現代のフランス人たちはなぜ結婚しないのか

現 代 のフランス人 たちはなぜ結 婚 しないのか
棚 沢 直 子 (「 比 較 文 化 社 会 」 、 「 フ ラ ン ス の 言 語 と 思 想 」 担 当 )
私 の授 業 は経 済 学 に直 接 に関 係 ありませんが、社 会 経 済 システム学 科 の《社
会 》のところに関 わります。私 はフランス専 門 ですから、フランスの社 会 についてお話
します。でもフランスのことを聴 いて何 になるのとお思 いになったら、こう考 えてくださ
い。私 たちが日 本 で生 活 して当 たり前 だと思 っていることが、他 の国 ではそうでない
とわかる、そこから日 本 の社 会 のこと、自 分 のことを考 え直 してみようと。
私 たちは好 きなひとができたら、結 婚 しようかと考 えます。結 婚 すれば家 族 をつく
ろうかとなります。恋 愛 →結 婚 →家 族 の道 筋 が当 たり前 と思 っていませんか。でもそ
うでない国 もあります。スウェーデン、ノルウェー、デンマークなど、そしてフランスです。
恋 愛 しても結 婚 には簡 単 に至 りません。現 代 のフランス人 たちはなぜ結 婚 しないの
でしょう。
1. フランスの現 状 はどうなっているのか
1999 年 にフランスで生 まれた赤 ちゃんは 744,791 人 で、そのうち婚 外 子 は全 体
の 41.7% で し た 。 同 じ 年 に 日 本 で 生 ま れ た 婚 外 子 は 全 出 生 児 の 1.6 % で す 。
2001 年 になるとフランスの婚 外 子 の比 率 は 43.7%となりました。婚 外 子 というと、日
本 ではシングル・マザーの場 合 を思 い浮 かべますが、フランスでは非 婚 カップルの
家 庭 の場 合 がほとんどです。現 代 のフランスには婚 姻 届 を出 さずに共 同 生 活 を営
んでいるカップルが相 当 数 いるということです。すでに 1998 年 には「夫 婦 」を名 乗 っ
ている 6 組 に 1 組 は非 婚 でした。この比 率 は都 会 ほど、若 い世 代 ほど高 くなります。
女 性 26 歳 以 下 、男 性 28 歳 以 下 では、非 婚 カップルの方 が多 数 派 ですし、また
初 婚 カップルの 90%以 上 が結 婚 前 に共 同 生 活 を始 めています。第 1 子 が生 まれ
ても婚 姻 届 を出 さない、第 2子 ぐらいからそろそろというのが若 者 の平 均 的 な行 動
パターンのようです。
2. なぜ結 婚 という制 度 を選 ばないのか
ふたつ理 由 を挙 げましょう。ひとつは「68 年 五 月 革 命 」(日 本 でいう大 学 闘 争 )以
来 、両 親 からの若 者 の自 立 、また女 の精 神 的 ・経 済 的 自 立 が進 んで、自 立 するの
に結 婚 という制 度 に頼 らなくてもよくなったことがあります。もうひとつはフランスの結
婚 ・離 婚 の法 手 続 きの厄 介 さです。日 本 だったら、結 婚 も離 婚 もふたりの署 名 のあ
る紙 切 れ 1 枚 ですみます(日 本 の場 合 、フランスにない戸 籍 制 度 が厄 介 です)。フ
ランスは大 ちがい。まずどちらかが 1 ヶ月 以 上 居 住 している市 町 村 の庁 舎 に、医 師
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による健 康 診 断 書 を提 出 し、庁 舎 に婚 姻 広 告 を 10 日 間 掲 示 する。さらに庁 舎 の
「婚 姻 の間 」で 2 人 から 4 人 の証 人 を立 てて、市 町 村 長 による公 開 の挙 式 を経 て、
始 めて婚 姻 手 続 きに入 ります。離 婚 はもっとエネルギーが必 要 です。2004 年 5 月
に離 婚 法 が改 正 されましたが、それでも合 意 離 婚 でさえ合 意 約 定 書 を提 出 するた
めに裁 判 所 に 1 回 は行 く必 要 がある。まず判 事 との面 接 、そして審 理 、ようやく離
婚 手 続 きというわけです。
3. カップルの生 活 にはどんな形 態 があるのか。
では結 婚 だけがカップルの共 同 生 活 の形 態 でないなら、他 に何 があるのでしょう。
結 婚 も含 め現 在 フランスにある 3 つの形 態 をお話 しましょう。
①結 婚 。これは民 法 の制 度 であり、税 法 など他 の法 制 度 にも一 貫 したかたちで関
わってきます。日 本 とのちがいをざっと見 ていきましょう。財 産 についてとくに夫 婦 別
財 産 制 を選 ばないかぎり、婚 姻 のあとに得 た財 産 は共 同 です。負 債 も連 帯 責 任 で
