経営品質向上プログラムの活用①

「顧客価値経営への変革」−第 2 回−
経営品質向上プログラムの活用①
茨城県経営品質協議会
鬼澤
慎人
1.90 年代の米国産業の再生とマルコム・ボルドリッジ賞(アメリカ国家品質賞)
長引く不況の中、世の中の構造も確実に変化してきています。日本ではバブル崩壊後の
1990 年代を、失われた 10 年とたとえていいますが、日本が下落をたどった 90 年代にア
メリカは産業競争力を高めていきました。では 90 年代アメリカはどうやって産業を再生
してきたのでしょうか。
アメリカ産業界は 70 年代後半から 80 年代前半にかけて大変な不況に見合されます。
その時、輝くばかりに成長をしていたのが日本であり、特に製造分野では確固たる地位
を不動のものとし、
「JAPAN
AS
NO1」といった言葉に日本のブランド力が表れ
ています。それは第二次世界大戦の敗戦国として、焼け野原から作り上げていったもので
あり、世界中の人々からは「奇跡の復興」と驚きの目で見られたものでした。
強いアメリカの復活を目指したロナルド・レーガン大統領政権の下、時の商務長官であ
ったマルコム・ボルドリッジは、なぜ日本は強いのか?特に製造業はどうしてこんなに品
質が良く、なおかつ低コストでできているのだろう?と様々な疑問を持ち、実際に日本に
来て、エクセレント・カンパニーを視察し、その成功要因を研究し、それをアメリカ産業
界に導入することに力を注ぎました。
そして彼らは日本の経営の良いところを謙虚に学び、さらにアメリカの企業文化の良い
ところを活かし、これらを一体化することで新しいアメリカ産業界の礎を築きました。そ
して、国をあげての産業競争力向上プログラムとして、この商務長官の名前をとって「マ
ルコム・ボルドリッジ・ナショナル・クオリティ・アワード(MB 賞)」が誕生しました。
もともと「成功」に対する意識の高い国民性と国家に対する尊厳を持つアメリカ人にと
って、自分たちの成果を「国家が認めてくれる」という事実ほど、大きな動機付けはあり
ません。事実、これまでマルコム・ボルドリッジ賞を受賞した企業が「最高の名誉」と評
価しています。
1988 年に制定されたこの賞がアメリカの産業活性化に果たした役割の大きさが、世界各
国の産業界や政府の認めるところとなり、同賞は国際的にも大きな影響を与えました。
現在では、世界 50 ヶ国以上でマルコム・ボルドリッジ賞と同様のクオリティ賞が制定
され運営されているのです。日本では、1995 年に「日本経営品質賞」が制定されています。
マルコム・ボルドリッジ賞の概念は、いまやアメリカだけのものではなく、世界の優れた
経営のデファクト・スタンダードとして定着しているといってもいいでしょう。
2.顧客価値を高める経営=経営品質とは何か
ではそもそも経営品質(クオリティ・オブ・マネジメント)とはどういった概念なのでし
ょうか。
戦後の日本は品質に関して大きな変化がありました。その一つがジュラン、デミング博
士による「統計的品質管理」の指導でした。
当時の日本の製品品質は決して世界に誇れるような代物ではありませんでした。しかし
生産現場に統計的品質管理を導入することによって、製品品質の安定化が実現され、世界
に肩を並べられるようになりました。
そして、日本企業は、日本人の持ち前の勤勉さと協調精神をうまく利用して、品質管理
を生産現場だけではなく、全社的な取り組みにまで展開していきました。
次に、日本ではTQCがあらゆる企業に広がりをみせます。そして日本の品質は、ベト
ナム戦争の後遺症に悩むアメリカ産業界を尻目に、世界のトップクラスに躍り出たのです。
このように品質こそが、顧客の要求に応えるものであり、競争力の源であると考えて、
ひたすら品質改善に力を注いできました。
ところが、それを成し遂げてきた日本の産業ですが、90 年代になって様子が違ってきて
いることに気づきはじめました。
ドラスティックな世界構造の変化、技術革新、IT技術の進歩により、商品を購入する
顧客の側からみると、世界中行きたい所に行き、世界中の商品情報を得て、その中から自
分の好みのものを選ぶことができるという、これまでにない自由な選択が可能な時代が到
来したことになります。
一方、商品を提供する企業の側にたってみると、顧客はたくさんの商品知識を持つよう
になり、より好みを合わせた商品の開発と嗜好の分析が必要とされるようになりました。
このようにニーズが多様化する一方で、豊富な商品情報をもつようになった顧客に対し
て、これまでのようにメーカー主導型で商品の規格や性能、品質を一方的に決めて売り出
すといったやり方では、幅広い顧客の満足を得ることは困難であり、競争に生き残ること
も困難な時代になってきました。
昨今の顧客は、もはや従来型の品質で商品を選択するということはしなくなりました。
従って企業は、狙いとする顧客や市場の求める製品やサービスが何かを綿密、的確に把握
し、他に先駆けて商品化することが不可欠になります。
顧客や市場の要求に的確に応え、競争に勝ち残るために、企業としての総合力を、顧客
が求めているものの実現に向けて傾注しなければならない時代になりました。
この「総合力」こそが、顧客からみた「価値」であり、購入するにあたって支払う「価
格」の対象であると考えられます。つまり、新しい「品質」の概念が必要となってきまし
た。
3.クオリティ(品質)の新しい概念が求められている
