014 メタル・ア・ラ・モード― J - Kateigaho

J apanese tex t
2013年 秋/冬号 目次 日本語編
創刊10周年記念第2号
■ 巻頭特集
014
メタル・ア・ラ・モード―メタルのある美しい暮らし
今、リビングや食卓に新しい意匠を伴った金属のアイテムが登場しています。手の仕事で
生まれたそれらは、金属の硬い、冷たい、というイメージとは異なる、温かく柔らかな印
象さえ与えます。そんな美しいメタルワークスに注目しました。
018
テーブルウェアの新提案
ガラスのように、陶器のように、金属がテーブルを彩ります。それを生み出すのは職人た
ちの手の仕事。テーブルとキッチンから見た金属。
028
美しき金属の形
鉄瓶、種々の鋏などさまざまな形態に進化してきた金属工芸。ある時は硬く鋭く、ある時は
柔らかくしなやかな金属の形。
038
金属の表現者たち
アートの分野でも金属は新しい顔を見せてくれます。アーティストたちへのインタビュー。
044
高岡─鋳物の街の物語
富山県・高岡市は鋳造の街。培われてきた金属加工の技でモダンな金属ライフを提案しま
す。
■ 特集
066 東京和骨董散歩ー愛しい骨董との出会いかた・暮らしかた
先人たちの職人技と創作力が息づく骨董品。骨董店や骨董市では多くの出会いが待ってい
ます。お気に入りの品々を暮らしに活かし楽しんでいる愛好家たちを訪ね、また選りすぐり
の骨董店・骨董市ガイドをお届けし、和骨董の魅力に迫ります。
080 大統領の午餐会ー日仏交流のArts de la table
来日したフランスのフランソワ・オランド大統領一行を迎えて、
日本政府主催のランチミーティ
ングが行われました。三國清三シェフ率いるドリーム・チームによる、両国の多彩な食材や
ストーリーを盛り込んだ皿たちが演出したのは、芸術と呼ぶにふさわしい華やかなるひととき
でした。
086 閑かなる森の呼び声ー二期倶楽部
人里離れた那須の森の中でたった6室からスタートしたホテルは今、独自のもてなしが人気
の、
アートと文化の発信地へと進化。この秋は自然とアートが美しく融合したコミュニティへ。
100 全国紅葉徹底ガイドー北海道から九州まで紅葉名所を訪ね歩く
秋をめでる国、日本。緑だった葉が色づく頃、人々は紅葉狩りと称して山やお寺などの景勝
地へと繰り出します。北海道から九州まで見逃せない名所のほか、美しく色づく葉の種類や
特徴も紹介。紅葉を多角的に楽しめます。
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Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 目次 ]
1
J apanese tex t
2013年 秋/冬号 目次 日本語編
009
Works 凩 画・文=篠田桃紅
010
ポートレイト・オブ・富士
今年、世界文化遺産に登録された富士山。富士にまつわる文化も信仰も、その源は富士
山のその神々しいシルエットにあります。
060
デザインラボ
気になる、驚かされる、癒される、見とれる、触りたくなる、五感のデザイン。
・文様 : 唐紙(からかみ)
・建築 : TNA カモ井の史料館
・ファッション : 加賀友禅のアクセサリー
・本 『われた魯山人』
:
094
新年 祝いの食卓
おせち料理は、改まる年を寿ぐ日本固有の行事食。ひとつひとつの品の縁起に、平安や健
康への祈り、日々の幸福への感謝など、現代では忘れがちなこころが込められています。
その原点を、江戸時代発祥の近茶流・柳原家のおせちが伝えます。
114
KIE通販サイトと和文テキストのご案内
115
定期購読のご案内
117
デジタルマガジンのご案内 / 書店リスト
118
KIEウェブアンケートのご案内
119
アーティスト・インタビュー
●OHGUSHI ――計算されつくしたにじみで描く美人画
●冨田勲 ―― 音の塊 の魔術師
122
アート&エンタテインメント : 16 upcoming events
126
KIEパートナーホテル
130
次号予告
表紙
森田節子さんのワイヤーアート (P.14-)
撮影=小林庸浩 スタイリング=横瀬多美保 千代紙=いせ辰
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Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 目次 ]
2
J apanese tex t
2013年 秋/冬号 日本語編
Works
東京では今ビルに隠れてなかなか見えないが、江戸時代
凩
の人々は江戸(東京)から日常的に富士を目にしていた。富
画・文=篠田桃紅
士遠望の最長記録は 322.9 キロ離れた和歌山県の小麦峠
p.009
(現・色川富士見峠)で、遠く離れても富士の存在は気になる。
木を枯らす風、文字通りこがらし。
富士山が日本人の精神的支柱であると多くの人が口にする
日本では特に東京地方はつくばおろしなどあり、
のは、富士山のない風景というものが想像できないからだ。
凩の本場のような気がする。
世界遺産登録に並ぶもう一つの富士の話題といえば、富
士山がいつ噴火するかということなのだが、自然のサイクル
には誰も逆らえない。私たちの願いは富士のシルエットが
一日でも長く美しくあってほしいということだけだ。
(p.013)
自然
左ページ:独立峰である富士山の周囲の複雑な気流がさまざまな雲を
ポートレート・オブ・富士
生む。富士の印象的な風景には雲が必ずつきまとう。左上はパノラマ
写真=温井和俊(アイノア) 文=編集部
台からの富士と山中湖畔の街の灯、右上は猪之頭林道から見た富士と
p.011
今年、富士山が正式に世界文化遺産に登録された。それに
よっていいことも悪いこともありそうだが、富士の巨大で美し
雲海、下 2 点はパノラマ台よりの富士と雲。
右ページ:湖に映った「逆さ富士」は富士山好きが愛して止まない富
士の代表的な景色。左上から時計回りに精進湖、山中湖、精進湖、山
中湖。
いシルエットはじっと黙って私たちを見下ろしている。
(p.011)
左ページ 山中湖パノラマ台より鱗雲の夕景。
右ページ 秋、澄んだ空に浮かび上がる富士は静けさを湛え、人を思
索的にする。
左上から時計回りに、梨ヶ原からの富士、山中湖パノラマ台からの夜景、
滝沢林道からの朝焼けの富士、パノラマ台からの富士山と吊るし雲。
p.012
富士山が自然遺産ではなく文化遺産である理由は、江戸時
代に流行した富士講などの富士山信仰の歴史、また葛飾北
斎の浮世絵『富嶽三十六景』など美術や文学の対象となっ
てきた芸術的背景による。富士山が高いだけの山であった
らそうはならなかっただろう。完璧に近い成層火山の独立
峰のシルエットに、人は人間を超越した存在を見て、敬虔
になり、表現の意識が芽生える。
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Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ Works・自然 ]
3
J apanese tex t
2013年 秋/冬号 日本語編
巻頭特集
GALLERY みずのそら www.mizunosora.com
メタル・ア・ラ・モード
(次回の展示は 2014 年 3 月予定)
ボウル/ LIVING MOTIF
―メタルのある美しい暮らし
(p.017)
写真=小林庸浩 スタイリング=横瀬多美保 文=編集部
森田さんが自分のルーツを探していた時期に、「見えないけれどそこに
p.014
今、金属が熱い。既存の美やデザインとはまったく違った感
あるものを」と作り始めた作品。根っこそのもののようでありながら、自
然現象の稲妻にも、体内の神経細胞のようにも見える。
Aalto ベース/LIVING MOTIF
覚をもつ金属が誕生し、我々の生活に入り込みつつある。再
生可能性というエコな側面も含め、金属はいま注目の的なの
だ。ぐにゃぐにゃ曲がる金属の籠や、虹色に輝くカトラリーな
ど。金属はいま、重く、固いベールを脱ぎ捨て、軽やかで繊
細な、うつくしい姿を見せようとしている。
1
テーブルウェアの新提案
p.022
メタルを使った食卓。固い、重い、錆びやすい、なんて未だ
「場を作りたいんです」
。そう語るのは今号の表紙を飾るアー
ティスト、森田節子さん。20 年ほど前からアルミ線を使って
アクセサリー作りを始めた。今は酸化させたさまざまな太さ
の銅線を用いて、植物や花、芽から根っこなどのオブジェを
作り出している。固い鉄の針金を使うこともあるが、メイン
はやはり柔軟性のある銅。硬質なイメージの金属という素
材は、森田さんによってほんのりと光を弾く、やわらかな存
に思っていませんか? 実はメタルはとても私達に親しみやす
い材料。熱伝導性の良い銅のコーヒーポット、軽くて錆びな
いチタンのカップ、陶器のような肌合いを持たせたアルミの皿。
それぞれの特性を活かした新しいテーブルウェアが、いま注目
を集めている。
(p.019)
左ページ:
(手前から) お重(三段/サクラ・ゴールド・マゼンタ)オー
在感のオブジェに生まれ変わる。例えば蓮の花。色がない。
プン価格/チタンカップ タイタネス TA-280(シルバー・ピンクシャン
面もない。単純化された線の集合が伝えてくるものは、華
パン・マゼンタ・アンティークゴールド)21,000 円(シルバーのみ
やかさとはまた違った、生の儚さである。対峙していると既
13,125 円)
/ワインカップ S-400(ミント・アクア・サクラ)31,500 円/
に何世紀も経過して繊維だけが残った生命を見るような、
チタンカップ S-180(サクラ・マゼンタ・ミント・アクア・ゴールド)
不思議な時間感覚に陥る。そんな「時間も、自分の存在さ
えも忘れられる一瞬を感じてほしい」。森田さんが言うよう
21,000 円/ボトルキーパー CLT-1600(ゴールド・ミント)52,500 円
カトラリー:(上から) デザートスプーン(ミント・抹茶・ベリー・キャ
に、無になれる「場」を作る装置として、作品は風を通し、
ラメル)
/ランチスプーン(ベリー・ミント・抹茶)
/スプーン(キャラメル・
空間を透かし、また光によってさまざまに動く影を作り出し
抹茶・ベリー・ミント)
/各 2,625 円/以上全て SUS gallery
ながら、場を作っている。
(p.020)
(p.015)
2013 年夏に発売されたばかりのチタンカップ「ユニバース」(手前より
蓮の葉と花(左ページ)・ツル状の葉と実(上部左側)・カサブランカ
ジュピター・ヴィーナス・マーキュリー)各 26,250 円/SUS gallery
の 花とつ ぼ み(上 部 右 側) / 全て森 田 節 子 [email protected]
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Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
4
(p.021)
がら縮め丸め、最終的に継ぎ目のない製品を仕上げる技術。
左手:チタンボウル「daydream」S-DD-1000-OW(ゴールド・アクア)
1980 年には国の無形文化財に指定された。生活工芸を超え、
37,800 円
美術工芸品とも言うべき品物の数々を生み出している。
下部:酒器にもなるチタンカップ(80ml)は表面加工にもバリエーショ
ンがある。クリスタル 9,975 円・ミラー 11,550 円・マット 13,650 円・
なかでもモダンなのがコーヒーシリーズ。現代生活にも合
う、黒味を帯びた深い青の色は、日々使いこみながら乾拭き
セピア 14,700 円/SUS gallery
を繰り返すうち、更に艶と深みを増していく。美しいだけでは
ない。熱伝導性と殺菌効果に優れた銅は水を清潔に保ち、ま
チタン・ステン・アルミ・銅
∼金属をつかった美味しい生活
た銅イオンの効用で水がまろやかになるという。
現代の鉄作家、田中潤さんの場合はまた一味違う。ずっと
p.021
金属のきらきらとした美しい光沢。虹色に輝く表面。しかも
実用性に優れている。保温性に優れ、結露もせず、手で持っ
ても熱くも冷たくもない。中を中空にした二重構造なのだと
いう。
それが今回誌面にも取り上げた SUS gallery のチタンカッ
プ。チタンなので軽くて錆びないのは当然。傷にも強く、金
属臭もない。しかし加工は容易ではない。
SUS gallery の製品は、新潟県の燕市と三条市で作られてい
る。この隣り合った地域では昔から金属加工が盛んに行われ
てきた。すこし前では Apple の iPod 裏の鏡面仕上げもこの
地域で行われていたほど。地域全体として、技術力には定評
日常で使える金属のテーブルウェアを探していた。銀器のよ
うな高級なものではない。もっと普段着で使える、ほっとでき
る感覚のメタルウェア。田中さんがオブジェを作り続けている
鉄では、錆などの問題がある。辿り着いたのがアルミの焼き
入れだった。鍛造したアルミを、半分熔けだすくらいまで熱
する。すると金属の結合していた粒子が流れ、熱で動き、見
たこともないような色や模様が引き出されてくる。とはいえこ
こですこしでも火を入れすぎると、いとも簡単に破綻し壊れる
という。
しかし陶器のような質感を出すためには必須の作業だ。
「自然の形態や、やわらかいものが好きなんです」と語る金
工作家のつくりだす自然の風景が、その皿の上にはある。
がある。「こんなに美しく磨ける地域は他にありませんよ。こ
の技術を活かしてもっともっと面白いものができるはずです」
SUS gallery ショールームにて接客中の鶴本さん
と話すのは SUS gallery でデザインディレクターを務める鶴本
東京都渋谷区神宮前 3-1-27 ファミールグラン神宮外苑前 1F
晶子さん。ステンレスから始まった会社だが、新しく加工技
Tel. 03-5786-3522
術を得たチタンという素材をどこまで活用できるのか、今回
メディア初登場のチタンのお重をはじめ、チタンの美しさを
塊として感じられる「お箸」を作るプロジェクトも進行中だ。
susgallery.jp/En
(p.022)
左:銅のコーヒーポット 1.4L
(黒色)115,500 円/コーヒーストッカー
更にはテーブルウェアに留まらず、建材などライフスタイル
100g(黒色)42,000 円/コーヒードリッパー 31,500 円/以上 玉川堂
ウェア全般への活用も考えているというからその幅広さには
www.gyokusendo.com
驚かされる。「日本のものづくりは、世界に誇れるプラット
フォーム技術です。私達はそれを活かしてどんどん新しい提
案をしていきたい」
。そう語る鶴本さんと SUS gallery の未来
中央:鉄の花器 84,000 円/田中潤
下:アルミのやかん 69,300 円/田中潤
s-a-h-i.com/01
には果てがない。
同じ新潟県燕市に、古くからの技術を今に伝え続ける工房
右ページ:上からアルミの丸皿 7,350 円/茶卓にもなる角皿(110mm)
。鎚起銅器という、一枚の銅の板を叩きな
がある。「玉川堂」
4,200 円/長方形のお皿 9,450 円/角皿
(八寸)16,800 円/全て田中潤
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
5
磨きと鍛冶の町・燕三条潜入レポート
鍛冶屋・諏訪田の開かれた工場
p.025
写真=飯田安国 文=編集部
鍛える、というのは不思議な技術だ。見ただけではそれが鍛
p.024
えられた鉄なのか、ただの削りだされた鉄なのか全くわから
「今の仕事をやり始めて 66 年。15 の時から磨きをしてっけね。
ない。しかし長く使うと、その差は歴然。圧に耐えられる強さ
旦那も、
妹夫婦もずっとね」81 歳の皆川恵美子さんは新潟県、
を備える。三条市に工場を構える諏訪田製作所の爪切りも、
燕市で育つ。燕市は江戸時代から和釘作りの町として知られ、
まず材料となる鋼やステンレスの丸い棒を 1000 度まで熱し、
ヤスリを作り、キセルを作り、時代がくだった今では洋食器
400t もの力をかけて「鍛える」ことから始まる。
やステンレスの加工技術で一目置かれてきた。町には多くの
燕市と隣接する三条市は、古くから鍛冶屋が多く集まる町。
職人が住み、家内制手工業のように金属加工を行ってきた。
刀や農耕具など多くの品を鍛え、生み出してきた。材料が多
なかでも磨きはその花形。「磨きを 5 年もすれば家が建つ」
くとれたわけではない。刃物の鍛造で知られるドイツのゾー
と言われるほど仕事があった。機械任せの磨きのみに頼る業
リンゲン市と同じく山と海の中間にあるこの地域は、海から鉄
者が増えた今でも、やはり一本一本、モーターで回るバフ(繊
が運ばれ、山で炭焼きをしていた。良いものを長く使ってほ
維を重ねて束ねたもの)に当てながら手磨きすることでうま
しい、
という気持ちが当時からの精神として息づいている。
「壊
れるなめらかさやきめ細かさは、自動研磨機では真似ができ
れないので 2 個目を買ってもらえないのが悩みなんです」と
ないという。皆川さんが勤める荒澤製作所は、SUS gallery の
社長の小林知行さんは話す。68 年前に作られた前社長の私
カトラリーなども製作する社員 12 名の工場。このうち 5 名は
物の爪切りは、今も現役。そのため欧米を含め、最近ではア
手仕事で磨きにあたっているということからも、その大切さが
ジアへも積極的に販売ルートを増やし、本職のネイリスト達
うかがえる。特に SUS gallery のスプーンは磨きの後に別工場
を中心に評価されている。もちろんそれでも質の追求はやめ
で色をつける工程があるが、少しでも磨きが甘いと発色にム
ない。地道な改良を重ね、現在のモデルは 5 代目。綺麗に
ラが出たり、曇った色になるという。この技術、習得には「最
切れて、手に馴染む爪切りを模索し続けている。万一壊れた
低でも一工程に 2 ∼ 3 年。きちんと任せられるまでは十数年
際は修理も可能だ。
はかかりますね」と社長の荒澤康夫さん。全ての工程を完璧
2011 年には工場を改装。オープンファクトリーとして広く一
に任される職人になるには一生かかるとも言える。それでも
般に公開した。「鍛冶屋が減って、鍛冶仕事が以前より身近
皆川さんの娘さんなどは「まわりがきちんと磨かれてないと、
でなくなったこの地域の子ども達も、大喜びで工場内を走り
口を切りそうでイヤ」と、大量生産されたスプーンには見向
回るんですよ」と営業部の大島奈津子さん。職人の安全も配
きもしないらしい。荒澤さんも「生産能力は一時期の 1/5。
慮し、見学用通路と作業スペースをガラスで区切り、見学者
数は減らしても、良いものを作りたいんです」と量よりも質の
はガラスごしに作業を眺められるほか、「通路には iPad を設
追求に心血を注いでいる。
置して工場内のカメラを操作し、職人の手元も超拡大して観
察してもらえる」という。最初は職人達もガラスごしに見られ
創業 90 年になる荒澤製作所の、磨き職人さん達と社長の荒澤さん(奥
右手)。磨きの技術は 81 歳の皆川さん(手前左側)から、34 歳の鈴木
さん(奥左手)へと引き継がれつつある。仕事の質を上げるために敢え
ることへ緊張を隠せないでいたが、だんだんと注目される自
分たちの技術に自信と誇りを強めていった。今年の 10 月 2
てノルマなどは設けず、高齢者も働きやすい。
日から 6 日に行われる「燕三条 工場の祭典」にも参加企業
荒澤製作所(ALFACT):www.alfact.co.jp
として名乗りを上げた。この時期に新潟の工場を見学に行く
と、通常は入れないガラスの向こう側へも案内してもらえる。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
6
「ここは職人のための会社で、職人が一番の花形です」と語
る大島さんの顔は誇らしげに輝いていた。
成されるこのグラスを作り上げるために、土台だけでも 5 つ
の金型を使用し、徐々にステンレスを延ばしている。7 つか
らなるパーツは溶接され、最終的に磨きあげることで継ぎ目
平均年齢 35 歳と、地域内でも若い職人の多い諏訪田製作所。80 歳を
超える職人の小林英夫さんもどこか若々しい。見学者に開かれたこの工
場は、見やすさへの配慮から機器や床面も、職人達の手で黒一色に塗
がまったくわからなくなる。提案されたデザインを実際に形
にするためには「かなり技術と精度が必要になりますよ」と
三宝産業の営業企画担当、丸山亘さんは胸をはる。
られている。
SUWADA つめ切り ミラー仕上げ 15,750 円
三条市のオークスは、地域の技術力を活かし、また違った
諏訪田製作所:www.suwada.co.jp
面からデザインを形にしている。人々が「欲しかったけれど
思いつかなかったもの」
、例えば手を汚さずに料理ができる
「ゆびさきトング」は、女性ばかりのデザインチームから生み
燕のカトラリー・そのデザイン
p.026
燕三条が「世界の燕三条」になるためには、「優れた品質、
そして目をひくデザインが必要です」と語るのは燕市のカトラ
リーメーカー、山崎金属工業の社長、山崎悦次さん。業界外
のデザイナーを数多く起用し、チャレンジを続けてきた。デ
ンマークの陶芸家に彫刻家、ユニセフのカードをデザインし
たイラストレーターに、ティファニーのジュエリーデザイナー
など、みな異業種のトップスターばかり。2013 年に世界的権
威のあるデザインコンテストのひとつ「レッドドット・デザイ
ンアワード」の「ベストオブザベスト」を受賞したカトラリー
「EDA」も、フェラーリのデザインで知られる奥山清行(Ken
Okuyama)さんの手によるもの。
「1980 年代にアメリカへ進出した時、カトラリーの世界はま
だシルバーが主流でした。我々はそこにステンレスで殴りこ
みをかけたようなものです。デザインが良くなければ、振り
向いてもらえなかった」と語る社長は、今も話題を提供し続
けている。1991 年にはノーベル賞 90 周年の晩餐会で使用さ
れるカトラリーの製作を任された。2013 年秋には、伊勢神宮
の遷宮にあわせ、奉納されるカトラリーの製作を担当。優れ
た彫金師や職人を抱え、デザインに応えられる技術も積み重
ねている。
出されたヒット商品。トングとしては高価格ながら、月に 2 万
個を売り上げる。リーダーの石綿紀子さんは「炊事の時に両
手仕様で使っています。女性の手のひらにフィットして、第二
の指のように使えるトングが欲しかったので、トングの柔らか
さには特にこだわりました」と語る。できあがったものは一
枚板からできたシンプルな曲線を描く美しいトング。良くある
二つの部品を繋ぎ合わせたトングではなく、ステンレスに特
殊な加工を施し、一枚の板ながらしっかりとしたバネ性をも
たせた。製作にあたったのは高級トング作りで知られる田辺
金具だ。
「販売の前に耐久試験を行いますが 10 万回のテスト
でも全くへたりませんでした。実際はもっともっとすごい実力
を持っていますよ」とは田辺金具の板谷一人さんの談。オー
クスも全幅の信頼を寄せる。商品企画課の深澤孝良さんは
「こ
うした地域の力を最大限に活かしたいので、できるだけステ
ンレスを使用した商品を考えます」と語る。
三宝産業の丸山さんも、「この町はすごく便利。材料問屋
でもプレス屋でも磨き屋でも、自転車でいける距離になんで
もある。町にいながらにして世界の情報も入ってくる。こんな
にいい町はないですね」
と微笑む。自転車で繋がるネットワー
クが、今日も世界を魅了するものを生み出している。
(p.026 上)
同じく奥 山 清 行さん が デ ザ イナーを つとめ た 燕 市 の
2013 年、伊勢神宮の遷宮にあわせ、10 月に奉納されるカトラリー。神
三宝産業が作ったワイングラス「Arc」も、レッドドット・デ
宮の宇治橋と、そこから眺める五十鈴川。そこに差し込む奇跡のような
ザインアワードを受賞し注目されている。微妙なカーブで構
朝の光をモチーフに、デザインされている。左からティースプーン・ケー
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
7
キフォーク 各 2,940 円/ディナースプーン・ディナーフォーク 各 3,570
に深みを増し、匂いたつような輝きを放つ。大桃さんの作品は、それを
円/ディナーナイフ 5,250 円/山崎金属工業(Yamaco) 作る金槌やタガネまで本人の手作り。「ものを作るための道具が美しい
www.yamacoltd.jp
こと」、それが素晴らしい作品を生み出すと語る大桃さんの針刺しは、ま
た新たに誰かの素晴らしい道具となり、同時に小さな息吹を感じさせる
(下)
オブジェともなる。
レッドドット・デザインアワードにて、受賞を果たした三宝産業の作るワ
針刺し「種種」(14,700 ∼ 23,100 円)
イングラス「Arc」(左)と、山崎金属工業の「EDA」(右)
ぷっくりブローチ(5,200 ∼ 5,500 円)
ysomomo.jimdo.com
(p.027)
(上から)角度によってスープを切ったり、スープごと盛ったり「水切り
スプーン」1,050 円(オークス)、第二の指のようにものをつかめて手が
柔らかさを求めつづけた日本の金属史
汚れない「ゆびさきトング」1,365 円(オークス)、栗むきが劇的に楽
p.030
になる「栗くり坊主」2,625 円(諏訪田製作所)、使う分量だけおろして
金属、と聞いて何を思い浮かべるだろう。西洋の頑丈な鎧や
そのまま混ぜられる「おろしスプーン」1,575 円(オークス)
剣だろうか。切れ味鋭い日本刀? いや思い出してほしいのは
オークス(AUX):www.aux-ltd.co.jp/eng
金箔だ。強いもの、重いもの、固いものと対極にある金属の
かたちと質感。そこには日本文化の精神性が強く現れている。
右:ゆびさきトングを製作中の、田辺金具の職人さん
田辺金具:tonguya.jp
時は流れ行く。それを良しと思う
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よど
みに浮かぶ泡は、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる
1
ためし無し」
。これは随筆の古典、『方丈記』の書き出し。日
美しき金属の形
本人はこの「無常観」に強く支配され、物を見、物を作り、
日々
を営んできた。すべてのものは永遠ではないという意識だ。
写真=佐藤竜一郎
西洋では金属に永遠性と「硬く、強い」ことを求め、また命
文=森野由香(p.34-37)
、編集部(p.28-33)
p.028
生活に溶け込んだ金属の道具たち。そんな道具を集めてみた
ら、形の美しさに気がついた。実用品でありながら、そこにあ
るのは美そのもの。古くから使われ続けている鉄瓶、長く人々
の要求に応え続けた結果、機能美の極みに達した播州の刃物。
それらの根底には、手仕事の技術が息づいていた。
の守り手としての鉄を珍重した。しかし日本においては日本
刀以前、金属に求めたのはそれとは逆の「柔らかく、軽い」
ことであった。金属のなかでも「金」は、細く延びる「延性」
と薄く延びる「展性」に最も優れている。薄くすると 1 万分
の 1 ミリの薄さになり、金膜の向こうが透けて見えるほど。こ
の金が、ひいては金箔が、日本人の日常の実用と装飾芸術に
もっとも利用されてきた金属といっても過言ではない。
(p.029)
金箔芸術のひとつとして屛風が挙げられる。箔を貼り付け
エレガントで美しい。そして見飽きない楽しさがある。針刺しという実
られた屛風は時と共に色が変化し、今と 10 年後、100 年後
用品でありながら、同時に鑑賞物でもある。タイトルは「種種(しゅじゅ)」。
も黄金を留めながら、同時にその色はニュアンスを微妙に変
種= Seed であり、Species でもあるのだろうか。「植物の種や実に心惹
かれます」と語る大桃沙織さんが作る、命の元であり、力の凝縮された
形。金色のものは真鍮、黒いものは銅で作られ、どちらも使いこむうち
化させる。その様を楽しみ、流れゆく「今」を美しいと感じ
る装置、それも屛風の一面である。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
8
装飾美術史研究家で、多摩美術大学(東京)の鶴岡真弓
本は、外側からやってくるものを受け入れ、消化し、『他力』
教授はいう。
を尊重しながら、自庭に花を咲かせようとする文化です。は
「時間の推移が物に働くことを美とする。その一番代表的な例
じめ上代に、硬く強いものとして日本に入ってきた金属文化
が『摺箔(すりはく)
』です。摺箔というのは、布に糊で金箔
は、この国の中で柔らかく繊細で、そして美しいものへと変
を貼り付けて豪華さを出す技法で、能装束などに使用されて
容していったのです」
いるものです。布という柔らかい繊維に、しかも装束のよう
中国から渡来した漢字がいつしか平仮名と呼ばれる余白空
な動きの求められるものに、金を薄く薄く延ばしたものを置く。
間や、「くずし」の多い文字へと変化を遂げたように、金属と
それは舞台の上では僅かな光を反射して美しく見えます。し
の関わりも――――戦いのための剣や道具の包丁等は別とし
かし、そうして使い込まれていくうちに時を経ると、布から金
て――――厚さよりも薄さを、強さよりもやわらかさを、強固
箔が、僅かずつでもぽろぽろと剝がれゆき、これがまた儚げ
さよりも朽ちる脆さを愛でられ、摺箔の装束、金箔の屛風や、
で美しいのです」
金粉の蒔絵、ちらちらと揺れるかんざしや、金糸の織物など
桜の花を愛でるのと同じ、「儚さ」を尊ぶ精神。
へと変化してきたのである。硬質で実用的な金属の力よりも、
「金箔そのものは他の国にもあります。けれど箔をこれほど薄