す。所 得 税 も共 同 申 告 です。この共 同 のあり方 は日 本 と全 くちがいます。日 本 の夫
婦 財 産 は個 別 ですから。配 偶 者 は被 保 険 者 の社 会 保 険 の受 給 権 者 でもあります。
結 婚 していればふたりで人 工 生 殖 や養 子 への権 利 があります。またフランス人 と結
婚 すれば、外 国 人 は 1 年 後 に国 籍 取 得 の権 利 がもてます(これは日 本 にありませ
ん)。
②ユニオン・リーブル。「自 由 な結 合 」という意 味 です。この用 語 は民 法 にありませ
ん。ですから、ユニオン・リーブルのふたりは民 法 上 それぞれ「独 身 」です。ただし、
市 町 村 の庁 舎 には、ユニオン・リーブル証 明 書 を発 行 しているところもあります。
結 婚 のように一 貫 した法 制 度 上 にはありませんが、現 実 の生 活 をする中 でさまざ
まな(結 婚 より少 ないものの)保 護 や特 典 があります。まず結 婚 と同 じくパートナーの
社 会 保 険 の受 給 権 者 になれます。疾 病 保 険 、出 産 保 険 (これは日 本 にない)、パ
ートナーの死 亡 のときの一 時 金 などが給 付 されます。さらに、ふたりの間 に生 まれた
子 ども(つまり婚 外 子 )について、1972年 と 2001年 の法 改 正 で結 婚 (つまり婚 内
子 )と全 く同 じ権 利 がもてるようになりました。(この法 改 正 とは、ユニオン・リーブルに
ついての法 はもともとないので、「内 縁 」関 係 で生 まれた子 どもについての法 改 正 で
す。法 律 上 ユニオン・リーブルは内 縁 です。)もちろん、ふたりは民 法 上 「独 身 」です
から、生 まれたときにそれぞれ子 どもを認 知 する必 要 がありますが。出 生 時 には父
親 休 暇 まで認 められています。
ユニオン・リーブルは結 婚 よりはるかに自 由 なので、負 債 など連 帯 責 任 は基 本 的
に追 及 されません。またユニオン・リーブルの解 消 も簡 単 です。しかし自 由 には当 然
リスクが伴 います。離 婚 のときには補 償 給 付 という保 護 規 定 がありますが、ユニオ
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ン・リーブルは解 消 してしまえば何 も残 りません。損 害 賠 償 などの訴 訟 を起 こせば
別 ですが。結 婚 では「ふたりで」養 子 をとる権 利 がありましたが、ユニオン・リーブルの
ふたりは「独 身 」ですから、28 歳 以 上 なら「個 人 の資 格 で」養 子 をとる権 利 がありま
す。つまり養 親 はひとりだけです。養 親 でないパートナーは実 際 の子 育 てに参 加 し
ても子 ども(養 子 )に対 する義 務 はないので、参 加 しなくったっていいのです。養 親
になった側 の気 持 ちの上 でのリスクは、大 きいかもしれません。とくに大 きいリスクは
パートナーが死 亡 した場 合 です。結 婚 のときのような遺 族 年 金 はなし。遺 言 によっ
て相 続 しても結 婚 より相 続 税 でごっそりとられます。
ユニオン・リーブルは両 親 や親 類 との付 き合 いも自 由 だし、義 務 としての世 話 も
ないから楽 ですが、経 済 的 に自 立 してない「家 庭 にいる妻 」志 望 の女 のひとには、リ
スクが大 きいかもしれません。もっとも現 代 のフランスには「家 庭 にいる妻 」志 望 の女
のひとは、もうほとんど存 在 しません。
③ パ ク ス 。 こ れ は 1999 年 公 布 の 法 「 連 帯 の 民 事 契 約 」 ( Pacte civile de
solidarité)の略 Pacs のことです。8 年 間 の法 案 づくりと 1 年 間 の国 民 議 会 の大
議 論 を経 て、ようやくできました。どうしてこんな法 ができたのでしょう。これは共 同 生
活 をしている同 性 カップルの中 で、パートナーが例 えばエイズなどで死 亡 すると、残
った方 には何 の法 的 保 護 もないのでどうにかしよう、というのがきっかけでした。同 性
カップルの法 的 な承 認 など、今 の日 本 では考 えられません。しかしオランダでは同
性 カップルは結 婚 できますから、フランスはまだ遅 れているという学 者 もいます。
パクス法 によると、この契 約 ができるカップルは、同 性 ・異 性 どちらでもかまいませ
ん。逆 差 別 になるからという理 由 です。居 住 地 区 の小 審 裁 判 所 に行 って契 約 を結
