人間の安全保障と法の支配~ICC と日本の役

セッション2
セッション2:「和解
:「和解と
和解と共存に
共存に向けて」
けて」
講義5
5:「人間の
講義
人間の安全保障と
安全保障と法の支配~
支配~ICC と日本の
日本の役割~」
役割~」
講師:
講師:旧ユーゴスラビア戦犯法廷元判事
ユーゴスラビア戦犯法廷元判事/
戦犯法廷元判事/
法政大学法学部 教授 多谷 千香子 氏
「人間の安全保障と法の支配」というテーマについて話を始めるにあたって、まず、人間の安全保
障とは何かと言いますと、人間が存在していく上で、人間として最小限必要な自由権や経済・社会権
が侵害されている状態、例えば、独裁政権の下で、いつ政治犯として投獄されるか分からないとか、
お腹が空いて生存が危うい状態、そういうことから自由であることを人間の安全保障が保障された状
態といいます。人間の安全保障というとき、そのコンテクストの中で取り上げられるのは、人間の安全
保障を危うくする状態(問題)と対策(解決)です。人間の安全保障を危うくする状態には、例えば、
飢餓、環境の破壊、紛争、エイズの広がり、貧困、大災害などありとあらゆるものがあり、その中の一
つとして民族紛争も挙げることができます。
そして、この民族紛争を防止しようという試み、「法の支配」を打ち立てようという試みは、人間の安
全保障の対策(解決)の一場面だと言えると思います。今日は、「法の支配」がなぜ民族紛争の防止
につながるのかを中心にお話をすすめたいと思います。
ところで、そもそも人間の安全保障が唱えられ始めたのはなぜか。人間の権利、人権を考えるとき
に、高校、大学で習うことはたぶん西欧的な人権概念だと思います。西欧的な人権概念は、西欧の
社会というものを前提にして人権ということを考えるわけですから、たとえばフランス革命のときの「自
由・博愛・平等」といっても、この「自由・博愛・平等」の中に南の世界の人々の人権というものが入っ
ていなかったわけです。要するにフランス人、ヨーロッパ社会というものを前提にして人権ということを
考える、そういうものが伝統的な西欧中心型の人権概念です。
時代が下って、第二次世界大戦後になりますと、1950~1960 年代にはたくさんのアジア・アフリカ
諸国が独立しました。そうしますと、人権の地平というものも当然拡大していくわけです。南の人の人
権も守られなければならない。ところが、前提となる状況は、西欧社会とはまったく違います。新興独
立国になった発展途上国は、発展政策に努め、国民の人権を向上させようとしたわけですが、先進
諸国との格差はだんだん広がるばかりでした。西欧先進国との格差を縮めて、発展途上国の人たち
の人権の向上を図ろうとしたのにうまく行かない。それは、経済体制がおかしいのではないかいう発
想になって、この主張は、New International Economic Order に凝縮してゆきました。どうしてそうな
ったのかといいますと、アジア・アフリカ諸国が1人前の国として国際社会の一員になって発展政策
に努力しても、働けど働けど我が生活 にならず、という状況です。そうすると、 存の世界の経済
というものは先進国のためにあるのではないか、1次
を生 する自分たちには 利に
ているのではないか、となります。そこで、第一次
危 を
として、いわば生
カ テ と
か 格スライ とかいうことを要 した、新しい世界の経済
の要 がでてきたわけです。これが、
New International Economic Order です。これが主張されたのが第1次
ックの 年の 19
年です。しかし、経済の体制やり すということは、とりもなおさず先進国の
権を侵害することで
すから、これを権利・
のような 、あるいは新たな
体制を るというような で
するという
ことは
、
対となり、
できませんでした。
この経済的主張が人権に
を き えて主張されたのが、「発展の権利」です。「発展の権利」
は、19 年に
の
・
という人が主張したのが めてですが、国 に取り入れられて、
「発展の権利の 言」になったのは 19 6 年のことです。経済ではなく人権という で主張されますと、
発展途上国の人間も先進国の人間も
ように
されてしかる きではないか、ということに 対
しがたいところがあるわけです。しかし、この「発展の権利」は、民族、
、あるいは国 が人権の
主体という うに
されているところもありますし、西欧的な
り人権概念ではなくて、人権
を自由権も社会権も
する ー な全体としてとらえ、 a ic
man Need を としてだんだんに
発展する権利という うに えているわけです。発展途上国の状況を前提としますと、 日の
秩序
価
楽
ド
求
直
義務
形
総論賛成 各論反
実現
視点 置 換
72 セネガル ケバ ムバヤ
宣
8
同じ
ふ 理論構成
包含 ホ ル
ふ 捉
産品 産
石油 機 契機
秩序 求
貿易
尊重
作
初
既
不 出来
産者 ル ル
石油ショ 翌
74
既得
形 実現
連
形
べ
集団
縦割
B s Hu
s 核
家
反
明 食べ物
無
