平成18年度 国際的な視野、識見を有する中核的教員を育成するための海外派遣研修 □ B3-10U団 平成18年10月19日~11月3日 派遣国 アメリカ合衆国 □ みどり市立笠懸南中学校 長谷川 晴一 吉岡町立吉岡中学校 横手 勝巳 1 はじめに アメリカ合衆国は多民族、多文化国家といわれている。特にこの10年間に世界各国から多 くの人たちが移住してきている。文化や習慣、あるいは言語の違う移民を受け入れるというこ とは大変なことであり、多くの問題が生じている。言葉が分からない児童・生徒に対してどの ように教育を進めていくか。英語が母国語でない生徒 ESL(English as a Second Langu age) が 急 激 に 増 加 し て い る 。 こ の よ う な 状 況 に あ っ て も 、 多 民 族 、 多 文 化 を デ メ リ ッ ト と し て と ら え る の で な く 、「 自 分 た ち は ひ と つ の コ ミ ュ ニ テ ィ で あ る 」 と い う こ と を 大 切 に 教 育 が 実践されている。視察をおこなったミネソタ州(セントポール・ミネアポリス)は、全米で初 めてチャータースクールを実践するなど、教育においてさまざまな改革をおこなっている。ア メリカの公教育について、教育委員会訪問や学校訪問を通して研修を深めたいと考えた。 2 アメリカの教育 アメリカには、日本の文部科学省のように教育全体を総括する機関がない。州にはそれぞれ 教育省があり、そこで制定された方針や制度のガイドラインをもとに各学区の教育委員会が学 校予算の編成、教職員の採用、スクールバスの運行、校舎の建築、増築、規則の制定などを実 際に運営している。各州の教育委員会が最高の権限を持っていて特色のある教育活動が展開さ れている。 (1) ミネアポリス教育委員会 ミネアポリスの公教育は多様性にすぐれていた。常にいろいろな問題に直面しているが、ミ ネ ア ポ リ ス 教 育 長 ( ビ ル ・ グ リ ー ン 氏 ) は 、「 問 題 を チ ャ ン ス と し て と ら え て い る 。 例 え ば 、 児童・生徒たちはおよそ90カ国から集まり、言葉は70カ国以上ある。しかし、これを負い 目 と せ ず チ ャ レ ン ジ と 考 え 、 多 様 性 の 中 に 活 性 化 を 求 め て い る 。」 と 話 さ れ て い た 。 学 校 と は コミュニティの中心、父兄は先生とのパートナーであり、質の高い教育を子供たちに届けるこ とを大切に考えていた。この教育委員会には、ミネアポリスの3つの地区の全ての情報が集ま っていた。ここでは、メインコンピュータ室に75校の情報が集まる。財政、メール、ウィル スチェック、学業などのデータを管理している。セキュリティの部署では24時間、教育委員 会に情報が入る。また、学校の修理・修繕についても教育委員に作業場があって備品や机椅子 だけでなく、楽器等の修繕もおこなっていた。 (2) チャータースクール チャータースクールは、教育関係者たちが州から公立学校に費やす同じ資金を調達して、 今までの公立学校では不可能だったカリキュラムを実施する公立学校(システム)で「手づく り の 公 立 学 校 」 で あ る 。 教 師 や 父 母 の グ ル ー プ が 、「 こ ん な 学 校 を つ く り た い 」 と 地 元 の 教 育 委員会に認可を申請し、公立学校にふさわしいか審査され、承認されたら学校開設の特別許可 (チャーター)が下りる。そして、その新設チャータースクールを選んで入って来た、子ども たちの数に応じて、公的資金が投入される。 チャータースクールは 、公立学校のように画一的な規制に縛られることはなく「 教える自由 」 が実現している。子どもたちも、自分で選んで入学し「学ぶ自由」も保障されたといえる。し かし、チャータースクールは「結果責任」を負うため、公的資金を受けて運営される公立学校 である以上、約束通り、子どもたちを教育できなかったら閉校となる。 1992年にミネソタ・チャータースクール法にもとづき、1号校・シティーアカデミーが セントポールの街に誕生した。この学校は、公立学校で意欲をそこなわれている生徒や公立学 校を退学した生徒に再度教育の機会を与え、生徒が社会で成功するように設立された。生徒が 義務として来るのではなく、自主的に来ることを大切にしていた。教えることを学ぶのではな く学び方を学ばせている。卒業しても継続的に学んでいく姿勢を学ばせている。