永遠にそこはかとなく輝く金属の肌合いと風合いの美を求め
く仕上げ、何にでも、布や紙にさえその箔をまとわせるとい
てきた結果なのかもしれない。
うのは日本独特です。そもそも金は錆びもせずいつまでも輝
肌合いの美をもとめて
きを保つことから、多くの国で永遠性の象徴、もしくは太陽の
江戸時代に活躍した金色のお金、小判。これについて国立歴
ように扱われてきましたが、日本では対象に金をまとわせた
史民俗博物館教授の齋藤努さんが面白いことを教えてくれた。
あとの『変化』を容認するのです。今日、世界の人々が共通
「小判は金色に見えますが、金属成分としては『金』と『銀』
してもっている金属のイメージは、塊ですが、日本人にとっ
の合金です。同じ成分比率で現代に再現してみると、金色で
ては薄く、儚く、刻々と姿を変えうつろいゆくものなのです」
はなく白色に近い色になる。これが何故金色に見えるのかと
薄い膜から粉へ
いうと、わざわざ表面に特別の薬液を塗布して熱し、銀だけ
箔よりも更に儚い状態、金「粉」の芸術もある。
を溶かして金を表出させているからなんです。
これを
『色揚げ』
「日本の金属を語る上で忘れてはならないもう一つが、蒔絵
と呼びますが、このような手のかかる表面処理を、工芸品で
です。これは漆と金(や銀)の粉を使って絵や文様を描く技法。
もない実用的なはずの金銭に対して施しているのは日本だけ
なかでも一度金粉で絵を描いた上に更に漆をかけ、それをま
ですね」
。そこには「表面(地肌)への徹底的なこだわり」
た磨くことで絵をおぼろに浮かびあがらせる「研ぎ出し蒔絵」
があるという。
は、磨きだした部分から徐々に金が現れてきて、何とも幽玄
奈良県、薬師寺には、ラインの美しい聖観世音菩薩像とい
な世界です」
う有名な鋳造仏がある。
「この菩薩像は像の輪郭のラインもそ
これもまた「変化の世界。金銀の金属で『装飾 ornament』
うですが、表面の肌合いが実に美しい。実際にお堂に差し込
の種を『蒔』いて、そこから金の花を咲かせる」感覚。表面
む光の中で見ると、
その肌合いは蜂蜜のようにとろけるようで、
にほどこす金属は、決して単なる「コーティング」ではありえ
この像は、金属という物質が光に転じる境界のギリギリのラ
ない、金との美学的な付き合い方である。
インに顕現して輝いているような、じつに深い印象を与えて
「アジアにおいても、大陸に育った中心の文化は外敵から自
います」と鶴岡さんは話す。
分たちを守るために、自己を主張し、『自力』を尊重します。
「充満した光ではなく,希少でミニマルな光しか認めない美
だから金属は強くあるべきだった。それに比べ島国である日
学が日本にはあります。微と妙の世界と言いましょうか。少な
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
9
いもの、小さいもの、繊細なものを尊ぶ感覚。箔もそうした
鋳心ノ工房
なかで透けるような薄さを求められ、そして粉や粒子は、均
www.chushin-kobo.jp(受注後 6 ヶ月待ち)
一に並ぶと妙なる艶を放つ。ナノテクの世界ですね。金属の
輝きは、押しつけがましく主張するようなギラギラとした輝き
B : 鉄瓶焼肌磨き卵型(大)147,000 円 D : 鉄瓶焼肌磨き平型(小)84,000 円 ではなく、極小の点の集合体として、儚く消え、けれどまた違
M : 鉄瓶焼肌磨き 卵型(中)63,000 円
うところに、ホタルの放つそこはかとないともし火のように、
空間鋳造
あるいはまた妙なる霊的な音楽のように、現れる美なのです」
Tel. 03-3479-3842(ギャラリー MITATE)
(受注後 3 ヶ月待ち)
(p.031 上 )
C・H : 湯のこもるカタチ 各 57,750 円(同容量)
左ページ:摺箔で仕上げられた能装束(大倉集古館・蔵)
坂井直樹
下:和紙の間にはさんだ金を叩いて金箔を作り出す(金沢・今西製箔)
[email protected](受注後 2 ヶ月待ち)
E : 筋文達磨形鉄瓶 (右)
K : 雲龍文丸型鉄瓶
丁寧に金箔を貼られた屏風(協力・瀧下嘉弘)
畠春斎 (価格はお問い合わせください)
[email protected](西村松寿堂)
(受注後 2 ヶ月待ち)
(下)
18 世紀初期に使用された正 徳小判は、金を 84%含有し、色揚げ処理
F : はじき膚鉄瓶 89,250 円
を施されている。(日本銀行金融研究所貨幣博物館・蔵)
J : 累座文鉄瓶 84,000 円
菊地保寿堂
www.wazuqu.jp(受注後 3 ヶ月待ち)
鉄瓶コレクション
p.032
本物の鉄瓶で沸かしたお湯は美味しい。表面は漆で錆止め
処理をされ、内側は焼き付けして酸化皮膜を施してある。こ
の皮膜の上に、だんだんと湯の中のミネラル分が付着してく
る。これが更に、鉄瓶で沸かした湯をまろやかにする。内側
G : 東屋線 26,250 円
I : 算玉あられ 25,200 円
N : 秋の実 大あられ 27,300 円
釜定
Tel.019-622-3911(受注後 5 ヶ月待ち)
が白っぽくなってきたら上手に鉄瓶が「成長」している証。
味だけでなく、沸かす過程もいい。茶の湯釜の湯が沸く時の
O : 果実型鉄瓶 189,000 円
チンチンという音を聞いたことのある読者の方もいるだろう。
鈴木盛久工房
あの感覚。名前もついており「松風(まつかぜ)
」という。
www.suzukimorihisa.com(受注後 2 ∼ 3 年待ち)
松林を風が通り抜けるような音。鉄瓶や火の温度によってそ
の音も違う。鉄瓶で沸かしたお湯は美味しい、そして、愉しい。
播州刃物の鋏匠たち
p.034
(p.033)
A : 鉄瓶挽目宝珠
L : 鉄瓶挽目丸
(共にステンレスハンドル) 36,750 円
兵庫県は小野市に根付いた、伝統的特産物の播州刃物。実
用的な生活刃物は、地元の職人によってつくられ、のどかな
土地に暮らす人々の生活の中に在り続けてきた。その刃物が
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
10
今秋、フランスはパリで開催される「メゾン・エ・オブジェ
の副業としてつくられ始め、恵まれた労働力によって発展し
2013 年 9 月展」に姿を見せる。
た。農具の鎌から、剃刀や剪定鋏にラシャ切鋏まで、様々な
用途に合わせて生み出されてきた刃物は、それぞれの対象
町のはずれの田舎道を行くと、小さな町工場に辿り着く。カ
に向けて研ぎ澄まされた形を究め、小野の鋏の特徴に位置
ンカンと、鋼を叩く音につられて顔を覗かせると、手際よく作
付けられている。
業を進めていた職人が手をとめた。「いらっしゃい」
。じっとし
たとえば、握りしめた時に伝わる刃のなめらかな切れ味と、
ていても汗が滲み出るような夏の暑い日でも、窓をあけて仕
布が切断される音の潔さで、その鋏の品質を感じることがで
事に励む職人は、タオルで額を拭いながら丁重に挨拶をする。
きるラシャ切鋏。「あまり儲けにはならないけれど、特別な注
播州刃物の原点ともいえる剃刀をつくる水池長弥さんは、日
文のものは自分にしかつくれないと思うと、手が動いてしまい
本刀の次につくられた最初の生活刃物である剃刀の刃のその
ます」と、照れ臭そうに話す広瀬道和さんは、一般的なもの
鋭さには似つかない柔らかい表情でこう話す。
だけではなく、左利きの使い手のために「総左」とよばれる、
「230 年もの歴史を有する播州の日本剃刀は、生活刃物の中
持つ部分と刃つけが左側の洋裁鋏をつくる。
で最も古い。今では随分と需要が少なくなりましたが、伝統
また、創業 120 年の河島製鋏所では、2 枚の刃をダブル
的な生活を続ける人々は大切に使ってくれています。例えば
ベアリングネジでかしめることで、摩擦抵抗の無い散髪鋏を
舞妓さん。仕事柄、襟足から背に至る白塗りをする前に、剃っ
開発し、時代の流れに沿った変化を遂げつつある。
て化粧のりをよくするのを日課にしていて、それも伝統的な
こうして職人たちが長い年月の中で使い手の要求に応えな
化粧の仕方のために、同じく当時から使われてきた剃刀を、
がら使いやすさと機能を追求し、改良を重ねてきた結果とし
今も必要としてくれている」
。刃の鋭利さは、髪にあてたとき
て、それらは究極の美しいフォルムと、最高の切れ味を備えた。
の感触でわかる。剃刀で髪をなぞると、目ではわからない、
田中義隆さん・康嗣さん兄弟は、一帯が鍛冶屋ばかりだった
毛一本の表面の傷に刃が引っかかるほどだ。
1950 年代に、多くの職人を育てあげたという父・義弘さんの
「今日では、この鋭さを扱うのを苦手とする人も多くなりまし
跡を継ぐ剪定鋏の職人だ。「刃が硬すぎると木の枝に負けて
た。日本剃刀をつくる職人も、もう自分しかいないのかもし
しまう。かといって柔らかすぎると切れない。樹木にとって鋭
れない。和鋏を使う人も同じように減ってきているようです」
い切れ味を出すために、鋼を焼き入れする温度にこだわり、
女性の手にすっぽりと収まるようにつくられた小さな和鋏
5 年かけて丁度良い数字をみつけました」とは義隆さん。互
は、織や着物の裁縫用として愛用されてきた。その歴史は日
いに別の作業をしていても、工場に響く鍛造の音でその工程
本剃刀に次いで古く、江戸時代後期(1807 年)に始業した
がうまくできたかどうかわかるという。長年の経験から、鋼の
とされる。
音を聞き分ける耳や手の感覚が洗練されていることは言うま
生花鋏をつくり続けて 60 年という井上昭児さんは、古い土
でもない。 壁が懐かしさを漂わせる作業場で、一人こつこつと鋼を研磨
一本の鋼が、播州職人の手によって道具に変わる。それも、
する。「こうしていると、どうしても全身が汚れるもので、い
鋼が本来持つ性能を生かしながら、機能美という言葉が相応
つも作業着は真っ黒になってしまう。使う人は女性が多いか
しい鋏へと仕上げられる。町の小さな工場では、今日も職人
らきれいにつくるのだけれど」と顔を綻ばせてそう言いなが
が乾いた音を響かせている。
ら、つくり上げた生花鋏をそっと握ってみせた。花をいけると
いう仕草にふさわしい曲線美が、使い手たちを魅了する。
小野市で生産されてきたこれらの家庭刃物は、はじめ農業
(p.034 上 )
外から流れ込む風が心地いい、水池長弥さんの工場。父の代から受け
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継がれてきた窓辺の仕事場で、今日も研磨作業に精をだす。需要が減
という。仕上がった道具は最後の磨きをかけられて並ぶ。
りつつある日本剃刀の製造風景は、今では特に貴重な場面だ。
上段右)祖父の代から使っているという、田中義弘製作所の工場に置か
(下)
手を握る力で、糸や布が裁断できる和鋏。播州刃物のその長い歴史の
れた機械。義隆さんと康嗣さん兄弟は、受け継いだ道具と技術を使い
播州刃物の存在を守り続けてきた。
中で、機能を追求した末に生まれた裁縫道具。縫い物のさいごの仕上
げなど、細かい作業ができると、日本では古くから多くの女性に愛用さ
中段左)水池長弥さんが作る、日本刀にみる鋭さと輝きを持った剃刀。
れてきた。
今では、消えゆくかもしれない稀有な刃物として扱われており、それを
作る職人もまた非常に貴重な存在になりつつある。
(p.035 上から時計回りに)
片手刈込鋏 片刃
中段中)一世代前から、同じ場所に座って作業を続けてきた職人が、
高所などでも片手で使用できるよう工夫された
使いやすいように整頓した田中義弘製作所の仕事場。洗練された機能
美を持つ鋏を作り出してきた、聖域のような場所。
剪定鋏
堅い樹木に対して柔らかい鋼を用いた繊細な道具
中段右)一枚の鋼材から、散髪鋏の部品を無駄なく切り取る河島製鋏所。
時代ごとに、必要とされる機能が変わる散髪鋏は、最先端の技術を駆使
生花鋏
してつくられ、製造過程から無駄のない美しさを残す。
華道や園芸の場面で活躍するフォルムの美しい一点
下段左)生花鋏一筋で鍛錬された職人、井上昭児さんの手。磨き油の
植木鋏(大久保鋏)
深い色に染められた温かい手の中で、なめらかな曲線が印象的な生花
庭木などの手入れに握りやすさと曲線美を備えた逸品
鋏がひかる。
和鋏
下段中)半世紀以上もの間、鋏のかしめをとめるのに使われてきた井
古くから使われ続けてきた和の裁縫道具
上昭児さんの金槌。渋い風合いを醸し出すすり減った柄の金槌は、作
業を続けてきた持ち主だけが扱える特別な仕事道具。
散髪鋏/カット鋏
播州刃物の切れ味と最先端の技術を併せ持つ
下段右)生花鋏に使われる硬質な鋼を扱う井上昭児さんは、研磨作業
で放たれる火花の中でも、正確かつ慎重に仕事をこなす。焼き入れの
散髪鋏/すき鋏
火で熱された工場に、職人の熱意がこもる。
幅広くカット率を調整できる刃の細かさ
(p.037)
ラシャ切鋏
播州刃物とは?
使い手に合わせて一本ずつ手作りされる洋裁鋏
兵庫県南西の地域を播州とした時代、その土地で生まれた産業のひとつを
播州小野金物と呼んだ。当時、生活の中心であった農業の更なる発展のた
(p.036)
めに、より優れた農具がつくりだされ、その技術を駆使して様々な道具が生
上段左)上刃と下刃にあけられる、鋏の重要な役割を果たすネジ穴。
産された。それらの生活刃物を、現在は播州刃物と位置づけしている。質
鋼材が道具に変わるまでの行程をすべて一人でこなす職人の広瀬道和
の良い小野の鋏や剃刀をつくる職人の数が減りつつある今日では、30 軒ほ
さんは、手作業で一本ずつ確実に仕事をこなす。
どの事業所が卓越した技の継承のために「播州刃物」ブランドを世界へと
上段中)切る樹木の種類によって鋼の硬さが違う剪定鋏。田中義弘製
発信し始めた。
作所が作り出す上質の鋏を求めるのは、こだわりを持つ植木職人が多い
kanamono.onocci.or.jp
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12
1
きっかけは武蔵野美術大学の 3 年時。鉄を扱う授業が一番
金属の表現者たち
しっくりときた。何より溶断・溶接の作業が楽しい。もちろん
他の素材もいろいろ試したが、たとえばアルミなどでは熱して
撮影=佐藤竜一郎(p.38-42)
、西山 航(p.43)
も赤くならずにただ崩れてしまう。
文=編集部
「鉄はすごく身近な存在です。身体の中にもあるし、宇宙から
p.039
芸術家たちが金属を愛してやまないのには理由がある。それ
ぞれの世界を表現するために、かれらは金属を熱し、繋げ、
加工を施す。それは工芸と同じ技法を使用しながらも、アート
という文脈をもち人々へ訴えかける。そんな表現者達へのイン
タビューから、日本の金属観をさぐってゆく。
も隕鉄が降ってくる。実は地球には水よりも鉄の方が多いん
ですよ」
。そんな鉄は、我々の文明社会にとってもなくてはな
らない素材。北方民族であるイヌイットの作品が、彼らにとっ
てプリミティブなセイウチの骨や、木、氷から形作られるよう
に、現代人にとってプリミティブな素材は鉄である、と青木さ
んは語る。
2011 年の東北地方太平洋沖地震を受けて、「死ぬ気で彫
刻を作ろうと思った」と語る青木さんの眼差しは内側にまば
青木野枝―Noe Aoki
p.039
ゆい光をたたえ、
やわらかに透明。今年も精力的に各地で「鉄
「私にとって鉄は骨であり、木であり、氷です。
」こう語るのは
を積み上げては置き、崩す」という彼女にとっての彫刻、ひ
鉄の彫刻作品で知られる、青木野枝さんだ。作品製作の工
いては「生きること」を実践し続けている。
程は、
いたってシンプル。板状の鉄をガスで熱して切断
(溶断)
する、切った鉄パーツを電気の熱で繋げる(溶接)
。ひとつ
ひとつの丸を、パーツを、積みあげてゆく。「工芸ではない
ので完成度は求めていません。かえって、藁を編むような、
誰でも出来る作業から生まれることが大切です」と語る青木
左ページ:青森県立美術館にて 9 月 1 日まで展示されていた作品「ふ
りそそぐものたち」(All that floats down)
。
彫刻家青木野枝と、青森県立美術館にて展示された作品「原形質」
(Genkeishitsu / protoplasm)
(上)。作品「立山」
(Tateyama)
(左下)
。
galleryhashimoto.jp/jp/artists/aoki
さんは、子どもたちと鉄の彫刻ワークショップを既に 20 回以
上開催している。
しかし、作業は重労働。熱に包まれながら無心になって鉄
を切る。この熱する工程が、青木さんにとってとても大切な
のだという。鉄は、熱を加えるとまず赤くなる。更に熱すると、
展示情報
・∼ 9 月 23 日 資生堂アートハウス『夏に探す 絵画の中に、彫刻の
中に』(静岡)
http://www.shiseido.co.jp/art-house/
・∼ 10 月 27 日 あいちトリエンナーレ 2013 今度は太陽のように白くまばゆい輝きを放ち始める。これが
http://aichitriennale.jp/
冷えてくると外側から輝きがおさまってくるが、内側は光を閉
・10 月 5 日∼ 11 月 4 日 瀬戸内国際芸術祭 2013
じ込めたまま、透明な、不思議な物体になる。「鉄は透明な
http://setouchi-artfest.jp/
金属なんです」と語る青木さんはこの存在に魅せられつづけ
ている。石や木のように、その形の背景に時間の流れがある
ものとは全く違う。工業製品として販売されている板状の鉄を
自分が溶断することで、「はじめて空気に触れる面があらわれ
て、生まれでてくる感覚がある」という。
畠山耕治―Koji Hatakeyama
p.040
金属がなければ、肉を切ることもできなければ、宇宙に飛び
出すこともできなかった。「金属を操る」ということが人類の
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歴史と文化の発展にいかに貢献してきたことか。だから、そ
たぶん続けられる。同じことばかりだったら 30 年もやってら
の技術はひたすら進化を続けてきたはずだ……と思っていた
れないですね」
が、そういうことでもないらしい。
こうした畠山さんの作品は海外では日本的だと言われるら
「中国の殷の時代の青銅器など、いまだにどうやってつくった
しい。
かわからないんです。つくれないんですよ。その薄さを見ると、
「僕は日本人としての意識が強いから、海外の人たちに日本
どうやってつくるの? って思うし、どのように鋳造したか誰に
人としての僕の感性をどこまで見てもらえるかというのが勝負
もわからない。今の技術では絶対につくれないんです。昔の
だと思っていますが、なぜ日本的と思われるかは、僕にはわ
技術のほうが 500 倍は優れている」と話す畠山耕治さんはメ
からないですね。たぶんアフリカの木彫りの人形を見て、見
タル・アーティストである。ブロンズ(青銅)の鋳金から仕
た瞬間にアフリカを感じても、なぜそう感じるのか答えられな
上げまですべての工程を自らこなし、海外の美術マーケット
いのと同じことでしょう。でもそれが重要なんです」
を舞台に多くのコレクターを有するアーティストだ。海外でも
金沢美術工芸大学の工芸デザイン科に在学中に、陶芸を
必ず博物館や美術館で古いものを目にするという畠山さんが
やるはずだったのが大学教授の制作のアルバイトで金属と出
古代の青銅器と出会う時、自分も間違いなくそこにいてつくっ
会って、金属の面白さに開眼。会社勤めをした後、プロの道
ていたことがわかるという。ただのブロンズの作り手ではな
に入る。銅器の街として知られる高岡に工房を構えるが、高
い。
岡の分業的な金工の産業界とは別の立ち位置にいる。常に
「永遠性に惹かれるわけではないけれど、凄いなと思う。銅
個 であること。これが世界のアート界で勝負することを志
に錫とかを混ぜて合金を作るということが何千年前にわかっ
した畠山さんが自分に課したことだ。最初から「一番高い山
ていたわけだから。純銅は鋳造できないんですよ。銅に必ず
を無酸素でソロで登る」ことを目指した。
何かを混ぜないとだめで、錫を混ぜることによって鋳造性を
「ブロンズにはまだまだ可能性が見えるし、社会におけるブロ
よくするとか、亜鉛を混ぜることで切削性をよくするとかいろ
ンズの存在というのをもっともっと追究したいですね。僕は生
いろあるんです。それが既に何千年前にわかっていて、それ
意気なようだけど素材と会話ができるんです。素材が僕を選
と同じことを僕は当たり前に扱っている。時間を超えた作り手
んだと感じる。本当にそう思う。4000 年前の作品を見ると、
との友情関係を感じます。そこが面白いのかな。そもそも何
4000 年でこんな肌合いになるのかって思います。ぼくの作品
千年前と同じことをやっているって現代でなかなかあり得な
は 4000 年経ったらどうなるんだろう? もたせなきゃなと思
い」
う。青銅はもつんです。ブロンズの錆は自分の腐食をくい止
複雑に色が絡み合うブロンズの表情の畠山作品は強い印
めるための錆で一度出るとそこで止まる。鉄剣は中までボロ
象をもたらす。暗黒宇宙に浮かぶ星雲のようでもあり、地中
ボロになって残らないけれど青銅の剣は残る」
深く埋もれていた岩石の断面のようにも見える。
4000 年後にこの宇宙のどこかで誰かが今ここにある畠山さ
「薬品だけじゃなくて酢だとか食塩を使うし、糠味噌をペース
んの作品を手にするかもしれない。もし手にした人間がブロ
ト状に貼り付けたりするんです。それで数時間とか丸一日と
ンズの作家であったら、この箱の錆びた美しい表情を見て、
か放置しておく。要するに腐食させていくわけです。夏と冬
まず作り手に思いを馳せ、次に自分の作品の 4000 年後の姿
では腐食の進行の仕方が違うし、かといって温度管理すれば
を想うだろう。膨大な時の流れの中で思いを伝達していく小
いいという単純なことではない。太陽も関係していると思うし、
箱の、一瞬の傍観者になれる幸運を私たちは今嚙み締めるこ
生き物のような感じで素材を扱っていますね。生き物ですよ、
とができる。
完全に。僕の意識が曖昧だと彼らも応えてくれない。だから
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
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写真の青銅の箱は掌サイズのものから。表面を腐食加工した後、薬品
われる。色合いや趣がそうらしいです」という。銅の経年変
処理してあるので腐食はこれ以上進行しない。
化の表情、微妙な曲線にはこだわる。銅の物語は細部のリア
写真上は高岡市の工房での畠山耕治さん。
リティが大事だ。
「オールハンドメイドで仕上げられたそのボディに、小型なが
展示情報
・9 月 14 日∼ 23 日 ぎゃらりぃ思文閣(京都)
ら強力な馬力を生み出すエンジンを搭載した Namazu Jr.。ジュ
・10 月 31 日∼ 11 月 3 日 SOFA CHICAGO 2013(米国・シカゴ)
ニアだからといって甘く見ているとあっという間に駆け抜けて
・3 月 19 日∼ 25 日 阪急うめだ本店 阪急うめだギャラリー(大阪)
いってしまうだろう」(作者自身による「Namazu Jr.」の解説
より)
coppers 早川―Coppers Hayakawa
銅の動物たちや乗り物の世界が日々増殖している。ここに紹介したのは
p.042
そのほんの一部だ。
ふと足が引き寄せられて立ち寄ってしまう。なんだこれ? 大
上:
『Kaijin 79』
、中左:
『ステラ』、中右:
『飛行艇アルバ号』、下右:
『サー
人も子供も、老いも若きも関係ない。個展会場はアートに関
カス団がやってきた!』、下左:『Namazu Jr.』
。
心のない人たちをも巻き込んでいく。
創作の設定は「宇宙の果てにある銅の星に住まうもの」
。
銅と真鍮の板・パイプ・線で作られている。「coppers 早川」
早川篤史さん(右)と父の克己さん(左)。
展示情報
・9 月 14 日∼ 23 日 三越ラシック 5 階クリエイトスペース(名古屋)
は早川篤史さんと父の克己さんの親子ユニットだ。2001 年に
・10 月 4 日∼ 6日 KOBE ART MARCHÈ 2013(神戸)
活動開始。2004 年、アニメ映画監督の押井守さんからの依
・11 月 27 日∼ 12 月 10 日 JR大阪三越伊勢丹 6 階アート解放区(大阪)
頼で「球体関節人形展」(東京都現代美術館)に作品を出品
して広く知られることになった。
親子の経歴はユニークだ。
井原宏蕗―Koro Ihara
p.043
父の克己さんはフリーの機械設計士で工場の専用機などを
手がけていた。「図面が 100 枚を超える時もある。その設計
のどこかがコンマ何ミリずれていたら人の命に関わる。図面
をわたして 1 ∼ 2 ヶ月は電話がなるだけでぞっとします。神
経が持たずもうやめようと」
。息子の篤史さんも設計の世界に
入ったものの、自分に合わないと感じ始めていた。そして二
人は設計の仕事をやめ、ある日銅板に取り組み始めた。金属
をいじるのはまったくの素人、美術を学んだわけでもない。
何か面白いものを作りたい。「最初に二人で決めたのは銅の
惑星という世界観だけでした」と篤史さんがいう。「設計図は
書きません。作りながら考える」
。
ジュール・ヴェルヌやバンド・デシネなどヨーロッパの影響
もありそうだが、「よくきかれるのですがまったくないし、よく
知らない。むしろ外国人のお客さんにはとても 和的 だと言
「多摩動物公園のチーキそっくり!」横浜市立金沢動物園の広
報担当、高橋麻耶さんは手を叩く。井原宏蕗さんが作った作
品「fading -increasing-」 は 絶 滅 危 惧 II 類(Vulnerable) に
分類されるアフリカゾウを、鉄と真鍮でかたどった彫刻。高
橋さんによれば、その体つきがチーキというメスゾウにそっく
りなのだという。その体は、小さな小さな鉄の薄いピースが
繋ぎ合わされることで出来ている。鉄の固体然とはしていな
い。どこかもっと繊細だ。ところどころ不思議な穴が開き、光
と空気と湿気を孕んで、森の中に立っている。それぞれピー
スの周囲はすこしばかりの錆を感じさせ、ゾウの足には森の
蔓が絡まり、長い鼻の裏には、セミが抜け殻を残している。
そんな森との一体感を醸し出す泰然とした作品が、若い彫刻
家の卒業制作だという。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
15
井原宏蕗さんは今年東京藝術大学大学院を卒業したばか
展示情報
り。にもかかわらず既に 20 回ものグループ展と 3 回の個展
・9 月 27 日∼ 10 月 5 日 ギャラリー広田美術(東京)(グループ展)
経験を持ち、銀座の画廊でも作品が扱われる。1988 年、大
www.hirota-b.co.jp
阪に生まれた。近県の奈良に住む祖母は、孫をたいそう可
愛がってくれたという。そんな土地柄もあり、小さい頃から仏
像などにも親しんで過ごした。5 年前、そのやさしい祖母が
なくなった時から、動物モチーフを作り始めた。
「彫刻というのは瞬間を捉えられる芸術です。僕はそれを使っ
て消えかけていく記憶をとどめたい」
。そう語る井原さんは、
他にも同じく絶滅危惧種である雪ヒョウや、ペット化され野性
が消えかけているウサギなどをモチーフに、実際の動物大の
姿に、さまざまな穴のあいた像を作り続けている。
空間を内包し、今にも消え行きそうな不安定な形をした作
品を作るため「金属でなければできない部分が大きいんです」
と語る井原さん。実は最初は金属を扱うことに怖さがあった。
相手はエネルギーを多分に秘めた塊である。扱う道具も危険
物が多く、万一事故があった場合の被害は計り知れない。授
業でも散々おどされたという。「爆発すると周辺 1 キロが焼け
野原になるよ」と言われながら挑んだ実習だったが、実際に
金属を触ってみてその魅力にとりつかれた。「エネルギーを
持った金属に対峙して、
こちらも覚悟をもって全力で火を使う。
その時のエネルギーのぶつかり合いが本当に綺麗なんです」
。
とはいえ、「恐怖心は今でもありますね」
。
更に鉄には特別な感慨があるという。「最初に扱ったのが鉄
だったんです。アルミや真鍮、銅、ステンレスなどいろいろ
な素材に挑戦していますが、最近はまた鉄に戻ろうかなと思っ
ています」
。鉄は錆びる、それがなんだか「元の鉄鉱石へ、
自然へ戻ろうとしているように見えるんです」
。
我々が真夏の動物園で出会った象も、そこに在りながら、
どこか地球へ還ろうとしているようだった。
左:アフリカゾウをモチーフにした作品「fading -increasing-」は、横
浜市立金沢動物園に寄贈され、今日も子どもたちを喜ばせている。
上:井原宏蕗さんと、東京藝術大学大学院の作業場。
www.koroihara.com
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
16
J apanese tex t
2013年 秋/冬号 日本語編
1
下絵に合わせて切り抜き、嵌め込んでいく色金重ね高肉象嵌
高岡─鋳物の街の物語
技法の第一人者。金や銀の配合を自ら行い、金属のみで構
成されているとは思えない多彩な色で表現する。御車山の車
撮影=佐藤竜一郎、沼知理枝子(p.49 左上)
輪の飾り金具の修復作業も手掛けている。2014 年には、御
文=直江磨美 コーディネート=政所利子(玄)
車山会館が開館する予定で、そこには「平成の御車山」と呼
p.062
富山県・高岡市は 400 年を超える鋳物産業の歴史をもつ銅
器の町だ。さまざまな鋳造技法を駆使してかつて銅器の黄金
時代を築いた高岡は、今また新しいデザインのウェーブを受
けて、新たな金属の街として歩み始めた。昔ながらの千本格
子が美しい町並みで金属を愛して止まない素敵な人々と出
会った。
ぶ、現代に蘇る山車を 1 基新調する。鳥田さんも自分の持つ