奴隷 苦役 服
真
べ
BH
横割
べ 方
非理論
批判 受
理
論 反駁
合
援助
義務 引 出
読 方 可能
総論賛成 各論反 賛成 得
べ
べ 直
理論闘
避
捉
模索
効率
形 出
私
4 U DP “Hu D v p R p ” 初
翌
開
サミ
ル ィ セ
者
次ぎに民族紛争と法の支配について話を進めましょう。20 世紀を振り返りますと、これはまさに虐
殺の世紀だったということができます。私は旧ユーゴ国際刑事裁判所の判事として3年間ハーグで働
きましたが、その中で最も紛争が激しかったのはボスニア紛争です。ボスニア紛争というのは、ダリー
ナ川という大きな川が多くの死体でうずまって、そして川の色が赤く染まったというほど虐殺がはなは
だしかったのです。そういうことが、1992 年、20 世紀の終わりに起こったということを思いながら、かつ
てはどうだったかということを考えてみますと、20 世紀はまさにそういう事件の繰り返しの世紀であっ
たといえるわけです。
日本政府の命を受けて諜報活動をしていた石光真清によれば、日露戦争がはじまる前の 1900
年、南下をもくろむロシアと清国の間の戦いで、アムール川に清国民間人の死体があふれ、それが、
いかだのように流れたということです。第一次世界大戦中は、人道に反する行為に対する罪というも
のの起源になった、トルコ軍が自分の国の少数民族であるアルメニア人を 150 万人も虐殺する事件
が起こりました。第二次世界大戦中にも、ナチスのユダヤ人虐殺事件が起こり、それから戦後、長い
ベトナム戦争が戦われ、その影響をうけたカンボジアでは 1975 年から 1979 年の間、ポル・ポトが政
権について、自国民の約4分の1、170 万人も虐殺した事件が起こりました。その後も、ボスニア紛争
をはじめ、現在に目を転じても、コンゴやスーダンのダルフールなどあらゆるところに民族紛争の火
種が尽きないようで、つい最近はレバノンの南部でイスラエルとの戦いがありました。
これが「人間の安全保障」を脅かす状態だということは分かると思いますが、これに対してどういう
風に対処する手段があるのかというと、皆さんはすぐ武力介入ということを思われるかもしれません。
しかし、これからお話しすることは、そういうことを将来、「法の支配」によってなくしていけるのではな
いか、武力ではなくて「法の支配」によって、つまり法が執行されることによって将来同じような紛争が
繰り返されるのを防止できるのではないかということです。
「法の支配とは何ですか」という質問を受けることが良くあります。
私は「『民族浄化』を裁く」という本を岩波新書から出しておりますので、もしボスニア紛争なり旧ユー
ゴ紛争のようなものが自然な流れでそうなったのではないかと思っている方がいるとすれば、そうで
はなくて、私利私欲にかられた民族紛争の扇動者がいて、追随者を出し、結局のことろ一般市民を
巻き込んで、殺害された人、追放された人など、多くの被害者を出した、ということが読んでいただけ
ればお分かりになると思います。そういう構造は、ボスニア紛争に限らず、アフリカで起こっている民
族紛争も似たり寄ったりで、その私利私欲の原因が、ボスニアで政治的主導権をにぎることなのか、
ダイヤモンド鉱山の採掘権なのか、金鉱山の採掘権なのか、いろいろ違っても、同じような構造を持
つものであるということが出来ると思います。
「法の支配」というのは、そういう戦犯を処罰する体制を確立して、彼らを待っているのは夢の実現
ではなく、牢獄につながれるということであることを見せ、将来の戦犯予備軍に「割の 合わない仕事
はやめよう」、「他人の振りを見て自分の行動を改めよう」と考えさせることが可能なのではないかとい
う考え方です。
「法の支配」によって将来の戦犯の発生、つまりは彼らの扇動によって起こされる紛争・戦争の発
が いから
的
にも するといったことになりますので、 っ先に保障される きなのは、自
由権ではなく、 N だろうというわけです。この
りの人権概念ともいう き考え は、西欧的な人
権概念からすると
的だという
を けました。もともとは政治的な主張ですから、そういう
的な
というものはかみ っていないわけが、ともかくこの「発展の権利」も、先進国から
を
的に き そうというような み も
なので、これも
、
対で、
を られ
なかったわけです。
そうしますと、要するにす て平等である き人が 面している問題を解決しなければならないと
きに
争というものを けて、問題を問題としてそのまま え、そして解決策を
する、それ
が
的ではないか、こういう で てきたものが「人間の安全保障」だと は思うわけです。これは、
199 年の N
の
man e elo ment e ort の中で めて主張されたもので、 年の社会
発
ットに向けて主張されました。もとはアマ テ ア・ ンという経済学 が提唱したものです。
方 至
2 紀
2 紀 虐殺 紀
同 非 紀
以 忘却 紀
昔
忘 将来 和
築
2 紀
験
処罰
将来
予
良 手段
非 紀
じ
ヴェルサ ユ条約 セ ブル条約 結局
処罰
至
故
