福山大学こころの健康相談室紀要 第 7 号 「腐女子」のセクシュアリティに関する研究 ――性的自己決定の観点から―― 田原歩美 福山大学大学院人間科学研究科 キーワード: 「腐女子」 ,セクシュアリティ,性的自己決定 はじめに 近年,性的マイノリティに対する理解や関心は高まり,現代における若者のセクシュアリティのあり方は多様 化し,性自認,ジェンダー,セクシュアリティ,性的指向など,性における様々な事柄を自ら選択できるように なりつつある。しかし,異性愛主義社会の中で,同性愛に対する偏見はいまだぬぐい切れておらず,男性同士の 恋愛を嗜好する「腐女子」についても同様,偏見が強いと考えられる。 「腐女子」とは,男性同士の恋愛を扱った小説や漫画(ボーイズ・ラブ;以下,BL)などを好む女性のことで ある。同性愛を嗜好する彼女たちに対する偏見は強く,実際に,男性同士の恋愛を好むという嗜好性が一般的な ものとは異なり,受け入れ難いものであるということから, 「腐女子」であることを隠したがる「腐女子」も多く 存在する(金田,2007) 。 このような状況の中, 「腐女子」を自認する女性たちは,自らの性的指向やセクシュアリティをどのようにとら え,どのような恋愛観を形成しているのだろうか。 「腐女子」は「腐った女」という言葉の意味から,女子力がな い,女性らしくない女性など,本来の「腐女子」とは異なった認知をされ(田原,2012) ,女性嫌悪やセックスを 恐れる未熟な女性である(中島,1998)というネガティブな解釈がされることもある。しかし, 「腐女子」も一般 的な女性と同様,恋愛を楽しんでいる者やおしゃれを楽しむ「腐女子」もおり(杉浦,2006) ,いわゆる女子力が 低い,あるいは女性らしくない,といった者とは限らない。また, 「腐女子」は BL を好んではいるものの,自分 が実際に恋愛対象とする性は,異性であることが多く(森川,2007) ,BL が好きだからといって必ずしも「腐女 子」自身が同性愛者であるというわけではない。さらに,田原(2012)によると, 「腐女子」は一般的な人々より も,多様な性のあり方に対して受容的であることを見出しており,BL を好む要因として,性の多様性にもとも と受容的であることや,BL は男女間の恋愛におけるジェンダー的な抑圧から解放され,女性が能動的な立場に 立てるものであるなど(斎藤,2009) ,ポジティブな解釈もされている。 このように, 「腐女子」は,従来のジェンダー観や既成の性意識,性規範にとらわれない,自由な生き方を実践 していると考えられる。すなわち,性的自己決定は高いといえるのではないだろうか。性的自己決定とは,女性 の性の健康と権利(reproductive health/right)や性の権利宣言(sexual health/right)において主張され,性(生殖を 目的としない性も含む)に関わる事柄について自らの責任で選択し,決定できることであり,自分自身のからだ や心に関する性的変化について理解することや,自分の性行動をどのように管理し,自分がどのように性と生に ついて考え,決定していくか,そのすべての決定権は自分自身にあると定義される(今野,2002) 。 現代女性の性問題として,10 代の望まない妊娠や人工妊娠中絶(以下,中絶) ,性感染症の増加などがあげら れる。中絶や性感染症は女性の心身の健康に大きなリスクを及ぼすにも関わらず,避妊行動や性感染症予防行動 において,女性は相手に任せてしまい,主体的な行動ができずにいる(今野,2003;忠津・長尾・進藤・梶原・ 高見,2009) 。また,恋愛関係における DV やデート DV の被害なども問題視されているが,その背景にはジェン ダー意識が大きく関わっており,イニシャチブをとる男性とそれに従う女性という(赤澤,2008) ,支配-従属関 係が大きな要因であると考えられる。このような問題を解決するには,女性が自分の意思をはっきり伝えること や自分のからだは自分で守るという強い意思決定,既存のジェンダー観にとらわれない意識改革が必要であると 福山大学こころの健康相談室紀要 第 7 号 考えられる。 しかし,社会の中で生きる私たちにとって,他者との関わりは無視できず,自分のことを自分で決定するだけ でなく,ひとりひとり異なる存在であり,様々な性のあり方があることを理解し,お互いを分かり合うことが必 要不可欠である。