人間の中の小さな人間

人間の中の小さな人間
島根県立大学短期大学部教授 江角弘道
イギリスの詩人(1757~1827)ウィリアム・ブレイクは、幼少の頃
から異常な幻覚、また神や天使を見続けた詩人であり、版画職人として貧困の
中にあってもただひたすら無心に「詩」を紡ぎ続けた詩人で、その一生をほと
んど無名のまま終えた詩人であるといいます。彼は、
「無心のまえぶれ」という
詩の中で、次の一節を残しています。
無心のまえぶれ(ウィリアム・ブレイク作詞)の一節
一粒の砂の中に世界を見、一輪の野の花の中に天国を見る。
つかみなさい、君の掌のうちに無限を、
そして、一時〔ひととき〕の中に永遠を。
この一節は、童謡詩人の金子みすずの詩「はちと神様」とよく似た内容とな
っています。
はちと神さま(金子みすず作詞)
はちはお花のなかに,お花はお庭のなかに,
お庭は土塀のなかに,
土塀は町のなかに,町は日本のなかに,
日本は世界のなかに,世界は神さまのなかに。
そうして,そうして,
神さまは小ちゃなはちのなかに。
これらの詩は、超越(世界(はちはその中に一つ)は神様の中に)と内在(一
粒の砂の中に世界を見る。一輪の野の花の中に天国を見る。神さまは小ちゃな
はちのなかに。)を述べています。神様の中に私がおり、私の中に神様がいらっ
しゃる。超越と内在が一つになって働いてくること、外から働きかける者が内
から湧き出てくる。このような自己相似的なことをフラクタルといいます。実
は、自然界や人間界のあらゆる成り立ち、物の形状から政治・経済・文化など
の社会現象に至るまで、フラクタルになっていることが最近発見されて、注目
を集めています。
「フラクタル」は、発見されたのは約三十年前です。ポーランド生まれのマ
ンデブロにより最初に、
「フラクタルということは、部分と全体が同じ形となる
自己相似性を示す図形(拡大しても縮めてみても同じ形が現れる図形)」を意味
して、提唱されました。それが、現在は、空間的にも時間的にも拡大解釈され
てきています。その結果、ここ十年で、驚くほど多種多様な現象が「フラクタ
ル」になっていることが解明されました。これは間違いなく宇宙の基本特性の
一つでしょう。
あらゆるものは「フラクタル」になっています。その最もわかりやすい例が
地形です。まず、リアス式海岸を大きく俯瞰して写真を撮ります。次に、小さ
い部分をどんどん拡大していって写真を撮ります。そうして撮った小さい部分
の拡大写真と、最初に撮った俯瞰写真とが、非常に似ていることがわかります。
つまり、地形も「フラクタル」になっているのです。これは、数学的に処理す
ると同じフラククル次元の数式で表されることが証明できます。これらは、数
学的な根拠が明らかなことですが、一般の人には、なぜ「フラクタル」になっ
ているのかということについては、なかなかピンとこないでしょう。大方の人
は、たまたまそうなっているんじゃないか、と考えるのではないかと思います。
しかし、自然界はすべて「フラクタル」から成り立っているということは、す
でに科学的に証明されているのです。自然というのは、なぜかはわかりません
が、すべて自己相似型になっているわけです。となると、当然、人間も自然の
一部、宇宙の一部ですから、やはり「フラクタル」になっているわけです。そ
のことについて、2つのポイントから述べます。
最初には、人間発生の「フラクタル」についてです。四億年の系統発生を人
間の胎児は八日間で繰り返します。十九世紀の生物学界を代表するドイツのエ
ルンスト・ハインリッヒ・ヘッケルという人が、
「個体発生は系統発生を繰り返
す」ということを言っているのです。これはすべての動物についていえること
であり、中でも特に哺乳類で顕著になっています。
すなわち、生命発生のプロセス(赤ちゃん誕生までの母体内での経過)と地
球生命の進化のプロセスが相似です。つまり、時間的にフラクタルです。人間
は,その内側に地球上の生命誕生の歴史を織り込んでいるということです。つ
まり,人間の場合は,受精後三十二日日で「鰓裂(さいれつ)」といって、えら
の後ろに見られるような裂け目が胎児にできるわけです。これはちょうど、古
代の軟骨類のような、魚のような形になります。それから三十四日目には、鼻
がすぐ口に抜けるような、要するに両生類的な特色が見えるようになります。