廷 引 渡
部逃 込
オ ダ
逃 込
ドツ 内 留 引 渡
無
ル
ザ ヌ条約 む 恩赦 与
結局
処罰
実 処罰
東京 判 ニュル ベル 判
刑事 判所 CC
東京 判 ニュル ベル 判
判 歩 画
勝者 判
欠点 持
公
刑事 判所 作
動
担
委
LC
刑事 判所
草案
草案 作
創設 至
刑事
判所 内
刑事司
越
家 枠 越
家
方 非常 強 特 冷 構造
非常 抵抗感
実現
刑事 判所 実現
旧ユ ゴ 刑事 判所 ルワ ダ 刑事 判所
CTY CTR 初
CTY
非常
作用
本来 武 介
無
無
湾岸
方
ベル 壁 崩
バル
略 重 性 非常 薄
泥沼 足 突 込
他方
オ ル 強 収容所 写真
信
耳目 集
論
放
知 顔
蹂躙
手段
ァ
Lf
S k
処
Lf
武器禁輸 除
ボ ニ モ ム 勢 セルビ 勢 武器 持 バ
武 介
放
モ ム 武器 原則 認 武器禁
輸 除
S k
優勢 セルビ 勢
爆
Lf
薦
反
S k
軍 送
軍隊 攻撃
反
介 不 終
見過ご
蹂躙
厳
継続
刻
報告
処罰
沈静化
出
シ CTY 設 嫌
賛成
CTY
CTR ルワ ダ 同じ
CTY CTR
域
判所
CTY 旧ユ ゴ 起
以降 事件 管轄
2
店じ
予定
暫定
判所 出来 昔 夢
恒久 管轄
判所
出来
気運
CTY CTR 契機
CC
8
採択
皆
処罰
将来
予
ょ
爆
死
処罰
抑
期待
起
期待
ド
生を防止しようという考え に ったのは、やはり 0 世 のことです。 0 世 は
の世 であると
時に 戦の世 でもありました。それ 前は、
の世 であり、 のことは れて
の平 を
こうと考えたわけですが、 0 世 はそれでは新たな戦争は防げないということを経 によって学ん
だ時代でした。つまり、戦犯を
することが、
の戦争・民族紛争を 防する最 の
だとい
うことを学んでいった時代でもあるわけです。 戦の世 にするための試みは第一次世界大戦後か
らは まりましたが、
イ
や ー
は、
は戦犯を
するには りませんで
した。それは何 かというと、戦犯が法 に き されなかった、全
げ んでしまった、 ラン
に げ んだ、あるいは イ 国 に まって き されることが かったからです。それからト コ
の戦犯も、ロー ン
で しろ
が えられて、
は戦犯が
されることはありませんで
した。
戦犯を 際に
したのは、第二次世界大戦後、つまり、
裁 と
ン
ク裁 です。
国際
裁
(I )ができたのも、
裁 と
ン
ク裁 が戦犯裁 の第一 を して
くれたからです。しかし、これらは、
の裁 でしかないというおおきな
を っていました。
そこで、 平な国際的な
裁
を ろうという きは第二次世界大戦後まもなくから始まりま
した。これを ったのが国際法 員会です。I
は、1950 年代に、国際的な
裁
について
の第一
、第二
を りましたが、
には りませんでした。なぜかというと、国際的な
裁
は、国 で行われている
法権というものを える、つまり国 の を えますので国
主権の侵害になるという考え が
に く、 に 戦
のもとでは
な
があって、
しませんでした。
国際的な
裁
が
したのは、
ー 国際
裁
と
ン 国際
裁
、
I
とI
が めてです。I
なぜできたかというと、そこには
に政治力学的なものが
しています。
は 力 入したいというようなことは いことは かったわけですけれども、当時は
戦争を一 にかかえ、かつ
リンの が 壊して、
カンの戦 的な 要 が
に
れてきた時代で、
に を っ まれるようなことはやりたくないわけです。しかし、
で、人権
侵害の状況というのは マ スカ 制
の
が世界に配 されて、世界の
を め世界
世 がわきおこってきますと、 っておけなくなる。 らん はできなくなるわけです。人権
を止
めさせるための何らかの
をとらなければならなくなりました。当時はクリントンとクリストフ ーの時
代で、 i t and tri e 政策で対 しようとしました。 i t 政策とは、
を解 する政策です。つ
まり、 ス アの スリ 人 力と
ア人 力の
保 がアン ランスになっているので、国
際社会が 力 入しないで っておくなら、せめて、 スリ 人に
対等の
を めて
を解 しようというものです。また、 tri e 政策とは、
な
ア人 力を国際社会が空 しよ
うということです。しかし、 i t 政策は戦争を めるようなものだとして 対され、 tri e 政策も、当時、
地上 を っていたヨーロッパ諸国は、そんなことをしたら自分たちの
に
が向けられるので
はないかと考え、 対しました。そこで、力による 入は 発に わったわけですが、
せない
人権
状況が 然として
しているわけです。人権侵害の状況が 々といつも
されてくる
わけです。そこで、戦犯を
して人権侵害を
しようと言い したのがクリントン政権で、中国
や当時のロ アも I
立に 々ながら
いたしまして、そして I
というものができて、
I
も、
ン でも
ようにしようということでできたわけです。
I
やI
は、地 と時代を限った裁