そこで,田原(2011)は,性的自己決定を,性に関わる事柄について自らの責任で選択し決定 できること,そして,自分の性に関することだけでなく,パートナーとの対等な関係を構築できる能力や多様な 性のあり方を容認することを含むより幅広い概念で定義している。若者の性のあり方が多様化する現代社会にお いて,自らの性のあり方を自由に選択し,決定することや他者の性のあり方について理解し受容するという,性 的自己決定が必要であり,性的自己決定は,現代の若者たちにとって重要な課題であるといえよう。 このように,従来の性のあり方が変遷する現代社会のなか,多様な性に関する心理学的な研究は増えつつある (石丸,2008;田原,2011) 。しかし, 「腐女子」のセクシュアリティに関する心理学的な研究はほとんどなく, その実態は明らかにされていない。そこで,本研究は,性的自己決定の観点から, 「腐女子」のセクシュアリティ を考察することを目的とする。その方法として,本研究では,半構造化面接を用い, 「腐女子」自身の恋愛観やセ クシュアリティ観などについて検討する。 方 法 参加者 2011 年10 月中旬に実施した「 「腐女子」と性に関する意識調査」の質問紙調査で,自身が「腐女子」であ ると回答した者のうち協力の得られた中国地方在住大学生の女性 2 名,さらにスノーボールサンプリングによって 協力の得られた「腐女子」を自認する中国地方在住の女性 5 名,合計 7 名が参加した。 インタビュー内容 インタビュー内容 「腐女子」自身が「腐女子」をどのようにとらえているのか,また,性的自己決定の観点から「腐 女子」のセクシュアリティ観を明らかにするため,以下の質問について,半構造化面接を実施した。 (1) 「腐女子」に関 することについて:①「腐女子」を自認する理由について,②「腐女子」を打ち明けることについてどう思うか,③「ふ つうの子」と「腐女子」で違うところはあると思うか,の3 つについて尋ねた。 (2)自身のセクシュアリティ観や恋愛 観について:①自分が女性であることについてどう思うか,②性の多様性について,③恋愛をしたことがあるかどうか, ④恋愛をする相手との関係性について,の4 つについて尋ねた。 なお,半構造化面接のため,面接時の参加者の状況や回答に応じて,質問の表現や順序,内容は適宜変更しな がら実施した。 手続き 2011 年11 月上旬から2012 年1 月中旬,F 大学の相談室あるいは実験室にて,各参加者の希望時間に合わせ て,約1 時間の半構造化面接を実施した(1 名のみ,F 大学への来談が困難であったため,参加者の自宅にて実施) 。倫 理的配慮として,面接開始前に研究内容や留意点などの説明を行い,途中で不快な気持ちになった場合や回答したくな いと思った場合は,中止や中断することも可能であることを伝えた。また,記録方法として,IC レコーダーを用いるた め,IC レコーダーへの録音許可についても承認を得た。インタビューに関する説明が終了した後,参加者の意思決定の もとで,同意書への署名を求め,面接を開始した。なお,本調査は福山大学倫理委員会の審査を受け実施を承認された。 結 果 録音したインタビューの内容をもとに,各参加者の逐語録を作成し, 「腐女子」を自認する理由や「腐女子」のイメー ジに関連するキーワード,セクシュアリティ観や恋愛観に関連するキーワードを抽出し,類似性のあるものをまとめて カテゴリー化した(表1) 。以下,カテゴリー名は【 】で示す。 福山大学こころの健康相談室紀要 第 7 号 表 1 参加者のインタビューをもとに作成したカテゴリー 参加者のインタビューをもとに作成したカテゴリー化の カテゴリー化の結果 化の結果 インタビューの内容 「腐女子」を自認する理由 【BL好き】 カテゴリー 【誰にでもオープン】 「腐女子」を打ち明けるこ とについて 【相手を選ぶ】 一般女性との違い 【趣味の相違】 【自己受容】 女性であること 【男性への憧れ】 性の多様性 【同性愛に対するアンビバレンス】 【束縛への嫌悪】 相手との関係性 【対等な立場】 参加者の回答(一部) ・BLが好きだから ・趣味の範囲で好きだから ・家族の中でオープンだから ・もともと何に対してもオープン ・偏見のない子には言える ・「腐女子」ではない人に言ってもわかってもらえないから ・聞かれなければ言わない ・単なる趣味の違い ・男を見るとホモだ!