問題を抱えた 生徒が多いが、ここでは問題行動を起こす生徒がいたとするとカウンセラーや校長に送ること で済ませるのでなく、担任も一緒に関わって少人数で指導し、生徒と先生といったスモールサ イズで生徒の問題行動様式を分析・対応しているため、あまり問題は起こっていない。 (3) マグネットスクール マグネットスクールは、その魅力で学区外の生徒をマグネット(=磁石)のように引き付け る公立学校で、特色のあるカリキュラムを各学校が開設してる。多種多様な民族性に、時には 配慮が必要のある子どもたちも入り交じって教育を受けるには、無理に各学区の子どもをまと めて教育するよりも、その魅力によって生徒たちが自主的に選んだ学校に通学する方法がよい という考えで生まれた学校である。 また、マグネットスクールは人種問題解決の政策という側面も持っている。この数学と科学 に特化した学校では 、新しいコンピュータが導入され 、きめ細かな配慮をした教育をしている 。 蝶の観察と数学を組み合わせて学習したり、折り紙と数学を組み合わせた統合的な学習が進め られていた。数学と理科を統合していく力、教師の指導力は優れていた。 (4) 特殊教育 アメリカでは障害をもつ子が公立学校に通うことが普通である。訪問したダウリング校には 様々な障害を持つ児童が在籍している。身体障害、認知障害、精神遅滞、学習障害など、全校 児童の18%が特別支援教育の対象児である。健常児との交流を通してそれぞれの子どもに合 わせた自立を支援することを基本方針としている。 ダウリング校の特別支援教室では、児童の障害に応じた様々な配慮が感じられた。例えば認 知障害の児童が学ぶには、動作に反応して光の出る機器を使うために、教室を暗くして授業が 行われている。当然マンツーマンの授業であるが、そのような児童もほとんどができるだけ通 常 の 学 級 の 授 業 に も 参 加 し て い る 。 障 害 の あ る 児 童 に と っ て は 、「 自 分 は こ こ ま で で き る 」 という意識を持つことができて大変有効である、と担当教師が説明してくれた。周囲のクラス メ ー ト は 、「 違 っ て い る と は 思 わ な い 。 当 た り 前 の こ と 」 と 言 い 、 別 の 児 童 が 「 彼 か ら 学 ぶ こ と が た く さ ん あ る 」 と 言 っ た 。 ま た 、「 こ の 学 校 に い れ ば 賢 く な る 。 こ の 学 校 に 来 て か ら 行 儀 よ く な っ た ん だ 。」 と 胸 を 張 る 児 童 も い た 。 障 害 児 と 健 常 児 が と て も 自 然 に と も に 学 ぶ 様 子 に 驚かされた。どの子どもも自信と誇りを持ち明るく生活している。学校の方針の確かさと先生 方の熱意ある指導あってこそ、と強く感じられた訪問であった。 3 おわりに 16日間にわたるアメリカ合衆国・ミネアポリスでの海外派遣研修の機会を与えられ、アメ リカ合衆国の教育制度と学校現場の現状を視察することにより、日米の教育の違いを少なから ず発見することができた。特に、公立学校では約40カ国もの国籍の児童や生徒が在学し、多 様な教育活動を展開していることが分かった。また、成功しているチャータースクール・マグ ネットスクールの見学では、のびのびとした生徒達の活動を見ることができ、教育の多様性を 感じとることができた。公立初等中等学校、及びその他の公の教育学校において、多様性を促 進し、児童生徒及び保護者がいかに選択していくか、親の教育観が重要になっているのが分か った。当然教育を提供する側も特色を打ち出し、公表し理解を得られる努力が大切である点、 日本の教育にも通じることが多かった。 (長谷川 晴一) ひとつの学校に多国の生徒が集まり多数の言語がある教育現場、文化や習慣の違い、言葉の 分からない生徒に対してどのように教育を進めていけばよいのか。アメリカの教育ににおける 問題点は日本と比較にならないくらい大きい。アメリカと日本で、こんなにも教育が違うもの なのかと感じるとともに、あらためて日本の教育のよさを実感した。 そ ん な 中 で 、「 多 様 性 が 多 く の 問 題 を 生 じ さ せ て も 、 そ れ を 負 い 目 と せ ず メ リ ッ ト と し て 活 用していきたい 。」というミネアポリスの教育長の言葉が印象に残った 。今回 、学んできた「 全 ての子どもたち一人一人がもつ可能性を引き出す」という基本姿勢を今後の教育活動に生かし ていきたいと思う。 (横手 勝巳)
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