第3章 意思決定ゲームのフレームワーク 3.1 序論 この章では,ケースをゲーム化するためのビジネスゲームの基本構造に関わる フレームワークの研究について述べる.この研究活動は,ケースメソッドの実践 教育において定評のある慶応義塾大学ビジネススクール(以下 KBS)と,ビジネ スゲームを体験学習の手法として効果的にカルキュラム化している筑波大学大学 院ビジネス科学研究科(Graduate School of System Management:以下 GSSM)との 共同研究の形で行われた. 以下の(1),(2)はその研究の骨格である. (1) 企業の経営行動を,意思決定と事業活動の二つの領域に分けてビジネスゲー ム化するモデルの構築; (2) GSSM のビジネスゲーム開発ツールを用い,経営者の意思決定のケースをゲ ーム化するビジネスシミュレータの開発. なお, このフレームワークに関する部分の研究はプロジェクト研究の形で推進し たことから,多くの方々が関与した.特に筆者以外では,下平利和氏,松山科子氏, 海野一則氏(いずれも知能システム科学専攻在籍中:2008 年 3 月現在)が深く関 わり,研究結果は共同の成果として各自の研究に役立てている [中野 2004,下平 2004,Nakano 2004]. 3.2 対象とするケース領域 意思決定を扱ったケース教材はその対象範囲が多岐に渡り,様々な事例が提供さ れる.一方,ビジネスゲームの原型となるシミュレータ開発には,有限であるリソ ースや性能の点から生じる制約があり,取り扱うケースの範囲を明確にしなければ その具体化が難しい.さらにゲームのシナリオとして変換できる学習主題である点 も大切である.この対象範囲を決定するにあたっては,ケースを作成・使用する立 場の KBS と,ビジネスゲームを開発・使用する立場の GSSM との効果的なディス カッションが活発に行われた.例えば「企業活動に関するケース」にも,セールスな どの交渉術,或いは種々の問題に対するリスクマネジメントなど個別の対応事例も あれば,どの企業でも起こり得る経営改革などの意思決定に関する事例もある. この検討の結果,本研究の目的では多くのケースをゲーム化できる汎用性が重要と の視点から, 「企業における経営者の意思決定を扱うケース」を対象としたフレー ムワークを構成することとした. 13 3.3 ゲームモデリングの課題 企業経営者の意思決定をビジネスゲームへモデル化するためには,従来のビジネ スゲームが有する機能に加えて,以下の三つの課題解決が求められる. 1)経営者の意思決定など,従来型のビジネスゲームで扱う定量値(事業数値)とは 異なる,定性的な項目への対応手法; 2)現実の企業で生じがちな経営者の意思決定内容とその遂行者との乖離を扱い, 事業結果に反映するモデル構造; 3)経営者による「経営改革への取り組みなどのビジョン実行」を短期的な財務成 果とは別に,中期的に評価して業績に反映するモデル構造. このシミュレータにおいてはこれらの課題を,以下の接近法により解決している. まず,1)に対しては, A)定性的な意思決定事項を定量的なデータへと変換して扱う.具体的には,経営 者の選択した定性的な意思決定を,内生変数の変換式により定量値化する. 次に 2)に対しては, B)経営者の経営方針などの意思決定領域と,実務遂行者の事業活動とを分離して 階層構造とし,別々のモジュールで構成する.この結果,経営者は間接的に事 業組織を動かすが,その方針の徹底度には企業状況を反映できる仕組みとした. またこの階層構造は,各モジュールの実装内容や変更によって,さまざまなケ ースの適用に対する柔軟性を有している. 最後に 3)に対しては, C)企業状況を客観的に表現するための指標として,マルコムボルドリッチ賞や日 本経営品質賞のフレーム [日本経営品質賞 2003] となっている成熟度評価の 概念を導入する.これにより経営改革の効果は企業の成熟度として定量化され, 経営者や企業の評価を短期的には財務業績で,中期的には経営改革の成果も含 めた総合的な指標により行うことが可能になる. 3.3.1 ビジネスシミュレータの概念モデル 図 3.1 にはこのモデルに基づいた概念モデルを示した. 開発したシミュレータは図 3.1 に示すように,既存のビジネスゲームでも提供さ れる投資実行や販売,広告宣伝などを遂行する基幹業務モジュールと,経営者に よる経営改革などの意思決定モジュールとから構成される.ゲーム開発者はこの モジュールの設計内容によって,目的とするケースをビジネスゲームとして実現 する. 14 基幹業務モジュール(実務階層) LT=1 設備 設備 投資額 投資額 <設備投資> A:PM百万円 原価率 生産 生産 生産力 販売 販売 目標数 目標数 成熟度 実効性 (生産数) A:N1ケース 製品 在庫 (指示数) (在庫数) A:n1ケース A:Xケース (売上) A:TS百万円 広告 広告 宣伝費 宣伝費 定量値変換 難易度 関与度 意思決定モジュール(経営階層) (出荷数) A:Nケース (出荷数) A:nケース 販売 販売 販売能力 販 売 店 (受注数) A:nケース 商品市場 金融市場 経常 利益 (在庫数) A:Xケース LT=1 経営 経営 方針 方針 経営 経営 改革 改革 図 3.1 ビジネスシミュレータの概念モデル 3.3.2 意思決定モジュールの構成 図 3.2 には,シミュレータに実装した意思決定モジュールのブロックダイアグラ ムを示す. このモジュールの機能は,企業経営者の役割の中でも特に重要とされる「経営方 針の提示」と「経営改革の実施」に特化してモデリングしたものである.