技術を結集して、新たな金具作りに弟子とともに取り組んで
いる。
高岡は富山湾に面した日本海側の中心都市であり、日本の
銅器生産のトップシェアを誇る巨大産地だ。江戸時代は、隣
の加賀藩の領地であり、藩の保護を受けながら金属産業が発
展し、それ以後も時代が求めた金属製品を作り続け、400 年
鋳造メーカー能作の、倉庫に 4,000 種類以上あるといわれる木型。色分
以上の「金属の町」としての歴史を持つ。
多くの生産地が藩制の解体とともに衰退していった中、藩
けは、ひと目でわかるように、木型職人によって異なる。
の保護を失った後も高岡は、近代化の波に乗りますます発展
(p.046)
していった。いち早く海外に目を向け、1873 年のウィーン万
溶解炉で熱せられた金属の合金は空気に触れた瞬間に大量の蒸気を巻
博や 1878 年のパリ万博など次々と海外の万国博覧会に出展
きあげる。
し、外貨獲得を目論む明治政府からの依頼もあって、高価な
右ページ左:溶けた金属を型に流し入れる瞬間。
右:型の表面には、白い粉の剝離剤をかけて、金属が型にくっつかない
作品を制作していたという。当時の作風は、過剰なまでの技
巧を凝らした装飾的な作品が多く、これらは今も世界各地の
ようにする。
下左:鋳型には、鋳物砂という砂と粘土鉱物が混在した砂を詰める。
美術館やコレクターが所蔵しているものも少なくない。次第
下右:型から外したばかりの金属。これから表面を磨く作業に入る。
に洗練されたデザインに移行し、下図のみを描く図案家も登
場。国からの指導も入りながら工芸デザインに対する認識も
高まっていった。また、工房で一品を作るという態勢では生
高岡は金属の町、今に伝える技と輝き
p.048
豪華絢爛な細工が施された巨大な山車の車輪が目の前を颯
爽と駆け抜けていく。町ごとに趣向を凝らした山車がズラリと
勢ぞろいする姿に息をのむ。毎年5月1日に開催される「高
産が追い付かなくなり、鋳造、彫金、着色、研磨など分業態
勢を取り、問屋がこれらを統括するというシステムが確立。
その後も、時代に即した金属を作り続け、製法と加工の技術
を発展させながら、今に至っている。
。金工、漆工、染色など高岡の優れた工芸技術
岡御車山祭」
の装飾が車輪や高欄、長押等に施され、高岡の伝統工芸の
(p.048)
意匠を今に伝える貴重な山車だ。現在の山車は、江戸時代
過去の意匠を基に、金具を製作する鳥田宗吾さん。パーツ一つ一つを
に製作されたもので、その技法は明治時代に途絶えてしまっ
たがねなどで打ち出して、立体的に造形していく。
たものも多い。象嵌師の鳥田宗吾さんは、金、銀、銅を溶か
してお湯の中に流し入れる湯床吹きで合金作りから手がけ、
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(p.049 左)
豊臣秀吉から拝領した山車を第 2 代藩主・前田利長が高岡の町民に与
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 高岡 ]
17
えたことが始まりとされている高岡御車山祭。7基の山車が町を巡行す
作品は、現代の生活空間にも合った洗練されたフォルムの茶
る。
釜。「ここ数年で、オリジナル作品を創作する楽しさがわかっ
てきました。従来の伝統的な茶釜だけでなく、現代的、アー
(右)
日本神話の「八岐大蛇」をモチーフにした二代横山彌左衛門作「武人
トのようなものにも挑戦していきたいです」と畠さんは話す。
文大香炉」
(高岡市美術館蔵)
。細密な描写がすべて鋳造によるものであ
茶道家の小泉昇さんも古い金屋町の町家造りの家に惚れ
ることに驚かされる。
込み、数年前にこの地に移り住んできた。倒壊寸前だった家
屋を一からリフォームして趣ある佇まいに戻し、茶道教室を
(下)
主宰している。小泉さん自身も学生時代は、金属美術工芸作
下図とは絵柄だけでなく、使う材質、色、技法など細かな指示がされた「設
」(高岡市
計図」のようなもの。「葛に女郎花文花瓶下図(金森家下図)
立博物館蔵)
品を製作し、高岡の金属工芸への造詣も深い。「この金屋町
の町並みや建物に魅せられました。夏は暑くて冬は寒いです
が、その季節感を感じる生活が贅沢ですね」
。
この町は、「町家のライフスタイル」と「現代の工芸」が
結びついた生活がよく似合う。生活を営む人々がその魅力に
金屋町で金属とともに暮らす
気付き、高岡のルーツともいえるこの金屋町で金属が身近に
p.050
「トントンカンカン」とどこからともなく金属音が身体に響いて
ある生活を伝えていくことが高岡銅器の未来を切り開くことに
なるのかもしれない。
くる。家屋の裏にあるキューポラ(溶解炉)からは煙がもくも
くと立ちのぼり、赤い炎を巻きあげながら金属が溶かされる。
仕上がった製品は、千保川の船に乗せられ、海を渡って日本
中に売りさばかれていく。金屋町の通りを歩きながらかつて
の風景に想いを馳せると、当時の熱が伝わってくるようだ。こ
(p.050 上)
水の波紋を題材にして作られた畠春斎さんの作品「波文平釜」
。鐶付は
水の滴をイメージ。
(下)
の町は熱を帯びていると思う。金属の熱さ、鋳物師の熱気な
生まれも育ちも金屋町の三代目畠春斎さん。「水の文様」をテーマに創
ど、この町が持っている「熱」は、今も町の片隅から放射さ
作を行い、展覧会にも出品する。写真中は鋳型に紋様を彫り込む製作風
れている。
景。右は、地金を溶かした旧南部鋳造所のキューポラ(溶解炉)
。2000
高岡の鋳物発祥の地・金屋町。千本格子の町家と銅片が
年まで使われていた。
敷き込まれた石畳が美しい町並みを持つ。現在、金属産業
に従事する人は、郊外の工業団地に移転してしまい、かつて
のような職人たちであふれる賑やかな町ではない。しかし、
(p.051)
町家で茶道教室を開催する小泉昇さん。茶道具では、自身で制作したも
のも使う。玄関には、銅版のつくばいを鉢に見立てて花活けするなど、
金屋町は、高岡のルーツ。その魅力に気付いた人々が、若
金属を上手く日常に取り入れている。
手金属工芸作家が集うギャラリーや高岡銅器の新ブランド
伝統的な町家造りらしく、細長い建物内には火事を防ぐために、中庭を
「KANAYA」を立ち上げるなど、この町の持つ歴史や雰囲気
に惹かれて再び人が集まってきている。
隔てて土蔵が建てられるなど鋳物を生業にしていた人たちの生活の知恵
も垣間見られる。
この町に代々住まう茶釜師の 3 代目畠 春斎さん。2 代目の
父親も高岡工芸界の発展に尽力した人物で、物心ついたとき
から、父の作業風景を見て自然と作り方を覚えていたという。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 高岡 ]
18
が詰まった製品ばかりだ。実際に使ってみると、錫は、抗菌
NEW DESIGN メタルに鋳物師たちの技が光る
p.052
作用が強く、またお酒の雑味が抜けて美味しくなる。料理も
ここ最近、高岡の金属製造会社から次々と発表される製品は、
鏡面のように映すことで、盛り付けの美しさを際立たせてくれ
金属の「重い、硬い」というような固定観念を覆すような軽
る。金属にはまだまだ多くの可能性が秘められている。
やかで滑らかな曲線を持つ製品が多くなったと感じる。その
代表ともいえるのが「能作」が発表した錫でできた「曲がる」
シリーズではないだろうか。金属を手で曲げられるということ
は、当初、一般ユーザーには信じられないことだったように
( 左下 )
能作の「曲がる」シリーズ。純度 100 パーセントの錫は柔らかく、手で
簡単に曲げることができ、中に入れる物に合わせて形状を変えることが
できる。
思う。
長い歴史を持つ高岡銅器も、人々のライフスタイルの変化
(右)
もあって、近年需要は変わってきている。大正5年の創業の
上段左 : 花びらを曲げて菓子器やコースターとして使用できる「フラワー
能作も、つい 10 年前までは、仏具、茶道具、花器を中心に
トレー」各 2,625 円。能作 www.nousaku.co.jp
製造し、問屋へ納める下請け会社だった。しかし、従来の製
品作りだけでは先細りすることが目に見えていたので、新し
い金属製品への転換をおこなったのが、現在の社長の能作
中:インテリアにもなるダンベル「アクアリウムダンベル」0.5㎏ 9,975 円、
1㎏ 16,800 円、2㎏ 26,250 円。竹中銅器 www.takenakadouki.co.jp
右:一輪挿しの「そろり」L 6,825 円、S 4,725 円、
「そろり銀」L 8,925 円、
S 6,825 円。マットな仕上がりの「小長皿布目」4410 円、
「中皿」9450
克治さん。「今までのようにエンドユーザーである消費者の顔
円、
「小皿」4,200 円、
「長皿」7,875 円。真鍮風鈴「ホルン」
、
「オニオン」
を見ることなく作っていたのでは、こちらの想いが伝わらない
各 4,515 円。酒器の「ちろり」S 9,450 円。七角形の小鉢「Kuzushi-Ori」
し、販路も拡大しない」と社長自らがデザインして風鈴を東
中 4,410 円。金属の自然な崩れた形の小鉢「Kuzushi-Yugami」中 4,410
京の展覧会に出品して好評を得たことをきっかけに、現代の
円。すべて能作。
生活にも合う商品作りをスタート。中でも錫の特性を活かし
た曲がる食器や雑貨、インテリア商品などの日常でも使える
中段左:真鍮無垢でどっしり重い「鋳肌テープカッター」12.600 円。
底面にはシリコンを埋め込み、接地面を傷めない「道具立て」小 9,975 円。
雑貨類を発表し、新スタイルの金属の魅力を生み出し続けて
漆をベースにした塗料で着色し、おはぐろを刷り込み表情をつけた「文
きた。東京にアンテナショップを設置し、ユーザーが実際に
具トレイ」大黒ムラ 5,250 円。二上 www.futagami-imono.co.jp
触ることができ、意見を直に聞くこともできる場をつくった。
機能美を求めたペーパーナイフ「ボーン」ブラックとミガキ各 7,140 円。
海外にも積極的に PR を行い、「メゾン・エ・オブジェ」やフ
ナガエ www.nagae.co.jp
ランクフルト、NY のギフトショーにも出展し、金属製品のト
レンドを発信し続けている。また、常駐デザイナーではなく、
中:アルミニウムの熱伝導率を利用して手の体温で、アイスクリームを
溶かしながら食べる。「15.0%アイスクリームストラップ」各 1,890 円。
タカタレムノス www.lemnos.jp
その都度新しい人を採用することで、そのデザインもマンネ
右:折り紙のように折ったり曲げたりできる錫の板で模様は 3 種類。「す
リ化することなく常に新鮮さを失わない。
ずがみ」各 2,100 円。シマタニ昇龍工房 www.syouryu.co.jp
これらの能作の活躍に触発されて、職人自らが作って販売
するという動きが活発になり、今では数多くの会社がオリジ
ナルブランドを立ち上げ、現代の生活に合った製品を作って
いる。金属の重さを活かした道具立て、シャープさを前面に
押し出した香炉、音の響きにこだわった卓上おりんなど、ど
下段左:香炉「オイスターインセンス」大 10,815 円、小 8,400 円。ナ
ガエ
中:洋梨の上部がりん棒となっている「pear」各 8190 円。季節の花や
植物をイメージした卓上りん「hananorin」各 6,930 円、
りん棒 2,100 円。
小泉製作所 www.super.co.jp
れも金属の特性を知り抜いている職人ならではのアイディア
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 高岡 ]
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右:金沢金箔とのコラボ商品「片口」大金箔 10,815 円。錫は水を浄化
ルの高い若手が中心だ。これから 30 年かけて共に作ってい
しまろやかにするといわれている「ぐい呑」3,360 円。干支の動物をあし
ける時間を長く取りたいという想いもある。彼らは、必ずしも
らった「干支ぐい呑」各 3,500 円。すべて能作。
金属製造業に精通しているわけではなかったので、その発想
は金属の職人にとっては異例といえる注文も多かったが、「極
限まで薄くして欲しい」
という要望に職人も挑戦することによっ
海を越える KANAYA ブランド
p.055
て、レベル向上や意識改革にもつながった。また、欧米文化
「金属+異素材のコンビネーションで今までにない新しい価
に精通した人物の意見を取り入れるために、海外デザイナー
値を生み出したいと考えています。従来の硬く、重く、冷た
にもこの秋から参加してもらう。
いという金属のネガティブイメージを革、木、布、紙などの
「今は、高価格商品が中心ですが、1万円以内のお土産にも
別の素材と組み合わせて、使い手の現代のライフスタイルに
なる商品も開発中。高岡という町の強みは何といってもあら
合わせた商品を開発すれば、金属が生活の中で楽しい存在と
ゆる金属を取り扱い、磨きや着色などの加工技術も質が高い
なりうるのでは」とプロデューサーの桐山登士樹さんは語る。
こと。そして、すべての工程技術がこの一つの町に結集して
2011 年に高岡銅器協同組合の 13 社の有志によって生まれ
いることです。また大きなものから小さなものまで、数個で
た新ブランド
「KANAYA」
。JAPANブランドとしての認定を受け、
も大量オーダーにも対応できる柔軟さ。その特色を活かして、
400 年受け継がれてきた高岡銅器の蓄積を次の時代に繋ぐブ
インテリア・テーブルウェア・スーベニアなどテイストごとの
ランドとして世界を視野に入れた展開を目指している。ここ
ライン展開も考えています」
20 年間で、金属はプラスチックに市場を奪われてしまった。
今年の春には、ブランド名の由来となった金屋町に町家を改
しかし、経年変化によって逆に味わいが増し、その質感が美
装したショールームもオープンさせた。この町家も木造だが、
しいなどの良さが再認識されつつある。金属だけでなく日常
ふすまの金具がお洒落なアルミで作られていたりするなど、
生活を豊かにするモノ作りを評価する機運が海外でも高まっ
金属のエッセンスがちりばめられている。世界を舞台にした
てきており、そのため、世界でも生活を豊かに生き、良い物
高岡銅器のモノ作りが今、始まろうとしている。
を知っている人たちにターゲットを定めて、「KANAYA」では
商品開発を行う。これからは価格競争や国内販売だけでは継
(p.054)
真鍮製のスモールポット。透かし部分の研磨に高度な技術を要する。
続的な発展が難しく、海外シェア5割を目標に掲げてマーケッ
ト展開を行っている。
「アルミ」と「木」を組み合わせたテーブルは、パッと持ち上
(p.055)
左:斑紋ガス青銅色が施されたトレイテーブルの天板。
げてみると金属とはとても思えない軽さに驚き、また温もりも
中左:型から取り出されたばかりのアルミの靴べら(高田製作所)
。
感じさせてくれる。「モメンタムファクトリー・Orii」で着色さ
中右:革に真鍮フレームを組み合わせたマガジンラック。
れた天板なども、鮮やかな色彩ながらも経年変化をしたよう
な落ち着いた風合いがインテリアにしっくり馴染む。「メゾン・
エ・オブジェ」に出展した際も、これらの新しい金属スタイ
中下左:シャープなアルミの脚に花をモチーフにしたトレイを乗せるトレ
イテーブル。
中下右:硫酸銅などの薬品を化学反応させながら着色する折井宏司さん。
右:錆の色を活かした作りの合鉢。
ルの表現に世界のバイヤーから感嘆と好評価を得たという。
開発を手掛けるデザイナーは、ファッションから建築、プロ
www.kanaya-t.jp
ダクトデザイナーまで、国内外で活躍する 30 代のポテンシャ
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ポテンシャルの高い若手には、ぜひ希少技術を受け継ぎなが
新しい世代が技と心を引き継ぐ
p.056
金屋町の石畳通りの奥に立地する「金屋町金属工芸工房か
ら、新しい高岡銅器の世界を構築していってほしい」と語る。
今、高岡の各所で、未来を見据えた活動が始まっている。
んか」からは、連日、若手金属工芸作家たちの賑やかな声
が聞こえてくる。かんかは、2010 年に開所したギャラリーを
兼ね備えた工房で、若手がお互いの技術を高め合いながら
育っていく活動拠点となっている。メンバーの平戸香菜さん
は茨城県出身。石川県の金沢美術工芸大学で金工に出会い、
(p.056 上 )
「マネキン ∼ hiraku ∼」は、染織家の安井未星さん、尾崎 迅さんと(株)
「道具」のコラボレーションで制作された。奥にそびえ立つのは高岡銅
器の職人の技術の結晶と称される「高岡大仏」
。日本三大仏の一つとも
いわれる。
高岡に移住してきた。「高岡は、材料屋さんも豊富に揃い、
鋳込みを行う作業場も近くにあるので創作しやすい場です
ね」
。鋳造の立体造形物作品を主に手掛け、佐野ルネッサン
ス鋳金展でも大賞を受賞している。
同じくメンバーの尾崎 迅さんは、2012 年の高岡クラフトコ
ンペティションにチームで出品した「マネキン ∼ hiraku ∼」
がファクトリークラフト部門のグランプリを受賞した経歴の持
(下左)
銅器・漆器産業の若手従事者で運営する「高岡伝統産業青年会」にも
所属しながら活動する尾崎迅さん。
(下中)
工芸センターの作業場を工房として間借りしながら創作活動をしている大
江浩二さん(奥)と平戸さん(手前)
。
ち主。大阪府出身、金沢美術工芸大学で金工を学んだ後、
工芸以外の分野で働いていたが、かんか代表の槻間秀人さ
んに声をかけられて高岡にやって来た。当初は、分業制とい
う産地システムに疑問もあったそうだが、次代を見越しなが
ら奮闘する同世代の仲間や鋳造会社「道具」の社長との出会
(下右)
高岡市デザイン・工芸センターの高川昭良さん。行政ならではの立場で
普及活動、若手の育成などを行っている。
(p.057 上)
いもあってこの地に腰を落ち着かせることに。「道具」に勤務
鋳造の技法で制作された作品「森の外へ」
。平戸香菜さんは、かんかの
しながら、様々な分野のエキスパート職人に弟子入りして技
立ち上げから携わり、小学校講師をしながら創作に励んでいる。
術を学び、オリジナル作品も制作する。「今は、羽布研磨と
いう専門技術を習得しています。職人さんが、まるで息子の
ように扱ってくれて有り難く感じます。年配の熟練者と若手と
のパイプになりながら、高岡を盛り上げていきたい」と尾崎
さんは話す。
(下)
金屋町金属工芸工房かんかでは、一般の人が金属で作品を作るワーク
ショップも開催している。
kanaya-kanka.cocolog-nifty.com
彼らのような若手作家の支援を高岡市デザイン・工芸セン
ター所長の高川昭良さんらは行っている。センターの施設で
ある作業場の提供、技術指導、展示する場を提供するなど若
祈りを込めて
手作家が思いきり創作活動に取り組める環境が与えられる。
p.059
大江浩二さんも、象嵌師の鳥田宗吾さんに弟子入りしながら、
「ご∼∼∼ん」というお寺の鐘の音は、誰もが心休まり、心
この作業場で金具修理などの仕事を引き受けている。高川さ
に響く音ではないだろうか。時を告げ、一年の煩悩を清める
んは「高度な技術を身に付けても発揮する場がなければ、宝
「除夜の鐘」としても使われる。その梵鐘作りで日本一のシェ
の持ち腐れ。我々も市場開拓などビジネス部分を手伝うので、
アを誇るのが高岡の老子製作所。納入先には西本願寺や
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 高岡 ]
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三十三間堂、成田山新勝寺、池上本門寺など名刹・古刹が
並び、広島市の「平和の鐘」も手がけている。世界各国から
も発注があり、台湾にある外口径 2.6 メートル・高さ 4.5 メー
トル・重量 25 トンの世界最大級の「法華鐘」も製作した。
梵鐘の製作工程は儀式的でもある。金属を鋳込む
「火入れ式」
(p.059 下左)
。誰でもつけ
左ページ左:高岡市二上山に設置されている「平和の鐘」
る梵鐘としては日本最大級の大きさ。右上:火入れ式のときには、梵鐘
に仏様を祀る。中:浮文字を型の胴体に埋め込む。下左:1,300 度の銅
合金を 1,090 度まで冷まし、湯口から一気に鋳型に注入する。下中:鋳
型は大変重いため、
クレーンで移動させる。下右:梵鐘を支える吊り金具。
当日は、お寺の僧侶や檀家などの関係者が工場に足を運び、
お経を唱える。金属に魂を吹き込むかのように梵鐘作りを祈
りながら見守る。日本の梵鐘は形、大きさより何よりも、余韻
のある音の響きやうねりに重点が置かれる。この音色にこだ
わりながら日々、製作されている。
この金属の音色を楽しむ文化というのは仏教圏の中でも日
本独特のもので、とくに磬子は、日本でしか見られない仏具
(右上)
老子製作所では、親鸞などのブロンズ像も数多く製作している。
www.toyama-smenet.or.jp/ oigo/
(右下)
朝一番の神経が研ぎ澄まされた時間帯に、調音作業を行う島谷好徳さん。
大小様々な磬子は、職人によって微妙に形の違いが出る。
といわれる。磬子とは、寺院に置かれる鉢形の銅器で読経の
前後などに、木の棒で打ち鳴らす鳴り物のこと。磬子を手が
けている「シマタニ昇龍工房」では、今でも伝統的な作業方
法で磬子製作を行っている。最も重要な工程は「調音」
。こ
れは、職人の勘だけで音を調節していく伝統技術で、一子相
伝で代々受け継がれていく。調音作業は、金槌で口径部分を
中と外から叩き、音を聞き分け、また叩いては音を聞くとい
う作業を繰り返しながら調整していく。「職人の言葉で『甲・
乙・聞』の3つの音が存在するといわれ、『甲』は、打った
瞬間に出るカ∼ンという音。『乙』はワ∼ン・ワ∼ンと鳴る中
音域。『聞』は最後まで残って鳴っている「モ∼∼ン・モ∼
∼ン」という音。この3つの音のうねりを調音して、完成しま
す。私も父親の調音作業をそばでひたすら聞きながら微妙な
違いを体得していきました」と四代目となる島谷好徳さんは
話す。
お寺の鐘や磬子から発せられる余韻に満ちた音色は、今も
昔も、人々に心の平穏をもたらしてくれる存在だ。音に願い
を託し、祈りを込めるという光景も日本の美しい風習といえる。
これらの銅器の音も、微妙なズレも聞き逃さない耳を持ち、
人間に安らぎを与える音を追求してきた高岡の職人技があっ
てこそ生み出される至高の音。あらゆる金属を育む町・高岡
には、今日も心地よい銅器の音色がどこからともなく聞こえて
くる。
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J apanese tex t
2013年 秋/冬号 日本語編
デザイン
ラボ
無音
しんしんと音もなく降り積もる牡丹雪をイメージした文様。
文様 ― 不均衡の美
葵唐草
古典文様に範をとる。繁栄を意味する連続柄だが、
シンメトリーではなく、
文=内田 繁 撮影=岡崎良一
p.060
「かみ添」が作った新しい唐紙文様を見てみると、日本の良
さがふんだんに表れている。
しかもバランスがとれている。
組紐
日本と同じく結びの文化を持つ唯一の民族、ケルトに範をとった文様。
日本は「森林に覆われた風土」の文化である。大地にじっ
と坐して、自然を観察した文化であった。月、太陽、動植物
の観察はすべての文化、デザインの中心になった。
その特徴は繊細で、微細なもの、唐紙文様も例外ではなく、
「かみ添」の近作にも表れている。不均衡でありながら均衡
建築 ― 古くて新しい生産の場の魅力を
伝える
を保っている感覚は、完璧な繰り返し文化に見られる「強さ」
ではなく、とくに「三辰」といった月、太陽、星を形どった
写真=阿野太一 文=佐野由佳
p.062
文様に見られる不定形の集積は幾何学的パターンに見られる
「強さ」よりも「弱さ」を感じられる。これこそ日本文化の中
心的イメージであって、唐紙に限らず、日本のデザインの多
くは弱さのなかに感じられた美を追求したものである。
こうした日本的でありながら現代感覚でアレンジされた文
様を、私は気に入っている
TNA の武井誠氏は「工場には無駄のない美しさがある。生
産の場を魅力あるものにすることが、これからの製造業の力
になる」と考えた。
岡山県倉敷市にあるカモ井加工紙の「第三攪拌工場史料
館」は、2012 年に開館。TNA の設計で、本社の敷地内に
ある元工場だった建物を、企業の歴史資料を展示する施設と
かみ添 -kamisoe-
して生まれ変わらせた。「第三攪拌工場」は、現役で稼働し
京唐紙のお店。「型押し」という古典印刷技術で、版木の文様を今も手
ていた頃の工場名である。いまも残る床の穴は、まさに「攪
摺りで写している。便箋やポチ袋もあるが、
メインは襖や壁などに使う紙。
拌」するための機械を操作するのに必要だった穴だ。鉄筋
顧客との話し合いで今日も新たに版木をおこしている。
コンクリート造一部コンクリートブロック造の2階建てだった
京都市北区紫野東藤ノ森町 11-1
Tel. 075-432-8555
kamisoe.com
工場の軀体だけを残し、新しく壁を立て、屋根を載せ、その
屋根を支えるための白い鉄の角柱を立てた。武井氏は「古
い骨格と新しい骨格は互いが干渉しない距離を保つことで、
(右から)
緊張感ある空間をつくりだす。日本建築における庭園と建築
三辰
のように、互いを引き立て合う」という。
日・月・星の三辰を、氷割れ文様をベースにかたどった文様。
カモ井加工紙は、「カモ井のハイトリ紙」の製造会社とし
て 1923 年に創業。独自の粘着技術を活かして、現在は工事
山波
枯山水のように、水を直接使用せずに水を想起させる文様。
現場用のマスキングテープ、そしてカラフルでおしゃれな
「mt」を製造する。常に未来を見据えてきた企業姿勢が生ん
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Autumn / Winter 2013 Vol. 32[デザインラボ ]
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だ、人と技術がつながる場所だ。
本 ― われた魯山人
左が「第三攪拌工場史料館」
、奥に見えるのが「第二製造工場倉庫」
。
撮影=佐藤竜一郎 文=編集部
この倉庫も TNA の設計で元工場を改装。倉庫兼工場として 2013 年再稼
働した。どちらの施設も、年に一度のファクトリーツアーのときに見学で
きる。
p.065
この本の著者でありファッションブランド「FOXEY」のオーナー
デザイナー前田義子氏が所有する陶芸家・魯山人の茶碗を
TNA www.tna-arch.com
NY に空輸した際、運搬中に真っ二つに割れてしまう。著者
カモ井加工紙 www.kamoi-net.co.jp
はひどく落胆するが、割れた器の真っ白な断面を見ているう
ちに、漆で固め金を蒔いて繕う「金継ぎ」によって修繕しよ
うと考える。金継ぎされた茶碗を見て、その不完全であるか
ファッション ― 布のジュエル
らこその美に気づく。アンティーク好きを名乗る前田氏のこう
した美学が自身のコレクションと共にこの本に納められてい
撮影=佐藤竜一郎 文=編集部
る。
p.064
加賀友禅は、国から伝統的産業工芸品に指定された染色技
法で、草花などの自然をモチーフにした着物や帯で知られる。
京友禅よりも写実的な絵柄で、ぼかしを使った表現と華やか
な色彩の妙が魅力だが、着物の愛好家以外にはどことなく縁
遠い世界であることも否めない。
これは本誌 2012 年秋冬号の金沢特集でも紹介した金沢の
卯辰山工芸工房に籍を置く加賀友禅の作家、小林亜弥香さ
本のカバーは「破けて」いる。ひび割れの形に打ち抜かれ、
隙間からカバー裏面の金色が覗く。デザインのコンセプトは
明快、破損の痕跡を消さずにあえて美しく残すという日本的
な美意識を宿す。装丁を手がけた MOMENT はグラフィック
から建築まで手がけるデザイン事務所だが(KIE のデザイナー
でもある)
、この装丁で今年の造本装丁コンクールの最高賞
にあたる文部科学大臣賞を受賞。来年ドイツで開催される
「世界で最も美しい本コンクール」にも出品される。
んの新作アクセサリー。小林さんのつくるアクセサリーはい
ずれも、柔らかな膨らみをもったパーツによる軽やかな造形
カバーを開くと掲載されている道具の写真が並ぶ。カバーは和紙テイス
が特徴なのだが、この新作では、色が微妙に異なる多数の
トのふかふかした手触り。250 × 174 ミリ。232 ページ。¥6,500 布の断片を独自の手法で立体化し、見る角度によって色が異
株式会社 フォクシー刊 ニューヨークの「バーグドルフ・グッドマン」ほ
なる鉱物を思わせる、さらに複雑な造形を布地で表現してい
かでも販売。
る。これは文字通りの布のジュエリーだ。
小林さんは、京都市立芸術大学時代、友禅染のカリキュ
ラムがなく独学で学んだという。その友禅への熱い傾倒がこ
の伝統技法の新しい可能性をますます広げて行きそうだ。
加賀友禅の技法で染めた布をオリジナルな手法で接着している。光の角
度によって透けかたが変わり、さまざまな色彩を見せる。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[デザインラボ ]
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J apanese tex t
2013年 秋/冬号 日本語編
骨董
ることがないものですよね。でも、どうしても欲しくなってし
東京和骨董散歩
まって」とレオニーさん。「買ってしまったものの、どうやっ
愛しい骨董との出会いかた・暮らしかた