今まで日本ではクオリティを品質、品物の質と訳しました。それは当然のことながら一
製品・サ一ビスの品質であり、今まではプロダクトアウト、モノを作れば売れた時代なの
で「自らが決めた品質」です。これをきちんとルール化して、また品質を良くしようとい
ったものが、製品・サービスの意味ではTQCです。
経営品質ではこの品質も大事ですが、ここからさらに顧客が評価する(価値を認める)品
質、知覚品質というものを非常に重要視します。経営品質の中心的な考え方は、
「経営を顧
客本位で考えること」ですから、顧客が価値を評価する=顧客満足(CS=カスタマー・サ
ティスフアクション)ということです。
これだけ研究開発費用をかけて、これだけ合理化をして、一流の生産設備でこれだけの
素晴らしい品物を作りました。「とても素晴らしい品物なのでぜひお買い求めください。」
これが自ら決めた品質、製品・サービスの質、今までのやり方です。
これからは品物を買うときにその製品やサービスが良いかどうかは、お客様が自分で決
めるのです。今は右客様の好みで、お客様が自分の基準で決めていきます。つまり r 品質
を決めるのはお客様」なのです。だからお客様のニーズに合ったものを出さないと、今は
全く売れない時代です。だからそういうお客様の視点にたって軸足をそこに移していかな
いと、これからは物が売れない時代だということです。
お客様が、商品を購入するにあたって判断基準となる価値、そして購入後に経験するす
べてのことを評価して次回も同じ会社や販売店から商品を買いたいと思い、サービスを受
けたいと思うかどうか、また知人にも薦めたいと思うかが、企業や販売店に対するお客様
からの最終評価になります。
このようにお客様の最終評価に影響を与えるすべての要素をひとまとめにして、経営品
質では「クオリティ」と呼び、これまでの狭い意味での品質とは区別を図っています。そ
して、高いクオリティを生み出すために必要な企業活動とそれを可能にする経営体制が「経
営品質」です。経営品質の向上が、まさに顧客価値経営への変革ということになります。
4.リーダーシップが経営品質の要
また、経営品質では、経営幹部自らの率先垂範によるリーダーシップが求められていま
す。大切なのは、経営幹部自身が先頭に立って従業員を目指すべき方向へ導くことです。
これまでのQCはどちらかというと現場全体のボトムアップ活動が中心でした。現場で
の創意工夫によって、様々な問題を解決し、業務の効率化を成し遂げてきました。
ところが、企業の成長と共に、業務が細分化されピラミッド構造の縦割り組織が顕著に
なってきますと、現場ごとの創意工夫が「部分最適」という弊害をもたらします。
組織の階屑が深くなるほど経営幹部の意思は末端まで正確に伝わらなくなり、しかも業
務が極端に細分化され特化されると、末端の従業員は、目先の今そこにある処理だけが重
要事項となってしまうため、組織全体のバランスを崩してしまい、経営幹部の意志とは全
く反対の方向に進んでしまう恐れがあります。
そこで、経営品質では、経営幹部が、ビジョンや理念を明確にして、末端まで徹底させ
ると同時に、自らが先導して意志の達成を推進することを求めているのです。
5.日本経営品質賞とアセスメント基準について
グローバル化・情報化が確実に進む中、世界市場や世界の顧客のニーズにどう応え、世
界の企業との競争にどう対応するか、そのためには人材をどういかし、業務を誰よりも効
率的に行うための仕組みをどう構築するかが、これからの日本企業が直面する課題となり
ます。新しい環境に適応し、そして新たな発展に向けての企業改革がどれほど進んでいる
かが企業の総合的な強さとなって表れます。
この経営品質の高い企業、つまり顧客の視点から経営全体を運営し、自己革新を通じて
新しい価値を創出しつづけることのできる「卓越した業績を生み出す経営の仕組み」を有
する企業の表彰を目的に、(財)社会経済生産性本部が 1995 年 12 月に「日本経営品質賞」
を創設しました。
審査は、一般に公開された「アセスメント基準」に基づいて、3 段階の審査を行い、最
終的に日本経営品質賞委員会が受賞組織を決定するものです。これまでの 6 年間で 82 組
織が応募申請し、11 組織が受賞しています。
日本経営品質賞は、企業の総合力を、共通の物差しを使って審査するものです。企業の
体力をいろいろな角度から測定し診断し、どこが強く、どこが弱いかを明らかにして、ど
のように改善すれがよいのかの手がかりを与えます。いってみれば企業の健康診断なので
す。その共通の物差しが、
「アセスメント基準」と呼ばれるもので、毎年、経営環境にたえ
ず適応させるために見直しを行なっています。
日本経営品質賞において審査をする際の基準が「アセスメント基準」で、構成は以下の
とおりになります。
<日本経営品質賞アセスメント基準の構成>
(1)目指す方向
「パフォーマンス・エクセレンスの追求」
(2)基本理念
「顧客本位・独自能力・社員重視・社会との調和
(3)基本的な考え方
(クオリティやリーダーシップなど、経営に必要な 11 の考え
方)
(4)フレームワーク
(5)カテゴリー(経営を見る 8 つの視点)
次回はこの日本経営品質賞のアセスメント基準の構成やそれぞれの内容、特に基本理念
とカテゴリー(経営を見る 8 つの視点)についてご説明していきたいと思います。
以上