です。例えば、I
は、
ー で きた、1991
年
の
を
し、しかも 010 年には
まいすることが
されています。しかし、
的な
裁
が
ると、 からの であった、世界全体を
的に
する裁
というものもやれば
るのではないかという
になり、I
やI
が
になって、I
が 199 年にローマで
されることになったわけです。
しかし、ここで、 さんは、たぶん、戦犯を
することによって、なぜ
の戦争なり紛争なりが
防できるのか、と思われるのではないでし うか。もし犯人が自 テロのように、 んでもいい、自
分はどうなってもいいと思っている犯人あれば、
にそのような 止力は
できないわけです。
ここで、戦犯、民族紛争や戦争を こす人たちは、どのように
して、どのようなマイン で紛争を
起こすのか考えてみましょう。たとえば、ヒットラーはなぜユダヤ人を虐殺したのかというと、ヒットラー
は虐殺に踏み切る前に、第一次世界大戦中のトルコ軍のアルメニア人殺しに触れ、「今世界で、この
ことを誰が問題にしているだろうか」と自問自答したのです。「誰も問題にしていないではないか。や
ってしまえばやり得ではないか」とまでは言わなくても、それに似たことを言いました。つまり自分は、
何をしても、将来、免罪を得られるのではないか、自分が牢につながれたり、裁判を受けたりすること
はないのではないか、そう思って、ユダヤ人虐殺に踏み切ったわけです。
ミロシェビッチは、紛争当時の旧ユーゴスラビア大統領で、紛争を仕掛けた一番の張本人である
わけですが、そのことは ICTY が設立された頃から分かっておりました。ただ、彼は国際的な舞台で
平和交渉の相手方として、ボスニア紛争を終わらせた、1995 年のデイトン合意まで活躍しました。彼
は、紛争を引き起こした張本人であると同時に、国際舞台で停戦・和平交渉に活躍する人でもあっ
たのです。ICTY を作る話し合いをした国際会議で、彼は、ICTY を作るのは大いに賛成である、と言
いました。それはなぜかというと、そういう裁判所が作られても、自分が被告人になることはないだろう。
西側諸国が外交的に自分を相手にしている以上、自分を起訴できるわけがない。そのように高をくく
っていたわけです。しかし、実際には、1999 年にコソヴォ紛争が起こると、彼は、芋蔓的に、ボスニア
紛争、クロアチア紛争で起訴されました。
これらの例から分かるように、戦犯は決して爆弾テロ犯人のような確信犯ではなく、自分だけは法
の枠外に置かれているのではないか、そう思っている人たちがほとんどです。そうでなければ、時流
に流されて、戦争の雰囲気になってきた、世の中全体がそんな雰囲気になってきた、自分は本来そ
の地位からして、首相とか大統領とかであることからして、時流に抗して、できることをすべてやって、
戦争を防止しなければならないにも関わらず、どうしようもないお手上げだとして、十分な努力をしな
いで手を上げてしまう、要するに時流に流されてしまう、責任を放棄してしまう、こういうタイプの人間
です。免罪を得て自分は法の枠外にいると思うか、あるいは本来その地位に期待される行為をしな
い無責任な人間のどちらかであるわけです。そうすると、無責任な行動について責任を問う体制、免
罪を得させない構造というものができれば、彼らの行為の抑止力になるであろう思われます。当該者
の抑止力となるというよりも、将来他人の振りを見て、そういうことになるくらいなら辞めておこうというこ
とで他者の抑止力になり、民族紛争も防止できるのではないかということです。
ICC も ICTY も ICTR も、それほどの力はあるのかといわれるかもしれません。しかし、武力で紛争
を防止するということから法の支配に至るということは座標軸の転換、要するにパラダイムの転換です。
パラダイムを転換したとたんに 100%の法の支配が出来なければ効果がないというのは、そもそも発
想がおかしい。一歩一歩実現してゆくほかありません。法の支配を完全なものに近づけるため、育て
ていくということが必要なのではないかと思います。
罪
4
ド 罪 メ
ウシュビ ツ 約
万 ユダヤ
虐殺
罪 ェノサ ド 罪
規 び慣
反 罪
病
院 文化施設
軍事タ ゲ
兵士 残虐
殺方
ル ル
ル ル 反 罪
規
び慣
反 罪
ゴ
ュネ ブ条約 重
反 罪
闘 同士
列
旦 列
病気
捕虜
列 離
列 離
攻撃 象
護 象者
物
反
捕虜 使
実験
殺
重労
ュネ ブ
条約 重
反 罪
ュネ ブ条約 重
反 罪 説明
護 象者 護 象物
成
同じ 実質
護 べ
ュネ ブ条約 護 象者 護 象物
CC 管轄
ところで、I
が
している戦争犯 を大きく分けますと、 つあります。
一
しい うから、ジ
イ の 、イ ージとしてはア
ッ で 150 人の
人
を
するような がジ
イ の です。
それから、もう一つは、戦争の法 およ
習に違 する です。戦争というのは、たとえば、
や
などの
ー ットでないものを破壊してはいけないとか、戦っている
でも
な し をしてはいけないという ー があるわけで、この ー に違 する 、これが戦争の法
