動物がヒトに及ぼす ソーシャルサポート 広島国際大学 保健医療学部 看護学科 西野弘員 間 文彦 幼少の頃より生き物を好み,動物に対して何か特別な魅力を感じながら日々過ごし ていました。現在,実家ではコーギー(名前を「元気」と言います)を飼っています。実 家で「元気」を飼うことになった理由は子どもが巣立ち,父親が定年退職を迎えるに 当たって,両親の単調な日々にうるおいをもたらすことを期待してのことです。両親と 「元気」との関係を2年程度見てきまして,両親が「元気」の世話をすることで,新しい 役割を得たこと,さらに夫婦間の「元気」を中心とした会話がコミュニケーションの発 展につながっているように思えました。私自身の猫の飼育経験や若い頃畑正憲さん のエッセイや小説を夢中になって読んでいたこともありまして,動物と人間との関係の 奥深さを追及したいとの思いが高くなりました。私自身の医療・福祉の臨床経験と動 物介在療法や動物介在活動の文献購読から,私の専門領域である精神科看護や 精神保健福祉の分野で動物が介在することによる心を病んだ方々にもたらす影響は 大きいと判断しました。本日発表させていただく研究の一部は動物の「癒しの効果」 を私なりに明らかにしていこうとする第一幕です。それでは内容に移りたいと思いま す。 1 人間界におけるソーシャルサポートの 定義と機能 <定義> Caplan,G.(1971) 「家族や友人,隣人など, ある個人を取り巻く様々な 人々からの有形・無形の 援助」 「人間が生きていく上で必要 な支援的人間関係」 <機能> ・物質的・道具的サポート ・情緒的サポート ・情報的サポート ・尊重・肯定的サポート ストレス緩衝効果 まず初めに人間界におけるソーシャルサポートの定義と機能をご紹介したいと思い ます。「ソーシャルサポート」は心理学,社会学,医学,看護学,福祉学など様々な分 野で定義されています。ここではキャプランの定義を取り上げてみたいと思います。 キャプランはソーシャルサポートを「家族や友人,隣人などある個人を取り巻く様々な 人々からの援助」と定義しました。つまり,人間が生きていく上で支援的人間関係は 必要不可欠であり,「サポートを与える人,受ける人の間で支援的人間関係が成り 立っていること」がソーシャルサポートを説明する上で重要な点であると思われます。 さらに,様々なソーシャルサポート研究においてその機能を実証しようとする試みも 盛んに行われてきました。ソーシャルサポート機能の代表的なものとして「物質的・道 具的サポート」,「情緒的サポート」,「情報的サポート」,「尊重・肯定的サポート」など が挙げられますが,大きくは「心理的サポート」と「実際的サポート」の2種類に分類で きます。このような機能は人間のストレスを緩和し,健康状態に影響することが知られ ています。 2 動物ーヒト関係における ソーシャルサポート機能とは? 動物の癒しの効果を探る それでは動物とヒトの関係において動物のソーシャルサポートは人間に対してどの ような機能を持ち,ヒトの心にどのような影響をもたらすのでしょうか。従来,ソーシャ ルサポートという言葉は人間間の関係において用いられている言葉ですが,はるか 昔の時代から人間と動物は共に生きてきたこと,社会構造の大きな変化に伴い,スト レスが増大している社会においてペットを飼う人々が増えていること,などを考えると 動物がヒトに及ぼすソーシャルサポートについて明らかにしていく研究が必要である と考えます。 3 【方法】 Ⅰ.予備調査 看護学生を被調査者として ・「動物に対する肯定的感情を持った場面・ 状況・そのときの思い」 ・「動物の種類」(2種類以内) について記入を求めた。 本研究ではまず看護学生を被調査者として「動物に対する肯定的感情を持った場 面・状況・そのときの思い」と「動物の種類」について答えてもらいました。 4 【方法】 Ⅱ.本調査 ①予備調査から得られた回答を元に動物への好感を示 す内容と動物からのサポートを示す内容と思われる項目 を抽出。 ②予備調査から得られた13種類の動物の中から延数の 多かった動物及び日常的にヒトに飼育されやすい動物を 考慮して,ソー シャルサポート源として 犬,猫,げっ歯 類,鳥類 を挙げた。 ③青年期における心理的健康を測定するため,平石 (1991)の 「自己肯定意識尺度」 を用いた。 