分校間を学生が自由に往来できる「海外
%がアジアからの留学生であり,OECD以外の国々も含
にあるキャンパス(Offshore-Campus)
」 を形成してい
めると53.8%がアジア出身の学生であるという。OECD
る点である。第2に,シンガポール,ジャカルタ,広州,
諸国への留学者が多いのは,加盟国ではオーストラリア,
コロンボにはモナシュ・カレッジを教育提携機関として
日本,韓国であり,ヨーロッパやEU諸国,アフリカ出
設け,1年間の大学準備教育を行い,前述のモナシュの
身の留学生よりも多い。特に日本と韓国の学生はフラン
3つのキャンパスいずれかへの進学を可能にしている。
スやドイツとともに,カナダやアメリカよりも多くの学
こうした国際化戦略により,
「世界がキャンパス(The
生が留学している。他方,OECD加盟国以外の国として
World is your campus)
」というモナシュの掲げる国際
は,中国が最大の送り出し国であり,OECD加盟国全体
高等教育のモデルを実現しようとしているのである8)。
の受入れ留学生の17.1%を占めている。このうちアメリ
この結果,学生は中国からオーストラリアあるいはマ
カと日本への留学者が多い。中国に次いで多いのは,イ
レーシア,スリランカからオーストラリアやマレーシア
ンドの6.8%であり, マレーシア1.8%, モロッコ1.6%,
といった移動を展開し,時には2か所以上のキャンパス
ロシア1.3%,ヴェトナム1.3%と続いている。このほか
でプログラムを履修する可能性も登場している。ここに
アジアの送り出し国として目に留まるのはインドネシ
みられるのは,
特定の国へ留学するという意識ではなく,
ア,イラン,パキスタン,シンガポール,タイである10)。
大学のキャンパスがあるので,その国に移動するという
De Wit et al(2008)は,こうした従来は注目されて
実に柔軟な発想である。
こなかった学生移動の検証として,エジプト,インド,
インドネシア,南アフリカに焦点を当てた学生移動の調
⑵ アジア域外との間の学生移動
査を行っている。これら4カ国は,北側に対する南側諸
さらにアジアに特徴的なのは,アジアが,域外との学
国の代表国であり,かつこれまでもっぱら学生移動の送
生移動の拠点としても機能するようになっており,中東
り出し国として位置付けられてきた国であるが,その事
やアフリカ諸国との間にも移動が実際に起こっていると
例分析を通じ,今日の留学は,かつてのように途上国か
いう点である。前述のとおり,学生移動を促す要因とし
ら先進国,あるいは先進国相互の留学にだけではなく,
て学生の招致活動が活発化しているアジアでは,域外と
先進国から途上国,あるいは途上国相互間の学生移動も
のつながりをもつことにより,発展的に高等教育の国際
活発化する傾向にあることを指摘している。それによれ
化を進めようとしている。その典型例は,マレーシアが
ば,2004年のインドにおける留学生のうちの8%及び南
重点をおいている中東諸国からの留学生受入れ,ならび
アフリカの留学生の10%は北側の国の出身者であったこ
にアフリカ諸国からの留学生受入れであろう。特に2001
とや,エジプトの留学生の約60%はアズ・アハル大学に
年にアメリカで起きた同時多発テロ以降,イスラーム圏
集中しているが,2004-2005年度を例にとると,卒業した
の学生の移動が制限されるなかで,マレーシアは当該地
男子学生は,マレーシア,インドネシア,シリア,トルコ,
域との経済関係強化等の戦略からイスラ―ム国家として
スーダン,タイ,パレスチナ,セネガル,ナイジェリア,
受入れを行ってきた9)。ここには,競合するシンガポー
マリと続いている。また女子学生はマレーシア,シリア,
ルやタイとは異なり,イスラーム国としての特性を生か
インドネシア,スーダン,タイ,ブルネイ,パレスチナ,
して交流拠点としての差別化を図ろうとする意図も見出
シンガポール,フィリピン,サウジアラビアとなってい
すことができる。マレーシアの場合には,マレーシアへ
る11)。このエジプトへの学生移動は,従来の先進国を中
の学生招致窓口となる教育広報センターをジャカルタ,
心とする学生移動には見られなかった新たな動きであ
ホーチミン,北京,ドバイに設置しており,中東諸国か
る。ちなみにこのエジプトの動きは,明らかに宗教的な
要因によって引き起こされているといえる。
8)
Monash University, 2011 Course Guide, 2010.