およ
習に違 する です。
それから、もう一つのカテ リーは、ジ
ー
の 大な違 の です。戦争というものは戦
員
の戦いですから、民間人は戦 に入っていないわけです。そして、もし一 戦 に入った
としても、
になったり、けがをしたり、
になったりしますと、それは戦 から れるわけです。
戦 から れているものは
の対 とはならないわけで、保 対
あるいは に対する違 、
たとえば
を って人体
をするとか、 すとか、
働につかせるとかというのが、ジ
ー
の 大な違 の です。このジ
ー
の 大な違 の は
からお分かりになったと
思いますが、保 対
、保 対
というものに対するものでなければ 立しません。
そうしますと、
ように
的には保 す きでも、ジ
ー
上保 対
、保 対
番易
ほ
ェノサ
ュネ ブ条約 条約
無 籍
関係 約束事
ュネ
になっていないものがでてきます。しかもジ
ー
は
ですから国と国との
・
で
ありますので、たとえば国
などが入るわけで、 国 人あるいは 国人というものは、ジ
ー
によって保 されない。要するに、ト コ が自国のア
ア人を した時、
国の人
間を したわけではなくて、自国民を しているわけです。
民族であっても自国民を している
わけですから、ジ
ー
の対 ではない。しかし、
的には
ように保 される きで、
の対 にはなってはいけないということになりますと、ジ
ー
で け ちているが
的には
として
す きものを わなければならない。こうして人 に する ができたわけ
です。
I
もこの つの戦争犯 を
しておりまして、
国で こった
、
国の国民が こし
た
、その かに、国際平 と安全にとって
であるということで安全保障
会が
した
を
することになっています。
I
と 国の国 裁
との
は
の
です。
の
とは、I
は、
国の国
の裁
が 分な働きをしないというときに
的に て行くということです。
10 年の
で
ある きものが、国 裁
の 決で 年の
で す るときには I
が てくるのかと思わ
れるかもしれませんが、まあまあ
できるようなときに
が働くわけではありません。
が
問題になるのは、裁 制 はあるけれども ど いていない、
になる きものが
に
なってしまった、それではだめだということで I
がでてくるということが
です。そこで日 のよ
うな場 に、あるいは先進国のような場 には、日 の裁
がだめだから、
が発 されて
I
が
する、ということは考えにくいわけです。
これは、I
やI
とは違います。I
やI
の場 は国 裁
に 先して
するこ
とになっています。要するに
ー の裁
がだめだったら て行きまし うというのではなくて、
I
が 先してやる、I
がわ わ 自ら裁 する必要がないというときには国 裁
に せ
ることも
る、こういうことになっています。なぜかというと、I
やI
の場 は、 地の裁
は紛争中でち んと
しないだろうと 想されていたので、I
やI
を 先するということに
なったわけです。しかし、今は
が ち いてきましたので、I
で裁く必要もないような小さな
は、どんどん国 裁
の うに
されております。 に ス アの最高裁に
と
いうものができていて、そちらに
されている
が えている状況です。
ところで、ア リカは I
に 対している。日 は く入る
です。なぜア リカは 対している
のか、クリントンは I
を ったではないかと思われるかもしれませんが、 対の 由は次 のとお
りです。 ア リカは、世界の平 は自分たちが守るんだという
みの国ですから、ア リカ人の
平
を
しなければならないのに、「もし なことをやったら
人になる 」と言ったの
では
に
てもらず、
ア リカの
をはたせない。 ア リカは自分で裁 をち んとやる
んだ、世界には、ち んとやらない国もあるだろうが、そのような国には制 支 すればいい。 I
は、 つのカテ リーの戦争犯 を
しているが、「平 に対する 」は、今は
要 ができて
いないものの、
国が
すれば、新たな犯 を
することが
る
みになっている。した
がって、「平 に対する 」だけでなく、場 によっては
・テロなど、いろいろな犯 を
できる
がある。そういうもので、
国でないア リカも られるというのは全くおかしい。とこういうこと
を言っているわけです。
同
ルメニ 殺
連合
殺
殺
少数
殺
ュネ ブ条約 象
実質 同じ
護
べ
虐殺 象
ュネ ブ条約 抜 落
実質
同じ罪 処罰 べ
掬
道 反 罪
CC
4
罪 管轄
締約 起
事件 締約
起
事件 ほ
和
脅威
理事 付託 事
件 管轄
CC 各
内 判所 関係 補充 関係
補充 関係
CC 締約
内
判所 十
補充 出
本来
拘禁刑
べ
内 判所 判 6 拘禁刑 甘 ぎ
CC 出
是認
補充性
補充性
判 度
殆 動
無期刑 べ
無罪放免
CC
補充性
本
合
合
本 判所
補充性 揮
CC 管轄
CTY CTR
CTY CTR 合 内 判所 優
管轄
旧ユ ゴ 判所
出
ょ
CTY 優
CTY ざ ざ
判
内 判所 任
出来