って思ってしまう ・攻受を瞬時に判断してしまう ・女の子だから外見は可愛くしいと思うのは普通の女子と一緒 ・自分は自分 ・生まれ持ったものだから ・女ならではの特権も多いから ・趣味を続けていく上では女でよかった ・親から「女なんだから」といわれて好きなことができなかった ・女性は弱い,弱い自分が嫌だから ・自分は男っぽいから,男だと思う方が楽 ・自分はバイなので,同性愛への嫌悪感はないが,世間体が気にな るので今後,女性との付き合いはないと思う ・同性愛を否定しないし,自分は男っぽいけど,女性を好きにはな らない ・女性から告白されたことはあるが,付きまとわれてしんどかった ので,今後女性との付き合いはない ・周りの目を気にするので,同性を好きになっても知られたくない ・ある程度の距離感は必要 ・ずっと一緒はしんどい ・ひとりの時間がほしい ・女らしく扱われるのは嫌。対等な立場でいてほしい ・お互いの意思を尊重したい ・自分の意思を聞いてほしいし,私も相手の意思は聞き入れたい 「腐女子」について 参加者全員, 「腐女子」を自認する理由について, 【BL が好き】だからと答え, 「腐女子」 の意味についても BL を好む女性のことであり,オタクとは異なると答えた。また,自身が「腐女子」だと打ち 明けるかどうかについては,2 つにカテゴリー化された。一つは,自分が「腐女子」であることを明かすことに ためらいを感じていない,あるいは趣味だと割り切っているなどから, 【誰にでもオープン】とした。もう一つは, 一般的に受け入れがたい「腐女子」であることは,隠すべきであると考え,理解を得難い場合は打ち明けないな どから, 【相手を選ぶ】とした。一般女性との違いは多くの参加者が,ただ趣味が違うだけだと感じていることか ら, 【趣味の相違】とした。 「腐女子」のセクシュアリティ まず,女性であることについては,2 つにカテゴリー化された。一つは,自 分は自分,生まれ持ったもの,女性ならではの特権があるなど,自分の性に対して受容的な態度であることから, 【自己受容】とした。もう一つは,男性の方が得,男性と思う方が楽など,自分が女性的ではなく,男性的な考 えを持っていることから, 【男性への憧れ】とした。半数以上の参加者が,女性であることを肯定的にとらえてい た。性の多様性については,恋愛経験のある者は 3 名で,3 名とも同性,異性の恋人を持ったことがあると答え た。恋愛経験のある者,ない者を含め,恋愛対象の性別については 1 名を除いて同性も可能だと答え,同性愛に 対して肯定的な態度であった。しかし,世間体を考えると女性とは付き合えない,同性愛は否定しないけど女性 を好きになることはないなど,自身がマイノリティに属することに対して恐れがあること,そして,女性への抵 抗感も持っているという意見から【同性愛に対するアンビバレンス(両面感情) 】とした。相手との関係性につい ては,2 つにカテゴリー化された。一つは,ずっと一緒にいるのはしんどい,一人の時間を大切にしてほしいな ど,自分と相手の距離感を重視した関係性を望んでいることから, 【束縛への嫌悪】とした。もう一つは,自分の 意思を尊重してほしい,一人の人間としてみてほしいと答えており,相手との対等な関係性を望んでいることか ら, 【対等な立場】とした。 福山大学こころの健康相談室紀要 第 7 号 次に,抽出したカテゴリーをもとに, 「腐女子」ひとりひとりのセクシュアリティの特徴をまとめ,個々人のセクシュ アリティの様態を参加者ごとにまとめた(表2) 。 表 2 各参加者のセクシュアリティの様態 参加者 恋愛経験・対象 「腐女子」 について 恋愛観・セクシュアリティ 恋愛経験 対象 打ち明ける かどうか 性別 多様性 相手との関係性 A 有 両 相手を選ぶ 憧れ ↓ 受容 受容 束縛☓対等○ B 有 両 相手を選ぶ C 無 異 相手を選ぶ D 無 両 オープン E 無 異 オープン F 有 異 相手を選ぶ G 有 両 オープン アンビバレント 多様性を容認 対等 世間体を考える アンビバレント 受容(自分は自分) 対等 多様性容認,女性に抵抗感 憧れ 受容 束縛 アンビバレント 受容(性別にとらわれない) 多様性容認 束縛☓ 同性からの愛情に戸惑い アンビバレント 受容(女性に拘らない) 多様性容認 束縛☓ 女性からの愛情に嫌悪 受容 受容 束縛 *腐女子の理由及び一般女性との違いは全員一致していたため,省略 受容 参加者A は,一般女性との違いは【趣味の相違】と感じており, 「腐女子」であることで迷惑をかけているわけ ではないと考えていた。