て部屋に入れるの? どこに置くの? と大騒ぎになって」と、
自宅に届いたときの様子を苦笑しながら語ってくれた。今で
撮影=ベンジャミン・リー (p.66 ‒ 73)、佐藤竜一郎 (p.74 ‒ 76、p.78 上、
p.79 右上・下 )、葛西亜理沙 (p.77、78 下、79 左上 )
は、リビングの中央にすっかり馴染んだこの 大きな買い物
に、たまらなく愛着が湧いているようだ。レオニーさんは、
文=編集部 地図=上泉隆
p.067
近年の震災や経済不振の影響で、元気のなかった和骨董の
世界だが、徐々に活気を取り戻しつつある。変わらず信頼の
おける老舗名店はもちろん、若主人たちが次世代の視点で盛
り立てている店にも注目だ。お気に入りの品々に囲まれた愛
好家たちの豊かな暮らしを訪ね、縁を運んだ骨董店店主たち
のことばに耳を傾けてみよう。
20 年ほど前の滞在を経て、在日オーストラリア大使館の職員
として再び東京に赴任して 1 年。学生時代、中国やミャンマー
などアジアの国々を旅する度に、古い書画などを集めるよう
になった。
「直感を信じて、心惹かれたものを集めているだけ。
あまり堅苦しく考えず、楽しむようにしているんです。日本の
ものは特に、とても繊細で、美しく作られている点が素晴ら
しい。職人技が生きていると感じます」
インスピレーションに従って手に入れたものには、また別
(p.067)
の楽しみが待っている。ご主人のピーターさんは、歴史や仏
江戸時代の籠と、纏が存在感を放つリビングでくつろぐ、レオニーさんと
文学の博士号をもち心理学の教授を務めていたこともある知
ピーター・ブルースさん夫妻。一見、大胆と思えるインテリアだが、実
性派。もっぱら、骨董品の持つ歴史など、背景をあれこれ調
にのびやかに楽しんでいる。
べる役に回る。「これは、展示会でその力強さにただただ惹
かれて、つい 3 週間ほど前に買い求めた品なんですが」と、
(p.069)
ブルース邸の暮らしのあちこちに、古の香りが漂う。行灯の木枠をディス
壁に掛けられた書に目をやる。木版画家として世界的に知ら
プレイ棚のように使ったり、灯籠を照明器具さながらに配置したり。和骨
れる棟方志功による書だということが後から分かり、嬉しい
董とアジアの美術品、そしてオーストラリアの現代作家による絵画などが
驚きだったという。
調和する。このページ:玄関付近で出迎えてくれるのは室町時代の仏像。
一方、日本に 10 年間暮らす弁護士のドミニク・ラウトン
さんは、ロンドンから赴任した当時、住まいに備えつけてあっ
た量販店のモダンな家具に味気なさを感じ、すぐに時代
1
箪笥を探し求めたそうだ。気に入るものが見つかるまでじっ
日々に寄り添う骨董品
くり探すのがポリシーだが、手に入れるとなればやはり、ひ
p.070
「出会ってしまった」と言うほうが正しい出会いというものが
ある。それは多くの場合、一抹のうしろめたさを伴う。
東京のオーストラリア大使館官舎に暮らす、レオニーさん
とピーター・ブルースさん夫妻の家には、そんな風に偶然
に 出会ってしまった 江戸時代の籠がやってきた。お気に
入りの和骨董店「だんどりおん」(p.077 で紹介)で見つけ
たものだ。「普通なら、歌舞伎の舞台とか、博物館でしか見
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らめきと瞬発力がものをいう。「気に入ったものがあったら、
すぐに決断しないと、二度と同じものには出会えないかもし
れない。そんなちょっとしたスリルが、骨董の楽しさかな」
寝室などほかの部屋にも買い足していき、今やラウトン邸
には6棹の時代箪笥がある。「重厚で存在感があるのに、そ
の佇まいには静けさがある。存在の美しさだけでなく、収納
力も抜群で、機能性がまた魅力です」
パートナーのリジーさんは、「ガラスやアルミなんかより、
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 骨董 ]
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木目が温かい命を感じさせてくれるところが好き」という。
「ずっと自分に寄り添ってくれているような。この先、どこで
骨董店店主が指南する
1
今、この骨董が面白い
暮らしても、ひとつひとつの品に触れれば、その時の自分が
どこで何をしていたか、思い出させてくれるでしょうね」 先のピーターさんがこう言っていた。「故郷のオーストラリ
アでは、アボリジナルの人々の思想に触れる機会が多くあり
「はせべや」主人・長谷部 純一さん
行灯の魅力を再発見
p.074
ます。彼らには、その土地のものを所有するという概念がな
い。生まれてから死ぬまでの間、それを預かる 守人 であ
ると考えるんです」
。骨董も同じだ。骨董品を愛するというこ
とは、作り手やかつての所有者たちの想いの跡を預かり、ひ
ととき傍に置いて豊かな気持ちを与えてもらうこと。そして自
分の暮らしの記憶を刻み込み、それをまた先へと伝えていく
ということなのだ。
「うちの店は時代箪笥を中心に扱っていた時期が長かったけ
ど、和の照明は箪笥なんかに比べると、派手さや重厚感は
なく、そっと大人しく座敷にある感じがいいね。もちろん、
照明というのは外見が主張しすぎてもだめで、機能性がなけ
ればいけない。
。江戸後期のもので
例えば、この置行灯(一番上の写真)
すが、この木枠のか細さと全体とのバランス、すごく突き詰
(p.071)
められたデザインだと思う。こんな風に、ポンと部屋の一角
左上から時計回りに:歌川広重の浮世絵『東海道五十三次』の中で、レ
に置くだけで……すごくモダンでしょう? 洋室にも合うんじゃ
オニーさんのお気に入りは「日本橋 朝の景」
。こんな題材の作品から江
ないかな。これみたいに、灯心(油を燃やすときの芯)や
戸の風俗に興味を持ち、探し求めたという纏。器は、古いもの(奥の膳)
と新しいものも取り混ぜて、食卓にアクセントを添える。明治時代の厨子
に、10 世紀の仏像を組み合わせて。オーストリアの現代作家の絵画を
背景に、調和している。
蠟燭をしまっておく引き出しがついているのもあって、まさ
に 機能美 だと感じます。
江戸時代の照明は油か蠟燭だったけど、庶民にとっては高
価なもので、明るいということは贅沢なことだったんだね。
(p.073)
今では考えられないだろうけれど、当時の照明はほとんど
上:もともと西洋のアンティークも好きだったというドミニク・ラウトンさ
が、手元を見るにも一苦労。「書見行灯」といって、本を読
んのリビングは、ご本人が称するように East meets West の趣の、心地
よい空間。インテリアの主役は、骨董店「灯屋」(p.075 で紹介 ) のご主
人と知り合い、見立ててもらった水屋箪笥。今は寝室など、各部屋で時
代箪笥を使っている。
むときのためにレンズで明るさを増幅させる仕組みになって
いるものなんかもあったんです。
でも明るいばかりが良いわけじゃない、と現代の僕なんか
下、左から:海外の愛好家に人気だという、江戸時代当時の六本木や赤
は思ってしまう。篝火や灯台に始まる奈良・平安時代から、
坂周辺を記した古地図。李朝の箪笥など、アジア旅行の思い出の品も。
日本では明るさがない時代がとても長かった。その長い歴史
蔵戸をテーブルなどの家具にリフォームするのは、近年人気の骨董活用
があって、非常に研ぎ澄まされた、無駄のない造形が生ま
術だ。リビングの一角に置かれた火鉢も、ユニークな味わい。
れたんじゃないか。
もちろん、コレクターが狙う特殊なものも色々あります。
「鼠短檠」って聞いたことありますか?これも江戸時代後期に
出回っていたものなんだけど、現在残っているものは数十本
あるかないか、という希少なもの。ちょっとしたからくりで、
ねずみを象った油壺の口から、受け皿へ自動的にポトポトと
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 骨董 ]
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油を補充するようになっているんです。
『 猩々』は、下の部分の束ね編みで構成されるゆるやかなラ
長い間日本人の日常にあったものだからこそ、機能だけで
インと、上にいくに従って緻密になっていく編み目が、まる
なく洒落なんかも伴って、行き着くところまで進化していった
でグラデーションのようでしょう? 竹籠の研究者の観点から
結果が今、見られるところが、行灯の面白さです。屏風のよ
は、琅玕斎の作風のターニングポイントとして注目される作
うな、鑑賞用の古美術品ほどの値がつくわけではないし、実
品なんです。琅玕斎の多彩な表現の進化の過程が見てとれ
はお手頃なんですよ」
ます。
なんといっても琅玕斎の素晴らしさは、ひとりの作家の作
長谷部さんお気に入りの、江戸時代の行灯。
品とは思えないほどの、表現の幅の広さです。伝統の技法と、
上から:木枠に、和紙をらせん状に貼った繊細な装飾。
鉄枠のストイックな造形も、和紙を通した温かい光で柔らかい印象に。
「有明行灯」は、蓋をかぶせると、月の形の窓を通して光を調節できる
はっとさせられる斬新な表現を自由自在に行き来した天才と
いえます。琅玕斎は創作の中に、『真・行・草』という 3 つ
仕組みだ。枕元に置く小型の行灯で、どこかしっとりとした風情。
の概念を表現として使い分けていました。『真』は、整然と
鉄製の透かし彫りから漏れる明かりを楽しむ。
していて密な編み目、基本的に左右対称を特徴とした表現法。
『行』は、その整然を少し崩して、規格にとらわれずに仕上
はせべや
げる表現。最後の『草』は、心の赴くままに大胆に歪ませた
麻布十番に店を構えて 40 年近く。時代箪笥や古民具の専門店としてス
タートし、現在は仏教美術や古民芸でも知られる名店。
り編みを不規則にしてみたりと、躍動的で自由な表現です。
このような区分けを意識しながら、自身の作品をはっきりと
港区麻布十番 1-7-7
Tel. 03-5775-1308
カテゴライズする作家はあまりいません。そこには何か、己
10:00 ∼ 19:00 不定休
に対する規律と言いましょうか、ものに精神性を込めた琅玕
斎独特の感性が見てとれる気がします。そしてその感性は、
その後の竹工芸家たちの作風にも、大きなインスピレーショ
ンとなりました。この『猩々』は、直線的で細密な編み方と、
「灯屋」主人・渋谷新三郎さん
柔らかく波打つような対照的な表現の両方が共存していると
竹籠は今、出会い時
p.075
「竹籠でしたら、とっておきをお見せしましょう。抜きん出た
技術と表現力で、それまで実用品だった竹工芸を芸術の域
に高めた、飯塚琅玕斎の『猩々』という銘のもの。1938 年
ごろの作品です(一番上の写真)
。実は、今まで所在が不明
だったものが今年になって見つかり、当店で入手したんです。
この姿が再び世に出るのは、これが初めてではないでしょう
か。
これぞ琅玕斎だ、とひと目で分かる特徴はまず、 束ね編
み 。琅玕斎によって 1930 年代後半に世に発表された表現
で、ひとつの竹を細かく裂いて、それをまた 1 本に束ねて編
むという、とても高度な技法です。
ころが、非常に象徴的です。
琅玕斎のものとなると、数百万円と高値がつきますし、実
際にこちらの『猩々』も研究的な価値があり、お売りするこ
とができないのですが、琅玕斎の心を受け継いでいる名品
で、比較的手頃な価格でお求め頂けるものもたくさんあるん
ですよ。
。
例えばこちらの、鈴木旭松斎による花籠(一番下の写真)
ツヤのある煤竹を使って、オーソドックスな籠目を、ちょっと
線を足したりして崩しています。琅玕斎の花籠に非常によく
似ていて、竹工芸界におけるその影響力の強さを物語ってい
る作品です。このような明治以降の竹籠は、まだ市場にたく
さん出回っていて、手頃に楽しめるものも多くありますから、
是非、お気に入りのものを見つけて頂きたいです」
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 骨董 ]
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上から:飯塚琅玕斎作、銘「猩々」
。
左:店主の石井寛美さん。
作家不詳、銘「峰月」
。
下:伝統的なものと、「これはなんだろう」と好奇心を掻き立てるものが
鈴木旭松斎作、「時代竹盛花籠」
。
織り成すバランス。文字通り、
そんな不思議な コレクション が詰まった、
同、無銘。
こぢんまりとした店内。
灯屋
上:宮大工が使った寺院の図面を祈りの象徴として、仏教画などに使わ
1981 年開業以来、時代箪笥、古裂、陶磁器など豊富なセレクションで
れる重厚な軸装で仕立てた、遊び心あるオリジナル商品。
愛されてきた。昔きもの専門の「灯屋 2」が徒歩 3 分の場所にある。暮
右:塗師が漆を塗るときに器を固定するために使う土台も、まるで現代
らしに活かせる骨董が充実の可ナル舎(府中)でも、時代箪笥を豊富に
アートのオブジェのようだ。
扱う。
渋谷区代々木 4-8-1
Ishii Collection
Tel. 03-3465-5578
港区南青山 6-3-14
11:00 ∼ 19:00 日曜・祝祭日定休
Tel. 03-3486-6683
www.akariya.co.jp
11:00 ∼ 19:00 火曜定休
www.ishii-collection.com/en
KIE 厳選
1
古美術上田
東京の骨董店・骨董市ベストガイド
カジュアルな上質
p.076
Ishii Collection
谷中の路地裏に、隠れ家のようにこの店は佇む。来店は完
現代アートとして楽しむ骨董
全予約制。 一見さんお断り のような敷居の高さを想像し
p.076
「骨董品も、インターネットで簡単に手に入ってしまう時代。
ていると、迎えてくれる若き店主・上田昌也さんの人懐っこ
い笑顔に心和むはず。
実際に店で手にとって、もう一歩踏み込んでその面白さを
「直感的に、格好いいと思える」明治期から昭和の工芸品を
知ってほしい」
中心に揃える。「海外のものが入ってきて、作り手が多くの
面白さ、驚き。店主の石井寛美さんが提唱する、骨董を
刺激を受けた時代。戦前・戦後の素材不足のなかで生まれ
楽しむ上でのキーワードだ。ブランドファッション店がひしめ
た工夫と、エネルギーに溢れていました」と上田さん。資料
く南青山に店を構えて 25 年。デザイナ−や建築家からの引
が少なく、時代に埋もれてしまった作家も多いという。「そん
き合いも多い、隠れた人気店だ。
な彼らの作品にも光を当てたいんです」
その理由は、西洋美術商出身の石井さんならではの発想
古い長屋を改装した店内に、常時 10 点ほどの商品を気ま
にある。一見、朽ちかけた塗師の古道具なども、「骨董は、
まにディスプレイするカジュアルさのなかにも、「確かな仕事
現代アートにも通じる」と石井さんに言われるままに見方を
で作られたものにこだわっている」鋭い視点が光る。
変えると、たちまちオブジェのような魅力を放つ。「美しさは、
高価なものだけに宿るとは限らないんです」
上:音丸耕堂作・漆の花器。厚塗りした漆を彫って柄を施す、 彫漆 の
卓越した技法が評価された人間国宝の作品で、ここまでシンプルなもの
は珍しいという。
左:佐々木象堂作、銅製の狸の置物。上の花器ともに昭和中期の作。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 骨董 ]
28
古美術上田
「そういえば」と、品物を手渡しながらイヴァンさんが言う。
文京区千駄木 3-41-12
「窓の下に置く、小さな箪笥をお探しでしたよね」「また来る
不定休。来店はウェブサイトの問い合わせフォームから要予約
よ」とフランソワさん。「良いものが入ったら、知らせてくだ
ueda-arts.com
さい」
ふたりを見送ってから、
イヴァンさんが静かに語りはじめた。
「古いものには命があります。例えば 100 年以上前の箪笥は、
「だんどりおん」で和骨董三昧の一日
長く使えるようにと丁寧に作られた、もともと高価なものでし
p.077
た。手を入れながら大切に使えば、親から子へ受け継がれ、
「今日は、おすすめの伊万里をご用意しておいたんですよ」
500 年、1000 年でも 命 が続いていく。その古いものの
「赤だわ!」「そう、お好きな色だし、
こんな絵柄はどうかと思っ
命に価値を与え、その価値を判断するヒントをあげるのが、
て」「日本の赤ね。漆の朱色とか、世界のどこのものとも比
私の役目です」
べ物にならないくらい素敵だもの」と、彼女は愛しそうに、
手に取ったその茶碗の繊細な柄を指でなぞった。
こんなやりとりが、東京の下町の裏通りにひっそりとある店
「実際に手にとって選んで頂きたいから、できるだけこうやって店頭に出
すようにしています」とイヴァンさん。もとは日本酒問屋だったという、
古い家屋の 2 階まで商品がぎっしりと並び、心躍る。
で、しかも軽妙なフランス語で聞こえてくるとは。
「どこから来たものか、なぜこの値段ほどの価値があるのか
だんどりおん
……それぞれの品に物語があると、店主のイヴァンは教えて
伊万里好きのご主人イヴァン・トゥルゥーセルさんと、奥様の春美さんが
くれる。妻が好きな伊万里の器は特に専門としているし、絶
10 年前にオープン。英語、フランス語、日本語で丁寧に対応してくれる
対信頼がおけるね」
。行き着けの骨董店「だんどりおん」にやっ
てきたのは、日本に暮らして 10 年になる、フランソワ=ザ
夫妻の接客も魅力だ。おすすめ商品の紹介がユーモラスにつづられた
ホームページも充実。
台東区台東 2-4-13
ビエル・リエナールさんとイザベルさん夫妻。
Tel. 03-3837-1980
「私はヴェルサイユ出身で、かの宮殿の美術品や庭園などの
不定休(HP に店休日あり)
煌びやかさは日常の一部でした」とイザベルさん。「美を貪
dentsdelion.com/index.htm
欲に追求する日本の心は、私たちフランス人にも通じる部分
です」
。日本の骨董には、美しさを極める作り手の卓越した
心意気を感じるという。「知れば知るほど、その深みが見え
大蔵オリエンタルアート
てくる。部屋の好きな場所に置いて、ちょうど良い光が当た
現代のインテリアにこそ活かしたい骨董
るところを吟味したり……素敵でしょう?」
p.078
本日、夫妻のコレクションに加わったのは、3 品。伊万里
「パリでは、しょっちゅうお店のサイトを見ては懐かしんでい
の酒器は、大正から昭和初期ごろのもので、中国人や書と
るのよ」
。品の良いフランス人のご婦人が、品物を抱え笑顔
おぼしき赤い絵柄が美しい。明治期の蒔絵の文箱は、友人
で手を振る。外国人が多く行き交う六本木に程近い場所。
の結婚祝いに。「物語を感じるね」とフランソワさんの心を
1975 年のオープン以来愛されてきたこの店に、本国に戻っ
特にとらえたのは、1920 年ごろ、大正期の 9 人姉妹を写し
て後も、来日の度に立ち寄ってくれる得意客なのだという。
た珍しい写真だ。
前オーナーから 2000 年に店を受け継いだ、笹垣瑞枝さん
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 骨董 ]
29
と清水泰浩さん夫妻は「骨董品を 使い古し のものとして
食卓から豊かな時間が広がるはずです」
ではなく、現代のインテリアの中でいかに輝かせるか」を追
求し続ける。輸入インテリアショップのマネージャーから転身
した泰浩さんの視点も活かし、山中湖にある別荘をショー
ルームとしてオープン。実際の生活空間の中で、明るめの色
合いに仕上げたこだわりの時代箪笥などをしつらえたインテ
陶磁器は、気軽に手に取れる数百円のものから、観賞用の高価格帯の
ものまで充実の品揃え。
上左:1670 ∼ 80 年代の伊万里「染付流水鷺紋輪花皿」
。左:1650 ∼
60 年代の、色絵古九谷「兎紋小皿」
。にわかに絵柄に動きが加わるよう
な動物のモチーフは特に人気で、高値がつくものが多い。
リア実例を見ることができる。
古美術 西川
百人一首の札は人気の品。2 枚 1 組をオリジナルの額装にしたものは、
港区麻布十番 2-20-14
贈り物に喜ばれる。これは幕末の頃のもの。
Tel. 03-3456-1023
11:00 ∼ 19:00 火曜定休
明治から大正期の野弁当(弁当箱)は、繊細な漆塗りの品。泰浩さんこ
www.nishikawa.to/e-index-1.html
だわりのこういった 箱もの や、瑞枝さん好みの伊万里などの器は特
に品揃え豊富だ。
大蔵オリエンタルアート
浦上蒼穹堂
港区麻布台 3-3-14
趣味が高じた、世界一のコレクション
p.079
Tel. 03-3585-5309
10:00 ∼ 18:00 日・月定休
東洋古美術の専門店だが、浮世絵の品揃えもつとに知られ
www.okura-art.com/jp/
る。特に、店主・浦上満さんが 40 年にわたり蒐集している
北斎漫画コレクションは質・量ともに世界随一。「刷られた
ばかりのようで、実は古い、というのが良い浮世絵の約束事」
との浦上さんのことばどおり、状態の良さは絶対保証つき。
古美術 西川
伊万里の器で豊かな時間を
「でも、数万円の手ごろなものも多いんですよ。古美術は敷
p.078
「今の時代は、変化のスピードが速すぎる。 もの もまるで、
使い捨てるために作られているかのようです。それだけ、も
居が高いと思わずに、気軽に親しんでほしい。 買う力 を
養うことは、本当に良いと思える品を判断する目を養うこと
につながります」
のにも魅力がなくなっているのでは」
。店主・西川英樹さん
のことばには、若干の憂いがこもる。
だが、「骨董には、時代を経ても変わらない、ものの魅力
が宿っています」と西川さんは希望を持ってもいる。本店の
浮世絵というと美人画、役者絵、風景画などを連想するが、こんな愛嬌
のあるものも。歌川芳幾『今様擬源氏』より。
浦上蒼穹堂
ある滋賀県から、東京へ進出して 30 余年。伊万里など陶磁
中央区日本橋 3-6-9 箔屋町ビル 3F
器を専門に扱ってきたこの店を、現在切り盛りする。
Tel. 03-3271-3931
「手で作られたものには、量産された無機質なものでは到
10:00 ∼ 18:00 日祝休
底かなわないような力がある。まず骨董を身近に置いてみて
www.uragami.co.jp
ください。例えば、伊万里。器にこだわる文化を知ることで、
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 骨董 ]
30
古民藝もりた
ばら売りの古裂のほか、オリジナルの手ぬぐいや、藍染の刺し子などの
トレンド発信地にあるテキスタイルの宝箱
雑貨も充実。
p.079
今や表参道はファッショントレンドの発信地だが、店主の森
田直さん夫妻がここに店を構えた昭和 45(1970)年、付近
Blue & White
港区麻布十番 2-9-2
Tel. 03-3451-0537
には洋装店が 1 軒あるのみだった。街の様変わりとともに、
11:00 ∼ 18:00
染色、織物など古布を中心に豊富に取り揃える「もりた」に
定休日 年末年始
は自然とファッション関係者も多く訪れるように。ジーンズに
も通じる藍の染物や、刺し子のモンペなどの裁断方法に興味
深々だという。骨董通りに面した明るい店内で、森田さん夫
妻が、いつでも朗らかに迎えてくれる。
骨董市でお気に入りの品を見つけよう
p.079
上から:江戸後期の、武士階級の火消しの羽織。絞りの浴衣や、ボロの
(開催期間は 2013 年 9 月以降のもの)
半纏など素朴な藍の布物が人気。ふらりと立ち寄って、日本だけでなく、
平和島 全国古民具骨董まつり
アジア諸国の染物や織物と出会うのも楽しい。
国内で最も古い歴史をもつ、室内骨董市。
古民藝もりた
場所:平和島・東京流通センタービル 2F
港区南青山 5-12-2
開催日:9 月 20 ∼ 22 日、12 月 13 ∼ 15 日
Tel. 03-3407-4466
(年 5 回開催)
10:00 ∼ 19:00
www.kottouichi.com/heiwajima/ENGLISH.html
大江戸骨董市
国内最大規模の青空骨董市。
Blue & White
場所:東京国際フォーラム 地上広場
骨董の、その先へ
開催日:毎月第一・第三日曜日
p.079
アメリカ人の店主エイミー加藤さんが惹かれた 青と白 の
世界が、麻布十番にオープンして 40 年近く。「日本に来て間
antique-market.jp/eng/index.shtml
骨董ジャンボリー
500 店が出店する、国内最大級のイベント。
もないころ、たまたま手に取った藍染の布と会話しているよ
場所:東京ビッグサイト 東1ホール
うな気持ちになって」とエイミーさん。古裂を使ったキルト
開催日:2014 年 1 月 10 ∼ 12 日
や服、バッグなど、古きよきものたちが姿を変えて、暮らし
home.att.ne.jp/sun/jambokun/antique/e.html
に溶け込む。「金ぴかのものより、生活の気配があるものが
好き」
。店内はそんなエイミーさんの優しいまなざしに似た
空気に包まれる。
東美正札会
美術品品質の品々を手頃な価格で購入できる、
伝統ある古美術の展示即売会。
場所:東京美術倶楽部
稲葉玲子さんによる、古裂を使った人気のタペストリー。器は骨董でも
手頃なものや、現代作家のものまで揃う。もちろんテーマは 青と白 。
港区新橋 6-19-15
開催日:12 月 7 日、8 日
www.toobi.co.jp/en/event/index.html
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 骨董 ]
31
ザ・美術骨董ショー
新井薬師アンティーク・フェア
古美術から現代美術まで、世界各国の品々が揃う。
場所:新井薬師
場所:東京プリンスホテル
中野区新井 5-3-5
港区芝公園 3-3-1
開催日:毎月第一日曜日
開催日:毎年 5 月開催
www.japantique.org/top_en.html
毎週週末には、東京のどこかの寺社で青空市が開催されている。
ぶらりと出かけた先に、運命の出会いが待っているかもしれない。
花園神社 青空骨董市
場所:花園神社
新宿区新宿 5-17-3
開催日:毎週日曜日
kottou-ichi.jp
靖国神社 青空骨董市
場所:靖国神社
千代田区九段北 3-1-1
開催日:毎週日曜日
www.geocities.jp/thtckal
富岡八幡宮骨董市
場所:富岡八幡宮
江東区富岡 1-20-3
開催日:第一・第二・第四・第五日曜日
www.kotto-rakuichi.com
護国寺骨董市
場所:護国寺
文京区大塚 5-40-1
開催日:9 月 14 日、10 月 12 日、11 月 9 日、12 月 14 日
(毎週第二土曜日)
www.geocities.jp/gokokuji_kottouichi
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 骨董 ]
32
J apanese tex t
2013年 秋/冬号 日本語編
食
シェフ、リオネル・べカ、独創的な肉料理は京都の老舗名
大統領の午餐会
料亭の主人・村田吉弘氏と三國氏が共同で、そしてデセー
―日仏交流の Arts de la Table
ルは日本代表として世界的なコンクール、Coupe du Monde
de la Pâtisserie で活躍したパティシエ・寺井則彦氏が担当。
撮影=岡崎良一、佐藤竜一郎(p.083 下・ショコラ、p.085 ポートレイト)
文=大滝美恵子 コーディネート=政所利子(玄)
多忙なスケジュールで動く国賓のためであるゆえ、限られた
時間、軽めのランチという制限のある中、大胆でありながら
繊細さを兼ね備えた料理の数々が作りだされた。今回のメ
p.080
去る 6 月 7 日、フランスのフランソワ・オランド大統領をはじ
めとする 15 名の閣僚を迎えて、安倍晋三内閣総理大臣主催
のランチミーティングが行われた。その華やかなるテーブル
を演出したのは、日本を代表する食分野の第一人者たち。フ
ニューのコンセプトは、日本とフランスの素材を使い、両国
の料理手法を施すこと。そして、オランド大統領一行の前に
披露された皿たちは、こんなメッセージを運んできた。日
本の食材はフランス料理というジャンルでも十分に存在を発
揮できるポテンシャルを備えている、と。
ランスと日本の食材やストーリーを盛り込んだ皿たちが、美
食大国と呼ばれる2つの国の外交に大きな役割を果たした。
(p.082)
左:リムーザン牛と神戸牛のフィレ肉を、京都ならではの白味噌で一昼
(p.080)
夜マリネして西京漬けにした。絶妙な加減でローストし、木の芽味噌ソー
内閣総理大臣官邸小ホールで開かれたランチミーティング。フラワーデ
スを添えている。付け合わせには江戸時代から作られている 5 種の江戸
コレーションはフラワーデザイナー・花千代が担当。両国で愛される
東京野菜(金町小かぶ、伝統小松菜、つまみ菜、東京うど、奥多摩わ
芍薬をメインにダリア、あじさい、バラなどを使い、現代的な和のイメー
さび)と紫芽を使用。
ジでまとめあげた。柔らかい自然光が差し込む室内で、ピンクと紫のエ
レガントな色の組み合わせがとてもシャープに映えた。写真のファースト
右ページ:フランス産のきのこを使ったスープは、フランス料理の巨匠
プレートは政府主催の食事会に使われる紋入りのもの。
と呼ばれたシェフ、アラン・シャペルのレシピを再現。
魚料理は安倍総理の故郷である山口県産のマナガツオを、オランド大
統領の故郷・ノルマンディーの伝統的な手法で調理した。
国産の清見オレンジのコンポートとフランス産ミルクチョコレートを合わ
テーブルの上の文化交流
せた、世界的なコンクールで入賞した実績もあるレシピ。