なお,Monash University が展開する国際高等教育については,
杉村美紀2011「高等教育サービス機関の戦略とトランスナショ
ナル教育―オーストラリアに基点をおくスリランカのモナシ
ュ・カレッジの機能―」杉本均(研究代表)2011『トランスナ
ショナル・エデュケーションに関する総合的国際研究』前掲書,
206-218頁で概観した。
9)
杉村美紀2008「アジアにおける留学生政策と学生移動」
『アジア
研究』54巻4号,10-25頁。
2.4 学生移動の要因
こうした国際学生移動の実態について,De Wit, et al.
10)
op. cit., Education at a Glance 2010, pp. 319-320
De Wit, Hans et al. 2008, The Dynamics of International Student
Circulation in a Global Context, Sense Publishers, The
Netherland.
11)
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(2008)は,上記の宗教的要因以外にも,学生移動が複
も,英語圏先進国への一方向的な流れに限らず,費用や
数の要因によって決定づけられることを示している。そ
出入国管理等の社会的条件などを比較して,学位や資格
れによれば,⒜教育的要因,すなわちプログラムの内容,
取得により有利なプログラムを選んで起きている。
ランキングや社会的評価,就学費用,自国制度との連携,
こうした学生移動の流動性は,大きく3つに類型化出
相手国大学との戦略的連携,⒝政治・社会・文化的要因,
来ると考えられる。第1の型は従来型ともいえる送り出
すなわち言語問題や異文化適応,政治的社会的安定,出
し国と受入れ国の間の二国間・二地点間の移動である。
入国管理政策,学問の自由,植民地時代からのつながり,
この移動は,特定の国に,個別の領域プログラムを求め
地域統合,宗教的要因,⒞経済的要因,⒟人材開発の指標,
て留学し,そこで学んだ技術や知識・情報を自国に持ち
12)
留学後・帰国後の雇用機会,⒠地理的要因 である 。
帰るといった場合であり,行き先が限定されている留学
他方,OECDも学生移動の要因を分析しており,そこ
プログラムや,国費留学によくみられるとおり,本国へ
では特に留学費用と言語,および出入国管理政策に重点
の帰国を前提とした留学,あるいはより専門性の高い大
がおかれている。まず,留学費用という点では,自国生
学院プログラムなどがこれに相当する。
に比べて学費がはるかに高いオーストラリアやニュージ
第2の型は,多国間・多地点間にまたがる学生移動で
ーランドで確実に留学生が増えていることをあげ,途上
ある。この移動は,複数の大学がコンソーシアムをつく
国出身の生徒以外の生徒には,就学費用が必ずしも決定
り運営するプログラムなどにみられ,学生は提携する二
的な要因にはなっていないこと,それよりもむしろ,教
機関(地点)以上のプログラムを選択して学んでいくた
育の質が留学費用としての「投資」に見合っているかど
め,時に三か国以上にわたる場合もある。
うかという点をあげている。 しかしながら, 同時に,
ヨーロッパで展開されているEUのエラスムス・ムン
OECD加盟国のなかには,フィンランドやアイスランド,
ドゥスプログラムはこの例であるが,アジアでは,東南
ノルウェー,スウェーデンのように,その国の学生同様
アジア諸国連合(ASEAN) が実施している「ASEAN
に留学生からも授業料をとっていない国もあり,そのほ
大学連合(ASEAN University Network, AUN)
」がある。
かの条件がある程度同じであれば,より費用が安く,し
AUNは1995年にアセアン10カ国の高等教育担当大臣に
かも英語で教育をうけることができる国々が候補にあげ
よりアカデミックネットワークとして設立され,学生と
13)
られやすいことも指摘している 。
教員の交流,共同研究,情報共有,アセアン研究の促進
次に,言語問題については,今日では学生移動の決定
を柱として活動しており,10か国のメンバー大学がプロ