しかし,同性愛を嫌がる人には打ち明けないと語った( 【相手を選ぶ】 ) 。自分の性別につ いて, 【男性への憧れ】が強かったが,男女という枠にとらわれず,自分は自分と割り切り,現在は自身の性別や 性的指向を肯定的にとらえ【自己受容】していた。また,多様な性のあり方にも受容的であり,異性愛主義社会 に憤りを感じていた。相手との関係性については, 【束縛を嫌悪】し,自分の意思を尊重するとともに,相手の意 思も尊重したい( 【対等な立場】 )と語った。 参加者 B は,異性愛主義社会の中で「腐女子」は変に思われるため隠している( 【相手を選ぶ】 )と答えた。女 性としての楽しさもあるため,自身の性を【自己受容】しているが,女性らしさを強制されることを嫌っていた。 両性愛者であり,多様な性のあり方にも受容的であるため,異性愛主義社会に憤りを感じていたが,自身がマイ ノリティであることを周囲に知られてしまうことに対する恐れを感じ,世間体を考えてしまうため,両性愛者で ありながらも,女性と付き合うことにためらいを感じるという【同性愛に対するアンビバレントな感情】を持っ ていた。 現在のパートナーとは対等な関係を築けており, お互いの意思をきちんと尊重できる関係 ( 【対等な立場】 ) であると語った。 参加者 C は,一般女性は恋愛話が多いため,うまくコミュニケーションが取れないと感じていた。特に同性愛 に偏見を持っている人に「腐女子」である自分が変に思われることを恐れ,話ができなくなると語った。女性と しての性を【自己受容】しているが,あまり男女差を意識したことがないためだと語った。同性愛を肯定的にと らえながらも,女性の友人とトラブルがあり,女性に抵抗感を感じていることから,恋愛は異性しか対象になら ず【同性愛に対するアンビバレントな感情】を抱いていた。好きな人と上手くコミュニケーションが取れないと 悩んでいた。相手との関係性については,女性としてではなく,一人の人間として【対等な立場】でありたいと 語った。 参加者 D は,BL が好きなことは悪いことではないと感じ,基本的には【誰にでもオープン】であった。一般 的な女性が好むものとは反対を好み,女性の弱さや女性の人間関係を嫌いながらも,自身がその女性であること 福山大学こころの健康相談室紀要 第 7 号 に怖さを感じていた。そのため,自分は男性だと思うほうが楽だと感じ【男性への憧れ】を強く持っていた。男 性を好きになったことはあるが,自分は男性だという意識があるので,意識的には同性愛だと感じていた。また, 最近女性を好きになったこともあると語り,自身の性的指向については【自己受容】しており,異性愛主義に対 する憤りを感じていた。相手との関係性については,束縛する傾向があり,自分の意思を押し付けてしまうとこ ろがあるかもしれないと懸念していた。 参加者 E は,家族で BL の話をするので【誰にでもオープン】だが,周りにはオタクであることをオープンに していても無意識のうちに「腐女子」を隠していたと語った。女性であることについては,ジェンダー的な抑圧 を受けない環境で育ってきたこともあり,特に何も感じておらず,女性で得することも多く,BL を楽しむため には女性のほうがいいからと自分の性を【自己受容】していた。同性愛を否定はしないが,女性と付き合うには 勇気がいるので,自分には無理だと語った。また,実際の同性愛(特にゲイ)はキレイではないので BL と実際 の同性愛は異なると感じていた。相手との関係性に関しては, 【束縛への嫌悪】を示していた。 参加者 F は, 「腐女子」を嫌う人もいるため,打ち明けるには【相手を選ぶ】と語った。女性であることにつ いては,特に何も感じていなかったが,自分は女性らしくなく,女性同士の人間関係が苦手であると感じていた。 