さらに、三十六日目ぐらいになると原始爬虫類になり、三十八日目ぐらいに肺
ができてきて、原始哺乳類になります。そして四十日目ぐらいになって、何と
なく人間かな、という感じになってくるわけです。だから母体内で8日間に,
魚→両生類→爬虫類→哺乳類→そして人間という4億年分の進化のプロセスを
経るといいます。お母さんが悪阻(つわり)で苦しいというのは、鰓(えら)
呼吸から肺呼吸への変化する時期であるということです。だから、人間はすべ
ての生物のいのちを内蔵しているといえます。これはまぎれもなく一つの 「フ
ラクタル」といってもいいでしょう。
第2には、人間の体そのものも、よく観察すると 「フラクタル」 になっ
ています。まず、「耳の中の小さな人間」(図参照)を紹介します。図は、オリ
キュロセラピー(耳介療法)で使われる耳のツボに相当するところです。
これは中国の鍼灸療法の一つです。たとえば、胃が悪い時には、耳の胃に相当
する部分に鍼を打つと胃が治るというものです。これは、耳に全身が射影され
ているという考え方に基づいて古く考え出されました。つまり、耳の中に小さ
な人間がいるというフラクタル構造を示しています。
また、中国の古い気功の一つに、足芯道というものがあります。これは、内
臓のぐあいが悪いと、足の裏のその内臓に相当する部分―反射区といわれてい
ます―がこわばってくるので、そこをもみはぐすと内臓の悪いところが治ると
いうものです。 たとえば、胃が悪いと胃の反射区が、肝臓が悪いと肝臓の反
射区がそれぞれこわばってくるので、そのこわばったところをもみほぐすと、
悪かった胃や肝臓が治るというわけです。これは何を意味するのかといえば、
人間の体のすべてが足の真に「フラクタル的」に投射されているといえます。
似たような話としては、人間の体のすべてが背骨に射影されている、という
理論もあります。そして、それは実際に非常にたくさんの療法に使われていま
す。その一つが、アメリカの D・D・パーマー博士が始めたといわれている、
「カ
イロプラクテイクス」という療法です。背骨を見ることによって、あらゆる病
気がわかるというのです。病気になると背骨にずれが生じるから、その背骨の
ずれを治せば、あらゆる病気が治る、というのが「カイロプラクテイクス」で
す。これは、いってみれば代替療法であって、アメリカから始まって、今では
世界中に広まっている民間療法です。私もギックリ腰になったときにこの民間
療法を試みました。
こうしたことからもわかるとおり、人間の体はすべて「フラクタル」になっ
ているのです。ですから、まだ証明されてはいませんが、あるいはひょっとす
ると、どんなに小さなところででも、人間の全身の状態というものがわかるの
かもしれません。人間に限らず、生物というものはすべて、遺伝子によって発
生しています。したがって、人間の一個の細胞の中の遺伝子には、全身の設計
図や全身の機能などについての情報が入っているわけです。今、その遺伝子の
情報を全部読み取ろうという「ヒトゲノム計画(ヒトのゲノムの全塩基配列を
解析するプロジェクト)」が世界中の科学者を巻き込んですごい勢いで進行し、
2003年に完了しました。今後これを基に研究が進めば、一個の細胞から今
の全身の状況がわかるなどというのも夢ではないでしょう。
人間の体そのものが「フラクタル」な存在であるという2つのポイントを述
べました。ところが、人間のこころそのものも、実はフラクタルであることが、
すでに華厳経の中に述べてあります。それは、華厳経(六十華厳)の中の如来
昇兜率天宮一切寶殿品に因陀羅網として、その様子が詳しく書かれています。
因陀羅とは、帝釈天のことを意味します。仏法の守護神である帝釈天の宮殿で
ある帝釈天宮に,それを荘厳するために幾重にも重なり合うように張りめぐら
された網のことを因陀羅網といいます。その網目一つ一つの結び目に宝珠がつ
けられていて,数えきれないほどのそれらが光り輝き,互いに照らし映し合い,
さらに映し合って限りなく照応反映する関係にあります。 これは、こころの世
界の構造がフラクタルであることの示唆と考えられます。また、金剛界曼陀羅
を図形的に見ていきますと、5つの円の組み合わせが重なって見られ、フラク
タル図形が現れています。だから、身体もこころも自然界も精神界もフラクタ
ル構造をもっているといえます。