日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 3(2015) ロールプレイによる知識の定着と保持に関する一考察 —小学校第6学年「人の体のつくりと働き」における実践から− 鈴木 由美子*,人見 久城** SUZUKI,Yumiko 宇都宮大学大学院 * HITOMI,Hisaki 宇都宮大学教育学部** Graduate School of Education, Utsunomiya University* Faculty of Education, Utsunomiya University** 【要約】小学校第6学年の「人の体のつくりと働き」において,血液循環に関するアナロジー ロールプレイを用いた教授を行い,知識の定着とその保持について調べた。その結果,授業後, 1年半を経過しても高い正答率を維持しており,ロールプレイが知識の定着と保持に有効であ ることが示唆された。 【キーワード】ロールプレイ,アナロジー,血液循環,社会的相互作用,知識 1 研究の背景と目的 くりと働き」において,ロールプレイを用いた教 最も身近な自然現象である「人体」について, 授を行い,知識の定着及び保持について調査し, その構造や機能を小学校段階から系統立てて学 ロールプレイの効果の検討を行うことである。 ぶことは重要であると考えられる。しかし一方で, 人体単元は理解が難しく,知識の定着率も低いこ 2 研究の方法 とで知られている。その原因としては,人体単元 ⑴ 対象者及び実践の時期 の学習は,観察や実験を取り入れた授業が行いに 授業対象者は栃木県内の公立小学校第6学年 くく,資料を用いた調べ学習が中心の受動的な学 児童 20 名であった。単元「人の体のつくりと働 習になりがちであること,学習者が保持する誤概 き」の授業(全 10 時間)は平成 25 年9月に行い 念が強固であることが挙げられよう。 (ロールプレイの主活動は9月 10 日に実施),遅 これらの問題を踏まえ,能動的な学習を可能に 延テストは平成 27 年3月 31 日に行った。 する教材の開発が行われてきた。例えば,薄井ら ⑵ 学習におけるロールプレイの位置付け (2014)は「人体すごろくゲーム」を取り入れた 本研究におけるロールプレイは,アナロジーロ 授業実践を行い,交換を中心とした血液と臓器の ールプレイである。アナロジーロールプレイは科 関連に関する記述が増えたことを報告している。 学理論の対象や要素として学習者を利用するも 先行研究の知見から,人体に関する学習内容の ので,McSharry ら(2000)によって分類されたロー 理解と知識の定着のためには,能動的な学習が一 ルプレイの1種類である。説明にはアナロジーが つの糸口になると考えられる。また,学習の対象 用いられ,学習者のメンタルモデルが可視化され となる事物や現象を,何らかの形で可視化するこ る(内ノ倉,2006)。 とも必要である。そこで,能動的な学習を促し, 本実践では,児童は血液中の血球や臓器になっ 可視化を可能にする方略として,アナロジーロー たつもりでそれらがどのように働くべきかを考 ルプレイ(以降ロールプレイ)に着目した。 え(アナロジーの生成),血液の循環とその働き Aubusson ら(1997)は,9歳児の理科授業におい を理解するロールプレイを行う。 て,肺におけるガス交換のロールプレイを行い, なお,本研究では,児童が現象に対する考えを ロールプレイには,理解を促進し,題材を記憶す 表出し,話し合いながら思考を精緻化していくこ る能力を高める可能性があるとしている。 とをロールプレイの本質とし,他者に見せる表現 本研究の目的は,小学校第6学年「人の体のつ として完成することは重要視しないという立場 ― 101 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 3(2015) で授業を展開した。さらに,児童の相互作用を促 レイを取り入れた。これらは,③におけるロール 進させるため,活動中の児童の言動をよく観察し, プレイ「c 体を巡る血液の働き」を成立させるた 必要な支援を適時行うことを教師の役割とした。 めの足場がけとして行った,教師主導のロールプ ⑶ 授業の立案とロールプレイの導入 レイである。 単元「人の体のつくりと働き」の単元展開を表 a 「呼吸と血液循環」のロールプレイ 1に示す。