自分は一般的な女性には当てはまらないだけであり,特に性別にこだわっていないだけだと感じていた( 【自己受 容】 ) 。同性愛を否定するつもりはないが,同性から愛情を向けられると嫌悪感があるため,自分は異性愛者であ ると,性的指向に関しても【自己受容】していた。相手との関係性については,フレンドリーな関係であること を望み,あまり干渉しない関係でいたいと語った( 【束縛の嫌悪】 ) 。 参加者 G は, 「腐女子」と一般女性との違いは【趣味の相違】であり,大きな違いはないと感じ,基本的には 【誰にでもオープン】であるが,聞かれなければ「腐女子」と言うこともないと語った。セックスの際,女性が 能動的になれないという葛藤から【男性への憧れ】はあるが,女性として生まれてきたことに不満はなく,女性 のほうが世間を気にしなくていい部分が多いと自身の性を【自己受容】していた。既婚者だが,女性を好きにな ったこともあり,両性愛者である。また,同性愛だけでなく,様々な性癖に対しても受容的であり,多様な性に 対して受容的である。そして,自身の性に関することを語ることにためらいもないと語った。理想を持つと理想 と違った時にしんどいため,理想は特にないが,自分が愛されていると感じられることができればいいと感じて おり,その人のためなら尽くしたいと語った。 考 察 本研究は,性的自己決定の観点から「腐女子」のセクシュアリティを考察することを目的とした。まず, 「腐女 子」自身が, 「腐女子」をどのようにとらえているのか,また, 「腐女子」と一般女性はどのような点で異なるか についてであるが,本研究に参加した「腐女子」は,全員「腐女子」とは BL 好きの女性であるととらえており, 一般女性とは趣味が異なるだけだと感じていた。本来, 「腐女子」とは,BL 好きの女性を指すことばであるため, 本研究の参加者は本来の意味における「腐女子」であると断定できる。しかし,BL は小説や漫画,アニメを媒 体とすることから,女性のオタク全般を指す言葉として用いられたり(岡部,2008) , 「腐った女子」という漢字 の意味から,女性らしくない人ととらえられたりすることもあり(田原,2012) ,実際の「腐女子」と「腐女子」 でない者の間で「腐女子」のとらえ方に不一致が生じているといえる。 また, 「腐女子」であることをオープンに語る「腐女子」は 3 名であり,相手によって打ち明けるかどうかを考 える「腐女子」は 4 名であった。金田(2007)によると, 「腐女子」であることを隠す「腐女子」は多いと指摘さ れているが,本研究においても,半数が「腐女子」であることを隠す傾向にあり, 「腐女子」は自身の嗜好性を隠 す傾向にあることが示唆された。これは,性の多様性が認められつつある現代においても,異性愛主義社会であ 福山大学こころの健康相談室紀要 第 7 号 る以上,同性愛は受け入れ難い傾向にあるため,他者から自身の嗜好性は異常だと思われることへの不安,ある いは,同性愛嫌悪の人に対し, 「腐女子」であることを明かすことで,相手に不快な思いをさせてしまうのではな いかという迷いや不安などから,自身の嗜好性に対し,否定的なのではないかと考えられる。また,石田(2007) は, 「腐女子」は,自身の嗜好性に対してほうっておいてほしいという心理があると指摘している。本研究の参加 者で,自身の嗜好性に理解を示さない者に対して, 「腐女子」を明かす必要性を感じていない者がいたことから, 同じ趣味を持つ者に対しては開放的であるのに対し,同じ趣味を持たない者に対しては閉鎖的な関係であるので はないかと考えられる。一方,オープンに語ることができる者は,BL が好きなことはあくまで趣味の範囲であ り, 「腐女子」であることで迷惑をかけていない,悪いことをしているわけではないと,自身の嗜好性に対して肯 定的であることが示唆された。 次に, 「腐女子」のセクシュアリティについてであるが,全体として, 「腐女子」は自分が女性であることを受 容し,性の多様性を認めていた。これは,田原(2012)と同様の結果であり, 「腐女子」は多様な性に対し,受容 的であるといえよう。また,女性であることについて,ジェンダー的な抑圧を受けない環境で育ってきた者や性 別にこだわらない者などが多かったことから,子どもから大人へ成長してゆく中で,ジェンダー的な抑圧を受け ない環境で育つことが,性の自己受容に大きく関わっているといえよう。