要因として,英語のプログラムをより安い費用で受ける
グラムを提供し,学生や教員がそれらを軸に教育研究活
ことができるのが大きな要件となっており,その意味で
動を展開する地域間連携プログラムである。現在,
日本,
英語圏の国々はいうまでもなく留学先として引き続き優
中国,韓国の間で検討が進められている「キャンパスア
位に立っているが,近年の動向として,非英語圏の国々
ジア」構想とそれによる大学間連携プログラムも,基本
が英語によるプログラムをより多く提供するようになっ
的にはこの類型に分類される。
ており,留学先国として注目されるようになっているこ
他方,アジアの大学が個別に相互に協定を結び,複数
とを指摘している。アジアの国々の多くは,この非英語
の大学が共同で行う大学間連携プログラムも活発化して
圏でありながら,英語プログラムを多く導入することで
いる。中国と韓国,シンガポールの大学が共同で国際経
学生流入を促しているというカテゴリーに分類される。
営学修士を二重学位として出すプログラムなどがそれで
また出入国管理政策も学生移動を左右する大きな要件で
あり,この場合には,もともとトランスナショナルなプ
あり,前述のとおり,オーストラリア,カナダ,ニュー
ログラムとして設定された学位プログラムを,学生は複
ジーランドの留学生数が増加しているのは,入国条件が
数の国で学びながら履修していくことになる15)。
14)
比較的緩やかであることに要因があると分析している 。
こうした大学間連携にあたっては,単位互換システム
が必要とされるが,アジア・太平洋大学交流機構(Uni-
3.学生移動のダイナミズム:移動の3類型
versity Mobility in Asia and the Pacific, UMAP)が開
以上述べたように,今日,学生移動はさまざまな要因
発と普及を担ってきたUCTS(UMAP Credit Transfer
のもとに多様化している。留学は,かつてのような送り
System) や,AUNが 基 軸 と す るACTS(AUN Credit
出し国と受入れ国の二地点間の移動だけではなく,場合
によっては三地点以上の移動も含む。また,移動の流れ
15)
12)
De Wit, Hans et al. , ibid.,p.28, p.241.
OECD, Education at a Glance 2010, ibid., pp. 314-318.
14)
ibid. OECD, Education at a Glance2010, pp. 315-318.
13)
S17
アジアにおける地域間連携・大学間連携の具体的事例について
は,杉村美紀・黒田一雄2009『アジアにおける地域連携教育フ
レームワークと大学間連携事例の検証』文部科学省平成20年度
国際開発協力サポートセンター・プロジェクト最終報告書に詳
しい。
メディア教育研究 第8巻 第1号
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Transfer System)は,まさにそうしたアジア域内の学
認識されているものであり,前述のとおり,優秀な人材
生移動のネットワーク構築の原動力となっている。
をめぐって人材獲得競争が起きている。そこには各国政
さらに第3の類型は,筆者が「トランジット型」と呼
府の発展戦略に基づく留学生政策が展開されているが,
ぶ学生移動である。これは2カ国以上,複数の国を移動
他方,かつてのように留学先国が非常に限られ,かつ留
するという意味では,第2の類型に似ているが,第2の
学生送り出し国と受入れ国が,南側途上国対北側先進国,
類型が一定のメンバー国や参加大学の間での移動となる
あるいは北側先進国同士といった図式で明確に分けられ
のに対し,このトランジット型移動では,メンバー国で
ていた時代とは異なり,いまや様々な国が送り出し国で
あるなしにかかわらず,A国出身の学生が,まずB国に
あり,同時に受入れ国ともなっており,留学の行き先も,
留学し,そこからさらにC国へと再留学していく。そこ
必ずしも北側先進国に限らず途上国も含めた幅広い選択
で最も重要なのは,あらかじめ決められているネットワ