第3次の「血液のはたらき」において, 体循環と肺循環を表す動線を設定し,心臓から 血液の循環とその働きを総合的に捉えるため,計 出た血液役の児童が,肺(の児童)で酸素をもら 3回のロールプレイを導入した。 って全身に送り出され,体の様々な部位で酸素と 血液の循環については,血液の直列循環といっ 二酸化炭素を交換し,肺に戻ってきて二酸化炭素 た誤概念が広く知られている。また,栃木県が行 を排出する様子をロールプレイで表現した。 っている学力調査においては,血液が運ぶ物につ b 「養分と血液循環」のロールプレイ いての知識の定着に課題があることが報告され 小腸役の児童が血球役の児童に養分を渡し,血 ている。そのことを踏まえ,血液は循環しており, 球役の児童は体循環の動線を歩いて行って体の 経路は多岐なこと,酸素や二酸化炭素,養分など 細胞に栄養を渡し,いらなくなったものをもらっ を運んでいることを理解することを念頭におい てくる様子をロールプレイで表現した。 て,ロールプレイを展開した。 以上2つのロールプレイは,教師が指示した通 りに動くロールプレイである。児童は楽しそうに 表1.単元「人の体のつくりと働き」の展開 配当 取り組んでいたが,本質的には受動的な学習であ 学習内容 導 入 1時間 ヒトや動物の体 る。しかし,この2つのロールプレイを実施した 第1次 2時間 呼吸のしくみ 第2次 2時間 食物の消化と吸収 血液のはたらき(ロールプレイの導入) ①消化・吸収,呼吸と血液循環 ②心臓の動きと血液の通り道 第3次 3時間 ロールプレイ a 呼吸と血液循環 b 養分と血液循環 ③血液の循環とはたらき ロールプレイ c 体を巡る血液の働き 第4次 1時間 肝臓や腎臓のはたらき まとめ 1時間 まとめ ことで,児童はロールプレイがモデルを表現する ものであることを理解し,血液循環のモデル図と 対応させて考える姿が見られた。また,最初は恥 ずかしいのでやりたくないと言っていた児童が, 進んで役を引き受けるようになった。 c「体を巡る血液の働き」のロールプレイ 血液の循環と臓器の働きを関係付けて捉え,血 液は循環し,酸素や二酸化炭素,養分を運んでい ⑷ 評価の方法 ることを理解するためのロールプレイである。a ロールプレイを導入した授業後のワークシー トへの記述,及び1年半後の評価テストの結果の 及び b のロールプレイを足場にして,児童が協働 でロールプレイを作り上げる様子が見られた。 分析から,知識の定着と保持の割合を調べる。 まず,話し合いにより,血液,肺,胃,小腸, 大腸,体の細胞役を決めた。理科室全体を体に見 3 授業の実践と結果 立て,いくつかの実験台をそれぞれの臓器として 第3次以外の授業は,教科書通りの流れに沿っ 割り振り,実験台の間の通路を血管に見立ててロ て通常通り行った。教科書に提示されている実験 ールプレイが始まった。血液役の児童らは隊列を は全て実施し,映像資料や図書資料,人体模型等 組んで通路を歩き,肺に行って酸素をもらったり, を活用した。以下にロールプレイの実際及び評価 小腸に行って養分をもらったりしていた。 テストの結果を示す。 酸素を欲したそれぞれの臓器が血液を呼び,酸 ⑴ ロールプレイの実際 素の運搬に混乱をきたした血球役がロールプレ ロールプレイは第3次に計3回実施した。 イを中断させ,クラスの話し合いが始まった。 まず,表1の第3次①,②において, 「a 呼吸と 数回の話し合いの結果,血球役が増員され,血 血液循環」及び「b 養分と血液循環」のロールプ 液を送り出す心臓役と指令を送る脳役が新たに ― 102 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 3(2015) 設けられた。また,それぞれのシンボルとして, 要になったもの(排出するもの)」や臓器の働き 血球は赤いディスクコーンをかぶって血管モデ との関連まで言及した児童も多数見られた。図2 ルを手に持つこと,心臓役は段ボールの空気砲を は児童の記述例である。 拍動の代わりに叩くこと,酸素や二酸化炭素,養 授業から約1年半後の平成 27 年3月 31 日に, 分を表す色違いのディスクコーンを使うことが 遅延テストを行った。遅延テストは,図3のよう 決められた。理科室内の臓器の配置と児童の動線 な穴埋め式の記述問題とし、17 名から回答を得た。 