CTY CTR 合 現
判所
ゃ 機能
予
CTY CTR 優
事情 落 着
CTY
事件
内 判所 ほ 移送
特 ボ ニ
特別刑事部
移送
事件 増
メ
CC 反
本 近 予定
メ 反
CTY 作
反 理 ぎ
① メ
和
意気込
メ
和維持部隊 派遣
変
被告
ぞ
派遣 応じ
結局 メ 責任
② メ
判 ゃ
ゃ
度 援
③ CC
4
ゴ
罪 管轄
和
罪
構成 件
締約 合意
罪 管轄
出来 仕組
和
罪
合
麻薬
罪 管轄
可能性
締約
メ 縛
ブ条約
護
籍条項
ル軍
(質問1
質問1)
法の支配の 立は、
法だけではなくて、 法的に体制に民主的な
で自らの要望を 映
してもらう
というものが用意されて、紛争の 防として体制が安定するのではないかと思います。
紛争が てくる土壌として、差別などの
、 状の体制を是正していく 法的
が い場 に、
力 争に走る
性もあると思うのですが、そういった法体制に関しては、国際社会がどのように
関与できるとお考えですか。
確
手段
出
武 闘
可能
(講師)
講師)
刑事
合
予
現実 現
手段
反
合 手段 無 合
度
機能
別
遠
モデル
もちろん、民主的な制 が
していることや、差 などのない社会であれば、紛争からは いと
思います。
ー はそういう
では、
的な社会制 を り上げていて、民族
の
とも されたわけです。しかし、紛争が った。なぜそうなったかと言えば、民族対立を り、
す
る人間がいた、戦犯がいたからだけではなく、
されるような
・ 地が当時あったからです。
ー は、19 0 年にカリスマ的な
テ トーが んで、19 年と 19 9 年の
ックで
な経済危 に っていたわけです。しかも、
ー
の南と の格差、つまり、スロ
ア
国とマ
ア
国あるいはコ
自治 の 人 入の格差は 1にも広がっていました。した
がって、生活が安 しない上に、
国は
全体よりも自分の利 に
するようになり、
がたかまっていたわけです。こういう状況があったからこそ、戦犯は、民族の
を
することが
たわけです。そういう
を らないということは裁
の
ではないのです。I
もそうですが、
裁
は ー マイテ なものではありません。経済的な安 を図る、あるいは格差を
する、そ
の の
というものは裁
の活 の
です。I
というのは、「自分が
たことが
で
きる」と思って、そういう
を利 する戦犯を
して
の紛争を 防するということです。I
でこのような体制は ったので、 平に
に 際にこの体制を働かせていき、
の戦犯
に、自分も法の にかかるのではないか・・・それなら カなことはやめておこう思わせ、
の紛争
を 防することが大 だと思います。
模範
度 作
宥和
煽 扇動
扇動
土壌 素
旧
ユ ゴ 8
ィ 死
73
7 石油ショ 非常
機 陥
旧ユ ゴ内 北
ヴェニ 共和
ケドニ 共和
州 個 収
9:
定
連邦
益 固執
不満
不満 増幅
出
来
土壌 作
判所 役割
CC
判所 オ ル ィ
定
是正
他 措置
判所 動 範囲外 CC
夢見
実現
土壌 用
断罪 将来
予
CC
整
公 着実 実
将来 予備軍
網
バ
将来
予
事
称
旧ユ ゴ
意味
起
指導者
ソヴォ
各共和
(質問2
質問2)
正義 justice という概念で、たとえば東京裁判でもそうなのですが、外国人がその人を裁く場合に、
あまりにも文化の違いがあったりして、よその国のものに裁かれたからどうだというような反論もあると
ょ
思うのですが、いかがでし うか。
(講師)
講師)
裁 というのは、東京裁 も ュ ン
ク裁 もそうなのですが、外国人に裁かれたからといっ
て 感があるわけではないのです。公平でなかった、ア リカの 爆投下は 問に付された、 ュ
ン
ク裁 では、
を
国もやっているではないかということに関する抗弁の提 が 定さ
れたということに 公平感があるわけです。誰に裁かれたかというのではなく、どのように裁かれたか
ということが大 なわけです。そして、戦争犯 は、文 を えた
的な
に違 したことを問
題にしているので、外国人によって裁かれるということで 公平感が たり、正 が
されなかっ
たという話ではないと思います。よく、中立国
の裁
でなければとか、裁
の国籍を問題に
する意 を耳にしますが、それは、世界大戦 後のような時代
からして戦勝国の裁
は
国の政治的立場を代 するしかなかったいといった認 を前提としてものをいっているにす ませ
ん。
、裁
は自 の 心や正 と法には縛られるものだと思います。
問
ICC では文 を えた
的な
で裁いているということでしたが、 前 ICC について
た
際に、ICC では大国に
される危 性があるという
を にしました。公正に国 に関係なく裁
全員が共 した、国 を
した
で裁いていて、必ずしも大国の思 に
されること
はないということでし うか。
判
反
ベル 判
判 ニ ル ベル 判
メ 原
不
ニ ル
同じ事 連合
出 否
不
事
罪 化 超 普遍 価値 反
不
出
義 実現
出身 判官
判官
見
直
背景
判官 出身
表
識
ぎ
本来 判官 己 良 義