本論文では 概要を紹介するが,詳細は下平の論文 [下平 2004] を参照されたい. このモデルでは,経営者の経営方針により企業活動の方向性を決めるが,同時に実 務遂行者の業務目標との整合性もチェックして,この結果を成熟度に反映させる. また経営改革についても,その難易度,或いは経営者自身のリーダーシップを問う 関与度のレベルが,内生変数である上昇力や実効性に変化を与え,成熟度にも大き く影響する.この結果は従業員のモチベーションを左右して,短期業績への影響や 中期的な経営改革の成否にも反映される構成となっている. 以上のように意思決定モジュールには,実社会の企業経営で生じる定性的な量の処 理と時間軸のずれとを吸収する重要な役割を持たせている. 15 意思決定チェック変数 成長指向 技術指向 経営方針 (※財務処理へ) 顧客指向 改革指向 (他の入力画面へ) 意思決定と の整合性 <改革指向>の実行チェック 基本力 リーダーシップ 経営改革 経営改革 社会責任 顧客重視 戦略 上昇力 関与度 組織能力 関与度 プロセス 実効性 情報利用 (※他の処理へ) 経営実績 意思決定への影響 制限数 制限期間 成熟度 モチベーション 経営改革基本係数 必要経費 基本対応 難易度 (他の入力画面へ) 図 3.2 経営改革の意思決定モジュール 3.3.3 成熟度評価の概念 この項では,図 3.2 に示した成熟度の概念を簡単に説明する.このフレームワー クでは,経営改革がもたらす組織と業績への影響という定性的な内容を扱うために, グローバルスタンダードの一つであるマルコムボルドリッジ賞と日本経営品質賞 のフレームに基づく成熟度評価の概念を導入している. これは,組織の状態を客観的に評価するために, ①経営幹部のリーダーシップ:120 点 ②経営における社会的責任:50 点 ③顧客・市場の理解と対応:110 点 ④戦略の策定と展開:60 点 ⑤個人と組織の能力向上:100 点 16 ⑥価値創造のプロセス:100 点 ⑦情報マネジメント:60 点 ⑧活動結果:400 点 の合計 1,000 点満点で表される成熟度という指標で評価しようというものである. 図 3.3 にこの日本品質賞のフレームを示した. ( [日本経営品質賞 2003]から引用) 図 3.3 日本経営品質賞のフレーム 意思決定モジュールでは,このフレームの各カテゴリーに対応した項目を経営改 革の選択肢としてあらかじめ用意しておき,改革の成功に応じて成熟度が変化する ように設定している.また,⑧の活動結果は業績指標の値と連動するようにしてあ り,さまざまな点で総合的な評価が行われるように設定されている.これは,中長 期に渡る経営者の経営努力を指標化し,かつ短期的な企業業績も反映させる意図で あるが,4.5.3 で述べるように,異なった経営環境でプレーする被験者間の学習効 果を横断的に評価する指標としては不都合も生じる.この解決のためには,活動結 果を絶対値ではなく,被験者のプレー開始時点と終了時点の変化値で表現するなど の相対評価可能な数値への置換が必要である.第 6 章で説明するゲームではこの成 熟度構成を取り止め,①から⑦の項目を企業の潜在能力を表す指標として使用した. 17 3.4 シミュレータ及びビジネスゲームの開発環境 本論文で述べるシミュレータやビジネスゲームの開発には GSSM で使用されて いる開発ツールを使用した.このツールは,ビジネスモデル記述言語(Business Model Description Language:BMDL),ビジネスモデル開発システム(Business Model Development System:BMDS)から構成されており,その詳細は寺野の論文 [Terano 1999] が詳しい.BMDL はゲーム開発者が容易にビジネスモデルを表現できるプロ グラミング記述言語であり,今回の開発には最新バージョン [横浜国立大学 2007] を使用した. また BMDL で記述されたソースコードは,BMDL トランスレータを経由して, C ソースと CGI ソースおよび入出力画面用 HTML ファイルへと変換される.これ らをリンクすることで,ゲーム管理者用サーバープログラムとゲーム利用者用クラ イアントプログラムの実行形式が同時に生成される.この結果,ビジネスゲームは WWW サーバー上に構築された BMDS で実行可能となり,プレーヤーはこのサー バーにログインすることで簡単にゲームをすることができる.また,ビジネスゲー ム実行中の変数データ等は,チーム毎に表形式ファイルとしてサーバー内に保存さ れるので,結果分析やデブリーフィングなどに活用できる. 図 3.4,図 3.5 に開発ツール環境とゲーム実行環境の概念図を示した. ブラウザ プレーヤー BMDL(ビジネス モデル記述言語) モデル記述言語) による表現記述 BMDLトランス レータによる変換 WWWサーバホスト WWW サーバ CGIスクリプト + Cプログラム モデル変数DB ブラウザ プレーヤー ブラウザ プレーヤー ブラウザ ファシリテータ 図 3.4 BMDL/BMDS の開発環境 18 ブラウザ ファシリテータ ブラウザ プレーヤー WWW サーバ ブラウザ プレーヤー コントローラー側の機能例 ・入力値が有効か表示する ・モデルの計算を実施する ・ゲームのラウンドを進める ・ゲーム共通データを表示する ・各チームのデータを表示する ・分析結果データを表示する プレーヤー側の機能例 ・意思決定結果を入力する (選択した変数を入力する) ・ゲーム共通データを表示する ・チーム固有データを表示する 図 3.5 ビジネスゲームの実行環境 19
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