そして,自身が女性であることについ て,一般的な女性とは異なる,あるいは性自認が男性である参加者もいた。これは,従来の伝統的な女性らしさ に疑問を抱いているとも考えられ,斎藤(2009)が指摘するように,BL を好むのは,ジェンダー的な抑圧から 脱しようとするあらわれであると考えられる。 自らの恋愛対象については,半数が同性を選ぶことに抵抗を示していた。その理由として,女性同士の人間関 係や伝統的な女性らしさに対する嫌悪感などから,女性に対して抵抗感を持ち,恋愛対象として男性を選ぶ傾向 にあるのではないかと考えられる。これは,中島(1998)が指摘するよう,女性嫌悪のあらわれであるとも考え られ,女性に対する抵抗感が BL への傾倒の背景にあるのではないかと考えられる。一方,他者と自己の両面に おける性の多様性を認める者は,恋愛対象として両性を選ぶ傾向にあり, 「腐女子」の性的指向は,異性や同性に 限らず,両性であることも見出された。このような自身のセクシュアリティに対し,彼女たちは,異性愛主義社 会において,自らを性的マイノリティとしてとらえていた。ところが,彼女たちは,同性愛に対する社会からの 評価を気にしており,同性愛が受け入れ難いものであるという認識を彼女たち自身も持っている面がうかがわれ た。そのため,自身が他者からバッシングを受けることに対して恐れを持つという,自らのセクシュアリティや 嗜好性に対してアンビバレントな感情を抱いていると考えられる。 最後に,恋愛をする相手との関係性についてであるが,恋愛経験がある人もない人も共通して,相手からの束 縛を嫌い,相手との対等な関係を求めている傾向がみられた。近年の若者たちの恋愛は,愛情とセックスの結び つきや快楽,好奇心重視の考えが強くなる一方で,イニシャチブをとる男性とそれに従う女性という構造は以前 と変わらず(赤澤,2008) ,自分の意思を無視し,相手に合わせた行動をとる者が多く,特に,女性は自分の意思 を十分に主張することができていない傾向にある。しかし,本研究に参加した「腐女子」の多くが,相手との対 等な立場を望んでおり,お互いの意思を尊重し合える関係を望んでいたことから,一般的な女性と比べ,恋愛関 係や性行動において,主体的で,対等な関係が築けるのではないかと考えられる。 以上より,個々人のセクシュアリティは異なるものであるため,本研究結果が「腐女子」のセクシュアリティ と断言することはできないが, 「腐女子」のセクシュアリティとして,以下の特徴が示唆される。 「腐女子」は, 自身が「腐女子」であること,自身の性別や性的指向に関して肯定的な態度であり,受容している傾向にあるこ とが示唆された。また,一般の人とは単に趣味の点で異なると感じている。さらに,相手との関係性においては, 対等な関係を求めており,自分自身を大切にする傾向もみられた。このように「腐女子」は多様な性を受け入れ, 自己を受容し,他者との対等な関係を望んでいることから,性的自己決定は高いといえるだろう。しかし,異性 福山大学こころの健康相談室紀要 第 7 号 愛主義の社会の中で,同性愛を嗜好することや同性愛が受け入れ難いものであるという認識があり,自身が他者 からバッシングを受けることに対して恐れを持つという,アンビバレントな感情を抱いていることが明らかにな った。 【謝辞】 本研究は,中国地方在住の「腐女子」を自認する女性の皆様にインタビューのご協力をいただき,本論文を作成する にあたり,指導教官の青野篤子教授から,様々なご指導を賜りました。また,日本心理学会ジェンダー研究会平 成 23 年度第一回シードマネーより助成を受けました。記して感謝致します。 引 用 文 献 赤澤淳子 (2008). 恋愛とジェンダー 青野篤子・赤澤淳子・松並知子(編) ジェンダーの心理学ハンドブッ ク ナカニシヤ出版 pp.112-130. 今野洋子 (2002). 性の自己決定に果たす性教育――避妊教育をテーマとして―― 北海道浅井学園大学短期大 学部研究紀要,40,81-96. 今野洋子 (2003). 大学生の避妊に対する意識・行動に関する報告――A 大学の学生を対象とした調査報告―― 人間福祉研究,6,101-116. 石田 仁 (2007). 