べば、パクス台 帳 に登 録 され、パクス証 明 書 がもらえます。そうなると被 扶 養 パート
ナーは疾 病 保 険 ・出 産 保 険 の受 給 権 者 であり、パートナー死 亡 のさいの一 時 金 が
もらえるが、遺 族 年 金 はだめ。負 債 は連 帯 責 任 、これは結 婚 と同 じ。遺 言 による相
続 のときの相 続 税 は結 婚 より重 くユニオン・りーブルより軽 い。フランス人 とパクスを
結 んだ外 国 人 は家 族 用 滞 在 許 可 証 の交 付 の可 能 性 あり。というように何 だか結
婚 とユニオン・リーブルの中 間 のような法 律 です。
パクスにおいて同 性 カップルと異 性 カップルの間 に、ひとつだけ差 別 があります。
人 工 生 殖 は異 性 カップルだけに権 利 があるということです。養 子 については差 別 な
くユニオン・リーブルと同 じです。
4. フランス人 たちはどの形 態 を選 んでいるか
この3つの形 態 のうち、フランス《国 》はどれが好 ましいと思 っているのか。チラッと
垣 間 見 えることがあります。結 婚 は市 町 村 の庁 舎 で市 町 村 長 により挙 式 をしてくれ
ます。ユニオン・リーブルにはまとまった法 がありません。市 町 村 にはユニオン・リーブ
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ル証 明 書 を出 してくれる「ところも」あります。原 則 は出 してくれますけれど。パクスは
裁 判 所 で登 録 されます。結 婚 は「祝 福 」、ユニオン・リーブルには少 々無 関 心 、パク
スは「許 可 」する、といった感 じです。
ではフランス《人 たち》はどれがいいと思 っているか。フランス司 法 省 によれば、
2002 年 末 までに、72,633 件 のパクスが登 録 されたということです。解 消 数 は公 布
から 3 年 間 の合 計 が 5,688 件 で解 消 率 は 7.8%であり、離 婚 率 は約 38%ですか
ら、ずっと少 ないようです。パクスにおいて異 性 カップルは全 体 の 60%を占 めるとの
推 定 もあるようです。ごく大 雑 把 に推 計 すると、現 在 のフランスでのカップルの共 同
生 活 は、結 婚 が 130、ユニオン・リーブルが 25、パクスが1という比 率 ではないかと、
髙 橋 雅 子 さんは述 べています(高 橋 [2004])。すでにユニオン・リーブルが「結 婚 を
前 提 とした同 棲 」でない時 代 に入 っている、つまり「脱 結 婚 化 時 代 」になっていると
指 摘 するフランス人 法 社 会 学 者 もいます。今 後 は若 者 だけでなくシルバー世 代 の
非 婚 カップルも増 加 するだろうというのが、学 者 たちの見 方 です。
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以 上 のようなフランスのカップルの共 同 生 活 をめぐる変 化 について、はっきり言 え
ることがあります。それは、法 の変 化 が先 にあったのでなく、フランス人 たちの結 婚 制
度 に対 する考 え方 が変 化 したから、法 がこの現 実 を追 いかけたということです。
日 本 のこと、自 分 のことを考 え直 すとき、日 本 -フランスでは社 会 に対 する考 え方
に大 きなちがいがあるのを知 ってください。日 本 では家 庭 が社 会 の基 礎 単 位 とされ
ています。それは戸 籍 制 度 でわかります。フランスでは個 人 が社 会 の基 礎 単 位 です。
「個 人 登 録 簿 」が戸 籍 の代 わりになっていますから。共 同 生 活 の形 態 にさまざまな
選 択 肢 があるのはいいことでしょうか。何 か落 ち着 かないことでしょうか。
参考文献:
棚 沢 直 子 [1999],『フランスには、なぜ恋 愛 スキャンダルがないのか?』(草 野 いづみ
との共 著 ),角 川 ソフィア文 庫
髙 橋 雅 子 [2002],「連 帯 の民 事 契 約 (Pacs パクス)について」,『女 性 空 間 』第 19
号 ,日 仏 女 性 資 料 センター(日 仏 女 性 研 究 学 会 )年 報
髙 橋 雅 子 [2004],「フランスにおけるカップルの生 活 形 態 ―婚 姻 ・ユニオンリーブ
ル・パクス―」,『Bulletin du CEFEF』,第 3 号 ,慶 応 義 塾 日 吉 「現 代 フランス
と女 性 」研 究 会
(本 稿 の細 部 はほとんどこの論 文 に拠 っている。)
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