山口県産の純米大吟醸「獺祭 磨き二割三分」。日本産の甲州種 100%
p.082
「国賓をお迎えするにあたり、料理はもちろん、皿やバター
の白ワイン「アルガブランカ ヴィニャル イセハラ 2012」。赤ワインはフ
ランス・ボルドー産「シャトー・ラ・フルール・ドゥ・ブアール」
。デザー
の配置からテーブルの花のあしらい、サービスにいたるま
トワインには両大統領の生まれ年の南フランスの「リヴザルト 1954」
。
で、les arts de la table― 芸術 と呼べる最高のひとときを
パンはプチバゲット、プチパンオノア、クロワッサンピリエ。ショコラは
演出しなければなりません。そこで、各分野のトップシェフ
左から宇治産抹茶、四万十産柚子、 一休 (大徳寺納豆)、兵庫県産
たちの力を借りて、究極のランチコースを作り上げようと思
金胡麻のプラリネ、 忍者 (桜の樹のスモーク)。
いました」と三國清三シェフ。日本人のフランス料理のシェ
フとして世界的にその名が知られる彼のもと、チーム・ミク
ニが結成された。スープは三國氏自ら、魚料理は東京を舞
台にその腕を振るう、三つ星レストラン出身のフランス人
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Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 食 ]
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形のパン、やわらかいくるみのパン、そして短いサイズのバ
ドリーム・チームの競演
ゲットでした」
p.084
サービスを担当したソムリエの中本聡文さんは、二人の
「東西の食の大国が、食の文化を世界に発信していく機会に
トップはじめ、出席者がほぼ完食したことに驚きを覚えた。
しましょう」との安倍総理の言葉でランチはスタート。まず
こういった席での食事は、通常、7∼8割食べて残すのが
最初に、安倍総理の地元・山口県の日本酒「獺 祭 磨き二
礼儀だという。「安倍総理が料理や食材について紹介され、
割三分」で乾杯がなされた。
ときにはひと口、食べてから、ご自身の言葉で話されてい
リムーザン牛や神戸牛のように国を代表する素材を使うこ
たのが印象的でした。国賓を招いたランチやディナーでは
とはもちろん、二人のトップのエピソードが語られる食材や
食事は『食事』にすぎないのが普通ですが、今回はとても
調理法が施され、胃袋だけでなく、好奇心も満たしてくれる
特殊なケースですね。目の前の料理や酒を介して大統領と
ような構成だ。当然、メニューの決定にはそれぞれのシェフ
総理が政治や経済、文化などについての会話を交わされ、
も相当、悩んだらしい。
『食を通じた外交』とはこういうものかと感嘆しました。安倍
魚料理を担当したフランス人のべカシェフは「今回、オラ
総理が描いた通りの、『ワーキングランチ』になったのでは
ンド大統領はフランスと日本との友好関係をさらに堅固にす
ないでしょうか」
るために来日されたと感じていました。だからこのランチは、
「最後にこれだけは、私から紹介をさせてほしい」とオラン
もちろん政治的な話をする場でもありますが、国と国との友
ド大統領が切りだしたのは、コーヒーと共に出されたショコ
情を育むこともとても大切なはず。だから安倍総理、オラン
ラ。大統領自身が、自分のおすすめとしてリクエストした日
ド大統領のルーツをたどってみました。まず日本人は素材を
本人ショコラティエ・小山進によるもの。「日本人の作るフ
活かした料理を好むので、安倍総理の故郷・山口県で獲れ
レンチショコラを評価してもらえてとても光栄」という小山
るマナガツオをセレクト。次にどうしたらオランド大統領が
シェフの言葉通り、多くの日本人がフランスでショコラ技術
この素材を気に入るかを考えて、大統領の出身のノルマン
を学び、ようやく日本でもチョコレートを楽しむ習慣が根付
ディー地方の、シードルやりんごをクリームソース仕立てに
いてきた。なかでも小山シェフは、ただ抹茶や柚子などの
する調理法を選びました。レモンの皮のコンフィをそえ、シ
和素材を使うだけでなく、桜の樹をスモークして深い香りづ
ンプルですが、奥深い味に仕上げました」
け を す る な ど、 日 本 人 の 創 る ショコ ラ、chocolat à la
そんなシェフたちの悩みに大きく影響されたのが、パンを
japonaise をさらに進化させている。
担当した木村周一郎シェフ。「私の作るパンは、店で販売す
ランチ後の会見で、オランド大統領は「こんなに素晴らし
るのはもちろん、数多くの有名なレストランからもオーダー
い料理をごちそうになって、安倍総理がエリゼ宮に来たらど
を受けています。もっと料理にあうパン作りを追求しようと、
ういう料理を出すか直ちに検討したい」と笑顔で発言した。
先日、エリック・カイザー氏(フランスのメゾンカイザーのオー
また、当日出席していた小松一郎駐仏大使(当時)に、
「私
ナー)と、アジアの星付きレストランを食べ歩いて、ガスト
の出身地の牛肉を出してくれてありがとう」とお礼の言葉が
ロノミーで出されるパンを研究してきたところでした。シェ
あったそうだ。2 国の味のハーモニーを見事に奏でた料理
フたちの渾身のひと皿に合うパンを提案しようと思っていた
だけでなく、「おもてなし」という言葉に集約される日本的
のですが、肝心の料理の内容がなかなか決まらなくて……。
な招待客への気遣いも、フランスの国賓たち、そして主催
料理の展開を想像しながら、オールマイティーに対応できる
した安倍総理を微笑ませたに違いない。
ように試作を繰り返し、決めたのがクロワッサン生地の円柱
実は今回のこのワーキングランチは、日仏関係を密にす
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 食 ]
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るほかに、日本文化の海外展開を図る「クールジャパン」
戦略の一環でもあり、日本の食文化の魅力を PR するのも大
きな目的だった。それゆえ、食材もただ高級なだけで選ば
れたのではない。肉料理の皿(p.082)の付け合わせには、
古く江戸時代から作られている 5 種類の江戸東京野菜(金
(p.084)
「特別なことをするのではなく、とにかくミスをしないことを目指しました。
安倍総理に恥をかかせてはいけないと自分に言い聞かせました」
三國清三 シェフ
オテル・ドゥ・ミクニ
www.oui-mikuni.co.jp
町小かぶ、伝統小松菜、つまみ菜、東京うど、奥多摩わさび)
と紫芽が使われた。
江戸東京野菜というのは、江戸時代頃から、東京の周辺
で栽培されている伝統ある野菜のこと。奥多摩の『千島わ
さび園』のわさびは、良質で温度の低い水が一年中湧き出
している標高 1100 メートル程の山の谷間で栽培されてい
「自分が育った本当の故郷・フランスと、自分を受け入れてくれた第二
の故郷・日本。大切な二つの国のために役に立てる機会を持てて幸せ
でした」
リオネル・べカ シェフ
エスキス
www.esquissetokyo.com
る。石で組んだ階段状のわさび田で育つわさびは、根元に
も空気がふんだんに届き、それゆえ茎が太くて味が濃い。
「同じ調理法でも、加熱時間などを細かく工夫することで、味も脂質も違
立川の『須崎農園』は、うどを栽培している東京でも数少
う2種類の牛肉のそれぞれの美味しさを引き出しました。チームメン
ない生産者。うどは日本原産の山菜のひとつで、成長する
バーのカラーが各品によく出ていましたし、非常に高いレベルでの創作
と 2 ∼ 3 メートルもの高さになる。東京うどは、深さ 2 メー
トルくらいの地中で太陽の光を当てずに育てられ、茎は白く、
柔らかい歯ごたえが特徴だ。
ができたことを誇りに思います」
村田吉弘 シェフ
菊乃井
kikunoi.jp
食材の生産者、それを皿に表現する料理人たちによって、
支えられている日本の食文化。今回、国賓をもてなす重要
な場で、それも世界随一の美食大国相手にその実力を発揮
できたことは、さらに日本食が世界へアピールしていく上で
の大きなきっかけとなったに違いない。
(p.085)
「オランド大統領がチョコレート好きだと聞いていたので、日本産の清見
オレンジを使って驚きのあるデザートを出したいと思いました。ボンボ
ンショコラが後に続くので、あまりチョコレートの味がしつこくならない
ように考えました」
寺井則彦 パティシエ
エーグルドゥース
「関西のアトリエから細心の注意を払って運びました。完璧な状態のショ
コラを出すために、お召し上がり頂く時間差を考えて、一粒ずつ皿に盛
りました」
小山 進 パティシエ&ショコラティエ
パティシエ エス コヤマ www.es-koyama.com
「ワインのセレクトには 3 つのポイントがありました。会話のきっかけと
なるように、
日本とフランス両国のワインを選ぶこと。フランスのボルドー
は、名前ではなく、質で選ぶこと。そして、オランド大統領と安倍首相
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 食 ]
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の生まれ年のヴィンテージを組み込むことでした」
田崎真也 ソムリエ
田崎真也ワインサロン
www.tasaki-shinya.com
「
『おもてなし』という心遣いを含めた日本の食文化の繊細な良さを伝え
られたワーキングランチだったと思います」
中本聡文 ソムリエ
ロオジエ
losier.shiseido.co.jp
「美食を誇る日本とフランスは、食に対する感覚が近いと思っています。
おかわりをしてくれた方もいて、認めていただけたのが嬉しかったです」
木村周一郎 ブーランジェ
メゾンカイザー
www.maisonkayser.co.jp
「フランスで花の勉強もしたので、今日の会はまた特別でした。フランス
と日本のかけ橋になることを願って、花のセレクト、デザインを考えまし
た」
花千代 フラワーデザイナー
花千代フラワーデザインスタジオ
www.hanachiyo.com
(p.085)
上:当日の料理に使われたフランス産アンズタケとシバフタケ、江戸東
京野菜の金町小かぶ、伝統小松菜、東京うど、奥多摩わさびなど。
左上:奥多摩のわさび栽培は 400 年もの歴史がある。『千島わさび園』
の千島国光さんは、8 年かけて手作業で石垣とトロッコを整備した。
左:
『須崎農園』の須崎雅義さんは、ウド栽培歴 40 年以上。地中に掘っ
た 8 個の穴倉で、光を当てずに育てる「軟白うど」を育てている。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 食 ]
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J apanese tex t
2013年 秋/冬号 日本語編
旅
左ページ ・七石舞台。能の公演やコンサート、ウエディングなどに使わ
閑かなる森の呼び声
れている。
―二期倶楽部
上・10 年計画の「庭プロジェクト」の「庭 I」はツリーハウスクリエーター
の小林崇氏が手がけた。二期倶楽部の所有する横沢の森に立つツリー
ハウス。「庭Ⅱ」建築家・石上純也氏がランドスケープをてがけるシェ
撮影=太田宏昭 文=編集部
アファーム。植物園のように美しい農場になるという。
p.086
下左・東館に面する水田。
下右・東館のパビリオン。
川と川の出会うところ、水は滔々と流れ、あたりは広葉樹の
森と篠笹に覆われている。「ここにホテルを建てよう」
。そうし
て生まれた小さなホテルは人々の集う場所となりアートの発
信地となった。
Architecture
p.088
ホテルを訪れるとわりと高い頻度で石畳の道を歩くこととな
ホテルから二會川を挟む対岸の森の中に七石舞台「かがみ」
がある。四国は香川県の石の里、庵治町から運ばれてきた
七つの巨石と鏡面ステンレスを組み合わせた舞台、というよ
りは石の彫刻だ。彫刻家イサム・ノグチは石に惹かれ、四
国にアトリエを構え数々の作品を生み出した。そのイサム・
ノグチと創作を共にした和泉正敏氏が石師として「かがみ」
の設置に参加。構想は日本文化の研究者・松岡正剛氏、建
築設計は内藤 廣 氏という二期倶楽部が仕掛けたこの舞台
は、二期倶楽部の描くアートコロニー構想の象徴といえる場
である。
木立が映り込むステージに立つと、いやでもこの森の空
間的な広がりを意識せずにはいられない。そこは人を拒む
原生の森ではなく、かといって人の手が入りすぎてもいない、
『森の生活』の著者ヘンリー・D・ソローが好みそうな思索
的な森だ。そしてその森を含む広大な敷地の中心にこれも
また象徴的な水田がある。
風土が文化を形作るなら、縄文の文化を生んだいかにも
日本的なこの広葉樹の森と、日本の生活様式の生成に深く
関わった稲作の風景の中を歩くことで、ゲストは日本文化の
ルーツを肌で感じることができる。それは、他のホテルとは
異なる存在意義を究めようとする二期倶楽部の精神の源泉
に触れるということでもある。
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る。敷地内で客室とダイニングなど施設を繋ぐ通路としての
石畳は、見方によっては森と建築物との緩衝地帯のような存
在に思える。同時にそれは人を繋ぐ。
1986 年、二期倶楽部が誕生した時、たった 6 室のメンバー
ズクラブからのスタートだったことはよく知られているが、そ
の佇まいは森の中の小さなホテルというにはあまりに存在感
のある大谷石の壁と石畳、アカマツの太い梁による建築で、
ホテル創業者の個性的な美意識を強く人々に印象づけた。
大谷石は蔵や城の外壁などに使われてきた伝統的な石材だ。
その伝統素材を大胆かつモダンに用いた渡辺明設計のこの
建築は、二期倶楽部と聞いて誰もが最初にイメージする光
景の一つとなった。
本館客室の前に広がる小石で造形された池は、それ自体
が水のインスタレーションとなっている。波紋が一番美しく
広がるという深さ 5 センチの水位に設定され(つい小石を投
げ込んでしまう)
、雨の日には軒からの落ちる雫が水面に模
様を描く。ベンチに腰掛け、その様子を見て過ごすゲストも
多いという。
大谷石の敷石に導かれて渓流に向かって傾斜の急な階段
を下りて行くと、空間デザイナー・杉本貴志氏の設計による
別館客室に至る。2010 年にリニューアルされた客室は、渓
流沿いの陰影に富む庭園とより一体化する造りだ。かけひや
灯籠が白いパラソルと共存する無国籍風な庭。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 旅 ]
37
テレンス・コンラン卿が手がけた東館(NIKI CLUB & SPA)
もつ特徴を最大限にいかして完成させていくそのプロセス
の客室は、石畳の小さな広場を囲むように建てられた 24 棟
は、日本人独特の感性です」と二期倶楽部の北山ひとみ社
のパビリオンになっている。ゲスト同士がこの広場空間で交
長は語る。
流するという、二期倶楽部らしい仕掛けだ。確保されたプラ
岸 真由美、 児玉靖枝、 中井川由季や中島晴美、 板橋
イバシーを謳う宿とは逆の発想。日本の湯治場と同じように
廣美、加藤 委……と挙げていけばきりがない。公共スペー
現代の Spa は人が集う場所なのだ。
スにさりげなく置かれているが、これは美術館を訪ねている
パビリオンの外壁は、縦組み志向の日本の木造建築とは
ようなものだ。しかし、アートコロニーというホテル創立時
異なる横組みの木製のルーバー。森の木々の垂直線と交差
に決めたコンセプトの目的は、アートの蒐集ばかりではない。
する水平線が、この広場一帯にモダンな気配を漂わせてい
たとえば、ホテル敷地内にある「アート・ビオトープ那須」
る。
はアーティストたちの創作をサポートするレジデンスで、招
聘されたアーティストは 2 ∼ 3 か月滞在しながら併設された
(p.089)
陶芸やガラスの工房で製作をする。
左ページ・栃木県の大谷町周辺で産出される大谷石を使った建築はモ
ダンな神殿のようにも見える。壁は土蔵の外壁などで使われる、漆喰の
盛り方が特徴的な海鼠壁という伝統的手法が用いられている。
上・杉本貴志氏がデザインした本館の屋根は小石が敷き詰められ、川
「良い環境を整えれば、それに響く良い人間たちが集まる。
予算がある方は二期倶楽部に泊まればいいし、ない方はアー
トビオトープに泊まる。でも心は一緒。理想論かもしれない
から続く河原を描く。写真はコンラン卿の手がけた東館パビリオンの屋
けれど、本気でそう思って仕事をしてますね」
根だが、同じ表現によって調和がはかられている。
二期倶楽部の祭り「山のシューレ」
。アーティストや文化
中・建築と植栽の間を縫うようにつくられている東館の石畳の道。時を
人が集まってシンポジウムや体験プログラムを行うイベント
経るに従い景観に溶け込んでいく。
も始まって 6 年になる。その顔ぶれの多彩さ。「集い」がこ
下・二期倶楽部で最初に建築された平屋建ての本館。波紋の美しい池
にすべての客室が面している。
のホテルでは常に進化を続けている。
(p.090)
上・レセプションの前にある中井川由季の陶芸オブジェ。
Art
右ページ上段左から、ダイニングにかかる児玉靖枝、小池頌子、小川
p.090
建築も一つのアートだが、文字通りアーティストが建築に携
わっている例もある。杉本貴志氏がデザインした本館にある
待子の作品、中段左から本館のライブラリー、ダイニングに架かる岸 真
由美、加藤 委の各作品、下段左から、観季館バーのかつての名バー「ラ
ジオ」の若林奮作のカウンター、小池頌子の作品、畠山耕治のブロン
ズ壁。
ブロンズの金属壁だ。メタルアーティストの畠山耕治氏が担
当したこの壁は、設置から十数年経た今もその色合いを変え
ることなく落ち着き払っている。そして館内の随所で目にす
Hospitality
る数々のアート作品。
「全部現代なんです。同時代の作家のものを置くことに意
p.092
「良いリゾートには良い宿があるものです。宿では清潔な寝
味があると考えています。日本人の美意識は自然と共生しな
具と、美味しい料理が供され、加えて芸術を楽しめる劇場や
がら四季の移り変わりの中で育まれたといっていいと思いま
ギャラリーが揃っている。さらに、村のシンボルとしての祭り
すが、日本のアーティスト、工芸家たちのそれぞれの素材が
があると一層嬉しいものです」
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 旅 ]
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と北山社長はいう。石上純也氏がランドスケープを手がけ
右下・特製のランチが入ったバスケットを携えて森を巡り、好きな場所
るビオ・ファーム、大人が楽しめるデイスパ、シニアレジデ
で敷布を広げる。シャンパンやワインクーラーはオーダーすると直接届
ンスなど、さまざまな人々の知恵を結集して、二期倶楽部を
中心とする横沢エリアの開発は広がって行くようだ。
けてくれる。二期倶楽部らしいピクニックランチ。
(中)
「今は山登りにたとえたら 5 ∼ 6 合目くらい。でも山頂は見え
人気の朝食の和食膳。紅鱒の西京焼、旬の野菜の煮物、豆乳で作った
ています。ヒューマンサイズを失うことなく、小さくても自然
自家製豆腐などのお重に、二期倶楽部の卵、釜炊きご飯など。今年日
と共生しながら、生命の響きをもつ村をつくりたい」
本経済新聞が行った「ホテルで楽しむ優雅な朝食」のランキングで第
二期倶楽部のスイートルームは決してゴージャスでもだ
一位になった。
だっ広いリビングでもない。高級リゾートホテルにありがち
なそれとはちょっと違う。しかし、家族が集って別荘のように
して親密に過ごす空間として見れば、ちょうどいい安らぎが
左ページはレセプション前の季節のしつらい。9 月の重陽の節句のアレ
ンジ。
二期倶楽部
得られるスペースだ。インテリアコーディネーターの甘露寺
栃木県那須郡那須町高久乙道下 2301
芳子氏による自然との調和を意識したしつらいは押し付けが
Tel. 0287-78-2215
ましさがなく、上品で、かつ飽きない。そして、キッチンガー
Fax 0287-78-2218
デンで収穫した野菜を中心としたヘルシーでとびきり美味し
Email: [email protected]
い二期倶楽部の料理。
和と洋、伝統と現代、野趣と上品――こういった一見相反
www.nikiclub.jp
写真は二期倶楽部の創業者、代表取締役総支配人の北山ひとみさん。
するもの同士を微妙な均衡の中で両立させているのは、セ
ンスというよりインテリジェンスだ。リピーターが絶えず、長
く愛されるこのホテルの人気の理由が見える。
「この土地のシンボルである那須連山の広い裾野の中腹にい
て、私はここを『中山間地帯の山里』と勝手に呼んでいます。
中山間地帯は西には豊かな場所があるのだけど、北関東で
はあまりぱっとしない。中山間地帯の山里としてのありかた
を自分なりに追究しているんです」
二期倶楽部がこれからどんなホスピタリティーを備えたホ
テルとして、この那須の地に根ざして行くのか、多くの人々
が注目している。
(p.093 上 )
左上・本館別館「楓」のリビング。
左下・本館別館「水庭」のベッドルーム。水を張った池に面した和室
がある。
右上・森のコンシェルジュは森の専門家。朝の散策ツアーで二期倶楽
部の森からキッチンガーデンまで案内してくれる。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 旅 ]
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J apanese tex t
2013年 秋/冬号 日本語編
料理
おせち
金柑甘露煮
―新年 祝いの食卓
だて巻き ★
撮影=佐伯義勝、鈴木一彦(p.95)
魚のすり身をカステラのように甘くふんわりと蒸し上げたか
協力=古屋留美 料理=柳原一成
まぼこは、オランダから伝わった鶏卵菓子に由来。
p.095
一家揃って新しい年の始まりを祝って囲むのが、日本のおせ
ち料理。地方によって、また家庭によっても料理や味はさま
ざまだが、受け継がれる祝いの心や願いは皆同じだ。今こそ
見つめ直したい、日々の食への感謝の念と心豊かな生活へ
の願い。その原点を、江戸時代の料理としきたりを現代に伝
える近茶流・柳原家のおせちに見た。
黒豆 ★
数の子 ★
粒の多いにしんの卵は、子だくさん、子孫繁栄を祈願する
縁起物として祝いの膳に欠かせない。
照りごまめ ★
干した片口いわしが田んぼの肥料にも使われたことから、
(p.094)
このページ:おせち料理の代表格、黒豆には、「黒々と日焼けするほど
達者に働けるように」と、新たな年への願いが込められる。
反対ページ、中央:こちらも正月には欠かせない、雑煮。餅とさまざま
な具材を、だしたっぷりの汁とともに頂く。江戸湾の車海老に、浅草の
五穀豊穣への願いを表す。
紅白柿なます ★
大根の白、にんじんと柿の赤が縁起よく、華やかさを添える。
りなど、柳原家ならではの味だ。
p.096
★印は p98 99 にレシピあり
ぼたんゆり
八つ頭のうま煮
錦玉子 ★
裏ごししたゆで卵を蒸した、優しい甘さの口取り。
はぜの昆布巻き
はぜは江戸庶民の大好物。餌を発見するとすぐに腹に収め
紅白日の出かまぼこ
てしまう習性があることから、「すばやく目標を達成する」と
縁起のよい紅白 2 色のかまぼこは、祝いの膳に欠かせない。
いう縁起もある。
矢羽根羹
芽出しくわい
大和芋で作った羊羹に模様を描き矢羽根に見立てたもの。
くわいは最初に大きな芽を 1 本出すことから、出世への願
破魔矢を表し、魔よけの意味が込められる。
いが込められる。
豆きんとん
盾豆腐の含め煮
栗きんとん ★
陣笠しいたけと手綱こんにゃくのうま煮
砂糖をふんだんに使い、金銀財宝に見立てた黄色をしてい
煮含めた高野豆腐に焼き目をつけて盾に見立て、家が「守
る口取りは、江戸庶民にとって贅沢の象徴だった。
られる」よう祈りを込める。しいたけを陣笠に、こんにゃく
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Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 料理 ]
40
を手綱に見立てた煮物は、戦勝を祈願。武勇を祈念する料
江戸おせちの縁起に込められた正月の心
理は、武士の世の名残を映す。
煮しめ ★
子いもがたくさんつく里いもには子孫繁栄を、穴のあいた
れんこんには「見通しがよい」とかけて家業の繁栄をと、縁
起を担いだ食材揃い。
p.097
「おせちの重箱は、料理の技術が詰まった宝箱です」と、近
茶流 現・宗家の柳原一成さん。確かな包丁さばき、季節感
を踏まえた材料の吟味――など、四段重に詰められた料理
のすべてに、柳原さんが指導する近茶流江戸懐石の技術の
基本が要される。「毎年おせち作りをすると、年を追うごと
ひらめの求肥昆布じめ
に少しずつ腕が上がったことがわかり、嬉しいものです。同
砂糖蜜で味付けされた昆布で、しょうがのせん切りとともに
じ材料でも年ごとの状態の違いに気づき、素材を吟味する
ひらめを巻いたもの。
力もつきます」
大漁や豊作に恵まれ、江戸時代においても特に平和な世
花れんこん ★
さわらの西京焼き
鶏の松風焼き ★
の中であった文化・文政期(1804 ∼ 1830 年)
。自由闊達
な町人文化が花開き、料理の指南書も大流行したこの時期
に、柳原家家伝の「近茶料理」は興った。
新年を寿ぐしきたりは、古くは中国から伝来し朝廷で行わ
れていた儀式が、江戸時代に広く町人の行事として広まった
わかさぎの南蛮漬け
ものといわれる。祖先の魂がその家の一年の平安を守る「年
神」であると信じ、年末に大掃除をして家中を清め、年神
なまこ柚香酢
こはだ粟漬け ★
こはだを酢でしめる調理法は江戸後期に考案され、庶民に
人気のおかずになった。財運や魔よけを意味する黄色に染
めた粟と合わせて、縁起のよい一品に。
を迎える準備をする。そのなかで、米や餅、昆布、熨斗鮑
などの縁起の良い食材を三方にのせ、床の間などに供える
「蓬莱飾り」が、おせち料理の起源である。供えた物を下げ
てそれを頂き、人が神と食事を共にすることを象徴する儀礼
から、美味しく食べることのできるおせちの形が生まれた。
「前年の秋の実りを感謝し、平安に新春を迎えられたという
車海老の酒塩いり ★
喜びと、また新しい年が豊かであるようにとの願いをおせち
にこめる。我が身我が家に対する福の感謝として、年神に
きすの風干し
供えるという考えから、お重にはおせちをたっぷり盛り込み
ます」と柳原さん。農作に関連した、五穀豊穣や健康を祈
願する祝い肴を筆頭に、子孫繁栄、財運、武勇などの祈り
(p.097)
漆の重箱にぎっしりと詰められた姿が賑々しい、江戸おせち。写真左下
から時計回りに:一の重には黒豆・数の子・ごまめなどの代表的な祝
を込めた料理の数々は、今に受け継がれる江戸の心といえ
る。
い肴を。二の重には甘さが楽しめる口取りを中心に。三の重には海の幸、
日常生活が多彩で豊かになった現代、日本は豊富な食物
四(与)の重には山の幸が並ぶ。
に恵まれる。医療や科学の発達も手伝って、神に心から平
安を願うこともなく、グルメを楽しむ傾向が強くなっている、
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 料理 ]
41
と柳原さんは見る。「ささやかながら、祭事儀礼をせめてお
C
せちに残し、食を通して次の世代にこの国の文化を伝えた
れんこん ………………………………………………… 150g
いと思うばかりです」
こんにゃく ………………………………………………… 1 枚
だし ………………………………………………… 1½ カップ
柳原一成(やなぎはら・かずなり)
砂糖…………………………………………………… 大さじ 3
「江戸懐石近茶流」宗家。東京・赤坂にて「柳原料理教室」を主宰。
包丁さばきの技術、季節の素材選び、盛りつけ、器から膳組に至るまで、
薄口醤油……………………………………………… 大さじ 1
醤油・みりん ……………………………………… 各大さじ 2
質実剛健の様式美を旨とする料理道を今に伝授する。
酢………………………………………………………… 適量
A
❶ 里いもは六面むきにして乱切りにする。米のとぎ汁で下
四段重ねの晴れやかな柳原家の江戸おせちから、ここではそ
ゆでする。
の中でも基本の品々のレシピをご紹介する。二晩かけて準備
❷ にんじんは 4cm の長さに切り、それぞれ 8 等分する(写
が必要なものもあるが、丁寧に下ごしらえをしながら、年改
真下)。色目をよくするため、芯の色が白い部分は取り除く。
まる時への気分も引き締まるはず。
❸ 鍋にだしと、1の里いも、2のにんじんを入れて火にかけ、
煮立ったら砂糖を加え、落としぶたをする。
p.097
<特に記載のない限り全て4人分の分量>
❹ 4 ∼ 5 分ほどしてから醤油、みりんを加え、弱火で煮る。
❺ 絹さやは塩を加えた熱湯でさっとゆで、水にとる。里い
煮しめ (p.097 ⑱ )
もとにんじんの煮汁にさっとつけ、それぞれの煮しめを盛り
[ 材料 ]
つける際に添える。
A
B
里いも…………………………………………………… 120g
❶ ごぼうは包丁の背で皮をこそげ取り、乱切りにして米のと
にんじん …………………………………………………… 1 本
ぎ汁で下ゆでする。
だし ………………………………………………… 3 カップ l
❷ 干ししいたけは水に一晩つけてもどし、軸を除いて半分