【質 3】
化 超 普遍 価値
以
調べ
左右
険
記述 目
家
判官
通
家 凌駕 価値観
惑 左右
ょ
(講師)
講師)
ICC が政治に
される、政治的 訴が行われるおそれがあるというのは、ア リカの主張にす
ません。裁
の 力はあらゆる
を
できる どオー マイテ ではありません。それは日
でも
で、あらゆる
を組 の全力を くして
し、裁 できるかというと
ません。日常
生 するものの中で 要なものをとりあげて裁 しなければいけない。ICC というのも、世界が対
す き大きな問題に当たらなければならない。一旦 訴された
の
が 公平になるというの
は考えにくいですが、
権の行使が中立公平、
でなければ信 性を うということだと思
います。どのような
を取り上げるかというのは 常に大切なことです。これは、
が、3 人の
左右
起
メ
判所 能
事件 処罰 ほ ル ィ
同じ事
事件 織
尽 捜査 判
出来
起
重
判
べ
起
事件 審理 不
検察
不偏不党
頼 失
事件
非
検察官
ぎ
本
処
判官 構成 予審部 判官 2
公
実 非常 切
動
検察官
多数 判官 同意 得 定
識見 検察官 得
物 据
惑
裁
から
される
の裁
の
人、つまり
の裁
の
を て決 するわけで
すから、これが 平になされることが必要なわけです。要するに、どのような人格・
の
を
るかということが 際には
に大 で、そのような人 を えるわけですから、大国の思 によっ
て くような人間が
になるとは考えにくいです。
(質問4
質問4)
日 の ICC 入について 問です。199 年にローマ条 が
て、 00 年に発 して、 在
10 カ国の締 国があると思うのですが、今まで、199 年から 006 年までで、日 が ICC 入に
対して
的な行 にでたということは、 の中ではあまり知らなくて、最 の新 で めて知った
ので、今まで何か ICC 入をするために国内法整 がなされていたのか、もしくはされていないの
であればどのように国内法整 の必要があるのかと、なぜ今特に ICC に日 が 入するような経
があったのかということを えていただきたいと思います。
2
本
加
約
積極 動
質
私
加
備
教
8
8
備
約 出来 2 2
効 現
2
本
加
近 聞 初
本 加
緯
(講師)
講師)
ICC の締 国が くなるということは、管轄権が 則として締 国の国籍をもった人の犯 と締
国で行われた犯 という うにのびていくわけですから、望ましい体制なわけです。そして、 網
にしてもらさずというものの一員となると言うことは、
として 対する 由も何もありませんし、
日 政 としては始めから
には
しているわけです。しかし
の期間を 過してしまったの
で、
はしていない。したがって、日 は
ではなく、 入の 続きをすることになりますが、今
まで日 は何をしていたのかというと、 入のために国内法整 が必要か かい まで
してい
たということです。日 は、ジェ
イ 条 の締 国ではありませんが、ICC はジェ
イ の
を
独立 として取り っているわけです。それは日 の 法の
の立場からいうと、はみ してしま
うわけです。大まかなことを言えば、国内法でだいたいカ ーしているので、国内法整 はやらない
という
イスもあると思いますけれども、その突 せをするのにそれ相当の時間がかかるということが
一つと、それからもう一つは、ICC にはア リカが入っていなため日 は 常な大きな
的 担を
することになります。ICTY や ICT における 担も 常に大きなものです。そして、今やっていること
はアフリカの
で、日 人が い関心を っているアジアの
はとりあげられていない。そういう
ことから考えますと、政 としても、いつ入る きかを
に
イスしている状態だったと思います。
約 多
原
約
罪 約
罪 ふ
天 恢
恢疎
論理 反 理
本 府
趣旨 賛成
署名
徒
署名
本 批准
加 手
本
加
備
細 点 検討
本
ノサ ド 約 約
ノサ ド 扇動
罪
扱
本 刑 総論
出
バ
備
チョ
合
メ
本 非
金銭 負
R
負 非
事件 本 深
持
事件
府
べ 慎重 チョ
(質問4
質問4)
移行期における正 について と ICC について1 問があります。
まず、移行期における正 を考えるときに、紛争
後というのはかなり政情が 安定で、司法な
り戦犯を裁くということは、かなり政治的な 断が必要で、過 の 例を ましても民主主 というこ
となどがあると思うんですが、それに対して最 では、戦犯
を厳しくするという き、つまり 対
の きが てくるように思いますが、それに対してどうお考えでし うか。
それから、南アフリカの
解委員会というものの
が 年高まっていて、T
といわれ
るような 解を 指す正 、ICC の
が上からの裁 であるなら T C の
は下からの 解、下
からの裁 ということになると思うんですが、そのような裁 の二 立てというものが 際に こって
いることを考えると、
裁 の裁
としての立場からそのような二 立ての裁 についてどうお