次にその回答内容から「動物への好感を示す内容」と「動物からのサポートを示す内 容」と思われる項目を抽出し,前者が8項目,後者が23項目からなる質問紙を作成し ました。動物の種類は13種類得られたのですが,その中から延数の多かった動物と ヒトに飼育されやすい動物を考慮して,ソーシャルサポート源として「犬」,「猫」, 「げっ歯類」,「鳥類」を挙げました。さらに動物のソーシャルサポートと大学生の心理 的健康との関連を見るために平石先生が作成された「自己肯定意識尺度」を使用し ました。 5 <動物への好感度> 犬 猫 動物への愛着 げ ヒトの 心の安定や 心の正常な発達 < 動 物 か ら の サポ ー トの期待の程度> 自己肯定意識 鳥 犬 猫 鳥 げ 動物からの ソーシャル サポート 予備調査を参考に作成した仮説モデル スライドの予備調査を参考に作成した仮説モデルをご覧ください。前に述べた4動 物の好感度を「とてもそう思う」から「まったくそう思わない」の5件法で尋ね,これらは 「動物への愛着」を示すものと仮定しました。次に4動物からのサポートの期待の程度 を「きっとそうだ」から「ぜったいちがう」の5件法で尋ね,これらが「動物からのソー シャルサポート」を示すものと仮定しました。さらに「動物への愛着」や「動物からの ソーシャルサポート」を強く認知している学生は青年期の現在において,より心の状 態が良いのではないかと考えました。そして青年期の心の状態を自己意識に対する 肯定感の度合いを測定することで把握し,この自己肯定意識は動物への認知と関係 するのではないかと考えました。 6 「犬」好感度項目の因子分析結果 動物好感度項目の因子分析結果(犬) 因子負荷量 1 かわいい .90 2 あきない .86 3 たのしい .88 4 やさしい .77 5 けなげだ .70 6 飼うのは良い .66 7 家族の一員になれる .81 8 必死に生きている .60 因子負荷量2乗和 4.85 寄与率(%) 60.61 α係数 .92 4動物について好感度項目の因子分析を主因子法で行ったところ,すべて1因子 構造となり,「動物への愛着」と命名しました。 7 3因子構造で解釈した場合のソーシャルサ ポート項目の因子分析結果(犬) 動 物 を サ ポ ー ト 源 と し た ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト 項 目 の 因 子 分 析 結 果 ( 犬 ) 因 子 名 情 緒 的 サ ポ ー ト 質 問 項 目 自 尊 向 上 サ ポ ー ト 社 会 生 活 サ ポ ー ト 因 子 負 荷 量 1 孤 独 を 癒 し て くれ る .7 2 2 心 に 安 定 を も た ら し て くれ る .6 5 3 グ チ を 聞 い て くれ る .6 7 4 気 分 の 落 ち 込 み を 和 ら げ て くれ る .7 6 5 な ぐ さ め て くれ る .7 9 6 甘 え させ て くれ る .6 8 7 元 気 づ け て くれ る .6 2 8 は げ ま し て くれ る .8 0 9 生 活 を 充 実 さ せ て くれ る .5 2 10 守 っ て くれ る .4 3 11 対 人 関 係 を 良 好 に して くれ る .6 7 12 家 族 の 仲 を と り も っ て くれ る .6 5 13 生 き が い を も た ら して くれ る 14 達 成 感 を も た ら して くれ る .5 0 15 命 の 大 切 さを 教 え て くれ る .5 3 16 遊 ん で くれ る .5 3 17 人 間 の 代 わ り に な っ て くれ る .6 2 18 頼 っ て くれ る .7 3 19 お 手 伝 い を し て くれ る .6 1 20 従 っ て くれ る .7 3 21 心 を 許 し て くれ る .5 9 22 思 うよ うに 動 い て くれ る .6 5 23 認 め て くれ る .5 4 .7 8 .7 5 因 子 負 荷 量 2 乗 和 1 1 .9 4 寄 与 率 (% ) 5 1 .8 9 6 .3 5 3 .8 1 累 積 寄 与 率 (% ) 5 1 .8 9 5 8 .2 4 6 2 .0 5 .9 4 .9 2 .8 7 α 係 数 1 .4 6 0 .8 9 動物のソーシャルサポート項目については人間のソーシャルサポート機能分類を 参考にしながら動物がヒトにもたらすであろうサポート機能を考え,探索的因子分析 を行っていきました。