砂糖…………………………………………………… 大さじ 5
に切る。
薄口醤油……………………………………………… 大さじ 2
❸ 鍋にだしと1のごぼう、2のしいたけを入れ、火にかけ
みりん ………………………………………………… 大さじ 1
て煮立ったら砂糖を加える。4 分ほど煮てから醤油、みりん
絹さや ……………………………………………………… 20g
を加えて弱火で色よく煮る。
塩………………………………………………………… 適量
C
B
❶ れんこんは 1cm 厚さの輪切りか半月切りにし、酢水でゆ
干ししいたけ ……………………………………………… 6 枚
でる。
ごぼう …………………………………………………… ½ 本
❷ こんにゃくは 1cm 幅の短冊に切り、中央に縦に小さく切
だし ………………………………………………… 1½ カップ
り目を入れて、一方の端をくぐらせ、手綱形にする。熱湯で
砂糖…………………………………………………… 大さじ 4
ゆがく。
醤油…………………………………………………… 大さじ 3
❸ 鍋にだしと1のれんこん、2のこんにゃくを入れ、火にか
みりん ………………………………………………… 大さじ 2
けて煮立ったら砂糖を加え、落としぶたをする。4 ∼ 5 分ほ
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 料理 ]
42
ど煮てから醤油、みりんを加えて弱火で色よく煮る。
黒豆 (p.094, 096 ⑧ )
[ 材料 ]
照りごまめ (p.096 ⑩ )
[ 材料 ]
ごまめ ……………………………………………………… 50g
砂糖…………………………………………………… 大さじ 3
醤油………………………………………………… 大さじ 2½
❶ ごまめを厚手の鍋に入れて頭や尾が少し色づく程度に煎
り、半紙に広げて冷ます。
❷ 鍋に砂糖と醤油を入れ、火にかけて砂糖を溶かし、すくっ
たとき糸のようにぽとりと落ちる程度の堅さになるまで煮つ
める ( 写真左 )。火からおろし、蜜が熱いうちにごまめを入
れてまんべんなくからませる。
❸ 鍋の端にごまめを寄せ、蜜の部分に細かい泡が立つまで
弱火にかける ( 写真右 )。こうしておくと、からんだ蜜が溶
け出すのを防げる。火からおろし、もう一度軽くからめる。
数の子 (p.096 ⑨ )
[ 材料 ]
塩数の子……………………………………………… 4 ∼ 5 本
だし …………………………………………………… ½ カップ
酒……………………………………………………… 大さじ 1
薄口醤油…………………………………………… 大さじ 1½
❶ 塩数の子は半日から 1 日くらい水につけて塩抜きし、細
い竹串などで白い薄皮を丁寧に取り除く( 写真左 )。
❷ 鍋にだしと調味料を合わせてひと煮立ちさせ、冷めてか
ら数の子の水気をきって浸し、1 ∼ 2 日ほどおいて味を含ま
せる。
❸ 2の数の子を、くし目がばらばらにならないように、そぎ
切りにして盛りつける。
黒豆…………………………………………………… 3 カップ
重曹…………………………………………………… 小さじ 1
熱湯………………………………………………… 約 8 カップ
《蜜》 砂糖………………………………………………… 3 カップ
醤油……………………………………………… 小さじ 1½
水…………………………………………………… 2 カップ
凍みこんにゃく …………………………………………… 1 枚
醤油………………………………………………………… 少々
ちょろぎの赤梅酢漬け ………………………………… 適量
❶ 黒豆は洗って鍋に入れ、重曹と熱湯を加えて一晩おく。
翌朝、そのまま強火にかけ、沸騰してきたところで一度あく
をすくい(写真左)
、弱火にして 3 ∼ 4 時間あくをすくいな
がら煮る。汁が少なくなったら湯をたす。
❷ 豆を指で軽く押さえてつぶれるようになったら(写真右)、
さらに煮つめて色をもどし、火を止めて人肌になるまでおく。
豆を取り出して別の鍋で水からゆでて、軽く沸騰したらざる
に上げる。
❸ 蜜用の砂糖と醤油、水を鍋に入れて火にかけ、砂糖を溶
かして人肌ぐらいまで冷ます。
❹ 2をぬるま湯で洗い、煮汁を流し、豆の皮を破らぬように、
水がきれいになるまで洗い流す。皮の破れた豆は取り除く。
❺ 4の豆の水気をきって3の蜜に入れ、紙ぶたをし、弱火
で 3 ∼ 4 分静かに煮てから火を止め、一晩おく。
❻ 翌日、蜜から黒豆を取り出し、蜜だけを火にかけて軽く
煮つめる。黒豆を戻して、さらに甘みを含ませる。
❼ 凍みこんにゃくはぬるま湯でもどし、黒豆を取り出した蜜
で下煮をした後、醤油少々を加えて煮含める。ちょろぎとと
もに黒豆に添える。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 料理 ]
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柳原家の江戸雑煮 (p.095)
ぜ合わせる。
[ 材料〈4 人分〉]
❸ 流し缶に裏ごしした白身を入れて平らにならし、その上
とり ささ身 ………………………………………………… 80g
に
車海老……………………………………………………… 4 尾
んわりとのせる。
小松菜…………………………………………………… 150g
❹ 湯気のたった蒸し器に3を入れ、少しずらしてふたをし、
のし餅 ……………………………………………………… 4 個
中火で 4 ∼ 5 分蒸す。
浅草のり(あれば)もしくは のり …………………… ½ 枚
❺ 人肌に冷めてから、形をくずさぬよう取り出し、好みの寸
《煮汁》 量の黄身を入れてもう一度軽く押さえ、残りの黄身をふ
法に切る。
だし ………………………………………………… 4 カップ
塩・薄口醤油…………………………………… 各小さじ 1
酒、塩………………………………………………… 各適量
栗きんとん (p.096 ⑤ )
黄柚子…………………………………………………… 適量
[ 材料 ]
栗の甘露煮……………………………………………… 12 個
❶ とりささ身はそぎ切りにして薄塩をし、熱湯で霜ふりにす
甘露煮の蜜…………………………………………… 大さじ 2
る。車海老は酒と塩を加えた熱湯でゆでる。小松菜は塩ゆ
さつまいも ………………………………………………
でする。のし餅はマッチ箱大に角切りにしてこんがり焼き、
焼きみょうばん ……………………………………… 小さじ 1
浅草のりはさっと焙って、小さく四角に切る。
水……………………………………………………… 4 カップ
❷ 鍋でだしを温め、塩と薄口醤油で味をととのえる。ささ
くちなしの実 ……………………………………………… 2 個
身を加えてひと煮立ちさせる。
砂糖……………………………………………………… 230g
❸ お椀に1とささ身を盛りつけ、だしを注ぎ、細く切った柚
塩……………………………………………………… 小さじ
子の皮を添える。
みりん ………………………………………………… 大さじ 2
個
❶ さつまいもは 1cm の輪切りにして皮を厚くむき、みょう
錦玉子 (p.096 ① )
ばんを溶いた水に 30 分浸す。
[ 材料 14 × 12cm の流し缶 1 個分 ]
❷ 1を水洗いして鍋に入れ、かぶるくらいの水(分量外)
卵…………………………………………………………… 8 個
をはり、半分に割ったくちなしの実を入れて火にかけ、竹串
砂糖………………………………………………………… 80g
が通るまでゆでる。熱いうちに裏ごしする。
塩……………………………………………………… 小さじ ½
❸ 2を鍋に入れ、砂糖と甘露煮の蜜を加え、中火で焦がさ
砂糖…………………………………………………… 大さじ 2
ないように手まめに練る。
みりん ………………………………………………… 小さじ 1
❹ 鍋底に木じゃくしの筋が残る程度になったところで塩とみ
りんを加え、栗を混ぜ入れて、つやよく練り上げる。
❶ 卵を堅ゆでにし、水に浸してから殻をむき、黄身と白身
に分ける。
❷ 黄身と白身を別々に裏ごしにかける。砂糖と塩を混ぜて
ふるいにかけ、黄身と白身に半量ずつふり込んで、軽く混
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 料理 ]
44
だて巻き (p.096 ⑦ )
ら火を止め、冷ます。
[ 材料 24 × 20cm の天板 1 枚分 ]
❸ 1の大根とにんじん、干し柿を混ぜて2の甘酢であえる。
魚のすり身 ……………………………………………… 150g
細いせん切りにした柚子の皮をふる。
卵…………………………………………………………… 6 個
砂糖……………………………………………………… 100g
酒、みりん ………………………………………… 各大さじ 1
花れんこん (p.097 ⑳ )
薄口醤油……………………………………………… 小さじ 1
[ 材料 ]
れんこん ………………………………………………
❶ 魚のすり身をすり鉢でのばし、砂糖と溶きほぐした卵を少
しずつ入れ、酒・みりん・薄口醤油を加えてさらにすり混ぜ
カップ
赤唐辛子……………………………………………… 小 2 本
《甘酢》 る。
米酢………………………………………………… 大さじ 2
❷ 天板にクッキングシートを敷き、1を流し入れ、200 ∼
だし ………………………………………………… 大さじ 2
240 度のオーブンの上段でゆっくりと焼く。
砂糖……………………………………………… 大さじ 2
❸ ほどよい焼き目がついたところで鬼すだれにとって形よく
塩………………………………………………………… 少々
巻き、紐でしばって冷ます。
❹ すだれをはずし、好みの厚さに切る。
❶ れんこんは水洗いし、皮目の穴と穴の間に包丁目を入れ、
穴にそって皮を深くむき、花形にする。薄く切り、酢水に漬
ける。
紅白柿なます (p.096 ⑪ )
❷ 鍋に酢水ごとれんこんを入れて火にかけ、透明感が出る
[ 材料 ]
までゆでてざるに上げる。
大根……………………………………………………… 400g
❸ 甘酢用のだしと調味料を小鍋に入れ、火にかけてひと煮
にんじん …………………………………………………… 30g
立ちさせる。
《甘酢》 米酢…………………………………………………
❹ ボウルに2のれんこんと種を抜いた赤唐辛子を入れ、3
カップ
の甘酢を注ぎかけて味を含ませる。
砂糖……………………………………………… 大さじ 2
塩………………………………………………………… 少々
干し柿 ……………………………………………………… 2 個
鶏の松風焼き (p.097
黄柚子……………………………………………………… 少々
[ 材料 14 × 12cm の流し缶 1 個分 ]
塩………………………………………………………… 適量
とり ひき肉 ……………………………………………… 200g
)
卵………………………………………………………… ½ 個
❶ 大根とにんじんは 4cm 長さの縦の細いせん切りにし、ボ
味噌………………………………………………………… 20g
ウルに入れて水が出るくらいに塩もみする。塩気を少し残す
砂糖…………………………………………………… 小さじ 2
程度に水洗いして、堅く絞る。干し柿はへたと種を取り、小
醤油…………………………………………………… 小さじ 1
口切りにする。
サラダ油 ………………………………………………… 適量
❷ 甘酢の調味料を合わせて火にかけ、ひと煮立ちさせてか
けしの実 ………………………………………………… 適量
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 料理 ]
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A
はだにふりかけて一晩漬ける。
醤油・みりん …………………………………… 各 カップ
砂糖………………………………………… 大さじ 1½ ∼ 2
車海老の酒塩いり (p.097
❶ とりひき肉に卵、味噌、砂糖、醤油を加え、よくすり混ぜ
る。
)
[ 材料 ]
車海老……………………………………………………… 8 尾
❷ 流し缶に入れて 12 分程度蒸す。
《酒塩》 ❸ 蒸しあがった2を缶から抜き、油を薄くひいたフライパン
酒…………………………………………………… 大さじ 4
で両面を焼く。A を加えてさらに焼き、照りをつける。仕上
水…………………………………………………… 大さじ 3
げにけしの実をふり、適当な大きさに切る。
塩………………………………………………………… 少々
薄口醤油…………………………………………………… 6 個
砂糖……………………………………………………… 100g
こはだ粟漬け (p.097
)
酒、みりん ………………………………………… 各大さじ 1
[ 材料 ]
薄口醤油…………………………………………………… 少々
こはだ …………………………………………………… 12 尾
《三杯酢》 ❶ 車海老は頭と胴のつけ根に竹串を刺して背わたを取り、
酢……………………………………………………
カップ
胴の腹側に縦に包丁目を入れる。
砂糖……………………………………………… 大さじ 1
❷ 小鍋に酒と水、塩を入れて火にかけ、煮立ったら車海老
薄口醤油…………………………………………… 小さじ 2
を入れて赤く色づくまで煎る。火を止めるとき、少量の薄口
粟……………………………………………………… 大さじ 3
醤油を落とす。
くちなしの実 ……………………………………………… 1 個
水……………………………………………………… 2 カップ
赤唐辛子…………………………………………………… 1 本
塩、酢………………………………………………… 各適量
❶ こはだはうろこを取って頭と内臓を取り、水洗いしてから
三枚におろし、腹骨をすき取る。
❷ 小鍋に三杯酢用の材料を入れて火にかけ、砂糖が溶けた
ところで火からおろし、冷ましておく。
❸ 1のこはだを盆ざるに皮を下にして並べ、薄塩をして約
20 分おき、さっと生酢で洗い、2の
量に浸す。
❹ 半分に割ったくちなしの実を 2 カップの水に入れ、火に
かけて色を出し、こす。その汁に粟を入れてゆでる。
❺ 粟をさらしにとって冷まし、残りの三杯酢に漬けて、ぬる
ま湯につけて種を抜いた赤唐辛子の小口切りとともに3のこ
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 料理 ]
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J apanese tex t
2013年 春/夏号 日本語編
旅
ない森は、全体が黄一色になった風景が広がっている。こ
全国紅葉徹底ガイド
んな黄色のなかにハウチワカエデなどの赤く染まった葉や
―北海道から九州まで紅葉名所を訪ね歩く
針葉樹の深い緑色が混じると、途端に華やいだ印象になる。
樹木の種類が多ければ紅葉の色彩にも幅が増し、見頃の期
イラスト=かわあいきよし 写真=大泉省吾(P.100)
間も広がる。赤や黄色に変化するさまざまな樹種の落葉広
地図=上泉隆 文=遠藤賀子 (P.104-113)、姉崎一馬 (P.101, 102)、
編集部 監修=姉崎一馬
葉樹によって複雑な景観に染め上げられるのは、世界に類
を見ない多様性に富んだ自然の証である。日本の紅葉の美
p.100
夏が過ぎ秋になると、緑だった葉が色づき人々は紅葉狩りと
称して山やお寺、公園などの景勝地へ繰り出します。その年
にしか出合えない色を求めて。秋を愛でる国の紅葉の楽しみ
しさは単に樹木が色づくからではない。狭いながらも複雑
な自然の要素を持ち、小規模な風景でも山や川の要素が組
み合わさることで景観から受ける印象は大きく変わる。
複雑であることの恵みは、訪れる年によって同じものに出
合うことのない、いわば「一期一会」の魅力で、特に紅葉
方を、徹底的にご紹介します。
の見事さは年によってかなり異なる。訪れる場所によっても
紅葉をかたどった砂糖菓子。京都の和菓子処、
「宝泉堂」が『家庭画報』
違いは大きいことから、何度訪れても新たな魅力に出合え
の為に作ってくれた。
るのが紅葉を巡る旅である。
古来、自然の恵みのなかで自然に感謝しながら暮らして
きた日本人は心のなかに、風景から受けるさまざまな霊感
1
のような感動、侘び寂びのような禅の境地、四季の変化を
一期一会の日本の紅葉
楽しみながらも栄枯盛衰のような無常観までを持ってきた。
p.101
島国の日本は小さな国だが南北に 3000km という緯度の幅
これは日本の自然の変化が大きいからこそ風景のなかに感
じとれる豊かな感性が育ったともいえる。
があり、亜寒帯から亜熱帯までの気候を持っている。また、
高さ 3000m を越える山岳地を頂点に、山地が複雑な地形
姉崎一馬(あねざき かずま)
をもたらし、同じ平面積ならば、なだらかな地形の何倍も
写真家。少年時代を北海道の自然の中に送り、東京農業大学農学部を
の表面積がある。高い山、深い谷が造る皺の多い地形は日
卒業。樹木森林を中心とした自然全般を撮影し、現在は山形の山中に
当たりのいい乾燥した場所、日陰の湿った環境を複雑に築
き、また、雨の多さもこの地形にさまざまな自然を作り上げ
暮らす。自然教室も主宰するなど環境教育にも力を注ぐ。1 本の木を 4
年間追いかけて撮影した絵本『はるにれ』をはじめ著書多数。
る。森と湿地、川と湖沼群などのように自然の要素を変化に
富んだものにしている。それぞれの環境にはそれらに適合
した動植物の種類が豊富で、それは「生物多様性」に欠く
ことの出来ない条件に満ちているということである。だから
秋の日本列島を旅すると、少しの移動でさまざまな紅葉の
景観を楽しめることに感動するのである。
また、ある秋に訪れたブナの原生林ではこんなことに気
づいた。ブナの純林度が高い、つまりブナ以外の樹木が少
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1
なぜ色が変わるの? 紅葉の魔法
p.102
葉を落とす前に、葉のなかでさまざまな化学変化が起きる
現象が紅葉。落葉広葉樹が寒い時期に葉を落とすのは枝や
幹など樹木全体を守るためで、秋になると葉を切り離す「離
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 全国紅葉徹底ガイド ]
47
層」というシャッターを葉の付け根に作る。このためそれま
西日本に大木が多く、昔は大きな道路の脇に 1 里(約 4 キロ)ごとに
で葉でつくられていたデンプンが葉に留まり、糖に変化する。
道標として植えた。葉は例年綺麗な黄色に染まる。葉の先端側、半分
残った葉緑素は寒くなると壊れてアミノ酸に変化し、それが
糖と結びついて赤い色素のアントシアンになる。黄色くなる
だけにギザギザがある。
*イチョウ
のはもともと葉のなかにあった黄色の色素カロチノイドが葉
生息地:平地
緑素の消滅によって現れたもの。
他に類を見ない葉の形。中国に一部野生が残るが、全世界を見ても仲
紅葉は昼と夜の気温差の大きい気象条件ほど鮮やかさを
間はいない。化石植物とも言われるほど丈夫で長命。お寺や街路樹に
増すので、高山や北国のほうがより鮮やかな紅葉に出合うこ
多く見られる。
とができる。特に樹高の低い高山の木々の紅葉には、きら
びやかな織物といったイメージがある。山地の紅葉の見どこ
ろはなんといっても樹木の種類の多さによる幅広い色彩の
P.103(上から)
*カツラ
生息地:山地
階調にある。樹木の高さの変化も加わり複雑さに富んでい
ハート∼丸形の特徴的な葉が鮮やかな黄色に染まる。ふちもフリルのよ
る。平地の紅葉は公園や庭園といった人間の生活圏に係わ
うにやさしく波打つ。落葉してすぐの葉はカラメルのような甘い香りを発
るものが多く、都市公園的なものから庭園として楽しむもの
し、抹香の原料ともなる。
まで人工的な要素が強い。日本庭園は自然のさまざまな要
素を端的に表現しているが、それは日本の自然という原点
があってこそである。
*ニシキギ
生息地:山地
鮮やかなピンク色に近い赤に染まる。その紅葉の美しさを錦にたとえ、
「錦木」の名がついた。湿った場所に多く生える。枝に板状の突起がつ
美しい紅葉樹 12 選
くことも。
森のエキスパート、姉崎一馬さんが選ぶ、美しく色を変える樹
種 12。葉の形を覚えれば、目の前の紅葉風景を数倍楽しめる。
*ヤマザクラ
生息地:平地
(上から)
野生の桜の代表樹木。春の花も美しいが秋の葉も朱色に近いオレンジ
*イロハモミジ
∼赤に色づき鮮やか。一枚の葉の中でも、日当たりによって色が変わる
生息地:平地
ことがある。葉柄に蜜腺が二つあるのが特徴。
日本で「紅葉」と言って真っ先に思い浮かぶ葉の形。5 つ、もしくは 7
つに切れ込みが入り、色はオレンジから深い赤色までさまざま。近縁種
*ハウチワカエデ
にヤマモミジ、オオモミジがある。
生息地:山地
羽うちわに似た形からその名がついた。真っ赤に紅葉するものが多いが、
*イタヤカエデ
なかには黄色∼明るいオレンジ色になるものもある。葉脈に沿って色が
生息地:山地
違う葉もあるので探してみては。
山地で黄色に色づく代表種。イロハカエデなどと違い、葉のふちにギザ
ギザがなく、葉柄は長い。木は大きく、板葺きの屋根のような樹形と葉
*ヤマブドウ
の繁りからこの名がついた。
生息地:山地
つる性植物。葉は大きく、直径 30cm ほどになる。裏面には赤褐色の
*エノキ
綿毛が生え、紅葉は深い赤∼オレンジ色。山の中で他の木々に先駆け
生息地:平地
て紅葉する。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 全国紅葉徹底ガイド ]
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*ダケカンバ
が、
とくに紅葉がきれいな場所として知られる。黒岳には真っ
生息地:高山
赤なナナカマド、ハウチワカエデ、エゾヤマザクラに、黄色
高山紅葉の黄色代表。薄茶色の幹と葉の明るい黄色が相まって美しい
が、黄色から褐色に変わり始めるのは早い。日当たりの良い場所に群生
する。
のダケカンバ、カツラが鮮やかで、そのコントラストが見事
だ。平年は 9 月に初雪が見られるため、赤や黄色の紅葉と
真っ白な雪という、北海道ならではの雄大な景色も楽しめる。
*ナナカマド
10 月に入ると層雲峡温泉街付近が見頃となり、「銀河・流
生息地:山地
星の滝」
「大函」など景勝地の紅葉が 10 月中旬まで楽しめる。
色むらの少ない真紅の葉が特徴。葉先は尖り、縁全体に細かいギザギ
ザがある。木はとても燃えにくく、7 回かまどにくべても燃え残るといわ
アクセス:東京から旭川空港まで 1 時間 30 分。空港から旭川駅までバ
れる。
スで 40 分、駅から層雲峡までバスで 2 時間
紅葉時期:9 月中旬から 10 月中旬
*ブナ
www.sounkyo.net/english
生息地:山地
(写真)大雪山系の銀泉台
日本の森を代表する木。葉は年によって鮮やかな黄色になるが、褐色
になるのも早い。はっきりとした葉脈を基点に、縁が波形になる。
p.105
2. 白神山地
ブナ林の黄葉が見事な世界自然遺産
1
白神山地は 1993 年、屋久島とともに日本ではじめて世界自
全国紅葉名所 トップ 27
p.104
北海道から九州まで、日本全国の紅葉名所を徹底ガイド。
きっとあなた好みの名所が見つかります。
然遺産に登録された、青森県から秋田県にかけた白神岳を
中心とする一帯。世界最大級のブナ原生林があり、辺り一帯、
黄色のブナだけという明るい森が広がる。この大自然の中
へ初心者でも分け入りやすいのが、
「ブナ林散策道」だ。「ア
※紅葉時期は毎年の気候によって大きく異なります。
クアグリーンビレッジ ANMON センターハウス」から遊歩道
必ずホームページなどで確認してから出かけましょう。
が整備されており、1 ∼ 2 時間で歩くことができる。黄色の
写真協力=フォトパス/オリンパス(fotopus.com)
ブナ林に包まれて歩くことができ、心身ともにリフレッシュで
きる。さらに脚に自信がある人は、往復約 5.2㎞、約 120
1. 大雪山国立公園
日本一早く紅葉を楽しめる
日本の紅葉は北海道の大雪山系から始まる。大雪山系はな
だらかな山が連なり、それらをはるか彼方まで見渡せる。
山頂辺りから麓の層雲峡辺りへと約 1 ヶ月をかけて少しずつ
紅葉していく。灌 木や高山植物が紅葉し、なだらかな山の
分の行程である「暗門の滝遊歩道コース」へ。黄葉した原
生林の中を歩いていくと、途中、ダイナミックな滝の景色も
眺められる。
アクセス:東京から JR 弘前駅まで 4 時間。駅からバスで 1 時間 30 分
紅葉時期:10 月 20 日前後
www.nishimeya.jp
(写真)白神山地の散策道と暗門の滝
曲線を覆う。9 月は層雲峡の中でも「黒岳」「銀泉台」付近
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 全国紅葉徹底ガイド ]
49
p.106
土庭園で知られる。庭園の中心にある大泉が池には、紅葉
3. 十和田八幡平国立公園(奥入瀬渓流)
して真っ赤な木々が水面に移りこみ、幻想的な風景が広が
黄葉する樹木と常緑種との対比が美しい
る。
奥入瀬渓流は、秋田県にある焼山から十和田湖湖畔子ノ口
まで 14㎞に渡って続く渓流。遊歩道が渓流沿いにあり、す
ぐ脇を歩くことができるのが魅力。水辺を散策でき実に心地
よい。頭上を広葉樹が取り囲み、とくにブナの葉の黄色が
アクセス:東京から JR 平泉駅まで 2 時間 30 分。駅からは中尊寺=バ
スで 10 分、毛越寺=徒歩 10 分
紅葉時期:10 月下旬から 11 月上旬頃
hiraizumi.or.jp/en/
(写真)中尊寺境内
印象的だ。焼岳から十和田湖湖畔まではレンタサイクルで
60 ∼ 90 分の道のり。空の青、湖面の藍色と紅葉した景色
を目指して、毎年多くの観光客が訪れている。10 月 26 日、
5. 月山
27 日はイベント「奥入瀬渓流エコツーリズム」を開催。渓
山全体が草紅葉に覆われる
流区間のマイカー乗り入れを規制し、15 分間隔でシャトル
バスを運行。好きなスポットで降りて散策を楽しむことがで
月山は出羽三山の最高峰(1984 m)として多くの観光客が
きる。
訪れている。東北らしいなだらかな峰が連なり、牧歌的な
光景が広がる。豪雪地帯のため、通常は 3000 m級の山で
アクセス:東京から JR 八戸駅まで 3 時間。駅からバスで奥入瀬渓流ま
しか見ることができない高山植物を見られるのも魅力。秋は
で 1 時間 30 分、十和田湖まで 2 時間 15 分
9 月下旬から、ミネザクラ、ナナカマド、ミネカエデなどの
紅葉時期:奥入瀬渓流= 10 月下旬から 11 月上旬
十和田湖畔= 10 月中旬から 10 月下旬
www.towada-kankou.jp/english/
(写真)奥入瀬渓流は巨大なカルデラ湖である十和田湖へと注ぐ
低木や草が、赤や黄色にいっせいに色づき、ゆるやかな山
全体に錦の絨毯を敷き詰めたようになる。紅葉の真っ盛りも
美しいが、ひと雨ごとに色を増し、また徐々に色褪せていく
様子も幻想的で美しい。山頂付近まではペアリフトに乗って
15 分ほどで行け、山岳ガイドを申し込むこともできるので、
4. 平泉(中尊寺・毛越寺)
登山に自信がない人でも心強い。
紅葉に囲まれた世界遺産の寺院へ
アクセス:東京から JR 山形駅まで 2 時間 50 分。駅から西川バス停ま
平泉は 2011 年 6 月、世界遺産に登録されたことで国内で
も注目されている。平泉を訪れるならまず中尊寺と毛越寺
を目指したい。
で 40 分、乗り換えて姥沢バス停まで 50 分
紅葉時期:9 月中旬から 10 月中旬まで
www.gassan-info.com
(写真)地蔵沼に映る月山の紅葉 写真=月山朝日観光協会内
秋、中尊寺は金色堂をはじめ、歴史ある寺院建築と鮮や
かな紅葉を一緒に楽しめる。金色堂の隣に建つ経蔵の前も、
イロハモミジの紅葉名所として知られているのでぜひ立ち寄
6. 日光
ろう。中尊寺の境内には、紅葉の早い枝と遅い枝があるため、
紅葉を堪能するなら戦場ヶ原まで
比較的長い期間紅葉を楽しめるのがいい。
一方、毛越寺は仏の世界である浄土を表現したという浄
東京から 1 泊で行くことができる日光は、関東の中でも有数
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 全国紅葉徹底ガイド ]
50
の紅葉名所。日光エリアは標高差が大きいため場所によっ
アクセス:東京から JR 福島駅まで 2 時間、駅から浄土平まで車で 50 分
て紅葉する時期が異なり、山の上から日光駅付近まで、約 1ヶ
紅葉時期:9 月下旬から 10 月中旬頃
月にわたり長く紅葉を観賞できる。ダイナミックな景観を楽
しみたいなら、いろは坂を上って奥日光を目指そう。紅葉で
www.f-kankou.jp/en/
(写真)つばくろ谷にかかる不動沢橋 写真=ひっさん(オリンパス)
ぐるりと囲まれた中禅寺湖は湖畔からの眺めが美しい。中
禅寺湖から先へ行くと、戦場ヶ原と小 田代ヶ原に辿り着く。
8. 高尾山
この一帯は草原と湿原が広がり、遊歩道が整備されてハイ
東京都心から日帰りで行ける紅葉名所
キングの人気スポットになっている。9 月下旬には草紅葉が、
10 月半ば頃には、ミズナラやカラマツの黄色く色づく姿が
標高 599 mの高尾山には、初級者向けから上級者向けまで、
見られる。さらに標高 1475 mの湯ノ湖まで行くと、モミの