については図1に示す。 その結果,1年半の間,人体に関する学習は一 血球役の児童らは,それぞれ別に各臓器に向か 切していないにもかかわらず,「酸素」,「二酸化 い物質交換をするようになった。養分や酸素,二 炭素」,「養分」の3つを正答した児童の割合は 酸化炭素の過不足は,脳役の児童が血球に指示を 76.5%であった。あわせて行ったアンケートによ 出し,バランスを取る姿が見られた。 ると,ロールプレイの活動中の様子,例えば空気 また,活動の終盤になって,手足のテーブルに 砲を心臓にしたことやディスクコーンを使った 大量に重なった養分のディスクコーンに対し, こと等をよく覚えている生徒が多数見られた。 「この養分はこの後どうなるの?」という質問が 出た。これは次時に学習する排出に関わる問いで ・ 血液は心臓のはたらきによって送り出されて,体 のすみずみにいきわたる。体の各部分で養分や酸素 あり,具体物を用いるロールプレイだからこそ気 をわたし,二酸化炭素や不要なものをうけとって運 付いた問いであると言えよう。 とって心臓にもどり,また体のすみずみに行き渡る。 理科室 脳 教卓 図2.ロールプレイ後のワークシートへの自由記述 血液は,( )まで行きわたり, 実験台 肺 心 肺 臓 ( )を運ぶ働きをしている。 図3.遅延テストの問題文 4 考察 胃 学習後1年半の間,人体に関する学習はなく, 対象者のほとんどが人体に関する情報に接する 小 機会はなかったと回答しているにもかかわらず, 腸 遅延テストの正答率は 76.5%と高い値を示した。 んでいる。その後に二酸化炭素を出して酸素をうけ 手 足 1要因参加者内分散分析の結果,事後テストと遅 す み ず み 延テストの正答率に有意な差はなく(p<.05),ロ ールプレイによって学習した知識は,長期間保持 されていると考えられる。 図1.ロールプレイ時の血球の動きと臓器の配置 ⑵ ワークシートの記述と評価テストの結果 遅延テストの際に行ったアンケートによると, 授業の最後に,学習した内容をワークシートに 「私は肺役で酸素のディスクコーンを渡した。」, まとめた。ワークシートは,「血液は」に続けて 「○○さんが脳役をやっていた。」,「酸素は青い 自由記述で血液の働きをまとめるもので,血液が ディスクコーンを使った。」等の記述が見られた。 運んでいるものについては必ず記入するように 単なる文字知識の記憶ではなく,ロールプレイの 指示を添えた。支援としてヒントカードも準備し 一連の場面をそのまま映画のように記憶してい てあったが,必要とする児童はいなかった。 るものと推察される。そのことが高い正答率につ ワークシートに,本時の目標である「血液は体 ながったのではないだろうか。 全体をめぐって,酸素と二酸化炭素,養分(栄養) ロールプレイが一連の場面として強く記憶さ を運んでいる」旨を記述し,おおむね満足の状況 れる理由として,ロールプレイが「学習者の当事 に達した児童の割合は 100%であった。さらに「不 者意識を高め,思考を精緻化させる社会的相互作 ― 103 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 3(2015) 用を引き起こすアプローチである」(Enriquez, ムである。多くの児童にとって,教科書に記載さ 2010)ことが考えられる。ここには、二つの視点 れている平面的なモデル図から,血液循環の動的 が含まれる。一点目は学習者の当事者意識、二点 な理解を得ることは難しい。映像資料は理解を助 目は社会的相互作用による思考の精緻化である。 けるが,受動的な学習になってしまいがちである。 まず,当事者意識であるが,「他の学習方法に その点,「ロールプレイは,刻々と変化する事象 比べ,ロールプレイを使った学習はよく覚えてい のメンタルモデルを実体化する手段として,非常 ますか?」という設問に対し,全員が肯定的な回 に有効」 (鈴木ら,2015)であり,科学的知識の獲 答をし,その理由として「楽しいから」, 「分担し 得のみならず,血液循環についてのメンタルモデ て実際に動くので,次,自分はどこに行ってとい ルの獲得にも効果があると考えられる。 5 結論 うように,いやでも循環を覚えられるから」とい った記述が見られた。Ladousse(1989)が提示して いるように,ロールプレイは楽しい活動であり, 多くの学習者は主体的に取り組む。