本質問内容は「情緒的サポート」,「自尊向上サポート」,「社会 生活サポート」に分類できるのではないかと考えられました。 しかし,1因子目に当たる「情緒的サポート」において寄与率が約52%あり,構造と しては1因子と考えることが妥当であろうと考えます。つまり,本質問項目はすべて動 物がヒトに対する心理面へのサポートを示しているものであり,心理的サポートの中 で情緒の側面,自尊感情の側面,社会生活の側面と考えることができるかもしれませ ん。人間界ではソーシャルサポートが心理的サポートと実際的サポートの2種類に分 類でき,さらに両者において細分化できることを述べましたが,動物のソーシャルサ ポート機能を検証していくうえで,質問項目の再検討や被調査者の状況要因をふま える必要があると考えます。 8 ﹁犬﹂ のソーシャルサポート項目 の因子分析結果 孤独を癒してくれる 心に安定をもたらしてくれる グチを聞いてくれる 気分の落ち込みを和らげてくれる なぐさめてくれる 甘えさせてくれる 元気づけてくれる はげましてくれる 生活を充実させてくれる 守ってくれる 対人関係を良好にしてくれる 家族の仲をとりもってくれる 生きがいをもたらしてくれる 達成感をもたらしてくれる 命の大切さを教えてくれる 遊んでくれる 人間の代わりになってくれる 頼ってくれる お手伝いをしてくれる 従ってくれる 心を許してくれる 思うように動いてくれる 認めてくれる 9 自己肯定意識尺度項目の下位尺度及び項 目(各成分で代表1項目を挙げた) 自己肯定意識尺度項目の主成分分析結果 下位尺度及び項目 第Ⅰ成分 .92 「自己閉鎖性・人間不信」 α=.90 .77 他人に対して好意的になれない★ .85 第Ⅳ成分 .88 第Ⅴ成分 .86 第Ⅵ成分 .76 12.16 精神的に楽な気分である 第Ⅱ成分 第Ⅲ成分 因子負荷量2 乗和 「充実感」 α=.91 4.42 「被評価意識・対人緊張」 α=.89 3.44 他人に自分の良いイメージだけを印象づけようとしている★ 「自己表明・対人的積極性」 α=.89 2.51 疑問だと感じたらそれらを堂々と言える 「自己実現的態度」 α=.89 2.36 自分には目標というものがない★ 「自己受容」 α=.73 1.63 自分の良いところも悪いところもありのままに認めることができる ★逆転項目 累積寄与率(%) 64.68 自己肯定意識尺度項目の主成分分析(プロマックス回転)の結果,先行研究と同 様に表のような6成分に分類できました。第Ⅰ成分の「充実感」,第Ⅴ成分の「自己実 現的態度」,第Ⅵ成分の「自己受容」は対自己領域に含まれ,第Ⅱ成分の「自己閉 鎖性・人間不信」,第Ⅲ成分の「被評価意識・対人緊張」,第Ⅳ成分の「自己表明・対 人的積極性」は対他者領域に含まれます。 10 動物ソーシャルサポートのヒトへの影響 を探る 飼育経験 動物への愛着 r= .84** r= .23* 自己 肯定 意 識 r= .08 n.s. 動物からの ソーシャルサポート 認知 本研究では飼育経験の有るヒトがないヒトよりも「動物への愛着」得点と「動物からの ソーシャルサポート」得点の双方に有意に高い得点が認められています。さらに「動 物への愛着」が強いヒトほど「動物からのソーシャルサポート認知」が高い傾向にあり ます。 「動物からのソーシャルサポート認知」と「自己肯定意識」は弱いながらも相関が認め られるため両方向に関係があることが示されています。 11 4動物ソーシャルサポートと 6因子別自己肯定意識との相関 4 動物をサポート源としたソーシャルサポートと 6 因子別自己肯定意識との相関係数(n=91) <対自己領域> <対他者領域> 自己受容 自己実現的態度 充実感 犬 .32** .19n.s. 