肢へと拡がるようになった。このことをふまえると,国
ークの枠内で動くのではなく,学生個々人が,自分の興
家にとっても,各個別の高等教育機関にとっても,国際
味と関心,学びたい専門分野と,留学経費や留学先国と
的な学生移動の流れを考慮しないで高等教育政策を展開
の関係など,学生移動の要因に基づいて次の目的地を選
するというのは難しく,多様化した学生移動の特性を生
び,そこへ移動していくという点であろう。この学生移
かした国際化を図るほうがより有効であると考える。
動は,従来のように国家,あるいは各大学の連携戦略に
たとえば,アメリカがとる高等教育の国際化は,今後,
即したルートを動くのではなく,個々の自由な意志と与
アジア諸国が追随する可能性をもつひとつの方向性とし
えられた要件のもとでルートを開拓していく移動であ
て興味深い。アメリカでは,近年の他国の高等教育の進
る。たとえば,マレーシアの私立カレッジで,トランス
展に伴い,アメリカ人の学生が以前と比べて,授業料の
ナショナル・プログラムを学んでいるアフリカからの学
高いアメリカの大学を避け,海外での学位取得に関心を
生が,ディプロマを取得後,さらに上の段階を目指す時
もつようになったといわれる。この背景には,増え続け
に,アメリカやカナダ,イギリスといった先進各国を次
る移民コミュニティの子どもたちが,費用のほかに,言
の目的地に挙げるのはその例である。そうした留学生た
語や文化の類似性を理由に,母国等での就学を希望する
ちは,別にマレーシアの文化や地域性,あるいはそこで
ようになったということもあげられるが,それ以上に,
の大学教育プログラムに魅かれて留学してきたのではな
アメリカの各大学が国際化により熱心になり,自国の学
く,英語でかつ安くプログラムが履修できるという利点
生を海外へ送り出すようになったということがある。特
に魅かれて,トランジット・ポイントとして学びにきた
に学位課程の一部としての海外送り出しはここ最近大き
のである16)。今日の学生移動は,こうした3つの類型の
な伸びを示している。こうしたアメリカの高等教育の国
移動が入り混じって展開されており,前述のとおり,学
際化を,De Wit, et al.(2008)は以下の5点に集約して
生移動の量的拡大とともに,移動の様相をより重蔵的で
いる17)。
複雑なものとしている。
⒜世界で最も優秀な学生や研究生をひきつけるリーダ
4.国際移動時代の高等教育の国際化
⒝国境を越える学生や研究者の移動と,プログラムや
ーシップをどう保持するか。
4.1 戦略的国際化と連携協力の必要性
機関が国境を越えることの適正なバランスをどのよ
こうした複雑な学生移動が展開されるなかで,高等教
うにとるか。
育はどのような方向性を目指し,あるいは目指すべきな
⒞アメリカ人学生にとって,海外での学習にどのよう
のだろうか。第1に指摘できるのは,アジアをはじめ,
な選択肢を拡充するか。
世界の学生移動は,今や特定の国や大学機関だけの意図
⒟国際教育に対する国家政策に関する論議をどのよう
で制御できるようなものではなく,様々な要因と類型の
に進めるか。
もとに学生たちが大学を選び始めている時代にあって,
⒠個々の教育機関のレベルにおいて,国際化の動向を
国際化を戦略的にとらえざるを得なくなっているという
どのように最大限にとりいれるか。
ことである。今日,国際化にはさまざまな意図と期待が
こうした課題をアメリカが抱えるようになったのは,
込められており,その主要なテーマに「グローバル人材
まさに国際的な学生移動が活発化したからこそであり,
の育成」ということが掲げられている。これは日本のみ
留学においても優位性をもつアメリカにおいてさえ,い
ならず,アジアの成長国ではいずれも重要な課題として
まや他国・他地域での国際化戦略と学生移動の動向を慎
重に見極めることが求められているのである。
同時に,こうした観点はそれがそのまま,今日のアジ
16)
杉村美紀2010「高等教育の国際化と留学生移動の変容―マレー
シアにおける留学生移動のトランジット化―」
『上智大学教育学
論集』第44号,37-50頁。
17)
S18
De Wit, Hans et al. , ibid., p. 254.