また,役割を 分担するロールプレイでは,自ら考えて行動しな ければならない。そのことで強い当事者意識が生 まれ,学習活動がエピソードとして記憶されるの ではないだろうか。 小学校第6学年「人の体のつくりと働き」にお いて,ロールプレイを用いた教授を行い,知識の 定着及び保持について調査した結果,1年半経過 しても高い正答率を維持しており,ロールプレイ が有効な方略であることが明らかになった。 6 今後の課題 楽しい活動を通して知識や考え方を獲得する 今回の実践は対象者数が少なく、また,一つの 方略は他にもある。例えば薄井ら(2014)が開発 事例から結論を出すのは性急である。今後別の単 した「人体すごろくゲーム」である。しかし、ロ ールプレイは、学習者が現象の中に入り、中から 現象を見る視点を持つことができるという点に おいて、他の方略とは決定的に異なると考えられ る。この現象を中から見る視点が、強烈な当事者 元による実践,あるいは大規模な実践による検証 が必要である。さらには,ロールプレイによって 学習した知識がどのように記憶されるのか,認知 科学的な研究により明らかにされる必要がある と考えらえる。 引用文献 意識をもたらすのではないだろうか。 次に思考の精緻化について分析する。3⑴c の ロールプレイの初期段階では,血球役は隊列を組 み,臓器を順番に巡って循環しようとしており, 血液の直列循環の誤概念が表れている。しかし, 酸素や養分を必要とする体の各部が混乱したこ とから,血液はそれぞれの経路に別れていく必要 があることに気づき,正しい科学概念を獲得した。 さらに協働でロールプレイを生成する過程で,ガ ス交換や養分の運搬を司るために脳が必要なこ とや小道具をシンボルとして活用することでイ メージが共有できることに気付き,血液循環のメ ンタルモデルをより精緻化していく様子が見ら れた。この社会的相互作用による思考の精緻化が, 正しい科学概念や科学的知識の獲得につながり, 記憶の定着に役立ったのではないだろうか。 血液循環は,互いに関係し合う臓器が同時進行 でそれぞれの働きをする,複雑かつ精巧なシステ Aubusson, P.,Barr, R.,Perkovic, L.,& Fogwill, S.: What happens when students do simulation role -play in science ,Research in Science Education, 27(4), pp.565-579,1997. Enriquez, R,B.:Role-playing in a modeling-based unit on electricity for preservice middle school science teachers,A Thesis Submitted to the Graduate Faculty of The University of Georgia in Partial Fulfillment of the Requirements for the Degree , Master of arts ,Athens, Georgia,2010. Ladousse, G,P. : ROLE PLAY, Oxford ,Oxford University Press,1989. McSharry, G.,Jones, S.: Role-play in Science Teaching and Learning, School Science Review, 82(298),pp.73-82,2000. 鈴木由美子,人見久城:理科学習へのロールプレイの 導入とその教育的効果,日本科学教育学会研究 会研究報告,Vol.29(7),pp.15-20,2015. 薄井健太,出口明子:「人体」の理解を支援するすご ろくゲームの開発(インタラクティブセッショ ン,学びの原点への回帰−イノベーティブ人材育 成のための科学教育研究−),日本科学教育学会 年会論文集 38,pp.581-582,2014. 内ノ倉真吾:理科教育におけるロールプレイとその 可能性,日本科学教育学会研究会研究報告,Vol. 23 (5), pp.11-16,2006. ― 104 ―
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