考えでし うか。
最後に、ICC について、裁く き戦犯が首
や大 の戦犯だと 際に拘束するのはとても し
くて、
ー などでは大 戦犯の拘束が しかったと先生のご
で
したのですが、それで
は ICC を
させるためにはどのように戦犯を拘束す きでし うか。
義
義
2点
去 事 見
近
処罰
動 出
ょ
真実和
評価 近
和 目 義
方針
判
R 方針
判
判 本
刑事 判 判官
本
ょ
べ
謀者 物
実
旧ユ ゴ
物
難
著書 拝見
機能
べ ょ
(質問5
質問5)
判
点質
終結
不
義
動
反
R 方式
和
実 起
判
難
検察官がどのような事件を起訴するかということについて、ICC で現在までに取り上げられている
事件の提訴をしたのは締約国がほとんどであって、国側が対立状態にあるような場合、反政府勢力
側を裁くように使われてしまうということを本で読んだのですが、その政府側から以外の情報を検察
官がどのように公平に得られるのか、先生のお考えをお聞きしたいのですが。
(質問6
質問6)
at I want to know a o t i ow eo le or indi id al can make an e re or
t ink t at international law i not c an ed in order to e
jected to indi id al
Wh
h h
b u sh p p
s h g
vus
b sub
xp ss judges. Then, I
v u s.
(講師)
講師)
まず、最後のご 問ですが、ICC でも ICTY でも、個人の 格で裁
は ばれているわけです
し、国を ックにして国の政策を 映させるために裁 しているわけではありませんので、公平な裁
には、このように裁
が ばれているので別に 念はないのではないかと思います。
次に最後から 番 のご 問について、締 国から提訴がなされるというのはそうなのですが、あ
らゆるところから情 はありますし、
の うでも
的に 情 を めるわけですから、別に締
国が提訴権を っているから情 が締 国側に くん ゃないかということはありません。それは、
の
でも告訴人や告発権 がいますが、その告発権 から情 がくるだけで、あとの
は限られるのかというと、そんなことはないわけです。
それから、紛争の解決 法として
と 解委員会の活 というのももちろんあるわけです。まず、
ICC Stat te を んでいただければ分かると思いますけれども、戦犯裁 よりも 解を先行させた
うがいい場 には、 訴を一年間のばし、さらに一年のばせるということができるわけです。ア リカ
はこれを 用して安保 決議 1
などを きだしているわけです。
日 の場 は、 人が こったとして、お いに 解を先行させて 訴を一時
しようというよ
うなことは行われません。しかし、世界の 状を ますと、やはり、まず紛争を 付けることが先決で
あって、 平交渉を先行させた うがいいという場 ももちろんあるわけです。ただ、それもそういう
状況が われば、戦犯を裁 することによって、
の にするということが期 されて当然だと思
います。
それからは めの 問ですが、戦犯裁 は欠 裁 は行えませんから、
を 保しなければな
りません。そのために 捕が必要になるわけですが、日 であれば裁
も
も全国組 で く
わけですが、裁
は世界管轄であっても世界を管轄する
権というものは 在存在しないので、
当地の
に って
を 渡してもらい、犯人の
も きわたしてもらうことになります。ですか
ら、ある 度、 地の状況が平 に落ち着いてこなければ
もとれないし、
も められないと
いうことになるわけです。ですから、 ス ア紛争も 1991 年から管轄できるということになっていても、
際は 1995 年のデイトン 意後、
も収 できたし、
もたくさんとることが
た、という状況
です。
戦犯の
保は、E
orce などに 力を めて 捕することも
です。カラジッ などの
大 戦犯が だに き渡されていない をとらえて、戦犯をかくまう勢力が強大だという
もありま
すが、戦犯をかくまう勢力は次第に くなっています。それなら何故
の 保に
しているのか
と問われるでし うが、 人のところに行って勝 がぜんぜん分からない、地の利を ていない状況
では、戦犯をかくまう勢力が くても、 捕するのは 常に しいのです。
資
判官 選
反
判
判官 選
懸
2 目 質
約
報
検察官 ほ 積極
報 集
約
持
報 約 傾 じ
普通 刑事事件
者
者 報
証
拠
方
真実 和
動
u 読
判 和
ほ
合 起
メ
悪
理 422 ひ
本 合 殺 起
互 和
起
猶予
現 見
片
和
ほ
合
終
判
将来 糧
待
じ 質
判 席 判
身柄 確
逮
本
判所 警察
織 動
判所
警察
現
警察 頼 証拠 引
身柄 ひ
程 現
穏
身柄
証拠 集
ボ ニ
実
合 証拠 集
身柄
出来
身柄確
UF
協 求 逮
可能
チ
物 未 引
点
報道
弱
身柄 確 失敗
ょ 他
手
得
弱 逮
非 難
判
バ
質