メディア教育研究 第8巻 第1号
Journal of Multimedia Education Research 2011, Vol.8, No.1, S13−S21
アにおける国際化の課題ともなっているといえる。アメ
な学生移動は,たとえばイスラームを基軸とするモルデ
リカと異なるのは,アジア諸国の場合,今まさに,国際
ィブからマレーシア,インドネシアからマレーシアへの
的な学生移動の拠点となるべく,リーダーシップを発揮
移動にみられる。イスラームだけではなく,たとえばス
し始めたところであり,アジアにとっては今後,いかに
リランカ人の仏教徒が留学先を考える際に,留学先とし
学生移動の主要な国際交流拠点となりうるかが大きな課
てどのような国や地域を選ぶかと尋ねると,仏教国とい
題であるが,他方で,国際化を戦略的に展開する際の留
う条件をあげるのもその例である。
意点についてはアメリカの課題と共通する部分が多い。
また宗教的要因と並んで移動を決定づける要因は言語
特に,他国・多地域からの受入れとともに,引き続き欧
である。前述のとおり,トランスナショナル・プログラ
米各国への送り出しが主流であるアジア諸国にとって,
ムが大きな影響力をもつのは,そのほとんどが英語で実
頭脳流出に対処しながらかつ優秀な人材をいかに確保す
施されていることにあり,言い方を変えれば,英語のも
るかという課題は,アメリカが抱えている「新たな頭脳
つ汎用性と影響力によってプログラムが広まっていると
流出」
,すなわち,近年,インドや中国の優秀な留学生が,
いうことが指摘できる。ただし,アジアにおける学生移
留学修了後,アメリカに残らず祖国や他国・地域へ新た
動の動向をみると,たとえば近年の中国と韓国間の学生
なチャンスを求めてさらに移動するようになったという
移動の活発化は,それぞれが韓国語と中国語に対して依
問題と重なる。
然よりも大きな価値をおき,特に経済・貿易活動に有利
その際に重要な方略となるのは,高等教育における連
という視点から相互の言語を習得しようとする動きが強
携協力であろう。トランスナショナル・プログラムの広
まった結果といえる。また,南側途上国からの学生移動
がりにより,今日の高等教育は,各国が展開する国民教
に影響を及ぼしている要因に,植民地時代からのつなが
育としての位置づけとともに,他国・他地域とのかかわ
りという社会的要素が含まれるのも,こうした文化的背
りのなかでそのプレゼンスを意義づけることが求められ
景によるものといえる。植民地宗主国の言語が今なお,
ており,連携協力の意義は大きい。たとえば,自国の高
それぞれの地域社会の主要言語になっている例が多く,
等教育を他国と比べてどのように評価し,かつ意味づけ
留学や移民といった人の移動には,言語の共通性が大き
るかという上では,国際的な質保証システムの枠組みの
な要因になるからである。
なかに自国の高等教育を位置づけることが必要不可欠で
さらに文化的社会的要因を重視するもう一つの理由と
ある。今日,すでにアジアでみられる地域協力およびさ
して,文化摩擦の問題がある。アジアに限らず,文化的
まざまな大学間連携は,まさにこうした国際化における
背景やそれに基づく生活習慣の違い,考え方の違いに因
連携協力の重要性を反映したものであるといえる。二宮
る異文化摩擦とそれに伴う社会変容が現実的課題になっ
晧(2008)は,国際化時代の人材養成の観点として,学
ている国や地域が多いが,特にアジアの様々な国は,近
位をとって母国に戻ってその発展に貢献する「近代型留
年,戦略的に留学生の数を急速に増やす政策をとる一方
学」にかわり,「相互理解の増進を掲げ,共生を望み,
で,受け入れた外国籍学生と地元社会・人々の間で新た