さまざまなハイキングコースがある。都心から近いのに豊
原生林に囲まれ、常緑樹の中に所々黄色の葉が混じる情緒
ある景色を楽しめる。
かな自然の中に分け入れると、東京在住者からも人気を集
めている。紅葉シーズンには色づいたイロハモミジ、メグス
リノキ、ブナ、ダンコウバイなどが山全体に見られる。この
アクセス:東京から東武日光駅まで 2 時間、駅から中禅寺湖までバスで
50 分
時期はとくに観光客が多く訪れる。ハイキングコースは片道
30 分から 6 時間のものまで数コースあるが、ケーブルカー
紅葉時期:10 月上旬から下旬
を利用してもよい。麓の清滝駅から片道 6 分で高尾山駅に
www.nikko-jp.org/index.shtml
到着、展望台はすぐ近くだ。展望台からは、緑の間に紅葉
(写真)中禅寺湖から男体山をのぞむ
する木々が見渡せて、爽快なことこの上ない。
p.107
7. 磐梯吾妻スカイライン
アクセス:東京から京王線高尾山口駅まで 70 分、駅からケーブルカー
紅葉を眺めながらの爽快なドライブ
清滝駅まで徒歩 5 分
紅葉時期:11 月中旬から下旬
福島県の北部、山形県との県境に聳える吾妻山。磐梯吾妻
www.hachioji-kankokyokai.or.jp
(写真)高尾山登山口 写真= takau99(オリンパス)
スカイラインは、吾妻山の東の麓にある高湯温泉から、南
にある土湯峠にいたる約 29 kmの山岳道路だ。平均標高
1350 mにあるスカイラインをドライブしながら、周囲の変
9. 鎌倉
化に富んだ雄大な紅葉の風景を堪能できる。なかでも標高
古都の寺社境内を彩る紅葉を訪ねる
1600 mにある浄 土平は、とくに素晴らしい紅葉スポット。
なだらかな山の斜面一面に、赤や黄色の低木、そして緑を
約 830 年前、武家社会の中心地が置かれた鎌倉には数多く
残した木が絨毯のように敷き詰められ、カラフルな色彩に
の歴史ある寺社があるが、紅葉を目当てに訪れるなら鶴岡
目を奪われる。さらにこの一帯では紅葉が山の上から下に
八幡宮、円覚寺、浄智寺、瑞泉寺、長谷寺などへ。
向けて移ろっていく様子も見られる。つばくろ谷では、高さ
源頼朝によって現在の位置に祀られた鶴岡八幡宮は、鎌
84 m、全長 170 mの不動沢橋から見下ろす谷の紅葉も見
倉の中心であり、朱色の社殿が一際目を引く。境内の源平
事だ。
池周辺は、数百本の樹木が赤や黄色に色づき美しい。円覚
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 全国紅葉徹底ガイド ]
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寺は山門前のカエデをはじめ、境内一帯を紅葉した木々が
11. 上高地
包む。浄智寺は本堂周辺で紅葉を見ることができる。瑞泉
黄色に色づく高原の秋
寺は鎌倉を代表する花の寺としても知られるが、本堂裏の
庭園の紅葉も美しい。鎌倉では山の自然な紅葉とは趣が異
夏の避暑地として有名な上高地だが、紅葉のシーズンもま
なる、寺社仏閣の境内の風流な紅葉を楽しむことができる。
た素晴らしい。10 月下旬、標高 1500 mの上高地バスター
ミナル周辺は、黄色に色づくカラマツの木々に包まれる。河
アクセス:東京から JR 鎌倉駅まで 60 分
童橋から見上げると雪をたたえた穂高連峰が迫る。ダケカ
紅葉時期:11 月下旬から 12 月上旬
ンバが黄色に色づく岳沢の黄葉は、上高地を代表する光景
en.kamakura-info.jp
で絵のように美しい。バスで訪れてホテルに宿泊し、周辺
(写真)観音山の裾野と中腹に境内を構える長谷寺 を散策するだけでも充分、山の紅葉を堪能できる。さらに
写真=鎌倉市観光協会
登山をしたい人は、上高地のなかでも一際紅葉が見事な標
p.108
高約 2000 mの涸沢へ。ゴツゴツした岩が転がる谷に、真っ
10. 箱根
赤なナナカマドが輝き息をのむほど。赤、黄色、緑の色とり
長く紅葉を楽しめる東京人の保養地
どりの紅葉が絨毯のようにカール(圏谷)に敷き詰められて
いる。服装など充分な装備をして出掛けたい。
箱根は各地域によって標高差があるので、10 月下旬から 12
月上旬まで長い期間紅葉を楽しむことができる。まず時季に
よって紅葉している場所をチェックしてから出掛けよう。標
高が高い神山・冠ヶ岳・金時山は 10 月下旬、仙 石原・元
アクセス:東京から新島々駅まで 3 時間 30 分。駅からバスで 65 分
紅葉時期:10 月下旬
www.alps-kanko.jp
(写真)上高地の岳沢。 写真=でっかい写真(オリンパス)
箱根・芦ノ湖や、駒ヶ岳・二子山・小塚山は 11 月上旬、
小涌谷・宮ノ下は 11 月中旬から下旬、湯本・塔ノ沢・大
平台は 11 月下旬から 12 月上旬が例年の見頃時期だ。
12. 宮島
山の紅葉、渓谷の紅葉、湖周辺の紅葉、箱根美術館など
世界遺産の島で海辺の紅葉を見る
庭園の紅葉と、さまざまな紅葉の景色を楽しめるのも箱根
ならではの醍醐味。都心から 1 時間ほどで行けるが、やは
世界文化遺産に登録された嚴島神社で知られる宮島は、日
り日帰りではなく温泉旅館に宿泊したい。紅葉に囲まれた露
本三景のひとつでもある。海中に張り出た朱色の嚴島神社
天風呂に浸かる、素晴らしいひと時を過ごせる。
を参拝しながら、紅葉を愛でたい。
宮島内にはイロハモミジやオオモミジ中心に、約 1200 本
アクセス:東京から箱根湯本駅まで 60 分
紅葉時期:10 月下旬から 12 月上旬
www.hakone.or.jp/english/
(写真)箱根の早川渓谷
のモミジがある。一番の見所は地元の人々の尽力によって
整備された紅葉谷公園。近くの紅葉谷川の河口は、秋にな
ると谷全体が真っ赤に染まる。この紅葉谷公園から大聖院
を結ぶ 750 mの遊歩道を散策するのもおすすめで、道の傍
らを紅葉に囲まれながら歩くひと時は、自然を感じられてリ
フレッシュできる。旅のお土産にはもちろん、広島の銘菓で
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 全国紅葉徹底ガイド ]
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ある「もみじ饅頭」(紅葉を象った餡入り和菓子)を購入し
11 月に入ると山の麓まで全体に紅葉が広がり、常緑樹の緑
たい。
の中にブナ、カエデ、ドウダンツツジ、ナナカマドなどが赤
や黄色に色づく様を観賞できる。登山コースもあるが、ロー
アクセス:東京から宮島口駅まで 4 時間 30 分、駅からフェリーで 10 分
紅葉時期:11 月中旬から 11 月下旬
プウェイとリフトを乗り継いで、下車後、石鎚神社成就社ま
で 10 分ほどの距離を散策してはいかがだろう。標高 1450
www.miyajima.or.jp/english/
(写真)宮島の紅葉谷公園 写真=新谷孝一(しんたにこういち)
m付近からは、歩きながら紅葉に包まれる山々と瀬戸内の
海を見渡せる。
p.109
13. 寒霞渓
今年は 10 月第 1 日曜日∼ 11 月 3 日まで、石鎚もみじま
つりが開催される。
ごつごつした奇岩を紅葉が囲む
アクセス:東京から松山空港まで 1 時間 30 分、空港から車で 1 時間
20 分
寒霞渓は日本三大渓谷美に数えられる国指定の名勝の地。
紅葉時期:10 月上旬∼ 11 月中旬
渓谷には数々の珍しい形の岩、奇岩が見られるが、これら
www.city.saijo.ehime.jp/english
は長い歳月、火山活動で堆積した岩が地殻変動と自然の雨
(写真)石鎚山の特徴的な山頂
風によって造りかえられたもの。11 月上旬にもなるとこれら
の奇岩群が鮮やかな紅葉に囲まれる光景を堪能できる。お
すすめは渓谷を行くロープウェイから紅葉を眺める体験。視
界に入るのは紅葉に彩られたダイナミックな渓谷美と、はる
15. 菊池渓谷
渓谷の流れに赤い葉が映える
か瀬戸内海までの光景。一方、ハイキングコースもあり、こ
ちらはロープウェイに沿って登る約 1 時間半の登山道。上か
ら眺めるのとは趣が異なり、色づくさまざまな形の葉と奇岩
との光景を間近に観賞しながら歩くことができる。
菊 池 渓 谷 は 阿 蘇 外 輪 山 の 北 西 部、 標 高 500 ∼ 800 m の
1180ha にも及ぶ広い森の中に位置する。うっそうとした深
い天然広葉樹で覆われ、その中を流れる川が大小いくつも
の滝や瀬、渓谷など、変化に富む渓流美を作り出している。
アクセス:東京から小豆島まで 4 時間。小豆島の各港から車で 40 分
夏の避暑地として人気の菊池渓谷だが、秋の紅葉の景色も
紅葉時期:11 月上旬から 11 月下旬
色鮮やかで見応えがある。渓谷には「紅葉ケ瀬」と名づけ
www.kankakei.co.jp
られた場所があり、その名の通り、川一面が紅葉の赤で染
(写真)寒霞渓から瀬戸内海をのぞむ
まるほどになる。阿蘇山の伏流水が流れる渓流を背に、紅
葉の赤がいっそう映える。
14. 石鎚山
西日本最高峰で紅葉と瀬戸内海を眺める
市街地近くの菊池神社や竜門ダム周辺の紅葉も素晴らし
いので、足を延ばしてみてはいかが。
アクセス:東京から熊本空港まで 1 時間 30 分。空港から車で 30 分。
愛媛県の名勝地、石鎚山は標高 1982 m、四国の尾根であ
紅葉時期:10 月下旬から 11 月中旬
り西日本の最高峰である。石鎚山の紅葉は下界よりひと足早
www.kikuchikanko.ne.jp
く10 月上旬に始まり、麓に向かって徐々に紅葉が下りてくる。
(写真)菊地渓谷の紅葉ケ瀬 写真=道真(オリンパス)
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 全国紅葉徹底ガイド ]
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16. 談山神社―奈良
関西有数の紅葉スポット
紅葉時期:10 月下旬から 12 月上旬
www.pref.nara.jp/1713.htm
(写真)鹿が遊ぶ奈良公園
西暦 678 年に建立された藤原鎌足公を祭った国内でも古い
神社。同じ 678 年に建立された十三重塔(現存は 1532 年
京都紅葉ガイド
の再建)は、木造の十三重塔としては世界唯一のもので、
現在も神社のシンボルとなっている。
談山神社は古くから関西有数の紅葉名所として知られてい
p.110
18. 清水寺
紅葉の海に浮かぶ「清水の舞台」
る。最盛期には 3000 本もの樹木が色づき、高さ 17 mの
十三重塔と真っ赤に色づいたモミジの取り合わせは、古都
ならではの情緒がある。今年は 11 月 16 日から 30 日の紅
葉時期に、境内がライトアップされる。
アクセス:奈良県桜井市大字多武峰 319
東京から桜井駅まで 4 時間、駅からバスで 25 分
京都の中で最も多くの参拝客で賑わう清水寺。本堂にある
「清水の舞台」は、ご本尊に芸能を奉納するため 139 本の
ケヤキを組んで造られた広さ 190㎡の舞台。4 階建てのビ
ルの高さに相当する。舞台の下は錦雲渓と呼ばれる桜やカ
エデの林になっており、シーズンになるとダイナミックな紅
紅葉時期:11 月中旬から 12 月初旬
葉の景色が広がる。奥の院からは真っ赤な モミジの海
www.tanzan.or.jp/eng.html
に浮かぶ「清水の舞台」が眺められる。紅葉に囲まれた
(写真)談山神社の十三重塔
三重塔にもぜひ立ち寄りたい。
アクセス:京都市東山区清水 1-294
17. 奈良公園―奈良
京都駅から五条坂バス停まで 20 分、バス停から徒歩 10 分
鹿が遊ぶ公園でモミジを愛でる
紅葉時期:11 月下旬から 12 月上旬
www.kiyomizudera.or.jp/lang/01.html
奈良公園は、春日山原始林を含む 660ha にわたる広大な地
域。敷地内には一般道路が走り芝生エリアがあるほか、東
大寺、興福寺、春日大社、正倉院など、文化的歴史的に重
要な神社仏閣がある。手付かずの森である春日山原始林は
世界文化遺産にも登録されている。周囲に遊歩道が整備さ
れており、11 月下旬、この遊歩道を歩くと、森の中の広葉
樹が紅葉して美しい。東大寺の大仏池の周りも、イチョウが
黄色に、ナンキンハゼが赤色に色づき風情がある。若草山
に上れば、眼下に紅葉を見下ろすことができる。芝生エリア
では奈良名物の鹿たちが、色づいた樹木の中で戯れる様子
が見られる。10 月下旬には敷地内にある奈良国立博物館で、
「正倉院」展が開催される。
19. 東福寺
通天橋から見下ろす紅葉
東福寺は京都随一の紅葉庭園があることで知られる。境内
は約 2000 本ものイロハモミジ、ヤマモミジ、トウカエデな
どが色づきその様は圧巻。本堂と開山堂を結ぶ回廊の橋・
通天橋からは、一面真っ赤な紅葉を見下ろすことができる。
庭園に下りると、渓谷になっているため、紅葉を背にした通
天橋を見上げることができる。こちらも絶景で見逃せない。
アクセス:京都市東山区本町 15-778
アクセス:東京から奈良駅まで 3 時間 30 分。駅から徒歩 5 分
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 全国紅葉徹底ガイド ]
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京都駅から東福寺駅まで 3 分、駅から徒歩 3 分
紅葉時期:11 月中旬から 12 月初旬
www.ryoanji.jp/smph/eng/
(写真)写真= knulp(オリンパス)
www.tofukuji.jp/index2.html
22. 嵐山
20. 永観堂
紅葉庭園が美しい寺院が多く集まる
夜間ライトアップ期間に訪れたい
嵐山は平安時代、貴族の別荘地として栄えた地。錦に輝く
永観堂の正式名称は禅林寺といい、平安時代から紅葉の名
嵐山を背にした渡月橋は、名勝地として広く知られている。
所として知られる。境内には 3000 本ものイロハモミジやヤ
この地域には庭園が美しい寺院が多いが、その代表格が世
マモミジなどがあり、紅葉の見所がいくつもある。参道もす
界遺産である天龍寺だ。見所は曹源池庭園で約 700 年前の
ぐ近くにモミジが見られてよいが、圧巻なのは放生池周辺。
作庭時の面影を今も残し、曹源池の周りを歩く回遊式庭園
池を覆い尽くさんばかりのモミジには息をのむほどだ。夜は
になっている。秋は紅葉する嵐山を借景とし、常緑樹に赤
ライトアップされ、寺のシンボルである多宝塔と紅葉が光の
いカエデ、そして白砂の調和が日本画のよう。山の自然の
中に浮かび上がり、雅な雰囲気に包まれる。
紅葉を取り込んだ、風流な庭園美を楽しめる。
アクセス:京都市左京区永観堂町 48
アクセス:京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町 68(天龍寺)
京都駅から南禅寺・永観堂バス停まで 40 分、バス停から徒歩 3 分
京都駅から嵯峨野線嵯峨嵐山駅まで 20 分、駅から徒歩 15 分
紅葉時期:11 月中旬から 11 月下旬
紅葉時期:11 月中旬から 12 月上旬
ライトアップ期間:11 月上旬から 12 月上旬
www.eikando.or.jp/English/index_eng.htm
www.arashiyamahoshokai.com
(写真)写真=スーサン 2(オリンパス)
21. 龍安寺
23. 詩仙堂 丈山寺
白い石庭の向こうに紅葉が映える
名庭と評される庭園の紅葉
紅葉がとくに見事なのが石庭から続く鏡容池。池の周りを散
11 月下旬、堂内の座敷から庭園を眺めると、緑の庭木の先
策すると、鬱蒼とした赤いイロハモミジやヤマモミジに囲ま
に鮮やかなモミジが見事だ。庭園を散策しながら眺める紅
れる。池から庫裏へ向かう石段もモミジで覆われ、紅葉のト
葉もまた風情がある。詩仙堂は石川丈山が 59 歳で造営し亡
ンネルの中を歩くかのようだ。
くなるまで暮らした邸宅で、丹精こめた庭園が高い評価を得
白砂に 15 の石を配した枯山水の石庭が世界的にも有名
ている。丈山は江戸幕府を開いた徳川家康に仕えた武将と
な龍安寺。10 月下旬からは、石庭でも白い庭を囲んだ塀の
して知られるが、隠退した後は禅を学び、詩や書や作庭に
向こうに赤く紅葉したカエデが見え、秋の趣が漂う。
取り組んだ。近くの修学院離宮は、後水尾上皇が設計した
庭園が有名だが、ここでも池周辺を紅葉が彩る風景を楽し
アクセス:京都市右京区龍安寺御陵ノ下町 13
める。
京都駅から龍安寺前バス停まで 40 分、バス停から徒歩 1 分
紅葉時期:10 月下旬から 11 月中旬
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 全国紅葉徹底ガイド ]
55
アクセス:京都市左京区一乗寺門口町 27
アクセス:京都市右京区梅ヶ畑高雄町 5
京都駅から一乗寺下り松町バス停まで 50 分、バス停から徒歩 7 分
京都駅から山城高雄バス停まで 50 分、バス停から徒歩 20 分
紅葉時期:11 月下旬頃
紅葉時期:11 月上旬から 11 月下旬
www.kyoto-shisendo.com/En/top.html(詩仙堂)
www.jingoji.or.jp
sankan.kunaicho.go.jp/english/index.html(修学院離宮)
p.111
24. 源光庵
26. 大原
静かな山里で素朴な紅葉を見る
丸窓と四角窓が切り取る紅葉
京都の市内から離れ比叡山の麓に位置する大原は、豊かな
本堂裏に庭園があり、庭園にむかってふたつの窓がある。
自然が残る山里。のどかな田園風景が広がる中、散策を楽
ひとつは「悟りの窓」と呼ばれる丸窓で、もう一方は「迷
しめる。紅葉を見るならまず三千院と寂光院へ。三千院の
いの窓」と呼ばれる四角い窓だ。ここからは庭園の紅葉が
門前には茶店や土産物屋が並び、参道の木々も色づいてい
絵のように切り取られて見える。窓の中に白いサザンカと赤
る。境内に入ると紅葉の見所が多いが、とくに往生極楽院
いモミジ、緑のクチナシの木が収まる風流な光景を求めて、
から朱雀門付近が素晴らしい。一面緑の苔の中と大杉の間
毎年多くの観光客が訪れる。源光庵は鷹峰エリアの中でも、
に赤い紅葉が華を添えている。寂光院の本堂への石階段も、
風流な紅葉を見られる場として注目されている。
紅葉が美しい名所で見逃せない。
アクセス:京都市北区鷹峯北鷹峯町 47
アクセス:京都駅から大原バス停まで 60 分、バス停から徒歩 20 分
京都駅から地下鉄北大路駅まで 13 分、駅から鷹峯源光庵前バス停まで
紅葉時期:11 月中旬から下旬
15 分。下車すぐ
www.sanzenin.or.jp
紅葉時期:11 月中旬から 11 月下旬
www.jakkoin.jp
(写真)写真=ダイナ(オリンパス)
25. 神護寺
赤く染まる山の中に建つ古刹
27. 保津峡
川下りから眺める紅葉
神護寺の山門へと上る石段脇では、真っ赤なモミジが出迎
えてくれる。境内には 3000 本を超えるモミジがあり、北山
亀岡から嵐山まで保津川のトロッコ列車と船での川下りは、
杉の緑の林と赤いモミジの対比が美しい。11 月の夜間ライ
人気の観光スポットになっている。行きはトロッコ嵯峨駅か
トアップされる期間に訪れると、光に浮かび上がるモミジを
らトロッコ亀岡駅まで約 25 分で結ぶトロッコ列車に乗り、
観賞できる。
保津峡を囲む紅葉を堪能。鉄橋を渡って渓谷を縫うように走
山の紅葉が見られる高雄三山の中でも、神護寺は 1200
り、岩肌から張り出るモミジや線路脇に植えられたモミジを
年以上の歴史がある古刹として知られる。本尊は金堂に安
眺められる。帰りは亀岡から嵐山まで 2 時間の川下りの船
置されている薬師如来立像で、国宝に指定されている。
旅を。和船に乗って、川面までせり出したモミジや、紅葉の
間を走るトロッコ列車を眺めることができる。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 全国紅葉徹底ガイド ]
56
アクセス:京都駅から JR 嵯峨嵐山駅まで 15 分、駅下車すぐ西隣
要予約 紅葉弁当は 3150 円
紅葉時期:11 月下旬から 12 月上旬から
www.kameoka.info/foreign/en/
篩月/京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町 68 Tel. 075-882-9725
要予約 精進料理「雪」コース 3000 円、
「月」5000 円、
「花」7000 円(別
途庭園拝観料 500 円)
(写真)篩月の一汁七菜のお料理。料理は季節によって変化する。
紅葉の寺院を参拝する際に
立ち寄りたい境内のお店
p.111
京都の寺院へ紅葉狩りに出かけるなら、境内で昼食という
経験の提案をしたい。京都といえども寺院の中にある料理
店は稀少だから行く価値がある。おすすめの 2 軒は東福寺
1
紅葉コラム
の栗棘庵と天龍寺の篩月だ。
東福寺の塔頭である栗棘庵では、10 月下旬から 12 月上
旬の紅葉の時期限定で、お昼に「紅葉弁当」をいただくこ
黄色いブナの原生林を走るローカル線の旅
とができる。境内は混み合う時期だが店に入れば喧騒から
p.113 上
しばし離れ、座敷で落ち着いて食事ができる。紅葉する庭
只見線は新潟県の小出駅から福島県の会津若松駅まで走る
園を眺めながら食事ができる。
ローカル線で、紅葉が美しい山間部を走る列車として知られ
「紅葉弁当」は 4 つに区切った箱に料理を入れた松花堂弁
ている。10 月下旬から 11 月中旬までは、小出駅から只見
当のスタイルで、生湯葉や粟麩など京料理ならではの品に、
駅まで特別列車「紅 葉号」が走り、観光客や鉄道ファンか
モミジを象ったかまぼこや秋らしい食材を盛り込んでいる。
ら根強い支持を集めている。列車は越後三山只見国定公園
この「紅葉弁当」は東福寺から 5 分の京料理「高澤」から
の中を通るため、川と並走したり山間や黄色いブナの原生
運ばれるもので、本店にはなく栗棘庵のみでいただくことが
林を走ったりと、車窓には変化に富んだ自然の景色が続く。
できる。
「紅葉がとくに素晴らしいスポットは、六十里越トンネルの
一方の篩月は天龍寺の敷地内にあり、250 席を有する寺
手前の辺りです。周辺は一面のブナの黄葉で、まるで黄色
の直営店。店から史跡・特別名勝指定「曹源池庭園」は見
の絨毯の上を走っているかのような錯覚を覚えます」と、
「紅
えないが、食事の前後に立ち寄ることができる。篩月にも池
葉号」で観光車掌を務める星修平(ほししゅうへい)さん。
がある庭園があり、一部の席からは紅葉を眺めながら精進
観光車掌は 1 日 1 往復のみに乗車、放送で周辺の観光案内
料理をいただける。胡麻豆腐や湯葉など精進料理の代表メ
をし、車両に出て直接お客さんと会話をしている。「この列
ニューに、海老芋や堀川ごぼうなど秋らしい野菜が、朱塗り
車は地元の人々の生活列車です。近隣のおばあちゃんたち
の器で美しく供される。どちらの店でも寺院が持つ幽玄な雰
が列車の中でおにぎりを食べていたり、昔の日本はこうで
囲気の中、印象深いひと時を過ごすことができるだろう。
あったなあという風景がここにはまだ残っている、そんなと
ころも魅力だと思います」
粟棘庵/京都市東山区本町 15-778 東福寺境内 Tel. 075-561-6238(高澤)
只見線では紅葉を楽しむだけでなく、都会にはない田舎
の生活を垣間見ることができる。のんびりした旅には地元の
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 全国紅葉徹底ガイド ]
57
駅弁が欠かせないが、途中駅に売店はないので、飲食の準
備は事前にしておこう。
紅葉号は例年 10 月下旬から 11 月中旬までの数日間運行。
現在、只見駅から会津川口駅間は不通。
(写真)写真=桜井幹夫(左)
時間がない人のための京都・紅葉 1 日ルート案内
p.113 下
京都では「寺社建築と紅葉する庭園」という、山の紅葉と
は全く異なる美に出合える。狭い地域に寺社それぞれの趣
を持つ紅葉名所が集まっているで、1 日で何ヶ所か巡ること
ができるのも魅力だ。時季になると観光客が押し寄せるが、
混雑の中、出かけるだけの価値がある。
1 日しか時間がないなら名所が密集する東山エリアがおす
すめ。まず京都駅から地下鉄で蹴上駅へ。駅から徒歩 10 分、
日本三大門のひとつがある南禅寺を訪れる。三門の楼上か
ら紅葉に染まる市内を一望しよう。入り口を出て 1 分の別院、
南禅院では、池泉回遊式庭園の紅葉が華やか。付近には名
物の湯豆腐料理店が何軒かあるので、昼食をとるのもおす
すめだ。南禅院から永観堂へは徒歩 5 分。ここでは紅葉だ
けでなく本堂の「みかえり阿弥陀」も参拝したい。哲学の
道は若王子橋から銀閣寺まで続く散策路。小路に沿って流
れる水路脇の真っ赤なモミジを満喫しながら、ゆっくり歩い
て法然院へ。長い参道の先には瓦葺の侘びた門が紅葉に覆
われている。さらに徒歩 20 分の真如堂では、高さ 30 mの
三重塔が紅葉に包まれ圧巻だ。まだ余力があれば徒歩 5 分
の金戒光明寺へ、赤く染まる山門や庭を見に立ち寄ってみよ
う。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 全国紅葉徹底ガイド ]
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J apanese tex t
2013年 秋/冬号 日本語編
術でたとえる。顔の作品であれば右目、左目、鼻などの各パー
インタビュー
ツごとの描き方を練習用の和紙に描き、作業の手順書を作
アーティスト・インタビュー
る。描き方を体に覚えさせてから、本番の和紙に手順書に
準じて清書する。
「右目、左目、鼻……とその作業を繰り返し、もし唇で失敗
OHGUSHI
したらそれでまた一からやり直しです」
―計算され尽くしたにじみで描く「美人画」
その時の伝えたい要素を表現するために何枚も描いて技
写真=菱沼勇夫
文=オオスキトモコ
を練り上げ、その技を再現出来るのはたった1枚だけ。瞬
p.119
間的ではあるが、その瞬間のために積み重ねた時間は膨大
筆と墨 を 使 い、 和 紙 に「 美 人 画 」 を 描くアーティスト、
である。
OHGUSHI さん。その作品はモダンでファッショナブル。日
2008 年に1年間にわたり手がけた伊勢丹の広告イラスト
本国内にとどまらず、エミリオ・プッチ、クリニークなど海
レーションの仕事は、今までの仕事で一番達成感があった
外のファッション、化粧品ブランドの仕事も手がけ、国際的
ものだという。「この時に、それまでの作品と全く違う、アク
に活動している作家である。
リルガッシュの鮮やかな色彩とにじみを全面に押し出した
OHGUSHI さんは色絵磁器「有田焼」で有名な、佐賀県
『粒子』の技法を発見しました。『美人画』という成功例を
有田町の出身。絵を描くことが好きな子ども時代を経て、有
打ち破り、それまでに築き上げた名前を変えてもいいという
田工業高校デザイン科に進学。イラストレーターを目指すよ
覚悟で編み出した技法を、爆発させた作品たちです」
うになる。高校の頃はリキテンシュタインに憧れ、太い線と
現在に至るまで「美人画」、「粒子」
、女性の唇を描いた
ベタ塗りで女性の絵を描いていた。
シリーズ「LIPS」など、いくつかの独自の技法を行き来しな
現在につながる、墨と筆で描く技法を発見したのは、20
がらキャリアを積んでいる。現在は、墨の可能性を探ってい
歳の頃だった。「墨」という細かい粒子のにじみ、どこまで
るところだという。
も引き続けられる線、そしてそれを受け止める「和紙」とい
「最近揃えた墨は、ある書の作品集を読んだとき、どうした
う存在に魅了された。自分が求める美しい女性を描くため
らこの線のように筆の形跡を残しつつ、にじみを生じたまま
には、誰かの模倣では不可能で、「筆、和紙、墨の特性」
描けるのか? と思い、その作品集を持って書道具の店へ
が不可欠なものであるとその時、確信したという。
行き、相談しながら購入しました」。彼の道具や技法の研究、
福岡で活動したあと上京し、ファッション雑誌のイラスト
模索は終わらないようだ。
を多数手がける。その後フランスに渡り、滞在していた 3 ヶ
これからの目標は、日本古来の道具を使いながらも既存
月間で、フランスからイタリアまでを営業に回った。結果、
の美人画の概念を塗り替え、新しい「日本の美人画」の世
2004 年にフランスのモード誌「TWILL」に日本人で初めて
界基準を作ること。自分の作品がアートであるかイラストレー
特集される。それが日本に帰ってきてから評価され、ファッ
ションであるかは、あまり意識していないという。「自分が本
ションブランドなどの広告の仕事が増えたという。
当に本物であれば、周りの評価が変わっていくはず。自分
彼の作品に見られる流麗な線や、にじみの表現は、一見
の作品がアメリカやフランスの美術館で、ずらっと並んでい
感覚的で、偶然に頼る手法に思えるが、実際は緻密に構築
るイメージがある。それに向けて作品を作っています」と確
された作業の積み重ねである。
信的に語った。
「だるまの目を一つ一つ入れていくような……」と職人の技
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www.ohgushi.jp
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ アーティスト・インタビュー ]
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では、音楽に対してはどうだったのか。戦争中、西洋音
