アヴィニヨン大学交換派遣留学生 竹崎 奈有加さん(文理学部哲学科4年) 2015 年 2 月 5 日 ここ数日ミストラル(南仏で吹く風)の影響で冷え込む日が続き、おまけに雪ときたも のですから、私は見事に風邪を引いてしまい、こちらに来て初めて高熱で寝込む事態にな ってしまいました。自己管理の甘さを反省しております。その際ホームステイ先のマダム をはじめ、友人が心配してくれたり、動けない私のためにわざわざ食料を買ってきてくれ たり、と人の優しさが身に沁みる日々でした。日大本部の皆様にもご迷惑おかけしたこと とは思いますが、おかげさまで徐々に回復しております。ちなみに「沁みる」という漢字 は的確に人の気持ちを表しているから、漢字ってすごいなと思います。いろいろな人に助 けられて留学生活が送れているということ、それから何より健康が一番であることを実感 しました。 さて、新年を迎えてからさまざまなことが起こった一か月でした。まず、パリで起きた 「シャルリー・エブド誌襲撃事件」から始まり混乱の最中、ISILによる邦人拘束殺害 事件は本当にショッキングな出来事でした。いま世界中を包む不安と悲しみを、ひしひし と肌で感じています。パリの事件以来、大学の正門には警備員が立つようになり、街中で は、穏やかなアヴィニョンには似つかない、迷彩服を着て銃を持ったフランス兵が目に付 くようになりました。 「Je suis Charlie(私はシャルリー)」「Nous sommes Charlie(私た ちはシャルリー) 」を掲げたポスターが、大学、店の窓ガラス、郵便局、と至るところで見 られるようになり、フランス人の友人たちのフェイスブックのプロフィール画像は、次々 とその合言葉へと変わっていきました。個人主義であるフランスが「私たちは」と一致団 結している様子はとても印象的でした。 フランスの風刺画に対しては首をかしげることも多々ありますが、時の政府や教会とい った権力者を皮肉ったり、からかったり、迷妄を全部笑い飛ばすという、とてもフランス らしい立派な文化だと思っています。しかし、そう思う反面、事件のきっかけになったと される風刺画に関しては、あまり好きではなかったし、私の主観では笑えるものだとは到 底思えませんでした。フランス人の友人に「もちろんテロは悪だけれど」と述べたうえで、 「でもこの風刺画ちょっとやりすぎじゃない?」と問いかけたところ、彼は一言、 「でも、 それが自由だから」と。なるほど「自由」に対しての認識の違いがあるのかもしれません。 たしかに、フランスの場合は、シャルリー・エブド誌の方針に賛成できない人、あるい は同誌を読んだことがない人でもほぼ全員が、同誌への抗議の手段として殺人という最大 の暴力が行使されたこと、すなわち彼ら曰く「表現の自由」が侵されたということへの怒 りがとても強いのに対し、日本の場合は、「テロは良くないが」という枕詞で始まり「でも 表現の自由にも、他者の尊厳という制限が設けられるべきでは」との声が少なからずあっ たように思いました(日本の情報はたとえ日本語を避けていようともインターネットとい う文明の利器がある限り、どこからともなく入ってきます)。つまり、「自由」の定義も尺 度も解釈も、文化によって違うということです。これだけ多くの文化が混ざり合う世の中、 自分と異なる人種や文化、価値観を理解することは本当に難しいことでしょう。しかし、 共感する必要こそないとは思いますが、自分と異なるものに出会ったとき「理解しようと する姿勢」は必要なことだ、と今回の一連の出来事から学びました。これはフランス語で いうところの「tolérance(トレランス) 」ということなのかもしれません。以下、作家、池 澤夏樹の言葉を引用したいと思います。 「tolérance というのはなかなか日本語になりにくい言葉だ。寛容とか寛大とか訳される けれども、これらの言葉にはこちらが優位に立つという思いが透けて見える。罰を与える べき立場にある者が猶予を与えているかのように響く。トレランスはそうではない。とり あえず自分の考えをかっこに入れて、そのうえで相手の思想や信仰を理解しようと努める。 理解できない部分については判断を停止し、もう一歩先の相互理解を待つ。その忍耐を求 める」 (一度深呼吸をするように)まずは相手を受け止めること。理解しようと努めること。 グローバルと言われる時代、そういった姿勢が大切であり、必要なのだと考えています。 さまざまな事が起こり、世界が良くない方向へ向かっている空気を感じますが、武力では なく、知性と理性と文化で平和を守ろうとする人間でありたいと私は思っているし、また、 そのような日本であってほしいと願っています。 (街の中心にあるオペラで年に一度、バレエを無料で鑑賞できる機会があります。とて も迫力があり素晴らしいものでした。公演終了後、バレエダンサーたちが「Je suis Charlie (私はシャルリー) 」と掲げていました。 ) ところで、大学が休みの期間は、少し離れた町まで足を伸ばしたり、アヴィニョン近辺 に住むクラスメイトの家を訪ね、自然の中を散策したり、食卓を囲んで他国の料理を楽し んだり、と勉強の気分転換になる、ゆったりとした贅沢な時間を過ごせたと思います。ま た、市民向けの日本語講座では、一クラスだけ授業を担当することになり、毎週悪戦苦闘 しながらも、いかに充実した授業を展開するか、と試行錯誤を重ねています。フランス語 を使って日本語を教えるということは、とても困難でありますが、面白くもあります。長 年教鞭をとっている日本人講師の方の授業はとくに勉強になり、一語一句聞き逃すまいと、 毎回必死です。 さて、新学期も始まり、CUEFA(大学付属語学学校)を継続しつつ、大学の授業に 参加しています。大学の授業については、現在選択する期間に入りましたが、ここアヴィ ニョン大学に哲学科は残念ながら設置されていないので、自分の興味のある分野(とくに フランス文学・歴史)を学びたいと考えています。もちろんフランス語力向上にも努力を 惜しまず力を注ぐ次第です。自分の興味に忠実に、残りの留学生活を有意義に過ごしてい こうと思います。 (クラスメイトの住むサン=レミ=ド=プロヴァンス(Saint-Rémy-de-Provence)を訪ね ました。16 世紀の医師・占星術師ノストラダムスの出生地であり、画家ゴッホが、この町 の精神病院で療養していたことがあります。静かで自然が豊かで、澄んだ空気と青空が、 いまなお脳裏に焼き付いています。湖のほとりでしたピクニックはとても贅沢なひととき でした。 )
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