グローバル化するアジアの明日を担う人材を育成するた
な文化摩擦に直面している。たとえば,Tan(2011)は,
めに,アジア諸国が相互に学生を派遣する『域内短期交
マレーシアが近年積極的に戦略として受け入れているア
流型留学計画』にその軸足を移すことが求められてい
フリカからの留学生が,マレーシア社会及びマレーシア
る」と指摘している。こうした形態をもつ高等教育は,
の学生となかなかうまくなじめず,学校内でも他のエス
一方では各国の教育政策に左右されながらも,複数の国
ニック・グループと距離感があることをインタビュー調
が協力して次世代を育てる「国際高等教育」と言える。
査を通じて検証している18)19)。マレーシアのように,地
元社会が多民族から構成され,異文化への対応に比較的
4.2 文化的・社会的要因と国際化
寛容な社会でも,こうした課題が起きていることは,今
他方,
国際化の戦略性と並んでもう一つ重要な観点が,
後,国際化の推進とそれに伴う学生移動の活発化に伴い,
国際化を推進するにあたり,文化的・社会的要因をいか
新たな社会変容と多文化共生にむけての課題が非常に難
に考慮するかという問題である。この点は,特に宗教的
要因と言語問題に明瞭に示される。
すでに述べたとおり,
エジプトの留学生受入れは,従来の先進国間の学生移動
18)
二宮晧(2008)
「アジア・ゲートウェイ戦略会議が描く留学生戦
略とUMAPの役割『域内留学交流計画』の可能性を中心として」
『アジア研究』54巻4号,67頁。
19)
Irene Tan Ai Lian 2011, “An Exploration of African Students
in Malaysia” in 杉村美紀(研究代表)
『アジア・オセアニアにお
ける留学生移動と教育のボーダーレス化に関する実証的比較研
究』平成19~21年度科学研究費補助金研究(基盤研究B海外学
術調査)最終報告書,137-144頁。
には見られない国々からの学生移動,すなわちイスラー
ムを軸とした学生移動によって特徴づけられている。こ
うした宗教的要因は,前項の戦略性が政治的・経済的側
面と結びついていたのとは明らかにその性質を異にす
る。そこでは,経済的効率性よりもまずは文化的宗教的
な共通基盤が重視されているのである。こうした宗教的
S19
メディア教育研究 第8巻 第1号
Journal of Multimedia Education Research 2011, Vol.8, No.1, S13−S21
引用文献
しいものであることを示唆している。
De Wit, Hans et al.2008, The Dynamics of International
Student Circulation in a Global Context, Sense Publishers, The Netherland.
Irene Tan Ai Lian 2011, "An Exploration of African
Students in Malaysia “in 杉村美紀(研究代表)
『ア
ジア・オセアニアにおける留学生移動と教育のボー
ダーレス化に関する実証的比較研究』平成19~21年
度科学研究費補助金研究(基盤研究B海外学術調査)
最終報告書,137-144頁。
McBurnie, Grant and Christopher Ziguras, 2007,
Transnational Education: Issues and Trends in Off
shore higher education, Oxon and New York,
Routeledge
Monash University, 2011 Course Guide, 2010.