冨田勲
楽が禁止されていて、軍楽隊のオールユニゾンのブラスバ
―音楽とは 音の塊
ンドや文部省唱歌くらいしかなく、音楽には興味が持てな
写真=菱沼勇夫
文=工藤索太郎
かったという。音楽らしい音楽との出会いは、戦争末期にラ
p.120
ジオから聞こえてきた米軍放送だった。地域によって、日本
2013 年 7 月 14 日午前 4 時 30 分、まだ夜明け前である。
近海に近づく軍艦に向けた放送が聞こえることがあったよう
少し明るくなり始めた、この時間に 81 歳の冨田勲さんは幕
だ。ラジオの雑音にまじるドーンコーラスを初めて聞いたの
張メッセのステージにいた。日の出の時間帯にだけ地球に
も、この頃である。
降り注ぐ磁力線をキャッチすることによって得られる、鳥の
ラジオから聞こえる音楽からは、メロディーよりも音の色
鳴き声のような音、ドーンコーラスを織り込み、冨田さんの
彩を感じた。軍楽隊と同じ楽器を使っているはずなのに、ど
シンセサイザーと生のトランペットやギターを加えた新しい
うしてここまで違った音になるのか。特に強く惹かれたのが、
音響を生み出そうという試みが始まろうとしていた。幸い天
ストラヴィンスキーやラヴェルなど 20 世紀の現代音楽だっ
候に恵まれ、夜明け前という時間帯にもかかわらず、多く
たことは、後から知った。『春の祭典』の、地の底から湧き
の観客が集まった。
出る炎のような、エネルギッシュな感じは、どのように作ら
すべての楽器は自然現象をキャッチしたことが起源で、さ
れているのか。構造が知りたい。ここで、音響と音楽とが結
まざまな趣向を凝らして、現在の形と音が作り上げられてい
びつく。メロディーだけならモノラルでも聞けるが、音楽と
る。打楽器は叩くことで、弦楽器は弾くことで、管楽器は吹
いう音の塊がどう聞こえるか、それには音響という要素が欠
くことで、空気を震わせる。雷やドーンコーラスのように自
かせない。
然界に存在する電気というエネルギーをうまく手なずけて、
高校生の頃に作曲家を志すようになり、独学と個人教授
自分の思うような空気の振動に変える。シンセサイザーとは
で作曲を学んだ。大学は美学美術史を専攻し、音楽学校で
そういう楽器であると冨田さんは考えている。
の専門教育は受けていない。このことが既成概念にとらわ
冨田さんが音響に興味を持ったのは 5 歳の時だった。きっ
れない、音楽と音響についての自由な発想につながってい
かけは父の仕事の関係で北京に住んでいた時に出会った回
るという。
音壁である。湾曲した城壁が作りだす音響で、勲少年は音
既成概念にとらわれない ことは、シンセサイザーとも
の聞こえ方のおもしろさを知った。大人たちは忙しく、周り
つながっている。
に友達もおらず、ひとりで過ごす時間に、音響への興味を
「画家は、パレットにさまざまな絵具を使って、自分のイメー
深めていったという。
ジする色をつくることができる。でも、音楽家は既成の楽器
蒸気機関車の汽笛、飛行機のエンジン、風や雷など自然
の音に縛られてしまう。行き詰まりを感じていた時に、シン
現象、さまざまな音がどのように生まれて、どのように伝わ
セサイザーと出会った。自分のイメージする音をつくること
るのか、何かに反響して聞こえてくる仕組みを知りたかった。
のできるシンセサイザーは、音のパレットなのです」
「雷も風も、生命の危険につながるのだけれど、子供は無
例えば、冨田版「Jupiter」は宇宙のどこかでコンサート
鉄砲で無責任で、何にでもワクワクする」
が行われているというイメージを表現する音を、シンセサイ
実際、エンジンの音から上空の飛行機がどこにいるかを
ザーで作ったのだという。
知ることは、空襲の時に自分の身を守るためにも必要なこと
初めてのシンセサイザーを 1970 年当時の 1000 万円(消
だったという。
費者物価指数で換算すると 2012 年の約 3000 万円相当)で
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ アーティスト・インタビュー ]
60
購入したため、作曲活動を休んでシンセサイザーに専念す
9 月 1 日 愛知県芸術劇場大ホール(名古屋)
るわけにはいかず、音のパレットでイメージする音を作るに
9 月 15 日、16 日 Bunkamura オーチャードホール(東京)
は、睡眠時間を削って試行錯誤を繰り返すしかなかった。こ
9 月 21 日 オリックス劇場(大阪)
うして創り上げたのが、ドビュッシーのピアノ曲を編曲した
『月の光』
(SNOWFLAKES ARE DANCING)である。シンセサ
イザーを手に入れてから1年半近くが過ぎていた。1974 年
にアメリカで発売されたレコードは全米クラシックチャート
の1位を記録し、その年のグラミー賞にもノミネートされた。
これによって、「シンセサイザーアーティスト・冨田勲」が
世界に認知されることになる。その後、『展覧会の絵』『火
の鳥』『惑星』など世界的にヒットしたシンセサイザーアル
バムの制作、立体音響によるサウンドクラウドといったイベ
ントにより、音楽・音響をリードする活動を続けてきた。
2012 年に発表した『イーハトーヴ交響曲』は、冨田さん
が少年時代から愛読してきた詩人で童話作家の宮沢賢治作
品の世界を音楽として表現したものである。宮沢賢治が独
特のオノマトペを駆使しながら描くのは、現実とも幻想とも
受け取れる不思議な、イーハトーヴと呼ばれる世界である。
冨田さんは子供の頃に読んで、感じた印象をもとに作曲し
たという。シンセサイザー、オーケストラ、児童を含めた混
声の合唱のほか、新たな試みとしてヴァーチャル・シンガー
の初音ミクが加わった。「イーハトーヴの世界を表現するの
に、異次元的なキャラクターが必要だと思った。既成の演
奏会の枠組みを超える存在、それが初音ミクだった。初音ミ
クは文楽の電子版。文楽の人形が、生身の人間が演じるよ
りも、観る人に強く訴えるのと同じです」
初演の好評を受けて、『イーハトーヴ交響曲』は今年9月
に、日本各地で再演が行われる。子供の頃から親しんでき
た宮沢賢治のオノマトペ、冨田さんが常に追求してきた既
成の楽器で得られない音、生身の歌手では得られないパ
フォーマンスが織り込まれた『イーハトーヴ交響曲』は作曲
家・冨田勲の集大成と言えるだろう。
columbia.jp/ihatov
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ アーティスト・インタビュー ]
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J apanese tex t
2013年 秋/冬号 日本語編
アート
文=工藤索太郎、オオスキトモコ、宮本ゆみ子、
いにしえの京都の名所を再現
編集部
特別展「京都―洛中洛外図と障壁画の美」
信長や秀吉、家康による天下統一が進んだ戦国末期から江
p.122
作品から捉え直す「昭和」
横尾忠則の「昭和 NIPPON」−反復・連鎖・転移
戸時代初期。この展覧会では、
その時代の京都の貴族や僧侶、
武士、庶民をそれぞれ象徴する場所として、「御所」「龍安寺」
「二条城」「京の街」を取り上げ、国宝や重要文化財などの
貴重な作品と、最新技術を駆使した映像で再現する。室町時
グラフィックデザイナーから美術家に転身し、衰えぬ創作意
欲で膨大な作品を作り続ける横尾忠則。この展覧会は、横
尾忠則が生きてきた「昭和」がテーマ。グラフィックからアー
トワークまで、新作も含めた横尾の作品を集めている。彼
の作品はひとつでは完結せず、イメージの反復、連鎖、転
移により、全ての作品が歴史的連続性を持つ。昭和時代に
横尾は、青森県出身の劇作家・寺山修司が主宰した劇団「天
井桟敷」のアートディレクションを務めていた。天井桟敷の
代から江戸時代にかけて描かれた風俗画「洛中洛外図屛風」
は、現在国宝・重要文化財に指定されている七点すべてを
展示。更に 4 × 4 メートルの大型画面を利用してその緻密な
描写に迫り、往時の都の賑わいを甦らせる。また、日本テレ
ビ開局 60 周年記念事業ということで、最新技術の超高精細
映像4K により撮影された龍安寺石庭映像を公開する。国宝・
重要文化財の名品とともに、最新技術により制作された映像
で 京都でも見られない京都 を再現する。(宮本ゆみ子)
パフォーマンスが持っていた青森の土着性は、横尾作品の
土着性と共鳴している。横尾忠則が昭和という時代に描い
10 月 8 日∼ 12 月 1 日
たさまざまな「日本」から、「次の世代に何を投げかけてい
東京国立博物館 平成館特別展示室
るか」をいま改めて考えてみては?(オオスキトモコ)
東京都台東区上野公園 13-9
www.ntv.co.jp/kyoto2013
9 月 7 日∼ 11 月 4 日
青森県立美術館 B1F 常設全展示室
( 写真 )
青森市安田字近野 185
重文「洛中洛外図屛風 舟木本」左隻 2 扇(部分)
www.aomori-museum.jp/en
岩佐又兵衛筆
江戸時代・17 世紀
2014 年 1 月 25 日∼ 3 月 30 日
東京国立博物館蔵
横尾忠則現代美術館(兵庫県)
www.ytmoca.jp
(写真)
万博ふんすい(日本万博の美しい会場より)1967 年
国立国際美術館蔵
大和に やまとぢから 結集
や ぶうち さとし
籔内佐斗司展「やまとぢから」
奈良県立美術館の開館 40 周年を記念して行われる、彫刻家・
籔内佐斗司の展覧会。籔内は「生命の鎧」「童子」シリー
花嫁 1966 年
東京都現代美術館蔵
ズ などユーモラスな 木 彫 作 品で 高く評 価されてい た が、
2010 年に平城遷都 1300 年祭公式キャラクター「せんとくん」
を手がけ、また仮面舞踏団「平成伎楽団」のプロデュース
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Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ アート & エンタテインメント ]
62
も行うなど、彫刻以外にも活動の幅を広げている。この展
六本木ヒルズ森タワー 53F
覧会では、「せんとくん」をはじめ、その仲間たちで構成さ
www.mori.art.museum/eng
れる「平成伎楽団」
、活力あふれる「童子」
、そして籔内が
修復を手がけた仏像も展示される。「やまとぢから」とは、
祖先が遺した叡智と活力であり、次の時代を切り開くのに必
(写真)
高坂正人
「Return to Forever (Productopia)」2009年
要なものであると、籔内は語る。古代から続く日本の歴史を
ダンボール、木、プラスチック、MDF、アクリル、塗料、紙、ジュース
つくりあげてきた活力 やまとぢから が、古都・奈良に結
の缶、テープ、不要になった製品包装
集する。(工藤索太郎)
キュビスムとオーストラリア美術/ハイド近代美術館(メルボルン)で
の展示風景
10 月 19 日∼ 12 月 15 日
写真=John Brash
奈良県奈良市登大路町 10-6 奈良県立美術館
www.pref.nara.jp/11842.htm
風間サチコ
「噫(ああ)!怒涛の閉塞艦」2012年
(写真)
桃太郎白刃取り 2008 年
木版画(パネル、和紙、墨)181×418 cm
写真=宮島 径
Courtesy: Mujin-to Production, Tokyo
交差から見える日本の今
六本木クロッシング 2013 展
アウト・オブ・ダウト―来たるべき風景のために
前衛的精神で描く今日の書
柿沼康二 書の道 ぱーっ
「六本木クロッシング」は、森美術館で 3 年に一度開催され
るシリーズ展。ここでは複数のキュレーターにより選出され
た、日本の現代美術最前線の作品が「交差」する。
シリーズ初の外国人キュレーターを迎えた共同企画となる
今回、参加するアーティストは約 30 組。1970 ∼ 80 年代生
まれが中心だが、赤瀬川原平、中平卓馬など、戦後の前衛
的な日本美術を牽引してきたアーティストの作品も同時に展
示される。また、海外在住あるいは海外生まれの日系アー
ティストも積極的に紹介する。世代を超えた、そしてグロー
バルな視点から日本の現代美術を捉え直す。東日本大震災
という未曾有の災害を受けた「日本の」作家たちは、現代
を考え、未来を模索する。彼らの最前線を一望でき、日本の
「今」がわかる、刺激的な展覧会である。(オオスキトモコ)
9月21日∼ 2014年1月13日
森美術館
東京都港区六本木6-10-1
伝統的な書の技術と前衛的な精神による独自のスタイルで、
アーティストとして活動する書家、柿沼康二。国内外での個
展やワークショップの開催など、多方面で活動し、テレビ番
組、映画などの題字も多く手がけている。この展覧会は柿
沼にとって過去最大規模で、現代美術を中心とする美術館
では初の個展となる。新作、代表作、超大作、映像作品、
インスタレーション作品など小品から巨大作品まで 7 つのス
ペースを利用し、約 60 点の作品を展示する。柿沼は書を「古
典に立脚し、嘘偽りなく、今を生き生きと表現する」ものだ
という。柿沼の代表作による書を通じて、現代の視点から
「今
日における書」とは何か、「書における芸術性とは何か」を
探る。(オオスキトモコ)
11 月 23 日∼ 2014 年 3 月 2 日
金沢 21 世紀美術館 展覧会ゾーン
石川県金沢市広坂 1-2-1
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ アート & エンタテインメント ]
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www.kanazawa21.jp/en
方に位置し、鋳物産業で知られる伝統ある地方都市。全国
から集まった力作と、全国から募集したデザイン画をもとに、
(写真)
柿沼康二《喰》(2011) と作家
写真=野瀬勝一
高岡のメーカーや職人が製品化した作品が展示・予約販売
される。このコンペでは、工芸作品を、家具デザイナーの
小泉誠をはじめ、各界の第一線で活躍する審査員たちが、
素材感を活かしつつも商品としての競争力も高い「ファクト
国宝のお茶室を購入可能!?
リークラフト」と、工芸の領域を拡張する挑戦的な表現を求
妙喜庵待庵 茶箱展
める「コンテンポラリークラフト」の 2 つの視点で選定する。
国宝、妙喜庵待庵。約 400 年前に千利休が作り上げた、現
存最古のお茶室が、京都にある。その貴重な古材を用いて
高野竹工が茶箱を作成し、セレクトショップ京にて展示・販
高岡が考える「新しい工芸」を、東京・銀座で見られる貴
重な機会となる。(オオスキトモコ)
10 月 10 日∼ 11 月 4 日
売する。面白いのは箱の材だけではない。箱に入れるお茶
松屋銀座 7F デザインギャラリー 1953
道具を、デザイナーのコシノジュンコ、塗師の赤木明 登な
東京都中央区銀座 3-6-1 松屋銀座 7 階
ど 20 に及ぶアーティストやメディアが自由に見立てて、そ
www.matsuya.com/foreigner/en/m_ginza/
れぞれの 1 点ものを販売するのだ。
家庭画報インターナショナルもその一員として、極細美術
工芸家の森音広夢さんとコラボレートし、待庵そのもののミ
(写真)
2012 年ファクトリークラフト グランプリ受賞作品
マネキン「∼ h i r a k u ∼」
(株)道具× 安井未星×尾崎迅
ニチュアを作成する。中身に制約のない茶道具ゆえ他の作
家群からも何が飛び出すかわからず、茶道ファン以外も注
目だ。(編集部)
2012 年コンテンポラリークラフト グランプリ受賞作品
「種種」大桃沙織
12 月 19 日∼ 1 月 20 日
セレクトショップ京
自然と人間との合作
京都府京都市東山区三十三間堂廻り 644-2
瀬戸内国際芸術祭 2013
ハイアット リージェンシー 京都 ロビー内
www.selectshopkyo.com
瀬戸内国際芸術祭は、瀬戸内海の複数の島を会場に行われ
るイベントである。海によってつながった 24 の国と地域から、
(写真)
写真=田口葉子
約 200 点の作品が出品される。第 2 回となる今回は、人間
の創り出すアートだけでなく、瀬戸内海の自然が生み出す
季節ごとの美にも触れられるようにと、会期を春・夏・秋に
「新しい工芸」銀座に集う
工芸都市高岡 2013 クラフトコンペ
【松屋銀座「東京展」】AWARDS +
分けているのが第 1 の特色。特色の第 2 は、アートが美術
館に集められるのではなく、瀬戸内海の島々が美術館となり、
アートそのものとなることだ。アートが瀬戸内海の自然、島
富山県高岡市で開催される「工芸都市高岡クラフトコンペ
に住む人々の生活と密接に結びつけられる。この芸術祭を
ティション」の入賞作品を展示する展覧会。同市は北陸地
観に行くことも、単に鑑賞にとどまらず、瀬戸内海の島々を
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ アート & エンタテインメント ]
64
船で巡りながら、自然の一部となり、アートの一部となるこ
となのだ。(工藤索太郎)
10 月 5 日∼ 11 月 4 日
瀬戸内海の島+高松・宇野|直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、
大島、犬島、本島、高見島、粟島、高松港・宇野港周辺
setouchi-artfest.jp
(写真)
島から島へ移動するフェリーも作品。
高見島 西山美なコ「新なぎさ号 キュート・アップ作戦」
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ アート & エンタテインメント ]
65
エンタテイ
ンメント
Sweetboxが福原美穂を起用
文=工藤索太郎、オオスキトモコ、宮本ゆみ子
Sweetbox『#Z21』
全世界で 1000 万枚以上のセールスを記録した「Everything's
p.124
Gonna Be Alright」等のヒットで知られるドイツのユニット
クラシックの名曲がジャズに
Sweetbox が 7 月に、4 年ぶりのアルバム『# Z21』をリリー
山中千尋『モルト・カンタービレ』
スした。現在のメンバーは、エグゼクティブ・プロデューサー
米バークリー音楽院でジャズを学び、首席で卒業した山中
Heiko Schmidt とアンティグア出身のラッパー Logiq Pryce。
千尋が新作 CD をリリースし、
コンサートツアーを行う。バー
彼らが 6 代目の 女 性 ボーカリストとして初 めてアジア人
クリー在学中からナンシー・ウィルソン、ジョージ・ベンソ
ヴォーカリスト、福原美穂を起用した。アルバムのリード曲
ンらと共演を重ね、2001 年に CD デビューを果たした彼女
となる「#Z21(ZEITGEIST21)」は、映画『2001 年宇宙の旅』
がこれまで発表したアルバムは、すべて国内の JAZZ チャー
のテーマとしても知られているリヒャルト・シュトラウス「ツァ
トで 1 位を獲得し、多くの賞に輝いている。今回の新作はア
ラトゥストラはかく語りき」をサンプリングした楽曲。福原も
レンジャーとしても高い評価を得ている彼女が、自身のルー
自身の名義で聴かせる歌声とは違う一面を見せながら、大
ツであるクラシックをジャズにアレンジしたもの。モーツァル
胆なボーカルを披露する。国境もジャンルも超えた音楽の
ト「トルコ行進曲」やリスト「愛の夢 第 3 番」、ベートーヴェ
魅力が発揮される。(宮本ゆみ子)
ン「エリーゼのために」などおなじみの名曲を、ベン・ウィ
リアムス (b)、ジョン・デイヴィス (ds) とともにジャズナンバー
に変貌させた。(宮本ゆみ子)
『# Z21』
(SRCP-431)
ソニー・ミュージックレコーズ
sweetbox.com
山中千尋ニューヨーク・トリオ
全国ホールツアー 2013 ∼モルト・カンタービレ∼
9 月 14 日 サンケイホールブリーゼ(大阪)
カンヌで大喝采
9 月 16 日 しらかわホール(名古屋)
そして父になる
9 月 17 日 富山県民小劇場オルビス
9 月 19 日 町田市民ホール(東京)
是枝裕和監督の『そして父になる』は、今年のカンヌ国際
9 月 20 日 紀尾井ホール(東京)
映画祭コンペティション部門に出品され、審査員賞を受賞し
9 月 21 日 静岡音楽館 AOI
た作品である。ビジネスマンとして順調な人生を歩み、妻
9 月 22 日 太田市新田文化会館 エアリスホール(群馬)
と6歳になる息子の3人家族を築いていた主人公・野々宮
9 月 23 日 渋谷区文化総合センター大和田さくらホール(東京)
www.chihiroyamanaka.com
『モルト・カンタービレ』(UCCJ-9128)
ユニバーサル ミュージック
良多(福山雅治)は、息子・慶多の出生時に病院で取り違え
があったことを知る。6年間育ててきた 息子 とのつなが
りは何なのか。家族とは何なのか。取り違えの相手家族と
の交流を通して、良多は苦しみながら、その答えを探し求
める。カンヌでの公式上映では観客から 10 分間にわたるス
タンディング・オベーションを受けた。家族の形は国や文化
により多様だが、この映画で描かれる家族の情愛はその違
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いを超える。(工藤索太郎)
『そして父になる』
先端技術で美的感性を刺激
オープン・スペース 2013
9月24日∼ 全国順次公開
現代のメディア環境における多様な表現をとりあげ、幅広い
配給:ギャガ
観客層に向けて紹介する展覧会。18 組のアーティストによ
soshitechichininaru.gaga.ne.jp
(写真)
ふたつの家族とふたりの息子
© 2013『そして父になる』製作委員会
る作品は「見るだけ」の展示ではなく、鑑賞者の参加を求
めてくる。たとえば「心音移入」
(安藤英由樹+渡邊淳司+
佐藤雅彦)は、鑑賞者が聴診器を自分の胸に当てると、映
像の再生が始まる。緊張状態にある人々の映像を見ながら
聞く自分の鼓動音は、映像に登場する人物の鼓動とシンク
ロするように感じられるだろう。また「マシュマロスコープ」
中毒性のある耽美な世界観
ALI PROJECT『令嬢薔薇図鑑』
ALI PROJECT は、作詞&ボーカルの宝野アリカと作曲&編
曲の片倉三起也によるユニット。1992 年のメジャー・デ
ビュー以来、枠に嵌らない音楽形態と、独特のビジュアル
(岩井俊雄)では、白いマシュマロのような形をしたオブジェ
についたモニターを覗くと、周りの風景や人の形が歪んで映
り、まるで時間が行きつ戻りつするように変化する。子ども
から大人まで楽しめるエンタテインメントである。(オオスキ
トモコ)
で人気を集めてきた。コンセプト重視の作品、クラシックの
要素も取り入れた技巧的かつ芸術性を重視した楽曲、さら
∼ 2014 年 3 月 2 日
NTT インターコミュニケーション・センター [ICC]
に宝野アリカの豊かな歌唱力やファッションなど芸術性の高
東京都新宿区西新宿 3-20-2 東京オペラシティタワー 4 階
さから海外からも評価が高い。また国内では、アニメ主題
www.ntticc.or.jp
歌も数多く手掛けており、アニソンファンからの支持も高い。
7 月リリースのシングル「私の薔薇を喰みなさい」では明る
くポップな曲調に彼ららしい様式美を組み込むという意外性
でインパクトを与えた。アルバム『令嬢薔薇図鑑』を携えて
(写真)
『心音移入』2010 年
安藤英由樹+渡邊淳司+佐藤雅彦
©WATANABE junji
の全国ツアーでは、観るものに更なる衝撃を与えてくれるだ
ろう。(宮本ゆみ子)
『マシュマロスコープ』2002 年
岩井俊雄
『令嬢薔薇図鑑』
(TKCU-73963)
9 月 11 日発売 徳間ジャパン
写真= KIOKU Keizo
Courtesty: NTT INTERCOMMUNICATION CENTER [ICC]
TOUR 2013『令嬢薔薇図鑑』顧客閲覧会
10 月 1 日 福岡 DRUM Be-1
10 月 3 日 大阪 BIG CAT
10 月 4 日 名古屋ボトムライン
10 月 12 日 渋谷公会堂
aliproject.jp
伝説の宇宙海賊、30年ぶりに復活
アニメ映画『キャプテンハーロック』
『銀河鉄道 999』『宇宙戦艦ヤマト』などの SF 作品を生み出
した漫画家の松本零 士は、フランスをはじめ海外でも人気
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が高い。2013 年に画業 60 周年を迎えた彼の代表作の一つ
『宇宙海賊キャプテンハーロック』が、およそ 30 年ぶりにア
ニメ化される。監督には『APPLESEED アップルシード』の
荒牧伸志、脚本に『亡国のイージス』など実写アクション
大作を生み出してきた福井晴敏など。声の出演にもトップク
10 月 10 日∼ 19 日 パリ市立劇場(パリ)
2014 年 3 月 21 ∼ 23 日 世田谷パブリックシアター(東京)
2014 年 3 月 29 日、30 日 フェスティバルホール(大阪)
sugimoto-bunraku.com
(写真)
ラスの俳優陣の他、アニメ界の顔ともいえる豪華キャストが
人形:お初(右)徳兵衛(左)
集結した。東映アニメ史上最高額となる 3000 万ドルという
©Hiroshi Sugimoto/courtesy of Odawara Art Foundation
総製作費をかけ、ダークでスケール感あふれる世界観を表
現しながら、単なる CG にとどまらないスピーディーなアク
ションで見るものを惹き込んでゆく。(宮本ゆみ子)
東京都内を弾丸公演
9 月 7 日∼ 全国ロードショー
www.toei-anim.co.jp/herlock/
( 写真 )
©LEIJI MATSUMOTO/CAPTAIN HARLOCK Film Partners
が∼まるちょば 東京 JACK
サイレントコメディー・デュオ、が∼まるちょばは、赤いモ
ヒカンのケッチ!、黄色いモヒカンの HIRO-PON の 2 人組。
1999 年に結成されたコンビは、これまでに 34 ヶ国の、200
を超えるフェスティバルなどから招待され、公演を行ってき
た。グルジア語で「こんにちは」という意味の が∼まるちょ
伝統と現代の融合
杉本文楽『曾根崎心中』2013年ヨーロッパ公演
ば のパフォーマンスで使われる道具はトランク1つ。言葉
を使わず、パントマイムの多彩な技術でストーリーを表現す
る。国外でも人気が高く、1年の半分は海外公演で過ごす。
2011 年 8 月に初演され、好評を博した『杉本文楽 曾根崎
心中』が、この秋、ヨーロッパ公演を行う。「杉本文楽」は
現代美術作家の杉本博司が、伝統芸能の文楽を、独自の解
釈による新たな演出で上演するものである。今回の『曾根
その彼らが、今年9月から 11 月までの3ヶ月間、活動拠点
である東京都の約 2188 平方キロメートル、62 ある市区町
村を回る弾丸公演を行う。ホームに帰った彼らのパフォーマ
ンスに注目したい。(工藤索太郎)
崎心中』は、近年発見された 1703 年の初演版台本を元に、
現代では割愛されている「観音廻り」の場面を復活させた。
9 月 4 日 ヤクルトホール
杉本は、この場面をエロスと死という、洋の東西を問わず、
11 月 30 日 渋谷公会堂
300 年の時を超える普遍的なテーマを描き出すもので、現
9 月 4 日∼ 11 月 30 日までに東京都内 49 の市区町村で公演。残りの
代の上演に欠かせないと語る。衣装にはエルメススカーフ
を用い、人間国宝を含む第一級の顔ぶれが揃えられ、現代
13 市町村での公演も予定されている。
www.gamar-jack.com
と伝統の視点が融合した「杉本文楽」の世界が舞台上に現
れる。(工藤索太郎)
9 月 27 日、28 日 エスパニョール劇場(マドリード)
10 月 4 日、5 日 アルジェンティーナ劇場(ローマ)
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N ext Issue
2014年 春/夏号 予告 日本語編
3月1日発売予定
■Main feature
日本の夏旅
蒸し暑さで知られる日本の夏。しかし四季の中で一番自然が活気づき、山も海も街もまばゆい太陽の光に照らされ、
緑がいっそう濃くなるこの季節がなければ生まれなかったさまざまな暮らしの文化があります。
光と陰、涼、祭り、食、水辺の風景……etc、日本の夏を満喫する、とっておきの旅先へ……。
■ Additional features
和食を習う---達人が教える「膳」の流儀と極意
世界のシェフたちが注目する和食。
けれど和食とは何かと問われると、一言では言えないその世界の幅広さに、答えに窮するのも事実。
和食の技と精神を料理人たちから習います。和食に詳しい人も、基本から知りたい人も必見の特集。
鎌倉文化人とアート
東京からほど近い海辺の街、鎌倉。12 ∼ 14世紀、武士による幕府が置かれた歴史の街として知られますが、
一方で、数多くの文学者や芸術家、文化人たちが集い、暮らし、文化を発信してきた街でもあります。
鎌倉を愛するアーティストたちを訪ね鎌倉の魅力を探ります。
今行きたい地方の寿司名店
世界中で一番美味しい寿司店が集中する東京。しかし実は地方にも美味しい寿司店は存在しています。
気鋭の若手寿司職人からベテランの主人まで。その寿司を一口食べるために全国からお客が訪れる、
今話題の店をまとめてご紹介します。
*特集は変更になる可能性があります
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