「ほっといてください」という表明をめぐって――やおい/BL の自律性と表象の横奪―― ユリイカ,39 (16),114-123. 石丸径一郎 (2008). 異性愛者がレズビアン・ゲイ・バイセクシュアルに対して抱いているイメージ 同性愛者に おける他者からの拒絶と受容 ミネルヴァ書房 pp.41-60. 金田淳子 (2007). やおい論,明日のためにその2。 ユリイカ,39 ( 16 ),48-54. 森川嘉一郎 (2007). 数字で見る腐女子 ユリイカ,39 ( 16 ),124-135. 中島 梓 (1998). タナトスの子供たち――過剰適応の生態学―― 筑摩書房 岡部大介 (2008). 腐女子のアイデンティティ・ゲーム――アイデンティティの可視/不可視をめぐって―― 認知科学,15,671-681. 斎藤みつ (2009). 「やおい・BL」の魅力とは何か? 性科学ハンドブック,12,7-22. 杉浦由美子 (2006). 腐女子化する世界――東池袋のオタク女子たち―― 中央公論社 忠津佐和代・長尾憲樹・進藤貴子・梶原京子・高見千恵 (2009). 大学生の性感染症予防行動および避妊行動に 対する意識・態度の実態調査――青年期ピアカウンセリングの基礎資料として―― 川崎医療福祉学会誌, 19,93-103. 田原歩美 (2012). 「腐女子」の性的自己決定について 福山大学こころの健康相談室紀要,6,19-26. 田原歩美 (2011). 青年期における性的自己決定に関する研究――性的自己決定尺度の作成―― 公益信託松 尾金藏記念奨学基金(編) 明日へ翔ぶ 2 風間書房 pp.161-172. 福山大学こころの健康相談室紀要 第 7 号 A study on sexuality of “Fujyoshi” “Fujoshi” (written as rotten girl in Japanese kanji) means young women who prefer “Boys’ Love (BL)” comics. Their preferences and lifestyles are said to constitute one of the Japanese sub-cultures. This study examined "fujoshi"’s sexuality from the viewpoint of sexual self-determination. The semi-structured interviews were administered with seven young women (aged from 20 to 25) who declared themselves as “fujoshi” in the vicinity of Fukuyama city. The main questions are; (1) what do you think about “fujoshi” and about yourself as a “fujoshi”, (2) what do you think about your own sexual or gender identity and sexual orientation. The results showed that they accepted sexual identity and the variety of others’ sexual attitudes or preferences, they expected an equal relationship with their sex partner, but about half of them displayed a hesitation in choosing a male as a sex partner. It is suggested that “fujoshi” has ambivalent feelings toward sexual experiences in the heterosexist society. (指導教員:青野 篤子)
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