森川裕二2006)
「留学生交流」毛里和子,森川裕二編『東
アジア共同体の構築4:図説ネットワーク解析』岩
波書店,228-229頁。
OECD, Education at a Glance 2010
二宮晧(2008)
「アジア・ゲートウェイ戦略会議が描く
留学生戦略とUMAPの役割『域内留学交流計画』
の可能性を中心として」『アジア研究』54巻4号,56
-69頁。
杉本均(2010)
『トランスナショナル・エデュケーショ
ンに関する総合的国際研究』平成20~22年度科学研
究費補助金研究(基盤研究B 一般)中間報告書。
杉本均(2011)
『トランスナショナル・エデュケーショ
ンに関する総合的国際研究』平成20~22年度科学研
究費補助金研究(基盤研究B 一般)最終報告書。
杉村美紀(2008)「アジアにおける留学生政策と学生移
動」
『アジア研究』54巻4号,10-25頁。
杉村美紀,黒田一雄(2009)
『アジアにおける地域連携
教育フレームワークと大学間連携事例の検証』文部
科学省平成20年度国際開発協力サポートセンター・
プロジェクト最終報告書。
杉村美紀(2010)「高等教育の国際化と留学生移動の変
容―マレーシアにおける留学生移動のトランジット
化―」
『上智大学教育学論集』第44号,37-50頁。
まとめ
小論では,
アジアの学生移動がどのような特徴をもち,
それによってどのような高等教育の国際化の方向性が求
められているのかということを概観した。アジアにおけ
る学生移動は,高等教育の国際化の進展とともに活発化
しており,その流れはかつてのような欧米の英語圏を中
心とする北側先進諸国への一方的な送り出しの流れか
ら,アジア域内の移動,あるいはアジア域外との移動を
生み出すようになっている。またそうした移動には従来
からの二国・地点間を往来する旧来型の移動から,二
国・地点間以上の多国間の移動が含まれる。さらに同じ
多国間の移動ながら,既定のフレームワークの中での移
動ではなく,学生が自ら自由に選びとって第二国から第
三国,
さらに次の国へと移動していく「トランジット型」
の移動もみられるようになっている。こうした移動は,
送り出す側のプッシュ要因,また受入れ側のプル要因が
共に影響をうけており,そこには教育プログラムの内容
そのもの等に加え,政治・社会・文化的要因,経済的要
因,人材開発の指標,留学後・帰国後の雇用機会,さら
には地理的要因がみられ,これらの諸要因が描き出すダ
イナミズムが学生移動を決定づけている。
このように多様化し,かつ重層的に展開される学生移
動の実態をふまえたとき,高等教育の国際化を進めるう
えで2つの課題が指摘される。第1に,戦略的国際化と
連携協力の推進である。諸外国・地域の動向を考慮し,
戦略的に国際化を展開することが従来以上に重要になっ
ている。高等教育の国際化を進めるに際しては,自国の
高等教育を,国民教育としてどう意味づけるかというこ
とと共に,
国際的な連携協力のフレームワークを通じて,
国際高等教育システムの中でどのように位置づけるかと
いうことが求められている。第2に,学生移動の要因の
中で文化的・社会的要因をいかに考慮するかという点で
ある。特に宗教や言語をめぐる文化的差異は,人の国際
移動の増加に伴い社会変容や文化的な摩擦を引き起こす
すぎむら
み
き
杉村 美紀
上智大学総合人間科学部教育学科准教授。比較
教育学・国際教育学。東京大学大学院教育学研
究科博士課程満期退学。博士(教育学)。外務
省専門調査員,広島大学教育開発国際協力研究
センター客員研究員等を経て現職。日本比較教
育学会,日本華僑華人学会,アジア政経学会,
日本教育学会,日本教育社会学会,日本国際政
治学会会員。
要因となり,多文化共生をめぐる新たな課題を生み出し
ている。この意味で,アジアの学生移動とそこで展開さ
れているダイナミックな高等教育の国際化は,
古くから,
知の交流とネットワークの形成という点で展開されてき
た学生移動の「学び」の意味を持ち続けながらも,多様
性と重層性に富んだ新たな高等教育像を模索する大きな
挑戦といえる。
S20
メディア教育研究 第8巻 第1号
Journal of Multimedia Education Research 2011, Vol.8, No.1, S13−S21
International Students Mobility and Issues of
Internationalization of Higher Education in Asia
Miki Sugimura1)
The purpose of this paper is to describe the diversification and multi-layered structure of
international students mobility and issues of internationalization of higher education in Asia.
There are three aspects of students mobility; bilateral, multilateral and transit ones, and it is
determined by the political, socio-cultural, economical, and geographical factors. As a result.
the various flows not only from Asia to Western countries, but within and outside of Asia
region are caused with the transnational programs.
Under these features of international students mobility, internationalization of higher
education should be examined under two issues. First, it is important to think over both of
each countryʼs national education policy and international frameworks for linkage and
cooperation of higher education. Secondly, socio-cultural factors which cause some social
changes and cultural friction should be considered in the process of students and human
mobility to realize a multicultural society.
Keywords
Students Mobility, Internationalization, Asia, Higher Education, Transnational Program
1)
Sophia University, Tokyo, JAPAN
S21