猫 .29** 鳥類 げっ歯類 自己閉鎖性・ 対人的積極性・ 被評価意識・ 人間不信 自己表明 対人緊張 .22* .05n.s. .32** -.05n.s. .24* .24* -.08n.s. .08n.s. -.06n.s. .23* .18n.s. .24* .10n.s. .06n.s. .05n.s. .19n.s. .18n.s. .29* .07n.s. .12n.s. .01n.s. *p<.05 **p<.01 4動物別ソーシャルサポートと自己肯定意識の下位成分との相関関係を見てみると, 弱いながらも「対自己領域」の「自己受容」,「充実感」に複数認められています。つ まり,動物ソーシャルサポートはヒトの精神世界の安定と関係があると考えられます。 さらに犬のソーシャルサポートと「対他者領域」に含まれる「対人的積極性・自己表 明」の間に弱いながら関係が認められています。 12 4動物のソーシャルサポートから 6因子別自己肯定意識への影響 4 動物をサポート源としたソーシャルサポートから 6 因子別自己肯定意識への 重回帰係数及び標準偏回帰係数(n=91) <対自己領域> 自己受容 自己実現的態度 R(R2 乗) <対他者領域> 充実感 自己閉鎖性・ 対人的積極性・ 被評価意識・ 人間不信 自己表明 対人緊張 .29(.08)n.s. .25(.06)n.s. .36(.13)* .15(.02)n.s. .07n.s. .47** -.08n.s. .03n.s. -.39* -.13n.s. -.17n.s. .05n.s. .02n.s. .19n.s. -.11n.s. .16n.s. -.12n.s. .22n.s. .19n.s. -.01n.s. .07n.s. .37(.13)* .26(.07)n.s. 犬 .29* .09n.s. .05n.s. 猫 .26n.s. .25n.s. 鳥類 .13n.s. げっ歯類 -.31n.s. *p<.05 **p<.01 次に「4動物別ソーシャルサポート」を説明変量とし,「自己肯定意識」の下位成分 を目的変量とした重回帰分析の結果から犬のソーシャルサポートが他の動物よりもヒ トの自己受容を促進させる傾向があることがうかがえます。同じく犬のソーシャルサ ポートは対人関係においても有効に作用させる可能性が示唆されていると考えられ ます。 今度は逆に「自己肯定意識」の下位成分を説明変量とし,「4動物別ソーシャルサ ポート」を目的変量とした重回帰分析の結果から精神的に安定傾向にあるヒトが動物 をサポート源として捉えることができると考えられます。そして対人関係に積極的なヒ トは犬をサポート源として捉える傾向にあり,逆にどちらかと言えば対人関係を不得 手と感じるヒトは猫をサポート源として捉える傾向があると言えます。 13 6因子別自己肯定意識から 4動物ソーシャルサポートへの影響 6 因子別自己肯定意識から 4 動物をサポート源としたソーシャルサポートへの 重回帰係数及び標準偏回帰係数(n=91) 犬 R(R2 乗) 猫 鳥類 げっ歯類 .45(.20)**.44(.19)**.32(.11)n.s..34(.11)n.s. 対自己領域 対他者領域 自己受容 .23* .26* .23n.s. .17n.s. 自己実現的態度 -.07n.s. .09n.s. .01n.s. -.01n.s. 充実感 .19n.s. .32* .26n.s. .33* -.19n.s. -.28* -.03n.s. -.09n.s. .30* -.07n.s. -.15n.s. -.03n.s. -.17n.s. -.03n.s. .03n.s. -.04n.s. 自己閉鎖性・ 人間不信 対人的積極性・ 自己表明 被評価意識・ 対人緊張 *p<.05 **p<.01 以上の結果から自己の精神世界が安定した状況にあるヒトは動物からのサポート の恩恵を得ることができると考えられます。そして本研究で考えられることはセラピー 動物によく採用される犬が最もソーシャルサポート機能を発揮できる動物であると考 えられます。 最後に本研究において示された結果は健康な若者と動物との関係において導き 出されたものであり,対象者を変えることでまた違った結果になることが予想されます。 今後,様々な状況に置かれたヒトへの動物のソーシャルサポート機能とその効果に ついて明らかにしていく試みが望まれると考えます。 14
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